特許第6581780号(P6581780)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6581780
(24)【登録日】2019年9月6日
(45)【発行日】2019年9月25日
(54)【発明の名称】スパッタ性に優れたNi系ターゲット材
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/34 20060101AFI20190912BHJP
   G11B 5/851 20060101ALI20190912BHJP
   G11B 5/738 20060101ALI20190912BHJP
   H01F 41/18 20060101ALI20190912BHJP
【FI】
   C23C14/34 A
   G11B5/851
   G11B5/738
   H01F41/18
【請求項の数】4
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2015-23101(P2015-23101)
(22)【出願日】2015年2月9日
(65)【公開番号】特開2016-145394(P2016-145394A)
(43)【公開日】2016年8月12日
【審査請求日】2018年1月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】特許業務法人 有古特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100074790
【弁理士】
【氏名又は名称】椎名 彊
(72)【発明者】
【氏名】宇野 未由紀
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 浩之
【審査官】 安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平02−097636(JP,A)
【文献】 特開2012−128933(JP,A)
【文献】 特表2005−530925(JP,A)
【文献】 特開2010−248603(JP,A)
【文献】 特開2010−095794(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00−14/58
G11B 5/738,5/851
H01F 41/18
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
その組成式が(Nix −FeY −CoZ )100-W −MW である合金からなるNi系スパッタリングターゲット材であって、
元素MがM1元素であり、このM1元素はW、Mo、Ta、Cr、VおよびNbから選ばれる1種又は2種以上の元素であり、M1元素の合計量Wは2〜20at.%であり
Ni、Fe、Coの含有量(at.%)の内訳は
20≦X≦98
≦Y≦50
0≦Z≦60
であって、
FeとCoの合計量が1.5at%以上であり、
Ni−M相であるマトリックス相中にFe相および/またはCo相が分散しており、fccまたはbcc相のFeを含むミクロ組織を有している、
Ni系スパッタリングターゲット材。
【請求項2】
請求項1に記載されたNi−Fe−Co−M合金の元素Mとして、M1元素の一部が置換されたM2元素を含有しており、
このM2元素が、Al,Ga,In,Si,Ge,Sn,Zr,Ti,Hf,B,Cu,P,CおよびRuから選ばれる1種又は2種以上であり、
このM2元素を合計で0超え10at.%以下含有することを特徴とするNi系スパッタリングターゲット材。
【請求項3】
fccまたはhcp相のCoを含むことを特徴とする請求項1又は2に記載のNi系スパッタリングターゲット材。
【請求項4】
漏洩磁束が10%以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のNi系スパッタリングターゲット材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強い漏洩磁束が得られる透磁率が低く使用効率が高いNi系合金スパッタリングターゲット材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、垂直磁気記録の進歩は著しく、ドライブの大容量化のために、磁気記録媒体の高記録密度化が進められており、従来普及していた面内磁気記録媒体により、さらに高記録密度が実現できる垂直磁気記録方式が実用化されている。ここで、垂直磁気記録方式とは、垂直磁気記録媒体の磁性膜中の媒体面に対して磁化容易軸が垂直方向に配向するように形成したものであり、高記録密度に適した方法である。
【0003】
そして、垂直磁気記録方式においては、記録密度を高めた磁気記録膜相と軟磁性膜相とを有する記録媒体が開発されており、このような媒体構造では、軟磁性層と磁気記録層の間にシード層や下地膜層が製膜された記録媒体が開発されている。この垂直磁気記録方式用のシード層には一般に、NiW系の合金が用いられている。
【0004】
一方、ハードディスクドライブの磁気記録特性を改善する一つの手法として、シード層に磁性を持たせる方法が提案されており、例えば、特開2012−128933号(特許文献1)に開示されているように、磁性を有するVIII族の元素であるFe,Coを添加することで、磁性を持ったシード層が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2012−128933号公報
【特許文献2】特開2010−59540号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したシード層の成膜には、一般にマグネトロンスパッタリング法が用いられている。このマグネトロンスパッタリング法とは、ターゲット材の背後に磁石を配置し、ターゲット材の表面に磁束を漏洩させて、その漏洩磁束領域にプラズマを収束させることにより高速成膜を可能とするスパッタリング法である。このマグネトロンスパッタリング法はターゲット材のスパッタ表面に磁束を漏洩させることに特徴があるため、ターゲット材自身の透磁率が高い場合にはターゲット材のスパッタ表面にマグネトロンスパッタリング法に必要十分な漏洩磁束を形成するのが難しくなる。そこで、ターゲット材自身の透磁率を極力低減しなければならない。しかしながら、上述でのターゲット材では透磁率が高いため漏洩磁束が低く、スパッタ性に乏しい点が課題である。
【0007】
一方、透磁率を低減する手法の一例として、特開2010−59540号(特許文献2)のように、純Coスパッタリングターゲット材において、原料に純Co粉末を用いることで透磁率を低くする方法がある。しかし、特許文献2の方法は軟磁性相用Co−Fe系合金ターゲット材にのみ適応でき、シード層用Ni系合金ターゲット材などには対応していない。さらに、Fe源には合金を使用しており、純Fe粉末を用いた粉末焼結法の検討は行われていない。
【0008】
そこで、本発明では原料粉末としてNi−M系合金粉末、純Fe粉末、純Co粉末を用いて、シード層用Ni−Co−Fe系合金ターゲット材の製造方法を検討した結果、強い漏洩磁束が得られるNi−Co−Fe系合金ターゲット材を見出した。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)Ni系スパッタリングターゲット材は(Nix −FeY −CoZ100-W −MW合金からなり、同合金はat.%で、M1元素はW、Mo、Ta、Cr、V、Nbから選ばれる1種又は2種以上の元素であり、M1元素の合計量Wは2〜20at.%であり。残部がNi、Fe、Coおよび不可避的不純物からなり、かつNi、Fe、Coの含有量の内訳は20≦X≦98、0≦Y≦50、0≦Z≦60であって、かつミクロ組織はマトリックス相がNi−M相でマトリックス相中にFe相および/またはCo相が分散していることを特徴とするNi系スパッタリングターゲット材。
【0010】
(2)前記(1)に記載されたNi−Fe−Co−M合金で、FeとCoの合計量が1.5at%以上含有すること特徴とするNi系スパッタリングターゲット材。
(3)前記(1)または(2)に記載されたNi−Fe−Co−M合金に、更にM2元素としてAl,Ga,In,Si,Ge,Sn,Zr,Ti,Hf,B,Cu,P,C,Ruから選ばれる1種又は2種以上の元素を合計で0超え〜10at.%含有することを特徴とするNi系スパッタリングターゲット材。
【0011】
(4)fccまたはhcp相のCoを含むことを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれか1に記載のNi系スパッタリングターゲット材。
(5)fccまたはbcc相のFeを含むことを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれか1に記載のNi系スパッタリングターゲット材。
(6)漏洩磁束が10%以上であることを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれか1に記載のNi系スパッタリングターゲット材にある。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、効率よくマグネトロンスパッタリングが行えるNi−Fe−Co−M系合金スパッタリングターゲット材を提供でき、垂直磁気記録媒体のようにNi−Fe−Co系合金のシード層を必要とする工業製品を製造する上で極めて有効な技術となる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明について詳細に説明する。
上述したように、本発明の最も重要な特徴は、シード層用スパッタリングターゲット材において、原料粉末としてNi−M系合金粉末、純Fe粉末、純Co粉末を用いて混合し、成形することで、磁性が弱い、または磁性を持たないNi系合金中に、磁性を有するFeやCoを切り離して混在させた点にある。
【0014】
また、Ni−Fe−Co−M合金において、W,Mo,Ta,Cr,V,Nbを以下M1元素と称すると、このM1元素は、高融点を持つbcc系金属であり、本発明で規定する成分範囲でfccであるNi−Fe−Co系に添加することにより、そのメカニズムは明確ではないが、シード層に求められる(111)面への配向性を改善させ、かつ結晶粒を微細化させる元素である。このW,Mo,Ta,Cr,V,Nbの1種または2種以上をat%量で、2〜20%とする。しかし、2%未満ではその効果が十分でなく、また、20%を超えると化合物が析出するか、アモルファス化する。シード層用合金としてはfcc単相である事が求められることから、その範囲を2〜20%とする。好ましくは5〜15%とする。
【0015】
本発明に係るNi−Fe−Co−M合金において、Ni、Fe、Coの比率である、Ni:Fe:Co=α:β:γとすると、α:98〜20とする。98以下とした理由は、β+γが1.5未満では保磁力が高くなる。また、20以上とした理由は、20未満では、上記同様保磁力が高くなる。したがって、その範囲を98〜20とした。好ましくは98〜60とする。
【0016】
at比β:0〜50
Feは、保磁力を低減する元素であり、かつ、膜の配向性を改善する元素でもある。しかし、50を超えると保磁力が高くなることから、その範囲を0〜50とした。好ましくは2〜50%、より好ましくは10〜40とする。
at比γ:0〜60
Coは、(111)方向の保磁力を低減する元素である。しかし、60を超えると保磁力が高くなることから、その上限を60とした。好ましくは40以下とする。
【0017】
磁性を有するFe相および/またはCo相が、磁性が弱い、または磁性を持たないNi−M相中に、分散することで、母材の磁性を低減させ、透磁率を低下させる。透磁率の低下により、強い漏洩磁束が得られ、スパッタリング性が向上する。FeとCoの合計量が1.5at%より少ない場合では、Ni系中間層に十分な磁性を持たせることができない。したがって、FeとCoの含有合計量を1.5at%以上とした。
【0018】
M2元素は、(111)面を配向させる元素であり、また、結晶粒を微細化する元素である。このM2元素の1種または2種以上をat%量で、0〜10%とする。しかし、10%を超えると化合物が生じたり、アモルファス化することから、その上限を10%とする。好ましくは5%とする。また、M1+M2は好ましくは、25at%以下、さらに好ましくは20at%以下とする。
【0019】
Coは、マトリックス相であるNi−M系合金と合金化せずに、fccまたはhcp相の単一で存在することで、透磁率の低いスパッタリング性に優れたターゲット材となる。Feは、マトリックス相であるNi−M系合金と合金化せずに、fccまたはhcp相の単一で存在することで、透磁率の低いスパッタ性に優れたターゲット材となる。
磁性が弱い、または磁性を持たないNiW系合金中に、磁性を有するFeやCoを切り離して混在させ、10%以上の漏洩磁束を得ることで、スパッタ性に優れたターゲット材となる。
【0020】
本発明においては、Ni−Fe−Co−M合金スパッタリングターゲット材において、Ni−M合金溶湯を急冷凝固処理した粉末と純Fe、純Co粉末を所定の組成比率に混合し成形し機械加工することで、透磁率の低くスパッタ性に優れたNi系ターゲットの製造方法を見出した。
【0021】
本発明に係る純Coについては、fccまたはhcp構造を形成しており、また、純F
eはfccまたはbcc構造を形成している。したがって、本発明のように、Ni−M系合金粉末、純Fe粉末、純Co粉末を用いて混合し、作製したターゲット材では、fccまたはhcp相の純Coやfccまたはbcc相の純Feが存在していることがX線回折より明確に観測することができる。一方、合金化したFeやCoではこれらのピークは観測しないことが判明した。
【0022】
作製した合金粉末は500μm以下に分級した粉末が好ましい。粉末の作製は、ガスア
トマイズ法、水アトマイズ法や回転ディスク式アトマイズ法などを適用することができる。作製したターゲット材の漏洩磁束(Pass−Through−Flux、以下PTFと記す)の測定に当たっては、ターゲット材の裏面に永久磁石を配置し、ターゲット材表面に漏洩する磁束を測定した。この方法は、マグネトロンスパッタ装置に近い状態の漏洩磁束を定量的に測定できる。実際の測定はASTM F2806−01(Standard Test Method for Pass Through Flux of Circular Magnetic Sputtering Targets Method2)に基づいて行い、次式よりPTFを求めた。(PTF)=100×(ターゲット材を置いた状態での磁束の強さ)÷(ターゲット材を置かない状態での磁束の強さ)(%)
【実施例】
【0023】
以下、本発明についてさらに実施例により具体的に説明する。
原料粉末において、純Fe粉末、純Co粉末、Ni−M系合金粉末は、ガスアトマイズ法によって作製した。ガスアトマイズ法の条件は、ガス種類がアルゴンガス、ノズル径が6mm、ガス圧が5MPaの条件で行った。
【0024】
上述したNi−M系合金粉末に対して、純Fe粉末、純Co粉末の各混合粉末をSC材質からなる封入缶に充填し、到達真空度10-1Pa以上で脱気真空封入した後、加圧焼結方法にて、温度1100K、147MPa、保持時間5時間の条件、ないしは温度950K、147MPa、保持時間5時間の条件で、成形体を作製し、次いで機械加工により最終形状として外径180mm、厚み7mmのターゲット材を得た。混合粉末は、純Fe粉末、純Co粉末、Ni−M系合金粉末をV型混合機により1時間攪拌したものを使用した。また、混合粉末の加圧焼結方法としては、ホットプレス、熱間静水圧プレス、通電加圧焼結、熱間押し出しなどを適用することができる。
【0025】
得られたターゲット材の特性についての測定、評価について述べる。
[透磁率]
作製したターゲット材の透磁率の測定に当たっては、外径15mm、内径10mm、高さ5mmのリング試験片を製作し、BHトレーサーを用いて、8kA/mの印加磁場にて最大透磁率を測定した。最大透磁率が1000以下を○、1000を超えるものを×とした。
【0026】
[PTF]
作製したターゲット材のPTFの測定に当たっては、ターゲット材の裏面に永久磁石を配置し、ターゲット材表面に漏洩する磁束を測定した。比較例のターゲット材のPTFは10%以下であったが、本発明の実施例のターゲット材はいずれも10%以上のPTFを示した。
【0027】
[Fe相、Co相]
作製したターゲット材のCo相やFe相の観測に当たっては、幅10mm、長さ20mm、厚み5mmの試験片を製作し、X線回折装置にて回折パターンを得た。X源はCu−α線でスキャンスピード4°/minで測定した。実施例のターゲット材のXRDパターンでは、メインピークと共にfccまたはhcpのCo相や、fccまたはbccのFe相に起因するピークを観測した。XRDによりfccまたはhcpのCo相や、fccまたはbccのFe相を観測したものを○、観測しなかったものを×とする。
【0028】
[成分偏析]
作製したターゲット材の成分分布測定に当たっては、幅10mm、長さ20mm、厚み5mmの試験片を製作し、EPMA(電子ブローブマイクロアナライザ)より各主成分の分布を観測した。比較例のターゲット材において、Fe、Coが均一に存在していたが、実施例のターゲット材においては、Fe、Co成分の分布に偏りがあり、Ni−M系中にFe、Coの単一相が切り離された状態で混在していることを観測した。EPMAよりFe、Co成分の分布に偏りがあるものを○、Fe、Coが均一に存在しているものを×と示した。
【0029】
【表1】
【0030】
【表2】
表1に示すように、No.1〜30は本発明例、No.31〜41は比較例である。
【0031】
表2に示すように、比較例31〜41は、磁性を有するNi系シード層用合金ターゲッ
ト材の原料として、単にFe源やCo源に合金のみを用いることで、磁性を持つFe、Coが均一に存在するため、1000μmを超える透磁率を観測し、PTFは10%未満であった。また、FeやCoは合金の状態で存在しており、XRDによるそれぞれ固有のピークは観測しなかった。
【0032】
これに対し、本発明例No.1〜30においては、いずれも原料粉末としてNi−M系合金粉末、純Fe粉末、純Co粉末を用いて混合し、成形することで、磁性が弱い、または磁性を持たないNi系合金中に、磁性を有するFeやCoを切り離して混在しているため、1000μm以下の透磁率を示し、10%以上のPTFを示した。また、FeやCoは単体で存在しており、X線回折よりfccまたはhcp相のCoやfccまたはbcc相のFeを観測した。この結果、本発明についてのNo.1〜30のいずれも純Fe粉末、純Co粉末を成形に使用し、Ni−M系中にFe、Coの単一相が切り離された状態で混在しているスパッタリングターゲット材は、透磁率の低下していることがわかる。
【0033】
以上述べたように、本発明では、Ni−Fe−Co−M合金であって、Ni、Fe、Coの比率がat%で、Ni:Fe:Co=98〜20:0〜50:0〜60、Fe+Co≧1.5であり、かつ、M元素としてW,Mo,Ta,Cr,V,Nbの1種または2種以上を2〜20at%含有するスパッタリングターゲット材であって、Ni−M系中にFe、Coの単一相が切り離された状態で混在することで、漏洩磁束が強くスパッタ性に優れたNi系合金スパッタリングターゲット材が得られ、優れた結果を奏するものである。
特許出願人 山陽特殊製鋼株式会社
代理人 弁理士 椎 名 彊