【実施例】
【0048】
以下に、実施例及び比較例を示して、本発明をより詳細に説明する。しかし、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
〔実施例1〜2、比較例1〜2〕菜種由来リン脂質のin vitro試験(1)
in vitroのウシルーメン液を用いた発酵試験において、菜種リン脂質が添加されたときの、短鎖脂肪酸の生成に及ぼす影響を調べた。比較のため、菜種由来の脂質(菜種油)が添加されたときの発酵試験も行なった。
【0049】
(1)飼料Aの作製
粗飼料としてイタリアンライグラス(乾草)と濃厚飼料として市販濃厚飼料(製品名:そよ風の薫り、日本配合飼料株式会社製)とを質量基準で1:1にて混合することにより飼料Aを得た。以下、粗飼料と濃厚飼料との比率(質量基準)を、粗濃比ということがある。市販濃厚飼料の表示を表1に示す。
【0050】
【表1】
【0051】
(2)菜種リン脂質の準備
菜種油製造時の脱ガム工程で副生したガム質を、減圧乾燥することにより、クルード菜種レシチンを得た。このクルード菜種レシチンは、アセトン可溶物35〜40%を含む粘稠なペースト状であった。このクルード菜種レシチンを5倍量のアセトンに溶解し、静置分離にて下層を回収し、再び5倍量のアセトンに溶解した。この操作を5回繰り返した。得られた下層部を減圧乾燥することにより、アセトン可溶物が1.0質量%になるまで脱油された菜種レシチンを得た。リン脂質含量は60.2質量%だった。また、この菜種レシチンは、1.0質量%の水分を有し、粉末状であった。脱油菜種レシチンの組成を、表2に示す。
【0052】
【表2】
【0053】
(3)ルーメン液採取
ルーメンフィステルを装着したF1ウシ(月齢40ヶ月)をルーメン液発酵試験に用いた。このウシを、コンクリート敷の牛房へ個体ごとに収容した。ウシに飼料Aを、1日当たり8kg(濃厚飼料4kg/日)、3週間、給与した。なお、試験3週間前及び試験中は、ウシに抗菌剤、その他薬剤を投与しなかった。
【0054】
(4)発酵試験
飼料Aの3週間給与の翌朝(給餌前)に、ウシからルーメン液を約500mL採取した。採取したルーメン液500mLを4重ガーゼで濾過した。この濾液とMcDougall’s Bufferとを5:4の割合で混合することにより、ルーメン濾液を希釈した。得られたルーメン希釈液9mLを15mL容バイアル瓶に分注した。
【0055】
McDougall’s Bufferに、1質量%のウシ血清アルブミン(BSA)及び上記菜種レシチン1質量%又は3質量%を加えた液を、超音波発生器にかけて、BSA乳化液を作製した。上記BSA乳化液1mLを、前記バイアル瓶に分注して、前記ルーメン希釈液9mLと混合することにより発酵試験液を得た。発酵試験液中の菜種レシチンの含有量は、0.1質量%又は0.3質量%となった(実施例1及び2)。
【0056】
比較のため、上記McDougall’s Bufferに、1質量%のBSAのみを添加して作製した乳化液1mLを前記バイアル瓶に分注して、前記ルーメン希釈液9mLと混合して発酵試験液を得た(比較例1)。
【0057】
さらに、上記McDougall’s Bufferに、1質量%のBSA及び3質量%の菜種油(製品名:さらさらキャノーラ油、株式会社J−オイルミルズ製)を添加して作製した乳化液1mLを前記バイアル瓶に分注して、前記ルーメン希釈液9mLと混合して発酵試験液を得た(比較例2)。発酵試験液中の菜種油の含有量は、0.3質量%となった。
【0058】
上記発酵試験液を用いた発酵試験の発酵基質として、繊維質からなる炭水化物としてセルロース(濾紙)を採用した。具体的には、上記ルーメン希釈液及び上記BSA乳化液の入ったバイアル瓶内に、100mgの濾紙(製品名:ワットマンNo.1、GEヘルスケア・ジャパン株式会社製)を、投入した。その後、バイアル瓶中の気相を窒素ガスで置換し、ブチルゴム栓とアルミシールで密栓した。得られた混合液を、37℃で24時間、振とう培養した。1実験区につき、発酵実験を2反復で行った。
【0059】
上記培養後の発酵試験液のVFA(酢酸、プロピオン酸、酪酸、イソ酪酸、吉草酸、及びイソ吉草酸)の濃度を以下の手順で測定した。ルーメン液0.5mLに対しヘキサン0.5mLを添加した。これを懸濁させた後、遠心分離(4℃、10,000rpm,5min)により、水層とヘキサン層に分けた。水層をVFA分析用サンプルとして回収した。回収したサンプルを、以下の条件のガスクロマトグラフィー(GC)にかけた。
〔GC条件〕
Injection temp.:250℃
Column:Nukol(Supelco Inc.),30m×0.25mm×0.25μm
Initial temp.:100℃
Program rate:15℃/min
Final temp.:185℃
Detector:FID(250℃)
Carrier flow rate:1.0mL/min
Carrier gas:He
【0060】
上記培養後の発酵試験液の乳酸濃度は、F−キット乳酸(J.K.インターナショナル)を用いて測定した。測定結果を表3に示す。
【0061】
【表3】
【0062】
表3に示したとおり、発酵基質をセルロースとするin vitro発酵試験において、発酵試験液への添加剤として菜種油を用いた比較例2の総VFA量は、無添加の発酵試験液(比較例1)と比べて悪化した。比較例1及び2の結果は、ルーメン発酵に脂質の添加が好ましくないことを示している。
【0063】
一方、ルーメン発酵液に菜種由来のリン脂質を添加した実施例1及び2ともに、総VFA量が比較例1よりも有意に増大した。増大したVFAは、反芻動物の主要なエネルギー源となる有益なVFA(酢酸、プロピオン酸及び酪酸)であった。さらに、実施例1と実施例2とを比較すると、VFAの増大は、添加量の高い実施例2の方が顕著であった。これらのことから、菜種リン脂質は、ルーメン液内で繊維質の発酵と有益なVFAの産生を濃度依存的に促進することが判明した。
【0064】
〔実施例3、比較例3〕菜種由来リン脂質のin vitro試験(2)
発酵基質を繊維質からデンプンに変更した発酵試験を実施した。具体的には、実施例1、並びに比較例1及び2において、発酵基質として100mgのコーンスターチを用いた以外は、前記実施例等と同様の方法で、発酵試験を実施した。結果を表4に示す。
【0065】
【表4】
【0066】
ルーメン液に菜種レシチン(菜種リン脂質)を添加した実施例3の総VFAは、比較例3(無添加のルーメン液)より若干増大した。デンプンは、繊維質に比べてルーメン発酵を受けやすい。したがって、ルーメン発酵におけるVFA産生量の増大は、繊維質のように顕著にならない。それでも、ルーメン内の発酵基質をデンプンとする発酵に、菜種レシチン(菜種リン脂質)が悪影響を及ぼさないことが確認された。
【0067】
〔実施例4及び5、比較例4及び5〕in vivo試験
菜種レシチンを含む飼料を動物へ給餌したときの短鎖脂肪酸の産生に及ぼす影響を調べるため、in vivoでのウシルーメン液を用いる発酵試験を実施した。比較のため、菜種油が添加されたときの発酵試験も行なった。
【0068】
ルーメンフィステルを装着したF1ウシ(メス)2頭(月齢33ヶ月)を投与試験に用いた。このウシを、コンクリート敷の牛房へ個体ごとに収容した。試験3週間前及び試験中は、抗菌剤、その他薬剤をウシへ投与しなかった。
【0069】
(飼料Bの作製)
上記飼料Aに、実施例1に記載の菜種レシチンを、リン脂質質量基準で0.271質量%添加することにより、飼料Bを得た。
【0070】
(飼料Cの作製)
上記粗飼料と上記濃厚飼料とを粗濃比1:4にて混合することにより、飼料Cを得た。
【0071】
(飼料Dの作製)
上記飼料Cに、実施例1に記載の菜種レシチンを、リン脂質質量基準で0.433質量%添加することにより、飼料Dを得た。
【0072】
飼料A〜Dを、1回当たり2kgの濃厚飼料を含む飼料量にて、1日2回、3日間給与した。これにより、飼料B又はDを与えたウシの菜種レシチン摂取量は、36g/日(リン脂質投与量21.7g/日)となった。
【0073】
給与試験後の翌朝の給餌前に、ルーメンフィステルからルーメン液を約50mL採取した。このルーメン液を4重ガーゼでろ過し、5N−塩酸を用いてpH2に調整することで反応を停止させ、以下の分析まで冷蔵保管した。この液のVFA(酢酸、プロピオン酸、酪酸、イソ酪酸、吉草酸、及びイソ吉草酸)の濃度を、ガスクロマトグラフィーにて測定した。結果を表5に示す。
【0074】
【表5】
【0075】
表5から以下のことがわかる。菜種レシチンを含む飼料を投与した実施例4では、総VFA量が菜種レシチンを含まない飼料を投与した比較例4よりも顕著に増大した。飼料の粗濃比を変えた実施例5でも、同様に、総VFA量が菜種レシチン無添加の比較例5よりも顕著に増大した。いずれの実施例でも、エネルギー源として有用な酢酸、プロピオン酸及び酪酸が増大した。
【0076】
粗濃比が1:1(粗飼料50%)の実施例4と粗濃比が1:4(粗飼料20%)の実施5とを比べると、粗飼料の比率の高い実施例4の方が、VFA量の増大が大きかった。本発明の菜種由来リン脂質は、粗飼料を有効に発酵させることでVFA(特に酢酸)の産生を促している。したがって、菜種由来のリン脂質を含む本発明の飼料原料は、繊維質の発酵促進と有益なVFAの産生の点で、粗飼料比率の高い飼料に用いることが好ましいといえる。