(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6583885
(24)【登録日】2019年9月13日
(45)【発行日】2019年10月2日
(54)【発明の名称】耐食性および製造性に優れた高硬度ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20190919BHJP
C22C 38/50 20060101ALI20190919BHJP
C21D 6/00 20060101ALI20190919BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/50
C21D6/00 102T
【請求項の数】1
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2015-206051(P2015-206051)
(22)【出願日】2015年10月20日
(65)【公開番号】特開2017-78195(P2017-78195A)
(43)【公開日】2017年4月27日
【審査請求日】2018年10月4日
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101085
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 健至
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(72)【発明者】
【氏名】細田 孝
【審査官】
守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】
特公昭44−015054(JP,B1)
【文献】
特開2004−315870(JP,A)
【文献】
特開2005−232575(JP,A)
【文献】
特開昭54−071025(JP,A)
【文献】
特開平08−144023(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 6/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.01〜0.10%、Si:0.30〜2.00%、Mn:0.01〜1.00%、P:0.040%以下、S:0.030%以下、Ni:4.0〜9.0%、Cr:13.0〜22.0%、Mo:0.20〜2.00%、Cu:0.60〜4.00%、Ti:0.50〜3.50%、Nb:0.01〜2.00%、N:0.050%以下を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、下記(1)式、(2)式、および(3)式を満足することを特徴とする耐食性および製造性に優れた高硬度ステンレス鋼。
[Cu]+2.3[Ti]+2.4[Si]≧5.3・・・(1)
[Cr]+3[Mo]+[Nb]+[Ti]+[Si]+[Ni]+[Cu]−26([C]+[N])−10.3≧12.0・・・(2)
[Cr]+1.5[Si]+[Mo]+0.5[Nb]+2[Ti]−0.5[Ni]−6.7([C]+[N])≦19.5・・・(3)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車や船舶などのプロペラシャフト、ドライブシャフトおよび当てん装置のロールなどといった高硬度、高耐食性および高靭性が求められる部材として使用される耐食性および製造性に優れたステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用部材のシャフトや圧延用ロールといった用途に使用される材料では、高硬度、高靱性を必須の性能とし、さらに、これらの性能に加えて、様々な使用環境に対応できる耐食性も有するものが望まれている。ところで、SUS420j2に代表されるマルテンサイト系ステンレス鋼では、高硬度は確保できても、耐食性では耐食環境が限定される。一方、SUS630やSUS631で代表される析出硬化系ステンレス鋼は良好な耐食性を示すが、硬さはマルテンサイト系ステンレス鋼の耐食性には及ばない上に、最高硬さが得られる加工熱処理条件も限られるため、製造上にも難がある。
【0003】
他方、SUS630の析出硬化系ステンレス鋼をベースとして、その化学成分のSiをTi、Nb、V、Ta、Ni及びCoとともに時効処理による金属間化合物のG相の複合析出により高硬度が得られる発明が提案されている(例えば、特許文献1、特許文献2参照。)。しかし、これらの提案の発明では金属間化合物のG相構成元素として高価なCoを化学成分として必須としている。しかも、これらの提案の発明では、さらに高い硬さが得られる熱処理範囲については考慮されていない。
【0004】
さらに、マルテンサイト系析出硬化型のステンレス鋼の本来の特徴を失うことなく、被削性を飛躍的に改善した快削析出型ステンレス鋼が提案されている(例えば、特許文献3参照。)。しかし、この提案の快削析出型ステンレス鋼はスクラップの再利用性を加味しており、Cuは積極的に添加していないので、硬さレベルが低く、高い時効硬さが得られる熱処理範囲が限定的である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2013−117054号公報
【特許文献2】特開2013−221158号公報
【特許文献3】特開2004−360034号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
自動車用部材のシャフトや圧延用ロールといった用途に使用される材料は、高硬度、高靱性を必須性能とし、さらに様々な使用環境に対応できる耐食性を有するものが望まれている。ところで、SUS420J2に代表されるマルテンサイト系ステンレス鋼では、高硬度は確保できても、耐食環境は限定される。一方、SUS630やSUS631で代表される析出硬化型ステンレス鋼は良好な耐食性を示すが、硬さはマルテンサイト系ステンレス鋼の硬さには及ばない。その上に、これらの析出硬化型ステンレス鋼は最高硬さが得られる加工熱処理条件も限られる。そのために、これらは製造性にも難がある。そこで、こうした現状では、解決しなければならない問題がある。
【0007】
本願の発明が解決しようとする課題は、マルテンサイト系ステンレス鋼と析出硬化型ステンレス鋼の双方の特長を有し、さらに高硬度が得られる熱処理範囲が広く、製造性にも長けているので、耐食性および製造性に優れた高硬度ステンレス鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願の発明の課題を解決するための手段は、質量%で、C:0.01〜0.10%、Si:0.30〜2.00%、Mn:0.01〜1.00%、P:0.040%以下、S:0.030%以下、Ni:4.0〜9.0%、Cr:13.0〜22.0%、Mo:0.20〜2.00%、Cu:0.60〜4.00%、Ti:0.50〜3.50%、Nb:0.01〜2.00%、N:0.050%以下を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、下記(1)式、(2)式、および(3)式を満足することを特徴とする耐食性および製造性に優れた高硬度ステンレス鋼である。
[Cu]+2.3[Ti]+2.4[Si]≧5.3・・・(1)
[Cr]+3[Mo]+[Nb]+[Ti]+[Si]+[Ni]+[Cu]−26([C]+[N])−10.3≧12.0・・・(2)
[Cr]+1.5[Si]+[Mo]+0.5[Nb]+2[Ti]−0.5[Ni]−6.7([C]+[N])≦19.5・・・(3)
【発明の効果】
【0009】
本発明の手段の合金の組成範囲とすることおよび(1)式に限定することによりCuとG相(Ni
16Ti
6Si
7)の複合析出によって最高時効(ピーク時効)硬さである、時効硬さ≧53HRCが得られ、かつ最高時効(ピーク時効)温度±50℃の範囲で、時効硬さ≧48HRCが得られ、さらに(2)式に限定することにより、最高時効(ピーク時効)硬さである、時効硬さ≧53HRCを確保し、炭窒化物の析出を抑制して、優れた耐食性が得られ、また、さらに(3)式に限定することにより、最高時効(ピーク時効)硬さである、時効硬さ≧53HRCを確保し、δフェライト量とマトリクスの脆化を抑制して良好な靱性が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
発明の実施するための形態を記載するに先立って、本願発明の課題を解決する手段における構成要件について記載する。この場合、各成分元素における%は、質量%である。
【0011】
C:0.01〜0.10%
Cは、鋼のγ安定元素で過剰δフェライトの生成を抑制し、良好な靱性を確保するために必要な元素である。このためには、Cは0.01%以上が必要である。しかし、Cは0.10%を超えて含有されると、炭窒化物の生成により鋼の耐食性が劣化する。そこで、Cは0.01〜0.10%とする。
【0012】
Si:0.30〜2.00%
Siは、製鋼段階での脱酸剤であり、鋼に析出硬化粒子を生成する。このためには、Siは0.30%以上が必要である。しかし、Siは2.00%を超えて含有されると、鋼の延性、δフェライトの生成およびマトリックスの脆化による靱性、並びに鋼の製造性が低下する。そこで、Siは0.30〜2.00%、好ましくは、0.50〜1.80%とする。
【0013】
Mn:0.01〜1.00%
Mnは、製鋼段階での脱酸剤である。このためには、Mnは0.01%以上が必要である。しかし、Mnは1.00%を超えて含有されると、脱酸剤としての効果は飽和し、かつ、鋼に硫化物の生成を促進して鋼の耐食性を劣化する。そこで、Mnは0.01〜1.00%とし、好ましくは、0.10〜0.80%とする。
【0014】
P:0.040%以下
Pは、不純物元素であり、鋼に0.040%を超えて含有されると、鋼の延性、靱性および熱間加工性が劣化する。そこで、Pは0.040%以下とし、好ましくは、0.020%以下とする。
【0015】
S:0.030%以下
Sは、不純物元素であり、鋼に0.030%を超えて含有されると、鋼の延性、靱性および熱間加工性が劣化する。そこで、Sは0.030%以下とし、好ましくは、0.020%以下とする。
【0016】
Ni:4.0〜9.0%
Niは、鋼のγ安定元素で過剰δフェライトの生成を抑制する一方で、良好な靱性を確保すると共に、焼入性の向上による均質微細組織を形成する元素である。このためには、Niは4.0%以上が必要である。しかし、9.0%を超えて含有されても、上記の効果が飽和し、かつ残留γ量の増大により鋼の硬さが軟化し、コスト高となる。そこで、Niは鋼のγ安定元素で過剰δフェライトの生成を抑制し、好ましくは、4.5〜7.5%とする。
【0017】
Cr:13.0〜22.0%
Crは、耐食性を向上させる元素である。このためには、Crは13.0%以上が必要である。しかし、Crは22.0%を超えて含有されると、耐食性向上の効果は飽和し、過剰のδフェライト生成し、脆化相の生成により靱性を劣化する。そこで、Crは13.0〜22.0%とし、好ましくは、14.0〜20.0%とする。
【0018】
Mo:0.20〜2.00%
Moは、耐食性を向上させる元素である。このためには、Moは0.20%以上が必要である。しかし、Moは高価な元素であるので、2.00%を超えて含有させると、コスト高となり、さらに、過剰のδフェライト生成し、脆化相の生成により靱性を劣化する。そこで、Moは0.20〜2.00%とし、好ましくは、0.50〜1.70%とする。
【0019】
Cu:0.60〜4.00%
Cuは、鋼に析出硬化粒子を生成する元素である。このためには、Cuは0.60%以上が必要である。しかし、Cuは4.00%を超えて含有されると、析出硬化粒子の生成の効果が飽和し、赤熱脆性の誘起により鋼の製造性が低下する。そこで、Cuは0.60〜4.00%とし、好ましくは、1.00〜3.50%とする。
【0020】
Ti:0.50〜3.50%
Tiは、鋼に析出硬化粒子を生成する元素である。このためには、Tiは0.50%以上が必要である。しかし、Tiは3.50%を超えて含有されると、粗大炭化物の生成による鋼の製造性が低下し、コスト高となる。そこで、Tiは0.50〜3.50%とし、好ましくは、0.70〜2.30%とする。
【0021】
Nb:0.01〜2.00%
Nbは、鋼に析出硬化粒子を生成する元素である。このためには、Nbは0.01%以上が必要である。しかし、Nbは2.00%を超えて含有されると、粗大炭化物の生成による鋼の製造性が低下し、コスト高となる。そこで、Nbは0.01〜2.00%とする。
【0022】
N:0.050%以下
Nは、鋼の耐食性および結晶粒粗大化防止に有効な元素である。このためには、Nは0.050%以下とする必要がある。しかし、Nは0.050%を超えて含有されると、粗大炭化物の生成による鋼の製造性が低下する。そこで、Nは0.050%以下とする。
【0023】
[Cu]+2.3[Ti]2.4[Si]≧5.3・・・(1)
式(1)において、[Cu]+2.3[Ti]2.4[Si]が5.3以上であるとする理由は、CuとG相が複合析出し、幅広い時効温度域で鋼に高い時効硬さが得られるからである。すなわち、最高硬さが得られる時効温度±50℃においても、鋼の硬さは48HRC以上が得られる。
【0024】
[Cr]+3[Mo]+[Nb]+[Ti]+[Si]+[Ni]+[Cu]−26([C]+[N])−10.3≧12.0・・・(2)
式(2)において、[Cr]+3[Mo]+[Nb]+[Ti]+[Si]+[Ni]+[Cu]−26([C]+[N])−10.3が12.0以上とする理由は、53HRC以上の時効硬さを確保しつつ、炭窒化物生成による鋼の耐食性の劣化を抑えることができるからである。
【0025】
[Cr]+1.5[Si]+[Mo]+0.5[Nb]+2[Ti]−0.5[Ni]−6.7([C]+[N])≦19.5・・・(3)
式(3)において、[Cr]+1.5[Si]+[Mo]+0.5[Nb]+2[Ti]−0.5[Ni]−6.7([C]+[N])が19.5以下とする理由は、時効硬さおよび耐食性を確保しつつ、δフェライト増量とマトリクスの脆化による鋼の衝撃特性の劣化を回避することができるからである。
【0026】
次いで、発明の実施をするための形態を記載するものとする。表1に示す、No.1〜16の実施例である発明例と、それらの比較例のNo.17〜36とにおける化学成分の供試鋼を、それぞれ100kg真空誘導加熱炉によりVIM鋼塊を溶製し、該鋼塊を1150℃に加熱して鍛伸により直径20mmの丸棒あるいは径15mmの角棒とした。次いでこれらの鋼材を900〜1200℃に加熱して10分以上保持して固溶化熱処理し、次いで水冷により急冷して−20℃ないし−90℃に10分以上保持してサブゼロ処理をして残留オーステナイトをマルテンサイトに変態させた。この後、さらに300〜800°Cに30分以上加熱保持した後、空冷する熱処理により時効処理して、各試験片を作製した。
【0028】
上記で作製した直径20mmの丸棒を使用し、熱処理による時効処理後に、鍛伸方向に垂直な断面の中周部のロックウェル硬さを測定し、表2に示すように、発明例No.1〜16および比較例No.17〜36につき、時効最高硬さで、53HRC以上を○とし、53HRC未満を×として、それぞれ評価した。
【0029】
さらに、上記で作製した直径20mmの丸棒を使用し、最高硬さが得られた熱処理による時効処理温度よりも50℃低い温度あるいは50℃高い温度にて時効処理した後、鍛伸方向に垂直な断面の中周部のロックウェル硬さを測定し、表2に示すように、発明例No.1〜16および比較例No.17〜36につき、最高硬さの時効処理温度±50℃の範囲での硬さで、48HRC以上を○とし、48HRC未満を×として、それぞれ評価した。
【0030】
さらに、上記で作製した径15mmの角棒を使用し、熱処理による時効処理した後に、鍛伸方向に平行に、径10mmで長さ55mmの角棒として2mmUノッチ試験片を作製した。この試験片を常温にてシャルピー衝撃試験に供して、表2に示すように、シャルピー衝撃値が35J/cm
2以上を○とし、35J/cm
2未満を×として評価した。
【0031】
上記で作製した直径20mmの丸棒から直径12mmで長さ21mmの棒状腐食試験片へ加工した後、6%塩化第2鉄の25℃の溶液に24時間浸漬する孔食試験を実施し、試験片の腐食度にて、表2に示すように、10.0g/m
2/h未満のものを○、10.0〜20.0g/m
2/h未満のものを△、20.0g/m
2/h以上のものを×として、孔食試験による耐食性を評価した。
【0033】
本願の化学成分の組成からなるステンレス鋼は、加工時の熱処理範囲が広く製造性に優れており、さらに、CuとG相(Ni
16Ti
6Si
7)の複合析出により最高時効(ピーク時効)硬さである53HRC以上が得られ、さらに最高時効(ピーク時効)処理温度±50℃の範囲における硬さで48HRC以上が得られ、さらにシャルピー衝撃値が35J/cm
2以上が得られ、また、さらに孔食試験で腐食度が20.0g/m
2/h未満である優れた耐食性が得られる。