(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6643418
(24)【登録日】2020年1月8日
(45)【発行日】2020年2月12日
(54)【発明の名称】生体組織からの細胞の分離方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20200130BHJP
C12N 9/50 20060101ALN20200130BHJP
C12N 9/52 20060101ALN20200130BHJP
【FI】
C12N5/071
!C12N9/50
!C12N9/52
【請求項の数】3
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2018-148176(P2018-148176)
(22)【出願日】2018年8月7日
(62)【分割の表示】特願2014-559602(P2014-559602)の分割
【原出願日】2014年1月31日
(65)【公開番号】特開2018-198613(P2018-198613A)
(43)【公開日】2018年12月20日
【審査請求日】2018年9月5日
(31)【優先権主張番号】特願2013-18774(P2013-18774)
(32)【優先日】2013年2月1日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000006091
【氏名又は名称】Meiji Seikaファルマ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【弁護士】
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100119183
【弁理士】
【氏名又は名称】松任谷 優子
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【弁理士】
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 裕
(72)【発明者】
【氏名】後藤 昌史
(72)【発明者】
【氏名】村山 和隆
(72)【発明者】
【氏名】山形 洋平
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 君子
【審査官】
鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2012/124338(WO,A1)
【文献】
特表平11−504225(JP,A)
【文献】
特表平09−508026(JP,A)
【文献】
国際公開第2010/058707(WO,A1)
【文献】
BRANDHORST H., et al.,The Importance of Tryptic-like Activity in Purified Enzyme Blends for Efficient Islet Isolation,Transplantation,2009年,Vol. 87, No. 3,P. 370-375
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/07−5/071
C12N 9/50−9/52
C12N 1/00
MEDLINE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
DWPI(Derwent Innovation)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
肝臓組織からの肝臓細胞の分離方法であって、
一定量の中性プロテアーゼ及び/又はクロストリジウム属(Clostridium. sp)由来のプロテアーゼに、前記肝臓組織中のコラーゲンI及びコラーゲンIIIの存在量を測定することによって決定されたコラーゲンI及びコラーゲンIIIの比率に基づき設定された量のクロストリジウム属(Clostridium. sp)コラゲナーゼH及びコラゲナーゼGを加えてなる分解酵素組成物を用い、
前記分解酵素組成物中の前記コラゲナーゼH及び前記コラゲナーゼGの重量比(H/G)が0.25以下であり、
前記分解酵素組成物10ml中の前記中性プロテアーゼ及び/又はクロストリジウム属(Clostridium. sp)由来のプロテアーゼの量が少なくとも0.3mg、コラゲナーゼHの量が少なくとも3.6mgであることを特徴とする方法。
【請求項2】
前記中性プロテアーゼが、サーモリシン又はクロストリジウム属(Clostridium. sp)中性プロテアーゼである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記分解酵素組成物は、組成物10mlあたり、サーモリシン0.5mg、コラゲナーゼG 14.4mg、コラゲナーゼH 3.6mg(コラーゲナーゼGに対して0.25倍量)を含む、請求項2記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体組織からの細胞の分離方法に関する。より詳しくは、タンパク質分解酵素の使用量を調整することで、高い生物活性を有する細胞を効率的に安定して分離できる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳類、鳥類、爬虫類及び魚類などの多細胞動物の肝臓、膵臓、腎臓、歯周組織、皮膚、軟骨、骨及び神経組織などの各種の臓器及び組織、並びにES細胞組織、誘導性多能性幹細胞(iPS細胞)の素材用線維芽細胞組織に存在する細胞又は細胞集合体(細胞クラスター)の酵素的単離は、細胞移植や細胞株樹立、治療及び診断、検査などの幅広い用途に有用である。例えば、膵臓から単離された膵島を患者に移植することによって糖尿病を治癒させる医療が行われている。膵島移植には、膵臓組織に存在する、膵島とよばれる細胞集合体の分離が必須であるが、この際、膵島に障害を及ぼさずに膵臓組織を分解し、膵島を分離する必要がある。また、肝臓から分離した肝細胞を患者に移植することによって肝不全などの治療が行われている。
【0003】
生体組織を解離させ、生体組織に含まれる細胞又は細胞集合体を遊離させるためには、細胞等を望ましい程度に遊離させ、生体組織のその他の部分から分離させる必要がある。酵素的単離によって、生体組織から細胞等を分離する際には、細胞間マトリクスをコラゲナーゼなどのタンパク質分解酵素で処理する必要がある。
【0004】
生体組織は、細胞と細胞間マトリクス(細胞間物質)によって構成される。細胞間物質は細胞をつなぎとめる物質で、構造物と無構造物がある。構造物は、膠原線維、弾性線維及び細網線維等の線維がある。無構造物は、線維の間を埋める成分で基質とよばれる、ゾルないしゲル状の物質で、糖タンパク質及びプロテオグリカンがある。
【0005】
細胞間物質の代表は、コラーゲン(Collagen)というタンパク質であり、生体内総タンパク質重量の約1/3を占めている。コラーゲンは線維構造をなしており、正式にはコラーゲン線維、膠原線維とよばれている。
【0006】
組織は、上皮組織、支持組織、筋組織及び神経組織の4つに大別される。上皮組織は、身体又は臓器の表面を覆っている組織で細胞密度が高く、細胞間物質が介在しない。支持組織は、身体、臓器及び細胞等を支える役目を果たしており、結合組織、軟骨組織、骨組織、血液及びリンパが含まれる。筋組織は、収縮運動を目的として分化した細胞の融合であり、細胞間物質が占める割合は極めて少ない。筋組織は、筋細胞、結合組織、血管及び神経から構成されるが、主な構造物は筋線維である。神経組織は、神経内膜と神経周膜を主として構成され、いずれにも細胞間物質(コラーゲン)が多く含まれる。
【0007】
結合組織とは、支持組織のうちの1種で、脂肪組織と線維性結合組織をいう。線維性結合組織の構成成分として、膠原線維、弾性線維がある。また、線維性結合組織は、疏水性結合組織と強靭性結合組織に大別される。疏水性結合組織は、コラーゲンが不規則な走行をとっている線維性結合組織をいい、皮下組織、粘膜組織、神経、血管外膜及び小葉間組織等に分布している。
【0008】
コラーゲンのペプチド鎖を構成するアミノ酸は、「−グリシン−アミノ酸X−アミノ酸Y」とグリシンが3残基毎に繰り返す一次構造を有する特徴がある。ヒトコラーゲンは、約30種の分子種が存在することが知られている。体内で最も豊富に存在しているのは線維性であるI型コラーゲンである。非線維性であるコラーゲンIVも多く含まれており、分子間ジスルフィト結合を介して相互に連結して網状組織の形成に関与している(非特許文献1)。膵島と内分泌組織との間には、コラーゲンVIが存在することが報告されている(非特許文献2、3)。
【0009】
組織分解用酵素に関し、ヒストリチクス菌(Clostridiumhistolyticum)に由来する種々の粗コラゲナーゼは、コラゲナーゼ以外に、種々のプロテアーゼ酵素(コラーゲン分解活性及び非特異的タンパク質分解活性)と非プロテアーゼ成分(ホスホリパーゼ等)を含んでいる。この粗コラゲナーゼによって、ほとんどの生体組織からの細胞及び細胞集団の酵素的分離が行われている。
【0010】
膵島組織も、ヒストリチクス菌(Clostridiumhistolyticum)に由来する2種類のコラゲナーゼ(ColG及びColH)、プロテアーゼ(サーモリシン、ジスパーゼ又はヒストリチクス菌由来の中性プロテアーゼ(NP))からなる群より選択されるタンパク質分解酵素によって分解されることが知られている(特許文献1、2)。例えば、ヒストリチクス菌が生産する2種類のコラゲナーゼ及び1種類の中性金属プロテアーゼが好ましく使用されることが知られている(非特許文献4)。生体組織から細胞等を酵素的に分離する際、分離される細胞等の収率及び生物活性には、2種類のコラゲナーゼが重要な働きをすることが報告されている(非特許文献5)。
【0011】
また、酵素混合物が示すα‐N‐ベンゾイル‐L‐アルギニンエチルエステル塩酸塩(BAEE)分解活性に比例して、ヒトの膵臓からの膵島分離数が多かったことが報告されている(特許文献1及び非特許文献6)。BAEE分解活性を有する酵素としては、ヒストリチクス菌(Clostridium histolyticum)が産生するクロストリパイン(CP)が知られている。
【0012】
生体組織中における細胞間マトリクスの状態(特にはコラーゲンの含有量)は、生物種、年齢、性別、組織、生活環境などによって異なっている。コラーゲンが、どの組織のどの状態のマトリクスに、どの程度含まれているかは、未だに明らかにされていない。コラーゲンは哺乳類から魚類まで広く存在しており、それぞれの種による構成コラーゲンの違いも明らかではない。
【0013】
特定タイプのコラーゲンが、生体組織中のマトリクスに存在するか否かは、各タイプのコラーゲンに対する抗体を用いた免疫染色によって決定可能と思われる。しかし、コラーゲンの種類が多いこと、コラーゲンは広く多細胞動物に存在するため、抗体の製造が難しいことなどがネックとなり、その実現を困難としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】国際公開第1996/00283号
【特許文献2】国際公開第1998/24889号
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】Inoue et al.,J Cell Biol, 97, 1524-1539 (1983)
【非特許文献2】SJ Hughes, PMcShane, Transplant Proceedings, 37,3444-34445 (2005)
【非特許文献3】SJ Hughes, AClark, P McShane, Transplantation, 81(3)423-426 (2006)
【非特許文献4】E Linetsky etal., Diabetes, 46, 1120-1123 (1997)
【非特許文献5】D Brandhorstet al., Transplantation Proceedings, 37(8), 3450-3451 (2005)
【非特許文献6】HBrandhorst et al., Transplantation, 87(3), 370-375 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
生体組織から細胞又は細胞集合体を分離する際、分離対象とする細胞等の表面を分解したり、傷つけたりすることなく、生体組織の細胞間マトリクス及び臓器を構成している種々の構造タンパク質のみをタンパク質分解酵素により分解することは容易ではない。また、上述のように、生体組織中における細胞間マトリクスの状態(特にはコラーゲンの含有量)は、生物種、年齢、性別、組織、生活環境などによって異なっている。特にコラーゲンに関しては、加齢による物性の変化が顕著である。
【0017】
ヒトの臓器の場合、年齢、性別、生活習慣、病歴等によって、タンパク質分解酵素に対する活性が異なることはわかっているが、最適な分解酵素の種類、量を決定する手段はこれまでに開発されておらず、経験的に酵素の種類や酵素反応時間を決めて単離を行わざるを得ない状況であった。膵島分離に関しては、医療従事者が、あるプロトコールに従って酵素の量をほぼ一定にし、分解時間のみを変数として、目視によって膵臓の分解程度を確認しながら膵臓の酵素処理を行っている。そのため、対象となる膵臓の状態によって得られる膵島の量や質は一律でなかった。
【0018】
上記に鑑み、本発明は、生体組織から高い生物活性を有する細胞を効率的に安定して分離できる細胞分離方法を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記の課題を解決するため、本発明は、以下の方法を提供する。
[1]生体組織からの細胞の分離方法であって、一定量の中性プロテアーゼ及び/又はクロストリジウム属(Clostridium. sp)由来のプロテアーゼに、前記生体組織の主要タンパク質の組成に応じて該主要タンパク質の分解酵素量を加えてなる分解酵素組成物を用いることを特徴とする方法。
[2]前記生体組織の主要タンパク質の組成を決定する手順と、一定量の中性プロテアーゼ及び/又はクロストリジウム属(Clostridium. sp)由来のプロテアーゼに、決定された組成に応じて前記主要タンパク質の分解酵素量を加えて分解酵素組成物を調製する手順と、調製された分解酵素組成物により前記生体組織を処理する手順とを含む[1]記載の方法。
この方法によれば、生体組織の主要タンパク質の組成から、細胞の単離に使用すべきタンパク質分解酵素の種類や使用量を設定することができる。このため、タンパク質分解酵素の使用量を調整して、高い生物活性を有する細胞を効率的に分離することが可能である。
【0020】
[3]前記主要タンパク質の分解酵素が、クロストリジウム属(Clostridium. sp)のコラゲナーゼH及び/又はコラゲナーゼGである[1]又は[2]に記載の方法。
[4]前記主要タンパク質が、コラーゲンI及び/又はコラーゲンIIIである[1]〜[3]のいずれかに記載の方法。
[5]コラーゲンI及び/又はコラーゲンIIIの組成に応じて、前記分解酵素組成物に加える前記コラゲナーゼH及び/又は前記コラゲナーゼGの量の比率を決定する[4]に記載の方法。
[6]前記中性プロテアーゼが、サーモリシン又はクロストリジウム属(Clostridium. sp)中性プロテアーゼである[1]〜[5]のいずれかに記載の方法。
[7]前記クロストリジウム属(Clostridium. sp)由来のプロテアーゼが、α‐N‐ベンゾイル‐L‐アルギニンエチルエステル塩酸塩(BAEE)分解活性を有するプロテアーゼである[1]〜[6]のいずれかに記載の方法。
[8]前記生体組織のタンパク質の組成を、酵素免疫定量法により決定することを特徴とする[1]〜[7]のいずれかに記載の方法。
【0021】
[9]膵臓組織からの膵島の分離方法であって、一定量の中性プロテアーゼ及び/又はクロストリジウム属(Clostridium. sp)由来のプロテアーゼに、前記膵臓組織のコラーゲンI及び/又はコラーゲンIIIの組成に応じてコラーゲンI及び/又はコラーゲンIII分解量のクロストリジウム属(Clostridium. sp)コラゲナーゼH及び/又はコラゲナーゼGを加えてなる分解酵素組成物を用いることを特徴とする方法。
[10]前記分解酵素組成物中の前記コラゲナーゼH及び前記コラゲナーゼGの重量比(H/G)が0.35以上である[9]に記載の方法。
[11]前記分解酵素組成物が、前記中性プロテアーゼとしてのクロストリジウム属(Clostridium. sp)中性プロテアーゼと、前記クロストリジウム属(Clostridium. sp)由来のプロテアーゼとしてのα‐N‐ベンゾイル‐L‐アルギニンエチルエステル塩酸塩(BAEE)分解活性を有するプロテアーゼと、を含む[9]又は[10]に記載の方法。
[12]肝臓組織からの肝細胞の分離方法であって、一定量の中性プロテアーゼ及び/又はクロストリジウム属(Clostridium. sp)由来のプロテアーゼに、前記膵臓組織のコラーゲンI及び/又はコラーゲンIIIの組成に応じてコラーゲンI及び/又はコラーゲンIII分解量のクロストリジウム属(Clostridium. sp)コラゲナーゼG及び/又はコラゲナーゼHを加えてなる分解酵素組成物を用いることを特徴とする方法。
[13]前記分解酵素組成物中の前記コラゲナーゼH及び前記コラゲナーゼGの重量比(H/G)が0.25以下である[11]に記載の方法。
[14]膵臓組織からの膵島の分離方法であって、クロストリジウム属(Clostridium. sp)中性プロテアーゼ及びα‐N‐ベンゾイル‐L‐アルギニンエチルエステル塩酸塩(BAEE)分解活性を有するプロテアーゼを含む分解酵素組成物を用いることを特徴とする方法。
[15]前記BAEE分解活性を有するプロテアーゼがクロストリパインである[14]記載の方法。
【0022】
本発明において「生体組織」は、哺乳類、鳥類、爬虫類及び魚類などの多細胞動物の各種の臓器及び組織が特に限定されることなく含み、例えば肝臓、膵臓、腎臓、歯周組織、皮膚、軟骨、骨及び神経組織などであってよい。さらに、「生体組織」は、ES細胞組織、誘導性多能性幹細胞(iPS細胞)の素材用線維芽細胞組織も包含されるものとする。
【0023】
また、「細胞」には、細胞及び細胞集合体が含まれるものとし、上記生体組織中に存在する全ての種類の細胞等が包含され得るものとする。一例を挙げれば、「細胞」は、肝細胞、膵島、糸球体などであってよい。
【発明の効果】
【0024】
本発明により、生体組織から高い生物活性を有する細胞を効率的に安定して分離できる細胞分離方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】膵島の収量を示すグラフである(参考例1)。
【
図2】分離された膵島のADP/ATP値の測定結果を示すグラフである(参考例1)。
【
図3】分離された膵島のATP/DNA値の測定結果を示すグラフである(参考例1)。
【
図4】分離された膵島のInsulin/DNA値の測定結果を示すグラフである(参考例1)。
【
図5】分離された膵島のSGSテストにおける刺激指数の評価結果を示すグラフである(参考例1)。
【
図6】コラゲナーゼHによるコラーゲンI及びコラーゲンIIIのTMPP化量の測定結果を示すグラフである(参考例2)。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明を実施するための好適な形態について説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0027】
本発明者らは、種々のコラーゲンタンパク質分解酵素の中でもコラゲナーゼH(ColH)が生体組織の分解に大変重要な酵素であることを見出した(後述する参考例1参照)。従来、生体組織の分解にはコラゲナーゼG(ColG)がより重要であると考えらえてきたことから(上記特許文献及び非特許文献参照)、これは驚くべきことである。また、本発明者らは、ColHが、生体組織中の主要タンパク質としてコラーゲンI及びコラーゲンIIIを分解することを見出している(後述する参考例2参照)。
【0028】
また、本発明者らは、ColHが分解する主要タンパク質であるコラーゲンI及びコラーゲンIIIの生体組織中の存在量を測定することによって、当該生体組織からの細胞分離に適したタンパク質分化酵素の使用量を予め決定でき、細胞に過度の障害を及ぼすことなく細胞分離を行うことができることを明らかにしている(実施例1参照)。さらに、本発明者らは、中性プロテアーゼとしてのクロストリジウム属(Clostridium. sp)中性プロテアーゼ(NP)と、BAEE分解活性を有するプロテアーゼとが、膵島組織からの膵島分離において相乗的に分離効率を高めることを見出している(実施例2参照)。
【0029】
かくして、生体組織の主要タンパク質の組成に応じて該主要タンパク質の分解酵素量を加えてなる分解酵素組成物を用いることを特徴とする生体組織からの細胞の分離方法が案出された。この細胞分離方法によれば、生体組織の主要タンパク質の組成から、細胞の単離に使用すべきタンパク質分解酵素の種類や使用量を設定することができる。このため、タンパク質分解酵素の使用量を抑制して、高い生物活性を有する細胞を効率的に分離することが可能である。
【0030】
[主要タンパク質]
本発明に係る細胞分離方法において、主要タンパク質は、細胞間マトリクスを構成するタンパク質であり、対象とする生体組織によって異なり得るが、例えばコラーゲンとして、コラーゲンI、コラーゲンII、コラーゲンIII、コラーゲンIV、コラーゲンV、ラミニン、フィブロネクチン、ビトロネクチンが挙げられる。例えば膵臓組織及び肝臓組織からの細胞分離が行われる場合、主要タンパク質はコラーゲンI及びコラーゲンIIIとされることが好ましい。
【0031】
[主要タンパク質の組成]
本発明に係る細胞分離方法において、主要タンパク質の組成は、細胞間マトリクスを構成するタンパク質に占める上記の主要タンパク質の比率あるいは量である。例えば膵臓組織及び肝臓組織からの細胞分離が行われる場合、主要タンパク質の組成はコラーゲンI、コラーゲンII、コラーゲンIII、コラーゲンIV、コラーゲンV、コラーゲンVI、ラミニン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、特にコラーゲンI及びコラーゲンIIIの比率あるいは量である。
【0032】
主要タンパク質の組成は、主要タンパク質に対する特異的抗体や特異的阻害ペプチドを用いた酵素免疫定量法により決定できる。具体的には、例えば免疫組織学的手法によって生体組織の組織切片に標識した抗体あるいは阻害ペプチドを反応させる。次に、主要タンパク質に結合した抗体あるいは阻害ペプチドの標識からの信号強度を顕微鏡下で目視により確認することあるいは装置により検出することにより、主要タンパク質を定量し、組成を決定する。また、主要タンパク質の組成は、抗体を用いて、ゲル内沈降反応法、免疫電気泳動法、免疫比濁法又は酵素免疫定量法等によっても迅速に定量できる。
【0033】
[主要タンパク質の分解酵素]
本発明に係る細胞分離方法において、主要タンパク質の分解酵素は、対象とする生体組織によって異なり得る。例えば膵臓組織及び肝臓組織からの細胞分離が行われる場合、主要タンパク質の分解酵素はColH及びColGである。膵島組織からの膵島分離では、主要タンパク質分解酵素としてColHが重要であり、肝臓組織からの肝細胞分離では、主要タンパク質分解酵素としてColGが重要である。
【0034】
[分解酵素組成物]
分解酵素組成物は、一定量の中性プロテアーゼ及び/又はクロストリジウム属(Clostridium. sp)由来のプロテアーゼに、上記の主要タンパク質の分解酵素を加えて調製されたものを用いることが好ましい。
【0035】
中性プロテアーゼとしては、例えばサーモリシン又はクロストリジウム属(Clostridium. sp)中性プロテアーゼ(NP)が挙げられる。
【0036】
また、クロストリジウム属(Clostridium. sp)由来のプロテアーゼとしては、α‐N‐ベンゾイル‐L‐アルギニンエチルエステル塩酸塩(BAEE)分解活性を有するプロテアーゼが挙げられる。BAEE分解活性を有するプロテアーゼは、クロストリパイン(CP)が好ましい。クロストリジウム属(Clostridium. sp)株は、多くのプロテアーゼを産生する為、クロストリジウム属(Clostridium. sp)株由来のプロテアーゼは、リコンビナントプロテインとして生産した酵素を使用することが望ましい。
【0037】
膵臓組織からの膵島分離に用いられる分解酵素組成物は、中性プロテアーゼとしてのクロストリジウム属(Clostridium. sp)中性プロテアーゼ(NP)と、クロストリジウム属(Clostridium. sp)由来のプロテアーゼとしてのBAEE分解活性を有するプロテアーゼの両方を含むことが好ましい。NP及びBAEE分解活性を有するプロテアーゼは、膵臓組織からの膵島分離において分離膵島数を相乗的に増加させる効果を奏する。
【0038】
分解酵素組成物中の中性プロテアーゼ及び/又はクロストリジウム属(Clostridium. sp)由来のプロテアーゼの量は、特に限定されないが、例えば組成物10mlあたり0.3〜0.5mgとされる。なお、分解酵素組成物中の酵素の配合量は、処理対象とする生体組織の重量に応じても適宜調整され得るものである。
【0039】
主要タンパク質の分解酵素の分解酵素組成物への添加量は、上述の主要タンパク質の組成に基づき設定される。具体的には、細胞間マトリクスを構成するタンパク質に占める主要タンパク質の比率あるいは量に基づき、該主要タンパク質の分解酵素の量を設定する。より具体的には、例えば細胞間マトリクスを構成するタンパク質がコラーゲンIII及びコラーゲンIである場合、コラーゲンIII及びコラーゲンIの比率あるいは量に基づき、ColH及びColHの使用量を設定する。特に好適には、コラーゲンIII及びコラーゲンIの比率あるいは量に基づき、分解酵素組成物中のColH及びColGの使用量比を設定する。
【0040】
例えば、細胞間マトリクスを構成するタンパク質に占めるコラーゲンIIIとコラーゲンIの比率が高い(量が多い)膵臓組織からの膵島分離では、ColHの使用量は、コラゲナーゼGに対して0.35倍量以上が好ましい。なお、分離効率は落ちるものの、コラゲナーゼG及びコラゲナーゼHのうちコラゲナーゼHのみを含む分解酵素組成物を用いて膵島分離を行うことも可能である。一方、コラーゲンIIIとコラーゲンIの組成が小さい肝臓組織からの肝細胞分離では、ColHの使用量は、コラゲナーゼGに対して0.25倍量以下が好ましい。
【0041】
一例として、膵臓組織からの膵島分離が行われる場合の分解酵素組成物は、組成物10mlあたり、サーモリシン0.3mgに、リコンビナント化により生産した高純度のColG 2mgとColH 1.1mg(コラーゲナーゼGに対して0.55倍量)を加えて調製されたものとできる。また、肝臓組織から肝細胞分離が行われる場合の分解酵素組成物は、組成物10mlあたり、サーモリシン0.5mgに、高純度のColG 14.4mgとColH 3.6mg(コラーゲナーゼGに対して0.25倍量)を加えて調製されたものとできる。
【0042】
[酵素処理]
分解酵素組成物による生体組織の処理は、従来手法と同様に行えばよい。分解酵素組成物には、生体組織の主要タンパク質の組成に基づいてその分解に必要な量(必要最小量)の主要タンパク質分解酵素が含まれている。このため、分解酵素組成物に過度なあるいは不足な酵素が含まれることによる、分離細胞の生理活性の低下や収量の低下という問題を生じることなく、生体組織から所望の細胞を分離できる。
【0043】
以上のように、本発明に係る細胞分離方法によれば、生体組織中の主要タンパク質の組成を決定し、該主要タンパク質の分解酵素を必要な量のみ加えた分解酵素組成物を調製することで、生体組織から高い生物活性を有する細胞を効率的に安定して分離できる。従って、この方法によれば、対象とする任意の生体組織について最適な酵素処理を行って、高い収量で質の高い細胞を分離することが可能となる。
【実施例】
【0044】
<参考例1:生体組織から細胞等を分離する際に用いる主要タンパク質分解酵素の同定>
[ラットの膵臓組織からの膵島分離に用いる酵素の同定]
雄Lewisラット(10〜13週齢)を用いた。膵臓を摘出する前に、十二指腸をクランプした。タンパク質分解酵素としてリコンビナントコラゲナーゼG8.4mg、コラゲナーゼH2.9mg、中性プロテアーゼとしてサーモリシン0.3mgのいずれか一以上を含む分解酵素組成物(10ml冷Hanks液(HBSS))を胆管から注入し、37℃で14分間処理した後、密度勾配遠心分離を行って膵島を分取した。
【0045】
サーモリシンとコラゲナーゼGとコラゲナーゼHを同時に入れた場合(GH群)、サーモリシンとコラゲナーゼGのみ入れた場合(G群)、サーモリシンとコラゲナーゼHのみを入れた場合(H群)について、膵島の収量及び生物活性を評価した。結果を
図1〜5に示す。SGSテスト(
図5)では、高濃度グルコース(16.7mM)に曝露時のインスリン分泌量と低濃度グルコース(1.67mM)曝露時のインスリン分泌量の比を刺激指数として評価した。
【0046】
図1に示されるように、H群の膵島収量(IRQs)は、GH群の70%であった。これに対して、G群では、全く膵島を分離することができなかった。また、膵島のADP/ATP値(
図2)、ATP/DNA値(
図3)、Insulin/DNA値(
図4)、SGSテストにおける刺激指数(
図5)から明らかなように、H群で得られた膵島は、GH群で得られた膵島と同等の生理活性を有していた。これらの結果より、膵臓組織から膵島を分離する際に用いる主要タンパク質分解酵素としてコラゲナーゼHを同定した。
【0047】
[ラットの肝臓組織からの肝細胞分離に用いる酵素の同定]
タンパク質分解酵素としてリコンビナントコラゲナーゼG14.4mg、コラゲナーゼH3.6mg、中性プロテアーゼとしてサーモリシン0.5mgのいずれか一以上を含む分解酵素組成物(10ml HBSS)を調製した。肝臓組織(10〜12g)を、調製した分解酵素組成物により37℃で7分間処理した後、密度勾配遠心分離を行って肝細胞を分離した。
【0048】
サーモリシンにコラゲナーゼG及びコラゲナーゼHを混合した分解酵素組成物を用いた場合(GH群)、5.02±2.11×10
8個の肝細胞を分離できた。また、サーモリシンにコラゲナーゼGを添加した分解酵素組成物を用いた場合(G群)、0.81±0.11×10
6個の肝細胞を分離できた。これに対して、サーモリシンにコラゲナーゼHを添加した分解酵素組成物を用いた場合(H群)、肝細胞を分離できなかった。これらの結果より、肝臓組織から肝細胞を分離する際に用いる主要タンパク質分解酵素としてコラゲナーゼGを同定した。
【0049】
<参考例2:主要タンパク質分解酵素の基質の同定>
[コラゲナーゼHの基質の同定]
100mgのLewisラットの膵組織片を、プロテアーゼ阻害剤カクテル(Roche)と1mM CaCl
2を含む20mM HEPES(pH8.0)で37℃、1夜、処理した。その後、緩衝液で洗浄し、コラゲナーゼH0.1mg/mlを添加した緩衝液で、10時間、37℃で酵素分解を行った。
【0050】
酵素分解後、100mMのTMPP(Sigma-Aldrich)の10μlを添加した50%アセトニトリル中で、30分インキュベートした。ついで、冷アセトンでアセトン沈殿した後、遠心分離して得られた沈殿物を乾燥させた。乾燥させた沈殿物を100mM炭酸アンモニウム溶液中でトリプシン(10μl/mg)により1夜、消化した。
【0051】
消化物をZipTip(Millipore)で処理した後、得られたペプチドを10%ギ酸中で、2.5‐40%のアセトニトリルの濃度勾配で溶出し、LTQ Orbitrap XL massspectrometer(TerumoFisher Scientific Inc)で質量分析を行った。データーベース検索は、MASCOT Software1プログラムを用いて行った。
【0052】
切断されたタンパク質のN末端のTMPPラベルを指標として、コラゲナーゼHがどのタンパク質を分解しているかを知ることができる。
図6に、コラゲナーゼHによるコラーゲンI及びコラーゲンIIIのTMPP化量を示す。図中、上方の点線円による囲みはコラーゲンIIIのデータプロット、下方の点線円による囲みはコラーゲンIのデータプロットを示している。
【0053】
分解されたコラーゲンIIIの70%、コラーゲンIの20%がコラゲナーゼHに依存することが明らかとなった。これより、コラゲナーゼHの基質となる主要タンパク質はコラーゲンIIIとコラーゲンIであることが示された。
【0054】
<実施例1:生体組織の主要タンパク質の組成に応じた細胞分離>
[ラットの膵臓組織及び肝臓組織のコラーゲンIIIとコラーゲンIの定量]
Lewisラット(10〜13週齢)の組織切片を作製した。コラーゲンIIIとコラーゲンIに対する標識抗体(Chemicon Merck Millipore)を用いた酵素免疫定量法によって、膵臓組織及び肝臓組織のコラーゲンIIIとコラーゲンIの発現比較を行った。結果、肝臓組織におけるコラーゲンIIIとコラーゲンIの免疫組織染色像は、膵臓組織に比較して著しく少なかった。
【0055】
[ラットの膵臓組織及び肝臓組織からの細胞分離]
肝臓組織の主要タンパク質は、コラーゲンIIIとコラーゲンI以外のタンパク質であり、肝細胞分離のための分解酵素組成物において、コラゲナーゼHの量は、膵島分離の場合に比して少なくてよいものと予想された。
【0056】
タンパク質分解酵素としてサーモリシン0.5mg、リコンビナントコラゲナーゼG14.4mg、コラゲナーゼH3.6mg(コラーゲナーゼGに対して0.25倍量)を含む分解酵素組成物(10ml HBSS)により、肝臓組織(10〜12g)を37℃で7分間処理した後、密度勾配遠心分離を行った。好適に肝細胞(5.02±2.11×10
8個)を分離できた。
【0057】
タンパク質分解酵素としてサーモリシン0.3mg、リコンビナントコラゲナーゼG8.4mg、コラゲナーゼH2.9mg(コラーゲナーゼGに対して0.35倍量)を含む分解酵素組成物(10ml HBSS)を胆管から注入し、37℃で14分間処理した後、密度勾配遠心分離を行った。好適に膵島(約4000個)を分離できた。
【0058】
細胞間マトリクスを構成するタンパク質に占めるコラーゲンIIIとコラーゲンIの比率が高い(量が多い)膵臓組織からの膵島分離では、コラゲナーゼHをより多く(コラゲナーゼGに対して0.35倍量)含む分解酵素組成物を用いることが好ましく、一方、コラーゲンIIIとコラーゲンIの組成が小さい肝臓組織からの肝細胞分離では、コラゲナーゼHの量が相対的に少ない(コラゲナーゼGに対して0.25倍量)の分解酵素組成物を用いることが好ましいことが分かった。組織の細胞間マトリクスを構成するタンパク質に占める主要タンパク質(コラーゲンIIIとコラーゲンI)の比率あるいは量を予め測定することによって、当該組織からの細胞分離に適したタンパク分解酵素の使用量、より具体的にはコラゲナーゼHとコラゲナーゼGの使用量比、を決定できた。
【0059】
<実施例2:膵島組織からの膵島分離におけるNPとCPの相乗効果>
コラゲナーゼG8.4mg及びコラゲナーゼH2.9mgに加えて、サーモリシン、クロストリジウム属(Clostridium. sp)由来の中性プロテアーゼ(NP)及びクロストリパイン(CP)のいずれか1つ又は2つを種々の添加量で含む分解酵素組成物を調製した。調製した分解酵素組成物を用い、参考例1と同様にして膵島組織から膵島を分離し、分離膵島数を比較した。
【0060】
NP及びCPには、クロストリジウム ヒストリチカム(Clostridium histolyticum)由来のNP遺伝子又はCP遺伝子を枯草菌(Bacillus subtilis)に導入し発現させて得た酵素を精製して用いた。
【0061】
サーモリシンを含む分解酵素組成物を用いた場合に比して、NPを含む分解酵素組成物を用いた場合及びサーモリシンとCPを含む分解酵素組成物を用いた場合には、分離膵島数は減少した。一方、NP及びCPを含む分解酵素組成物を用いた場合には、サーモリシンを含む分解酵素組成物を用いた場合に比して、分離膵島数は顕著に増加した。さらに、NP及びCPを含む分解酵素組成物を用いた場合には、NP及びCPの使用量に応じて膵島の分離数の増加がみられた。
【0062】
これらの結果から、クロストリジウム属(Clostridium. sp)中性プロテアーゼ(NP)と、BAEE分解活性を有するプロテアーゼ(CP)とが、膵島組織からの膵島分離において、分離膵島数を相乗的に増加させる効果を奏することが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明に係る細胞分離方法によれば、生体組織から高い生物活性を有する細胞を効率的に安定して分離できる。従って、この細胞分離方法は、細胞移植や細胞株樹立、特定の細胞に起因した疾患の治療及び診断、検査などの幅広い用途に有用である。
【0064】
さらに、組織上に存在する各酵素成分の特異的基質を同定しキット化することにより、ドナー組織に至適化するテーラーメード型細胞分離が可能である。これまでの膵島分離は、ドナー毎に全く異なるマトリクス組成を有する千差万別な膵組織に対し、組成を固定化された一つのツールによる対応を余儀なくされていた。しかし、バイオ技術の導入により高純度・安全・安定な酵素成分を構築し、膵組織上に存在する各酵素成分の特異的基質を同定しキット化することにより、ドナー膵臓に至適化するテーラーメード型膵島分離が可能になる。