【実施例】
【0058】
以下に実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例によって制限されるものではない。
【0059】
[ゾル−ゲル法による酸化タングステン層1〜3の製造]
まず、以下の手順にて酸化タングステン層1〜3を作製した。
【0060】
(酸化タングステン層1の作製)
まず、アルゴン雰囲気下にて、エタノール溶液(純度99.5%)に六塩化タングステン(WCl
6:純度99.99%)を添加し、溶液を5分間撹拌してタングステン成分を含むゾル溶液(Wゾル溶液)を調製した。
【0061】
次に、Wゾル溶液を無アルカリガラス基板上に滴下し、ガラス基板を1500rpmで5秒間回転させ、次いで3000rpmで10秒間回転させてスピンコートを行なった。スピンコートの後、ガラス基板上のWゾル溶液を200℃で3分間乾燥させ、ゲル層をガラス基板上に形成した。さらに、ゲル層上に上記と同じ条件にてWゾル溶液のスピンコートを行なった後、上記と同じ条件でWゾル溶液を乾燥させる処理を4回繰り返した。すなわち、Wゾル溶液のスピンコート及び乾燥をそれぞれ5回行なうことにより、ガラス基板上に酸化タングステンを含むゲル層を形成した。
【0062】
次に、基板上に形成されたゲル層を500℃で10分間焼成し、基板上に酸化タングステン層1を作製した。
【0063】
(酸化タングステン層2の作製)
まず、アルゴン雰囲気下にて、エタノール溶液(純度99.5%)に六塩化タングステン(WCl
6:純度99.99%)を添加し、溶液を5分間撹拌してタングステン成分を含むゾル溶液を調製した。また、アルゴン雰囲気下にて、エタノール溶液(純度99.5%)に四塩化チタン(TiCl
4:純度99.0%)を添加し、溶液を5分間撹拌してチタン成分を含むゾル溶液を調製した。タングステン成分を含むゾル溶液及びチタン成分を含むゾル溶液を混合し、混合ゾル溶液を調製した(タングステン成分に対して、Ti2.0モル%)。
【0064】
次に、酸化タングステン層1の作製と同じ条件にて、混合ゾル溶液のスピンコート及び乾燥を5回行ない、基板上に2.0モル%チタンがドープされた酸化タングステンを含むゲル層を形成した。そして、基板上に形成されたゲル層を500℃で10分間焼成し、基板上に酸化タングステン層2を作製した。
【0065】
(酸化タングステン層3の作製)
まず、アルゴン雰囲気下にて、エタノール溶液(純度99.5%)に六塩化タングステン(WCl
6:純度99.99%)を添加し、溶液を5分間撹拌してタングステン成分を含むゾル溶液を調製した。また、アルゴン雰囲気下にて、エタノール溶液(純度99.5%)に四塩化ジルコニウム(ZrCl
4:純度95%以上)を添加し、溶液を5分間撹拌してジルコニウム成分を含むゾル溶液を調製した。タングステン成分を含むゾル溶液及びジルコニウム成分を含むゾル溶液を混合し、混合ゾル溶液を調製した(タングステン成分に対して、Zr2.0モル%)。
【0066】
次に、酸化タングステン層1の作製と同じ条件にて、混合ゾル溶液のスピンコート及び乾燥を5回行ない、基板上に2.0モル%ジルコニウムがドープされた酸化タングステンを含むゲル層を形成した。そして、基板上に形成されたゲル層を500℃で10分間焼成し、基板上に酸化タングステン層3を作製した。
【0067】
[酸化タングステン層1〜3のX線回折]
次に、基板上に作製した上記酸化タングステン層1〜3のX線回折(XRD:X−ray diffraction)測定を行なった。酸化タングステン層1〜3のXRDパターンを
図2に示す。図中、PureWO
3、Ti:2.0mol%doped及びZr:2.0mol%dopedは、それぞれ酸化タングステン層1〜3に対応する(他の図でも同様)。また、
図2中、縦軸は任意単位の回折強度(intensity/a.u.)であり、横軸は回折角2θ[°]である。
【0068】
図2より、酸化タングステン層にドープされている金属種によって層の結晶系に差が生じていること、ならびに酸化チタン(TiO
2)及び酸化ジルコニウム(ZrO
2)の回折ピークが見られないことが分かる。したがって、酸化タングステン層2、3では、酸化タングステン(WO
3)へTi、Zrがそれぞれドープされており、WとTi又はZrとのイオン半径の差が結晶構造へ影響を及ぼしていることが推測される。なお、W
6+は配位数VI、イオン半径0.60Åであり、Ti
4+は配位数VI、イオン半径0.605Åであり、Zr
4+は配位数VI、イオン半径0.72Åである。
【0069】
[酸化タングステン層1〜3表面のSEM画像]
次に、基板上に作製した上記酸化タングステン層1〜3の表面をSEM(Scanning Electron Microscope)により観察した。酸化タングステン層1〜3表面のSEM画像を
図3に示す。
【0070】
図3より、酸化タングステン層1を構成する粒子の粒径は20nm〜60nm程度、酸化タングステン層2を構成する粒子の粒径は10nm〜40nm程度及び酸化タングステン層3を構成する粒子の粒径は15nm〜30nm程度であることを確認した。これにより、Ti又はZrをドープすることにより酸化タングステンの粒成長が抑制されることが推測される。
【0071】
さらに、
図3では、ドープする金属種によって酸化タングステン層の表面構造に変化が見られ、Tiがドープされた酸化タングステン層2では、酸化タングステン層1に比べ表面が粗く、Zrがドープされた酸化タングステン層3では、酸化タングステン層1に比べ表面が平滑であった。したがって、ドープする金属種に応じて、酸化タングステン層の表面構造を調整できることが推測される。
【0072】
[焼成温度と酸化タングステン層の構造]
次に、酸化タングステンを含むゲル層を焼成して酸化タングステン層を作製する際の焼成温度が、作製された酸化タングステン層の構造に与える影響について、X線回折測定及びSEM観察により検討した。
【0073】
まず、酸化タングステン層1の作製と同様にして、2.0モル%チタンがドープされた酸化タングステンを含むゲル層を有する基板を4つ準備した。そして、基板上に形成されたゲル層を、それぞれ400℃、500℃、600℃又は700℃で10分間焼成して、基板上にTiドープ酸化タングステン層を作製した。
【0074】
また、酸化タングステン層1の作製と同様にして、2.0モル%ジルコニウムがドープされた酸化タングステンを含むゲル層を有する基板を4つ準備した。そして、基板上に形成されたゲル層を、それぞれ400℃、500℃、600℃又は700℃で10分間焼成して、基板上にZrドープ酸化タングステン層を作製した。
【0075】
次に、基板上に作製した、Tiドープ酸化タングステン層及びZrドープ酸化タングステン層のX線回折測定を行なった。Tiドープ酸化タングステン層のXRDパターンを
図4の(a)に示し、Zrドープ酸化タングステン層のXRDパターンを
図4の(b)に示す。
図4では、焼成温度が高くなるにつれて酸化タングステン層の結晶性が向上することが観察された。
【0076】
また、酸化タングステン層1の作製と同様にして、酸化タングステンを含むゲル層を有する基板を準備し、基板上に形成されたゲル層を、700℃で10分間焼成して、基板上に酸化タングステン層を作製した。
【0077】
そして、基板上に作製した、酸化タングステン層(700℃焼成)、Tiドープ酸化タングステン層(700℃焼成)及びZrドープ酸化タングステン層(700℃焼成)の表面をSEMにより観察した。このとき、酸化タングステン層を構成する粒子の粒径は80nm〜150nm程度、Tiドープ酸化タングステン層を構成する粒子の粒径は40nm〜60nm程度及びZrドープ酸化タングステン層を構成する粒子の粒径は25nm〜45nm程度であることを確認した。よって、焼成温度が高くなるにつれて酸化タングステンを構成する粒子の粒径が増加すること、及びTi又はZrをドープすることにより酸化タングステンの粒成長が抑制されることが推測される。
【0078】
[金属のドープ量と酸化タングステン層の構造]
次に、酸化タングステン層におけるTi、Zrのドープ量が、酸化タングステン層の構造に与える影響について、X線回折測定及びSEM観察により検討した。
【0079】
まず、酸化タングステン層2の作製と同様に、タングステン成分を含むゾル溶液及びチタン成分を含むゾル溶液を混合し、タングステン成分に対して、チタン成分が2.0モル%、4.8モル%、9.1モル%、及び16.6モル%含まれる混合ゾル溶液をそれぞれ調製した。そして、酸化タングステン層2の作製と同じ条件にて、基板上にチタンがドープされた酸化タングステンを含むゲル層をそれぞれ形成し、基板上に形成されたゲル層を500℃で10分間焼成し、基板上にTiドープ酸化タングステン層をそれぞれ作製した。
【0080】
また、酸化タングステン層3の作製と同様に、タングステン成分を含むゾル溶液及びジルコニウム成分を含むゾル溶液を混合し、タングステン成分に対して、ジルコニウム成分が2.0モル%、4.8モル%、9.1モル%、及び16.6モル%含まれる混合ゾル溶液をそれぞれ調製した。そして、酸化タングステン層3の作製と同じ条件にて、基板上にジルコニウムがドープされた酸化タングステンを含むゲル層をそれぞれ形成し、基板上に形成されたゲル層を500℃で10分間焼成し、基板上にZrドープ酸化タングステン層をそれぞれ作製した。
【0081】
次に、基板上に作製した、Tiドープ酸化タングステン層及びZrドープ酸化タングステン層のX線回折測定を行なった。Tiドープ酸化タングステン層のXRDパターンを
図5の(a)に示し、Zrドープ酸化タングステン層のXRDパターンを
図5の(b)に示す。
図5より、Tiドープ量又はZrドープ量が増加した場合であっても、TiO
2由来又はZrO
2由来の回折ピークは見られなかった。また、Tiドープ量又はZrドープ量が増加すると、単斜晶、正方晶、立方晶の順に結晶相が転移し、結晶化度が低下することが確認された。これは、酸化タングステンにおけるタングステンの一部が、チタン又はジルコニウムと入れ替わる際に、電荷バランスを保つために酸素欠損が発生するが、Tiドープ量又はZrドープ量が増加することにより、酸素欠損が増加し、結晶性が低下するためであると推測される。
【0082】
そして、基板上に作製した、酸化タングステン層(500℃焼成)、2.0モル%Tiドープ酸化タングステン層(500℃焼成)及び9.1モル%Tiドープ酸化タングステン層(500℃焼成)の表面をSEMにより観察した。酸化タングステン層、2.0モル%Tiドープ酸化タングステン層及び9.1モル%Tiドープ酸化タングステン層表面のSEM画像を
図6に示す。
【0083】
図6より、酸化タングステン層を構成する粒子の粒径は20nm〜60nm程度、2.0モル%Ti酸化タングステン層を構成する粒子の粒径は10nm〜40nm程度及び9.1モル%Ti酸化タングステン層を構成する粒子の粒径は10nm〜30nm程度であることを確認した。これにより、Tiのドープ量が増加するにつれて酸化タングステンの粒成長が抑制されることが推測される。
【0084】
[金属ドープによるフォトクロミック性能への影響]
次に、酸化タングステン層に金属をドープすることによるフォトクロミック性能への影響を検討した。
【0085】
まず、前述のようにして作製した酸化タングステン層1〜3について、光照射前、UV365nmを1時間照射後、及びUV254nmを1時間照射後におけるフォトクロミック性能について調べた。具体的には、光照射前、UV365nmを1時間照射後、及びUV254nmを1時間照射後における酸化タングステン層1〜3の光透過率を測定した。酸化タングステン層1〜3における、光の波長と光透過率との関係を示すグラフを
図7に示しており、(a)は酸化タングステン層1、(b)は酸化タングステン層2、及び(c)は酸化タングステン層3に対応する。
【0086】
図7の(a)〜(c)に示すように、波長1100nmにおける光照射前とUV365nmを1時間照射後又はUV254nmを1時間照射後との光透過率の変化は、以下の通りである。
酸化タングステン層1・・・3.0%(UV365nm)、6.6%(254nm)
酸化タングステン層2・・・1.8%(UV365nm)、5.9%(254nm)
酸化タングステン層3・・・6.0%(UV365nm)、12.5%(254nm)
【0087】
以上により、Zrがドープされた酸化タングステン層3では、酸化タングステン層1、2と比較して近赤外光を多く吸収できることが示された。
【0088】
[ゾル−ゲル法による積層体の製造]
次に、以下の手順にて積層体1〜5を作製した。
【0089】
〔実施例1〕
(積層体1の作製)
まず、アルゴン雰囲気下にて、エタノール溶液(純度99.5%)に六塩化タングステン(WCl
6:純度99.99%)を添加し、溶液を5分間撹拌してタングステン成分を含むゾル溶液を調製した。
【0090】
次に、Wゾル溶液を無アルカリガラス基板上に滴下し、ガラス基板を1500rpmで5秒間回転させ、次いで3000rpmで10秒間回転させてスピンコートを行なった。スピンコートの後、ガラス基板上のWゾル溶液を200℃で3分間乾燥させ、ゲル層をガラス基板上に形成した。さらに、ゲル層上に上記と同じ条件にてWゾル溶液のスピンコートを行なった後、上記と同じ条件でWゾル溶液を乾燥させた。すなわち、Wゾル溶液のスピンコート及び乾燥をそれぞれ2回行なうことにより、ガラス基板上に酸化タングステンを含むゲル層である第1ゲル層を形成した。
【0091】
アルゴン雰囲気下にて、エタノール溶液(純度99.5%)に四塩化チタン(TiCl
4:純度99.0%)を添加し、溶液を5分間撹拌してチタン成分を含むゾル溶液(Tiゾル溶液)を調製した。次に、Tiゾル溶液を第1ゲル層上に滴下し、ガラス基板を1500rpmで5秒間回転させ、次いで3000rpmで10秒間回転させてスピンコートを行なった。スピンコートの後、第1ゲル層上のTiゾル溶液を200℃で3分間乾燥させ、酸化チタンを含むゲル層を第1ゲル層上に形成した。さらに、酸化チタンを含むゲル層上に上記と同じ条件にてTiゾル溶液のスピンコートを行なった後、上記と同じ条件でTiゾル溶液を乾燥させる処理を5回繰り返した。すなわち、Tiゾル溶液のスピンコート及び乾燥をそれぞれ6回行なうことにより、第1ゲル層上に酸化チタンを含むゲル層である第2ゲル層を形成した。
【0092】
次に、基板上に形成された第1ゲル層及び第2ゲル層を500℃で10分間焼成した。これにより、基板、酸化タングステンを含む第1の層及び酸化チタンを含む第2の層がこの順番で積層された積層体1(基板/第1の層/第2の層、第1の層の厚さ120nm、第2の層の厚さ70nm)を作製した。
【0093】
〔実施例2〕
(積層体2の作製)
まず、アルゴン雰囲気下にて、エタノール溶液(純度99.5%)に六塩化タングステン(WCl
6:純度99.99%)を添加し、溶液を5分間撹拌してタングステン成分を含むゾル溶液を調製した。また、アルゴン雰囲気下にて、エタノール溶液(純度99.5%)に四塩化チタン(TiCl
4:純度99.0%)を添加し、溶液を5分間撹拌してチタン成分を含むゾル溶液を調製した。タングステン成分を含むゾル溶液及びチタン成分を含むゾル溶液を混合し、混合ゾル溶液を調製した(タングステン成分に対して、Ti2.0モル%)。
【0094】
次に、混合ゾル溶液を無アルカリガラス基板上に滴下し、ガラス基板を1500rpmで5秒間回転させ、次いで3000rpmで10秒間回転させてスピンコートを行なった。スピンコートの後、ガラス基板上の混合ゾル溶液を200℃で3分間乾燥させ、2.0モル%チタンがドープされた酸化タングステンを含むゲル層をガラス基板上に形成した。さらに、2.0モル%チタンがドープされた酸化タングステンを含むゲル層上に上記と同じ条件にて混合ゾル溶液のスピンコートを行なった後、上記と同じ条件で混合ゾル溶液を乾燥させた。すなわち、混合ゾル溶液のスピンコート及び乾燥をそれぞれ2回行なうことにより、ガラス基板上に2.0モル%チタンがドープされた酸化タングステンを含むゲル層である第1ゲル層を形成した。
【0095】
さらに、積層体1の作製と同じ条件にて、Tiゾル溶液のスピンコート及び乾燥をそれぞれ6回行なうことにより、第1ゲル層上に酸化チタンを含むゲル層である第2ゲル層を形成した。
【0096】
そして、基板上に形成された第1ゲル層及び第2ゲル層を500℃で10分間焼成した。これにより、基板、2.0モル%Tiドープ酸化タングステンを含む第1の層、酸化チタンを含む第2の層がこの順番で積層された積層体2(基板/第1の層/第2の層、第1の層の厚さ120nm、第2の層の厚さ70nm)を作製した。
【0097】
〔実施例3〕
(積層体3の作製)
まず、アルゴン雰囲気下にて、エタノール溶液(純度99.5%)に六塩化タングステン(WCl
6:純度99.99%)を添加し、溶液を5分間撹拌してタングステン成分を含むゾル溶液を調製した。また、アルゴン雰囲気下にて、エタノール溶液(純度99.5%)に四塩化ジルコニウム(ZrCl
4:純度95%以上)を添加し、溶液を5分間撹拌してジルコニウム成分を含むゾル溶液を調製した。タングステン成分を含むゾル溶液及びジルコニウム成分を含むゾル溶液を混合し、混合ゾル溶液を調製した(タングステン成分に対して、Zr2.0モル%)。
【0098】
次に、積層体1の作製と同じ条件にて、混合ゾル溶液のスピンコート及び乾燥を2回行ない、基板上に2.0モル%ジルコニウムがドープされた酸化タングステンを含むゲル層である第1ゲル層を形成した。さらに、積層体1の作製と同じ条件にて、Tiゾル溶液のスピンコート及び乾燥をそれぞれ6回行なうことにより、第1ゲル層上に酸化チタンを含むゲル層である第2ゲル層を形成した。
【0099】
そして、基板上に形成された第1ゲル層及び第2ゲル層を500℃で10分間焼成した。これにより、基板、2.0モル%Zrドープ酸化タングステンを含む第1の層、酸化チタンを含む第2の層がこの順番で積層された積層体3(基板/第1の層/第2の層、第1の層の厚さ120nm、第2の層の厚さ70nm)を作製した。
【0100】
積層体3の表面(第2の層側)をSEMにより観察した。積層体3の表面のSEM画像を
図8に示す。なお、積層体3における第2の層の表面に傷をつけ、その傷をつけた箇所を観察した。
図8に示すように、酸化チタンを含む第2の層が設けられていない酸化タングステン層3の表面(
図3の(c))と比較して、積層体3の表面はより平滑であった。
【0101】
〔実施例4〕
(積層体4の作製)
まず、積層体1の作製と同じ条件にて、Wゾル溶液のスピンコート及び乾燥を1回行ない、ガラス基板上に酸化タングステンを含むゲル層である第1ゲル層を形成した。次に、積層体1の作製と同じ条件にて、Tiゾル溶液のスピンコート及び乾燥をそれぞれ6回行なうことにより、第1ゲル層上に酸化チタンを含むゲル層である第2ゲル層を形成した。さらに、積層体1の作製と同じ条件にて、Wゾル溶液のスピンコート及び乾燥を1回行ない、第2ゲル層上に酸化タングステンを含むゲル層である第1ゲル層を形成した。
【0102】
そして、基板上に形成された第1ゲル層及び第2ゲル層を500℃で10分間焼成した。これにより、基板、酸化タングステンを含む第1の層、酸化チタンを含む第2の層及び酸化タングステンを含む第1の層がこの順番で積層された積層体4(基板/第1の層/第2の層/第1の層、第1の層の厚さそれぞれ60nm、第2の層の厚さ70nm)を作製した。
【0103】
〔比較例1〕
(積層体5の作製)
まず、積層体1の作製と同じ条件にて、Tiゾル溶液のスピンコート及び乾燥をそれぞれ6回行なうことにより、ガラス基板上に酸化チタンを含むゲル層である第2ゲル層を形成した。さらに、積層体1の作製と同じ条件にて、Wゾル溶液のスピンコート及び乾燥を2回行ない、第2ゲル層上に酸化タングステンを含むゲル層である第1ゲル層を形成した。
【0104】
そして、基板上に形成された第1ゲル層及び第2ゲル層を500℃で10分間焼成した。これにより、基板、酸化チタンを含む第2の層及び酸化タングステンを含む第1の層がこの順番で積層された積層体5(基板/第2の層/第1の層、第1の層の厚さ120nm、第2の層の厚さ70nm)を作製した。
【0105】
[酸化チタン層によるフォトクロミック性能への影響]
次に、実施例1〜4及び比較例1のように、第1の層及び第2の層を積層したことによるフォトクロミック性能への影響について検討した。
【0106】
まず、前述のようにして作製した積層体1〜3について、光照射前、UV365nmを第2の層に1時間照射後、及びUV254nmを第2の層に1時間照射後におけるフォトクロミック性能について調べた。具体的には、光照射前、UV365nmを1時間照射後、及びUV254nmを1時間照射後における積層体1〜3の光透過率を測定した。積層体1〜3における、光の波長と光透過率との関係を示すグラフを
図9に示しており、(a)は積層体1、(b)は積層体2、及び(c)は積層体3に対応する。
【0107】
図9の(a)〜(c)に示すように、波長1100nmにおける光照射前とUV365nmを1時間照射後又はUV254nmを1時間照射後との光透過率の変化は、以下の通りである。
積層体1・・・11.5%(UV365nm)、29.7%(254nm)
積層体2・・・9.2%(UV365nm)、40.1%(254nm)
積層体3・・・15.3%(UV365nm)、46.2%(254nm)
【0108】
また、前述のようにして作製した積層体4、5についても、積層体1〜3と同様にして光照射前、UV365nmを第1の層に1時間照射後、及びUV254nmを第1の層に1時間照射後におけるフォトクロミック性能について調べた。このとき、波長1100nmにおける光照射前とUV365nmを1時間照射後との光透過率の変化は、積層体4では前述の酸化タングステン層1よりも若干優れていたが、積層体5では前述の酸化タングステン層1とほとんど差がなかった。
【0109】
以上により、酸化チタン層(第2の層)を酸化タングステン層(第1の層)上に設けることにより、近赤外線領域を含む広波長領域で光吸収量が増加し、フォトクロミック性能が大きく向上することが示された。これは、酸化チタン層へのUV照射により酸化チタン層で生成される励起電子が酸化タングステン層側へ移動することで、W
6+の還元が促進され、かつ電荷分離が向上するためと推測される。さらに、Ti又はZrがドープされた酸化タングステン層を有する積層体2、3では、積層体1と比較して広波長領域での光吸収量が増加していることが示された。
【0110】
一方、積層体4、5のように、酸化タングステン層を酸化チタン層上に設けた場合、積層体4は酸化タングステン層よりも若干フォトクロミック性能が優れていたが、積層体5は酸化タングステン層と比較してもフォトクロミック性能に差はほとんど見られなかった。これは、照射された光がほとんど酸化タングステン層に吸収されてしまい、酸化チタン層にあまり吸収されないためであると推測される。そのため、積層体1〜3のように、フォトクロミック性能を大きく向上させるためには、酸化チタン層上に酸化タングステン層を設けない、あるいは、厚みが小さい酸化タングステン層(第3の層)を酸化チタン層上に設け、この酸化タングステン層を透過した光が酸化チタン層に照射されるようにする必要があると推測される。
【0111】
[金属のドープ量とフォトクロミック性能との関係]
次に、酸化タングステン層における金属のドープ量が、積層体のフォトクロミック性能に与える影響について検討した。
【0112】
まず、酸化タングステン層2の作製と同様に、タングステン成分を含むゾル溶液及びチタン成分を含むゾル溶液を混合し、タングステン成分に対して、チタン成分が4.8モル%、9.1モル%、及び16.6モル%含まれる混合ゾル溶液をそれぞれ調製した。そして、酸化タングステン層2の作製と同じ条件にて、基板上にチタンがドープされた酸化タングステンを含むゲル層をそれぞれ形成した。
【0113】
そして、チタンがドープされた酸化タングステンを含むゲル層上に、実施例1と同様にして、酸化チタンを含むゲル層である第2ゲル層を形成し、次いで、基板上に形成された第1ゲル層及び第2ゲル層を500℃で10分間焼成した。これにより、基板と、4.8モル%、9.1モル%、又は16.6モル%のチタンがドープされた酸化タングステンを含む第1の層と、酸化チタンを含む第2の層とがこの順番で積層された積層体(基板/第1の層/第2の層、第1の層の厚さ120nm、第2の層の厚さ70nm)をそれぞれ作製した。
【0114】
また、酸化タングステン層3の作製と同様に、タングステン成分を含むゾル溶液及びジルコニウム成分を含むゾル溶液を混合し、タングステン成分に対して、ジルコニウム成分が4.8モル%、9.1モル%、及び16.6モル%含まれる混合ゾル溶液をそれぞれ調製した。そして、酸化タングステン層3の作製と同じ条件にて、基板上にジルコニウムがドープされた酸化タングステンを含むゲル層をそれぞれ形成した。
【0115】
そして、ジルコニウムがドープされた酸化タングステンを含むゲル層上に、実施例1と同様にして、酸化チタンを含むゲル層である第2ゲル層を形成し、次いで、基板上に形成された第1ゲル層及び第2ゲル層を500℃で10分間焼成した。これにより、基板と、4.8モル%、9.1モル%、又は16.6モル%のジルコニウムがドープされた酸化タングステンを含む第1の層と、酸化チタンを含む第2の層とがこの順番で積層された積層体(基板/第1の層/第2の層、第1の層の厚さ120nm、第2の層の厚さ70nm)をそれぞれ作製した。
【0116】
次に、前述の積層体1、2.0モル%、4.8モル%、9.1モル%又は16.6モル%のチタンがドープされた第1の層を有する積層体、及び2.0モル%、4.8モル%、9.1モル%、又は16.6モル%のジルコニウムがドープされた第1の層を有する積層体について、フォトクロミック性能を調べた。具体的には、光照射前における各積層体に対するUV254nmを1時間照射後における各積層体の1100nmにおける光透過率の変化量を調べた。結果を
図10に示す。
【0117】
図10は、各積層体における金属のドープ量と光透過率の変化量との関係を示すグラフである。
図10に示すように、Ti又はZrがドープされた酸化タングステン層を有する積層体では、Ti又はZrのドープ量が増加するにつれて、1100nmにおける光透過率の変化量が小さくなる、すなわち、近赤外線領域で光吸収量が低減し、フォトクロミック性能が低下する傾向が示された。また、金属ドープ量の増加によるフォトクロミック性能の低下は、TiドープよりもZrドープにて顕著であった。
【0118】
[焼成温度とフォトクロミック性能との関係]
次に、第1ゲル層及び第2ゲル層の焼成温度が、積層体のフォトクロミック性能に与える影響について検討した。
【0119】
まず、実施例1と同様にして、第1ゲル層及び第2ゲル層を有する基板を4つ準備した。そして、基板上に形成された第1ゲル層及び第2ゲル層を、それぞれ400℃、500℃、600℃又は700℃で10分間焼成し、基板、酸化タングステンを含む第1の層、酸化チタンを含む第2の層がこの順番で積層された積層体をそれぞれ作製した。
【0120】
また、実施例2と同様にして、第1ゲル層及び第2ゲル層を有する基板を4つ準備した。そして、基板上に形成された第1ゲル層及び第2ゲル層を、それぞれ400℃、500℃、600℃又は700℃で10分間焼成し、基板、2.0モル%Tiドープ酸化タングステンを含む第1の層、酸化チタンを含む第2の層がこの順番で積層された積層体をそれぞれ作製した。
【0121】
さらに、実施例3と同様にして、第1ゲル層及び第2ゲル層を有する基板を4つ準備した。そして、基板上に形成された第1ゲル層及び第2ゲル層を、それぞれ400℃、500℃、600℃又は700℃で10分間焼成し、基板、2.0モル%Zrドープ酸化タングステンを含む第1の層、酸化チタンを含む第2の層がこの順番で積層された積層体をそれぞれ作製した。
【0122】
前述のように焼成温度を400℃〜700℃にして作製した各積層体について、フォトクロミック性能を調べた。具体的には、光照射前における各積層体に対するUV254nmを1時間照射後における各積層体の1100nmにおける光透過率の変化量を調べた。結果を
図11に示す。
【0123】
図11は、各積層体における焼成温度と光透過率の変化量との関係を示すグラフである。
図11に示すように、焼成温度が400℃又は500℃のときの各積層体では、焼成温度が600℃又は700℃のときの各積層体に対して1100nmにおける光透過率の変化量が良好であり、より優れたフォトクロミック性能を示した。
【0124】
[脱着色速度評価]
次に、酸化タングステン層である第1の層及び酸化チタン層である第2の層を有する積層体の脱着色速度について評価した。
【0125】
まず、実施例2と同様にして、第1ゲル層及び第2ゲル層を有する基板を準備し、基板上に形成された第1ゲル層及び第2ゲル層を、400℃で10分間焼成し、基板、2.0モル%Zrドープ酸化タングステンを含む第1の層、酸化チタンを含む第2の層がこの順番で積層された積層体を評価用サンプルとして作製した。
【0126】
前述のようにして作製した評価用サンプルにUV254nmを所定の時間照射した後、評価用サンプルの光透過率及び吸光度を測定して着色速度を評価した。結果を
図12、13に示す。
【0127】
図12は、評価用サンプルにおけるUV254nmの照射時間を変更したときの光の波長と光透過率との関係を示すグラフであり、
図13は、評価用サンプルにおけるUV254nmの照射時間と吸光度との関係を示すグラフである。
図12、13に示すように、UV254nmの照射時間が4分の場合と、UV254nmの照射時間が8分〜60分の場合とで光透過率及び吸光度にほとんど差が見られなかった。そのため、UV254nmの照射時間が4分経過した時点で評価用サンプルの着色が完了していることが推測される。さらに、UV254nmの照射により、近赤外線領域を含む広波長領域で高い光吸収量が示された。
【0128】
例えば、従来公知の酸化タングステンとウレタン樹脂とのコンポジット膜(公益社団法人日本セラミックス協会 2015年 年会 講演予稿集1P070 三酸化タングステンベースコンポジット膜のフォトクロミズム特性への低価数元素添加効果を参照)では、50分程度UVを照射することで、光透過率がほぼ一定となっている。そのため、前述の評価サンプルは、従来の酸化タングステン膜と比較しても着色速度が非常に速いことが分かる。
【0129】
次に、前述のようにして作製した評価用サンプルにUV254nmを1時間照射した後、評価用サンプルを暗所に保管し、所定時間経過後に暗所保管した評価用サンプルの光透過率を測定して脱色速度を評価した。結果を
図14に示す。
【0130】
図14は、評価用サンプルにおける暗所保管時間を変更したときの光の波長と光透過率との関係を示すグラフである。
図14に示すように、暗所にて3時間(180分)保管することで、評価用サンプルの脱色は90%程度完了していた。
【0131】
[光触媒性能評価]
積層体1〜3及び酸化チタン膜(厚さ70nm)について、接触角測定(水接触角測定)による親水性評価、及びオレイン酸分解によるセルフクリーニング性能試験を行なうことにより、光触媒性能を評価した。
【0132】
(親水性評価)
まず、積層体1〜3及び酸化チタン膜の親水性評価を行なった。積層体1〜3及び酸化チタン膜の表面を純水で洗浄した後、100℃で15分間乾燥させた。乾燥後、紫外線(波長365nm)を積層体1〜3及び酸化チタン膜の表面に照射し、10分毎の接触角を測定した。接触角の測定は、基板ガラス表面のぬれ性試験方法(JIS R 3257 1999)に準拠して行なった。結果を
図15に示す。
【0133】
図15は、紫外線の照射時間と積層体1〜3及び酸化チタン膜の表面の接触角との関係を示すグラフである。
図15に示すように、積層体1〜3及び酸化チタン膜は、同程度の親水性を示した。
【0134】
(セルフクリーニング性能試験)
次に、積層体1〜3及び酸化チタン膜のセルフクリーニング性能試験を行なった。セルフクリーニング性能試験は、ファインセラミックス−光触媒材料のセルフクリーニング性能試験方法−第1部:水接触角の測定(JIS R 1703−1 2007)に準拠して行なった。具体的には以下の通りである。
【0135】
まず、オレイン酸(純度99.0%)及びヘプタン溶液(濃度60質量%)を混合し、混合溶液(オレイン酸0.5体積%)を調製した。積層体1〜3及び酸化チタン膜の表面を純水で洗浄した後、100℃で15分間乾燥させた後、調製した混合溶液を積層体1〜3及び酸化チタン膜の表面に塗布した。次いで、積層体1〜3及び酸化チタン膜の表面を70℃で15分間乾燥させた後、紫外線(波長365nm)をこれらの表面に照射し、20分毎の接触角を測定した。結果を
図16に示す。
【0136】
図16は、紫外線の照射時間とオレイン酸含有溶液を塗布した、積層体1〜3及び酸化チタン膜の表面の接触角との関係を示すグラフである。なお、清浄表面の接触角は10°である。
図16に示すように、積層体1〜3及び酸化チタン膜は、オレイン酸分解性能を示した。さらに、Ti又はZrがドープされた酸化タングステン層を有する積層体(積層体2、3)では、積層体1と比較してオレイン酸分解性能が向上しており、酸化チタン層である第2の層にて励起電子及び正孔の電荷分離が促進されていることが推測される。
【0137】
また、積層体1〜3について、前述のようにして表面にオレイン酸を含む混合溶液を塗布した後、紫外線(UV:波長365nm)照射のみ、紫外線照射及び水供給、暗所保管ならびに暗所保管及び水供給をそれぞれ行ない、積層体表面の接触角の経時変化について検討した。結果を
図17、18に示す。
【0138】
図17は、積層体1〜3における接触角の経時変化を示すグラフであり、(a)は紫外線照射のみ、(b)は紫外線照射及び水供給、(c)は暗所保管、ならびに(d)は暗所保管及び水供給をそれぞれ行なった場合に対応する。
図18は、紫外線照射のみ、紫外線照射及び水供給、暗所保管ならびに暗所保管及び水供給をそれぞれ行なった際の、接触角の経時変化を示すグラフであり、(a)は積層体1、(b)は積層体2及び(c)は積層体3に対応する。
図17の(a)、(b)及び
図18に示すように、紫外線照射を行なうことで接触角が低下しており、積層体1〜3はオレイン酸分解性能を示した。一方、
図17の(c)、(d)及び
図18に示すように、暗所保管では、時間が経過しても接触角がほぼ一定であり、積層体1〜3はオレイン酸分解性能を示さなかった。
【0139】
実施例1〜実施例3の積層体1〜3では、フォトクロミック機能及びセルフクリーニング機能が確認された。また、Ti又はZrがドープされた酸化タングステン層を有する積層体(積層体2、3)では、積層体1と比較して、より優れた、フォトクロミック機能及びセルフクリーニング機能が確認された。