特許第6606977号(P6606977)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6606977
(24)【登録日】2019年11月1日
(45)【発行日】2019年11月20日
(54)【発明の名称】熱間圧延用複合ロールの製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22D 13/02 20060101AFI20191111BHJP
   B22D 19/16 20060101ALI20191111BHJP
   B21B 27/00 20060101ALI20191111BHJP
   C22C 37/00 20060101ALI20191111BHJP
   C21D 9/38 20060101ALI20191111BHJP
   C21D 5/00 20060101ALI20191111BHJP
【FI】
   B22D13/02 502J
   B22D13/02 502R
   B22D19/16 G
   B22D19/16 H
   B21B27/00 A
   C22C37/00 B
   C21D9/38 A
   C21D5/00 A
【請求項の数】11
【全頁数】30
(21)【出願番号】特願2015-212851(P2015-212851)
(22)【出願日】2015年10月29日
(65)【公開番号】特開2016-93839(P2016-93839A)
(43)【公開日】2016年5月26日
【審査請求日】2018年9月10日
(31)【優先権主張番号】特願2014-223606(P2014-223606)
(32)【優先日】2014年10月31日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080012
【弁理士】
【氏名又は名称】高石 橘馬
(72)【発明者】
【氏名】野崎 泰則
(72)【発明者】
【氏名】小田 望
(72)【発明者】
【氏名】服部 敏幸
【審査官】 印出 亮太
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/150950(WO,A1)
【文献】 国際公開第2013/077377(WO,A1)
【文献】 特開平10−183289(JP,A)
【文献】 特開平09−170041(JP,A)
【文献】 特開2005−169426(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22D 13/00
B21B 27/00
C21D 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a) 質量基準で、C:2.5〜3.5%、Si:1.3〜2.4%、Mn:0.2〜1.5%、Ni:3.5〜5.0%、Cr:0.8〜1.5%、Mo:2.5〜4.4%、V:1.8〜4.0%、及びNb:0.2〜1.5%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、Nb/Vの質量比が0.1〜0.7で、Mo/Vの質量比が0.7〜2.5であり、かつ2.5≦V+1.2 Nb≦5.5の条件を満たす化学組成と、面積基準で0.3〜10%の黒鉛相を有する組織とを有する鋳鉄からなる外層と、(b) ダクタイル鋳鉄からなる軸芯部と、(c) 前記外層と前記軸芯部の間にあって、Mo濃度が前記外層との境界から前記軸芯部との境界まで徐々に低下する鋳鉄製中間層とを有し、前記中間層内で、前記軸芯部との境界部におけるMo含有量が、(ア) 2.1質量%未満であるか、(イ) 2.1質量%以上5.0質量%未満で、Mo含有量−(Cr含有量/3)が1.7質量%未満である熱間圧延用複合ロールを製造する方法であって、
(1) 遠心鋳造用円筒状金型と静置鋳造用の上型及び下型とを個別に具備する第一の鋳型、又は遠心鋳造用キャビティ部と静置鋳造用キャビティ部とを一体的に具備する第二の鋳型を使用し、
(2) 第一の鋳型を使用する場合、(i) 回転する前記遠心鋳造用円筒状金型に前記化学組成を有する外層用溶湯を鋳込み、(ii) 凝固中又は凝固後の前記外層の内部に中間層用溶湯を鋳込み、(iii) 前記中間層の凝固後に、前記円筒状金型の上下端に前記上型及び前記下型を設けて静置鋳造用鋳型を構成し、(iv) 前記上型、前記円筒状金型及び前記下型により構成されるキャビティに軸芯部用溶湯を鋳込み、
(3) 第二の鋳型を使用する場合、(i) 回転する前記鋳型の前記遠心鋳造用キャビティ部に前記化学組成を有する外層用溶湯を鋳込み、(ii) 凝固中又は凝固後の前記外層の内部に中間層用溶湯を鋳込み、(iii) 前記中間層の凝固後に、前記静置鋳造用キャビティ部に軸芯部用溶湯を鋳込むことを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1に記載の熱間圧延用複合ロールの製造方法において、前記外層の化学組成におけるMo濃度が2.5〜4.2質量%であることを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の熱間圧延用複合ロールの製造方法において、前記中間層用溶湯の組成は、質量基準でC:1.6〜3.8%、Si:0.2〜3.5%、Mn:0.2〜2.0%、Ni:0〜5.0%、Cr:0.8〜3.0%、Mo:0〜3.0%、V:0〜2.0%、Nb:0〜2.0%、及びW:0〜3.0%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の熱間圧延用複合ロールの製造方法において、前記外層がさらに0.1〜5.0質量%のWを含有することを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の熱間圧延用複合ロールの製造方法において、前記外層の化学組成が下記式(1)〜(3):
Si≦3.2/[0.283 (C−0.2 V−0.13 Nb)+0.62]・・・(1)、
(C−0.2 V−0.13 Nb)+(Cr+Mo+0.5 W) ≦9.5・・・(2)、及び
1.5≦Mo+0.5 W≦5.5・・・(3)
の条件をみたすことを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の熱間圧延用複合ロールの製造方法において、前記外層がさらに質量基準でTi:0.003〜5.0%、Al:0.01〜2.0%、Zr:0.01〜0.5%、B:0.001〜0.5%、及びCo:0.1〜10.0%からなる群から選ばれた少なくとも一種を含有することを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の熱間圧延用複合ロールの製造方法において、前記外層の基地が560以上のビッカース硬さを有することを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の熱間圧延用複合ロールの製造方法において、ロール軸方向中央における前記外層表面の円周方向圧縮残留応力が廃却径で150〜500 MPaであることを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の熱間圧延用複合ロールの製造方法において、前記外層の破壊靭性値KICが18.5 MPa・m1/2以上であることを特徴とする方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれかに記載の熱間圧延用複合ロールの製造方法において、前記外層の基地中のSi含有量が3.2質量%以下であることを特徴とする方法。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれかに記載の熱間圧延用複合ロールの製造方法において、前記軸芯部が35%以下のフェライト面積率を有するダクタイル鋳鉄からなることを特徴とする方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐摩耗性、耐焼付き性及び耐事故性に優れた外層と靱性に優れた軸芯部とが中間層を介して一体化された熱間圧延用複合ロールを製造する方法に関し、特に薄鋼板のホットストリップミルの仕上げ圧延用ワークロールに好適な熱間圧延用複合ロールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
連続鋳造等で製造した厚さ数百mmの加熱スラブは、粗圧延機及び仕上げ圧延機を有するホットストリップミルで数〜数十mmの厚さの鋼板に圧延される。仕上げ圧延機は通常、5〜7スタンドの四重式圧延機を直列に配置したものである。7スタンドの仕上げ圧延機の場合、第一スタンドから第三スタンドまでを前段スタンドと呼び、第四スタンドから第七スタンドまでを後段スタンドと呼ぶ。
【0003】
このようなホットストリップミルに用いられるワークロールは、熱間薄板に接触するので、熱的及び機械的な圧延負荷により外層表面に生じた摩耗、肌荒れ、ヒートクラック等の損傷が生じる。従って、これらの損傷を研削除去した後、ワークロールは再び圧延に供される。ロール外層の表層部の損傷の研削除去は「改削」と呼ばれる。ワークロールは、初径から圧延に使用可能な最小径(廃却径)まで改削された後、廃却される。初径から廃却径までを圧延有効径と呼ぶ。圧延有効径では、熱間圧延用ロールはヒートクラックのような大きな表面損傷を防止するために、外層は優れた耐摩耗性、耐焼付き性及び耐事故性を有するのが望ましい。
【0004】
改削には、通常の圧延摩耗による表面損傷を除去するための軽改削と、圧延事故による表面損傷を除去するための重改削とがある。特に後段の仕上げスタンドでは、折れ込んだり切れたりした圧延鋼板が重なって圧延される「絞り込み」と呼ばれる圧延事故が起こり易い。このような事故が起こるとロール表面が局部的に強圧を受け、鋼板がロール表面に焼き付くので、高熱及び高負荷によりクラックが入り、進展しやすい。特に圧延事故で発生したクラックは極めて深いことが多い。従って、熱間圧延用ロールは、圧延による摩耗が少ない(優れた耐摩耗性を有する)だけでなく、圧延事故でも焼き付きにくく(優れた耐焼付き性を有し)、クラックの進展が少ない(優れた耐事故性を有する)ことが要求される。
【0005】
このように優れた耐摩耗性、耐焼付き性及び耐事故性が要求されるホットストリップミルの仕上げ後段スタンド用のワークロールとして、耐焼付き性が良好な高合金グレン鋳鉄に耐摩耗性を向上させるためにMo、V等の硬質炭化物形成元素を添加した合金を外層材とした複合ロールが提案されている。
【0006】
例えば、特許文献1(特開2005-105296号)は、質量基準で、C:2.5〜3.5%、Si:1.0〜2.5%、Mn:0.3〜1%、Ni:3〜5%、Cr:1.5〜2.5%,Mo:1.0〜4%、V:1.4〜3.0%、Nb:0.1〜0.5%、B:0.0005〜0.2%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成と、少なくとも基地の一部に最大長さ:0.1〜5μmの微細炭化物を50000〜1000000個/mm2含む組織とを有する耐摩耗性及び耐肌荒れ性に優れた熱間圧延用ロール外層を開示している。特許文献1は、Niグレンロールの耐摩耗性をMC炭化物により向上させる際に、肌荒れを防止するために基地中に二次炭化物を析出させており、そのために800〜950℃の焼き入れを行うのが好ましいと記載している。しかし、このような焼き入れ処理から冷却する過程でロール表面と内部に温度差が生じ、ロール表面側に圧縮残留応力が付加される。この応力は外層の変態膨張による圧縮残留応力に重畳され、ロール表面の圧縮残留応力は非常に高くなる。このように圧縮残留応力が高いとクラックが発生しやすい。
【0007】
また特許文献2(特開2004-82209号)は、外殻層の化学成分が基準でC:3.0〜4.0%、Si:0.8〜2.5%、Mn:0.2〜1.2%、Ni:3.0〜5.0%、Cr:0.5〜2.5%、Mo:0.1〜3.0%、V:1.0〜5.0%、残部Fe及び不可避的不純物からなり、軸芯部がC:2.5〜4.0%を含有する普通鋳鉄又は球状黒鉛鋳鉄で形成されており、外殻層の厚み(T)と軸芯部の半径(R)が0.03≦T/R≦0.5の関係を満足する遠心鋳造製熱間圧延用複合ロールを開示している。この複合ロールは耐焼付性及び耐摩耗性を有するとともに、製造時の大根割れ及び使用時のチル剥げを防止している。しかし、熱処理として430℃の焼戻し処理を行っているだけであるので、ロール外層の硬さは十分でなく、従って耐摩耗性も劣る。
【0008】
特許文献3(特開2002-88444号)は、耐摩耗鋳鉄で形成された外層と、外層の内周面に溶着された中間層と、中間層の内周面に溶着された軸芯部とからなり、前記外層の化学組成は重量基準で、C:1.0〜3.0%、Si:0.1〜2.0%、Mn:0.1〜2.0%、Ni:0.1〜4.5%、Cr:3.0〜10.0%、Mo:0.1〜9.0%、W:1.5〜10.0%、V及び/又はNb:合計3.0〜10.0%、及び残部実質的にFeからなり、前記中間層の化学組成は重量基準で、C:1.0〜2.5%、Si:0.2〜3.0%、Mn:0.2〜1.5%、Ni:4.0%以下、Cr:4.0%以下、Mo:4.0%以下、W及び/又はV:合計12%以下、W,V及びNbの少なくとも一種:合計12%以下、及び残部実質的にFeからなり、前記軸芯部は片状黒鉛鋳鉄、球状黒鉛鋳鉄又は黒鉛鋼からなる複合ロールを開示している。しかし、外層は3.0〜10.0%と非常に多いCrを含有するので、黒鉛が晶出しにくくなり耐焼付き性及び破壊靭性に劣る。また、Cr炭化物(M7C3、M23C6等)の晶出により破壊靱性が低い。破壊靱性が低いと、圧延事故で発生したクラックが進展しやすくなる。
【0009】
特許文献4(特開平09-170041号)は、黒鉛を含有する外層とダクタイル鋳鉄(球状黒鉛鋳鉄)製軸芯とが黒鉛鋼の中間層を介して溶着一体化した遠心鋳造製ロールであって、前記外層は、C:2.5〜4.7%、Si:0.8〜3.2%、Mn:0.1〜2.0%、Cr:0.4〜1.9%、Mo:0.6〜5.0%、V:3.0〜10.0%、及びNb:0.6〜7.0%を含有するとともに、下記式(1)〜(4):2.0+0.15V+0.10Nb≦C(%)・・・(1)、1.1≦Mo/Cr・・・(2)、Nb/V≦0.8・・・(3)、及び0.2≦Nb/V・・・(4)を満足し、残部Fe及び不可避的不純物からなり、前記軸芯は、C:2.8〜3.8%、Si:2.0〜3.0%、Mn:0.3〜1.0%、P:0.10%以下、S:0.04%以下、Ni:0.3〜2.0%、Cr:1.5%以下、及びMo:1.0%以下を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなり、前記中間層は、C:1.0〜2.0%、Si:1.6〜2.4%、Mn:0.2〜1.0%、P:0.05%以下、S:0.03%以下、Ni:0.1〜3.5%、Cr:1.5%以下、及びMo:0.1〜0.8%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる遠心鋳造製ロールを開示している。しかし、黒鉛鋼の中間層の場合、外層よりも中間層の凝固開始温度が高いので、外層又は中間層に引け巣等の鋳造欠陥が発生しやすいという問題がある。
【0010】
また、遠心鋳造製圧延用複合ロールの外層に耐焼付き性、潤滑性及び亀裂伝搬抑制作用を有する黒鉛、及び耐摩耗性を向上させる炭化物を生成させるために、2.5〜3.5質量%の炭素と2.5質量%以上のMoを添加した鋳鉄を用いると、外層とダクタイル鋳鉄製軸芯部との境界部に引け巣等の欠陥が発生するおそれがあることが分った。また、境界部では引張残留応力がかかるので、圧延による繰り返し応力によりロールが破壊するおそれがあることも分った。従って、外層と軸芯部との境界部に発生する引け巣等の欠陥を確実に防止する必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2005-105296号公報
【特許文献2】特開2004-82209号公報
【特許文献3】特開2002-88444号公報
【特許文献4】特開平09-170041号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
従って本発明の目的は、耐摩耗性及び耐焼付き性に優れ、高い破壊靱性値を有するために耐事故性に優れ、かつ外層及び軸芯部の溶着が良好であり、ホットストリップミルの仕上げ後段用ワークロールに好適な熱間圧延用複合ロールを製造する方法を提供することである。
【0013】
上記目的に鑑み鋭意研究の結果、外層と軸芯部との間に中間層を設けることにより、外層中のMo、Cr等の軸芯部への拡散が中間層により緩和され、中間層にMo、Cr等の濃度分布ができるので、境界部に引け巣等の欠陥が発生するのを確実に防止することができることを発見し、本発明に想到した。
【課題を解決するための手段】
【0014】
すなわち、本発明の熱間圧延用複合ロールの製造方法は、(a) 質量基準で、C:2.5〜3.5%、Si:1.3〜2.4%、Mn:0.2〜1.5%、Ni:3.5〜5.0%、Cr:0.8〜1.5%、Mo:2.5〜5.0%、V:1.8〜4.0%、及びNb:0.2〜1.5%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、Nb/Vの質量比が0.1〜0.7で、Mo/Vの質量比が0.7〜2.5であり、かつ2.5≦V+1.2 Nb≦5.5の条件を満たす化学組成と、面積基準で0.3〜10%の黒鉛相を有する組織とを有する鋳鉄からなる外層と、(b) ダクタイル鋳鉄からなる軸芯部と、(c) 前記外層と前記軸芯部の間にあって、Mo濃度が前記外層との境界から前記軸芯部との境界まで徐々に低下する鋳鉄製中間層とを有する熱間圧延用複合ロールを製造する方法であって、
(1) 遠心鋳造用円筒状金型と静置鋳造用の上型及び下型とを個別に具備する第一の鋳型、又は遠心鋳造用キャビティ部と静置鋳造用キャビティ部とを一体的に具備する第二の鋳型を使用し、
(2) 第一の鋳型を使用する場合、(i) 回転する前記遠心鋳造用円筒状金型に前記化学組成を有する外層用溶湯を鋳込み、(ii) 凝固中又は凝固後の前記外層の内部に中間層用溶湯を鋳込み、(iii) 前記中間層の凝固後に、前記円筒状金型の上下端に前記上型及び前記下型を設けて静置鋳造用鋳型を構成し、(iv) 前記上型、前記円筒状金型及び前記下型により構成されるキャビティに軸芯部用溶湯を鋳込み、
(3) 第二の鋳型を使用する場合、(i) 回転する前記鋳型の前記遠心鋳造用キャビティ部に前記化学組成を有する外層用溶湯を鋳込み、(ii) 凝固中又は凝固後の前記外層の内部に中間層用溶湯を鋳込み、(iii) 前記中間層の凝固後に、前記静置鋳造用キャビティ部に軸芯部用溶湯を鋳込むことを特徴とする。
【0015】
前記中間層内で、前記軸芯部との境界部におけるMo含有量は、(a) 2.1質量%未満であるか、(b) 2.1質量%以上5.0質量%未満で、Mo含有量−(Cr含有量/3)が1.7質量%未満であるのが好ましい。
【0016】
前記外層はさらに0.1〜5.0質量%のWを含有しても良い。
【0017】
前記外層の化学組成は下記式(1)〜(3):
Si≦3.2/[0.283 (C−0.2 V−0.13 Nb)+0.62]・・・(1)、
(C−0.2 V−0.13 Nb)+(Cr+Mo+0.5 W) ≦9.5・・・(2)、及び
1.5≦Mo+0.5 W≦5.5・・・(3)
の条件を満たすのが好ましい。
【0018】
前記外層はさらに、質量基準でTi:0.003〜5.0%、Al:0.01〜2.0%、Zr:0.01〜0.5%、B:0.001〜0.5%、及びCo:0.1〜10.0%からなる群から選ばれた少なくとも一種を含有しても良い。
【0019】
前記外層の基地は560以上のビッカース硬さを有するのが好ましい。
【0020】
ロール軸方向中央における前記外層表面の円周方向圧縮残留応力は廃却径で150〜500 MPaであるのが好ましい。
【0021】
前記外層の破壊靭性値KICは18.5 MPa・m1/2以上であるのが好ましい。
【0022】
前記外層の基地中のSi含有量は3.2質量%以下であるのが好ましい。
【0023】
前記軸芯部は35%以下のフェライト面積率を有するダクタイル鋳鉄からなるのが好ましい。
【発明の効果】
【0024】
本発明の方法により製造される熱間圧延用複合ロールは、外層が耐摩耗性及び耐焼付き性に優れているだけでなく高い破壊靱性値を有するために耐事故性にも優れ、圧延によりロール破壊の起点となるような欠陥が外層と軸芯部の境界部になく、外層と軸芯部が健全に接合しているので、ホットストリップミルの仕上げ後段用ワークロールに好適である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】基地組成相当合金のSi含有量と破壊靭性値KICとの関係を示すグラフである。
図2】圧延摩耗試験機を示す概略図である。
図3】摩擦熱衝撃試験機を示す概略図である。
図4-1】中間層及びその近傍におけるMo、Cr、V及びNbの分布を概略的に示すグラフである。
図4-2】Crの分布から境界部を決める方法を示すグラフである。
図4-3】中間層と軸芯部との境界部付近を示す部分拡大断面図であって、前記境界部付近におけるMo、Cr、V及びNbの含有量の定義を示す部分拡大断面図である。
図5-1】供試材No. A-8の中間層及びその近傍におけるMo、Cr、V及びNbの分布を示すグラフである。
図5-2】供試材No. A-9の中間層及びその近傍におけるMo、Cr、V及びNbの分布を示すグラフである。
図5-3】供試材No. A-10の中間層及びその近傍におけるMo、Cr、V及びNbの分布を示すグラフである。
図6】供試材No. A-1の外層の金属組織を示す顕微鏡写真である。
図7】破壊靱性値測定用試験片を示す概略正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の実施形態を以下詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲内で種々の変更をしても良い。特に断りがなければ、単に「%」と記載しているときは「質量%」を意味する。
【0027】
[1] 熱間圧延用複合ロールの構成
(A) 外層
(1) 組成
(i) 必須組成
(a) C:2.5〜3.5質量%
CはV、Nb、Cr、Mo及びWと結合して硬質の炭化物を生成し、耐摩耗性の向上に寄与する。またSi及びNi等の黒鉛化促進元素により組織中に黒鉛として晶出し、もって外層に耐焼付性を付与するとともに、外層の靭性を向上させる。Cが2.5質量%未満では黒鉛の晶出が不十分であるだけでなく、硬質の炭化物の晶出量が少なすぎて外層に十分な耐摩耗性を付与することができない。さらに、Cが2.5質量%未満では、オーステナイト晶出から共晶炭化物晶出までの温度差が大きいので、オーステナイトが遠心力により外周側に移動し、外層内部の溶湯では炭素が濃化しやすくなる。その結果、炭素濃化溶湯中でオーステナイトの粗大デンドライトの発生及び成長が起こりやすくなる。オーステナイトのデンドライトはベイナイト及び/又はマルテンサイトに変態し、粗大な斑点状偏析となる。
【0028】
一方、Cが3.5質量%を超えると黒鉛が過剰となるとともに、その形状も紐状となり、外層の強度が低下する。また炭化物の晶出量が過多となって外層の靱性が低下し、耐クラック性が低下するため、圧延によるクラックが深くなり、ロール損失が増加する。Cの含有量の下限は好ましくは2.55質量%であり、より好ましくは2.65質量%である。またCの含有量の上限は好ましくは3.45質量%であり、より好ましくは3.4質量%であり、最も好ましくは3.35質量%である。
【0029】
(b) Si:1.3〜2.4質量%
Siは溶湯の脱酸により酸化物の欠陥を減少するとともに、黒鉛の晶出を助長する作用を有し、耐焼付き性及び亀裂の進展の抑制に寄与する。Siが1.3質量%未満では溶湯の脱酸作用が不十分であり、黒鉛晶出の作用も少ない。一方、Siが2.4質量%を超えると合金基地が脆化し、外層の靱性は低下する。Siの含有量の下限は好ましくは1.4質量%であり、より好ましくは1.5質量%である。Siの含有量の上限は好ましくは2.3質量%であり、より好ましくは2.25質量%であり、最も好ましくは2.2質量%である。
【0030】
(c) Mn:0.2〜1.5質量%
Mnは溶湯の脱酸作用の他に、不純物であるSをMnSとして固定する作用を有する。Mnが0.2質量%未満ではそれらの効果は不十分である。一方、Mnが1.5質量%を超えてもさらなる効果は得られない。Mnの含有量の下限は好ましくは0.3質量%であり、より好ましくは0.4質量%であり、最も好ましくは、0.5質量%である。Mnの含有量の上限は好ましくは1.4質量%であり、より好ましくは1.3質量%であり、最も好ましくは1.2質量%である。
【0031】
(d) Ni:3.5〜5.0質量%
Niは黒鉛を晶出させる作用があり、耐焼付き性に寄与する。Niはまた基地組織の焼入れ性を向上させる作用を有する。本発明ではロール表面の圧縮残留応力を制限するために焼き入れを行わないのが望ましく、焼き入れを行わない場合、鋳造後の冷却により外層が硬化する必要がある。このため、遠心鋳造鋳型内での冷却によりパーライト変態を起こさずにべイナイト変態又はマルテンサイト変態を起こさせる焼き入れ性が必要となる。Niが3.5質量%未満ではその作用が十分に得られない。一方、Niが5.0質量%を超えるとオーステナイトが安定化しすぎ、ベイナイト又はマルテンサイトに変態しにくくなる。Niの含有量の下限は好ましくは3.6質量%であり、より好ましくは3.8質量%であり、最も好ましくは3.9質量%である。Niの含有量の上限は好ましくは4.9質量%であり、より好ましくは4.8質量%であり、最も好ましくは4.7質量%である。
【0032】
(e) Cr:0.8〜1.5質量%
Crは焼き入れ性を向上させるとともに、基地をベイナイト又はマルテンサイトにして硬さを保持し、耐摩耗性を維持するのに有効な元素である。Crが0.8質量%未満ではその添加効果は不十分である。一方、Crが1.5質量%を超えると、黒鉛の晶出を阻害するだけでなく、粗大な共晶炭化物を形成し、破壊靭性値を低下させる。Crの含有量の上限は好ましくは1.45質量%であり、より好ましくは1.4質量%であり、最も好ましくは1.35質量%である。
【0033】
(f) Mo:2.5〜5.0質量%
MoはCと結合して硬質のMo炭化物(M6C、M2C)を形成し、外層の硬さを増加させるとともに、基地の焼入れ性を向上させる。また、MoはV及びNbとともに強靭かつ硬質なMC炭化物を生成し、耐摩耗性を向上させる。その上、Moは合金溶湯の凝固過程で残留共晶溶湯の比重を増加させ、初晶γ相の遠心分離を防ぎ、ベイナイト及び/又はマルテンサイトのデンドライトの斑点状偏析の出現を抑える。Moが2.5質量%未満ではそれらの効果は不十分である。一方、Moが5.0質量%を超えると、外層の靭性が劣化し、白銑化傾向が強くなるので黒鉛の晶出を阻害し、かつ破壊靭性値を低下させる。Moの含有量の下限は好ましくは2.6質量%であり、より好ましくは2.7質量%である。Moの含有量の上限は好ましくは4.6質量%であり、より好ましくは4.4質量%であり、最も好ましくは4.2質量%である。
【0034】
(g) V:1.8〜4.0質量%
VはCと結合して硬質のMC炭化物を生成する元素である。このMC炭化物は2500〜3000のビッカース硬さHvを有し、炭化物の中でも特に硬い。Vが1.8質量%未満では、MC炭化物の晶出量は不十分である。一方、Vが4.0質量%を超えると、比重の軽いMC炭化物が遠心鋳造中の遠心力により外層の内側に濃化し、MC炭化物の半径方向偏析が著しくなるだけでなく、MC炭化物が粗大化して合金組織が粗くなり、圧延時に肌荒れしやすくなる。MC炭化物はV、Nb又はMoが主体の炭化物であり、後述するようにこの晶出量はVだけでなくNbの量にも関係する。さらに、Vと他元素との相互作用により、後述するように基地中へのSi固溶量及び粗大炭化物の形成量が変化する。Vの含有量の下限は好ましくは2.0質量%であり、より好ましくは2.1質量%であり、最も好ましくは2.2質量%である。Vの含有量の上限は好ましくは3.9質量%であり、より好ましくは3.8質量%であり、最も好ましくは3.7質量%である。
【0035】
(h) Nb:0.2〜1.5質量%
NbはCと結合してMC炭化物を生成する。NbはV及びMoとの複合添加により、MC炭化物に固溶してMC炭化物を強化し、外層の耐摩耗性を向上させる。NbC系のMC炭化物は、VC系のMC炭化物より溶湯密度との差が小さいので、MC炭化物の偏析を軽減させる。さらに、Nbは合金溶湯の凝固過程で残留共晶溶湯の比重を増加させ、初晶γ相の遠心分離を防ぎ、オーステナイトから変態したデンドライト状のベイナイト及び/又はマルテンサイトが斑点状に偏析するのを抑える。Nbが0.2質量%未満ではこれらの効果は不十分である。一方、Nbが1.5質量%を超えると、MC炭化物が凝集し、健全な外層を得にくくなる。Nbの含有量の下限は好ましくは0.3質量%であり、より好ましくは0.4質量%である。Nbの含有量の上限は好ましくは1.4質量%であり、より好ましくは1.3質量%であり、最も好ましくは1.2質量%である。
【0036】
(i) Nb/V:0.1〜0.7、Mo/V:0.7〜2.5、及びV+1.2 Nb:2.5〜5.5質量%
V、Nb及びMoはいずれも耐摩耗性に必須な硬質MC炭化物を増加させる作用を有するので、これらの元素の合計添加量を所定のレベル以上にする必要がある。また、Vは溶湯の比重を低下させる元素であるのに対し、Nb及びMoは溶湯の比重を増加させる元素である。従って、Vに対してNb及びMoの含有量がバランスしていないと、溶湯の比重とオーステナイトの比重との差が大きくなり、遠心力によるオーステナイトの外層側への移動により炭素が顕著に濃化され、その結果オーステナイトのデンドライトが偏析2しやすくなる。
【0037】
そのため、Nb/Vの質量比を0.1〜0.7とし、Mo/Vの質量比を0.7〜2.5とし、かつV+1.2 Nbを2.5〜5.5質量%とする。Nb/V、Mo/V及びV+1.2 Nbがこれらの範囲内であると、Vを主体とする炭化物中に適量のNb及びMoが入って炭化物が重くなり、炭化物の分散が均一化され、もってベイナイト及び/又はマルテンサイトのデンドライトの斑点状偏析の発生が防止される。特に、V+1.2 Nbが5.5質量%を超えると、過剰に晶出した比重の小さいMC炭化物が遠心鋳造過程で外層の内側に濃化し、中間層との溶着を阻害する。
【0038】
Nb/Vの質量比の下限は好ましくは0.12であり、より好ましくは0.14であり、最も好ましくは0.18である。Nb/Vの質量比の上限は好ましくは0.6であり、より好ましくは0.55であり、最も好ましくは0.5である。
【0039】
Mo/Vの質量比の下限は好ましくは0.75であり、より好ましくは0.8であり、最も好ましくは0.85である。Mo/Vの質量比の上限は好ましくは2.2であり、より好ましくは1.95であり、最も好ましくは1.75である。
【0040】
V+1.2 Nbの下限は好ましくは2.6質量%であり、より好ましくは2.7質量%であり、最も好ましくは2.8質量%である。V+1.2 Nbの上限は好ましくは5.35質量%であり、より好ましくは5.2質量%であり、最も好ましくは5.0質量%である。
【0041】
(ii) 任意組成
熱間圧延用複合ロールの外層は、上記必須組成要件の他に、少なくとも一種の下記の元素を含有しても良い。
【0042】
(a) W:0.1〜5.0質量%
WはCと結合して硬質のM6C及びM2Cの炭化物を生成し、外層の耐摩耗性向上に寄与する。またMC炭化物にも固溶してその比重を増加させ、偏析を軽減させる作用を有する。しかし、Wが5.0質量%を超えると、溶湯の比重を重くするため、炭化物偏析が発生しやすくなる。従って、Wを添加する場合、その好ましい含有量は5.0質量%以下である。一方、Wが0.1質量%未満ではその添加効果は不十分である。Wの含有量の上限は好ましくは4.5質量%であり、より好ましくは4.0質量%であり、最も好ましくは3.0質量%である。
【0043】
(b) Ti:0.003〜5.0質量%
Tiは黒鉛化阻害元素であるN及びOと結合し、酸化物又は窒化物を形成する。酸化物又は窒化物は溶湯中に懸濁されて核となり、MC炭化物を微細化及び均質化する。しかし、Tiが5.0質量%を超えると、溶湯の粘性が増加し、鋳造欠陥が発生しやすくなる。従って、Tiを添加する場合、その好ましい含有量は5.0質量%以下である。一方、Tiが0.003質量%未満ではその添加効果は不十分である。Tiの含有量の下限は好ましくは0.005質量%である。Tiの含有量の上限はより好ましくは3.0質量%であり、最も好ましくは1.0質量%である。
【0044】
(c) Al:0.01〜2.0質量%
Alは黒鉛化阻害元素であるN及びOと結合して、酸化物又は窒化物を形成し、それが溶湯中に懸濁されて核となり、MC炭化物を微細均一に晶出させる。しかし、Alが2.0質量%を超えると、外層が脆くなり、機械的性質の劣化を招く。従って、Alの好ましい含有量は2.0質量%以下である。一方、Alの含有量が0.01質量%未満では、その添加効果は不十分である。Alの含有量の上限はより好ましくは1.5質量%であり、最も好ましくは1.0質量%である。
【0045】
(d) Zr:0.01〜0.5質量%
ZrはCと結合してMC炭化物を生成し、外層の耐摩耗性を向上させる。また溶湯中で生成したZr酸化物は結晶核として作用するために、凝固組織が微細になる。またMC炭化物の比重を増加させ偏析を防止する。しかし、Zrが0.5質量%を超えると、介在物を生成し好ましくない。従って、Zrの含有量は0.5質量%以下が好ましい。一方、Zrが0.01質量%未満では、その添加効果は不十分である。Zrの含有量の上限は好ましくは0.3質量%であり、より好ましくは0.2質量%であり、最も好ましくは0.1質量%である。
【0046】
(e) B:0.001〜0.5質量%
Bは炭化物を微細化する作用を有する。また微量のBは黒鉛の晶出に寄与する。しかし、Bが0.5質量%を超えると、白銑化効果が強くなり黒鉛が晶出しにくくなる。従って、Bの含有量は0.5質量%以下が好ましい。一方、Bが0.001質量%未満では、その添加効果は不十分である。Bの含有量の上限は好ましくは0.3質量%であり、より好ましくは0.1質量%であり、最も好ましくは0.05質量%である。
【0047】
(f) Co:0.1〜10.0質量%
Coは基地組織の強化に有効な元素である。また、Coは黒鉛を晶出し易くする。しかし、Coが10質量%を超えると外層の靱性は低下する。従って、Coの含有量は10質量%以下が好ましい。一方、Coが0.1質量%未満では、その添加効果は不十分である。Coの含有量の上限は好ましくは8.0質量%であり、より好ましくは6.0質量%であり、最も好ましくは4.0質量%である。
【0048】
(g) Mo/Cr:1.7〜5.0
Mo/Crの質量比は1.7〜5.0の範囲内であるのが好ましい。Mo/Crの質量比が1.7未満では、Mo含有量がCr含有量に対して十分でなく、Moを主体とした炭化物粒子の面積率が低下する。一方、Mo/Crの質量比が5.0超ではMoを主体とする炭化物が多すぎ、炭化物が粗大化するので破壊靭性が劣る。従って、Mo/Crの質量比は1.7〜5.0が好ましい。Mo/Crの質量比の下限はより好ましくは1.8である。Mo/Crの質量比の上限はより好ましくは4.7であり、最も好ましくは4.5である。
【0049】
(iii) 好ましい組成関係
(a) Si≦3.2/[0.283 (C−0.2 V−0.13 Nb)+0.62]・・・(1)
耐事故性を改善するため、ロール外層の破壊靭性値を、例えばホットストリップミルの後段用ワークロールの場合、18.5 MPa・m1/2以上と高い破壊靱性を有する必要がある。ロール外層の基地の破壊靱性値を測定することはできないので、ロール外層の基地に相当する(炭化物の影響を排除した)合金について、Si固溶量と破壊靱性値との関係を調べれば、ロール外層の基地のSi固溶量と破壊靱性値との関係を推定することができる。従って、まず炭化物量の影響を排除する目的で、C含有量を1質量%にするとともにV、Nbなどの炭化物形成元素の含有量を低減して、ロール外層の基地に相当する組成を有する種々の合金試料を作製し、各試料の破壊靱性値を測定した。図1は基地組成相当合金のSi固溶量と破壊靱性値との関係を示す。図1に示すように、基地組成相当合金中のSi固溶量が3.2%以下では試料の破壊靱性値はほぼ22 MPa・m1/2以上であるが、3.2%を超えると19 MPa・m1/2以下に低下する。これから、ロール外層の基地の破壊靱性値も、基地のSi固溶量が3.2%を超えると急激に低下すると推定できる。基地中のSi固溶量を制限する合金組成について鋭意研究の結果、基地中のSi固溶量を3.2%以下とするには、Si≦3.2/[0.283 (C−0.2 V−0.13 Nb)+0.62]の条件を満たす必要があることが分った。
【0050】
(b) (C−0.2 V−0.13 Nb)+(Cr+Mo+0.5 W)≦9.5・・・(2)
V、Nb、Cr、Mo及びWを含有する鋳鉄の凝固過程では、まずV及びNb等の粒状のMC炭化物及びオーステナイトが晶出した後、Cr、Mo及びWは液相中に濃化し、M2C、M6C、M7C3、M23C6、M3C等のネットワーク状の共晶炭化物として晶出する。外層の破壊靭性値は炭化物の量及び形状に大きく依存し、特にネットワーク状の共晶炭化物が多いか粗大であると、破壊靭性値は著しく低下する。MC炭化物を形成するV及びNbに対してCが過剰で、かつ凝固過程で液相中に濃化するCr、Mo及びWが過剰な場合、粗大炭化物が形成され、外層の破壊靭性値が低下する。V及びNbに対してCが過剰か否かは(C−0.2 V−0.13 Nb)の項により判定され、Cr、Mo及びWが過剰か否かは(Cr+Mo+0.5 W)の項により判定される。鋭意研究の結果、破壊靭性値を低下させないための組成条件は、(C−0.2 V−0.13 Nb)+(Cr+Mo+0.5 W)≦9.5を満たすことであることが分った。破壊靭性値を18.5 MPa・m1/2以上とするには、左辺の値を9.5以下にする必要がある。
【0051】
(c) 1.5≦Mo+0.5 W≦5.5・・・(3)
Mo及びWはMC、M2C又はM6Cの硬質炭化物を形成する作用を有する。Moの作用はWの作用の2倍であるので、Mo及びWの合計含有量は(Mo+0.5 W)で表すことができる。(Mo+0.5 W)はM2C、M6Cの炭化物を形成し耐摩耗性を向上させるため、1.5%以上である必要があるが、多すぎるとネットワーク状の共晶炭化物が多くなるので、5.5%以下である必要がある。
【0052】
(iv) 不純物
外層組成の残部は実質的にFe及び不可避的不純物からなる。不可避的不純物のうち、P及びSは機械的性質の劣化を招くので、できるだけ少なくするのが好ましい。具体的には、Pの含有量は0.1質量%以下が好ましく、Sの含有量は0.1質量%以下が好ましい。その他の不可避的不純物として、Cu、Sb、Te、Ce等の元素は合計で0.7質量%以下であれば良い。
【0053】
(2) 組織
熱間圧延用複合ロールの外層の組織は、基地、黒鉛、MC炭化物、セメンタイト、MC炭化物及びセメンタイト以外の炭化物(M2C、M6C等)を有する。熱間圧延用複合ロールの外層の組織は0.3〜10面積%の黒鉛相を有する。外層組織はまた、3〜20面積%のMC炭化物を有するのが好ましい。外層の基地組織は実質的にマルテンサイト、ベイナイト又はパーライトからなるのが好ましい。外層の基地組織はさらに15〜45面積%のセメンタイト相を有するのが好ましい。
【0054】
(a) 黒鉛相の面積率:0.3〜10%
外層組織に晶出する黒鉛相(黒鉛粒子)の面積率は0.3〜10%である。黒鉛相の面積率が0.3%未満では、外層の耐焼付性向上の効果が不十分である。一方、黒鉛相が10面積%を超えると、外層の機械的性質は低下する。黒鉛相の面積率は好ましくは0.5〜8%であり、より好ましくは1〜7%である。
【0055】
(b) MC炭化物の面積率:3〜20%
外層組織に晶出するMC炭化物の面積率が3%未満であると、外層は十分な耐摩耗性を有さないことがある。また黒鉛との共存関係によりMC炭化物の面積率を20%超にするのは困難である。
【0056】
(3) 特性
(a) 耐摩耗性
外層の耐摩耗性は、MC、M2C、M6C等の硬質炭化物及び硬質な基地組織により得られる。特にV及びNb等からなるMC炭化物は非常に硬質であり、(V+1.2 Nb)が2.5質量%以上のとき、十分なMC炭化物が晶出する。また硬質な基地組織はMo、W等の元素により得られる。
【0057】
(b) 耐焼付き性
絞り込み時の鋼板の焼き付きを防止するために、所定量の炭化物及びSiを含有するとともに、所定量の黒鉛を有するのが効果的である。このために、2.5質量%以上のC及び1.3質量%以上のSiが必要である。
【0058】
(c) 耐事故性
発生したクラックの進展に対する抵抗の指標として破壊靱性値がある。破壊靭性値は、炭化物の形態、大きさ及び量、及び基地の靱性に依存する。炭化物が粗大であると、クラックが進展しやすい。粗大炭化物の生成は、MC炭化物晶出後に溶湯に残ったCの量と、粗大炭化物を形成しやすいCr、Mo及びWの量に依存することが分った。その結果、MC炭化物晶出後の残留C量を表す(C−0.2 V−0.13 Nb)の項と、Cr、Mo及びWの合計量を表す(Cr+Mo+0.5 W)との和が9.5質量%以下であれば、破壊靭性値を低下させる粗大炭化物の発生が抑制されていると判定できる。
【0059】
また基地の破壊靱性は、3.2質量%を超えるSiが固溶すると著しく低下することが分った。基地中のSi量を3.2質量%以下とするためには、Si≦3.2/[0.283 (C−0.2 V−0.13 Nb)+0.62]の条件を満たせば良い。
【0060】
(d) 圧縮残留応力
ロール外層には、クラック発生防止のために所定の圧縮残留応力が必要である。しかし、圧縮残留応力の所定値を超えると、クラックの進展を助長し早める。残留応力は外層と軸芯部の歪差による弾性変形により発生するので、外層が薄くなるとその分だけ弾性変形も大きくなり、圧縮残留応力も増大する。本発明では、圧縮残留応力が最大となる廃却径で、かつロール軸方向中央で外層表面の円周方向圧縮残留応力の値を求める。クラックの発生を防止するとともに、クラックの進展を助長しないように、ロール軸方向中央で廃却径における外層の圧縮残留応力は好ましくは150〜500 MPaであり、より好ましくは200〜400 MPaである。
【0061】
このような圧縮残留応力を得るため、鋳造後に450〜550℃の焼戻し処理を1回以上行う。450〜550℃の保持は1時間以上が好ましい。この焼戻し処理温度により残留オーステナイトは硬質のマルテンサイト又はベイナイトに変態し、この変態膨張によりロール表面に圧縮残留応力が付与される。このような変態により基地硬度が上がり、耐摩耗性が向上する。なお外層の基地のオーステナイト化温度(約770℃以上)以上にロールを加熱する焼き入れを行うと、ロール表面での圧縮残留応力が500 MPa超になるので、クラックの進展が早くなりやすい。
【0062】
(e) ビッカース硬さ
外層基地のビッカース硬さは560以上が好ましい。外層基地のビッカース硬さが560未満であると、圧延により基地部の優先的摩耗や炭化物の脱落が大きい。560以上のビッカース硬さは、Mo及びWを1.5≦(Mo+0.5 W)を満たすように添加することにより得られる。
【0063】
(B) 軸芯部
ロールの軸芯部は靭性に優れるダクタイル鋳鉄(球状黒鉛鋳鉄)からなるのが好ましい。さらに、外層の長寿命化に応じてジャーナル部(軸芯部)の寿命も長くするために、ジャーナル部の耐摩耗性向上は必要である。ジャーナル部の摩耗により軸受との間のガタが大きくなると、遠心鋳造製複合ロールを廃却せざるを得ない。高耐摩耗性のジャーナル部を提供するため、軸受と接触する部位のあるジャーナル部を形成した軸芯部にフェライト面積率が35%以下のダクタイル鋳鉄を使用するのが好ましい。ダクタイル鋳鉄では、球状黒鉛によりその周囲の炭素量が低下し、低硬度のフェライト組織となりやすい。フェライト面積率が多くなるほど基地の硬さは低下し、よって耐摩耗性が低下する。軸芯部用ダクタイル鋳鉄のフェライト面積率は好ましくは32%以下であり、最も好ましくは29%以下である。
【0064】
ダクタイル鋳鉄の組成は、質量基準でC:2.3〜3.6%、Si:1.5〜3.5%、Mn:0.2〜2.0%、Ni:0.3〜2.0%、Cr:0.05〜1.0%、Mo:0.05〜1.0%、Mg:0.01〜0.08%、及びV:0.05〜1.0%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなるのが好ましい。上記必須元素の他に、Nb:0.7%以下及びW:0.7%以下を含有しても良い。さらに、フェライト面積率を低下させるために、Cu、Sn、As及びSbの少なくとも一種を合計で0.005〜0.5%添加しても良い。Pは通常不純物元素として0.005〜0.05%程度ダクタイル鋳鉄に入っているが、フェライト面積率を低下させるために0.5%まで添加しても良い。ダクタイル鋳鉄は、鉄基地がフェライト及びパーライトを主体とし、その他は黒鉛及び微量のセメンタイトを主に含む。
【0065】
(C) 中間層
本発明の方法により得られる熱間圧延用複合ロールは、外層と軸芯部の間に鋳鉄からなる中間層を有し、前記中間層ではMo濃度が外層側から軸芯部側にかけて徐々に低下する構造を有する。
【0066】
遠心鋳造法により円筒状外層の内面に直接軸芯部を鋳造すると、外層の最内面が再溶解された後に軸芯部が凝固するので、外層最内面の再溶解された部分は、軸芯部と混合した組成を有する境界部となる。その結果、外層から軸芯部に拡散するMoにより軸芯部の凝固温度が低下してしまい、境界部の凝固温度が軸芯部の凝固温度より低くなって、軸芯部の方が境界部より早く凝固して引け巣が発生しやすくなることが分った。
【0067】
鋭意検討の結果、外層に軸芯部を一体的に鋳造する際に外層と軸芯部との間に鋳鉄製中間層を介在させると、Mo濃度が外層との境界から軸芯部との境界まで徐々に低下するようになり、引け巣等の欠陥を防止できることが分った。中間層の内面に軸芯部を鋳造するので、中間層の内面側の部分が再溶解し、軸芯部との間に成分元素の拡散が起こる。そこで、再溶解して成分元素の拡散が起こった中間層の内面側領域を「軸芯部との境界部」、又は単に「境界部」と呼ぶ。なお、外層と中間層との間にも成分元素の拡散が起こり、成分元素の濃度が変化する境界領域ができるが、「軸芯部との境界部」との混同を防ぐために、外層と中間層との間を単に「境界」と呼ぶ。
【0068】
一方、外層から軸芯部まで拡散するCrは軸芯部の凝固温度を上昇させる作用を有するので、外層からのMoの拡散量が多い場合、境界部におけるCrの拡散量を多くすれば良いことも分った。そのため、(a) 中間層内で軸芯部との境界部におけるMo含有量を2.1質量%未満とすると、境界部での凝固引け巣を確実に防止でき、かつ(b) 中間層内で軸芯部との境界部におけるMo含有量が2.1質量%以上5.0質量%未満の場合、[Mo含有量−(Cr含有量/3)]を1.7質量%未満とすることにより、Crによる凝固温度上昇効果がMoの影響を相殺し、境界部での凝固引け巣を確実に防止できる。(a) の場合、中間層内で軸芯部との境界部におけるMo含有量は2.0質量%未満が好ましい。
【0069】
外層及び軸芯部との溶着を良好にするために、中間層の平均厚さを1〜70 mmとするのが好ましく、3〜50 mmとするのがより好ましく、5〜30 mmとするのが最も好ましい。なお中間層は接合部全体の領域にわたって均一な厚みを有するとは限らず、接合部の一部が薄くなることもある。
【0070】
(1) 中間層用溶湯の組成
中間層を形成するための鋳鉄溶湯は、境界部での凝固引け巣を確実に防止するため、0〜3.0質量%のMo及び0.8〜3.0質量%のCrを含有するのが好ましい。具体的には、中間層用溶湯の組成は、質量基準でC:1.6〜3.8%、Si:0.2〜3.5%、Mn:0.2〜2.0%、Ni:0〜5.0%、Cr:0.8〜3.0%、Mo:0〜3.0%、V:0〜2.0%、Nb:0〜2.0%、及びW:0〜3.0%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなるのが好ましい。V及びNbのそれぞれの含有量の上限は0.5質量%がより好ましい。
【0071】
(2) 中間層の凝固組成
外層内面に中間層及び軸芯部が順に形成されるので、中間層の外側領域(外層内面に近い側)に外層成分が拡散する。そのため、中間層の凝固組成は中間層用溶湯の組成と異なるだけでなく、ロール半径方向に勾配を有する。
【0072】
中間層内で軸芯部との境界部におけるMo含有量を2.1質量%未満とすることにより、境界部での凝固引け巣を確実に防止できる。前記境界部におけるMo含有量は0質量%超え2.0質量%未満が好ましい。また、前記境界部におけるMo含有量が2.1質量%以上5.0質量%未満の場合(好ましくは2.1質量%以上3.0質量%未満の場合)、[Mo含有量−(Cr含有量/3)]を1.7質量%未満とすることにより、Crによる凝固温度上昇効果がMoの凝固温度低下効果を相殺し、境界部での凝固引け巣を確実に防止できる。
【0073】
外層内面に中間層が遠心鋳造法により形成され、かつ中間層内面に軸芯部が静置鋳造法により形成されるので、外層と中間層との境界で両者の成分が拡散しあうだけでなく、中間層と軸芯部との境界でも両者の成分が拡散しあう。そのため、合金元素の濃度は、中間層を介して外層から軸芯部まで概ね徐々に低下する。特に炭化物形成元素であるMo及びCrの濃度が異なる中間層と軸芯部との境界部では、これらの元素の濃度は大きく低下する。
【0074】
中間層と軸芯部との境界部におけるMo、Cr、V及びNbの濃度変化を調べた結果、図4-1に概略的に示すように、(a) Mo、V及びNbの濃度は中間層から軸芯部にかけて徐々に低下するので、境界部の範囲を特定しにくいが、(b) Crの濃度は外層から中間層までほとんど変化しないが、中間層と軸芯部との境界部で急激に低下し、軸芯部でまた一定になることが分った。従って、境界部の範囲を特定するのにCrの濃度変化を用いるのが良いと言える。そこで、図4-2に示すように、Crの濃度曲線の変曲点A1,A2の位置をそれぞれ境界部の半径方向外側位置及び内側位置と定義する。このような境界部の位置を求めるためには、半径方向に3 mm以下のピッチでCrの濃度を分析するのが好ましい。
【0075】
図4-3は境界部付近における複合ロールの横断面(軸線方向に垂直な断面)を拡大して示す。図4-3に示すように、境界部の端部20の半径方向位置は一般に一定ではない。このような端部20を有する境界部の付近において、Mo、Cr、V及びNbの濃度を半径方向直線Lに沿って一定のピッチPで測定するが、測定点M1,M2,M3・・・のいずれかが境界部の端部20に位置することはほとんどない。すなわち、境界部の外端A1は測定点M1,M2,M3・・・のいずれとも一致しないことの方が多い。そこで、半径方向直線L上に、外端A1から距離X(=2 mm)だけ離れた半径方向外側の位置A3を設定し、(a) 位置A3にいずれかの測定点が一致する場合には、位置A3におけるMo及びCrの濃度を採用し、(b) 位置A3にいずれの測定点も一致しない場合には、位置A3から最も近い外側の測定点(図示の例ではM2)におけるMo及びCrの濃度を採用する。従って、位置A3又はそれに最も近い外側の測定点M2におけるMoの含有量を「中間層内で軸芯部との境界部におけるMo含有量」と定義する。同様に、位置A3又はそれに最も近い外側の測定点M2におけるCr含有量を「中間層内で軸芯部との境界部におけるCr含有量」と定義する。位置A3又はそれに最も近い外側の測定点M2におけるV含有量を「中間層内で軸芯部との境界部におけるV含有量」と定義する。さらに、位置A3又はそれに最も近い外側の測定点M2におけるNb含有量を「中間層内で軸芯部との境界部におけるNb含有量」と定義する。M1,M2,M3・・・の例を図4-2にも記入する。
【0076】
また、(a) 中間層内で軸芯部との境界部におけるCr含有量が外層の廃却径におけるCr含有量の80%以上である要件、及び(b) 中間層内で軸芯部との境界部におけるV及びNbの合計量が外層の廃却径におけるV及びNbの合計量の70%以下である要件は、外層と中間層、及び中間層と軸芯部との間に高い接合強度(引張強度が300 MPa以上)を得るのに好ましい。
【0077】
要件(a) について、中間層内で軸芯部との境界部におけるCr含有量は外層の廃却径におけるCr含有量の82%以上が好ましく、85%以上がより好ましい。またその上限は300%以下が好ましく、200%以下がより好ましい。
【0078】
要件(b) について、中間層内で軸芯部との境界部におけるV及びNbの合計量はいずれも、外層の廃却径におけるV及びNbの合計量の68%以下が好ましく、65%以下がより好ましい。
【0079】
(D) ロールサイズ
本発明の遠心鋳造製複合圧延ロールのサイズは特に限定されないが、好ましい例は、外層の外径が200〜1300 mmで、ロール胴長が500〜6000 mmで、外層の圧延使用層(圧延有効径)の厚さが50〜200 mmである。
【0080】
[2] 遠心鋳造製圧延用複合ロールの製造方法
本発明の熱間圧延用複合ロールの製造方法は、遠心鋳造用円筒状金型と静置鋳造用の上型及び下型とを個別に具備する第一の鋳型、又は遠心鋳造用キャビティ部と静置鋳造用キャビティ部とを一体的に具備する第二の鋳型を使用する。
【0081】
第一の鋳型を使用する場合、(i) 回転する前記遠心鋳造用円筒状金型に前記化学組成を有する外層用溶湯を鋳込み、(ii) 凝固中又は凝固後の前記外層の内部に中間層用溶湯を鋳込み、(iii) 前記中間層の凝固後に、前記円筒状金型の上下端に前記上型及び前記下型を設けて静置鋳造用鋳型を構成し、(iv) 前記上型、前記円筒状金型及び前記下型により構成されるキャビティに軸芯部用溶湯を鋳込む工程を有する。
【0082】
第二の鋳型を使用する場合、(i) 回転する前記鋳型の前記遠心鋳造用キャビティ部に前記化学組成を有する外層用溶湯を鋳込み、(ii) 凝固中又は凝固後の前記外層の内部に中間層用溶湯を鋳込み、(iii) 前記中間層の凝固後に、前記静置鋳造用キャビティ部に軸芯部用溶湯を鋳込む工程を有する。
【0083】
(A) 外層の形成
(1) 溶湯
外層用溶湯の化学組成は、質量基準でC:2.5〜3.5%、Si:1.3〜2.4%、Mn:0.2〜1.5%、Ni:3.5〜5.0%、Cr:0.8〜1.5%、Mo:2.5〜5.0%、V:1.8〜4.0%、及びNb:0.2〜1.5%を含有し、残部はFe及び不可避的不純物からなり、Nb/Vの質量比が0.1〜0.7であり、Mo/Vの質量比が0.7〜2.5であり、V+1.2 Nbが2.5〜5.5%である。
【0084】
(2) 鋳込み温度
外層用溶湯の鋳込み温度は、Ts+30℃〜Ts+180℃(ただし、Tsはオーステナイト晶出開始温度である。)の範囲内である。この範囲内の鋳込み温度により、液相が残存する時間を短くし、液体から凝固により晶出したγ相の遠心分離を抑制し、偏析を抑えることができる。鋳込み温度がTs+30℃より低いと、鋳込んだ溶湯の凝固が速すぎ、微細な介在物などの異物が遠心力による分離の前に凝固するため、異物欠陥が残存しやすい。一方、鋳込み温度がTs+180℃より高いと、外層内部に粗大なデンドライトが集合した斑点状領域(偏析域)が生成される。鋳込み温度は好ましくはTs+30℃〜Ts+100℃であり、より好ましくはTs+80℃〜Ts+100℃である。なお、オーステナイト晶出開始温度Tsは、示差熱分析装置により測定した凝固発熱の開始温度である。通常外層用溶湯は取鍋から漏斗、注湯ノズル等を介して、又はタンディッシュから注湯ノズル等を介して、遠心鋳造用金型内に鋳込まれるので、本発明でいう鋳込み温度は、取鍋内又はタンディッシュ内の溶湯の温度をいう。
【0085】
(3) 遠心力
遠心鋳造用金型で外層を鋳造するときの遠心力は、重力倍数で60〜150 Gの範囲内である。この範囲内の重力倍数で鋳込むと、凝固時の加速度を制限してγ相の移動速度を遅くし、もってγ相の遠心分離を抑制する(偏析を抑える)ことができる。重力倍数が60 G未満では、外層用溶湯の巻き付きが不足する(レーニング)。一方、重力倍数が150 Gを超えると、γ相の遠心分離が顕著になり、γ相の少ない溶湯残液に粗大なデンドライトが生成する。その結果、外層内部にベイナイト及び/又はマルテンサイトのデンドライトの斑点状偏析が生成される。重力倍数(G No.)は、式:G No.=N×N×D/1,790,000[ただし、Nは金型の回転数(rpm)であり、Dは金型の内径(外層の外周に相当)(mm)である。]により求められる。
【0086】
(4) 遠心鋳造用金型
遠心鋳造用円筒状金型は厚さ120〜450 mmの強靭なダクタイル鋳鉄からなるのが好ましい。金型が120 mm未満と薄いと、金型の冷却能が不足するため、外層内に引け巣欠陥が発生しやすい。一方、金型の厚さが450 mmを超えても冷却能は飽和している。金型のより好ましい厚さは150〜410 mmである。遠心鋳造用金型は水平型、傾斜型又は垂直型のいずれでも良い。
【0087】
(5) 塗型
外層が金型に焼付くのを防止するために、金型内面にシリカ、アルミナ、マグネシア又はジルコンを主体とする塗型を0.5〜5 mmの厚さに塗布するのが好ましい。塗型が5 mmより厚いと、溶湯の冷却が遅く液相の残存時間が長いので、γ相の遠心分離が起こりやすく、偏析が発生しやすい。一方、塗型が0.5 mmより薄いと、外層の焼付き防止効果が不十分である。塗型のより好ましい厚さは0.5〜4 mmである。
【0088】
(6) 接種剤
黒鉛の晶出量を調整するため、溶湯にFe-Si、Ca-Si等の接種剤を添加しても良い。その場合、接種剤の添加による組成変化を考慮に入れて溶湯組成を決める。接種方法としては、溶解炉から出る溶湯に接種剤を添加する方法、取鍋、タンディッシュ、漏斗等の中の溶湯に接種剤を添加する方法、鋳型中の溶湯に接種剤を直接添加する方法等がある。
【0089】
(B) 中間層の形成
鋳込んだ外層の凝固中又は凝固後に、中間層用溶湯を鋳込む。外層の内面が再溶解した後中間層が凝固するので、両者は金属接合する。
【0090】
(C) 軸芯部の形成
中間層の凝固後に外層及び中間層を有する円筒状金型を起立させ、その上下端にそれぞれ上型及び下型を設けて静置鋳造用鋳型を構成する。上型及び下型の中空部は円筒状金型の中空部(中間層の内部)に連通しているので、上型、外層及び中間層を有する金型及び下型は一体的なキャビティを形成する。そのキャビティに軸芯部用溶湯であるダクタイル鋳鉄を鋳込む。中間層の内面が再溶解した後、軸芯部が凝固するので、両者は金属接合する。
【0091】
外層と中間層との境界部で両層の元素が相互に拡散するので、凝固した中間層の組成はその溶湯組成と異なるだけでなく、勾配を有する。
【0092】
(D) 熱処理
複合ロールの廃却径でかつロール軸方向中央で外層表面の円周方向圧縮残留応力を150〜500 MPaとするために、軸芯部の鋳造後400〜550℃の焼戻し処理を1回以上行うが、焼入れは行わないのが望ましい。
【0093】
本発明を以下の例により詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0094】
例1(供試材No. A-1〜A-7及びB-1〜B-5)
(1) 複合ロールの製造
表1に示す組成(質量%)の各溶湯を、高速回転する内径400 mm、長さ1500 mm、及び厚さ276 mmのダクタイル鋳鉄製の遠心鋳造用円筒状金型(内面に厚さ3 mmのジルコンを主体とする塗型を塗布)に鋳込み、外層を遠心鋳造した。外層用溶湯の鋳込み温度はTs+80℃〜Ts+100℃(ただし、Tsはオーステナイト晶出開始温度である。)の間であった。外層外周における重力倍数は120 Gであった。得られた外層の平均厚さは96 mmであり、廃却径は表面から65 mmであった。
【0095】
外層の最内面が凝固完了する前に、外層内面に、質量基準でC:3.1%、Si:1.5%、Mn:0.9%、Ni:2.8%、Cr:1.0%、Mo:0.2%、及びV:0.1%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物(P:0.03%以下、S:0.02%以下、他の不純物)の組成を有する中間層用溶湯を鋳込み、中間層を遠心鋳造した。中間層用溶湯の鋳込み温度は1362℃であった。得られた中空状中間層は15 mmの平均厚さを有していた。
【0096】
中空状中間層が凝固した後、遠心鋳造用円筒状金型の回転を止め、円筒状金型の上下端にそれぞれ上型(長さ1000 mm)及び下型(長さ1000 mm)を設けて静置鋳造用鋳型を構成した。上型、円筒状金型及び下型からなる静置鋳造用鋳型のキャビティに、C:3.2%、Si:2.6%、Mn:0.6%、P:0.03%以下、Ni:0.6%、Cr:0.1%、Mo:0.1%、V:0.1%、Mg:0.07%を含有し、残部が実質的にFe及び不可避的不純物の組成を有するダクタイル鋳鉄溶湯を鋳込み、軸芯部を静置鋳造した。軸芯部用ダクタイル鋳鉄溶湯の鋳込み温度は1450℃であった。
【0097】
軸芯部の凝固完了後、静置鋳造用鋳型を解体して、得られた複合ロールを取り出し、500℃で10時間の焼戻し処理を行った。このようにして、本発明の範囲内の複合ロール(供試材No. A-1〜A-7)、及び本発明の範囲外の複合ロール(供試材No. B-1〜B-5)を得た。
【0098】
外層の組成を表1-1及び表1-2に示し、Nb/V、Mo/V、Mo/Cr、(V+1.2 Nb)、(Mo+0.5 W)及び下記式(1) の右辺の値、及び下記式(2) の左辺の値を表1-3に示す。
Si≦3.2/[0.283 (C−0.2 V−0.13 Nb)+0.62]・・・(1)
(C−0.2 V−0.13 Nb)+(Cr+Mo+0.5 W)≦9.5・・・(2)
【0099】
【表1-1】
【0100】
【表1-2】
【0101】
【表1-3】
注:(1) 外層組成の残部はFe及び不可避的不純物。
(2) 上記式(1) の右辺の値。
(3) 上記式(2) の左辺の値。
【0102】
(2) 組織の測定
(a) 外層における黒鉛粒子及びMC炭化物の面積率
各供試材(No. A-1〜A-7、No. B-1〜B-5)の複合ロールの外層(ロール胴部端面からロール軸方向に約100 mm離れた位置)から切り出した試験片の光学顕微鏡写真から、画像解析ソフトを用いて、黒鉛粒子及びMC炭化物の面積率を求めた。
【0103】
(b) 外層基地中のSi含有量(質量%)
各供試材(No. A-1〜A-7、No. B-1〜B-5)の複合ロールの外層(ロール胴部端面からロール軸方向に約100 mm離れた位置)から切り出した試験片に対して、エネルギー分散型X線分析装置(EDX)により基地中のSi含有量を測定した。
【0104】
(c) 組織の均質性
各供試材(No. A-1〜A-7、No. B-1〜B-5))の複合ロールの外層表面(ロール胴部端面からロール軸方向に約100 mm離れた位置)からそれぞれ10 mm、30 mm及び50 mmの深さの面を鏡面研磨し、過硫酸アンモニウム水溶液で約1分間腐食した後、組織写真(倍率:5〜10倍)を撮影した。各組織写真について、ベイナイト及び/又はマルテンサイトのデンドライトの直径1.5 mm以上の斑点状偏析の有無を観察し、下記基準により組織の均質性を評価した。
○:直径1.5 mm以上の斑点状偏析なし。
×:直径1.5 mm以上の斑点状偏析あり。
【0105】
図6は供試材No. A-1の外層の金属組織写真である。これは腐食液としてピラクルを用いて腐食したものである。図6において、21はMC炭化物を示し、22は黒鉛を示し、23はM6C炭化物を示し、24は基地を示し、25はセメンタイトを示す。
【0106】
(d) 軸芯部(ジャーナル部)のフェライト面積率(%)
各供試材(No. A-1〜A-7、No. B-1〜B-5))の複合ロールの軸芯部(ジャーナル部)から切り出した試験片の光学顕微鏡写真において、画像解析ソフトを用いてフェライトの面積率(%)を測定した。
【0107】
(3) 特性の測定
(a) 外層の破壊靱性値(KIC)
各供試材(No. A-1〜A-7、No. B-1〜B-5)の複合ロールの外層の破壊靱性値KICをASTM規格E399に準拠して測定した。具体的には、図7に示すように、ASTM規格E399に準拠して破壊靱性値KICを測定するために各複合ロールの外層(ロール胴部端面からロール軸方向に約100 mm離れた位置)から切り出した試験片30(48 mm×50 mm×15 mm)は、ロール外層表面に対して平行に延在する中央ノッチ31と、ノッチ31の両側に位置する保持用の孔32,32とを有する。まず孔32,32に係合した部材によりノッチ31を開く方向に弱い応力F,Fをかけてノッチ31の底部を起点に予め亀裂33を入れた。次いで、試験片30にノッチ31を開く方向の応力F,Fを再度かけて亀裂33を進展させ、破壊に至るまでノッチ31の開口端Pで亀裂開口変位を測定した。応力と亀裂開口変位から破壊靱性値KIC(MPa・m1/2)を求めた。
【0108】
(b) 外層の基地のビッカース硬さ(Hv)
各供試材(No. A-1〜A-7、No. B-1〜B-5)の複合ロールの外層(ロール胴部端面からロール軸方向に約100 mm離れた位置)から切り出した試験片に対して、マイクロビッカース硬さ試験機により荷重200gで基地のビッカース硬さを測定した。
【0109】
(c) 外層のショア硬さ(Hs)
各供試材(No. A-1〜A-7、No. B-1〜B-5)の複合ロールの製品初径に位置する外層の表面をショア硬さ計によりショア硬さを測定した。
【0110】
(d) 外層の廃却径での圧縮残留応力(MPa)
各供試材(No. A-1〜A-7、No. B-1〜B-5)の複合ロールの外層のロール軸方向中央で、外層の廃却径まで機械加工により除去した。各複合ロールの外層の廃却径(製品初径表面から深さ50 mm)でかつロール軸方向中央で外層表面の円周方向圧縮残留応力をX線回折残留応力測定装置により測定した。
【0111】
組織の測定結果を表2に示し、特性の測定結果を表3に示す。
【0112】
【表2】
注:(1) デンドライトの直径1.5 mm以上の斑点状偏析の有無により判定。
【0113】
【表3】
注:(1) 破壊靱性値(KIC)。
(2) 廃却径での圧縮残留応力。
【0114】
(4) 性能試験
各供試材(No. A-1〜A-7、No. B-1〜B-5)の外層を用いて、外径60 mm、内径40 mm、及び幅40 mmのスリーブ構造の試験用ロールを作製した。耐摩耗性を評価するため、図2に示す圧延摩耗試験機を用いて、各試験用ロールに対して摩耗試験を行った。圧延摩耗試験機は、圧延機1と、圧延機1に組み込まれた試験用ロール2,3と、圧延材8を予熱する加熱炉4と、圧延材8を冷却する冷却水槽5と、圧延中に一定の張力を与える巻取機6と、張力を調節するコントローラ7とを具備する。圧延摩耗条件は以下の通りであった。圧延後、試験用ロールの表面に生じた摩耗の深さを触針式表面粗さ計により測定した。結果を表4に示す。
圧延材:SUS304
圧下率:25%
圧延速度:150 m/分
圧延材温度:900℃
圧延距離:300 m/回
ロール冷却:水冷
ロール数:4重式
【0115】
耐焼付き性を評価するため、図3に示す摩擦熱衝撃試験機を用いて、各試験用ロールに対して焼付試験を行った。摩擦熱衝撃試験機は、ラック11に重り12を落下させることによりピニオン13を回動させ、試験材14に噛み込み材15を強く接触させるものである。焼付きの程度を焼付き面積率により下記の通り評価した。結果を表4に示す。焼付きが少ないほど耐焼付き性が良い。
○:焼付き無し(焼付き面積率が40%未満)
△:僅かな焼付き有り(焼付き面積率が40%以上60%未満)。
×:著しい焼付き有り(焼付き面積率が60%以上)。
【0116】
【表4】
【0117】
表2〜表4から明らかなように、供試材No. A-1〜A-7の外層のいずれも0.3〜10%の範囲内の黒鉛粒子の面積率、及び3〜20%の範囲内のMC炭化物の面積率を有し、基地中のSi含有量が3.2質量%以下であり、かつ組織の均質性に優れており、また軸芯部(ジャーナル部)のフェライト面積率は35%以下であった。さらに供試材No. A-1〜A-7の外層のいずれも、18.5 MPa・m1/2以上の破壊靱性値、560以上の基地のビッカース硬さ、及び150〜500 MPaの廃却径での圧縮残留応力を有し、かつ優れた耐摩耗性、耐焼付性及び耐事故性を有していた。
【0118】
これに対して、供試材No. B-1の外層は破壊靱性値が17.9 MPa・m1/2と低く、摩耗の深さ(耐摩耗性)も2.61μmと比較的大きかった。供試材No. B-2の外層は破壊靱性値が17.1 MPa・m1/2と低く、耐焼付性も不十分であった。供試材No. B-3の外層は1.29%のMC炭化物面積率を有するので、摩耗の深さが3.11μmと大きかった。供試材No. B-4の外層は基地のビッカース硬さHvが532と低く、組織の均質性が悪く、また黒鉛粒子の面積率が0.12%と小さいために耐焼付性に劣っていた。供試材No. B-5の外層は組織の均質性が悪く、また黒鉛粒子の面積率が0.28%と小さいために耐焼付性に劣っていた。
【0119】
例2(供試材No. A-8)
例1と同じ方法により、表5に示す組成(質量%)の外層用溶湯及び中間層用溶湯を、内径760 mm、長さ2700 mm、及び厚さ320 mmのダクタイル鋳鉄製の遠心鋳造用円筒状金型(内面に厚さ3 mmのジルコンを主体とする塗型を塗布)に鋳込み、遠心鋳造法により平均厚さ91 mmの外層、及び平均厚さ20 mmの中間層を形成した。その後、例1と同じ方法により表5に示す組成(質量%)の軸芯部用ダクタイル鋳鉄溶湯を鋳込み、軸芯部を形成した。
【0120】
軸芯部の凝固完了後、静置鋳造用鋳型を解体して、得られた複合ロールを取り出し、500℃で10時間の焼戻し処理を行い、本発明の範囲内の供試材No. A-8の複合ロールを得た。外層の廃却径は表面から65 mmであった。
【0121】
【表5】
注:(1) Fe及び不可避的不純物。
【0122】
得られた複合ロールのロール胴部端面からロール軸方向に約100 mm離れた位置から切り出した試験片に対して、中間層近傍におけるMo、Cr、V及びNbの分布を測定した。結果を図5-1に示す。図5-1から明らかなように、廃却径の位置から境界部の端部(A3)の位置までの距離は約28 mmであった。表6は、外層の廃却径の位置及び中間層内で軸芯部との境界部におけるMo、Cr、V及びNbの含有量、並びにVとNbの合計量、境界部におけるMo−(Cr/3)、境界部におけるMo含有量/廃却径位置におけるMo含有量の比、境界部におけるCr含有量/廃却径位置におけるCr含有量の比、境界部におけるV含有量/廃却径位置におけるV含有量の比、境界部におけるNb含有量/廃却径位置におけるNb含有量の比、及び境界部におけるVとNbの合計量/廃却径位置におけるVとNbの合計量の比を示す。
【0123】
【表6】
【0124】
例3(供試材No. A-9)
例1と同じ方法により、表7に示す組成(質量%)の外層用溶湯及び中間層用溶湯を、内径795 mm、長さ2700 mm、及び厚さ302.5 mmのダクタイル鋳鉄製の遠心鋳造用円筒状金型(内面に厚さ3 mmのジルコンを主体とする塗型を塗布)に鋳込み、遠心鋳造法により平均厚さ85 mmの外層、及び平均厚さ10 mmの中空状中間層を形成した。
【0125】
中間層が凝固した後、遠心鋳造用円筒状金型の回転を止め、円筒状金型の上下端にそれぞれ上型(長さ1000 mm)及び下型(長さ1000 mm)を設けて静置鋳造用鋳型を構成した。上型、中間層を有する金型及び下型からなる静置鋳造用鋳型のキャビティに、表7に示す組成(質量%)の軸芯部用ダクタイル鋳鉄溶湯を鋳込み、軸芯部を静置鋳造した。軸芯部用ダクタイル鋳鉄溶湯の鋳込み温度は1450℃であった。
【0126】
軸芯部の凝固完了後、静置鋳造用鋳型を解体して、得られた複合ロールを取り出し、500℃で10時間の焼戻し処理を行った。このようにして、本発明の範囲内の供試材No. A-9の複合ロールを得た。外層の廃却径は表面から65 mmであった。
【0127】
【表7】
注:(1) Fe及び不可避的不純物。
【0128】
得られた複合ロールのロール胴部端面からロール軸方向に約100 mm離れた位置から切り出した試験片に対して、中間層近傍におけるMo、Cr、V及びNbの分布を測定した。結果を図5-2に示す。図5-2から明らかなように、廃却径の位置から境界部の端部(A3)の位置までの距離は約18 mmであった。表8は、外層の廃却径の位置及び中間層内で軸芯部との境界部におけるMo、Cr、V及びNbの含有量、並びにVとNbの合計量、境界部におけるMo−(Cr/3)、境界部におけるMo含有量/廃却径位置におけるMo含有量の比、境界部におけるCr含有量/廃却径位置におけるCr含有量の比、境界部におけるV含有量/廃却径位置におけるV含有量の比、境界部におけるNb含有量/廃却径位置におけるNb含有量の比、及び境界部におけるVとNbの合計量/廃却径位置におけるVとNbの合計量の比を示す。
【0129】
【表8】
【0130】
例4(供試材No. A-10)
例1と同じ方法により、表9に示す組成(質量%)の外層用溶湯及び中間層用溶湯を、内径760 mm、長さ2700 mm、及び厚さ320 mmのダクタイル鋳鉄製の遠心鋳造用円筒状金型(内面に厚さ3 mmのジルコンを主体とする塗型を塗布)に鋳込み、遠心鋳造法により平均厚さ91 mmの外層、及び平均厚さ20 mmの中間層を形成した。その後、例1と同じ方法により表9に示す組成(質量%)の軸芯部用ダクタイル鋳鉄溶湯を鋳込み、軸芯部を形成した。
【0131】
軸芯部の凝固完了後、静置鋳造用鋳型を解体して、得られた複合ロールを取り出し、500℃で10時間の焼戻し処理を行い、本発明の範囲内の供試材No. A-10の複合ロールを得た。外層の廃却径は表面から65 mmであった。
【0132】
【表9】
注:(1) Fe及び不可避的不純物。
【0133】
得られた複合ロールのロール胴部端面からロール軸方向に約100 mm離れた位置から切り出した試験片に対して、中間層近傍におけるMo、Cr、V及びNbの分布を測定した。結果を図5-3に示す。図5-3から明らかなように、廃却径の位置から境界部の端部(A3)の位置までの距離は約23 mmであった。表6は、外層の廃却径の位置及び中間層内で軸芯部との境界部におけるMo、Cr、V及びNbの含有量、並びにVとNbの合計量、境界部におけるMo−(Cr/3)、境界部におけるMo含有量/廃却径位置におけるMo含有量の比、境界部におけるCr含有量/廃却径位置におけるCr含有量の比、境界部におけるV含有量/廃却径位置におけるV含有量の比、境界部におけるNb含有量/廃却径位置におけるNb含有量の比、及び境界部におけるVとNbの合計量/廃却径位置におけるVとNbの合計量の比を示す。
【0134】
【表10】
【0135】
例2、例3及び例4(供試材No. A-8、A-9及びA-10)の複合ロールのいずれでも、(a) 中間層内で軸芯部との境界部におけるMo含有量は2.1質量%未満であるか、(b) 中間層内で軸芯部との境界部におけるMo含有量は2.1質量%以上5.0質量%未満で、Mo含有量−(Cr含有量/3)が1.7質量%未満であり、(c) 中間層内で軸芯部との境界部におけるCr含有量は外層の廃却径におけるCr含有量の80%以上であり、かつ(d) 中間層内で軸芯部との境界部におけるV及びNbの合計量は、外層の廃却径におけるV及びNbの合計量の70%以下であった。超音波探傷により検査した結果、得られた軸芯部と中間層の境界部に引け巣はなく、両者は健全に溶着していたことが確認できた。
【0136】
例2、例3及び例4の外層について、例1と同様に組織及び特性の測定を行った。組織の測定結果を表2に示し、特性の測定結果を表3に示す。表2及び表3から明らかなように、例2、例3及び例4においても、外層は0.3〜10%の範囲内の黒鉛面積率を有し、基地中のSi含有量は3.2質量%以下であり、かつ組織の均質性に優れており、軸芯部(ジャーナル部)のフェライト面積率は35%以下であった。また、例2、例3及び例4の外層も18.5 MPa・m1/2以上の破壊靱性値、560以上の基地のビッカース硬さ、及び150〜500 MPaの範囲内の廃却径での圧縮残留応力を有していた。
【0137】
例2、例3及び例4の外層について、例1と同様に性能試験を行った。性能試験の結果を表4に示す。表4から明らかなように、例2、例3及び例4の外層も優れた耐摩耗性、耐焼付性及び耐事故性を有していた。
【符号の説明】
【0138】
1・・・圧延機
2・・・試験用ロール
3・・・試験用ロール
4・・・加熱炉
5・・・冷却水槽
6・・・巻取機
7・・・コントローラ
11・・・ラック
12・・・重り
13・・・ピニオン
14・・・試験材
15・・・噛み込み材
20・・・境界部の端部
21・・・MC炭化物
22・・・黒鉛
23・・・M6C炭化物
24・・・基地
25・・・セメンタイト
図1
図2
図3
図4-1】
図4-2】
図4-3】
図5-1】
図5-2】
図5-3】
図6
図7