特許第6587976号(P6587976)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6587976タンパク質及びペプチドのCα−C結合及び側鎖の特異的切断方法、及びアミノ酸配列決定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6587976
(24)【登録日】2019年9月20日
(45)【発行日】2019年10月9日
(54)【発明の名称】タンパク質及びペプチドのCα−C結合及び側鎖の特異的切断方法、及びアミノ酸配列決定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/64 20060101AFI20191001BHJP
【FI】
   G01N27/64 B
【請求項の数】6
【全頁数】28
(21)【出願番号】特願2016-98326(P2016-98326)
(22)【出願日】2016年5月16日
(65)【公開番号】特開2017-207312(P2017-207312A)
(43)【公開日】2017年11月24日
【審査請求日】2018年11月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100100561
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 正広
(72)【発明者】
【氏名】泉 俊輔
(72)【発明者】
【氏名】田中 耕一
(72)【発明者】
【氏名】福山 裕子
【審査官】 吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−130570(JP,A)
【文献】 特開2006−010672(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2007/0085040(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60−70、92
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
3−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸:
【化1】
4−ヒドロキシ−3−ニトロ安息香酸:
【化2】
5−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸:
【化3】
3−ヒドロキシ−5−ニトロ安息香酸:
【化4】
及び
4−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸:
【化5】
からなる群から選ばれる少なくとも1つのヒドロキシニトロ安息香酸の存在下で、タンパク質又はペプチドにレーザー光を照射することを含む、ペプチド主鎖のCα−C結合及び/又は側鎖結合を特異的に切断する方法。
【請求項2】
3−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸:
【化6】
4−ヒドロキシ−3−ニトロ安息香酸:
【化7】
5−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸:
【化8】
3−ヒドロキシ−5−ニトロ安息香酸:
【化9】
及び
4−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸:
【化10】
からなる群から選ばれる少なくとも1つのヒドロキシニトロ安息香酸の存在下で、タンパク質又はペプチドにレーザー光を照射して、ペプチド主鎖のCα−C結合及び/又は側鎖結合を特異的に切断し、
生成したフラグメントイオンを質量分析法により分析することを含む、タンパク質又はペプチドのアミノ酸配列決定方法。
【請求項3】
マトリックスとしての、3−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸、4−ヒドロキシ−3−ニトロ安息香酸、5−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸、3−ヒドロキシ−5−ニトロ安息香酸、及び4−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸からなる群から選ばれる少なくとも1つのヒドロキシニトロ安息香酸の存在下で、タンパク質又はペプチドにレーザー光を照射して、ペプチド主鎖のCα−C結合及び/又は側鎖結合を特異的に切断し、
生成したフラグメントイオンをMALDI質量分析法により分析することを含む、タンパク質又はペプチドのアミノ酸配列決定方法。
【請求項4】
前記生成したフラグメントイオンとして、
a−系列イオン種及び/又はx−系列イオン種
を分析する、請求項2又は3に記載のタンパク質又はペプチドのアミノ酸配列決定方法。
【請求項5】
前記生成したフラグメントイオンとして、
a−系列イオン種及びd−系列イオン種
を分析する、請求項2又は3に記載のタンパク質又はペプチドのアミノ酸配列決定方法。
【請求項6】
3−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸:
【化11】
4−ヒドロキシ−3−ニトロ安息香酸:
【化12】
5−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸:
【化13】
3−ヒドロキシ−5−ニトロ安息香酸:
【化14】
及び
4−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸:
【化15】
からなる群から選ばれる少なくとも1つのヒドロキシニトロ安息香酸を含む、タンパク質又はペプチド主鎖のCα−C結合及び/又は側鎖結合を特異的に切断する試薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質及びペプチドのペプチド主鎖のCα−C結合及び側鎖の特異的切断方法に関する。さらに、本発明は、3−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸、4−ヒドロキシ−3−ニトロ安息香酸、5−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸、3−ヒドロキシ−5−ニトロ安息香酸及び4−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸からなる群から選ばれる少なくとも1つのヒドロキシニトロ安息香酸をマトリックスとして用いて、タンパク質及びペプチドを質量分析法、特に、MALDI−MS(マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析)により測定し、タンパク質及びペプチドのアミノ酸配列を決定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特開2005−326391号公報(特許文献1)及び非特許文献1には、ペプチドを予め2−ニトロベンゼンスルフェニル基によって修飾し、α−シアノ−3−ヒドロキシケイ皮酸(3−CHCA)、3−ヒドロキシー4−ニトロ安息香酸(3H4NBA;3-hydroxy-4-nitrobenzoic acid)、又はそれらの混合物をマトリックスとして用いて、MALDI(マトリックス支援レーザー脱離イオン化)質量分析を行うことが開示されている。しかしながら、これらのマトリックスによって、タンパク質及びペプチドのペプチド主鎖のCα−C結合及び側鎖を特異的に切断することについては開示も示唆もなされていない。
【0003】
国際公開WO2011/007743号公報(特許文献2)及び非特許文献2には、5−アミノサリチル酸(5−ASA;5-amino salicylic acid)をマトリックスとして用いて、MALDI質量分析を行い、ペプチド主鎖のN−Cα結合を特異的に切断する方法が開示されている。
【0004】
特開2013−130570号公報(特許文献3)及び非特許文献3には、1−ヒドロキシ−5−官能基置換ナフタレン化合物の存在下で、タンパク質又はペプチドにレーザー光を照射することを含む、ペプチド主鎖のN−Cα結合又はCα−C結合を特異的に切断する方法が開示されている。1−ヒドロキシ−5−官能基置換ナフタレン化合物として、1−ヒドロキシ−5−アミノナフタレン、1,5−ジヒドロキシナフタレンが用いられている。
【0005】
非特許文献4には、5-ニトロサリチル酸(5−NSA;5-nitro salicylic acid)、4−ニトロサリチル酸(4-NSA; 4-nitro salicylic acid)、3−ニトロサリチル酸(3-NSA; 3-nitro salicylic acid)、5−ホルミルサリチル酸(5−FSA;5-formyl salicylic acid)を用いて、MALDI質量分析を行い、ペプチド主鎖のCα−C結合を特異的に切断する方法が開示されている。
【0006】
MALDI質量分析におけるIn-Source Decay(ISD:インソース分解)法は、イオン源内でサンプルイオンのフラグメンテーションを誘発し、生成したフラグメントイオンを分析する方法である。また、ペプチド鎖のアミノ酸配列情報を得るためには、質量分析において、a−,b−,c−,x−,y−,z−いずれか1種類の、あるいは複数種類のseries(系列)イオン種が連続的に検出されることが必要となる。
【0007】
ペプチド及びタンパク質の分析におけるMALDI−ISDでの主流は、還元マトリックス(非特許文献5)を用いるものである。この場合、マトリックスがサンプルと共存している状況でレーザー光照射により誘引されたマトリックス分子由来の水素ラジカルがサンプル分子に与えられ(還元マトリックス)、ペプチド主鎖のN−Cα結合の開裂(cleavage)が誘引され、主にc-seriesイオン及びz-seriesイオンのイオン種が生成される(非特許文献5、非特許文献6)。しかしながら、還元マトリックスを用いると、アミノ酸Proline(Pro, P)の左側の開裂が極めて起こり難く、Proline(Pro, P)の左側の開裂によるc-seriesイオンの生成がない。さらに、還元マトリックスを用いると、側鎖の開裂によるd-seriesイオンのイオン種が生成することはほとんどない。
【0008】
c-series又はz-seriesイオン種を生成するマトリックスとして、例えば、1,5−ジアミノナフタレン(1,5−DAN;1,5-Diaminonaphthalene)が知られている(非特許文献7)。1,5−DANにより生じるc-seriesイオン種では、アミノ酸Proline(Pro, P)の左側の開裂が極めて起こり難く、Proline(Pro, P)の左側の開裂によるc-seriesイオンの生成がない。これは、Proline(Pro, P)が、c-series切断(N−Cα間を含む)部位で環状構造となっていることに起因する。そのため、Proline(Pro, P)含有部位の配列情報が入手困難になる。また、a-seriesイオン種を介し側鎖の開裂によって生じるd-seriesのイオン種の生成が困難なため、d-seriesのイオン種によるアミノ酸残基の質量が完全同一のLeucine(Leu, L)とIsoleucine(Ile, I)の判別ができない。1,5−DANでは、z-seriesのイオン種を介し側鎖の開裂によるw-seriesのイオン種の生成が生じる場合があり、その場合はLeucine(Leu, L)とIsoleucine(Ile, I)とを識別できる可能性があるが、ペプチドのC末端にArginine(Arg, R), Lysin(Lys, K)など塩基性アミノ酸がある場合に限定される。
【0009】
MALDI−ISDに多く用いられている1,5−DANマトリックスの特徴は、以下にまとめられる:
[1] 1,5−DANはc-series,又はz-series及び/又はw-seriesイオン種を生成させる(a-series及び/又はd-seriesイオン種の生成が困難である)。
[2] 1,5−DANは発癌性が疑われている。
[3] 1,5−DANは真空中で昇華しやすい。そうすると、1,5−DANを用いると、測定時間が限られ、定量性も損なわれやすい。また、昇華した1,5−DANが他の測定時に混入するキャリーオーバーが発生しやすい。
[4] 1,5−DANは溶液状態で劣化(酸化)しやすい。例えば、溶媒に用いる水又はアセトニトリル中の酸素などで劣化しやすい。そうすると、溶液状態での1,5−DANのストックが困難である。
[5] 1,5−DANを用いると、サンプル/マトリックス溶液混合滴下乾固後のサンプルプレート上での残渣の表面均一性が低く、位置による厚みの違いの差が大きい。そうすると、Rasterで良好なデータが得られ難くなり、TOFでは分解能と質量精度の低下を招く。
[6] 1,5−DANマトリックス由来のクラスターイオンの多量生成により、ペプチド鎖N末端側(通常は、N末端側の数残基)の情報が得られ難い。
【0010】
一方、ペプチド及びタンパク質の分析におけるMALDI−ISDにおいて、酸化マトリックス(非特許文献5)を用いることも知られている。この場合、マトリックスがサンプルと共存している状況でレーザー光照射を受けサンプル分子からの水素ラジカル脱離が起こり、脱離した水素ラジカルがマトリックス分子に与えられる(酸化マトリックス)(非特許文献5)。サンプル分子からの水素ラジカル脱離によりペプチド主鎖のCα−C結合の開裂が引き起こされると、a-seriesイオン及びx-seriesイオンのイオン種が生成され(非特許文献5,8,9)、さらに側鎖の開裂によるd-seriesイオンの生成が容易である(非特許文献5)。
【0011】
水素ラジカル脱離を促進してa-seriesイオン種を生成するマトリックスとしては、例えば、官能基−CHOが付加した5−FSA (非特許文献4、5、8)、官能基−NO2 が付加した5−NSA(非特許文献4、5、8)が知られている(非特許文献4、5、8、9)。しかし、一般的なペプチドに対し、5−FSAや5−NSAによるa-seriesイオン種の生成効率は、1,5−DANによるc-seriesイオン種の生成効率と比べ、比較的低い傾向がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2005−326391号公報
【特許文献2】国際公開WO2011/007743号公報
【特許文献3】特開2013−130570号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】“Selective detection of 2-nitrobenzenesulfenyl-labeled peptide by matrix-assisted laser desorption/ionization-time of flight mass spectrometry using a novel matrix”, E. Matsuo, M. C. Toda, M. Watanabe, N. Ojima, S. Izumi, K. Tanaka, S. Tsunasawa, O. Nishimura: Proteomics (2006) Vol.6, pp2042-2049.
【非特許文献2】“In-source decay and fragmentation characteristics of peptide using 5-aminosalicylic acid as a matrix in matrix-assisted laser desorption/ionization mass spectrometry”, M. Sakakura, M. Takayama: J. Am. Soc. Mass Spectrom. (2010) Vol.21, pp979-988.
【非特許文献3】“5−Amino-1-naphthol, a novel 1,5-naphthalene derivative matrix suitable for matrix-assisted laser desorption/ionization in-source decay of phosphorylated peptides”, I. Osaka, M. Sakai, M. Takayama: Rapid Commun. Mass Spectrom. (2013) Vol.27, pp103-108.
【非特許文献4】“Influence of initial velocity of analyteson in-source decay products in MALDI mass spectrometry using salicylic acid derivative matrices”, D. Asakawa, M. Sakakura, M.Takayama: Int. J. Mass spectrom. (2013) Vol. 337, pp29-33.
【非特許文献5】“Principles of Hydrogen Radical Mediated Peptide/Protein Fragmentation during Matrix-Assisted Laser Desorption/Ionization Mass Spectrometry”, D. Asakawa: Mass Spectrometry Reviews (2014) (DOI 10. 1002/mas).
【非特許文献6】“N-Ca bond cleavage of the peptide backbone via hydrogen abstraction”, M. Takayama: J. Am. Soc. Mass Spectrom. (2001) Vol.12, pp1044-1049.
【非特許文献7】“Rational selection of the optimum MALDI matrix for top-down proteomics by in-source decay”, K. Demeure, L. Quinton, V. Gabelica, E.-D. Pauw: Anal. Chem. (2007) Vol.79, pp8678-8685.
【非特許文献8】“Cα-C Bond Cleavage of the Peptide Backbone in MALDI In-Source Decay Using Salicylic Acid Derivative Matrices”, D. Asakawa, M. Takayama: J. Am. Soc. Mass Spectrom. (2011) Vol. 22, pp1224-1233.
【非特許文献9】“Matrix Effect on In-Source Decay Products of Peptides in Matrix-Assisted Laser Desorption/Ionization”, D. Asakawa, M. Sakakura, M. Takayama, Mass Spectrometry (2012) Vol. 1, A0002.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上記のように、ペプチドやタンパク質の質量分析において、c-seriesイオン種を得るためには、1,5−DANを用いることにより、生成効率や感度が高く、c-seriesイオン種を得ることができるが、a-series又はx-seriesのイオン種については、十分に高い生成効率や感度で、且つ、他のイオン種の混在が少なく、イオン種を生成することを可能とする酸化マトリックスがないのが現状である。また、c-series又はz-seriesイオン種を生成するマトリックスでは、質量が同一のアミノ酸であるLeucine(Leu, L)とIsoleucine(Ile, I)を判別できないのが現状である。このような現状において、タンパク質やペプチドのCα−C結合を特異的に効率良く切断し、a-seriesなどのイオン種を、他のイオン種の混合が少なく、高感度に検出して、迅速に解析する方法が望まれる。さらに、側鎖を特異的に切断し、d-seriesイオンを高感度に検出し、それにより、タンパク質及びペプチドのアミノ酸配列を決定する方法が望まれる。
【0015】
本発明の目的は、タンパク質及びペプチドのCα−C結合及び/又は側鎖を特異的に切断する方法、及びそれにより、タンパク質及びペプチドのアミノ酸配列を決定する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは鋭意検討の結果、3−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸、4−ヒドロキシ−3−ニトロ安息香酸、5−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸、3−ヒドロキシ−5−ニトロ安息香酸及び4−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸からなる群から選ばれる少なくとも1つのヒドロキシニトロ安息香酸をマトリックスとして用いることにより、上記目的を達成できることを見出した。
【0017】
本発明は、以下の発明を含む。
(1) 3−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸:
【化1】
4−ヒドロキシ−3−ニトロ安息香酸:
【化2】
5−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸:
【化3】
3−ヒドロキシ−5−ニトロ安息香酸:
【化4】
及び
4−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸:
【化5】
からなる群から選ばれる少なくとも1つのヒドロキシニトロ安息香酸の存在下で、タンパク質又はペプチドにレーザー光を照射することを含む、ペプチド主鎖のCα−C結合及び/又は側鎖結合を特異的に切断する方法。
【0018】
(2) 3−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸:
【化6】
4−ヒドロキシ−3−ニトロ安息香酸:
【化7】
5−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸:
【化8】
3−ヒドロキシ−5−ニトロ安息香酸:
【化9】
及び
4−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸:
【化10】
からなる群から選ばれる少なくとも1つのヒドロキシニトロ安息香酸の存在下で、タンパク質又はペプチドにレーザー光を照射して、ペプチド主鎖のCα−C結合及び/又は側鎖結合を特異的に切断し、
生成したフラグメントイオンを質量分析法により分析することを含む、タンパク質又はペプチドのアミノ酸配列決定方法。
【0019】
(3) マトリックスとしての、3−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸、4−ヒドロキシ−3−ニトロ安息香酸、5−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸、3−ヒドロキシ−5−ニトロ安息香酸、及び4−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸からなる群から選ばれる少なくとも1つのヒドロキシニトロ安息香酸の存在下で、タンパク質又はペプチドにレーザー光を照射して、ペプチド主鎖のCα−C結合及び/又は側鎖結合を特異的に切断し、
生成したフラグメントイオンをMALDI質量分析法により分析することを含む、タンパク質又はペプチドのアミノ酸配列決定方法。
【0020】
(4) 前記生成したフラグメントイオンとして、
a−系列イオン種及び/又はx−系列イオン種
を分析する、上記(2)又は(3)に記載のタンパク質又はペプチドのアミノ酸配列決定方法。
【0021】
(5) 前記生成したフラグメントイオンとして、
a−系列イオン種及びd−系列イオン種
を分析する、上記(2)又は(3)に記載のタンパク質又はペプチドのアミノ酸配列決定方法。
【0022】
(6) 3−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸:
【化11】
4−ヒドロキシ−3−ニトロ安息香酸:
【化12】
5−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸:
【化13】
3−ヒドロキシ−5−ニトロ安息香酸:
【化14】
及び
4−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸:
【化15】
からなる群から選ばれる少なくとも1つのヒドロキシニトロ安息香酸を含む、タンパク質又はペプチド主鎖のCα−C結合及び/又は側鎖結合を特異的に切断する試薬。
【0023】
本発明において、MALDI−ISD分析では、一般的に通常の分析よりもレーザー強度を高くすることによってISDフラグメンテーションを促進させる。すなわち、本発明において、マトリックスとしての3−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸、4−ヒドロキシ−3−ニトロ安息香酸、5−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸、3−ヒドロキシ−5−ニトロ安息香酸及び4−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸からなる群から選ばれる少なくとも1つのヒドロキシニトロ安息香酸の存在下で、分析すべきサンプルのタンパク質又はペプチドに、サンプル由来のプロトン付加分子[M+H]+ 生成に必要な量及び密度よりも、ある程度高い強度のレーザー光を照射することにより、タンパク質又はペプチドからの水素ラジカル脱離反応を促進させ、主にa-series及び/又はx-seriesイオン種を生成させ、さらにd-seriesイオン種を生成させる。
【発明の効果】
【0024】
本発明において、3−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸、4−ヒドロキシ−3−ニトロ安息香酸、5−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸、3−ヒドロキシ−5−ニトロ安息香酸及び4−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸からなる群から選ばれる少なくとも1つのヒドロキシニトロ安息香酸の存在下で、タンパク質又はペプチドにレーザー光を照射することにより、タンパク質又はペプチドからの水素ラジカル脱離反応が促進させられ、ペプチド主鎖のCα−C結合及び/又は側鎖結合を特異的に切断することができる。
【0025】
ペプチド主鎖のCα−C結合及び/又は側鎖結合が特異的に切断されると、フラグメントイオンとして主にa-series及び/又はx-seriesイオン種が生成し、さらにd-seriesイオン種も生成する。a-series及び/又はx-seriesイオン種を質量分析法により検出分析することにより、Proline(Pro, P)の左側での開裂を検出しProline(Pro, P)含有部位の配列情報を得ることができる。また、d-seriesイオン種を質量分析法により検出分析することにより、アミノ酸残基の質量が完全同一であるLeucine(Leu, L)とIsoleucine(Ile, I)とを判別することができる。このように、本発明によれば、分析すべきタンパク質又はペプチドについて、高感度に迅速に、高いカバレッジで、より多くのアミノ酸配列情報を入手することができる。特に、MS/MSのような多段階分析を行うことなく、1回のMS測定により、アミノ酸配列情報を入手することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1図1は、マトリックスとして上から3−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸(3H2NBA)、4−ヒドロキシ−3−ニトロ安息香酸(4H3NBA)、5−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸(5H2NBA)、3−ヒドロキシ−5−ニトロ安息香酸(3H5NBA)、4−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸(4H2NBA)及び1,5−ジアミノナフタレン(1,5−DAN)を用いた場合のN-Acetyl-Renin substrateのISDマススペクトル全体図である。横軸は質量/電荷(m/z)、縦軸はイオン強度を表す。
図2図2は、図1の低質量域部分拡大図である。
図3図3は、図1の高質量域部分拡大図である。
図4図4は、N-Acetyl-Renin substrate のISDイオン理論値リストである。
図5図5は、マトリックスとして上から3−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸(3H2NBA)、4−ヒドロキシ−3−ニトロ安息香酸(4H3NBA)、5−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸(5H2NBA)、3−ヒドロキシ−5−ニトロ安息香酸(3H5NBA)、4−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸(4H2NBA)及び5−ニトロサリチル酸(5−NSA)を用いた場合のAmyloidβ[1-40]のISDマススペクトル全体図である。横軸は質量/電荷(m/z)、縦軸はイオン強度を表す。
図6図6は、図5の低質量域部分拡大図である。
図7図7は、図5の高質量域部分拡大図である。
図8図8は、Amyloidβ[1-40]のISDイオン理論値リストである。
図9図9は、マトリックスとして、(A)3−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸(3H2NBA)、(B)4−ヒドロキシ−3−ニトロ安息香酸(4H3NBA)、(C)5−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸(5H2NBA)、(D)3−ヒドロキシ−5−ニトロ安息香酸(3H5NBA)、(E)4−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸(4H2NBA)、(F)5−ニトロサリチル酸(5−NSA)及び(G)1,5−ジアミノナフタレン(1,5−DAN)を用いた場合のマトリックス溶液とペプチドサンプル溶液Amyloidβ[1-40]とをサンプルプレート上に滴下し、その混合溶液を乾固した後の残渣の状態例を示す実体顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
分析すべきタンパク質又はペプチドについて、ペプチド鎖のアミノ酸配列情報を得るためには、質量分析において、a−,b−,c−,x−,y−,z−いずれか1種類の、あるいは複数種のseriesのイオン種が連続的に検出されることが必要条件である。次の化学構造式は、4残基からなるペプチドを例として、ペプチド主鎖のフラグメンテーションの命名規則を示す。R1 、R2 、R3 、及びR4 は、アミノ酸残基側鎖を表す。
【0028】
【化16】
【0029】
次に、化学スキームを参照して、ペプチド主鎖の開裂によるc-seriesイオン及びz-seriesイオン、a-seriesイオン及びx-seriesイオンの生成機構について説明する(引用文献8のスキーム1を参照)。
【0030】
【化17】
【0031】
スキーム(a)は、ペプチド主鎖のN−Cα結合の開裂によるc-seriesイオン及びz-seriesイオンの生成機構を示している。還元マトリックスを用いて、マトリックスがタンパク質又はペプチドサンプルと共存している状況でレーザー光照射を行うと、レーザー光照射により誘引されたマトリックス分子由来の水素ラジカルがサンプル分子に与えられ(還元マトリックス)、ペプチド主鎖のN−Cα結合の開裂(cleavage)が誘引され、主にc-seriesイオン及び/又はz-seriesイオンのイオン種が生成される。Proline(Pro, P)は、c-series切断(N−Cα間を含む)部位で環状構造となっているために、Proline(Pro, P)の場合にはこのN−Cα結合の開裂が極めて起こり難く、Proline(Pro, P)の左側の開裂によるc-seriesイオンの生成がない。
【0032】
スキーム(b)は、ペプチド主鎖のCα−C結合の開裂によるa-seriesイオン及びx-seriesイオンの生成機構を示している。酸化マトリックスを用いて、マトリックスがタンパク質又はペプチドサンプルと共存している状況でレーザー光照射を行うと、レーザー光照射によりサンプル分子からの水素ラジカル脱離が起こり、脱離した水素ラジカルがマトリックス分子に与えられる(酸化マトリックス)。サンプル分子からの水素ラジカル脱離によりペプチド主鎖のCα−C結合の開裂が引き起こされると、a-seriesイオン及び/又はx-seriesイオンのイオン種が生成される。さらにa-seriesイオン種から側鎖の開裂によるd-seriesイオン種の生成が容易である。
【0033】
[マトリックス]
本発明において、マトリックスとしての、3−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸、4−ヒドロキシ−3−ニトロ安息香酸、5−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸、3−ヒドロキシ−5−ニトロ安息香酸及び4−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸からなる群から選ばれる少なくとも1つのヒドロキシニトロ安息香酸の存在下で、タンパク質又はペプチドサンプルにレーザー光を照射する。上記特定のヒドロキシニトロ安息香酸は1種のみを用いてもよいが、2種以上を組み合わせて用いてもよい。上記スキーム(b)に従って、ペプチド主鎖のCα−C結合及び/又は側鎖結合が特異的に切断される。以下にさらに詳細な化学スキームを、3−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸(3H2NBA)を例として示す。
【0034】
【化18】
【0035】
マトリックスとしての、3−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸、4−ヒドロキシ−3−ニトロ安息香酸、5−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸、3−ヒドロキシ−5−ニトロ安息香酸及び4−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸からなる群から選ばれる少なくとも1つのヒドロキシニトロ安息香酸の存在下で、タンパク質又はペプチドサンプルにレーザー光を照射すると、レーザー光照射によりサンプル分子からの水素ラジカル脱離が起こり、脱離した水素ラジカルが上記特定のヒドロキシニトロ安息香酸分子に与えられる。上記特定のヒドロキシニトロ安息香酸は、ニトロ基により水素ラジカル受容能が高く、サンプル分子からの水素ラジカル脱離が起こりやすい。サンプル分子からの水素ラジカル脱離によりペプチド主鎖のCα−C結合の開裂が引き起こされると、a-seriesイオン及び/又はx-seriesイオンのイオン種が生成される。さらにa-seriesイオン種から側鎖の開裂によるd-seriesイオンのイオン種の生成が容易である。
【0036】
生成したa-seriesイオン及び/又はx-seriesイオンのイオン種、及びさらに側鎖の開裂により生成したd-seriesイオンのイオン種を質量分析法により分析して、タンパク質又はペプチドのアミノ酸配列を決定することができる。
【0037】
[質量分析用結晶の作成]
質量分析用結晶は、分析対象のタンパク質又はペプチドと、3−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸、4−ヒドロキシ−3−ニトロ安息香酸、5−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸、3−ヒドロキシ−5−ニトロ安息香酸及び4−ヒドロキシ−2−ニトロ安息香酸からなる群から選ばれる少なくとも1つのヒドロキシニトロ安息香酸マトリックスとを溶媒中に少なくとも含む混合液の液滴を質量分析用ターゲットプレート上に形成する工程と、形成された前記混合液の液滴から前記溶媒を除去し、前記混合液中の不揮発分(すなわち少なくとも分析対象、及びマトリックス)を残渣として得る工程とによって得ることができる。得られた残渣が、すなわち質量分析用結晶である。本明細書においては、質量分析用結晶と残渣とは同義である。
【0038】
質量分析用ターゲットとしては、通常MALDI質量分析用として用いられる導電性を有する金属製プレートを使用することができる。具体的には、ステンレス製のプレートを用いることができる。
【0039】
前記混合液の液滴をターゲットプレート上に用意する具体的方法としては特に限定されない。例えば、まず、分析対象を含むサンプル溶液とマトリックス溶液とをそれぞれ別々に調製する。次に、それら溶液を混合させて混合液を得て、得られた混合液をターゲットプレート上に滴下する。又は、それら溶液をそれぞれターゲットプレート上の同じ位置に滴下することにより、ターゲットプレート上で混合させる(on-target mix法)。on-target mix法の場合、溶液の滴下順序は任意である。
【0040】
前記混合液の溶媒としては、水、アセトニトリル(ACN)、トリフルオロ酢酸(TFA)、メタノール(MeOH)、エタノール(EtOH)、テトラヒドロフラン(THF)及びジメチルスホキシド(DMSO)などからなる群から選ばれうる。より具体的には、混合液の溶媒としては、例えば、ACN水溶液、ACN−TFA水溶液、MeOH−TFA、MeOH水溶液、EtOH−TFA水溶液、EtOH水溶液、THF−TFA水溶液、THF水溶液、DMSO−TFA水溶液、DMSO水溶液などが用いられ、より好ましくは、ACN水溶液やACN−TFA水溶液を用いることができる。ACN−TFA水溶液におけるACNの濃度は例えば10〜90体積%、好ましくは25〜75体積%であり、TFAの濃度は例えば0.05〜1体積%、好ましくは0.05〜0.1体積%でありうる。
【0041】
前記混合液の液滴の体積としては特に限定されず、当業者が適宜決定することができる。ターゲットプレート上にウェルが設けられている場合、混合液の液滴は、ウェル内に形成することができる。この場合、液滴は、当該ウェル内に収まる程度の体積をもって形成される。具体的には、0.1μL〜2μL程度、例えば0.5μL程度の液滴を形成することができる。
【0042】
次に、ターゲットプレート上の混合液の液滴から溶媒を除去する。溶媒の除去には溶媒の自然蒸発が含まれる。蒸発によって生じる残渣(すなわち質量分析用結晶)1個当たりに含まれるマトリックスの量は、例えば1pmol〜1,000nmol、好ましくは10pmol〜100nmolを目安にすることができる。分析対象の量は、例えば、マトリックス10nmolに対し、試料1amol〜100pmol、又は100amol〜50pmolの範囲で許容される。
【0043】
残渣は、ターゲットプレートとの接触面において、略円の形状をなす。すなわち、残渣の外縁は略円の形状である。前記の略円の平均直径は、試料量、滴下量、マトリックス量及び溶媒組成等によって異なりうるが、例えば0.1〜3mm、好ましくは0.5〜2mmである。なお、平均直径とは、1個の残渣において、前記の略円の重心を通る直線が残渣の外縁で切り取られた線分の長さの平均である。
【0044】
質量分析用ターゲットとして通常の金属製プレートを用いた場合には、溶媒の除去によって得られる略円形の残渣において、分析対象物質は主に前記略円内に存在する。そのため、イオン化の際のレーザー照射位置を特定することなく、分析対象物質のイオン化を容易に行うことができる。
【0045】
[質量分析装置]
本発明において使用される質量分析装置としては、MALDI(マトリックス支援レーザー脱離イオン化)イオン源が組み合わされたものであれば特に限定されない。例えば、MALDI−TOF(マトリックス支援レーザー脱離イオン化−飛行時間) 型質量分析装置、MALDI−QIT(マトリックス支援レーザー脱離イオン化−四重極イオントラップ)型質量分析装置、MALDI−QIT−TOF(マトリックス支援レーザー脱離イオン化−四重極イオントラップ−飛行時間)型質量分析装置、MALDI―Q−TOF(マトリックス支援レーザー脱離イオン化−四重極−飛行時間)型質量分析装置、MALDI−FTICR(マトリックス支援レーザー脱離イオン化−フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴)型質量分析装置、MALDI−Orbitrap(マトリックス支援レーザー脱離イオン化−オービトラップ)型質量分析装置などが挙げられる。
【実施例】
【0046】
以下に実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例に制限されるものではない。
【0047】
以下の実施例において、ペプチドサンプルとして、次の2種を用いた。
N-Acetyl-Renin Substrate (アミノ酸配列:Ac-DRVYIHPFHLLVYS)(配列番号1)
Amyloidβ[1-40] (アミノ酸配列:DAEFRHDSGYEVHHQKLVFFAEDVGSNKGAIIGLMVGGVV)(配列番号2)
【0048】
マトリックスとして、次の7種を用いた。
3H2NBA(3-hydroxy-2-nitrobenzoic acid)本発明
【化19】
【0049】
4H3NBA(4-hydroxy-3-nitrobenzoic acid)本発明
【化20】
【0050】
5H2NBA(5-hydroxy-2-nitrobenzoic acid)本発明
【化21】
【0051】
3H5NBA(3-hydroxy-5-nitrobenzoic acid)本発明
【化22】
【0052】
4H2NBA(4-hydroxy-2-nitrobenzoic acid)本発明
【化23】
【0053】
5−NSA(5-nitrosalicylic acid)比較用
【化24】
【0054】
1,5−DAN(1,5-Diaminonaphthalene)比較用
【化25】
【0055】
上記マトリックスのうち、3H2NBA、4H3NBA、5H2NBA、3H5NBA、4H2NBA及び5−NSAは、官能基−NO2 を有している。この−NO2 基がレーザー光照射によりペプチドサンプルから水素ラジカルを引き抜く効果を発揮し、ペプチド主鎖のCα−C結合の開裂が引き起こされる。結果としてa-seriesイオン種やx-seriesイオン種を生成させ、さらにd-seriesイオン種を生成させる。
【0056】
上記マトリックスのうち、1,5−DANは、官能基−NH2 を有している。−NH2 基は、レーザー光照射により1,5−DAN分子由来の水素ラジカルを発生させペプチドサンプルに該水素ラジカルを付加する効果を発揮し、ペプチド主鎖のN−Cα結合の開裂が引き起こされる。結果としてc-seriesイオン種やz-seriesイオン種を生成させる。
【0057】
サンプルプレート:ステンレス製2mm厚プレートを用いた。
質量分析装置:MALDI飛行時間型質量分析計[AXIMA-Performance(登録商標),島津製作所製]を用いた。
【0058】
[実施例1]
ペプチドサンプル:N-Acetyl-Renin Substrate(Ac-DRVYIHPFHLLVYS)(配列番号1)
マトリックス:
3H2NBA(3-hydroxy-2-nitrobenzoic acid)本発明
4H3NBA(4-hydroxy-3-nitrobenzoic acid)本発明
5H2NBA(5-hydroxy-2-nitrobenzoic acid)本発明
3H5NBA(3-hydroxy-5-nitrobenzoic acid)本発明
4H2NBA(4-hydroxy-2-nitrobenzoic acid)本発明
1,5−DAN(1,5-Diaminonaphthalene)比較用
【0059】
[操作]
(1)ペプチド試料溶液として、上記N-Acetyl-Renin Substrateの20 pmol/μL waterを作成した。
(2)マトリックス溶液として、3H2NBA、4H3NBA、5H2NBA、3H5NBA、又は4H2NBAの10mg/mL 75% ACN, waterをそれぞれ作成し、比較用として、1,5−DANの10 mg/mL 75% ACN, waterを作成した。
(3)MALDIサンプルプレート上に、(1)の試料溶液0.5 μLを滴下した後、(2)のマトリックス溶液を0.5 μL滴下した(on-target mix法)。1ウェル当たりのペプチド試料の量は、10pmolであった。
(4)溶媒が揮発した後、MALDI TOFMS [AXIMA Performance(登録商標), 島津製作所製)]の、ポジティブイオンモード、リニアモ−ドで、プレート上の残渣の広がりに応じて正方形1辺1.2mm〜1.7mm内を40×40=1,600点、ラスタ−分析により計測した。
【0060】
[結果]
図1は、マトリックスとして3H2NBA(最上段)、4H3NBA(2段目)、5H2NBA(3段目)、3H5NBA(4段目)、4H2NBA(5段目)、1,5−DAN(最下段)を用いた場合のN-Acetyl-Renin substrate のISDマススペクトル全体図(m/z: 360-1840)であり、図2は、図1の低質量域部分拡大図(m/z: 530-1070)であり、図3は、図1の高質量域部分拡大図(m/z: 1030-1620)である。
【0061】
図1及び2の最下段スペクトルに示されるように、1,5−DANを用いると、低質量域にマトリックス由来のクラスターイオン(例えば、図2において、m/z:420〜650に存在する多数の高強度ピーク)が多種類及び多量に検出された。このため、たとえc-seriesイオン種が検出されていたとしても、解析に困難が伴いやすい。また、図2の最下段スペクトルに示されるように、 c6 イオンが検出されなかった。これは、N-Acetyl-Renin Substrate(アミノ酸配列:Ac-DRVYIH”P”FHLLVYS)のN末端から7番目がProline(Pro, P)であり、その手前の6番目のHistidine(His, H)との間のc-seriesイオンが検出されなかったためである。
【0062】
これに対し、図1及び2の最上段から5段目のスペクトルに示されるように、3H2NBA、4H3NBA、5H2NBA、3H5NBA、4H2NBAを用いた場合には、クラスターイオンに埋没することなく a6 イオンも含めa-seriesイオン種が連続的に検出された。
【0063】
図3の最下段スペクトルに示されるように、1,5−DANを用いると、高質量域では、全てのc-seriesイオン種が検出されたが、質量分解能が低く質量精度も低い。この主な原因は、サンプルプレート上に1,5−DAN溶液とサンプル溶液を滴下、乾固させた後の残渣の形態が不均一(例えば、後述の図9(G)参照)で針状の巨大な結晶成長と個別部位における厚みの違いがあり、飛行時間型質量分析で質量分解能と質量精度が低下したためと考えられる。これにより、例えば互いの質量差が1であるアミノ酸[例えば、Ile/Leu(113)←→Asn(114)←→Asp(115),Gln/Lys(128)←→Glu(129)]の判別が困難になることが予想される。
【0064】
これに対し、主に図1、2及び3に示されるように、3H2NBA、4H3NBA、5H2NBA、3H5NBA、4H2NBAを用いた場合には、a-seriesイオン種が全て検出されただけでなく、さらに、d5、d10,d11も検出されたため、N-Acetyl-Renin Substrate(アミノ酸配列:Ac-DRVY”I”HPFH“LL”VYS)のN末端から5番目がIsoleucine(Ile, I)であり、10番目、及び11番目が共にLeucine(Leu, L)であると決定できた。すなわち、N末端から5番目のアミノ酸が、質量数が同一のLeucine(Leu, L)ではなく、Isoleucine(Ile, I)である、さらに10番目、及び11番目のアミノ酸が、Isoleucine(Ile, I)ではなく、Leucine(Leu, L)であると判別できた。
【0065】
図4に、N-Acetyl-Renin substrate のISDイオン理論値リストを示す。
【0066】
[実施例2]
ペプチドサンプル:Amyloidβ[1-40](アミノ酸配列:DAEFRHDSGYEVHHQKLVFFAEDVGSNKGAIIGLMVGGVV)(配列番号2)
マトリックス:
3H2NBA(3-hydroxy-2-nitrobenzoic acid)本発明
4H3NBA(4-hydroxy-3-nitrobenzoic acid)本発明
5H2NBA(5-hydroxy-2-nitrobenzoic acid)本発明
3H5NBA(3-hydroxy-5-nitrobenzoic acid)本発明
4H2NBA(4-hydroxy-2-nitrobenzoic acid)本発明
5−NSA(5-nitrosalicylic acid)比較用
【0067】
[操作]
(1)ペプチド試料溶液として、上記Amyloidβ[1-40]の20pmol/μL 50%ACN 0.1%TFA waterを作成した。
(2)マトリックス溶液として、3H2NBA、4H3NBA、5H2NBA、3H5NBA、又は4H2NBAの10mg/mL 75% ACN, waterをそれぞれ作成し、比較用として、5−NSAの10 mg/mL 75% ACN, waterを作成した。
(3)MALDIサンプルプレート上に、(1)の試料溶液0.5 μLを滴下した後、(2)のマトリックス溶液を0.5 μL滴下した(on-target mix法)。1ウェル当たりのペプチド試料の量は、10pmolであった。
(4)溶媒が揮発した後、MALDI TOFMS [AXIMA Performance(登録商標), 島津製作所製)]の、ポジティブイオンモード、リニアモ−ドで、プレート上の残渣の広がりに応じて正方形1辺1.2mm〜1.7mm内を40×40=1,600点、ラスタ−分析により計測した。
【0068】
[結果]
図5は、マトリックスとして3H2NBA(最上段)、4H3NBA(2段目)、5H2NBA(3段目)、3H5NBA(4段目)、4H2NBA(5段目)、5−NSA(最下段)を用いた場合のAmyloidβ[1-40]のISDマススペクトル全体図(m/z: 450-4450)であり、図6は、図5の低質量域部分拡大図(m/z: 1320-2060)であり、図7は、図5の高質量域部分拡大図(m/z: 3040-3780)である。
【0069】
図5のスペクトルに示されるように、5−NSAを用いると、低質量域にマトリックス由来のクラスターイオンが多種類及び多量に検出され、低質量域の配列情報入手に困難が伴いやすい。さらに、図6に示されるように、a-及びd-seriesイオン種以外のイオン種が比較的多く検出され、図7に示されるように、特に高質量域のd-seriesイオン種が検出困難なため、中質領域及び高質量域の配列情報入手に困難が伴いやすい。
【0070】
これに対し、図6〜7の最上段〜5段目のスペクトルに示されるように、3H2NBA、4H3NBA、5H2NBA、3H5NBA、4H2NBAを用いた場合には、a-seriesイオン種全てと、Isoleucine(Ile, I)とLeucine(Leu, L)を判別するd-seriesイオン種(d17,d31,d32,d34)が全て検出された。このため、配列情報の入手が容易である。
【0071】
[実施例3]
マトリックスとして3H2NBA、4H3NBA、5H2NBA、3H5NBA、4H2NBAを用いた場合のさらなる利点を図9(A)〜(G)を用いて示す。
【0072】
図9(A)は、サンプルプレート上に、マトリックスとして3H2NBA溶液と、ペプチドサンプル溶液Amyloidβ[1-40]とを滴下し、その混合溶液を乾固した後の残渣の状態例を示す実体顕微鏡写真である。同様に、図9(B)は、マトリックスとして4H3NBAを用いた場合の写真である。図9(C)は、マトリックスとして5H2NBAを用いた場合の写真である。図9(D)は、マトリックスとして3H5NBAを用いた場合の写真である。図9(E)は、マトリックスとして4H2NBAを用いた場合の写真である。
【0073】
図9(F)は、サンプルプレート上に、マトリックスとして5−NSA溶液と、ペプチドサンプル溶液Amyloidβ[1-40]とを滴下し、その混合溶液を乾固した後の残渣の状態例を示す実体顕微鏡写真である。同様に、図9(G)は、マトリックスとして1,5−DANを用いた場合の写真である。
【0074】
図9を見ると、マトリックスとして(A)3H2NBA、(B)4H3NBA、(C)5H2NBA、(D)3H5NBA、又は(E)4H2NBAを用いると、正方形ラスタースキャンによってイオン化を行うべき残渣内側の形態が比較的均一であることが観察された。これに対し、(G)1,5−DANを用いた場合は、細長い結晶が大きく成長することにより残渣の形態が不均一であることが観測された。
【0075】
図9(F)を見ると、マトリックスとして5−NSAを用いると、マトリックスとして(A)3H2NBA、(B)4H3NBA、(C)5H2NBA、(D)3H5NBA、又は(E)4H2NBAを用いた場合と同様に正方形ラスタースキャンによってイオン化を行うべき残渣内側の形態が比較的均一であることが観察されたが、残渣の厚みが厚い傾向がある。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]