【実施例】
【0039】
以下、本発明を実施例に基づいてより具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0040】
[ニオブ酸カリウムナトリウム薄膜素子]
(KNN薄膜積層基板の作製)
図1に示した製造工程に沿って、KNN薄膜積層基板を作製した。基板11としては、熱酸化膜付きSi基板((1 0 0)面方位の4インチウェハ、ウェハ厚さ0.525 mm、熱酸化膜厚さ200 nm)を用いた。
【0041】
はじめに、基板11と下部電極膜12との密着性を高めるための密着層として、厚さ2.2 nmのTi層をSi基板上にRFマグネトロンスパッタ法により成膜した。続いて、下部電極膜12として厚さ205 nmのPt層をTi層上にRFマグネトロンスパッタ法により成膜した(
図1(a)参照)。密着層および下部電極膜のスパッタ成膜条件は、純Tiターゲットおよび純Ptターゲットを用い、基板温度250℃、放電パワー200 W、Ar雰囲気、圧力2.5 Paとした。成膜した下部電極膜12に対して表面粗さを測定し、算術平均粗さRaが0.86 nm以下であることを確認した。なお、スパッタ装置としてはRFスパッタ装置(株式会社アルバック、型式:SH-350-T10)を用いた(以下同様)。
【0042】
次に、下部電極膜12上に、ニオブ酸系強誘電体薄膜13として厚さ2μmのKNN薄膜((K
0.35Na
0.65)NbO
3)をRFマグネトロンスパッタ法により成膜した(
図1(a)参照)。KNN薄膜のスパッタ成膜条件は、(K
0.35Na
0.65)NbO
3焼結体ターゲットを用い、基板温度400〜600℃、放電パワー700〜800 W、酸素ガスとアルゴンガスの混合雰囲気(混合比:O
2/Ar = 0.005)、圧力0.3〜1.3 Paとした。
【0043】
(強誘電体薄膜の結晶系評価)
ペロブスカイト構造を有するKNN結晶は、本来、c軸長がa軸長よりも長い(すなわちc/a > 1である)正方晶系に属する。言い換えると、「c/a > 1」の場合、正方晶としてより安定な結晶構造が形成されている(すなわち、結晶性が高い)ことを示す。また、ペロブスカイト構造を有する強誘電体は、一般的に、初期歪みが少ない結晶のc軸方向に電界を印加したときに、より大きい分極値(圧電性や強誘電性におけるより高い利得)が得られる。
【0044】
一方、基板上に成膜された薄膜結晶は、バルク結晶体とは異なり、基板や下地層の影響を受けて結晶構造が歪み易い。そこで、X線回折法(XRD)により、上記で成膜したKNN薄膜の結晶系を評価した。その結果、「c/a ≦ 1」である擬立方晶(本来の正方晶と言うよりも立方晶に近いという意味)からなるKNN薄膜が主に形成された基板と、「c/a > 1」である正方晶(本来の正方晶により近いという意味)からなるKNN薄膜が主に形成された基板とが作製されていることが判った。
【0045】
(エッチング実験)
次に、上記で成膜したKNN薄膜上に、フォトレジスト(東京応化工業株式会社製、OFPR-800)を塗布・露光・現像して、フォトレジストパターン14を形成した(
図1(b)参照)。続いて、エッチングマスク膜15として厚さ600 nmのSiO
2膜をRFマグネトロンスパッタ法により成膜した(
図1(c)参照)。SiO
2膜の成膜条件は、石英板ターゲットを用い、基板温度25℃、放電パワー400 W、酸素ガスとアルゴンガスの混合雰囲気(混合比:O
2/Ar = 0.033)、圧力0.7 Paとした。その後、アセトン洗浄によりフォトレジストパターン14を除去し(リフトオフ)、エッチングマスクパターン15’をKNN薄膜上に形成した(
図1(d)参照)。
【0046】
上記のエッチングマスクパターン15’を形成したKNN薄膜積層基板から小片(20 mm×20 mm)を切り出し、KNN薄膜に対して、種々のエッチング条件でウェットエッチングを行い、KNN薄膜パターンを形成した(
図1(e),(f)参照)。なお、上述したように、用意したKNN薄膜積層基板は、KNN薄膜が擬立方晶からなるものと、KNN薄膜が正方晶からなるものとがある。
【0047】
エッチング液は、構成薬品として、エチレンジアミン四酢酸(EDTA、和光純薬工業株式会社製、試薬研究用、純度99.5%)と、アンモニア水(NH
3 aq.、関東化学株式会社製、電子工業用、含量29%)と、過酸化水素水(H
2O
2 aq.、関東化学株式会社製、電子工業用、含量30%)とを用い、後述する表1に示すような分量で混合して作製した。また、他のエッチング液として、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)の代わりに、エチレンジアミン四酢酸・二ナトリウム塩二水和物(EDTA・2Na、株式会社同仁化学研究所、純度99.5%以上)を用い、後述する表1に示すような分量で混合したエッチング液も作製した。エッチング温度(エッチング液の温度)は、常温(20℃)〜94℃とした(表1に併記した)。
【0048】
【表1】
【0049】
(エッチング性評価)
(1)エッチング速度
各エッチング実験において、所定時間のエッチングを行った後、バッファードフッ酸(BHF 16、関東化学株式会社製、半導体用、含量22%)でSiO
2マスクを除去した。その後、KNN薄膜の段差を計測することよってエッチング性(ここでは、KNN薄膜の段差をエッチング時間で除した平均エッチング速度)を評価した。結果を表1に併記する。
【0050】
表1の結果から、キレート剤濃度は、エッチング速度に対する影響が比較的小さいことが判る(実施例1,2,11,12参照)。また、過酸化水素濃度も、エッチング速度に対する影響が比較的小さいことが判る(実施例12,13参照)。アルカリ水溶液濃度が下がると、エッチング速度が若干低下することが判る(実施例2,9,10参照)。これは、エッチング液のpHが低下して(アルカリ性が弱くなって)、キレート剤の溶解度が低下したためと考えられる。
【0051】
一方、エッチング温度(溶液温度)は、エッチング速度に与える影響が大きかった。
図3は、エッチング速度と溶液温度との関係を示すグラフである。
図3は、実施例1〜8および比較例1の結果をまとめたものである。
図3に示したように、溶液温度(エッチング温度)を高めるほどエッチング速度が増加することが判る。
【0052】
また、KNN薄膜の結晶系がエッチング速度に与える影響も大きいことが判った。
図4は、エッチング速度と溶液温度との関係を示す他のグラフである。
図4は、実施例14〜24の結果をまとめたものである。
図4においても、
図3と同様に、溶液温度(エッチング温度)を高めるほどエッチング速度が増加することが判る。ただし、
図4(実施例14〜22)におけるエッチング速度の上昇カーブは、
図3(実施例1〜8)におけるエッチング速度の上昇カーブと比べて、全体的に高温側にシフトしていた。実施例14〜22と実施例1〜8との差異は、表1に示したように、基本的にKNN薄膜の結晶系である。
【0053】
図3〜4の現象については、次のように考えることができる。実施例1〜8のKNN薄膜は「c/a ≦ 1」であり擬立方晶と見なすことができ、実施例14〜22のKNN薄膜は「c/a > 1」であり正方晶と見なすことができる。実施例14〜22のKNN薄膜は、KNN結晶が本来有する正方晶に比較的近いため、より安定な結晶構造が形成されている(内部エネルギーが低い状態にある)と考えることができる。その結果、エッチング液との化学反応が進行しにくく、エッチング反応の活性化に比較的高温を要したものと考えられる。これに対し、実施例1〜8のKNN薄膜は、本来、正方晶であるKNN結晶が擬立方晶を示していることから、結晶が比較的大きな内部歪みを有している(内部エネルギーが高い状態にある)と考えることができる。その結果、エッチング液との化学反応が進行し易く、エッチング速度の上昇カーブが低温側にシフトしたものと考えられる。
【0054】
一方、表1、
図4に示したように、EDTAの代わりにEDTA・2Naを用いたエッチング液(実施例23〜24)においても、十分なエッチング速度を得られることが確認された。
【0055】
なお、比較例2は、エッチング液のアルカリ性が弱くなっていると共に溶液温度が低かったことから、十分なエッチング速度が得られなかった。比較例3は、アルカリ水溶液を混合していないことから、キレート剤がほとんど溶解せず、エッチング反応が生じなかった。比較例4は、キレート剤を混合していないことから、同じくエッチング反応が生じなかった。また、過酸化水素水を混合していない比較例5も、エッチング反応が生じなかった。
【0056】
ここで、量産性の観点から許容できるエッチング速度について、簡単に考察する。表1に示したように、実施例1〜3,14〜15のエッチング速度は、10 nm/min未満(数nm/min程度)であり、ドライエッチングプロセスによるエッチング速度と同等のレベルである。しかしながら、本発明のプロセスはウェットエッチングプロセスであり、ドライエッチングプロセスよりもはるかに多数枚の試料を同時にエッチングすることができる。例えば、100枚を同時にウェットエッチングすることを想定すると、製造上のスループットは、100倍のエッチング速度と同等になる。このことから、本発明のプロセスのエッチング速度がドライエッチングプロセスのそれと同等であったとしても、量産性の観点から十分な効果があると言える。言い換えると、2 nm/min以上のエッチング速度が得られれば、製造コストの低減に十分寄与することができる。
【0057】
(2)エッチング選択比
一部の試料を用いて、KNN薄膜/SiO
2マスクのエッチング選択比を調査した。その結果、60以上のエッチング選択比が得られることが確認された。
【0058】
(3)下部電極等への影響
一部の試料を用いて、下部電極膜12(ここではPt膜)が露出するまでエッチングを行い、下部電極等への影響を調査した。その結果、下部電極のエッチングや剥離などは起こらないことが確認された。言い換えると、下部電極膜12をエッチングストッパとして活用できることが確認された。
【0059】
(5)エッチング精度
実施例5のエッチング条件を用いて、KNN薄膜に対してパッドパターンやライン&スペースパターンの微細加工を行い、走査型電子顕微鏡(SEM)による微細組織観察を行った。
図5は、パッドパターン(50μm角、50μm間隔)の微細加工結果を示すSEM観察像である。
図6は、ライン&スペースパターン(ライン幅50μm、50μm間隔)の微細加工結果を示すSEM観察像である。
図5,6に示したように、いずれのパターンにおいても、非常にきれいに精度よく加工できていることが確認された。なお、サイドエッチング量は、膜厚程度であった。
【0060】
(圧電体薄膜素子の作製)
本発明のウェットエッチングを施してパターン形成したKNN薄膜上に、
図2に示した製造工程に沿って、フォトレジストパターン21を形成し、RFマグネトロンスパッタ法により上部電極膜22としてPt層(厚さ100 nm)を形成した(
図2(a)参照)。上部電極膜の成膜条件は、下部電極膜12の場合と同様に、純Ptターゲットを用い、基板温度250℃、放電パワー200 W、Ar雰囲気、圧力2.5 Paとした。
【0061】
その後、アセトン洗浄によりフォトレジストパターン21を除去し(リフトオフ)、上部電極膜22’をKNN薄膜上に残した(
図2(b)参照)。次に、ダイシングを行いチップ状のKNN薄膜素子を作製した。
【0062】
また、基準試料として、本発明のウェットエッチングによりパターン形成を行っていないKNN薄膜上に上部電極膜22(Pt層、厚さ100 nm)を形成した試料も用意した。本試料は、強誘電体薄膜エッチング工程の影響を全く受けていない試料であり、成膜したKNN薄膜の強誘電体特性の基準となる試料として用意した。
【0063】
(強誘電体特性の測定)
得られたKNN薄膜素子に対して、強誘電体特性評価システムを用いて分極特性と誘電率とリーク電流密度とを測定した。
【0064】
図7は、実施例4および基準試料における分極値と印加電圧との関係例を示したグラフである。
図7に示したように、実施例4と基準試料とは、分極値のヒステリシスループがほぼ完全に一致しており、その分極特性において実質的に変化なしと言えた。
【0065】
誘電率においては、基準試料と実施例4との差異は1%程度であった。この程度の差異は、試料個体差または測定誤差の範疇であり、実質的に変化なしと言えた。また、リーク電流密度おいても、その差異は試料個体差または測定誤差の範疇であった(実施例4の方が、むしろ基準試料よりもリーク電流密度が小さくなっていた)。すなわち、実質的に変化なしと言えた。
【0066】
上記の強誘電体特性の測定結果から、本発明の強誘電体薄膜エッチング工程は、KNN薄膜の強誘電体特性を劣化させることなしに微細加工できることが確認された。
【0067】
[ニオブ酸リチウム薄膜素子]
(LN基板の用意)
ここでは、実験の簡便化のため、ニオブ酸リチウム(LiNbO
3、LN)の単結晶基板(10 mm×10 mm×0.5 mm)を用意した。該LN単結晶基板上にフォトレジストパターン14を形成し、続いて、エッチングマスク膜15として厚さ600 nmのSiO
2膜をプラズマCVD法により成膜した。次に、リフトオフによりエッチングマスクパターン15’を形成した。
【0068】
(エッチング実験およびエッチング性評価)
先のKNN薄膜素子と同様にエッチング実験およびエッチング性評価を行った。その結果、KNN薄膜素子と同様のエッチング性が得られることが確認された。
図8は、LN単結晶基板に対する微細加工結果を示すSEM観察像である。
図8に示したように、非常にきれいに精度よく加工できていることが確認された。
【0069】
[エッチング液]
(エッチング実験およびエッチング性評価)
エッチング液におけるその他のキレート剤として、ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA、和光純薬工業株式会社製、試薬研究用、純度99%以上)、エチレンジアミン四酢酸・三ナトリウム塩三水和物(EDTA・3Na、株式会社同仁化学研究所、純度98.0%以上)、エチレンジアミン四酢酸・四ナトリウム塩四水和物(EDTA・4Na、株式会社同仁化学研究所、純度98.0%以上)、エチレンジアミン四酢酸・二カリウム塩二水和物(EDTA・2K、株式会社同仁化学研究所、純度99.0%以上)、エチレンジアミン四酢酸・三カリウム塩二水和物(EDTA・3K、株式会社同仁化学研究所、純度99.0%以上)、およびエチレンジアミン四酢酸・二アンモニウム塩(EDTA・2NH
3、株式会社同仁化学研究所、純度99.0%以上)を用いてエッチング液を調合した。その他は、先のエッチング液(キレート剤としてEDTAまたはEDTA・2Naを使用)の場合と同様にして、KNN薄膜素子に対してエッチング実験およびエッチング性評価を行った。その結果、EDTAまたはEDTA・2Naを使用したエッチング液と同様のエッチング性が得られることが確認された。
【0070】
上述した実施形態や実施例は、本発明の理解を助けるために説明したものであり、本発明は、記載した具体的な構成のみに限定されるものではない。例えば、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。すなわち、本発明は、本明細書の実施形態や実施例の構成の一部について、削除・他の構成に置換・他の構成の追加をすることが可能である。