(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
漬込みに用いる塩類が、クエン酸塩、炭酸塩、炭酸水素塩、アスコルビン酸、エリソルビン酸塩、乳酸塩、コハク酸塩、酢酸塩、リンゴ酸塩、フマル酸塩、グルコン酸塩、重合リン酸塩、塩酸塩のいずれか又はそれらの組合せである請求項3又は4の方法。
【背景技術】
【0002】
水産物の多くは、鮮度を保持するために冷凍で流通している。生の水産物は瑞々しく、繊維感と弾力を具えた独特の食感が魅力となる食品である。しかしながら、冷凍解凍処理や加熱処理をするとドリップが生じやすく、パサパサした食感になる。それに伴い歩留まりも低下する。これを解決するために、古くから水産物に漬込み処理を施す技術が工夫されてきた。
水分を保持するための方法は主に食塩による方法とアルカリによる方法があるが、食塩は塩辛くなるため、使用量が限定されるため、水産物の漬け込みには主にアルカリ性の漬け込み液に漬ける方法がとられてきた。エビの漬け込みの場合は、アルカリにはエビの色を赤く発色させる効果もあることから、外観の点からも好まれた経緯もあった。
しかしながら、アルカリ漬込みの欠点は、水産物に不自然な透明感を生じさせ、加熱すれば本来不透明になる肉質が透明なままという違和感の原因となる。また食感も繊維感というよりもゼリーのような食感となる傾向があった。
【0003】
特許文献1には、「生エビ又は解凍エビを、エビ類用表面色改良液に30分間〜24時間接触させる工程(A)を含み、該エビ類用表面改良液が、炭酸カリウム、酸化カルシウム、クエン酸3カリウム、クエン酸3ナトリウム、塩、グルタミン酸ナトリウム及び水を含有し、エビ類用表面色改良液中のグルタミン酸ナトリウムの含有割合が0.01〜2.0質量%であり、且つpHが11.0〜13.0であることを特徴とする食感、味及び表面色を改良したエビ類の製造方法」が記載されている。
特許文献2には、「次の要件を満たすことを特徴とする水産物用処理剤:
(1)グルコン酸ナトリウム及び/又はグルコン酸カリウムを含む。
(2)さらに塩化ナトリウム、クエン酸三ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、リン酸三ナトリウム、グルタミン酸ナトリウム、炭酸カリウム、クエン酸三カリウム及びリン酸三カリウムから選ばれる1種又は2種以上を含む。
(3)ナトリウム:カリウムの配合割合が、イオン重量比で1:0〜1:1.4である。
(4)該水産物用処理剤1%水溶液のpHが9.0以上10.5未満の範囲である」が記載されている。
特許文献3には、「生エビ又は解凍エビを、pH10.25〜10.96のアルカリ溶液に接触させる工程(A)を含み、該アルカリ溶液が、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム及び炭酸カリウムからなる群より選択される少なくとも1種と、クエン酸3ナトリウムと、乳酸カルシウム、塩化カルシウム及び塩化マグネシウムからなる群より選択される1種又は2種以上の2価のアルカリ土類金属塩と、水とを含み、且つアルカリ溶液に接触させる時間が10〜24時間であることを特徴とする食感及び透明感を改良したエビ類の製造方法。
これら先行技術文献の実施例を見ると、いずれの方法もpH及び/又は食塩濃度が高く、水産物の味や食感への影響を避けることができない。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、水産物の漬込み方法に関する。
本発明の対象となる水産物とは、魚類、甲殻類、軟体動物のうち、食用にされるものであれば特に限定しない。具体的には、甲殻類としてはエビ類、軟体動物としてはイカ類、タコ類、貝類の貝柱が挙げられる。
本発明の対象となるエビ類とは、節足動物門・甲殻亜門・軟甲綱・十脚目(エビ目)に属する生物のうち、食用にされるものである。具体的には、テッポウエビ、クルマエビ、ウシエビ(ブラックタイガー)、バナメイ、シバエビ、サルエビ、ウチワエビ、サラサエビ、カクレエビ類、オトヒメエビ、イセエビ、セミエビ、ロブスター、サクラエビ、シラエビ、ホッコクアカエビ(アマエビ)、アカザエビ、イソスジエビ、ホッカイエビ、コシマガリモエビ、アシナガモエビ、テナガエビ類、スジエビ、ヌマエビ類、ザリガニ、アメリカザリガニなどが例示される。
エビは、生でも冷凍解凍したものでもよい。
本発明の対象となるイカ類とは、軟体動物門・頭足網・鞘形亜門・十腕形上目に属する生物のうち、食用にされるものである。具体的には、スルメイカ、ヤリイカ、ケンサキイカ(ダルマイカ)、アカイカ(ムラサキイカ)、アオリイカ、ソデイカ、コウイカ、モンゴウイカ、シリヤケイカ、ミミイカ、コブシメ、ジンドウイカ、ホタルイカ、アメリカオオアカイカなどが例示される。イカは、生でも冷凍解凍したものでもよい。
本発明の対象となるタコ類とは、軟体動物門・頭足網・鞘形亜門・八腕形上目(タコ目)に属する生物のうち、食用にされるものである。具体的には、マダコ、ミズタコ、イイダコ、コツブイイダコ、シマダコ(ワモンダコ)、ヤナギダコ、テナガダコ、チヒロダコなどが例示される。タコは、生でも冷凍解凍したものでもよい。
本発明の対象となる貝類の貝柱とは、軟体動物門・二枚貝網・イタヤガイ目またはイガイ目に属する生物の貝柱のうち、食用にされるものである。具体的には、イタヤガイ目に属する生物としてはホタテガイ、ヒオウギガイ、イタヤガイなどが例示され、イガイ目に属する生物としてはタイラギ、ムラサキイガイなどが例示される。貝類の貝柱は、生でも冷凍解凍したものでもよい。
【0011】
イオン強度とは、下記の数式で表されるように、溶液中の全てのイオン種について、それぞれのイオンのモル濃度と電荷の二乗の積を加え合わせ、それを1/2にしたものである。
【0013】
漬込み液の水溶液のイオン強度はこの式にしたがって、計算することができる。しかしながら、漬込み液の水溶液イオン強度を決定しても、水産物に対する漬込み液の量が変われば、その効果も変化してしまう。
【0014】
本発明における「全体イオン強度」、「全体食塩濃度」、「全体クエン酸3ナトリウム濃度」とは、漬込み液のイオン強度や塩類の濃度ではなく、水産物の重量も水の重量とみなし、それぞれ水産物の重量と漬け込み液の水の重量の合計におけるイオン強度、塩類濃度、クエン三3ナトリウム濃度を意味する。
本発明者は、漬け込み液につけられた水産物の内部まで塩類が浸透し、一定になった段階のイオン強度が重要であることを見出し、水産物の重量を水の量とみなし、「水溶液イオン強度×水溶液量)/(水溶液量+エビ重量)」を全体イオン強度と定義した。
同様に、食塩等塩類の濃度も、「水溶液中濃度×水溶液量)/(水溶液量+水産物重量)」を全体濃度と定義した。
このように全体イオン濃度、全体濃度を規定することにより、漬込み液量と水産物の量によって、効果に違いが生じることがなく、設計通りに漬込まれた水産物を生産することが可能になる。
殻付きのエビを用いる場合、殻の存在により、漬込み液の浸透がやや悪くなるが、殻の重量は軽く、大きな影響はないので、むきエビの場合も殻付きエビの場合もエビの重量を水の重量とみなして計算することができる。
【0015】
本発明の漬込み用の配合を決定するにあたり、必要な条件は、以下のa)〜c)を満たすことである。
a)処理時の全体イオン強度が0.2〜0.8mol/kgであり、
b)全体食塩濃度が1.5重量%未満であり、
c)漬込み後の水産物のpHが6.5〜8.6である。
【0016】
本発明の漬込み時の全体イオン強度は0.2〜0.8mol/kgであるが、好ましくは、0.3〜0.7mol/kg、さらに好ましくは、0.4〜0.7mol/kgである。全体食塩濃度は1.5重量%未満であり、好ましくは、1.2重量%以下、さらに好ましくは1.0重量%以下、0.8重量%以下、0.75重量%以下である。食塩濃度に下限はなく、ゼロでも良いが、食塩の味はエビの旨味を増強する効果もあるので、全体濃度として、少なくとも0.01重量%、0.02重量%、0.03重量%、0.05重量%以上含有させることが好ましい。その他の味付けの関係で食塩味が強くてもいい場合はこの限りではない。漬込み後の水産物のpHが6.5〜8.6となるように漬け込む。好ましくはpH6.6〜8.3、さらに好ましくはpH7.0〜8.2、pH7.0〜8.1、pH7.0〜8.0となるように漬け込む。漬込み後の水産物のpHは漬け込み液との相関性が高いので、漬け込み液のpHを調整することにより、水産物のpHも容易に調整することができる。漬込み液のpHは7.0〜9.5であり、好ましくは7.0〜9.3、7.0〜9.0、さらに好ましくは7.0以上9.0未満、7.0〜8.8、7.0〜8.5である。
漬込み後の水産物のpHは、漬込み後の水産物をミンチにして10倍量の水を加え、よく撹拌した後の液のpHである。
【0017】
全体イオン強度を0.2〜0.8mol/kgの範囲にすることにより、水産物の保水力が高まり、歩留まりを高く、ドリップを低下させることができる。従来、漬け込み液の食塩やアルカリ塩濃度は、水溶液の重量%、モル濃度などで規定されていたが、実施例1(
図1及び
図2)に示すように、ドリップを低下させる効果は、イオン強度に強く相関することを見出した。塩類の分子量や性質などが変化してもイオン強度として計算することにより、複数の塩類を混合することが容易になり、望ましい漬込み液の配合を決定することができる。
また、水溶液のイオン強度ではなく、水産物重量も含めた全体イオン強度を採用することにより、漬け込み液量と水産物の量の比率の変化による影響も加味した設計とすることができる。
【0018】
さらに全体イオン強度が重要であることを明らかにしたことにより、強すぎる塩味やアルカリが強すぎることによる食感への影響を低下するために、どのような成分を選択すべきかが明らかになった。イオン強度はモル濃度に電荷の二乗を掛け合わせることから、塩類の分子量が小さく、電荷が大きいほど、同じ濃度であってもイオン強度が大きくなる。
例えば、1価のイオンであるナトリウムイオンと塩素イオンからなる食塩と1価のイオンであるナトリウムが3個と3価のイオンであるクエン酸イオンからなるクエン酸3ナトリウムでは、同じモル濃度でもイオン強度は6倍の違いがある。分子量を加味すると、塩化ナトリウムの分子量58.44g/mol、クエン酸3ナトリウムの分子量258.06g/molと約4.4倍の差があるので、塩化ナトリウムとクエン酸3ナトリウムを同じイオン強度で用いる場合、重量%濃度では、塩化ナトリウムは1.4倍使用しなければならない。
【0019】
低濃度でイオン強度を高めるためには、分子量が小さく、電荷の高いイオンを含む塩類が好ましいことになる。食品に用いられる塩類のうちでは、クエン酸3ナトリウム等が適していることがわかる。実施例3に示したように、クエン酸3ナトリウムを少なくとも全体濃度1重量%以上となるように用いて、イオン強度を調節すれば、塩味に影響がない範囲で好ましいイオン強度に調製することができる。
食塩、クエン酸3ナトリウム以外にも、食用に用いることができる有機酸塩及び/又は無機酸塩、具体的には、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩のいずれか又はそれらの組合せ、あるいは、クエン酸塩、炭酸塩、炭酸水素塩、アスコルビン酸、エリソルビン酸塩、乳酸塩、コハク酸塩、酢酸塩、リンゴ酸塩、フマル酸塩、グルコン酸塩、重合リン酸塩、塩酸塩のいずれか又はそれらの組合せで等を用いることができる。
具体的には、塩化ナトリウム、クエン酸3ナトリウム、塩化カリウム、クエン酸3カリウム、クエン酸カルシウム、乳酸ナトリウム、コハク酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リンゴ酸ナトリウム、フマル酸ナトリウム、グルコン酸ナトリウム、グルコン酸カリウム、グルコン酸カルシウム、乳酸カルシウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、エリソルビン酸ナトリウム、重合リン酸塩などが例示される。
【0020】
本発明の好ましい漬込み方法の態様としては、以下のような態様が例示される。
全体濃度として、クエン酸3ナトリウムを1〜4重量%、食塩を添加しないか、1重量%以下添加して、全体イオン強度を0.2〜0.8mol/kgに調節する態様、あるいは、さらに、その他の塩として、塩化カリウム、クエン酸三カリウム、クエン酸カルシウム、乳酸ナトリウム、コハク酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リンゴ酸ナトリウム、フマル酸ナトリウム、グルコン酸ナトリウム、グルコン酸カリウム、グルコン酸カルシウム、乳酸カルシウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、エリソルビン酸ナトリウム、重合リン酸ナトリウムなどから選ばれる1種又は複数の塩を加えて、全体イオン強度を0.2〜0.8mol/kgに調節する態様などである。
【0021】
本発明の漬込みは、水産物の品質に影響しない温度、通常0〜20℃で、1〜48時間、好ましくは、3〜36時間、4〜24時間、さらに好ましくは5〜24時間、5〜18時間漬け込むのが適当である。水産物のサイズによるが、1時間でかなりの程度均質に漬け込むことができる。3時間であれば十分である。漬込み時間の上限は特にないが、水産物の品質に影響を与えないために不必要に長くつける必要はなく、その他の作業との関係で適当な時間を設定する。漬け込む漬け込み液の濃度がエビの中心まで浸透し、均一の濃度になる程度漬け込むことにより、味や食感にムラがなくなるので好ましい。
本発明の漬込みは、漬け込み用の配合を溶解した漬け込み液に水産物を漬ける方法で行っても、漬込み用の配合の粉末を水産物にまぶしてから、水分を加えて漬け込む方法、さらに水を加えず、粉末のみをまぶす方法で行ってもよい。
粉末でまぶす場合は、水産物に対して、塩類を粉末でまぶした後に、水を加えてa)〜c)を満たす条件にして、漬け込むことができる。具体的には、塩類の粉末をまぶした後、0.5〜2時間保持してから、水を加え、通常0〜20℃で、合計1〜48時間、好ましくは、3〜36時間、4〜24時間、さらに好ましくは5〜24時間、5〜18時間漬けこむことができる。粉末でまぶすことにより、水や塩類の使用量を大幅に少なくすることができ、旨味が漬込み液に流出するのも抑制することができる。粉末でまぶす場合は、水産物に対して塩類を粉末でまぶした後に、水を加え、a)〜c)を満たす条件と合わせて、さらに、d)を満たす条件にしてもよい。水を加えた後の漬け込みの効果は、漬け込み液に場合と同様に考えることができる。
粉末のみをまぶす場合、水産物に含まれる水分のみで漬け込むことになる。水を添加したほうが歩留まりが良好になるため、水を加えるほうが好ましいが粉末のみでも可能である。
本発明の方法により漬込んだ水産物は、食感が良好となり、喫食に好ましい。
以下に本発明の実施例を記載するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0022】
漬込み剤のイオン強度
エビの歩留まりを保持するために、食塩やアルカリ剤による漬込みが様々な成分を様々に組み合わせで行われている。それらのどの成分をどのように用いるのが最も重要であるのかを探るため、各種成分で漬け込みを行った。
漬込み成分としては、食塩、クエン酸3ナトリウム、塩化カリウム+クエン酸3ナトリウム、アスコルビン酸ナトリウム、塩化マグネシウムを用い、それらの濃度を変化させた漬込み液を調製した。冷凍バナメイエビ(むきエビ)を解凍し、エビの重量に対して、100重量%の漬込み液を用いて、18時間漬け込みを行った。
結果を
図1に示した。漬込み液中の塩類の濃度が上昇するほど、歩留まりが上昇することは共通の結果であるが、これらを配合して用いる場合に、どの成分をどの程度の比率で用いるとよいかという点での指標は得られなかった。
【0023】
図1の横軸を漬け込み液の塩類の重量%濃度ではなく、イオン強度でプロットした図を
図2に示した。
図2の横軸は全体イオン強度で表示している。
「全体イオン強度」は、漬込み液とエビの重量とを加えた全体量におけるイオン強度を意味し、漬込み液のイオン強度を「水溶液イオン強度」とすると、「水溶液イオン強度×水溶液量)/(水溶液量+エビ量)」で表される。したがって、漬込み液が対エビ重量比100%の場合、全体イオン強度は、水溶液イオン強度の1/2になる。
図2に示されるように、全体イオン強度という指標で歩留まりを見ると、塩類の種類によらず、近似した曲線を描いている。したがって、全体イオン強度という指標を用いることにより、塩類の種類にとらわれずに漬け込み液の設計をすることができ、さらに漬込み液とエビの量についても加味された設計とすることができる。
【実施例2】
【0024】
表1−1及び表1−2に示す12通りの配合で漬込み液を調製した。冷凍バナメイエビ(むきエビ)を解凍し、エビの重量に対して、100重量%の漬込み液を用いて、18時間漬け込みを行った。比較例1は漬込み無し、比較例2ではpHの高い漬込み液を用いた。漬け込み後の加熱処理は、100℃の湯で90秒ボイル後、氷水で1分間冷却とした。
表1−1及び表1−2の「水溶液イオン強度」、「全体イオン強度」の定義は実施例1と同じである。
漬込み前の重量に対する漬込み後の重量の比率である漬込み歩留まりと、加熱前の重量に対する加熱後の重量の比率である加熱歩留まりを測定し、加熱後のサンプルを用いて、エビの食感について官能評価を行った。評価方法は、エビの食感について、「エビの繊維を感じる食感(2点)」、「ゼリー様の食感を感じ始める(1点)」、「全体がゼリー様の食感になっている(0点)」という、0点〜2点の評価基準で、0.5点刻みで評価した(n=3)。1点以下は、エビらしくなく、好ましくない食感であると判断した。
【0025】
結果を
図1及び
図2に混合(白丸)としてプロットした。各種の塩類を混合した漬け込み液であっても、全体イオン強度でプロットすることにより、各種塩を単独で用いた場合と近似の値をとることが確認された。これらの結果から、漬け込み液を設計するにあたり、それぞれの塩のイオン強度の合計により判断するのが適当であることが確認された。
図2の結果から、全体イオン強度を少なくとも0.2mol/kg以上、好ましくは0.3mol/kg以上に設定することが必要であることが分かった。特に0.4mol/kg以上に設定すれば、いずれの塩類を用いても安定した歩留まりを得られることが分かった。
また、イオン強度が適当であっても、漬け込み液のpHが10を超えるとエビらしい食感が損なわれることが分かった。
【0026】
【表1-1】
【表1-2】
【実施例3】
【0027】
歩留まりに対する全体イオン強度、水溶液pHの影響
エビらしい食感に影響するpHについて検討するため、表2に示す6通りの配合で漬込み液を調製した。冷凍バナメイエビ(むきエビ)を解凍し、エビの重量に対して、100重量%の漬込み液を用いて、18時間漬け込みを行った。
表1の測定項目の定義は実施例1と同じであり、官能評価は実施例2と同様に加熱後のサンプルについて行った。
【0028】
結果を表2に示した。各種漬け込み液のpHが9.5以上になるとエビらしい食感が損なわれることが確認された。
【0029】
【表2】
【実施例4】
【0030】
塩化ナトリウムの代替としてクエン酸3ナトリウムを用いた場合の塩味
漬け込み液のイオン強度を高めるためには、当然、塩類の濃度を高めることになる。
表3に示す7通りの配合で漬込み液を調製した。冷凍バナメイエビを解凍し、エビの重量に対して、100重量%の漬込み液を用いて、18時間漬け込みを行った。
表3の測定項目の定義は実施例1と同じであり、官能評価は実施例2と同様に加熱後のサンプルについて行った。本実施例では、塩味についても官能評価を行った。評価方法は、エビの食感については実施例1と同じ方法で行い、塩味については、「塩辛い:2.0点」、「強く塩味を感じる:1.5点」、「適度な塩味を感じる:1.0点」、「塩味を感じる:0.5点」、「塩味がしない:0点」という、0点〜2点の評価基準で、0.5点刻みで評価した(n=3)。1.5点以上は、塩味が強すぎ、好ましくないと判断した。
【0031】
結果を表3に示した。いずれも同程度のイオン強度であり、歩留まりも近似しているが、塩味には明確な差があった。イオン強度は、溶液中の全てのイオン種について、それぞれのイオンのモル濃度と電荷の二乗の積を加え合わせ、それを1/2にしたものである。したがって、1価のイオンであるナトリウムイオンと塩素イオンからなる食塩と1価のイオンであるナトリウムが3個と3価のイオンであるクエン酸イオンからなるクエン酸3ナトリウムでは、同じモル濃度ではイオン強度は6倍の違いがある。分子量を加味すると、塩化ナトリウムの分子量58.44g/mol、クエン酸3ナトリウムの分子量258.06g/molと約4.4倍の差があるので、塩化ナトリウムとクエン酸3ナトリウムを同じイオン強度で用いる場合、重量%濃度では、塩化ナトリウムは1.4倍使用しなければならない。
低濃度でイオン強度を高めるためには、分子量が小さく、電荷の高いイオンを含む塩類が好ましいことになる。食品に用いられる塩類のうちでは、クエン酸3ナトリウムが適していることがわかる。
表3に示すように、食塩濃度を3.0重量%未満(全体食塩濃度は1.5重量%未満)とし、クエン酸3ナトリウムを2重量%以上(クエン酸3ナトリウムの全体濃度では1重量%以上)用いて、イオン強度を調節すれば、塩味に影響がない範囲で好ましいイオン強度に調製することができる。
【0032】
【表3】
【実施例5】
【0033】
粉まぶしによる漬込み
水溶液中のイオン濃度よりも、エビの重量を含めた全体イオン強度が重要であることを確認するため、水分量を減らすため、水溶液ではなく、エビに粉末の塩類をまぶすことによる漬込み方法を試みた。
漬込み成分としては、食塩、塩化カリウム+クエン酸3ナトリウムを用い、それらを粉末として用いた。冷凍バナメイエビを解凍し、エビに対して、まぶす粉末の量を変えて、混合し、1時間後にエビの重量に対して20重量%の水を加え、18時間漬け込みを行った。
粉まぶしの場合の全体イオン強度は、エビの重量を水とみなし、エビの重量と添加した水の量の合計に対して、添加した粉末のイオン強度を計算した。
【0034】
結果を
図3に示す。水分量を少なくした、粉まぶしによる漬込みであっても、全体イオン強度を少なくとも0.2mol/kg以上、好ましくは0.3mol/kg以上、特に0.4mol/kg以上に設定すれば、安定した歩留まりを得られることが分かった。この結果から、水溶液のイオン強度ではなく、エビの重量を含めた全体イオン強度を用いることが妥当であることが確認された。
【実施例6】
【0035】
エビの評価
実施例2の表1−1の配合のうち、配合2と比較例2の漬け込み液につけて加熱したエビについて、官能検査を行った。専門パネル10名により、味・風味、食感、外観について官能評価を行った。評価項目は、
図4〜
図6に記載の項目について、独立評価とした。それぞれの評価項目について、「−3:とても弱い、−2:弱い、−1:やや弱い、0:同じ、+1:やや強い、+2:強い、+3:とても強い」の7段階の評価基準とした。
結果を
図4〜
図6に示した。(「水っぽい味」、「ゼリー様の食感」は正負逆にプロってしている。)いずれの項目についても本発明品のほうが好ましいと判断された。
また、
図7に、表1−1の比較例1のエビと配合2と比較例2の漬け込み液につけたエビの加熱後の写真を示した。本発明の漬込み液に漬けたエビは、漬込みを行わないエビ(比較例1)のように身が縮むことがなく、また、従来のアルカリ性漬け込み液に漬けたエビ(比較例2)のようなゼリー様の透明感がなく、好ましい外観を保持していることがわかる。
さらに、配合2と比較例2の漬け込み液に漬けたエビの横断面の筋繊維組織切片を光学顕微鏡にて観察した(×40倍)。写真を
図8に示した。従来のアルカリ性の漬け込み液と比較して、実施例の漬込み液では、筋繊維に対する影響が小さいことがわかる。
【実施例7】
【0036】
漬け込み液のpHと漬け込み後のエビのpH
漬け込み液のpHと漬け込み後のエビの肉のpHとの関係を確認するため、表4に示した20通りの組成の漬け込み液を調製し、冷凍バナメイエビを解凍し、漬込み液を用いて、20時間漬け込みを行った。表4では、塩類の濃度を全体濃度で表示している。漬込み液とエビの重量比は1:1で行った。
漬込み前の漬け込み液のpH、漬込み後のエビ肉のpHを測定した。エビ肉のpHは、エビ腹節部分筋肉をミンチにして、10倍量の水を加え、よく撹拌し、その液のpHをエビ肉のpHとした。漬込み前のエビ肉のpHは7.0であった。
【0037】
結果を、表4及び
図9に示した。
図9に示したように、漬込み液のpHとエビ肉のpHは非常によく相関する。pH7.0〜9.5の漬込み液で漬込みした場合、漬込み後のエビの肉のpHは7.0〜8.6、pH7.0〜9.0の漬込み液で漬込みした場合、漬込み後のエビ肉のpHは7.0〜8.3程度となることが分かった。
【0038】
【表4】
【0039】
イカにおける漬込みの効果
イカにおける漬込みの効果を確認するため、表5に示した配合で漬込み液を調整した。冷凍イカ(スルメイカ)を解凍後、5〜10gにカットし、イカの重量に対して、100重量%の漬込み液を用いて、18時間漬込みを行った。漬込み後の加熱処理は、100℃の湯で2分間ボイル後、氷水で1分間冷却とした。
表5の測定項目の定義は実施例1と同じであり、官能評価は実施例2と同様に加熱後のサンプルについて行った。評価方法は、イカの食感について、「イカの弾力を感じる食感(2点)」、「ゼリー様の食感を感じ始める(1点)」、「全体がゼリー様の食感になっている(0点)」という、0点〜2点の評価基準で、0.5点刻みで評価した(n=3)。1点以下は、イカらしくなく、好ましくない食感であると判断した。
【0040】
結果を表5に示した。イカにおいても全体イオン強度を0.2〜0.8mol/kg、全体食塩濃度1.5重量%未満、漬込み後のイカのpH6.5〜8.6を満たすことで、イカらしい食感を保持した上で、漬込み後の歩留まりが高いことが分かった。
【0041】
【表5】
【0042】
タコにおける漬込みの効果
タコにおける漬込みの効果を確認するため、表6に示した配合で漬込み液を調整した。冷凍タコ(イイダコ)を解凍後、5〜10gにカットし、タコの重量に対して、100重量%の漬込み液を用いて、18時間漬込みを行った。漬込み後の加熱処理は、100℃の湯で5分間ボイル後、氷水で1分間冷却とした。
表6の測定項目の定義は実施例1と同じであり、官能評価は実施例2と同様に加熱後のサンプルについて行った。評価方法は、タコの食感について、「タコの弾力を感じる食感(2点)」、「ゼリー様の食感を感じ始める(1点)」、「全体がゼリー様の食感になっている(0点)」という、0点〜2点の評価基準で、0.5点刻みで評価した(n=3)。1点以下は、タコらしくなく、好ましくない食感であると判断した。
【0043】
結果を表6に示した。タコにおいても全体イオン強度を0.2〜0.8mol/kg、全体食塩濃度1.5重量%未満、漬込み後のイカのpH6.5〜8.6を満たすことで、タコらしい食感を保持した上で、漬込み後の歩留まりが高いことが分かった。
【0044】
【表6】
【0045】
ホタテにおける漬込みの効果
ホタテにおける漬込みの効果を確認するため、表7に示した配合で漬込み液を調整した。冷凍ホタテ貝柱(稚内産ホタテ貝柱)を解凍し、ホタテの重量に対して、100重量%の漬込み液を用いて、18時間漬込みを行った。漬込み後の加熱処理は、270℃のオーブンで5分30秒焼成とした。
表7の測定項目の定義は実施例1と同じであり、官能評価は実施例2と同様に加熱後のサンプルについて行った。評価方法は、ホタテの食感について、「ホタテの弾力を感じる食感(2点)」、「ゼリー様の食感を感じ始める(1点)」、「全体がゼリー様の食感になっている(0点)」という、0点〜2点の評価基準で、0.5点刻みで評価した(n=3)。1点以下は、ホタテらしくなく、好ましくない食感であると判断した。
【0046】
結果を表7に示した。ホタテにおいても全体イオン強度を0.2〜0.8mol/kg、全体食塩濃度1.5重量%未満、漬込み後のホタテのpH6.5〜8.6を満たすことで、ホタテらしい食感を保持した上で、漬込み後の歩留まりが高いことが分かった。
【0047】
【表7】
【解決手段】以下a)〜c)を満たす条件で行うことを特徴とする水産物の漬込み方法、a)処理時の全体イオン強度が0.2〜0.8mol/kgであり、b)全体食塩濃度が1.5重量%未満であり、c)漬込み後のエビ肉のpHが6.5〜8.6であるである。但し、前記全体イオン強度、及び全体食塩濃度は、水産物の重量を水の重量とみなし、水産物の重量と漬け込み液の水の重量の合計に対するイオン強度、食塩濃度を意味する。