【実施例】
【0038】
以下、本発明の理解を深めるために実施例及び実験例を示して本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではないことはいうまでもない。
【0039】
(参考例1)各種培地組成
本実施例で示す培養方法では、ヒトiPS細胞又はヒトES細胞に対する各種培地が必要である。本参考例では、各種培養に使用可能な培養液の組成について説明する。
(A)ヒトES/iPS細胞未分化維持培地としては、ReproStem(商品名)、iPSellon(商品名)、Essential 8(商品名)、TeSR-E8(商品名)などの各種幹細胞維持培地にbFGFを添加して使用することができる。以後、当該培地を「培地1」という。
(B)分化誘導用培地として、ES細胞培養用基本培地であるhESF-GRO(商品名、Cell Science & Technology Institute社)に、インスリン(10μg/ml) 、トランスフェリン(5μg/ml)、2-メルカプトエタノール(10μM)、2-エタノールアミン(10μM) 、亜セレン酸ナトリウム(20 nM)及びBSA(1 mg/ml)を含む培地を使用することができる。分化誘導用培地の他の態様として、ES細胞分化誘導用基本培地であるhESF-DIF(商品名、Cell Science & Technology Institute社)に、インスリン(10μg/ml)、トランスフェリン(5μg/ml)、2-メルカプトエタノール(10μM)、2-エタノールアミン(10μM)、亜セレン酸ナトリウム(20 nM)を含む培地 (FASEB J. 23:114-22 (2009))も使用することができる。
(C)分化誘導用培地の他の態様として、RPMI1640培地(Sigma社)に4 mM L-Glutamine、B27 Supplement(Invitrogen社)、ペニシリン/ストレプトマイシンを含む培地も使用することができる。以後、当該培地を「培地2」 という。内胚葉細胞を分化誘導する際に使用する培地は同等の機能を発揮しうるものであれば、上記に限定されない。
(D)内胚葉細胞以降の分化誘導にはdifferentiation DMEM-high Glucose 培地(10% Knock Serum Replacement(Invitrogen)、1 % Non Essential Amino Acid Solution(Invitrogen)、ペニシリン/ストレプトマイシン、2 mM L-Glutamine、100 μmol/l β-メルカプトエタノールを含むdifferentiation DMEM-high Glucose培地 (Invitrogen))を使用することができる。以後、当該「differentiation DMEM-high Glucose 培地」を「培地3 」という。
【0040】
(実施例1)内胚葉細胞の作製
本実施例では、以降の比較例及び各実施例で使用される内胚葉細胞の作製について説明する。内胚葉細胞は、多能性幹細胞であるヒトiPS細胞又はヒトES細胞を用いて作製した。本実施例では、ヒトiPS細胞株としてTic(JCRB1331)を用いた。ヒトES細胞株(KhES3)は、文部科学省のガイドラインに従って扱い、実験は倫理委員会の承認を経て行った。上記多能性幹細胞は、フィーダー細胞とし、Tiss. Cult. Res. Commun., 27: 139-147 (2008) に記載の方法に従い、上記培地1を用いて培養した。
【0041】
ヒトiPS細胞株(Tic)の培養系に、Activin Aを100 ng/ml加えて4日間培養し、分化誘導処理を行い、以下の実施例及び比較例による小腸上皮様細胞作製のための内胚葉細胞を作製した。
【0042】
(比較例1)従来の分化誘導法による小腸上皮様細胞の作製
本比較例では、ヒトiPS細胞株(Tic)又はヒトES細胞株(K3)から上記実施例1に示す方法で作製した内胚葉細胞に、BIO(5μM)及びDAPT(10μM)を培養系に加え、培地3を用いて20日間培養した(
図1A)。本比較例の方法は、非特許文献3に示す方法に準じる。
【0043】
Tic又はK3の培養開始から24日目に得られた細胞について、小腸上皮様細胞への分化誘導効率を微絨毛の構成タンパク質であるVILLINの発現を指標に評価した。VILLINの発現割合は、FACS解析により測定した。その結果、Tic由来ではVILLIN陽性細胞が約20%であり、K3由来ではVILLIN陽性細胞は約3%であった。蛍光染色法でも同程度のVILLIN発現を確認した(
図1B)。これにより、得られた細胞は小腸上皮様細胞であることが確認された。
【0044】
FACS解析は、以下の方法で行った。上記小腸上皮様細胞へ分化誘導処理した細胞を剥離したのち、1×Permeabilization Buffer(e-Bioscience)で30分間細胞透過処理を行った。一次抗体ならびに二次抗体で細胞を標識し、FACS解析はFACS LSR Fortessa flow cytometer(BD Biosciences)を用いて実施した。
【0045】
(実施例2)小腸上皮細胞マーカー(ANPEP、VILLIN)を指標とした分化誘導方法の検討
本実施例では、小腸上皮細胞マーカーであるANPEP及びVILLINを指標とし、比較例の分化誘導方法に改良を加えた分化誘導方法を試みた。
【0046】
ヒトiPS細胞株(Tic)から上記実施例1に示す方法で作製した内胚葉細胞を、さらに培地3を用いて15日間培養した。分化誘導開始4日目から19日目の間に、BIO(5μM)及びDAPT(10μM)を培養系に加えた。前記BIO及びDAPTの添加と同時に、PMA(phorbol-myristate-acetate)、TGFβ1(transforming growth factorβ1)、Wortmannin、Noggin、SB431542、Follistatin、EGF、R-spondin1、Pentagastrin又はWnt3aのいずれかを加えた培地3を用いて更に5日間培養した(
図2A、
図3A)。
【0047】
小腸上皮細胞マーカーであるANPEP及びVILLINの測定は、各々SYBR Green gene expression assays(Applied Biosystems)を用いた定量的リアルタイムRT-PCR法により測定した。化合物を加えないで培養した系をコントロールとした場合に、ANPEPの発現はPMA、Wortmannin、SB431542、EGF又はWnt3aを加えて培養した系で高い値を示し(
図2B)、VILLINの発現はSB431542、EGF又はWnt3aを加えた系で高い値を示した(
図3B)。これにより、SB431542、EGF又はWnt3aを含む系で培養したときに、ANPEP及びVILLINの高発現が認められた。
【0048】
定量的リアルタイムRT-PCRは、以下の方法で行った。ISOGEN(Nippon Gene)を用いて、ヒトiPS細胞から分化誘導した小腸上皮様細胞からTotal RNAを回収した。各Total RNAをRNase-free DNaseI(New England Biolabs)で処理した後、Superscript VILO cDNA Synthesis kit(Invitrogen)を用いて、逆転写反応を行い、Complementary DNA(cDNA)を合成した。ポジティブコントロールとして、使用するヒト成人小腸(human adult intestine:以下、「AI」という場合もある。)組織のTotal RNA(Clonetech、Biochain計4ロット)も同様にcDNA合成を行った。SYBR Green gene expression assays (Applied Biosystems) を用いた定量的リアルタイムRT-PCR法を行い、StepOnePlusリアルタイムPCRシステム(Applied Biosystems)により定量した。
【0049】
(実施例3)小腸上皮細胞マーカー(ANPEP)を指標とした分化誘導期間の検討
本実施例では、小腸上皮細胞マーカーであるANPEPを指標とし、培養期間を変えた場合の分化誘導効果を確認した。
【0050】
ヒトiPS細胞から上記実施例1に示す方法で作製した内胚葉細胞を、BIO(5μM)及びDAPT(10μM)を含む系で培地3を用いて15日間培養し、さらにBIO(5μM)、DAPT(10μM)並びにSB431542(10μM)、EGF(250 ng/ml)及びWnt3aを培養系に加えた。そして、さらに5日間(培養開始から19〜24日目)、10日間(培養開始から19〜29日目)又は15日間(培養開始から19〜34日目)培養し、細胞を得た(
図4A)。以下の実施例において、本発明の分化誘導方法によりヒトiPS細胞株から得られた細胞を、便宜上「HiPS-ELC」 という。また、培養期間に応じて以下の各実施例でのHiPS-ELCを各々区別する場合は、多能性幹細胞の培養開始からの日数を明示する。
【0051】
HiPS-ELCについて、小腸上皮細胞マーカーであるANPEPの発現は実施例2と同手法で、リアルタイムPCR法により測定した。ANPEPの発現量は、いずれも培養34日目のHiPS-ELC(day 34)が、培養24日目(day 24)又は29日目(day 29)のHiPS-ELCと比較すると有意に高く、ヒト小腸に近い値を示した(
図4B)。これにより、培養期間を34日間に延長することで、より効果的に小腸上皮細胞マーカーを発現することが確認された。なお、ヒト小腸についての値は市販のtotal RNA of adult small intestine(4ドナー)より確認した。
【0052】
(実施例4)小腸上皮細胞マーカー(VILLIN)を指標とした分化誘導方法の検討
本実施例では、小腸上皮細胞マーカーであるVILLINを指標とし、SB431542、EGF及びWnt3aの作用の有無、培養期間の変更が分化誘導効率に及ぼす影響を確認した。
【0053】
ヒトiPS細胞から上記実施例1に示す方法で作製した内胚葉細胞を、BIO(5μM)及びDAPT(10μM)を含む系で培地3を用いて15日間培養し、さらにBIO(5μM)、DAPT(10μM)並びにSB431542(10μM)、EGF(250 ng/ml)及びWnt3aを培養系に加えた。コントロールとして、SB431542(10μM)、EGF(250 ng/ml)及びWnt3aを培養系に加えない群も準備した。そして、さらに5日間(培養開始から19〜24日目)、又は15日間(培養開始から19〜34日目)培養し、分化誘導によりHiPS-ELCを作製した(
図5A)。
【0054】
培養24日目(day 24)及び34日目(day 34)のHiPS-ELCについて、VILLINの陽性率をFACSにより測定した。いずれも、SB431542、EGF、Wnt3aを培養系に含まないものをコントロールとした。その結果、各化合物を含む系で、培養34日目でVILLINの陽性率が40%に達した(
図5B)。これにより、3種類の化合物を用いて、培養開始から19〜34日目まで培養することによって、小腸上皮様細胞への分化効率を向上できることが示された。
【0055】
(実施例5)薬物代謝酵素及びトランスポーターの発現
本実施例では、HiPS-ELCについてトランスポーター(PEPT1)の遺伝子発現を確認し、HiPS-ELCの薬物代謝能を確認した。特にPEPT1、P-gp、BCRPは小腸の薬物輸送において重要な役割を果たす輸送タンパクである。
【0056】
ヒトiPS細胞から上記実施例1に示す方法で作製した内胚葉細胞を、BIO(5μM)及びDAPT(10μM)を含む系で培地3を用いて15日間培養し、さらにBIO(5μM)、DAPT(10μM)並びにSB431542(10μM)、EGF(250 ng/ml)及びWnt3aを培養系に加えた。そして、さらに15日間(培養開始から19〜34日目)培養し、分化誘導によりHiPS-ELCを作製した(
図6A)。
【0057】
培養34日目(day 34)のHiPS-ELCについて、PEPT1遺伝子の発現量を測定した。コントロールとして、従来汎用されていたCaco-2細胞のPEPT1遺伝子の発現量に対し、本実施例のHiPS-ELC及びヒト成人小腸の値を測定した。その結果、HiPS-ELCについて、トランスポーターのPEPT1遺伝子発現量が高く、ヒト成人小腸細胞に近い性質の細胞が得られ、小腸上皮細胞の機能を有していることが確認された(
図6B)。さらに、培養34日目(day 34)のHiPS-ELCについて、apical transporters、basolateral transportersの遺伝子発現量を測定した。その結果、HiPS-ELCについて、apical transporters、basolateral transportersの遺伝子発現量はヒト成人小腸に近い値を示したことから、小腸上皮細胞の機能を有していることが確認された(
図6C、6D)。
【0058】
(実施例6−1)タイトジャンクション機能の確認
小腸上皮細胞は細胞同士で強固に結びつき、タイトジャンクションを形成することが知られている。本実施例では、HiPS-ELCのタイトジャンクション機能を確認した。本実施例では、実施例5と同様に、ヒトiPS細胞から作製した内胚葉細胞を、BIO(5μM)及びDAPT(10μM)を含む系で培地3を用いて15日間培養し、さらにBIO(5μM)、DAPT(10μM)並びにSB431542(10μM)、EGF(250 ng/ml)及びWnt3aを培養系に加えた。そして、さらに15日間(培養開始から19〜34日目)培養し、分化誘導により本実施例のHiPS-ELCを作製した(
図7A)。
【0059】
タイトジャンクション機能は、TEERを測定することで確認した。その結果、HiPS-ELCについて、培養34日目(day 34)には240Ω・cm
2の細胞膜抵抗値を示し、タイトジャンクション機能を有していることが確認された(
図7B)。さらに、タイトジャンクションの裏打ちタンパク質の一種であるZO-1ついても確認した結果、本実施例のHiPS-ELCについても発現が確認され(
図7C)、タイトジャンクションが形成されていることが示唆された。
【0060】
(実施例6−2)CYP3A4遺伝子の発現の確認
本実施例では、HiPS-ELCのCYP3A4遺伝子の発現を確認した。ヒトiPS細胞を実施例6−1と同手法により処理した(
図8A)。
【0061】
培養34日目(day 34)のHiPS-ELCについて、CYP3A4遺伝子の発現量を測定した。コントロールとして、従来汎用されていたCaco-2細胞のCYP3A4遺伝子の発現量に対し、本実施例のHiPS-ELC及びヒト成人小腸の値を測定した。その結果、HiPS-ELCについて、薬物代謝酵素のPEPT1遺伝子発現量がCaco-2細胞よりも高く、ヒト成人小腸に近い性質の細胞が得られ、小腸上皮細胞の機能を有していることが確認された(
図8B)。
【0062】
(実施例6−3)CYP3A4遺伝子の発現の確認
(A)本実施例では、HiPS-ELCのCYP3A4遺伝子の発現を確認した。ヒトiPS細胞を実施例6−1と同手法により処理した(
図9A)。
【0063】
(B)培養34日目(day 34)のHiPS-ELCについて、CYP3A4遺伝子の発現量を測定した。CYP3A4誘導剤としてVD3又は溶媒(DMSO)を使用した。VD3(100 nM)を作用させることにより、HiPS-ELCにおいて、DMSO作用群と比較して、約100倍CYP3A4遺伝子発現量が上昇した。また、VD3を作用することにより、CYP3A4タンパク発現量も上昇した(
図9B)。
【0064】
(C)培養34日目(day 34)のHiPS-ELCについて、CYP3A4誘導剤としてRIFは溶媒(DMSO)を使用した。RIF(20 μM)を作用させることにより、HiPS-ELCにおいてDMSO作用群と比較して、約8倍CYP3A4遺伝子発現量が上昇した。また、RIFを作用させることにより、CYP3A4タンパク発現量も上昇した(
図9C)。
以上のことから、HiPS-ELCはVD3やRIF等の薬物によるCYP3A4誘導能を有していることが示唆された。
【0065】
以上、実施例4〜6に示す分化誘導方法により得られた細胞、即ち「HiPS-ELC」は小腸上皮細胞が発現する各マーカーを発現し、薬物代謝酵素及びトランスポーターを発現し、タイトジャンクション機能も有することから、「小腸上皮様細胞」ということができる。
【0066】
(実施例7)ヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化促進効果の確認
本実施例ではヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化を促進するために、分化途中の細胞に対して分化に関与する転写因子を遺伝子導入した。
【0067】
(A)ヒトiPS細胞を100 ng/ml Activin Aを含む培地2で2日間培養した。培養2日目にFOXA2遺伝子を搭載したAd-FOXA2を3,000 VP/cellで90分間作用させた。その後2日間、再び100 ng/ml Activin Aを含む培地2で培養した。培養4日目から8日目はBIO(5μM)、DAPT(10μM)を含む培地3で培養した。また、培養8日目にCDX2遺伝子を搭載したAd-CDX2を3,000 VP/cellで90分間作用させた。その後11日間、再びBIO(1μM)、DAPT(2.5μM)を含む培地3で培養した。培養19日目から34日目は、 BIO(1μM)、DAPT(2μM)並びにSB431542(2μM)、EGF(250 ng/ml)及びWnt3aを含む培地3で培養した(
図10A)。
【0068】
(B)遺伝子導入することにより、小腸上皮様細胞への分化が促進したかどうか調べるために、FOXA2遺伝子、CDX2遺伝子導入細胞(HiPS-ELC-TFs)及びコントロール細胞(HiPS-ELC-LacZ)における小腸関連遺伝子の発現量をリアルタイムRT-PCR法により解析した。ANPEP、PEPT1、OSTα、OSTβ、MRP2、P-gpはトランスポーター、CYP3A4は薬物代謝酵素である。HiPS-ELC-TFsにおけるANPEP、PEPT1、CYP3A4、OSTα、OSTβの遺伝子発現量は HiPS-ELC-LacZと比較して有意に高かった(
図10B)。したがって、FOXA2遺伝子、CDX2遺伝子を導入することによって、ヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化が促進されたことが示唆される。
【0069】
Adベクターの作製
Adベクターの作製はin vitro ライゲーション法により行った。シャトルプラスミドpHMEF5のマルチクローニング部位に、FOXA2遺伝子又はCDX2遺伝子を挿入した、FOXA2遺伝子又はCDX2遺伝子発現シャトルプラスミドを作製した。導入する遺伝子は、FOXA2遺伝子では例えばGenBank Accession No. NM_021784に登録されているものを、CDX2遺伝子では例えばGenBank Accession No. NM_001265に登録されているものを用いた。
【0070】
次に、シャトルプラスミドをI-CeuI と PI-SceIで消化し、同酵素で消化した従来型ベクタープラスミド pAdHM41K7に挿入することにより、pAdHM41K7-EF-FOXA2又はpAdHM41K7-EF-CDX2を作製した。作製したAdベクタープラスミドをPacIで消化し、Lipofectamine 2000(Invitrogen) を用いて293細胞にトランスフェクションすることにより、AdHM41K7-EF-FOXA2(Ad-FOXA2)又はAdHM41K7-EF-CDX2(Ad-CDX2)を作製した。常法によりAdベクターの増殖・精製を行った。Adベクターの物理学的タイター (particle titer)はMaizelらの方法により測定した。
【0071】
LacZ遺伝子導入用ベクターAdHM41K7-EF-LacZ(Ad-LacZ)についても、各々同手法で作製した。
【0072】
(実施例8)ヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化効率の検討
本実施例では、ヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化効率を解析した。
(A)ヒトiPS細胞を実施例7(A)と同手法により処理した(
図11A)。
(B)小腸上皮様細胞への分化効率を評価するために、分化誘導35日目にVILLIN陽性率をFACSを用いて測定した。FOXA2遺伝子、CDX2遺伝子を導入することによって、VILLIN陽性率は38%から96%に上昇した。以上のことから、FOXA2遺伝子、CDX2遺伝子を導入することによって、ヒトiPS細胞から小腸上皮様細胞への分化効率が上昇したことが確かめられた(
図11B)。
【0073】
(実施例9)小腸上皮様細胞におけるCYP3A4、P-gp誘導能の確認
本実施例では遺伝子導入して作製した小腸上皮様細胞におけるCYP3A4、P-gp誘導能の評価を行った。
(A)ヒトiPS細胞を実施例7(A)と同手法により処理した(
図12A)。
(B)CYP3A4、P-gp誘導剤としてVD3を使用した。VD3を作用することにより、HiPS-ELC-LacZでは約100倍CYP3A4が上昇したが、HiPS-ELC-TFsでは約10倍程度の上昇であった。一方、HiPS-ELC-TFsにおけるP-gp誘導能はHiPS-ELC-LacZよりも高かった(
図12B)。(FOXA2遺伝子、CDX2遺伝子導入細胞=HiPS-ELC-TFs、コントロール細胞=HiPS-ELC-LacZ)
(C)CYP3A4、P-gp誘導剤としてRIFを使用した。RIFを作用することにより、HiPS-ELC-LacZでは約7倍CYP3A4が上昇したが、HiPS-ELC-TFsでは約3倍程度の上昇であった。一方、HiPS-ELC-TFsにおけるP-gp誘導能はHiPS-ELC-LacZよりも高かった(
図12C)。(FOXA2遺伝子、CDX2遺伝子導入細胞=HiPS-ELC-TFs、コントロール細胞=HiPS-ELC-LacZ)
以上のことから、FOXA2遺伝子、CDX2遺伝子を導入することによって、CYP3A4誘導能は低下するものの、P-gp誘導能は上昇することが示唆された。
【0074】
(実施例10)小腸上皮様細胞におけるCYP3A4発現の比較
本実施例では、本発明の小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs:FOXA2, CDX2遺伝子導入済みのヒトiPS細胞由来小腸上皮様細胞)について、RIF(20μM/ 0.1% DMSO)を48時間作用させたときのCYP3A4遺伝子発現量を測定した。小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs)は、実施例7と同手法により作製した。コントロール細胞としてCaco-2細胞について同様に測定した。遺伝子の発現量はリアルタイムRT-PCR法により測定した。
【0075】
Caco-2細胞はRIF作用によるCYP3A4遺伝子発現量に変化が認められなかったが、HiPS-ELC-TFsではRIF作用によりCYP3A4遺伝子発現量の有意な上昇が確認できた(
図13A)。RIFを作用させたHiPS-ELC-TFsにおけるCYP3A4遺伝子発現量は、ヒト成人小腸(AI)組織とほぼ同等であった。ここで、AIのTotal RNAをコントロールとした。AIとしてはHuman Adult Normal Tissue: Small Intestine(BioChain Institute)を使用した。以上のことから、Caco-2細胞はRIFによるCYP3A4誘導が確認できないが、HiPS-ELC-TFsではRIFによるCYP3A4誘導が確認できることが分かった。
【0076】
CYP3A4誘導において、核内受容体の一つであるPXR(pregnane X receptor)は重要な役割を担う。そこでCaco-2細胞及びHiPS-ELC-TFsにおけるPXRの発現解析を行った。その結果、Caco-2細胞ではほとんどPXRを発現していなかったのに対して、HiPS-ELC-TFsではAIの約50%程度のPXR発現量を示した。これによりHiPS-ELC-TFsはCaco-2細胞と異なり、PXRを介したCYP3A4誘導を評価できることが示唆された(
図13B)。
【0077】
(実験例11)小腸上皮様細胞における薬物代謝能の確認
本実施例では、本発明の小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs)の薬物刺激により誘導されたCYP3A4について、薬物代謝に及ぼす影響を確認した。CYP3A4によって代謝される薬物として、代謝により肝毒性を示すAMを用いた。実施例10と同様に、HiPS-ELC-TFsは、実施例7と同手法により作製し、コントロールとしてCaco-2細胞を用いた。HiPS-ELC-TFs又はCaco-2細胞に、RIF(20μM/ 0.1% DMSO)を48時間作用させたのち、AM(25μM、50μM、又は100μM)を培地に添加した。AMの添加と同時に、HiPS-ELC-TFs又はCaco-2細胞と、ヒトiPS細胞由来肝細胞(HiPS-HLC)の共培養を開始した。48時間後、HiPS-HLCの細胞生存率を測定した(
図14)。細胞生存率はWST-8 assay kit(Dojindo)を用いた。細胞生存率はDMSO作用群を100%とした。なお、DMSOの使用濃度は0.1%以下にした。
【0078】
本実施例の共培養で使用するiPS細胞由来肝細胞(HiPS-HLC)は以下の方法により作製した細胞を使用した。ヒト iPS細胞を、100 ng/ml Activin A (R&D Systems)、4 mM L-Glutamine、0.2% FBS(PAA Laboratories)、 1×B27 Supplement Minus Vitamin A(Life Technologies)を含むL-Wnt3A-expressing cell (ATCC、CRL2647) conditioned RPMI1640 medium (Sigma)で4日間培養し、内胚葉細胞へ分化誘導した。内胚葉細胞から肝幹前駆細胞へ分化誘導する際、30 ng/ml BMP4(R&D Systems)、 20 ng/ml FGF4 (R&D Systems)、 4 mM L-Glutamine、1×B27 Supplement Minus Vitamin Aを含むRPMI1640 mediumで5日間培養した。肝幹前駆細胞から肝細胞へ分化誘導する際は、20 ng/ml HGF、 4 mM L-Glutamine、1×B27 Supplement Minus Vitamin Aを含むRPMI1640 mediumで5日間培養したのちに、20 ng/ml OsM(oncostatin M; R&D Systems)を含むHCM(Hepatocyte Culture Medium; Lonza)(HCM培地はEGFを含まないものを使用)で11日間培養した(国際公開2014/168157号公報:PCT/JP2014/060228、特開2016-10379号公報:特開2016-10379)。
【0079】
その結果、Caco-2細胞についてはRIF作用群とDMSOのみの作用群の間でHiPS-HLC細胞生存率に差がないことが確認された(
図15A)。Caco-2細胞はRIFによりCYP3A4が誘導されないために、肝毒性を示すAM代謝物(desethylamiodarone:以下、「DEA」という。)の産生量が、RIF作用群とDMSOのみの作用群との間で差がないと予想される。一方、HiPS-ELC-TFsについては、RIF作用群の方がDMSO作用群よりもHiPS-HLC細胞生存率が有意に低かった(
図15B)。HiPS-ELC-TFsではRIFの作用によりCYP3A4発現が活性化されたことでAMがより多く代謝され、肝毒性を示すDEAがより多く産生され、HiPS-HLCの細胞生存率が低下したものと考えられた。HiPS-ELC-TFsを用いた系で、薬物によって誘導されたCYP3A4による薬物代謝能をin vitroにおいて評価することができると考えられた。
【0080】
(実施例12)小腸上皮様細胞における薬物代謝能の確認
本実施例では、本発明の小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs)について、CYP3A4阻害する物質と薬物代謝に及ぼす影響を確認した。薬剤を服用する際に、例えば食物含有成分によって当該薬剤の薬物動態に変化が生じることがある。そこで、本実施例では、CYP3A4活性を阻害することが知られているGFJの成分の一つであるクマリン類(6',7'-dihydroxybergamottinとbergamottin)を含む系でのAMの薬物代謝に及ぼす影響を確認した。
【0081】
実施例11と同様にHiPS-ELC-TFsは実施例7と同手法により作製し、コントロール細胞としてCaco-2細胞を用いた。HiPS-ELC-TFs又はCaco-2細胞に、GFJの成分の一つであるクマリン類(6',7'-dihydroxybergamottinとbergamottin)(それぞれ10μM、2μM)を48時間作用させたのち、CYP3A4によって代謝され肝毒性を生じるAM(50μM、100μM、又は200μM)を培地に添加した。AMの添加と同時に、HiPS-ELC-TFsとヒトiPS細胞由来肝細胞(HiPS-HLC)の共培養を開始し、細胞生存率に及ぼす影響を確認した(
図16)。図内では、クマリン類(6',7'-dihydroxybergamottinとbergamottin)を「GFJ」と表記する。
【0082】
その結果、HiPS-ELC-TFsのCYP3A4活性はDMSO作用群での値を100としたときに、GFJ作用群では10以下に抑制された(
図17A)。一方、AM(100μM又は200μM)を培地に添加した系でのHiPS-HLCの細胞生存率は、GFJ作用群の方がDMSO作用群と比較して高い値を示した(
図17B)。このことより、HiPS-ELC-TFsのCYP3A4活性はGFJにより抑制され、その結果AMの薬物代謝が抑制されたためDEAの産生も抑制され、細胞毒性に及ぼす影響が抑制されたものと考えられた。HiPS-ELC-TFsを用いた系で、食物含有成分によってCYP3A4が阻害されることを原因とする併用薬剤の薬効・毒性のレベルの変化をin vitroにおいて評価することができると考えられた。
【0083】
HiPS-ELC-TFsにおけるCYP3A4活性を測定するために、P450-Glo
TM 3A4 (catalog number; V9001) Assay Kit (Promega)を使用した。活性はルミノメーター (Lumat LB 9507; Berthold)を用いて測定した。なお、各CYP3A4活性値はwellあたりの総タンパク量にて補正した。
【0084】
(実施例13)小腸上皮様細胞のタイトジャンクションの確認
本実施例では、本発明の小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs)のタイトジャンクション機能を確認した。小腸上皮細胞は細胞同士で強固に結びつき、タイトジャンクションを形成することが知られている。タイトジャンクション機能は、実施例6と同手法により、TEERを測定することで確認した。また、FD4(Fluorescein isothiocyanate-dextran:平均分子量4,000 )透過試験も実施した。小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs)の TEER は約430 Ω・cm
2であった(
図18A)。タイトジャンクションの開口剤であるカプリン酸(C10)を作用させることにより、HiPS-ELC-TFsのTEER値はほぼ0 Ω・cm
2になった(
図18A)。また、FD4のPapp (透過係数)は、約 0.4 × 10
-6 (cm/sec) であった(
図18B)。FD4のPapp値はC10の作用により大幅に上昇した(
図18B)。以上の結果から、HiPS-ELC-TFsはタイトジャンクション機能を有し、バリア能を有していることが示唆された。
【0085】
なお、Papp値は以下の計算式を用いて算出した。
Papp= δCr / δt × Vr / (A × C0 )
δCr = final receiver concentration; δt = assay time; Vr = receiver volume
A = transwell growth area; C0 = FD4 concentration in the donor compartment
【0086】
(実施例14)小腸上皮様細胞のタイトジャンクションの確認
P-gpは、消化管粘膜、腎尿細管上皮細胞、脳血管内皮細胞(血液脳関門)などで、異物、薬物などを細胞外へ排出するABCトランスポータファミリーの一つである。薬物の生物学的利用能や薬物の標的組織への分布に影響を与える。本実施例では、本発明の小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-TFs)のP-gpの機能を評価するため、Rhodamine 123(作用濃度は10 μM)を用いた薬物透過試験を実施した。Rhodamine 123はP-gpの基質であることが知られている。なお、P-gpは頂側膜(apical)側に発現するトランスポーターであるため、P-gpが機能していればapical側におけるRhodamine 123の蓄積が確認できるようになる。実際に、HiPS-ELC-TFsにおける基底側(basolateral)(A to B)へのRhodamine 123の透過係数はapical側(B to A)への透過係数よりも有意に小さいことが分かった(ER値は2.1)。したがって、HiPS-ELC-TFsにおいてP-gpが機能していることが示唆された。さらに、P-gpをcyclosporin A (CysA、作用濃度は10 μM)により阻害することによって、B to Aへの有意なRhodamine 123の透過が確認できなくなった(ER値は0.9)。この結果より、HiPS-ELC-TFsにおいて確認されていたB to AへのRhodamine 123の輸送はP-gpを介したものであることが示唆された(
図19)。
【0087】
(実施例15)マトリゲルを用いた小腸上皮様細胞への分化誘導法
本実施例では、マトリゲルを重層した系での小腸上皮様細胞への分化誘導法について説明する。本実施例では、ヒトiPS細胞株としてTic(JCRB1331)を用い、実施例1に示す方法で培地1を用いて培養した。ヒトiPS細胞株(Tic)の培養系に、Activin Aを100 ng/ml加えて4日間培養し、分化誘導処理を行い内胚葉細胞を作製した。作製した内胚葉細胞を、さらに培地3を用いて培養した。分化誘導開始4日目から8日目の間に、BIO(5μM)及びDAPT(10μM)を培養系に加え、その後BIO(1μM)及びDAPT(2.5μM)を培養系に加えた。さらにその後25日目まで、BIO(0.1μM)、DAPT(1μM)SB431542(2μM)、EGF(250 ng/mL)及びWnt3aを加えた培地3を用いて更に5日間培養した。その後、EGF(250 ng/ml)を含む培地3を用い、50μg/cm
2のマトリゲルを重層したのちに、5日間培養した(
図20)。以降の実施例において、本実施例においてマトリゲル重層処理をせずに作製した小腸上皮様細胞はHiPS-ELC-Cといい、マトリゲルを含む系で作製した小腸上皮様細胞をHiPS-ELC-MGということとする。
【0088】
(実験例15−1)小腸上皮様細胞への分化効率の検討
上記実施例15で作製した小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-C、HiPS-ELC-MG)及び各種細胞について、小腸関連遺伝子発現の解析を行った。各遺伝子の発現は、iPSCs(未分化ヒトiPS細胞)、HiPS-ELC-C、HiPS-ELC-MG、LS180細胞(ヒト結腸腺癌由来細胞)、Caco-2細胞(ヒト結腸癌由来細胞)、及びAIについて解析した。各遺伝子の発現は、各々SYBR Green gene expression assays(Applied Biosystems)を用いた定量的リアルタイムRT-PCR法により測定した。
【0089】
上記の結果、HiPS-ELC-MGにおけるVILLIN、SI、Intestine Specific Homeohox及びCDX2の各遺伝子発現量はHiPS-ELC-Cよりも有意に高いことが確認された(
図21)。
【0090】
(実験例15−2)小腸上皮様細胞への分化効率の検討
上記実施例15で作製したHiPS-ELC-MGについて、小腸関連遺伝子であるSI、VILLIN及びCDX2各遺伝子発現割合をFACS解析により測定した。その結果、HiPS-ELC-MGではSI陽性細胞が25.3%、VILLIN陽性細胞が55.6%及びCDX2陽性細胞が90.1%であった。これによりHiPS-ELC-MGは小腸上皮様細胞であることが確認された(
図22)。
【0091】
(実験例15−3)小腸上皮様細胞のCYP誘導能の確認
上記実施例15で作製したHiPS-ELC-MGについてCYP3A4発現量を測定し、各種CYP3A4誘導剤によるCYP3A4誘導能を評価した。CYP3A4発現量は実施例10と同手法により測定した。CYP3A4誘導剤として、デキサメタゾン(dexamethasone:DEX)、フェノバルビタール(phenobarbital:PB)、RIF、VD3を用いた。比較細胞として、Caco-2細胞やLS180細胞についても同様に検討した。HiPS-ELC-MGでは、いずれのCYP3A4誘導剤を用いた場合においても、有意なCYP3A4の発現誘導が確認された。一方、Caco-2細胞ではVD3を用いた場合のみCYP3A4誘導が確認され、LS180細胞ではDEXによるCYP3A4誘導が確認されなかった。以上のことから、ヒトiPS細胞由来小腸上皮様細胞はCaco-2細胞やLS180細胞よりもCYP3A4誘導の評価に適したモデルであることが示唆された(
図23)。
【0092】
(実験例15−4)小腸上皮様細胞の小腸核内受容体の遺伝子発現解析
CYP3A4誘導において核内受容体が重要な役割を担うことが知られている。上記実施例15で作製した小腸上皮様細胞(HiPS-ELC-MG)及び各種細胞について、小腸核内受容体の遺伝子発現解析を行った。小腸核内受容体として、フェノバルビタール(PB)やRIFによるCYP3A4発現誘導のために必須のプレグナンX受容体(PXR)、DEXによるCYP3A4発現誘導のために必須の糖質コルチコイド受容体(GR)及びVD3によるCYP3A4発現誘導のために必須のビタミンD受容体(VDR)について確認した。各遺伝子の発現は、iPSCs(未分化ヒトiPS細胞)、HiPS-ELC、LS180細胞、Caco-2細胞及びAIについて解析した。各遺伝子の発現は、各々SYBR Green gene expression assays(Applied Biosystems)を用いた定量的リアルタイムRT-PCR法により測定した。上記の結果、PXRはHiPS-ELC-MGとLS180細胞においてSmall Intestineの約半分程度発現していた。GRはHiPS-ELC-MGのみで強く発現していた。VDRはHiPS-ELC-MG、LS180細胞、Caco-2細胞のいずれにおいても弱いながらも発現していることが確認できた(
図24)。このことから、HiPS-ELC-MGはLS180細胞やCaco-2細胞よりもAI組織に近い核内受容体の発現パターンを有していることが示唆される。