【実施例】
【0032】
[実施例1]
市販のTiC
x(x=0.5〜0.9、平均粒径:1.0μm)、Ti粉末(粒径:<45μm)、Mo粉末(平均粒径:4.2μm)、TaC
y(y=1、平均粒径:1.0μm)を各々所定割合で配合し、らい潰機またはヘンシェル混合機にて1時間〜2時間混合し、得られた混合粉末を1000kgf/cm
2〜2000kgf/cm
2にてプレス成型した。これを1250℃〜1500℃にて真空または減圧下における窒素またはアルゴンの不活性ガス雰囲気中で2時間焼結した。このような製造方法において、TiC
x、Ti、Mo及びTaC
yの配合比や、温度を変えることにより、バインダー相(結合相)及び硬質相の比率、バインダー相内のMo存在量、バインダー相の大きさ、第三相の割合について、各々異なる複数の試料を製造した。
【0033】
表1に各試料の製造条件を示す。
【0034】
【表1】
【0035】
得られた試料について下記項目の評価を行った。
[摩耗量]
各試料を外径65mmのスリーブに成形加工し、異物濃度が300mg/Lの水中において、軸受面圧0.12MPaを付与して、摺動面のすべり速度を5.0m/secとして8時間回転させた後、摩耗試験によって測定した。異物は、平均粒径5μmのケイ砂(主成分:SiO
2)と平均粒径30μmのケイ砂が1:1の割合で混合したものを用いた。摩耗量は触針式表面形状測定器で計測した。
【0036】
摩耗試験の結果、摩耗深さ進行速度が2μm/h以下である場合を「○」、2μm/hを越える場合を「×」とした。
[抗折強度]
JIS H5501超硬工具規格(CIS026B)に準拠し、各試料について規定の寸法(25×8×4mm)の試験片を用意し、3点曲げ試験により測定を行った。
【0037】
抗折強度が0.5GPa以上である場合に「○」、0.5GPa未満である場合は「×」とした。抗折強度が0.5GPa未満の場合は、破壊されやすくなるので好ましくない。
[破壊靱性]
IF(Indentation Fracture)法(圧子圧入法)により、試料(10mm×10mm×5mm)に圧子を押し込んだ時に生ずるクラックの大きさと圧痕(ビッカース痕)の大きさから求めた。尚、評価式はEvanzsの式による。
【0038】
破壊靱性値が9MPa・m
0.5以上である場合に「○」、9MPa・m
0.5未満である場合は「×」とした。破壊靱性値が9MPa・m
0.5未満の場合には、破壊されやすくなるので好ましくない。
[耐蝕性]
定電位分極試験の電流密度から評価した。定電位分極試験は、25℃の人工海水中で、対極に白金、参照電極に銀−塩化銀電極を用いて、+0.441V
VS SSEで72時間定電位分極をした。
【0039】
電流密度が1.0×10
−3mA/cm
2以下である場合に「○」、1.0×10
−3mA/cm
2を越える場合は「×」とした。電流密度が1.0×10
−3mA/cm
2を越えると、腐食による材料の損傷が激しくなる。
[硬度]
ビッカース圧痕法において、荷重30kgfをかけて測定した。
[Ti−Mo相面積]
各試料を試験片に切り出し、観察倍率400倍の走査型電子顕微鏡(以下「SEM」と略す。)の反射電子像を観察してSEM画像を撮影し、視野(SEM観察画像のピクセル数を換算した数値として317μm×220μm)の画像解析を行った。
図4は試料番号E1のSEM画像であり、
図5は
図4のSEM画像の左側半分の領域を画像解析のために二値化処理した画像である。
図4の微細な黒色の点は残留ポアである。
図5の画像解析用SEM画像中、白色に表示される領域が金属相又は合金相であり、黒色に表示される領域が非金属である炭化物相、窒化物相、炭窒化物相などである。白色に表示される各領域の面積を求め、この面積を円の面積と仮定して直径を算出し、直径10μm以上50μm以下に相当する領域(
図5の白色に網掛けをした灰色の領域)総面積と、直径10μm未満に相当する領域(
図5の白色の領域)の総面積と、直径50μm超に相当する領域の総面積と、を求め、白色に表示される領域の総面積に対する各領域の総面積の比率を算出した。観察視野を5箇所選択し、その平均値を面積率とした。
[Ti−Mo相中Mo濃度]
SEM観察の後、試験片観察視野中の白色領域を任意に選択し、エネルギー分散型X線分光法(以下「EDX」と略す。)による点分析を行って、Mo濃度を分析した。分析ポイントを10箇所選択し、その平均値をMo濃度値とした。
[第三相面積]
図5において第三相は確認できない。SEMの反射電子像では、各相の密度差による色度及び明度の差が観察できるため、Ti−Mo相及びTiC相ではない相を確認することができ、画像解析によって面積比を求めることができる。 評価結果を下記表2に示す。なお、TiCxとTi粉末及びMo粉末との混合及び焼結によりTiがTiCx相に拡散するため、TiCx相中のCの相対量が減少するため、xの範囲は0.5乃至0.9を維持できず、0.5乃至0.7となる。
【0040】
【表2】
【0041】
表2に示すように、第三相の面積比率が15%である試料番号C1は抗折強度の評価において不合格となり、第三相の面積比率が10%以下である試料番号E1乃至E7は摩耗量、抗折強度、破壊靭性及び耐蝕性の全項目の評価において合格であった。すなわち、要件(1)「バインダー相(Ti−Mo相)と硬質相(TiC相)との総面積が視野面積の90%以上であること」を満たさない場合には、所望の摺動材料が得られなかった。
【0042】
また、Ti−Mo相(バインダー相)の面積割合が21%である試料番号C3は摩耗量の評価において不合格となり、Ti−Mo相(バインダー相)の面積割合が15%以上20%以下である試料番号E1乃至E7は摩耗量、抗折強度、破壊靭性及び耐蝕性の全項目の評価において合格であった。すなわち、要件(2)「バインダー相の総面積が当該視野面積の15%以上20%以下であること」を満たさない場合には、所望の摺動材料が得られなかった。
【0043】
さらに、Ti−Mo相の面積を円の面積と仮定して求めた直径が10μm以上50μm以下であるTi−Mo相の総面積が50%である試料番号C6及びC7並びに同総面積が90%である試料番号C8は、破壊靭性又は抗折強度の評価において不合格となり、同総面積が60%以上80%以下である試料番号E1乃至E7は摩耗量、抗折強度、破壊靭性及び耐蝕性の全項目の評価において合格であった。また、試料番号C6はTi−Mo相の面積を円の面積と仮定して求めた直径が50μm超であるTi−Mo相の総面積が50%であり、試料番号C7は同Ti−Mo相の面積を円の面積と仮定して求めた直径が10μm未満であるTi−Mo相の総面積が30%であった。すなわち、要件(3)「バインダー相のうち、面積を円の面積と仮定した場合に算出される直径が10μm以上50μm以
下に相当するバインダー相の総面積が、バインダー相全体の総面積の60%以上80%以下であること」及び要件(4)「バインダー相のうち、面積を円の面積と仮定した場合に算出される直径が10μm未満に相当するバインダー相の総面積が、バインダー相全体の総面積の20%以上40%以下であること」を満たさない場合には、所望の摺動材料が得られなかった。
【0044】
加えて、Ti−Mo相中のMo濃度が24wt%である試料番号C4は破壊靭性の評価において不合格であり、Ti−Mo相中のMo濃度が36wt%である試料番号C5は摩耗量の評価において不合格であり、同Mo濃度が25wt%以上35wt%以下である試料番号E1乃至E7は摩耗量、抗折強度、破壊靭性及び耐蝕性の全項目の評価において合格であった。すなわち、要件(5)「バインダー相中のMo濃度は、25wt%以上35wt%以下であること」を満たさない場合には、所望の摺動材料が得られなかった。
【0045】
以上から、要件(1)乃至(5)のいずれか一つでも充足しない場合には、摩耗量、抗折強度、破壊靭性及び耐蝕性の少なくとも一つにおいて所望の効果が得られず、全ての要件を満足することが必要条件であるといえる。
【0046】
軟質であるバインダー相と硬質相との比率は、破壊靭性と硬度に影響し、硬度と摩耗量には一定の範囲内で相関がある。バインダー相の比率が高くなれば、破壊靭性が上昇し、硬度が低くなり摩耗量が増加する。Ti−Mo相中のMo濃度も、破壊靭性と硬度に影響し、Mo濃度が低すぎると、固溶強化によるTi−Mo相の強化量が少なく、破壊靱性ならびに硬度が下がり、摩耗量が増加する。Mo濃度が高くなると破壊靱性ならびに硬度が上がり摩耗量が減少するが、Mo濃度が高すぎると焼結性が低下し、緻密な組織を得ることが困難になる。
【0047】
破壊靭性又は抗折強度は壊れやすさの指標でもあり、表2に示す結果から、Ti−Mo相が大きいか、もしくは大きさが不均一であると、水中の硬質不純物によるアブレッシブ摩耗量が進行して、クラックが発生しやすくなり、壊れやすくなると考えられる。摺動時にスラリー中の硬質粒子が摺動材料表面に衝突すると、摺動材料表面にクラックが生じるが、その際の破壊エネルギーはTiC
x相に囲まれたTi−Mo相の塑性変形により吸収されるので、TiC
x相に囲まれたTi−Mo相がある程度大きいと、これがスラリー摩耗(硬質粒子を含んだ流体により生じる摩耗)で発生する摺動材料表面のクラックの伝播を妨げる働きをする。したがって、破壊摩耗によるクラックの進展が抑制され、耐摩耗性能が向上すると考えられる。
【0048】
以上、破壊靱性と硬度は相反する効果を奏するが、上記要件(1)乃至(5)をすべて満足する組織を有する摺動材料は、摺動材料自体の硬度が大きいものを選ばなくても、すなわち破壊靱性値が大きい材料であっても、摺動部材としての耐摩耗性を実現できることがわかった。
【0049】
[実施例2]
次に、試料番号E3、E4、E5、E6、C1、C2及びC3の摺動材料から構成される軸受スリーブを立軸斜流ポンプ(
図2及び3)に備え付けて、海水を排水する加速試験を行った。すなわち、過酷な運転環境となるように、スリーブの相手方の摺動部であるすべり軸受には硬いセラミックスを使用し、異物は実際の状況と同じ土砂を含ませ、振動が大きくなる起動停止を繰り返した。スリーブは、実際の設計厚みの半分にし、ポンプ回転数を通常回転の2割増で運転した。
【0050】
各スリーブを取り付けて排水運転の起動停止を同じ回数繰り返して軸受スリーブを観察したところ、試料番号E3、E4、E5、E6の摺動材料から構成される軸受スリーブに
は破損や亀裂は見られず、また摩耗量も問題はなかった。一方、試料番号C1及びC2の摺動材料から構成される軸受スリーブでは亀裂が生じていることが確認された。また、試料番号C3については亀裂が見られなかったが、摩耗量が著しく多かった。
【0051】
したがって、本発明に係る摺動部材を用いたスリーブを組み込んだポンプは、海水や下水のような腐食性をもつ液体を扱う場合、高い揚程と大容量の揚水に対応した回転軸が長く回転数が高速化された場合、また、多量の土砂、砂礫が揚水に混入する場合のいずれの状況であっても、耐蝕性と耐摩耗性が良く、破損に強いことが確認できた。