特許第6581715号(P6581715)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6581715精製パーム系油脂の製造方法、並びに、精製パーム系油脂中のグリシドール、3−クロロプロパン−1,2−ジオール、及びこれらの脂肪酸エステル、及び/又はジグリセリドの低減方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6581715
(24)【登録日】2019年9月6日
(45)【発行日】2019年9月25日
(54)【発明の名称】精製パーム系油脂の製造方法、並びに、精製パーム系油脂中のグリシドール、3−クロロプロパン−1,2−ジオール、及びこれらの脂肪酸エステル、及び/又はジグリセリドの低減方法
(51)【国際特許分類】
   C11B 3/12 20060101AFI20190912BHJP
【FI】
   C11B3/12
【請求項の数】8
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2018-504379(P2018-504379)
(86)(22)【出願日】2017年2月27日
(86)【国際出願番号】JP2017007478
(87)【国際公開番号】WO2017154638
(87)【国際公開日】20170914
【審査請求日】2018年5月22日
(31)【優先権主張番号】特願2016-47999(P2016-47999)
(32)【優先日】2016年3月11日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000227009
【氏名又は名称】日清オイリオグループ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(72)【発明者】
【氏名】洪水 宏之
【審査官】 井上 恵理
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2015/073359(WO,A1)
【文献】 国際公開第2015/057139(WO,A1)
【文献】 PUDEL, F. et al.,3-MCPD- and glycidyl esters can be mitigated in vegetable oils by use of short path distillation,European Journal of Lipid Science and Technology,(2016), 118(3),pp. 396-405,ISSN: 1438-7697
【文献】 MATTHAEUS, B. et al.,Mitigation of 3-MCPD and glycidyl esters within the production chain of vegetable oils especially palm oil,Lipid Technology,(2013), 25(7),pp. 151-155,ISSN: 0956-666X
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C11B 1/00− 15/00
C11C 1/00− 5/02
A23D 7/00− 9/06
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
FSTA(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料パーム系油脂を、温度が270℃以上290℃以下であり、真空度が0.01Pa以上0.3Pa以下であり、かつ、蒸発面の単位面積当たりの油供給速度が2.00×10−3L/h・cm以上9.60×10−3L/h・cm以下である条件下で薄膜蒸留処理し、精製パーム系油脂を得る工程を含み、
前記精製パーム系油脂中のジグリセリドの総量は、前記原料パーム系油脂中のジグリセリドの総量に対して65%以下である、精製パーム系油脂の製造方法。
【請求項2】
前記精製パーム系油脂中のグリシドール及びその脂肪酸エステルをグリシドールとして換算した総量は、前記原料パーム系油脂中のグリシドール及びその脂肪酸エステルをグリシドールとして換算した総量に対して50%以下である、請求項1に記載の精製パーム系油脂の製造方法。
【請求項3】
前記精製パーム系油脂中の3−クロロプロパン−1,2−ジオール、及びその脂肪酸エステルを3−クロロプロパン−1,2−ジオールとして換算した総量は、前記原料パーム系油脂中の3−クロロプロパン−1,2−ジオール、及びその脂肪酸エステルを3−クロロプロパン−1,2−ジオールとして換算した総量に対して95%以下である、請求項1又は2に記載の精製パーム系油脂の製造方法。
【請求項4】
前記原料パーム系油脂が、脱臭工程を経たパーム系油脂である、請求項1から3のいずれかに記載の精製パーム系油脂の製造方法。
【請求項5】
前記薄膜蒸留処理における真空度は0.1Pa以下である、請求項1から4のいずれかに記載の精製パーム系油脂の製造方法。
【請求項6】
前記薄膜蒸留処理は短行程蒸留処理である、請求項1から5のいずれかに記載の精製パーム系油脂の製造方法。
【請求項7】
前記原料パーム系油脂のヨウ素価は58未満である、請求項1から6のいずれかに記載の精製パーム系油脂の製造方法。
【請求項8】
原料パーム系油脂を、温度が270℃以上290℃以下、真空度が0.01Pa以上0.3Pa以下であり、かつ、蒸発面の単位面積当たりの油供給速度が2.00×10−3L/h・cm以上9.60×10−3L/h・cm以下である条件下で薄膜蒸留処理することを特徴とする、精製パーム系油脂中のジグリセリドの低減方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精製パーム系油脂の製造方法、並びに、精製パーム系油脂中のグリシドール、3−クロロプロパン−1,2−ジオール、及びこれらの脂肪酸エステル、及び/又はジグリセリドの低減方法に関する。
【背景技術】
【0002】
油脂中には生理活性に関係すると考えられる微量成分が存在する。このような微量成分としては、例えば、グリシドール、3−クロロプロパン−1,2−ジオール及びこれらの脂肪酸エステル等が挙げられる。上記微量成分については、栄養学上の問題がある可能性が指摘されているが、長年にわたって食事等から摂取されてきた植物油等の油脂中に存在するレベルであれば、健康に直ちに影響を及ぼすとは考えられず、摂取基準等も定められていない。しかし、より安全性の高い油脂に対するニーズがあるため、油脂中における上記成分を低減する方法が各種提案されている。
【0003】
グリシドール、3−クロロプロパン−1,2−ジオール及びこれらの脂肪酸エステル等は脱臭工程等によって生成することが知られる。また、3−クロロプロパン−1,2−ジオール等の原因物質としてジグリセリドが知られており(非特許文献1)、ジグリセリドの多い油脂、特に精製パーム系油脂(パーム油やパーム核油等)に高濃度で存在している傾向が認められる。そのため、例えば、特許文献1においては、脱臭油を、pH5〜7の白土で脱色し、さらに脱臭することにより、パーム油等の油脂中のグリシドール、3−クロロプロパン−1,2−ジオール及びこれらの脂肪酸エステル等を低減する方法が提案されている。特許文献2においては、高温、高蒸気量で脱臭することでグリシドール及びその脂肪酸エステルの増加を抑制する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2014−047290号公報
【特許文献2】特開2013−112761号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】LWT−Food Science and Technology 42(2009)1751−1754
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、脱臭工程においては、油脂が長時間にわたって高温にされられるため、グリシドール等を十分に低減できない可能性があり、脱臭工程以外の工程においてグリシドール等の発生を低減できる方法に対するニーズがあった。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、グリシドール、3−クロロプロパン−1,2−ジオール及びこれらの脂肪酸エステル、並びに/又はジグリセリドの含量を低減できる精製パーム系油脂の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、薄膜蒸留処理を含む精製パーム系油脂の製造方法において、薄膜蒸留処理の温度条件を調整することで上記課題を解決できる点を見出し、本発明を完成するに至った。具体的には、本発明は以下のようなものを提供する。
【0009】
(1) 原料パーム系油脂を、155℃以上290℃以下の温度条件で薄膜蒸留処理し、精製パーム系油脂を得る工程を含み、
前記精製パーム系油脂中のグリシドール及びその脂肪酸エステルをグリシドールとして換算した総量は、前記原料パーム系油脂中のグリシドール及びその脂肪酸エステルをグリシドールとして換算した総量に対して50%以下である、精製パーム系油脂の製造方法。
【0010】
(2) 原料パーム系油脂を、155℃以上290℃以下の温度条件で薄膜蒸留処理し、精製パーム系油脂を得る工程を含み、
前記精製パーム系油脂中の3−クロロプロパン−1,2−ジオール、及びその脂肪酸エステルを3−クロロプロパン−1,2−ジオールとして換算した総量は、前記原料パーム系油脂中の3−クロロプロパン−1,2−ジオール、及びその脂肪酸エステルを3−クロロプロパン−1,2−ジオールとして換算した総量に対して95%以下である、精製パーム系油脂の製造方法。
【0011】
(3) 原料パーム系油脂を、155℃以上290℃以下の温度条件で薄膜蒸留処理し、精製パーム系油脂を得る工程を含み、
前記精製パーム系油脂中のジグリセリドの総量は、前記原料パーム系油脂中のジグリセリドの総量に対して65%以下である、精製パーム系油脂の製造方法。
【0012】
(4) 前記原料パーム系油脂が、脱臭工程を経たパーム系油脂である、(1)から(3)のいずれかに記載の精製パーム系油脂の製造方法。
【0013】
(5) 前記薄膜蒸留処理における真空度は1.0Pa以下である、(1)から(4)のいずれかに記載の精製パーム系油脂の製造方法。
【0014】
(6) 前記薄膜蒸留処理は短行程蒸留処理である、(1)から(5)のいずれかに記載の精製パーム系油脂の製造方法。
【0015】
(7) 前記原料パーム系油脂のヨウ素価は58未満である、(1)から(6)のいずれかに記載の精製パーム系油脂の製造方法。
【0016】
(8) 原料パーム系油脂を、155℃以上290℃以下の温度条件で薄膜蒸留処理することを特徴とする、精製パーム系油脂中のグリシドール、3−クロロプロパン−1,2−ジオール、及びこれらの脂肪酸エステル、並びに/又はジグリセリドの低減方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、グリシドール、3−クロロプロパン−1,2−ジオール及びこれらの脂肪酸エステル、並びに/又はジグリセリドの含量を低減できる精製パーム系油脂の製造方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0019】
本発明の製造方法は、原料パーム系油脂を、155℃以上290℃以下の温度条件で薄膜蒸留処理し、精製パーム系油脂を得る工程を含む。以下、本発明における薄膜蒸留処理やパーム系油脂等について詳述する。
【0020】
[薄膜蒸留処理]
本発明における原料パーム系油脂は薄膜蒸留処理される。本発明における薄膜蒸留処理とは、原料パーム系油脂を薄膜にして減圧下で加熱し、蒸発を行うことをいう。当該処理により、原料パーム系油脂から留出分が分離された残留分(薄膜蒸留処理油脂)を得ることができる。留出分には、脂肪酸、モノグリセリド及び/又はジグリセリド等が含まれ得る。残留分には、トリグリセリド等が含まれる。本発明において、「精製パーム系油脂」とは、少なくとも薄膜蒸留処理に供されたパーム系油脂(薄膜蒸留処理油脂)を指す。
【0021】
本発明者による検討の結果、原料パーム系油脂を薄膜蒸留処理する際に、温度条件を155℃以上290℃以下に調整することにより、グリシドール、3−クロロプロパン−1,2−ジオール及びこれらの脂肪酸エステルの生成を低減できることが見出された。なお、以下、「3−クロロプロパン−1,2−ジオール」を、「3−MCPD」ともいう。
【0022】
本発明における薄膜蒸留処理の温度条件は、薄膜蒸留機の蒸発面の温度に対応する。つまり、本発明において、「薄膜蒸留処理の温度条件が155℃以上290℃以下である」とは、薄膜蒸留機の蒸発面の温度が155℃以上290℃以下であることを指す。例えば、薄膜蒸留処理を短行程蒸留装置で行う場合、薄膜蒸留処理の温度条件は、蒸発缶温度に対応する。
【0023】
薄膜蒸留処理の温度条件が155℃以上であると、原料パーム系油脂に含まれる熱に不安定な物質や高沸点物質等を除去しつつ、原料パーム系油脂中のグリシドール、3−MCPD及びこれらの脂肪酸エステル等の微量成分の生成を効率的に抑制できる。蒸留の効率を高めやすいという観点から、薄膜蒸留処理の温度条件は、160℃以上であることが好ましく、190℃以上であることがより好ましい。
【0024】
薄膜蒸留処理の温度条件が290℃以下であると、高温条件下で生成しやすいグリシドール、3−MCPD及びこれらの脂肪酸エステル等の微量成分の生成を抑制しつつ油脂を効率的に蒸留できる。これらの微量成分の生成をより低減できる観点から、薄膜蒸留処理の温度条件は、270℃以下であることが好ましく、250℃以下であることがより好ましい。なお、不飽和脂肪酸が多いパーム系油脂、例えば、ヨウ素価が58以上のパーム系油脂の場合は、トランス脂肪酸の発生を抑制する観点から、薄膜蒸留処理を175℃未満で行ってもよい。
【0025】
本発明における真空度は、グリシドール、3−MCPD及びこれらの脂肪酸エステル等の微量成分や、熱に不安定な物質及び高沸点物質等を除去しやすいという観点から、0(ゼロ)Paに近いことが好ましい。具体的には、本発明における薄膜蒸留処理は、好ましくは1.0Pa以下、より好ましくは、0.5Pa以下、さらに好ましくは0.3Pa以下の真空度で行ってもよい。
【0026】
なお、本発明における「真空度」は、絶対圧基準で表記される。この値は、絶対真空をゼロとして、理想的な真空の状態(絶対真空)にどの程度接近しているかを示す。
【0027】
薄膜蒸留処理の処理時間は、薄膜蒸留機の蒸発面に油脂が存在する時間を指し、特に限定されないが、十分な蒸留を行うという観点から、好ましくは1秒以上、より好ましくは3秒以上としてもよい。また、原料パーム系油脂への熱影響を抑制するという観点から、薄膜蒸留処理の処理時間は、好ましくは5分以下、より好ましくは3分以下、さらに好ましくは1分以下、最も好ましくは30秒以下としてもよい。
【0028】
薄膜処理の処理時間は、薄膜処理の処理速度に関係する。薄膜処理の処理速度は「蒸発面の単位面積当たりの油供給速度」を用いて示すことができる。ここで、「蒸発面の単位面積当たりの油供給速度」とは、1時間当たりの原料パーム系油脂の供給速度を、蒸発面の面積で除した値である。本発明における「蒸発面の単位面積当たりの油供給速度」は、原料パーム系油脂に対する熱による影響を抑制するという観点から、好ましくは2.00×10−3L/h・cm以上、より好ましくは、7.00×10−3L/cm以上としてもよい。また、十分な蒸留を行うという観点から、「蒸発面の単位面積当たりの油供給速度」は、好ましくは12.0×10−3L/h・cm以下、より好ましくは、10.0×10−3L/cm以下としてもよい。
【0029】
薄膜蒸留の種類としては、高真空(<0.1Pa)で行われ、凝集器が蒸発分子の平均自由行程よりも短い距離内に配置される分子蒸留と、0.1Pa以上で行われ、凝集器が蒸発分子の平均自由行程と等距離前後に配置される短行程蒸留処理とがあるが、蒸留の効率が高いという観点から、本発明においては短行程蒸留処理を行うことが好ましい。
【0030】
薄膜蒸留処理において使用される薄膜蒸留機は、特に限定されないが、流下液膜式、遠心式、上昇液膜式、ワイプトフィルム式等の蒸発機を使用できる。原料パーム系油脂の薄膜蒸留機内滞留時間が短く、原料パーム系油脂への熱影響を少なくできる等の観点から、ワイプトフィルム式の蒸発機が好ましい。薄膜蒸留機の蒸発面の材質は特に限定されず、ガラス製やステンレス製のものを使用できる。
【0031】
パーム系油脂の精製工程において、薄膜蒸留処理を行うタイミングは特に限定されない。
【0032】
後述のとおり、原料パーム系油脂は、薄膜蒸留処理以外の精製工程を経たパーム系油脂、又は未精製のパーム系油脂であってもよい。原料パーム系油脂が脱臭工程を経たパーム系油脂であると、薄膜蒸留処理によってグリシドール、3−クロロプロパン−1,2−ジオール及びこれらの脂肪酸エステル、並びにジグリセリドの含量をより低減しやすい点で好ましい。また、原料パーム系油脂が脱臭工程を経ていない場合は、薄膜蒸留処理によってジグリセリドの含量を低減しやすく、薄膜蒸留処理後に脱臭工程を行うことでグリシドール、3−クロロプロパン−1,2−ジオール及びこれらの脂肪酸エステルの含量をより効率的に低減できる。
【0033】
原料パーム系油脂が薄膜蒸留処理以外の精製工程を経たパーム系油脂である場合、各精製工程(脱ガム工程、脱酸工程、水洗工程、脱色工程、脱臭工程、分別工程等のうち1以上)の後の任意のタイミングで薄膜蒸留処理を行ってもよい。薄膜蒸留処理を行った後、得られた油脂をそのまま精製パーム系油脂として流通させてもよいし、さらなる精製工程に供してもよい。例えば、原料パーム系油脂が、脱臭工程等を経て得られたパーム系油脂である場合、該パーム系油脂に対して薄膜蒸留処理を行った後、分別工程等に供してもよい。
【0034】
原料パーム系油脂が未精製のパーム系油脂である場合、薄膜蒸留処理を行った後、得られた油脂をそのまま精製パーム系油脂として流通させてもよいし、さらなる精製工程に供してもよい。
【0035】
薄膜蒸留処理以外の各精製工程(脱ガム工程、脱酸工程、水洗工程、脱色工程、脱臭工程、分別工程等)の条件は特に限定されず、油脂の精製において通常採用される条件を適用できる。
【0036】
[原料パーム系油脂]
本発明において、パーム系油脂としては、パーム由来の油脂が挙げられる。具体的なパーム系油脂としては、例えば、パーム油、パーム核油、パーム油の分別油、パーム核油の分別油、パーム油の水素添加油、パーム核油の水素添加油、パーム油の分別油の水素添加油、パーム核油の分別油の水素添加油、これらのエステル交換油等が挙げられる。なお、パーム油の分別油としてはスーパーオレイン、パームオレイン、パームミッドフラクション、パームステアリンが挙げられ、パーム核油の分別油としては、パーム核オレイン、パーム核ステアリンが挙げられる。
【0037】
上記薄膜蒸留処理に供される原料パーム系油脂としては、特に限定されないが、薄膜蒸留処理以外の精製工程(脱ガム工程、脱酸工程、水洗工程、脱色工程、脱臭工程、分別工程等)を経たパーム系油脂、又は未精製のパーム系油脂であってもよい。上述のとおり、原料パーム系油脂は、脱臭工程を経たパーム系油脂であることが好ましい。油脂の精製方法としては、特に限定されないが、ケミカル精製(ケミカルリファイニング)、フィジカル精製(フィジカルリファイニング)のいずれであってもよい。なお、前者のケミカル精製においては、原料である植物を圧搾・抽出して得られた原油を、脱ガム処理、アルカリ脱酸処理、脱色処理、脱ろう処理、脱臭処理することで精製し、精製油脂を得る。これに対し、後者のフィジカル精製においては、原油を、脱ガム処理、蒸留等によるアルカリを使用しない脱酸処理、脱色処理、脱臭処理することで精製し、精製油脂を得る。なお、脱ガム工程、脱色工程、脱臭工程を経た油脂はRBD(Refined Bleached Deodorized)油と呼ばれる。
【0038】
原料パーム系油脂の特性等は、特に限定されないが、不飽和脂肪酸が少なく、トランス脂肪酸が発生しにくく、酸化安定性が高いという観点から、ヨウ素価が58未満であるものが好ましい。
【0039】
原料パーム系油脂中の主成分はグリセリドであるが、それ以外の成分として、例えば、植物ステロール、レシチン、抗酸化成分(トコフェロール等)、色素成分等が含まれてもよい。
【0040】
[精製パーム系油脂中のグリシドール、3−クロロプロパン−1,2−ジオール、及びこれらの脂肪酸エステル、並びにジグリセリドの含量の特定]
本発明の製造方法によれば、グリシドール、3−クロロプロパン−1,2−ジオール、及びこれらの脂肪酸エステル、並びにジグリセリドの含量が低減された精製パーム系油脂を得ることができる。
【0041】
具体的には、本発明の製造方法によれば、精製パーム系油脂中のグリシドール及びその脂肪酸エステルの総量(グリシドールとして換算した総量)を、原料パーム系油脂中のグリシドール及びその脂肪酸エステルの総量(グリシドールとして換算した総量)に対して50%以下、好ましくは35%以下、より好ましくは20%以下に低減できる。また、精製パーム系油脂中の3−クロロプロパン−1,2−ジオール、及びその脂肪酸エステルの総量(3−クロロプロパン−1,2−ジオールとして換算した総量)を、原料パーム系油脂中の3−クロロプロパン−1,2−ジオール、及びその脂肪酸エステルの総量(3−クロロプロパン−1,2−ジオールとして換算した総量)に対して95%以下、好ましくは90%以下、より好ましくは60%以下に低減できる。また、精製パーム系油脂中のジグリセリドの総量を、原料パーム系油脂中のジグリセリドの総量に対して65%以下、好ましくは50%以下、より好ましくは45%以下に低減できる。
【0042】
さらに、本発明の製造方法によれば、精製パーム系油脂の酸価、過酸化物価も低下させ得る。したがって、本発明の製造方法によれば、精製度の高い油脂が提供され得る。
【0043】
さらにまた、本発明の製造方法によれば、精製パーム系油脂の著しい着色が抑制され得る。本発明の製造方法により得られる精製パーム系油脂の色値(下記実施例に記載された方法に基づき算出された値)は、原料パーム系油脂の色値と比較して、好ましくは±2の差を有し、より好ましくは±1の差を有し、さらに好ましくは原料パーム系油脂の色値と実質的に同一であることが好ましい。
【0044】
油脂中のグリシドール、3−クロロプロパン−1,2−ジオール、及びこれらの脂肪酸エステル、並びにジグリセリドの含量、酸価、過酸化物価、色値は実施例に記載された方法で特定する。
【実施例】
【0045】
以下、実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0046】
<実施例1〜4>
原料パーム系油脂(RBDパーム油、ヨウ素価=52)を、短行程蒸留装置KDL5型(UIC GmbH社製、ガラス製の蒸発面480cm、凝集面650cm、最大流量1L/hr)の蒸発面へ導入し、表1に示す条件で薄膜蒸留処理(本例においては、短行程蒸留処理)を行った。なお、短行程蒸留装置の蒸発面における原料パーム系油脂の滞留時間(つまり、薄膜蒸留処理の処理時間)は5秒以上30秒以下の範囲に設定した。
【0047】
以上の条件で短行程蒸留処理した後の残留分及び留出分を採取した。なお、表1中、「運転時間」とは、短行程蒸留装置の総運動時間を指す。「留分率」とは、採取した残留分及び留出分の総量のうち、留出分の割合を示す。「残渣率」とは、採取した残留分及び留出分の総量のうち、残留分の割合を示す。
【0048】
【表1】
【0049】
短行程蒸留処理前の原料パーム系油脂、短行程蒸留処理後の残留分(精製パーム系油脂に相当する。)について、下記のように物性及び組成を検討した。その結果を表2に示す。
【0050】
[MCPD−FSの定量]
各精製油脂中の3−MCPD、グリシドール及びこれらの脂肪酸エステルを3−MCPDとして換算した総量(該総量を「MCPD−FS」という。)の定量を、ドイツ公定法(DGF Standard Methods C−III 18(09))に準拠して行った。
【0051】
具体的には、各精製油脂100mgに、50μLの内部標準物質(3−MCPD−d5 20μg/mL溶液)を加えた後、1mLのナトリウムメトキシド溶液(0.5mol/L メタノール)を加え、室温にて反応させ、エステルのけん化分解を行った。次いで、これに酢酸を微量に含んだ3mLの食塩水(20%)と3mLのヘキサンとを加えて混合した後、ヘキサンを除去した。その後、250μLのフェニルホウ酸水溶液(25%)により誘導体化し、2mLのヘキサンにて抽出し、ガスクロマトグラフ質量分析装置による測定を行った。
上記ガスクロマトグラフ質量分析装置の測定にて得られたクロマトグラムを用い、内部標準である3−MCPD−d5と、3−MCPDのイオン強度を比較し、油脂中の3−MCPD、グリシドール及びこれらの脂肪酸エステルの総量を遊離3−MCPD換算にて算出した。
【0052】
[True MCPDの定量]
各精製油脂中の3−MCPD、及び3−MCPDの脂肪酸エステルを3−MCPDとして換算した総量(該総量を「True MCPD」という。)の定量を、ドイツ公定法(DGF Standard Methods C−III 18(09))の変法に準拠して行った。
【0053】
具体的には、各精製油脂100mgに、50μLの内部標準物質(3−MCPD−d5 20μg/mL溶液)を加えた後、1mLのナトリウムメトキシド溶液(0.5mol/L メタノール)を加え、室温にて反応させ、エステルのけん化分解を行った。次いで、これに酢酸を微量に含んだ3mLの臭化ナトリウム水溶液(50%)と3mLのヘキサンとを加えて混合した後、ヘキサンを除去した。その後、500μLのフェニルホウ酸水溶液(12.5%)により誘導体化し、2mLのヘキサンにて抽出し、ガスクロマトグラフ質量分析装置による測定を行った。
上記ガスクロマトグラフ質量分析装置の測定にて得たクロマトグラムを用い、内部標準である3−MCPD−d5と、3−MCPDのイオン強度を比較し、グリセリド組成中の3−MCPD、及び3−MCPDの脂肪酸エステルの総量を遊離3−MCPD換算にて算出した。
【0054】
なお、以下の表中、「True MCPD」の項の括弧内の数値は、原料パーム系油脂のTrue MCPDに対する、各精製パーム系油脂のTrue MCPDの割合を示す。例えば、実施例1においては、精製パーム系油脂のTrue MCPD(3.2mg/kg)は、原料パーム系油脂のTrue MCPD(3.4mg/kg)に対して約94.1%である。
【0055】
[グリシドール量の算出]
上記の方法で特定したMCPD−FS及びTrue MCPDの値に基づき、各精製油脂中のグリシドール量(グリシドール及びその脂肪酸エステルをグリシドールとして換算した総量)を、下記式に基づき算出した。
グリシドール量=(MCPD−FS−True MCPD)×0.67
なお、上記式中、「0.67」とは、グリシドールの分子量(74.1)を3−MCPDの分子量(110.54)で割った値である。
【0056】
なお、以下の表中、「グリシドール」の項の括弧内の数値は、原料パーム系油脂のグリシドール量に対する、各精製パーム系油脂のグリシドール量の割合を示す。例えば、実施例1においては、精製パーム系油脂のグリシドール量(0.2mg/kg)は、原料パーム系油脂のグリシドール量(0.6mg/kg)に対して約33.3%である。
【0057】
[酸価]
日本油化学会編「基準油脂分析試験法 2.3.1−1996 酸価」に基づき測定した。
【0058】
[過酸化物価]
日本油化学会編「基準油脂分析試験法 2.5.2.1−2013 過酸化物価」に基づき測定した。
【0059】
[ジグリセリド量の定量]
AOCS 「Official Method Cd 11b−91 Determination of Mono− and Diglycerides by Capillary Gas Chromatography」に基づき測定した。
【0060】
なお、以下の表中、「ジグリセリド」の項の括弧内の数値は、原料パーム系油脂のジグリセリド量に対する、各精製パーム系油脂のジグリセリド量の割合を示す。例えば、実施例1においては、精製パーム系油脂のジグリセリド量(7.5質量%)は、原料パーム系油脂のジグリセリド量(7.9質量%)に対して約94.9%である。
【0061】
【表2】
【0062】
表2に示されるとおり、本発明の製造方法によれば、MCPD−FS、True MCPD、グリシドール、及びジグリセリドの値をそれぞれ低減できることから、パーム系油脂中のグリシドール、3−クロロプロパン−1,2−ジオール、及びこれらの脂肪酸エステル、並びにジグリセリドの量を低減できることがわかる。
【0063】
また、本発明の製造方法によれば、酸価、及び過酸化物価をも低下させることができた。
【0064】
<実施例5〜9>
実施例1から4の短行程蒸留装置KDL5型に代えて、短行程蒸留装置KD6型(UIC GmbH社製、ステンレス製の蒸発面600cm、凝集面600cm、最大流量14L/hr)を用いて、下記の処理を行った。短行程蒸留装置KD6型の蒸発面に、原料パーム系油脂(RBDパーム油、ヨウ素価=52)を導入し、表3に示す条件で薄膜蒸留処理(本例においては、短行程蒸留処理)を行った。具体的には、蒸発管温度を270℃に設定し、原料パーム系油脂の供給速度を変更して、短行程蒸留処理を行った。なお、表3中、「蒸発面の単位面積当たりの油供給速度」は、1時間当たりの原料パーム系油脂の供給速度を、蒸発面の面積(本例の場合、600cm)で除した値である。
【0065】
【表3】
【0066】
実施例1〜4と同様の方法で、短行程蒸留処理前の原料パーム系油脂、及び、実施例5〜9の短行程蒸留処理後の残留分(精製パーム系油脂に相当する)について、物性及び組成を検討した。さらに、短行程蒸留処理前の原料パーム系油脂、短行程蒸留処理後の残留分について、下記のように色度を測定し、色値を算出した。その結果を表4に示す。
【0067】
[色値の算出]
日本油化学会編「基準油脂分析試験法 2.2.1−1996 ロビボンド法」に基づき色度(Y値、R値)を測定し、得られた色度から色値(Y+10Rにより表される値)を算出した。測定には、ロビボンド比色計(セル長:133.4mm)を使用した。
【0068】
【表4】
【0069】
表4に示されるとおり、実施例5〜9においても、実施例1〜4の結果と同様に、MCPD−FS、True MCPD、グリシドール、及びジグリセリドの値をそれぞれ低減できることから、パーム系油脂中のグリシドール、3−クロロプロパン−1,2−ジオール、及びこれらの脂肪酸エステル、並びにジグリセリドの量を低減できることがわかる。
【0070】
<実施例10〜13>
実施例5〜9と同様に、短行程蒸留装置KD6型を用いて、下記の処理を行った。短行程蒸留装置KD6型の蒸発面に、原料パーム系油脂(RBDパーム油、ヨウ素価=52)を導入し、表5に示す条件で薄膜蒸留処理(本例においては、短行程蒸留処理)を行った。具体的には、「蒸発面単位面積当たりの供給速度」を7.20×10−3L/h・cmに設定し、蒸発管温度を変更して、短行程蒸留処理を行った
【0071】
【表5】
【0072】
実施例5〜9と同様の方法で、短行程蒸留処理前の原料パーム系油脂、及び、実施例10〜13の短行程蒸留処理後の残留分(精製パーム系油脂に相当する)について、物性(色値を含む)及び組成を検討した。その結果を表6に示す。
【0073】
【表6】
【0074】
表6に示されるとおり、実施例10〜13においても、実施例1〜9の結果と同様に、MCPD−FS、True MCPD、グリシドール、及びジグリセリドの値をそれぞれ低減できることから、パーム系油脂中のグリシドール、3−クロロプロパン−1,2−ジオール、及びこれらの脂肪酸エステル、並びにジグリセリドの量を低減できることがわかる。