【実施例】
【0046】
以下に実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例に制限されるものではない。
【0047】
以下の実施例において、ペプチドサンプルとして、次の2種を用いた。
N-Acetyl-Renin Substrate (アミノ酸配列:Ac-DRVYIHPFHLLVYS)(配列番号1)
Amyloidβ[1-40] (アミノ酸配列:DAEFRHDSGYEVHHQKLVFFAEDVGSNKGAIIGLMVGGVV)(配列番号2)
【0048】
マトリックスとして、次の7種を用いた。
3H2NBA(3-hydroxy-2-nitrobenzoic acid)本発明
【化19】
【0049】
4H3NBA(4-hydroxy-3-nitrobenzoic acid)本発明
【化20】
【0050】
5H2NBA(5-hydroxy-2-nitrobenzoic acid)本発明
【化21】
【0051】
3H5NBA(3-hydroxy-5-nitrobenzoic acid)本発明
【化22】
【0052】
4H2NBA(4-hydroxy-2-nitrobenzoic acid)本発明
【化23】
【0053】
5−NSA(5-nitrosalicylic acid)比較用
【化24】
【0054】
1,5−DAN(1,5-Diaminonaphthalene)比較用
【化25】
【0055】
上記マトリックスのうち、3H2NBA、4H3NBA、5H2NBA、3H5NBA、4H2NBA及び5−NSAは、官能基−NO
2 を有している。この−NO
2 基がレーザー光照射によりペプチドサンプルから水素ラジカルを引き抜く効果を発揮し、ペプチド主鎖のCα−C結合の開裂が引き起こされる。結果としてa-seriesイオン種やx-seriesイオン種を生成させ、さらにd-seriesイオン種を生成させる。
【0056】
上記マトリックスのうち、1,5−DANは、官能基−NH
2 を有している。−NH
2 基は、レーザー光照射により1,5−DAN分子由来の水素ラジカルを発生させペプチドサンプルに該水素ラジカルを付加する効果を発揮し、ペプチド主鎖のN−Cα結合の開裂が引き起こされる。結果としてc-seriesイオン種やz-seriesイオン種を生成させる。
【0057】
サンプルプレート:ステンレス製2mm厚プレートを用いた。
質量分析装置:MALDI飛行時間型質量分析計[AXIMA-Performance(登録商標),島津製作所製]を用いた。
【0058】
[実施例1]
ペプチドサンプル:N-Acetyl-Renin Substrate(Ac-DRVYIHPFHLLVYS)(配列番号1)
マトリックス:
3H2NBA(3-hydroxy-2-nitrobenzoic acid)本発明
4H3NBA(4-hydroxy-3-nitrobenzoic acid)本発明
5H2NBA(5-hydroxy-2-nitrobenzoic acid)本発明
3H5NBA(3-hydroxy-5-nitrobenzoic acid)本発明
4H2NBA(4-hydroxy-2-nitrobenzoic acid)本発明
1,5−DAN(1,5-Diaminonaphthalene)比較用
【0059】
[操作]
(1)ペプチド試料溶液として、上記N-Acetyl-Renin Substrateの20 pmol/μL waterを作成した。
(2)マトリックス溶液として、3H2NBA、4H3NBA、5H2NBA、3H5NBA、又は4H2NBAの10mg/mL 75% ACN, waterをそれぞれ作成し、比較用として、1,5−DANの10 mg/mL 75% ACN, waterを作成した。
(3)MALDIサンプルプレート上に、(1)の試料溶液0.5 μLを滴下した後、(2)のマトリックス溶液を0.5 μL滴下した(on-target mix法)。1ウェル当たりのペプチド試料の量は、10pmolであった。
(4)溶媒が揮発した後、MALDI TOFMS [AXIMA Performance(登録商標), 島津製作所製)]の、ポジティブイオンモード、リニアモ−ドで、プレート上の残渣の広がりに応じて正方形1辺1.2mm〜1.7mm内を40×40=1,600点、ラスタ−分析により計測した。
【0060】
[結果]
図1は、マトリックスとして3H2NBA(最上段)、4H3NBA(2段目)、5H2NBA(3段目)、3H5NBA(4段目)、4H2NBA(5段目)、1,5−DAN(最下段)を用いた場合のN-Acetyl-Renin substrate のISDマススペクトル全体図(m/z: 360-1840)であり、
図2は、
図1の低質量域部分拡大図(m/z: 530-1070)であり、
図3は、
図1の高質量域部分拡大図(m/z: 1030-1620)である。
【0061】
図1及び2の最下段スペクトルに示されるように、1,5−DANを用いると、低質量域にマトリックス由来のクラスターイオン(例えば、
図2において、m/z:420〜650に存在する多数の高強度ピーク)が多種類及び多量に検出された。このため、たとえc-seriesイオン種が検出されていたとしても、解析に困難が伴いやすい。また、
図2の最下段スペクトルに示されるように、 c6 イオンが検出されなかった。これは、N-Acetyl-Renin Substrate(アミノ酸配列:Ac-DRVYIH”P”FHLLVYS)のN末端から7番目がProline(Pro, P)であり、その手前の6番目のHistidine(His, H)との間のc-seriesイオンが検出されなかったためである。
【0062】
これに対し、
図1及び2の最上段から5段目のスペクトルに示されるように、3H2NBA、4H3NBA、5H2NBA、3H5NBA、4H2NBAを用いた場合には、クラスターイオンに埋没することなく a6 イオンも含めa-seriesイオン種が連続的に検出された。
【0063】
図3の最下段スペクトルに示されるように、1,5−DANを用いると、高質量域では、全てのc-seriesイオン種が検出されたが、質量分解能が低く質量精度も低い。この主な原因は、サンプルプレート上に1,5−DAN溶液とサンプル溶液を滴下、乾固させた後の残渣の形態が不均一(例えば、後述の
図9(G)参照)で針状の巨大な結晶成長と個別部位における厚みの違いがあり、飛行時間型質量分析で質量分解能と質量精度が低下したためと考えられる。これにより、例えば互いの質量差が1であるアミノ酸[例えば、Ile/Leu(113)←→Asn(114)←→Asp(115),Gln/Lys(128)←→Glu(129)]の判別が困難になることが予想される。
【0064】
これに対し、主に
図1、2及び3に示されるように、3H2NBA、4H3NBA、5H2NBA、3H5NBA、4H2NBAを用いた場合には、a-seriesイオン種が全て検出されただけでなく、さらに、d5、d10,d11も検出されたため、N-Acetyl-Renin Substrate(アミノ酸配列:Ac-DRVY”I”HPFH“LL”VYS)のN末端から5番目がIsoleucine(Ile, I)であり、10番目、及び11番目が共にLeucine(Leu, L)であると決定できた。すなわち、N末端から5番目のアミノ酸が、質量数が同一のLeucine(Leu, L)ではなく、Isoleucine(Ile, I)である、さらに10番目、及び11番目のアミノ酸が、Isoleucine(Ile, I)ではなく、Leucine(Leu, L)であると判別できた。
【0065】
図4に、N-Acetyl-Renin substrate のISDイオン理論値リストを示す。
【0066】
[実施例2]
ペプチドサンプル:Amyloidβ[1-40](アミノ酸配列:DAEFRHDSGYEVHHQKLVFFAEDVGSNKGAIIGLMVGGVV)(配列番号2)
マトリックス:
3H2NBA(3-hydroxy-2-nitrobenzoic acid)本発明
4H3NBA(4-hydroxy-3-nitrobenzoic acid)本発明
5H2NBA(5-hydroxy-2-nitrobenzoic acid)本発明
3H5NBA(3-hydroxy-5-nitrobenzoic acid)本発明
4H2NBA(4-hydroxy-2-nitrobenzoic acid)本発明
5−NSA(5-nitrosalicylic acid)比較用
【0067】
[操作]
(1)ペプチド試料溶液として、上記Amyloidβ[1-40]の20pmol/μL 50%ACN 0.1%TFA waterを作成した。
(2)マトリックス溶液として、3H2NBA、4H3NBA、5H2NBA、3H5NBA、又は4H2NBAの10mg/mL 75% ACN, waterをそれぞれ作成し、比較用として、5−NSAの10 mg/mL 75% ACN, waterを作成した。
(3)MALDIサンプルプレート上に、(1)の試料溶液0.5 μLを滴下した後、(2)のマトリックス溶液を0.5 μL滴下した(on-target mix法)。1ウェル当たりのペプチド試料の量は、10pmolであった。
(4)溶媒が揮発した後、MALDI TOFMS [AXIMA Performance(登録商標), 島津製作所製)]の、ポジティブイオンモード、リニアモ−ドで、プレート上の残渣の広がりに応じて正方形1辺1.2mm〜1.7mm内を40×40=1,600点、ラスタ−分析により計測した。
【0068】
[結果]
図5は、マトリックスとして3H2NBA(最上段)、4H3NBA(2段目)、5H2NBA(3段目)、3H5NBA(4段目)、4H2NBA(5段目)、5−NSA(最下段)を用いた場合のAmyloidβ[1-40]のISDマススペクトル全体図(m/z: 450-4450)であり、
図6は、
図5の低質量域部分拡大図(m/z: 1320-2060)であり、
図7は、
図5の高質量域部分拡大図(m/z: 3040-3780)である。
【0069】
図5のスペクトルに示されるように、5−NSAを用いると、低質量域にマトリックス由来のクラスターイオンが多種類及び多量に検出され、低質量域の配列情報入手に困難が伴いやすい。さらに、
図6に示されるように、a-及びd-seriesイオン種以外のイオン種が比較的多く検出され、
図7に示されるように、特に高質量域のd-seriesイオン種が検出困難なため、中質領域及び高質量域の配列情報入手に困難が伴いやすい。
【0070】
これに対し、
図6〜7の最上段〜5段目のスペクトルに示されるように、3H2NBA、4H3NBA、5H2NBA、3H5NBA、4H2NBAを用いた場合には、a-seriesイオン種全てと、Isoleucine(Ile, I)とLeucine(Leu, L)を判別するd-seriesイオン種(d17,d31,d32,d34)が全て検出された。このため、配列情報の入手が容易である。
【0071】
[実施例3]
マトリックスとして3H2NBA、4H3NBA、5H2NBA、3H5NBA、4H2NBAを用いた場合のさらなる利点を
図9(A)〜(G)を用いて示す。
【0072】
図9(A)は、サンプルプレート上に、マトリックスとして3H2NBA溶液と、ペプチドサンプル溶液Amyloidβ[1-40]とを滴下し、その混合溶液を乾固した後の残渣の状態例を示す実体顕微鏡写真である。同様に、
図9(B)は、マトリックスとして4H3NBAを用いた場合の写真である。
図9(C)は、マトリックスとして5H2NBAを用いた場合の写真である。
図9(D)は、マトリックスとして3H5NBAを用いた場合の写真である。
図9(E)は、マトリックスとして4H2NBAを用いた場合の写真である。
【0073】
図9(F)は、サンプルプレート上に、マトリックスとして5−NSA溶液と、ペプチドサンプル溶液Amyloidβ[1-40]とを滴下し、その混合溶液を乾固した後の残渣の状態例を示す実体顕微鏡写真である。同様に、
図9(G)は、マトリックスとして1,5−DANを用いた場合の写真である。
【0074】
図9を見ると、マトリックスとして(A)3H2NBA、(B)4H3NBA、(C)5H2NBA、(D)3H5NBA、又は(E)4H2NBAを用いると、正方形ラスタースキャンによってイオン化を行うべき残渣内側の形態が比較的均一であることが観察された。これに対し、(G)1,5−DANを用いた場合は、細長い結晶が大きく成長することにより残渣の形態が不均一であることが観測された。
【0075】
図9(F)を見ると、マトリックスとして5−NSAを用いると、マトリックスとして(A)3H2NBA、(B)4H3NBA、(C)5H2NBA、(D)3H5NBA、又は(E)4H2NBAを用いた場合と同様に正方形ラスタースキャンによってイオン化を行うべき残渣内側の形態が比較的均一であることが観察されたが、残渣の厚みが厚い傾向がある。