【文献】
TOVAR, R., et al.,Phase Diagram, Lattice Parameter, and Optical Energy Gap Values for the Zn2x(AgIn)1-xTe2 Alloys,physica status solidi,1989年,Vol.111, No.2,PP.405-410,ISSN:0031-8965, DOI:10.1002/pssa.2211110202
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
(本実施形態に至った経緯)
量子ドットの発光ピークをシフトさせる手法として、他の元素をドープする、または他の元素の化合物との固溶体を形成する方法があることは既に知られている。本発明者らはテルル化合物ナノ粒子についても同様の手法で発光ピークを短波長側にシフトさせることを試み、具体的には、AgInTe
2とZnTeとの固溶体を形成して、AgInTe
2の近赤外域の発光ピークをシフトさせることを試みた。しかしながら、特願2014−68504にて提案した、Ag塩とIn塩とを加えたチオール溶液にTe前駆体を加えて加熱する方法でテルル化合物ナノ粒子を製造する方法において、さらにZn塩を加えて固溶体を形成しようとしても、得られるテルル化合物において、Znが仕込み比どおりの割合で含まれず、そのため、得られるテルル化合物を発光させても、Znを導入したことによる発光ピークのシフトが十分に観察されなかった。
【0012】
そこで、本発明者らは、Znを仕込み比どおりにテルル化合物に導入できるように、テルル化合物の製造条件を種々検討したところ、炭化水素系チオールに対する、Ag塩およびIn塩の物質量(モル)の比を、特願2014−68504において採用している比よりも高くすると、Znを仕込み比に比較的近い比でテルル化合物に導入できることを見出し、本実施形態に至った。以下、本実施形態に係るテルル化合物ナノ粒子の製造方法を説明する。
【0013】
(テルル化合物ナノ粒子の製造方法)
本実施形態の製造方法は、
(a)トリアルキルホスフィンにTe粉末を加えた混合液を200〜250℃で熱処理して、Te−ホスフィン錯体を含む透明な溶液を得ること、
(b)炭化水素系チオールに、M
1の塩と、M
2の塩と、M
3の塩と、を加えて溶液を得ること、
(c)前記(a)で得た溶液を、前記(b)で得た溶液に加えて混合溶液を得た後、180〜280℃に加熱すること
を含む。
【0014】
工程(a)において、トリアルキルホスフィンにTe粉末を加えた混合液を200〜250℃で熱処理して透明な溶液を調製するのは、その後の反応をスムーズに進行させるためである。すなわち、工程(b)において、Te粉末をそのまま用いると、Te粉末が溶媒中に不均一に存在するため、Te粉末が、M
1の塩、M
2の塩およびM
3の塩と反応しにくい。一方で、工程(a)で調製した透明な溶液を用いると、透明な溶液中に均一に存在するTe−ホスフィン錯体が、M
1の塩、M
2の塩およびM
3の塩と反応しやすくなる。工程(a)で使用するトリアルキルホスフィンのアルキル基は3つとも同じであってもよく、2つが同じで1つが異なっていてよく、3つとも異なっていてよいが、3つとも同じであることが好ましい。アルキル基は特に限定されないが、例えば、炭素数4〜20の炭化水素基が好ましく、例えば、n−ブチル基、イソブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基、n−オクチル基、n−デシル基、n−ドデシル基、n−ヘキサデシル基、n−オクタデシル基等の飽和脂肪族炭化水素基が好ましい。
【0015】
工程(b)で使用する、炭化水素系チオールは、その炭化水素部位が好ましくは炭素数4〜20であるものである。炭化水素部位としては、例えば、n−ブタン、イソブタン、n−ペンタン、n−オクタン、n−デカン、n−ドデカン、n−ヘキサデカン、n−オクタデカン等の分岐を有していてもよい飽和脂肪族炭化水素;シクロペンタン、シクロヘキサン等の脂環式炭化水素;ベンゼン、ナフタレン等の芳香族炭化水素が挙げられ、このうち飽和脂肪族炭化水素が好ましい。炭化水素系チオールは、得られるテルル化合物ナノ粒子において表面修飾剤として機能する。テルル化合物ナノ粒子の表面には、炭化水素系チオールの硫黄が配位結合していると考えられる。
【0016】
工程(b)で使用する、M
1は、Cu、Ag、Auから選ばれる少なくとも一種の元素であり、好ましくはAg、またはCuであり、特に好ましくはAgである。M
1がAgであると、テルル化合物ナノ粒子の合成が容易となる。M
1として二以上の元素が含まれていてよい。M
2はB、Al、Ga、Inから選ばれる少なくとも一種の元素であり、好ましくはIn、またはGaであり、特に好ましくはInである。Inは副生成物を生じにくいことから好ましい。M
2として二以上の元素が含まれていてよい。M
3はZn、Cd、Hgから選ばれる少なくとも一種の元素であり、好ましくはZnである。M
3がZnであれば、テルル化合物ナノ粒子を低毒性の組成のものとして提供できる。M
3として二以上の元素が含まれていてよい。
【0017】
M
1、M
2およびM
3の組み合わせは特に限定されない。M
1、M
2およびM
3の組み合わせ(M
1/M
2/M
3)は、好ましくはCu/In/ZnおよびAg/In/Znである。
【0018】
M
1の塩、M
2の塩およびM
3の塩の種類は特に限定されず、例えば、酢酸塩、硝酸塩、硫酸塩、塩酸塩、またはリン酸塩であってよい。炭化水素系チオールは、M
1の塩、M
2の塩およびM
3の塩と反応して、チオレート錯体を与えると推察される。このチオレート錯体とTeのホスフィン錯体とが反応して、目的とするM
1M
2Te
2とM
3Teとの固溶体が生成すると推察される。炭化水素系チオールの代わりに炭化水素系アミンを用いた場合には目的物が得られない。これは、炭化水素系アミンがM
1の塩、M
2の塩およびM
3の塩と反応してアミン錯体を形成するところ、アミン錯体の反応性が高すぎて、M
12Te等として沈殿を形成するためであると考えられる。
【0019】
工程(b)においては、炭化水素系チオールの物質量(モル)対する、M
1の塩の物質量およびM
2の塩の物質量(モル)の比がそれぞれ9.0×10
−3〜6.0×10
−2の範囲内にあるように、溶液を調製する。炭化水素系チオールの物質量に対する、M
1の塩の物質量およびM
2の塩の物質量の比を上記の範囲内とすることによって、得られるテルル化合物ナノ粒子において、M
3の割合を、仕込み比に近いものとすることができる。また、炭化水素系チオールの物質量対する、M
1の塩の物質量およびM
2の塩の物質量の比を上記の範囲内とすることによって、ロッド状の形状で、短軸の平均長さ5.5nm以下である、比較的小さなテルル化合物ナノ粒子を得ることができる。
【0020】
この比が小さすぎる場合には、M
3を仕込み比どおりにテルル化合物ナノ粒子に導入することが難しくなる。また、この比が小さすぎる場合には、ナノ粒子の短軸の平均長さが5.5nmを超えやすい。一方、この比が大きすぎる場合には、ナノ粒子の結晶性が低下しやすい。また、この比が大きすぎる場合には、ロッド状のナノ粒子に加えて、比較的大きな球形のナノ粒子が合成されやすい。大きな球形のナノ粒子が多く混在していると、ナノ粒子の集合体からは、ロッド状のナノ粒子からの光と球形のナノ粒子からの光とが合成された光が得られ、そのような合成光は発光スペクトルにおいてブロードなピークとして観察される。炭化水素系チオールの物質量(モル)に対する、M
1の塩の物質量およびM
2の塩の物質量(モル)の比はそれぞれ、好ましくは1.2×10
−2〜3.0×10
−2である。
【0021】
本実施形態では、M
1の塩、M
2の塩、M
3の塩、およびTe−ホスフィン錯体の量は一般式(M
1M
2)
xM
32(1−x)Te
2で表されるテルル化合物を与えるように、またはそのようなテルル化合物を与えることが可能となるように、選択される。具体的には、後述する工程(c)で得られる混合溶液において、M
1:M
2:M
3:Te(原子数比)がx:x:2(1−x):2となるように、工程(c)において、各元素の塩およびTe−ホスフィン錯体の量が選択される。ここで、Teを基準(すなわち、2)として、各元素の比を有効数字の桁数を一桁として表したときにx:x:2(1−x):2が満たされれば、M
1:M
2:M
3:Te(原子数比)はx:x:2(1−x):2であるとする。
【0022】
したがって、工程(b)において、M
3の塩の物質量(モル)は、得られるテルル化合物に導入すべきM
3の割合に応じて決定される。例えば、M
3の塩の物質量(モル)は、すべての塩およびTe−ホスフィン錯体が反応したときに上記一般式においてxが0より大きく1未満である化合物を与えるように、またはそのような化合物を得ることを目的として選択してよい。上記一般式において、xが例えば0.1以上であるテルル化合物を得るために、工程(b)で得られる溶液において、M
1の塩の物質量(モル)に対する、M
3の塩の物質量(モル)の比は、18以下としてよい。xが例えば0.2以上であるテルル化合物を得るためには、M
1の塩の物質量(モル)に対する、M
3の塩の物質量(モル)の比は、8以下としてよい。また、xを1未満とするために、M
1の塩の物質量(モル)に対する、M
3の塩の物質量(モル)の比は0よりも大きくする。特に、xが0.8以下であるテルル化合物を得るために、M
1の塩の物質量(モル)に対する、M
3の塩の物質量(モル)の比は0.5以上としてよい。
【0023】
なお、M
1の塩、M
2の塩、M
3の塩、およびTe−ホスフィン錯体の量を、化学量論組成のテルル化合物に対応した割合となるように選択しても、得られるテルル化合物は必ずしも化学量論組成のものとはならない。例えば、得られるテルル化合物において、M
2は、一般式(M
1M
2)
xM
32(1−x)Te
2で表される化学量論組成のテルル化合物における、M
1、M
2、M
3およびTeを合わせた原子数に対するM
2の割合(理論値、原子%)よりも多い割合で含まれる傾向にあり、M
1は理論値より小さい割合で含まれる傾向にある。
【0024】
続いて、工程(c)において、工程(a)で得た溶液を、工程(b)で得た溶液に加えて混合溶液を得た後、この混合溶液を180℃〜280℃で加熱し、目的とするテルル化合物ナノ粒子を得る。上記のとおり、混合溶液を調製するに際しては、混合溶液において、M
1:M
2:M
3:Te(原子数比)がx:x:2(1−x):2となるように、工程(a)および(b)で得た溶液の量をそれぞれ選択する。
【0025】
反応温度が低すぎると、目的とするテルル化合物が生成しにくく、反応温度が高くても、得られるテルル化合物の光学特性が向上しないため、反応温度は上記範囲とすることが好ましい。反応温度とテルル化合物の結晶構造との間には相関関係があり、低温領域(180℃〜220℃)では六方晶になりやすく、中温領域(220℃〜250℃)では正方晶と六方晶の混合物になりやすく、高温領域(250℃〜280℃)では正方晶になりやすい。結晶構造が六方晶であるテルル化合物ナノ粒子は、ロッド状の形状を取りやすく、また、その短軸の平均長さを5.5nm以下にしやすい。したがって、そのような形状および寸法のテルル化合物ナノ粒子を得ようとする場合、工程(c)の加熱温度は180℃〜220℃とすることが好ましい。
【0026】
工程(c)の後、例えば、以下のようにして目的とするテルル化合物ナノ粒子を反応混合液から回収することができる。工程(c)で加熱した混合液を放冷し、その混合液にアルコールを加えて沈殿させ、その沈殿を混合液から分離し、分離した沈殿に炭化水素系溶媒を加えた後、粗大粒子を除去することにより、テルル化合物ナノ粒子を含む溶液を得ることができる。アルコールとしては、メタノール、エタノール、n−プロパノール等の低級アルコールが好ましく用いられる。炭化水素系溶媒としては、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素溶媒を用いてもよいし、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン等の脂肪族炭化水素溶媒を用いてもよい。
【0027】
以上の方法で製造されるテルル化合物においては、M
1、M
2、M
3およびTeを合わせた原子数に対するM
3の原子数の割合が、前記(c)で得られる混合溶液における、M
1、M
2、M
3およびTeを合わせた原子数に対するM
3の原子数の割合の80%以上となる。すなわち、得られるテルル化合物において、M
1、M
2、M
3およびTeを合わせた原子数に対するM
3の原子数の割合が仕込み比に近く、化学量論組成の一般式(M
1M
2)
xM
32(1−x)Te
2で表される固溶体に占めるM
3の割合に近いものとなる。そのようなテルル化合物は、M
3の種類および割合に応じて、M
3を含まないテルル化合物のそれよりも、発光ピークが短波長側にシフトした発光を与える。
【0028】
本実施形態の一変形例において、M
2の塩の一部を他の金属元素の塩で置き換えて、一般式(M
1M
2)
xM
32(1−x)Te
2において、M
2の一部が当該他の金属元素により置換されたテルル化合物を製造してよい。他の金属元素は+3価の金属イオンになるものであってよく、具体的には、Cr、Fe、Al、Y、Sc、La、V、Mn、Co、Ni、Ga、In、Rh、Ru、Mo、Nb、W、Bi、AsおよびSbから選択される一または複数の元素であってよい。その置換量は、得られるテルル化合物において、M
2と置換元素とを合わせた原子の数を100%としたときに、10%以下であることが好ましい。
【0029】
本実施形態の一変形例において、M
3の塩の一部を他の金属元素の塩で置き換えて、一般式(M
1M
2)
xM
32(1−x)Te
2において、M
3の一部が当該他の金属元素により置換されたテルル化合物を製造してよい。他の金属元素は+2価の金属イオンになるものであってよく、具体的には、Co、Ni、Pd、Sr、Ba、Fe、Cr、Mn、Cu、Cd、Rh、W、Ru、Pb、Sn、MgおよびCaから選択される一または複数の元素であってよい。その置換量は、得られるテルル化合物において、M
3と置換元素とを合わせた原子の数を100%としたときに、10%以下であることが好ましい。
【0030】
本実施形態の一変形例において、 Te粉末の一部を、S粉末およびSe粉末から選ばれる少なくとも一種の元素に置き換えて、一般式(M
1M
2)
xM
32(1−x)Te
2において、Teの一部がSおよびSeから選ばれる少なくとも一種の元素により置換されたテルル化合物を製造してよい。その置換量は、得られるテルル化合物において、Teと置換元素とを合わせた原子の数を100%としたときに、50%以下であることが好ましい。
【0031】
(テルル化合物ナノ粒子)
実施形態に係る製造方法により製造されるテルル化合物ナノ粒子を説明する。
テルル化合物ナノ粒子の結晶構造は、六方晶である。六方晶のテルル化合物ナノ粒子は、ロッド状の形状をとりやすい。なお、六方晶はウルツ鉱型、正方晶はカルコパイライト型である。
【0032】
テルル化合物ナノ粒子は、ロッド状の形状を有し、その短軸の平均長さが5.5nm以下であるものとして得ることもできる。そのような形状および寸法を有するテルル化合物ナノ粒子は、比較的半値幅の狭い発光ピークを有する蛍光を与え得る。短軸の平均長さが5.5nmを超えると、発光ピークがブロードとなる傾向にある。短軸の平均長さは、3nm以下であってもよい。好ましくは、テルル化合物ナノ粒子の集合体において、すべてのテルル化合物ナノ粒子の短軸が5.5nm以下である。
【0033】
ここで「ロッド状」の形状のナノ粒子は、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて撮影されたTEM像において、長方形状(断面は、円、楕円、または多角形状を有する)、楕円形状、または多角形状(例えば鉛筆のような形状)等として観察される。本明細書においては、TEM像で観察して求められる、短軸の長さに対する長軸の長さの比が1.2より大きいものを「ロッド状」の形状を有するものとする。ここで、長軸の長さは、楕円形状の場合には、粒子の外周の任意の二点を結ぶ線分のうち、最も長いものを指し、長方形状または多角形状の場合、外周を規定する辺の中で最も長い辺に平行であり、かつ粒子の外周の任意の二点を結ぶ線分のうち、最も長いものを指す。短軸の長さは、外周の任意の二点を結ぶ線分のうち、前記長軸の長さを規定する線分に直交し、かつ最も長さの長い線分を指す。
【0034】
短軸の平均長さは、50000倍〜150000倍のTEM像で観察される、すべての計測可能なロッド状の形状のナノ粒子について短軸の長さを測定し、それらの短軸の長さの算術平均とする。ここで「計測可能な」粒子は、TEM像において粒子全体が観察できるものである。したがって、TEM像において、その一部が撮像範囲に含まれておらず、「切れて」いるような粒子は計測可能なものではない。
一つのTEM像に含まれるロッド状の形状のナノ粒子が合計100点以上である場合には、一つのTEM像を用いて短軸の平均長さを求める。一つのTEM像に含まれるナノ粒子の数が少ない場合には、撮像場所を変更してTEM像をさらに得、二つ以上のTEM像に含まれる100点以上の粒子について短軸の長さを測定する。
【0035】
テルル化合物ナノ粒子において、粒子の短軸の平均長さに対する長軸の平均長さの比(A)は、例えば1.2<A≦20の範囲内にあり、特に1.5≦A≦20の範囲内にあり、より特には2≦A≦5の範囲内にある。そのような長軸の平均長さ/短軸の平均長さの比を有するテルル化合物ナノ粒子は、比較的半値幅の小さい発光ピークを有する蛍光を与えやすい。なお、長軸の平均長さは、短軸の平均長さを求める場合と同様、TEM像にて観察される合計100点以上のナノ粒子について測定した長軸の長さの算術平均とする。
【0036】
テルル化合物ナノ粒子が発する蛍光は、好ましくは、テルル化合物ナノ粒子が与える発光スペクトルにおいて、半値幅が150nm以下として観察される。テルル化合物ナノ粒子の発光スペクトルは、350nm〜1100nmの範囲から選択される波長の光を照射したときに得られる。ただし、テルル化合物を励起可能な波長は、その吸収スペクトルの立ち上がり点よりも短い波長である。
【0037】
テルル化合物ナノ粒子が発する蛍光のピークは、テルル化合物におけるM
1、M
2、M
3およびTeを合わせた原子数に対するM
3の割合に応じて、650nm〜1000nmの範囲内に現れる。例えば、工程(c)で得られる混合溶液におけるAg:In:Zn:Teの原子数の比(仕込み比)を、0.25:0.25:1.5:2として製造したテルル化合物ナノ粒子においては、約816nmにてピークが観察される。工程(c)で得られる混合溶液におけるAg:In:Zn:Teの原子数の比を、0.75:0.75:0.5:2として製造したテルル化合物ナノ粒子においては、約960nmにてピークが観察される。
【0038】
あるいは、テルル化合物ナノ粒子が発する蛍光のピークの位置は、テルル化合物ナノ粒子の形状および/または寸法、特に寸法を変化させることによっても変化させることができる。例えば、テルル化合物ナノ粒子の短軸の平均長さをより小さくすれば、量子サイズ効果により、バンドギャップエネルギーがより大きくなり、蛍光のピーク波長を短波長側にシフトさせることができる。
【0039】
テルル化合物ナノ粒子の吸収スペクトルは、250nm〜1400nmの範囲から選択される波長の光を照射したときに得られる。テルル化合物ナノ粒子は、その吸収スペクトルがエキシトンピークを示すものであることが好ましい。エキシトンピークは、励起子生成により得られるピークであり、これが吸収スペクトルにおいて発現しているということは、短軸の長さの分布が小さく、結晶欠陥の少ない粒子であることを意味する。エキシトンピークが急峻になるほど、短軸の長さがそろった結晶欠陥の少ない粒子が半導体ナノ粒子の集合体により多く含まれていることを意味し、したがって、発光の半値幅は狭くなり、発光効率が向上すると予想される。テルル化合物ナノ粒子の吸収スペクトルにおいて、エキシトンピークは、例えば、350nm〜1000nmの範囲内で観察される。
【0040】
テルル化合物ナノ粒子は、その表面が炭化水素系チオールで修飾された形態のものとして得られる。炭化水素系チオールで修飾されることによって、有機溶媒中での粒子分散安定性が良好になる。
【0041】
(テルル化合物複合ナノ粒子)
テルル化合物ナノ粒子は、被覆層で覆われたテルル化合物複合ナノ粒子であっても良い。テルル化合物複合ナノ粒子は、テルル化合物ナノ粒子の表面に、一般式C’Z’(式中、C’はZnおよびCdからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素であり、Z’は、S、SeおよびTeからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素である)で表される被覆層が一または複数設けられた構造を有している。この複合ナノ粒子はいわゆるコアシェル構造の粒子である。コアシェル構造の粒子は凝集したとしても、コアとコアはシェルにより隔てられて、コア自体が凝集することはなく、したがって、コアをなすテルル化合物ナノ粒子はその機能(例えば波長変換機能)を十分に発揮できる。
また、コアシェル構造のナノ粒子においては被覆層により表面欠陥サイトが除去されるため、発光強度がより大きくなる傾向にある。
【0042】
(用途)
前記テルル化合物ナノ粒子またはテルル化合物複合ナノ粒子は、LEDチップと組み合わせて発光デバイスを構成することができる。あるいは、前記テルル化合物ナノ粒子またはテルル化合物複合ナノ粒子は生体分子マーカーとして用いることもできる。
【実施例】
【0043】
(1)Te前駆体の合成
10.7mmolのTe粉末をフラスコに加え、内部を窒素雰囲気とした後、窒素雰囲気下で保管しておいたn−トリオクチルホスフィン30cm
3を加えた。一度フラスコ内を減圧し、撹拌しながらマントルヒーターで加熱した。混合液の温度が80℃となったところで、フラスコ内に再び窒素を充填し、毎時100℃の速度で220℃になるまで昇温させた。加熱開始から3時間経過したところで、溶液がオレンジ色の透明な溶液となった。その後室温まで放冷すると、溶液は黄色に変化した。得られた前駆体溶液は実験に使用するまで窒素雰囲気下で保管した。
【0044】
(2)テルル化合物ナノ粒子の合成
酢酸銀(AgOAc)、酢酸インジウム(In(OAc)
3)をそれぞれ0.15mmolずつ、および酢酸亜鉛(Zn(OAc)
3)を0.9mmol、試験管に量り取り、これに1−ドデカンチオール3.0cm
3(12.5mmol相当)を加えた混合液を作製した。試験管内部を減圧後、窒素充填した。先に作製したTe前駆体溶液3.36cm
3(1.2mmol相当)を撹拌しながら加え、180℃にて180分間加熱した後、室温まで放冷して、Ag、In、ZnおよびTeからなる、テルル化合物ナノ粒子の懸濁液を得た。この懸濁液を4000rpmで5分間、遠心分離に付し、メンブレンフィルターでろ過して、上澄み液を回収した。エタノール4cm
3を加えて、4000rpmで5分間、遠心分離を行い、洗浄した。さらに洗浄を行ってから、沈殿を回収し、その沈殿にオクタンを加えて分散させ、4000rpmで5分間、遠心分離をすることで粗大な粒子などを取り除き、テルル化合物ナノ粒子を含む溶液を得た。
【0045】
本実施例において、酢酸銀/1−ドデカンチオールのモル比、酢酸インジウム/1−ドデカンチオールのモル比はいずれも、1.2×10
−2であった。
本実施例において、仕込み比は、(AgIn)
xZn
2(1−x)Te
2で表され、x=0.25であるテルル化合物ナノ粒子を得ることを目的として選択された。
【0046】
(実施例2)
酢酸亜鉛の量を0.3mmolとし、Te前駆体溶液の量を1.68cm
3(0.6mmol相当)としたこと以外は、実施例1と同様にしてテルル化合物ナノ粒子を含む溶液を得た。
本実施例において、仕込み比は、(AgIn)
xZn
2(1−x)Te
2で表され、x=0.5であるテルル化合物ナノ粒子を得ることを目的として選択された。
【0047】
(実施例3)
酢酸亜鉛の量を0.1mmolとし、Te前駆体溶液の量を1.12cm
3(0.4mmol相当)としたこと以外は、実施例1と同様にしてテルル化合物ナノ粒子を含む溶液を得た。
本実施例において、仕込み比は、(AgIn)
xZn
2(1−x)Te
2で表され、x=0.75であるテルル化合物ナノ粒子を得ることを目的として選択された。
【0048】
(参考例1)
酢酸亜鉛を加えなかったこと、およびTe前駆体溶液の量を0.84cm
3(0.3mmol相当)としたことを除いては、実施例1と同様にしてテルル化合物ナノ粒子を含む溶液を得た。
本実施例において、仕込み比は、AgInTe
2で表されるテルル化合物ナノ粒子を得ることを目的として選択された。
【0049】
(比較例1〜3、参考例2)
酢酸銀および酢酸インジウム、酢酸亜鉛の全量を0.150mmolとし、Te前駆体溶液の量も0.150mmol(0.42cm
3)としたうえで、酢酸銀、酢酸インジウムおよび酢酸亜鉛の配合比を下記のとおりとしたこと以外は、実施例1と同様にしてテルル化合物ナノ粒子を含む溶液を得た。
比較例1 Ag,In:0.019mmol, Zn:0.113mmol (x=0.25)
比較例2 Ag,In:0.037mmol, Zn:0.075mmol(x=0.5)
比較例3 Ag,In:0.056mmol, Zn:0.038mmol(x=0.75)
参考例2 Ag,In:0.075mmol(x=1)
【0050】
各比較例および参考例2において、仕込み比は、実施例1〜3および参考例1に対応して、(AgIn)
xZn
2(1−x)Te
2で表され、xがそれぞれ0.25、0.5、0.75、1であるテルル化合物ナノ粒子を得ることを目的として選択された。
比較例1〜3および参考例2において、酢酸銀/1−ドデカンチオールのモル比、酢酸インジウム/1−ドデカンチオールのモル比は、比較例1:1.5×10
−3、比較例2:3.0×10
−3、比較例3:4.5×10
−3、参考例2:6.0×10
−3であった。
【0051】
(結晶構造)
実施例1〜3および参考例1で得たテルル化合物ナノ粒子について、XRDパターンを測定し、ウルツ鉱型AgInTe
2およびウルツ鉱型ZnTe(いずれも六方晶系)と比較した。ウルツ鉱型AgInTe
2の回折パターンは報告されていないため、粉末X線結晶構造解析ソフト(RIETAN−FP)及び結晶構造描画ソフト(VESTA)を用いて、表1の結晶構造パラメータからシミュレーションを行った。測定したXRDパターンを
図5に示す。なお、XRDパターンは、リガク製の粉末X線回折装置(商品名 SmartLab)を用いて測定した。
参考例1はZnを含まないため、ウルツ鉱型AgInTe
2のパターンと一致した。酢酸亜鉛の添加量が増えるにしたがって(すなわち、実施例3、2、1の順で)ピークがZnTeのパターンに近づくように高角側へシフトしていた。
【0052】
【表1】
【0053】
(組成分析)
EDX(堀場製作所製、商品名 EMAX Energy EX−250)を用いて、すべての実施例および参考例の組成を分析し、M
1、M
2、M
3およびTeを合わせた原子数に対する各元素の割合を求めた。結果を表2に示す。あわせて、各元素の割合の、化学量論組成のテルル化合物ナノ粒子における各元素の原子数の割合からの「ずれ」を示すグラフを
図1(実施例1〜3、参考例1)および
図2(比較例1〜3、参考例2)として示す。実施例1ないし3のテルル化合物ナノ粒子において、Znの理論値からのずれは、比較例1ないし3のそれと比較して小さかった。また、実施例1ないし3のいずれについても、テルル化合物におけるZnの原子数の割合は理論値の割合の80%以上であった。ここで、理論値は、仕込み比どおりの組成を有するテルル化合物ナノ粒子、すなわち、化学量論組成のテルル化合物ナノ粒子が得られたと仮定したときに、M
1、M
2、M
3およびTeを合わせた原子数に対するZnの原子数の割合である。
【0054】
【表2】
【0055】
(吸収スペクトルおよび発光スペクトル)
実施例1〜3および参考例1で得たテルル化合物ナノ粒子をオクタンに分散させて、吸収および発光スペクトルを測定した。吸収スペクトルは、日本分光製の紫外可視分光光度計(商品名 V670)を用いて、波長を450nm〜1400nm として測定した。発光スペクトルは、実施例1および2については、堀場製作所製の蛍光分光光度計(商品名 Fluoromax-4)を用い、励起波長を600nmとして、実施例3および参考例1については、堀場製作所製の近赤外高速蛍光分光光度計(商品名 Nanolog)を用いて、励起波長を700nmとして測定した。その結果を
図3ないし
図4に示す。
図3において、各例の吸収スペクトルの吸光度は規格化されたものであり、点線で示す位置がグラウンド(吸光度ゼロ)に相当する。
【0056】
各例の吸収スペクトルにおいては、それぞれ716nm付近(実施例1)、785nm付近(実施例2)、919nm付近(実施例3)、および958nm付近(参考例1)にて明らかにエキシトンピークが観察された。また、各例の発光スペクトルにおいては、それぞれ816nm付近(実施例1)、960nm付近(実施例3)および1036nm付近(参考例1)に発光ピークが観察された。
なお、実施例1および2の発光スペクトルの測定に用いた分光光度計は、測定可能な波長の上限が850nmであったため、これらの実施例については、850nmまでのスペクトルを示している。そのために、実施例2については、正確な発光ピークを求めることができなかった。
【0057】
比較例1〜3についても同様に発光スペクトルを測定したが、いずれも発光ピークの短波長側へのシフトの度合いは、対応する実施例よりも小さかった。すなわち、(AgIn)
xZn
2(1−x)Te
2で表され、x=0.25であるテルル化合物ナノ粒子を得ることを目的として仕込み比を選択した比較例1は、同様に仕込み比を選択した実施例1と比較して、発光ピークのシフトは小さかった。実施例2と比較例2との比較、および実施例3と比較例3との比較も、同様の結果を示した。これは、比較例において、M
1、M
2、M
3およびTeを合わせた原子数に対するZnの割合が、化学量論組成のテルル化合物におけるM
1、M
2、M
3およびTeを合わせた原子数に対するZnの割合(理論値)よりも小さいことによると考えられた。
【0058】
(粒子の形状および寸法)
実施例1、2および比較例1で得たテルル化合物ナノ粒子の形状を、透過型電子顕微鏡(TEM、日立ハイテクノロジーズ、H−7650)を用いて観察するとともに、その寸法を68000倍のTEM像から測定した。ここでは、TEMグリッドとして、市販のエラスティックカーボン支持膜付き銅グリッド(応研商事)を用いた。短軸の平均長さ、および長軸の平均長さは、以下の方法に従って測定した。
1)TEM像に含まれているナノ粒子のうち、計測可能なものをすべて、すなわち、画像の端において粒子の像が切れているようなものを除くすべての粒子について、短軸の長さおよび長軸の長さを測定した。
2)短軸の長さに対する長軸の長さが1.2より大きい粒子(=ロッド状の形状の粒子)をすべて選択し、それらの粒子の短軸の長さおよび長軸の長さの算術平均を求め、それぞれ短軸の平均長さおよび長軸の平均長さとした。
3)一つのTEM像に含まれるロッド状の形状の粒子が100点に満たない場合には、別のTEM像を測定した。次にそのTEM像に含まれる粒子について上記1)および2)の方法で、短軸の長さ、長軸の長さを測定し、ロッド状の形状の粒子を選択し、算術平均を100点以上の粒子から求めるようにした。結果を表3に示す。
【0059】
【表3】