【実施例】
【0045】
(実施例1)
上記鍛造部品に係る実施例につき説明する。本例では、化学成分組成が異なる複数種類の合金(表1、合金A〜X)からなる試験材(表2、試験材1〜24)を準備して、コンロッドを作製する場合を想定した加工を加えて各種評価を行った。ここで、合金A〜Lは、上記特定の化学成分を有する鋼であり、合金M〜Xは、各元素の含有量及び指数R1の値のうち少なくとも1つが上記特定の範囲から外れている、比較用の鋼である。また、合金K及び合金Lは、指数R2の値が上記特定の範囲から外れているが、フェライト面積率が30%以上のフェライト・パーライト組織が得られている鋼である。
【0046】
表1に記載したうち、Ca量が0.0003%を超える合金については、Caの添加を意図的に行っている。Ca量が0.0003%以下の合金については、不純物として含まれていたCaの量を記載した。また、Cu、Ni及びMoについては積極的な添加を行っていない。表1中のこれらの元素の欄には、不純物として含まれていた量を記載した。また、表1中のTiの欄に示した記号「−」は、Tiが積極的に添加されていないことを示す。なお、各試験材の製造方法は、公知の種々の方法に変更可能である。
【0047】
【表1】
【0048】
<強度評価試験>
強度評価用試験片は、以下の手順により作製した。まず、電気炉にて溶解して作製した鋳造片に熱間圧延を加えて棒鋼とし、この棒鋼を鍛伸して鍛造用鋼材としての直径φ20mmの丸棒を作製した。次いで、この丸棒を、実際の熱間鍛造における標準的な処理温度に相当する1200℃まで加熱し、この温度を30分間保持した。その後、ファン空冷により、丸棒の温度が室温になるまで冷却を行った。このとき、空冷時のファンの強さを調節し、丸棒表面の温度が800℃となってから600℃に到達するまでの平均冷却速度がおよそ190℃/分となるようにして冷却を行った。以上により、強度評価用試験片を作製した。
【0049】
強度評価は、次の項目について行った。
・硬さ測定:JIS Z2244に準拠してビッカース硬さを測定した。
・0.2%耐力の測定:JIS Z2241に準拠した引張試験を実施し、その結果に基づいて0.2%耐力を算出した。
・シャルピー衝撃値:強度評価用試験片にVノッチを形成し、JIS Z2242に準拠してシャルピー衝撃試験を実施した。その結果に基づき、シャルピー衝撃値を算出した。
【0050】
<金属組織評価>
また、強度評価用試験片を用い、以下の方法により金属組織の評価を行った。
・組織観察:ナイタール腐食を施した試験片の断面を、光学顕微鏡を用いて観察した。その結果、断面にフェライト組織が存在した場合には表2中の「金属組織」欄に記号Fを、パーライト組織が存在した場合には同欄に記号Pを、ベイナイト組織が存在した場合には同欄に記号Bを記載した。
・フェライト面積率:JIS G0555に準拠した点算法により、上記の断面におけるフェライト面積率を算出した。
・ベイナイト面積率:ベイナイト組織が生成された試験材について、JIS G0555に準拠した点算法により、上記の断面におけるベイナイト面積率を算出した。
【0051】
<被削性評価試験>
被削性評価用試験片は、以下の手順により作製した。まず、電気炉にて溶解して作製した鋳造片に熱間圧延を加えて棒鋼とし、該棒鋼を鍛伸して鍛造用鋼材としての一辺25mmの断面正方形の角棒を作製した。次いで、この角棒を、実際の熱間鍛造における標準的な処理温度に相当する1200℃まで加熱し、この温度を30分間保持した。その後、ファン空冷により角棒の温度が室温になるまで冷却を行った。このとき、空冷時のファンの強さを調節し、角棒表面の温度が800℃となってから600℃に到達するまでの平均冷却速度がおよそ190℃/分となるようにして冷却を行った。冷却後、一辺20mmの正方形断面となるように角棒を切削した。以上により、被削性評価用試験片を作製した。
【0052】
被削性評価試験においては、以下の条件により試験片にドリルによる穴あけ加工を施した後、ドリルの摩耗量を測定することにより被削性の評価を行った。
・使用ドリル:直径φ8mmのハイスドリル
・ドリル回転数:800rpm
・送り:0.20mm/rev
・加工深さ:11mm
・加工穴数:300穴(未貫通)
【0053】
ドリル摩耗量の測定は、300穴加工後のドリルの逃げ面コーナー部において行った。そして、各試験片のドリル摩耗量を基準材のドリル摩耗量で除した値を被削性指数とし、表2に記載した。基準材としては、C:0.23%、Si:0.25%、Mn:0.80%、Cr:0.20%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる化学成分を有し、ビッカース硬さが250HVである鋼を用いた。この基準材は、後述の表2及び表3に示した結果との比較から明らかなように、本発明に係る鍛造部品と比べて硬さが低く、かつ、過去の評価結果から製造上問題のない被削性を有していることがわかっているため、基準材として適当である。なお、この基準材は、JIS G4051に規定される機械構造用炭素鋼に相当する鋼材である。
【0054】
被削性評価においては、上記の基準材よりも若干劣るものの、実用上問題のない水準である被削性指数1.20を基準として被削性の良否を判定した。具体的には、被削性指数1.20以下の試験材を合格と判定した。
【0055】
<破断分割性評価試験>
破断分割性評価用試験片は、以下の手順により作製した。まず、電気炉にて溶解して作製した鋳造片に熱間圧延を加えて棒鋼とし、該棒鋼を鍛伸して鍛造用鋼材としての長さ75mm、幅75mm、厚み25mmの板材を作製した。次いで、この板材を、実際の熱間鍛造における標準的な処理温度に相当する1200℃まで加熱し、この温度を30分間保持した。その後、ファン空冷により板材の温度が室温になるまで冷却を行った。このとき、空冷時のファンの強さを調節し、板材表面の温度が800℃となってから600℃に達するまでの平均冷却速度がおよそ190℃/分となるようにして冷却を行った。
【0056】
冷却が完了した後、コンロッドの大端部を想定した形状に板材を加工し、
図1に示す破断分割性評価用試験片80を作製した。この試験片80の外径寸法は、長さL70mm、幅W70mm、厚みT20mmである。また、試験片80の中央には、試験片8を厚みT方向に貫通する貫通穴81が形成されている。貫通穴81の直径D1はφ45mmとした。
【0057】
さらに、試験片80における貫通穴81の外側には、試験片80を長さL方向に貫通する一対のボルト挿通穴82が形成されている。一対のボルト挿通穴82は長さL方向と平行な方向に伸びている。また、ボルト挿通穴82の直径D2はφ8mmとした。
【0058】
また、貫通穴81の周壁面における、ボルト挿通穴82に最も近い2箇所の位置、即ち、長さL方向を基準としたときの角度が90度となる位置には、一対の切り欠き83が形成されている。切り欠き83の形成は、レーザ加工により行った。また、切り欠き83の深さdは1mmとした。
【0059】
得られた試験片80を用い、以下の手順により破断分割性の評価を行った。まず、上記の構成を有する試験片80の貫通穴81に治具(図示略)を挿入し、
図1に示すごとく、矢印F方向に衝撃荷重を加えることにより、試験片80の破断分割(クラッキング)を行った。そして、分割された一組の部品を再度分割前の状態に組み合わせ、ボルト挿通穴82にボルトを挿通した。このボルトを35N・mのトルクで締め付けることにより、ボルトを介して一組の部品を締結した。この状態において長さL方向における貫通穴81の内径を測定し、予め測定した破断分割前の貫通穴81の内径からの寸法変化量を算出した。
【0060】
各試験材について10個(n=10)の試験片80を作製し、それぞれの試験片80について破断分割及び寸法変化量の測定を行った。その結果、全ての試験片80が、(1)寸法変化量10μm以下である、(2)破断面に欠けが発生していない、及び、(3)一組の部品を組み合わせた際に、貫通孔81の位置を容易に合わせることができる、の3点を満たした場合には、表2中の「破断分割性」の欄に記号Aを記載した。また、上記3点のいずれかを満たさない試験片80が1個以上発生した場合には、同欄に記号Bを記載した。
【0061】
各評価結果を表2に示す。
【0062】
【表2】
【0063】
表1及び表2に示したように、試験材1〜12は、上記特定の化学成分を有し、金属組織がフェライト・パーライト組織であるとともに、0.2%耐力及びシャルピー衝撃値で表される特性が上記特定の範囲内にある。また、試験材1〜12におけるベイナイト面積率は0%であり、ベイナイト組織が生じなかった。そのため、すべての評価項目において良好な結果が得られ、強度及び破断分割性に優れていた。ここで、試験材11及び試験材12は、指数R2の値が好ましい範囲から外れているものの、30%以上のフェライト面積率を有しており、良好な結果が得られている。
【0064】
また、表2には示さないが、試験材1〜12の被削性指数は0.90〜1.15であり、基準値である1.20以下となった。なお、以降に説明する試験材のうち、被削性について特に言及していない試験材の被削性指数は、基準値である1.20以下であった。
【0065】
試験材13及び試験材14は、Si含有量が多すぎるため、シャルピー衝撃値が上記特定の範囲よりも大きくなった。その結果、これらの試験材においては、破断分割性評価試験後の変形量が大きくなった。
【0066】
試験材15は、Si過多によるシャルピー衝撃値の増加をPの添加により抑制しているため、破断分割性は良好であった。しかし、P添加の影響により、試験材15の熱間加工性は試験材1〜12に比べて低下した。
試験材16は、Si過多によるシャルピー衝撃値への影響に比べてTiの添加によるシャルピー衝撃値への影響が大きかったため、シャルピー衝撃値が上記特定の範囲よりも小さくなった。その結果、破断分割性評価試験後に欠けが発生した。さらに、Tiの添加により試験材16の原料コストが増大した。
【0067】
また、Tiの添加は、ベイナイト組織を生成しやすくする。表2及び表3には記載しないが、試験材16と同一の合金Pを用い、800℃から600℃までの平均冷却速度を250℃/分に変更して試験材の作成を行ったところ、得られた試験材にはベイナイト組織が存在していることを確認した。また、この試験材は、ベイナイト組織の存在により、強度、被削性及び破断分割性が悪化することを確認した。
【0068】
試験材17は、C含有量が少なすぎたため、指数R1の値が上記特定の範囲よりも小さくなった。さらに、試験材17のSi含有量は、上記特定の範囲よりも多かった。これらの結果、シャルピー衝撃値が上記特定の範囲よりも大きくなり、破断分割性評価試験後の変形の増大を招いた。
試験材18は、C含有量が多すぎたため、指数R1の値が上記特定の範囲よりも大きくなった。その結果、シャルピー衝撃値が上記特定の範囲よりも小さくなり、破断分割性評価試験後に欠けが発生した。また、試験材18は、C含有量の増加によって指数R2の値が上記特定の範囲よりも大きくなったため、フェライト面積率が低くなるとともに硬さが過度に高くなった。その結果、被削性の悪化を招いた。なお、試験材18の被削性指数は1.48であり、試験材1〜12に比べて劣っていた。
【0069】
試験材19及び試験材24は、個々の元素の含有量は上記特定の範囲内であったが、指数R1の値が上記特定の範囲よりも小さかった。その結果、これらの試験材においては、シャルピー衝撃値が上記特定の範囲よりも大きくなり、破断分割性評価試験後の変形量が大きくなった。
試験材20は、個々の元素の含有量は上記特定の範囲内であったが、指数R1の値が上記特定の範囲よりも大きかったため、シャルピー衝撃値が上記特定の範囲よりも小さくなった。その結果、破断分割性評価試験後に、破面の凹凸が過度に小さくなり、噛み合わせ精度が悪化した。
これらの試験材19、20及び24の結果から明らかなように、シャルピー衝撃値を上記特定の範囲内に調整するためには、個々の元素の含有量を上記特定の範囲にするだけでなく、指数R1の値が上記特定の範囲となるように各成分の含有量を調整する必要があることが理解できる。
【0070】
試験材21及び試験材23は、P含有量が多すぎた結果、指数R1の値が上記特定の範囲よりも大きくなり、シャルピー衝撃値が上記特定の範囲よりも小さくなった。その結果、破断分割性評価試験後に、破面の凹凸が過度に小さくなり、噛み合わせ精度が悪化した。
【0071】
試験材22は、C含有量及びP含有量が多すぎた結果、指数R1の値が上記特定の範囲よりも大きくなり、シャルピー衝撃値が上記特定の範囲よりも小さくなった。その結果、破断分割性評価試験後に、破面の凹凸が過度に小さくなり、噛み合わせ精度が悪化した。
【0072】
図2に、破断分割性評価試験の結果をまとめて示す。
図2の縦軸はシャルピー衝撃値(J/cm
2)であり、横軸は指数R1の値である。
図2には、各元素の含有量が上記特定の範囲内である試験材(試験材1〜12、19〜20及び24)と、指数R1に影響する元素のみが上記特定の範囲外である試験材(試験材21〜23)とを示した。また、破断分割性評価の結果が良好であった試験材は、
図2中に記号「○」でプロットし、破断分割性評価の結果が悪かった試験材は、
図2中に記号「×」でプロットした。
【0073】
図2に示すように、各元素の含有量が上記特定の範囲内であるが指数R1の値が上記特定の範囲から外れている試験材19、20及び24、並びに、指数R1の値に影響するC量及びP量が上記特定の範囲から外れている試験材21〜23は、シャルピー衝撃値が上記特定の範囲外となり、破断分割性評価の結果が悪かった。この結果から、強度、被削性及び破断分割性の3つの特性を高いレベルで満足する鍛造部品を得るためには、単に各元素の含有量を上記特定の範囲内にするだけでなく、指数R1の値を上記特定の範囲内にする必要があることが容易に理解できる。
【0074】
(実施例2)
本例は、熱間鍛造後の冷却条件を種々変更した試験材の例である。本例においては、各元素の含有量が上記特定の範囲内であるとともに、指数R1及び指数R2が上記特定の範囲内である合金A〜E(表1参照)を用い、冷却速度を表3に示すように種々変更した以外は実施例と同様の方法により試験材の作製を行った。そして、得られた試験材を用い、実施例1と同様の評価を行った。表3に評価結果を示す。
【0075】
なお、本例におけるいくつかの試験材には、ベイナイト組織が生成された。ベイナイト組織が生成された試験材には、表3の「金属組織」欄に記号Bを記載した。また、ベイナイト組織が生成された試験材については、JIS G0555に準拠した点算法により、上記の断面におけるベイナイト面積率を算出した。
【0076】
【表3】
【0077】
表3に示したように、試験材30〜44は、各元素の含有量が上記特定の範囲内であるとともに、指数R1及び指数R2が上記特定の範囲内である化学成分を有しており、800℃から600℃までの平均冷却速度が150〜250℃/分の範囲内となるように作製されている。そのため、これらの試験材は、金属組織がフェライト・パーライト組織であるとともに、0.2%耐力及びシャルピー衝撃値で表される特性が上記特定の範囲内となった。その結果、すべての評価項目において良好な結果が得られ、強度及び破断分割性に優れていた。また、試験材30〜44の被削性指数は0.95〜1.18であり、基準値である1.20以下となった。
【0078】
試験材25〜29は、平均冷却速度が上記特定の範囲よりも小さかったため、0.2%耐力が上記特定の範囲よりも低くなった。また、試験材26及び28については、シャルピー衝撃値が上記特定の範囲よりも大きくなり、破断分割性評価試験において変形の増大を招いた。
【0079】
試験材45〜49は、平均冷却速度が上記特定の範囲よりも大きかった。冷却後の試験材45〜49を調査した結果、面積率で10〜20%のベイナイト組織が存在していることが確認された。そして、このベイナイト組織の影響により、被削性が低下した。なお、試験材45〜49の被削性指数は1.25〜1.35であった。
【0080】
また、これらの試験材は、ベイナイト組織の生成により、シャルピー衝撃値が上記特定の範囲よりも小さくなった。その結果、破断分割性評価試験後に、欠けが発生する、あるいは噛み合わせが悪化するなどの問題が発生した。
【0081】
また、試験材40〜44と試験材45〜49との比較から、ベイナイト組織が多く生成されると、硬さに大きな差異がないにもかかわらず0.2%耐力が大きく低下することが分かる。
【0082】
以上の結果から、ベイナイト組織の生成は強度、被削性及び破断分割性の低下につながるため、ベイナイト組織の生成を抑制すべきであることが理解できる。なお、詳細な記載は省略するが、ベイナイト面積率が5%以下であれば、ベイナイト組織の影響を十分に抑制できることを確認している。
【0083】
上述した種々の評価結果は全て試験片での結果であるが、表1に示す合金Aに相当する試験材を用い、実際にコンロッド部品を作製してその性能を評価した。その結果、上述した試験片による評価結果と同様に、優れた性能を得られることを確認できた。