特許第6655910号(P6655910)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6655910-植物ウイルス病の伝染の防除方法 図000005
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6655910
(24)【登録日】2020年2月6日
(45)【発行日】2020年3月4日
(54)【発明の名称】植物ウイルス病の伝染の防除方法
(51)【国際特許分類】
   A01N 63/00 20200101AFI20200220BHJP
   A01P 1/00 20060101ALI20200220BHJP
   A01N 25/00 20060101ALI20200220BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20200220BHJP
【FI】
   A01N63/00 FZNA
   A01P1/00
   A01N25/00 102
   C12N15/09 Z
【請求項の数】2
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-166162(P2015-166162)
(22)【出願日】2015年8月25日
(65)【公開番号】特開2016-166167(P2016-166167A)
(43)【公開日】2016年9月15日
【審査請求日】2018年8月22日
(31)【優先権主張番号】特願2015-43991(P2015-43991)
(32)【優先日】2015年3月5日
(33)【優先権主張国】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 掲載日 平成27年2月26日 掲載場所 http://www2.nanocos.com/ppsj2015/meeting/program.html
(73)【特許権者】
【識別番号】000004477
【氏名又は名称】キッコーマン株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】304036743
【氏名又は名称】国立大学法人宇都宮大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】井上 登志郎
(72)【発明者】
【氏名】新子 泰規
(72)【発明者】
【氏名】佐山 春樹
(72)【発明者】
【氏名】斉藤 渉
(72)【発明者】
【氏名】西川 尚志
(72)【発明者】
【氏名】夏秋 知英
(72)【発明者】
【氏名】村井 保
【審査官】 松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−161266(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/105696(WO,A1)
【文献】 特開2004−283164(JP,A)
【文献】 特開2000−264806(JP,A)
【文献】 植物防疫, 2010, Vol.64, No.12, p.822-825
【文献】 Phytopathology, 1993, Vol.83, No.4, p.405-410
【文献】 Plant Disease, 1997, Vol.81, No.7, p.733-738
【文献】 日本植物病理学会報, 1996, Vol.62, No.3, p.261-344
【文献】 日本植物病理学会報, 1998, Vol.64, No.4, p.328-438
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 63/00
A01N 25/00
A01P 1/00
C12N 15/09
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
WPIDS/WPIX(STN)
FSTA(STN)
AGRICOLA(STN)
BIOTECHNO(STN)
SCISEARCH(STN)
TOXCENTER(STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物に非虫媒性一次ウイルスを予防接種しておくことによって、前記非虫媒性一次ウイルスを含む前記植物に感染した虫媒性二次ウイルスの伝染を減少させる
非虫媒性一次ウイルスがズッキーニ黄斑モザイクウイルス(ZYMV)のZY−02株であり、二次ウイルスがズッキーニ黄斑モザイクウイルス(ZYMV)である、方法。
【請求項2】
二次ウイルスが4S株である、請求項1に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物ウイルス病の伝染の防除方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
植物ウイルス、菌類などによる植物病害は、農作物生産の大きな脅威となっており、世界の食糧生産の損失の1割にも達する。中でも植物ウイルス病に対しては直接治療する手段がないことから、ウイルス抵抗性品種の利用や媒介性生物の薬剤駆除を中心とした防除手段が取られている。
しかしながら、これらの防除手段では、植物ウイルス病の発生を充分に抑制することはできない。
【0003】
例えば、トマト黄化葉巻ウイルスは(以下、「TYLCV」と記載する場合がある。)はタバココナジラミによって伝染されトマト生産の大きな脅威となっており、殺虫剤散布に大きく依存した防除が行われてきた。それが一因となり、薬剤感受性の低いバイオタイプが優占し分布が拡大し、さらなる脅威となっている。
そこで、TYLCVの防除手段として、薬剤散布以外の防除法との組み合わせが取り入れられてきた。薬剤散布以外の防除法としては、具体的には、細目合いの防虫ネット展張、紫外線カット資材などの物理的防除や、耐性品種作物の栽培、作付け時期の調整などの耕種的防除である。
このような状況は、アブラムシやアザミウマなど植物ウイルスを媒介する昆虫が存在する場合には共通しており、また、TYLCVに対しても、依然として植物ウイルスの感染、発病の脅威は大きい。
【0004】
特許文献1には、媒介虫により伝染されないトマト黄化葉巻ウイルス(非虫媒性TYLCV)が、耐病性トマトからTYLCV感受性トマトへの伝染されないこと、また、他の虫媒性TYLCVが、非虫媒性TYLCVを予め接種させた耐病性トマトに感染することもなく、かつ、当然に、非虫媒性TYLCVを予め接種させた耐病性トマトからさらに他のTYLCV感受性トマトへ二次的に虫媒伝染されることもないことが記載されている。
また、病原性を弱めたウイルスを利用した弱毒ワクチン(弱毒ウイルスともいう)によるウイルスの防除方法として、キュウリモザイクウイルス(以下、「CMV」と記載する場合がある。)やズッキーニ黄斑モザイクウイルス(以下、「ZYMV」と記載する場合がある。)の弱毒ウイルスを使った防除が実用化されている(非特許文献1及び2)。しかしながら、同種類のウイルスであるにもかかわらず、干渉効果が不十分で混合感染が生じる事例がみられる(非特許文献3及び4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2012/105696号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Phytopathology,1993,83,p.405−410
【非特許文献2】Plant Disease,1997,81(7),p.733−738
【非特許文献3】日本植物病理學會報,1996,62(3),p.332
【非特許文献4】日本植物病理學會報,1998,64(4),p.428
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、このような事例は弱毒ウイルスでも生じ得る可能性がある。もしこのようなことが圃場で起こると、弱毒ウイルスを施用していない近隣圃場に植物ウイルス病が伝染拡大するおそれがある。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、植物ウイルス病の伝染を防ぐ、新たな防除方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、予め植物ウイルスを植物に接種しておくことで、該植物に後から感染した他の植物ウイルスが増殖しても、その後の該他の植物ウイルスの伝染を抑制する作用があることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
(1)
植物に一次ウイルスを予防接種しておくことによって、前記一次ウイルスを含む前記植物に感染した二次ウイルスの伝染を減少させる方法。
(2)
二次ウイルスが虫媒性である、(1)に記載の方法。
(3)
一次ウイルスがトマト黄化葉巻ウイルス(TYLCV)である、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)
一次ウイルスがズッキーニ黄斑モザイクウイルス(ZYMV)である、(1)又は(2)に記載の方法。
(5)
(1)〜(4)のいずれかに記載の一次ウイルスを含む植物体。
(6)
(1)〜(4)のいずれかに記載の二次ウイルスをさらに含む、(5)の植物体。
(7)
カルス等から誘導される、(5)又は(6)に記載の植物体。
(8)
(7)に記載の植物体を栄養繁殖することで得られる植物体。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、植物ウイルス病の伝染を防ぐ、新たな防除方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】一次ウイルス処理トマトおよび無接種トマトに対する二次ウイルスの接種(以下、「チャレンジ接種」という。)後5週目における二次ウイルス感染分析の結果の一部を示す。一次ウイルス接種区では,二次ウイルスの検出バンドが対照区(一次ウイルス無接種区)に比べて薄いことが確認できる。Pは二次ウイルスのポジティブコントロールを示す。
図2】検出用プライマーを用い、一次ウイルス及び二次ウイルスをカボチャ葉から抽出しウイルス検出した結果を示す。a及びbは一次ウイルス(ZY−02)検出プライマーで増幅した結果を示し、c及びdは二次ウイルス(4S)検出プライマーで増幅した結果を示す。aとcのレーン1−9は、一次ウイルス及び二次ウイルス接種株を示し、aとcのレーン10−12は、一次ウイルスのみ接種株を示す。bとdのレーン13−21は、二次ウイルスのみ接種株を示し、bとdのレーン22−24は、ウイルスフリー株を示す。aとc、bとdで、同じレーンは、同じ株のカボチャ由来であることを意味する。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0014】
本発明は、植物に一次ウイルスを予防接種しておくことによって、前記一次ウイルスを含む前記植物に感染した二次ウイルスの伝染を減少させる方法である。
【0015】
本発明において、一次ウイルスとは、該一次ウイルスを含む植物において、同種のウイルスの感染を抑制する干渉効果を有するウイルスを意味する。
すなわち、ウイルスが感染を抑制する干渉効果を有するとは、一次ウイルスが予め接種(予防接種)されていることにより、一次ウイルスが感染した植物に他のウイルスが伝播されても、伝播されたウイルスが植物に感染しないことを意味する。
本発明における一次ウイルスは、同種のウイルスに対して、干渉効果を示すだけではなく、干渉効果が不完全な二次ウイルスに対して、二次伝染を減少させるという効果も有する。
一次ウイルスを植物に予防接種しておくことで、例えば、後から同種のウイルスを保毒している媒介昆虫が一次ウイルスを予め接種させた植物に接触したとしても、該媒介昆虫が保有する強毒の虫媒性ウイルスは、一次ウイルスを予め接種させた植物に感染することもない干渉効果とは、本発明の方法が、二次ウイルスが、一次ウイルスが予め接種された植物に感染し、その後の他の植物への二次伝染を抑制させる方法である点で異なる。
【0016】
本発明における一次ウイルス及び二次ウイルスとしては、ジェミニウイルス科、ポティウイルス科、ブロモウイルス科、及びクロステロウイルス科に属するウイルス等が挙げられる。
中でも、Arch Virol 2008,153,p.783−821に記載される、ジェミニウイルス科(Geminiviridae)ベゴモウイルス属(Begomovirus)及びVirus Taxonomy 2005,p.819−842に記載される、ポティウイルス科(Potyviridae)ポティウイルス属(Potyvirus)として分類されるウイルス等が好ましい。
ウイルスとしては、例えば、ジェミニウイルス科のトマト黄化葉巻ウイルス(TYLCV)、ビーンゴールデンモザイクウイルス(BGMV)、イーストアフリカンキャッサバモザイクウイルス(EACMV)、ペッパーゴールデンモザイクウイルス(PGMV)、タバコ葉巻日本ウイルス(TLCJV)、トマトリーフカールチャイナウイルス(ToLCCV)、トマトイエローリーフカールチャイナウイルス(TYLCCNV)、及びサツマイモ葉巻日本ウイルス(SPLCJV)、ポティウイルス科のズッキーニ黄斑モザイクウイルス(ZYMV)、ジャガイモYウイルス(PVY)、ビートモザイクウイルス(BtMV)、クローバ葉脈黄化ウイルス(ClYVV)、ウメ輪紋ウイルス(PPV)、ジャガイモAウイルス(PVA)、及びタバコ脈斑ウイルス(TVMV)、ブロモウイルス科のキュウリモザイクウイルス(CMV)、トマトアスパーミウイルス(TAV)、及びラッカセイ矮化ウイルス(PAV)、クロステロウイルス科のカンキツトリステザウイルス(CTV)、並びにタバコモザイクウイルス(TMV)等が挙げられる。
中でも、トマト黄化葉巻ウイルス(TYLCV)、イーストアフリカンキャッサバモザイクウイルス(EACMV)、ズッキーニ黄斑モザイクウイルス(ZYMV)、キュウリモザイクウイルス(CMV)、カンキツトリステザウイルス(CTV)、及びタバコモザイクウイルス(TMV)等が好適なウイルスであり、トマト黄化葉巻ウイルス(TYLCV)及びズッキーニ黄斑モザイクウイルス(ZYMV)であることがより好適である。
【0017】
一次ウイルスとしては、干渉効果を有するウイルスとして公知のウイルスを用いることができる。
干渉効果を有するウイルスとしては、具体的には、トマト黄化葉巻ウイルス(TYLCV)としては、国際公開第2012/105696号に記載される17G株、ズッキーニ黄斑モザイクウイルス(ZYMV)としては、ZY−02株、TMV−L11A株、CMV−KO2株、及びCTV−HM55株等が挙げられる。
【0018】
また、一次ウイルスとしては、干渉効果を有するウイルスとして、弱毒ウイルスであってもよい。
本発明において、弱毒ウイルスとしては、植物にウイルスに由来する症状を生じさせないか、または軽微な症状しか生じさせないウイルスである。
本発明においては、一次ウイルスとして、弱毒ウイルスであって、干渉効果を有するウイルスを用いることができる。また、一次ウイルスとしては、媒介虫により伝染されない、非虫媒性であることが好適である。
【0019】
本発明において、一次ウイルスが予防接種される植物は、一次ウイルスの宿主となる植物を意味する。
すなわち、一次ウイルスが感染するウイルスであれば、特に限定されないが、例えば、ナス科、ウリ科、マメ科、及びミカン科等の植物が挙げられる。
ナス科植物としては、例えば、タバコ、トマト、ナス、ピーマン、トウガラシ等が挙げられ、ウリ科植物としては、例えば、キュウリ、メロン、カボチャ、ズッキーニ等が挙げられ、マメ科としては、例えば、ソラマメ、インゲンマメ、及びダイズ等が挙げられ、並びにミカン科の植物としては、ウンシュウミカン、ユズ、及びハッサクなどのかんきつ類等が挙げられる。
【0020】
本発明において、予防接種とは、植物に、一次ウイルスを感染させておくことを意味する。一次ウイルスの植物への予めの感染は、植物のどの成長段階で行ってもよく、接木接種できるにより行うことができる。接木及びその後の一次ウイルスの感染を効率よく行うためには、本葉2〜6枚ころに行うことが好ましい。
また、一次ウイルスの植物への接種は、例えば、植物の幼苗に対して、一次ウイルスの感染葉を接種源にして研磨剤としてセライトを塗した綿棒を用いて擦り付けることによっても感染させることができる。
一次ウイルスの維持方法は、接木又は挿木増殖によることが好ましく、一次ウイルスを感染させた植物としては、わき芽を利用することができ、わき芽の大きさが本葉2枚以上の状態であれば、十分にウイルスを有していることを確認できる。
【0021】
植物ウイルスを「伝染」するとは、元々は植物ウイルスの確認できなかった植物において、ウイルス症状が現れるようになった場合のみでなく、植物においてウイルス症状として現れなくても、植物ウイルスが植物に感染していることが遺伝子分析等で確認できる場合を含む。
【0022】
本発明において、二次ウイルスとは、例えば、一次ウイルスと同種のウイルスであるが、異系統のウイルスが挙げられる。
一次ウイルスが感染している植物に、一次ウイルスの干渉作用に感受性のウイルスが伝播された場合、伝播されたウイルスは植物に感染しないが、本発明における二次ウイルスは、一次ウイルスと、例えば、異系統のウイルスであって、植物に感染する。
【0023】
本発明において、伝染を減少させるとは、一次ウイルスが感染している植物に対し、二次ウイルスが感染はするが、感染した植物からの二次ウイルスの伝染が減少していることを意味する。

伝染の減少は、例えば、以下の方法により確認することができる。
一次ウイルスが予防接種された植物に二次ウイルスを感染させ、当該植物から、二次ウイルスが、ウイルスフリーの植物に伝染するか確認する(二次伝染率1)。
同時に、一次ウイルスが予防接種されていない植物に二次ウイルスを感染させ、当該植物から、二次ウイルスが、ウイルスフリーの植物に伝染するか確認する(二次伝染率2)。
ここで、両者の二次伝染率を比較することにより、二次ウイルスを予防接種された植物からの二次伝染率が、二次ウイルスを予防接種されていない植物からの二次伝染率よりも低い値であれば、二次ウイルスの伝染が減少したとして確認することができる。
二次ウイルスの伝染率の減少は、例えば、二次伝染率1/二次伝染率2×100として、例えば、50%以下、20%以下であることが好ましく、10%以下であることがより好ましい。なお、本発明においては、二次ウイルスの二次伝染率は、実質的に0より大きい。
【0024】
本発明において、二次ウイルスの伝染は、特に限定されるものではないが、媒介虫による伝染、食物の接木による伝染、経卵伝染、接触伝染、種子伝染、土壌伝染、及び感染葉磨砕汁液の機械的接種による伝染等が挙げられるが、二次ウイルスの伝染が減少していることを確認する上では、媒介虫による伝染が好適であり、この場合、二次ウイルスは、虫媒性ウイルスである。本発明においては、一次ウイルスは、非虫媒性ウイルスであり、二次ウイルスは、虫媒性ウイルスである組み合わせであることが好適である。
本発明においては、予め一次ウイルスを接種しておくことで後から感染した二次ウイルスが増殖しても、その後の媒介虫による伝染を抑制する作用がある。このことは、媒介虫が数多く存在する作物圃場において、媒介虫による二次ウイルスの取り込みを低減させ、植物ウイルスの拡散をし難しくする効果を発揮し、ウイルス病害が広く拡大することを防止することにつながる。したがって、本発明により、これまでの干渉効果の限界を克服し、植物ウイルスの伝染拡大を防止する方法を提供することができる。
以下の実施例に示すように、本発明者らは、複数の植物ウイルス種、植物種において二次ウイルスの二次伝染を抑制する効果があることを発見した。本発明により、新たな植物ウイルスの防除方法が提供される。
【0025】
本発明においては、一次ウイルスを感染させた、一次ウイルスを含む植物体も提供される。また、一次ウイルスと二次ウイルスが感染した植物体も提供される。
植物体としては、特に限定されるものではないが、植物体から得られる葉、茎、根、花、種、果実、苗、切り花、球根、リン片、細胞塊、カルス、及びプロトプラストなどが挙げられる。
植物体としては、カルス等から誘導される植物体であってもよく、カルス等から誘導される植物体を栄養繁殖した植物体であってもよい。
一次ウイルスを感染させた植物としては、一次ウイルス種に対する耐病性の植物を用いることもできる。耐病性の植物としては、一次ウイルスの感染は受けるものの、一次ウイルスによるウイルス病の病徴は抑えることのできる耐性遺伝子を有する植物が挙げられる。
耐病性の植物としては、耐性遺伝子を自然獲得した野生株であってもよく、耐性遺伝子を交配により導入した植物であってもよく、耐性遺伝子を遺伝子組換え技術によって導入した植物であってもよい。
【0026】
植物体は、接木後の形態の植物であってもよく、特に限定されないが、植物苗を得ることができるものであり、また、接木苗を得るための、穂木、台木、中間木などが挙げられる。
【0027】
種子から育てた苗を「自根苗」というのに対して、病気などに強い別の植物や別の品種を台木に接木した苗を「接木苗」という。植物体としては、自根苗であってもよく、接木苗であってもよい
【実施例】
【0028】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0029】
[実施例1]
一次ウイルス接種区の被験トマトとして、トマト苗(品種:大安吉日、ナント種苗)に一次ウイルスとしてTYLCVを感染させ植物体全身に感染した。TYLCVを感染させた被験トマトをアクリルケージに設置した。一次ウイルスとしてのTYLCVとしては、国際公開第2012/105696号に記載される17G株を用いた。
17G株の全長DNA配列をアグロバクテリウム用バイナリーベクターpCAMBIA2300(CAMBIA社)に挿入し、プラスミド(pCAM17G1)として、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに平成22年11月2日に受領され、受領番号FERM−AP22037が付与され、2010年12月3日に受託番号FERM P−22037が付与されている。該プラスミドは、植物体にアグロインフィルタレーション法で感染させ、ウイルスが発現し、非虫媒性が保たれていることを確認している。また、該プラスミド及び17G株は、本出願人によって保存維持されており、日本国特許法施行規則27条の3の規定に準ずる分譲は本出願人が保証する。
なお、17G株は、国際公開第2012/105696号に記載されるように、配列番号1記載の塩基配列で表されるDNAを有する植物ウイルスであって、媒介虫により伝染されないトマト黄化葉巻ウイルス(非虫媒性TYLCV)の代表株といえる植物ウイルスである。非虫媒性TYLCVは、本発明における一次ウイルスとして好適に用いることができる。
また、TYLCVの非虫媒性として、TYLCVのCP領域に存在する3アミノ酸が虫媒性に関与していると考えられており、CP領域をコードする配列番号2又は配列番号3の塩基配列で表されるDNAを有する、TYLCVが、非虫媒性という性質を有すると考えられる。配列番号4又は配列番号5で示されるアミノ酸配列で示されるペプチドを有するTYLCVも非虫媒性という性質を有するものである。
なお、非虫媒性という性質を有するTYLCVを提供できるのであれば、配列番号4又は配列番号5のアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、付加、および/または置換されたアミノ酸配列で示されるペプチドを有するTYLCVも一次ウイルスとして用いることができる。さらに、非虫媒性という性質を有するTYLCVを提供できるのであれば、配列番号4又は配列番号5のアミノ酸配列の、例えば、80%、好ましくは85%、より好ましくは90%、さらに好ましくは95%、よりさらに好ましくは98%の相同性を有するアミノ酸配列で示されるペプチドを有するTYLCVも一次ウイルスとして用いることができる。
また、本発明においては、外皮タンパク質(CP)のアミノ酸として、アルギニン(80)、フェニルアラニン(147)、及びアスパラギン(171)を有するTYLCVも非虫媒性のウイルスとして一次ウイルスとして用いることができる。さらに、各3つのアミノ酸が、CP領域における80番目、147番目、171番目に厳密に存在している必要はなく、当業者に公知の手法によりアラインメントした際に、該当するアミノ酸がそれぞれアルギニン、フェニルアラニン、アスパラギンであるアミノ酸配列を有するウイルスも一次ウイルスとして用いることができる。また、アルギニン(80)、フェニルアラニン(147)、及びアスパラギン(171)がそれぞれ、非虫媒性というウイルスにおける機能を保持できるのであれば、構造上類似するアミノ酸に置換されていてもよい。アルギニン(80)、フェニルアラニン(147)、及びアスパラギン(171)は、一文字表記する場合には、R80、F147、N171と表される。本発明においては、外皮タンパク質としての機能を失わない限り、R80、F147、及びN171の3つのアミノ酸を外皮タンパク質内に有するTYLCVが、非虫媒性を示すウイルスであり、一次ウイルスとして用いることができる。本発明において、ウイルスの外皮タンパク質におけるアミノ酸として、アルギニン(80)、フェニルアラニン(147)、及びアスパラギン(171)を有する非虫媒性TYLCVは、虫媒性TYLCVのCPタンパク質におけるQ80R、Y147F、及びK171Nに相当する変異として、R80、F147、及びN171を有しているウイルスであってよく、Q80、Y147、及びK171を厳密に有している虫媒性TYLCV由来でなくても、アラインメントすることにより相当するアミノ酸が、それぞれ、アルギニン、フェニルアラニン、及びアスパラギンを有していればよい。
対照区(一次ウイルス無接種区)の被験トマトには、ウイルスフリーのトマト苗(品種:大安吉日、ナント種苗)を用いた。
次に、チャレンジ接種を行うため、二次ウイルスとしてTYLCVを感染させたトマト苗(品種:大安吉日、ナント種苗)にウイルスフリーのタバココナジラミを5日間放飼し、二次ウイルス保毒虫を得た。二次ウイルスとしてのTYLCVとしては、イスラエルマイルド系統233G株を用いた。
先に準備した被験トマトを設置したアクリルケージに、二次ウイルス保毒虫を被験トマトあたり10頭以上となるように放飼した。チャレンジ接種に用いたタバココナジラミの保毒虫率は100%で、十分にウイルスを保毒していることを確認した。
チャレンジ接種後、被験トマトを隔離網室で生育させた。
二次ウイルスの感染を確認するため、チャレンジ接種後5週目の被験トマトの上葉を採取し、ウイルスDNAを抽出した。ウイルスDNAの抽出方法は次の通りである。
トマト葉を緩衝液(100 mM Tris HCl pH8.0,50mM EDTA,500 mM NaCl,0.001% 2−Mercaptoethanol)で磨砕し、10%SDSを添加して65℃、10分間処理した。次に、5M酢酸カリウムを添加し、遠心分離した。得られた上清をフェノール/クロロホルム(1:1)で処理した後、2−プロパノールで沈殿させ、DNAを濃縮回収した。ウイルスDNAを抽出した後、抽出DNAを鋳型に、二次ウイルス検出プライマーのTYmdv1(5’−ATTGACCAAGATTTTACACTTATCCC−3’:配列番号6)、TYunic1(5’−AAGTGGRTCCCACATATTGCAAGA−3’:配列番号7)及びGoTaq(登録商標) Green Master Mix(Promega社製)を用いてPCRによってウイルスDNAの増幅を試みた。結果を図1に示す。
対照区(図1中、一次ウイルス無接種区)における二次ウイルス検出株数は18/20(被検トマト株数)であったのに対し、一次ウイルス接種区では16/18(被検トマト株数)と、二次ウイルスの感染株数に大きな差はなかった。しかしながら、一次ウイルス接種区において、PCRで検出した二次ウイルスの電気泳動のバンドは、対照区のものに比べて明らかに細く薄いものであった。
【0030】
PCR後に電気泳動した増幅産物のバンドの濃さによって、抽出したウイルスDNA量がある程度推定できる。チャレンジ接種後10週目にウイルスDNAを抽出し、PCRで増幅後、その増幅産物を電気泳動の泳動バンドの濃さで比較すると、一次ウイルス接種トマト株における二次ウイルスのバンドは、一次ウイルスを接種しなかった場合と比べて、そのバンドが薄い傾向にあった。PCR陽性だったトマト株のうちバンドが薄い割合は、一次ウイルス接種トマトで87.5%、一次ウイルス無接種トマトでは22.2%であった(表1)。
このことは、一次ウイルスを接種しておくと後から伝染された二次ウイルスの増殖が抑制される可能性を示唆している。
また、チャレンジ接種後5週目と10週目の結果から、一次ウイルスを接種したトマトでは、二次ウイルスの感染を防ぐことはできないが、二次ウイルス感染後のウイルス増殖を抑え続けていることが示唆された。
【0031】
表1.TYLCVにおける二次ウイルスのPCRによるバンドの濃度差(接種10週目)
【0032】
【表1】
【0033】
二次ウイルス接種後12週目に、PCR後の電気泳動バンドの濃いトマト株、薄いトマト株に分け、これらのトマト株を伝染源としてタバココナジラミに十分保毒させ、ウイルスフリーのトマトに二次伝染させた。具体的には、次のような手順で実験を行った。
伝染源のトマト株を個別に1株ずつケージセットし、ウイルスフリーのタバココナジラミに5日間保毒させた。伝染源のトマト株1株につき、二次伝染試験用の被験トマトとして、トマト苗(品種:ハウス桃太郎、タキイ種苗)を新たに10本用意して、苗あたり10頭以上放飼し、5日間接種吸汁させた。
その結果、対照区でバンドの濃かった区では二次伝染が75%、バンドの薄かった区では二次伝染が20%みられた。一方、一次ウイルス接種区において、バンドの濃かった区では二次伝染が30%だったものの、バンドの薄かった区では二次伝染が起こらなかった。
ウイルスを一次接種した場合と接種しなかった場合における二次ウイルス伝染率の違いは、PCR検出バンドの濃淡の割合に伝染率を乗じて算出した。この伝染率の合計値を、一次ウイルスを接種した場合としなかった場合で比べると、一次ウイルスを接種しなかった対照区では、全体の二次伝染率が62.7%(二次ウイルス検出バンドが濃い場合の58.3%と薄い場合の4.4%の合計)となるのに対し、一次ウイルス接種区では3.8%(二次ウイルス検出バンドが濃い場合の3.8%と薄い場合の0%の合計)となる(表2)。
したがって、一次ウイルスを接種しておくと二次ウイルスの増殖が抑制され、二次ウイルスの伝染率が一次ウイルスを接種しなかった場合に比べておよそ16分の1になることが予想される。
以上の結果から、一次ウイルスが存在することで、二次ウイルスの感染が阻止できないとしても、その増殖を抑制し、二次伝染率を低くする効果、すなわち、一次ウイルスを接種したトマトからの二次ウイルスの二次伝染が起こりにくいことが推察された。
【0034】
表2.一次ウイルス接種及び無接種トマトに二次ウイルスをチャレンジ接種したトマトからの二次ウイルスの二次伝染率
【0035】
【表2】
【0036】
[実施例2]
ウイルスフリーのカボチャ苗(品種:えびす、タキイ種苗)24本を準備し、半数ずつ一次ウイルスとしてのZYMV(ZY−02株、Journal of General Plant Pathology、2006、72,p.52−56を参照)接種区と無接種区(対照区)に配置した。
一次ウイルス接種後10日目に二次ウイルスとしてZYMV(4S株、日本植物病理学会報,2006,72,p.40を参照)を汁液接種した。
チャレンジ接種後8日目に、本葉第5葉をサンプリングして一次ウイルス及び二次ウイルスの識別プライマーを用いて混合感染分析を行った。
一次ウイルス検出プライマー(ZY−02を検出)として、Z5−457F(5’−CGCTCGTATTGAGCATGATG−3’:配列番号8)とZ5−793R(5’−TTCCTCATGCGCGACTGACACC−3’:配列番号9)を使用し、二次ウイルス検出プライマー(4Sを検出)として、Oki4S−386F(5’−GCGGACTTAGAGGCCTTGTT−3’:配列番号10)とOki4S−1087R(5’−TATCGCGCGCAATTTTGAGG−3’:配列番号11)を使用した。PrimeScript II High Fidelity One Step RT−PCR Kit(TaKaRa社製)を用いてRT−PCRを行った。
一次ウイルスは接種したすべてのカボチャから検出され、接種しなかったカボチャからは検出されなかった(図2a,b)。二次ウイルスは、一次ウイルスを接種しなかった対照区では100%検出されたものの、一次ウイルス接種区では67%検出された(図2c,d)。
【0037】
そこで、二次ウイルスを接種したカボチャ苗を伝染源とし、ワタアブラムシに保毒させ、ウイルスフリーのカボチャに二次伝染させた。具体的には、次のような手順で実験を行った。
分析に用いた一次ウイルスと二次ウイルスの両方を接種したカボチャ苗9本と対照区で二次ウイルスが感染したカボチャ苗9本を保毒源として、3時間絶食させたウイルスフリーのワタアブラムシ100頭以上を各カボチャに放飼して20分間保毒させた。二次伝染試験用のウイルスフリーの被検カボチャ(品種:えびす、タキイ種苗)を各保毒源あたり16本準備し、1株につき5頭ずつ保毒虫を接種した。接種吸汁は2時間とした。接種吸汁後、殺虫剤を撒布して保毒虫を除去した。結果を表3に示す。
一次ウイルス(ZY−02株)と二次ウイルス(4S)の両方を接種したカボチャ苗9本のうち4Sの感染が確認できたカボチャ苗は6本であり、残り3本は4Sが非感染だった。4Sの感染が確認されたカボチャ苗のうち、接種後3週目に二次伝染がみられたのは3本のみで、二次ウイルスの二次伝染率は6〜13%であった。4Sの感染が確認できなかった3本の保毒源からは二次伝染がなかった。その結果、一次ウイルスと二次ウイルスの両方を接種し、かつ両方が感染している場合の全体の虫媒伝染率(二次伝染率)は5%(5/96)となった。
一方、対照区二次ウイルスのみ接種)のカボチャ苗9本のうち、2本を保毒原として二次伝染の試験を行った。接種後3週目にRT−PCRで感染分析を行った結果、二次伝染率は38%(6/16)および56%(9/16)であった(全体47%:15/32)。
以上のことから、カボチャとZYMVの組み合わせにおいても、一次ウイルスを予防接種した植物に二次ウイルスを感染させた場合、二次ウイルスの伝染率(二次伝染)が対照区に比べて抑制されることが判明した。
【0038】
表3.一次ウイルス接種及び無接種カボチャに二次ウイルスをチャレンジ接種したカボチャからの二次ウイルスの二次伝染率
【0039】
【表3】
【配列表フリーテキスト】
【0040】
配列番号1は、17G株の全塩基配列を示す。
配列番号2は、17Gの株CP領域の全塩基配列を示す。
配列番号3は、TYLCVーIsr(ISR10−1)株から得られた非虫媒性のキメラクローンのCP領域の全塩基配列を示す。
配列番号4は、17G株のCP領域のアミノ酸配列を示す。
配列番号5は、TYLCVーIsr(ISR10−1)株から得られた非虫媒性のキメラクローンのCP領域のアミノ酸配列を示す。
配列番号6は、二次ウイルス検出プライマーのTYmdv1の塩基配列を示す。
配列番号7は、二次ウイルス検出プライマーのTYunic1の塩基配列を示す。
配列番号8は、一次ウイルス検出プライマー(ZY−02を検出)のZ5−457Fの塩基配列を示す。
配列番号9は、一次ウイルス検出プライマー(ZY−02を検出)のZ5−793Rの塩基配列を示す。
配列番号10は、二次ウイルス検出プライマー(4Sを検出)のOki4S−386Fの塩基配列を示す。
配列番号11は、二次ウイルス検出プライマー(4Sを検出)のOki4S−1087Rの塩基配列を示す。
図1
図2
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]