特許第6661132号(P6661132)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6661132
(24)【登録日】2020年2月14日
(45)【発行日】2020年3月11日
(54)【発明の名称】形状記憶合金及び形状記憶合金線材
(51)【国際特許分類】
   C22C 5/02 20060101AFI20200227BHJP
   C22F 1/14 20060101ALI20200227BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20200227BHJP
【FI】
   C22C5/02
   C22F1/14
   !C22F1/00 625
   !C22F1/00 630L
   !C22F1/00 626
   !C22F1/00 627
   !C22F1/00 660Z
   !C22F1/00 675
   !C22F1/00 685Z
   !C22F1/00 686A
   !C22F1/00 691B
   !C22F1/00 694B
   !C22F1/00 630K
   !C22F1/00 604
   !C22F1/00 630C
   !C22F1/00 691C
【請求項の数】8
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2018-37895(P2018-37895)
(22)【出願日】2018年3月2日
(65)【公開番号】特開2019-151890(P2019-151890A)
(43)【公開日】2019年9月12日
【審査請求日】2019年3月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】特許業務法人田中・岡崎アンドアソシエイツ
(72)【発明者】
【氏名】細田 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】海瀬 晃
(72)【発明者】
【氏名】後藤 研滋
【審査官】 川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平03−013535(JP,A)
【文献】 特開2015−048485(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第101565783(CN,A)
【文献】 国際公開第2019/039298(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/084948(WO,A1)
【文献】 国際公開第2017/154717(WO,A1)
【文献】 細田秀樹、堀貴文、盛田智彦、海瀬晃、田原正樹、稲邑朋也、後藤研滋、金高弘恭,Au−Cu−Al系形状記憶合金の機械的性質に及ぼすAlおよびCu濃度の影響,日本金属学会誌,日本,2015年11月27日,第80巻,第1号,p.27−36,Online ISSN 1880-6880, Print ISSN 0021-4876
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 5/02
C22F 1/14
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
20原子%以上40原子%以下のCu、15原子%以上30原子%以下のAl、残部Au及び不可避不純物のAu−Cu−Al合金からなる形状記憶合金であって、
任意断面のAu濃度を分析したときのAu濃度の標準偏差が1.0原子%以下であり、
ビッカース硬度が360Hv以下であり、
変態温度(Ms点)が313K以下である形状記憶合金。
【請求項2】
体積磁化率が−24ppm以上6ppm以下である請求項1記載の形状記憶合金。
【請求項3】
請求項1又は請求項2記載の形状記憶合金からなる線材であって、直径1mm以下の形状記憶合金線材。
【請求項4】
直径が10μm以上100μm以下である請求項3記載の形状記憶合金線材。
【請求項5】
請求項1又は請求項2記載の形状記憶合金の製造方法であって、
Au−Cu合金からなる中空材に金属Alからなる芯材を内挿し、密着させてクラッド材とし、
前記クラッド材を500℃以上700℃以下の温度で熱処理してAu−Cu−Al合金とする形状記憶合金の製造方法。
【請求項6】
請求項3又は請求項4記載の形状記憶合金線材の製造方法であって、
Au−Cu合金からなるチューブに金属Alからなる線材を内挿してクラッドチューブとし、
前記クラッドチューブを少なくとも1回伸線加工してクラッド線材とした後、前記クラッド線材を500℃以上700℃以下の温度で熱処理してAu−Cu−Al合金線材とする形状記憶合金線材の製造方法。
【請求項7】
請求項3又は請求項4記載の形状記憶合金線材の製造方法であって、
Au−Cu合金からなるチューブに金属Alからなる線材を内挿してクラッドチューブとし、
前記クラッドチューブを少なくとも1回伸線加工する工程を含み、
前記少なくとも1回の伸線加工の、いずれか1回以上の伸線加工を500℃以上700℃以下の温間加工としてAu−Cu−Al合金線材とする形状記憶合金線材の製造方法。
【請求項8】
請求項1又は請求項2記載の形状記憶合金からなる、塞栓コイル、歯列矯正具、クラスブ、人工歯根、クリップ、ステープル、カテーテル、ステント、ボーンプレート、ガイドワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療用材料として好適な形状記憶合金及び形状記憶合金線材に関する。詳しくは、Niフリーな形状記憶合金であって、更に、磁場環境内においてアーチファクトレスな形状記憶合金及び形状記憶合金線材に関する。更に、変態点の低下を図ることができ、超弾性合金となり得る形状記憶合金に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から医療分野において、形状記憶合金が利用されている。形状記憶合金とは、変態点以上の温度において、大きな変形を受けても元の形状に回復可能な特性を有する金属合金である。そして、形状記憶合金の中でも、常温域近傍に変態点を有する合金は、超弾性合金と称されている。これら形状記憶合金及び超弾性合金は、カテーテル、ステント、塞栓コイル、ガイドワイヤ等の医療用器具の構成材料への応用が期待されている。
【0003】
形状記憶合金に属する合金のうち、実用面等から特に知られている合金はNi−Ti系形状記憶合金である。但し、Ni−Ti系合金は、金属アレルギーの要因となるNiを含有することから、生体適合性という医療分野で最重要視されるべき特性に欠ける材料である。そのため、Niフリーとしつつ生体の体温以下でも形状記憶特性を発現可能な合金材料の開発が行われている。
【0004】
生体適合性を考慮したNiフリーの形状記憶合金又は超弾性合金に関する検討例として、本願出願人は、Au−Ti系形状記憶合金に対して、Coの添加、及び、Mo又はNbを添加してなる超弾性合金(特許文献1)や、Au−Cu−Al系形状記憶合金に対して、Fe又はCoを添加してなる超弾性合金(特許文献2)等を開示している。これらの合金は、Niを排除しつつも形状記憶特性を有し、更に、超弾性をも発現し得るものである。上記の合金はAuという生体適合性に優れた金属を構成元素とする点でもメリットがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2014−84485号公報
【特許文献2】特開2015−48485号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、近年から医療現場で、磁気共鳴画像診断処理装置(MRI)を用いた診断・治療が広く行われるようになっている。かかる磁気的機器による診断等においては、磁場環境に基づく影響が懸念されるようになっている。この影響によって生じる問題として、MRIのアーチファクト(偽像)が挙げられる。アーチファクトとは、医療器具を構成する金属材料が磁場環境により磁化し、器具の周辺領域のMRI像にゆがみを生じさせる現象である。このアーチファクトが発生した場合、正確な診断・治療・手術に支障が生じることとなる。
【0007】
このような医療現場での治療・診断方法の最近の進展に鑑みると、医療用の材料に対しては、生体適合性(Niフリー化)や適切な形状記憶特性(変態温度の低下)に加えて、磁場環境下でのアーチファクトレス化という新たな要求は発生している。
【0008】
ここで、形状記憶効果の発現とアーチファクトレス化のそれぞれの技術的意義について検討するに、それぞれの現象は原理的に相違する現象であるので、両立は必ずしも容易なことではない。即ち、形状記憶効果の原理は、マルテンサイト変態による相転移現象を基礎とするものであり、合金の結晶構造に関連する。そのため、合金の結晶構造を考慮しつつ、変態温度を低下できるような構成元素の採用によって図られている。そして、可能であれば、変態温度を常温域として超弾性を発現できるような合金設計がなされている。
【0009】
一方、アーチファクトは、磁場環境中での金属・合金の磁化に起因する現象である。つまり、アーチファクトは、当該金属・合金を構成する金属種の磁化特性(体積磁化率)と関連がある。これは形状記憶効果現象の原理(結晶構造)と全く異なる因子である。
【0010】
そして、アーチファクトの問題に関しては、単に磁化率を低くすれば良いというわけではなく、その用途に基づく制御が必要となる。医療用機器であれば、その構成材料の磁化率が、生体組織の磁化率に近似するように制御する必要がある。具体的には、生体組織の主要構成成分は水であり、その磁化率は−9ppm(−9×10−6)に近似することが要求される。
【0011】
この点、従来の形状記憶合金や超弾性合金は、生体適合性と形状記憶効果又は超弾性の発現との両立に関して達成済みといえる。しかしながら、これらの特性にアーチファクトレス化を加えた目標までは達成できていないのが現状である。
【0012】
本発明は、上記のような背景のもとになされたものであり、生体適合性を有し、形状記憶効果を発現可能な合金であって、更に、磁場環境内でのアーチファクトレス化を図ることができる合金を開示する。形状記憶効果に関しては、変態温度を適切な温度、例えば、人体の体温や常温域にまで低下できる合金を開示する。更に、かかる形状記憶合金について、各種医療用器具へ加工するために必要な特性も明らかにすることとした。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者等は、上記課題を解決できる合金系として、Au−Cu−Al合金に着目した。上記の特許文献2で言及しているように、Au−Cu−Al合金は、形状記憶効果を発現できる合金であり、常温での超弾性発現の可能性も有する合金である。更に、Niを構成元素としていないので生体適合性の要求もクリアしている。
【0014】
そして、Au−Cu−Al合金を構成するAuは、本発明の課題であるアーチファクトレス化に対して重要な利点がある。即ち、Auは、磁化率が−34ppmの反磁性金属である。上記の通り、アーチファクトレスな材料としては、水の磁化率(−9ppm)に近い範囲とすることが好適である。Auは、この基準に近い磁化率の金属であり、本発明の課題解決の起点というべき金属である。
【0015】
本発明者等の検討によれば、合金の磁化率は、構成金属の磁気的性質とその量(組成)に応じて制御することができる。上記のとおり、Auの磁化率は−34ppmであるので、これをわずかにプラス側にシフトさせることで水の磁化率(−9ppm)に近づけることができる。一方、Au−Cu−Al合金のAu以外の構成金属についてみると、常磁性金属であるAlは磁化率が16ppmであることから、Auに合金化することで合金の磁化率のプラス側に調整できる。また、反磁性金属のCuは磁化率−9ppmと目標値近傍にあり、Alと比較すると合金の磁化率に対する影響がマイルドである。
【0016】
本発明者等は、以上のような考察を背景として鋭意検討を行い、Au−Cu−Al合金について、有用な形状記憶効果を発現しつつ、アーチファクトレスと称することができる磁化率を示す適切な組成範囲の合金を見出した。そして、その製造、医療用器具への加工の観点から好適なAu−Cu−Al合金の構成を有する本発明に想到した。
【0017】
即ち、本発明は、20原子%以上40原子%以下のCu、15原子%以上30原子%以下のAl、残部Au及び不可避不純物のAu−Cu−Al合金からなる形状記憶合金であって、ビッカース硬度が360Hv以下である形状記憶合金である。
【0018】
以下、本発明についてより詳細に説明する。本発明に係るAu−Cu−Al合金からなるアーチファクトレス化した形状記憶合金は、Auを主要な構成元素としつつ、Cu、Alを好適範囲で添加した合金である。そして、所定の組成範囲としたAu−Cu−Al合金について、その硬度を規定したものである。以下、この合金の構成金属について説明する。尚、以下において合金組成を示す「%」とは、特に明示がない限り、「原子%」の意義である。また、合金の「磁化率」とは、体積磁化率の意義である。
【0019】
本発明に係るAu−Cu−Al合金において、Cuの添加量は、20原子%以上40原子%以下とする。Cuは、主に、合金の形状記憶効果や超弾性に関与する金属元素である。Cuが20原子%未満では形状記憶効果が発現し難くなる。そして、40原子%を超えると、変態温度が高くなり過ぎ、人体の体温以下での形状記憶効果が発現し難くなる。Cuについては、25原子%以上35原子%以下とするのがより好ましい。
【0020】
また、Alの添加量は、15原子%以上30原子%以下とする。本発明においては、Alも重要な構成金属である。Alは、形状記憶効果に関与すると共に、磁化率の調整作用が比較的大きい金属元素である。更に、Alは合金の加工性にも影響を及ぼす。Alが15原子%未満となると、適切な温度での形状記憶効果が発現し難くなり、磁化率の調整作用にも劣る。そして、Alが30原子%を超えると、変態温度が過度に低くなると共に、硬度が高くなり過ぎて加工性が極度に悪化する。Alについては、18原子%以上30原子%以下とするのがより好ましい。
【0021】
以上のCu、Al添加量を基準として残部をAu及び不可避不純物とする。Au濃度については、40原子%以上57原子%以下とするのがより好ましい。
【0022】
また、本発明に係る合金の不可避不純物としては、Cr、Mg、W、Si等が含まれる可能性がある。これらの不可避不純物元素は、それぞれ0ppm以上50ppm以下とするのが好ましい。より好ましくは、それぞれ0ppm以上30ppm以下とするのが好ましい。
【0023】
そして、Au−Cu−Al合金からなる本発明に係る形状記憶合金は、ビッカース硬度が360Hv以下である。本発明者等の検討によると、本発明に係るAu−Cu−Al合金は、比較的靭性に乏しく、その加工履歴や熱履歴等によっては加工性が劣る場合がある。一方、本発明は医療用器具の構成材料として期待されるが、ワイヤ等の形状に加工されることが多い。そこで、本発明では、加工性を担保する上でその硬度を規定している。ビッカース硬度が360Hvを超える合金は、加工性が悪化して医療用器具への加工が困難となる。尚、本発明のAu−Cu−Al合金からなる形状記憶合金のビッカース硬度は、130Hv以上であるものが好ましい。
【0024】
測定の容易性を考慮し、本発明では硬度値として、ビッカース硬度を規定する。ビッカース硬度の測定においては、ビッカース硬度計、マイクロビッカース硬度計等、材料の寸法・形態に応じて測定機器を選択できる。硬度測定時の荷重もそれらに応じるが、10gf以上300gf以下で測定するのが一般的である。
【0025】
以上説明した本発明に係る形状記憶合金は、人体の体温や常温域における形状記憶効果又は超弾性の発現と、磁場環境下におけるアーチファクトレス化との双方を達成できる合金である。ここで、人体の体内環境での形状記憶効果発現のため、本発明の合金は、変態温度(Ms点)が313K以下を示すものが好ましい。
【0026】
一方、アーチファクトレス化に関して、本発明に係る形状記憶合金は、体積磁化率が−24ppm以上6ppm以下であるものが好ましい。生体の体積磁化である−9ppmに対して±15ppmを好適範囲とする。この範囲内であれば、MRI等の磁場環境下においてアーチファクトによる影響を十分軽減することができる。
【0027】
尚、これまで述べたように、本発明に係る形状記憶合金は、上記した形状記憶効果発現と磁化特性の双方に対する要求を達成する必要がある。これらの特性を同時に好適なものとするためには、合金材料の均質性が良好であることが好ましい。この均質性としては、例えば、合金組成上の均質性が挙げられ、その具体例として、合金中の構成金属の濃度にバラツキが少ないこと等が挙げられる。バラツキに関しては、例えば、評価対象となる合金材料の任意部分において、長手断面(線材長さ方向に対して平行な断面)と短手断面(線材長さ方向に対して垂直な断面)の組成分析を行うことで評価できる。この組成分析では、長手断面及び短手断面に対し、中心部と端部付近の1点を含む少なくとも5点以上の部位について、Au、Cu、Alの少なくともいずれかの濃度(原子%)を分析し、それらの標準偏差を求める。そして、長手断面及び短手断面の少なくともいずれかにおいて、少なくともいずれか一つの元素の濃度の標準偏差1.0原子%以下となっていることが好ましい。この組成の標準偏差は、0.8原子%以下がより好ましく、0.6原子%以下が更に好ましい。尚、この分析の対象としては、Au濃度を選択するのが好ましい。
【0028】
以上説明した本発明に係るAu−Cu−Al合金からなる形状記憶合金材料は、カテーテル、ステント、塞栓コイル、ガイドワイヤ等の医療用器具の構成材料として好適である。これらの医療用器具は、線材(ワイヤ)の形態から加工されて製造される。本発明は、上述したAu−Cu−Al合金からなる線材を含むものである。
【0029】
この形状記憶合金線材の好ましい態様は、直径は1mm以下の線材である。上記した各種の医療用器具は、人体の血管等を通過させて手術・治療に供される。これを可能とするため、細線状の線材が適用される。また、近年、より微小化する医療器具への対応を考慮すると、線材の直径は、500μm以下が好ましく、100μm以下がより好ましい。尚、線材の直径の下限値は、できるだけ小さいことが好ましいが、その用途や加工性を考慮して10μm以上とするのが好ましい。
【0030】
本発明に係る形状記憶合金線材は、上述したAu−Cu−Al合金からなることから、変態点及び磁気特性(体積磁化率)は、上記範囲内であるものが好ましい。また、均質性も具備しているものが好ましく、線材断面における構成金属の濃度分布がバラツキのないことが好ましい。即ち、線材の任意断面(長手断面、短手断面の少なくともいずれか)について、Au濃度、Cu濃度、Al濃度の少なくともいずれかを分析したとき、Au濃度の標準偏差、Cu濃度の標準偏差、Al濃度の標準偏差の少なくともいずれかが1.0原子%以下であることが好ましい。ここでも、各元素の標準偏差は、0.8原子%以下がより好ましく、0.6原子%以下が更に好ましい。
【0031】
また、線材のビッカース硬度についても、360Hv以下であることが要求される。尚、この合金線材は、表面における結晶粒径が、5μm以上30μm以下であることが好ましい。線材を医療用器具に加工する際の適度な加工性と、医療用器具としたときに適度な弾性を発揮させるためである。線材のビッカース硬度も、130Hv以上とするのが好ましい。
【0032】
次に、本発明に係るAu−Cu−Al合金及び合金線材の製造方法について説明する。本発明に係る合金は、基本的に溶解鋳造法にて製造することができ、各金属の原材料を溶解して溶湯を作製し、これを鋳造することでAu−Cu−Al合金とすることができる。本発明における組成範囲のAu−Cu−Al合金は、溶解鋳造法によって固溶合金を得ることが比較的容易である。また、鋳造時の冷却速度を適切にすることで、均一性が良好な合金を製造することができる。
【0033】
但し、上記したように、Au−Cu−Al合金は、場合によっては靭性に乏しく、硬度が高い加工性に劣る合金となる場合がある。そこで本発明者等は、Au−Cu−Al合金の特質を考慮し、溶解鋳造法等の一般的な合金製造方法とは異なる合金材の製造方法を検討した。そして、本発明に係る合金材の好適な製造方法として、固相拡散に基づく方法を見出した。
【0034】
このAu−Cu−Al合金の製造方法は、Au−Cu合金からなる中空材に金属Alからなる芯材を内挿し、密着させてクラッド材とし、前記クラッド材を500℃以上700℃以下の温度で熱処理してAu−Cu−Al合金とする形状記憶合金の製造方法である。この合金の製造方法は、固相拡散によって合金を構成する金属元素の移動及び固溶を進行させて均質なAu−Cu−Al合金を形成する方法である。
【0035】
本来、固相拡散によって合金が形成可能であること自体は、公知である。例えば、超伝導材料の製造方法として知られている、いわゆるブロンズ法と称される方法がある。このブロンズ法の具体例としては、難加工性の超伝導材料であるNbSnの製造のため、Cu−Sn合金線材の中にNb線材を埋め込み、熱処理することで、Nb線材の表面にSnを拡散させる方法が知られている。このブロンズ法も固相拡散による合金製造法である。ここで、本発明に係るAu−Cu−Al合金の製造に、このような従来の固相拡散による合金製造法と適用しようとする場合、以下のような障壁がある。
【0036】
まず、本発明ではAu−Cu−Al合金という3元系合金を均質性良好に製造することが求められる。合金の均質性を考慮したとき、固相拡散は合金製造にとって必ずしも有利な原理とはならない。固相拡散の適用においては、対象とする複数の金属元素の拡散挙動の相違を考慮することが必要となる。拡散挙動の極度な相違は、組成の不均一性やボイド(カーケンダルボイド)の要因となって、合金の均質性を阻害する。
【0037】
また、合金の均質性を確保するためには、構成金属(Au、Cu、Al)が相互に異相(金属間化合物)を形成することを抑制する必要がある。本発明者等の検討によれば、Au、Cu、Alの各金属を種々組み合わせたとき、場合によっては金属間化合物が生成する可能性がある。例えば、金属Auと金属Alとを固相拡散させると金属化合物(AuAl、AuAl等)が生成し得る。このような金属間化合物は、合金形成の際に元素拡散の障害となり、均質性を損なう可能性がある。
【0038】
更に、上記のブロンズ法が意図しているのは、通常、2元系合金(NbSn等)の製造である。上記の例でも、Nb線材を埋め込んだCu−Sn合金線材中のSnのみの拡散と合金化が期待されるが、Cuは合金形成に寄与していない。本発明の合金は3元系合金であり、そのような合金形成に寄与しない金属の利用はない方が好ましい。
【0039】
本発明者等のAu−Cu−Al合金からなる形状記憶合金の製造方法は、固相拡散に関するこれらの問題点に配慮して見出されたものである。
【0040】
本発明の方法では、Au−Cu合金からなる中空材に金属Alからなる芯材を内挿・密着させてクラッド材を固相拡散の処理対象とする点を特徴とする。このAu−Cu合金と金属Alとの組み合わせが、固相拡散に関連する多くの問題点を解消する。本発明者等の検討では、この組み合わせを適用し、適宜の熱処理を行うことで、各金属元素の好適な拡散が進行し、3元系合金が形成される。この過程では、ボイド形成もなく、金属間化合物のような異相も生じることなく、緻密で均質な合金材を得ることができる。更に、Au−Cu合金と金属Alとの組み合わせは、加工性の観点からも利点がある。この点については、後に詳述する。
【0041】
そして、本発明に係る方法では、Au−Cu合金/金属Alのクラッド材を適切な温度で熱処理することで、均質なAu−Cu−Al合金とする。この熱処理温度は、500℃以上700℃以下とする。500℃未満では、固相拡散が不十分であり組成面で均質な合金材を得ることができない。また、700℃を超えると、合金化後の線材が融解する可能性があるからである。熱処理時間は、Au−Cu合金/金属Alのクラッド材のサイズによって調整され、3分以上24時間以下の範囲とするのが好ましい。より好ましくは5分以上1時間以下。更に好ましくは5分以上30分以下とすることが好ましい。
【0042】
そして、本発明では、製造する合金の組成は、中空材であるAu−Cu合金の組成と、芯材である金属Alの組成によって調整することができる。具体的には、クラッド材としたときの断面について、Au−Cu合金と金属Alの組成と各金属(Au、Cu、Al)の比重に基づいて、Au−Cu合金と金属Alとの面積比(中空材及び芯材の厚さ)を調整することで合金組成を制御できる。
【0043】
尚、この製造方法で芯材となる金属Alとは、純Alを意図するものであり、純度99.9原子%以上100原子%以下のAlである。金属Alの純度は、99.99原子%以上がより好ましい。また、Au−Cu合金の中空材は、内部に空洞を有する管状の構造体である。中空材の短手側断面の形状は特に限定されず、円形、楕円形、矩形の何れでも良い。Au−Cu合金の組成については、製造する3元系合金の組成と金属Alの組成を考慮して、中空材の寸法(厚さ)と共に決定される。本発明に係るAu−Cu−Al合金(20原子%以上40原子%以下のCu、15原子%以上30原子%以下のAl、残部Au)を考慮したとき、目安として、Au−Cu合金のAu濃度は50原子%以上68原子%以下となる。また、クラッド材としたときの、面積比は、金属Alの面積/Au−Cu合金の面積比が0.3以上0.4以下とするのが好ましい。また、Au−Cu合金の中空材に芯材となる金属Alを挿入するとき、その時点で両者が密着している必要はない。つまり、中空材の中空部分の断面積と心材の断面積とを一致させる必要はない。挿入後に中空材を加工して密着させれば良いからである。
【0044】
そして、本発明に係るAu−Cu−Al合金の製造方法は、形状記憶合金線材の製造方法としても好適である。この形状記憶合金線材の製造方法は、Au−Cu合金からなるチューブに金属Alからなる線材を内挿してクラッドチューブとし、このクラッドチューブを少なくとも1回伸線加工してクラッド線材とした後、前記クラッド線を500℃以上700℃以下の温度で熱処理してAu−Cu−Al合金線材とする方法である。
【0045】
上述した合金材の製造方法に対して、この線材の製造方法はAu−Cu合金からなるチューブに金属Alからなる線材を内挿してクラッドチューブを形成する。このチューブ及び線材の意義は基本的には、中空材及びクラッド材と同様である。本発明では、直径の小さい線材を製造することから、2mm以上5mm以下程度の比較的外径の小さいチューブを使用する。尚、Au−Cu合金チューブに金属Al線材を内挿するとき、両者が密着している必要はない。
【0046】
そして、この線材の製造方法では、Au−Cu合金/金属Alの構造のクラッドチューブを伸線加工してクラッド線材とする。つまり、合金化の前に線材にする。この工程は、Au−Cu合金/金属Alのクラッド構造のチューブについて、上記したこれらの材料の組み合わせに基づくメリット、及び、個々の材料のメリットを利用し、効率的に細線化した合金線材を製造する特徴部分である。
【0047】
即ち、Au−Cu合金と金属Alは、いずれも加工性が良好な金属・合金である。それらは、固相拡散で3元合金となった状態よりも加工性が良い。よって、合金化の前に伸線加工することで、断線のおそれなく所望の線径の線材を製造することができる。
【0048】
また、このAu−Cu合金/金属Alの組み合わせは、目的とする合金組成の線材を製造することができる点においても有用である。上記のとおり、固相拡散を利用する本発明の合金製造方法では、クラッドチューブ(クラッド材)の断面における、Au−Cu合金の断面積と金属Al断面積の比率調整によって、3元合金にしたときの組成を制御することができる。但し、クラッドチューブにおける面積比が、伸線加工により大きく変化するようでは、線材としたときの合金組成に過大な誤差が生じる。本発明者等の検討によれば、Au−Cu合金/金属Alの組み合わせのクラッドチューブにおいては、繰返し伸線加工を受けても各層の面積比の変化は極めて小さく、線材にした後に熱処理しても目的の組成の合金線材にすることができる。これは、Au−Cu合金及び金属Alがそれぞれ有する良好な加工性によるものと推定されるが、この組み合わせは合金線材の組成調整の観点から有用な効果がある。
【0049】
以上のとおり、本発明に係る形状記憶合金線材の製造方法は、供給形態が線材となる医療用器具を構成する線材の製造方法として好適である。
【0050】
この線材の製造方法については、基本的な原理や工程は、上記の合金材の製造方法と同様であり、クラッドチューブを形成したときの断面におけるAu−Cu合金層と金属Al層の面積比で組成調整する。Au−Cu合金チューブと金属Al線材の組成等の目安は上記と同様となる。
【0051】
クラッドチューブを形成した後の伸線加工について、加工方法の具体的態様は特に限定されない。スエージング加工、圧延加工(溝ロール圧延)、ダイス引き加工、押し出し加工の何れでも良いし、これらを組み合わせることができる。そして、伸線加工は少なくとも1回なされるが、その回数と加工方法は、目標とする線材の直径によって調整される。この伸線加工においては、1回(1パス)あたりの加工率を断面減少率で3%以上15%以下とする。製造効率の確保と断線回避のためである。また、伸線加工の加工温度は、10℃以上100℃以下とするのが好ましい。加工中の組織変化を抑制するためである。但し、後述する固相拡散(合金化)を意図する伸線加工においては、この加工温度の条件は適用されない。
【0052】
クラッド線材が製造目的の線材の線径になるまで伸線加工を行った後、熱処理で固相拡散させて3元系合金の線材とする。上記と同様、熱処理温度は、500℃以上700℃以下とする。熱処理時間は、3分以上24時間以下の範囲とするのが好ましい。
【0053】
また、クラッド線材の固相拡散の熱処理は、伸線加工の加工温度を調整することで加工と同時に進行させることができる。この形状記憶合金線材の製造方法は、Au−Cu合金からなるチューブに金属Alからなる線材を内挿してクラッドチューブとし、クラッドチューブを少なくとも1回伸線加工する工程を含み、少なくとも1回の伸線加工の、いずれか1回以上の伸線加工を500℃以上700℃以下の温間加工としてAu−Cu−Al合金線材とする方法となる。
【0054】
このように、伸線加工と合金化の熱処理を同時に行うことで、加工後に別途行われる熱処理の工程を省略することができる。この方法でも伸線加工は、複数回行われることが一般的であるが、そのうちの1回以上を温間加工とする。好ましくは、最終の伸線加工の工程において、温間加工とするのが好ましい。温間加工における加工温度も500℃以上700℃以下とする。但し、加工装置上の理由から、この温間加工を適用する場合の加工温度に関しては、550℃以上とすることが好ましい。尚、この伸線加工の一部を温間加工にする以外の条件(加熱時間等)は、上記の線材加工後に熱処理をする形状記憶合金線材の製造方法と同様とすることができる。
【0055】
以上の形状記憶合金線材の製造方法によって、均質なAu−Cu−Al合金からなる線材が製造される。この線材を適宜に切断して加工することで、各種の医療用器具を作製することができる。
【0056】
本発明は医療用材料として、各種の医療用器具への応用が期待できる。具体的には、塞栓コイル、歯列矯正具、クラスブ、人工歯根、クリップ、ステープル、カテーテル、ステント、ボーンプレート、ガイドワイヤ等の医療用器具への応用が可能である。
【発明の効果】
【0057】
以上説明したように、本発明に係る形状記憶合金は、Niフリーの生体適合性を有すると共に、人体の体温以下で形状記憶効果の発現可能な合金である。また、常温域での超弾性の発現可能性も有する合金である。そして、本発明は、その体積磁化率が適切な範囲内となるように制御されており、磁場環境下においてアーチファクトレスであるという特徴も有する。よって、各種医療用器具の構成材料として好適である。
【0058】
尚、Auは、生体適合性を有すると共にレントゲン造影性も良好である。ステント等による治療においては、レントゲンを併用しつつ、器具の位置等を確認する。本発明のAu−Cu−Al合金は、この観点からも医療用材料として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0059】
図1】第1実施形態の伸線加工工程での線材断面におけるAu−Cu合金層とAl線材の加工パス毎の面積変化を示す図。
図2】第1実施形態の伸線加工工程での線材断面におけるAl線材の加工パス毎の占有率を示す図。
図3】クラッド線材から各熱処理温度で熱処理した後の線材の断面及び外表面のSEM画像。
【発明を実施するための形態】
【0060】
以下、本発明の実施形態について説明する。
第1実施形態:本実施形態では、Au−25原子%Cu−25原子%Al合金からなる形状記憶合金の線材を製造した。また、形状記憶合金線材の製造において、熱処理条件等を調整しつつ、合金線材製造の可否を検討した。
【0061】
まず、Au−33.33原子%Cu合金(Au−13.89質量%Cu合金)のAu−Cu合金チューブ(外径3.53mm、内径2.5mm)に、線径1.5mmのAl線材(純度99.99%)を挿入し、スエージング加工して外径2.6mmのクラッドチューブとした。このクラッドチューブは、その短手断面において、Au−Cu合金チューブの断面積及びAl線材の断面積の比率から、見かけ上の組成がAu−25原子%Cu−25原子%Al合金(Au−13.12質量%Cu−5.57質量%Al合金)となっている。
【0062】
上記で作製したクラッドチューブ(Au−33.33原子%Cu合金/Alチューブ:線径2.6mm)を線径100μmの線材(クラッド線材)となるまで伸線加工した。伸線加工は、1パスあたりの断面減少率が10%となるように、繰返し行った。加工温度は、室温(25℃)とした。
【0063】
線径100μmとしたクラッド線材(Au−33.33原子%Cu合金/Al)を熱処理し、Au−Cu−Al合金線材とした。このとき、熱処理温度条件として、550℃〜750℃の間で50℃間隔の温度を設定し、温度と合金形成可否との関係を評価した。また、熱処理時間は、各熱処理温度でいずれも5分間とした。
【0064】
以上の合金線材の製造過程において、クラッドチューブ(線径2.6mm)からクラッド線材(線径100μm)とするまでの伸線加工での各加工パス後の断面を観察し、Au−Cu合金層とAl線材の面積を測定した。この測定は、合金断面の写真をデジタルマイクロスコープ(LEICA DMS1000)で解析し、内蔵された面積計算ツールを使用して各層の面積を測定した。そして、断面におけるAl線材部分の占有率を計算した。
【0065】
図1は、この伸線加工工程の加工パス毎の被加工材の断面(短手断面)における、Au−Cu合金層とAl線材の面積変化を示す図である。また、図2は、伸線加工工程の加工パス毎の被加工材の断面におけるAl線材部分の占有率の変化を示す図である。図1から、伸線加工の進展(断面減少率の上昇)に伴い、Au−Cu合金層とAl線材の面積は減少しているが、いずれも断面減少率の上昇に対して比較的リニアに減少している。これは、図2から、断面減少率が上昇してもAl線材の面積占有率に大きな変化がないことからも把握できる。即ち、Au−Cu合金チューブとAl線材とを組み合わせてクラッドチューブにおいては、複数パスの伸線加工を受けても各層の面積比の変化は極めて少ない。このことは、クラッドチューブ(クラッド材)の形成時に各層の面積(面積比)を調整することで、最終的に製造される合金線材の組成を制御することができることを示す。この点は、Au−Cu合金チューブとAl線材とを組み合わせ採用によるメリットの一つである。
【0066】
そして、線径100μmまで伸線加工したクラッド線材を、550℃〜750℃の各熱処理温度で熱処理した後の線材の断面(短手断面)のSEM画像と、線材の外表面のSEM画像を図3に示す。図3から、550℃以上で熱処理した線材の断面において、一様なコントラストの画像であり、固相拡散による合金化が完了していることが伺える。
【0067】
そこで、550℃以上で熱処理した線材の断面(短手断面)についてEDSによる元素マッピングを行った結果、線材の断面全体において、Au、Cu、Alの各元素が存在していることが確認された。この結果、550℃以上の熱処理によって、2相のクラッド線材から単層の3元合金(Au−Cu−Al合金)が形成したことが確認された。そして、この線材断面を任意にEDSで定量分析した結果、何れの箇所においてもAu−25±1原子%Cu−25±1原子%Al合金であることを確認した。
【0068】
更に、550℃以上で熱処理した線材の断面(短手断面)に関し、組成のバラツキを評価すべく、線材の中心部から端部までの間についての複数個所のAu濃度を定量分析(原子%)した。定量分析は、線材の任意の短手断面に関して、中心点および中心点から両端部に向かって16μm毎の4点に関してEDX分析により行った。この結果を表1に示す。
【0069】
【表1】
【0070】
表1から、いずれの合金線材においても、Au濃度のばらつきは小さく(標準偏差0.6原子%以下)、均質性の良いAu−Cu−Al合金であることが確認できた。
【0071】
次に、550℃以上で熱処理した合金線材について、各試験片について、硬度測定、線材外表面の結晶粒径(平均値)、形状記憶特性(変態温度)、体積磁化率の測定・評価を行った。各特性の評価方法は以下のとおりとした。
【0072】
硬度測定
各線材の断面(短手断面)の中心部について、ビッカース硬度試験機(Haradness Testing Machine HM−200:株式会社ミツトヨ製)により硬度測定を行った。測定は、室温で、荷重10gfで行った。
【0073】
結晶粒径測定
図1のSEM画像に基づき、各合金線材の外表面について、任意に結晶粒を選択してこれに直交する2つの線分を引き、各線分により粒界の幅を測定し、それらの平均値を結晶粒径とした。これを任意の3個の結晶粒について行い、それら3個の結晶粒の粒径の平均を各線材表面の結晶粒径とした。
【0074】
形状記憶特性
DSC(示差走査熱量測定)法により、各合金線材の変態温度(Ms)を測定した。測定条件は、−150℃から150℃までの昇降温速度を10℃/minとした。測定された変態温度について、315K(42℃)以下の合金について、本発明の目標となる好適な形状記憶効果発現の可能性があるとして「優良(◎)」と判定した。一方、変態温度が315K(42℃)を超えたものは「不適(×)」とした。
【0075】
体積磁化率(アーチファクトレス)
磁気天秤により、各合金線材の体積磁化率(Xvol)を測定した。測定条件は、室温とした。測定された体積磁化率について、水の磁化率(−9ppm)に対する偏差を算定し、±5ppm以下を「優良(◎)」とし、±15ppm以下を「良(○)」とし、±15ppmを超えたものを「不適(×)」と判定した。
【0076】
以上の各特性についての測定結果及び評価結果を表2に示す。
【0077】
【表2】
【0078】
表2から、本実施形態で製造した、Au−25原子%Cu−25原子%Al合金からなる形状記憶合金線材は、形状記憶特性(変態温度)及びアーチファクトレス(体積磁化率)の双方に関し良好であることが確認された。これらの合金線材の硬度は、いずれも360Hv以下であった。また、線材表面の結晶粒の平均粒径は、いずれも30μm以下でであった。但し、750℃で熱処理した線材に関しては、その断面画像から、線材の表面形状の悪化が観察された。これは、拡散現象が必要以上に進行したことによると考えられる。また、750℃での熱処理は、線材の融解の可能性もある。
【0079】
第2実施形態:この実施形態では各種組成の、Au−Cu−Al合金からなる形状記憶合金線材を製造し、それらの諸特性を評価した。
【0080】
この実施形態での合金線材の製造方法は、第1実施形態と同様である。ここでは、Cu濃度を調整したAu−Cu合金チューブ(外径3.53mm、内径2.5mm)に、線径1.5mmのAl線材(純度99.99%)を挿入しスエージング加工してクラッドチューブを作製し伸線加工を行った。ここでも、合金線材の組成を予め設定し、クラッドチューブにおけるAu−Cu合金チューブの断面積及びAl線材の断面積の比率を調整し、見かけ上の組成が合致するようにした。
【0081】
伸線加工は、1パスあたりの断面減少率が10%となるように、線径100μmとなるまで繰返し行った。伸線加工の温度は、室温とした。そして、線径100μmとしたクラッド線材(Au−Cu合金/Al)を600℃で5分間熱処理し、Au−Cu−Al合金線材とした。
【0082】
製造したAu−Cu−Al合金線材については、断面をSEM観察して単相であることを確認しつつ、EDSによって、第1実施形態の合金線材と同様に組成の均質性があることを確認した。そして、第1実施形態と同様の方法で、任意断面(短手断面)のAu濃度分析(平均値及び標準偏差分析)、硬度測定、外表面の結晶粒径測定、形状記憶特性、体積磁化率の測定・評価を行った。この結果を表3に示す。
【0083】
【表3】
【0084】
表3から、20原子%以上40原子%以下のCuと、15原子%以上30原子%以下のAlのAu−Cu−Al合金(No.1〜No.6)において、好適な変態温度(Ms)と体積磁化率(Xvol)が測定されており、好適な形状記憶特性の発現とアーチファクトレスの両立を図ることの可能性が確認された。これらのAu−Cu−Al合金線材においては、変態温度が常温以下となり、超弾性発現も可能とみられる合金もあった。一方、Cu含有量が多いAu−Cu−Al合金(No.7)は、形状記憶特性の発現は見られなかった。
【0085】
この実施形態で最大量のAlを含む合金(No.6)に関しては、硬度が高めであるものの、形状記憶特性及び体積磁化率が特に優れている。合金材料の硬度は、その加工性に影響を及ぼし得るので、加工性のみの観点からは、この組成の合金は実用性において問題があるといえる。しかし、本発明の合金線材の製造方法は、硬度が高くなり易いAu−Cu−Al合金の形成に先立ち、Au−Cu合金とAlとからなるクラッド線材を目的径の線材に加工している。即ち、本発明の方法は、加工性が懸念される組成の合金であっても、所望の線径の線材にすることができる点で有用であることが分かる。尚、この実施例における形状記憶合金線材(No.1〜No.6)は、いずれも短手断面におけるAu濃度のバラツキが小さく(標準偏差0.6原子%以下)、均質な合金であることが確認された。線材表面の結晶粒の平均粒径は、いずれも30μm以下でであった。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明に係る形状記憶合金は、適切な温度域における形状記憶効果の発現に加えて、適切な体積磁化率を有し磁場環境下でアーチファクトレスとなり得る合金である。そして、Niを含まないことから、医療用材料として必須の条件である生体適合性を有すると共に、レントゲン造影性も良好である。本発明は、各種の医療器具への応用が期待できる。
図1
図2
図3