(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の溶射材料を具体化した一実施形態を説明する。
本実施形態の溶射材料は、(A)熱重量測定により求められる酸化開始温度が1000℃以下の非酸化物系の材料(以下、材料Aという)、及び(B)セラミック材料(以下、材料Bという)を含んでなる。溶射材料は粒状又は粉末状の形態であってもよいし、あるいはスラリー(すなわちサスペンション)の形態であってもよい。
【0012】
材料Aとしては、熱重量測定により求められる酸化開始温度が1000℃以下の非酸化物系の材料であれば、特に限定されないが、例えばケイ素、チタン、モリブデン、及びタングステン、並びにそれらの炭化物、窒化物、及びホウ化物等が挙げられる。より具体的な材料を、熱重量測定により求められる酸化開始温度とともに列挙する。例えば、SiC(800℃)、Si
3N
4(1000℃)、Si(800℃)、TiC(430℃)、TiB
2(610℃)、TiN(570℃)、Ti(500℃)、CrB(970℃)、Cr(820℃)、MoSi
2(390℃)、WSi
2(580℃)等が挙げられる。これらの材料は、単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。これらの中で、耐久性の向上効果に優れる観点から、好ましくはケイ素又はチタンを含む化合物が用いられる。
【0013】
熱重量測定により求められる酸化開始温度は、市販の熱重量測定装置を用いて測定することができる。まず、特定の材料に対して酸化処理を行いそれらの過程における熱分析を行う。加熱温度、及び熱重量測定装置を用いて得られた重量変化量(TG)との関係を示す熱分析曲線のグラフより、重量が増加し始める時の温度を酸化開始温度として求めることができる。
【0014】
材料Bとしては、上記材料Aを除く材料であれば特に限定されないが、例えば酸化物、炭化物、窒化物、ホウ化物、及びケイ化物の各セラミックス材料が挙げられる。酸化物セラミック材料としては、各種金属の酸化物を使用することができる。かかる金属酸化物を構成する金属元素としては、例えば、B,Si,Ge,Sb,Bi等の半金属元素、Mg,Ca,Sr,Ba,Zn,Al,Ga,In,Sn,Pb等の典型元素、Sc,Y,Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Ag,Au等の遷移金属元素、La,Ce,Pr,Nd,Sm,Dy,Gd,Er,Lu等のランタノイド元素から選択することができる。
【0015】
金属の酸化物の具体例としては、例えば、酸化イットリウム(Y
2O
3)、酸化アルミニウム(Al
2O
3)、酸化チタン(TiO
2)、酸化ジルコニウム(Zr
2O
3)、酸化クロム(Cr
2O
3)、酸化ケイ素(SiO
2)、イットリア安定化ジルコニア(YSZ)、ムライト、酸化亜鉛、イットリウムアルミニウムガーネット(YAG)、コージェライト、ジルコン等が挙げられる。これらの材料は、単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0016】
溶射材料が粒状又は粉末状の形態の場合、アトマイズ法、溶融−粉砕法、又は焼結−粉砕法及び造粒−焼結法等の固相焼結法により製造したり、各粒状の原料を混合することにより製造することができる。
【0017】
アトマイズ法は、材料Aを含む粉末と材料Bを含む粉末の混合物を溶融して噴霧及び冷却し、必要に応じてその後分級することにより得られる。溶融−粉砕法では、材料Aを含む粉末と材料Bを含む粉末の混合物を溶融して冷却凝固させた後に粉砕し、必要に応じてその後分級することにより得られる。造粒−焼結法は、材料Aを含む粉末と材料Bを含む粉末の混合物から造粒粉末を作製し、その造粒粉末を焼結してさらに解砕及び分級することにより得られる。焼結−粉砕法は、材料Aを含む粉末と材料Bを含む粉末の混合物を圧縮成形してから焼結し、得られた焼結体を粉砕及び分級することにより得られる。
【0018】
これらの中で、原料を混合した粉末から造粒粉末を作製し、その造粒粉末を焼結する工程を経る造粒−焼結法により製造されることが好ましい。造粒−焼結法により製造される溶射材料は一般に、原料粉末を圧縮成形してから焼結し、得られた焼結体を粉砕する工程を経る焼結−粉砕法等のその他の製法により製造される溶射材料に比べて流動性により優れる。しかも造粒−焼結法の場合には、製造過程に粉砕工程を含まないので、粉砕中に不純物が混入をより抑制することができる。
【0019】
溶射材料が各材料の一次粒子が凝集した二次粒子から構成される粒状又は粉末状(例えば、造粒−焼結粉)の場合、上記凝集した二次粒子を構成している材料Aの平均粒子径としての平均一次粒子径(定方向接線径)(X)の上限は、特に限定されないが20μm以下であることが好ましく、より好ましくは10μm以下、さらに好ましくは5μm以下である。この場合、材料Aの平均一次粒子径が小さくなるほど、得られる溶射皮膜を特に環境遮断性が要求される環境下で使用する際の耐久性をより向上させることができる。また、得られる溶射皮膜の硬度をより向上させることができる。また、材料Aの平均一次粒子径(X)の下限は、特に限定されないが0.01μm以上であることが好ましく、より好ましくは0.1μm以上、さらに好ましくは0.5μm以上である。この場合、材料Aの平均一次粒子径が大きくなるほど、得られる溶射皮膜を特に高温環境下で使用する際の耐久性をより向上させることができる。なお、粒子の平均一次粒子径の測定は、電子顕微鏡を用いて粒子の断面を観察することにより得られる粒子の断面画像から求めることができる。
【0020】
また、上記凝集した二次粒子を構成している材料Bの平均粒子径としての平均一次粒子径(定方向接線径)(Y)の上限は、特に限定されないが20μm以下であることが好ましく、より好ましくは10μm以下、さらに好ましくは5μm以下である。この場合、材料Bの平均一次粒子径が小さくなるほど、得られる溶射皮膜を特に高温環境下で使用する際の耐久性をより向上させることができる。また、材料Bの平均一次粒子径(Y)の下限は、特に限定されないが0.1μm以上であることが好ましく、より好ましくは0.5μm以上、さらに好ましくは1μm以上である。この場合、材料Bの平均一次粒子径が大きくなるほど、得られる溶射皮膜を特に環境遮断性が要求される環境下で使用する際の耐久性をより向上させることができる。また、得られる溶射皮膜の硬度をより向上させることができる。
【0021】
また、材料Bの平均一次粒子径(Y)に対する材料Aの平均一次粒子径(X)の比(X/Y)の値の上限は、特に限定されないが、30以下が好ましく、20以下がより好ましく、10以下がさらに好ましい。この場合、比率が小さくなるほど、得られる溶射皮膜を特に環境遮断性が要求される環境下で使用する際の耐久性をより向上させることができる。また、得られる溶射皮膜の硬度をより向上させることができる。一方、かかる比率(X/Y)の値の下限は、特に限定されないが、0.005以上が好ましく、0.01以上がより好ましく、0.02以上がさらに好ましい。この場合、比率が大きくなるほど、得られる溶射皮膜を特に高温環境下で使用する際の耐久性をより向上させることができる。
【0022】
また、上記凝集した二次粒子の平均粒子径としての平均二次粒子径(体積平均径)の上限は、特に限定されないが、70μm以下であることが好ましく、より好ましくは50μm以下、さらに好ましくは40μm以下である。この場合、溶射材料の平均二次粒子径が小さくなるほど、得られる溶射皮膜を特に環境遮断性が要求される環境下で使用する際の耐久性をより向上することができる。また、平均二次粒子径の下限は、特に限定されないが10μm以上であることが好ましく、より好ましくは15μm以上、さらに好ましくは20μm以上である。この場合、溶射材料の平均二次粒子径が大きくなるほど、得られる溶射皮膜を特に高温環境下で使用する際の耐久性をより向上することができる。また、得られる溶射皮膜の硬度をより向上させることができる。なお、粒子の平均二次粒子径は、レーザ散乱回折法に基づく粒度分布測定装置により測定された体積基準の粒度分布における積算値50%での粒径(50%体積平均粒子径)を意味するものとする。本明細書において、平均粒子径の測定には、株式会社堀場製作所製のレーザ回折/散乱式粒度測定器、LA−300を使用して得た値を採用している。
【0023】
また、上記凝集した二次粒子を構成するための、凝集前の原料である材料Aの平均粒子径(原料平均一次粒子径)(定方向接線径)の上限は、特に限定されないが20μm以下であることが好ましく、より好ましくは10μm以下、さらに好ましくは5μm以下である。この場合、材料Aの原料平均一次粒子径が小さくなるほど、得られる溶射皮膜を特に環境遮断性が要求される環境下で使用する際の耐久性をより向上させることができる。また、得られる溶射皮膜の硬度をより向上させることができる。また、材料Aの原料平均一次粒子径の下限は、特に限定されないが0.01μm以上であることが好ましく、より好ましくは0.1μm以上、さらに好ましくは0.5μm以上である。この場合、材料Aの原料平均一次粒子径が大きくなるほど、得られる溶射皮膜を特に高温環境下で使用する際の耐久性をより向上させることができる。
【0024】
また、上記凝集した二次粒子を構成するための、凝集前の原料である材料Bの原料平均一次粒子径(定方向接線径)の上限は、特に限定されないが20μm以下であることが好ましく、より好ましくは10μm以下、さらに好ましくは5μm以下である。この場合、材料Bの原料平均一次粒子径が小さくなるほど、得られる溶射皮膜を特に高温環境下で使用する際の耐久性をより向上させることができる。また、材料Bの原料平均一次粒子径の下限は、特に限定されないが0.1μm以上であることが好ましく、より好ましくは0.5μm以上、さらに好ましくは1μm以上である。この場合、材料Bの原料平均一次粒子径が大きくなるほど、得られる溶射皮膜を特に環境遮断性が要求される環境下で使用する際の耐久性をより向上させることができる。また、得られる溶射皮膜の硬度をより向上させることができる。
【0025】
溶射材料が各粒状の原料を混合することにより得られる場合、材料Aの平均一次粒子径の上限は、特に限定されないが70μm以下であることが好ましく、より好ましくは60μm以下、さらに好ましくは50μm以下である。この場合、材料Aの平均一次粒子径が小さくなるほど、得られる溶射皮膜を特に環境遮断性が要求される環境下で使用する際の耐久性をより向上させることができる。また、得られる溶射皮膜の硬度をより向上させることができる。また、材料Aの平均一次粒子径の下限は、特に限定されないが10μm以上であることが好ましく、より好ましくは15μm以上、さらに好ましくは20μm以上である。この場合、材料Aの平均一次粒子径が大きくなるほど、得られる溶射皮膜を特に高温環境下で使用する際の耐久性をより向上させることができる。
【0026】
また、材料Bの平均一次粒子径の上限は、特に限定されないが70μm以下であることが好ましく、より好ましくは60μm以下、さらに好ましくは50μm以下である。この場合、材料Bの平均一次粒子径が小さくなるほど、得られる溶射皮膜を特に高温環境下で使用する際の耐久性をより向上させることができる。また、材料Bの平均一次粒子径の下限は、特に限定されないが10μm以上であることが好ましく、より好ましくは15μm以上、さらに好ましくは20μm以上である。この場合、材料Bの平均一次粒子径が大きくなるほど、得られる溶射皮膜を特に環境遮断性が要求される環境下で使用する際の耐久性をより向上させることができる。また、得られる溶射皮膜の硬度をより向上させることができる。
【0027】
溶射材料中における材料Aの含有量の下限は、特に限定されないが、0.1質量%以上であることが好ましく、より好ましくは1質量%以上、さらに好ましくは3質量%以上である。また、溶射材料中における材料Bの含有量の上限は、特に限定されないが、99.9質量%以下であることが好ましく、より好ましくは99質量%以下、さらに好ましくは97質量%以下である。この場合、溶射材料中の材料Aの含有量が多くなるにつれて、溶射材料から形成される溶射皮膜の耐久性をより向上させることができる。
【0028】
一方、溶射材料中における材料Aの含有量の上限は、特に限定されないが、30質量%以下であることが好ましく、より好ましくは20質量%以下、さらに好ましくは15質量%以下である。また、溶射材料中における材料Bの含有量の下限は、特に限定されないが、70質量%以上であることが好ましく、より好ましくは80質量%以上、さらに好ましくは85質量%以上である。この場合、溶射材料中の材料Aの含有量が少なくなるにつれて、又は材料Bの含有量が多くなるにつれて、溶射材料から形成される溶射皮膜の硬度をより向上させることができる。
【0029】
溶射材料中における材料Aの含有量に対する材料Bの含有量の質量比(B/A)は、特に限定されないが、下限は2以上であることが好ましく、より好ましくは3以上、さらに好ましく4以上である。この場合、質量比が大きくなるにつれて、溶射材料から形成される溶射皮膜の硬度をより向上させることができる。一方、かかる質量比の上限は、1000以下であることが好ましく、より好ましくは100以下、さらに好ましく50以下である。この場合、質量比が小さくなるにつれて、溶射材料から形成される溶射皮膜の耐久性をより向上させることができる。
【0030】
本実施形態の溶射材料を溶射する方法は、高速酸素燃料(HVOF)溶射のような高速フレーム溶射であってもよいし、あるいは大気圧プラズマ溶射(APS)等のプラズマ溶射、又は爆発溶射であってもよい。あるいは、コールドスプレー、ウォームスプレー及び高速空気燃料(HVAF)溶射のような低温プロセス溶射であってもよい。
【0031】
これらの中で高速酸素燃料(HVOF)溶射又はプラズマ溶射が好ましく適用される。平均粒子径の比較的大きな溶射材料を用いた場合であっても、溶射粒子を十分に軟化溶融し、加速させることができる。これにより、平均粒子径の大きな溶射材を含む溶射材料を用いた場合であっても、緻密でピッカーズ硬度の高い溶射皮膜を形成することができる。
【0032】
HVOF溶射法とは、燃料と酸素とを混合して高圧で燃焼させた燃焼炎を溶射のための熱源として利用するフレーム溶射法の一種である。燃焼室の圧力を高めることにより、連続した燃焼炎でありながらノズルから高速(超音速を含む)の高温ガス流を噴出させる。HVOF溶射法は、このガス流中に溶射材料を投入し、加熱、加速して基材に堆積させることで溶射皮膜を得るコーティング手法一般を包含する。HVOF溶射法によると、例えば、一例として、溶射材料を2000℃〜3000℃の超音速燃焼炎のジェットにより溶融及び加速させることで、溶射粒子を500m/s〜1000m/sという高速度にて基材へ衝突させて堆積させることができる。高速フレーム溶射で使用する燃料は、アセチレン、エチレン、プロパン、プロピレン等の炭化水素のガス燃料であってもよいし、灯油やエタノール等の液体燃料であってもよい。また、溶射材料の融点が高いほど超音速燃焼炎の温度が高い方が好ましく、この観点では、ガス燃料を用いることが好ましい。
【0033】
プラズマ溶射法とは、溶射材料を軟化又は溶融するための溶射熱源としてプラズマ炎を利用する溶射方法である。電極間にアークを発生させ、かかるアークにより作動ガスをプラズマ化すると、かかるプラズマ流はノズルから高温高速のプラズマジェットとなって噴出する。プラズマ溶射法は、このプラズマジェットに溶射材料を投入し、加熱、加速して基材に堆積させることで溶射皮膜を得るコーティング手法一般を包含する。なお、プラズマ溶射法は、大気中で行う大気プラズマ溶射(APS:atmospheric plasma spraying)や、大気圧よりも低い気圧で溶射を行う減圧プラズマ溶射(LPS:low pressure plasma spraying)、大気圧より高い加圧容器内でプラズマ溶射を行う加圧プラズマ溶射(high pressure plasma spraying)等の態様であり得る。プラズマ溶射によると、例えば、一例として、溶射材料を5000℃〜10000℃程度のプラズマジェットにより溶融及び加速させることで、溶射粒子を300m/s〜600m/s程度の速度にて基材へ衝突させて堆積させることができる。
【0034】
溶射皮膜形成の対象となる基材の種類は特に制限されず、例えば金属材料、単純セラミック材料、複合セラミック材料、SiC/SiC等のセラミックスマトリックスコンポジット等が挙げられる。基材の具体例としては、例えばアルミニウム、アルミニウム合金、鉄、鉄鋼、銅、銅合金、ニッケル、ニッケル合金、金、銀、ビスマス、マンガン、亜鉛、亜鉛合金、コバルト等の金属材料が挙げられる。鉄鋼としては、例えば耐食性構造用鋼として使用されている各種SUS(ステンレス鋼)材が挙げられる。アルミニウム合金としては、例えば軽量構造材等として有用なA1000系〜A7000系アルミニウム合金が挙げられる。耐食性合金として、例えばニッケル基にモリブデン、クロム等を加えた合金であるハステロイ(ヘインズ社製)、ニッケル基に鉄、クロム、ニオブ、モリブデン等を加えた合金であるインコネル(スペシャルメタルズ社製)、コバルトを主成分とし、クロム、タングステン等を加えた合金であるステライト(デロロステライトグループ社製)、鉄にニッケル、マンガン、炭素等を加えた合金であるインバー等が挙げられる。これら中で、鉄鋼、アルミニウム合金、及び耐食性合金を含む基材が、溶射材料により形成される溶射皮膜により、さらに耐久性を高めることができ、本発明の利点が明瞭となり得る点で好ましい。
【0035】
次に、上記のように構成された溶射材料の作用を説明する。
本実施形態の溶射材料は、上述した材料A及び材料Bを含んでなる。かかる溶射材料を用いて形成された溶射皮膜は、耐久性を向上させることができる。これは、使用環境下、例えば中温〜高温環境下において溶射皮膜に亀裂等の損傷が生じた場合であっても、溶射皮膜中の材料Aが自己修復機能を発揮する。したがって、本実施形態の溶射材料は、例えば、ジェットエンジン、ガスタービンエンジン等の高温環境下で使用される基材、例えば金属材料に対するサーマルバリアコーティング(TBC)の用途に好ましく適用することができる。
【0036】
なお、本発明の溶射材料を用いることにより、溶射皮膜の耐久性を向上できるより詳細な理由は不明であるが、以下のメカニズムによると推測される。すなわち、本発明に係る溶射材料は、(A)熱重量測定により求められる酸化開始温度が1000℃以下の非酸化物系の材料Aを含んでおり、当該材料Aは、例えば酸素が存在する高温環境下で酸化物を形成する。このため、溶射中に材料Aの一部が酸化することにより、溶射中に発生するクラックを抑制できる。また、例えば酸化開始温度以上の高温環境下で本発明に係る溶射材料より形成した溶射皮膜を用いた場合、当該溶射皮膜中の材料Aが酸化物を形成することでクラックの進展を抑制できる。つまり、本発明は、当該材料Aが溶射中や溶射皮膜にした際に晒される高温環境下において酸化物を形成することができる。本発明では、特定の酸化開始温度を備える非酸化物系の材料Aを含むことにより、上記メカニズムが発現することを見出した。このような特性により、本発明の溶射材料は、溶射皮膜の耐久性をより向上することができる。なお、上記のメカニズムは推測によるものであり、本発明は上記メカニズムに何ら限定されるものではない。
【0037】
上記実施形態の溶射材料によれば、以下のような効果を得ることができる。
(1)上記実施形態では、材料Aと材料Bを混合して溶射材料を構成した。したがって、かかる溶射材料を用いて得られる溶射皮膜の耐久性を向上させることができる。
【0038】
(2)上記実施形態の溶射材料は、溶射皮膜の耐久性、特に耐熱性を向上させることができる。したがって、特に耐熱性が必要とされるジェットエンジン、ガスタービンエンジン等の高温環境下、例えば1000℃以上の高温環境下、特に1500℃以上の高温環境下で使用される基材に対するサーマルバリアコーティング(TBC)の用途に好ましく適用することができる。
【0039】
また、溶射材料を構成する各材料の物性に応じて、例えば、絶縁性等の電気特性、耐摩耗性、耐食性(環境遮断特性)等により優れたものとなり得る。したがって、かかる溶射皮膜を備える皮膜付物品は、広く様々な用途に好適に適用することができる。
【0040】
なお、上記実施形態は以下のように変更してもよい。
・上記実施形態の溶射材料により形成される溶射皮膜の用途としては、特に限定されないが、例えば、耐摩耗性、耐食性等が要求される各種部材の保護皮膜等が挙げられる。より具体的には、ボールバルブの保護皮膜等として、特に好ましく使用できる。また、同様に、例えば天然ガス、バイオガス等のガス、電力、石油、化学プラント等において、腐食性イオン、腐食性ガス等による腐食環境に曝されるプラント設備等の保護皮膜等として、好適に使用できる。また、この保護皮膜は、上記の各種部材を新設する際に設けてもよく、また既に腐食を被った各種部材の補修を目的として設けてもよい。
【0041】
・上記実施形態の溶射材料は、不可避的不純物等の上記材料A,B以外の成分を含むことを許容する。溶射材料から形成される溶射皮膜の耐久性の向上という観点から、溶射材料の固形分中の材料A,Bの含有量は、80質量%以上であることが好ましく、より好ましくは90質量%以上、さらに好ましくは95質量%以上である。
【0042】
・上記実施形態の溶射材料が被覆処理される基材の材質は、耐久性を向上させることを目的とする基材であれば、特に限定されるものではないが、上述した金属製、セラミック製の基材以外にも、炭素鋼等の各種基材に適用してもよい。
【0043】
・上記実施形態の溶射材料がスラリー状の形態の場合、分散媒を用いて調製することができる。分散媒として、例えばメタノール、エタノール等のアルコール類、トルエン、ヘキサン、灯油等が挙げられる。スラリー状の溶射材料は、その他の添加剤、例えば分散剤、凝集剤、粘度調整剤等をさらに含有してもよい。
【実施例】
【0044】
次に、実施例及び比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。
下記表1に示される材料からなる各実施例及び比較例の溶射材料を調製し、表2に示す条件で、各溶射材料を基材表面に溶射した。溶射材料の製造方法は、材料Aを含む粉末と材料Bを含む粉末の混合物を、3.6質量%ポリビニルアルコール(PVA)水溶液に分散させてスラリーを調製し、そのスラリーを噴霧造粒機を用いて気流中に噴霧し、乾燥させることで造粒粉末を作製した。そして、その造粒粉末を、不活性雰囲気中で、各材料の融点未満の温度で焼結し、さらに必要に応じてボールミルを用いて解砕及び分級することにより調製した。
【0045】
なお、材料Aの原料一次平均粒子径は、実施例9が0.01μm、実施例10が0.04μm、実施例11が10μm、実施例12が15μm、その他を2μmとした。材料Bの原料一次平均粒子径は、実施例11が1μm、実施例12が0.5μm、その他を2μmとした。
【0046】
表1の“粒子径比率”は、各例の溶射材料の材料Bの平均一次粒子径(Y)に対する材料Aの平均一次粒子径(X)の比(X/Y)の値を示す。
各例の溶射材料(造粒−焼結粉)の平均二次粒子径は、いずれも約32μmであった。
【0047】
平均一次粒子径は、走査電子顕微鏡(SEM)を用いて粒子の断面を観察することにより得られる粒子の断面画像を用いて測定した。平均二次粒子径は、レーザ回折/散乱式粒度測定器(堀場製作所社製、LA−300)を用いて測定した。
【0048】
【表1】
【0049】
【表2】
[塩水噴霧試験]
各例の溶射材料を用いて形成された溶射皮膜の環境遮断性を、JIS Z 2371:2000塩水噴霧試験方法の規定に準拠して評価した。具体的には、スガ試験機株式会社の塩水噴霧試験機STP−90V−3を用いて塩水噴霧試験を実施し、クラックを通じて溶射皮膜の表面に発生する基材の錆が確認できるまでの時間を測定することで、溶射皮膜の耐食性を評価した。換言すると、この基材を環境雰囲気等から遮断する性能を評価することにより、溶射皮膜の自己修復機能を評価することができる。
【0050】
評価結果は、24h以上の噴霧時間で錆が発生しなかった溶射皮膜を良(○)、12h以上24h未満の噴霧時間で錆が発生した溶射皮膜を可(△)、12h未満の噴霧時間で錆が発生した溶射皮膜を不良(×)の3段階で表した。結果を表1に示す。
【0051】
[熱サイクル試験]
各例の溶射材料を用いて形成された溶射皮膜の耐熱性を、熱サイクル試験により評価した。熱サイクル試験は、各例の溶射皮膜を加熱及び冷却が交互に繰り返される熱サイクル試験に供した時の防錆性を評価した。一回の熱サイクル試験では、各例のプレートの周囲温度を、電気炉によって、室温から1000℃まで300℃/時間の昇温速度で加熱し、1000℃に2時間保持した後に300℃/時間の降温速度で600℃まで冷却し、その後室温まで自然冷却するという操作を繰り返した。この操作を5回繰り返し、クラックを通じて溶射皮膜の表面に発生する基材の錆が生じなかった場合を良(○)、錆が生じた場合を不良(×)として評価した。
【0052】
[皮膜の硬度比]
皮膜の硬度比は、各例の溶射材料を用いて形成された溶射皮膜のビッカース硬度を、株式会社島津製作所製の微小硬度測定器HMV−1で測定し、比較例1の値を1とした場合の相対値を示す。
【0053】
表1に示されるように、酸化開始温度が1000℃以下の非酸化物系の材料Aを含有する溶射材料は、かかる材料を含有しない各比較例に対し、溶射皮膜の耐久性に優れることが確認された。
【0054】
次に、上記実施形態及び別例から把握できる技術的思想について、それらの効果とともに以下に追記する。
(a)(A)熱重量測定により求められる酸化開始温度が1000℃以下の非酸化物系の材料、及び(B)セラミック材料(前記材料(A)を除く)を含んでなる基材防食用の溶射材料。従って、この(a)に記載の発明によれば、この溶射材料を用いて得られる溶射皮膜の自己修復機能の発揮により、基材表面における酸化の進行を抑制することができる。