特許第6603458号(P6603458)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6603458蛍光体、およびその製造方法、ならびにその蛍光体を用いた発光装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6603458
(24)【登録日】2019年10月18日
(45)【発行日】2019年11月6日
(54)【発明の名称】蛍光体、およびその製造方法、ならびにその蛍光体を用いた発光装置
(51)【国際特許分類】
   C09K 11/61 20060101AFI20191028BHJP
   C09K 11/67 20060101ALI20191028BHJP
   C09K 11/59 20060101ALI20191028BHJP
   C09K 11/79 20060101ALI20191028BHJP
   C09K 11/80 20060101ALI20191028BHJP
   C09K 11/62 20060101ALI20191028BHJP
   C09K 11/64 20060101ALI20191028BHJP
   C09K 11/08 20060101ALI20191028BHJP
   H01L 33/50 20100101ALI20191028BHJP
【FI】
   C09K11/61
   C09K11/67
   C09K11/59
   C09K11/79
   C09K11/80
   C09K11/62
   C09K11/64
   C09K11/08 A
   C09K11/08 J
   H01L33/50
【請求項の数】10
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-25284(P2015-25284)
(22)【出願日】2015年2月12日
(65)【公開番号】特開2016-147961(P2016-147961A)
(43)【公開日】2016年8月18日
【審査請求日】2017年11月30日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】303058328
【氏名又は名称】東芝マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091982
【弁理士】
【氏名又は名称】永井 浩之
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【弁理士】
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100107582
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 毅
(74)【代理人】
【識別番号】100118876
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 順生
(74)【代理人】
【識別番号】100187159
【弁理士】
【氏名又は名称】前川 英明
(72)【発明者】
【氏名】平松 亮介
(72)【発明者】
【氏名】アルベサール 恵子
(72)【発明者】
【氏名】石田 邦夫
(72)【発明者】
【氏名】服部 靖
(72)【発明者】
【氏名】加藤 雅礼
【審査官】 厚田 一拓
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−209311(JP,A)
【文献】 特開2014−221890(JP,A)
【文献】 特開平11−228949(JP,A)
【文献】 特開2007−308641(JP,A)
【文献】 特開2010−251621(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/141851(WO,A1)
【文献】 特開2015−163733(JP,A)
【文献】 特表2014−514388(JP,A)
【文献】 特開2012−224536(JP,A)
【文献】 国際公開第2015/089345(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 11/00 − 11/89
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カリウム、ナトリウム、およびカルシウムからなる群から選択される少なくとも1種類の元素と、ケイ素およびチタンからなる群から選択される少なくとも1種類の元素と、フッ素とを含有する基本構造を有し、マンガンで付活されたフッ化物蛍光体であって、その赤外吸収スペクトルにおける、1200〜1240cm−1の範囲に存在するピークに対する3570〜3610cm−1の範囲に存在するピークの強度比が0.1以下である蛍光体。
【請求項2】
下記式(A):
(K1−p,M(Si1−x−y,Ti,Mn)F (A)
(式中、
Mは、NaおよびCaからなる群から選ばれる少なくとも1種類であり、
0≦p≦0.1、
1.5≦a≦2.5、
5.5≦b≦6.5、
0≦x≦0.3、および
0<y≦0.06
である)
で表される、請求項1に記載の蛍光体。
【請求項3】
前記式(A)において、p=0かつx=0である、請求項2に記載の蛍光体。
【請求項4】
内部量子効率η’が70%以上である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の蛍光体。
【請求項5】
440nm以上470nm以下の波長領域にピークを有する光を放射する発光素子と、 請求項1〜4のいずれか1項に記載の蛍光体を含む蛍光体層と、
を具備する発光装置。
【請求項6】
前記蛍光体層が、520nm以上570nm以下の波長領域に発光ピークを有する蛍光体をさらに含む、請求項5に記載の装置。
【請求項7】
前記520nm以上570nm以下の波長領域に発光ピークを有する蛍光体が、(Sr,Ca,Ba)SiO:Eu、Ca(Sc,Mg)Si12:Ce、(Y,Gd)(Al,Ga)12:Ce、(Ca,Sr,Ba)Ga:Eu、(Ca,Sr,Ba)Si:Eu、および(Ca,Sr)−αSiAlONからなる群から選択される、請求項6に記載の装置。
【請求項8】
ヘキサフルオロケイ酸と、ヘキサフルオロマンガン酸カリウムまたはヘキサフルオロマンガン酸ナトリウムとの混合物を溶解させたフッ酸水溶液中に、フッ化カリウム、またはフッ化ナトリウムを添加し、反応させる共沈方法または貧溶媒析出法によって、カリウム、ナトリウム、およびカルシウムからなる群から選択される少なくとも1種類の元素と、ケイ素およびチタンからなる群から選択される少なくとも1種類の元素と、フッ素とを含有する基本構造を有し、マンガンで付活されたフッ化物蛍光体を合成し、直ぐに前記蛍光体を有機溶媒中で、1分間以上撹拌処理することを含む、蛍光体の製造方法。
【請求項9】
前記合成が、フッ酸濃度が20wt.%以上の反応溶液中で行われる、請求項に記載の方法。
【請求項10】
前記有機溶媒の量が、前記蛍光体の重量の10倍以上である、請求項8または9に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光体、およびその製造方法、ならびにその蛍光体を用いた発光装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
発光ダイオード(Light−emitting Diode:LED)発光装置は、主に励起光源としてのLEDチップと蛍光体との組み合わせから構成され、その組み合わせによって様々な色の発光色を実現することができる。
【0003】
白色光を放出する白色LED発光装置には、青色領域の光を放出するLEDチップと蛍光体との組み合わせが用いられている。例えば、青色光を放つLEDチップと、蛍光体混合物との組み合わせが挙げられる。蛍光体としては主に青色の補色である黄色光を放射する黄色蛍光体が使用され、擬似白色光LED発光装置として使用されている。その他にも青色光を放つLEDチップと、緑色ないし黄色蛍光体、および赤色蛍光体が用いられている3波長型白色LEDが開発されている。このような発光装置に用いられる赤色蛍光体の一つとしてKSiF:Mn蛍光体が知られている。
【0004】
従来知られているフッ化物蛍光体は経時的に発光強度が低下する傾向にある。蛍光体を発光装置に使用した際、時間経過に伴って発光強度の変化が小さいこと、すなわち発光強度維持率が高いことが望ましい。このため、蛍光体の発光強度維持率の改善が望まれている。このようなニーズに応えるために、蛍光体の表面を、(A)有機アミン、(B)第四級アンモニウム塩、(C)アルキルベタイン又はフッ素系界面活性剤、(D)アルコキシシラン及び(E)フッ素含有高分子化合物の群から選ばれる表面処理剤を含有する処理液にて処理し、高温高湿試験で耐久性を向上させる報告がある。しかしながら、そのような方法では、一度合成された蛍光体にさらに処理を施す工程を必要とするため、蛍光体の製造コスト増の問題を有している。さらに、従来知られているフッ化物蛍光体は、一般に水分に接触すると発光強度が低下する傾向があり、前記の通り合成後に水分を含む処理剤を用いた表面処理を行うと、蛍光体の発光強度が低下する可能性があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2009−528429号公報
【特許文献2】特開2014−141684号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の実施形態は、蛍光体の発光強度を低下させることなく、発光強度維持率が改善された蛍光体、ならびにかかる蛍光体を用いた発光装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一実施態様にかかる蛍光体は、カリウム、ナトリウム、およびカルシウムからなる群から選択される少なくとも1種類の元素と、ケイ素およびチタンからなる群から選択される少なくとも1種類の元素と、フッ素とを含有する基本構造を有し、マンガンで付活されたフッ化物蛍光体であって、その赤外吸収スペクトルにおける、1200〜1240cm−1に存在するピークに対する3570〜3610cm−1に存在するピークの強度比が0.1以下であることを特徴とするものである。
【0008】
本発明の一実施態様にかかる発光装置は、
440nm以上470nm以下の波長領域にピークを有する光を放射する発光素子と、
前記蛍光体を含む蛍光体層と、
を具備することを特徴とするものである。
【0009】
さらに本発明の一実施形態にかかる蛍光体の製造方法は、カリウム、ナトリウム、およびカルシウムからなる群から選択される少なくとも1種類の元素と、ケイ素およびチタンからなる群から選択される少なくとも1種類の元素と、フッ素とを含有する基本構造を有し、マンガンで付活されたフッ化物蛍光体を合成し、前記蛍光体を有機溶媒中で、1分間以上撹拌処理することを含むことを特徴とするものである。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の一実施形態による蛍光体の赤外吸収(IR)スペクトル。
図2】本発明の一実施形態による蛍光体のIRスペクトルの400から1500cm−1付近の拡大図。
図3】本発明の一実施形態による蛍光体のIRスペクトルの3000から4000cm−1付近の拡大図。
図4】本発明の一実施形態にかかる発光装置の断面図。
図5】本発明の他の実施形態にかかる発光装置の断面図。
図6】実施例1および比較例1における蛍光体の発光強度維持率を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。以下に示す実施形態は、本発明の技術思想を具体化するための蛍光体および発光装置を示すものであり、本発明は以下の例示に限定されない。
【0012】
また、本明細書は特許請求の範囲に示される部材を、記載した実施形態に特定するものではない。特に実施形態に記載されている構成部品の大きさ、材質、形状、その配置等は本発明の範囲を限定する趣旨ではなく、説明例に過ぎない。なお、各図面が示す部材の大きさや位置関係等においても説明を明確にするため誇張していることがある。さらに、同一の名称、符号については同一、もしくは同質の部材を示しており、詳細な説明を省略する。本発明を構成する各要素は、複数の要素を同一の部材で構成して、同一の部材で複数の要素を兼用してもよく、逆に同一の部材の機能を複数の部材で分担して実現することも可能である。
【0013】
本発明者らは、カリウム、ナトリウム、およびカルシウムからなる群から選択される少なくとも1種類の元素と、ケイ素およびチタンからなる群から選択される少なくとも1種類の元素と、フッ素とを含有する基本構造を有する化合物、例えば主としてケイフッ化カリウム、からなり、マンガンで付活された蛍光体に関して、蛍光体の赤外吸収スペクトル(以下、IRスペクトルということがある)における特定のピークの強度比と、蛍光体の発光強度維持率とに相関があることを見出した。
【0014】
実施形態にかかる蛍光体は、カリウム、ナトリウム、およびカルシウムからなる群から選択される少なくとも1種類の元素と、ケイ素およびチタンからなる群から選択される少なくとも1種類の元素と、フッ素とを含むものである。本実施形態における蛍光体の典型的な基本構造はケイフッ化カリウムである。この蛍光体は、マンガンで付活されており、一般に紫外線から青色領域の光を吸収して、赤色の光を放射する。
【0015】
ここで主としてケイフッ化カリウムからなる蛍光体とは、蛍光体の基本的な結晶構造がケイフッ化カリウムであり、結晶を構成する元素の一部が他の元素で置換され、発光可能となったケイフッ化カリウムをいう。他の元素として、ナトリウムやセシウム、カルシウム、チタンなどが特に考えられるが、その他の元素で置換することも可能である。蛍光体の基本組成は下記式(A)式で表わされる。
【0016】
本発明の一実施態様において、好ましい蛍光体は、下記式(A)で表されるものである。
(K1−p,M(Si1−x−y,Ti,Mn)F (A)
(式中、
Mは、NaおよびCaからなる群から選ばれる少なくとも1種類であり、
0≦p≦0.1、
1.5≦a≦2.5、
5.5≦b≦6.5、
0≦p≦0.1、
0≦x≦0.3、および
0<y≦0.06
である)
【0017】
実施形態にかかる蛍光体は、付活剤としてマンガンを含有するものである。この蛍光体を赤色蛍光体とするためにはマンガンの価数は+4価であることが好ましい。他の価数のマンガンが含まれていてもよいが、その割合は少ないことが好ましく、すべてのマンガンが+4価であることが最も好ましい。
【0018】
マンガンが含有されていない場合(y=0)には紫外から青色領域に発光ピークを有する光で励起しても発光を確認することはできない。したがって、前記式(A)におけるyは0より大きいことが必要である。また、マンガンの含有量が多くなると発光効率が改良される傾向にあり、0.01以上であることが好ましい。
【0019】
しかし、マンガンの含有量が多すぎる場合には、濃度消光現象が生じて、蛍光体の発光強度が弱くなる傾向にある。こうした不都合を避けるために、マンガンの含有比率(y)は0.06以下であることが好ましく、0.05以下であることが好ましい。
【0020】
また、上述したように、実施形態による蛍光体は、主構成元素であるK、Si、F、およびMn以外の元素を含んでいてもよい。含有される元素として、例えばNa、Ca、Tiなどを少量含有してもよい。これらの元素が少量含有される場合であっても蛍光体は、赤色領域に、これらの元素が含有されていない場合と類似の発光スペクトルを示し、所望の効果を達成することができる。ただし、蛍光体の安定性、蛍光体合成時のコストなどの観点から、これらの元素の含有量は少ないことが好ましい。また、ここに例示された以外の元素を不可避成分として含んでいる場合もある。このような場合でも、一般に本発明の効果が十分に発揮される。
【0021】
蛍光体全体に対する各元素の含有量を分析するには、例えば以下のような方法が挙げられる。K、Na、Ca、Si、Ti、およびMnなどの金属元素は、合成された蛍光体をアルカリ融解し、例えばIRIS Advantage型ICP発光分光分析装置(商品名、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)によりICP発光分光法にて分析することができる。また、非金属元素Fは合成された蛍光体を熱加水分解により分離し、例えばDX−120型イオンクロマトグラフ分析装置(商品名、日本ダイオネクス株式会社製)により分析することができる。また、Fの分析は上述した金属元素と同様にアルカリ融解した後に、イオンクロマトグラフ法にて分析を行うことも可能である。
【0022】
なお、実施形態による蛍光体は、化学量論的には酸素を含まないものである。しかしながら、蛍光体の合成プロセス中、または合成後の蛍光体表面の分解等により、酸素が不可避的に蛍光体中に混入してしまうことがある。蛍光体中の酸素の含有量はゼロであることが望ましいが、[酸素含有量]/[(フッ素含有量)+(酸素含有量)]の比が0.05より小さい範囲であれば、発光効率が大きく損なわれることがないので好ましい。
【0023】
従来、カリウム、ケイ素、およびフッ素を含有する基本構造を有し、マンガンで付活されたフッ化物蛍光体は、発光装置に使用された場合、発光装置の使用時間と共に蛍光体の発光強度が低下して、発光の色ずれが生じてしまうのが一般的であった。このような問題を解決する方法は種々検討されていたが、いずれも改良の余地があった。これに対して本発明者らは、このような蛍光体のうち特定のIRスペクトルを示すものが、優れた特性を示すことを見出した。具体的には、IRスペクトルにおける、1200〜1240cm−1に存在するピークの強度(以下I1220ということがある)に対する3570〜3610cm−1に存在するピークの強度(以下I3590ということがある)の比(I3590/I1220)が0.1以下である蛍光体が優れた特性を示す。
【0024】
このようなIRスペクトルの強度比は、蛍光体中に存在するOH基の含有量に対応するものと考えられる。すなわち、後述するように3570〜3610cm−1に存在するピークはOH基の固有振動に対応しており、その含有量が少ない場合に優れた特性を示すものと考えられる。
【0025】
IRスペクトルの測定方法は特に限定されないが、例えば、VERTEX70V FT−IRスペクトロメータ(商品名、ブルカー・オプティクス株式会社製)等の赤外分光装置によって測定することができる。測定条件は、例えば、以下のものとすることができる。
波数分解能:4cm−1
サンプルスキャン回数:100回
測定波数範囲:350〜4000cm−1
【0026】
IRスペクトルの測定方法には、透過法、反射法、ATR法などが存在するが、本実施形態にかかる蛍光体は、一般に粒子径が数μm〜60μmの粉末であり、試料調整が容易で、測定が可能な拡散反射法により実施するのが好ましい。また、前記拡散反射法は赤外領域に透明なKBrやKClで適当な濃度(1〜10%程度)に希釈して測定するのが一般的であるが、本実施形態における蛍光体のIRスペクトルにおいて、3590cm−1付近のピーク強度は小さいため、上記希釈剤を用いずに測定を行うことが好ましい。ただし、バックグラウンド測定では上記KBrやKClなどを用いて測定を行うことが好ましい。
【0027】
本実施形態による蛍光体のIRスペクトルの一例は図1および図2に示す通りである。また、図2は、図1のスペクトルの400〜1500cm−1付近の拡大図である。なお、図2にはMnが付活されていないKSiF紛体(例えば、市販の関東化学製鹿特級試薬)の測定データも併せて記載されている。図2から800〜1500cm−1付近のピークはMnが付活された蛍光体と、Mnで付活されていないKSiF紛体とでほぼ同様のピークが得られていることがわかる、このことから、Mnが付活された蛍光体における800〜1500cm−1付近のピークは、母体であるKSiF固有の振動モードに対応すると考えられる。
【0028】
また、本実施形態による蛍光体のIRスペクトルの3000〜4000cm−1付近の拡大図は図3に示す通りである。図3より3590cm−1付近に振動ピークを確認することができる。文献等から前記振動ピークは蛍光体中に存在する孤立OH基に固有なピークと考えられる。本実施形態は、この3590cm−1付近のピーク強度(I3590)が蛍光体の特性と相関があるとの知見に基づくものである。しかしながら、IR測定では定量評価が困難であるため、3590cm−1付近のピーク強度だけで、蛍光体の特性との相関関係を明示することが困難である。そこで、得られたIRスペクトルをKubelka−Munk変換した後、KSiF固有の振動モードに帰属されると考えられる1220cm−1付近のピークを基準とし、それに対する3590cm−1付近のピークの相対強度(I=I3590/I1220)を特定し、その相対強度Iと蛍光体の特性との相関関係を明らかにした。
【0029】
なお、IRスペクトルにおける前述のピーク位置(波数)は、蛍光体の組成や蛍光体の合成条件により変化することもある。本実施形態では、特に二つのピーク位置(3590cm−1および1229cm−1)が重要な要素であるが、このピーク位置は、一般に±20cm−1、好ましい条件下であっても±10cm−1程度変動し得ることがある。
【0030】
本実施形態において、前記相対強度Iが前記の範囲にあるときに、蛍光体が優れた特性を示す詳細な理由については十分に解明されていない。しかし、実施形態による蛍光体がフッ化物を母体にしているために、蛍光体を発光装置に組み込んで運転した場合、運転により蛍光体が高温となり、その結果、孤立OH基が関与する加水分解が起こるため、発光強度の低下が起こるものと推定される。
【0031】
なお、前記相対強度Iは0.1以下であることが必要であるが、好ましくは0.005以下、より好ましくは0.002以下である。また、最も好ましくは前記相対強度Iは0であるが、一般に、0.00001以上である。
【0032】
また、上記3590cm−1付近のピークの強度は、蛍光体を合成した後に、表面処理等の蛍光体の後処理を実施すると数値が変化することがある。このため、後処理を施す前にIR測定を実施して評価することが好ましい。
【0033】
実施形態にかかる蛍光体の製造方法は特に限定されない。しかしながら、例えば以下の方法により製造することができる。
【0034】
実施形態によるフッ化物蛍光体は、
(i)Si含有原料、Ti含有原料を過マンガン酸カリウム、過マンガン酸ナトリウムなどと組み合わせ、フッ酸水溶液中で反応させる方法や、
(ii)ヘキサフルオロケイ酸とヘキサフルオロマンガン酸カリウム(KMnF)、ヘキサフルオロマンガン酸ナトリウムなどとの混合物を溶解させたフッ酸水溶液中に、カリウム含有原料、ナトリウム含有原料を添加し、反応させる共沈方法や貧溶媒析出法、
などの方法により製造することが可能である。何れの製造方法においても実施形態にかかる蛍光体は、フッ酸を使用した水溶液中で合成したのちに、吸引ろ過工程や洗浄工程の後、乾燥することで得ることができる。
【0035】
本実施形態にかかる蛍光体は、上記合成法で使用する反応溶液中のHF濃度は20wt.%以上を保持することが好ましい。また、反応溶液中に形成された蛍光体を有機溶媒中に分散させ、例えば1分間以上、好ましくは10分間以上撹拌処理することにより、製造することが好ましい。
【0036】
前記有機溶媒としては、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトンなどのケトン類、メタノール、エタノールなどのアルコール類、酢酸メチル、酢酸エチルなとのエステル類が挙げられる。これらのうち、ケトン類が好ましく、アセトンが特に好ましい。用いられる有機溶媒の量は、有機溶媒中に蛍光体が分散させるのに十分な量であればよいが、重量を基準として処理される蛍光体の、一般に10倍以上、好ましくは50倍以上の有機溶媒が用いられる。
【0037】
更に、上述した方法で処理した場合、基本組成が式(A)で表わされる蛍光体の内部量子効率はほとんど低下しないことを確認した。
【0038】
ここで内部量子効率η’は以下で規定する関係式により算出された値である。
【数1】
式中
E(λ):蛍光体へ照射した励起光源の全スペクトル(フォトン数換算)
R(λ):蛍光体の励起光源反射光スペクトル(フォトン数換算)
P(λ):蛍光体の発光スペクトル(フォトン数換算)
である。
【0039】
内部量子効率は例えばC9920−02G型絶対PL量子収率測定装置(商品名、浜松ホトニクス株式会社製)により測定することができる。上記発光特性を測定する際の励起光としてはピーク波長が430〜460nm付近、半値幅5〜15nmの青色光を使用することができる。上述した方法により、本発明にかかる蛍光体の内部量子効率η’を測定したところη’≧70%以上であることを確認した。内部量子効率が前記以下であると、該当する蛍光体を使用する発光装置の明るさが低下するだけでなく、吸収した発光素子の光が赤色発光以外の熱に変換される割合が増加し、発光装置中の蛍光体の発光強度低下を加速し、色ずれが顕著に生じてしまう。そのため内部量子効率η’は70%以上であることが好ましい。
【0040】
また、実施形態による蛍光体は使用する発光装置への塗布方法に応じて分級することもできる。青色領域に発光ピークを有する励起光を使用した通常の白色LEDなどでは、一般的に1〜50μmに分級された蛍光体粒子を用いることが好ましい。分級後の蛍光体の粒径が過度に小さいと、発光強度が低下してしまうことがある。また、粒径が過度に大きいとLEDに塗布する際、蛍光体層塗布装置に蛍光体が目詰まりし作業効率や歩留りの低下、出来上がった発光装置の色ムラの原因となることがある。
【0041】
実施形態に係る蛍光体は紫外から青色領域に発光ピークを有する励起光源にて励起可能である。この蛍光体を発光装置に用いる場合には、蛍光体の励起スペクトルから、430nm以上470nm以下の波長領域に発光ピークを有する発光素子を励起光源として利用することが望ましい。上述の波長範囲外に発光ピークを有する発光素子を用いることは、発光効率の観点からは好ましくない。発光素子としては、LEDチップやレーザーダイオードなどの固体光源素子を使用できる。
【0042】
実施形態にかかる蛍光体は、赤色の発光をする蛍光体である。したがって、この蛍光体に緑色蛍光体および黄色蛍光体と組み合わせて用いることにより、白色発光装置を得ることができる。使用する蛍光体の種類は発光装置の目的に合わせて任意に選択することができる。例えば、色温度が低い白色発光装置を提供する際には、実施形態による蛍光体と黄色蛍光体と組み合わせることにより、効率と演色性を両立した発光装置を提供することができる。
【0043】
緑色蛍光体は、520nm以上550nm以下の波長領域に、黄色蛍光体は550nm以上550nm以下 の波長領域に主発光ピークを有する蛍光体ということができる。このような蛍光体としては、例えば、(Sr,Ca,Ba)SiO:Eu、Ca(Sc,Mg)Si12:Ce等のケイ酸塩蛍光体、(Y,Gd)(Al,Ga)12:Ce等のアルミン酸塩蛍光体、(Ca,Sr,Ba)Ga:Eu等の硫化物蛍光体、(Ca,Sr,Ba)Si:Eu、Euを付活した(Ca,Sr)−αSiAlON、βSiAlON等のアルカリ土類酸窒化物蛍光体などが挙げられる。なお、主発光ピークとは、発光スペクトルのピーク強度が最も大きくなる波長のことであり、例示された蛍光体の発光ピークは、これまで文献などで報告されている。なお、蛍光体作製時の少量の元素添加やわずかな組成変動により、10nm程度の発光ピークの変化が認められることがあるが、そのような蛍光体も前記の例示された蛍光体に包含されるものとする。
【0044】
また、実施形態による蛍光体を用いた発光装置には、上記以外の、橙色蛍光体、赤色蛍光体も用途に応じて使用することができる。
【0045】
橙色蛍光体、赤色蛍光体としては(Sr,Ca,Ba)SiO:Eu等のケイ酸塩蛍光体、Li(Eu,Sm)W等のタングステン酸塩蛍光体、(La,Gd,Y)S:Eu等の酸硫化物蛍光体、(Ca,Sr,Ba)S:Eu等の硫化物蛍光体、(Sr,Ba,Ca)Si:Eu、(Sr,Ca)AlSiN:Eu等の窒化物蛍光体などが挙げられる。実施形態による蛍光体に更にこれらの蛍光体を組み合わせて使用することにより、効率だけでなく、照明用途での演色性や、バックライト用途での色域を更に改善することができる。ただし、使用する蛍光体の数が多すぎると、蛍光体同士が吸収、発光する再吸収・発光現象や散乱現象が生じて、発光装置の発光効率が低下することがあるので注意が必要である。図4には、本発明の一実施形態にかかる発光装置の断面を示す。
【0046】
図示する発光装置は、発光装置はリード400およびリード401とステム402、半導体発光素子403、反射面404、蛍光体層405を有する。底面中央部には、半導体発光素子403がAgペースト等によりマウントされている。半導体発光素子403としては、紫外発光を行なうもの、あるいは可視領域の発光を行なうものを用いることができる。例えば、GaAs系、GaN系等の半導体発光ダイオード等を用いることが可能である。なお、リード400およびリード401の配置は、適宜変更することができる。発光装置の凹部内には、蛍光体層405が配置される。この蛍光体層405は、実施形態にかかる蛍光体を、例えばシリコーン樹脂からなる樹脂層中に5wt%以上50wt%以下の割合で分散することによって形成することができる。
【0047】
半導体発光素子403としては、n型電極とp型電極とを同一面上に有するフリップチップ型のものを用いることも可能である。この場合には、ワイヤの断線や剥離、ワイヤによる光吸収等のワイヤに起因した問題を解消して、信頼性の高い高輝度な半導体発光装置が得られる。また、半導体発光素子403にn型基板を用いて、次のような構成とすることもできる。具体的には、n型基板の裏面にn型電極を形成し、基板上の半導体層上面にはp型電極を形成して、n型電極またはp型電極をリードにマウントする。p型電極またはn型電極は、ワイヤにより他方のリードに接続することができる。半導体発光素子403のサイズ、凹部の寸法および形状は、適宜変更することができる。
【0048】
図5には、砲弾型の発光装置の例を示す。半導体発光素子501は、リード500にマウント材502を介して実装され、プレディップ材504で覆われる。ワイヤ503により、リード500’が半導体発光素子501に接続され、キャスティング材505で封入されている。プレディップ材504中には、実施形態にかかる蛍光体が含有される。
【0049】
上述したように、実施形態にかかる発光装置、例えば白色LEDは一般照明等だけでなく、カラーフィルターなどと組み合わせて使用される発光デバイス、例えば液晶用バックライト用の光源等としても最適である。具体的には、液晶のバックライト光源や青色発光層を使用した無機エレクトロルミネッセンス装置の赤色発光材料としても使用することができる。
【0050】
以下、実施例および比較例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はその趣旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
【0051】
KMnO粉末4.5gとKF粉末72gを300mlのHF水溶液(49%)に溶解させた後に、H水溶液(35%)を徐々に滴下し、HF水溶液中で十分反応させることによりKMnFを合成した。合成したKMnFを吸引ろ過し、KMnF粉末とした。また、HF水溶液(49%)600ml中にSiO粉末12.9gを溶解させ、HSiF溶液を調整した。さらに、HF水溶液(49%)40mlにKF粉末54gを溶解させ、KF水溶液を調整した。調整したHSiF溶液600mlに合成したKMnF粉末1.5gを溶解させ反応溶液を調製する。調製された反応溶液に事前に調製したKF水溶液120ml滴下し、反応溶液中で十分反応させることによりKSiF:Mnを合成した。合成したKSiF:Mnを吸引ろ過した後、直ぐにアセトン溶液中で1分間以上マグネチックスターラーにより撹拌した後に、再度吸引ろ過することによりKSiF:Mn蛍光体粉末を得た。合成した前記蛍光体を実施例1とする。実施例1の蛍光体の組成分析を行ったところ、K2.03(Si0.98、Mn0.02)Fであり、粉末X線回折分析(X−ray diffractometry:XRD)測定によりKSiF結晶相であることを確認した。実施例1のIR測定を行ったところ、1220cm−1付近のピークに対する3590cm−1付近の相対強度Iは0.09であった。さらに実施例1の内部量子効率を測定したところ、η’=96%であることが確認された。
【0052】
[比較例1]
実施例1と同様の方法で合成し、アセトンの代わりに純水中で撹拌を行って、比較例1の蛍光体を得た。比較例1の蛍光体の組成分析及びXRD測定を行ったところ、KSiF:Mnであることを確認した。比較例1の蛍光体のIR測定を行ったところ、1220cm−1付近のピークに対する3590cm−1付近の相対強度Iは0.19であった。また、比較例1の蛍光体の内部量子効率を測定したところ、η’=76%であることが確認された。
【0053】
[発光強度維持率の評価]
実施例1の蛍光体を黄色蛍光体と共に樹脂に混合し、GaN系のLED発光素子上に封止し、発光装置とした。また、比較例1の蛍光体を用いて、同様に発光装置を製造した。それぞれの発光装置について、それぞれLEDに電流を注入し、発光装置を連続点灯させた。実施例1及び比較例1蛍光体の発光強度の挙動を観測したところ、図6に示される結果を得た。図6の縦軸はLEDの発光強度(I)に対する、蛍光体から放射される赤色発光の強度(I)の比(I/I)である発光強度維持率である。500時間後及び1000時間後の実施例1及び比較例1の発光強度維持率を確認したところ、それぞれ実施例1の500時間後:93%、1000時間後:90%、比較例1の500時間後:85%、1000時間後:82%であった。図6の結果より、本発明の実施形態にかかる蛍光体では発光装置使用時の発光強度低下が抑制されていることが理解できる。
【0054】
[実施例2〜5]
実施例1及び比較例1の場合と類似の方法で合成を行い、有機溶媒の種類及び撹拌時間を変化させて、実施例2〜5及び比較例2の蛍光体を合成した。何れの蛍光体も組成分析及びXRD測定を行ったところ、KSiF:Mnであることを確認した。IR測定による1220cm−1付近のピークに対する3590cm−1付近の相対強度I及び内部量子効率は表1に示すとおりであった。
【0055】
【表1】
【0056】
また、上述した実施例2〜5の蛍光体を実施例1及び比較例1と同様にLED上に封止し、赤色蛍光体の発光強度挙動を確認したところ、表2のような結果が得られた。
【0057】
【表2】
【0058】
これらの結果より本発明の実施形態にかかわる蛍光体では発光装置使用時の発光強度低下が抑制可能であることが分かる。
【符号の説明】
【0059】
400、401…リード
402…ステム
403…半導体発光素子
404…反射面
405…蛍光体層
500、500’…リード
501…半導体発光素子
502…マウント材
503…ボンディングワイヤ
504…プレディップ材
505…キャスティング材
図1
図2
図3
図4
図5
図6