特許第6579561号(P6579561)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6579561均一触媒反応において水性媒質中で二酸化炭素および水素ガスからメタノールを生産するための方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6579561
(24)【登録日】2019年9月6日
(45)【発行日】2019年9月25日
(54)【発明の名称】均一触媒反応において水性媒質中で二酸化炭素および水素ガスからメタノールを生産するための方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 29/157 20060101AFI20190912BHJP
   C07C 31/04 20060101ALI20190912BHJP
   B01J 31/22 20060101ALN20190912BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20190912BHJP
【FI】
   C07C29/157ZAB
   C07C31/04
   !B01J31/22 Z
   !C07B61/00 300
【請求項の数】11
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2018-527741(P2018-527741)
(86)(22)【出願日】2015年12月1日
(65)【公表番号】特表2018-537461(P2018-537461A)
(43)【公表日】2018年12月20日
(86)【国際出願番号】IB2015059242
(87)【国際公開番号】WO2017093782
(87)【国際公開日】20170608
【審査請求日】2018年6月7日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業 先導的物質変換領域「プロトン応答性錯体触媒に基づく二酸化炭素の高効率水素化触媒の開発と人工光合成への展開」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願。
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100095337
【弁理士】
【氏名又は名称】福田 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100174425
【弁理士】
【氏名又は名称】水崎 慎
(74)【代理人】
【識別番号】100203932
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 克宗
(72)【発明者】
【氏名】ソルダキス, カテリーナ ステファニア
(72)【発明者】
【氏名】ローレンツィ, ガボール
(72)【発明者】
【氏名】姫田 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】川波 肇
(72)【発明者】
【氏名】津留崎 陽大
(72)【発明者】
【氏名】井口 昌幸
【審査官】 山本 昌広
(56)【参考文献】
【文献】 特開平6−263665(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/130714(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 29/00−35/52
B01J 31/00−31/40
C07B 61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ギ酸への二酸化炭素水素化反応とメタノールへのギ酸不均化反応とを含む均一触媒全反応において水素ガスおよび二酸化炭素ガスからメタノールを生産するための方法であって、前記反応が、
水性媒質中、
20〜100℃の温度範囲において、
100バールまでの全水素ガスおよび二酸化炭素ガス圧で、
一般式(I)の錯体
【化1】
を含む触媒の存在下で行われ、
式中、
は、Ir、Ru、Rhから選択される金属であり、
はペンタメチルシクロペンタジエニド基またはヘキサメチルベンゼン基であり、
はHO基またはCl基であり、
mは金属Mの酸化状態に応じて1〜4から選択され、
xは1または2であり、
Bは、F、Cl、Br、I、OH、H、またはS2−、CO2−、SO2−、またはPO3−から選択され、
は、少なくとも1つのヘテロ原子Nを含む共役系または縮合芳香環の系から選択される配位子であり、前記芳香環はさらに、−H、−OH基、−COOH基、−CF基、−NH基、C1〜C12アルキル、C1〜C12アルコキシ基、C4〜C12アリール、C4〜C12アリールオキシ基、またはIr、Ru、Rhから選択される金属であって、ペンタメチルシクロペンタジエニル基、無置換ベンゼン基もしくは置換ベンゼン基から選択される1つの置換基RとHO基、Cl基、ハライド基およびヒドリド基から選択される1つの置換基Rとでさらに置換されている前記金属、から独立して選択される部分で置換されていてもよい、前記方法。
【請求項2】
L1が、式(1)〜(12)
【化2】
のいずれか一つに従う部分から選択され、
式中、
AはN原子であり、
はIr、Ru、Rhから選択される金属であり、
は、ペンタメチルシクロペンタジエニル基、無置換ベンゼン基または置換ベンゼン基から選択され、
は、HO基、Cl基、ハライド基およびヒドリド基から選択され、
、R、RおよびRは、−H、−OH基、−COOH基、−CF基、−NH基、C1〜C12アルキル、C1〜C12アルコキシ基、C4〜C12アリール、C4〜C12アリールオキシ基から独立して選択される、
請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記均一触媒反応がさらに100バールまでの水素ガス分圧で行われる、請求項1又は請求項2に記載の方法。
【請求項4】
2つの工程を含み、二酸化炭素水素化反応を含む工程が、ギ酸不均化反応を含む工程に先行する、請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
SO、CFSOH、MeSOH、HNO、HClO、HBF、およびHPOから選択される酸性化合物が前記水性媒質中に添加される、請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記酸性化合物が前記ギ酸不均化反応において前記水性媒質中に添加される、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記酸性化合物が50モル%までの濃度で前記水性媒質中に添加される、請求項5又は6に記載の方法。
【請求項8】
前記温度が20〜50℃の範囲内にある、請求項1から請求項7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記均一触媒反応が20バールまでの二酸化炭素ガス分圧で行われる、請求項1から請求項8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
ギ酸が前記均一触媒反応の前記水性媒質中に添加される、請求項1から請求項9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
逐次量のギ酸が前記均一触媒反応の前記水性媒質中に添加される、請求項10に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、均一触媒反応において、水性媒質中、温和な温度およびガス圧で、二酸化炭素(CO)および水素ガス(H)から、メタノールを生産するための方法ならびに/またはメタノールおよびギ酸を生産するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
先行技術および発明の根底にある課題
人為起源二酸化炭素は、もしそれを化学原料として直接利用する化学的およびエネルギー的に効率のよいプロセスが開発されれば、事実上無尽蔵の燃料源とみなしうる。水素ガス(H)存在下での大気二酸化炭素(CO)の触媒的還元は、現代社会が直面している大きな難題のいくつかを解決するための前途有望なアプローチになる。第1に、これは、付加価値のある化学製品を生産するために、厄介ではあるが安価で広く入手可能な炭素源を利用するための道筋を提供することができる。加えて、これは、ギ酸(FA:formic acid)およびメタノール(MeOH)などの便利で扱いやすい液状化学担体にHを貯蔵するための手段になる。
【0003】
急速に減少する化石燃料資源および増大する環境問題を踏まえて、水素は、持続可能な将来のエネルギーシステムにとって魅力的なエネルギー運搬体と認識されている。FAおよびMeOHはどちらも、それらの魅力的な固有の性質ゆえに、液状水素貯蔵媒体として提案されている。重量水素貯蔵容量(gravimetric hydrogen storage capacity)の点からはメタノールの方が優れているのに対し(12.5wt%、対してFAは4.4wt%)、ギ酸は毒性および引火性の低さで卓越している。さらにまた、FAおよびMeOHには、高エネルギー輸送燃料として、現在のインフラとの適合性などといった重要な利点がいくつかある。加えて、水素とは対照的に、メタノールおよびギ酸は加圧または液化にエネルギー集約的手法を何も必要とせず、それゆえに燃料電池車両用の理想的な水素担体としての機能を果たすことができる。
【0004】
現在、メタノールは、合成ガスから、銅および亜鉛系触媒を使って高温(250〜300℃)および高圧(50〜100バール)で、工業的に生産されている。ギ酸は、二工程合成プロセスにおいてメタノールから一酸化炭素の加圧雰囲気下で誘導される。メタノールおよびギ酸の両方の工業的合成において有毒な一酸化炭素および化石燃料原料の利用を避けることは、明らかに望ましく、無視できない利点である。
【0005】
有機溶媒および添加物の非存在下、水性媒質中での、直接CO水素化によるFAの生産は明示されている(非特許文献1)。均一系触媒存在下でのFA生産方法はいくつか開発され、妥当なギ酸収率が得られている。しかし、直接または間接CO水素化による妥当なMeOH収率でのメタノール生産は、ほとんど報告されていない。温和な反応条件下でのメタノール収率が改良された革新的生産プロセスの開発は、極めて望ましい。
【0006】
ミルスタイン(Milstein)および共同研究者らは、均一ルテニウム系ピンサー触媒の存在下、110℃で、尿素誘導体ならびに有機カーボネート、カルバメートおよびホルメートを基質として利用することにより、メタノールへの間接的CO水素化を初めて報告した。ほとんどの場合、二次副生成物が形成された(非特許文献2、非特許文献3)。同時にサンフォード(Sanford)らは、135℃における多工程合成アプローチでCOからメタノールを段階的に得るために、3つの触媒系の組み合わせを提示した(非特許文献4)。同じグループが、155℃までの温度において塩基性条件下でCOをMeOHに還元することができるTHF中のルテニウム触媒について報告した(非特許文献5)。ディング(Ding)および共同研究者らはミルスタインの方法に類似する方法に従ったが、COからメチレンカーボネートに到達するのはかなり困難であることから、メチレンカーボネートの代わりに(145℃で)THF中のエチレンカーボネートを基質とした(非特許文献6)。アルコールおよび酸添加物の存在下、140℃における、THF中での均一ルテニウムホスフィン触媒系による直接CO水素化は、クランカーメイヤー(Klankermayer)およびライトナー(Leitner)によって開発された(非特許文献7)。彼らは後に、同一条件下で、ただしアルコール添加物の非存在下で、メタノールへのCO水素化を触媒することができる類似の系について報告した(非特許文献8)。これらの研究に共通する特徴は、厳しい反応温度および/または低い選択性であった。
【0007】
メタノール生産のための別の間接的アプローチは、ギ酸を生成した後、続いてギ酸の不均化を行うことによってメタノールを得る、COの段階的還元を伴う。[CpIr(bpy)−HO)](OTf)(Cp=ペンタメチルシクロペンタジエニル、bpy=2,2’−ビピリジン)触媒存在下でのギ酸水溶液の不均化反応はミラー(Miller)およびゴールドバーグ(Goldberg)によって初めて報告されたが、メタノール選択性は低いギ酸変換率において12%と低かった(非特許文献9)。150℃という非常に高い温度においてではあったが、酸性添加物の存在下、THF中のルテニウム触媒前駆体およびホスフィン配位子によって、最大50%のメタノール収率が得られた(非特許文献10)。最近、ニアリー(Neary)およびパーキン(Parkin)は、100℃において21%という比較的低い選択性でFA不均化を触媒するベンゼン中のCpMo(CO)H(Cp=シクロペンタジエニル)系を報告した(非特許文献11)。
【0008】
妥当な収率および高い選択性を有する実用的なメタノール生産プロセスを得るために、前述した反応のための異なる触媒を開発することは、明らかに難題である。イリジウム触媒、[(Cp)Ir(4dhbp)(OH)]SO(4dhbp=4,4’−ジヒドロキシ−2,2’−ビピリジン、Cp=ペンタメチルシクロペンタジエニド)は、ギ酸をCOへと脱水素するために開発されたもので、検出可能な一酸化炭素は一切生産されない(非特許文献12)。
【0009】
本発明は、化石燃料原料(合成ガス)からのメタノール生産の欠点、激しい反応条件(高温および高圧)の使用、ならびに非水性媒質の使用に対処する。
【0010】
本発明は、間接的CO水素化によってメタノールを生産するための多工程合成反応の欠点、ならびに複数触媒の使用、例えば異なる反応ごとに異なる触媒の使用、またはCOおよびH以外の基質の使用にも対処する。
【0011】
本発明は、メタノール選択性が低いにもかかわらず直接CO水素化によるメタノール生産に高温および/または高圧が利用されるという欠点にも対処する。
【0012】
本発明は上述の課題に対処し、それらは本発明の一部である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Moret et al.,Direct synthesis of formic acid from carbon dioxide by hydrogenation in acidic media,Nat.Commun.5,2014
【非特許文献2】Balaraman et al.,Catalytic Hydrogenation of Urea Derivatives to Amines and Methanol,2011,Angew.Chem.Int.Ed.50,pp.11702−11705
【非特許文献3】Balaraman et al.,Efficient hydrogenation of organic carbonates,carbamates and formates indicates alternative routes to methanol based on CO2 and CO,2011,Nat.Chem.3,pp.609−614
【非特許文献4】Huff & Sanford,Cascade Catalysis for the Homogeneous Hydrogenation of CO2 to Methanol,J.Am.Chem.Soc.133,2011,pp.18122−18125
【非特許文献5】Rezayee,N.M.,Huff,C.A.& Sanford,M.S.,Tandem Amine and Ruthenium−Catalyzed Hydrogenation of CO2 to Methanol.J.Am.Chem.Soc.137,2015,pp.1028−1031
【非特許文献6】Han,Z.et al.,Catalytic Hydrogenation of Cyclic Carbonates:A Practical Approach from CO2 and Epoxides to Methanol and Diols.Angew.Chem.Int.Ed.51,2012,pp.13041−13045
【非特許文献7】Wesselbaum et al.,Hydrogenation of Carbon Dioxide to Methanol by Using a Homogeneous Ruthenium−Phosphine Catalyst,Angew.Chem.Int.Ed.51,2012,pp.7499−7502
【非特許文献8】Wesselbaum et al.Hydrogenation of carbon dioxide to methanol using a homogeneous ruthenium−Triphos catalyst:from mechanistic investigations to multiphase catalysis.Chem.Sci.6,2014,pp.693−704
【非特許文献9】Miller et al.,Catalytic Disproportionation of Formic Acid to Generate Methanol,Angew.Chem.Int.Ed.52,2013,pp.3981−3984
【非特許文献10】Savourey et al.Efficient Disproportionation of Formic Acid to Methanol Using Molecular Ruthenium Catalysts.Angew.Chem.Int.Ed.53,2014,pp.10466−10470
【非特許文献11】Neary and Parkin,Dehydrogenation,disproportionation and transfer hydrogenation reactions of formic acid catalyzed by molybdenum hydride compounds.Chem.Sci.6,2015,pp.1859−1865
【非特許文献12】Himeda,Highly efficient hydrogen evolution by decomposition of formic acid using an iridium catalyst with 4,4’−dihydroxy−2,2’−bipyridine,Green Chem.11,2009,pp.2018−2022
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の発明者らは、上述の目的を満たし、先行技術の課題を解決する均一触媒全反応において、二酸化炭素ガス(CO)および水素ガス(H)からメタノールを生産するための方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、ギ酸への二酸化炭素水素化反応とメタノールへのギ酸不均化反応とを含む均一触媒全反応において水素ガスおよび二酸化炭素ガスからメタノールを生産するための方法であって、前記均一触媒全反応が、
水性媒質中、
20〜100℃の温度範囲において、
100バールまでの全水素ガスおよび二酸化炭素ガス圧で、
一般式(I)の錯体を含む触媒の存在下で
行われる方法に関する。
【0016】
【化1】
【0017】
式中、
は、Ir、Ru、RhまたはCoから選択される金属であり、
はペンタメチルシクロペンタジエニド基またはヘキサメチルベンゼン基であり、
はHO基またはCl基であり、
mは金属Mの酸化状態に応じて1〜4から選択され、
xは1または2であり、
Bは、F、Cl、Br、I、OH、H、またはS2−、CO2−、SO2−、またはPO3−から選択され、
は、少なくとも1つのヘテロ原子Nを含む共役系または縮合芳香環の系から選択される配位子であり、該芳香環はさらに、−H、−OH基、−COOH基、−CF基、−NH基、C1〜C12アルキル、C1〜C12アルコキシ基、C4〜C12アリール、C4〜C12アリールオキシ基、またはIr、Ru、RhもしくはCoから選択される金属であって、ペンタメチルシクロペンタジエニル基、無置換ベンゼン基もしくは置換ベンゼン基から選択される1つの置換基RとHO基、Cl基、ハライド基およびヒドリド基から選択される1つの置換基Rとでさらに置換されている金属、から独立して選択される置換基で置換されていてもよい。
【0018】
本発明のさらなる態様および好ましい実施形態を以下に規定すると共に、添付の特許請求の範囲において規定する。
【0019】
本発明者らは、驚いたことに、本発明の触媒が、ギ酸へのCO水素化およびメタノールへのギ酸不均化反応において、水性媒質中、周囲温度または周囲温度近くで活性であることを見いだした。したがってそのような触媒系は、COからメタノールへのプロセスにおける既知の4つの大きな制約、すなわち高い反応温度、FA不均化反応における低いMeOH選択性、有機溶媒の利用、および追加の精製工程を必要とする面倒な副生成物の形成の克服につながる。
【0020】
本方法は、COガスからの均一触媒メタノール生産を包含する均一触媒全反応であって、ギ酸への直接CO(ガス)水素化反応とメタノールへのギ酸不均化反応とで構成され、水性媒質中、温和な温度および圧力条件で、すなわち室温(20℃)〜100℃、および100バールまでの全HガスおよびCOガス圧において、両反応に単一の均一系触媒を使って行われる、均一触媒全反応を含む。本発明の方法は、環境にやさしく安価で豊富な水性媒質中において、激しくない条件下、すなわち比較的低い温度および全ガス圧での均一系触媒による直接CO水素化によって実行することができるので、著しく有利であると考えられる。有機溶媒および添加物が存在しないことは、環境的および経済的観点からだけでなく、複雑な分離および潜在的副生成物が回避されることからも、非常に有益である。さらにまた、本方法は、99%までのギ酸変換率において高いメタノール選択性を有している。ギ酸不均化反応のメタノール選択性は強酸の添加によって増加させることができ、これを使って全体的反応の方向を「調整」することができる。好都合なことに、メタノール−水溶液は(メタノール−有機溶媒混合物とは違って)共沸混合物を何も形成しないので、単純な蒸留による両者の分離が簡単になる。
【0021】
記載した特徴および利点を考慮すると、本発明の方法は、さまざまな目的でギ酸およびメタノールを生産するための極めて貴重なツールになる。ギ酸は食品保存から皮革加工まで幅広い応用分野を有し、一方、メタノールは他の高価値化学製品の生産において重要な原材料として役立つ。ギ酸とメタノールはどちらも高エネルギー燃料として利用されうる。
【0022】
本発明のさらなる特徴および利点も、下記の好ましい実施形態の記載から、当業者には明白になるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】式(13)の錯体(I)の存在下で実現される、付加価値のある化学製品へのCO変換および水素貯蔵に関係する一連の反応を示す。
図2】式(13)の錯体(I)によって実現される、FAおよびMeOHへの直接水性CO水素化を示す。(a)25℃におけるFA二重線の増加を示す、3時間ごとに記録された100MHz 13C NMRスペクトル。(b)2.5M HSO中、70℃におけるFA二重線およびMeOH四重線の増加。(c)25℃(三角形)、60℃(十字形)および2.5M HSO中、70℃(四角形)において得られたFA濃度。有意なMeOH(四角形)量は、これらの条件下では、HSOでのみ形成された。Ptotal13CO+3H)=80バール、ncat=15.9μmol、VH2O=2.0ml。
図3】FA不均化/脱水素反応の時間経過を示す。(a)定容条件下、式(13)の錯体(I)および50モル%HSO存在下での、FA二重線の減少およびMeOH四重線の増加を示す、1.5時間ごとに記録された13C NMRスペクトル(拡大図)。(b)(a)から導き出される、分解したFAおよび形成されたMeOHの濃度。nFA=10mmol、ncat=15.9μmol、VH2O=2.0ml、T=50℃。
図4】FA脱水素/不均化反応圧を時間の関数として示す。(a)定容条件下、nFA=10mmol、ncat=15.9μmol、VH2O=2.0ml、T=50℃での、式(13)の錯体(I)のFA脱水素活性。一番下の曲線:圧力、下から2番目の曲線:変換率。(b)式(13)の錯体(I)存在下でのFA脱水素/不均化に対するHSO濃度の効果。nFA=10mmol、ncat=15.9μmol、VH2O=2.0ml、T=50℃、HSO無添加(一番上の曲線)、3.5モル%HSO(上から二番目の曲線)、7.5モル%HSO(上から三番目の曲線)、15モル%HSO(上から四番目の曲線)、25モル%HSO(上から五番目の曲線)、35モル%HSO(上から六番目の曲線)、50モル%HSO(上から七番目の曲線)。ギ酸不均化も圧力増加の一因になった。
図5】定容条件下、HSO非存在下、nFA=10mmol、ncat=15.9μmol、VH2O=2.0ml、T=20℃での、周囲温度FA脱水素/不均化反応を示す。丸:FA濃度;三角形:MeOH濃度。
図6】形成されるMeOHの濃度に対する初期水素圧の効果を示す。nFA=10mmol、ncat=15.9μmol、50モル%HSO、VH2O=2.0ml、T=80℃。初期H圧:なし(十字形)、10バール(丸)、20バール(三角形)および40バール(四角形)。
【発明を実施するための形態】
【0024】
詳細な説明
本発明は、ギ酸への二酸化炭素水素化反応とメタノールへのギ酸不均化反応とで構成される均一触媒全反応において、水素ガスおよび二酸化炭素ガスからメタノールを生産するための方法であって、前記均一触媒全反応が水性媒質中で行われる方法を提供する。特に、本発明の方法は、酸性媒質中でのギ酸不均化反応において、高いメタノール選択性を有する。
【0025】
本発明は、ギ酸への二酸化炭素水素化反応とメタノールへのギ酸不均化反応とで構成される均一触媒全反応において、水素ガスおよび二酸化炭素ガスからメタノールを生産するための方法であって、前記均一触媒全反応が水性媒質中、20〜100℃の温度範囲、好ましくは50℃、ならびに100バールまでの全HおよびCOガス圧、100バールまでの水素ガス分圧において行われる方法を提供する。前記均一触媒全反応はFA不均化反応を促進するために好ましくは50℃で行われる。
【0026】
本発明は、ギ酸への二酸化炭素水素化反応とメタノールへのギ酸不均化反応とを含む均一触媒全反応において、水素ガスおよび二酸化炭素ガスからメタノールを生産するための方法であって、前記反応が、
水性媒質中、
20〜100℃の温度範囲において、
100バールまでの全水素ガスおよび二酸化炭素ガス圧で、
一般式(I)の錯体を含む触媒の存在下で
行われる方法に関する。
【0027】
【化2】
【0028】
式中、
はIr、Ru、RhまたはCoから選択される金属であり、
はペンタメチルシクロペンタジエニド基またはヘキサメチルベンゼン基であり、
はHO基またはCl基であり、
mは金属Mの酸化状態に応じて1〜4から選択され、
xは1または2であり、
BはF、Cl、Br、I、OH、H、またはS2−、CO2−、SO2−、またはPO3−から選択され、
は、少なくとも1つのヘテロ原子Nを含む共役系または縮合芳香環の系から選択される配位子であり、該芳香環はさらに、−H、−OH基、−COOH基、−CF基、−NH基、C1〜C12アルキル、C1〜C12アルコキシ基、C4〜C12アリール、C4〜C12アリールオキシ基、またはIr、Ru、RhもしくはCoから選択される金属であって、ペンタメチルシクロペンタジエニル基、無置換ベンゼン基もしくは置換ベンゼン基から選択される1つの置換基RとHO基、Cl基、ハライド基およびヒドリド基から選択される1つの置換基Rとでさらに置換されている前記金属、から独立して選択される置換基で置換されていてもよい。
【0029】
本発明の方法において好ましく使用される触媒は、反応温度および反応の酸性環境において高度に安定である。
【0030】
本発明の反応において使用される触媒は、極性溶媒に、25℃において少なくとも5g/Lの濃度で可溶である。本反応のために選択される極性溶媒は水である。本触媒は、反応の水性媒質に、0.5〜8mM、0.1mM〜8.0mM、0.6mM〜7.0mM、または1.0mM〜6.0mMの範囲内の濃度で溶解される。本発明の方法の均一触媒反応における触媒は0.00625〜0.20モル%の濃度にある。本発明の方法の均一触媒ギ酸不均化反応における触媒は、好ましくは0.00625〜0.16モル%の濃度にある。
【0031】
さらにまた、本触媒は、≦70℃の温度、より好ましくは≦60℃の温度で安定である。本発明の目的にとって安定とは、触媒が、少なくとも10反応サイクル、好まししくは30反応サイクルまたはそれ以上を触媒し、その間の活性の減少はわずかであることを意味する。本触媒は、以下に規定する反応のpH、すなわち0.1〜2、または1〜7.5Mの範囲内のHSO濃度において安定である。
【0032】
本方法の触媒は、上に規定した式(I)の錯体を含むか、または式(I)の触媒である。
【0033】
【化3】
【0034】
一実施形態において、配位子Lは、式(1)〜(12)のいずれか一つに従う部分として選択される。
【0035】
【化4】
【0036】
式中、
AはN原子であり、
はIr、Ru、RhまたはCoから選択される金属であり、
は、ペンタメチルシクロペンタジエニル基、無置換ベンゼン基または置換ベンゼン基から、好ましくはペンタメチルシクロペンタジエニド基またはヘキサメチルベンゼン基から選択され、
は、HO基、Cl基、ハライド基およびヒドリド基から、好ましくはHO基またはCl基から選択され、
、R、RおよびRは、−H、−OH基、−COOH基、−CF基、−NH基、C1〜C12アルキル、C1〜C12アルコキシ基、C4〜C12アリール、C4〜C12アリールオキシ基から独立して選択される。
【0037】
点線は配位子Lと金属Mとの間の結合を表す。
【0038】
好ましくは、Lは、上に規定した式(1)に従う部分である。
【0039】
および/またはMは、Ir、Ru、RhまたはCoから、好ましくはIrおよびCoから独立して選択される金属であり、より好ましくはIrである。Mは、Mと同じ金属であっても、異なる金属であってもよい。
【0040】
配位子Lの置換基のR、R、RおよびRは、もし存在するのであれば、−H、−OH基、−COOH基、−CF基、−NH基、C1〜C12アルキル、C1〜C12アルコキシ基、C4〜C12アリール、C4〜C12アリールオキシ基から独立して選択される。好ましくは、R、R、RおよびRは、−H、−OH基、−COOH基、−CF基、−NH基、C1〜C8アルキル、C1〜C8アルコキシ基、C4〜C8アリール、C4〜C8アリールオキシ基から独立して選択される。あるいは、R、R、RおよびRは、−H、−OH基、−COOH基、−CF基、−NH基、メチル基、ヘキシル基、メトキシ基、ヘキシルオキシ基、フェニル基、ヘキサメチルベンゼン基、フェノキシ基から独立して選択される。
【0041】
一実施形態において、式(I)の錯体または式(I)の触媒は、塩の形態にある。
【0042】
Bは本発明の錯体の対イオン(アニオン)を表し、F、Cl、Br、I、OH、H、またはS2−、CO2−、SO2−、またはPO3−から選択される。
【0043】
式(1)の錯体または式(I)の触媒は、式(13)〜(33)のいずれか一つに従う化合物から選択してよい。
【0044】
【化5】
【0045】
錯体または触媒はすべて、4+、2+または1+の形式電荷を有する塩の形態で表される。
【0046】
好ましい一実施形態において、式(I)の錯体または触媒は、式(13)の化合物または式(14)の化合物から選択される。
【0047】
一実施形態において、本発明の方法は2つの工程を含み、二酸化炭素水素化反応を含む工程が、ギ酸不均化反応を含む工程に先行する。ギ酸への二酸化炭素水素化反応とメタノールへのギ酸不均化反応とで構成される本均一触媒全反応は、CO水素化反応をギ酸不均化反応から空間的および/または時間的に分離することなく、同じ容器中で起こりうる。したがって本発明の方法は「ワンポット」反応と特徴づけることができる。本方法の均一触媒全反応は、少なくとも1つ以上の容器の中で、1工程または2工程で実行することができ、この際、CO水素化反応工程はギ酸不均化反応工程の前に行われ、かつ/または所望であれば逐次的に実行することができる。
【0048】
本均一触媒全反応が1工程または2工程で実行される場合、式(I)の錯体を含む触媒は、好ましくは、2つの反応について同じである。本発明の触媒が式(I)の錯体を含む場合、それは、式(I)の錯体から選択される1つ以上の錯体または錯体の混合物を含みうる。
【0049】
一態様において、温度は20〜100℃の範囲内にあり、好ましくはギ酸不均化反応を促進するために50℃である。
【0050】
酸性化合物または酸の存在は、メタノール形成にとって、また酸とメタノールのエステル化反応によるギ酸メチルの生成にとって、触媒として働くことができ、後者の反応は高度に可逆的である。強酸の添加は、メタノール形成のための均一触媒全反応の、特にギ酸不均化反応の、選択性の増加をもたらす。
【0051】
本発明の方法のさらにもう一つの実施形態では、HSO、CFSOH、MeSOH、HNO、HClO、HBF、またはHPOから選択される酸または酸性化合物、好ましくはHSOが、水性媒質中に添加される。酸は、均一触媒全反応の最初に水性媒質中に直接添加してもよく、または酸不均化反応において水性媒質中に添加することができる。酸は、2.0モル%〜75.0モル%の範囲内の濃度で、好ましくは50モル%の濃度で添加される。これは、0.1〜3.8M、0.5〜2.5Mまたは1〜2Mの範囲内の濃度に対応する。反応のpHは0.1〜2である。
【0052】
反応選択性は60%〜80%、55%〜90%および70%〜100%の範囲内にありうる。本発明の方法は、50%〜99%、50%〜97%の、特にメタノールへのギ酸の変換については、60%〜80%または55%〜98%の、反応メタノール選択性(reaction methanol selectivity)を有する。本発明の方法のメタノール形成に関する選択性は、水性反応媒質への酸性化合物の添加、触媒のバリエーションおよび温度によって制御されうる。メタノール形成に関する選択性は定量的13C NMR分光法によって決定され、生産されたメタノールのモル数を消費されたギ酸の量で割って3倍した値として算出される。
【0053】
さらなる一実施形態において、本発明の方法の均一触媒全反応における水素ガスの分圧は最大100バールである。特に、ギ酸不均化反応における水素ガスの分圧は、50〜100
バール、60〜90バールまたは70〜80バールの範囲内にある。好ましくは、ギ酸不均化反応は50バールの水素分圧で行われる。
【0054】
本発明の方法の均一触媒全反応、または特にギ酸不均化全反応は、50〜100バールの水素ガス分圧および20〜50℃の温度で、50モル%までの濃度の酸性化合物を添加して、または同酸性化合物を添加せずに行われうる。そのような条件下で、メタノール形成の選択性は97%または96%まで増加しうる。好ましくは、本発明の方法の均一触媒全反応、特にギ酸不均化反応は、50バールの水素ガス分圧および50℃の温度において、酸性化合物を添加せずに、または好ましくは50モル%までの濃度の酸性化合物を添加して、行われうる。
【0055】
一実施形態において、ギ酸への二酸化炭素水素化反応とメタノールへのギ酸不均化反応とで構成される均一触媒全反応は、20バールまでの二酸化炭素ガス分圧で行われる。本方法の反応の触媒溶液は、二酸化炭素ガスを添加し、次に所望の全ガス圧まで水素ガスを添加することによって加圧される。
【0056】
別の一実施形態では、ギ酸が均一触媒全反応の水性媒質中に添加されうる。特にこの添加は、本方法のギ酸不均化反応を含む工程中に実行される。好ましい一実施形態では、逐次量(successive amounts)のギ酸が均一触媒全反応の水性媒質中に添加される。好ましくは、反応媒質における上に規定した強酸の存在によって酸性化された水性媒質中に、ギ酸が添加されうる。均一触媒全反応における、またはギ酸不均化を含む工程における、ギ酸の添加は連続的でありうる。
【0057】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に記載するが、以下の実施例は本発明の範囲を制限しようとするものではない。
【実施例】
【0058】
(第1実施例)錯体の合成
式(13)の錯体は以前に公表された手法に従って合成した(Himeda et al.,pH−Dependent Catalytic Activity and Chemoselectivity in Transfer Hydrogenation Catalyzed by Iridium Complex with 4,4’−Dihydroxy−2,2’−bipyridine,Chem.−Eur.J.,14,2008,pp.11076−11081)。他の化学製品はすべて市販品であり、それ以上の精製は何もせずに使用した。
【0059】
(第2実施例)直接CO水素化反応
CO水素化実験はサファイアNMR管(P<100バール用)またはパール(Parr)オートクレーブのいずれかで実行した。典型的反応では、15.9μmolのイリジウム触媒(10mg)をHOに溶解し、次に20バールの13COで加圧し、最後にHで80バールにした。系を必要な温度まで加熱し、振とう/撹拌した。サファイアNMR管では、ギ酸濃度およびメタノール濃度の進展を定量的13C NMR分光法で追跡した。オートクレーブの場合は、最終溶液での定量的13C NMR測定により、外部標準を添加して、ギ酸/メタノールの収率を決定した。触媒溶液を圧力の非存在下で分析する場合は、室温でも起こる、形成されたギ酸の分解を避けるために、管をNMR分光計の内部で10℃に冷却した。実験はすべて、空気を排除せずに準備した。
【0060】
ギ酸への直接CO水素化とメタノールへのギ酸不均化とで構成される均一触媒反応を、2.5M HSOで酸性化した水性媒質中、50℃で、式(13)のイリジウム錯体を使って実行し、反応全体をCOガスおよびHガスで加圧した。ギ酸およびメタノールはどちらも溶液状態で検出された。硫酸濃度の増加は、反応速度を犠牲にしてではあったが、より良いメタノール対ギ酸比をもたらした。この結果は、このような温和な温度下での「ワンポット」反応における、メタノールへの直接CO水素化の初めての例である(図2)。
【0061】
COガスおよびHガスによる式(13)の錯体の水溶液の加圧は、注目すべきことにいかなる有機溶媒および添加物もなしに、室温で直ちにFAを与え、25℃で60時間後には93mM FA溶液が得られた。60℃への反応温度の上昇は、発熱反応に予想されるとおりFA収率を犠牲にしてではあったが、FA形成速度の向上をもたらした(1.5時間後に完了)。反応混合物の酸性化(1M HSO)はFA生産の速度を低下させたが、70℃で5時間後に、溶液状態にあるメタノールの同時形成につながった。13C NMR分光法で反応をモニタリングしたところ、FA形成はMeOHの形成に先だって起こることが明らかになり、MeOHは直接CO水素化ではなくギ酸不均化によってもたらされることが示された。HSOの存在はメタノール生産にとって不可欠ではないが、それぞれの反応速度および選択性を著しく増加させた。(13)の純粋な水溶液にも、50℃で20時間の加熱後に、または25℃で6日後に、微量のメタノールが検出された。まさに周囲温度(20℃)において長期間(40日)にわたって、反応溶液を放置して平衡化させると、0.16Mという非常に高いFA濃度が13mM MeOHと一緒に得られた。この値は、類似する条件下でのFAへの直接CO水素化に関して報告された最良の結果(いかなる有機溶媒および添加物もなしで、200バールのH/CO圧力下(圧力比3:1)、60℃で、0.2M FA水溶液が得られた(非特許文献1))に十分匹敵する。この結果は、添加物を何も含まない水溶液中、周囲温度での、形成されたFAの不均化が介在する「ワンポット」反応における、メタノールへの直接CO水素化の初めての例になる。
【0062】
(第3実施例)ギ酸脱水素/不均化反応
典型的なギ酸脱水素/不均化反応では、触媒、特に式(13)のイリジウム触媒を2.0mLのHOに溶解することで、淡黄色溶液を得た。ギ酸の添加は、透明な明黄色反応混合物の形成をもたらし、この反応混合物からは室温でも直ちにガスの発生が起こった。或る実験では、硫酸を反応溶液に滴下し、著しく発熱するHSO水和反応によるギ酸の蒸発を避けるために、反応溶液をときおり冷却した。硫酸の添加により、溶液の変色が起こって淡黄色に戻ると共に、ガスの発生が止まった。次に、管を封止し、サファイアNMR管の場合には、所望の温度に予め設定しておいた外部加熱ジャケットで恒温に保つか、NMR分光計内で直接的に恒温に保ち、その温度を測定の前後に外部温度プローブを使って決定した。自社のラボビュー(LabView)8.2プログラムにより、NI USB 6008インターフェイスを使って、高圧毛細管を介して管に接続された圧変換器により、ガス発生による圧力増加を時間の関数としてモニタリングすることによって、ならびに/またはHおよび/もしくは13C NMR分光法によってインサイチューで、反応を追跡した。後者の場合は、規則的な時間間隔でスペクトルを採取した。反応の最後にサファイアNMR管を冷却し、有機揮発物がガスと一緒に失われるのを避けるために、注意深く減圧した。内部標準を添加し(CHCN)、メタノール収率およびギ酸変換率を定量的13C NMR分光法から決定した。再利用実験の場合は、触媒反応の最後に管を冷却し、注意深く減圧し、次に新しいサイクルを開始させるために0.38mlのH13COOHを添加した。所望のサイクル数が完了したら、内部標準を添加し、その溶液を上記のように分析した。反応を定圧条件下で実行した場合は、反応混合物が入っているシュレンク管を冷却器に接続し(メタノールの喪失を避けるため)、所望の温度に予め設定しておいた外部油浴を使って、窒素気流下で加熱した。或る時間間隔後に、溶液を冷却し、分析のために内部標準と一緒にNMR管に移した。
【0063】
触媒反応の前に加圧工程を設ける場合(および全圧が100バールを超える場合)は、サファイアNMR管の代わりにパールオートクレーブ(25mlまたは75ml)を使用した。これらの場合は、反応混合物を上記と同様にして調製した後、加圧のためにオートクレーブに移した。所望の温度に予め設定しておいた油浴中でオートクレーブを加熱した。油浴とオートクレーブ内部の溶液との温度勾配は2.5±0.5℃であると測定された(すなわち、油浴温度が52〜53℃であるとき、溶液温度は49〜50℃であった)。或る時間間隔後に、オートクレーブを冷却し、注意深く減圧し、分析のために水溶液を標準10mm NMR管に移した。
【0064】
4.2Mギ酸水溶液を式(13)の錯体を含む触媒の存在下、50℃で加熱したところ、324時間−1(0.2mMの触媒を使って2500時間−1)のTOFで、>98%の脱水素がもたらされた。HおよびCOが主要反応生成物ではあるが、1.2%の選択性に相当する20mMのメタノールも、溶液状態で検出された。メタノールは、反応式(1)に従うギ酸の不均化反応の生成物である。
3HCOOH(水溶液)→CHOH(水溶液)+HO(水溶液)+2CO(ガス),(1)
【0065】
試験した一連の触媒錯体のうち、式(13)を有する錯体が最もよい結果を与えた。基質としてのH13COOHの利用は13CHOHおよび13COの形成をもたらし、一方、13C NMR分光法では、微量の13COも検出されなかった。反応温度の上昇はFA脱水素に有利に働き、得られるメタノール選択性を20℃での1.4%から90℃での0.3%まで低下させた。
【0066】
反応を定圧条件下(1バール)、周囲温度付近で行うと、ギ酸脱水素は完了したが、メタノール選択性は0.8%に低下した(表1、エントリ1およびエントリ2)。この圧力の影響はルシャトリエの法則によって合理的に説明することができ、それぞれの反応化学量論(脱水素および不均化によって生産されるガスは1モルのFAが消費されるごとにそれぞれ2モル対2/3モル)ゆえに、圧力の上昇はFAの脱水素よりも不均化に有利に働くであろう。
【0067】
【表1】
【0068】
有益な圧力効果を利用するために、100バールのH存在下で反応を繰り返したところ、MeOH選択性は20℃で3.2%へと2倍増加した(表1、エントリ1およびエントリ3)。しかし圧力の影響を50℃で調べたところ、得られたMeOH選択性の増加はそれほど顕著ではなく、この特別な反応条件下では温度の負の効果が圧力の恩恵より優勢であることを示した(表1、エントリ4およびエントリ5)。
【0069】
最初、MeOHの形成は、20℃でさえ活性化期間を少しも伴わずに、ほぼ線形に進行した。FA変換率が50%に達した15時間後に、速度の減速が明らかに観察された。次に、初期反応溶液への硫酸の添加により、恒常的酸性条件下でのMeOH形成を検討した。
【0070】
【表2】
【0071】
硫酸は、メタノール形成にも、FAとメタノールとのエステル化反応によるギ酸メチルの生成においても、触媒として作用したが、後者は高度に可逆的である。3.5モル%の硫酸を利用した場合、73mM MeOH(収率4.4%)溶液が得られた。これは本発明者らの最初の実験と比較して3倍を超える増加にあたる。硫酸は試験した一連の酸の中で最もよいMeOH選択性をもたらした。HSO濃度の最適化により、50モル%HSOの存在下、50℃において、99%のFA分解率で、ほとんど60%のMeOH選択性が得られた(表1、エントリ8)。これは、このような温和な温度および水溶液中では、今までに報告された最も高い値である。これらの反応条件下で、本触媒系は5サイクルにわたって活性であり、それが99%のFA変換率で3.1Mの総MeOH濃度をもたらした。初期FA濃度を二倍にしたところ、わずか1触媒サイクル後に、同じ60%のMeOH選択性および2Mという極めて高いMeOH濃度が得られた(TON=250)。50モル%を上回る硫酸濃度がFA不均化をさらに促進することはなかった。HSO存在下での圧力発生をモニタリングしたところ、溶液の酸性度を増加させるにつれて、はるかに低いFA脱水素収率および増強された不均化と合致する生成ガス量の著しい減少が示された。FA不均化反応の存在は、HSOの非存在下(FA脱水素だけに由来)で50%から64%まで上昇した生成ガス混合物中のCO濃度の増加によって明確に確認された。硫酸によって触媒されるFA脱水反応からのガス形成を排除するために、ブランク試験を実行した。3.6M FA水溶液/硫酸混合物(1:0.75)を触媒の非存在下、70℃で48時間加熱したが、圧力の増加は起こらなかった。しかし、高度な酸性環境そのものは、FA不均化を促進するのに十分ではなかった。定圧条件下(1気圧)、35モル%硫酸の存在下で反応を実行したところ、メタノール選択性は29%から3%に低減した(表1、エントリ6およびエントリ7)。したがって、酸性条件と上昇した圧力はどちらも、MeOH生産を有利にして最適化された選択性を得るために有益である。定圧条件下でのメタノール選択性の著しい低減を考慮して、本発明者らは、反応(反応式2)が起こってメタノールの主要供給源として働く可能性を検討した。
HCOOH(水溶液)+2H(水溶液)→CHOH(水溶液)+HO(水溶液)(2)
【0072】
FA脱水素に由来する水素ガスによるFAのメタノールへの「自己還元」は、水溶液における水素の十分な溶解度を確保するために、水素圧の著しい増大を必要とするであろう。しかし、そのようなことは、反応の初めには、とりわけFA脱水素の速度を著しく制限する硫酸の存在下では起こらなかった。それゆえに活性化期間を伴わないメタノール形成が反応式(2)によって起こった/反応式(2)に起因したとは思われなかった。定圧条件下で減少するMeOH選択性は、Hガスが関与する−ヒドリド−二水素種による−触媒サイクルにおける平衡の結果かもしれない。同様の現象、すなわちH圧力下でのギ酸脱水素速度の減少は、既に観察されている(Boddien et al.,Efficient Dehydrogenation of Formic Acid Using an Iron Catalyst.Science 333,(2011),pp.1733−1736)。それでもなお、本発明者らは、上昇した圧力下での反応(2)の多少の軽微な寄与の可能性を排除することはできないだろう。
【0073】
反応を50モル%HSOの存在下、周囲温度(20℃)で実行した場合、30%のFA変換率で27.5%のメタノール選択性が得られた(表1、エントリ10)。この場合、MeOH選択性の減少は、有益な効果が上で合理的に説明された最終圧の低さに原因があると考えられた。そこで、事前にH加圧工程を行ってから同じ反応を実行した。この場合は、97%という非常に高いMeOH選択性が60%のFA変換率と共に達成された(表1、エントリ11)。同様に、50バールの初期H圧下、より高い50℃の反応温度では、実用上完全なFA変換率が、メタノールに対する96%の選択性と共に達成された(表1、エントリ9)。これは、水溶液中、温和な実験条件下での均一触媒メタノール生産のための新しい道を開くものである。
【0074】
6,6’位に−OH基を有する式(14)の錯体を含む触媒の方が、ギ酸不均化反応における活性は低いことがわかった。4.2M FA水溶液を50℃に加熱すると、0.3%メタノールが生産されたが、これは、(13)存在下での各選択性と比較して著しく低い(表1、エントリ4およびエントリ12)。50モル%硫酸の添加はメタノール選択性を10%へとほどほどに改良したに過ぎなかった(表1、エントリ13)。反応を20℃で実行したところ、メタノール選択性は42%のFA変換率で6.5%に低下した(表1、エントリ14)。本発明者らはその原因が本発明者らの系における減少した総圧にあると考えた。メタノール形成は酸性環境において増強される一方、FA脱水素はより緩慢になるので、短い反応時間は、より高いメタノール選択性を与えるであろうと、本発明者らは予想した。実際、総FA変換率を8%に制限し、発生する圧力の欠如を補償するために反応溶液を100バールのHで予め加圧したところ、95.5%のメタノール選択性が得られた(表1、エントリ15)。
【0075】
要約するとこの研究は、式(13)の安定イリジウム錯体が目的のプロセスに応じてさまざまな方向に「調整」されうる複数の機能性を有することを明示した。まず、本錯体は、水性媒質中、有酸素条件下、周囲温度において、妥当な速度で、COをギ酸へと効率よく水素化する。ギ酸はそれ自体が幅広い応用範囲を有する高価値な工業用化学製品である。加えて、形成されたFAは続いて、温和な条件下、同じイリジウム系触媒系を使って、96%までの選択性(98%のFA変換率)でメタノールへと不均化させることができる。メタノールは高エネルギー燃料および便利な液状水素担体とみなされる。式(13)の錯体の水溶液を、いかなる添加物もなしで、単にCOおよびHで加圧し、放置して平衡化させる、20℃で実行した単一反応において、ギ酸(0.16M)とメタノール(13mM)との両方の生産が明示された。反応条件の調節によってメタノール選択性を著しく改良できることに注目すべきである。特に、硫酸はギ酸不均化反応において共触媒として作用し、ギ酸脱水素の程度を著しく制限することがわかった。本触媒系を数回再利用して、非常に濃縮された3.1Mメタノール溶液を得た。8.4M FA水溶液を不均化させたところ、1回の触媒反応実行後に、2Mメタノールが得られた。好都合なことに、メタノール−水溶液は(メタノール−有機溶媒混合物とは違って)共沸混合物を何も形成しないので、単純な蒸留による両者の分離が簡単になる。式(13)のイリジウム錯体は、CO隔離および水素貯蔵などといった主要な関心分野に応用される可能性が高い一連の反応を触媒していることが明示された。
【0076】
(第4実施例)メタノールへの触媒的ギ酸不均化反応に対する酸タイプの効果
一連の異なる酸をギ酸不均化反応について評価した(表3参照)。
【0077】
【表3】
【0078】
表3の実験(エントリ2〜)のために、錯体(13)(3.15mg、5mmol)をステンレス鋼オートクレーブに添加し、空気をアルゴンに置き換えた。3サイクルの凍結−ポンプ−融解によって脱気した10%の酸(1.6mmol)を含む4Mギ酸水溶液(4mL、16mmol)を、オートクレーブに投入した。オートクレーブを30バールのH/CO(1:1)で加圧し、50℃、1500rpmで20時間撹拌した。背圧調節バルブを装備することにより、反応中は圧力を30バールに保った。反応を終えた後、オートクレーブを0℃に30分間冷却し、次に大気圧までゆっくり減圧した。生成したMeOHおよびHCOMeの濃度はNMR(ブルカー(Bruker)Avance500NMR分光計)で分析した。残存ギ酸濃度は、アニオン排除カラム[東ソー(Tosoh)TSKgel SCX(H)]によるHPLC(島津(SHIMADZU)SIL−20A)で、リン酸塩水溶液(20mM)を溶出液として使用し、UV検出器(l=210nm)を使って分析した。
図1
図2
図3
図4
図5
図6