(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6643835
(24)【登録日】2020年1月9日
(45)【発行日】2020年2月12日
(54)【発明の名称】X−プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼ
(51)【国際特許分類】
C12N 9/52 20060101AFI20200130BHJP
C12P 13/22 20060101ALI20200130BHJP
C12R 1/225 20060101ALN20200130BHJP
【FI】
C12N9/52
C12P13/22 BZNA
C12P13/22 C
C12R1:225
【請求項の数】4
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2015-173990(P2015-173990)
(22)【出願日】2015年9月3日
(65)【公開番号】特開2017-46660(P2017-46660A)
(43)【公開日】2017年3月9日
【審査請求日】2018年8月2日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成27年3月28日岡山大学津島キャンパスにおいて開催された日本農芸化学会2015年度大会で発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成27年5月20日に発行されたFOOD SCIENCE AND TECHNOLOGY RESEARCH 21巻3号 pp.445−451にて公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成27年3月5日にウェブサイト(http://jsbba.bioweb.ne.jp/jsbba2015/index.php)にて公開
(73)【特許権者】
【識別番号】000006138
【氏名又は名称】株式会社明治
(74)【代理人】
【識別番号】100104307
【弁理士】
【氏名又は名称】志村 尚司
(72)【発明者】
【氏名】小田 宗宏
(72)【発明者】
【氏名】松藤 寛
(72)【発明者】
【氏名】木村 勝紀
【審査官】
市島 洋介
(56)【参考文献】
【文献】
Accession No. Q044L8, Name: Xaa-Pro dipeptidyl-peptidase, Organism: Lactobacillus gassei (strain ATCC 33323 / DSM 20243), [online], 掲載日: 2014.10.29, 検索日: 2019.5.24, Database UniProt/GeneSeq, <URL: https://www.uniprot.org/uniprot/Q044L8.txt?version=59>
【文献】
J. Appl. Bacteriol.,1990年,Vol.68,pp.357-366
【文献】
J. Biotechnol.,1998年,Vol.59,pp.203-211
【文献】
Appl. Environ. Microbiol.,2001年,Vol.67, No.4,pp.1815-1820
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 9/00−9/99
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
β−カゾモルフィン7を基質として、酵素反応を行い、チロシン及び/又はフェニルアラニンの遊離の有無を指標として、乳酸菌から酵素を単離するX-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼの調製方法。
【請求項2】
前記乳酸菌は、ラクトバチラス・ガセリである請求項1に記載の調製方法。
【請求項3】
前記乳酸菌は、ラクトバチラス・ガセリATCC33323である請求項1に記載の調製方法。
【請求項4】
ラクトバチラス・ガセリATCC33323又はラクトバチラス・ガセリATCC33323由来のβ−カゾモルフィン7を基質とした場合にチロシン及び/又はフェニルアラニンを遊離するX-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼと、N末端にチロシン残基又はフェニルアラニン残基を有するX-プロリルジペプチジル配列を含むペプチドを接触させて、チロシン又はフェニルアラニンを生成させる方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明はX-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼ及びその調製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
β−カゾモルフィン(β−casomorphin)は、乳タンパク質の1つであるβ−カゼインが酵素分解されて生成され、3〜11のアミノ酸残基からなるモルヒネ様作用を有するオリゴペプチドである。β−カゾモルフィンのうち、7つのアミノ酸残基(Tyr-Pro-Phe-Pro-Gly-Pro-Ile)からなるペプチドのβ−カゾモルフィン7は、A1β−カゼイン由来であり、心疾患やI型糖尿病などと関係があると言われている。従って、乳製品からβ−カゾモルフィン7が排除又は低減化されることが望ましい。この方法として、例えば、特許文献1には、熱を用いず、好ましくは、アスコルビン酸やリポ酸のような糖化産物の形成を促進しやすい物質を排除して、乳製品を製造する方法が提案されている。
【0003】
ところで、N末端側から2番目にプロリンを有するペプチドを分解して、C末端にプロリンを有するジペプチドを遊離させる酵素として、X-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼが知られている。この酵素は、種々の乳酸菌、例えば、ラクトバチラス・ヘルベティカス(Lactobacillus helveticus)(特許文献1,2、非特許文献1)、ラクトバチラス・デルブルッキー・ブルガリカス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus)やラクトバチラス・アシドフィラス(Lactobacillus acidophilus)(非特許文献2)、ラクトコッカス・ラクティス・ラクティス(Lactococcus lactis subsp. lactis)(非特許文献3)、ストレプトコッカス・サーモフィラス(Streptococcus thermophilus)(非特許文献4)、ラクトバチラス・サケイ(Lactobacillus sakei)(非特許文献5)などから分離、精製されており、それらの酵素学的な特性が明らかにされている。
【0004】
しかしながら、これまでのところ、ラクトバチラス・ガセリ(Lactobacillus gasseri)から、当該酵素が分離、精製されたことは報告されておらず、当該菌に由来する酵素によって、乳製品中のβ−カゾモルフィン7の低減化が試みられたことも報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9−206074号公報
【特許文献2】特開2000−125882号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Khalid N.M. and Marth E.H.、Appl. Environ. Microbiol.、2001、67、pp.1815-1820
【非特許文献2】Bockelmann W. and Fobker M.、Int. Dairy Journal、1991、No1、pp.51-66
【非特許文献3】Zevaco et al.、J. Appl. Bacteriol.、1990、68、pp.357-366
【非特許文献4】Tsakalidou E. et al.、J. Biotechnol.、1998、59、pp.203-211
【非特許文献5】Sanz Y. and Toldra F.、Appl. Environ. Microbiol.、2001、67、pp.1815-1820.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本願発明が解決しようとする課題は、ラクトバチラス・ガセリから、X-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼの分離、精製を試みるとともに、当該酵素を用いて、例えば、乳製品に存在する可能性があるβ−カゾモルフィン7のように、N末端から2番目にプロリンを含む X-プロリルジペプチジル配列を含むペプチドを酵素分解することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明は、ラクトバチラス・ガセリから分離、精製された X-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼ及びβ−カゾモルフィン7のように、N末端から2番目にプロリンを含むX-プロリルジペプチジル配列を含むペプチドを酵素分解する方法である。
【発明の効果】
【0009】
本願発明によると、ラクトバチラス・ガセリに由来する X-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼ及びβ−カゾモルフィン7の存在量が低減化された製品や、チロシンやフェニルアラニン、プロリンが豊富な製品が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本願発明において得られた酵素タンパク質のSDS-PAGEの結果を示す画像である。
【
図2】本願発明において得られた酵素タンパク質のトリプシン分解物の分析結果を示す図である。
【
図3】本願発明において得られた酵素の至適pHを示す図である。
【
図4】本願発明において得られた酵素の至適温度を示す図である。
【
図5】本願発明において得られた酵素におけるジプロチンAによる活性阻害を示す図である。
【
図6】本願発明において得られた酵素によるβ−カゾモルフィン7の分解産物のHPLCによるクロマトグラフである。
【
図7】本願発明において得られた酵素によるβ−カゾモルフィン7の分解産物の経時変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本願発明に係る酵素は、X-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼの1種であり、β−カゾモルフィン7を基質とした場合に、遊離のアミノ酸として、チロシン及びフェニルアラニンを遊離する。X-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼは、N末端側から2番目にプロリンを有するペプチドを分解して、C末端にプロリンを有するジペプチドを遊離させる酵素であるが、本願発明に係る酵素は、このようなジペプチドを遊離させるのみならず、β−カゾモルフィン7を基質とした場合に、遊離のアミノ酸として、チロシン及びフェニルアラニンを遊離する点に特徴を有し、公知である X-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼとは、この点で異なる。当該X-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼは、ラクトバチラス・ガセリ、例えば、標準菌であるラクトバチラス・ガセリ ACTT33323や、自然界から単離された各種のラクトバチラス・ガセリから取得され得る。
【0012】
本願発明に係る調製方法は、ラクトバチラス・ガセリを培養し、この菌体をリゾチームで処理した後に、各種のカラムクロマトグラフィーで処理して、X-プロリルジぺプチジルアミノペプチダーゼを調製(製造)する方法である。具体的な方法として、実際に培養した乳酸菌(例えば、ラクトバチラス・ガセリ)から、β−カゾモルフィンを基質として酵素反応した場合に、チロシン及び/又はフェニルアラニンの遊離の有無を指標として、酵素を調製する方法が例示される。ここで対象となる乳酸菌は、当業者が通常「乳酸菌」として取り扱える菌であり、例えば、ラクトバチラス属の乳酸菌であり、サーモフィラス属の乳酸菌であり得る。
【0013】
本願発明に係るX-プロリルジぺプチジルアミノペプチダーゼの分離に用いられる乳酸菌の培養条件や酵素の調製方法は公知の方法が用いられ得る。また、当業者が行い得る一般的な条件で、酵素反応を行えばよく、酵素の反応温度は約30〜60℃、反応pHは約6〜8である。反応時間は約10〜120分であり、好ましくは30〜90分、より好ましくは60〜90分である。もっとも、本願発明においては、チロシン又はフェニルアラニンのいずれかの遊離が確認されればよいが、実際に分離された酵素が本願発明に係るX-プロリルジぺプチジルアミノペプチダーゼであることを確実にするためには、双方の遊離を確認するのが望ましい。チロシン及び/又はフェニルアラニンの検出方法は公知の方法が用いられ得る。このとき、例えば、実施例に記載されたようにHPLCを用いる方法や呈色反応による方法が挙げられる。
【0014】
この酵素は、還元条件下におけるSDS-PAGEによると、約82KDaの分子量を与え、ゲルクロマトグラフィによると、約173Kdaの分子量を与える、いわゆる二量体のタンパク質である。この酵素の至適pHは約7、至適温度は約55℃である。
【0015】
また、本願発明に係る方法は、ラクトバチラス・ガセリ又はX-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼと、N末端にチロシン残基又はフェニルアラニン残基を有するX-プロリルジペプチジル配列を含むペプチドを接触させて、当該ペプチドを酵素分解する方法である。
【0016】
当該酵素と接触させるペプチドは、例えば、β−カゾモルフィン7のように、N末端にチロシン残基を有するX-プロリルジペプチジル配列(Tyr-Pro-)を有するペプチドか、N末端にフェニルアラニン残基を有するX-プロリルジペプチジル配列(Phe-Pro-)を有するペプチド又はタンパク質である。
【0017】
当該酵素と当該ペプチドとの接触は、酵素反応が生じ得る環境下であればよく、固相中であり、液相中であり、好ましくは水を含む液相中で行われる。その環境は、例えば、食品中であり、飲料中であり、最終製品である食品や飲料の製造途中にある半製品中であり得る。本願発明の対象となるペプチドの1種であるβ−カゾモルフィン7は、乳に含まれる A1β−カゼインから生成されること、A1β−カゼインを含むβ−カゼイン類は、プロリンを豊富に含むことなどの理由により、当該酵素と当該ペプチドとの接触は、好ましくは、乳を含む環境下で行われる。ここにおいて、乳とは、ヒトを含む各種動物の乳であり、乳そのものだけでなく、乳を原材料とする乳製品、例えば、チーズやヨーグルトなどの発酵乳を含む意味で用いられる。もっとも、乳を含む環境下に限られるものではなく、当該ペプチドを含む環境下であればよく、例えば、大豆タンパク若しくはこれに由来するペプチド、各種の肉類などを含む環境下でもよい。
【0018】
当該酵素と当該ペプチドとの接触は、酵素が機能する反応温度であればよく、例えば1℃〜70℃、好ましくは25℃〜60℃である。また、当該酵素と当該ペプチドとの接触は、酵素が機能する環境のpHであればよく、例えば4〜9、好ましくは6〜8の中性領域である。当該酵素と当該ペプチドとの接触は、酵素が機能する反応時間であればよく、反応温度や、処理すべきペプチド量、酵素量によって適宜定められる。
【0019】
当該ペプチドと接触させるラクトバチラス・ガセリは、生菌又は死菌の何れでもよい。また、当該ペプチドと接触させるラクトバチラス・ガセリは、ラクトバチラス・ガセリの菌体だけでなく、菌体の破砕物、菌体の抽出物など、酵素を含む菌体の一部分でもあり得る。また、当該酵素とラクトバチラス・ガセリとの接触は、単離・精製した酵素と接触させる方法のみならず、菌体の破砕物、菌体の抽出物と接触させる方法も含まれる。
【0020】
本願発明に係る酵素によると、糖尿病や心疾患やI型糖尿病などと関連のあるβ−カゾモルフィン7を分解するので、乳又は乳製品の摂取による前記のような疾患の発症リスクを軽減した乳製品が提供される。
【0021】
本願発明に係る酵素は、β−カゾモルフィン7の分解の目的にのみ使用されるものではなく、公知の X-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼと同様の用途に使用されるものである。特に、本願発明に係る酵素は、チロシニルプロリン(Tyr-Pro)又はフェニルアラニルプロリン(Phe-Pro)のジペプチドを加水分解して、チロシン又はフェニルアラニンを生成し得る。従って、本願発明に係る酵素によると、カゼインのようなプロリンを豊富に含むペプチドやタンパク質に作用させることで、公知の X-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼを使用する場合に比べて、チロシンやフェニルアラニン、プロリンを豊富に含むペプチドの製品が提供される。
【実施例1】
【0022】
〔X-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼの分離・精製〕
ラクトバチラス・ガセリから、X-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼを分離・精製した。ラクトバチラス・ガセリ ME1503701をMRS培地にて、37℃、24時間で静置培養し、この培養液を遠心分離して、菌体を回収した。Tris-塩酸緩衝液(pH:8.5)に菌体を加えた懸濁液に、リゾチームを加え、37℃、2時間でインキュベートした後に遠心分離し、粗酵素液として、上清を回収した。
【0023】
次の7つのステップにより、この得られた粗酵素液から、目的とする酵素を分離・精製した。各ステップにおいて、X-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼ活性及びタンパク質濃度を指標として、それぞれの活性画分を得た。なお、次の方法により、X-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼ活性及びタンパク質濃度を測定した。
(X-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼ活性の測定)
pHが7.0の20mMのリン酸緩衝液(以下「PB」と称する。)に、酵素を含むサンプル液を加え、37℃、5分間でインキュベーションした後に、基質溶液(10mMのグリシル・プロリル パラニトロアニリド・トス(Gly-Pro pNA・Tos:ペプチド研究所)を含む20mMのPB溶液)を加え、37℃、30分間で反応させた。その後に、12%のTCA溶液を加え、反応を停止させてから、遠心分離し、上清を得て、410nmにおける吸光度を測定して、酵素活性を測定した。
(タンパク質濃度)
280nmにおける吸光度を測定して、ウシ血清アルブミンを溶解した標準溶液の検量線から、酵素を含むサンプル液のタンパク質濃度を求めた。
【0024】
ステップ1:
粗酵素液をPBで透析した後に、DEAEセルロース(DE-52:ワットマンジャパン社)を用いて、カラムクロマトグラフィーで処理した。このとき、PBで洗浄した後に、0.1Mの塩化ナトリウムを含むPBを用いて、活性画分を溶出させた。そして、PBにより、これを透析し、次のステップに用いた。
ステップ2:
DEAEセルロース(DE-52:ワットマンジャパン社)を用いて、カラムクロマトグラフィーで処理した。このとき、0M−0.2Mの塩化ナトリウムを含むPBを用いて、リニアグラジエントにより、活性画分を溶出させた。具体的には、1ml/minの流速で溶出させ、1画分を約5mlとして分画し、酵素活性が高い画分を回収した。そして、PBにより、これを透析し、次のステップに用いた。
ステップ3:
Blue セファロース(シグマ社)を用いて、カラムクロマトグラフィーで処理した。PBを用いて、活性画分を溶出させ、カラムに吸着されずに、カラムを通過した画分を回収した。そして、1.5Mの硫酸アンモニウムを含むPBにより、これを透析し、次のステップに用いた。
ステップ4:
フェニルセファロース(シグマ社)を用いて、疎水性カラムクロマトグラフィーで処理した。このとき、1.5M−0Mの硫酸アンモニウムを含むPBを用いて、リニアグラジエントにより、活性画分を溶出させた。具体的には、1ml/minの流速で溶出させ、1画分を約2.5mlとして分画し、酵素活性が高い画分を回収した。そして、分子量が20kDaのカットオフ値を有するメンブラン(アドバンテック社)を用いて、これを濃縮した後に、0.15Mの塩化ナトリウムを含む20mMのリン酸緩衝液(pH:7.0)(以下「PBS」という)により、これを透析し、次のステップに用いた。
ステップ5:
セファクリル S-200 HR(シグマ社)を用いて、カラムクロマトグラフィーで処理した。このとき、PBSを用いて、活性画分を溶出させた。具体的には、1.5ml/milの流速で溶出させ、1画分を約5.0mlとして分画し、酵素活性が高い画分を回収し、PBSにより、これを透析し、次のステップに用いた。
ステップ6:
セファクリル S-200 HR(シグマ社)を用いて、カラムクロマトグラフィーで処理した。このとき、PBSを用いて、活性画分を溶出させた。具体的には、1.5ml/minの流速で溶出させ、1画分を約2.5mlとして分画し、酵素活性が高い画分を回収し、PBにより、これを透析し、次のステップに用いた。
ステップ7:
ヘパリンセファロース(GE Healthcare社)を用いて、カラムクロマトグラフィーで処理した。このとき、0M−0.2Mの塩化ナトリウムを含むPBを用いて、リニアグラジエントにより、活性画分を溶出させた。具体的には、1ml/minの流速で溶出させ、1画分を約2.5mlとして分画し、PBにより、これを透析し、酵素液を調製した。
【0025】
(SDS-PAGE)
ステップ7で得られた酵素液と2-メルカプトエタノールを含む緩衝液(ラウリル硫酸ナトリウム:2.00mg、0.5MのTris塩酸緩衝液(pH:6.8):12.5ml、グリセリン:10.0ml、2-メルカプトエタノール:5.0mlを、純水で溶解して、100mlにフィルアップした溶液)を等量で混合した後に、約100℃(沸騰水中)、5分間で加熱した。その後に、これを、10%−20%のポリアクリルアミドゲル(Super Ace(商品名)、和光純薬工業社)に添加し、電気泳動用緩衝液(トリヒドロキシメチルアミノメタン:3.00g、グリシン:14.40g、ラウリル硫酸ナトリウム:1.00gを、純水で溶解して、1000mlにフィルアップした溶液)を用いて、100V、50mA、120分間で電気泳動した。そして、電気泳動した後に、染色容器にゲルを移し、Silver Stain II Kit Wako (和光純薬工業社)を用いて、銀染色した。これによって、単一のバンドが観察された(
図1参照)。
【0026】
〔分子量の推定〕
分子量マーカー(WIDE-VIEW、(商品名)Prestained Protein Size Marker III、和光純薬工業社)を用いた前記の条件によるSDS-PAGEと、分子量マーカーを用いたゲル濾過により、分子量を推定した。なお、カラムによる分子量では、GE Healthcare社のマニュアルに従って推定した。ここで、酵素の分子量は、SDS-PAGEによると、約82KDa、カラムによると、約173kDaとなり、この得られた酵素は、約82KDaのホモダイマーであると推定された。
【0027】
〔酵素分解物の質量分析〕
トリプシンを用いて、この得られた酵素液を酵素処理し、この酵素処理物について、質量分析した。この得られた酵素液をSDS-PAGEに付し、MS-compatible 銀染色(Shevchenko et al.,1996)することで、酵素を含むゲル画分(ゲル切片)を得た。当該ゲル画分を15mMのフェリシアン化カリウムと 50mMの亜硫酸ナトリウムを含む溶液で洗浄して、脱染色した。その後に、10mMのジチオトレイオールを含む25mMの重炭酸アンモニウム溶液に、ゲル画分を添加し、SS結合を還元した。その後に、55mMのヨードアセトアミドを含む25mMの重炭酸アンモニウム溶液に、ゲル画分を添加し、暗所に45分間で静置して、アルキル化した。そして、このゲル画分を取り出し、50%のアセトニトリルで洗浄した後に乾燥した。さらに、このゲル画分を、トリプシン溶液(10μg/mlを含む25mMの重炭酸アンモニウム溶液)と、37℃、一夜で反応させた。そして、5%のTFAを含む50%のアセトニトリル溶液を用いて、この酵素処理物を抽出した後に、nanoLC-ESI-MS/MSシステムを用いて、シークエンスタグ法により解析した。
【0028】
酵素の分析には、Captive sprayイオン源(Michrom Bioresources社)とAvance UHPLC system (Michrom Bioresources社)を備えた、四重極質量分析計(Q Exactive (商品名)、Thermo Scientific社)を用いた。具体的には、酵素処理物を、C8カラム(Peptide Captrap:Michrom Bioresources社)に供給した後に、C8カラムから溶出したペプチドを、分析用のカラム(L-column 2 Micro C18、0.2mm×50mm、CERI社)に供給した。緩衝液A(0.1%のギ酸溶液)で溶出した後に、5%−65%の緩衝液B(アセトニトリル)を用いて、リニアグラジエントにより、ペプチドを溶出させた。このとき、質量電荷比が350m/s〜2000m/sの範囲で検出した。この結果を基に、NCBI(the National Center for Biotechnology Information)のタンパク質のデータベースから検索したところ、当該タンパク質は、ラクトバチラス・ガセリ ATCC33323のゲノム解析結果から推定されているペプチダーゼのアミノ酸配列と推定可能であった約32%の領域で一致した(
図2参照)。
【0029】
〔酵素学的特性〕
次に、この得られた酵素の至適pH、至適温度、活性に及ぼす金属イオン、セリンプロテアーゼ阻害物質及びジプロチンAによる影響を調べた。なお、実施例2も含めて、以下の試験において、前記のX-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼ活性の測定法に基づき、酵素液の活性を測定した場合、410nmにおける吸光度が約1となるように、酵素濃度を調整した。
【0030】
1.至適pH
前記のX-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼ活性の測定法に基づき、pHが4〜9の範囲において、各活性(410nmにおける吸光度:OD410)を測定した。その結果、至適pHは7であった(
図3参照)。
【0031】
2.至適温度
前記のX-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼ活性の測定法に基づき、25℃〜60℃の範囲において、5℃間隔で反応温度を変えて、各活性を測定した。その結果、至適温度は約55℃であった(
図4参照)。
【0032】
3.金属イオン及びセリンプロテアーゼ阻害物質による影響
前記のX-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼ活性の測定法に基づき、二価の金属イオン(CaCl
2、CoCl
2、CuCl
2、MgCl
2、HgCl
2、ZnCl
2)及びセリンプロテアーゼ阻害物質(PMSF:ベンジルスルフォニル=フルオリド(和光純薬工業社)、DFP:フルオロリン酸ジイソプロピル(和光純薬工業社)、EDTA:エチレンジアミン四酢酸・4Na(和光純薬工業社)、β-ME:2-メルカプトエタノール(和光純薬工業社))による影響を調べた。50mMのTris-塩酸緩衝液(pH:7.0)に、終濃度が0.1mMと1.0mMとなるように、各物質を加えて、各活性を測定した。その結果、表1に示すように、0.1mM又は1mMのCa
2+、Co
2+、Mg
2+では、酵素活性をほとんど阻害せず、Cu
2+、Hg
2+では、酵素活性を強く阻害した。また、1mMのEDTAやβ-MEでは、酵素活性を阻害しなかったが、DFPやPMSFでは、酵素活性を強く阻害した。これらの結果から、本酵素は、セリンプロテアーゼであることが推測された。
【0033】
【表1】
【0034】
4.ジプロチンAによる影響
前記のX-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼ活性の測定法に基づき、終濃度が0μl〜200μlとなるように、ジプロチンA(Ile-Pro-Ile:ペプチド研究所)を加えて、50%活性阻害濃度(IC
50)を調べた。その結果、酵素活性は、濃度依存的に阻害された(
図5参照)。これらの結果から、本酵素は、X-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼであると結論付けられた。
【実施例2】
【0035】
〔β−カゾモルフィン7の酵素分解〕
β−カゾモルフィン7を基質として、酵素反応させてから、この反応生成物を分析した。まず、6.0mg/mlのβ−カゾモルフィン7(ペプチド研究所)のPBS溶液:50μlに対して、酵素溶液:50μlを加えて、37℃、2時間で酵素反応させた。その後に、約100℃(沸騰水中)、10分間で加熱して、酵素を失活させた。そして、Shoex Asahipak ODP-50 6Dカラム(昭和電工社)を用いて、HPLCにより、この反応液を分析した。0%〜100%の0.1%のTFAを含むアセトニトリルを用いて、グラジエントにより、活性画分を溶出(60分)させた。実際には、紫外線検出器(波長:214nm)で検出し、各ピーク中の反応生成物(ペプチドフラグメント)について、PDA検出器と、Quattro Premier XE MS systemを備えたUPLC-TQD-MS(Waters Acquity Ultra Performance LC system、Waters社)で分析した。カラムには、C18カラム(Waters Acquity UPLC BEH C18 column、Waters社)を用いて、溶媒A(0.1%のギ酸溶液)と溶媒B(アセトニトリル)で、グラジエントにより、活性画分を溶出(5%−35%の溶媒B:3.5分)させた。その結果を
図6,
図7及び表2に示した。
【0036】
【表2】
【0037】
分解物として、ピークA〜ピークEの5つのピークが検出され、ピークAから、Tyrが、ピークBから、Tyr-ProとPheが、ピークCから、Gly-Pro-Ile が、ピークDから、Phe-Proが、ピークEから、Phe-Pro-Gly-Pro-Ileのペプチドが検出された(
図6及び表2参照)。これらの出現の経過(
図7)によると、反応時間の経過とともに、β−カゾモルフィン7は減少し、ピークBは徐々に増加した。ピークEは徐々に増加するものの、60分の反応時間において、最大値を示し、その後に、ピークEは減少に転じた。ピークEの減少とピークDの増加が同時進行的に生じており、このことから、ピークEが分解して、ピークDが生じるものと考えられた。一方、ピークDはピークEの分解物であるものの、60分の反応時間に比べて、120分の反応時間では、ピークDのピーク面積は小さかった。このことは、反応時間の経過とともに、ピークBが120分まで増加し続け、ピークDの分解によって、Pheが生成されることとも一致する。これらのことから、当該酵素は、プロリン残基のC末端側のペプチド結合を切断し、N末端側からジペプチドを遊離すると言える。
【0038】
また、プロリンのC末端側のアミノ酸によって-Pro-Phe-や-Pro-Gly-、-Pro-Ile-の結合様式における分解速度は異なり、X-Pro-PheやX-Pro-Glyに比べて、X-Pro-Ileでは、この分解速度は遅いと言える。
【0039】
一方で、TyrやPheが分解産物として検出された。60分の反応時間において、ピークAは徐々に増加し、その後に、ピークAはほぼ一定であった。このことは、TyrがピークBのTyr-Proから供給されるものであり、ピークBが分解されることを示している。ここで、Tyr はβ−カゾモルフィン7やTyr-Proのジペプチドから遊離され、あるいはPheはピークEやPhe-Proのジペプチドから遊離されることが考えられるが、TyrやPheが遊離した後に生成され得るペプチドは検出されなかった。ところで、210nmの検出波長では、ProやGly、Ileが検出されないが、TyrやPheが検出されることから、当該酵素は、チロシニルプロリン(Tyr-Pro)やフェニルアラニルプロリン(Phe-Pro)のジペプチドを加水分解するものと考えられる。なお、上記の分解条件では、酵素を使わない場合、TyrやPheは遊離されなかった。
【0040】
これらの結果から、今回に分離されたラクトバチラス・ガセリ由来のペプチダーゼは、X-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼであることが明らかにされた。さらに、当該ラクトバチラス・ガセリに由来する X-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼでは、既に報告されている X-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼとは、酵素学的な特性が異なり、β−カゾモルフィン7からTyrやPheを単離し得る点で、新規なX-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼであると言える。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本願発明により、新規な X-プロリルジペプチジルアミノペプチダーゼが提供され、ラクトバチラス・ガセリにより、β−カゼインに由来するβ−カゾモルフィン7を低減化や無毒化することができる。
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]