特許第6607457号(P6607457)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6607457光硬化性組成物及び該組成物に用いるアントラセン誘導体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6607457
(24)【登録日】2019年11月1日
(45)【発行日】2019年11月20日
(54)【発明の名称】光硬化性組成物及び該組成物に用いるアントラセン誘導体
(51)【国際特許分類】
   C08G 61/10 20060101AFI20191111BHJP
   C09D 165/00 20060101ALI20191111BHJP
   C09D 5/00 20060101ALI20191111BHJP
   C09D 7/00 20180101ALI20191111BHJP
   C09J 165/00 20060101ALI20191111BHJP
   C09J 5/00 20060101ALI20191111BHJP
   C09J 11/00 20060101ALI20191111BHJP
   C07C 69/76 20060101ALI20191111BHJP
【FI】
   C08G61/10
   C09D165/00
   C09D5/00
   C09D7/00
   C09J165/00
   C09J5/00
   C09J11/00
   C07C69/76 ACSP
【請求項の数】8
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2016-556648(P2016-556648)
(86)(22)【出願日】2015年10月30日
(86)【国際出願番号】JP2015080656
(87)【国際公開番号】WO2016068274
(87)【国際公開日】20160506
【審査請求日】2018年5月31日
(31)【優先権主張番号】特願2014-223289(P2014-223289)
(32)【優先日】2014年10月31日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2015-164236(P2015-164236)
(32)【優先日】2015年8月21日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100140198
【弁理士】
【氏名又は名称】江藤 保子
(72)【発明者】
【氏名】秋山 陽久
(72)【発明者】
【氏名】木原 秀元
(72)【発明者】
【氏名】奥山 陽子
【審査官】 山▲崎▼ 真奈
(56)【参考文献】
【文献】 吉江 尚子 他,アントラセンを側鎖または末端に持つプレポリマーの光可逆反応性,ネットワークポリマー,日本,2010年,Vol. 31 No. 2,p.68-74
【文献】 Simone Viola Radl et al.,Photo-induced crosslinking and thermal de-crosslinking in polynorbornenes bearing pendant anthracene groups,European Polymer Journal,ELSEVIER,2013年11月 2日,Vol.52,p.98-104
【文献】 Luke A. Connal et al.,Fabrication of Reversibly Crosslinkable, 3-Dimensionally Conformal Polymeric Microstructures,ADVANCED FUNCTIONAL MATERIALS,2008年10月21日,Vol.18,p.3315-3322
【文献】 Hideyuki Kihara et al.,Grayscale Photopatterning of an Amorphous Polymer Thin Film Prepared by Photopolymerization of a Bisanthracene-Functionalized Liquid-Crystalline Monomer,ADVANCED FUNCTIONAL MATERIALS,2010年 5月25日,Vol.20,p.1561-1567
【文献】 Hideyuki Kihara et al.,Reversible Bulk-Phase Change of Anthroyl Compounds for Photopatterning Based on Photodimerization in the Molten State and Thermal Back Reaction,ACS APPLIED MATERIALS & INTERFACES,2013年 5月 7日,Vol.5,p.2650-2657
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 61/00 − 61/12
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アントラセン部位を含む基を一分子中に3個以上有する、下記の式1又は式2で表されるアントラセン誘導体を主成分とする光硬化性組成物であって、該組成物は流動性のある状態から、光を照射することで非流動化し、その後加熱することにより室温に戻した後も流動化状態を保つことを特徴とする光硬化性組成物。
【化1】
{式1中、nは3〜6の整数を表し、式1、2中、Aは、下記の式a)、式b)又は式c)のいずれかで示されるA1からなる基、又は該A1及び以下のA2から選択される基を表し、該A2は、水素原子、炭素数1〜22のアルキル基、及び塩素原子、臭素原子、フッ素原子又はアセチルオキシ基で置換されていてもよい炭素数2〜22のアルカノイル基から選ばれる基であり、かつ、式1中のn個のA及び式2中の4つのAのすべて、もしくはうち3個以上がA1である。
【化2】
[式a)、式b)又は式c)中、Xはエステル、エーテル、メチレンオキシ、ケトン、アミン、アミド、及びメチレン基から選ばれる基、Yは炭素数1〜20のアルキレン基又は炭素数2〜20のアルキレンカルボニル基、Zは水素原子、塩素原子、臭素原子、フッ素原子、シアノ基、メチル基、及びメトキシ基から選ばれる基である。]}
【請求項2】
可塑剤を含有することを特徴とする請求項に記載の光硬化性祖成物。
【請求項3】
前記非流動化・流動化の繰り返しが可能であることを特徴とする請求項1又は2に記載の光硬化性組成物。
【請求項4】
請求項1〜のいずれか1項に記載の光硬化性組成物に、紫外光を含む光を照射して硬化してなる硬化組成物。
【請求項5】
請求項に記載の硬化組成物を、加熱して液状化してなる液化組成物。
【請求項6】
請求項1〜のいずれか1項に記載の光硬化性組成物からなるコーティング剤。
【請求項7】
請求項1〜のいずれか1項に記載の光硬化性組成物からなる接着剤。
【請求項8】
下記の式1又は2で表されるアントラセン誘導体。
【化1】
{式1中、nは3〜6の整数を表し、式1、2中、Aは、下記の式a)、式b)又は式c)のいずれかで示されるA1からなる基、又は該A1及び以下のA2から選択される基を表し、該A2は、水素原子、炭素数1〜22のアルキル基、及び塩素原子、臭素原子、フッ素原子又はアセチルオキシ基で置換されていてもよい炭素数2〜22のアルカノイル基から選ばれる基であり、かつ、式1中のn個のA及び式2中の4つのAのすべて、もしくはうち3個以上がA1である。
【化2】
[式a)、式b)又は式c)中、Xはエステル、エーテル、メチレンオキシ、ケトン、アミン、アミド、及びメチレン基から選ばれる基、Yは炭素数1〜20のアルキレン基又は炭素数2〜20のアルキレンカルボニル基、Zは水素原子、塩素原子、臭素原子、フッ素原子、シアノ基、メチル基、及びメトキシ基から選ばれる基である。]}
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光硬化性組成物、特に光照射と加熱による流動化−非流動化が可能な光硬化性組成物及び該組成物に用いるアントラセン誘導体に関する。
【背景技術】
【0002】
光で流動性が変化する材料として光硬化性樹脂がある。光硬化性樹脂は液体の材料に光照射を行うと流動性を失って固化するものであり、接着剤、コーティング剤等に広く使われている。こうした光硬化性樹脂においては、主に、重合反応や架橋反応の進行により硬化し、化学結合の形成を伴うためにその反応は不可逆である。
【0003】
可逆なものとしてホットメルト型の接着剤があるが、こちらは加熱時のみ液状化しているため、室温での作業性がない。硬化した後にも熱分解や光分解を起こすことができる解体性の接着剤の研究も行われているが、その多くは1回の解体機能である。
【0004】
これに対し、光で可逆的に脱着できる接着剤として多価アゾベンゼン構造をもつ糖アルコール誘導体等が提案されている(特許文献1〜4,非特許文献1〜5)。この材料からなる接着剤は、何度でも繰り返し接着と脱着を光りの照射のみで可能である。この繰り返し特性は、アゾベンゼンの繰り返し可能な光異性化に基づく融点もしくは軟化点の変化であるため、何度でも室温での安定状態を液体と固状態の間で行き来することが可能である。
しかしながら、アゾ色素を用いているため、黄色〜橙色に着しており、使用の範囲に制限があった。無色の接着剤を得るためには、感光ユニットをアゾベンゼンから透明なものに変える必要がある。
【0005】
可逆的な反応を示す感光ユニットの候補として、無色のアントラセンがある。アントラセンは光反応により2量化するが、加熱することにより、結合が切れて元の状態にもどることが知られている。これを利用した光相転移がすでに提案されている(特許文献5〜10、非特許文献6、7)。
しかしながら室温で液体状態をとる材料ではなかった。接着剤やコーティング剤として用いる場合は、室温で液体の状態が安定である材料を得る必要があり、その点が課題であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2013/168712号
【特許文献2】特許第5561728号公報
【特許文献3】国際公開第2013/081155号
【特許文献4】特開2011−256155号公報
【特許文献5】特開2008−260846号公報
【特許文献6】特許第5481672号公報
【特許文献7】特許第5083980号公報
【特許文献8】特開2012−045864号公報
【特許文献9】特開2014−037496号公報
【特許文献10】特開2014−098798号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】ACSAppl. Mater. Interfaces, 6, 7933-7941 (2014)
【非特許文献2】Chem.Eur. J., 19, 17391-17397 (2013)
【非特許文献3】Adv.Mater., 24, 2353-2356 (2012)
【非特許文献4】Chem.Commun.,47, 1770-1772 (2011)
【非特許文献5】J.Mater. Chem., 19, 5956-5964 (2009)
【非特許文献6】Tetrahedron,68, 5513-5521 (2012)
【非特許文献7】Adv.Funct. Mater., 20, 1561-1567 (2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、こうした現状を鑑みてなされたものであって、材料への光照射と加熱により流動化(液体)−非流動化(固体)を起こす透明な材料を提供することを目的するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、可視光域に吸収を持たない無色の光2量化架橋基であって、熱的に可逆的反応を起こすことができるアントラセン誘導体に着目し、検討を重ねた結果、感光ユニットとして1分子にアントラセン構造を有する基を3個以上もつ構造とすることで、結晶性低下により室温で液体状態をとり、液体状態で部材に塗布した後は、外部からの光照射により光架橋で硬化でき、かつ、さらに加熱により、結合切断してもとの液体状体に戻すことができる材料を見いだした。この材料を用いることで、可逆的に剥がせる機能をもつ、被着体界面においては接着層、表面ではコーティング層とすることが可能となる。
【0010】
本発明は該知見に基づいて鋭意研究をした結果完成するに至ったものであり、本発明によれば、以下の発明が提供される。
[1]アントラセン部位を含む基を1分子中に3個以上有するアントラセン誘導体を主成分とする光硬化性組成物であって、該組成物は流動性のある状態から、光を照射することで非流動化し、その後加熱することにより室温に戻した後も流動化状態を保つことを特徴とする光硬化性組成物。
[2]前記アントラセン誘導体が、下記の式1又は2で表されることを特徴とする[1]に記載の光硬化性組成物。
【0011】
【化1】
【0012】
{式1中、nは3〜6の整数を表し、式1、2中、Aは、下記の式a)、式b)又は式c)のいずれかで示されるA1からなる基、又は該A1及び以下のA2から選択される基を表し、該A2は、水素原子、炭素数1〜22のアルキル基、及び塩素原子、臭素原子、フッ素原子又はアセチルオキシ基で置換されていてもよい炭素数2〜22のアルカノイル基から選ばれる基であり、かつ、式1中のn個のA及び式2中の4つのAのすべて、もしくはうち3個以上がA1である。
【0013】
【化2】
【0014】
[式a)、式b)又は式c)中、Xはエステル、エーテル、ベンジルエーテル、ケトン、アミン、アミド、及びメチレン基から選ばれる基、Yは炭素数1〜20のアルキレン基又は炭素数2〜20のアルキレンカルボニル基、Zは水素原子、塩素原子、臭素原子、フッ素原子、シアノ基、メチル基、及びメトキシ基から選ばれる基である。]}
[3]可塑剤を含有することを特徴とする[1]又は[2]に記載の光硬化性祖成物。
[4]前記非流動化・流動化の繰り返しが可能であることを特徴とする[1]〜[3]のいずれかに記載の光硬化性組成物。
[5][1]〜[4]のいずれかに記載の光硬化性組成物に、紫外光を含む光を照射して硬化してなる硬化組成物。
[6][5]に記載の硬化組成物を、加熱して液状化してなる液化組成物。
[7][1]〜[4]のいずれかに記載の光硬化性組成物からなるコーティング剤。
[8][1]〜[4]のいずれか記載の光硬化性組成物からなる接着剤。
[9]下記の式1又は2で表されるアントラセン誘導体。
【0015】
【化1】
【0016】
{式1中、nは3〜6の整数を表し、式1、2中、Aは、下記の式a)、式b)又は式c)のいずれかで示されるA1からなる基、又は該A1及び以下のA2から選択される基を表し、該A2は、水素原子、炭素数1〜22のアルキル基、及び塩素原子、臭素原子、フッ素原子又はアセチルオキシ基で置換されていてもよい炭素数2〜22のアルカノイル基から選ばれる基であり、かつ、式1中のn個のA及び式2中の4つのAのすべて、もしくはうち3個以上がA1である。
【0017】
【化2】
【0018】
[式a)、式b)又は式c)中、Xはエステル、エーテル、ベンジルエーテル、ケトン、アミン、アミド、及びメチレン基から選ばれる基、Yは炭素数1〜20のアルキレン基又は炭素数2〜20のアルキレンカルボニル基、Zは水素原子、塩素原子、臭素原子、フッ素原子、シアノ基、メチル基、及びメトキシ基から選ばれる基である。]}
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、流動性のある液体状態をとるが、光の照射により固体状態に転移し、加熱により再び再接着可能な液体に戻すことができる透明な材料を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】アントラセンの置換基数2−3個の化合物のNMRを示す図。
図2】アントラセンの置換基数4−5個の化合物のNMRを示す図。
図3】アントラセンの置換基数6個の化合物のNMRを示す図。
図4】アントラセンの4量体のNMRを示す図。
図5】1−アントラセンの6量体のNMRを示す図。
図6】2−アントラセンの6量体のNMRを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の光硬化性組成物は、流動性のある状態から、光を照射することで非流動化し、その後加熱することにより室温に戻した後も流動化状態を保つ光硬化性組成物であって、その主成分として、光2量化可能な官能基であるアントラセン部位を含む基を1分子中に3個以上有するアントラセン誘導体を含有することを特徴とするものである。
【0022】
本発明にアントラセン誘導体は、会合力が強い平面分子であるアントラセン部位を含む基複数個を1分子でつなぐことで自由度の減少により分子全体の結晶性の低下と固体状態の不安定化をさせて、流動性のある状態を実現することを目的として用いるものであるが、中でも、下記の式1又は2で表されるアントラセン誘導体が好ましく用いられる。
【0023】
【化1】
【0024】
{式1中、nは3〜6の整数を表し、式1、2中、Aは、下記の式a)、式b)又は式c)のいずれかで示されるA1からなる基、又は該A1及び以下のA2から選択される基を表し、該A2は、水素原子、炭素数1〜22のアルキル基、及び塩素原子、臭素原子、フッ素原子又はアセチルオキシ基で置換されていてもよい炭素数2〜22のアルカノイル基から選ばれる基であり、かつ、式1中のn個のA及び式2中の4つのAのうち、A1が3個以上である。
【0025】
【化2】
【0026】
[上記式a)、式b)又は式c)中、Xはエステル、エーテル、メチレンオキシ、ケトン、アミン、アミド、及びメチレン基から選ばれる基、Yは炭素数1〜20のアルキレン基又は炭素数2〜20のアルキレンカルボニル基、Zは水素原子、塩素原子、臭素原子、フッ素原子、シアノ基、メチル基、及びヒドロキシメチル基から選ばれる基である。]}
【0027】
上記式1で表されるアントラセン誘導体は、1分子中に光2量化可能な官能基であるアントラセン部位を含む基を3以上有するものであって、これらの複数の基と、例えばペンタエリスリトール、キシリトール、ソルビトール、マンニトールで代表される糖アルコール等の置換可能な複数の官能基(多価官能基)もつ分子とが、メチレン基等からなるスペーサーを介してつながれている化合物である。
【0028】
前記スペーサーは、分子運動性を高め液体状態を安定化するために必要であって、少なくとも炭素数1以上である。
このような原料として、両末端に反応性官能基を有するハロゲン化アルカノイック酸、アルカンジオール、ジハロゲン化アルカン等があるが、炭素数が20を越えると、価格が高額になることと、分子量の増加による液体状態における流動性の低下がおきるため、現実的ではない。
アントラセン部位とスペーサーとの結合の様式は、例えば、式a)で示される場合を例にすると、
【0029】
【化3】
【0030】
で表される、ヒドロキシアントラセン、アントラセンカルボン酸、アミノアントラセン、クロロメチルアントラセン等と、ハロゲン化アルキルやヒドロキシアルキル、カルボン酸部位等を末端にもつアルキル基等との反応により形成されるエーテル、エステル、アミド構造等がある。
【0031】
【化4】
【0032】
スペーサー部位の逆末端は、糖アルコールの水酸基等に結合させられる。その具体的な方法として、例えば、糖アルコール等の水酸基とエステル化させる方法やエーテル化させる方法があげられる。
【0033】
置換される多価官能基の内、すくなくとも3つはアントラセン置換されている必要があるが、それ以外の部分は、アントラセン以外の部位が導入されていても問題ない。たとえば、アントラセン基をもたない単なるアルキル基や、ハロゲン化アルキル基、アセチル末端をもつアルキル基である。こういった構造の多様性は、状態数を増やすので結晶構造がとりにくくなり、むしろ導入された方が(エントロピー的に)液体状態を安定化するのに有効であることが容易に予想される。
【0034】
本発明の光硬化性組成物の光硬化には、アントラセンの光2量化反応を利用する。架橋体を形成させるために、少なくとも3官能以上のアントラセン部位を1分子に持つ化合物が含まれている必要がある。1分子内のアントラセン部位の数が増えれば緻密な架橋構造の形成が可能になるが、架橋密度を上げるためには6置換体で十分であり、これより増やすことによる効果はすくない。
光反応後は、3次元的な架橋構造を形成するため、流動性を失うとともに溶媒に対する溶解性も失われる。そのため、接着剤や、コーティング剤として最適である。
【0035】
硬化の際に必要な光は、アントラセンの光吸収が200〜400nmの領域にあるため、この波長域を含む光を用いる。とくに多くのガラスや、透明プラスチックで透明性が期待できる300〜400nm付近の紫外光が有効である。
照射光量は接着層又はコーティング層の厚さによって異なり、3.0〜80J/cm2である。
【0036】
光硬化した組成物は、加熱することにより、2量体を形成していた結合が切れて単量体に戻る。ただし、液化するのに十分な戻り反応がおきればよく、100%もとの構造に戻る必要はない。この戻り反応に伴い再液化が可能となる。
当然ながら置換数が多すぎると熱による逆反応後の液状化が困難になってくる。逆反応の温度は、アントラセン周りの立体構造に依存して異なる。すなわち、次式の例に示されるような原料の違いに由来するスペーサーの置換位置の違いや、別の置換基の有無によって、液化させるために必要な温度は異なり、例えば、9−アントラセンカルボン酸からなる化合物ではおよそ150〜160℃付近で効率よく逆反応が起こり液化する。
【0037】
【化5】
【0038】
加熱の方法は、全体を熱伝導によって暖める方法と、赤外線、マイクロ波、白色光などの電磁波を用いた局所加熱がある。電磁波で加熱する場合は、加熱を促進するための電磁波吸収剤を混入しておくとより効率的であることはいうまでもない。
【0039】
置換基数を増やすと分子サイズは増加していくが、液状化させるためには、分子サイズを比較的小さく抑える方がよい。加えて6を越える置換可能な多価官能基の原料を安価に入手することは困難であるため、3〜6置換体が効果的である。
【0040】
流動性を制御するためには、添加剤を加えることが有効である。添加剤に関して光反応を阻害しないものであれば特に制限はないが、たとえばフタル酸エステルなどの可塑剤が上げられる。液体の添加剤を加えることにより、室温で高粘度の材料であっても流動性を増すことができる。
【0041】
以下に、合成例を示す。
(合成例1)
糖アルコール(ソルビトール等)に、ブロモメチレン酸(11−ブロモウンデンカン酸等)を縮合剤(N,N´−ジシクロヘキシルカルボジイミド:DCC等)を用いてエステル結合させることにより、前駆体を合成し、次いで、得られた前駆体の末端の複数のアルキルブロマイドをジアザビシクロウンデセン(DBU)存在下でアントラセンカルボン酸(9−アントラセンカルボン酸)を反応させることにより、2段階の反応で目的物を得ることができる。
【0042】
【化6】
【0043】
上記の合成の2段階目において、アントラセンカルボン酸を6等量以上用いる。このとき反応を途中で止めるか、仕込みのアントラセンを6等量以下に抑えることにより、末端がアントラセンで置換された側鎖とブロマイドのままの側鎖をもつ化合物を得ることができる。
【0044】
(合成例2)
当該化合物は、側鎖側から合成することも可能である。Tertブチルブロモウンデカン酸エステルをアントラセンカルボン酸と反応させスペーサーをもつアントラセンを合成する。これを塩化水素で分解して末端をカルボン酸にした後、縮合剤を用いてソルビトールとエステル化することでも目的物を得ることができる。
【0045】
【化7】
【実施例】
【0046】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0047】
(実施例1:9−アントラセン6量体の合成)
11−ブロモウンデカン酸2.0gとD−ソルビトール0.176g、トシル酸DMAP2.44gを脱水ジクロロメタン20mlに加え、これにジイソプロピルカルボジイミド1.0gを撹拌しながらゆっくり加えた。N2下、室温で約19時間撹拌し、ジクロロメタンで薄めてろ過し、ろ液を濃縮した。これをジクロロメタンとヘキサン(3:2)でカラム分離したのち、濃縮して1.29gのブロモウンデカン酸6量体を得た(収率80.52%)。
【0048】
ブロモウンデカン酸6量体0.5gと9−アントラセンカルボン酸0.48g、ジアザビシクロウンデセン0.33gを脱水DMF20mlに加え、約9時間加熱撹拌した。クロロホルムでカラム分離し濃縮して、アントラセン置換2個〜3個のものを0.11g、アントラセン置換4個〜5個のものを0.61g得た。いずれも液状の試料であった。
なお、ここで、アントラセン置換2個〜3個のもの、アントラセン置換4個〜5個のものは、置換基数NMRのピーク強度比から求めた。
【0049】
図1は、アントラセンの置換基数2−3個の化合物のNMRを示す。
3.9−4.5ppm、5.0−5.5ppmに表れている計8.13H分の6種類のピークが、エステル置換された糖アルコール骨格のメチレンおよびメチンのプロトン(8H/1分子)に相当する。これに対し7.5ppm、8.0ppm、8.5ppmに表れる計20H分の3種類のピークがアントラセンの芳香環に結合したプロトン(9H/1分子)由来である。従ってアントラセンの導入率は、(20/9)/(8/8)=2.2個となる。
【0050】
図2に、アントラセンの置換基数4−5個の化合物のNMRを示す。
3.9−4.5ppm、5.0−5.5ppmに表れている計7.4H分の6種類のピークが、エステル置換された糖アルコール骨格のメチレンおよびメチンのプロトン(8H/1分子)に相当する。これに対し7.5ppm、8.0ppm、8.5ppmに表れる計48H分の3種類のピークがアントラセンの芳香環に結合したプロトン(9H/1分子)由来である。従ってアントラセンの導入率は、(37.85/9)/(7.4/8)=4.5個となる。
【0051】
続いてこれらの化合物を原料にして、さらに9−アントラセンカルボン酸0.04g、ジアザビシクロウンデセン0.27gを脱水DMF20mlに加え、約6時間加熱撹拌した。これをジクロロメタンで薄めて2M塩酸で洗ったのち、硫酸マグネシウムで乾燥後濃縮した。これをクロロホルムでカラム分離し濃縮して0.16gの粘性の高い液状のアントラセン6量体を得た(収率21.24%)。構造の確認はNMRより行った。
【0052】
図3に、アントラセンの置換基数6個の化合物のNMRを示す。
3.9−4.5ppm、5.0−5.5ppmに表れている計8.4H分の6種類のピークが、エステル置換された糖アルコール骨格のメチレンおよびメチンのプロトン(8H/1分子)に相当する。これに対し7.5ppm、8.0ppm、8.5ppmに表れる計55H分の3種類のピークがアントラセンの芳香環に結合したプロトン(9H/1分子)由来である。従ってアントラセンの導入率は、(55/9)/(8.4/8)=5.82個となる。
【0053】
合成したアントラセン6量体は、粘性の高い液体であった。この材料を1cm幅のガラス基板二枚で、1cm×1cmの領域に挟みガラス二枚を固定した。ガラス基板2枚を反対側に破断するまで手で引っ張り、そのときかかった最大負荷から引張剪断接着強度を測定した。その値は47.2N/cm2であった。
【0054】
次に同様にして調整した試料に紫外光365nm(50〜100mW/cm2)を5分照射してアントラセン6量体を硬化させた。その後引張剪断接着強度を測定したところ、最後まで接着層は破断せず317.4N/cm2で石英が割れた。
【0055】
(実施例2)
前記の光照射前の6量体の粘性が非常に高いため、本実施例においては、可塑剤を加えた。混合比率は、重量比で、アントラセン6量体:可塑剤(ジブチルフタル酸エステル)=1:1である。その結果、流動性の高い材料が得られた。これを用いて同様にガラス基板を固定して、引張剪断接着強度を測定したところ0.2〜0.3N/cm2というわずかな力で引き離すことができた。
【0056】
次に同様にして調整した試料(混合比1:1)に紫外光365nm(50〜100mW/cm2)を5分照射してアントラセン6量体と可塑剤1:1混合物を硬化させた。その後引張剪断接着強度を測定したところ、45.5〜68.2N/cm2となった。
【0057】
この試料(混合比1:1)を約170℃で、加熱して冷却すると接着層は室温においても液化状態をたもった。この液体によるガラスの接着強度は3.1N/cm2であった。
【0058】
一旦液状化した試料(混合比1:1)を2枚のガラス基板中で紫外光365nmによる再露光を3分(50〜100mW/cm2)行うと、再硬化した。この試料の引張剪断接着強度を同様に測定したところ157.2N/cm2と高い値を示した。
【0059】
(実施例3)
本実施例では、混合の割合をアントラセン6量体:可塑剤(ジブチルフタル酸エステル)=2:1に変えて、同様の実験を行った。接着面積1cm2に混合試料2.8mgをガラス基板2枚で挟み込んだ時には、ガラスの自重で落下したため測定できなかった。
【0060】
次に同様にして調整した試料(混合比2:1)に紫外光365nm(50〜100mw/cm2)を5分照射してアントラセン6量体と可塑剤2:1混合物を硬化させた。その後引張剪断接着強度を測定したところ、176.7N/cm2でも剥離しなかった。
【0061】
この試料(混合比2:1)を約170℃で、5分間加熱して冷却すると、接着層は室温においても粘性のある液体状態を保った。この液体によるガラスの接着強度は6.4N/cm2であった。
【0062】
一旦液状化した試料(混合比2:1)を2枚のガラス基板中で紫外光365nmによる再露光を5分(50〜100mw/cm2)行うと、再硬化した。この試料の引張剪断接着強度を同様に測定したところ196.4N/cm2でも剥離しなかった。
【0063】
この試料(混合比2:1)を約170℃、4分間加熱して冷却すると接着層は室温においても粘性のある液体状態を保った。この液体によるガラスの接着強度は20.6N/cm2となった。
【0064】
再度液状化した試料(混合比2:1)を2枚のガラス基板中で紫外光365nmによる再露光を5分間(50〜100mw/cm2)行うと、再硬化した。この試料の引張剪断接着強度を同様に測定したところ201.0N/cm2でも剥離しなかった。
【0065】
同じ割合で混合した(混合比2:1)を接着面積1cm2に対して混合試料1.2mgをガラス基板で挟み込んだ時は、その接着強度は0.2N/cm2であった。
【0066】
次に同様にして調整した試料(混合比2:1、1.2mg)に紫外光365nm(50〜100mw/cm2)を5分間照射して硬化させた。その後引張剪断接着強度を測定したところ、146.1N/cm2となった。
【0067】
(実施例4−A:エリスリトール骨格アントラセン4量体の合成)
11−ブロモウンデカン酸2.0gとペンタエリスリトール0.2g、トシル酸DMAP2.44gを脱水ジクロロメタン20mlに加え、これにジイソプロピルカルボジイミド1.0gを撹拌しながらゆっくり加えた。N2下、室温で約19時間撹拌し、ジクロロメタンで薄めてろ過し、ろ液を濃縮した。これをジクロロメタンとヘキサン(5:3)でカラム分離したのち、濃縮して0.83gのブロモウンデカン酸4量体を得た(収率52.83%)。
【0068】
ブロモウンデカン酸4量体0.65gと9−アントラセンカルボン酸1.0g、炭酸カリウム0.62gを脱水DMF10mlに加え、約18時間80℃で撹拌した。クロロホルムでカラム分離し濃縮して、液状のアントラセン4量体0.97gを得た。
【0069】
図4は、アントラセンの4量体のNMRを示す。
4.10ppmに表れている8H分のシングレットのピークが、エステル置換されたエリスリトール骨格のメチレンのプロトン(8H/1分子)に相当する。これに対し4.58ppmの8H分のピークがアントラセンカルボニルオキシ基に結合したメチレン、7.5ppm、8.0ppm、8.5ppmに表れる3種類のピークがアントラセンの芳香環に結合したプロトン(36H/1分子)由来である。従ってアントラセンは4ユニット導入されている。
【0070】
(実施例4−B:エリスリトール骨格アントラセン4量体の接着試験)
合成したアントラセン4量体は、粘性の高い液体であった。この材料を1.5cm幅のガラス基板二枚で、1.5cm×0.5cmの領域に挟み調整した試料に紫外光365nm(50〜100mW/cm2)を10分照射してアントラセン4量体を硬化させた。ガラス基板2枚を反対側に手で引っ張り、そのときかかった最大負荷を引張剪断接着強度とみなした。その値は231.0N/cm2であった。
【0071】
上記と同様にして光硬化させて調整した試料を180℃で11分加熱して室温まで冷却すると引張に対して剥離を起こさず6.0N/cm2の負荷ですべった。このことから液状化していることが分かった。
【0072】
上記試料を1mm滑らせたところで、再度紫外光365nm(50〜100mW/cm2)を10分照射してアントラセン4量体を硬化させた。その後引張剪断接着強度を測定したところ、最後まで接着層は破断せず702.0N/cm2で石英が割れた。
【0073】
(実施例5−A:1−アントラセン6量体の合成)
ブロモウンデカン酸6量体0.65gと1−アントラセンカルボン酸1.0g、炭酸カリウム0.62gを脱水DMF10mlに加え、約6時間80℃で撹拌した。クロロホルムでカラム分離し濃縮して0.95gの液状試料を得た。
【0074】
図5は、1−アントラセンの置換体のNMRを示す。
4.0−4.1ppm(2H)、4.3ppm(1H)、5.1ppm(1H)、5.2ppm(1H)、5.4ppm(2H)に表れている4種類のピークと、4.4ppmの14Hの内2H分がエステル置換された糖アルコール骨格のメチレンおよびメチンのプロトン(8H/1分子)に相当する。これに対し7.4−7.5ppm(18H)、7.9ppm(6H)、8.0ppm(6H)、8.1ppm(6H)、8.2ppm(6H)、8.4ppm(6H)、9.5ppm(65H)、に表れる計54H分の7種類のピークがアントラセンの芳香環に結合したプロトン(9H/1分子)由来である。従って積分比からアントラセン6置換体である。
【0075】
(実施例5−B:1−アントラセン6量体の流動化−非流動化試験)
1−アントラセン6量体は、非常に粘性の高い液体であった。そこでジブチルフタル酸エステルと2:1で混合して、1cm幅のガラス基板二枚で、1cm×1cmの領域に挟みガラス二枚を固定した。紫外光を照射したところ硬化して動かなくなった。一度、200℃で5分間加熱すると室温にもどしても、スライドガラスが動くくらい柔らかくなった。再度紫外光を照射すると、再硬化して動かなくなった。
【0076】
(実施例6−A:2−アントラセン6量体の合成)
ブロモウンデカン酸6量体0.56gと2−アントラセンカルボン酸1.2g、炭酸カリウム0.70gを脱水DMF20mlに加え、約6時間80℃で撹拌した。クロロホルムでカラム分離し濃縮して0.46gを得た。固体の試料であった。
【0077】
図6は、2−アントラセンの置換体のNMRを示す。
4.0−4.1ppm、5.1ppm、5.2ppm、5.4ppmに表れている4種類のピークと、4.4ppmの14Hの内2H分がエステル置換された糖アルコール骨格のメチレンおよびメチンのプロトン(8H/1分子)に相当する。これに対し7.5ppm、8.0ppm、8.4ppm、8.5ppm、8.7ppmに表れる計54H分の5種類のピークがアントラセンの芳香環に結合したプロトン(9H/1分子)由来である。従って積分比からアントラセン6置換体である。
【0078】
(実施例6−B:2−アントラセン6量体の接着試験)
図6は、2−アントラセンとジブロモヘキサンの1:1液体の混合物10mgを2.7cm幅のスライドガラスに2枚で、1.5cmほどの重ね幅で挟みこんで、紫外光を2分間照射したところ硬化して動かなくなった。一度、190℃で2分間加熱すると剥離した。
図1
図2
図3
図4
図5
図6