特許第6663419号(P6663419)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6663419
(24)【登録日】2020年2月18日
(45)【発行日】2020年3月11日
(54)【発明の名称】小腸上皮様細胞
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/074 20100101AFI20200227BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20200227BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20200227BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20200227BHJP
【FI】
   C12N5/074ZNA
   C12N5/10
   C12Q1/02
   !C12N15/12
【請求項の数】11
【全頁数】26
(21)【出願番号】特願2017-506477(P2017-506477)
(86)(22)【出願日】2016年3月9日
(86)【国際出願番号】JP2016057312
(87)【国際公開番号】WO2016147975
(87)【国際公開日】20160922
【審査請求日】2019年1月30日
(31)【優先権主張番号】特願2015-51475(P2015-51475)
(32)【優先日】2015年3月13日
(33)【優先権主張国】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2014年(平成26年)11月25日 第37回日本分子生物学会年会 パシフィコ横浜
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、厚生労働省、厚生労働科学研究委託費医薬品等規制調和・評価研究事業「ヒトiPS由来肝/小腸細胞による再現性のある薬物代謝酵素・トランスポーター等の薬物誘導性評価試験の開発」に係る委託業務、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】505314022
【氏名又は名称】国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088904
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100124453
【弁理士】
【氏名又は名称】資延 由利子
(74)【代理人】
【識別番号】100135208
【弁理士】
【氏名又は名称】大杉 卓也
(72)【発明者】
【氏名】水口 裕之
(72)【発明者】
【氏名】高山 和雄
【審査官】 清野 千秋
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/132933(WO,A1)
【文献】 国際公開第2011/052504(WO,A1)
【文献】 特開2013−252081(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/013254(WO,A1)
【文献】 国際公開第2011/024592(WO,A1)
【文献】 OGAKI, S. ET AL.,Wnt and notch signals guide embryonic stem cell differentiation into the intestinal lineages.,Stem Cells,2013年 6月,Vol.31 No.6,p.1086-1096,Abstract、第1087頁左欄第6段落−同頁右欄第3段落、第1088頁右欄第6段落−第1094頁右欄第2段落、Figures 1-7
【文献】 FORSTER, R. ET AL.,Human intestinal tissue with adult stem cell properties derived from pluripotent stem cells.,Stem Cell Reports,2014年 6月,Vol.2 No.6,p.838-852,第849頁右欄第2段落
【文献】 小澤辰哉ほか,薬物動態評価系への応用を目指したヒトES/iPS細胞由来小腸上皮細胞の作製,第37回日本分子生物学会年会講演要旨集,2014年11月 7日,Vol.37th,[1P-0629],【背景・目的】、【方法】、【結果・考察】
【文献】 OZAWA, T. ET AL.,Generation of enterocyte-like cells from human induced pluripotent stem cells for drug absorption an,Scientific Reports,2015年11月12日,Vol.5 No.16479,p.1-11,全文
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
C12Q 1/02
C12N 15/09−15/90
CAplus/WPIDS/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、多能性幹細胞から小腸上皮様細胞への分化誘導方法;
1)多能性幹細胞を内胚葉細胞に分化誘導する工程;
2)前記分化誘導により得られた内胚葉細胞をBIO(GSK-3 Inhibitor IX)及びDAPT(γ-secretase inhibitor)を含む系で培養し、さらにALK5阻害物質、Wnt3a及びEGFを含む系で培養する工程。
【請求項2】
前記工程1)又は2)の工程のいずれかにおいて、さらにCDX2遺伝子を導入する工程を含む、請求項1に記載の多能性幹細胞から小腸上皮様細胞への分化誘導方法。
【請求項3】
前記工程1)又は2)の工程のいずれかにおいて、さらにFOXA2遺伝子を導入する工程を含む、請求項1又は2に記載の多能性幹細胞から小腸上皮様細胞への分化誘導方法。
【請求項4】
前記工程2)において、分化誘導により得られた内胚葉細胞を、BIO(GSK-3 Inhibitor IX)及び/又はDAPT(γ-secretase inhibitor)を含む系で少なくとも15日間培養したのち、さらにALK5阻害物質、Wnt3a及びEGFを含む系で培養する、請求項1〜3のいずれかに記載の分化誘導方法。
【請求項5】
前記工程2)において、分化誘導により得られた内胚葉細胞を、BIO及び/又はDAPTを含む系で少なくとも15日間培養したのち、さらにALK5阻害物質、Wnt3a及びEGFを含む系で少なくとも15日間培養する、請求項4に記載の分化誘導方法。
【請求項6】
前記工程2)のBIO(GSK-3 Inhibitor IX)及び/又はDAPT(γ-secretase inhibitor)を含む系で培養する工程の後、基底膜マトリックスを培養細胞に重層する処理工程を含む、請求項1〜5のいずれかに記載の分化誘導方法。
【請求項7】
請求項1〜のいずれかに記載の分化誘導方法により得られた小腸上皮様細胞。
【請求項8】
請求項1〜のいずれかに記載の分化誘導方法が施され、培養された培養物。
【請求項9】
請求項に記載の小腸上皮様細胞を用いることを特徴とする、薬物毒性評価方法及び/又は薬物動態評価方法。
【請求項10】
請求項に記載の小腸上皮様細胞を用いることを特徴とする、薬物-薬物間相互作用の検査方法。
【請求項11】
請求項に記載の小腸上皮様細胞を用いることを特徴とする、薬物代謝酵素誘導試験方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞から小腸上皮様細胞への分化誘導方法に関し、さらに前記分化誘導方法により得られた小腸上皮様細胞に関する。より詳しくは薬物代謝酵素や薬物トランスポーターを発現し、タイトジャンクション機能を有する優れた小腸上皮様細胞に関する。
【0002】
本出願は、参照によりここに援用されるところの日本出願特願2015−51475号優先権を請求する。
【背景技術】
【0003】
多能性幹細胞とは、多分化能と自己複製能を有する未分化細胞であり、多能性幹細胞から分化誘導した細胞は組織損傷後の組織修復力を有することが示唆されている。このため、多能性幹細胞及びその分化細胞は、各種疾患の治療用物質のスクリーニング、再生医療分野において有用であるとして、さかんに研究されている。多能性幹細胞のうち、iPS細胞は、線維芽細胞などの体細胞に、特定の転写因子、例えばOCT3/4、SOX2、KLF4、C-MYC等の遺伝子を導入することにより、体細胞を脱分化して作製された人工多能性幹細胞である。分化多能性を持った細胞は理論上、小腸上皮細胞等を含む全ての組織や臓器に分化誘導することが可能である。
【0004】
非特許文献1(Nature, 2011 Feb 3;470(7332):105-9)は世界で初めてヒト多能性幹細胞から小腸組織を作製した論文である。本論文では小腸に存在する小腸上皮細胞、パネート細胞、ゴブレット細胞、腸管上皮内分泌細胞をすべて含むオルガノイドを作製可能であることを示している。非特許文献2(Stem Cell Reports, 2014 Jun 3;2(6):838-52)はヒト多能性幹細胞から長期間自己複製可能な小腸幹細胞を作製できることを報告した論文である。本論文で作製した小腸幹細胞は非特許文献1と同様に、小腸に存在する小腸上皮細胞、パネート細胞、ゴブレット細胞、腸管上皮内分泌細胞をすべて含むオルガノイドに分化することができる。
【0005】
非特許文献3(Stem Cells, 2013 Jun;31(6):1086-96)はマウス・ヒト多能性幹細胞から小腸系列の細胞への分化誘導を、GSK-3 Inhibitor IX であるBIO(6-Bromoindirubin-3'-oxime )、γ-secretase inhibitor であるDAPT(N-[(3,5-Difluorophenyl)acetyl]-L-alanyl-2-phenyl]glycine-1,1-dimethylethyl ester)等を用いることで促進できることを報告した論文である。BIO、DAPTを併用することによって、多能性幹細胞から効率良くCDX2陽性細胞を分化誘導できるようになる。なお、CDX2はhindgut、小腸幹細胞、小腸前駆細胞、小腸上皮細胞のいずれにおいても発現している腸管分化を制御するマスター転写因子である。
【0006】
非特許文献4(Drug Metab Pharmacokinet, 2014;29(1):44-51)はヒト多能性幹細胞から小腸上皮様細胞への分化を試みた論文である。これにより、SI(Sucrase Isomaltase)、SLC15A1(solute carrier family 15 member 1)/PEPT1(Peptide transporter 1)、LGR5(leucine-rich repeat containing G protein-coupled receptor 5)などの小腸マーカーを発現した小腸上皮様細胞を作製することができる。また、作製した小腸上皮様細胞はジペプチドであるβ-Ala-Lys-AMCA(β-Ala-Lys-N-7-amino-4-methylcoumarin-3-acetic acid)を取り込むことができる。しかしながら、薬物代謝酵素である CYP3A4(Cytochrome P450 3A4)の発現は、ヒト小腸と比較して極めて低い(約1/500)ことが問題である。
【0007】
次世代遺伝子治療用ベクターシステムを用いてES細胞又はiPS細胞等の幹細胞から効果的に肝細胞に分化誘導させる場合の遺伝子導入方法について開示がある(特許文献1:国際公開WO2011/052504号公報)。特許文献1ではアデノウイルスベクター(以下、「Adベクター」という。)を用いることで、ES細胞又はiPS細胞等の幹細胞に、例えばHEX遺伝子、HNF4α遺伝子、HNF6遺伝子及びSOX17遺伝子から選択されるいずれか1又は複数種の遺伝子を導入することで、効果的に肝細胞へ分化誘導させうることが開示されている。
【0008】
以上非特許文献1−4に示す通り、小腸上皮細胞への分化を試みた報告はなされているが、ヒト多能性幹細胞から薬物代謝・薬物吸収を同時に評価可能な小腸上皮細胞を効率良く作製できたという報告はいまだにない。また、特許文献1に示す通り、次世代遺伝子治療用ベクターシステムを用いてES細胞又はiPS細胞等の幹細胞から効果的に肝細胞に分化誘導させる報告はあるものの、小腸上皮細胞への分化を試みた報告はない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Nature, 2011 Feb 3;470(7332):105-9
【非特許文献2】Stem Cell Reports, 2014 Jun 3;2(6):838-52
【非特許文献3】Stem Cells, 2013 Jun;31(6):1086-96
【非特許文献4】Drug Metab Pharmacokinet, 2014;29(1):44-51
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】国際公開WO2011/052504号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従来は初代培養のヒト小腸上皮細胞を入手することは困難であり、また得られた細胞も個体差による性状の違いが問題であった。現在、小腸のin vitro吸収評価系モデル細胞として、Caco-2細胞(ヒト結腸癌由来の細胞株)が使用されている。Caco-2細胞は強固なタイトジャンクションを形成できるために、小腸の薬物透過を予測するモデルとして用いられているが、ヒト小腸上皮細胞と異なり、薬物代謝酵素CYP3A4をほとんど発現していないために、薬物代謝能を評価することはできなかった。また、癌細胞由来であることから、正常なヒト小腸上皮細胞の薬物代謝・透過性を反映しているとはいいがたかった。これらの理由により、小腸における薬物代謝・透過性に関し、安定的に試験可能な優れた細胞が存在しなかった。
【0012】
本発明は、多能性幹細胞から小腸上皮様細胞への選択的な分化誘導方法を提供することを課題とし、更に薬物代謝酵素や薬物トランスポーターが発現する優れた小腸上皮様細胞を提供することを課題とする。より詳しくは、入手が困難な初代培養のヒト小腸上皮細胞により近い性質を有する小腸上皮様細胞を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者等は、上記課題を達成するために、従来法の小腸上皮様細胞作製方法を基に培養液及び培養時間についてさらに検討を重ねた結果、ALK5阻害物質(SB431542)、Wnt3a及びEGF(epidermal growth factor)を培養系に加え、培養時間を延ばすことで、効果的に多能性幹細胞から小腸上皮様細胞へ分化誘導しうることを見出し、本発明を完成した。また、CDX2遺伝子及び/又はFOXA2遺伝子を導入することによっても効果的に多能性幹細胞から小腸上皮様細胞へ分化誘導しうることを見出し、本発明を完成した。さらに、分化誘導途中の細胞に基底膜マトリックスを重層することによっても多能性幹細胞から小腸上皮様細胞へ分化誘導しうることを見出し、本発明を完成した。
【0014】
即ち本発明は、以下よりなる。
1.以下の工程を含む、多能性幹細胞から小腸上皮様細胞への分化誘導方法;
1)多能性幹細胞を内胚葉細胞に分化誘導する工程;
2)前記分化誘導により得られた内胚葉細胞をALK5阻害物質、Wnt3a及びEGFから選択されるいずれか一種又は複数種の物質を含む系で培養する工程。
2.前記工程1)又は2)の工程のいずれかにおいて、さらにCDX2遺伝子を導入する工程を含む、前項1に記載の多能性幹細胞から小腸上皮様細胞への分化誘導方法。
3.前記工程1)又は2)の工程のいずれかにおいて、さらにFOXA2遺伝子を導入する工程を含む、前項1又は2に記載の多能性幹細胞から小腸上皮様細胞への分化誘導方法。
4.前記工程2)において、分化誘導により得られた内胚葉細胞を、BIO及び/又はDAPTを含む系で培養する、前項1〜3のいずれかに記載の分化誘導方法。
5.前記工程2)のBIO及び/又はDAPTを含む系で培養する工程の後、基底膜マトリックスを培養細胞に重層する処理工程を含む、前項4に記載の分化誘導方法。
6.前項1〜5のいずれかに記載の分化誘導方法により得られた小腸上皮様細胞。
7.多能性幹細胞から人為的に分化誘導処理を行うことによって得られた小腸上皮様細胞であって、当該小腸上皮様細胞が、薬物代謝酵素及び/又は薬物トランスポーターを発現していることを特徴とする、小腸上皮様細胞。
8.前項1〜5のいずれかに記載の分化誘導方法が施され、培養された培養物。
9.前項6又は7に記載の小腸上皮様細胞を用いることを特徴とする、薬物毒性評価方法及び/又は薬物動態評価方法。
10.前項6又は7に記載の小腸上皮様細胞を用いることを特徴とする、薬物-薬物間相互作用の検査方法。
11.前項6又は7に記載の小腸上皮様細胞を用いることを特徴とする、薬物代謝酵素誘導試験方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明の分化誘導方法により得られた小腸上皮様細胞は、小腸の薬物代謝において重要な役割を果たす薬物代謝酵素CYP3A4やトランスポーターPEPT1(apical transporters、basolateral transporters)、MDR1(multidrug resistance protein 1:以下「P-gp」という。)、BCRP(breast cancer resistance protein)の遺伝子発現量が高く、タイトジャンクション機能も有することから、小腸上皮細胞に近い性質を有する。本発明の小腸上皮様細胞によれば、薬物代謝酵素やトランスポーターの発現量に関し、従来汎用されていたCaco-2細胞と比べて優れている。上記により、薬物代謝・薬物吸収を同時に評価可能な小腸上皮様細胞を効率良く作製できることとなった。従来は初代培養のヒト小腸上皮細胞は入手が困難であるのに対し、本発明の分化誘導方法により、安定的に優れた小腸上皮様細胞を提供可能となった。本発明の分化誘導方法により、ヒト小腸上皮様細胞を作製することができた点で、特に優れている。
【0016】
従来は、特にヒトの初代培養小腸上皮細胞を入手することは困難であり、正常なヒト小腸上皮細胞のモデルを反映する、安定的に試験可能な優れた細胞が存在しなかったのに対し、ヒト小腸上皮細胞により近い性質を有する小腸上皮様細胞を作製することができた。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】(A)ヒトES/iPS細胞から小腸上皮様細胞への従来法による分化誘導プロトコール、及び(B)分化誘導効率を確認した結果を示す図である。(比較例1)
図2】(A)ヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化誘導プロトコール、及び(B)得られた細胞のANPEP(aminopeptidase N)の発現結果を示す図である。(実施例2)
図3】(A)ヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化誘導プロトコール、及び(B)得られた細胞のVILLINの発現結果を示す図である。(実施例2)
図4】(A)ヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化誘導プロトコール、及び(B)得られた細胞のANPEPの発現結果を示す図である。(実施例3)
図5】(A)ヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化誘導プロトコール、及び(B)分化誘導効率を確認した結果を示す図である。(実施例4)
図6】(A)ヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化誘導プロトコール、及び(B、C、D)得られた細胞のトランスポーター(PEPT1、OSTα、OSTβ、OCT1、MRP3、OATP-B、ASBT1、MCT1、MRP2、BCRP、P-gp)の発現結果を示す図である。(実施例5)
図7】(A)ヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化誘導プロトコール、(B)得られた細胞のタイトジャンクション機能、及び(C)得られた細胞のZO-1の発現結果を示す図である。(実施例6−1)
図8】(A)ヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化誘導プロトコール、及び(B)得られた細胞の薬物代謝酵素CYP3A4の発現結果を示す図である。(実施例6−2)
図9】(A)ヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化誘導プロトコール、及び(B、C)得られた細胞のCYP3A4誘導能の結果を示す図である。(B)ではCYP3A4誘導剤としてビタミンD3(vitamin D3:以下「VD3」という。)を使用しており、(C)ではCYP3A4誘導剤としてリファンピシン(rifampicin:以下「RIF」という。)を使用している。(実施例6−3)
図10】(A)FOXA2遺伝子及びCDX2遺伝子の導入によるヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化誘導プロトコール、及び(B)得られた細胞の小腸関連遺伝子(ANPEP、PEPT1、CYP3A4、OSTα、OSTβ、MRP2、P-gp)の発現結果を示す図である。(実施例7)
図11】(A)FOXA2遺伝子及びCDX2遺伝子の導入によるヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化誘導プロトコール、及び(B)分化誘導効率を確認した結果を示す図である。(実施例8)
図12】(A)FOXA2遺伝子及びCDX2遺伝子の導入によるヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化誘導プロトコール、及び(B、C)得られた細胞のCYP3A4・P-gp誘導能の結果を示す図である。(B)ではCYP3A4・P-gp誘導剤としてVD3を使用しており、(C)ではCYP3A4・P-gp誘導剤としてRIFを使用している。(実施例9)
図13】(A)小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs)及び各種細胞についてCYP3A4発現を確認した結果を示す図である。CYP3A4誘導剤としてRIFを使用している。(B)小腸上皮様細胞におけるCYP3A4誘導に重要な核内受容体の一つであるPXR(pregnane X receptor)発現を確認した結果を示す図である。(実施例10)
図14】CYP3A4誘導剤が小腸上皮様細胞における薬物代謝に及ぼす影響を確認するための実験方法を示す図である。(実施例11)
図15】(A)RIF又は溶媒(DMSO)で処理したCaco-2細胞をヒトiPS細胞由来肝細胞(HiPS-HLC)と共培養すると同時に、アミオダロン(以下「AM」という。)を作用した。Caco-2細胞に対するRIF処理の有無によって、HiPS-HLCにおける細胞生存率に変化がないことを確認した結果図である。(B)溶媒又はRIFで処理した小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs )をHiPS-HLCと共培養すると同時に、AMを作用した。HiPS-ELC-TFs細胞に対するRIF処理によって、HiPS-HLCにおける細胞生存率が低下することを確認した結果図である。小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs)について、CYP3A4誘導剤(RIF)と薬物(AM)の相互作用を確認した結果図である。(実施例11)
図16】CYP3A4阻害物質が小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs)における薬物代謝に及ぼす影響を確認するための実験方法を示す図である。(実施例12)
図17】(A)小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs)のCYP3A4活性がCYP3A4阻害物質であるグレープフルーツジュース(grapefruit juice:以下「GFJ」という。)の成分により抑制されることを確認した図である。(B)溶媒又はGFJで処理した小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs)をHiPS-HLCと共培養すると同時に、AMを作用した。HiPS-ELC-TFs細胞に対するGFJ処理によって、HiPS-HLCにおける細胞生存率が向上することを確認した結果図である。小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs)について、CYP3A4阻害物質(GFJ)と薬物(AM)の相互作用を確認した結果図である。(実施例12)
図18】小腸上皮様細胞のタイトジャンクション機能を確認した結果図である。(A)小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs)の細胞膜抵抗値(transepithelial electrical resistance:以下、「TEER」という。)測定結果を示す図である。(B)FD4(fluorescein isothiocyanate-dextran average mol wt 4,000)透過試験によるPapp値を確認した結果図である。(実施例13)
図19】小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs)のP-gp機能を確認した結果図である。(実施例14)
図20】マトリゲルを用いた小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-MG)への分化誘導法を示す図である。(実施例15)
図21】小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-MG)及び各種細胞について、小腸関連遺伝子であるVILLIN、SI、Intestine Specific Homeobox及びCDX2各遺伝子発現の解析を行った結果を示す図である。(実験例15−1)
図22】小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-MG)について、小腸関連遺伝子であるSI、VILLIN及びCDX2各遺伝子発現についてFACS解析を行った結果を示す図である。(実験例15−2)
図23】小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-MG)及び各種細胞について、CYP3A4誘導能の評価を行った結果を示す図である。(実験例15−3)
図24】小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-MG)及び各種細胞について、小腸核内受容体の遺伝子(PXR、SHP、GR、VDR、FXR)の発現解析を行った結果を示す図である。(実験例15−4)
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、多能性幹細胞(pluripotent stem cells:PSC)から小腸上皮様細胞への選択的な分化誘導方法に関し、更に薬物代謝酵素や薬物トランスポーターを発現する優れた小腸上皮様細胞に関する。
【0019】
薬物の体内動態を予測するうえで、小腸における薬物吸収の予測は非常に重要であるが、初代培養ヒト小腸上皮細胞を入手することは非常に困難である。Caco-2細胞はヒト結腸癌由来細胞株であり強固なタイトジャンクションを形成できるために、小腸の薬物透過を予測するモデルとして、in vitro吸収評価系として汎用されている。一方、小腸上皮細胞における主たる薬物代謝酵素はCYP3A4であるが、Caco-2細胞はヒト小腸と異なり薬物代謝酵素をほとんど発現していない。そのために、Caco-2細胞では薬物代謝能を評価することはできない。現在のところ小腸における薬物代謝と薬物吸収を同時に評価できる実験系は構築されていない。
【0020】
薬物代謝酵素CYP(Cytochrome P450)のうち一部の分子種(CYP1A2、CYP2B6、CYP3A4)は誘導剤となる薬物に応答して、その発現量が上昇することが知られており、CYP誘導という。CYP誘導が引き起こされることにより、非誘導時とは薬物代謝速度が大きく変化する。小腸における主たるCYP分子種であるCYP3A4はVD3やRIFなどの薬物によって誘導される。そこで、本発明者らはヒト多能性幹細胞から薬物代謝と薬物吸収の評価に応用できる小腸上皮様細胞を作製することを目指した。本明細書において、「小腸上皮様細胞」とは、本発明の分化誘導方法、又は分化誘導処理により作製された細胞を意味する。
【0021】
本明細書において、多能性幹細胞とは多分化能及び/又は自己複製能を有する未分化細胞であればよく、特に限定されないが、iPS細胞(induced pluripotent stem cells)又はES細胞(embryonic stem cells)等の多能性幹細胞が挙げられる。特に好適には、iPS細胞である。
【0022】
iPS細胞とは、体細胞へ数種類の遺伝子を導入することにより、受精卵、余剰胚やES細胞を利用せずに分化細胞の初期化を誘導し、ES細胞と同様な多能性や増殖能を有する誘導多能性幹細胞をいい、2006年にマウスの線維芽細胞から世界で初めて作られた。さらに、マウスiPS細胞の樹立に用いた4遺伝子のヒト相同遺伝子であるOCT3/4、SOX2、KLF4、C-MYCを、ヒト由来線維芽細胞に導入してヒトiPS細胞の樹立に成功したことが報告されている(Cell 131: 861-872, 2007)。本発明で使用されるiPS細胞は、上記のような自体公知の方法により作製されたiPS細胞、又は今後開発される新たな方法により作製されるiPS細胞であってもよい。
【0023】
ES細胞とは、一般的には胚盤胞期胚の内部にある内部細胞塊(inner cell mass)と呼ばれる細胞集塊をin vitro培養に移し、未分化幹細胞集団として単離した多能性幹細胞である。ES細胞は、M.J.Evans & M.H.Kaufman (Nature, 292, 154, 1981)に続いて、G.R.Martin (Natl.Acad.Sci.USA, 78, 7634, 1981)によりマウスで多分化能を有する細胞株として樹立された。ヒト由来ES細胞についても、既に多くの株が樹立されており、ES Cell International社、Wisconsin Alumni Research Foundation、National Stem Cell Bank (NSCB)等から入手することが可能である。ES細胞は、一般に初期胚を培養することにより樹立されるが、体細胞の核を核移植した初期胚からもES細胞を作製することが可能である。また、異種動物の卵細胞、又は脱核した卵細胞を複数に分割した細胞小胞(cytoplasts、ooplastoids)に、所望の動物の細胞核を移植して胚盤胞期胚様の細胞構造体を作製し、それを基にES細胞を作製する方法もある。また、単為発生胚を胚盤胞期と同等の段階まで発生させ、そこからES細胞を作製する試みや、ES細胞と体細胞を融合させることにより、体細胞核の遺伝情報を有したES細胞を作る方法も報告されている。本発明で使用されるES細胞は、上記のような自体公知の方法により作製されたES細胞、又は今後開発される新たな方法により作製されるES細胞であってもよい。
【0024】
本発明の多能性幹細胞から小腸上皮様細胞への分化誘導方法として、以下の工程を含むことが必要である。
1)多能性幹細胞を内胚葉細胞に分化誘導する工程;
2)前記分化誘導により得られた内胚葉細胞をALK5阻害物質(SB431542)、Wnt3a及びEGFから選択されるいずれか一種又は複数種の物質を含む系で培養する工程。
3)また、前記1)又は2)の工程のいずれかにおいて、CDX2遺伝子及び/又はFOXA2遺伝子を導入する工程を含んでいても良い。これにより、80%以上の効率で小腸上皮様細胞を作製することができる。
4)さらに、前記2)の工程において、基底膜マトリックスを重層する工程を含んでいても良い。これにより、小腸上皮マーカーの遺伝子発現量を向上させることができる。
【0025】
小腸上皮様細胞を作製する際の前記工程1)での多能性幹細胞を内胚葉細胞に分化誘導する方法は、自体公知の方法を適用することができる。例えば、多能性幹細胞の培養系にActivin A(アクチビンA)、Wnt3a、GSK3β阻害剤、酪酸ナトリウム(Sodium butyrate)、bFGF(basic fibroblast growth factor)、BMP4(bone morphogenetic protein 4)、Ly294002、又はDMSO(dimethyl sulfoxide)などの液性因子や化合物を用いることができ、特に好適にはActivin Aを用いることができる。上記液体因子や化合物の添加量は、多能性幹細胞から内胚葉細胞に分化誘導可能であればよく、特に限定されない。例えばActivin Aの場合には、3〜200 ng/ml、好ましくは約100 ng/mlを培養系に添加することができる。Activin Aの濃度が3 ng/mlより低い場合には内胚葉への分化が効率的に促進できないと考えられる。上記液体因子や化合物を培養系に添加する時期は、多能性幹細胞から内胚葉細胞に分化誘導可能な時期であればよく特に限定されないが、例えば多能性幹細胞培養開始後0〜6日目、好ましくは4日間添加することができる。
【0026】
本発明において、小腸上皮様細胞を作製する際、前記工程2)で内胚葉細胞から小腸上皮様細胞へ分化誘導することが必要である。内胚葉細胞から小腸上皮様細胞への分化誘導方法としては、例えば非特許文献3に示すように、BIOやDAPTなどの液性因子や化合物を内胚葉細胞の培養系に添加する方法が挙げられる。例えばBIOの場合には、0.01〜10μM、好ましくは約5μMを培養系に添加することができる。BIOの濃度が0.01μMより低い場合には小腸上皮様細胞への分化促進効果が確認できない可能性があり、10μMより高い場合には細胞毒性が生じる可能性が考えられる。例えばDAPTの場合には、0.02〜20μM、好ましくは約10μMを培養系に添加することができる。DAPTの濃度が0.02μMより低い場合には小腸上皮様細胞への分化促進効果が確認できない可能性が考えられる。BIO及びDAPTを培養系に添加する時期は、内胚葉細胞から小腸上皮様細胞に分化誘導可能な時期であればよく特に限定されないが、例えば内胚葉細胞培養開始後0〜30日目、好ましくは30日間添加することができる。BIO及びDAPTは、いずれか一方を先に添加してもよいし、同時に添加してもよい。
【0027】
本発明の多能性幹細胞から小腸上皮様細胞への分化誘導方法は、小腸上皮様細胞を作製する際の前記工程2)で、上記BIO及び/又はDAPTを用いて内胚葉細胞から小腸上皮様細胞へ分化誘導する際に、更なる化合物を培養系に添加することを特徴とする。更なる化合物は、ALK5阻害物質(SB431542)、Wnt3a及びEGFから選択されるいずれか一種又は複数種の化合物が挙げられる。例えばSB431542の場合には、0.02〜20μM、好ましくは約10μMを培養系に添加することができる。例えばWnt3aの場合には、0.1 nM〜10 mMを培養系に添加することができる。SB431542の濃度が0.02μMより低い場合には小腸上皮様細胞への分化促進効果が確認できない可能性が考えられる。例えばEGFの場合には、10〜1000 ng/ml、好ましくは約250 ng/mlを培養系に添加することができる。SB431542、Wnt3a及びEGFから選択されるいずれか一種又は複数種を培養系に添加する時期は、内胚葉細胞から小腸上皮様細胞へ分化誘導する際に添加する物質、例えばBIO及び/又はDAPTの添加に対して、先又は後に添加してもよいし、同時に添加してもよい。例えば内胚葉細胞培養開始後15〜30日目、好ましくは15日間添加することができる。
【0028】
上記1)及び2)の工程では、特許文献1と同様にCDX2遺伝子及び/又はFOXA2遺伝子を搭載したAdベクターを細胞に導入することによって、小腸上皮様細胞への分化誘導効率をさらに向上させることができる。例えば1)の工程で、ES細胞又はiPS細胞等の多能性幹細胞から分化誘導した内胚葉細胞にFOXA2遺伝子を導入し、2)の工程で、前記分化誘導により得られた内胚葉細胞にCDX2遺伝子を導入することができる。具体的には、多能性幹細胞を例えばActivin Aを含む培地で培養し、FOXA2遺伝子を搭載したAd-FOXA2を細胞に作用させることができる。その後、例えば再びActivin Aを含む培地で培養し、BIO、DAPTを含む培地で培養した後、CDX2遺伝子を搭載したAd-CDX2を細胞に作用させることができる。その後 BIO、DAPT並びにSB431542、EGF及びWnt3aを含む培地で培養することができる。
【0029】
CDX2遺伝子及び/又はFOXA2遺伝子は、ES細胞又はiPS細胞等の多能性幹細胞に対して、CDX2遺伝子やFOXA2遺伝子とは異なる分化誘導剤により分化させて作製した中内胚葉細胞、内胚葉細胞、小腸幹細胞、小腸前駆細胞に導入することもできる。例えば、特許文献3や4に開示する方法により作製した各細胞にも導入することができる。CDX2、FOXA2以外にも、FOXA1、FOXA3、GATA4、GATA6、CDX1、Hes1、Math1、Tcf1、LEF1、Tcf-3、Tcf-4、HNF4α、HNF1α、SOX9、KLF5、KLF4、Ascl2等の小腸上皮細胞の分化・増殖に関与する遺伝子を導入することにより、ES細胞又はiPS細胞から効率良く小腸上皮様細胞を作製することができると考えられる。各遺伝子の導入の工程は、細胞の分化の程度に応じて適宜選択することができる。
【0030】
本発明においてAdベクターは、特に限定されず、自体公知の方法で作製されたAdベクターを用いることができる。例えば、Ad受容体が発現していないか又は発現していても非常に低い細胞に対してもAdベクターを導入可能なように改良された改良型Adベクターであってもよいし、Ad受容体が発現している細胞に対して使用しうるAdベクターであってもよい。具体的には、接着ペプチドの代表である細胞接着ペプチド(RGD配列)をコードするDNA、ヘパラン硫酸との親和性を有するペプチド、例えばK7(KKKKKKK:配列番号1)をコードするDNA、ラミニン受容体との親和性を有するペプチドをコードするDNA、E-セレクチンとの親和性を有するペプチドをコードするDNA、イングリンとの親和性を有するペプチドをコードするDNA等を導入したAdベクターを用いることができ、例えば特許文献1に示すAdベクターを用いることができる。
【0031】
導入する遺伝子について、CDX2遺伝子は、例えばGenBank Accession No.NM_001265に登録されているものを、FOXA2遺伝子は、例えばGenBank Accession No. NM_021784に登録されているものを用いることができる。
【0032】
上記1)及び2)の工程で培養系に分化誘導に必要な液性因子及び/又は化合物を添加した細胞は、多能性幹細胞培養開始後約34日以上培養することもできる。
【0033】
ここで使用可能な培養液としては、例えば、以下に例示される培養液を用いることができる。各培養液に添加する物質は、目的に応じて、適宜増減することができる。使用する試薬は同等の機能を発揮しうるものであれば、製造・販売元は下記に限定されない。
(A)ヒトES/iPS細胞未分化維持培地としては、ReproStem(商品名)、iPSellon(商品名)、Essential 8(商品名)、TeSR-E8(商品名)などの各種幹細胞維持培地にbFGFなどを添加して使用することができる。
(B)分化誘導用培地として、ES細胞培養用基本培地であるhESF-GRO(商品名、Cell Science & Technology Institute社)に、インスリン(10μg/ml) 、トランスフェリン(5μg/ml)、2-メルカプトエタノール(10μM)、2-エタノールアミン(10μM) 、亜セレン酸ナトリウム(20 nM)及びウシ血清アルブミン(BSA: 1 mg/ml)を含む培地を使用することができる。分化誘導用培地の他の態様として、ES細胞分化誘導用基本培地であるhESF-DIF(商品名、Cell Science & Technology Institute社)に、インスリン(10μg/ml)、トランスフェリン(5μg/ml)、2-メルカプトエタノール(10μM)、2-エタノールアミン(10μM)、亜セレン酸ナトリウム(20 nM)を含む培地 (FASEB J. 23:114-22 (2009))を使用することができる。
(C)分化誘導用培地の他の態様として、RPMI1640培地(Sigma社)に4 mM L-Glutamine、B27 Supplement(Invitrogen社)、ペニシリン/ストレプトマイシンを含む培地も使用することができる。内胚葉細胞を分化誘導する際に使用する培地は同等の機能を発揮しうるものであれば、上記に限定されない。
(D)内胚葉細胞以降の分化誘導にはdifferentiation DMEM-high Glucose培地、10% Knock Serum Replacement (Invitrogen)、1 % Non Essential Amino Acid Solution (Invitrogen)、ペニシリン/ストレプトマイシン、2 mM L-Glutamine、100 μmol/l β-メルカプトエタノールを含むdifferentiation DMEM-high Glucose培地 (Invitrogen))を使用することができる。
【0034】
本発明の分化誘導方法の工程において、培養している細胞上に基底膜マトリックスを含む溶液を重層し、さらに培養することができる。基底膜マトリックスは生物において、細胞の外に存在する超分子構造体であり、細胞外マトリックス(Extracellular Matrix: ECM)ともいい、ECMと略される。本発明の方法に使用可能な基底膜マトリックスとして、例えば「Engelbreth-Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫から抽出した可溶性基底膜」について市販されているマトリゲル(商品名) が挙げられる。培養基材への基底膜マトリックス等の重層は、自体公知の方法、又は今後開発される方法によることができる。本発明の細胞の培養に使用する培養容器等の培養基材には、基底膜マトリックス等をコーティングしたものを用いて培養することができる。
【0035】
例えば、分化開始の24時間〜1時間前に、4℃の分化誘導用基本培地を用いて100倍希釈したマトリゲル希釈液を培養基材に重層し、分化誘導処理開始時に培養基材に付着されなかった溶液を除去したのちに、分化誘導用培養基材として使用することができる。また、分化誘導処理途中にマトリゲルを使用する場合は、小腸上皮様細胞への分化誘導25日目に、16℃の分化誘導培地(differentiation DMEM-high Glucose培地)を用いて100倍希釈したマトリゲル希釈液を小腸上皮様細胞上に重層するのが好適である。分化途中にマトリゲルを重層することによって、小腸上皮様細胞への分化が促進される(図21)。
【0036】
本発明の分化誘導方法により得られる小腸上皮様細胞は、多能性幹細胞から人為的に分化誘導処理を行うことによって得られた小腸上皮様細胞である。当該小腸上皮様細胞は、薬物代謝酵素及び/又は薬物トランスポーターを発現していることを特徴とする。具体的には、本発明の小腸上皮様細胞は小腸上皮細胞マーカーであるVILLIN及びCDX2が陽性である。更に、本発明の小腸上皮様細胞は薬物代謝酵素であるCYP3A4や、トランスポーターであるPEPT1などの発現量は、腸管上皮細胞モデルとして汎用されているCaco-2細胞と比較しても有意に高い値を示し、ヒト小腸に近い値を示す。また、小腸上皮細胞は細胞同士で強固に結びつき、タイトジャンクションを形成するが、本発明の分化誘導方法により得られた小腸上皮様細胞についてもTEERやタイトジャンクションの裏打ちタンパク質の一種であるZO-1(Zonula(Zona) occludens 1 protein、別名:Tight-junction protein-1:TJP-1)の測定値により優れたタイトジャンクション機能を有する。本発明は、当該分化誘導方法により得られた小腸上皮様細胞にも及ぶ。さらに本発明は、上記多能性幹細胞から人為的に分化誘導方法が施され、培養された培養物にも及ぶ。
【0037】
本発明は、上記分化誘導方法により得られる小腸上皮様細胞を用いることを特徴とする、薬物毒性評価方法及び/又は薬物動態評価方法にも及ぶ。さらに、当該小腸上皮様細胞を用いることを特徴とする、薬物-薬物間相互作用の検査方法や薬物代謝酵素誘導試験方法にも及ぶ。このようにして得られた小腸上皮様細胞に対して、医薬品候補化合物を添加することで、薬物代謝・薬物吸収、薬物毒性及び/又は薬物動態、薬物-薬物間相互作用、薬物代謝酵素誘導等について、各々検査し、評価することができる。従来は初代培養のヒト小腸上皮細胞は入手が困難であり、また個体差による性状の違いが問題であったのに対し、本発明の分化誘導方法により、安定的に優れた小腸上皮様細胞を提供可能である。
【実施例】
【0038】
以下、本発明の理解を深めるために実施例及び実験例を示して本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではないことはいうまでもない。
【0039】
(参考例1)各種培地組成
本実施例で示す培養方法では、ヒトiPS細胞又はヒトES細胞に対する各種培地が必要である。本参考例では、各種培養に使用可能な培養液の組成について説明する。
(A)ヒトES/iPS細胞未分化維持培地としては、ReproStem(商品名)、iPSellon(商品名)、Essential 8(商品名)、TeSR-E8(商品名)などの各種幹細胞維持培地にbFGFを添加して使用することができる。以後、当該培地を「培地1」という。
(B)分化誘導用培地として、ES細胞培養用基本培地であるhESF-GRO(商品名、Cell Science & Technology Institute社)に、インスリン(10μg/ml) 、トランスフェリン(5μg/ml)、2-メルカプトエタノール(10μM)、2-エタノールアミン(10μM) 、亜セレン酸ナトリウム(20 nM)及びBSA(1 mg/ml)を含む培地を使用することができる。分化誘導用培地の他の態様として、ES細胞分化誘導用基本培地であるhESF-DIF(商品名、Cell Science & Technology Institute社)に、インスリン(10μg/ml)、トランスフェリン(5μg/ml)、2-メルカプトエタノール(10μM)、2-エタノールアミン(10μM)、亜セレン酸ナトリウム(20 nM)を含む培地 (FASEB J. 23:114-22 (2009))も使用することができる。
(C)分化誘導用培地の他の態様として、RPMI1640培地(Sigma社)に4 mM L-Glutamine、B27 Supplement(Invitrogen社)、ペニシリン/ストレプトマイシンを含む培地も使用することができる。以後、当該培地を「培地2」 という。内胚葉細胞を分化誘導する際に使用する培地は同等の機能を発揮しうるものであれば、上記に限定されない。
(D)内胚葉細胞以降の分化誘導にはdifferentiation DMEM-high Glucose 培地(10% Knock Serum Replacement(Invitrogen)、1 % Non Essential Amino Acid Solution(Invitrogen)、ペニシリン/ストレプトマイシン、2 mM L-Glutamine、100 μmol/l β-メルカプトエタノールを含むdifferentiation DMEM-high Glucose培地 (Invitrogen))を使用することができる。以後、当該「differentiation DMEM-high Glucose 培地」を「培地3 」という。
【0040】
(実施例1)内胚葉細胞の作製
本実施例では、以降の比較例及び各実施例で使用される内胚葉細胞の作製について説明する。内胚葉細胞は、多能性幹細胞であるヒトiPS細胞又はヒトES細胞を用いて作製した。本実施例では、ヒトiPS細胞株としてTic(JCRB1331)を用いた。ヒトES細胞株(KhES3)は、文部科学省のガイドラインに従って扱い、実験は倫理委員会の承認を経て行った。上記多能性幹細胞は、フィーダー細胞とし、Tiss. Cult. Res. Commun., 27: 139-147 (2008) に記載の方法に従い、上記培地1を用いて培養した。
【0041】
ヒトiPS細胞株(Tic)の培養系に、Activin Aを100 ng/ml加えて4日間培養し、分化誘導処理を行い、以下の実施例及び比較例による小腸上皮様細胞作製のための内胚葉細胞を作製した。
【0042】
(比較例1)従来の分化誘導法による小腸上皮様細胞の作製
本比較例では、ヒトiPS細胞株(Tic)又はヒトES細胞株(K3)から上記実施例1に示す方法で作製した内胚葉細胞に、BIO(5μM)及びDAPT(10μM)を培養系に加え、培地3を用いて20日間培養した(図1A)。本比較例の方法は、非特許文献3に示す方法に準じる。
【0043】
Tic又はK3の培養開始から24日目に得られた細胞について、小腸上皮様細胞への分化誘導効率を微絨毛の構成タンパク質であるVILLINの発現を指標に評価した。VILLINの発現割合は、FACS解析により測定した。その結果、Tic由来ではVILLIN陽性細胞が約20%であり、K3由来ではVILLIN陽性細胞は約3%であった。蛍光染色法でも同程度のVILLIN発現を確認した(図1B)。これにより、得られた細胞は小腸上皮様細胞であることが確認された。
【0044】
FACS解析は、以下の方法で行った。上記小腸上皮様細胞へ分化誘導処理した細胞を剥離したのち、1×Permeabilization Buffer(e-Bioscience)で30分間細胞透過処理を行った。一次抗体ならびに二次抗体で細胞を標識し、FACS解析はFACS LSR Fortessa flow cytometer(BD Biosciences)を用いて実施した。
【0045】
(実施例2)小腸上皮細胞マーカー(ANPEP、VILLIN)を指標とした分化誘導方法の検討
本実施例では、小腸上皮細胞マーカーであるANPEP及びVILLINを指標とし、比較例の分化誘導方法に改良を加えた分化誘導方法を試みた。
【0046】
ヒトiPS細胞株(Tic)から上記実施例1に示す方法で作製した内胚葉細胞を、さらに培地3を用いて15日間培養した。分化誘導開始4日目から19日目の間に、BIO(5μM)及びDAPT(10μM)を培養系に加えた。前記BIO及びDAPTの添加と同時に、PMA(phorbol-myristate-acetate)、TGFβ1(transforming growth factorβ1)、Wortmannin、Noggin、SB431542、Follistatin、EGF、R-spondin1、Pentagastrin又はWnt3aのいずれかを加えた培地3を用いて更に5日間培養した(図2A図3A)。
【0047】
小腸上皮細胞マーカーであるANPEP及びVILLINの測定は、各々SYBR Green gene expression assays(Applied Biosystems)を用いた定量的リアルタイムRT-PCR法により測定した。化合物を加えないで培養した系をコントロールとした場合に、ANPEPの発現はPMA、Wortmannin、SB431542、EGF又はWnt3aを加えて培養した系で高い値を示し(図2B)、VILLINの発現はSB431542、EGF又はWnt3aを加えた系で高い値を示した(図3B)。これにより、SB431542、EGF又はWnt3aを含む系で培養したときに、ANPEP及びVILLINの高発現が認められた。
【0048】
定量的リアルタイムRT-PCRは、以下の方法で行った。ISOGEN(Nippon Gene)を用いて、ヒトiPS細胞から分化誘導した小腸上皮様細胞からTotal RNAを回収した。各Total RNAをRNase-free DNaseI(New England Biolabs)で処理した後、Superscript VILO cDNA Synthesis kit(Invitrogen)を用いて、逆転写反応を行い、Complementary DNA(cDNA)を合成した。ポジティブコントロールとして、使用するヒト成人小腸(human adult intestine:以下、「AI」という場合もある。)組織のTotal RNA(Clonetech、Biochain計4ロット)も同様にcDNA合成を行った。SYBR Green gene expression assays (Applied Biosystems) を用いた定量的リアルタイムRT-PCR法を行い、StepOnePlusリアルタイムPCRシステム(Applied Biosystems)により定量した。
【0049】
(実施例3)小腸上皮細胞マーカー(ANPEP)を指標とした分化誘導期間の検討
本実施例では、小腸上皮細胞マーカーであるANPEPを指標とし、培養期間を変えた場合の分化誘導効果を確認した。
【0050】
ヒトiPS細胞から上記実施例1に示す方法で作製した内胚葉細胞を、BIO(5μM)及びDAPT(10μM)を含む系で培地3を用いて15日間培養し、さらにBIO(5μM)、DAPT(10μM)並びにSB431542(10μM)、EGF(250 ng/ml)及びWnt3aを培養系に加えた。そして、さらに5日間(培養開始から19〜24日目)、10日間(培養開始から19〜29日目)又は15日間(培養開始から19〜34日目)培養し、細胞を得た(図4A)。以下の実施例において、本発明の分化誘導方法によりヒトiPS細胞株から得られた細胞を、便宜上「HiPS-ELC」 という。また、培養期間に応じて以下の各実施例でのHiPS-ELCを各々区別する場合は、多能性幹細胞の培養開始からの日数を明示する。
【0051】
HiPS-ELCについて、小腸上皮細胞マーカーであるANPEPの発現は実施例2と同手法で、リアルタイムPCR法により測定した。ANPEPの発現量は、いずれも培養34日目のHiPS-ELC(day 34)が、培養24日目(day 24)又は29日目(day 29)のHiPS-ELCと比較すると有意に高く、ヒト小腸に近い値を示した(図4B)。これにより、培養期間を34日間に延長することで、より効果的に小腸上皮細胞マーカーを発現することが確認された。なお、ヒト小腸についての値は市販のtotal RNA of adult small intestine(4ドナー)より確認した。
【0052】
(実施例4)小腸上皮細胞マーカー(VILLIN)を指標とした分化誘導方法の検討
本実施例では、小腸上皮細胞マーカーであるVILLINを指標とし、SB431542、EGF及びWnt3aの作用の有無、培養期間の変更が分化誘導効率に及ぼす影響を確認した。
【0053】
ヒトiPS細胞から上記実施例1に示す方法で作製した内胚葉細胞を、BIO(5μM)及びDAPT(10μM)を含む系で培地3を用いて15日間培養し、さらにBIO(5μM)、DAPT(10μM)並びにSB431542(10μM)、EGF(250 ng/ml)及びWnt3aを培養系に加えた。コントロールとして、SB431542(10μM)、EGF(250 ng/ml)及びWnt3aを培養系に加えない群も準備した。そして、さらに5日間(培養開始から19〜24日目)、又は15日間(培養開始から19〜34日目)培養し、分化誘導によりHiPS-ELCを作製した(図5A)。
【0054】
培養24日目(day 24)及び34日目(day 34)のHiPS-ELCについて、VILLINの陽性率をFACSにより測定した。いずれも、SB431542、EGF、Wnt3aを培養系に含まないものをコントロールとした。その結果、各化合物を含む系で、培養34日目でVILLINの陽性率が40%に達した(図5B)。これにより、3種類の化合物を用いて、培養開始から19〜34日目まで培養することによって、小腸上皮様細胞への分化効率を向上できることが示された。
【0055】
(実施例5)薬物代謝酵素及びトランスポーターの発現
本実施例では、HiPS-ELCについてトランスポーター(PEPT1)の遺伝子発現を確認し、HiPS-ELCの薬物代謝能を確認した。特にPEPT1、P-gp、BCRPは小腸の薬物輸送において重要な役割を果たす輸送タンパクである。
【0056】
ヒトiPS細胞から上記実施例1に示す方法で作製した内胚葉細胞を、BIO(5μM)及びDAPT(10μM)を含む系で培地3を用いて15日間培養し、さらにBIO(5μM)、DAPT(10μM)並びにSB431542(10μM)、EGF(250 ng/ml)及びWnt3aを培養系に加えた。そして、さらに15日間(培養開始から19〜34日目)培養し、分化誘導によりHiPS-ELCを作製した(図6A)。
【0057】
培養34日目(day 34)のHiPS-ELCについて、PEPT1遺伝子の発現量を測定した。コントロールとして、従来汎用されていたCaco-2細胞のPEPT1遺伝子の発現量に対し、本実施例のHiPS-ELC及びヒト成人小腸の値を測定した。その結果、HiPS-ELCについて、トランスポーターのPEPT1遺伝子発現量が高く、ヒト成人小腸細胞に近い性質の細胞が得られ、小腸上皮細胞の機能を有していることが確認された(図6B)。さらに、培養34日目(day 34)のHiPS-ELCについて、apical transporters、basolateral transportersの遺伝子発現量を測定した。その結果、HiPS-ELCについて、apical transporters、basolateral transportersの遺伝子発現量はヒト成人小腸に近い値を示したことから、小腸上皮細胞の機能を有していることが確認された(図6C、6D)。
【0058】
(実施例6−1)タイトジャンクション機能の確認
小腸上皮細胞は細胞同士で強固に結びつき、タイトジャンクションを形成することが知られている。本実施例では、HiPS-ELCのタイトジャンクション機能を確認した。本実施例では、実施例5と同様に、ヒトiPS細胞から作製した内胚葉細胞を、BIO(5μM)及びDAPT(10μM)を含む系で培地3を用いて15日間培養し、さらにBIO(5μM)、DAPT(10μM)並びにSB431542(10μM)、EGF(250 ng/ml)及びWnt3aを培養系に加えた。そして、さらに15日間(培養開始から19〜34日目)培養し、分化誘導により本実施例のHiPS-ELCを作製した(図7A)。
【0059】
タイトジャンクション機能は、TEERを測定することで確認した。その結果、HiPS-ELCについて、培養34日目(day 34)には240Ω・cm2の細胞膜抵抗値を示し、タイトジャンクション機能を有していることが確認された(図7B)。さらに、タイトジャンクションの裏打ちタンパク質の一種であるZO-1ついても確認した結果、本実施例のHiPS-ELCについても発現が確認され(図7C)、タイトジャンクションが形成されていることが示唆された。
【0060】
(実施例6−2)CYP3A4遺伝子の発現の確認
本実施例では、HiPS-ELCのCYP3A4遺伝子の発現を確認した。ヒトiPS細胞を実施例6−1と同手法により処理した(図8A)。
【0061】
培養34日目(day 34)のHiPS-ELCについて、CYP3A4遺伝子の発現量を測定した。コントロールとして、従来汎用されていたCaco-2細胞のCYP3A4遺伝子の発現量に対し、本実施例のHiPS-ELC及びヒト成人小腸の値を測定した。その結果、HiPS-ELCについて、薬物代謝酵素のPEPT1遺伝子発現量がCaco-2細胞よりも高く、ヒト成人小腸に近い性質の細胞が得られ、小腸上皮細胞の機能を有していることが確認された(図8B)。
【0062】
(実施例6−3)CYP3A4遺伝子の発現の確認
(A)本実施例では、HiPS-ELCのCYP3A4遺伝子の発現を確認した。ヒトiPS細胞を実施例6−1と同手法により処理した(図9A)。
【0063】
(B)培養34日目(day 34)のHiPS-ELCについて、CYP3A4遺伝子の発現量を測定した。CYP3A4誘導剤としてVD3又は溶媒(DMSO)を使用した。VD3(100 nM)を作用させることにより、HiPS-ELCにおいて、DMSO作用群と比較して、約100倍CYP3A4遺伝子発現量が上昇した。また、VD3を作用することにより、CYP3A4タンパク発現量も上昇した(図9B)。
【0064】
(C)培養34日目(day 34)のHiPS-ELCについて、CYP3A4誘導剤としてRIFは溶媒(DMSO)を使用した。RIF(20 μM)を作用させることにより、HiPS-ELCにおいてDMSO作用群と比較して、約8倍CYP3A4遺伝子発現量が上昇した。また、RIFを作用させることにより、CYP3A4タンパク発現量も上昇した(図9C)。
以上のことから、HiPS-ELCはVD3やRIF等の薬物によるCYP3A4誘導能を有していることが示唆された。
【0065】
以上、実施例4〜6に示す分化誘導方法により得られた細胞、即ち「HiPS-ELC」は小腸上皮細胞が発現する各マーカーを発現し、薬物代謝酵素及びトランスポーターを発現し、タイトジャンクション機能も有することから、「小腸上皮様細胞」ということができる。
【0066】
(実施例7)ヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化促進効果の確認
本実施例ではヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化を促進するために、分化途中の細胞に対して分化に関与する転写因子を遺伝子導入した。
【0067】
(A)ヒトiPS細胞を100 ng/ml Activin Aを含む培地2で2日間培養した。培養2日目にFOXA2遺伝子を搭載したAd-FOXA2を3,000 VP/cellで90分間作用させた。その後2日間、再び100 ng/ml Activin Aを含む培地2で培養した。培養4日目から8日目はBIO(5μM)、DAPT(10μM)を含む培地3で培養した。また、培養8日目にCDX2遺伝子を搭載したAd-CDX2を3,000 VP/cellで90分間作用させた。その後11日間、再びBIO(1μM)、DAPT(2.5μM)を含む培地3で培養した。培養19日目から34日目は、 BIO(1μM)、DAPT(2μM)並びにSB431542(2μM)、EGF(250 ng/ml)及びWnt3aを含む培地3で培養した(図10A)。
【0068】
(B)遺伝子導入することにより、小腸上皮様細胞への分化が促進したかどうか調べるために、FOXA2遺伝子、CDX2遺伝子導入細胞(HiPS-ELC-TFs)及びコントロール細胞(HiPS-ELC-LacZ)における小腸関連遺伝子の発現量をリアルタイムRT-PCR法により解析した。ANPEP、PEPT1、OSTα、OSTβ、MRP2、P-gpはトランスポーター、CYP3A4は薬物代謝酵素である。HiPS-ELC-TFsにおけるANPEP、PEPT1、CYP3A4、OSTα、OSTβの遺伝子発現量は HiPS-ELC-LacZと比較して有意に高かった(図10B)。したがって、FOXA2遺伝子、CDX2遺伝子を導入することによって、ヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化が促進されたことが示唆される。
【0069】
Adベクターの作製
Adベクターの作製はin vitro ライゲーション法により行った。シャトルプラスミドpHMEF5のマルチクローニング部位に、FOXA2遺伝子又はCDX2遺伝子を挿入した、FOXA2遺伝子又はCDX2遺伝子発現シャトルプラスミドを作製した。導入する遺伝子は、FOXA2遺伝子では例えばGenBank Accession No. NM_021784に登録されているものを、CDX2遺伝子では例えばGenBank Accession No. NM_001265に登録されているものを用いた。
【0070】
次に、シャトルプラスミドをI-CeuI と PI-SceIで消化し、同酵素で消化した従来型ベクタープラスミド pAdHM41K7に挿入することにより、pAdHM41K7-EF-FOXA2又はpAdHM41K7-EF-CDX2を作製した。作製したAdベクタープラスミドをPacIで消化し、Lipofectamine 2000(Invitrogen) を用いて293細胞にトランスフェクションすることにより、AdHM41K7-EF-FOXA2(Ad-FOXA2)又はAdHM41K7-EF-CDX2(Ad-CDX2)を作製した。常法によりAdベクターの増殖・精製を行った。Adベクターの物理学的タイター (particle titer)はMaizelらの方法により測定した。
【0071】
LacZ遺伝子導入用ベクターAdHM41K7-EF-LacZ(Ad-LacZ)についても、各々同手法で作製した。
【0072】
(実施例8)ヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化効率の検討
本実施例では、ヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化効率を解析した。
(A)ヒトiPS細胞を実施例7(A)と同手法により処理した(図11A)。
(B)小腸上皮様細胞への分化効率を評価するために、分化誘導35日目にVILLIN陽性率をFACSを用いて測定した。FOXA2遺伝子、CDX2遺伝子を導入することによって、VILLIN陽性率は38%から96%に上昇した。以上のことから、FOXA2遺伝子、CDX2遺伝子を導入することによって、ヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化効率が上昇したことが確かめられた(図11B)。
【0073】
(実施例9)小腸上皮様細胞におけるCYP3A4、P-gp誘導能の確認
本実施例では遺伝子導入して作製した小腸上皮様細胞におけるCYP3A4、P-gp誘導能の評価を行った。
(A)ヒトiPS細胞を実施例7(A)と同手法により処理した(図12A)。
(B)CYP3A4、P-gp誘導剤としてVD3を使用した。VD3を作用することにより、HiPS-ELC-LacZでは約100倍CYP3A4が上昇したが、HiPS-ELC-TFsでは約10倍程度の上昇であった。一方、HiPS-ELC-TFsにおけるP-gp誘導能はHiPS-ELC-LacZよりも高かった(図12B)。(FOXA2遺伝子、CDX2遺伝子導入細胞=HiPS-ELC-TFs、コントロール細胞=HiPS-ELC-LacZ)
(C)CYP3A4、P-gp誘導剤としてRIFを使用した。RIFを作用することにより、HiPS-ELC-LacZでは約7倍CYP3A4が上昇したが、HiPS-ELC-TFsでは約3倍程度の上昇であった。一方、HiPS-ELC-TFsにおけるP-gp誘導能はHiPS-ELC-LacZよりも高かった(図12C)。(FOXA2遺伝子、CDX2遺伝子導入細胞=HiPS-ELC-TFs、コントロール細胞=HiPS-ELC-LacZ)
以上のことから、FOXA2遺伝子、CDX2遺伝子を導入することによって、CYP3A4誘導能は低下するものの、P-gp誘導能は上昇することが示唆された。
【0074】
(実施例10)小腸上皮様細胞におけるCYP3A4発現の比較
本実施例では、本発明の小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs:FOXA2, CDX2遺伝子導入済みのヒトiPS細胞由来小腸上皮様細胞)について、RIF(20μM/ 0.1% DMSO)を48時間作用させたときのCYP3A4遺伝子発現量を測定した。小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs)は、実施例7と同手法により作製した。コントロール細胞としてCaco-2細胞について同様に測定した。遺伝子の発現量はリアルタイムRT-PCR法により測定した。
【0075】
Caco-2細胞はRIF作用によるCYP3A4遺伝子発現量に変化が認められなかったが、HiPS-ELC-TFsではRIF作用によりCYP3A4遺伝子発現量の有意な上昇が確認できた(図13A)。RIFを作用させたHiPS-ELC-TFsにおけるCYP3A4遺伝子発現量は、ヒト成人小腸(AI)組織とほぼ同等であった。ここで、AIのTotal RNAをコントロールとした。AIとしてはHuman Adult Normal Tissue: Small Intestine(BioChain Institute)を使用した。以上のことから、Caco-2細胞はRIFによるCYP3A4誘導が確認できないが、HiPS-ELC-TFsではRIFによるCYP3A4誘導が確認できることが分かった。
【0076】
CYP3A4誘導において、核内受容体の一つであるPXR(pregnane X receptor)は重要な役割を担う。そこでCaco-2細胞及びHiPS-ELC-TFsにおけるPXRの発現解析を行った。その結果、Caco-2細胞ではほとんどPXRを発現していなかったのに対して、HiPS-ELC-TFsではAIの約50%程度のPXR発現量を示した。これによりHiPS-ELC-TFsはCaco-2細胞と異なり、PXRを介したCYP3A4誘導を評価できることが示唆された(図13B)。
【0077】
(実験例11)小腸上皮様細胞における薬物代謝能の確認
本実施例では、本発明の小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs)の薬物刺激により誘導されたCYP3A4について、薬物代謝に及ぼす影響を確認した。CYP3A4によって代謝される薬物として、代謝により肝毒性を示すAMを用いた。実施例10と同様に、HiPS-ELC-TFsは、実施例7と同手法により作製し、コントロールとしてCaco-2細胞を用いた。HiPS-ELC-TFs又はCaco-2細胞に、RIF(20μM/ 0.1% DMSO)を48時間作用させたのち、AM(25μM、50μM、又は100μM)を培地に添加した。AMの添加と同時に、HiPS-ELC-TFs又はCaco-2細胞と、ヒトiPS細胞由来肝細胞(HiPS-HLC)の共培養を開始した。48時間後、HiPS-HLCの細胞生存率を測定した(図14)。細胞生存率はWST-8 assay kit(Dojindo)を用いた。細胞生存率はDMSO作用群を100%とした。なお、DMSOの使用濃度は0.1%以下にした。
【0078】
本実施例の共培養で使用するiPS細胞由来肝細胞(HiPS-HLC)は以下の方法により作製した細胞を使用した。ヒト iPS細胞を、100 ng/ml Activin A (R&D Systems)、4 mM L-Glutamine、0.2% FBS(PAA Laboratories)、 1×B27 Supplement Minus Vitamin A(Life Technologies)を含むL-Wnt3A-expressing cell (ATCC、CRL2647) conditioned RPMI1640 medium (Sigma)で4日間培養し、内胚葉細胞へ分化誘導した。内胚葉細胞から肝幹前駆細胞へ分化誘導する際、30 ng/ml BMP4(R&D Systems)、 20 ng/ml FGF4 (R&D Systems)、 4 mM L-Glutamine、1×B27 Supplement Minus Vitamin Aを含むRPMI1640 mediumで5日間培養した。肝幹前駆細胞から肝細胞へ分化誘導する際は、20 ng/ml HGF、 4 mM L-Glutamine、1×B27 Supplement Minus Vitamin Aを含むRPMI1640 mediumで5日間培養したのちに、20 ng/ml OsM(oncostatin M; R&D Systems)を含むHCM(Hepatocyte Culture Medium; Lonza)(HCM培地はEGFを含まないものを使用)で11日間培養した(国際公開2014/168157号公報:PCT/JP2014/060228、特開2016-10379号公報:特開2016-10379)。
【0079】
その結果、Caco-2細胞についてはRIF作用群とDMSOのみの作用群の間でHiPS-HLC細胞生存率に差がないことが確認された(図15A)。Caco-2細胞はRIFによりCYP3A4が誘導されないために、肝毒性を示すAM代謝物(desethylamiodarone:以下、「DEA」という。)の産生量が、RIF作用群とDMSOのみの作用群との間で差がないと予想される。一方、HiPS-ELC-TFsについては、RIF作用群の方がDMSO作用群よりもHiPS-HLC細胞生存率が有意に低かった(図15B)。HiPS-ELC-TFsではRIFの作用によりCYP3A4発現が活性化されたことでAMがより多く代謝され、肝毒性を示すDEAがより多く産生され、HiPS-HLCの細胞生存率が低下したものと考えられた。HiPS-ELC-TFsを用いた系で、薬物によって誘導されたCYP3A4による薬物代謝能をin vitroにおいて評価することができると考えられた。
【0080】
(実施例12)小腸上皮様細胞における薬物代謝能の確認
本実施例では、本発明の小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs)について、CYP3A4阻害する物質と薬物代謝に及ぼす影響を確認した。薬剤を服用する際に、例えば食物含有成分によって当該薬剤の薬物動態に変化が生じることがある。そこで、本実施例では、CYP3A4活性を阻害することが知られているGFJの成分の一つであるクマリン類(6',7'-dihydroxybergamottinとbergamottin)を含む系でのAMの薬物代謝に及ぼす影響を確認した。
【0081】
実施例11と同様にHiPS-ELC-TFsは実施例7と同手法により作製し、コントロール細胞としてCaco-2細胞を用いた。HiPS-ELC-TFs又はCaco-2細胞に、GFJの成分の一つであるクマリン類(6',7'-dihydroxybergamottinとbergamottin)(それぞれ10μM、2μM)を48時間作用させたのち、CYP3A4によって代謝され肝毒性を生じるAM(50μM、100μM、又は200μM)を培地に添加した。AMの添加と同時に、HiPS-ELC-TFsとヒトiPS細胞由来肝細胞(HiPS-HLC)の共培養を開始し、細胞生存率に及ぼす影響を確認した(図16)。図内では、クマリン類(6',7'-dihydroxybergamottinとbergamottin)を「GFJ」と表記する。
【0082】
その結果、HiPS-ELC-TFsのCYP3A4活性はDMSO作用群での値を100としたときに、GFJ作用群では10以下に抑制された(図17A)。一方、AM(100μM又は200μM)を培地に添加した系でのHiPS-HLCの細胞生存率は、GFJ作用群の方がDMSO作用群と比較して高い値を示した(図17B)。このことより、HiPS-ELC-TFsのCYP3A4活性はGFJにより抑制され、その結果AMの薬物代謝が抑制されたためDEAの産生も抑制され、細胞毒性に及ぼす影響が抑制されたものと考えられた。HiPS-ELC-TFsを用いた系で、食物含有成分によってCYP3A4が阻害されることを原因とする併用薬剤の薬効・毒性のレベルの変化をin vitroにおいて評価することができると考えられた。
【0083】
HiPS-ELC-TFsにおけるCYP3A4活性を測定するために、P450-GloTM 3A4 (catalog number; V9001) Assay Kit (Promega)を使用した。活性はルミノメーター (Lumat LB 9507; Berthold)を用いて測定した。なお、各CYP3A4活性値はwellあたりの総タンパク量にて補正した。
【0084】
(実施例13)小腸上皮様細胞のタイトジャンクションの確認
本実施例では、本発明の小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs)のタイトジャンクション機能を確認した。小腸上皮細胞は細胞同士で強固に結びつき、タイトジャンクションを形成することが知られている。タイトジャンクション機能は、実施例6と同手法により、TEERを測定することで確認した。また、FD4(Fluorescein isothiocyanate-dextran:平均分子量4,000 )透過試験も実施した。小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs)の TEER は約430 Ω・cm2であった(図18A)。タイトジャンクションの開口剤であるカプリン酸(C10)を作用させることにより、HiPS-ELC-TFsのTEER値はほぼ0 Ω・cm2になった(図18A)。また、FD4のPapp (透過係数)は、約 0.4 × 10-6 (cm/sec) であった(図18B)。FD4のPapp値はC10の作用により大幅に上昇した(図18B)。以上の結果から、HiPS-ELC-TFsはタイトジャンクション機能を有し、バリア能を有していることが示唆された。
【0085】
なお、Papp値は以下の計算式を用いて算出した。
Papp= δCr / δt × Vr / (A × C0 )
δCr = final receiver concentration; δt = assay time; Vr = receiver volume
A = transwell growth area; C0 = FD4 concentration in the donor compartment
【0086】
(実施例14)小腸上皮様細胞のタイトジャンクションの確認
P-gpは、消化管粘膜、腎尿細管上皮細胞、脳血管内皮細胞(血液脳関門)などで、異物、薬物などを細胞外へ排出するABCトランスポータファミリーの一つである。薬物の生物学的利用能や薬物の標的組織への分布に影響を与える。本実施例では、本発明の小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs)のP-gpの機能を評価するため、Rhodamine 123(作用濃度は10 μM)を用いた薬物透過試験を実施した。Rhodamine 123はP-gpの基質であることが知られている。なお、P-gpは頂側膜(apical)側に発現するトランスポーターであるため、P-gpが機能していればapical側におけるRhodamine 123の蓄積が確認できるようになる。実際に、HiPS-ELC-TFsにおける基底側(basolateral)(A to B)へのRhodamine 123の透過係数はapical側(B to A)への透過係数よりも有意に小さいことが分かった(ER値は2.1)。したがって、HiPS-ELC-TFsにおいてP-gpが機能していることが示唆された。さらに、P-gpをcyclosporin A (CysA、作用濃度は10 μM)により阻害することによって、B to Aへの有意なRhodamine 123の透過が確認できなくなった(ER値は0.9)。この結果より、HiPS-ELC-TFsにおいて確認されていたB to AへのRhodamine 123の輸送はP-gpを介したものであることが示唆された(図19)。
【0087】
(実施例15)マトリゲルを用いた小腸上皮様細胞への分化誘導法
本実施例では、マトリゲルを重層した系での小腸上皮様細胞への分化誘導法について説明する。本実施例では、ヒトiPS細胞株としてTic(JCRB1331)を用い、実施例1に示す方法で培地1を用いて培養した。ヒトiPS細胞株(Tic)の培養系に、Activin Aを100 ng/ml加えて4日間培養し、分化誘導処理を行い内胚葉細胞を作製した。作製した内胚葉細胞を、さらに培地3を用いて培養した。分化誘導開始4日目から8日目の間に、BIO(5μM)及びDAPT(10μM)を培養系に加え、その後BIO(1μM)及びDAPT(2.5μM)を培養系に加えた。さらにその後25日目まで、BIO(0.1μM)、DAPT(1μM)SB431542(2μM)、EGF(250 ng/mL)及びWnt3aを加えた培地3を用いて更に5日間培養した。その後、EGF(250 ng/ml)を含む培地3を用い、50μg/cm2のマトリゲルを重層したのちに、5日間培養した(図20)。以降の実施例において、本実施例においてマトリゲル重層処理をせずに作製した小腸上皮様細胞はHiPS-ELC-Cといい、マトリゲルを含む系で作製した小腸上皮様細胞をHiPS-ELC-MGということとする。
【0088】
(実験例15−1)小腸上皮様細胞への分化効率の検討
上記実施例15で作製した小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-C、HiPS-ELC-MG)及び各種細胞について、小腸関連遺伝子発現の解析を行った。各遺伝子の発現は、iPSCs(未分化ヒトiPS細胞)、HiPS-ELC-C、HiPS-ELC-MG、LS180細胞(ヒト結腸腺癌由来細胞)、Caco-2細胞(ヒト結腸癌由来細胞)、及びAIについて解析した。各遺伝子の発現は、各々SYBR Green gene expression assays(Applied Biosystems)を用いた定量的リアルタイムRT-PCR法により測定した。
【0089】
上記の結果、HiPS-ELC-MGにおけるVILLIN、SI、Intestine Specific Homeohox及びCDX2の各遺伝子発現量はHiPS-ELC-Cよりも有意に高いことが確認された(図21)。
【0090】
(実験例15−2)小腸上皮様細胞への分化効率の検討
上記実施例15で作製したHiPS-ELC-MGについて、小腸関連遺伝子であるSI、VILLIN及びCDX2各遺伝子発現割合をFACS解析により測定した。その結果、HiPS-ELC-MGではSI陽性細胞が25.3%、VILLIN陽性細胞が55.6%及びCDX2陽性細胞が90.1%であった。これによりHiPS-ELC-MGは小腸上皮様細胞であることが確認された(図22)。
【0091】
(実験例15−3)小腸上皮様細胞のCYP誘導能の確認
上記実施例15で作製したHiPS-ELC-MGについてCYP3A4発現量を測定し、各種CYP3A4誘導剤によるCYP3A4誘導能を評価した。CYP3A4発現量は実施例10と同手法により測定した。CYP3A4誘導剤として、デキサメタゾン(dexamethasone:DEX)、フェノバルビタール(phenobarbital:PB)、RIF、VD3を用いた。比較細胞として、Caco-2細胞やLS180細胞についても同様に検討した。HiPS-ELC-MGでは、いずれのCYP3A4誘導剤を用いた場合においても、有意なCYP3A4の発現誘導が確認された。一方、Caco-2細胞ではVD3を用いた場合のみCYP3A4誘導が確認され、LS180細胞ではDEXによるCYP3A4誘導が確認されなかった。以上のことから、ヒトiPS細胞由来小腸上皮様細胞はCaco-2細胞やLS180細胞よりもCYP3A4誘導の評価に適したモデルであることが示唆された(図23)。
【0092】
(実験例15−4)小腸上皮様細胞の小腸核内受容体の遺伝子発現解析
CYP3A4誘導において核内受容体が重要な役割を担うことが知られている。上記実施例15で作製した小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-MG)及び各種細胞について、小腸核内受容体の遺伝子発現解析を行った。小腸核内受容体として、フェノバルビタール(PB)やRIFによるCYP3A4発現誘導のために必須のプレグナンX受容体(PXR)、DEXによるCYP3A4発現誘導のために必須の糖質コルチコイド受容体(GR)及びVD3によるCYP3A4発現誘導のために必須のビタミンD受容体(VDR)について確認した。各遺伝子の発現は、iPSCs(未分化ヒトiPS細胞)、HiPS-ELC、LS180細胞、Caco-2細胞及びAIについて解析した。各遺伝子の発現は、各々SYBR Green gene expression assays(Applied Biosystems)を用いた定量的リアルタイムRT-PCR法により測定した。上記の結果、PXRはHiPS-ELC-MGとLS180細胞においてSmall Intestineの約半分程度発現していた。GRはHiPS-ELC-MGのみで強く発現していた。VDRはHiPS-ELC-MG、LS180細胞、Caco-2細胞のいずれにおいても弱いながらも発現していることが確認できた(図24)。このことから、HiPS-ELC-MGはLS180細胞やCaco-2細胞よりもAI組織に近い核内受容体の発現パターンを有していることが示唆される。
【産業上の利用可能性】
【0093】
以上詳述したように、本発明の分化誘導方法により得られた細胞は小腸上皮細胞が発現する各マーカーを発現し、薬物代謝酵素及びトランスポーターを発現し、タイトジャンクション機能を有することから、「小腸上皮様細胞」ということができる。特に、薬物代謝酵素やトランスポーターの発現量は、従来汎用されていたCaco-2細胞と比べて優れている。上記により、薬物代謝・薬物吸収を同時に評価可能な小腸上皮様細胞を効率良く作製できることとなった。さらに、初代培養のヒト小腸上皮細胞は入手が困難であり、また個体差による性状の違いも問題であったのに対し、本発明の分化誘導方法により、安定的に優れた小腸上皮様細胞を提供可能となった。これにより、小腸での薬物代謝・透過性に関し安定的に試験可能となり、医薬品等の薬剤開発や、食品等の分析、開発等にも大きく貢献しうることが期待され、有用である。
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【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]