(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
水素酸化細菌Ralstonia eutrophaに代表されるRalstonia属の細菌はもともと温泉や土壌など様々な環境に生息している微生物であり、独立栄養条件で増殖できるなど、その環境適応性から物質の取り込みに関わる機能が発達していることが示唆されてきた。実際、芳香族化合物の取り込みや分解を行うRalstonia eutropha JMP134、重金属アンチポーターによる重金属排出能を持つRalstonia metallidurans CH34、多数の細胞外毒素を放出する機構を持つRalstonia solanacearum、細胞外PHBデポリメラーゼを持つRalstonia pickettiiなどの様々な種が存在し、細胞膜上の物質輸送に関するタンパク質が多様性に富んでいることが明らかとなっている。また、ゲノム情報解析の結果では、ゲノム中のタンパク質遺伝子のうち12%が物質の輸送に関わるものであり、大腸菌の9%と比べ多く、Ralstonia eutropha属の細菌における膜輸送タンパク質の多様性を裏付ける結果となっている。
【0010】
このように大腸菌など既存の組換え微生物よりも膜輸送タンパク質が豊富であることから、膜輸送タンパク質をキャリアとして利用し、目的タンパク質の分泌発現を行う為の宿主として、Ralstonia属の水素酸化細菌は有望であると考えられる。これまで、Ralstonia属の水素酸化細菌のゲノムからスクリーニングされた、目的タンパク質の分泌発現に有効な輸送タンパク質遺伝子としては、Ralstonia eutropha H16株由来のH16_A2820遺伝子が挙げられる。この事例では、H16_A2820遺伝子とFc結合性タンパク質遺伝子の融合遺伝子を水素酸化細菌へと導入し、輸送タンパク質と目的タンパク質を共発現することで、Fc結合性タンパク質を培養液中に分泌生産することが可能である。しかしながらこれまでの報告では、菌体が生産する目的タンパク総量のうち約4割弱は菌体内に残ってしまい、培養液中へ分泌される目的タンパク量は高々6割強に過ぎなかった(培養液中への分泌比率7割未満)。そのため、培養液のみからの抽出・精製プロセス構築において、菌体内に残存する目的タンパク質がロス分となってしまうという問題点があった。
【0011】
そこで本発明の目的は、目的タンパク質遺伝子を導入した水素酸化細菌において、菌体が生産する前記目的タンパク質の7割以上を菌体外へ分泌発現可能(培養液中への分泌比率7割以上)な水素酸化細菌、および前記水素酸化細菌を用いた目的タンパク質の製造方法を提供することにある。本発明では、より目的タンパク質の分泌比率に優れた、高性能な輸送タンパク質を選別し用いることで、分泌比率7割以上の、培養液への生産効率が向上しなおかつ高純度な目的タンパク質の微生物発現が可能となる。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、目的タンパク質遺伝子を導入した水素酸化細菌において、Ralstonia eutropha H16株由来のH16_B0271遺伝子を輸送タンパク質遺伝子として導入し、前記水素酸化細菌により前記目的タンパク質と前記輸送タンパク質とを共発現させることで、菌体が生産する目的タンパク質総量のうち7割以上を培養液中(水素酸化細菌外)に効率よく分泌発現できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
すなわち本発明は以下の態様を包含する。
(1)目的タンパク質遺伝子および輸送タンパク質遺伝子を水素酸化細菌に導入して得られる、前記輸送タンパク質が配列番号10に記載の配列からなるポリペプチドであるタンパク質を発現可能な水素酸化細菌。
(2)輸送タンパク質遺伝子が配列番号8に記載の配列からなるポリヌクレオチドである、(1)に記載の水素酸化細菌。
(3)水素酸化細菌がRalstonia属細菌である、(1)または(2)に記載の水素酸化細菌。
(4)目的タンパク質がFc結合性タンパク質である、(1)から(3)のいずれかに記載の水素酸化細菌。
(5)(1)から(4)のいずれかに記載の水素酸化細菌を培養し、目的タンパク質および輸送タンパク質を共発現させることで、前記水素酸化細菌外へ目的タンパク質を分泌発現させる方法。
(6)配列番号10に記載の配列からなるポリペプチドをコードするポヌクレオチドを含む、水素酸化細菌外へ目的タンパク質を分泌発現させるためのプラスミド。
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0015】
本発明において、宿主として用いる水素酸化細菌は特に限定はないものの、独立栄養条件下で増殖でき、かつ物質の取り込みに関わる機能が発達しているRalstonia属細菌が好ましく、その中でもRalstonia eutrophaは多様な環境適応性を持ち、かつ物質輸送に関わるタンパク質の機能や数が豊富である点で、特に好ましい水素酸化細菌といえる。
【0016】
本発明は、水素酸化細菌を宿主として目的タンパク質を発現させる際に、目的タンパク質遺伝子に加えて輸送タンパク質遺伝子も水素酸化細菌に導入することを特徴としている。輸送タンパク質は、水素酸化細菌が有する分泌性タンパク質または膜タンパク質の中から、目的タンパク質との共発現により当該目的タンパク質を培養液中に放出する機能を持つタンパク質を適宜選択すればよいが、親水性の高いタンパク質や分子量40kDa以下のタンパク質を選択すると好ましい。なお輸送タンパク質の全長が40kDa以上の場合は、親水性の高い領域のみを利用し40kDa以下の輸送タンパク質として発現させればよい。
【0017】
輸送タンパク質の一例としては、染色体2由来のH16_B0271のN末端領域(配列番号8)があげられる。本発明においては、分泌比率が最大で6割強を示す性能を有する輸送タンパク質遺伝子であるRalstonia eutropha H16株由来のH16_A2820遺伝子に変え、より目的タンパク質を高効率で分泌可能な輸送タンパク質、すなわちH16_B0271遺伝子を見出し利用することで、既存法を超える7割以上の分泌比率を有する目的タンパク質の培養液中への分泌発現系を完成するに至った。ここで、分泌比率とは、菌体が菌体内および菌体外に生産する目的タンパク質総量のうち、菌体外(培養液中)に分泌する目的タンパク質の割合を指す。
【0018】
水素酸化細菌に導入する輸送タンパク質遺伝子は、前記輸送タンパク質のcDNA等からPCR法などのDNA増幅法を用いて調製後適当な方法で連結して得てもよいし、前記輸送タンパク質のアミノ酸配列からヌクレオチド配列に変換後人工的に合成して得てもよい。アミノ酸配列からヌクレオチド配列に変換する際は、形質転換させる宿主におけるコドンの使用頻度を考慮して変換するのが好ましい。コドンの使用頻度の解析は公的データベース(例えば、かずさDNA研究所のホームページにあるCodon Usage Databaseなど)を利用することによっても可能である。輸送タンパク質遺伝子の一例としては、配列番号8に記載のアミノ酸配列からなる輸送タンパク質(H16_B0271のN末端側領域)をコードするポリヌクレオチドである配列番号10に記載の配列からなるポリヌクレオチドがあげられる。
【0019】
本発明において目的タンパク質遺伝子および輸送タンパク質遺伝子を導入する際、ペリプラズム中または外膜中に存在する宿主由来のプロテアーゼにより自動的に切断される適当な切断リンカーを介して連結し、目的タンパク質と輸送タンパク質との融合タンパク質として共発現させると好ましい。このようにすることで、発現した目的タンパク質と輸送タンパク質の融合タンパク質がペリプラズムに輸送された後プロテアーゼにより切断されることで、他の特別な処理を行なうことなく自動的に培養液中に分泌されるからである。ここで用いる切断リンカーは、宿主由来のプロテアーゼで切断されるものであれば特に限定はなく、例えば大腸菌のpelBやPaucimonas lemoigneiの細胞外PHB分解酵素のシグナル配列であるprePhaZ1が例示できる。また本発明において目的タンパク質遺伝子および輸送タンパク質遺伝子を導入する際、(目的タンパク質遺伝子−(好ましくは切断リンカー)−輸送タンパク質遺伝子)の融合タンパク遺伝子の上流にファジンプロモーターを導入するとさらに好ましい。ファジンプロモーターはPHB(ポリヒドロキシ酪酸)顆粒の表面を覆うタンパク質であるファジン生産のプロモーターであり、Ralstonia eutrophaの中で強力なプロモーターとして知られている。またファジンプロモーターは、培養液中の窒素源やリン源の枯渇により活性化するため、大腸菌発現系などで用いられるIPTG(イソプロピル−β−チオガラクトピラノシド)などの高価な誘導剤の添加なしにタンパク質の高発現が可能となる。
【0020】
本発明の水素酸化細菌を作製する際、目的タンパク質遺伝子および輸送タンパク質遺伝子の水素酸化細菌への導入方法としては、主に広域宿主ベクターを用いた発現方法と自殺ベクターを用いたゲノム組換え法がある。水素酸化細菌としてRalstonia eutrophaを用いた場合、広域宿主ベクターとしてはpBBR1MCS2、pKT230、pBHR1が、自殺ベクターとしてはpJQ200mp18、pNHG1、pLO1が、それぞれ例示できる。なお広域宿主ベクターと自殺ベクターを併用して遺伝子導入を行なってもよい。
【0021】
本発明の水素酸化細菌は、大腸菌の発現系などと比べ、無機塩などの安価な原料からタンパク質の生産が可能である。例えば、大腸菌の培養で通常用いられる酵母エキスやペプトンなどの有機窒素原料を、アンモニア、アンモニウム塩、硝酸塩、亜硝酸塩などの無機窒素原料で置き換えることが可能である。また炭素源としては、グルコン酸やフルクトースの代わりに二酸化炭素や炭酸塩などの無機窒炭素原料で置き換えることが可能である。このような夾雑タンパク質のない無機塩原料の使用および目的タンパク質の培養液中への分泌発現により、培養工程のみで培養上清中に高純度なタンパク質を得ることが出来、一般のタンパク質精製における煩雑な工程を簡素化できる。
【0022】
本発明の水素酸化細菌を用いて分泌発現可能な目的タンパク質に特に限定はなく、一例として、インシュリン、インターフェロン、インターロイキン、抗体、エリスロポエチン、成長ホルモンなどのヒト由来タンパク質、およびそれらの受容体タンパク質があげられる。なお本発明の水素酸化細菌を用いて分泌発現させる目的タンパク質は、完全体であってもよいし、目的タンパク質の機能に重要な部分のみから構成されるポリペプチドであってもよいし、さらに目的タンパク質を構成するアミノ酸の一つ以上が欠失および/または挿入および/または置換されていてもよい。以降、本発明の水素酸化細菌を用いて分泌発現可能な目的タンパク質のうち、Fc結合性タンパク質について詳細に説明する。
【0023】
本明細書においてFc結合性タンパク質は、ヒトFcγRIの細胞外領域(具体的には天然型ヒトFcγRIの場合、配列番号11に記載のアミノ酸配列のうち16番目のグルタミンから292番目のヒスチジンまでの領域)、またはヒトFcγRIIIaの細胞外領域(具体的には天然型ヒトFcγRIIIaの場合、配列番号12に記載のアミノ酸配列のうち17番目のグリシンから208番目のグルタミンまでの領域)を構成するタンパク質のことをいう。ただし必ずしもヒトFcγRI細胞外領域またはヒトFcγRIIIa細胞外領域の全領域でなくてもよく、ヒトFcγRI細胞外領域またはヒトFcγRIIIa細胞外領域を構成するタンパク質(ポリペプチド)のうち、少なくとも抗体(免疫グロブリン)のFc領域に結合する本来の機能を発現し得る領域のポリペプチドを含んでいればよい。当該Fc結合性タンパク質の一例として、
(I)配列番号11に記載のアミノ酸配列のうち少なくとも16番目のグルタミンから289番目のバリンまでのアミノ酸残基を含むタンパク質や、
(II)配列番号11に記載のアミノ酸配列のうち少なくとも16番目のグルタミンから289番目のバリンまでのアミノ酸残基を含み、かつ前記アミノ酸残基のうちの一つ以上が他のアミノ酸残基に置換、挿入または欠失したタンパク質や、
(III)配列番号12に記載のアミノ酸配列のうち少なくとも17番目のグリシンから192番目のグルタミンまでのアミノ酸残基を含むタンパク質や、
(IV)配列番号12に記載のアミノ酸配列のうち少なくとも17番目のグリシンから192番目のグルタミンまでのアミノ酸残基を含み、かつ前記アミノ酸残基のうちの一つ以上が他のアミノ酸残基に置換、挿入または欠失したタンパク質、
があげられる。
【0024】
前記(II)の具体例としては、特開2011−206046号公報や特開2014−027916号公報に開示のFc結合性タンパク質があげられる。前記(IV)の具体例としては、配列番号12に記載のアミノ酸配列のうち17番目から192番目までのアミノ酸残基を含み、かつ当該17番目から192番目までのアミノ酸残基において以下の(1)から(40)のうち少なくともいずれか1つのアミノ酸置換が生じている、Fc結合性タンパク質(特願2013−202245号)があげられる。
(1)配列番号12の18番目のメチオニンがアルギニンに置換
(2)配列番号12の27番目のバリンがグルタミン酸に置換
(3)配列番号12の29番目のフェニルアラニンがロイシンまたはセリンに置換
(4)配列番号12の30番目のロイシンがグルタミンに置換
(5)配列番号12の35番目のチロシンがアスパラギン酸、グリシン、リジン、ロイシン、アスパラギン、プロリン、セリン、スレオニン、ヒスチジンのいずれかに置換
(6)配列番号12の46番目のリジンがイソロイシンまたはスレオニンに置換
(7)配列番号12の48番目のグルタミンがヒスチジンまたはロイシンに置換
(8)配列番号12の50番目のアラニンがヒスチジンに置換
(9)配列番号12の51番目のチロシンがアスパラギン酸またはヒスチジンに置換
(10)配列番号12の54番目のグルタミン酸がアスパラギン酸またはグリシンに置換
(11)配列番号12の56番目のアスパラギンがスレオニンに置換
(12)配列番号12の59番目のグルタミンがアルギニンに置換
(13)配列番号12の61番目のフェニルアラニンがチロシンに置換
(14)配列番号12の64番目のグルタミン酸がアスパラギン酸に置換
(15)配列番号12の65番目のセリンがアルギニンに置換
(16)配列番号12の71番目のアラニンがアスパラギン酸に置換
(17)配列番号12の75番目のフェニルアラニンがロイシン、セリン、チロシンのいずれかに置換
(18)配列番号12の77番目のアスパラギン酸がアスパラギンに置換
(19)配列番号12の78番目のアラニンがセリンに置換
(20)配列番号12の82番目のアスパラギン酸がグルタミン酸またはバリンに置換
(21)配列番号12の90番目のグルタミンがアルギニンに置換
(22)配列番号12の92番目のアスパラギンがセリンに置換
(23)配列番号12の93番目のロイシンがアルギニンまたはメチオニンに置換
(24)配列番号12の95番目のスレオニンがアラニンまたはセリンに置換
(25)配列番号12の110番目のロイシンがグルタミンに置換
(26)配列番号12の115番目のアルギニンがグルタミンに置換
(27)配列番号12の116番目のトリプトファンがロイシンに置換
(28)配列番号12の118番目のフェニルアラニンがチロシンに置換
(29)配列番号12の119番目のリジンがグルタミン酸に置換
(30)配列番号12の120番目のグルタミン酸がバリンに置換
(31)配列番号12の121番目のグルタミン酸がアスパラギン酸またはグリシンに置換
(32)配列番号12の151番目のフェニルアラニンがセリンまたはチロシンに置換
(33)配列番号12の155番目のセリンがスレオニンに置換
(34)配列番号12の163番目のスレオニンがセリンに置換
(35)配列番号12の167番目のセリンがグリシンに置換
(36)配列番号12の169番目のセリンがグリシンに置換
(37)配列番号12の171番目のフェニルアラニンがチロシンに置換
(38)配列番号12の180番目のアスパラギンがリジン、セリン、イソロイシンのいずれかに置換
(39)配列番号12の185番目のスレオニンがセリンに置換
(40)配列番号12の192番目のグルタミンがリジンに置換
【発明の効果】
【0025】
本発明は、以下の効果を奏することができる。
(1)本発明の水素酸化細菌は、目的タンパク質遺伝子および輸送効率に優れた新規な輸送タンパク質遺伝子であるH16_B0271遺伝子を導入し、前記目的タンパク質と前記輸送タンパク質とを共発現させることで、これまで困難であった、菌体が生産する目的タンパク質総量の7割以上の培養液中への分泌発現を可能とする。
(2)本発明の水素酸化細菌を用いた目的タンパク質の製造方法は、従来の分泌発現方法よりもタンパク質製造のコストを抑えることができる。これまでの水素酸化細菌を宿主とした目的タンパク質の培養液中への分泌発現方法では、菌体が生産する目的タンパク質総量の4割弱が培養液中に放出されず菌体内に残存してしまい、培養液中の目的タンパク質生産量低下や精製時の回収率低下の要因になっていた。一方本発明では、より輸送効率に優れた新規な輸送タンパク質遺伝子であるH16_B0271遺伝子を利用することで、培養液中への生産性および精製時の回収効率が高い微生物生産プロセスを可能とする。
【実施例】
【0027】
以下、タンパク質としてFc結合性タンパク質を、水素酸化細菌としてRalstonia属の菌を、それぞれ用いたときの実施例を用いて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は前記例に限定されるものではない。
【0028】
実施例1 発現ベクターの作製
下記(a)から(c)に示すプラスミド(発現ベクター)を作製した。
(a)ファジンプロモーター、(H16_A2935遺伝子−切断リンカー遺伝子−Fc結合性タンパク質遺伝子)の融合遺伝子、およびターミネーター遺伝子を導入したプラスミド
(a−1)ファジンプロモーター、(H16_A2935遺伝子−切断リンカー遺伝子−Fc結合性タンパク質遺伝子)の融合遺伝子、ターミネーター遺伝子の順番に連結した遺伝子(配列番号1)をプラスミドpUC57に挿入したものを、人工遺伝子合成により作製した(Gen Script社 人工遺伝子合成受託サービス、pUC57はGen Script社提供の人工遺伝子挿入用標準ベクター)。なお配列番号1中、7番目から444番目の領域がファジンプロモーター(配列番号2)に、451番目から684番目の領域がH16_A2935遺伝子(配列番号3)に、691番目から798番目までの領域が切断リンカー遺伝子(配列番号4)に、805番目から1641番目までがFc結合性タンパク質遺伝子(配列番号5)に、1648番目から1758番目までの領域がターミネーター遺伝子(配列番号6)に、それぞれ相当する。またファジンプロモーターはRalstonia eutropha H16株由来のプロモーターを、切断リンカーはPaucimonas lemoigneiの細胞外PHB分解酵素のシグナル配列であるPrephaZ1を、それぞれ用い、H16_A2935遺伝子、切断リンカー遺伝子およびFc結合性タンパク質遺伝子はRalstonia eutropha H16株におけるコドンに最適化したヌクレオチド配列となっている。以下、当該プラスミドをA2935−FcR/pUC57と記載する。
【0029】
(a−2)作製したA2935−FcR/pUC57で大腸菌JM109株を形質転換した。得られた形質転換体を培養し、プラスミドA2935−FcR/pUC57を抽出した。
(a−3)市販の広域宿主ベクターであるpBBR1MCS2で大腸菌JM109株を形質転換し、得られた形質転換体の培養物からプラスミド精製キットでpBBR1MCS2を調製した。
(a−4)得られたpBBR1MCS2をApaIとXbaIで消化し、アガロース電気泳動後、約5.1kbpのDNA産物をゲル抽出キットにより精製した。
(a−5)(a−2)で調製したA2935−FcR/pUC57をApaIとXbaIで制限酵素消化し、アガロース電気泳動後、得られた約1.8kbpのDNA断片をゲル抽出キットにより精製した。
(a−6)(a−4)で得られたDNA断片と(a−5)で得られたDNA断片とを、16℃でライゲーション反応(Ligation High、東洋紡社製)を行ない、得られたプラスミドで大腸菌JM109株(タカラバイオ社製)を形質転換した。
(a−7)形質転換後の溶液を、カナマイシン20μg/mLとグルコース1%(w/v)とを含むLB平板培養液(バクトトリプトン10g/L、酵母エキス5g/L、塩化ナトリウム10g/L、バクトアガロース15g/L)に撒き、目的クローンを選定した。
(a−8)選定した複数のコロニーを培養してプラスミド抽出を行ない、様々な制限酵素による切断パターンを確認した。
【0030】
以上の方法で、プラスミドA2935−FcR/pUC57のApaI/XbaI断片をpBBR1MCS2のApaI/XbaI部位に挿入したプラスミドである、A2935−FcR/pBBR1MCS2を得た。なおA2935−FcR/pBBR1MCS2は、ファジンプロモーター、(H16_A2935遺伝子−切断リンカー遺伝子−Fc結合性タンパク質遺伝子)の融合遺伝子およびターミネーター遺伝子が、pBBR1MCS2のLacZに対し、正方向に挿入されたプラスミドである。またA2935−FcR/pBBR1MCS2で大腸菌JM109に形質転換して得られた形質転換体を、以下、A2935−FcR/JM109とする。
【0031】
(b)ファジンプロモーター、(H16_A2820遺伝子−切断リンカー遺伝子−Fc結合性タンパク質遺伝子)の融合遺伝子およびターミネーター遺伝子を導入したプラスミド
(b−1)Ralstonia eutropha H16株由来のH16_A2820をRalstonia eutropha H16株に適したコドンで変換して得られたヌクレオチド配列(配列番号9の7番目から330番目の領域)を含むポリヌクレオチド(配列番号9)をプラスミドpUC57に挿入したプラスミドA2820/pUC57を人工遺伝子合成により作製した(Gen Script社 人工遺伝子合成受託サービス)。
(b−2)作製したA2820/pUC57で大腸菌JM109株を形質転換し、得られた形質転換体の培養物からプラスミドA2820/pUC57を抽出した。
(b−3)(a)で作製したA2935−FcR/pBBR1MCS2をHindIIIとSpeIで制限酵素消化し、アガロース電気泳動後、得られた約6.6kbpのDNA断片をゲル抽出キットにより精製した。
(b−4)(b−2)で調製したA2820/pUC57をHindIIIとSpeIで制限酵素消化し、アガロース電気泳動後、得られた約0.3kbpのDNA断片をゲル抽出キットにより精製した。
(b−5)(b−3)で得られたDNA断片と(b−4)で得られたDNA断片とを、16℃でライゲーション反応(Ligation High、東洋紡社製)を行ない、得られたプラスミドで大腸菌JM109株を形質転換した。
(b−6)形質転換後の溶液を、カナマイシン20μg/mLとグルコース1%(w/v)とを含むLB平板培養液に撒き、目的クローンを選定した。
(b−7)選定した複数のコロニーを培養してプラスミド抽出を行ない、様々な制限酵素による切断パターンを確認した。
【0032】
以上の方法で、プラスミドA2935−FcR/pBBR1MCS2中のH16_A2935遺伝子をH16_A2820遺伝子に置き換えたプラスミドである、A2820−FcR/pBBR1MCS2を得た。なおA2820−FcR/pBBR1MCS2は、ファジンプロモーター、(H16_A2820遺伝子−切断リンカー遺伝子−Fc結合性タンパク質遺伝子)の融合遺伝子およびターミネーター遺伝子が、pBBR1MCS2のLacZに対し、正方向に挿入されたプラスミドである。
【0033】
(c)ファジンプロモーター、(H16_B0271N末端領域遺伝子−切断リンカー遺伝子−Fc結合性タンパク質遺伝子)の融合遺伝子、およびターミネーター遺伝子を導入したプラスミド
(c−1)Ralstonia eutropha H16株由来のH16_B0271N末端領域タンパク質遺伝子をRalstonia eutropha H16株に適したコドンで変換して得られたヌクレオチド配列(配列番号10の7番目から519番目の領域)を含むポリヌクレオチド(配列番号10)をプラスミドpUC57に挿入したプラスミドB0271N/pUC57を人工遺伝子合成により作製した(Gen Script社 人工遺伝子合成受託サービス)。
(c−2)作製したB0271N/pUC57で大腸菌JM109株を形質転換し、得られた形質転換体の培養物からプラスミドB0271N/pUC57を抽出した。
(c−3)(a)で作製したA2935−FcR/pBBR1MCS2をHindIIIとSpeIで制限酵素消化し、アガロース電気泳動後、得られた約6.6kbpのDNA断片をゲル抽出キットにより精製した。
(c−4)(c−2)で調製したB0271N/pUC57をHindIIIとSpeIで制限酵素消化し、アガロース電気泳動後、得られた約0.5kbpのDNA断片をゲル抽出キットにより精製した。
(c−5)(c−3)で得られたDNA断片と(c−4)で得られたDNA断片とを、16℃でライゲーション反応(Ligation High、東洋紡社製)を行ない、得られたプラスミドで大腸菌JM109株を形質転換した。
(c−6)形質転換後の溶液を、カナマイシン20μg/mLとグルコース1%(w/v)とを含むLB平板培養液に撒き、目的クローンを選定した。
(c−7)選定した複数のコロニーを培養してプラスミド抽出を行ない、様々な制限酵素による切断パターンを確認した。
【0034】
以上の方法で、プラスミドA2935−FcR/pBBR1MCS2中のH16_A2935遺伝子をH16_B0271N末端領域遺伝子に置き換えたプラスミドである、B0271N−FcR/pBBR1MCS2を得た。なおB0271N−FcR/pBBR1MCS2は、ファジンプロモーター、(H16_B0271N末端領域遺伝子−切断リンカー遺伝子−Fc結合性タンパク質遺伝子)の融合遺伝子およびターミネーター遺伝子が、pBBR1MCS2のLacZに対し、正方向に挿入されたプラスミドである。
【0035】
実施例2 Ralstonia eutropha形質転換体の作製
以下の方法により、実施例1(b)で作製したA2820−FcR/pBBR1MCS2、実施例1(c)で作製したB0271N−FcR/pBBR1MCS2、およびFc結合性タンパク質遺伝子を含まないネガティブコントロールとして、市販のpBBR1MCS2プラスミドで、それぞれRalstonia eutrophaを形質転換した。
(1)A2820−FcR/pBBR1MCS2、B0271N−FcR/pBBR1MCS2またはpBBR1MCS2で、接合性大腸菌S17−1を形質転換した。
(2)形質転換後の溶液を、カナマイシン50μg/mLを含むLB平板培養液に撒き、目的クローンを選定した。
(3)選定した大腸菌S17−1株形質転換体を、カナマイシン50μg/mLを含むLB(バクトトリプトン10g/L、酵母エキス5g/L、塩化ナトリウム10g/L)培養液中、37℃で一晩培養を行なった。
(4)市販のRalstonia eutropha H16株(ATCC 17699)またはalstonia eutropha PHB_4株(DSM 541)をそれぞれ抗生物質を含まないNutrient Broth培養液(Difco社製 Nutrient Broth、8g/L)中で30℃で一晩培養した。
(5)(4)で培養した菌体を遠心して濃縮し、600nmでの菌の濁度を測定後、(3)で培養した各大腸菌S17−1株の形質転換体と菌体濁度1:1の比で混合し、抗生物質を含まないNutrient brothプレート(Nutrient Broth8g/L、バクトアガロース15g/L)に撒き30℃で一晩培養した。なおコントロールとして、各大腸菌S17−1株の形質転換体、Ralstonia eutropha H16株またはRalstonia eutropha PHB_4株のみを、抗生物質を含まないNutrient brothプレートで30℃で一晩培養した。
(6)プレート表面の菌体をNutrient Broth培養液に懸濁させ、Nutrient Broth培養液で1/1000に希釈した後、カナマイシン600μg/mLを含むNutrient brothプレートに塗布し、30℃で2日から3日培養した。コントロールである、各大腸菌S17−1株の形質転換体、Ralstonia eutropha H16株またはRalstonia eutropha PHB_4株のみを培養したプレートからはコロニーは0から数個しか出現しなかった。一方、大腸菌S17−1株の形質転換体とRalstonia属の株とを接合し得られた混合菌体を塗布したプレートからは、それぞれ数十〜数百個のコロニーが得られた。
(7)得られた接合菌体の各クローンを培養してプラスミド抽出を行ない、様々な制限酵素による切断パターンの分析により、目的のプラスミドが伝達されたことを確認した。
【0036】
以上の方法で、
A2820−FcR/pBBR1MCS2(実施例1(b)で作製したプラスミド)をRalstonia eutropha H16株に接合伝達した株であるA2820−FcR/H16株、
A2820−FcR/pBBR1MCS2(実施例1(b)で作製したプラスミド)をPHB_4株に接合伝達した株であるA2820−FcR/PHB_4株、
B0271N−FcR/pBBR1MCS2(実施例1(c)で作製したプラスミド)をH16株に接合伝達した株であるB0271N−FcR/H16株、
B0271N−FcR/pBBR1MCS2(実施例1(c)で作製したプラスミド)をRalstonia eutropha PHB_4株に接合伝達した株であるB0271N−FcR/PHB_4株、
pBBR1MCS2(市販プラスミド)をRalstonia eutropha H16株に接合伝達した株であるBBR1MCS2/H16株、および
pBBR1MCS2(市販プラスミド)をPHB_4株に接合伝達した株であるBBR1MCS2/PHB_4株、
を得ることができた(以下、菌株を上記の名称で記載する)。
【0037】
実施例3 試験管培養におけるFc結合性タンパク質の生産性評価
実施例2で作製した水素酸化細菌を用いて、Fc結合性タンパク質の分泌発現性を評価した。
(1)実施例2で作製した、A2820−FcR/H16株、A2820−FcR/PHB_4株、B0271N−FcR/H16株、B0271N−FcR/PHB_4株、BBR1MCS2/H16株、BBR1MCS2/PHB_4株を、それぞれカナマイシン300μg/mLを含む3mlの2×YT(バクトトリプトン16g/L、酵母エキス10g/L、塩化ナトリウム5g/L)培養液を用いて試験管で前培養した(30℃、180rpm、一晩)。
(2)(1)の前培養液を、それぞれグルコン酸ナトリウム4%(w/v)およびカナマイシン300μg/mLを含む3mlの2×YT培養液へ150μL植菌し、30℃、180rpmで3日間培養を行なった。
(3)菌体を1mLずつマイクロチューブに採取し、15000rpmで10分間遠心分離することで上清と菌体ペレットを分離した。上清は別のマイクロチューブにそれぞれ500μL分取し、60%(v/v)グリセロール水溶液を500μL加えて保存した。一方上清を除いた菌体ペレットは、タンパク抽出試薬1mL(リゾチーム0.2mg/mL、エチレンジアミン四酢酸1mM、フッ化フェニルメチルスルホニル1mM、Benzonase 125U/mLを含むBugBuster(Novagen社製)タンパク質抽出試薬)を加えることで菌体内のタンパク質を抽出した。
(4)上清中と菌体中のFc結合性タンパク質量を以下に示すELISA法で測定した。
(4−1)96穴のELISAプレート(Nunc社製)にガンマグロブリン製剤10μg/mL(化学及血清療法研究所製)を各ウェルに100μLずつ添加し、4℃で18時間静置することにより固定した。
(4−2)TBS緩衝液(0.2%(w/v)Tween 20、150mM NaClを含む20mM Tris−HCl緩衝液(pH7.5))で洗浄後、1%BSAを含むTween 20を除いたTBS緩衝液(150mM NaClを含む20mM Tris−HCl緩衝液(pH7.5))を200μLずつ添加し、4℃で18時間以上静置することでブロッキング操作を施した。
(4−3)TBS緩衝液で洗浄後、保存した培養上清または菌体抽出物の希釈系列を各ウェルに100μL添加し、固定化したガンマグロブリンと反応させた(30℃、1時間)。
(4−4)反応終了後、TBS緩衝液で洗浄し、1次抗体anti−hFcγR1/CD64抗体(R&D社製 MAB12571)0.1μL/mLを各ウェルに100μL添加して反応させた(30℃、1時間)。
(4−5)反応終了後、TBS緩衝液で洗浄し、2次抗体Goat anti−Mouse IgG−h+I HRP抗体(BETHYL社製 A90−216P)を各ウェルに100μLずつ添加し反応させた(30℃、1時間)。
(4−6)反応終了後、TBS緩衝液で洗浄し、TMB Peroxidase Substrate(KPL社製)を各ウェルに50μLずつ添加し発色反応させた。
(4−7)発色後、1Mリン酸水溶液を添加して反応を停止させ、450nmの吸光度を測定した。
【0038】
結果を
図1に示す。ネガティブコントロール(Fc結合性タンパク質遺伝子を導入しない組換え微生物)である、BBR1MCS2/H16株およびBBR1MCS2/PHB_4株はいずれもFc結合性タンパク質を生産しなかった。一方Fc結合性タンパク質遺伝子および輸送タンパク質遺伝子を水素酸化細菌に導入した菌株である、A2820−FcR/H16株、A2820−FcR/PHB_4株、B0271N−FcR/H16株、B0271N−FcR/PHB_4株は、Fc結合性タンパク質をそれぞれ14mg/L、9mg/L、18mg/L、7mg/L生産し、そのうち培養液中への分泌比率はそれぞれ64%、6%、77%、27%であった。このように、輸送タンパク質遺伝子をH16_A2820からH16_B0271に変えることで、宿主としてRalstonia eutropha H16株、PHB_4株のいずれを用いた場合でも分泌比率の向上が認められた。特に、B0271N−FcR/H16株の培養では、これまでの報告で一番良好な生産性・分泌比率を示した株であるA2820−FcR/H16株を生産性・分泌比率共に上回る結果を得ることができた。
【0039】
このことから、より高性能な輸送タンパク質遺伝子であるH16_B0271を目的タンパク質遺伝子と共に水素酸化細菌に導入し、前記目的タンパク質および前記輸送タンパク質を共発現することで、目的タンパク質の生産性を向上し、なおかつ培養液中への分泌比率も向上することがわかる。