特許第6596186号(P6596186)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6596186
(24)【登録日】2019年10月4日
(45)【発行日】2019年10月23日
(54)【発明の名称】白金系材料の細線及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B21C 1/00 20060101AFI20191010BHJP
   C22C 5/04 20060101ALI20191010BHJP
【FI】
   B21C1/00 B
   B21C1/00 C
   C22C5/04
【請求項の数】8
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2019-528940(P2019-528940)
(86)(22)【出願日】2019年1月17日
(86)【国際出願番号】JP2019001204
【審査請求日】2019年5月30日
(31)【優先権主張番号】特願2018-6120(P2018-6120)
(32)【優先日】2018年1月18日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】特許業務法人田中・岡崎アンドアソシエイツ
(72)【発明者】
【氏名】堀之内 優貴
(72)【発明者】
【氏名】高田 満生
【審査官】 中西 哲也
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−275575(JP,A)
【文献】 特開平01−210115(JP,A)
【文献】 特開平05−096321(JP,A)
【文献】 特開2014−126444(JP,A)
【文献】 特開2017−058333(JP,A)
【文献】 国際公開第2017/073424(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21C 1/00
C22C 5/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
線径10μm以上100μm以下の白金又は白金合金からなる白金系材料の細線において、
前記細線に金又は金合金が被覆されており、
前記金又は金合金の被覆率が面積基準で40%以上であり、
任意の長手方向の位置における径方向断面円形度が0.90以上であることを特徴とする細線。
【請求項2】
請求項1記載の細線であって、
前記細線の抵抗温度係数をTCRとし、
金以外の組成が前記細線の組成と同じであり、且つ、金を含まない白金又は白金合金からなる細線の抵抗温度係数をTCRncとしたとき、
前記TCRと前記TCRncとの差が±0.5%以内である細線。
【請求項3】
質量基準で200ppm以上1000ppm以下の金を含有する請求項1又は請求項2記載の細線。
【請求項4】
白金合金は、白金とロジウム、パラジウム、イリジウム、タングステン、ニッケルとの合金、若しくは、強化白金である請求項1〜請求項3のいずれかに記載の細線。
【請求項5】
請求項1〜請求項4のいずれかに記載の白金系材料の細線の製造方法であって、
白金系材料の素線を、炭素を含有するダイスに少なくとも1回通過させる伸線加工を行う工程を含み、
前記伸線加工は、前記素線に、素線の質量に対して200ppm以上1000ppm以下の金又は金合金をコーティングした状態で、少なくとも1回前記ダイスに 通過させることを特徴とする白金系材料からなる細線の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜請求項4のいずれかに記載の白金系材料の細線の製造方法であって、
白金系材料の素線を、炭素を含有するダイスに少なくとも1回通過させる伸線加工を行う工程を含み、
前記伸線加工は、前記素線に、膜厚相当で40nm以上100nm以下の金又は金合金をコーティングした状態で、少なくとも1回前記ダイスに通過させることを 特徴とする白金系材料からなる細線の製造方法。
【請求項7】
炭素を含有するダイスは、セラミックダイス、超硬ダイス、ダイヤモンドダイスのいずれかである請求項5又は請求項6記載の白金系材料からなる細線の製造方法。
【請求項8】
線径が300μm以上800μm以下の素線に金又は金合金をコーティングして伸線加工する請求項5〜請求項7のいずれかに記載の白金系材料からなる細線の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、白金又は白金合金からなる細線、及びその製造方法に関する。詳しくは、線径100μm以下の白金系材料の細線、及び、伸線加工により細線を製造する方法であって、断線を抑制しつつ効率的に高品質の細線を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
白金又は白金合金からなる白金系材料の細線が、ガスセンサ等のセンサ類で使用されている。例えば、白金の触媒作用を利用した白金細線が、水素ガス等のガスセンサのガス検知部に使用されている。また、センサ類の主要部材の他、医療機器・器具、各種電極、ヒーター、プローブピンといった様々な用途でも白金系材料からなる細線が使用されている。
【0003】
白金系材料等の金属細線は伸線加工(線引加工)によって製造されるのが一般的である。伸線加工は、予め用意した素線を、ダイスに通過させることで線径を減少させる加工方法である。この伸線加工においては、設定された線径にするためにダイスの通過を繰返し行うことが多い。そして、白金系材料からなる細線の伸線加工においては、ダイヤモンド等の硬質材料からなるダイス(特許文献1)が使用されている。ダイスに硬質材料が適用されるのは、白金系材料は、変形抵抗が比較的高いからである。
【0004】
ところで、上記した各種の用途で使用される線材の線径については、様々なものが要求されているが、近年では100μm以下の細線の需要が増加している。センサ等の機器の小型化への対応や、近年拡大傾向にある医療器具として白金の細線を微細加工したコイルの実用化が図られているからである。
【0005】
伸線加工における線材の細線化においては、加工条件の調整、潤滑剤の選定等によってある程度の成果を得ることができる。しかし、本発明者等によれば、白金系材料は細線化が極めて困難な材料である。即ち、白金系材料は、変形抵抗が大きいためにダイスの材質が限定される上、加工条件を調整してもダイスの磨耗を抑制するのが難しく、加工途中の断線や加工精度の低下が生じ易い傾向にある。また、通常の金属線材の細線化においては、伸線加工の際に適宜に選択された潤滑剤の利用が有効である。しかし、白金系材料に対しては潤滑剤も効果が薄いことが確認されている。
【0006】
以上のような理由から、白金系材料の細線化には限界があり、効率的な製造が困難であった。そして、要求された線径を有しながら満足できる特性を発揮できる細線は得難いものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005-177806号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
以上のような背景のもと、本発明はなされたものであり、白金系材料の伸線加工における加工困難性の要因を明確にし、当該要因を排除するための手段を提供することを目的とする。そして、本発明は、白金系材料からなる細線であって、従来よりも細線化されつつも、高品質で好適な特性を発揮し得るものの構成を明らかにする。更に、本発明は、白金系材料からなる細線の伸線加工方法について、断線を抑制しつつ効率的に加工することができる方法を提供する。尚、本発明では、線径100μm以下の細線を加工可能な方法を明らかにする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は鋭意検討を行い、まず、白金系材料の伸線加工において断線や加工精度低下が生じる要因について、その詳細を検討した。本発明者等は、白金系材料の細線化が困難な理由は、その機械的強度・加工抵抗の高低とは別にあると考察した。本発明者等の検討によれば、白金以上に機械的強度の高い材料の加工において、白金系材料よりもダイスの磨耗が低いことが有ることが確認されたことによる。ここで本発明者等は、白金系材料特有の作用として、その構成元素である白金の触媒的作用に着目した。白金は、古くから各種触媒の活性源(触媒金属)として使用されており、高い触媒活性を発揮する金属であることが知られている。本発明者等は、白金系材料の伸線加工においては、加工時の熱(摩擦熱)の下、白金の触媒的作用によりダイスの構成材料であるダイヤモンド等の炭素が炭化するという現象が生じていると考察した。この炭化によりダイスの磨耗が加速し、加工精度の悪化や断線が生じ易い状態となる。
【0010】
白金系材料の伸線加工における問題が、その触媒的作用によるダイスの炭化にあると考えるとき、それを抑制するための指針としては、ダイスと素線(白金系材料)との接触を回避するようにすることが有用である。本発明者等は、以上の考察を基に検討を行い、白金系材料の伸線加工において、素線に他の金属をコーティングすることで、ダイスの磨耗を抑制しつつ細線化が可能であると考察した。
【0011】
そして、本発明者等は、素線にコーティングする他の金属として、金(Au)が最適であると考えた。その理由の詳細は後述するが、素線に他の金属をコーティングして伸線加工したとき、製造される細線を当該金属が被覆することになる。この点、金は、導電性、生体適合性が良好な金属である。よって、金であれば、細線を覆っていても、細線を構成する白金系材料の電気特性や生体適合性等への影響を最小限にすることができる。尚、本発明において金とは、金及び金合金も含むものである。
【0012】
もっとも、金が細線に与える影響が少ないと仮定できるとしても、被覆量(被覆率)等の条件による被覆状態によっては白金系材料としての特性が損なわれる可能性がある。そこで本発明者等は、白金系材料の素線に金をコーティングすることによる断線抑制の効果を確認しながら、加工後の細線における金の被覆率について精査することとした。そして、鋭意検討の結果、好適な白金系材料からなる金属細線として、所定量以上の被覆率で金が被覆されたものが好適であるとして本発明に想到した。
【0013】
即ち、本発明は、線径10μm以上100μm以下の白金又は白金合金からなる白金系材料の細線において、前記細線に金又は金合金が被覆されており、前記金又は金合金の被覆率が面積基準で40%以上であることを特徴とする細線である。
【0014】
本発明は、線径10μm以上100μm以下の白金系材料からなる細線に関する。ここで、白金系材料とは、白金(純白金(純度99.95質量%以上))と白金合金である。白金合金は、白金と少なくとも1種の添加元素とからなる合金であり、例えば、白金と、ロジウム、パラジウム、イリジウム、タングステン、ニッケルとの合金が挙げられる(白金含有量:20〜95質量%)。また、白金合金としては、いわゆる強化白金と称される合金も含まれる。強化白金とは、白金又は白金合金に金属酸化物が分散する分散強化型の合金である。強化白金の好ましい分散粒子は、酸化ジルコニウムや酸化イットリウム等の高融点バルブ金属酸化物、酸化サマリウムなどの希土類金属酸化物等である。分散粒子は、1μm未満、特に数十nm程度の粒径のものが好ましく、その分散量を数質量%以下とするものが好ましい。上記で述べた各種の白金系材料について、白金の含有量は特に制限されない。
【0015】
また、本発明は線径10μm以上100μm以下の細線を対象とする。100μmを超える線材は、本願に係る方法を適用することなく製造可能であり、その特性にも問題が生じ難いからである。また、線径10μm未満の線材は、本発明に係る方法を適用しても加工が困難な場合がある。
【0016】
本発明は、伸線加工工程を経て、線径10μm以上100μm以下となった線材に関するものである。伸線加工による線材は、その長手方向断面の材料組織において繊維状の金属組織を呈する。具体的には、長手方向断面の材料組織において、結晶粒の短径に対する直径の比であるアスペクト比(直径/短径)が10以上である結晶粒の面積比率が50%以上である細線である。
【0017】
そして、本発明に係る細線は、金の被覆率が面積率で40%以上となっている。金の被覆率は、細線の製造工程(伸線加工工程)において、被加工材である素線に対する金のコーティング量に左右される。金の被覆率が40%未満の細線では、その製造工程での金コーティングが不十分であった可能性がある。その場合、細線に明瞭な断線がない場合であっても、表面に微小な割れが存在している可能性がある。そこで、欠陥のない好適な細線を規定するため、被覆率を40%以上とした。一方、この被覆率の上限については、90%とするのが好ましい。過剰の被覆率には効果がないからである。この被覆率の上限は、金属細線の詳細な材質によって制御してもよい。具体的には、白金−タングステン合金、白金−イリジウム合金、白金−ニッケル合金等の上記した白金合金の細線においては、被覆率の上限を90%とすることが好ましい。一方、白金(純白金)に関しては、上限値として60%程度の被覆率にすることで十分な効果がある。
【0018】
本発明における金の「被覆」とは、幅を有する金属結晶で構成された膜状の金による状態に限られず、アモルファスや単原子の金が細線上に分散した状態も含まれる。
【0019】
本発明における金の被覆率は、細線表面における面積率で規定される。簡便でありながら比較的正確な面積率を測定する方法として、電気化学的測定方法がある。本発明の場合、素線の伸線加工を経て細線を被覆する金は、膜状になっているものの他、アモルファスや単原子に近似される状態にあることが想定される。そのため、電気化学的測定方法の適用が好適である。本発明で金の被覆率を規定するための電気化学的測定法として好ましいのは、サイクリックボルタンメトリーである。サイクリックボルタンメトリーでは、適宜の寸法に切断した細線を電極(作用極)として、電極電位を掃引したときの応答電流を測定する電気化学的測定法である。サイクリックボルタンメトリーにより測定される電位−電流曲線(サイクリックボルタモグラム)を解析し、電極(細線)の白金に起因するピークと、金に起因するピークの電気量から、それぞれの露出面積を算出することができる。それら露出面積から金の被覆率が産出される。
【0020】
本発明に係る金属細線は、適切な状態の金被覆により100μm以下の線径を有しながら、特異な特性を発揮し得る。本発明において、金被覆の状態と密接な関連を有する特性の一つとして、金属細線の断面形状が挙げられる。
【0021】
本発明の対象である白金系材料の伸線加工で使用されるダイスの構成材料である、ダイヤモンド等の炭素含有材料は、全体としては高硬度であるものの、特定の結晶方位を呈する部分で優先的に摩耗が生じる傾向がある。そのため、初期段階では円形であったダイス孔は、伸線加工の進展と共に局部的に摩耗して多角形に変化する。これにより加工された金属細線の断面も円形から多角形に変化する。
【0022】
本発明に係る金属細線は、後述するとおり、金を被覆した状態での伸線加工を経て製造され、この金がダイスの摩耗を抑制する。そのため、本発明に係る細線は、その断面形状の均質化が図られている。具体的には、金属細線の任意の長手方向の位置における径方向断面円形度が0.90以上となっている。ここで円形度は、細線断面の面積(S)と周囲長(L)から、下記の式によって算出することができる。尚、本発明における円形度の上限は、現実的な問題から0.980が上限値となる。本発明に係る金属細線を円形度によって規定する場合、0.92以上となっているものがより好ましい。
【0023】
【数1】
【0024】
更に、本発明に係る金属細線における金被覆は、線材の電気的特性とも関連性を有する。この電気的特性として、TCR(抵抗温度係数)がある。TCRは、センサ類の電極やヒーターコイルへの適用が想定される線材において重要となる電気的特性である。本発明は、金の適切な被覆により、TCRの好適化が図られている。具体的には、本発明の細線のTCRをTCRとし、金被覆のない細線のTCRをTCRncとしたとき、TCRとTCRncとの差が±0.5%以内となる。上述のとおり、白金系材料からなる細線の電気的特性への金による影響は全くないというわけではない。本発明に係る細線は、好適な金の被覆状態に基づきTCRが金被覆のない細線のTCRncに近似している。
【0025】
TCR(ppm/℃)は、試験温度(T℃)における抵抗値(R)、及び基準温度(T℃)における抵抗値(R)の測定値に基づき、下記式により求めることができる。尚、本発明においては、基準温度(T℃)を0℃とし、試験温度(T℃)を100℃とするのが好ましい。
【0026】
【数2】
【0027】
また、TCRncは、金被覆のない白金系材料からなる細線のTCRである。金被覆のない細線とは、金以外の組成が本発明の細線の組成と同じであり、且つ、金を含まない白金系材料からなる細線である。このような金を含まない白金系材料細線について測定されるTCRをTCRncに適用する。このとき、本発明の金属細線と同じ線径の金属細線のTCRを測定しTCRncとするのが好ましく、同じ試験温度及び基準温度でTCRncを測定することが好ましい。
【0028】
また、金の被覆率(面積率)が上記範囲(40%以上90%以下)である本発明の細線は、金の量を質量基準で規定すると、200ppm以上1000ppm以下の金を含有する細線である。金属細線に含まれる上記被覆率の金は、その製造工程(伸線加工工程)で素線に施された金コーティングに由来する。後述のとおり、このときコーティングされる金は、質量基準で200ppm以上1000ppm以下であり、特段の処理なければ伸線加工後の細線に含有されるので、この数値となる。尚、本発明で細線に含有される金とは、広義に解釈され、細線内に含有された状態の金に限定されず、上述した被覆状態にある金も含まれる。
【0029】
また、本発明の細線においては、熱処理等による加熱を受けることで、金の一部又は全部が細線内部に拡散することがある。但し、そのような細線であっても、上述の被覆状態にある金を含み、電気化学的測定法(サイクリックボルタンメトリー)等による被覆率が上記範囲にあるものは本発明の範囲内となる。更に、熱処理を受けた細線であって、200ppm以上1000ppm以下の金を含有すると共に、上述した円形度及びTCRを具備する細線も本発明の範囲内となる。
【0030】
次に、本発明に係る白金系材料からなる細線の製造方法について説明する。本発明に係る細線は、伸線加工により製造される。この白金系材料の伸線加工方法の基本的な工程や加工条件は、従来の伸線加工方法に準じる。
【0031】
即ち、本発明に係る白金系材料の細線の製造方法は、白金系材料の素線を、炭素を含有するダイスに少なくとも1回通過させる伸線加工を行う工程を含み、伸線加工は、素線に、素線の質量に対して200ppm以上1000ppm以下の金又は金合金をコーティングした状態で、少なくとも1回前記ダイスに通過させることを特徴とする方法である。
【0032】
また、素線表面にコーティングする金又は金合金の量(200ppm以上1000ppm以下)は、膜厚換算すると40nm以上100nm以下に相当する。従って、本発明に係る白金系材料の細線の製造方法は、白金系材料の素線を、炭素を含有するダイスに少なくとも1回通過させる伸線加工を行う工程を含み、伸線加工は、素線に、膜厚相当で40nm以上100nm以下の金又は金合金をコーティングした状態で、少なくとも1回前記ダイスに通過させることを特徴とする方法でもある。
【0033】
上記本発明に係る白金系材料の細線の製造方法においては、白金系材料からなる素線の伸線加工を必須の工程とする。白金系材料の意義は、上記したとおりである。白金系材料からなる素線は、白金又は白金合金のインゴットを、鍛造、スエージング、圧延等の加工を任意に行って製造することができる。
【0034】
そして、本発明では、白金系材料からなる素線に対し、その表面に金をコーティングして伸線加工を行う。ダイスと素線との直接接触を阻止し、素線中の白金の触媒的作用によるダイスの炭化とそれによるダイスの磨耗を抑制するためである。コーティング材質として金を選択するのは、化学的に安定な金属であり伸線加工の過程で酸化・変質し難いからである。そして、細線に加工して表面に金が存在していても、白金系材料の電気特性や生体適合性等に対する影響が少ないからである。
【0035】
素線に対する金又は金合金のコーティング量は、素線の質量基準で200ppm以上1000ppmとする。200ppm未満では、素線とダイスとの接触防止を図るのに十分なコーティング量を満たすことができない。また、1000ppmを超えると、如何に線材の材料特性に悪影響の少ない金であっても、無視し難い影響が生じる可能性がある。また、1000ppmを超えても加工性が更に改善されるというわけではないことから、1000ppmを上限とした。
【0036】
この金又は金合金のコーティングは、膜厚相当で40nm以上100nm以下となる。膜厚相当とは、素線の表面を均一かつ全面的に被覆したときのコーティングの膜厚を意味する。この膜厚相当のコーティング厚さは、伸線加工時の素線の表面積(線径)とコーティングした金又は金合金の質量及び密度から算出することができる。本発明では、膜厚相当で40nm以上100nm以下とするが、この数値範囲の意義は、上記の質量基準のコーティング量と同じである。
【0037】
素線に金又は金合金をコーティングする方法としては、特に制限はない。素線に対して、微量の金を均一に制御しつつ成膜できる方法が好ましく、例えば、メッキ(電解メッキ、無電解メッキ)、スパッタリング、CVD、真空蒸着等の公知の薄膜形成方法が適用できる。
【0038】
尚、コーティングする金又は金合金について、金とは純度99%以上の純金である。金合金とは、金と銅、銀、白金、パラジウム、ニッケルの少なくともいずれかを合金化した金合金であって、金濃度60質量%以上99質量%以下の金合金である。但し、コーティングは純金の適用が特に好ましい。
【0039】
本発明では、以上のように金又は金合金がコーティングされた素線を少なくとも1回伸線加工して細線とする。この伸線加工における加工工具であるダイスは、炭素(C)を含有する材料からなる。炭素を含有するダイスとしては、セラミックダイス、超硬ダイス、ダイヤモンドダイスが広く一般的に使用されている。特に、0.5mm以下の細線を加工する領域では、成型性が良好で引き抜き抵抗が小さいといった点から、ダイヤモンドダイスが使用される。このダイヤモンドダイスについては、従来の伸線加工で使用されているものが適用できる。ダイヤモンドダイスは、素線と接触する加工面がダイヤモンドからなっていれば良く、ダイス全体がダイヤモンドである必要はない。また、ダイヤモンドとは、単結晶ダイヤモンド、焼結(多結晶)ダイヤモンドのいずれも含む。ダイスの孔径は、素線の径と目的とする減面率に応じて適宜に選択できる。
【0040】
伸線加工の加工温度は、50℃以下とするが好ましい。このとき、適宜に潤滑剤を素線及び/又はダイスに供給して加工しても良い。本願発明は、摩擦熱による高温環境下での白金の触媒的作用を抑制することを主題事項とする。潤滑剤は、冷却作用を有することから有用である。尚、潤滑剤は冷却作用を有するが、以下に潤滑剤の種類・供給量を調整しても、白金の触媒的作用を完全に抑制することはできないことが本発明者等によって確認されている。白金の触媒的作用の抑制は、素線の金コーティングによる白金とダイスとの接触回避が有効であって、潤滑剤はその補助に過ぎない。尚、潤滑剤としては、なたね油などの植物性油、界面活性剤を主とする水溶性油、エマルジョンにより潤滑性を得る水溶性油等が適用できる。
【0041】
本発明では、金又は金合金でコーティングした白金系材料からなる素線を、少なくとも1回、ダイスに通過させて伸線加工する。本発明においては、予め用意された素線に金又は金合金をコーティングして伸線加工しても良い。また、加工初期でコーティングのない白金系材料の素線を伸線加工し、得られた素線に中間工程として金又は金合金をコーティングし、その素線を伸線加工しても良い。素線の線径が比較的大きい場合において、後者のプロセスが採用することができる。尚、伸線加工が繰返しなされる場合、伸線加工の合間に、加工歪の除去のためのアニーリングを行っても良い。加工歪の除去のためのアニーリングは、大気中又は非酸化性雰囲気中で600以上1200℃以下での加熱処理が一般的である。
【0042】
但し、素線に金又は金合金をコーティングした後にアニーリングを行うと、素線上の金に凝集や昇華等の変化が生じる可能性がある。それらの変化により、製品としての細線の特性を変化させるおそれがある。また、金の凝集や昇華等により素線上に白金成分が露出し、白金の触媒的作用によるダイスの炭化が懸念される。
【0043】
従って、金又は金合金をコーティングした素線に対しては、アニーリングを回避しつつ加工することが好ましい。つまり、素線への金又は金合金のコーティングは、素線の線径がある程度小さくなった段階で行うのが好ましい。
【0044】
この金又は金合金のコーティングのタイミングとしては、具体的には、素線が線径300μm以上800μm以下の範囲内にあるときが好ましい。よって、本発明においては、予め前記範囲内の線径の素線を用意し、これに金又は金合金をコーティングして加工するのが好ましい。また、前記範囲を超える線径の素線に対しては、まず、適宜にアニーリングしつつ伸線加工を行い、線径300μm以上800μm以下になった段階で金又は金合金をコーティングして伸線加工するのが好ましい。
【0045】
上記工程によって製造される細線は、金が被覆された白金系材料からなる細線である。この金については、除去せずにそのままとすることができる。本発明は、細線加工を可能としつつ、製品として影響が生じ難い範囲の金をコーティングしているからである。尚、細線製造後に金を除去しても良い。その場合には、本発明に係る細線の範囲外にはなるが、白金系材料としての特性は十分に発揮できる。細線から金を除去する方法としては、研磨等の物理的手段の他、王水等の薬液による化学的手段が挙げられる。
【発明の効果】
【0046】
以上説明したように、本発明に係る白金系材料の伸線加工方法は、素線表面に金又は金合金をコーティングするという比較的簡易な手段を採用しつつ、加工品の線径異常や加工途中の断線を抑制して高品質の線材を製造することができる。この効果は、素線とダイス(ダイヤモンド)との直接接触の遮断と、白金の触媒的作用の抑制という、白金系材料の加工特有の問題を見出したことに基づく。本発明によって製造される細線の線径については特に限定されることはない。もっとも、本願発明の課題に基づき、100μm以下の細線の製造に好適である。そして、本発明は、10μmの細線も効率的に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
図1】予備試験において、白金素線と銀合金素線を伸線加工したときの伸線距離とダイス磨耗量との関係を示す図。
図2】予備試験において、潤滑剤によるダイス磨耗量との関係を示す図。
図3】予備試験において、加工速度を変化させたときの伸線距離とダイス磨耗量との関係を示す図。
図4】第1実施形態と比較例の白金素線を伸線加工したときの伸線距離と細線の線径との関係を示す図。
図5】第1実施形態と比較例の白金素線を伸線加工したときの伸線距離と細線の電気抵抗値との関係を示す図。
図6】第1実施形態の白金細線の長手方向断面の材料組織の観察結果。
図7】第1実施形態と比較例における加工後の白金細線の表面状態を示すSEM写真。
図8】第1実施形態の白金細線のサイクリックボルタモグラム。
図9】第3実施形態で実施した3種の白金素線を伸線加工したときの伸線距離とダイス磨耗量を示す図。
図10】第4実施形態で実施した白金−タングステン合金の伸線加工における伸線距離とダイス磨耗量を示す図。
図11】第4実施形態で測定した白金−タングステン合金細線のサイクリックボルタモグラム。
図12】第5実施形態で実施した白金−ニッケル合金、白金−イリジウム合金の伸線加工における伸線距離とダイス磨耗量を示す図。
図13】第5実施形態で測定した白金−ニッケル合金細線のサイクリックボルタモグラム。
【発明を実施するための形態】
【0048】
本発明についてより理解を深めるため、その実施態様について以下説明する。本実施形態では、まず、金又は金合金のコーティング以外の要素(細線材質の相違、潤滑剤の有無、加工条件)に基づく加工性の評価を行った(予備試験)。その後、金コーティングの有用性確認のための実施形態となる細線加工、製品評価を行った。
【0049】
以下の予備試験では、素線の線径を0.5mmとして、目標の細線の線径を0.02mmと設定した。そして、焼結ダイヤモンド製(アライドマテリアル社製)の孔径20μmのダイヤモンドダイスを使用した。加工回数(素線のダイスへの通過回数)は1回として連続伸線した。加工雰囲気の温度は常温とし、潤滑剤を使用した。潤滑剤の供給は、循環ポンプによるダイスへのかけ流しにて行った。加工結果の評価については、伸線距離とダイス磨耗量との関係を評価した。このとき、所定の伸線距離加工後の線径を測定して、加工初期(伸線距離10m)の線径を基準としてダイス磨耗量を算出した。
【0050】
予備試験:まず、白金系材料と非白金系材料の素線を伸線加工し、白金系材料の加工によるダイス磨耗の特異性を確認した。ここでは、純白金(純度99.99質量%)の素線と、銀合金(Ag−Cu−Ni合金:XP−3)の素線(田中貴金属工業製)を用意して伸線加工を行った。ここで、対比される銀合金の素線は、純白金線に対して引張強度が約400MPa、ビッカース硬度が約200高い。
【0051】
上記した条件に従って伸線加工を行ったときの伸線距離(横軸)とダイス磨耗量(縦軸)との関係を図1に示す。いずれの素線でも伸線距離の増大と共にダイスの磨耗量が増加する。但し、白金素線におけるダイス磨耗量は、銀合金(AgCu合金)におけるダイス磨耗量よりも大きい。そして、銀合金は、伸線距離に対する磨耗量の増加率(傾き)が比較的緩やかであるが、白金素線は加速度的に磨耗量が増加している。このように、白金素線よりも機械的強度の高い銀合金素線との対比から、ダイスの磨耗量は機械的強度だけで比較できないことが確認できる。そして、白金素線におけるダイス磨耗量の挙動から、白金系材料では、素線とダイスとの摩擦のみによる単純な機械的損傷に加えて、磨耗を促進する作用が発現していることが推察できる。
【0052】
次に、白金素線について、潤滑剤の使用によるダイス保護の効果の有無を検討した。上記した加工条件の下、潤滑剤なし、水、市販の界面活性剤系水溶性油を適用し、伸線加工を行った。伸線距離10,000m後の線径からダイス磨耗量を求めた。この対比結果を図2に示す。
【0053】
図2から、潤滑剤の使用については、それがない場合と対比すると、ダイス磨耗の抑制について一応の効果はあるといえる。しかし、潤滑剤を使用しても、0.4μm程度のダイス磨耗が生じていることから、十分に磨耗を抑制できたとはいい難い。また、水と界面活性剤系水溶性油についての結果を対比すると、磨耗量にさほどの差はない。本来、水は潤滑剤ではないので、ダイス磨耗量の低減効果は、水という液体の冷却作用に起因すると考えられる。即ち、潤滑剤である界面活性剤系水溶性油によるダイス磨耗の低減効果も、液体の冷却作用が主体であることが分かる。そして、潤滑剤に冷却作用があるとしても、温度上昇は完全に抑制することはできず、また、素線とダイスとの直接接触も回避はできない。この予備試験の結果から分かるように、潤滑剤の使用だけでは、ダイス磨耗を十分に低減できないといえる。
【0054】
更に、白金素線についての伸線速度によるダイス磨耗への影響を検討した。図3は、伸線速度を100m/min、500m/minとしたときの伸線距離とダイス磨耗量との関係を示す。伸線速度を遅くすることで、伸線距離5000m以上の領域でダイスの磨耗を幾分か抑制できる。これは加工熱量が加工速度に依存しているからである。もっとも、抑制されたといっても、磨耗量は決して低い値ではなく、また、伸線距離5000m程度までの磨耗量に差はあまりない。伸線速度の調整によるダイス磨耗の抑制は困難であるといえる。
【0055】
第1実施形態:以上の予備試験の結果をふまえ、金をコーティングした白金素線の伸線加工を行った。本実施形態では、線径500μm(0.5mm)の白金素線に、金をめっき法でコーティングした。コーティングの量は、素線の質量450gに対して金を0.22gとした(約488ppm、膜厚相当で68nm)。本実施形態でも、予備試験と同様のダイヤモンドダイスを使用した(ダイス孔径20μm(0.02mm))。本実施形態では、目標の線径を20μmとする細線の加工を試みた。加工雰囲気の温度は常温とし、潤滑剤(種類:界面活性剤系水溶性油)を使用した。伸線速度50m/minとした。また、比較例として、金をコーティングしていない素線についての加工も行った。そして、連続伸線を行い、所定間隔で製造された細線の線径を測定した。また、線径と共に電気抵抗値を測定した。
【0056】
図4は、金コーティングをした本実施形態と、コーティングのない比較例の伸線距離と加工後の細線の線径との関係を示す。比較例においては、伸線距離5000mを少し超えた段階で断線が生じた。一方、本実施形態においては、比較例をはるかに上回り、40000mの伸線距離に達してもまだ加工が可能な状態にあった。また、金コーティングのない比較例は、加工初期から線径の増大速度が大きく、ダイスの磨耗が進行していることがわかる。そして、本実施形態においては、40000m伸線の段階でもダイスの磨耗は緩やかであり、線径の増加も0.1μm未満であり優れた加工安定性を発揮していることが分かる。以上の傾向は、製造された細線の電気抵抗の測定結果からも確認できる(図5)。比較例は、線径の増大によって電気抵抗値が大きく変化(低下)しているが、本実施形態においては抵抗変化の少ない細線が製造されている。
【0057】
本実施形態で製造した白金細線の長手方向断面の材料組織を観察した結果を図6に示す。この写真からわかるように、伸線加工の結果、極細の結晶粒からなる繊維状組織を呈する。視野内でアスペクト比が最も小さいと見受けられる結晶粒について測定したところ、そのアスペクト比は13.0であった。本実施形態では、全ての結晶粒(面積率100%)がアスペクト比10以上を示すと考えられる。
【0058】
図7は、40000m伸線後の本実施形態の細線の表面状態と、5000m伸線後の比較例の細線の表面状態を示す写真である。本実施形態の細線は、滑らかで円形度の高い線材である。一方、比較例の場合、表面に角や凹凸が見られており、これらはダイスの磨耗に起因すると考えられる。そこで、本実施形態及び比較例の細線断面についての円形度を測定した。その結果、本実施形態の細線の円形度は、0.957であった。一方、比較例の細線の円形度は、0.870であった。
【0059】
以上の試験結果より、白金系材料からなる素線に金をコーティングすることで、ダイスの磨耗を抑制しつつ、線径変化の少ない高品質の細線が製造できることが確認できた。
【0060】
次に、本実施形態で製造した白金細線について、細線の金の被覆率を測定した。金の被覆率の測定は、白金細線を電極とするサイクリックボルタンメトリー解析に基づいた。サイクリックボルタモグラムの測定は、次のようにして実施した。測定装置(北斗電工株式会社製、商品名HZ−5000)に、作用極、対極、参照極を接続した。作用極は本実施形態で製造した白金細線を用い、対極と参照極には、それぞれ白金電極と可逆水素電極(RHE)電極を用いた。また、電解液として0.1M−HClO溶液を用いた。電解液は、予め、窒素ガスで30分間バブリングした。そして、0.05Vから1.7Vまで掃引速度10mV/secでサイクリックボルタンメトリーを行った。
【0061】
図8は、本実施形態の白金細線のサイクリックボルタモグラムである。図8のサイクリックボルタモグラムにおいて、0.65〜0.7V(vs.RHE)付近のピークは、白金酸化物皮膜の生成/還元を示すピークであり、細線を構成する白金に由来するピークである。一方、1.15〜1.2V(vs.RHE)付近のピークは、金酸化物皮膜の生成/還元を示すピークであり、細線を被覆する金に由来するピークである。
【0062】
サイクリックボルタモグラムに基づく金の被覆率は、以下のように算出される。まず、サイクリックボルタモグラムにおける各ピーク(白金及び金)の電気量(QPt、QAu)を求める。電気量は、各ピークの電流値の時間積分で算出されるが、これは一般的な表計算ソフトウエアや解析ソフトウエアで計算できる。次に、得られた電気量(QPt、QAu)と、白金及び金についての酸化層還元の電気容量(QPt・O(red):420μC/cm、QAu・O(red):390μC/cm)とから、白金及び金の面積(SAPt、SAAu)を算出する。そして、それぞれの面積から算出される面積率(SAAu/(SAPt+SAAu))を金の被覆率とした。図8のサイクリックボルタモグラムに基づく、本実施形態の白金細線(線径20μm)の金の被覆率は、65.6%であった。
【0063】
更に、本実施形態で製造した白金細線について、抵抗温度係数(TCR)を測定した。本実施形態では、基準温度0℃、試験温度100℃として各温度における抵抗値(R100、R)を測定し、金コーティングのある本実施形態のTCRと、金コーティングのない比較例のTCRncを測定した。
【0064】
このTCRの測定結果について説明すると、本実施形態の細線のTCR(TCR)は、1.3857(ppm/℃)であるのに対し、比較例の細線のTCR(TCRnc)は、1.3888(ppm/℃)であった。本実施形態の細線においては、細線を被覆する金によって、金のない比較例の細線と比較するとTCR値がやや低下している(比較例の細線は、金以外の組成は本実施形態と同じである)。但し、その差は−0.22%と極めて小さい。本実施形態の白金細線のTCRは実用上問題ないレベルといえ、そのままの状態で上述の用途で使用することができると考えられる。尚、図5を参照して、伸線距離0m付近における、本実施形態と比較例の抵抗値を対比すると、各細線の抵抗値に大きな差はないといえる。このことから、本発明に係る細線の電気的特性の厳密な検討には、抵抗値よりもTCRを適用することが好ましいといえる。
【0065】
第2実施形態:ここでは、素線に対する金のコーティング量とダイスの最終孔径を変更しつつ各種の白金細線を製造した。加工対象の素線は、第1実施形態と同じ白金素線(500μm)である。また、金のコーティング量は、素線質量比で320ppm(膜厚相当で44nm)とした。ダイスは何れもダイヤモンドダイスを使用した(伸線距離500m)。
【0066】
そして、製造した細線に関しては、実際の線径を測定すると共に、第1実施形態と同様にしてサイクリックボルタモグラムを測定して、金の被覆率を測定した。本実施形態で製造した白金細線について、製造条件、及び、製造した細線の各測定値を表1に示す。
【0067】
【表1】
【0068】
表1から、第2実施形態で製造した白金細線に関しても、目標線径(ダイス孔径)に対して、いずれも偏差の少ない線径の細線であった。また、いずれの細線でも加工途中の断線は見られなかった。各細線における金の被覆率(面積率)は、40%以上であった。
【0069】
第2実施形態の各細線についてTCR(R100、R)を測定したところ、第1実施形態の比較例の金コーティングのない細線の値(1.3888(ppm/℃))に対して、全ての差が±0.5%の範囲内にあった。
【0070】
第3実施形態:本実施形態では、金のコーティング量による伸線加工への影響を検討した。ここでは、線径800μmに加工され白金素線を対象とし、素線質量比で400ppm(膜厚相当で44nm)、200ppm(膜厚相当で88nm)の金をコーティングして白金細線を製造した。また、金コーティングをしない素線の細線加工も行った。伸線速度は50m/minとした。そして、伸線距離とダイス磨耗量との関係を検討した。
【0071】
本実施形態の結果を図9に示す。これまで検討してきたように、白金素線への金コーティングによるダイス摩耗の低減効果が確認される。本実施形態では金コーティングの量を半分にしたときの伸線加工を行ったが、金の量が減るとダイス摩耗量が増大する。しかし、金コーティングのない場合のダイス摩耗量と対比すると、それでも大幅な摩耗低減がなさることがわかる。
【0072】
第4実施形態:本実施形態では、白金合金の伸線加工に対する金コーティングの効果を確認した。白金−タングステン合金(Pt−8質量%W合金)の素線(線径500μm)に、素線質量比で410ppm(膜厚相当で57nm)の金をコーティングして細線を製造した。伸線速度は50m/minとした。そして、伸線距離とダイス磨耗量との関係を検討した。また、白金合金細線への金の被覆率を測定するため、第1実施形態と同様にしてサイクリックボルタモグラムを測定した。
【0073】
本実施形態における伸線距離とダイス磨耗量との結果を図10に示す。この結果から、純白金だけでなく白金合金の伸線加工においても、金コーティングの効果が発揮されることが確認できた。また、図11には、サイクリックボルタモグラムの測定結果を示した。本実施形態の白金合金細線では、73%の被覆率で金がコーティングされていた。
【0074】
更に、本実施形態の白金−タングステン合金の細線についてTCR(R100、R)を測定した結果、コーティング無しの素線から製造した同組成の白金−タングステン合金細線に対する差は±0.5%の範囲内にあった。
【0075】
第5実施形態:本実施形態でも白金合金の伸線加工を行った。ここでは、白金−ニッケル合金(Pt−7質量%Ni合金)及び白金−イリジウム合金(Pt−10質量%Ir合金)の素線(線径500μm)に、素線質量比で420ppm(膜厚相当で58nm)の金をコーティングして細線を製造した。伸線速度は50m/minとした。
【0076】
各白金合金細線についての伸線距離とダイス磨耗量との結果を図12に示す。これらの白金合金線の伸線加工においては、ダイス摩耗量が極めて低くなっている。これらでは、伸線距離10000mに達しても、ダイス摩耗量は0.1μm未満となることが見込まれる。また、図13は、第1実施形態と同条件で測定した、白金−ニッケル合金細線のサイクリックボルタモグラムである。この白金−ニッケル合金細線の被覆率は、90%であった。尚、本実施形態でも、各細線のTCR(R100、R)を測定したが、いずれもコーティング無しの素線から製造した同組成の合金細線に対する差が±0.5%の範囲内にあった。
【産業上の利用可能性】
【0077】
以上説明したように、本発明によれば、伸線加工により白金系材料の細線を製造する際、加工途中の断線を抑制しつつ、高品質の製品を製造することができる。本発明は、細線の線径の微小化にも対応することができ、線径10μmの細線も効率的に製造することができる。本発明に係る白金系材料の細線は、水素ガスセンサ等のセンサ類の他、医療機器・器具、各種電極、ヒーター、プローブピンといった様々な用途に供することができる。
【要約】
白金系材料の素線について、金又は金合金を、コーティングし、炭素を含有するダイスにて伸線加工を行う。このようにして製造される細線は、金又は金合金が被覆されており、金又は金合金の被覆率は面積基準で40%以上となっている。この白金系材料からなる細線は、伸線加工工程における断線が抑制された状態で製造されており、電気特性等において良好な性能を有する。また、この製造プロセスは、白金系材料の細線を伸線加工で製造する際、断線を抑制しつつ効率的に細線を製造することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13