特許第6581755号(P6581755)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6581755
(24)【登録日】2019年9月6日
(45)【発行日】2019年9月25日
(54)【発明の名称】銅合金板材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 9/06 20060101AFI20190912BHJP
   C22C 9/00 20060101ALI20190912BHJP
   C22C 9/02 20060101ALI20190912BHJP
   C22C 9/04 20060101ALI20190912BHJP
   C22C 9/05 20060101ALI20190912BHJP
   C22C 9/10 20060101ALI20190912BHJP
   C22F 1/00 20060101ALI20190912BHJP
   C22F 1/08 20060101ALI20190912BHJP
   H01B 1/02 20060101ALI20190912BHJP
   H01B 5/02 20060101ALI20190912BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20190912BHJP
【FI】
   C22C9/06
   C22C9/00
   C22C9/02
   C22C9/04
   C22C9/05
   C22C9/10
   C22F1/00 602
   C22F1/00 606
   C22F1/00 623
   C22F1/00 630A
   C22F1/00 630G
   C22F1/00 630K
   C22F1/00 661A
   C22F1/00 661Z
   C22F1/00 681
   C22F1/00 682
   C22F1/00 683
   C22F1/00 684A
   C22F1/00 684C
   C22F1/00 685Z
   C22F1/00 686B
   C22F1/00 691A
   C22F1/00 691B
   C22F1/00 691C
   C22F1/00 692A
   C22F1/00 694A
   C22F1/00 694B
   C22F1/00 694Z
   C22F1/08 B
   C22F1/08 P
   C22F1/08 Q
   H01B1/02 A
   H01B5/02 Z
   H01B13/00 501Z
【請求項の数】8
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2013-166451(P2013-166451)
(22)【出願日】2013年8月9日
(65)【公開番号】特開2015-34328(P2015-34328A)
(43)【公開日】2015年2月19日
【審査請求日】2016年5月26日
【審判番号】不服2018-2556(P2018-2556/J1)
【審判請求日】2018年2月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005290
【氏名又は名称】古河電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002631
【氏名又は名称】特許業務法人イイダアンドパートナーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100076439
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 敏三
(74)【代理人】
【識別番号】100161469
【弁理士】
【氏名又は名称】赤羽 修一
(72)【発明者】
【氏名】磯松 岳己
(72)【発明者】
【氏名】金子 洋
(72)【発明者】
【氏名】江口 立彦
【合議体】
【審判長】 中澤 登
【審判官】 長谷山 健
【審判官】 粟野 正明
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−122114(JP,A)
【文献】 特開2013−40393(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/00-9/10
C22F 1/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Niを1.0〜5.0質量%、Siを0.1〜2.0質量%、並びにB0.05〜0.10質量%、Mg0.09〜0.30質量%、P0.15質量%以下、Cr0.05〜0.40質量%、Mn0.15〜0.16質量%、Fe0.05〜0.10質量%、Co1.00〜1.10質量%、Zn0.40〜1.00質量%、Zr0.10〜0.20質量%、Ag0.10質量%以下及びSn0.14〜0.70質量%で、B、Mg、P、Cr、Mn、Fe、Co、Zn、Zr、Ag及びSnからなる群から選ばれる少なくとも1種を合計で0〜3.0質量%含有し、残部が銅及び不可避不純物からなる銅合金の板材であって、
圧延面における解析で、結晶粒の短径/長径の比で表わされるアスペクト比が0.3以下の結晶粒であり、かつ、TD方向から±30°以内を向いた結晶粒について、前記結晶粒の面積の総和の、全結晶粒の面積に対する割合が20%以上であることを特徴とする銅合金板材。
【請求項2】
前記結晶粒の密度が0.030個/mm以上である請求項1に記載の銅合金板材。
【請求項3】
B、Mg、P、Cr、Mn、Fe、Co、Zn、Zr、Ag及びSnからなる群から選ばれる少なくとも1種を合計で0.1〜3.0質量%含有する請求項1または2に記載の銅合金板材。
【請求項4】
板材に一定の応力を加えた際の変位量を示す、引張試験で測定した、TD方向のヤング率が125GPa以上であり、たわみ試験で測定したTD方向のたわみ係数が115GPa以上、TD方向の耐力が600MPa以上である請求項1〜3のいずれか1項に記載の銅合金板材。
【請求項5】
板バネ疲労試験による耐疲労特性が、負荷応力500MPa以上で、繰り返し回数が10回以上である請求項1〜4のいずれか1項に記載の銅合金板材。
【請求項6】
Niを1.0〜5.0質量%、Siを0.1〜2.0質量%、並びにB0.05〜0.10質量%、Mg0.09〜0.30質量%、P0.15質量%以下、Cr0.05〜0.40質量%、Mn0.15〜0.16質量%、Fe0.05〜0.10質量%、Co1.00〜1.10質量%、Zn0.40〜1.00質量%、Zr0.10〜0.20質量%、Ag0.10質量%以下及びSn0.14〜0.70質量%で、B、Mg、P、Cr、Mn、Fe、Co、Zn、Zr、Ag及びSnからなる群から選ばれる少なくとも1種を合計で0〜3.0質量%含有し、残部が銅及び不可避不純物からなる銅合金板材を製造する方法であって、前記銅合金板材を与える合金成分組成から成る銅合金素材に、
0.1〜100℃/秒の冷却速度で鋳造[工程1]、
合計加工率10〜30%、圧延パス数1〜10回で冷間圧延1[工程2]、
800〜1020℃で5分〜20時間の均質化熱処理[工程3]、
1020〜500℃で熱間圧延[工程4]、
水冷[工程5]、
昇温速度5〜15℃/秒、保持温度500〜800℃、保持時間1秒〜60秒の中間焼鈍[工程6]、
加工率30〜99%で冷間圧延2[工程7]、
到達温度700〜1020℃、保持時間1秒〜60秒の中間溶体化熱処理[工程8]、
保持温度300〜600℃、保持時間10分〜20時間の時効析出熱処理[工程9]、
酸洗[工程10]、及び
加工率5〜80%で冷間圧延する仕上げ圧延[工程11]
の各工程をこの順に施し、
圧延面における解析で、結晶粒の短径/長径の比で表わされるアスペクト比が0.3以下の結晶粒であり、かつ、TD方向から±30°以内を向いた結晶粒について、前記結晶粒の面積の総和の、全結晶粒の面積に対する割合が20%以上であることを特徴とする銅合金板材の製造方法。
【請求項7】
前記仕上げ圧延[工程11]の後、保持温度300〜600℃で1秒〜60秒熱処理する低温焼鈍[工程12]を施す請求項6に記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項8】
B、Mg、P、Cr、Mn、Fe、Co、Zn、Zr、Ag及びSnからなる群から選ばれる少なくとも1種を合計で0.1〜3.0質量%含有する請求項6または7に記載の銅合金板材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気・電子機器用のリードフレーム、コネクタ、端子材、リレー、スイッチ、ソケットなどに適用される銅合金板材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電気・電子機器用途に使用される銅合金板材に要求される特性項目は、導電率、耐力(降伏応力)、引張強度、曲げ加工性、耐疲労特性、耐応力緩和特性、ヤング率などがある。近年、電気・電子機器の小型化、軽量化、高機能化、高密度実装化や、使用環境の高温化に伴って、これらの要求特性が高まっている。その中で、高いヤング率を有する材料が求められている。
【0003】
例えば端子用の銅合金板材は、材料の薄肉化や幅狭化によって軽量化や材料使用量の低減が検討されている。このとき、端子の板バネ部の接圧を確保するために変位量を大きくとろうとすると、部品の小型化との両立が出来ない。そこで、少ない変位量で大きな応力を得るためには、ヤング率の高い材料が求められる。
【0004】
また、大電流コネクタなどでは、導通部材の断面積を大きくとる必要があるため、通常、板厚が1mm以上の厚肉材が用いられる。しかし、厚肉材は曲げ変形させた際のスプリングバックが問題となる。そこで、曲げ変形させた場合のスプリングバック量を低減するために、ヤング率の高い材料が求められている。特に、コネクタのコンタクトの材料をとる方向は、通常、圧延方向に対して90°の方向である「圧延板の幅方向(TD;Transversal Direction)」である。このTD方向に応力が付与され、曲げ変形が加わる。そのため、TD方向のヤング率を高めることが求められている。
【0005】
さらに、大電流コネクタでは、電流が流れることにより発生するジュール熱によって、材料自体が発熱し、応力緩和する問題がある。この使用中の『へたり』によって、初期の接圧を維持できない問題も挙げられる。よって、材料が耐応力緩和特性に優れることも求められている。
【0006】
また、電子機器や自動車に使用される部品として用いられる場合、使用状況により振動が加わり、材料に繰り返しの応力が付与される。材料に一定の負荷応力を負荷し続けていると、板材にき裂が発生し、破断に至ってしまう。従って、材料が耐疲労特性に優れていることが求められる。
【0007】
従来、電気・電子機器用材料としては、鉄系材料の他、リン青銅、丹銅、黄銅等の銅系材料が広く用いられている。これらの銅合金は、SnやZnの固溶強化と、圧延や線引きなどの冷間加工による加工硬化の組み合わせによって強度を向上させている。しかしこの方法で強化した合金材料では、導電率が不十分となりがちである。また、高い冷間加工率で冷間圧延などの加工を施すことによって強度を得ているために、曲げ加工性が不十分である。そこで、固溶強化や加工硬化に替わる強化法として、銅合金中に第二相を析出させる析出強化がある。この強化方法は強度が高くなることに加えて、導電率を同時に向上させるメリットがあるため、多くの合金系で行われている。
【0008】
このような中で、電気・電子機器用途としては、Cu−Ni−Si系合金(コルソン系合金)が用いられている。Cu−Ni−Si系合金は、主に析出強化や加工硬化によって強化される合金である。よって、Cu−Ni−Si系合金において、TD方向のヤング率や耐応力緩和特性、耐疲労特性の向上が求められている。
【0009】
これらの要求に対して、合金材料の結晶方位の制御によって解決する提案がいくつかなされている。例えば、特許文献1、2では、合金中の集合組織のCube方位のX線回折強度やCube方位結晶粒の面積率を制御することによって、0.2%耐力、耐応力緩和特性や曲げ加工性を改善している。特許文献3では、板材縦断面の全結晶粒の扁平率を制御することで、強度異方性を改善している。特許文献4、5では、集合組織の制御、すなわちTD方向に向く(111)面を集積することによってヤング率を高めている。
【0010】
特許文献1に記載された技術においては、Ni−Si系の析出物の平均粒子径、一定以上のI{200}結晶面のX線回折ピーク強度を高めている。また、結晶粒内の双晶密度を高めることによって、0.2%耐力、曲げ加工性、耐応力緩和特性を改善しているが、ヤング率特性についての改善はなされていない。また、特許文献1に記載の製造方法では、TDに向く(100)面を集積させる為、ヤング率が低くなることが推測される。
【0011】
特許文献2に記載された技術においては、集合組織制御によって結晶内のCube方位面積率および双晶境界密度を高めることで、導電率、0.2%耐力、曲げ加工性と耐応力緩和特性を改善しているが、ヤング率の制御はされておらず、特性改善の効果が限定されている。
【0012】
特許文献3に記載された技術においては、板材縦断面の組織観察から、全結晶粒の扁平率の制御によって強度異方性を改善しているものの、その強度は700MPa以上であって上限でも820MPaと依然低く、ヤング率の制御もされていない。
【0013】
特許文献4および特許文献5に記載された技術においては、集合組織の制御によりTDのヤング率を高めているが、製造工程が長く煩雑であることに加えて、特定の結晶面を配向させる集合組織の制御であるため、本発明で得られる金属組織とは大きく異なる。
また、非特許文献1は、母相と第二相から構成される材料の平均的なヤング率を示している。
【0014】
なお、ヤング率の測定には、引張試験による応力−ひずみ線図の弾性領域の傾きから算出する方法、梁(片持ち梁)をたわませた際の応力−ひずみ線図の弾性領域の傾きから算出する方法の2つの方法がある。
【0015】
さらに、銅合金板材のヤング率については、特許文献6および特許文献7にも記載がある。
特許文献6には、例えば、圧延方向(RD)に向くCube方位(100)面の面積率を30%以上と制御することによって、ヤング率が110GPa以下と小さい銅合金板材が記載されている。しかし、この特許文献6は、ヤング率を低下することを課題とするものであって、TD方向のヤング率に着目してこれを高めることについては記載がない。
【0016】
また、特許文献7には、時効処理時に銅合金中の結晶粒界近傍に所定の幅で無析出帯(PFZ)を形成し、圧延平行方向の引張強度(TS(LD))、Ni含有量、母材の平均結晶粒径、無析出帯(PFZ)の幅、及び結晶粒界上の化合物の粒子径を所定の関係を満たすように制御することによって、その実施例にはヤング率が130GPaである銅合金板材が記載されている。しかし、この特許文献7は、TD方向のヤング率については言及がなく、TD方向のヤング率に着目してこれを高めることについては記載がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特開2011−84764号公報
【特許文献2】特開2011−231393号公報
【特許文献3】特開2011−17070号公報
【特許文献4】特開2012−180593号公報
【特許文献5】特開2012−177199号公報
【特許文献6】国際公開WO2011/068134A1号公報
【特許文献7】国際公開WO2009/104615A1号公報
【非特許文献】
【0018】
【非特許文献1】尾中ら:日本金属学会誌 Vol.63,No.10(1999)pp.1283−1289
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
このように、従来、TD方向のヤング率を高めた銅合金板材は知られておらず、その提供が要求されていた。上記のような課題に鑑み、本発明の目的は、TD方向のヤング率が高く、かつ、TD方向に高い耐力を有し、耐応力緩和特性と耐疲労特性に優れた、電気・電子機器用のリードフレーム、コネクタ、端子材等、自動車車載用などのコネクタや、その他の端子材、リレー、スイッチなどに適した銅合金板材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者らは、種々の検討を重ね、電気・電子部品用途に適した銅合金板材について研究を行った結果、Cu−Ni−Si系の銅合金板材において、所定の方向を向いたアスペクト比0.3以下の扁平な結晶粒が占める面積の割合を適正に制御することによって、TD方向の応力に対するヤング率を高められることを見い出した。また、本発明者らは、上記の扁平組織を実現するための特定の工程を有してなる銅合金板材の製造方法を見い出した。本発明は、これらの知見に基づき完成するに至ったものである。
【0021】
すなわち、本発明によれば、以下の手段が提供される。
(1)Niを1.0〜5.0質量%、Siを0.1〜2.0質量%、並びにB0.05〜0.10質量%、Mg0.09〜0.30質量%、P0.15質量%以下、Cr0.05〜0.40質量%、Mn0.15〜0.16質量%、Fe0.05〜0.10質量%、Co1.00〜1.10質量%、Zn0.40〜1.00質量%、Zr0.10〜0.20質量%、Ag0.10質量%以下及びSn0.14〜0.70質量%で、B、Mg、P、Cr、Mn、Fe、Co、Zn、Zr、Ag及びSnからなる群から選ばれる少なくとも1種を合計で0〜3.0質量%含有し、残部が銅及び不可避不純物からなる銅合金の板材であって、
圧延面における解析で、結晶粒の短径/長径の比で表わされるアスペクト比が0.3以下の結晶粒であり、かつ、TD方向から±30°以内を向いた結晶粒について、前記結晶粒の面積の総和の、全結晶粒の面積に対する割合が20%以上であることを特徴とする銅合金板材。
(2)前記結晶粒の密度が0.030個/mm以上である(1)項に記載の銅合金板材。
(3)B、Mg、P、Cr、Mn、Fe、Co、Zn、Zr、Ag及びSnからなる群から選ばれる少なくとも1種を合計で0.1〜3.0質量%含有する(1)または(2)項に記載の銅合金板材。
(4)板材に一定の応力を加えた際の変位量を示す、引張試験で測定した、TD方向のヤング率が125GPa以上であり、たわみ試験で測定したTD方向のたわみ係数が115GPa以上、TD方向の耐力が600MPa以上である(1)〜(3)のいずれか1項に記載の銅合金板材。
(5)板バネ疲労試験による耐疲労特性が、負荷応力500MPa以上で、繰り返し回数が10回以上である(1)〜(4)のいずれか1項に記載の銅合金板材。
(6)Niを1.0〜5.0質量%、Siを0.1〜2.0質量%、並びにB0.05〜0.10質量%、Mg0.09〜0.30質量%、P0.15質量%以下、Cr0.05〜0.40質量%、Mn0.15〜0.16質量%、Fe0.05〜0.10質量%、Co1.00〜1.10質量%、Zn0.40〜1.00質量%、Zr0.10〜0.20質量%、Ag0.10質量%以下及びSn0.14〜0.70質量%で、B、Mg、P、Cr、Mn、Fe、Co、Zn、Zr、Ag及びSnからなる群から選ばれる少なくとも1種を合計で0〜3.0質量%含有し、残部が銅及び不可避不純物からなる銅合金板材を製造する方法であって、前記銅合金板材を与える合金成分組成から成る銅合金素材に、
0.1〜100℃/秒の冷却速度で鋳造[工程1]、
合計加工率10〜30%、圧延パス数1〜10回で冷間圧延1[工程2]、
800〜1020℃で5分〜20時間の均質化熱処理[工程3]、
1020〜500℃で熱間圧延[工程4]、
水冷[工程5]、
昇温速度5〜15℃/秒、保持温度500〜800℃、保持時間1秒〜60秒の中間焼鈍[工程6]、
加工率30〜99%で冷間圧延2[工程7]、
到達温度700〜1020℃、保持時間1秒〜60秒の中間溶体化熱処理[工程8]、
保持温度300〜600℃、保持時間10分〜20時間の時効析出熱処理[工程9]、
酸洗[工程10]、及び
加工率5〜80%で冷間圧延する仕上げ圧延[工程11]
の各工程をこの順に施し、
圧延面における解析で、結晶粒の短径/長径の比で表わされるアスペクト比が0.3以下の結晶粒であり、かつ、TD方向から±30°以内を向いた結晶粒について、前記結晶粒の面積の総和の、全結晶粒の面積に対する割合が20%以上であることを特徴とする銅合金板材の製造方法。
(7)前記仕上げ圧延[工程11]の後、保持温度300〜600℃で1秒〜60秒熱処理する低温焼鈍[工程12]を施す(6)項に記載の銅合金板材の製造方法。
(8)B、Mg、P、Cr、Mn、Fe、Co、Zn、Zr、Ag及びSnからなる群から選ばれる少なくとも1種を合計で0.1〜3.0質量%含有する(6)または(7)項に記載の銅合金板材の製造方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明の銅合金板材は、所定の合金組成を有し、アスペクト比が0.3以下の結晶粒であり、かつ、TD方向から±30°以内を向いた結晶粒について、前記結晶粒の面積の総和の、全結晶粒の面積に対する割合が20%以上である金属組織を実現することで、TD方向のヤング率が高く、TD方向の耐力、耐応力緩和特性、耐疲労特性に優れ、電気・電子機器の用途に好適な銅合金を提供することができる。
【0023】
この本発明の銅合金板材は、電気・電子機器用のリードフレーム、コネクタ、端子材等、自動車車載用などのコネクタや、その他の端子材、リレー、スイッチなどに特に適した性質を有する。
また、本発明の製造方法によれば、上記銅合金板材を好適に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1図1は、母相Mに対してそれぞれ第二相Ωを有する複相材料を模式的に示す説明図である。図1(A)にType Aとして示した複相材料は、母相Mに対して、第二相Ωの形状が、図中に上下方向の矢印で示した応力軸に垂直な板状である場合を示す。一方、図1(B)にType Bとして示した複相材料は、母相Mに対して、第二相Ωの形状が、図中に上下方向の矢印で示した応力軸に平行な連続繊維状である場合を示す。
図2図2は、圧延方向(RD)と垂直な方向(TD)に結晶粒の向きが揃うように結晶粒を制御した様子を模式的に示す説明図である。図2(A)は、結晶粒の配向制御前のランダムな状態であり、図2(B)は、結晶粒の向きが揃った状態である。
図3図3は、実施例で用いた板バネ疲労試験装置を模式的に示す説明図である。
図4図4は、実施例で用いた耐応力緩和特性試験装置を模式的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の銅合金板材の好ましい実施の態様について、詳細に説明する。なお、本発明における「板材」には、「条材」も含むものとする。
【0026】
[アスペクト比0.3以下の扁平粒の配向を制御した金属組織]
銅合金板材のTD方向のヤング率を高めるために、本発明者らはヤング率制御と組織の相関について詳細に調査した。その結果、板材ND方向から組織観察した際に、つまり圧延面を観察・解析した場合に、前記アスペクト比が0.3以下の結晶粒の向きとその面積割合を制御し、つまり、扁平粒が長径をTD方向に向けて略平行に配列するように配向を制御することによって、TD方向のヤング率を高くすることができることを見い出した。ここで、扁平粒が長径をTD方向に向けて略平行に配列するとは、本発明で規定するところのアスペクト比が0.3以下の結晶粒がTD方向から±30°以内を向いた状態であることをいう(図1)、図2(B)参照)。
【0027】
本発明の銅合金板材においては、その金属組織について、圧延面における解析で、アスペクト比が0.3以下の結晶粒であり、圧延方向に垂直な方向(Transverse Direction。以下、圧延垂直方向やTD方向、または単にTDともいう。)から±30°以内を向いた結晶粒の面積の全結晶粒の面積に対する割合を20%以上とする。以下、本書において、前記アスペクト比が0.3以下の結晶粒を、扁平な結晶粒又は扁平粒ともいう。本発明によれば、このような扁平粒の存在割合を適正に高めることによって、得られる銅合金板材の特性として、圧延垂直方向(TD方向)のヤング率が高い値、例えば125GPa以上、を示すものである。
【0028】
また、本発明の銅合金板材においては、その金属組織について、前記扁平粒の密度が0.030個/μm以上であることが好ましく、0.035個/μm以上であることがさらに好ましく、0.040個/μm以上であることがより好ましい。
ここで、前記扁平粒の密度が0.030個/μm以上であるとは、具体的には、300μm×300μmの範囲で当該結晶粒が2700個存在することを意味する。
このような扁平な結晶粒は、冷間圧延と中間焼鈍(再結晶熱処理)の各工程を適正に行うことによって形成される。
【0029】
本発明においては、結晶粒の平均面積と粒径(長径および短径)とをEBSD法で観察および解析することによって求める。所定の観察領域内において、母材の個々の結晶粒についてその最長の粒径を長径a(μm)とし、その最短の粒径を短径b(μm)とし、これらの長径aと短径bの各平均値を求める。本発明においてアスペクト比とは、それぞれ直線であるこれらの長径aと短径bについて各平均値を求め、前記の各平均値から得られる短径/長径の比、つまり比b/aの値をいう。
【0031】
[扁平粒の配向とヤング率](非特許文献1より)
図1に、連続繊維を含む複相材料を模式的に示す。図1(A)にType Aとして示した複相材料は、母相Mに対して、第二相Ωの形状が、図中に上下方向の矢印で示した応力軸に垂直な板状である場合を示す。一方、図1(B)にType Bとして示した複相材料は、母相Mに対して、第二相Ωの形状が、図中に上下方向の矢印で示した応力軸に平行な連続繊維状である場合を示す。
【0032】
等ひずみ条件の仮定の下での初等的な解析では、母相Mのヤング率をE、第二相Ωのヤング率をEΩとすると、母相Mと強化相Ωにおける応力がともに外部応力σに等しいと考えてそれぞれの相内の弾性ひずみεとεΩ(応力軸方向の伸びひずみ)をそれぞれ
ε=σ/EとεΩ=σ/EΩ・・・(1)
と見積もる。これは、Reuss近似とも言われる。このReuss近似の下での板状積層材(複相材料)(Type A、図1(A))のヤング率EA(R)は、第二相Ωの体積分率をVとすると、
A(R)=σ/{VεΩ+(1−V)ε}=1/{V/EΩ}+1/{(1−V)/E}・・・(2)
となる。
【0033】
一方、等ひずみ条件の仮定の下での初等的な解析では、繊維強化材については母相Mと強化相Ωにおける応力軸方向の弾性伸びひずみがともに等しい値εになると考える。この弾性ひずみεが各相内の応力σとσΩ
σ=EσとσΩ=EΩσ・・・(3)
として与える。ここで、応力の分配条件
σ=VσΩ+(1−V)σ・・・(4)
を使うと、等ひずみ条件での繊維強化材(複相材料)(Type B、図1(B))のヤング率EB(v)は、
B(v)=σ/ε=VΩ+(1−V)E・・・(5)
というヤング率の混合則の形式で与えられる。この等ひずみ条件はVoight(フォークト)近似とも呼ばれる。
【0034】
以上の見積もりから、前記(2)と(5)のEA(R)、EB(v)の関係は
B(v)>EA(R)・・・(6)
となる。これより、EB(v)(Type B、図1(B))の方が、EA(R)(Type A、図1(A))よりも、ヤング率が高いことがわかった。
本発明では、このような知見に基づいて、銅合金板材中の母材の結晶粒を、前記Type A、つまり図1(A)に示した状態ではなく、前記Type B、つまり図1(B)に示した状態に配向制御しようとするものであると理解することができる。
【0035】
[EBSD法]
本発明における上記扁平粒の観察と解析には、EBSD法を用いる。EBSD法とは、Electron BackScatter Diffractionの略で、走査電子顕微鏡(SEM)内で試料に電子線を照射したときに生じる反射電子菊池線回折を利用した結晶方位解析技術のことである。本発明ではEBSD法を、結晶方位ではなく、結晶粒の平均面積と形状(アスペクト比)とを解析するために用いる。本発明におけるEBSD測定では、結晶粒を200個以上含む、800×1200μmの試料面積に対し、0.1μmステップでスキャンし、結晶粒の平均面積と形状を解析した。前記測定面積およびスキャンステップは、試料の結晶粒の大きさに応じて決定すればよい。測定後の結晶粒の解析には、TSL社製の解析ソフトOIM Analysis(商品名)を用いた。
EBSDによる結晶粒の解析において得られる情報は、電子線が試料に侵入する数10nmの深さまでの情報を含んでいるが、測定している広さに対して充分に小さい為、本明細書中では結晶粒の平均面積として記載した。また、結晶粒の平均面積は板厚方向で異なる為、板厚方向で何点かを任意にとって平均を取ることが好ましい。
【0036】
本発明においては、圧延面におけるEBSD法を用いた解析によって、前記アスペクト比や面積など各結晶粒の性状を求める。ここで、圧延面における解析とは、板厚法線方向(ND)から板材の圧延面を観察し解析することをいう。
本発明によれば、圧延方向(RD)と垂直な方向(TD)に結晶粒の向きが揃うように結晶粒の配向を制御する。この様子を図2に示す。図では、紙面と平行に圧延面を示した。図2(A)は、結晶粒の配向制御前のランダムな状態である。これを、所定の熱処理と加工に付すことによって、図2(B)に示すように結晶粒の向きが揃った状態とする。
図2(B)は、圧延方向に対して垂直な方向(TD)から±30°以内に全ての結晶粒の向きが揃っている状態の代表例として、全ての結晶粒がTDと平行に配向した状態を模式的に示した。TDと平行とは、TDに対して結晶粒の向きのずれが0°であることをいう。
ここで、結晶粒の向きのTDに対するずれとは、個々の結晶粒の長径を通る直線を結晶の向きとする場合、その向きがTDから何度ずれているかをいう。
本発明においては、結晶粒の向きのTDに対するずれを、±30°以内とする。
【0037】
[必須添加元素]
本発明の銅合金への必須添加元素の含有量とその作用について示す。
【0038】
(Ni)
Niは、後述するSiとともに含有されて、時効析出熱処理で析出したNiSi相を形成して、銅合金板材の強度の向上に寄与する元素である。Niの含有量は1.0〜5.0mass%であり、好ましくは1.5〜4.7mass%であり、さらに好ましくは2.0〜4.5mass%である。
Niの含有量を前記範囲とすることによって、前記NiSi相を適正に形成させ、銅合金板材の引張強さを高めることができる。また、導電率も高い。また、熱間圧延加工性も良好である。
【0039】
(Si)
Siは、前記Niとともに含有されて、時効析出熱処理で析出したNiSi相を形成して、銅合金板材の強度の向上に寄与する。Siの含有量は0.1〜2.0mass%であり、好ましくは0.2〜1.8mass%であり、さらに好ましくは0.6〜1.5mass%である。Siの含有量は化学量論比でNi/Si=4.2とするのが最も導電率と強度のバランスがよい。そのためSiの含有量は、Ni/Siが2.5〜7.5の範囲となるようにするのが好ましく、より好ましくは3.0〜6.5である。
Siの含有量を前記範囲とすることによって、銅合金板材の引張強さを高くすることができる。この場合、過剰なSiが銅のマトリックス中に固溶して、銅合金板材の導電率を低下させることがない。また、鋳造時の鋳造性や、熱間および冷間での圧延加工性も良好であり、鋳造割れや圧延割れが生じることもない。
【0040】
[副添加元素]
次に本発明の銅合金への副添加元素の含有量とその作用について示す。好ましい副添加元素としては、B、Mg、P、Cr、Mn、Fe、Co、Zn、Zr、Ag、Snが挙げられる。これらの元素は、B0.05〜0.10質量%、Mg0.09〜0.30質量%、P0.15質量%以下、Cr0.05〜0.40質量%、Mn0.15〜0.16質量%、Fe0.05〜0.10質量%、Co1.00〜1.10質量%、Zn0.40〜1.00質量%、Zr0.10〜0.20質量%、Ag0.10質量%以下及びSn0.14〜0.70質量%で、総量で3.0mass%以下の含有量であれば、導電率を低下させる弊害を生じることなく、以下に各元素について述べる種々の特性を改善することができるために、本発明の銅合金板材に添加・含有させてもよい。添加効果を充分に活用し、かつ導電率を低下させないための含有量としては、これらの副添加元素の少なくとも1種を総量で、0.1〜3.0質量%含有することが好ましく、0.3〜1.5質量%がさらに好ましく、0.5mass%〜1.0mass%であることがより好ましい。以下に、各元素の添加の作用効果を示す。
【0041】
(Mg、Sn、Zn)
Mg、Sn、Znは、添加・含有させことで耐応力緩和特性を向上する。それぞれを単独で添加した場合よりも併せて添加した場合に相乗効果によって更に耐応力緩和特性が向上する。また、半田脆化が著しく改善する効果がある。
【0042】
(Mn、Ag、B、P)
Mn、Ag、B、Pは添加・含有させると熱間加工性を向上させるとともに、強度を向上する。
【0043】
(Cr、Zr、Fe)
Cr、Zr、Feは、化合物や単体で微細に析出し、析出硬化に寄与する。また、化合物として50〜500nmの大きさで析出し、粒成長を抑制することによって結晶粒径を微細にする効果があり、曲げ加工性を良好にする。
【0044】
(Co)
Coは、合金中でSiとともに、CoSiの金属間化合物の析出物を形成して析出強化による強度向上に寄与する。
【0045】
[銅合金板材の製造方法]
次に、本発明の銅合金板材の好ましい製造条件について説明する。
【0046】
まず、従来の析出型銅合金の製造方法について述べる。
従来の製造方法では、銅合金素材を溶解・鋳造[工程1−1]して鋳塊を得て、これを均質化熱処理[工程1−3]し、熱間圧延[工程1−4]、水冷[工程1−5]、面削[工程1−5’]、冷間圧延[工程1−7]をこの順に行い薄板化し、700〜1000℃の温度範囲で中間溶体化熱処理[工程1−8]を行って溶質原子を再固溶させた後に、時効析出熱処理[工程1−9]と仕上げ冷間圧延[工程1−11]によって必要な強度(但し、高いヤング率ではない)を満足させるものである。この一連の工程の中で、材料の集合組織は、中間溶体化熱処理中に起きる再結晶によっておおよそが決定し、仕上げ圧延中に起きる方位の回転により、最終的に決定される。
【0047】
これに対して、本発明の銅合金板材の製造方法の一つの実施態様では、所定の合金組成を与える銅合金素材を溶解した後、鋳造[工程1]後に、合計加工率10〜30%で1〜10パスにて冷間圧延1[工程2]を行った後、均質化熱処理[工程3]、熱間圧延[工程4]、水冷[工程5]することで、組織内において粗大な扁平粒が形成される。必要に応じて酸化スケール除去(面削[工程5’])した後、昇温速度5〜15℃/秒、保持温度500〜800℃、保持時間1秒〜60秒の中間焼鈍[工程6]と冷間圧延2[工程7]を施すことによって、既に形成された粗大な扁平粒内で新たに結晶粒の核が生成し、部分的に再結晶し、一定の密度で分散する。また、同時に扁平粒がTD方向に配向する。その後、溶体化熱処理[工程8]、時効析出熱処理[工程9]、酸洗[工程10]、仕上圧延[工程11]、低温焼鈍[工程12]を施す。
本発明においては、前記[工程1]から[工程12]の全ての工程をこの順に施すことが好ましい。
但し、必要に応じて、中間焼鈍[工程6]と冷間圧延2[工程7]を適宜(好ましくは1回〜5回)繰り返して行ってもよい。また、低温焼鈍[工程12]を省略してもよい。さらに、溶体化熱処理[工程8]の後で冷間圧延[工程8’]を行ってもよい。この冷間圧延[工程8’]は、例えば、前記冷間圧延2[工程7]と同様の条件で行うことができる。
【0048】
以下に、各工程の条件をより詳細に設定した好ましい実施態様について説明する。
少なくともNiを1.0〜5.0質量%及びSiを0.1〜2.0mass%含有し、他の副添加元素については必要により適宜含有するように各元素を配合し、残部がCuと不可避不純物から成る合金素材を高周波溶解炉により溶解し、これを鋳造[工程1]して鋳塊を得る。[工程1]の鋳造条件は、0.1〜100℃/秒の冷却速度とすることが好ましい。この鋳塊を、例えば大型圧延機を用いて、合計加工率10〜30%、圧延パス数1〜10回にて冷間圧延1[工程2]を行う。これを、800〜1020℃にて、5分から20時間の均質化熱処理[工程3]を行う。この後、1020℃以下で熱間圧延[工程4]を行う。なお、熱間圧延[工程4]の最終温度は500℃である。また、熱間圧延は、数〜数十パスで行ってもよい。熱間圧延の後は常法に従って水冷[工程5]する。その後、表面性状に応じて必要な場合には、圧延表面の酸化スケール除去のために面削[工程5’]を行う。次に、昇温速度5〜15℃/秒、保持温度500〜800℃、保持時間1秒〜60秒で熱処理する中間焼鈍[工程6]を行う。この後、加工率30〜99%で冷間圧延2[工程7]を行う。この後、到達温度700〜1020℃、保持時間1〜10秒の溶体化熱処理[工程8]し、添加元素を再固溶する。次に、析出強化の為、保持温度300〜600℃、保持時間10分〜20時間にて、時効析出熱処理[工程9]を行う。この後、時効析出熱処理後の板材の表面を酸洗[工程10]する。この後、圧延加工率5〜80%にて仕上げ圧延[工程11]に付して、所望の板厚と強度に調整する。次に、保持温度300〜600℃、保持時間1秒〜60秒で低温焼鈍[工程12]して、目的の銅合金板材を得る。低温焼鈍[工程12]後には、最終製品の板幅(条幅)に調整するために、スリット[工程13]を行ってもよい。
【0049】
本実施形態において、冷間圧延1[工程2]では、合計加工率10〜30%、圧延パス数1〜10回の圧延加工で、粗大な鋳造組織や偏析を破壊し、均一な組織にするための加工と、均一な歪を導入することで、扁平な結晶粒の核を形成する為の加工を行っている。ここで、合計圧延加工率を前記の範囲内に制御することで、鋳塊に対して十分な加工ひずみを導入し、また、加工ひずみの導入を均一として、扁平な結晶粒の核を十分に形成することができる。
熱間圧延[工程4]では、均質化熱処理温度から800℃の温度域で、動的再結晶による結晶粒の微細化のための加工を行う。
その後の中間焼鈍[工程6]では、冷間圧延1[工程2]と熱間圧延[工程4]にて微細化した結晶粒と、不均一な歪を加えた組織を、部分的に再結晶させ、扁平な結晶粒を形成する。このとき、焼鈍温度(到達温度)と保持時間を適正に制御することで、過焼鈍となることがなく、結晶粒全体の粗大化を防いで、扁平粒を形成することができる。
次に、扁平な結晶粒のTD方向への制御と、所定の板厚に加工する目的で、加工率30〜99%で冷間圧延2[工程7]を行い、溶体化熱処理[工程8]にて添加元素を固溶させる。冷間圧延2[工程7]を複数回の加工パス(例えば、1〜10回)で行う場合には、合計加工率が30〜99%であればよい。この溶体化熱処理[工程8]において、到達温度を適正に制御することで、扁平な結晶粒が粒成長してしまうことがなく、目的の組織を得ることができる。このために、到達温度を精密に制御することが好ましい。
【0050】
上記の、鋳造[工程1]後の各工程について、さらに好ましい条件を例示すると以下のとおりである。
冷間圧延1[工程2]は合計加工率12.5〜27.5%、圧延パス数2〜8回、より好ましくは15〜25%、3〜7回である。
その後の再熱、均質化熱処理[工程3]は、好ましくは保持温度850℃〜950℃、保持時間10分〜15時間、より好ましくは875℃〜925℃、20分〜10時間である。
次の熱間圧延[工程4]では、好ましくは圧延温度1010℃以下、より好ましくは1000℃以下で、数〜数十パスの圧延を施す。
水冷[工程5]による急冷及び酸化スケール除去の面削[工程5’]後の、中間焼鈍[工程6]では、好ましくは昇温速度6〜14℃/秒、保持温度500℃〜650℃、保持時間5秒〜50秒、より好ましくは昇温速度7.5〜12.5℃/秒、保持温度500℃〜600℃、保持時間10〜50秒である。
次の冷間圧延2[工程7]の冷間圧延加工率は、好ましくは40%〜99%、より好ましくは50〜99%である。
溶体化熱処理[工程8]では、好ましくは到達温度750℃〜1020℃、保持時間は5秒〜50秒、より好ましくは800〜1020℃、10〜40秒である。
時効析出熱処理[工程9]では、好ましくは保持温度350℃〜550℃、保持時間20分〜10時間、更に好ましくは、400℃〜500℃、1時間〜5時間である。
時効析出熱処理[工程9]後の、材料表面の酸化スケールの除去には、酸洗[工程10]を施す。
また、各圧延後の形状が良好でない場合には、例えばテンションレベラーなどによる矯正を、必要に応じて導入してもよい。但し、圧延後の板材の形状が良好であれば、この矯正工程は省略することができる。
【0051】
[銅合金板材の板厚など]
本発明の銅合金板材の板厚は、特に制限されるものではないが、通常、0.05〜0.5mmである。
本発明の銅合金板材の板幅は、特に制限されるものではないが、通常、1.0〜300mmである。また、条材としては、条幅は、特に制限されるものではないが、通常、10〜750mmである。
【0052】
[銅合金板材の特性]
上記内容を満たすことで、たとえばコネクタ用銅合金板材に要求される特性を満足することができる。本発明において、銅合金板は下記の特性を有することが好ましい。
・TD方向のヤング率が125GPa以上であることが好ましい。より好ましくは、130GPa以上である。さらに好ましくは、135GPa以上である。この詳細な測定条件は、特に断らない限り実施例に記載の通りとする。
・たわみ係数が115GPa以上であることが好ましい。より好ましくは、120GPaである。さらに好ましくは、125GPaである。この詳細な測定条件は、特に断らない限り実施例に記載の通りとする。
・TD方向の0.2%耐力が600MPa以上であることが好ましい。より好ましくは750MPa以上、さらに好ましくは800MPa以上である。この詳細な測定条件は特に断らない限り実施例に記載のとおりとする。
・耐疲労特性が、板材への負荷応力500MPa、繰り返し回数10回の条件にて破断しないことが好ましい。この詳細な測定条件は、特に断らない限り実施例に記載のとおりとする。
【0053】
・導電率が15%IACS以上であることが好ましい。さらに好ましくは20%以上である。この詳細な測定条件は特に断らない限り実施例に記載のとおりとする。
・耐応力緩和特性として応力緩和率が20%以下であることが好ましい。さらに好ましくは5%〜20%である。この詳細な測定条件は特に断らない限り実施例に記載のとおりとする。
【実施例】
【0054】
以下に、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0055】
(実施例1〜実施例25、比較例1〜16)
実施例1〜実施例25について、表1に示す組成となるように、主原料Cuと必須添加元素NiとSiに、必要により各種の副添加元素を配合し、残部がCuと不可避不純物からなる合金素材(合金原料)を得た。各合金原料を高周波溶解炉により溶解し、それぞれ0.1〜100℃/秒の冷却速度で鋳造[工程1]して鋳塊を得た。各鋳塊を、合計加工率10〜30%、圧延パス数1〜10回の条件で冷間圧延1[工程2]し、800〜1020℃で5分〜20時間の条件で再熱する均質化熱処理[工程3]を行い、1020℃〜500℃で熱間圧延[工程4]を行った。その後、水焼入れ[工程5]と、引続いて、酸化スケールの除去(面削[工程5’]に相当)を行った。その後、面削した熱間圧延材を、大型の焼鈍炉(例えばBEL炉)にて、昇温速度5〜15℃/秒、保持温度500〜800℃、保持時間1秒〜60秒にて熱処理する中間焼鈍[工程6]を行い、圧延加工率30〜99%で冷間圧延する冷間圧延2[工程7]を行った。その後、到達温度700〜1020℃、保持時間1秒〜60秒にて熱処理する溶体化熱処理[工程8]を行い、保持温度300〜600℃、保持時間10分〜20時間にて熱処理する時効析出熱処理[工程9]を行った。その後、板材表面の酸化膜を除去する為に酸洗[工程10]し、加工率5〜80%で冷間圧延する仕上げ圧延[工程11]、保持温度300〜600℃で1秒〜60秒熱処理する、低温焼鈍[工程12]を行って、各供試材とした。
各熱処理や圧延の後に、材料表面の酸化や粗度の状態に応じて、酸洗浄や表面研磨を、形状に応じてテンションレベラーによる矯正を行った。なお、熱間圧延[工程4]での加工温度は、圧延機の入り側と出側に設置してある放射温度計により測定した。
【0056】
これとは別に、表1に示す組成の比較例1〜比較例16について、前記実施例と同様にして、各供試材を得た。但し、比較例1〜比較例16は、以下の点で前記実施例での製造条件とは異なる。
比較例1は、冷間圧延1[工程2]は行っておらず、昇温速度が遅すぎて中間焼鈍[工程6]は規定の範囲外で行った。
比較例2〜4、8は、冷間圧延1[工程2]と中間焼鈍[工程6]のいずれも行っていない。
比較例5、7は、冷間加工での合計加工率が小さすぎたか大きすぎて冷間圧延[工程2]が規定の範囲外であった。また、比較例7では、昇温速度が早すぎて、かつ、保持時間も長すぎて中間焼鈍[工程6]は規定の範囲外で行った。
比較例6、9は、必須添加元素成分Niの含有量が少なすぎるか多すぎて、合金組成が規定の範囲外であった。比較例9では、鋳塊割れを起こしたので板材の調製はできなかった。
比較例10は、必須添加元素成分Siの含有量が少なすぎて、合金組成が規定の範囲外であった。
比較例11は、副添加元素成分の合計含有量が多すぎて、合金組成が規定の範囲外であった。
比較例12〜15は、昇温速度、保持温度、保持時間のいずれかの条件が本発明の規定の範囲外の条件であり、いずれも中間焼鈍[工程6]は規定の範囲外で行った。
【0057】
これらの供試材について下記の特性調査を行った。ここで、各供試材の最終板厚はすべて0.08mmとした。
【0058】
a.アスペクト比0.3以下の結晶粒の面積割合、密度、個数
各供試材の圧延面におけるEBSD測定にて、800μm×1200μmの範囲で、スキャンステップ0.1μmの条件で測定を行った。測定結果の解析において、測定範囲中の全結晶粒から、アスペクト比が0.3以下の結晶粒(扁平粒ともいう)を抽出した。その扁平粒から長軸がTD方向に対して30°以内に配向している結晶粒を抽出した。その抽出した扁平粒について、平均結晶粒面積、個数、密度を算出した。さらに、測定範囲中の全結晶粒の面積に対する前記扁平粒が占める面積の割合(%)を算出した。
【0059】
b.TD方向のヤング率
試験片は、各供試材の圧延垂直方向(圧延方向(RD)に垂直な方向(TD))から、幅20mm、長さ200mmの短冊状試験片を採取し、試験片の長さ方向(つまりTD)に引張試験機により応力を付与し、歪と応力の比例定数を求めた。降伏するときの歪量の80%の歪量を最大変位量とし、その変位量までを10分割した変位を与え、その10点での測定値から歪と応力の比例定数をTD方向のヤング率として求めた。
【0060】
c.たわみ係数(E)
試験片は、各供試材の圧延方向に垂直な方向(TD)に幅0.25mm、長さ1.5mmとなるようにプレスによる打ち抜きで加工した。片持ち梁にて試験片の表裏を10回ずつ測定し、下式で計算されるたわみ係数(E)を、表裏10回ずつの測定の平均値で示した。
たわみ係数(GPa) E=4A/B×(L/t)
式中、A:変位fと応力wの傾き、B:供試材の幅、L:固定端と荷重点の距離、t:供試材の板厚である。ここで、傾きAは、変位fと応力wが比例の関係にある弾性領域について傾き(接線)を求めた。
【0061】
d.耐力(YS)
たわみ係数測定において、各試験片の弾性限界までの押し込み量(変位)から耐力[MPa]を算出し、強度とした。
耐力[MPa] YS={(3E/2)×t×(fmax/L)×1000}/L
式中、E:前記たわみ係数、t:前記板厚、L:前記固定端と荷重点の距離、fmax:弾性限界までの変位(押込み深さ)である。
【0062】
e.耐疲労特性
耐疲労特性は、JCBA T308;2001(銅および銅合金薄板条の疲労特性試験方法)に準拠し、前記各実施例および比較例から、圧延方向に垂直な方向(つまりTD)に供試材を切り出して、それら各々について測定を行った。図3に、試験片を図の上方に振幅させた状態を平面視で示した説明図を示す(板バネ疲労試験)。1は試験片、2はナイフエッジ、3は固定具である。試験片幅は、10mm±0.2mm、試験片の固定トルクは、下部2N・m、上部3N・mである。試験片の負荷応力値(σ)は、下記の式(a)にて求めた。
500MPaの負荷応力にて両振りで片振幅2.0mmで繰り返し試験を行い、材料が破断するまでの繰り返し回数を求めた。
破断までの繰り返し回数が、圧延方向に平行な方向および垂直な方向で切り出した各供試材のいずれも10回以上を示した場合を「○」(良)、圧延方向に平行な方向および垂直な方向で切り出した各供試材のいずれかもしくはいずれも10回未満であった場合を「×」(劣)とした。
σ=(3×E×t×δ)/(2×l)・・・(a)
式中、σ:最大曲げ応力(N/mm)、E:前記たわみ係数(N/mm)、t:前記試験片厚さ(mm)、δ:たわみ量(mm)、l:試験片セット長さ(mm)である。
【0063】
f.導電率(EC)
20℃(±0.5℃)に保たれた恒温槽中で四端子法により比抵抗を計測して導電率を算出した。なお、端子間距離は100mmとした。
【0064】
g.応力緩和率(SR)
旧日本電子材料工業会標準規格(EMAS−3003)に準じ、以下に示すように、150℃×1000時間の条件で測定した。片持ち梁法により耐力の80%の初期応力を負荷した。
図4は耐応力緩和特性の試験方法の説明図であり、図4(a)は熱処理前、図4(b)は熱処理後の状態である。図4(a)に示すように、試験台4に片持ちで保持した試験片11に、耐力の80%の初期応力を付与した時の試験片11の位置は、基準からδの距離である。これを150℃の恒温槽に1000時間保持し、負荷を除いた後の試験片12の位置は、図4(b)に示すように基準からHの距離である。13は応力を負荷しなかった場合の試験片であり、その位置は基準からHの距離である。この関係から、応力緩和率(%)は(H−H)/δ×100と算出した。14は試験台である。
【0065】
これらの本発明例(実施例)および比較例の各供試材について、組成を表1に、製造条件の一部と得られた特性を表2に、それぞれ示す。
【0066】
【表1】
【0067】
【表2-1】
【0068】
【表2-2】
【0069】
表1及び表2に示すように、実施例1〜実施例25では、合金組成は本発明の規定の範囲内であり、また、その製造の際の製造条件は、本発明の製造方法での規定に従って、冷間圧延1[工程2]は、合計圧延加工率が10%〜30%、圧延パス数を1回〜10回とし、かつ、中間焼鈍[工程6]は、昇温速度5〜15℃/秒、保持温度500℃〜800℃、保持時間1秒〜60秒とした。
表2に示すように、実施例1〜実施例25は、各特性において良好であった。すなわち、TD方向±30°以内を向いた、アスペクト比0.3以下の結晶粒(扁平粒)が占める面積の割合が全結晶粒の面積に対して20%以上であった場合、TD方向のヤング率、TD方向の耐力、たわみ係数、耐疲労特性、導電率および耐応力緩和特性(応力緩和率)のいずれも良好であった。
したがって、本発明の銅合金板材は、電気・電子機器用のリードフレーム、コネクタ、スイッチ、端子材、リレー、ソケットなどに適した銅合金板材として提供することができる。
【0070】
これに対し、表1及び表2に示す比較例1〜比較例15では、本発明で規定する合金組成か製造方法のいずれかを満たさなかった。
この結果、表2に示すように、比較例の試料では、比較例10を除いて本発明で規定する組織が得られず、比較例10を含めた全ての比較例についていずれかの特性が劣る結果となった。
【0071】
すなわち、比較例1、比較例3は、それぞれ実施例3と同じ含有量のNi、Siを有し、その他の元素の含有量も同じであって、合金組成は本発明の規定の範囲内であった。しかし、その製造方法は、比較例1では、冷間圧延1[工程2]を行っておらず、中間焼鈍[工程6]は本発明で規定する条件を外れていた。一方、比較例3では、冷間圧延1[工程2]と中間焼鈍[工程6]を行わなかった。比較例1、比較例3は、組織中の扁平粒の制御が不十分であって扁平粒の占める面積割合が不足していたため、TD方向のヤング率、たわみ係数、耐疲労特性が劣っている。
比較例2は、実施例1と同じ量のNi、Siを有し、その他の元素の含有量も同じである。しかし、比較例2では、製造方法において、冷間圧延1[工程2]と中間焼鈍[工程6]を行わなかった。比較例2は、組織中の扁平粒の制御が不十分であって扁平粒の占める面積割合が不足していたため、TD方向のヤング率、たわみ係数が劣っている。
【0072】
比較例4は、実施例10と同じ組成であって合金組成は本発明の規定を満たすが、冷間圧延1[工程2]も中間焼鈍[工程6]も行わなかった。比較例4は、組織中の扁平粒の制御が不十分であって扁平粒の占める面積割合が不足していたため、TD方向のヤング率、たわみ係数、耐疲労特性が劣っている。
比較例5、比較例7は、それぞれ実施例14、実施例16と同様の合金組成であって、Ni、Si、その他の副添加元素の含有量は本発明の規定の範囲内であった。しかし、製造方法は、比較例5では、冷間圧延1[工程2]は本発明で規定する条件を外れていた。一方、比較例7では、冷間圧延1[工程2]も中間焼鈍[工程6]も本発明で規定する条件を外れていた。比較例5、比較例7は、組織中の扁平粒の制御が不十分であって扁平粒の占める面積割合が不足していたため、TD方向のヤング率、たわみ係数、耐疲労特性が劣っている。さらに、比較例7では、耐応力緩和特性にも劣った。
比較例6は、製造工程の冷間圧延1[工程2]、中間焼鈍[工程6]は規定の範囲内であるものの、必須添加元素のNiの含有量が少なすぎた。比較例6は、組織中の扁平粒の制御が不十分であって扁平粒の占める面積割合が不足していたため、TD方向のヤング率、たわみ係数、TD耐力が劣っている。さらに、比較例6は、耐応力緩和特性にも劣った。
比較例8は、実施例1とほぼ同じ量のNi、Siを有し、その他の元素の含有量もほぼ同じであって、合金組成は本発明の規定の範囲内であるが、製造方法において、冷間圧延1[工程2]と中間焼鈍[工程6]を行わなかった。比較例8は、組織中の扁平粒の制御が不十分であって扁平粒の占める面積割合が不足していたため、たわみ係数、耐疲労特性が劣っている。
【0073】
比較例9は、Niの含有量が本発明の規定よりも多すぎたために鋳塊割れを起こし、鋳塊を冷間圧延する際に内部応力によって欠陥が入ったため、冷間圧延1[工程2]の工程で製造を中止した。
比較例10は、Siの含有量が本発明の規定よりも少なすぎたため、組織中の扁平粒の制御は十分できたものの、NiSiからなる析出物が少なく、TD耐力が劣っている。さらに、比較例10は、耐疲労特性も劣った。
比較例11は、副添加元素の合計含有量が本発明の規定よりも多すぎたために、組織中の扁平粒の制御が不十分であって扁平粒の占める面積割合が不足していたため、TD方向のヤング率、耐力、たわみ係数が劣っている。
比較例12〜比較例15は、中間焼鈍[工程6]の昇温速度、保持温度、保持時間のいずれかが本発明の規定から外れており、組織中の扁平粒の制御が不十分であって扁平粒の占める面積割合が不足していたため、いずれもTD方向のヤング率、たわみ係数が劣っている。
【符号の説明】
【0074】
1 試験片
2 ナイフエッジ
3 固定具
11 試験片(片持ちで保持した状態)
12 試験片(除荷後の状態)
13 試験片(応力を負荷しなかった状態)
14 試験台
図1
図2
図3
図4