(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6598243
(24)【登録日】2019年10月11日
(45)【発行日】2019年10月30日
(54)【発明の名称】イオンビーム源装置及び該装置を用いてイオンビーム電流密度を制御する方法
(51)【国際特許分類】
H01J 37/04 20060101AFI20191021BHJP
H01J 27/02 20060101ALI20191021BHJP
H01J 37/08 20060101ALI20191021BHJP
【FI】
H01J37/04
H01J27/02
H01J37/08
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2015-163237(P2015-163237)
(22)【出願日】2015年8月20日
(65)【公開番号】特開2017-41385(P2017-41385A)
(43)【公開日】2017年2月23日
【審査請求日】2018年6月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】藤原 大
(72)【発明者】
【氏名】榊田 創
(72)【発明者】
【氏名】中宮 明久
(72)【発明者】
【氏名】平野 洋一
(72)【発明者】
【氏名】木山 学
【審査官】
右▲高▼ 孝幸
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭59-63729(JP,A)
【文献】
特開平5-267229(JP,A)
【文献】
特開平9-259781(JP,A)
【文献】
特開2000-12293(JP,A)
【文献】
特開2000-133497(JP,A)
【文献】
特表2013-525939(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 27/00
H01J 37/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
加速電極と減速電極と接地電極からなる、ビーム引き出し電極が、メッシュ構造を有し、該ビーム引き出し電極を用いて、イオン源真空容器内のプラズマから、イオンビーム引き出し有効部の形状のイオンビームを引き出すイオンビーム源装置であって、
イオンビーム源装置の前記加速電極のイオンビーム引き出し有効部近傍で、前記イオン源真空容器内のイオン源プラズマ中に、前記イオンビーム引き出し有効部の形状に準じた枠形状又は棒の絶縁物を設置することにより、イオン源内のプラズマの空間電位が上昇して、イオンビームの電流密度を増加させることを特徴とするイオンビーム源装置。
【請求項2】
前記絶縁物を、前記加速電極からの距離を変化させることにより、イオンビーム電流密度の増減を調節可能とすることを特徴とする請求項1に記載のイオンビーム源装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のイオンビーム源装置を用いて、イオンビーム電流密度を制御する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン源を利用している全てのイオンビーム装置、あるいは中性粒子ビーム装置に関し、特に,約1keV以下の低エネルギーイオンビーム装置を使用する産業分野(イオンドーピング、材料表面改質、材料合成)において利用可能であり、更に、電力消費が非常に厳しい宇宙空間で使用されるイオンエンジンなどの分野に利用可能である。
【背景技術】
【0002】
イオンと電子が共存してほぼ電気的な中性が保たれているイオンビーム源から、メッシュ構造、あるいは1個ないし多数の孔を持った電極を用いて、電場によりイオンだけを引き出すイオンビーム装置においては、引き出されたイオンによって空間電荷が形成され、引き出し電流密度が大きくなると、それに比例した大きな電場が発生し、その結果イオンビームが自己発散してしまい、イオンビームの電流密度を増加させることは困難である。特に、低エネルギーイオンビームにおいてはこの問題は顕著である。イオンビームのエネルギーが大きくビーム引き出し方向の速度が大きい場合には、発散の影響は小さいが、低エネルギーのビームを引き出す場合には、発散の影響が大きくなり、電極から少し離れただけで電流密度の高い集束性の良いビーム得ることができなくなる。
これまで、イオンビームの電流密度を増加させる技術として、(1)イオンビームが伝播するチャンバー内に熱電子発生装置を設置し、イオンによって形成される空間電荷を熱電子により中和する方法(特許文献1,特許文献2参照)、(2)電子ビーム装置などの電荷中和装置を設置し、イオンによって形成される空間電荷を接地電極から生成される二次電子により中和する方法(特許文献3、特許文献4参照)が考案されている。また、絶縁物をイオン源に用いた技術として、イオンビーム装置の加速電極と他の電極を共に絶縁物で完全に覆うことで熱歪を抑え、グリッド間隔を一定に保つ方法(特許文献5参照)が提案されている。また、絶縁物をイオン源の真空容器として使用する方法(特許文献6参照)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第3076843号公報
【特許文献2】特開平9−115850号公報
【特許文献3】特開2008−52909号公報
【特許文献4】特開2012−113967号公報
【特許文献5】特開平5−215064号公報
【特許文献6】特開2009−85206号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記方法ではイオンビームの電流密度を増加させるために、イオンビームが伝播する空間中にイオンの電荷を中和する装置が必要であり、イオンビームのシステムが複雑化し、設備導入コストも増加してしまう。更に、イオンの電荷を中和する装置は電子をイオンビームが伝播するチャンバー内に多量に発生させるため、電力の消費も増大してしまう。
一方、上記にも述べたように、高い印加電圧を加速電極に与える事によって、イオンビームのエネルギーを上げ、ビーム引き出し方向の速度を大きくすることによってイオンビームの発散を抑える事もできる。しかしながら、産業分野においては低エネルギーのイオンビームを利用して物質生成、表面改質、加工などが盛んに行われており、設備投資が少なく、メンテナンスが簡便で、省電力な、生産効率向上ができる電流密度の大きい低エネルギーイオンビームが求められている。
また、従来技術で述べたように、絶縁物を加速電極、もしくはイオン源の真空容器に用いる方法が考案されているが、設置方法、発明目的、及び発明効果も本発明とは異なる為、イオンビームの電流密度を増加させる技術とはなし得ない。
【課題を解決するための手段】
【0005】
そこで、上記課題を解決するために、本発明では、イオンビーム装置の加速電極のイオンビーム有効引き出し部近傍のイオン源プラズマ中に絶縁物を設置することにより、イオンビーム源内に生成されているプラズマの空間電位が上昇し、結果としてビームエネルギーが上昇することで、引き出されたイオンビームの発散が抑制され、電流密度が増加することを利用する。
すなわち、本発明は、メッシュ構造、または孔のあいた電極を用いてイオンビームを引き出すイオンビーム源装置であって、イオンビーム装置の加速電極のイオンビーム有効引き出し部近傍でイオン源プラズマ中に絶縁物を設置することにより、イオンビームの電流密度を増加させることを特徴とするイオンビーム源装置である。
また、本発明は、上記イオンビーム源装置において、前記絶縁物を、加速電極からの距離を変化させることにより、イオンビーム電流密度の増減を調節可能とすることを特徴とする。
また、本発明は、上記イオンビーム源装置において、前記絶縁物の形状は、前記イオンビーム有効引き出し部の形状に準じた枠形状であることを特徴とする。
また、本発明は、上記イオンビーム源装置を用いて、イオンビーム電流密度を制御する方法である。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、イオンビームの電流密度増加を、無酸素銅、モリブデン、カーボンといった通常用いられている材料で製作された加速電極のイオン源側、イオンビーム有効引き出し部近傍に、絶縁物を配置する簡単な手法で実現することが可能となり、従来のごとく、イオン電荷を中和するための装置を設置する必要がないので、イオンビームのシステムが複雑化せず、イオンビーム源の内部に絶縁物を設置するだけなので、簡易的であり、省エネルギーであり、設備導入コストも廉価である。
また、本発明によれば、イオンビームの電流密度の増加を加速電極への印加電圧を上げずに、絶縁物の設置のみによって行うため、省エネルギー,低コストで簡便に実現することが可能となり、従来のごとくイオンビーム電流密度を増加させるために高い電圧を加速電極に印加する必要性が無いため、低エネルギーイオンビームの電流密度を増加させることが可能となる。
また、本発明によれば、不純物の発生源となるものを必要としないので、純度の高いビームの発生が可能となる。
更に、本発明によれば、イオンビーム源内に設置した絶縁物と加速電極の距離を変化させることにより、イオンビームの電流密度を調節することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1は、本発明のイオンビーム源装置の一例であって、イオン源内に生成されるプラズマ中の加速電極の引き出し有効部近傍にイオンビーム電流密度増大装置としての絶縁物を設置し、電極から引き出されるイオンビームの電流密度を増大させるシステムを示した図である。絶縁物は、イオン源内に装置固定治具およびボルトなどで設置、固定される。
【
図2】
図2は、本発明のイオンビーム源装置を評価する実施実験で用いたイオンビーム装置とL型プローブの配置を示した図である。
【
図3】
図3は、加速電極への印加電圧は変化させず、イオンビーム電流密度増大装置(絶縁物)の設置有りの場合となしの場合のイオンビーム電流密度値を比較した図である。y軸(縦軸)は接地電極から285mmの位置でのファラデーカップによって計測したイオンビーム電流密度、x軸(横軸)はイオンビーム進行方向に対し垂直方向の距離(ビーム中心を0とする)である。
【
図4】
図4は、加速電極とイオンビーム電流増加装置(絶縁物)の距離を変化させた時の、イオン源電圧とイオンビーム中心部でのイオンビーム電流密度の変化を示した図である。x軸は絶縁物の加速電極からの距離であり、左y軸はイオン源真空容器電圧であり○印のプロットに対応し、右y軸はイオンビーム中心での接地電極から285mmの位置でのイオンビーム電流密度であり■印のプロットに対応する。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明では、イオンビーム装置の加速電極のイオンビーム有効引き出し部近傍のイオン源プラズマ中に絶縁物を設置することにより、イオン源内に生成されているプラズマの空間電位が上昇し、結果としてビームエネルギーが上昇することで、引き出されたイオンビームの発散が抑制され、電流密度が増加することをその原理とするので、従来必要とされていたイオン電荷を中和するための装置を設置する必要がない。
更に、イオンビーム源装置内部に設置した絶縁物と加速電極の距離を変化させることにより、イオン源内の空間電位を調節可能とすることができ、結果としてビームエネルギーを調節可能とすることができ、引き出されたイオンビームの集束もしくは発散を制御することで、電流密度の増減を制御できる。
【実施例】
【0009】
本発明の一実施例を
図1に示す。
図1のイオンビーム源装置のイオン源真空容器内は、
図1に示されていない排気装置により真空排気され、
図1に示されていない永久磁石により真空容器周辺にカスプ磁場が加えられている。放電用ガスは、
図1には示されていないガス供給装置から供給される。このガスは、
図1には示されていない高周波供給装置から容器内に送り込まれる高周波電力、あるいは
図1に示されていないフィラメント電極とイオンビーム源容器壁との間のアーク放電、もしくはその他の手法によるエネルギー供給により電離・加熱され、密度の高いプラズマとして生成され、かつイオン源真空容器壁付近の強力なカスプ磁場により容器壁から隔離されて閉じ込められている。
ここに示したイオンビーム源装置の場合には、このイオン源真空容器内のプラズマから、
図1に示された三枚のビーム引き出し電極(加速電極,減速電極,接地電極)によりイオンビーム引き出し有効径の径を有したイオンビームが引き出されるが、このままの状態ではこのイオンビームは、イオンの持つ電荷による自己電場の効果で自己発散してしまい、高い電流密度を得ることは難しい。
本発明では、イオンビーム装置の加速電極のイオンビーム有効引き出し部近傍でイオン源プラズマ中に、
図1に示されるように、絶縁物を設置し、ビームの発散を抑制し高い電流密度を実現する。
【0010】
図2に本発明のイオンビーム源装置を評価する実施実験で用いたイオンビーム装置とL型プローブの配置を示す。実施実験に用いたイオンビーム電流密度増加装置は、イオン源内のプラズマパラメーターを計測するために使用されていたL型プローブ(絶縁物)である。L型プローブ先端付近は1本のアルミナの円柱棒と4角形のアルミナから構成されている。L型プローブは引き出し電極とは反対側のイオン源壁面から、前述の4角形のアルミナに連結させたアルミナの円柱棒を回転及び直進運動させることのできる導入器によって支持されている。実験では、L型プローブと加速電極の距離を変化させ、イオンビーム電流密度とイオン源電圧の変化を計測した。
【0011】
図3に本発明の絶縁物使用の有無による差異を実際の実験結果を用いて示す。実験では、加速電圧へ印加する電圧は110V、減速電圧へ印加する電圧は−520V、引き出し電流は100mAと固定している。
図3のx軸は引き出し電極の中心を基準とするイオンビーム方向に垂直な座標を表しており、y軸はイオンビームの電流密度となっている。ここで、イオンビームの電流密度は接地電極から引き出されたイオンビームの電流密度を接地電極から285mmの位置でのファラデーカップにより計測したものである。
図3のように、本発明を使用した場合、電流密度が増大していることが示されている。
【0012】
図4に本発明のイオンビーム電流密度増加装置の加速電極からの設置距離を変化させた時の、イオン源真空容器電圧とイオンビーム中心位置の電流密度の変化を示す。
図4のx軸はイオンビーム電流密度増加装置の加速電極からの設置距離を表している。左側y軸はイオン源の電圧値、右側y軸はイオンビーム中心での接地電極から285mmの位置での電流密度値を表している。ここで、前述のイオン源の電圧は,イオンビームエネルギーと比例関係にあることがわかっている(Y.Hirano,et al.,Rev.Sci.Instrum.85,02A728(2014),1−3.)。
図4のように、イオンビーム電流密度増加装置の加速電極からの設置距離を大きくしていく(0〜50mmの範囲において)とイオン源真空容器電圧が下がっていくことが示されている。したがって、イオンビーム電流密度増加装置の加速電極からの設置距離を大きくしていく(0〜50mmの範囲において)とイオンビームエネルギーが下がることを示している。また,イオンビーム電流密度増加装置の加速電極からの設置距離を大きくしていく(0〜50mmの範囲において)と電流密度も下がっていくことが示されている。この結果から、イオンビーム電流密度増加装置の設置距離を変化させることで、イオンビーム電流密度の値を調節可能であることが示される。
【0013】
本発明のイオンビーム電流密度増加装置としての絶縁物は、アルミナ、ボロンナイトライド、石英などの誘電体で構成される。また、絶縁物の形状は電極の有効引き出し部分の形状に準じ、引き出し部を覆わない限り限定されない。
図5に、絶縁物の形状例を示す。図のaは四角型の枠形状で、bは円筒形の枠形状であり、それぞれの形状は、電極の有効引き出し部分の形状が四角形の場合、円形の場合に対応するものである。上記の形状のイオンビーム引き出し有効径の外側に開いている複数の穴は、イオン源に治具及びボルトで固定するための取付け用穴の例である。
【産業上の利用可能性】
【0014】
本発明のイオンビーム源装置は、全てのイオンビーム装置あるいは中性子ビーム装置に利用可能であり、特に低エネルギーイオンビームを使用するものや低消費電力が要求されるものにおいて好適である。