特許第6589966号(P6589966)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6589966
(24)【登録日】2019年9月27日
(45)【発行日】2019年10月16日
(54)【発明の名称】リチウムイオン電池廃材の処理方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 7/00 20060101AFI20191007BHJP
   B09B 3/00 20060101ALI20191007BHJP
   C22B 15/06 20060101ALN20191007BHJP
【FI】
   C22B7/00 CZAB
   B09B3/00 303Z
   C22B7/00 F
   !C22B15/06
【請求項の数】3
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2017-224558(P2017-224558)
(22)【出願日】2017年11月22日
(65)【公開番号】特開2019-94536(P2019-94536A)
(43)【公開日】2019年6月20日
【審査請求日】2019年7月19日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】竹田 賢二
(72)【発明者】
【氏名】浅野 聡
【審査官】 池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】 特表2017−509786(JP,A)
【文献】 特表2013−506048(JP,A)
【文献】 特開平10−330855(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00−61/00
B09B 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅製錬プロセスにおける転炉を用いたリチウムイオン電池廃材の処理方法であって、
前記銅製錬プロセスにおける自熔炉から得られた銅マットを転炉に装入して酸素を吹き込むことで粗銅を得る処理に先立ち、
前記転炉又は転炉に銅マットを装入するのに用いる取鍋にリチウムイオン電池廃材を投入し、該転炉又は該取鍋の内部の余熱により該リチウムイオン電池廃材を燃焼させる
リチウムイオン電池廃材の処理方法。
【請求項2】
前記転炉又は前記取鍋への前記リチウムイオン電池廃材の投入量を、該リチウムイオン電池廃材に含まれるフッ素の物量が、前記銅製錬プロセスにおける該転炉に供給される銅の物量に対して10ppm以上35ppm未満に相当する量となるように調整する
請求項1に記載のリチウムイオン電池廃材の処理方法。
【請求項3】
前記リチウムイオン電池廃材を放電し、次いで放電後のリチウムイオン電池廃材に含まれる電解液を除去した後、該リチウムイオン電池廃材を前記転炉又は前記取鍋に投入して燃焼させる
請求項1又は2に記載のリチウムイオン電池廃材の処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン電池廃材の処理方法に関するものであり、リチウムイオン電池廃材から銅やニッケル等の有価金属を回収する処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン電池は、従来のニッケル水素電池や鉛蓄電池等と比較して軽量で電池容量も大きく、繰り返し能力も大きいため、近年活用範囲が広がっており、数多く使用されている。このようなリチウムイオン電池では、寿命に達した後や、一定回数使われた後に充電容量が低下する等して劣化したもの、破損したりしたものは、廃棄処分されている。また、リチウムイオン電池の製造過程において発生した不良品も廃棄処分されている。
【0003】
なお、使用済みのリチウムイオン電池や、リチウムイオン電池の製造過程において発生した電池の不良品等について、総じて「リチウムイオン電池廃材」ともいう。
【0004】
リチウムイオン電池は、一般的に、正極としてニッケル、コバルト、マンガン、鉄等の酸化物が、正極の集電材としてアルミニウムが、また負極として炭素材が、負極の集電材として銅が用いられている。しかしながら、それぞれのメタルの使用量は、電池全体の重量から言えば、ニッケル水素電池や鉛蓄電池に比べると少なく、全てを回収しようとしても多大な時間とコストを要し、経済的に不利であった。
【0005】
また、リチウムイオン電池は、ニッケル水素電池や鉛蓄電池等と比較して、ニッケルや銅等の有価金属の物量比率が相対的に少ないため、それら有価金属をリサイクルしても採算性が劣り、従ってリサイクルされることなく埋め立て等により処分する方法が主流となっている。
【0006】
また、リチウムイオン電池においては、フッ化リン酸リチウム等、フッ素やリンを用いた電解液が使用されることがあり、また、正極と負極のセパレーターとしてフッ素樹脂が使用されていることもあり、元素としてフッ素が用いられている。このようなフッ素やリンは、ニッケルや銅等のメタルを回収する上で支障となりやすく、特に、湿式処理でメタルをリサイクルする際には不純物として残存し、回収メタルの価値を下げてしまうといった問題がある。
【0007】
ここで、特許文献1〜4では、リチウムイオン電池廃材を焙焼した後、破砕機(ミル)を用いて細かく破砕し、それを篩や振動装置によって個別の素材に分離してそれぞれから有価金属を回収する方法が提案されている。しかしながら、これらの方法では、細かく破砕するための破砕機や分別するための篩、磁選機やその他の分離装置が必要となり、導入するための投資や運用するための手間や電力、消耗品、各種メンテナンス等の手間と費用が必要となり、負担は少なくなかった。
【0008】
一方で、特許文献5には、リチウムイオン電池廃材を銅製錬炉(自熔炉)に投入して熔融処理(熔錬処理)を施してメタルを回収するとともに、含有される電解液を燃料として利用する方法が開示されている。このような方法によれば、各種の装置への投資や手間等を抑えることができると考えられる。
【0009】
しかしながら、特許文献5に記載の技術のように、銅製錬炉の熔体内にリチウムイオン電池廃材を投入して熔融処理を行うと、その熔体中において、リチウムイオン電池廃材に含まれる有機物、具体的には有機物を構成する炭素が有価金属を巻き込んだ形態で酸化物となり、銅の熔体中に溶解することが阻害されてスラグとして排出されるようになるため、結果として有価金属の回収ロスとなる。
【0010】
また、リチウムイオン電池の電解液は、上述したようにリンやフッ素の化合物が含まれている。そのため、リチウムイオン電池廃材を銅製錬炉の熔体中に投入して処理すると、そのリチウムイオン電池廃材に含まれているリンは熔解してスラグに分配されるようになるが、ニッケルやコバルトに付着しやすいため、付着分を完全に除去するのは困難であり、ニッケル等の有価金属の品質を確保するために多大なコストや労力が必要となる。
【0011】
また、リチウムイオン電池廃材に含まれるフッ素に関しては、熔融処理により揮発して排ガスとなるが、そのガスが比重の重い銅熔体の中で蓄積して体積が増し、やがて急に上昇して抜けようとする突沸の原因となり危険性が高まってしまう上に、製錬炉の中でスプラッシュ(飛散)が生じて炉壁に有価金属が付着し、あるいは煙灰中に有価金属が取り込まれて、有価金属の回収ロスが生じる可能性がある。さらに、気化して排ガスに含まれるようになったフッ素は、製錬炉の内部あるいは排ガス処理工程に移送されて設備の腐食を促進する原因にもなり、また、大気や排水への放出を通じて環境への影響が懸念される。
【0012】
このように、銅製錬プロセスにリチウムイオン電池廃材を投入することによって有価物であるニッケルや銅を回収する処理方法は、手間や費用等の観点から有効ではあるものの、熔融処理により有価金属の回収ロスが生じることがあり、また、電池に含まれるリンやフッ素等の成分が有価金属の回収に影響を及ぼすことがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特許第5657730号公報
【特許文献2】特許第3079285号公報
【特許文献3】特許第3450684号公報
【特許文献4】特許第3079287号公報
【特許文献5】国際公開第2015/096945号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、このような実情に鑑みて提案されたものであり、銅製錬プロセスにおける処理を利用してリチウムイオン電池廃材からニッケルや銅等の有価金属を回収するに際し、有価金属の回収ロスを低減させながら、より効率的にかつ安定的に処理することのできる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、鋭意検討を重ねた結果、原料であるリチウムイオン電池廃材を、銅製錬プロセスにおける転炉に投入してその転炉の内部に残る余熱を利用して燃焼し、その後、その転炉に銅製錬プロセスにおける自熔炉から得られた銅マットを装入して熔錬処理を行うようにすることで、上述した課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。
【0016】
(1)本発明の第1の発明は、銅製錬プロセスにおける転炉を用いたリチウムイオン電池廃材の処理方法であって、前記銅製錬プロセスにおける自熔炉から得られた銅マットを転炉に装入して酸素を吹き込むことで粗銅を得る処理に先立ち、前記転炉又は転炉に銅マットを装入するのに用いる取鍋にリチウムイオン電池廃材を投入し、該転炉又は該取鍋の内部の余熱により該リチウムイオン電池廃材を燃焼させる、リチウムイオン電池廃材の処理方法である。
【0017】
(2)本発明の第2の発明は、第1の発明において、前記転炉又は前記取鍋への前記リチウムイオン電池廃材の投入量を、該リチウムイオン電池廃材に含まれるフッ素の物量が、前記銅製錬プロセスにおける該転炉に供給される銅の物量に対して10ppm以上35ppm未満に相当する量となるように調整する、リチウムイオン電池廃材の処理方法である。
【0018】
(3)本発明の第3の発明は、第1又は第2の発明において、前記リチウムイオン電池廃材を放電し、次いで放電後のリチウムイオン電池廃材に含まれる電解液を除去した後、該リチウムイオン電池廃材を前記転炉又は前記取鍋に投入して燃焼させる、リチウムイオン電池廃材の処理方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、リチウムイオン電池廃材から有価金属を回収する処理において、有価金属の回収ロスを低減させながらより効率的にかつ安定的に処理することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の具体的な実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲で種々の変更が可能である。また、本明細書において、「X〜Y」(X、Yは任意の数値)との表記は、「X以上Y以下」の意味である。
【0021】
本発明は、リチウムイオン電池廃材の処理方法であって、リチウムイオン電池廃材からの有価金属を回収するための処理方法である。ここで、「リチウムイオン電池廃材」とは、使用済みのリチウムイオン電池やリチウムイオン電池の製造過程にて発生した廃材等のスクラップについての総称である。本発明に係る処理方法においては、そのリチウムイオン電池廃材から、ニッケルや銅等の有価金属を回収する処理方法である。
【0022】
具体的に、本発明に係るリチウムイオン電池廃材の処理方法は、銅製錬プロセスにおける転炉を用いた処理方法であって、銅製錬プロセスにおける自熔炉から得られた銅マットを転炉に装入して酸素を吹き込むことで粗銅を得る処理に先立ち、その転炉又は転炉に銅マットを装入するのに用いる取鍋(レードル)にリチウムイオン電池廃材を投入し、その転炉又は取鍋の内部の余熱によってリチウムイオン電池廃材を燃焼させることを特徴としている。
【0023】
このように、本発明に係るリチウムイオン電池廃材の処理方法は、銅製錬プロセスにおいて用いる転炉又は取鍋を利用し、その転炉での通常の処理、すなわち、銅製錬プロセスにおける自熔炉から得られた銅マットを転炉に装入して酸素を吹き込むことで粗銅を得る処理を実行するに先立ち、その転炉又は取鍋にリチウムイオン電池廃材を投入して、内部の余熱により燃焼処理を行うようにしている。この燃焼処理においては、転炉や取鍋には銅マット等が含まれていない空の状態であり、その余熱によって、いわゆる空焚きの状態で処理が行われる。なお、燃焼処理の後、転炉に銅マットを装入して熔融処理を行う。
【0024】
つまり、銅製錬プロセスにおける製錬炉を使用する処理であっても、リチウムイオン電池廃材を製錬炉(ここでは、転炉)の熔体中に投入するのではなく、熔融処理前の転炉や取鍋に投入してその内部の余熱により燃焼するようにしている。このような方法によれば、転炉や取鍋内での燃焼により、リチウムイオン電池廃材に含まれる有機物がほぼ完全に除去されるため、有機物を構成する炭素が熔体中に取り込まれて有価金属を巻き込んだ形態で酸化物となることを防ぐことができる。また、熔体中において気化したガスによる突沸やスプラッシュの発生を抑制することができる。これにより、有価金属の回収ロスを有効に防ぐことができる。
【0025】
また好ましくは、リチウムイオン電池廃材を転炉又は取鍋に投入するに際して、その投入量を調整する。具体的には、そのリチウムイオン電池に含まれるフッ素の物量が、銅製錬プロセスにおける炉に供給される銅の物量に対して10ppm以上35ppm未満に相当する量となるように、リチウムイオン電池廃材の投入量を調整することが好ましい。
【0026】
上述のように、転炉での通常の処理に先立ち、その転炉又は取鍋にリチウムイオン電池廃材を投入して余熱により燃焼処理を施すことで、リチウムイオン電池廃材に含まれるフッ素が気化して排ガスとなるため、その後の転炉の熔体中における突沸やスプラッシュ等の発生を有効に抑制することができるが、さらに好ましくは、そのフッ素の物量に基づいてリチウムイオン電池廃材の投入量を調整することによって、発生する排ガス中のフッ素濃度も制御することができる。
【0027】
特に、転炉を備える銅製錬所においては、排ガス設備は原料中に含まれる硫黄分を硫酸に転換するための重要な設備になるが、揮発して排ガスに含まれるようになったフッ素による設備への影響は極力低減させることが重要となる。この点、含有するフッ素の物量に基づいて、リチウムイオン電池廃材の投入量、言い換えるとリチウムイオン電池廃材の転炉又は取鍋内での燃焼処理量を調整することによって、フッ素による設備の腐食を効果的に防ぐことができる。また、環境面での影響も低減することができる。
【0028】
以下、より具体的に、本発明に係るリチウムイオン電池廃材の処理方法について順に説明する。
【0029】
(放電、電解液除去の処理)
本発明に係る処理方法においては、好ましくは先ず、処理対象であるリチウムイオン電池廃材を放電し、次いで放電後のリチウムイオン電池廃材に含まれる電解液を除去する。なお、リチウムイオン電池廃材が放電されたもの、またその後に電解液が除去されたものも、「リチウムイオン電池廃材」と称する。
【0030】
リチウムイオン電池には、主にその電解液の成分としてリンが含まれている。リチウムイオン電池廃材からニッケルや銅等の有価金属を回収するに際して、リンはそれら有価金属の不純物として混入しやすい。この点、後述する燃焼処理を行う前に、リチウムイオン電池廃材を放電し、次いで放電後のリチウムイオン電池廃材に含まれる電解液を除去するようにすることで、有価金属の回収においてリンが混入する可能性を低減できる。
【0031】
放電の処理は、例えば、硫酸ナトリウム水溶液や塩化ナトリウム水溶液等の放電液を用い、リチウムイオン電池廃材をその水溶液中に浸漬させることによって行うことができる。このような放電処理により、リチウムイオン電池廃材に含まれる電解質や電解液の成分が水溶液中に溶出され、無害化される。
【0032】
また、放電後のリチウムイオン電池廃材に含まれる有機物である電解液の除去処理は、特に限定されないが、例えば、リチウムイオン電池廃材のプラスチック等で形成された筺体(ケース)に予め穴や部分的な解砕を加えることによって電解液を抜き出す処理により行うことができる。このような処理によって容易に電解液を除去できるため、破砕や解砕等を行った筺体と電池本体とを完全に分離する必要がなく、処理コストを半分程度以下に低減することができる。また、このような簡易な処理によっても、後述するように、転炉や取鍋内の高温下で燃焼処理を行うようにしているため、その熱で熱分解さらには燃焼されて有機物等を十分に除去することができる。また、銅製錬プロセスの転炉に投入する前に、別途設けた小型の炉に投入して、そこで電解液を熱分解する等の予備処理(予備燃焼処理)を行うようにしてもよく、これにより転炉での処理を一層安定して行うことができ好ましい。
【0033】
なお、電解液の除去処理としては、リチウムイオン電池廃材を水やアルコール等の洗浄液により洗浄する処理により行うこともできる。リチウムイオン電池廃材には、例えば、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネート等の有機溶剤や、ヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF6)のような電解質が含まれているため、これらをアルコール等により洗浄除去することで、リンやフッ素等の不純物として混入をより効率的に防ぐことができる。
【0034】
(転炉又は取鍋への投入及び燃焼処理)
本発明に係る処理方法では、リチウムイオン電池廃材を、銅製錬プロセスにおける転炉を用いて処理するが、転炉での通常の処理、すなわち銅製錬プロセスにおける自熔炉から得られた銅マットを装入して酸素を吹き込むことで粗銅を得る処理を実行するに先立ち、銅マット装入前の転炉、又は、転炉に銅マットを装入するのに用いる取鍋に、リチウムイオン電池廃材を投入する。
【0035】
そして、リチウムイオン電池廃材を投入した転炉や取鍋内において、その内部に存在する余熱を利用して、投入したリチウムイオン電池廃材を燃焼させる。このとき、転炉や取鍋は、銅マット等が含まれていない空の状態であり、その内部に残る余熱によって、いわゆる空焚きの状態で燃焼処理が行われる。銅製錬プロセスにおける転炉や取鍋は、繰り返しの操業により空の状態が持続してもかなりの高温の熱(例えば500℃〜1100℃程度の高温の熱)を帯びている。このような空の状態にある転炉や取鍋の内部に残る熱を「余熱」といい、その余熱によりリチウムイオン電池廃材に対する燃焼処理を行う。
【0036】
このとき、上述のように、転炉に対して銅マットが装入されておらず、当然に、通常の転炉での処理である、その銅マットに対するよう熔融処理は行われておらず、熔体が存在しない状況下である。
【0037】
ここで、銅製錬プロセスにおける転炉は、自熔炉から回収した銅マットから銅を濃縮して粗銅を精製する製錬炉である。この転炉では、回収した銅マットが装入され、その銅マットに対して酸素が吹き込まれることにより銅マット中のFeSが酸化処理され転炉スラグを生成させるともに、銅マット中の硫化銅が沈降分離する。また、その硫化銅に対して酸化処理が施されることにより、粗銅が生成する。
【0038】
銅製錬プロセスにおける転炉では、銅が熔解した銅マットを受け入れるため、銅の融点である1086℃を超える温度となっており、通常の転炉での熔融反応中では酸化熱も生じてより高温の状態となっている。このことは、取鍋においても同様である。さらに、転炉や取鍋が空の状態のときに室温程度まで冷やすと、熱ショックにより煉瓦等の構成材料が損傷してしまうため、反応時には少なくとも500℃以上の温度を有し、空の状態であっても同等以上の温度に保温することが一般的である。
【0039】
なお、その転炉に銅マットを装入する際に使用するのが取鍋であり、自熔炉から排出された銅マットを受け入れ、クレーンで吊って転炉まで運搬し、傾けることによって転炉内に銅マットを装入する設備である。この取鍋は、「レードル」とも称される。
【0040】
また、銅製錬プロセスにおける自熔炉(なお、「自溶炉」と表記されることもある)は、硫化精鉱等の製錬原料を熔解してその原料に含まれる銅を濃縮する製錬炉である。この自熔炉では、硫化精鉱等の製錬原料が、予熱された反応用気体と共に精鉱バーナーから反応塔内に吹き込まれ、高温の反応用気体と反応することによって熔融する。このような反応により、銅の硫化物を主成分とする銅マットと、2FeO・SiOを主成分とするスラグとが、比重差により分離される。
【0041】
上述のように、本発明に係る処理方法では、転炉での通常の処理、すなわち銅製錬プロセスにおける自熔炉から得られた銅マットを装入して酸素を吹き込むことで粗銅を得る処理を実行するに先立ち、銅マット装入前の転炉、又は、転炉に銅マットを装入するのに用いる取鍋に、リチウムイオン電池廃材を投入する。そして、転炉や取鍋には、その内部に余熱が含まれているため、その転炉や取鍋に投入したリチウムイオン電池廃材を、その余熱により燃焼させる。
【0042】
このような処理では、例えば500℃〜1100℃程度の高温下での燃焼が生じるため、リチウムイオン電池に含まれる有機物等は容易に揮発して除去され、その後の転炉に銅マットを装入したうえでの熔融処理において、有機物を構成する炭素が有価金属を巻き込みながら酸化物となることを防ぐことができる。
【0043】
また、リチウムイオン電池廃材に対して燃焼処理を施すことで、銅やニッケル等の有価金属へのリチウムイオン電池廃材に含まれるリンの付着を抑制することができ、ニッケル等の有価金属の品質を高めることもできる。また、リチウムイオン電池廃材に含まれるフッ素に関しても、燃焼により揮発して排ガスとなるため、その後の転炉に銅マットを装入したうえでの熔融処理においてフッ素が持ち込まれることを防ぎ、銅熔体中にて突沸等が生じることを防ぐことができる。
【0044】
転炉又は取鍋へのリチウムイオン電池廃材の投入量は、特に限定されないが、リチウムイオン電池廃材に含まれるフッ素の物量に基づいて調整することが好ましい。具体的には、リチウムイオン電池廃材に含まれるフッ素の物量が、銅製錬プロセスにおける転炉に供給される銅の物量に対して10ppm以上35ppm未満に相当する量となるように、リチウムイオン電池廃材の投入量を調整することが好ましい。また、銅製錬プロセスにおける転炉に供給される銅の物量に対して20ppm以上30ppm以下の量となるように、その投入量を調整することがより好ましい。
【0045】
「銅製錬プロセスにおける転炉に供給される銅の物量」とは、処理対象のリチウムイオン電池廃材に含まれる銅量ではなく、銅製錬プロセスにおける通常の転炉での処理に供される原料(銅マット)中の銅量をいう。
【0046】
上述したように、リチウムイオン電池廃材にはフッ素が含まれており、転炉又は取鍋に投入して燃焼処理を施すと、そのフッ素は揮発して排ガスとなる。このとき、成り行きの投入量にて処理した場合には、排ガス中のフッ素濃度が高くなりすぎることがあり、転炉の排ガス系統に対して腐食等の影響を及ぼす可能性がある。この点、転炉又は取鍋へのリチウムイオン電池廃材の投入量を上述した範囲に調整することによって、排ガス系統への影響を防止することができ、銅製錬プロセスへの影響も無くして安定的な処理操業を可能にする。
【0047】
リチウムイオン電池廃材の投入量を増やして、そのリチウムイオン電池廃材に含まれるフッ素の物量が、銅製錬プロセスにおける転炉に供給される銅の物量に対して35ppm以上となるように投入すると、転炉や取鍋内での燃焼処理により揮発して排ガスとなったフッ素の、製錬炉の排ガス系統での濃度が高まり、その排ガス系統に対する影響が生じる可能性がある。また、環境への排出基準を超える可能性があり、投入量の調整が必要となる結果、効率的な操業を行うことができない可能性がある。
【0048】
一方で、リチウムイオン電池廃材の投入量を減らし、そのリチウムイオン電池廃材に含まれるフッ素の物量が、銅製錬プロセスにおける転炉に供給される銅の物量に対して10ppm未満となるような条件では、銅を製錬する本来の転炉としては影響がないものの、処理できるリチウムイオン電池廃材の量が減少して生産性が低下し、実用的な操業ができない可能性がある。
【0049】
(銅製錬プロセスにおける転炉内での熔融処理)
次に、本発明に係る処理方法では、転炉内に銅マットを装入し、通常の銅製錬プロセスにおける粗銅を生成する熔融処理(熔錬処理)を行う。ここで、銅マットは、銅製錬プロセスにおける自熔炉にて生成し回収した銅の硫化物を主成分とするものであり、転炉での粗銅生成の原料となる。
【0050】
本発明に係る処理方法では、上述のように、転炉での通常の処理に先立ち、転炉又は取鍋内で余熱を利用した燃焼処理を行っている。例えば転炉にて燃焼処理を行った場合には、燃焼処理後の転炉内に銅マットを装入して熔融処理を行う。また、取鍋にて燃焼処理を行った場合には、燃焼処理後のリチウムイオン電池廃材を転炉に投入するとともに、銅マットを装入して熔融処理を行う。
【0051】
転炉での熔融処理は、銅製錬プロセスにおける通常の転炉における処理と同様にして行えばよく、具体的には、転炉内に原料(銅マット)を装入させたのち、酸素を吹き込みながら酸化することで粗銅を生成させる。
【0052】
このような転炉での熔融処理により、リチウムイオン電池廃材に含まれる銅やニッケル等の回収対象となる有価金属は、転炉から生成する粗銅に含まれるようになり、その後の銅精製処理により有効に回収することができる。
【0053】
ここで、本発明に係る処理方法では、銅製錬プロセスにおける転炉内においてリチウムイオン電池廃材を含めた熔融処理を行っているが、その熔融処理に先立って、リチウムイオン電池廃材を転炉内又は取鍋内にて余熱を利用した燃焼処理を行っているため、熔融処理においては有機物等が除去された状態のリチウムイオン電池廃材が処理されることとなる。このことから、有機物を構成する炭素が有価金属を巻き込んだ形態で転炉スラグに移行することを防ぐことができ、有価金属の回収ロスを抑制することができる。
【0054】
また、熔融処理に先立つ燃焼処理により種々のガスが発生し大気圧下で排出されるため、そのガスによって熔融処理時に突沸やスプラッシュ等が発生することを防ぐことができる。これにより、安全性を高めた銅製錬処理を実行できるとともに、有価金属の回収ロスをより効果的に抑制することができる。
【0055】
なお、リチウムイオン電池廃材に含まれていた銅やニッケル等の回収対象となる有価金属は、銅製錬プロセスにおける転炉での熔融処理により得られる粗銅に含まれるようになるが、得られた粗銅を公知の電解製錬等の方法により精製処理することで、高純度な銅やニッケルメタルとして分離回収することができる。あるいは、精製処理により、銅やニッケルの硫酸塩等の形態として有効に回収することもできる。
【0056】
さて、リチウムイオン電池廃材には、上述した銅やニッケル以外にも、例えばコバルトやアルミニウム、鉄等も含まれているが、これらを分離回収するためには、エネルギーや薬剤等に多大なコストを要する。したがって、銅製錬プロセスにおける転炉を利用した処理により回収しやすい銅やニッケルに対象を絞って回収することで、コストを低く抑えて効率的に有価金属を回収することが可能となる。
【実施例】
【0057】
以下、本発明の実施例を示してより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0058】
[実施例1]
市販のリチウムイオン電池の使用済みとなった廃品を、公知の方法を用いて放電して無害化処理した後、電池ケースに穴をあけ、そこから電解液を除去した。なお、電池ケース等の分離を行わないまま原料とした。
【0059】
次に、無害化し、電解液を除去したリチウムイオン電池廃材(原料)を、銅製錬プロセスにおける転炉に投入して燃焼処理を行った。ここで、転炉は、銅製錬プロセスにおける通常の処理、すなわち銅マットを装入して酸素を吹き込んで粗銅を生成する処理を行う前の状態のものであり、銅マットが装入されておらず、空の状態のものである。この転炉は、銅製錬プロセスの繰り返しの操業により熱を帯びた状態となっている。したがって、その余熱により、投入したリチウムイオン電池廃材を燃焼させた。
【0060】
また、転炉へのリチウムイオン電池廃材の投入量を、そのリチウムイオン電池廃材に含まれるフッ素の物量が、銅製錬プロセスにおける転炉に供給される銅の物量に対して30ppmに相当する量となるようにして、投入した。
【0061】
燃焼処理後、その転炉に銅マットを装入し、銅製錬プロセスにおける転炉での通常の処理(熔融処理)を実行し、粗銅を生成させた。
【0062】
このような一連の処理において、その転炉の排ガス系統でのトラブルは全く発生しなかった。このことは、リチウムイオン電池廃材を転炉に投入するに際して、フッ素の物量に基づくその投入量を調整したことによると考えられる。
【0063】
続いて、転炉から生成し回収した粗銅を、そのまま精製アノードに鋳造した。そして、鋳造した精製アノードを、銅濃度が45g/L、遊離硫酸濃度が190g/Lの組成で硫酸酸性溶液(液温:60℃)の電解液を満たした電解槽に装入してアノードとし、対面にステンレスのカソード板を装入し、アノード・カソード間に電流密度が300A/mとなる電流を通電することによって、カソード上に銅を電析させ回収した。
【0064】
また、銅を回収した後の電解液を濃縮し、ニッケルを硫酸ニッケルの結晶で晶析させて回収し、更にこれを溶解し、溶媒抽出等の手段で精製して高純度な硫酸ニッケルを得た。
【0065】
[比較例1]
比較例1では、実施例1と同様に、リチウムイオン電池廃材(原料)を転炉に投入して燃焼処理を行ったのち、その転炉に銅マットを装入して銅製錬プロセスにおける通常の熔融処理を行った。このとき、転炉へのリチウムイオン電池廃材の投入量を、そのリチウムイオン電池の原料に含まれるフッ素の物量が、銅製錬プロセスにおける転炉に供給される銅の物量に対して50ppmに相当する量となるようにして、投入した。なお、それ以外は、実施例1と同様にして処理した。
【0066】
転炉での熔融処理により粗銅を得た後、回収した銅及びニッケルには影響はなかったものの、転炉の排ガス系統においてフッ素濃度が上昇し、排出できる許容基準を超えたため、転炉へのリチウムイオン電池廃材の投入量を抑制する必要が生じた。このように、処理量や操業安定等の面で操業効率が低下した。