(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
上記多孔質誘電体は、空孔率が5〜70体積%で、水分含有率が23〜100体積%の多孔質誘電体からなることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載のスイッチング装置。
【発明を実施するための形態】
【0010】
図1は、全体が100で表される、本発明の実施の形態にかかる磁性トランジスタ(「磁性薄膜トランジスタ」とよぶ場合もある)の断面の概略図である。磁性トランジスタ100は、基板1を含む。基板1には、例えば(001)SrTiO
3の単結晶基板が用いられるが、他のABO
3(A:Ca、Sr、Ba、B:Co、Mn、Cr、Fe、Ni)で表される酸化物、LSAT(La
0.3Sr
0.7Al
0.65Ta
0.35O
3)、更にはシリコンやガラスを用いても構わない。また、基板1の面方位も(001)には限定されない。
【0011】
基板1の上には、活性層2が設けられる。活性層2には、例えば、ブラウンミラライト型構造の反強磁性絶縁体であるSrCoO
2.5が用いられる。活性層2の膜厚は、例えば30nmである。
【0012】
活性層2の材料としては、結晶構造が変化することにより、強磁性金属と反強磁性絶縁体との間で特性が変わる材料であれば他のABOx(A:Ca、Sr、Ba、B:Co、Mn、Cr、Fe、Ni、2.0≦x≦3.5)で表される酸化物を用いても構わない。
【0013】
活性層2の上には、多孔質絶縁体のゲート絶縁膜3が設けられる。ゲート絶縁膜3には、例えば12CaO・7Al
2O
3(C12A7)が用いられるが、更に、CaO、Al
2O
3、12SrO・7Al
2O
3、Y
2O
3、HfO
2、SiO
2、MgO、NaTaO
3、KTaO
3、LaAlO
3、ZrO
2、MgAl
2O
4、Nb
2O
5、Ta
2O
5、Si
3N
4、SrTiO
3、BaTiO
3、CaTiO
3、SrZrO
3、CaZrO
3、BaZrO
3やゼオライト、または、これらの2種以上を含む材料を用いても良い。これらの材料は、アモルファス状態でも結晶でも構わない。また、多孔質の絶縁材料であれば、プラスチック等の樹脂材料を用いても構わない。
【0014】
多孔質絶縁体のゲート絶縁膜3は、表面および内部に複数の空孔が形成され、いわゆるナノポアまたはメソポアと呼ばれる微細構造を有する。空孔の直径は0.3〜100nm、好ましくは5〜20nmである。また、空孔率、即ち、空孔の体積の、ゲート絶縁膜3の体積に占める割合は5〜70体積%であり、好適には20〜50体積%である。空孔は、例えば球状であるが、これに限定されるものではない。
【0015】
ゲート絶縁膜3の空孔中には水が含まれる。水分含有率、即ち空孔中に含まれる水の体積の、空孔の体積に対する割合は、23〜100体積%、好適には50〜100体積%、更に好適には80〜100体積%である。なお、水分含有率は、ゲート絶縁膜3全体における平均値であり、全ての空孔が上述の水分
含有率を満たす必要はない。
【0016】
ゲート絶縁膜3の膜厚は、例えば200nmである。
【0017】
基板1の上には、活性層2の両側に、活性層2を挟んで対向するようにソース電極11とドレイン電極12が設けられる。ソース電極11とドレイン電極12の一部は、活性層2とゲート絶縁膜3との間に挟まれても良い。また、ゲート絶縁膜3の上には、ゲート電極13が設けられる。ソース電極11、ドレイン電極12およびゲート電極13は、例えばチタン、金、ニッケル、アルミニウム、モリブデンからなる。
【0018】
図1に示すように、例えば磁性トランジスタ100のソース電極11は接地(GND)され、ゲート電極13にゲート電圧Vgが印加される。
【0019】
次に、
図1、2を参照しながら、本発明の実施の形態にかかる磁性トランジスタ100の動作について説明する。
図2中、
図1と同一符合は、同一または相当箇所を示す。また、動作は室温で行うことが可能である。
【0020】
図1は磁性トランジスタ100のゲート電極13に電圧を印加しない状態であり、活性層2はブラウンミラライト型構造の反強磁性絶縁体であるSrCoO
2.5から形成されている。このため活性層2は絶縁性であり、ソース電極11とドレイン電極12との間には電流が流れず、磁性トランジスタ100はオフ状態である。
【0021】
次に、
図2(a)に示すように、ゲート電極13に例えば−50Vの負の電圧を印加すると、多孔質絶縁体からなるゲート絶縁膜3の厚さ方向に電界が発生する。これによりゲート絶縁膜3の空孔に含まれる水分が、正電荷を有するプロトン(H
+)と、負電荷を有する水酸化物イオン(OH
−)に電気分解し、プロトンは負に帯電したゲート電極13側に、水酸化物イオンは逆に活性層2側に移動する(矢印20)。
【0022】
活性層2側に移動した水酸化物イオンは、反応して水と酸素になり、
図2(a)に矢印20で示すように酸素は活性層2中に移動する。ブラウンミラライト型構造のSrCoO
2.5からなる活性層2に酸素が注入されると、酸化反応が起きて、ブラウンミラライト型構造のSrCoO
2.5は、酸化されて酸素含有率(酸素不定比性)が変わりペロブスカイト型構造のSrCoO
3に結晶構造が変化する。この結果、活性層2は強磁性金属となって導電性となり、磁性トランジスタ100はオン状態となる。
【0023】
オン状態となった磁性トランジスタ100では、ゲート電極13に印加する電圧を0Vにしても、活性層2は強磁性金属であるSrCoO
3のままであり、オン状態が維持される。
【0024】
次に、
図2(b)に示すように、ゲート電極13に例えば+80Vの正の電圧を印加すると、電界の方向が逆転し、水の電気分解で生じた水酸化物イオンは正に帯電したゲート電極13側に、プロトンは活性層2側にそれぞれ移動する。
【0025】
活性層2側に移動したプロトン(矢印21)は、ペロブスカイト型構造のSrCoO
3を還元し(酸素を引き抜き)、ペロブスカイト型構造のSrCoO
3の酸素含有率(酸素不定比性)が減少し、ブラウンミラライト型構造のSrCoO
2.5に結晶構造が変化する。この結果、活性層2は反強磁性絶縁体となって絶縁性となり、磁性トランジスタ100はオフ状態となる。
【0026】
このように、本発明の実施の形態にかかる磁性トランジスタ100では、多孔性材料からなるゲート絶縁膜3に含まれる水分を電気分解して、得られた水素および酸素を用いて活性層2を形成する磁性体酸化物の酸素不定比数を変え、強磁性金属と反強磁性絶縁体の間で結晶構造を変化させることで、活性層2を絶縁性と導電性の間で切り換え、室温において磁性トランジスタ100をオン/オフさせることができる。
【0027】
なお、磁性トランジスタ100を作製する場合に、活性層2として、ブラウンミラライト型構造の反強磁性絶縁体の代わりに、ペロブスカイト型構造の強磁性金属であるSrCoO
3を用いても良い。この場合、ゲート電極13に正の電圧を印加することにより、SrCoO
3が還元されてSrCoO
2.5となり、活性層2は、ペロブスカイト型構造からブラウンミラライト型構造に変化する。この結果、活性層2は、導電性の強磁性金属から絶縁性の反強磁性絶縁体に切り替わる。逆に、ゲート電極13に負の電圧を印加することにより、活性層2は、絶縁性の反強磁性絶縁体から導電性の強磁性金属に切り替わる。
【0028】
次に、
図3を用いて、本発明の実施の形態にかかる磁性トランジスタ100の製造方法について説明する。
図3中、
図1、2と同一符合は、同一または相当箇所を示す。製造方法は、以下の工程1〜5を含む。
【0029】
工程1:
図3(a)に示すように、例えば(001)SrTiO
3からなる単結晶基板を準備する。基板は、他のABO
3(A:Ca、Sr、Ba、B:Co、Mn、Cr、Fe、Ni)で表される酸化物やLSAT、シリコンやガラスでも構わない。
【0030】
工程2:
図3(b)に示すように、金属マスクを用いて、基板1の上の所定の位置にSrCoO
2.5からなる活性層2を形成する。活性層2の形成は、例えばパルスレーザー堆積法や電子ビーム蒸着法を用いて行われる。この時の基板温度は、例えば700〜800℃であり、チャンバ内の酸素圧力は、例えば10Paである。活性層2の膜厚は、例えば30nmである。
【0031】
工程3:
図3(c)に示すように、金属マスクを用いて、基板1の上の所定の位置にソース電極11とドレイン電極12を形成する。ソース電極11、ドレイン電極12は、例えばチタンや金のような一般的な電極材料からなり、例えば電子ビーム蒸着法を用いて形成される。ソース電極11、ドレイン電極12の膜厚は、例えば20nmである。
【0032】
工程4:
図3(d)に示すように、金属マスクを用いて、活性層2の上にゲート絶縁膜3を形成する。ゲート絶縁膜3は、例えば12CaO・7Al
2O
3からなる。ゲート絶縁膜3の形成は、例えば、減圧したチャンバ内で、パルスレーザー堆積法を用いて行う。パルスレーザー堆積法では、チャンバ内の圧力を10
−5〜10
−8Paに減圧した後、チャンバ内に酸素を導入して酸素圧力を1〜10Paに維持する。続いてKrFエキシマレーザー等を材料のターゲットに照射して、活性層2の上の所定の位置にゲート絶縁膜3を堆積させる。KrFエキシマレーザーの照射条件は、例えば波長248nm、パルス幅20ns、繰り返し周波数10Hzとする。このように、チャンバ内の酸素圧力を制御することにより、空孔率が20体積%以上の多孔質絶縁体からなるゲート絶縁膜3を得ることができる。
【0033】
多孔質絶縁体からなるゲート絶縁膜3を形成した後、チャンバに空気を導入して常圧にすることにより、空気中に含まれる水分が空孔内に取り込まれる。空孔の水分含有率は、例えば23〜100体積%となる。
【0034】
工程5:
図3(e)に示すように、ゲート絶縁膜3の上にゲート電極13を形成する。ゲート電極13は、例えばチタンや金のような一般的な電極材料からなり、例えば電子ビーム蒸着法を用いて形成される。
【0035】
以上の工程により、本発明の実施の形態にかかる磁性トランジスタ100が完成する。
【0036】
次に、以下の実施例に示す磁性トランジスタ100の特性を、多孔質材料からなるゲート絶縁膜を有さない比較例の特性と比較した。
【0037】
(実施例)
磁性トランジスタ100の作製は、最初に(001)SrTiO
3単結晶基板(信光社製、サイズ10×10×0.5mm)を準備し、その上に、パルスレーザー堆積法により、膜厚30nmのSrCoO
2.5からなる活性層2を、金属マスク(ピーワン製)を介して堆積した。基板温度は720℃、酸素圧力は10Paとした。
【0038】
次に、電子ビーム蒸着法により、ソース電極11、ドレイン電極12を形成した。ソース電極11、ドレイン電極12はチタンからなり、膜厚は20nmとした。
【0039】
次に、パルスレーザー堆積法により、膜厚200nmの多孔質12CaO・7Al
2O
3薄膜からなるゲート絶縁体3を活性層2の上に形成した。基板加熱は行わず、チャンバ内の酸素圧力は5Paとした。作製したトランジスタのチャネル長(ソース電極11とドレイン電極12の間隔)Lとチャネル幅(ソース電極11、ドレイン電極12の幅)Wはともに4.0mmである。
【0040】
最後に、ゲート絶縁体3の上に、チタンからなるゲート電極13を形成した。このようにして本実施例にかかる磁性トランジスタ100を作製した。
【0041】
シート抵抗
磁性トランジスタ100について、
図1、
図2(a)および(b)に示す状態において、活性層2のシート抵抗を室温で測定した。シート抵抗の計測には、ソース電極11およびドレイン電極12を用いた。計測の結果、シート抵抗は、ゲート電極13に電圧を印加しない状態(
図1)で340kΩ/□、電圧が−50Vの状態(
図2(a))で1kΩ/□、電圧が+80Vの状態(
図2(b))で100kΩ/□となり、ゲート電圧を変えることによりシート抵抗を変化させ、磁性トランジスタ100をオン/オフできることがわかった。ここではゲート電極13に印加する電圧を−50Vと+80Vとしたが、後述のように、−3Vと+3Vとした場合も、シート抵抗を変化させて、磁性トランジスタ100をオン/オフできることが確認されている。
【0042】
X線回折
図4は、磁性トランジスタ100の活性層2のX線回折図形であり、(a)はゲート電圧印加前および正のゲート電圧(+80V)印加後(
図1および
図2(b)の状態)におけるX線回折図形、(b)は負のゲート電圧(−50V)印加後(
図2(a)の状態)におけるX線回折図形である。横軸は散乱ベクトル、縦軸は強度(任意スケール)を表す。また、「BM」はブラウンミラライト型SrCoO
2.5、「P」はペロブスカイト型SrCoO
3、数字は回折指数を表す。
【0043】
図4に示すように、(a)ゲート電圧印加前および正のゲート電圧(+80V)印加後においては、「BM」で表示したブラウンミラライト型構造に起因するピークが見られ、活性層2がブラウンミラライト型構造のSrCoO
2.5からなることがわかる。また、SrCoO
2.5薄膜は強くc軸に配向したエピタキシャル薄膜であり、ゲート絶縁体3を構成する12CaO・7Al
2O
3薄膜はアモルファスであることがわかる。
【0044】
一方、(b)負のゲート電圧(−50V)印加後においては、「BM」で表示されるピークに代わり「P」で表示したペロブスカイト型構造に起因するピークが見られ、活性層2がペロブスカイト型構造のSrCoO
3に変わっていることがわかる。
【0045】
このように、ゲート電圧を変えることにより、ブラウンミラライト型SrCoO
2.5と、ペロブスカイト型SrCoO
3との間で、活性層2の構造が変化していることがわかる。
【0046】
磁化特性
図5は、磁性トランジスタ100の磁化特性の温度依存性を示す。
図5において、横軸は温度、縦軸なCo1原子当たりの磁化を示す。
図5中、(a)はゲート電圧印加前(
図1の状態)、(b)は−50Vのゲート電圧印加後(
図2(a)の状態)を示す。磁気特性の測定は、磁気特性測定装置MPMS(カンタム・デザイン社製)を用いて、20Oeの磁場を印可して、10〜350Kの温度範囲で行った。
【0047】
図5から分かるように、(a)ゲート電圧印加前は、磁化のシグナルは見られないのに対し、(b)−50Vのゲート電圧印加後は、大きな磁化を有し、強磁性体になっていることがわかる。この結果から、負のゲート電圧印加により、活性層2が、反強磁性絶縁体のSrCoO
2.5から強磁性金属のSrCoO
3に変化していることがわかる。
【0048】
熱電能
ゲート電極13に−50Vのゲート電圧を印加した場合(
図2(a)の場合)、活性層2が金属になっているかどうかを調べるために、室温における熱電能を計測した。熱電能の計測は、ソース電極11とドレイン電極12の間に5〜10Kの温度差を付与し、この状態で電極間に発生する熱起電力を計測して行った。そして付与した温度差と発生した熱起電力の関係から熱電能を算出した。
【0049】
この結果、ゲート電圧印加前(
図1の場合)の熱電能が+300μV/Kであったのに対し、−50Vのゲート電圧を印加した場合(
図2(a)の場合)の熱電能は+10μV/Kとなった。これらの熱電能の値は、例えば文献(H. Jeen et al., Nature Materials 12, 1057 (2013))に記載されたSrCoO
2.5およびSrCoO
3の熱電能の値と同程度である。このことから、負のゲート電圧の印加により、絶縁体であるSrCoO
2.5が金属であるSrCoO
3に変化していることがわかる。
【0050】
このように、実施例の磁性トランジスタ100では、ゲート電圧を制御することにより、活性層の結晶構造をブラウンミラライト型SrCoO
2.5構造と、ペロブスカイト
型構造との間で変化させ、活性層を強磁性金属と反強磁性絶縁体との間で切り替えることができ、室温でトランジスタ動作が可能となる。
【0051】
ゲート電圧印加時間に対するゲート電流とシート抵抗の変化
図6、7は、磁性トランジスタ100のゲート電流とシート抵抗の、ゲート電圧印加時間に対する変化を示すグラフであり、
図6は、活性層2の酸化時(SrCoO
2.5→SrCoO
3)、
図7は、活性層2の還元時(SrCoO
3→SrCoO
2.5)を表す。
【0052】
図6では、オフ状態の磁性トランジスタ100のゲート電極に、4種類のゲート電圧Vg(−3V、−2.5V、−2V、−1.5V)を印加した状態で保持してゲート電流Igを測定し、その後、ゲート電圧をオフして活性層2のシート抵抗を測定することで、ゲート電圧印加時間に対する変化を調べた。ゲート電流の計測には、ゲート電極13およびソース電極11を用いた。例えばゲート電圧Vgが−3Vの場合、約2〜3秒の保持時間でシート抵抗は、SrCoO
2.5に起因する2×10
6Ω/□から4×10
2Ω/□まで変化し、磁性トランジスタ100がオフ状態からオン状態に切り替わる。即ち、活性層2のSrCoO
2.5が酸化されてSrCoO
3に変化する。オフ状態からオン状態への切り換え時間は、ゲート電圧Vgが−2.5Vの場合は15秒、
−2.0Vの場合は30秒と、印加電圧が小さくなるほど長くなる。また、活性層2のシート抵抗の減少に伴いゲート電流Igも増加する。
【0053】
一方、
図7では、オン状態の磁性トランジスタ100のゲート電極に、4種類のゲート電圧Vg(+3V、+2.5V、+2V、+1.5V)を印加した状態で保持してゲート電流Igを測定し、その後、ゲート電圧をオフして活性層2のシート抵抗を測定することで、ゲート電圧印加時間に対する変化を調べた。例えばゲート電圧Vgが+3Vの場合、約2〜3秒の保持時間でシート抵抗は4×10
2Ω/□から2×10
6Ω/□まで変化し、磁性トランジスタ100がオン状態からオフ状態に切り替わる。即ち、活性層2のSrCoO
3が還元されてSrCoO
2.5になる。オン状態からオフ状態への切り換え時間は、ゲート電圧Vgが小さくなるほど長くなる。また、活性層2のシート抵抗の増加に伴いゲート電流Igも減少する。
【0054】
このように、本発明の実施の形態にかかる磁性トランジスタでは、ゲート電圧Vgを、比較的に低電圧である−3Vと+3Vとすることによっても、約2〜3秒の保持時間で磁性トランジスタ100を可逆的にオン/オフできることがわかる。
【0055】
電子密度とシート抵抗
図8は、磁性トランジスタ100に様々なゲート電圧Vgを印加した場合の、活性層2の電子密度とシート抵抗との関係を示す。
図8の左図は、オフ状態の磁性トランジスタ100のゲート電極に、4種類のゲート電圧Vg(−3V、−2.5V、−2V、−1.5V)を印加し、活性層2のSrCoO
2.5を酸化してSrCoO
3にした場合のグラフであり、
図8の右図は、オン状態の磁性トランジスタ100のゲート電極に、4種類のゲート電圧Vg(+3V、+2.5V、+2V、+1.5V)を印加し、活性層2のSrCoO
3を還元してSrCoO
2.5にした場合のグラフである。
【0056】
例えば、
図8の左図の場合、ゲート電圧Vgを印加すると、ゲート絶縁膜3の中の空孔に含まれる水が、プロトン(H
+)と水酸化物イオン(OH
−)に電気分解する。この水酸化物イオンにより活性層2のSrCoO
2.5が酸化されてSrCoO
3になり、活性層2のシート抵抗が低くなる。
図8の左図に示すように、様々なゲート電圧Vgを印加した場合の電子密度とシート抵抗の関係は、ほぼ同一直線状に変化しており、金属化に要する電子密度は7×10
16cm
−2である。SrCoO
2.5からSrCoO
3への酸化反応に要する理想的な電子密度は7×10
16cm
−2であり、電気分解で発生した電気量(活性層に移動した水酸化物イオンの量)と一致することから、本磁性トランジスタ100の酸化反応において、ファラデーの電気分解の法則が成り立つことがわかる。
【0057】
図8の右図の場合も同様に、様々なゲート電圧Vgを印加した場合の電子密度とシート抵抗はほぼ同一直線状に変化しており、絶縁体化に要する電子密度は7×10
16cm
−2である。SrCoO
3からSrCoO
2.5への還元反応に要する理想的な電子密度は7×10
16cm
−2であり、電気分解で発生した電気量(活性層に移動したプロトンの量)と一致することから、ここでもファラデーの電気分解の法則が成り立つことがわかる。
【0058】
このように、磁性トランジスタ100では、活性層2で起きる酸化還元反応が、ファラデーの電気分解の法則に従うことが確認された。
【0059】
(比較例)
比較例に用いたサンプルでは、実施例と同様に、(100)SrTiO
3単結晶基板(信光社製、サイズ10×10×0.5mm)を準備し、その上に、パルスレーザー堆積法によりSrCoO
2.5エピタキシャル薄膜(膜厚40nm)を作製した。次に、酸素ガスを流した状態で加熱した。
【0060】
かかるサンプルについて、SrCoO
2.5エピタキシャル薄膜のX線回折測定と磁気特性測定を行った。X線回折測定と磁気特性測定の方法は、実施例と同様とした。
【0061】
測定の結果、酸素ガスを流した状態での加熱温度が300℃以上の場合は、エピタキシャル薄膜のSrCoO
2.5がSrCoO
3になり、雰囲気酸素圧力によるSrCoO
xの酸素不定比性xの制御が可能であることがわかった。一方で、300℃より低い加熱温度、特に室温近傍の温度では、エピタキシャル薄膜のSrCoO
2.5はSrCoO
3にならず、酸素不定比性が制御できなかった。
【0062】
即ち、SrCoO
xの酸素不定比性の制御は300℃以上の高温でしかできず、室温近傍では雰囲気酸素圧力の制御だけでは、エピタキシャル薄膜の結晶構造の変化を起こさせることができないことがわかった。つまり、比較例のサンプルでは、室温近傍では活性層を強磁性金属と反強磁性絶縁体との間で切り替えることができず、室温でのトランジスタ動作は不可能である。