【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、農林水産省、気候変動(高精度影響評価)委託事業、産業技術力強化法19条の適用を受ける特許出願
【文献】
ニホンナシ「幸水」の一年枝および花芽における冬季の糖代謝の特徴,果樹研究所2012年の成果情報,農研機構,2012年,p.1-3
【文献】
みんなのひろば 植物Q&A,「孔凍結」と「耐凍」について,[online],日本植物生理学会,2007年 3月 6日,p.1-2,[令和元年6月21日検索],URL,https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=1194
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
≪耐凍性判定方法≫
本発明の耐凍性判定方法は、植物の導管液中の糖含有量を指標として、前記植物の耐凍性を判定する方法である。
導管は、根から地上部に向かって養分を送る通路であり、一般的にストローのような仕切りのない筒状構造となっている。発明者らは、植物の導管液中の糖含有量を指標とすることで、植物の耐凍性を迅速かつ簡便に判定可能であることを見出した。
【0012】
(導管液の糖)
高い耐凍性を有する植物の導管液中には多くの糖が含まれる。導管液中を流れる糖分子の種類や組成は、植物の種類によって異なるが、導管液中に存在する糖は、耐凍性に寄与するものと考えられる。
導管液中には、‘転流糖’と呼ばれる、葉で光合成された光合成産物(グルコース等)や、貯蔵組織に蓄積された糖類(デンプン等)を基にして合成された糖分子であって、篩管や導管を通じて植物体全体や他の器官に輸送する際に用いられる糖分子が多く含まれる。
具体的な転流糖としては、スクロース, グルコース, ソルビトール, マンニトール, ラフィノース, スタチオース, フラクトース, ガラクトース, ミオイノシトール等を挙げることができる。
【0013】
本発明においては、例えば、導管液中の全糖含有量を指標としてもよく、導管液中の特定の種類の糖の含有量を指標としてもよい。特定の種類の糖の含有量として、導管液中の糖のうち主成分となる糖分子の含有量(主要糖の含有量)を指標としてもよい。
【0014】
(耐凍性)
一般に耐凍性とは、凍結温度にさらされた植物が、障害を受けずに生育可能な性質をいう。
従来法であるが、ある凍結温度において植物が耐凍性を有しているかを、直接的に調べる方法としては、例えば、植物を凍結温度下に置き、該温度下で該植物に凍害が生じるかどうかを調べればよい。植物を凍結温度下に置く期間は、植物種や対象の組織等に応じて定めればよいが、例えば数時間〜2日程度である。凍害の指標としては、凍結温度にさらされた植物の芽や葉など、植物の細胞や組織、植物個体等における、変色、亀裂発生、壊死、衰弱、枯死、発育の遅延、細胞内成分の漏出率(電解質漏出法)等を採用できる。ニホンナシの場合、代表的な凍害の様子としては、幹や枝の変色・壊死や枯れ上がり、花芽や葉芽の枯死、開花数の減少などが挙げられる。
【0015】
本発明の耐凍性判定方法は、上記の従来法の植物の耐凍性の判定を、実際に植物に凍害を生じさせずとも行うことができ、植物の耐凍性を導管液中の糖含有量から推定可能である。
【0016】
(導管液の採取)
植物の導管から導管液を採取する方法は、いかなる方法であってもよいが、例えば以下に示す方法により採取可能である。
【0017】
・採取部位
ここで、導管液の採取する部位としては、如何なる部位でも採用することができる。枝、幹、根、など如何なる部分から採取してもよい。特には、‘枝’から採取することが好ましく、伐採や剪定した枝を好適に用いることができる。
なお、厳密には測定した糖含有量は、測定したその枝の耐凍性を示すものであるが、樹木全体で糖含有量に大きな差異は見られない。
従って、本発明においては、樹木のいずれの部位の枝であっても、樹木全体の耐凍性の判定に用いることが可能である。
【0018】
また、枝を用いて確実に糖含有量を判定するためには、枝の半分くらいから先側の部分(特には枝先側の部分)から、導管液を採取することが望ましい。枝先側部分は、幹側部分に比べて、糖含有量の上昇が遅れて起こるため、より確実に耐凍性を判定できるからである。
【0019】
・採取方法
導管液を採取する方法としては、如何なる方法も採用することができる。例えば、注射針等を直接枝等に穿孔して採取する方法を採用することができるが、好ましくは、導管が筒状形状の管であることを利用して、以下に詳述する遠心法、加圧法、吸引法等を採用することが好適である。
【0020】
特に本発明においては、簡易迅速に導管液を回収する方法として、遠心によって枝の導管からの液を回収する方法を採用することができる。
具体的には、対象の樹から採取した枝を細断して、容器(例えば遠心管、コニカルチューブ等)に立てるように(枝と遠心力のかかる角度が鋭角又は垂直になるように)入れ、50×g以上の遠心力で遠心する方法を採用することができる。また、遠心力の上限値としては組織が壊れない範囲であれば良いが、例えば10,000×g以下を挙げることができる。なお、実際の操作を踏まえると、500〜5,000×gの範囲が実質的な範囲であり好適である。
当該遠心処理は、遠心が可能であれば如何なる機器や装置を用いることができ、通常の遠心分離機は勿論のこと、例えば、家庭用の洗濯機の脱水モードなどを利用することも可能である。
また、遠心管にひも等を付けて、ひもを持って人力で振り回すことによっても上記遠心力を得ることが可能である。具体的には、遠心管に遠心半径が50cm以上、好ましくは80cm以上となるようにひもを付けて振り回すことで、上記導管液を回収するのに必要な遠心力(g)を得ることが可能である。
例えば、遠心管の開口部に近い部分に2つ以上の穴をあけてひもを通して、遠心管とひもが輪になった形状のものを用いることができる。
また、遠心管を装脱着可能なアダプターにひもを取り付けた形状のものを使用することもできる。
【0021】
当該遠心では、細胞等は破砕されることがないため、導管(筒状の管)中の液体のみを、容器の底に回収することが可能となる。
ここで枝の細断としては、通常に(例えば3cm以上の長さで)細断すればよいが、細胞が破砕されるくらい細かく細断する処理を行った場合、液胞中の液体や原形質が混入し、以下の測定に供する上で好適でない。また、粉砕や磨砕処理を行うことも細胞が破砕されるため好適でない。
なお、長さの上限としては特に制限はないが、遠心管に入る長さであれば問題ないが、例えば20cm以下, 好ましくは15cm以下, さらには13cm以下を挙げることができる。
【0022】
・加圧法
また、上記遠心法以外に導管液を簡易に採取する方法としては、採取した枝の一方の端を加圧することによって、他方の端から導管液を回収する方法を採用することができる。
具体的には、枝の両端を細断した枝の一方の端にチューブ等を接続し、当該チューブ等を介して圧縮空気を送り込み、他方(反対)の端から導管液を押出して回収する方法を挙げることができる。
ここで加圧する手段としては、如何なる方法でも良いが、例えばプレッシャーチャンバー、空気入れ、シリンジ等を利用して圧縮空気を送ることができる。
【0023】
・吸引法
また、加圧法とは逆に、採取した枝の一方の端を吸引(減圧)することによって、当該一方の端から回収する方法を採用することができる。
具体的には、枝の両端を細断した枝の一方の端にチューブ等を接続し、当該チューブ等を介して吸引し、当該一方の端から導管液を吸引して回収する方法を挙げることができる。
ここで吸引(減圧)する手段としては、如何なる方法でも良いが、例えばシリンジ、アスピレーター、掃除機等を利用して、吸引することができる。
【0024】
上記採取した導管液は、そのまま分析に供することによって糖含有量を測定することが可能である。
例えば、ペーパークロマトグラフィー, 薄層クロマトグラフィー, 高速液体クロマトグラフィー, ガスクロマトグラフィー, キャピラリー電気泳動等を用いて分画し、これらに質量分析機, 電気化学検出器, エバポレイト光散乱検出器などを接続して、定量することで、全糖含有量および各種糖類の含有量の測定が可能となる。
そして、測定した糖含有量の値を指標として、耐凍性を判定することができる。
【0025】
〔簡易測定法〕
さらに本発明では、糖含有量と相関する他の値を指標として、より簡易迅速に耐凍性を判定することが可能である。例えば、以下の方法を採用することができる。
【0026】
・Brix指示値を指標とする方法
本発明では、導管液のBrix指示値を指標として、耐凍性を判定することが可能である。
Brix指示値は、溶液の屈折率が固形分濃度によって変化する性質を利用して、溶液に含まれる固形分の総量を表す値(度、%)である。
落葉樹の導管液成分においては、糖の占める割合が非常に高いため、Brix指示値と糖含有量は、非常に高い相関関係(傾きが直線となる一次関数の関係)を示す。
【0027】
本発明では、当該原理を利用して、Brix指示値から糖含有量を推定し、耐凍性の判定を行うことができる。
例えば、導管液中の転流糖の主要糖がソルビトールであるニホンナシの場合、ソルビトール含有量10mg/mLに相当するBrix指示値は約1.3であり、ソルビトール含有量20mg/mLに相当するBrix指示値は約2.3である。
【0028】
なお、当該判定において指標となるBrix指示値は、屈折計を用いることで測定可能であるが、飲料の糖度を測定するための簡易的な屈折計や糖度計を用いても測定できる。
【0029】
・全有機炭素含有量を指標とする方法
本発明では、導管液の全有機炭素(TOC)の含有量の値を指標として、耐凍性を判定することが可能である。
TOC含有量は、全有機物の炭素の含有量を示す値であるが、落葉樹の導管液成分においては、転流糖の占める割合が非常に高いため、TOC含有量と糖含有量は、非常に高い相関関係(傾きが直線となる一次関数の関係)を示す。
【0030】
本発明では、当該原理を利用して、TOC含有量から糖含有量を推定し、耐凍性の判定を行うことができる。
なお、当該判定において指標となるTOC含有量の値は、2mg/mL以上の有機態炭素を検出定量できる測定キットや装置であれば、如何なるものを用いても測定可能である。即ち、簡易測定キットを用いた判定が可能である。
【0031】
本発明の植物の耐凍性判定方法では、植物の導管液中の糖含有量を指標として、前記植物の耐凍温度を判定してもよい。耐凍温度では、植物は耐凍性を有していると判定できる。
【0032】
本明細書において、植物の耐凍性を示す値として、植物の或る温度における50%の凍害発生温度を、LT50(Lethal temperature 50%)(℃)と定義する。LT50(℃)は、植物の耐凍限界温度(℃)として使用可能である。植物のLT50(℃)の値が低いほど、その植物は低温への耐凍性を有しているといえる。
【0033】
発明者らは、後述する実施例において示すように、植物の導管液中の糖含有量と、上記LT50(℃)の値が非常によく相関することを見出した。
図3に示すように、
図3のグラフ中の下記式(1−4)で区分された範囲より高い値にあるy(Y
LT)の値は、LT50(℃)として判定可能な良好な結果が得られており、当該y(Y
LT)の値を有する植物の耐凍温度(℃)と判定することができる。
【0034】
本発明の植物の耐凍性判定方法は、植物の導管液中の全糖含有量をX(mg/mL)としたときに、下記式(1)の範囲内にあるY
LTの値を、前記植物の耐凍温度(℃)と判定してもよい。
Y
LT ≧ −0.398X−14.0 …(1)
【0035】
導管液中の全糖含有量Xの値を有する植物は、Y
LTの温度範囲内の温度であれば、耐凍性を有していると判定できる。上記式(1)は、Y
LT ≧ −0.398X−12.2であってもよく、Y
LT ≧ −0.398X−9.72であってもよく、Y
LT ≧ −0.398X−6.8であってもよく、Y
LT ≧ −0.398X−4.0であってもよい。
【0036】
なお、耐凍温度と判定された範囲内の温度であっても、例えば、非常に高い温度の場合には、植物の生育に適さない温度であると考えられる。植物の生育に適した環境の上限温度は、植物種やその他の条件に応じて適宜定めればよい。ニホンナシの場合、生育に適した上限温度は、30℃程度である。
【0037】
なお、本発明の植物の耐凍性判定方法は、耐凍温度(℃)の値が上記式(1)により求められたかどうかによって限定されるものではない。例えば、導管液中の糖含有量を指標として他の式により求めた耐凍温度(℃)の値(上記式(1)におけるY
LTに相当する値)が、上記式(1)により求められた範囲の値に該当するのであれば、他の式を用いて耐凍性を判断する方法も、本発明に包含される。
【0038】
本発明の植物の耐凍性判定方法では、植物の導管液中の全糖含有量をX(mg/mL)としたときに、下記式(2)の範囲内にあるY
LTの値を、前記植物の耐凍限界温度(℃)と判定してもよい。
−0.398X−14.0 ≦ Y
LT ≦ −0.398X−6.8 …(2)
【0039】
発明者らは、後述する実施例において示すように、植物の導管液中の糖含有量と、上記LT50(℃)の値が非常によく相関することを見出した。
図3に示すように、
図3のグラフ中の下記式(1−2)と下記式(1−4)に囲まれた範囲内にあるy(Y
LT)の値は、LT50(℃)として判定される良好な結果が得られており、当該範囲内のy(Y
LT)の値を植物の耐凍限界温度(℃)と判定することができる。
Y
LT=−0.398X−6.8 …式(1−2)
Y
LT=−0.398X−14.0 …式(1−4)
【0040】
また、
図3のグラフ中の下記式(1−2)と下記式(1−3)に囲まれた範囲内にあるy(Y
LT)の値は、LT50(℃)として判定される、さらに良好な結果が得られており、当該範囲内のy(Y
LT)の値を植物の限界耐凍温度(℃)と判定することができる。
Y
LT=−0.398X−6.8 …式(1−2)
Y
LT=−0.398X−12.2 …式(1−3)
【0041】
よって、本発明の植物の耐凍性判定方法では、植物の導管液中の全糖含有量をX(mg/mL)としたときに、下記式(3)の範囲内にあるY
LTの値を、前記植物の耐凍限界温度(℃)と判定してもよい。
−0.398X−12.2 ≦ Y
LT ≦ −0.398X−6.8 …(3)
【0042】
上記式(2)〜(3)によれば、導管液中の全糖含有量の値Xを有する植物は、温度範囲内の温度Y
LTが、耐凍限界温度であると判定できる。
例えば、植物の導管液中の全糖含有量Xが1mg/mLである場合、上記式(3)を用いて算出された植物の耐凍限界温度は、−12.598℃〜−7.198℃である。
50%未満の割合でならば、上記温度よりも高い温度で凍害が生じる植物が現れる可能性があるが、凍害対策を検討する際には、得られた耐凍限界温度に適宜加算した耐凍温度の基準を設けて検討すればよい。
算出されたLT50(℃)の値をもとに、当該対策を打つ必要があるか、打つ必要があるとすればかけるコストとそれによる障害軽減効果のバランスはどの程度か等を見極めることができ、LT50(℃)の値は非常に有益である。
【0043】
上記式(1)〜(3)において、全糖含量の値は、実施例に記載の方法により求めることができる。
【0044】
なお、本発明の植物の耐凍性判定方法は、耐凍限界温度(℃)の値が上記式(2)〜(3)により求められたかどうかによって限定されるものではない。例えば、管液中の糖含有量を指標として他の式により求めた耐凍限界温度(℃)の値(上記式(2)〜(3)におけるY
LTに相当する値)が、
図3中の上記式(1−2)と式(1−4)で囲まれた値、又は、上記式(1−2)と式(1−3)で囲まれた値に該当するのであれば、他の式を用いて耐凍性を判断する方法も、本発明に包含される。
【0045】
本発明では、糖含有量と相関する他の値を指標として、より簡易迅速に耐凍性を判定してもよい。発明者らは、後述する実施例に示すように、植物の導管液のBrix糖度の値を用いて、LT50(℃)を算出可能であることを見出した。
以下、導管液のBrix糖度の値とLT50(℃)の関係について説明するが、上記の導管液中の全糖含有量の値とLT50(℃)の関係と重複する内容について、説明を省略する。
【0046】
例えば、耐凍性を判定可能なBrix指示値の指標は、
図4に示す測定結果を参考にして求めることができる。
図4に示す測定結果に基づき、Xを導管液の全糖含有量(mg/mL)の値とし、Y
BをBrix糖度の値として、最小二乗法により下記式(A)が求められる。
Y
B=0.0945X+0.3262 …式(A)
【0047】
耐凍性と、Brix糖度の値との関係は、式(A)を上記式(1)〜(3)、(1−2)〜式(1−4)や、後述の式(1−1)等に当てはめ、求めてもよい。
Y
BをBrix糖度の値とし、Y
LTをLT50(℃)の値としたときに、下記式(4)の範囲内にあるY
LTを、前記植物の耐凍温度(℃)と判定してもよい。
Y
LT ≧ −4.21Y
B−12.63 …式(4)
【0048】
導管液中の全糖含有量Xの値を有する植物は、Y
LTの温度範囲内の温度であれば、耐凍性を有していると判定できる。上記式(4)はY
LT ≧ −4.21Y
B−10.83であってもよく、Y
LT ≧ −4.21Y
B−8.35であってもよく、Y
LT ≧ −4.21Y
B−5.43であってもよく、Y
LT ≧ −4.21Y
B−3.0であってもよい。
【0049】
本発明の植物の耐凍性判定方法では、植物の導管液のBrix糖度の値をY
Bとしたときに、下記式(5)の範囲内にあるY
LTの値を、前記植物の耐凍限界温度(℃)と判定してもよく、下記式(6)の範囲内にあるY
LTの値を、前記植物の耐凍限界温度(℃)と判定してもよい。
−4.21Y
B−12.63 ≦ Y
LT ≦ −4.21Y
B−5.43 …(5)
−4.21Y
B−10.83 ≦ Y
LT ≦ −4.21Y
B−5.43 …(6)
【0050】
上記式(5)〜(6)によれば、導管液中の導管液のBrix糖度の値Y
Bを有する植物は、温度範囲内の温度Y
LTが、耐凍限界温度であると判定できる。
【0051】
(植物)
本発明の適用対象の植物は特に制限されず、草本であってもよく、木本であってもよく、木本のなかでは落葉樹が好ましい。例えば、リンゴ、ナシ、モモ、スモモ、セイヨウスモモ、ウメ、アンズ、オウトウ、キイチゴ、アーモンド、サクラ、バラ等のバラ科(Rosaceae)植物、クリ等のブナ科(Fagaceae)植物、クルミ等のクルミ科(Juglandaceae)植物、ブドウ等のブドウ科(Vitaceae)植物、カキ等のカキノキ科(Ebenaceae)植物、イチジク等のクワ科(Moraceae)植物、ブルーベリー等のツツジ科(Ericaceae)植物等が挙げられる。これらのなかでも、バラ科に属する植物が好ましく、バラ科に属する木本植物がより好ましく、バラ科に属する果樹がさらに好ましい。バラ科植物のなかでも、ニホンナシ等のナシ属(Pyrus)植物が好ましい。
バラ科に属する植物としては、ニホンナシ(ナシ属), セイヨウナシ(ナシ属), チュウゴクナシ(ナシ属), リンゴ(リンゴ属), オウトウ[サクランボ](サクラ属), ウメ(サクラ属), スモモ(サクラ属), スピノサスモモ(サクラ属), アンズ(サクラ属), アメリカンチェリー[ブラックチェリー](サクラ属), スミミザクラ(サクラ属), アーモンド(サクラ属), ユスラウメ(サクラ属), モモ(モモ属), カリン(ボケ属),マルメロ(マルメロ属), セイヨウカリン(セイヨウカリン属), ジューンベリー(ザイフリボ
ク属), キイチゴ(キイチゴ属), ブラックベリー(キイチゴ属), ラズベリー(キイチゴ属)を挙げることができる。
【0052】
本発明の植物の耐凍性判定方法によれば、導管液の糖含有量の値、又は導管液の糖含有量の推定値を求めることのみで、簡便に植物の耐凍性を判定可能である。また、本発明の植物の耐凍性判定方法では、実際に植物に凍害を生じさせずとも、実際の植物の耐凍性を推定可能であることから、迅速に植物の耐凍性を判定可能である。
また、実際に植物に凍害を生じさせずとも、導管液の糖含有量から、実際の植物の耐凍温度又は耐凍限界温度を推定可能であることから、簡便かつ迅速に植物の耐凍温度又は耐凍限界温度を判定可能である。
本発明の植物の耐凍性判定方法によって得られた判定結果をもとに、迅速な凍害対策を検討可能である。
【0053】
≪耐凍性判定装置≫
本発明の耐凍性判定装置は、植物の導管液の糖含有量を計測する計測部と、前記計測部により計測された前記糖含有量を指標として、前記植物の耐凍温度を算出する算出部と、を備えたものである。
本発明の耐凍性判定装置は、上記の植物の耐凍性判定方法を採用したものであり、植物、導管液、糖含有量、耐凍温度等の、上記の植物の耐凍性判定方法で説明した内容と重複する内容について、説明を省略する。
【0054】
以下、本発明の耐凍性判定装置の一実施形態を、図面を参照して説明する。
図1は、一実施形態の耐凍性判定装置1を説明する斜視図である。耐凍性判定装置1は、計測部10と、算出部20と、表示部30とを備える。
計測部10では、計測部10に植物の導管液が供されると、導管液の糖含有量が計測される。計測部10によって取得された糖含有量の値は、算出部20に出力される。算出部20では、計測部10により計測された糖含有量をもとに、予め定められた算出式が設定されており耐凍温度が算出される。耐凍温度に係る算出式としては、上記の植物の耐凍性判定方法で説明したものを採用可能であり、例えば、上記式(1)、(4)を例示できる。耐凍温度は、耐凍限界温度であってもよい。耐凍限界温度に係る算出式としては、例えば、上記式(2)〜(3)、(5)〜(6)を例示できる。
耐凍性判定装置1は、表示部30を備える。算出された耐凍温度や耐凍限界温度は、表示部に表示される。
【0055】
なお、算出部は、糖含有量と相関する他の値を、上記糖含有量として指標にしてもよい。他の値としては、上記の植物の耐凍性判定方法において詳説したように、Brix指示値、全有機炭素含有量を例示できる。このような場合、耐凍性判定装置としては、例えば、Brix糖度を計測可能な装置が、さらに、前記計測部により計測されたBrix糖度を指標として前記植物の耐凍限界温度を算出する算出部を備えたものを例示できる。
【0056】
本発明の耐凍性判定装置によれば、導管液の糖含有量から、実際の植物の耐凍温度又は耐凍限界温度を推定可能であることから、簡便かつ迅速に植物の耐凍温度又は耐凍限界温度を判定可能である。
【0057】
≪栽培装置≫
本発明の植物の栽培装置は、植物の導管液の糖含有量を計測する計測部と、前記計測部により計測された前記糖含有量を指標として、前記植物の耐凍温度を算出する算出部と、植物の栽培環境を調節する調節手段と、前記算出部により算出された耐凍温度に基づき、前記調節手段を制御する制御部と、を備えたものである。
本発明の植物の栽培装置は、上記の植物の耐凍性判定方法を採用したものであり、植物、導管液、糖含有量、耐凍温度等の、上記の植物の耐凍性判定方法で説明した内容と重複する内容について、説明を省略する。また、計測部、算出部等の、上記の植物の耐凍性判定装置で説明した内容と重複する内容について、説明を省略する。
【0058】
以下、本発明の植物の栽培装置の一実施形態を、図面を参照して説明する。
図2は、一実施形態の栽培装置2を説明する模式図である。栽培装置2は、計測部11と、算出部21と、調節手段40と、制御部50とを備える。
計測部11では、植物Pの導管液の糖含有量が計測される。導管液を採取する方法としては、如何なる方法も採用することができるが、リアルタイムで導管液の糖含有量を計測することが好ましい。そのため計測部11は、導管液の採取手段12を有することが好ましく、採取手段12としては、枝等から直接導管液を採取可能な注射針等が挙げられる。計測部11によって取得された糖含有量の値は算出部21に出力される。算出部21は、計測部により計測された糖含有量をもとに、予め定められた算出式により耐凍温度を算出する。耐凍温度に係る算出式としては、上記の植物の耐凍性判定方法で説明したものを採用可能であり、例えば、上記式(1)、(4)を例示できる。耐凍温度は、耐凍限界温度であってもよい。耐凍限界温度に係る算出式としては、例えば、上記式(2)〜(3)、(5)〜(6)を例示できる。
【0059】
算出部21により算出された耐凍温度は、制御部50へと出力される。制御部50は、植物の栽培環境を調節する調節手段40の動作を制御する。調節手段としては、ヒーター、クーラー、送風機、散水装置、保温シート等が挙げられる。
【0060】
制御部には、栽培環境の、現在の栽培環境の気温又は将来の予想気温が入力されるよう設定されていてもよい。例えば、制御部に入力された栽培環境の予想最低気温が、植物の耐凍温度の基準を下回ると判定された場合には、温度調節手段を作動又は設置させて、栽培環境の気温を上昇させる又は保温能を向上させることができる。制御部に入力された栽培環境の予想最低気温が、植物の耐凍温度の基準を上回ると判定された場合には、栽培環境を変更する必要がないと判断できる。
【0061】
本発明の植物の栽培装置によれば、導管液の糖含有量から、実際の植物の耐凍温度又は耐凍限界温度を推定可能である。
植物が栽培環境に適応した耐凍性を獲得していると判定された場合には、栽培環境を変更する必要がないと判断できるため、過剰な栽培経費の発生を抑えることができる。
本発明の植物の栽培装置によれば、迅速に栽培環境が調節され、適切な凍害対策が実施されるため、植物の凍害被害が防止される。
【実施例】
【0062】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0063】
茨城県つくば市の屋外で栽培されていたニホンナシ(Pyrus pyrifolia)の「幸水」の成木を供試した。5カ年をかけ、各年の11月から翌年の3月にかけ、成木の枝の導管液を約1か月おきに採取した。導管液の採取は、枝を5〜10cm程度に切断して遠心管にいれ、3000rpm(1,000×g)で10分間遠心して行った。採取された導管液は採取後直ちに液体窒素凍結し、分析まで−80℃で保存した。また、導管液に酵素等が混入する可能性があり、糖が分解・変性される恐れがあることから、分析に先立ち、導管液を加熱処理(沸騰水中に3分以上の水浴)した。
導管液糖含有量は、示差屈折検出器を接続した液体クロマトグラフィー(カラム名:Rezox RCM-Monosaccharide C、Phenomenex)を用いて、主要な糖(スクロース、ソルビトール、グルコース、フラクトース)の含量を測定し、その合計を全糖含有量とした。
導管液を採取した樹と同じ樹の異なる枝の腋花芽の50%致死温度(LT50(℃))を、プログラムフリーザーを用いて測定した。なお、同じ樹の異なる枝の代わりに、同じ園で栽培した同一樹齢の樹の枝を用いてもよい。
本実施例におけるLT50(℃)は、導管液を採取した樹と同じ樹から採取した異なる枝を霧吹きで十分しめらせた後ポリ袋に入れ、0℃で3時間予冷した後、プログラムフリーザーの設定温度に16時間遭遇させた後に、0℃に3時間、5℃に5時間おいてから取り出した。処理後は20℃で2週間水挿ししたのち、花芽の成長点の褐変の有無により生死を判定した。設定温度ごとの花芽の枯死割合から枯死率が50%となる設定温度(℃)を算出した。算出式は、非特許文献2に記載されている。
【0064】
結果を表1に示す。また、
図3に、y軸をLT50(℃)、x軸を導管液の糖含有量(mg/mL)として、表1に示す値をプロットして得られたグラフを示す。
LT50(℃)と導管液の糖含有量(mg/mL)とを比較したところ、5カ年を通じ、有意な負の相関を示した。
【0065】
【表1】
【0066】
これらの値について、Xを導管液の全糖含有量(mg/mL)の値とし、Y
LTをLT50(℃)の値として、最小二乗法により近似線を求め、下記式(1−1)を算出した。R
2値は、R
2=0.7547であり、強い相関が認められた。
Y
LT=−0.398X−9.72 …式(1−1)
【0067】
図3中、(♯1)(♯2)(♯3)を通る各近似線を求め、それぞれ下記式(1−2)〜(1−4)を算出した。
Y
LT=−0.398X−6.8 …式(1−2)
Y
LT=−0.398X−12.2 …式(1−3)
Y
LT=−0.398X−14.0 …式(1−4)
【0068】
上記と同様の方法により、3カ年にわたり採取した導管液サンプルに対し、液体クロマトグラフィーを用いて全糖含有量(mg/mL)を求め、更にBrix糖度計を用いてBrix糖度を求め、全糖含有量とBrix糖度との相関を調べた。
【0069】
結果を
図4に示す。Xを導管液の全糖含有量(mg/mL)の値とし、Y
BをBrix糖度の値として、最小二乗法により近似線を求め、下記式(A)を算出した。R
2値は、R
2=0.949であり、非常に強い相関が認められた。
Y
B=0.0945X+0.3262 …式(A)
【0070】
このことから、液体クロマトグラフィー等が使用できない場合でも、Brix糖度計を用いることにより、より簡便に耐凍性の判断が可能であることが明らかとなった。
【0071】
式(1−1)〜式(1−4)に式(A)を当てはめ、Y
BをBrix糖度の値とし、Y
LTをLT50(℃)の値として、それぞれ式(A−1)〜式(A−4)を得た。
Y
LT=−4.21Y
B−8.35 …式(A−1)
Y
LT=−4.21Y
B−5.43 …式(A−2)
Y
LT=−4.21Y
B−10.83 …式(A−3)
Y
LT=−4.21Y
B−12.63 …式(A−4)
【0072】
以上で説明した各実施形態における各構成及びそれらの組み合わせなどは一例であり、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。また、本発明は各実施形態によって限定されることはなく、請求項(クレーム)の範囲によってのみ限定される。