特許第6593845号(P6593845)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6593845有機材料膜又は有機無機複合材料膜のレーザー蒸着方法、レーザー蒸着装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6593845
(24)【登録日】2019年10月4日
(45)【発行日】2019年10月23日
(54)【発明の名称】有機材料膜又は有機無機複合材料膜のレーザー蒸着方法、レーザー蒸着装置
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/28 20060101AFI20191010BHJP
   C23C 14/12 20060101ALI20191010BHJP
【FI】
   C23C14/28
   C23C14/12
【請求項の数】8
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2016-545503(P2016-545503)
(86)(22)【出願日】2015年8月21日
(86)【国際出願番号】JP2015073596
(87)【国際公開番号】WO2016031727
(87)【国際公開日】20160303
【審査請求日】2018年3月16日
(31)【優先権主張番号】特願2014-175492(P2014-175492)
(32)【優先日】2014年8月29日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(個人型研究(さきがけ))「ヘテロエピタキシーを基盤とした高効率単結晶有機太陽電池」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100134544
【弁理士】
【氏名又は名称】森 隆一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(72)【発明者】
【氏名】宮寺 哲彦
(72)【発明者】
【氏名】杉田 武
(72)【発明者】
【氏名】村上 拓郎
(72)【発明者】
【氏名】近松 真之
(72)【発明者】
【氏名】松原 浩司
【審査官】 安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2003/0121887(US,A1)
【文献】 特開2008−244040(JP,A)
【文献】 国際公開第2007/029743(WO,A1)
【文献】 特開2005−212013(JP,A)
【文献】 特開2000−012218(JP,A)
【文献】 特開2009−299176(JP,A)
【文献】 国際公開第2008/117690(WO,A1)
【文献】 江良正直,他,真空共蒸着法による層状ペロブスカイト自己組織化有機/無機超格子量子井戸薄膜,真空,1996年,Vol.39 No.11,Page.598-602
【文献】 Mingzhen LIU, et al.,Efficient planar heterojunction perovskite solar cells by vapour deposition,Nature,2013年,vol.501,p.395-398
【文献】 Masanao Era, et al.,Self-Organized Growth of PbI-Based Layered Perovskite Quantum Well by Dual-Source Vapor Deposition,Chemistry of Materials,1997年,vol.9,p.8-10
【文献】 大島多美子,大気圧パルスレーザー堆積法を用いたフルカラー有機EL素子の開発,日本板硝子材料工学助成会成果報告書,2007年,vol.25,p.52-57
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00−14/58
H01L 31/04,51/50
C23C 14/28
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板に有機無機複合ぺロブスカイトを成膜するレーザー蒸着方法であって、
有機材料にレーザー光を照射して前記有機材料を蒸発させるとともに無機材料にレーザー光を照射して前記無機材料を蒸発させ、前記有機材料と前記無機材料とを前記基板に共蒸着させて前記有機無機複合ぺロブスカイトを成膜する工程を有し、
前記有機材料は、有機カチオンのハロゲン化物であり、
前記無機材料は、MX2(式中、Mは、2価の金属イオン、Xは、F、Cl、Br、Iからなる群から選択される少なくとも1種類のハロゲンである。)であり、
前記基板、前記有機材料、及び前記無機材料は、真空チャンバー内に設置され、
前記有機材料に照射するレーザー光は、デューティ比を調整可能とされたパルス状のレーザー光であり、
前記有機材料に照射するレーザー光の前記デューティ比は、前記真空チャンバー内の蒸気圧に基づいて調整されるレーザー蒸着方法。
【請求項2】
請求項1において、
前記有機材料に照射するレーザー光は、レーザーパルスのパルス幅及び振幅を調整可能なパルス状のレーザー光であり、
前記無機材料に照射するレーザー光は、パワーが調整可能な連続レーザー光又はデューティ比が調整可能なパルス状のレーザー光の何れかとされる、レーザー蒸着方法。
【請求項3】
請求項1において、
前記有機無機複合ペロブスカイトが式(1)又は式(2)で表されるものであるレーザー蒸着方法。
AMX3 ・・・・・・・・・(1)
B2MX4 ・・・・・・・・・(2)
(式中A、Bは有機カチオン、Mは2価の金属イオン、Xはハロゲン)
【請求項4】
請求項において、
前記Aは、CH3 NH3 +であり、
前記Bは、R1NH3 + (式中R1は、炭素数2以上のアルキル基、アルケニル基、アラルキル基、又は、アリール基)であり、
前記Mは、Pb、Sn、又は、Geのいずれか一つである、レーザー蒸着方法。
【請求項5】
基板に有機カチオンのハロゲン化物である有機材料とMX2(式中、Mは、2価の金属イオン、Xは、F、Cl、Br、Iからなる群から選択される少なくとも1種類のハロゲンである。)である無機材料とを共蒸着させて有機無機複合ぺロブスカイトを成膜するためのレーザー蒸着装置であって、
真空チャンバーと、
前記真空チャンバー内に設けられた、前記有機材料にレーザー光を照射して前記有機材料を蒸発させるためのレーザーと、
前記真空チャンバー内に設けられた、前記無機材料にレーザー光を照射して前記無機材料を蒸発させるためのレーザーと、
前記真空チャンバー内の蒸気圧を測定する蒸気圧測定手段と、
前記蒸気圧測定手段により測定された蒸気圧に基づいて前記有機材料にレーザー光を照射するレーザーのデューティ比を調整するデューティ比調整手段と、
を備える、レーザー蒸着装置。
【請求項6】
基板に有機無機複合ぺロブスカイトを成膜する、有機無機複合ペロブスカイト膜の製造方法であって、
有機材料にレーザー光を照射して前記有機材料を蒸発させるとともに無機材料にレーザー光を照射して前記無機材料を蒸発させ、前記有機材料と前記無機材料とを前記基板に共蒸着させて前記有機無機複合ぺロブスカイト膜とする工程を有し、
前記有機材料は、有機カチオンのハロゲン化物であり、
前記無機材料は、MX2(式中、Mは、2価の金属イオン、Xは、F、Cl、Br、Iからなる群から選択される少なくとも1種類のハロゲンである。)であり、
前記有機材料に照射するレーザー光は、デューティ比を調整可能とされたパルス状のレーザー光であり、
前記有機材料に照射するレーザー光の前記デューティ比は、前記有機材料の蒸発速度に基づいて調整される有機無機複合ぺロブスカイト膜の製造方法。
【請求項7】
請求項において、
前記有機無機複合ペロブスカイトが式(1)又は式(2)で表されるものである有機無機複合ぺロブスカイト膜の製造方法。
AMX3 ・・・・・・・・・(1)
B2MX4 ・・・・・・・・・(2)
(式中A、Bは有機カチオン、Mは2価の金属イオン、Xはハロゲン)
【請求項8】
請求項において、
前記Aは、CH3 NH3 +であり、
前記Bは、R1NH3 + (式中R1は、炭素数2以上のアルキル基、アルケニル基、アラルキル基、又は、アリール基)であり、
前記Mは、Pb、Sn、又は、Geのいずれか一つである、有機無機複合ぺロブスカイト膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機鉛ペロブスカイト(APbX3;式中Aは有機系カチオン、Xはハロゲン)等の有機材料を含む膜をレーザー蒸着により成膜する際に有用なレーザー蒸着方法、レーザー蒸着装置に関する。
【背景技術】
【0002】
有機鉛ペロブスカイト(APbX3)を用いた太陽電池が急速に高効率化していることから、有機鉛ペロブスカイトは注目を集めており、様々な作製手法が数多く報告されている。なかでも、非特許文献1では、ヒーター加熱による共蒸着法によって作製し、作製された有機鉛ペロブスカイトによって高い太陽電池効率を得たことが記載されている。また、特許文献1や非特許文献2には、有機鉛ペロブスカイトを含む有機無機複合ペロブスカイトを共蒸着により成膜したことが記載されている。
【0003】
共蒸着法により有機鉛ペロブスカイトを成膜するためには有機材料(AX)とハロゲン化鉛(PbX2)を同時、もしくは交互に蒸発させる必要がある。
しかしながら、このような共蒸着で用いられる有機材料(AX)は蒸気圧の高い材料が多いため、真空チャンバー内で有機材料がガス化することによって大幅に真空度が悪化し、ガス化材料の回り込みにより他の蒸着用原料等が汚染されたり、成膜速度が制御できず暴走することが問題となっている。これらの問題は、成膜プロセスだけでなく、成膜された薄膜の膜質にも大きく影響を与える。
【0004】
そのため、非特許文献1等の先行文献では、ある程度の膜質の有機鉛ペロブスカイトの成膜が可能であったことが記載されているものの、安定的な共蒸着条件を見出すために相当の困難性があったことや、長時間の安定的共蒸着がほとんど不可能であったことが想定されるし、また、成膜された薄膜の膜質の向上の余地が大きく存在することも想定される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2014-82377号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Mingzhen Liu, Michael B. Johnston & Henry J. Snaith, Nature 501, 395 (2013)
【非特許文献2】江良正直,平良隆博,筒井哲夫,真空,39巻,11号、P598(1996)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上述のような従来技術を背景とするものであり、有機材料のガス化によって他の蒸着用原料等が汚染されたり、成膜速度が制御できず暴走する等の従来技術における問題点を解決し、成膜速度や蒸発速度を安定的に調整、制御することのできる有機材料の蒸着方法や蒸着装置を提供することを第1の課題とする。
また、本発明は、成膜速度や蒸発速度を安定的に調整、制御することを通じて、品質の良好な有機無機複合体を共蒸着により成膜することのできるレーザー蒸着方法を提供することを第2の課題乃至付加的な課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、有機材料の蒸着に関する多くの試験研究を行い、その研究過程で次の(A)、(B)のような知見を得た。
(A)有機材料の蒸発手段としてレーザーを採用し、かつ、該レーザーのデューティ比を調整することにより、有機材料のガス化が制限され、ガス化有機材料の回り込みによる他の蒸着用原料等の汚染が防止できるとともに、蒸着フラックスの指向性や成膜速度が容易に制御できる。そのため、有機鉛ペロブスカイト等の共蒸着に応用した場合には、成膜された薄膜の膜質を良好とすることができる。
(B)レーザーのデューティ比の調整を、有機材料の蒸発速度や真空チャンバー内の蒸気圧の測定結果に基づいて調整することにより、成膜速度や蒸発速度をさらに良好に調整、制御することができる。
【0009】
本発明は、上記のような知見に基づいて完成したものであり、本件では、次のような発明が提供される。
〈1〉少なくとも1種類の有機材料をレーザー蒸着する方法であって、該有機材料を蒸発させるレーザーのデューティ比を調整することを特徴とするレーザー蒸着方法。
〈2〉有機材料を調整されたデューティ比のレーザーで蒸発させるとともに、無機材料をレーザーで蒸発させ、有機無機複合体を共蒸着する請求項1に記載のレーザー蒸着方法。
(3)前記有機材料として有機カチオンのハロゲン化物を用い、前記無機材料としてMX2(式中、Mは、2価の金属イオン、Xは、F、Cl、Br、Iからなる群から選択される少なくとも1種類のハロゲンである。)を用い、有機無機複合ぺロブスカイトを共蒸着する〈2〉に記載のレーザー蒸着方法。
〈4〉前記有機材料の蒸発速度に基づいて前記デューティ比を調整することを特徴とする〈1〉〜〈3〉のいずれか1項に記載のレーザー蒸着方法。
〈5〉蒸着用真空チャンバー内の蒸気圧に基づいて前記デューティ比を調整することを特徴とする〈1〉〜〈3〉のいずれか1項に記載のレーザー蒸着方法。
〈6〉少なくとも1種類の有機材料をレーザー蒸着する際に用いるレーザー蒸着装置であって、該有機材料の蒸発速度測定手段と、該蒸発速度測定手段により測定された蒸発速度に基づいて前記有機材料を蒸発させるレーザーのデューティ比を調整するデューティ比調整手段とを備えるレーザー蒸着装置。
〈7〉少なくとも1種類の有機材料をレーザー蒸着する際に用いるレーザー蒸着装置であって、蒸着用真空チャンバー内の蒸気圧を測定する蒸気圧測定手段と、該蒸気圧測定手段により測定された蒸気圧に基づいて前記有機材料を蒸発させるレーザーのデューティ比を調整するデューティ比調整手段とを備えるレーザー蒸着装置。
【0010】
本発明は、次のような態様を含むことができる。
〈8〉共蒸着される有機無機複合ペロブスカイトが式(1)又は式(2)で表されるものである〈3〉に記載のレーザー蒸着方法。
AMX3 ・・・・・・・・・(1)
B2MX4 ・・・・・・・・・(2)
(式中A、Bは有機カチオン、Mは2価の金属イオン、Xはハロゲン)
〈9〉AがCH3NH3+であり、BがR1NH3+(式中R1は、炭素数2以上のアルキル基、アルケニル基、アラルキル基、又は、アリール基)であり、MがPb、Sn、又は、Geである〈8〉に記載のレーザー蒸着方法。
〈10〉前記蒸発速度が一定値又は所定範囲内の値となるように前記デューティ比を調整することを特徴とする〈4〉に記載のレーザー蒸着方法。
〈11〉前記蒸気圧が一定値又は所定範囲内の値となるように前記デューティ比を調整することを特徴とする〈5〉に記載のレーザー蒸着方法。
〈12〉前記デューティ比調整手段は、前記蒸発速度が一定値又は所定範囲内の値となるように前記デューティ比を調整するものである〈6〉に記載のレーザー蒸着装置。
〈13〉前記デューティ比調整手段は、前記蒸気圧が一定値又は所定範囲内の値となるように前記デューティ比を調整するものである〈7〉に記載のレーザー蒸着装置。
【発明の効果】
【0011】
本発明のレーザー蒸着方法やレーザー蒸着装置によれば、蒸気圧の高い有機材料のガス化を低減させ、適宜の真空度(例えば、10-3Pa台)を維持した状態で蒸着することが可能となる。
従来のセルをヒーター加熱して蒸着する手法では有機材料のガス化によって真空チャンバー内の真空度が著しく悪化(1Pa程度まで)するとともに、該ガス化材料が回り込み、他の蒸着用原料等が汚染されてしまう問題があったが、本発明によれば、ガス化が生じていないか十分に低減されるため、ガス化材料の回り込みによる汚染は防止でき、蒸発フラックスの指向性や成膜速度を制御できる。そのため、有機無機複合ペロブスカイト等の成膜に適用した場合には、良好な品質とすることができる。
【0012】
従来手法では、ヒーター加熱し、セル全体が昇温することで有機材料を蒸発させていたため、加熱温度制御を行ってもペロブスカイト原料のような蒸気圧の高い有機材料の蒸発速度を安定的に調整、制御して成膜することは困難であったが、本発明によれば、デューティ比を調整したレーザー照射して蒸発に必要なエネルギーを有機材料に直接与えるため、有機材料の蒸発速度を安定的に調整、制御して成膜することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】レーザー共蒸着による有機鉛ペロブスカイトの成膜を模式的に示した図面。
図2】実施例1において、有機材料CH3NH3I側のレーザーのデューティ比を26%に調整して共蒸着した際の無機材料PbI2と有機材料CH3NH3Iの合計の蒸発速度の時間推移を示したグラフ。
図3】実施例2において、有機材料CH3NH3Iの蒸発速度の観測結果に基づいて有機材料CH3NH3I側のレーザーのデューティ比を10%単位で調整した際の該有機材料の蒸発速度の時間推移を示したグラフ。
図4】実施例3において、有機材料CH3NH3Iの蒸発速度の推算結果に基づいて有機材料CH3NH3I側のレーザーのデューティ比を36〜32%の範囲内で調整した際の無機材料PbI2と有機材料CH3NH3Iの合計の蒸発速度の時間推移を示したグラフ。
図5】実施例3により成膜された薄膜の写真。
図6】実施例4において、真空チャンバー内の真空度が一定となるように有機材料CH3NH3I側のレーザーのデューティ比を41〜39%の範囲内で調整した際の無機材料PbI2と有機材料CH3NH3Iの合計の蒸発速度の時間推移を示したグラフ。
図7】実施例4により成膜された薄膜の写真。(a)、(b)、(c)は、目標真空度がそれぞれ1.0×10-3Pa、5.0×10-3Pa、8.0×10-3Paのものである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1に、レーザー共蒸着により有機鉛ペロブスカイトを成膜する場合の例を模式的に示す。蒸着用の有機材料のAX(Aは有機カチオン、XはF、Cl、Br、Iからなる群から選択される少なくとも1種類のハロゲン)と、無機材料のPbX2(Xは前記と同じハロゲン)には、それぞれレーザーが照射され、それぞれの蒸着フラックス(成膜材料の蒸気)は基板上で有機鉛ペロブスカイト(APbX2)の共蒸着膜となる。
本発明のレーザー蒸着方法は、少なくとも1種類の有機材料をレーザー蒸着するものであり、該有機材料を蒸発させるレーザーのデューティ比〔duty ratio;On時間/(On時間+Off時間)、又は、パルス幅/パルス周期〕を調整することを特徴としている。
図1の例では、複数の材料を蒸発させ共蒸着しているが、本発明は、そのような共蒸着に限定されず、少なくとも1種類の有機材料をレーザー蒸着し、かつ、該レーザーのデューティ比を調整するものであれば、本発明に包含される。
【0015】
本発明が対象とする有機材料は、限定するものではないが、ヨウ化メチルアミン、ヨウ化エチルアミン等のハロゲン化アルキルアミン、フェニルエチルアミンヨウ化物等のアラルキルアミンハロゲン化物、ヨウ化ホルムアミン等のハロゲン化ホルムアミンなどが挙げられる。
このような低分子(限定するものではないが分子量200以下程度)有機材料は、金属、酸化物等の無機材料に比べ一般的に蒸気圧が高いため、従来型のヒータ加熱温度制御して真空蒸着する手法では、真空チャンバー内でガス化することによって大幅に真空度を悪化させたり、成膜速度が制御できず暴走する等の問題点が存在した。しかしながら、本発明では、有機材料をレーザー蒸着し、且つ、そのレーザーのデューティ比を調整するので、前述のようなガス化を極力低減し、蒸着フラックスの指向性や成膜速度が制御可能となった。
【0016】
本発明のレーザー蒸着において、有機材料の蒸発に用いるレーザーとしては、デューティ比が調整可能なものであれば、公知のどのようなものでも使用することができるが、レーザーパルスの振幅(レーザー出力)も調整できるものであればより好ましい。レーザーの種類としては、限定するものではないが、KrFエキシマレーザ(波長:248nm)、Nd;YAGレーザー(波長:355nm)、赤外線レーザー(波長:808nm、850nm、980nm等)、等が挙げられる。有機材料においては好適には、赤外線レーザーである。
レーザーパルスの周波数としては、限定するものではないが、例えば、1〜500Hzとすることができる。
デューティ比の調整は、パルス幅の調整など、公知の手段によって行うことができる。
【0017】
本発明のレーザー蒸着方法では、用いる有機材料の種類やレーザーパルス振幅に応じてデューティ比を所定値又は所定数値範囲に調整することができるが、有機材料の蒸発速度又は蒸着用真空チャンバー内の蒸気圧を観測し、その観測値に基づいてデューティ比を調整すると、有機材料の種類等についてあまり考慮することなく、安定した蒸発速度や成膜速度に制御することができる。
有機材料の蒸発速度を観測する手段としては、限定するものではないが、例えば、蒸発フラックスの経路近くに設けられ、蒸着膜の膜厚を測定する水晶振動子膜厚計と、該膜厚計で得られた蒸着膜厚推移を時間微分する手段とからなるものとすることができる。水晶振動子膜厚計等の膜厚計は、蒸着用の有機材料のみに対応したものを設けることが好ましいが、共蒸着の際の他の蒸着用無機材料と共用のものとし、有機材料と無機材料の合計の蒸着膜の膜厚を測定するものであっても良い。無機材料用レーザーパワーが一定の場合には、有機材料用レーザーのデューティ比等を調整したとしても、無機材料の蒸発速度はほぼ一定に維持されると考えられるので、無機材料用レーザーパワーが一定の場合の無機材料の蒸発速度を予め求めておいて、無機材料用レーザーパワーを一定とした条件のもとで有機材料と無機材料の合計の蒸着膜の膜厚推移を測定し、その膜厚推移を時間微分することにより得られる有機材料と無機材料の合計の蒸着速度から無機材料の蒸着速度との差をとることにより、有機材料の蒸発速度を推算することができる。なお、本発明における有機材料の蒸発速度測定手段には、有機材料の蒸発速度をそのように推算する手段も含まれる。
蒸着用真空チャンバー内の蒸気圧を観測する蒸気圧測定手段は、公知のものから適宜選択することができる。
有機材料の蒸発速度又は蒸着用真空チャンバー内の蒸気圧の観測に基づくデューティ比の調整は、操作者がマニュアルで行うこともできるが、蒸発速度又は蒸気圧の測定手段と、その測定値に基づいてデューティ比を自動的に調整するデューティ比調整手段とを備えることが好ましい。
【0018】
本発明のレーザー蒸着方法で用いるターゲット材料(レーザー蒸着方法における蒸着用材料)は、1種類の有機材料でも良いが、2種類若しくはそれ以上の有機材料のターゲット材料を用いる共蒸着、又は、有機材料と無機材料のターゲット材料を用いる共蒸着を実施するレーザー蒸着とすることもできる。無機材料のターゲット材料を用いる共蒸着を実施するレーザー蒸着の場合、無機材料を蒸着させるレーザーとしては、上述のようなデューティ比が調整可能なものを用いることもできるが、パワーが調整可能なものであれば、デューティ比が調整できないもの、例えば、連続レーザー光のものなどであっても良い。成膜された薄膜の膜質をより良好とするためには、有機材料用と同様のデューティ比が調整可能なものを使用することが好ましい。
有機材料とともに共蒸着する際の無機材料としては、公知の蒸着用の無機材料をいずれも使用することができる。
【0019】
本発明のレーザー蒸着方法は、特に、有機無機複合ペロブスカイトの製造に適用すると、蒸気圧の高い有機材料の蒸発速度や成膜速度を効果的に調整できるので、品質の良好な有機無機複合ペロブスカイトを長時間安定して製造することができる。
そのような有機無機複合ペロブスカイトとしては、限定するものではないが、式(1)、(2)で示されるものが挙げられる。
AMX3 ・・・・・・・・・(1)
B2MX4 ・・・・・・・・・(2)
(式中A、Bは有機系カチオン、Mは2価の金属イオン、Xはハロゲン)
Aの有機系カチオンとしては、例えば、CH3NH3+、CH(NH2)2+、等が、Bの有機系カチオンとしては、例えば、R1NH3+(式中R1は、炭素数2以上のアルキル基、アルケニル基、アラルキル基、アリール基等)等が挙げられる。
Mは、2価の金属イオンであり、例えば、Pb、Sn、Ge等が挙げられる。
Xは、ハロゲンであり、F、Cl、Br、Iから選択される。
【0020】
このような有機無機複合ペロブスカイトをレーザー共蒸着で成膜する際のターゲット材料のうち、上記Aを構成する有機材料としては、限定するものではないが、例えば、ヨウ化メチルアミン等のハロゲン化メチルアミン、ヨウ化ホルムアミジルアミン等のハロゲン化ホルムアミジルアミンが挙げられる。上記Bを構成する有機材料としては、限定するものではないが、例えば、ヨウ化エチルアミン等のハロゲン化アルキルアミン、フェニルエチルアミンヨウ化物等のアラルキルアミンハロゲン化物などが挙げられる。
【0021】
有機無機複合ペロブスカイトを共蒸着で成膜する際のターゲット材料のうち、Mを構成する無機材料としては、限定するものではないが、ヨウ化鉛等の金属ハロゲン化物などが挙げられる。
【実施例】
【0022】
以下、実施例等に基づいて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例等により何ら限定されるものではない。
【0023】
(比較例1)
蒸着用真空チャンバー内にターゲット(レーザー光の被照射物)としてPbI2及びCH3NH3Iを設置し、両方のターゲットに対して波長808nmの連続レーザー光がそれぞれ照射されるようにレーザー蒸着装置を設定した。
真空チャンバー内の真空度を10-5Paとした後、PbI2側のレーザーのパワーを1.6Wまで上昇させるとともに、CH3NH3I側のレーザーのパワーを6Wまで上昇させ、ガラス製の基板表面に共蒸着を行い、有機鉛ぺロブスカイト(CH3NH3PbI3)を成膜しようとした。しかしながら、成膜中CH3NH3Iのガス化により真空度が1Paまで悪化した。共蒸着後、PbI2ターゲットは、CH3NH3Iの回り込みにより褐色に汚染されていた。また、得られた膜は、XRD解析および紫外可視吸収スペクトル等からみて、純粋な有機鉛ペロブスカイト(CH3NH3PbI3)とは言えず、未反応の原材料が多く残る混合材料であった。
【0024】
(比較例2)
CH3NH3I側のレーザーのパワーを2Wと小さくした以外は比較例1と同様にして共蒸着を行い、有機鉛ぺロブスカイト(CH3NH3PbI3)を成膜しようとした。成膜中CH3NH3Iのガス化による真空度の悪化は10-2Paまで抑えられたものの、共蒸着後、PbI2ターゲットは、CH3NH3Iの回り込みにより褐色に汚染されていた。また、得られた膜は、XRD解析および紫外可視吸収スペクトル等からみて、純粋な有機鉛ぺロブスカイト(CH3NH3PbI3)とは言えず、未反応の原材料が多く残る混合材料であった。
【0025】
(実施例1)<デューティ比の調整例>
蒸着用真空チャンバー内に、ターゲットとしてPbI2及びCH3NH3Iを設置するとともに、該PbI2と該CH3NH3Iの蒸発速度を測定するために水晶振動子膜厚計(蒸発フラックスの経路近くに設けられ、蒸着膜の膜厚を測定するもの。以下の水晶振動子膜厚計も同じ。)を設置した。PbI2に対しては波長808nmの連続レーザー光が、蒸気圧の高い材料であるCH3NH3Iに対して波長808nmで10Hzに変調したパルス状のレーザー光が、それぞれ照射されるようにしたレーザー蒸着装置を設定した。
真空チャンバー内の真空度を10-5Paとした後、PbI2側のレーザーは、そのパワーを1.6Wまで上昇させる一方、CH3NH3I側のレーザーは、パルス振幅を17.9Wとし、デューティ比を26%に調整して、ガラス製の基板表面に共蒸着を行なった。その際のPbI2とCH3NH3Iの合計の蒸発速度(水晶振動子膜厚計により測定された蒸着膜厚推移を時間微分したもの)は、図2のグラフに示されるように、大きな変動が生じることなく比較的安定して推移していた。
共蒸着後、PbI2ターゲットを観察したが、CH3NH3Iの回り込みによるPbI2ターゲットの汚染は全く観察されなかった。また、得られた膜は、XRD解析および紫外可視吸収スペクトル等から、結晶性が比較的良好な有機鉛ぺロブスカイト(CH3NH3PbI3)であることが確認された。
【0026】
(実施例2)<蒸発速度の測定に基づくデューティ比の調整例1>
蒸着用真空チャンバー内に、ターゲットとしてPbI2及びCH3NH3Iを設置するとともに、該CH3NH3Iの蒸発速度を測定するための水晶振動子膜厚計を設置し、PbI2に対してはレーザーを照射せず、CH3NH3Iに対して波長808nmで10Hzに変調したパルス状のレーザー光が照射されるようにしたレーザー蒸着装置を設定した。
真空チャンバー内の真空度を10-5Paとした後、CH3NH3I側のレーザーを、パルス振幅を17.9Wとするとともに、デューティ比を40、50%、60%に調整して、ガラス製の基板表面に蒸着を行なった。その際のCH3NH3Iの蒸発速度の推移を図3に示す。CH3NH3Iの蒸発速度は、デューティ比の調整幅が10%と大幅であったため調整に伴う変動が見られたが、蒸発速度を所定範囲内に調整可能であることが分かった。また、デューティ比の調整幅を細かくすることによって、蒸発速度の調整性、制御性がより高まるものと予想される。
蒸着後、PbI2ターゲットを観察したが、CH3NH3Iの回り込みによるPbI2ターゲットの汚染は全く観察されなかった。
【0027】
(実施例3)<蒸発速度の測定に基づくデューティ比の調整例2>
蒸着用真空チャンバー内に、ターゲットとしてPbI2及びCH3NH3Iを設置するとともに、該PbI2と該CH3NH3Iの蒸発速度を測定するための水晶振動子膜厚計を設置し、PbI2に対しては波長808nmの連続レーザー光が、蒸気圧の高い材料であるCH3NH3Iに対しては波長808nmで10Hzに変調したパルス状のレーザー光が、PbI2とCH3NH3Iの蒸発速度と真空チャンバー内の真空度の観測中にそれぞれ照射されるようにしたレーザー蒸着装置を設定した。
真空チャンバー内の真空度を10-5Paとした後、まず、蒸気圧の高いCH3NH3I側のレーザーパルスの振幅をCH3NH3Iの蒸発速度が観測可能となるまで徐々に上げた。CH3NH3Iの蒸発速度が観測されると、レーザーのデューティ比を徐々に上げて該蒸発速度を目標値の0.5Å/sまで上昇させた。次に、PbI2側のレーザーのパワーを上げ、PbI2を蒸発させ、水晶振動子膜厚計で蒸発速度(PbI2とCH3NH3Iの合計の蒸発速度)を観測しながら共蒸着の際の目標値1.0Å/sまで上昇させた。CH3NH3I側のレーザーパルス振幅を17.9Wとし、デューティ比を36%に調整した。その後、PbI2側のレーザーパワーを0.7Wまで上昇させ共蒸着を開始した。蒸発速度を維持するため、膜厚計を観測しながらCH3NH3I側のレーザーパルスのデューティ比を36〜32%で調整した。共蒸着中は蒸着膜厚が目標膜厚(100nm)に到達するまで膜厚計を観察するとともに、CH3NH3Iの蒸発速度を推算しながらデューティ比を調整し、共蒸着の蒸発速度(1.0Å/s)を維持させた。
図4に共蒸着の蒸発速度(PbI2とCH3NH3Iの合計の蒸発速度)の時間推移グラフを、図5に完成した薄膜の写真を示す。共蒸着の蒸発速度は、終始1.0±0.1Å/sの範囲内に収まっていた。得られた膜は、いずれもXRD解析および紫外可視吸収スペクトル等から、結晶性が比較的良好な有機鉛ぺロブスカイト(CH3NH3PbI3)であることが確認された。また、CH3NH3Iの回り込みによるPbI2ターゲットの汚染は全く観察されなかった。
【0028】
(実施例4)<真空度の測定に基づくデューティ比の調整例>
実施例3と同様に設定されたレーザー蒸着装置を用い、真空チャンバー内の真空度を10-5Paとした後、PbI2側のレーザーのパワーを上げ、PbI2を蒸発させ、水晶振動子膜厚計でPbI2の蒸発速度を観測しながら目標値(0.3Å/s)まで速度を上昇させた。一方、蒸気圧の高いCH3NH3Iを蒸発させるレーザーについては、真空チャンバーの真空度を観測しながら、まず、レーザーパルスの振幅を徐々に上げていき、真空度を目標値(1.0×10-3Pa、5.0×10-3Pa、8.0×10-3Paのいずれか)まで近づけた。真空度が目標値を超えた場合、CH3NH3I蒸発用レーザーのデューティ比を下げること等の操作によって真空度が目標値となるように前記デューティ比を調整した。次に、PbI2側のレーザーパワーを0.5Wまで上昇させ、その後、CH3NH3I側のレーザーパルス振幅を17.9Wとし、デューティ比を41%に調整し共蒸着を開始した。共蒸着中は蒸着膜厚が目標膜厚(100nm)に到達するまで真空計を観察しながら真空度が目標値の90〜110%の範囲内となるようにデューティ比を41〜39%の範囲内で調整した。その結果、共蒸着中、無機材料PbI2と有機材料CH3NH3Iの合計の蒸発速度は約0.6Å/sに維持された。
真空度の目標値が1.0×10-3Paとした際の蒸発速度の時間推移を図6に示す。また、真空度の目標値をそれぞれ1.0×10-3Pa、5.0×10-3Pa、8.0×10-3Paとしたときに得られた膜の写真を図7(a)、(b)、(c)に示す。得られた膜は、いずれもXRD解析および紫外可視吸収スペクトル等から、結晶性が比較的良好な有機鉛ぺロブスカイト(CH3NH3PbI3)であることが確認された。(特に、5.0×10-3Paとしたときに得られた薄膜の膜質が良好であった。)また、CH3NH3Iの回り込みによるPbI2ターゲットの汚染は全く観察されなかった。
【0029】
実施例3のように、測定した蒸発速度に基づいてデューティ比を調整する方法と、実施例4のように、測定した真空チャンバー内の真空度に基づいてデューティ比を調整する方法のどちらの方法でも有機鉛ペロブスカイト膜の成膜は可能であるが、測定した真空チャンバー内の真空度に基づいてデューティ比を調整する方法の方が均一性の高いペロブスカイト膜を得ることができ、高い光電変換性能が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明のレーザー蒸着方法やレーザー蒸着装置によれば、有機材料のガス化による汚染や成膜速度の暴走等の問題を防止しながら、各種有機材料の蒸着膜を効果的かつ安定的に成膜することができるので、有機材料のみの薄膜の蒸着だけでなく、太陽電池用やEL素子用等の有機無機複合ペロブスカイトを初めとした各種の有機無機複合体の共蒸着にも応用することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7