特許第6617516号(P6617516)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6617516血液試料中に含まれる目的細胞の検出方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6617516
(24)【登録日】2019年11月22日
(45)【発行日】2019年12月11日
(54)【発明の名称】血液試料中に含まれる目的細胞の検出方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/48 20060101AFI20191202BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20191202BHJP
   G01N 33/574 20060101ALI20191202BHJP
【FI】
   G01N33/48 C
   G01N33/53 Y
   G01N33/574 D
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-210496(P2015-210496)
(22)【出願日】2015年10月27日
(65)【公開番号】特開2017-83247(P2017-83247A)
(43)【公開日】2017年5月18日
【審査請求日】2018年9月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】秋山 泰之
(72)【発明者】
【氏名】二見 達
(72)【発明者】
【氏名】最上 聡文
(72)【発明者】
【氏名】飯嶋 和樹
【審査官】 磯田 真美
(56)【参考文献】
【文献】 特表2015−524054(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2014/0087362(US,A1)
【文献】 国際公開第2014/118343(WO,A2)
【文献】 特表2003−516550(JP,A)
【文献】 国際公開第2003/050532(WO,A1)
【文献】 国際公開第2012/023298(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 − 33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(1)から(4)の工程を含む、血液試料中に含まれる目的細胞を検出する方法。
(1)目的細胞を含む血液試料から、比重分離を用いて当該目的細胞を含む画分を分離回収する工程
(2)(1)で得られた画分を、生理的浸透圧よりも低い浸透圧条件にさらすことで溶血後、遠心分離により目的細胞を含むペレットを回収する工程
(3)(2)で得られたペレットを、親水性高分子を結合したタンパク質および糖を含んだ溶液に懸濁させた後、遠心分離により目的細胞を含むペレットを回収する工程
(4)(3)で得られたペレットの懸濁液から、目的細胞内で発現するタンパク質を利用して当該目的細胞を検出する工程
【請求項2】
目的細胞内で発現するタンパク質を利用して当該目的細胞を検出する工程を、前記目的細胞内で発現するタンパク質に対する標識化抗体を用いて行なう、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
目的細胞が腫瘍細胞であり、目的細胞内で発現するタンパク質がサイトケラチンである、
請求項1または2に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液試料中に含まれる目的細胞を検出する方法に関する。特に血液試料中に含まれる目的細胞内で発現するタンパク質を検出することで、当該目的細胞を検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、血液などの体液や、臓器などの組織を溶液に懸濁もしくは分散して得られる組織懸濁液や、細胞培養液などから目的細胞を選択的に分離回収し、当該分離回収した細胞を基礎研究や臨床診断、治療へ応用する研究が進められている。例えば、がん患者より採取した血液から腫瘍細胞(Circulating Tumor Cell、以下CTC)を採取し、当該細胞について形態学的分析、組織型分析や遺伝子分析を行ない、前記分析により得られた知見に基づき治療方針を判断する研究が進められている。
【0003】
全血、組織懸濁液といった血液成分を含む試料(以下、血液試料)中に含まれる腫瘍細胞を検出する方法として、細胞質内タンパク質であるサイトケラチンを検出する方法が広く用いられている。しかしながら細胞質内に存在するサイトケラチン(特にサイトケラチン18)は、細胞の死滅により細胞質外に放出され、細胞内に存在するサイトケラチン量が低下するため、腫瘍細胞の検出精度を低下させる要因となっていた(非特許文献1)。
【0004】
また血液試料中に含まれる腫瘍細胞を検出しようとする場合、血液試料中には赤血球など不要な細胞が多く含まれているため、溶血操作により赤血球を破壊し、除去する操作が必要である。血液試料を溶血させる方法として、従来より塩化アンモニウム溶液を用いた方法が知られている。しかしながら前記方法は、血液試料中に含まれる腫瘍細胞に対する損傷が大きい。そのため、特にサイトケラチンのような腫瘍細胞内で発現するタンパク質を利用して腫瘍細胞を検出しようとした場合、腫瘍細胞の損傷により前記タンパク質が細胞質外に放出されるため、血液中に含まれる腫瘍細胞を精度高く検出するのは困難であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Gero,Kramer.et al.,CANCER RESEARCH,64,1751−1756(2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、血液試料中に含まれる目的細胞内で発現するタンパク質の、細胞質外への放出を抑制することで、前記タンパク質を利用した目的細胞の検出を精度高く実施可能な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明者らは鋭意検討を重ねた結果、本発明に到達した。
【0008】
すなわち本発明の第一の態様は、
血液試料を溶血する工程と、
溶血した血液試料中に含まれる目的細胞を、当該目的細胞内で発現するタンパク質を利用して検出する工程とを含む、
血液試料中に含まれる目的細胞を検出する方法であって、
血液試料を溶血する工程を、生理的浸透圧よりも低い浸透圧条件で行なう、前記方法である。
【0009】
また本発明の第二の態様は、以下の(1)から(3)の工程を含む、血液試料中に含まれる目的細胞を検出する方法である。
(1)目的細胞を含む血液試料から、比重分離を用いて当該目的細胞を含む画分を分離回収する工程
(2)(1)で得られた画分を、生理的浸透圧よりも低い浸透圧条件にさらすことで溶血後、遠心分離により目的細胞を含むペレットを回収する工程
(3)(2)で得られたペレットの懸濁液から、目的細胞内で発現するタンパク質を利用して当該目的細胞を検出する工程
また本発明の第三の態様は、以下の(1)から(4)の工程を含む、血液試料中に含まれる目的細胞を検出する方法である。
(1)目的細胞を含む血液試料から、比重分離を用いて当該目的細胞を含む画分を分離回収する工程
(2)(1)で得られた画分を、生理的浸透圧よりも低い浸透圧条件にさらすことで溶血後、遠心分離により目的細胞を含むペレットを回収する工程
(3)(2)で得られたペレットを、親水性高分子を結合したタンパク質および糖を含んだ溶液に懸濁させた後、遠心分離により目的細胞を含むペレットを回収する工程
(4)(3)で得られたペレットの懸濁液から、目的細胞内で発現するタンパク質を利用して当該目的細胞を検出する工程
また本発明の第四の態様は、目的細胞内で発現するタンパク質を利用して当該目的細胞を検出する工程を、前記目的細胞内で発現するタンパク質に対する標識化抗体を用いて行なう、前記第一から第三の態様のいずれかに記載の方法である。
【0010】
また本発明の第五の態様は、目的細胞が腫瘍細胞であり、目的細胞内で発現するタンパク質がサイトケラチンである、前記第一から第四の態様のいずれかに記載の方法。
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0012】
本発明において血液試料とは、赤血球を含むまたは赤血球を含み得る試料のことをいう。具体的には、全血、希釈血、血清、血漿、臍帯血、成分採血液といった血液由来成分や、肝臓、肺、脾臓、腎臓、腫瘍、リンパ節といった血液由来成分を含む組織の一片を適切な緩衝液で懸濁させた懸濁液や、尿、羊水、腹水といった血液由来成分を含み得る生体試料などがあげられる。またこれらの試料や懸濁液を遠心分離などにより分離回収して得られた、血液由来成分を含む細胞の画分も、本発明における血液試料に含まれる。このうち血液由来成分を含む細胞の画分の一例として、前述した血液由来成分や組織懸濁液や生体試料を、密度勾配を形成した媒体(密度勾配形成用媒体)上に重層後、密度勾配遠心分離を行ない、得られる画分があげられる。
【0013】
本発明は、血液試料中に含まれる目的細胞を検出するにあたり、血液試料を溶血する工程を、生理的浸透圧よりも低い浸透圧(低張)条件で行なうことを特徴としている。ここで生理的浸透圧とは、溶血工程前の血液試料が有する浸透圧のことをいい、一般的には275mOsm/kg・HOから315mOsm/kg・HOまでの範囲に入る。すなわち生理的浸透圧よりも低い浸透圧(低張)条件とは、一般的には315mOsm/kg・HO未満の条件といえる。なお溶血工程時の浸透圧条件は生理的浸透圧よりも低い浸透圧(低張)条件であれば下限はなく、具体的には溶血工程時の試料の浸透圧を0mOsm/kg・HO以上150mOsm/kg・HO以下とすると好ましく、0mOsm/kg・HO以上100mOsm/kg・HO以下とするとより好ましい。生理的浸透圧よりも低い浸透圧(低張)条件にするには、例えば、溶血工程前の血液試料に純水を添加して浸透圧を下げればよい。
【0014】
本発明において溶血工程を行なう際、目的細胞を含む血液試料に直接純水等を添加することで生理的浸透圧よりも低い浸透圧(低張)条件にして溶血工程を行なってもよいが、目的細胞を含む血液試料をあらかじめ密度勾配遠心分離などの比重分離を行ない得られた、当該目的細胞を含む画分に対して生理的浸透圧よりも低い浸透圧(低張)条件にして溶血工程を行なうと、溶血工程を確実に行なえる点や、血液試料中に含まれる夾雑物の影響を抑えることができる点で好ましい。溶血処理時間は10分以内がよく、2分以内であればより好ましく、1分以内であればさらに好ましい。なお溶血工程終了後は、浸透圧の高い溶液を添加し、溶液の浸透圧を生理的浸透圧と同じ(等張)条件に戻すことで停止させてもよい。
【0015】
本発明では溶血工程後、溶血処理液を遠心分離することで目的細胞を含むペレットを回収し、後述する検出工程を実施すればよい。なお前記ペレットを回収後、検出工程を実施する前に、前記ペレットを親水性高分子を結合したタンパク質に懸濁させる工程を追加すると、血液試料中に含まれる細胞を効率的に回収できる点で好ましい。親水性高分子は電荷を持たない親水性高分子であればよく、一例としてポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ポリ(ヒドロキシアルキル)メタクリレート、ポリアクリルアミド、ホスホリルコリン基を側鎖に有するポリマー、多糖類、ポリペプチドがあげられる。タンパク質は水溶性を有していればよく、一例として血清由来タンパク質や血漿由来タンパク質などの血液由来タンパク質や乳由来タンパク質があげられ、さらに具体的な例として当業者が通常用いる血清由来タンパク質であるウシ血清アルブミン(BSA)や、当業者が通常用いる乳由来タンパク質であるカゼインがあげられる。親水性高分子を結合したタンパク質は、親水性高分子とタンパク質とが一定の割合で結合したタンパク質であり、例えば、タンパク質と結合可能な官能基(例えば、N−ヒドロキシスクシンイミド基)を付与した親水性高分子とタンパク質とを一定のモル比で反応させることで得られる。なお親水性高分子とタンパク質との反応比は、タンパク質に対し親水性高分子を0.01以上のモル比で反応させればよく、0.5以上のモル比で反応させればより好ましく、2以上のモル比で反応させると最も好ましい(タンパク質に対し親水性高分子を2以上のモル比で反応させると、血液由来タンパク質の場合は前記タンパク質に対し親水性高分子が実測モル比1以上で結合し、乳由来タンパク質の場合は前記タンパク質に対し親水性高分子が実測モル比0.2以上で結合する)。また前記ペレットを、マンニトール、グルコース、スクロースなどの糖を含む溶液に懸濁させると、細胞へのダメージが少なくなるため好ましく、前記糖を含む溶液に塩化カルシウムや塩化マグネシウムなどの電解質や、BSAやカゼイン等のタンパク質をさらに含んでもよい。添加する糖の濃度は等張液となる濃度とすればよく、糖としてマンニトールを用いる場合は終濃度で250mMから350mMの間とすればよい。
【0016】
本発明において溶血工程後、溶血処理液を遠心分離することで分離回収した目的細胞は、例えば、スライドに塗布したり、顕微鏡や光学検出器などで観察したり、フローサイトメトリーを用いて検出すればよい。なお顕微鏡や光学検出器などにより観察することで細胞を検出する場合、前記細胞を含む懸濁液を、前記細胞を保持可能な保持部を有した細胞保持手段に導入し、前記保持部に前記細胞を保持した後、顕微鏡や光学検出器などで観察するとよい。保持部の例として、前記細胞を収納可能な孔や、前記細胞を固定可能な材料(例えば、ポリ−L−リジン)で覆われた面があげられる。なお保持部の大きさを前記細胞を一つだけ保持可能な大きさとすると、特定細胞の採取および解析(形態学的分析、組織型分析、遺伝子分析など)が容易に行なえる点で好ましい。また細胞を保持部に保持させる際、誘電泳動力を用いると、保持部に細胞を効率的に保持させることができる点で好ましい。誘電泳動力を用いる場合、具体的には、交流電圧を印加することで誘電泳動を発生させ、保持部内へ細胞を導入すればよい。印加する交流電圧は、保持部内の細胞の充放電が周期的に繰り返される波形を有した交流電圧であると好ましく、周波数を100kHzから3MHzの間とし、電界強度を1×10V/mから5×10V/mの間とすると特に好ましい(WO2011/149032号および特開2012−013549号公報参照)。
【0017】
本発明の方法では、溶血処理液を遠心分離することで分離回収した目的細胞から、当該目的細胞内で発現するタンパク質を利用して目的細胞を検出すればよい。目的細胞内で発現するタンパク質に特に限定はなく、一例として目的細胞が腫瘍細胞の場合、上皮系細胞の細胞質内タンパク質や間葉系細胞の細胞質内タンパク質をあげることができる。より具体的にはサイトケラチン(CK)やビメンチンが例示できる。なおCKにはCK1からCK20まで20種類のタンパク質が知られているが、そのいずれもが本発明で利用可能な、目的細胞内で発現するタンパク質に含まれる。
【0018】
目的細胞内で発現するタンパク質の検出方法に特に限定はなく、当該タンパク質を直接呈色試薬や蛍光試薬で染色させて検出してもよいし、当該タンパク質に対する標識化抗体を用いて検出してもよいし、当該タンパク質の遺伝子を特異的に増幅して検出してもよい。中でも当該タンパク質に対する標識化抗体を用いて検出する方法は、当該タンパク質を簡便、高感度、かつ特異的に検出できる方法であり好ましい方法といえる。なお抗体に標識する物質も特に限定はなく、一例としてフルオレセインイソチオシアネート(FITC)、Alexa Fluor(商品名)などの蛍光物質があげられる。
【0019】
以下、本発明の腫瘍細胞の検出方法の一例として、血液試料中に含まれる腫瘍細胞(CTC)を検出する方法を説明するが、本発明は本説明の内容に限定されるものではない。
(1)がんの疑いのある患者から血液を採取する。なお血液を採取する際、クエン酸、ヘパリン、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)などの抗凝固剤を添加してもよい。また必要に応じ、採取した血液を生理食塩水などで希釈してもよい。
(2)採取した血液(または希釈した血液)を密度勾配遠心を用いて、CTCを含む画分分離する。密度勾配遠心は細胞をその比重に基づき分離する方法であり、密度勾配を形成した媒体(密度勾配溶液)上に採取した血液(または希釈した血液)を重層した後、遠心分離を行ない、目的とするCTCを含む層(上層)を回収することで、不要な細胞を除去したCTCを含む画分を得る。なお密度勾配遠心を行なう前に、採取した血液(または希釈した血液)に、不要な細胞である赤血球、白血球と結合可能な結合剤(例えば、RosetteSep(StemCell Technologies社製))を添加するとよい。前記結合剤は、赤血球、白血球、および/またはこれら細胞の表面抗原と結合することで細胞凝集体を形成し、これら細胞の密度を大きくすることができるため、密度勾配遠心法によるCTCの分離を容易にする。
(3)(2)で得られたCTCを含む画分に純水を添加して撹拌し、浸透圧を生理的浸透圧(純水添加前のCTCを含む画分が有する浸透圧)よりも低くする(低張にする)ことで、当該画分に混入した赤血球を溶血させる。本操作により、分離回収したCTCの観察が良好になる。溶血処理を行なう撹拌時間は10分以内がよく、2分以内であればより好ましく、1分以内であればさらに好ましい。また、浸透圧の高い溶液を添加することで溶血処理を停止させることもよい。前記操作は、溶液の添加により溶液の浸透圧を生理的浸透圧と同じ(等張)条件に戻すことができるため好ましい。
(4)(3)で得られた溶血処理後のCTCを含む溶液を遠心分離することで血液成分を除去し、当該CTCをペレット状にした後、適切な溶液を用いてCTCを懸濁させる。なおCTCを懸濁させる溶液に、親水性高分子を結合したタンパク質(例えば、ポリエチレングリコールを結合したBSAやポリエチレングリコールを結合したカゼイン)を含ませてもよい。親水性高分子を結合したタンパク質の濃度は、懸濁液での血液由来タンパク質の終濃度として、0.01から25%(w/v)の間であればよく、0.02から5%(w/v)の間であればより好ましく、0.05から2%(w/v)の間であればさらに好ましい。
(5)(4)で調製したCTCを含む懸濁液を再度遠心分離し、CTCを含むペレットを回収する。なお必要に応じ、前記回収したペレットを親水性高分子を結合したタンパク質を含む溶液に再度懸濁させ、遠心分離する工程を追加してもよい。
(6)(5)で得られたCTCを含む細胞を保持部へ保持させた後、(6)で得られたCTCを、例えばWO2011/149032号に記載の装置を用いて、保持部へ保持させた後、当該CTCに対し保存および膜透過処理を施す。保存処理剤としては、ホルムアルデヒド、ホルムアルデヒドドナー化合物(加水分解を受けることでホルムアルデヒドを放出可能な化合物)、グルタルアルデヒドなどのアルデヒド類や、メタノール、エタノールなどのアルコール類や、重金属を含む溶液が例示できる。細胞膜透過処理剤としては、メタノール、エタノールなどのアルコール類や、サポニンなどの界面活性剤が例示できる。
(7)抗体による非特異的な反応を防ぐため、保存および膜透過処理後のCTCを保持した保持部に対しタンパク質によるブロッキング処理を施した後、蛍光基が修飾されたCTCが発現するタンパク質に対する抗体や、細胞核を蛍光染色させる試薬を添加し、洗浄後、蛍光顕微鏡などで細胞の蛍光像を観察することで、CTCを検出する。CTCが発現するタンパク質に対する抗体としては、抗サイトケラチン抗体や抗ビメンチン抗体などを用いることができる。またノイズである白血球を検出することを目的に、抗CD45抗体といった白血球を特異的に認識する抗体を用いてもよい。細胞核を蛍光染色させる試薬としては、4’,6−diamidino−2−phenylindole(DAPI)やHoechst 33342(商品名)などを用いることができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明は、血液試料を溶血する工程と、溶血した血液試料中に含まれる目的細胞を当該目的細胞内で発現するタンパク質を利用して検出する工程とを含む、血液試料中に含まれる目的細胞を検出する方法において、血液試料の溶血を生理的浸透圧より低い(低張)条件で行なうことを特徴としている。血液試料を溶血する方法として従来用いられている、塩化アンモニウム溶液を用いた方法では、血液試料中に含まれる目的細胞に対する損傷が大きく、特にサイトケラチン18に関しては、ネクローシスによるサイトケラチン18の細胞外放出や、アポトーシスによるサイトケラチン18断片の細胞外への放出が報告されていた(Gero,Kramer.et al.,CANCER RESEARCH,64,1751−1756(2004)、非特許文献1)。一方、本発明では血液試料の溶血を生理的浸透圧より低い(低張)条件で行なうことで、前述した塩化アンモニウム溶液を用いた方法と比較し、試料中に含まれる目的細胞に対する損傷を小さくすることができる。従って、目的細胞の損傷による細胞質内タンパク質の漏出が低減され、血液試料中に含まれる目的細胞の検出を精度高く実施することができる。
【0021】
一例として本発明を、血液中に含まれる腫瘍細胞(CTC)の検出に適用することで、採血量を少なくすることができ、患者への負担を低減させることができる。またがんの診断をCTCの存在により行なう場合、CTCの有無の判断結果に対する信頼性が向上するため、精度高くがんを診断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】実施例1および比較例1の結果を示した図である。
図2】比較例2の結果を示した図である。
【実施例】
【0023】
以下、実施例および比較例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は当該例に限定されるものではない。
【0024】
実施例1
(1)一方の末端がメトキシ基であり、もう一方の末端がN−ヒドロオキシスクシンイミドエステル基である、分子量5000のポリエチレングリコール(mPEG−NHS)と、ウシ血清アルブミン(BSA)(300mg、4.5μmol)とを、炭酸水素ナトリウム緩衝液(0.1M、15mL)に溶解させ、当該溶液を室温で3時間撹拌することでポリエチレングリコールを結合したBSA(PEG−BSA)を調製した。なお調製する際、mPEG−NHSとBSAとのモル比(mPEG−NHS/BSA)を2となるようにした。調製後、分画分子量10000の透析膜を用いて、純水への溶液置換を3日間行なった。
(2)ヒト非小細胞肺がん細胞(PC9)を、5%CO環境下、10%FBSを含むD−MEM/Ham’s F−12培地を用いて37℃で24時間から96時間培養後、0.25%トリプシン/1mM EDTAを用いて培地から細胞を剥離した。剥離したPC9細胞を目的細胞とした。
(3)インフォームドコンセントを得た健常人から血液をEDTA−2K採血管(VP−DK050K、テルモ社製)に3mL採血後、前記採血管に3mLの生理食塩水、75μLの白血球・赤血球結合剤(RosetteSep、StemCell Technologies社製)および約10個のPC9細胞を添加することで、希釈血液試料を調製した。
(4)調製した希釈血液試料を、密度1.091g/mLの密度勾配溶液上に重層し、2000×gで10分間、室温にて遠心後、上清を回収した。
(5)(4)で回収した上清に、純水を16mL添加し、30秒間撹拌することで、溶血処理後、900mMマンニトールを含む溶液8mLを添加して、300×gで10分間、室温にて遠心分離し、上清を除去した。
(6)PC9細胞を含むペレットを、純水16mLで再懸濁し、30秒撹拌した後、(1)で調製したPEG−BSA(BSAとして0.1%(w/v))および900mMマンニトールを含む溶液8mLを添加した。(5)の操作および本操作により上清に混入した赤血球が破壊(溶血)され、分離回収したPC9細胞の観察が良好になる。
(7)再懸濁液を300×gで5分間、室温にて遠心分離後、上清を除去し、PC9細胞を含むペレットをPEG−BSA(BSAとして0.1%(w/v))および300mMマンニトールを含む溶液30mLで再懸濁した。本操作は、血液成分を除去し、目的とするPC9細胞を濃縮するための操作である。
(8)(7)で得られたPC9細胞懸濁液を300×gで5分間、室温にて遠心分離し、上清を除去した。
(9)(8)で上清を除去したPC9細胞を含む懸濁液を細胞診断チップに導入し、交流電圧を3分間印加することで前記チップが有する保持部にPC9細胞を保持させた。本実施例で用いた細胞診断チップは、直径30μmで深さ30μmの微細孔からなる微細孔を複数有した絶縁体と前記絶縁体と下部電極基板の間に設置した遮光性のクロム膜とからなる保持部を、厚さ1mmのスペーサーと下部電極基板とで挟んだ構造であり、前記スペーサーを上部電極基板と下部電極基板とで挟んだ構造である。
(10)(9)の条件で交流電圧を印加しながら、0.01(w/v)%のポリ−L−リジンを含む300mMマンニトール水溶液を導入し、2分間静置後、前記交流電圧の印加を停止し、前記水溶液を吸引除去した。
(11)50%(v/v)エタノールと1%(w/v)ホルムアルデヒドを含む水溶液(以下、細胞膜透過試薬)を導入し、10分間静置することで、細胞膜を透過させ、保持部に導入した細胞を標本化した。
(12)細胞膜透過試薬を吸引除去し、PBS(Phosphate buffered saline)を導入することで、残留した細胞膜透過試薬を洗浄した。
(13)細胞膜内外のタンパク質と特異的に結合可能な蛍光標識された抗体と、細胞核を標識する蛍光試薬を含む水溶液(以下、標識試薬)を導入し、10分間静置した。なお前記標識された抗体として、白血球表面に発現しているCD45に対する抗体と、血中循環がん細胞の細胞質内で発現しているサイトケラチンに対する抗体を用いている。
(14)標識試薬を吸引除去し、PBSを導入することで、残留した標識試薬を除去した。
(15)(14)で標識した細胞を含む細胞診断チップを蛍光顕微鏡のステージ上に載置した後、蛍光顕微鏡による蛍光観察を行なった。細胞核の蛍光が確認され、かつCD45抗体の蛍光が確認されない細胞を血液に添加したPC9細胞として、前記PC9細胞へのサイトケラチン抗体の結合度合いを、蛍光輝度分布を基に評価した。
【0025】
比較例1
(1)実施例1(3)から(4)と同様な方法で、PC9細胞を添加した血液を密度勾配遠心した。
(2)(1)で回収した上清に、0.9%(w/v)塩化アンモニウムと0.1%(w/v)炭酸水素カリウムと含む溶血液で30mLまでメスアップし、300×gで10分間、室温にて遠心分離した。当該操作により上清に混入した赤血球が破壊(溶血)され、分離回収したSKBR3細胞の観察が良好になる。
(3)上清を除去後、PC9細胞を含むペレットを、実施例1(1)で調製したPEG−BSA(BSAとして0.1%(w/v))および300mMマンニトールを含む溶液30mLで再懸濁した。
(4)実施例1(7)から(15)と同様な方法で、PC9細胞へのサイトケラチン抗体の結合度合いを、蛍光輝度分布を基に評価した。
【0026】
実施例1および比較例1での蛍光輝度分布の結果をまとめて図1に示す。血液試料の溶血を生理的浸透圧(希釈血液試料の浸透圧)よりも低い浸透圧(低張)条件で行なう(実施例1)ことで、塩化アンモニウム溶液を用いた方法(比較例1)(最大輝度分布を示す細胞の蛍光輝度0.16から0.23)と比較し、サイトケラチン抗体の結合による最大輝度分布を示すPC9細胞の蛍光輝度が大幅に向上(最大輝度分布を示す細胞の蛍光輝度0.80から1.00)しており、PC9細胞のサイトケラチン抗体への結合能が大幅に向上していることがわかる。
【0027】
比較例2
(1)実施例1(2)で剥離したPC9細胞約10個を懸濁させる溶液として、
(a)10%FBSを含むD−MEM/Ham’s F−12培地、
(b)健常人から血液を前記EDTA−2K採血管に採血後、当該血液を遠心することで得られた血漿、または、
(c)0.9%(w/v)塩化アンモニウムと0.1%(w/v)炭酸水素カリウムと含む溶液、
をそれぞれ1mL添加し、10分間静置した。
(2)細胞懸濁液を300×gで10分間、室温にて遠心分離後、上清を除去し、PC9細胞を含むペレットをPEG−BSA(BSAとして0.1%(w/v))および300mMマンニトールを含む溶液1mLで再懸濁した。
(3)(2)で得られたPC9細胞懸濁液を300×gで5分間、室温にて遠心分離し、上清を除去した。
(4)実施例1(9)から(15)と同様な方法で、PC9細胞へのサイトケラチン抗体の結合度合いを、蛍光輝度分布を基に評価した。
【0028】
比較例2での蛍光輝度分布の結果を図2に示す。培地(図2(a))および血漿(図2(b))で細胞を懸濁させた条件でのPC9細胞の最大輝度分布を示すPC9細胞の蛍光輝度は0.80から1.00となり、実施例1での蛍光輝度分布とほぼ同程度であったのに対して、塩化アンモニウム溶液による溶血操作後のPC9細胞の最大輝度分布を示すPC9細胞の蛍光輝度は0.24から0.31であり、輝度が大幅に低下していることがわかる。
【0029】
実施例2
(1)実施例1(2)と同様な方法で、PC9細胞を剥離した後、蛍光染色色素(CFSE(5− or 6−(N−Succinimidyloxycarbonyl)fluorescein 3’,6’−diacetate)、同仁化学研究所社製)で標識することで、蛍光標識されたPC9細胞を調製し、これを目的細胞とした。
(2)実施例1(3)と同様な方法で、採血した血液3mLに、3mLの生理食塩水、75μLの白血球・赤血球結合剤(RosetteSep、StemCell Technologies社製)および蛍光標識した約100個のPC9細胞を添加することで、希釈血液試料を調製した。
(3)実施例1(4)から(9)と同様な方法で、細胞診断チップが有する保持部にPC9細胞を保持させた。
(4)細胞診断チップに保持されたPC9細胞数を計測し、(2)で添加したPC9細胞数で除することで回収率を算出した。
【0030】
比較例3
(1)実施例2(1)から(2)、および実施例1(4)と同様な方法で、PC9細胞を含む希釈血液試料を密度勾配遠心した。
(2)比較例1(2)から(3)、および実施例1(7)から(9)と同様な方法で、細胞診断チップが有する保持部にPC9細胞を保持させた。
(3)実施例2(4)と同様な方法で、PC9細胞の回収率の算出を行なった。
【0031】
実施例2および比較例3での回収率の結果をまとめて表1に示す。血液試料の溶血を生理的浸透圧(希釈血液試料の浸透圧)よりも低い浸透圧条件(低張法)(実施例2)で行なっても細胞の回収率は94.6%と、塩化アンモニウム溶液による溶血法(94.4%)(比較例3)とほぼ同じ回収率であった。
【0032】
【表1】
図1
図2