【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は鋭意検討を行い、まず、白金系材料の伸線加工において断線や加工精度低下が生じる要因について、その詳細を検討した。本発明者等は、白金系材料の細線化が困難な理由は、その機械的強度・加工抵抗の高低とは別にあると考察した。本発明者等の検討によれば、白金以上に機械的強度の高い材料の加工において、白金系材料よりもダイスの磨耗が低いことが有ることが確認されたことによる。ここで本発明者等は、白金系材料特有の作用として、その構成元素である白金の触媒的作用に着目した。白金は、古くから各種触媒の活性源(触媒金属)として使用されており、高い触媒活性を発揮する金属であることが知られている。本発明者等は、白金系材料の伸線加工においては、加工時の熱(摩擦熱)の下、白金の触媒的作用によりダイスの構成材料であるダイヤモンド等の炭素が炭化するという現象が生じていると考察した。この炭化によりダイスの磨耗が加速し、加工精度の悪化や断線が生じ易い状態となる。
【0010】
白金系材料の伸線加工における問題が、その触媒的作用によるダイスの炭化にあると考えるとき、それを抑制するための指針としては、ダイスと素線(白金系材料)との接触を回避するようにすることが有用である。本発明者等は、以上の考察を基に検討を行い、白金系材料の伸線加工において、素線に他の金属をコーティングすることで、ダイスの磨耗を抑制しつつ細線化が可能であると考察した。
【0011】
そして、本発明者等は、素線にコーティングする他の金属として、金(Au)が最適であると考えた。その理由の詳細は後述するが、素線に他の金属をコーティングして伸線加工したとき、製造される細線を当該金属が被覆することになる。この点、金は、導電性、生体適合性が良好な金属である。よって、金であれば、細線を覆っていても、細線を構成する白金系材料の電気特性や生体適合性等への影響を最小限にすることができる。尚、本発明において金とは、金及び金合金も含むものである。
【0012】
もっとも、金が細線に与える影響が少ないと仮定できるとしても、被覆量(被覆率)等の条件による被覆状態によっては白金系材料としての特性が損なわれる可能性がある。そこで本発明者等は、白金系材料の素線に金をコーティングすることによる断線抑制の効果を確認しながら、加工後の細線における金の被覆率について精査することとした。そして、鋭意検討の結果、好適な白金系材料からなる金属細線として、所定量以上の被覆率で金が被覆されたものが好適であるとして本発明に想到した。
【0013】
即ち、本発明は、線径10μm以上100μm以下の白金又は白金合金からなる白金系材料の細線において、前記細線に金又は金合金が被覆されており、前記金又は金合金の被覆率が面積基準で40%以上であることを特徴とする細線である。
【0014】
本発明は、線径10μm以上100μm以下の白金系材料からなる細線に関する。ここで、白金系材料とは、白金(純白金(純度99.95質量%以上))と白金合金である。白金合金は、白金と少なくとも1種の添加元素とからなる合金であり、例えば、白金と、ロジウム、パラジウム、イリジウム、タングステン、ニッケルとの合金が挙げられる(白金含有量:20〜95質量%)。また、白金合金としては、いわゆる強化白金と称される合金も含まれる。強化白金とは、白金又は白金合金に金属酸化物が分散する分散強化型の合金である。強化白金の好ましい分散粒子は、酸化ジルコニウムや酸化イットリウム等の高融点バルブ金属酸化物、酸化サマリウムなどの希土類金属酸化物等である。分散粒子は、1μm未満、特に数十nm程度の粒径のものが好ましく、その分散量を数質量%以下とするものが好ましい。上記で述べた各種の白金系材料について、白金の含有量は特に制限されない。
【0015】
また、本発明は線径10μm以上100μm以下の細線を対象とする。100μmを超える線材は、本願に係る方法を適用することなく製造可能であり、その特性にも問題が生じ難いからである。また、線径10μm未満の線材は、本発明に係る方法を適用しても加工が困難な場合がある。
【0016】
本発明は、伸線加工工程を経て、線径10μm以上100μm以下となった線材に関するものである。伸線加工による線材は、その長手方向断面の材料組織において繊維状の金属組織を呈する。具体的には、長手方向断面の材料組織において、結晶粒の短径に対する直径の比であるアスペクト比(直径/短径)が10以上である結晶粒の面積比率が50%以上である細線である。
【0017】
そして、本発明に係る細線は、金の被覆率が面積率で40%以上となっている。金の被覆率は、細線の製造工程(伸線加工工程)において、被加工材である素線に対する金のコーティング量に左右される。金の被覆率が40%未満の細線では、その製造工程での金コーティングが不十分であった可能性がある。その場合、細線に明瞭な断線がない場合であっても、表面に微小な割れが存在している可能性がある。そこで、欠陥のない好適な細線を規定するため、被覆率を40%以上とした。一方、この被覆率の上限については、90%とするのが好ましい。過剰の被覆率には効果がないからである。この被覆率の上限は、金属細線の詳細な材質によって制御してもよい。具体的には、白金−タングステン合金、白金−イリジウム合金、白金−ニッケル合金等の上記した白金合金の細線においては、被覆率の上限を90%とすることが好ましい。一方、白金(純白金)に関しては、上限値として60%程度の被覆率にすることで十分な効果がある。
【0018】
本発明における金の「被覆」とは、幅を有する金属結晶で構成された膜状の金による状態に限られず、アモルファスや単原子の金が細線上に分散した状態も含まれる。
【0019】
本発明における金の被覆率は、細線表面における面積率で規定される。簡便でありながら比較的正確な面積率を測定する方法として、電気化学的測定方法がある。本発明の場合、素線の伸線加工を経て細線を被覆する金は、膜状になっているものの他、アモルファスや単原子に近似される状態にあることが想定される。そのため、電気化学的測定方法の適用が好適である。本発明で金の被覆率を規定するための電気化学的測定法として好ましいのは、サイクリックボルタンメトリーである。サイクリックボルタンメトリーでは、適宜の寸法に切断した細線を電極(作用極)として、電極電位を掃引したときの応答電流を測定する電気化学的測定法である。サイクリックボルタンメトリーにより測定される電位−電流曲線(サイクリックボルタモグラム)を解析し、電極(細線)の白金に起因するピークと、金に起因するピークの電気量から、それぞれの露出面積を算出することができる。それら露出面積から金の被覆率が産出される。
【0020】
本発明に係る金属細線は、適切な状態の金被覆により100μm以下の線径を有しながら、特異な特性を発揮し得る。本発明において、金被覆の状態と密接な関連を有する特性の一つとして、金属細線の断面形状が挙げられる。
【0021】
本発明の対象である白金系材料の伸線加工で使用されるダイスの構成材料である、ダイヤモンド等の炭素含有材料は、全体としては高硬度であるものの、特定の結晶方位を呈する部分で優先的に摩耗が生じる傾向がある。そのため、初期段階では円形であったダイス孔は、伸線加工の進展と共に局部的に摩耗して多角形に変化する。これにより加工された金属細線の断面も円形から多角形に変化する。
【0022】
本発明に係る金属細線は、後述するとおり、金を被覆した状態での伸線加工を経て製造され、この金がダイスの摩耗を抑制する。そのため、本発明に係る細線は、その断面形状の均質化が図られている。具体的には、金属細線の
任意の長手方向の位置における径方向断面
の円形度が0.90以上となっている。ここで円形度は、細線断面の面積(S)と周囲長(L)から、下記の式によって算出することができる。尚、本発明における円形度の上限は、現実的な問題から0.980が上限値となる。本発明に係る金属細線を円形度によって規定する場合、0.92以上となっているものがより好ましい。
【0023】
【数1】
【0024】
更に、本発明に係る金属細線における金被覆は、線材の電気的特性とも関連性を有する。この電気的特性として、TCR(抵抗温度係数)がある。TCRは、センサ類の電極やヒーターコイルへの適用が想定される線材において重要となる電気的特性である。本発明は、金の適切な被覆により、TCRの好適化が図られている。具体的には、本発明の細線のTCRをTCR
cとし、金被覆のない細線のTCRをTCR
ncとしたとき、TCR
cとTCR
ncとの差が±0.5%以内となる。上述のとおり、白金系材料からなる細線の電気的特性への金による影響は全くないというわけではない。本発明に係る細線は、好適な金の被覆状態に基づきTCR
cが金被覆のない細線のTCR
ncに近似している。
【0025】
TCR(ppm/℃)は、試験温度(T℃)における抵抗値(R)、及び基準温度(T
a℃)における抵抗値(R
a)の測定値に基づき、下記式により求めることができる。尚、本発明においては、基準温度(T
a℃)を0℃とし、試験温度(T℃)を100℃とするのが好ましい。
【0026】
【数2】
【0027】
また、TCR
ncは、金被覆のない白金系材料からなる細線のTCRである。金被覆のない細線とは、金以外の組成が本発明の細線の組成と同じであり、且つ、金を含まない白金系材料からなる細線である。このような金を含まない白金系材料細線について測定されるTCRをTCR
ncに適用する。このとき、本発明の金属細線と同じ線径の金属細線のTCRを測定しTCR
ncとするのが好ましく、同じ試験温度及び基準温度でTCR
ncを測定することが好ましい。
【0028】
また、金の被覆率(面積率)が上記範囲(40%以上90%以下)である本発明の細線は、金の量を質量基準で規定すると、200ppm以上1000ppm以下の金を含有する細線である。金属細線に含まれる上記被覆率の金は、その製造工程(伸線加工工程)で素線に施された金コーティングに由来する。後述のとおり、このときコーティングされる金は、質量基準で200ppm以上1000ppm以下であり、特段の処理なければ伸線加工後の細線に含有されるので、この数値となる。尚、本発明で細線に含有される金とは、広義に解釈され、細線内に含有された状態の金に限定されず、上述した被覆状態にある金も含まれる。
【0029】
また、本発明の細線においては、熱処理等による加熱を受けることで、金の一部又は全部が細線内部に拡散することがある。但し、そのような細線であっても、上述の被覆状態にある金を含み、電気化学的測定法(サイクリックボルタンメトリー)等による被覆率が上記範囲にあるものは本発明の範囲内となる。更に、熱処理を受けた細線であって、200ppm以上1000ppm以下の金を含有すると共に、上述した円形度及びTCRを具備する細線も本発明の範囲内となる。
【0030】
次に、本発明に係る白金系材料からなる細線の製造方法について説明する。本発明に係る細線は、伸線加工により製造される。この白金系材料の伸線加工方法の基本的な工程や加工条件は、従来の伸線加工方法に準じる。
【0031】
即ち、本発明に係る白金系材料の細線の製造方法は、白金系材料の素線を、炭素を含有するダイスに少なくとも1回通過させる伸線加工を行う工程を含み、伸線加工は、素線に、素線の質量に対して200ppm以上1000ppm以下の金又は金合金をコーティングした状態で、少なくとも1回前記ダイスに通過させることを特徴とする方法である。
【0032】
また、素線表面にコーティングする金又は金合金の量(200ppm以上1000ppm以下)は、膜厚換算すると40nm以上100nm以下に相当する。従って、本発明に係る白金系材料の細線の製造方法は、白金系材料の素線を、炭素を含有するダイスに少なくとも1回通過させる伸線加工を行う工程を含み、伸線加工は、素線に、膜厚相当で40nm以上100nm以下の金又は金合金をコーティングした状態で、少なくとも1回前記ダイスに通過させることを特徴とする方法でもある。
【0033】
上記本発明に係る白金系材料の細線の製造方法においては、白金系材料からなる素線の伸線加工を必須の工程とする。白金系材料の意義は、上記したとおりである。白金系材料からなる素線は、白金又は白金合金のインゴットを、鍛造、スエージング、圧延等の加工を任意に行って製造することができる。
【0034】
そして、本発明では、白金系材料からなる素線に対し、その表面に金をコーティングして伸線加工を行う。ダイスと素線との直接接触を阻止し、素線中の白金の触媒的作用によるダイスの炭化とそれによるダイスの磨耗を抑制するためである。コーティング材質として金を選択するのは、化学的に安定な金属であり伸線加工の過程で酸化・変質し難いからである。そして、細線に加工して表面に金が存在していても、白金系材料の電気特性や生体適合性等に対する影響が少ないからである。
【0035】
素線に対する金又は金合金のコーティング量は、素線の質量基準で200ppm以上1000ppmとする。200ppm未満では、素線とダイスとの接触防止を図るのに十分なコーティング量を満たすことができない。また、1000ppmを超えると、如何に線材の材料特性に悪影響の少ない金であっても、無視し難い影響が生じる可能性がある。また、1000ppmを超えても加工性が更に改善されるというわけではないことから、1000ppmを上限とした。
【0036】
この金又は金合金のコーティングは、膜厚相当で40nm以上100nm以下となる。膜厚相当とは、素線の表面を均一かつ全面的に被覆したときのコーティングの膜厚を意味する。この膜厚相当のコーティング厚さは、伸線加工時の素線の表面積(線径)とコーティングした金又は金合金の質量及び密度から算出することができる。本発明では、膜厚相当で40nm以上100nm以下とするが、この数値範囲の意義は、上記の質量基準のコーティング量と同じである。
【0037】
素線に金又は金合金をコーティングする方法としては、特に制限はない。素線に対して、微量の金を均一に制御しつつ成膜できる方法が好ましく、例えば、メッキ(電解メッキ、無電解メッキ)、スパッタリング、CVD、真空蒸着等の公知の薄膜形成方法が適用できる。
【0038】
尚、コーティングする金又は金合金について、金とは純度99%以上の純金である。金合金とは、金と銅、銀、白金、パラジウム、ニッケルの少なくともいずれかを合金化した金合金であって、金濃度60質量%以上99質量%以下の金合金である。但し、コーティングは純金の適用が特に好ましい。
【0039】
本発明では、以上のように金又は金合金がコーティングされた素線を少なくとも1回伸線加工して細線とする。この伸線加工における加工工具であるダイスは、炭素(C)を含有する材料からなる。炭素を含有するダイスとしては、セラミックダイス、超硬ダイス、ダイヤモンドダイスが広く一般的に使用されている。特に、0.5mm以下の細線を加工する領域では、成型性が良好で引き抜き抵抗が小さいといった点から、ダイヤモンドダイスが使用される。このダイヤモンドダイスについては、従来の伸線加工で使用されているものが適用できる。ダイヤモンドダイスは、素線と接触する加工面がダイヤモンドからなっていれば良く、ダイス全体がダイヤモンドである必要はない。また、ダイヤモンドとは、単結晶ダイヤモンド、焼結(多結晶)ダイヤモンドのいずれも含む。ダイスの孔径は、素線の径と目的とする減面率に応じて適宜に選択できる。
【0040】
伸線加工の加工温度は、50℃以下とするが好ましい。このとき、適宜に潤滑剤を素線及び/又はダイスに供給して加工しても良い。本願発明は、摩擦熱による高温環境下での白金の触媒的作用を抑制することを主題事項とする。潤滑剤は、冷却作用を有することから有用である。尚、潤滑剤は冷却作用を有するが、以下に潤滑剤の種類・供給量を調整しても、白金の触媒的作用を完全に抑制することはできないことが本発明者等によって確認されている。白金の触媒的作用の抑制は、素線の金コーティングによる白金とダイスとの接触回避が有効であって、潤滑剤はその補助に過ぎない。尚、潤滑剤としては、なたね油などの植物性油、界面活性剤を主とする水溶性油、エマルジョンにより潤滑性を得る水溶性油等が適用できる。
【0041】
本発明では、金又は金合金でコーティングした白金系材料からなる素線を、少なくとも1回、ダイスに通過させて伸線加工する。本発明においては、予め用意された素線に金又は金合金をコーティングして伸線加工しても良い。また、加工初期でコーティングのない白金系材料の素線を伸線加工し、得られた素線に中間工程として金又は金合金をコーティングし、その素線を伸線加工しても良い。素線の線径が比較的大きい場合において、後者のプロセスが採用することができる。尚、伸線加工が繰返しなされる場合、伸線加工の合間に、加工歪の除去のためのアニーリングを行っても良い。加工歪の除去のためのアニーリングは、大気中又は非酸化性雰囲気中で600以上1200℃以下での加熱処理が一般的である。
【0042】
但し、素線に金又は金合金をコーティングした後にアニーリングを行うと、素線上の金に凝集や昇華等の変化が生じる可能性がある。それらの変化により、製品としての細線の特性を変化させるおそれがある。また、金の凝集や昇華等により素線上に白金成分が露出し、白金の触媒的作用によるダイスの炭化が懸念される。
【0043】
従って、金又は金合金をコーティングした素線に対しては、アニーリングを回避しつつ加工することが好ましい。つまり、素線への金又は金合金のコーティングは、素線の線径がある程度小さくなった段階で行うのが好ましい。
【0044】
この金又は金合金のコーティングのタイミングとしては、具体的には、素線が線径300μm以上800μm以下の範囲内にあるときが好ましい。よって、本発明においては、予め前記範囲内の線径の素線を用意し、これに金又は金合金をコーティングして加工するのが好ましい。また、前記範囲を超える線径の素線に対しては、まず、適宜にアニーリングしつつ伸線加工を行い、線径300μm以上800μm以下になった段階で金又は金合金をコーティングして伸線加工するのが好ましい。
【0045】
上記工程によって製造される細線は、金が被覆された白金系材料からなる細線である。この金については、除去せずにそのままとすることができる。本発明は、細線加工を可能としつつ、製品として影響が生じ難い範囲の金をコーティングしているからである。尚、細線製造後に金を除去しても良い。その場合には、本発明に係る細線の範囲外にはなるが、白金系材料としての特性は十分に発揮できる。細線から金を除去する方法としては、研磨等の物理的手段の他、王水等の薬液による化学的手段が挙げられる。