特許第6598378号(P6598378)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6598378タンタル酸リチウム単結晶基板の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6598378
(24)【登録日】2019年10月11日
(45)【発行日】2019年10月30日
(54)【発明の名称】タンタル酸リチウム単結晶基板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C30B 29/30 20060101AFI20191021BHJP
   C30B 33/02 20060101ALI20191021BHJP
【FI】
   C30B29/30 B
   C30B33/02
【請求項の数】5
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2016-223982(P2016-223982)
(22)【出願日】2016年11月17日
(65)【公開番号】特開2018-80088(P2018-80088A)
(43)【公開日】2018年5月24日
【審査請求日】2018年10月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100159433
【弁理士】
【氏名又は名称】沼澤 幸雄
(72)【発明者】
【氏名】加藤 公二
(72)【発明者】
【氏名】阿部 淳
【審査官】 安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−098410(JP,A)
【文献】 特開2005−314137(JP,A)
【文献】 特表2008−500731(JP,A)
【文献】 特開2016−139837(JP,A)
【文献】 特開2010−173865(JP,A)
【文献】 特開2004−352533(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 1/00−35/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コングルエント組成のタンタル酸リチウム単結晶基板にLi拡散処理を行って、少なくとも一方の基板表面におけるLi濃度が、コングルエント組成でのLi濃度よりも高くなるようにするLi拡散処理工程と、該Li拡散処理工程では、少なくとも一方の基板表面から特定の深さまで疑似ストイキオメトリー組成であるLi拡散層を形成して、該Li拡散層の厚さと200μm以上、500μm未満の基板全体の厚さとの比が15%以下となるように処理すると共に、Li拡散処理を施されたタンタル酸リチウム単結晶基板を最大粒径が180μm以上500μm以下で不純物が1000ppm以下の炭酸リチウム粉末中に埋め込んで、還元性ガスの濃度が0.2vol% 以上30vol%以下の還元性ガス雰囲気下において、350℃以上、キュリー温度以下の温度の常圧下で熱処理を行って、基板の厚み方向における体積抵抗率が1.0×1011Ω・cm以上、2.0×1013Ω・cm以下で、かつ、基板内における体積抵抗率の最大値と最小値の比が4.0 以下となるように施す焦電性抑制処理工程と、を含むタンタル酸リチウム単結晶基板の製造方法。
【請求項2】
前記Li拡散処理工程において、少なくとも一方の基板表面が疑似ストイキオメトリー組成で、基板内部に該基板表面よりもLi濃度の低い範囲を有するように処理することを特徴とする請求項1に記載のタンタル酸リチウム単結晶基板の製造方法。
【請求項3】
前記焦電性抑制処理工程において、少なくとも一方の基板表面の明度L*が30以上、85以下で、かつ、基板内における明度L*の最大値と最小値の比が1.5以下となるように処理することを特徴とする請求項1または2に記載のタンタル酸リチウム単結晶基板の製造方法。
【請求項4】
Li拡散処理を施されたタンタル酸リチウム単結晶基板に単一分極処理を施す工程を含むことを特徴とする請求項1から3の何れかに記載のタンタル酸リチウム単結晶基板の製造方法。
【請求項5】
前記還元性ガスは、水素又は一酸化炭素を含むことを特徴とする請求項1から4の何れかに記載のタンタル酸リチウム単結晶基板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焦電性が抑制されたタンタル酸リチウム単結晶基板の製造方法関する。
【背景技術】
【0002】
近年、携帯電話等の通信システムは複数の通信規格をサポートしており、さらに、各通信規格は複数の周波数バンドから構成されている。このような通信システムでは、周波数調整用又は選択用の部品として、例えば、圧電基板上に弾性表面波を励起するための櫛形電極が形成された弾性表面波(Surface Acoustic Wave;SAW)デバイスが用いられている。
【0003】
この弾性表面波デバイスは、小型で挿入損失が小さく不要波を通さない等の性能が要求され、タンタル酸リチウム(LiTaO;LT)やニオブ酸リチウム(LiNbO;LN)が圧電基板材料として用いられる。一方で、弾性表面波デバイスの更なる高性能化が求められており、これら圧電基板の性能改善が検討されている。
【0004】
非特許文献1には、二重るつぼ法によって作製した定比組成のLTは、通常の一致溶融(コングルエント)組成のLTと比較して電気機械結合係数が20%高くなることが示されている。
【0005】
また、特許文献1には、銅を含むIDT電極を備えた弾性波デバイスにおいて、圧電体としてストイキオメトリー組成LTを用いればブレークダウンモードを抑制できることが示されている。
【0006】
さらに、特許文献2には、気相法によってLT基板中の酸化リチウム濃度を調整して、ストイキオメトリー組成とする方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2011−135245号
【特許文献2】米国特許第6652644号
【特許文献3】特許第4220997号
【特許文献4】特開2015−98410号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】科学技術振興調整費成果報告書 産学官連携共同研究の推進 事後評価 「ITを支えるオプトメディア結晶の実用開発」25頁乃至27頁[online][平成28年11月1日検索]、インターネット<URL:http://scfdb.tokyo.jst.jp/pdf/20021220/2004/200212202004rr.pdf>
【非特許文献2】Yan Tao et al. “Formation mechanism of black LiTaO3 single crystals through chemical reduction.” J. Appl. Cryst. 44 (2011),158‐162
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、近年、弾性表面波デバイスに用いられるLT基板には、静電気スパークによる電極破壊を防止するために焦電性抑制処理が施されている。これは、LT基板を還元処理し、体積抵抗率を下げることによって焦電性を抑制するものである。このような還元処理技術は、特許文献3に記載の方法の他いくつか検討されている。
【0010】
例えば、非特許文献2には、窒素ガス雰囲気中で鉄と炭酸リチウムの混合粉末と共に熱処理を行うLT基板の還元処理方法が開示されているが、この還元処理方法について検討したところ、この方法ではLT基板表面に色ムラができ、面内方向の均質性に劣ることがわかった。
【0011】
また、非特許文献2の還元処理方法では、炭酸リチウムが948K以下の温度で分解して一酸化炭素を生成し、この一酸化炭素がTa5+をTa4+に還元すると考えられる。一方、鉄は触媒として働いて炭酸リチウムが分解して生成した二酸化炭素をさらに一酸化炭素に分解すると考えられるため、この還元処理方法による基板表面の色ムラは、触媒として働く鉄が偏在し、還元度合いに差が生じたためであると考えられる。
【0012】
このような基板の色ムラや面内方向の不均質性を避けるためには、単一の還元剤を用いることが考えられるが、炭酸リチウムのみで還元処理を行った場合は、還元が十分に進行しないという問題がある。
【0013】
さらに、特許文献4には、Li拡散処理を施したLT基板の還元処理について、還元雰囲気下において、LT基板と還元処理されたセラミックスとを接触させた状態にして熱処理を施すことが記載されている。
【0014】
しかしながら、この方法では1回の処理では均一に還元処理されない場合があり、確実に還元処理を行うためには2回の処理が必要となるため、作業工程が増えてしまうという問題がある。また、還元処理されたセラミックス等の還元物質を準備する必要があるため、作業工程の煩雑化、高コスト化も問題となる。
【0015】
そこで、この還元処理方法についてさらに検討を進めた結果、2回の処理を行った場合でも還元処理の均一性は必ずしも十分とはいえず、改善の余地があることがわかった。この原因として、この方法で均一に還元処理を行うためには、LT基板に還元物質を均一に接触させる必要があるところ、Li拡散処理を施したLT基板では、基板内における組成の違いによって格子定数や熱膨張率が異なってしまうために、基板に歪みが生じて還元物質を均一に接触させることが困難になっていると考えられる。
【0016】
そして、還元処理の均一性が十分でない場合、LT基板の体積抵抗率や色にムラが生じ、このようなムラは、デバイス製造において、温度変化による放電やフォトリソグラフィ工程における露光ムラを誘発する恐れがある。
【0017】
本発明者らは、さらに検討した結果、Li拡散処理が施されたLT基板では、コングルエント組成のLT基板よりも体積抵抗率が高くなる傾向があり、そのため上記還元処理方法に限らず、従来の還元処理方法では、複数回の処理を行っても所望の体積抵抗率に到達しない場合があることが判明した。
【0018】
そこで、本発明の目的は、Li拡散処理を施したLT基板の有用な還元処理方法を開発し、体積抵抗率や色ムラが小さく、基板表面が疑似ストイキオメトリー組成であるタンタル酸リチウム単結晶基板の製造方法提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
すなわち、本発明の製造方法は、コングルエント組成のタンタル酸リチウム単結晶基板にLi拡散処理を行って、少なくとも一方の基板表面におけるLi濃度が、コングルエント組成でのLi濃度よりも高くなるようにするLi拡散処理工程と、該Li拡散処理工程では、少なくとも一方の基板表面から特定の深さまで疑似ストイキオメトリー組成であるLi拡散層を形成して、該Li拡散層の厚さと200μm以上、500μm未満の基板全体の厚さとの比が15%以下となるように処理すると共に、Li拡散処理を施されたタンタル酸リチウム単結晶基板を最大粒径が180μm以上500μm以下で不純物が1000ppm以下の炭酸リチウム粉末中に埋め込んで、還元性ガスの濃度が0.2vol% 以上30vol%以下の還元性ガス雰囲気下において、350℃以上、キュリー温度以下の温度の常圧下で熱処理を行って、基板の厚み方向における体積抵抗率が1.0×1011Ω・cm以上、2.0×1013Ω・cm以下で、かつ、基板内における体積抵抗率の最大値と最小値の比が4.0 以下となるように施す焦電性抑制処理工程と、を含むことを特徴とする。
【0020】
また、本発明のLi拡散処理工程では、少なくとも一方の基板表面が疑似ストイキオメトリー組成で、基板内部に該基板表面よりもLi濃度の低い範囲を有するように処理することが好ましい。
【0021】
本発明の焦電性抑制処理工程では、少なくとも一方の基板表面の明度L*が30以上、85以下で、かつ、基板内における明度L*の最大値と最小値の比が1.5以下となるように処理することが好ましい。
【0022】
本発明の製造方法では、Li拡散処理を施されたタンタル酸リチウム単結晶基板に単一分極処理を施す工程を含んでいてもよく、また、還元性ガスには、水素又は一酸化炭素を含むことができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明のタンタル酸リチウム単結晶基板の製造方法によれば、Li拡散処理を施したLT基板でも均一に拡散処理を行うことができる。また、本発明の製造方法で得られたタンタル酸リチウム単結晶基板は、通常のコングルエント組成のLTよりも諸特性に優れ、焦電性も均一に抑制されているため、弾性表面波デバイスに用いられる圧電基板として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本発明の一実施形態である基板表面から特定の深さまで疑似ストイキオメトリー組成であるLi拡散層を有したタンタル酸リチウム単結晶基板を示した模式図である。
図2】実施例における体積抵抗率と明度L*の測定箇所を示した模式図である。
図3】実施例1のLi拡散処理を施されたタンタル酸リチウム単結晶基板について、Li濃度の深さ方向におけるプロファイルを示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の一実施形態を図面に基づいて詳細に説明するが、本発明は、これに何ら限定されるものではない。
【0028】
本発明のタンタル酸リチウム単結晶基板の製造方法は、コングルエント組成のタンタル酸リチウム単結晶基板にLi拡散処理を行って、少なくとも一方の基板表面におけるLi濃度が、コングルエント組成でのLi濃度よりも高くなるように行うLi拡散処理工程を含む。
なお、LT単結晶のコングルエント組成は、おおよそLi/(Li+Ta)=0.485であり、ここでは、Li/(Li+Ta)=0.480〜0.490の組成をいう。
【0029】
Li拡散処理を行う方法は、特に限定されず、Li拡散源と圧電体層を接触させてLiを拡散させることができる。このとき、Li拡散源の状態は固体、液体、気体の何れでもよい。
【0030】
このLi拡散処理の具体的な手法としては、LT基板の構成元素であるLi,Ta,Oを含む組成物を用いる。例えば、LiTaOを主成分とする粉体に、LT基板を埋め込んで加熱することによって、Liを拡散させることができる。また、LiNO,NaNO,KNOを等モル比で混合した融液中に、LT基板を含浸させることによってもLiを拡散させることができる。
【0031】
このLi拡散処理は、少なくとも一方の基板表面におけるLi濃度が、コングルエント組成でのLi濃度よりも高くなるように行う。また、このLi拡散処理は、基板の片面のみから行われてもよいが、両面から行われてもよく、両方の基板表面におけるLi濃度がコングルエント組成でのLi濃度よりも高くなってもよい。ただし、基板片面のLi濃度だけが高くなると、基板に反りが生じる恐れがあることに留意する必要がある。
【0032】
このLi拡散処理工程においては、少なくとも一方の基板表面を疑似ストイキオメトリー組成にすることが好ましい。基板表面が疑似ストイキオメトリー組成であれば、電気機械結合係数、温度特性等の諸特性を向上させることができるからである。
【0033】
また、基板内部には疑似ストイキオメトリー組成よりもLi濃度の低い範囲を有するように処理することが好ましい。さらに、基板表面から特定の深さまで疑似ストイキオメトリー組成であるLi拡散層が形成されている場合、Li拡散層の厚さと基板全体の厚さの比(Li拡散層の厚さ/基板全体の厚さ)を15%以下にすることが好ましく、13%以下にすることがより好ましい。このようにすれば、Li拡散処理を短時間で行うことができるし、基板の反りや割れを抑制することができる。Li拡散層の厚さと基板全体の厚さの比が15%を超えると、基板の歪が大きくなり割れる恐れがある。
【0034】
ここで、疑似ストイキオメトリー組成とは、Li/(Li+Ta)=0.498〜0.502の組成をいう。また、Li拡散層の厚さとは、Li濃度が上記範囲となっている層の厚さであり、基板の両面にLi拡散層が形成されている場合でも片面のみの厚さをいう。さらに、Li拡散層の厚さと基板全体の厚さの比は、例えば、図1においては、T2/T1である。
【0035】
なお、LT基板のLi濃度については、公知の方法により測定すればよいが、例えば、ラマン分光法により評価することができる。LT基板については、ラマンシフトピークの半値幅とLi濃度(Li/(Li+Ta)の値)との間に、おおよそ線形な関係があることが知られている。したがって、このような関係を表す式を用いれば、LT基板の任意の位置における組成を評価することが可能である。
【0036】
ラマンシフトピークの半値幅とLi濃度との関係式は、その組成が既知であって、Li濃度が異なる幾つかの試料のラマン半値幅を測定することによって得られるが、ラマン測定の条件が同じであれば、文献などで既に明らかになっている関係式を用いてもよい。例えば、LT単結晶については、下記の式を用いることができる(2012 IEEE International Ultrasonics Symposium Proceedings,Page(s)1252‐1255参照)。
【0037】
Li/(Li+Ta)=(53.15−0.5FWHM1)/100
【0038】
ここで、「FWHM1」とは、600cm−1付近のラマンシフトピークの半値幅であり、測定条件の詳細については文献を参照されたい。
【0039】
さらに、本発明のタンタル酸リチウム単結晶基板の製造方法は、Li拡散処理を施されたタンタル酸リチウム単結晶基板を炭酸リチウム粉末中に埋め込んで、還元性ガス雰囲気下において、350℃以上、キュリー温度以下の温度で熱処理を行う焦電性抑制処理工程を含む。この焦電性抑制処理工程は、特別な装置等を必要としない常圧下で行うことが好ましい。
【0040】
ここで、炭酸リチウム粉末は、最大粒径が500μm以下、好ましくは300μm以下のものを用いるのが好ましい。最大粒径が500μm以下の炭酸リチウム粉末は、市販の炭酸リチウム粉末を32メッシュ(目開き500μm)の篩に掛けることによって得られ、最大粒径が300μm以下の炭酸リチウム粉末は、48メッシュ(目開き300μm)の篩に掛けることによって得られる。このような篩に掛けて塊状の炭酸リチウム粉末を取り除くことによって、還元度合いによる体積抵抗率のムラと色ムラを抑えることができる。
【0041】
また、篩の目開きをさらに小さくしてもよいが、80メッシュ(目開き180μm)程度になると、炭酸リチウム粉末が詰まりやすく作業性が悪化するため、炭酸リチウム粉末の最大粒径は180μm以上とすることが好ましい。
【0042】
炭酸リチウム粉末は、繰り返して使用することができるため、コスト的にも優れている。ただし、使用後の炭酸リチウム粉末は、塊状になっている場合があるため、再び篩に掛け、塊状の炭酸リチウム粉末を取り除いてから再利用することが好ましい。
【0043】
還元度合いによるムラを抑えるため、炭酸リチウム粉末には炭酸リチウム以外の物質は含まれないことが好ましいが、1000ppm以下の少量であれば不純物が含まれていてもよい。
【0044】
炭酸リチウム粉末中に埋め込まれたLT基板は、還元性ガス雰囲気下において、350℃以上、キュリー温度以下の温度で熱処理を行う。熱処理を350℃未満の温度で行うと還元が十分に進行せず、一方、キュリー温度よりも高い温度で行うと多分域構造となるので、好ましくない。
【0045】
LT単結晶のキュリー温度は組成によって異なり、Li/(Li+Ta)=0.485のコングルエント組成のLT単結晶のキュリー温度は約604℃、Li/(Li+Ta)=0.500の疑似ストイキオメトリー組成のLT単結晶のキュリー温度は約695℃である。したがって、ここでは600℃以下の温度で熱処理を行うことが好ましい。
【0046】
還元性ガスとしては、水素、一酸化炭素、硫化水素、二酸化硫黄、一酸化窒素等から任意に選択すればよいが、取扱いのし易さから、水素又は一酸化炭素を用いることが好ましい。このような還元性ガス雰囲気にすることによって、鉄等の触媒を用いることなく、炭酸リチウム粉末のみで還元を十分に進行させることが可能となる。
【0047】
また、ここでは、不活性ガスを導入し、還元性ガスと不活性ガスとの混合ガス雰囲気にしてもよい。不活性ガスとしては、窒素やアルゴン、ヘリウム等の希ガスを用いることができる。中でも比較的安価な窒素を用いることが好ましい。
【0048】
還元性ガスと不活性ガスとの混合ガス雰囲気とすれば、還元性ガスの濃度をコントロールすることによって、LT基板の還元度合いを制御し、体積抵抗率を調整することが可能となる。また、還元性ガスとして水素などの爆発性ガスを用いた場合も、不活性ガスで希釈することによって爆発の危険性を抑えることができる。
【0049】
還元性ガスの濃度は、0.2vol%以上30vol%以下であることが好ましく、0.4vol%以上20vol%以下であることがより好ましい。還元性ガスの濃度は、目的とする体積抵抗率に応じて適宜制御すればよいが、還元性ガスの濃度が低い方が還元度合いによるムラを抑制できる傾向にある。したがって、ムラ抑制の観点では、還元性ガスの濃度は10vol%以下であることが好ましく、5vol%以下であることがより好ましく、3vol%以下であることがさらに好ましい。
【0050】
還元性ガスの濃度が高すぎると、ムラが大きくなったり、還元が進行しすぎて基板が脆くなる恐れがある。また、還元性ガスの濃度が低すぎると、還元が十分に進行せず、焦電性を抑制できない恐れがある。
【0051】
還元が十分に進行しない場合、焦電性を抑制するためには複数回の還元処理を行う必要がある。複数回の還元処理が必要になれば、製造工程が増え、高コストになるだけでなく、トータルの熱処理時間も長くなるため、基板に反りやクラックが発生するリスクが高くなる。
【0052】
焦電性抑制処理工程においては、基板の厚み方向における体積抵抗率が1.0×1011Ω・cm以上、2.0×1013Ω・cm以下で、かつ、基板内における体積抵抗率の最大値と最小値の比(最大値/最小値)が4.0以下とすることが好ましい。
【0053】
体積抵抗率が1.0×1011Ω・cm未満であると、SAWデバイスを作製した際に電気的ロスが発生しやすく好ましくない。また、体積抵抗率が2.0×1013Ω・cmを超えると、焦電性が十分に抑制されない可能性がある。体積抵抗率のさらに好ましい範囲は、1.0×1012Ω・cm以上、1.0×1013Ω・cm以下である。
【0054】
また、体積抵抗率の最大値と最小値の比は小さい方が好ましく、2.5以下であることがより好ましく、2.0以下であることがさらに好ましい。体積抵抗率の最大値と最小値の比が4.0を超えると、SAWデバイスの製造工程において不具合が発生したり、最終製品の特性が安定しない恐れがある。
【0055】
焦電性抑制処理工程においては、少なくとも一方の基板表面の明度L*が30以上、85以下で、かつ、基板内における明度L*の最大値と最小値の比(最大値/最小値)が1.5以下とすることが好ましい。
ここで、明度L*とは、JIS Z 8781−4:2013に規定されるCIE 1976 明度指数のことを指す。
【0056】
明度L*が30未満であると、基板に色ムラが発生する恐れがある。また、明度L*が85を超えると、焦電性が十分に抑制されない可能性がある。SAWデバイスを製造する際のフォトリソグラフィ工程においては、明度L*は小さい方が好ましい場合がある。明度L*のさらに好ましい範囲は、35以上、80以下である。
【0057】
また、明度L*の最大値と最小値の比は小さい方が好ましく、1.2以下であることがより好ましい。体積抵抗率の最大値と最小値の比が1.5を超えると、SAWデバイスの製造工程において不具合が発生したり、最終製品の特性が安定しない恐れがある。
【0058】
本発明のタンタル酸リチウム単結晶基板の製造方法は、Li拡散処理を施されたタンタル酸リチウム単結晶基板に単一分極処理を施す工程を含んでもよい。単一分極処理は、公知の手法で行えばよい。一般的には、LT基板をキュリー温度以上に昇温して、電界を印加した状態でキュリー温度以下に降温することによって行われるが、この手法に限定されない。
【0059】
単一分極処理工程は、Li拡散処理工程と焦電性抑制処理工程との間に行われることが好ましく、Li拡散処理工程と同時に行ってもよい。すなわち、Li拡散処理工程において、加熱して昇温した後、電界を印加した状態で降温することによっても行うことができる。
【0060】
本発明における、LT基板全体の厚さは、200μm以上、500μm未満であることが好ましい。基板全体の厚さが200μm未満であると、歪みによる基板の反りが大きくなってしまう。また、SAWデバイスの製造において、500μm以上の厚さの基板が使用されることはほとんどないため、これ以上の厚さの基板にすると、装置の搬送系等でトラブルが発生する恐れがあり、コストも高くなってしまう。
【0061】
本発明のタンタル酸リチウム単結晶基板の製造方法によると、少なくとも一方の基板表面が疑似ストイキオメトリー組成で、基板内部に基板表面よりもLi濃度の低い範囲を有し、基板の厚み方向における体積抵抗率が1×1011Ω・cm以上、2×1013Ω・cm以下で、基板内における体積抵抗率の最大値と最小値の比が4.0未満であり、基板表面の明度L*が30以上、85以下で、基板内における明度L*の最大値と最小値の比が1.5以下であるタンタル酸リチウム単結晶基板を製造することが可能となる。また、このLT基板は、通常のコングルエント組成のLTよりも諸特性に優れ、焦電性も均一に抑制されているため、弾性表面波デバイスに用いられる圧電基板として有用である。
【実施例】
【0062】
〈実施例1〉
実施例1では、まず、引き上げ法によって、コングルエント組成(Li/(Li+Ta)=0.485)の4インチ(10cm)径タンタル酸リチウム単結晶を作製した。次に、このLT単結晶をスライスし、両面にラップ加工を施すことによって、厚さ350μmの42°回転YカットLT基板を作製した。
【0063】
一方、Li拡散処理工程で使用するLi拡散源として、モル比でLiCO:Ta=7:3の割合に混合した粉末を1350℃で10時間焼成して、LiTaOを主成分とする粉体を準備した。
【0064】
次に、白金製容器の中に、コングルエント組成のLT基板とLi拡散源となる粉体をいれて、この容器を1000℃で50時間加熱し、Li拡散処理を行った。
【0065】
このLi拡散処理が施されたLT基板について、レーザーラマン分光測定装置(HORIBA Scientific社製LabRam HRシリーズ、He−Neイオンレーザー、スポットサイズ1μm、室温)を用いて、Li量の指標となる600cm−1付近のラマンシフトピークの半値幅(FWHM1)を測定し、測定した半値幅から上記数式1を用いてLi濃度を算出した。
【0066】
その結果を図3に示す。このLT基板表面は、Li/(Li+Ta)=0.498〜0.502の範囲内の疑似ストイキオメトリー組成であった。また、基板表面から30μmの深さまで疑似ストイキオメトリー組成のLi拡散層が形成されていた。
【0067】
続いて、このLT基板のZ軸方向に対応する面に、LT多結晶を主成分とするペーストを介して電極を貼り付けた。その後、キュリー温度以上の750℃に昇温して、400Vの電圧を印加した状態で降温することによって単一分極処理を施した。
【0068】
単一分極処理を施したLT基板の体積抵抗率を、三菱化学(株)製ハイレスタ−UP MCP−HT450を用いて、500Vの電圧で1分間測定したところ、測定上限値の1.0×1014Ω・cm以上であった。また、このLT基板をホットプレートで100℃に加熱して、その際の表面電位を(株)キーエンス製SK-030を用いて測定したところ、その結果は、10kV以上の値を示し、焦電性が確認された。
【0069】
次に、焦電性抑制処理工程で使用する炭酸リチウム粉末(本荘ケミカル(株)製)を準備した。この炭酸リチウム粉末は、48メッシュ(目開き300μm)の篩に掛けて、炭酸リチウム粉末の最大粒径を300μm以下となるように調製したものである。
【0070】
続いて、この炭酸リチウム粉末中にLi拡散処理を施されたLT基板を埋め込み、常圧下で、窒素ガスを6L/minと水素ガスを100cc/min流して、還元性ガス雰囲気下として、570℃で8時間の熱処理を行った。このときの還元性ガス(水素ガス)の濃度は、1.7vol%である。
【0071】
このようにして得られたLT基板の体積抵抗率を図2に示す基板の中心と外周4点の計5点について測定したところ、最大値4.1×1012Ω・cm、最小値2.3×1012Ω・cmであり、このときの最大値と最小値の比は1.8となり、比較的小さな値を示した。
【0072】
また、基板表面の明度L*値を図2に示す基板の中心と外周4点の計5点について、日本電色工業(株)製NF555分光色差計を用いて測定したところ、最大値68、最小値65であり、このときの最大値と最小値の比は1.0となり、比較的小さな値を示した。
【0073】
そして、このLT基板を100℃に加熱して、表面電位を測定したところ、その値は0〜0.1kVであり、十分に焦電性が抑制されていることが確認された。
【0074】
〈実施例2〜7と参考例1,2〉
ここでは、実施例1の焦電性抑制処理工程において、還元性ガス種と還元性ガス濃度を種々変えてLT基板を作製し、評価した。そして、これら作製した各基板の評価結果を表1に示す。
なお、ここでは、焦電性の有無については、100℃に加熱したときの表面電位が1kV以上のものを焦電性有りとした。
【0075】
【表1】
【0076】
実施例1〜7のLT基板は、焦電性が無く、反りもなく外観も良好であった。しかしながら、参考例1のLT基板は、還元性ガス濃度が0.1vol%と低すぎるために還元が十分に進行せず、焦電性有りの結果であった。また、参考例2のLT基板は、還元性ガス濃度が33.3vol%と高すぎるために、色ムラが発生した。
【0077】
〈実施例8〜12と参考例3〜5〉
ここでは、実施例1のLT基板の厚さと、Li拡散処理時間を種々変えてLT基板を作製し、評価した。そして、これら作製した各基板の評価結果を表2に示す。
なお、ここでも、焦電性の有無については、100℃に加熱したときの表面電位が1kV以上のものを焦電性有りとした。
【0078】
【表2】
【0079】
実施例8〜12のLT基板は、焦電性が無く、反りもなく外観も良好であった。しかしながら、参考例3のLT基板は、基板全体の厚さが200μm以下より薄い180μmであるために、歪みによる基板の反りが250μmと大きく、デバイス製造工程の吸着搬送において不具合が発生することが懸念される。また、参考例4は、焦電性が無く、外観も良好であるが、基板全体の厚さが500μmと厚いため、装置の搬送系等でトラブルが発生する恐れがあり、コストも高くなってしまうという不都合がある。さらに、参考例5のLT基板は、基板全体の厚さに対するLi拡散層の厚さの割合が大きいため、歪みが大きく、Li拡散処理工程の後に割れてしまった。
【0080】
〈比較例1〉
比較例1では、実施例1と同様の方法で、Li拡散処理工程と単一分極処理を施した。次に、Li拡散処理を施されたLT基板と、還元処理を施したコングルエント組成のLT基板を接触させて、水素ガス雰囲気下で、570℃で10時間の熱処理を行った。その後、大気中で40℃、5時間の熱処理を行い、再度、還元処理を施したコングルエント組成のLT基板を接触させて、水素ガス雰囲気下で、570℃で10時間の熱処理を行った。
【0081】
このようにして得られたLT基板について、実施例1と同様の評価を行ったところ、体積抵抗率の最大値は1.7×1013Ω・cm、最小値は1.8×1012Ω・cmであり、このときの最大値と最小値の比は9.4となり、比較的大きな値を示した。また、明度L*値の最大値は81、最小値は58であり、このときの最大値と最小値の比は1.4となり、比較的大きな値を示した。
【0082】
次に、このLT基板を100℃に加熱して、表面電位を測定したところ、その値は0〜0.1kVであり、焦電性が抑制されていることが確認された。
【0083】
〈比較例2〉
比較例2では、実施例1と同様の方法で、Li拡散処理工程と単一分極処理を施した。次に、焦電性抑制処理工程で使用する炭酸リチウム粉末(本荘ケミカル(株)製)と鉄との混合粉末を準備した。この混合粉末は、48メッシュ(目開き300μm)の篩に掛けて、炭酸リチウム粉末の最大粒径を300μm以下となるように調製し、また炭酸リチウムと鉄の質量比をFe:LiCO=5:100に調製した。
【0084】
続いて、この混合粉末中にLi拡散処理を施されたLT基板を埋め込み、常圧下で、窒素ガス雰囲気下とし、570℃で8時間の熱処理を行った。
【0085】
このようにして得られたLT基板について、実施例1と同様の評価を行ったところ、体積抵抗率の最大値は1.1×1013Ω・cm、最小値は7.4×1011Ω・cmであり、このときの最大値と最小値の比は14.9となり、比較的大きな値を示した。また、明度L*値の最大値は80、最小値は35であり、このときの最大値と最小値の比は2.3となり、比較的大きな値を示した。
【0086】
次に、このLT基板を100℃に加熱して、表面電位を測定したところ、その値は0〜0.1kVであり、焦電性が抑制されていることが確認された。
【0087】
〈比較例3〉
比較例3では、実施例1の焦電性抑制処理工程において、還元性ガスを使用せずに窒素ガス雰囲気下として、LT基板を作製し、評価した。
【0088】
このようにして得られたLT基板について、実施例1と同様の評価を行ったところ、体積抵抗率の最大値と最小値はともに1.0×1014Ω・cm以上を示した。また、明度L*値の最大値は87、最小値は86であり、このときの最大値と最小値の比は1.0であった。
【0089】
次に、このLT基板を100℃に加熱して、表面電位を測定したところ、その値は6〜7kVであり、焦電性が確認された。
【0090】
〈実施例13〉
実施例13では、実施例1で作製したLT基板に、スパッタ処理を施して厚さ0.2μmのAl膜を成膜した。続いて、この基板にフォトレジストを塗布し、ステッパを用いて共振子の電極パタンを露光及び現像した。その後、120℃で加熱処理を行って、さらにRIE(Reactive Ion Etching)を施すことによりSAWデバイスの電極を形成した。なお、このパタニングした電極の1波長は2.50μmとした。RIE後に、形成した電極の各パタンを光学顕微鏡にて観察したところ、95%以上の電極パタンに問題は見られなかった。
【0091】
また、比較として、比較例1で作製したLT基板についても、同様にSAWデバイスの電極を形成したところ、約60%の電極パタンで問題は見られなかったが、約40%の電極パタンにおいては、電極パタンが部分的に切れていたり、線幅にバラつきが見られた。これは、LT基板の色ムラによって露光にムラが生じたり、加熱処理時において部分的に焦電効果に起因する放電現象が発生していたためであると考えられる。
【0092】
次に、SAWデバイスの電極を形成した実施例1のLT基板をステージに載せて、ステージの温度を約20℃〜80℃に変化させて、反共振周波数と共振周波数の温度係数を確認したところ、共振周波数の温度係数は−25ppm/℃であり、反共振周波数の温度係数は−35ppm/℃であったので、平均の周波数温度係数が−30ppm/℃であることが確認された。
【0093】
また、比較として、Li拡散処理を施さずに、焦電性抑制処理を施した42°回転Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板の温度係数についても確認したところ、共振周波数の温度係数は−33ppm/℃であり、反共振周波数の温度係数は−43ppm/℃であったので、平均の周波数温度係数が−38ppm/℃であり、実施例1のLT基板の方が温度特性に優れていることが確認された。
【0094】
さらに、反共振周波数と共振周波数の値から、電気機械結合係数kを次の数1の計算式に基づいて算出したところ、実施例1のLT基板の電気機械結合係数kは7.7%となり、Li拡散処理を施さずに、焦電性抑制処理を施したLT基板の約1.2倍の値を示した。
【0095】
【数1】
【符号の説明】
【0096】
1 タンタル酸リチウム単結晶基板
2 疑似ストイキオメトリー組成のLi拡散層
T1 基板全体の厚さ
T2 疑似ストイキオメトリー組成のLi拡散層の厚さ
図1
図2
図3