(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6605215
(24)【登録日】2019年10月25日
(45)【発行日】2019年11月13日
(54)【発明の名称】強誘電体薄膜積層基板、強誘電体薄膜素子、および強誘電体薄膜積層基板の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01L 41/047 20060101AFI20191031BHJP
H01L 41/29 20130101ALI20191031BHJP
H01L 27/11507 20170101ALI20191031BHJP
H01L 41/187 20060101ALI20191031BHJP
H01L 37/02 20060101ALI20191031BHJP
C01G 33/00 20060101ALI20191031BHJP
【FI】
H01L41/047
H01L41/29
H01L27/11507
H01L41/187
H01L37/02
C01G33/00 A
【請求項の数】8
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-64704(P2015-64704)
(22)【出願日】2015年3月26日
(65)【公開番号】特開2016-184687(P2016-184687A)
(43)【公開日】2016年10月20日
【審査請求日】2018年2月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】堀切 文正
(72)【発明者】
【氏名】柴田 憲治
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 和俊
(72)【発明者】
【氏名】末永 和史
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 博之
【審査官】
加藤 俊哉
(56)【参考文献】
【文献】
特開2010−161330(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2005/0082584(US,A1)
【文献】
特開2015−053417(JP,A)
【文献】
特開2011−192736(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 41/047
C01G 33/00
H01L 27/11507
H01L 37/02
H01L 41/187
H01L 41/29
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、下部電極層と強誘電体薄膜層と上部電極中間層と上部電極層とが順次積層された強誘電体薄膜積層基板であって、
前記下部電極層は白金または白金合金からなり、
前記強誘電体薄膜層はニオブ酸ナトリウムカリウム(組成式(K1-xNax)NbO3、0.4≦ x ≦0.7)からなり、
前記上部電極層はアルミニウムまたはアルミニウム合金からなり、
前記上部電極中間層は、チタンよりも難酸化性金属でかつアルミニウムとの金属間化合物を生成し得る金属からなり、
前記上部電極中間層の一部と前記上部電極層の一部とが合金化していることを特徴とする強誘電体薄膜積層基板。
【請求項2】
請求項1に記載の強誘電体薄膜積層基板において、
前記上部電極中間層がニッケル、コバルト、タングステン、およびモリブデンのうちの一つからなることを特徴とする強誘電体薄膜積層基板。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の強誘電体薄膜積層基板において、
前記上部電極中間層の厚さが2 nm以上50 nm以下であることを特徴とする強誘電体薄膜積層基板。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の強誘電体薄膜積層基板において、
前記基板と前記下部電極層との間に下部電極密着層が更に積層され、
前記下部電極密着層はチタンおよび/またはチタン酸化物からなることを特徴とする強誘電体薄膜積層基板。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の強誘電体薄膜積層基板において、
前記下部電極層は主表面が(1 1 1)面に優先配向しており、
前記強誘電体薄膜層は、結晶系が擬立方晶または正方晶であり、主表面が(0 0 1)面に優先配向していることを特徴とする強誘電体薄膜積層基板。
【請求項6】
請求項1乃至請求項5のいずれかに記載の強誘電体薄膜積層基板において、
前記基板は表面に熱酸化膜を有するシリコン基板であることを特徴とする強誘電体薄膜積層基板。
【請求項7】
請求項1乃至請求項6のいずれかに記載の強誘電体薄膜積層基板を利用したことを特徴とする強誘電体薄膜素子。
【請求項8】
請求項1乃至請求項6のいずれかに記載の強誘電体薄膜積層基板の製造方法であって、
前記基板上に前記下部電極層を形成する下部電極層形成工程と、
前記下部電極層上に前記強誘電体薄膜層を形成する強誘電体薄膜層形成工程と、
前記強誘電体薄膜層上に前記上部電極中間層を形成する上部電極中間層形成工程と、
前記上部電極中間層上に前記上部電極層を形成する上部電極層形成工程とを有し、
前記上部電極層形成工程は、前記上部電極層の成膜を50℃以上200℃以下の温度環境下で行うことにより、前記上部電極中間層の一部と前記上部電極層の一部とを合金化するプロセスを含むことを特徴とする強誘電体薄膜積層基板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強誘電体薄膜素子に関し、特に、非鉛系のニオブ酸系強誘電体を具備する強誘電体薄膜積層基板、該積層基板から切り出した強誘電体薄膜素子、および該積層基板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
強誘電体は、その特異な性質(例えば、極めて高い比誘電率、焦電性、圧電性、強誘電性など)から大変魅力的な物質であり、各性質を活かしてセラミック積層コンデンサ、焦電素子、圧電素子、強誘電体メモリなどとして利用されている。代表的な材料としては、ペロブスカイト構造を有するチタン酸バリウム(BaTiO
3)やチタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr
1-xTi
x)O
3、PZTと略す)が挙げられる。なかでも、優れた分極性・圧電性を有するチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)が広く用いられてきた。
【0003】
PZTは、鉛を含有する特定有害物質であるが、現在のところ焦電材料・圧電材料として代替できる適当な市販品が存在しないため、RoHS指令(電気・電子機器に含まれる特定有害物質の使用制限に関する欧州議会及び理事会指令)の適用免除対象となっている。しかしながら、世界的に地球環境保全の要請はますます強まっており、鉛を含有しない強誘電体(非鉛系強誘電体)を使用した焦電素子・圧電素子の開発が強く望まれている。
【0004】
また、近年における各種電子機器への小型化・軽量化の要求に伴って、薄膜技術を利用した強誘電体薄膜素子の要求が高まっている。
【0005】
本明細書では、以下、強誘電体薄膜素子として圧電薄膜素子や焦電薄膜素子を念頭に置いて説明する。なお、圧電素子とは、強誘電体の圧電効果を利用する素子であり、強誘電体(圧電体)への電圧印加に対して変位や振動を発生するアクチュエータや、圧電体への応力変形に対して電圧を発生する応力センサなどの機能性電子部品として広く利用されている。また、焦電素子とは、強誘電体の焦電効果によって赤外線を含む光を検出する素子であり、人体検出用赤外線センサなどとして広く利用されている。
【0006】
非鉛系圧電材料を使用した圧電体薄膜素子として、例えば特許文献1には、基板上に、下部電極、圧電薄膜、及び上部電極を有する圧電薄膜素子において、上記圧電薄膜を、組成式(Na
xK
yLi
z)NbO
3(0<x<1、0<y<1、0≦z<1、x+y+z=1)で表記されるアルカリニオブ酸化物系のペロブスカイト化合物で構成される誘電体薄膜とし、その圧電薄膜と上記下部電極の間に、バッファ層として、ペロブスカイト型結晶構造を有し、かつ、(0 0 1)、(1 0 0)、(0 1 0)、及び(1 1 1)のいずれかの面方位に高い配向度で配向され易い材料の薄膜を設けたことを特徴とする圧電薄膜素子が開示されている。特許文献1によると、鉛フリーのニオブ酸リチウムカリウムナトリウム薄膜を用いた圧電薄膜素子で、十分な圧電特性が得られるとされている。
【0007】
特許文献2には、基板上に少なくとも密着層と下部電極層と非鉛系圧電体薄膜層とが順次積層された圧電体薄膜積層基板を有する圧電体薄膜素子であって、前記非鉛系圧電体薄膜層は、ニオブ酸リチウムカリウムナトリウム(組成式(Na
xK
yLi
z)NbO
3、0<x<1、0<y<1、0≦z<1、x+y+z=1)からなり、前記密着層は、第4族元素の酸化物または第5族元素の酸化物からなり、前記密着層の厚さが、1 nm以上2 nm以下であることを特徴とする圧電体薄膜素子が開示されている。特許文献2によると、高い圧電特性を有しかつ素子毎の圧電特性のばらつきが小さい非鉛系圧電体薄膜素子を提供することができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−19302号公報
【特許文献2】特開2014−207393号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前述したように、非鉛系強誘電体としてニオブ酸系強誘電体(例えば、ニオブ酸ナトリウムカリウム、(K
1-xNa
x)NbO
3)は、大変有望な材料の一つである。しかしながら、ニオブ酸系強誘電体は比較的新しい材料群であるため、薄膜素子の積層構造や製造プロセス制御の観点で未解明な点がまだまだ多く残されている。PZT薄膜素子の代替品となるように、ニオブ酸系強誘電体薄膜素子を実用化・量産化するためには、積層構造や製造プロセスを確立することは非常に重要である。
【0010】
さらに、薄膜素子などの電子部品において、コスト低減は至上命題の一つであり、電子部品としての性能・特性を維持しながらコストを低減する技術も非常に重要である。コスト低減の観点で従来技術を見てみると、例えば、特許文献1,2に記載の圧電薄膜素子では、下部電極として白金(Pt)またはPt合金が用いられ、上部電極としてPtや金(Au)が用いられており、材料変更によってコストを低減できる可能性がある。
【0011】
先行技術を詳細に検討したところ、下部電極は、強誘電体層形成の下地層を兼ねていることから、強誘電体層の結晶配向性や強誘電体特性と強く関連しており、単純に材料変更できるものではないと考えられた。一方、上部電極は、強誘電体層形成後に積層することから、強誘電体層の結晶配向性や強誘電体特性に与える影響が比較的少ないと考えられた。
【0012】
そこで、特許文献2の技術を参考にして、上部電極材料を材料コストの低いアルミニウム(Al)に変更して種々検討したところ、予想に反して薄膜素子の強誘電体特性が低下するという問題が生じた(詳細は後述する)。言い換えると、ニオブ酸系強誘電体薄膜素子では、強誘電体層形成後に積層する上部電極であっても、単純な材料変更は不適切であることが判った。
【0013】
したがって本発明の目的は、上記課題を解決し、薄膜素子としての性能・特性を維持しながらコスト低減を可能にするニオブ酸系強誘電体薄膜積層基板、該積層基板から切り出した強誘電体薄膜素子、および該積層基板の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の一態様は、上記目的を達成するため、基板上に、下部電極層と強誘電体薄膜層と上部電極中間層と上部電極層とが順次積層された強誘電体薄膜積層基板であって、
前記下部電極層は白金(Pt)またはPt合金からなり、
前記強誘電体薄膜層はニオブ酸ナトリウムカリウム(組成式(K
1-xNa
x)NbO
3、0.4≦ x ≦0.7)からなり、
前記上部電極層はアルミニウム(Al)またはAl合金からなり、
前記上部電極中間層は、チタンよりも難酸化性金属でかつアルミニウムとの金属間化合物を生成し得る金属からなり、
前記上部電極中間層の一部と前記上部電極層の一部とが合金化していることを特徴とする強誘電体薄膜積層基板を提供する。
なお、本発明において合金化とは、金属間化合物の生成を含むものと定義する。
【0015】
また本発明は、上記の本発明に係る強誘電体薄膜積層基板において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(i)前記上部電極中間層がニッケル(Ni)、コバルト(Co)、タングステン(W)、およびモリブデン(Mo)のうちの一つからなる。
(ii)前記上部電極中間層の厚さが2 nm以上50 nm以下である。
(iii)前記基板と前記下部電極層との間に下部電極密着層が更に積層され、前記下部電極密着層はチタン(Ti)および/またはTi酸化物からなる。
(iv)前記下部電極層は主表面が(1 1 1)面に優先配向しており、前記強誘電体薄膜層は、結晶系が擬立方晶または正方晶であり、主表面が(0 0 1)面に優先配向している。
(v)前記基板は表面に熱酸化膜を有するシリコン(Si)基板である。
【0016】
(II)本発明の他の一態様は、上記の本発明に係る強誘電体薄膜積層基板を利用したことを特徴とする強誘電体薄膜素子を提供する。
【0017】
(III)本発明の更に他の一態様は、上記の本発明に係る強誘電体薄膜積層基板の製造方法であって、
前記基板上に前記下部電極層を形成する下部電極層形成工程と、
前記下部電極層上に前記強誘電体薄膜層を形成する強誘電体薄膜層形成工程と、
前記強誘電体薄膜層上に前記上部電極中間層を形成する上部電極中間層形成工程と、
前記上部電極中間層上に前記上部電極層を形成する上部電極層形成工程とを有し、
前記上部電極層形成工程は、前記上部電極層の成膜を50℃以上200℃以下の温度環境下で行うことにより、前記上部電極中間層の一部と前記上部電極層の一部とを合金化するプロセスを含むことを特徴とする強誘電体薄膜積層基板の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、薄膜素子としての性能・特性を維持しながらコスト低減を可能にするニオブ酸系強誘電体薄膜積層基板、該積層基板から切り出した強誘電体薄膜素子、および該積層基板の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明に係る強誘電体薄膜積層基板の断面模式図である。
【
図2】基準試料、比較例1および実施例1のKNN薄膜素子における分極値と印加電圧との関係例を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明者等は、PZT(Pb(Zr
1-xTi
x)O
3)と同等の強誘電体特性を期待できる非鉛系強誘電体材料としてニオブ酸ナトリウムカリウム((K
1-xNa
x)NbO
3、0.4≦ x ≦0.7、KNNと略す)に着目し、KNN薄膜素子の実用化を目指した研究開発を行ってきた。今回、該KNN薄膜素子の低コスト化を図るべく、上部電極材料としてAlを用いることを検討したところ、前述したように、予想に反してKNN薄膜素子の強誘電体特性が低下するという問題が生じた。
【0021】
そこで、該薄膜素子としての性能・特性の維持と低コスト化とを両立できるような上部電極の積層構造を鋭意研究した。その結果、強誘電体薄膜層と上部電極層との間に形成する上部電極中間層として、Tiよりも難酸化性金属でかつAlとの金属間化合物を形成し得る金属を用いることにより、それを達成できることを見出した。本発明は、該知見に基づいて完成されたものである。
【0022】
以下、本発明に係る実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。ただし、本発明は、ここで取り上げた実施の形態に限定されることはなく、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜組み合わせや改良が可能である。
【0023】
図1は、本発明に係る強誘電体薄膜積層基板の断面模式図である。
図1に示したように、本発明に係る強誘電体薄膜積層基板10は、基板1の上に、下部電極密着層2、下部電極層3、強誘電体薄膜層4、上部電極中間層5および上部電極層6がこの順に積層された構造を有する。本発明に係る強誘電体薄膜素子は、強誘電体薄膜積層基板10から所望形状のチップとして切り出すことで得られる。なお、上部電極中間層5および上部電極層6は、強誘電体薄膜積層基板10の段階で形成されていてもよいし、所望形状のチップに切り出した後に形成してもよい。
【0024】
以下、強誘電体薄膜積層基板10の製造手順に沿って、具体的に説明する。
【0025】
はじめに、基板1を用意する。基板1の材料は、特に限定されず、強誘電体薄膜素子の用途に応じて適宜選択することができる。例えば、シリコン(Si)、SOI(Silicon on Insulator)、石英ガラス、砒化ガリウム(GaAs)、窒化ガリウム(GaN)、サファイア(Al
2O
3)、酸化マグネシウム(MgO)、酸化亜鉛(ZnO)、チタン酸ストロンチウム(SrTiO
3)などを用いることができる。これらの中でも、Si基板を用いることがコストの面では好ましい。また、基板1が導電性材料からなる場合は、その表面に電気絶縁膜(例えば酸化膜)を有していることが好ましい。酸化膜の形成方法に特段の限定はないが、例えば、熱酸化処理や化学気相成長(Chemical Vapor Deposition、CVD)法を好適に用いることができる。
【0026】
次に、基板1上に下部電極密着層2を形成する。下部電極密着層2の形成は必須ではないが、基板1と下部電極層3との密着性を高めるため形成することが好ましい。下部電極密着層2の材料としては、密着性や耐環境性の観点から、例えば厚さ1〜3 nmのTiおよび/またはTi酸化物が好ましい。Tiは、易酸化性金属(自身が酸化し易い金属の意味、イオン化ポテンシャル(例えば、第1イオン化ポテンシャル)が小さい金属)であり、基板1の表面に存在する酸素原子と結合してチタン酸化物の形態(原子結合状態)になり易いと考えられ、それにより高い密着性を確保できると考えられる。なお、下部電極密着層2の形成方法に特段の限定はないが、物理気相成長法(例えば、スパッタ法、熱蒸着法、電子ビーム蒸着法)を好適に用いることができる。
【0027】
次に、下部電極密着層2上に下部電極層3を形成する。下部電極層3の材料としては、PtまたはPt合金(Ptを主成分とする合金)用いることが好ましい。下部電極層3は、強誘電体薄膜層4の下地層となることから強誘電体薄膜層4の結晶配向度を向上させるため、(0 0 1)面、(1 1 0)面および(1 1 1)面のうちのいずれかに優先配向していることが好ましく、柱状結晶粒で構成された集合組織を有していることが好ましい。なお、下部電極層3の形成方法に特段の限定はないが、物理気相成長法(例えば、スパッタ法、熱蒸着法、電子ビーム蒸着法)を好適に用いることができる。
【0028】
次に、下部電極層3上に強誘電体薄膜層4を形成する。本発明では、強誘電体薄膜層4の材料として、非鉛系強誘電体であるニオブ酸ナトリウムカリウム(組成式(K
1-xNa
x)NbO
3、0.4≦ x ≦0.7、KNNと略す)を用いることが好ましい。また、形成するKNN薄膜は、その結晶系が擬立方晶または正方晶であり、薄膜の主表面が(0 0 1)面に優先配向されているものが、強誘電体特性上好ましい。
【0029】
強誘電体薄膜層4(KNN薄膜)の形成方法としては、所望のKNN薄膜層が得られる限り特段の限定はないが、所望の組成を有する焼結体ターゲットを用いたスパッタ法や電子ビーム蒸着法やパルスレーザー堆積法を好適に用いることができる。これらの成膜法は、組成制御性や結晶配向制御性に優れる利点がある。
【0030】
なお、KNN薄膜は、合計5原子%以下の範囲でリチウム(Li)、タンタル(Ta)、アンチモン(Sb)、カルシウム(Ca)、銅(Cu)、バリウム(Ba)及びTiのうちの一種以上を含んでいてもよい。
【0031】
次に、強誘電体薄膜層4上に上部電極中間層5を形成する。上部電極中間層5は、強誘電体薄膜層4と上部電極層6との密着性を高める役割(密着層の役割)と、上部電極層6の成分の強誘電体薄膜層4への拡散を抑制する役割(拡散バリアの役割)とを兼ね備えるものである。本発明は、この上部電極中間層5と上部電極層6との組み合わせに最大の特徴がある。
【0032】
上部電極中間層5の材料としては、Tiよりも難酸化性金属(自身が酸化しづらい金属の意味、イオン化ポテンシャル(例えば、第1イオン化ポテンシャル)が相対的に大きい金属)でかつAlとの金属間化合物を生成し得る金属が好ましく、例えば、Ni、Co、WおよびMoのから選ばれる一種を好適に用いることができる。これらの金属は、Tiよりも酸化しづらいため、成膜時に酸化物を生成する割合(確率)が十分に低いと考えられる。例えば、酸素との原子結合状態を生成するのは、強誘電体薄膜層4と上部電極中間層5との界面領域に限られると考えられる。
【0033】
一方、これらの金属は、Alとの金属間化合物を生成し得るので、後工程の上部電極層成膜時に、上部電極層6のAlと合金化して金属間化合物を生成すると考えられる。また、一般的に金属間化合物内での原子の拡散係数は固溶型合金内のそれよりもはるかに小さいため、Al原子の拡散が抑制されると考えられる。その結果、KNN薄膜素子の強誘電体特性の低下を抑制できる。
【0034】
上部電極中間層5の厚さ(平均膜厚)は、2 nm以上50 nm以下が好ましい。上部電極中間層5の厚さが2 nm未満になると、上部電極層6のAlとの合金化反応が不十分になり(金属間化合物の生成量が不足し)、Al原子の拡散抑制効果が不十分になる。上部電極中間層5の厚さが50 nmを超えると、Al原子の拡散抑制効果が飽和する一方で、上部電極中間層5および上部電極層6の微細加工(例えば、ドライエッチング)のプロセスコストが増大する。
【0035】
次に、上部電極中間層5上に上部電極層6を形成する。本発明では、低コスト化の観点から、上部電極層6の材料としてAlまたはAl合金を用いることが好ましい。上部電極層6の形成方法にも特段の限定はなく、下部電極層3の場合と同様に、物理気相成長法(例えば、スパッタ法、熱蒸着法、電子ビーム蒸着法)を好適に用いることができる。
【0036】
なお、上部電極層6を成膜は、50℃以上200℃以下の温度環境下で行うことが好ましく、100℃以上200℃以下がより好ましい。所定の昇温環境下で上部電極層6の成膜を行うことにより、上部電極中間層5の一部と上部電極層6の一部との合金化反応(上部電極中間層5を構成する金属と上部電極層6を構成するAlとの金属間化合物の生成)を促進することができる。成膜時の温度が50℃未満であると、合金化反応が不十分になる。一方、成膜時の温度が200℃超になると、上部電極中間層5の金属が酸化し易くなると共にAlの拡散が活発になる。その結果、金属間化合物が生成しづらくなり、Al原子が強誘電体薄膜層4まで到達し易くなる。
【実施例】
【0037】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0038】
[強誘電体薄膜積層基板の作製]
図1に示した強誘電体薄膜積層基板の積層構造(基板1、下部電極密着層2、下部電極層3、強誘電体薄膜層4、上部電極中間層5、上部電極層6)をベースとして、上部電極中間層5と上部電極層6との組み合わせが異なる強誘電体薄膜積層基板を作製した。基板1としては、熱酸化膜付きSi基板((1 0 0)面方位の4インチウェハ、ウェハ厚さ0.525 mm、熱酸化膜厚さ200 nm、基板の表面粗さRa=0.86 nm)を用いた。
【0039】
以下の成膜工程において、各層(下部電極密着層2、下部電極層3、強誘電体薄膜層4、上部電極中間層5、上部電極層6)の厚さの制御は、予め検証した成膜速度を基にして成膜時間を制御することにより行った。また、成膜速度を算出するための厚さの測定は、X線回折装置(スペクトリス株式会社(PANalytical事業部)製、型式:X’Pert PRO MRD)を用いて、X線反射率法により行った。
【0040】
はじめに、基板1と下部電極層3との密着性を高めるための下部電極密着層2として、厚さ2.2 nmのTi層をSi基板上にRFマグネトロンスパッタ法により成膜した。続いて、下部電極層3として厚さ205 nmのPt層をTi層上にRFマグネトロンスパッタ法により成膜した。下部電極密着層2および下部電極層3のスパッタ成膜条件は、純Tiターゲットおよび純Ptターゲットを用い、放電パワー200 W、Ar雰囲気、圧力2.5 Paとした。成膜した下部電極層3に対して表面粗さを測定し、算術平均粗さRaが0.86 nm以下であることを確認した。なお、スパッタ装置としてはRFスパッタ装置(株式会社アルバック、型式:SH-350-T10)を用いた(以下同様)。
【0041】
次に、下部電極層3上に、ニオブ酸系強誘電体薄膜層4として厚さ1.9μmのKNN薄膜((K
0.35Na
0.65)NbO
3)をRFマグネトロンスパッタ法により成膜した。KNN薄膜のスパッタ成膜条件は、(K
0.35Na
0.65)NbO
3焼結体ターゲットを用い、基板温度400〜600℃、放電パワー700〜800 W、酸素ガスとアルゴンガスの混合雰囲気(混合比:O
2/Ar = 0.005)、圧力0.3〜1.3 Paとした。
【0042】
(KNN薄膜の結晶系の評価)
ペロブスカイト構造を有するKNN結晶は、本来、c軸長がa軸長よりも長い(すなわちc/a > 1である)正方晶系に属する。言い換えると、「c/a > 1」の場合、正方晶としてより安定な結晶構造が形成されている(すなわち、結晶性が高い)ことを示す。また、ペロブスカイト構造を有する強誘電体は、一般的に、初期歪みが少ない結晶のc軸方向に電界を印加したときに、より大きい分極値(圧電性や強誘電性におけるより高い利得)が得られる。
【0043】
一方、基板上に成膜された薄膜結晶は、バルク結晶体とは異なり、基板や下地層の影響を受けて結晶構造が歪み易い。具体的には、「c/a ≦ 1」である擬立方晶(本来の正方晶と言うよりも立方晶に近いという意味)からなるKNN薄膜が主に形成さる場合と、「c/a > 1」である正方晶(本来の正方晶により近いという意味)からなるKNN薄膜が主に形成される場合とがある。そこで、X線回折法(XRD)により、上記で成膜したKNN薄膜の結晶系を評価した。その結果、「c/a > 1」である正方晶からなるKNN薄膜が主に形成された基板が作製されていることが確認された。
【0044】
(基準試料の作製)
次に、KNN薄膜層上に、上部電極中間層5として厚さ2 nmのTi層をRFマグネトロンスパッタ法により成膜した。続いて、該Ti層上に、上部電極層6として厚さ300 nmのPt層をRFマグネトロンスパッタ法により成膜した。上部電極中間層5および上部電極層6のスパッタ成膜条件は、下部電極層3の場合と同様に、純Tiターゲットおよび純Ptターゲットを用い、放電パワー200 W、Ar雰囲気、圧力2.5 Paとした。以上により、従来技術の基準試料となるKNN薄膜積層基板を作製した。
【0045】
(比較例1の作製)
上部電極中間層5として厚さ2 nmのTi層をKNN薄膜層上に電子ビーム蒸着法により成膜し、続いて、上部電極層6として厚さ300 nmのAl層を電子ビーム蒸着法により成膜したこと以外は、上記基準試料と同様にして、比較例1のKNN薄膜積層基板を作製した。なお、電子ビーム蒸着装置としては、株式会社アルバック製の装置(型式:EX-400-C08)を用いた(以下同様)。
【0046】
(実施例1の作製)
上部電極中間層5として厚さ2 nmのNi層をKNN薄膜層上に電子ビーム蒸着法により成膜し、続いて、上部電極層6として厚さ300 nmのAl層をNi層上に電子ビーム蒸着法により成膜した。なお、Ni層の成膜およびAl層の成膜は、基板温度を200℃にして行った。それら以外は、上記基準試料と同様にして、実施例1のKNN薄膜積層基板を作製した。
【0047】
(実施例2〜3の作製)
上部電極中間層5として厚さ10 nmのNi層をKNN薄膜層上に電子ビーム蒸着法により成膜したこと以外は実施例1と同様にして、実施例2のKNN薄膜積層基板を作製した。また、上部電極中間層5として厚さ50 nmのNi層をKNN薄膜層上に電子ビーム蒸着法により成膜したこと以外は実施例1と同様にして、実施例3のKNN薄膜積層基板を作製した。
【0048】
(実施例4〜6の作製)
上部電極中間層5として厚さ2 nmのCo層をKNN薄膜層上に電子ビーム蒸着法により成膜したこと以外は実施例1と同様にして、実施例4のKNN薄膜積層基板を作製した。上部電極中間層5として厚さ2 nmのW層をKNN薄膜層上に電子ビーム蒸着法により成膜したこと以外は実施例1と同様にして、実施例5のKNN薄膜積層基板を作製した。また、上部電極中間層5として厚さ2 nmのMo層をKNN薄膜層上に電子ビーム蒸着法により成膜したこと以外は実施例1と同様にして、実施例6のKNN薄膜積層基板を作製した。
【0049】
[強誘電体薄膜素子の作製]
上記の基準試料、比較例1、および実施例1〜6のKNN薄膜積層基板から小片(20 mm×20 mm)を切り出して、基準試料、比較例1、および実施例1〜6の測定評価用KNN薄膜素子を作製した。
【0050】
[強誘電体薄膜素子の特性評価]
得られたKNN薄膜素子に対して、強誘電体特性評価システムを用いて分極特性を測定した。
図2は、基準試料、比較例1および実施例1のKNN薄膜素子における分極値と印加電圧との関係例を示したグラフである。
【0051】
図2に示したように、基準試料(上部電極層/上部電極中間層=Pt/Ti)と比較例1(上部電極層/上部電極中間層=Al/Ti)とを比較すると、比較例1の分極特性(分極値のヒステリシスループ)は、基準試料のそれよりも劣化していることが判った。このことから、KNN薄膜素子においては、たとえ上部電極であっても、単純な材料変更は不適切であることが確認された。一方、本発明に係る実施例1(上部電極層/上部電極中間層=Al/Ni)は、その分極特性が基準試料の分極特性とほぼ完全に一致しており、実質的に変化していないことが確認された。
【0052】
比較例1と実施例1との差異を簡単に考察する。比較例1におけるAlとTiとの組み合わせ(Al-Ti系)および実施例1におけるAlとNiとの組み合わせ(Al-Ni系)は、それぞれの相平衡状態図を参照すると、共に金属間化合物を生成し得る系である。
【0053】
ここで、Tiは易酸化性金属であり、上部電極中間層5としてのTi層は酸化物であるKNN薄膜層の上に成膜されている。そのため、上部電極中間層5のTi層は、Ti酸化物を生成し易いと考えられる。さらに、Ti酸化物は化学的に非常に安定な相であることから、上部電極層6としてのAl層の成膜の際に、合金化反応(金属間化合物の生成)が起こりづらかったと考えられる。その結果、上部電極中間層5による拡散バリアが十分に機能せず、分極特性が劣化したと考えられる。
【0054】
一方、Niは、Tiに比して難酸化性金属であるため、上部電極中間層5成膜の際にNi酸化物を生成する割合(確率)が十分に低かったと考えられる。そのため、上部電極層6のAl層を成膜する際に、合金化反応(金属間化合物の生成)が十分に起こり、上部電極中間層5が拡散バリアとして機能したものと考えられる。
【0055】
上部電極中間層5の厚さに関しては、実施例1〜3で同等の結果が得られることを別途確認した。また、上部電極中間層5を構成する金属種としては、実施例4〜6において実施例1と同等の結果が得られることを別途確認した。
【0056】
なお、上述した実施形態や実施例は、本発明の理解を助けるために説明したものであり、本発明は、記載した具体的な構成のみに限定されるものではない。例えば、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。すなわち、本発明は、本明細書の実施形態や実施例の構成の一部について、削除・他の構成に置換・他の構成の追加をすることが可能である。
【符号の説明】
【0057】
1…基板、2…下部電極密着層、3…下部電極層、4…強誘電体薄膜層、
5…上部電極中間層、6…上部電極層、
10…強誘電体薄膜積層基板。