特許第6672858号(P6672858)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6672858-Snの定量方法および試料の製造方法 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6672858
(24)【登録日】2020年3月9日
(45)【発行日】2020年3月25日
(54)【発明の名称】Snの定量方法および試料の製造方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 31/00 20060101AFI20200316BHJP
   G01N 31/02 20060101ALI20200316BHJP
   G01N 1/10 20060101ALN20200316BHJP
【FI】
   G01N31/00 S
   G01N31/02
   !G01N1/10 F
【請求項の数】9
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2016-22762(P2016-22762)
(22)【出願日】2016年2月9日
(65)【公開番号】特開2017-142123(P2017-142123A)
(43)【公開日】2017年8月17日
【審査請求日】2018年3月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【弁理士】
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(72)【発明者】
【氏名】橋本 直樹
【審査官】 草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】 特開平11−064318(JP,A)
【文献】 実開昭58−037537(JP,U)
【文献】 特開平07−072056(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2012/0107196(US,A1)
【文献】 亜鉛地金分析方法,JIS H 1111 (2014) ,2014年
【文献】 仙田量子、石川晃,試薬および環境中のオスミウムブランク低減についての試み:ブランク測定方法と起源の解明,JAMSTEC Rep. Res. Dev.,日本,2014年,Vol.18,Page.17-28
【文献】 小林 剛、他3名,黒鉛炉原子吸光法による耐熱合金中の微量スズの定量,日本金属学会誌,日本,1983年,Vol.47,No.8,page.676-682
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 31/00−31/22
G01N 1/00− 1/44
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定対象から測定用の試料を作製する試料作製工程と、
前記試料に含有されるSnを定量する定量工程と、
を有し、
前記試料作製工程においては、蓋が設けられた容器に前記試料を収め、
前記試料作製工程は、加熱および攪拌を伴い、加熱を伴う場合は、前記容器に、前記容器内から前記容器外へと空気を排出可能な弁を備えた蓋をし、攪拌を伴う場合は、前記容器に蓋をしながら作業を行い、
前記試料作製工程においては、作製途中の試料を収めた前記容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をし、前記容器内を密閉状態とする、Snの定量方法。
【請求項2】
前記試料作製工程は、
前記被測定対象を溶解する溶解工程と、
前記溶解工程により得られる溶液から水酸化物を生成する水酸化物生成工程と、を有する、請求項1に記載のSnの定量方法。
【請求項3】
前記試料作製工程は、
前記水酸化物を分離して、上澄み溶液を廃棄する第1分離工程と、
前記水酸化物を溶解した後、再共沈物を生成する再共沈工程と、
前記再共沈物を分離して、上澄み溶液を廃棄する第2分離工程と、
前記再共沈物を水洗した後、分離して、上澄み溶液を廃棄する第3分離工程と、
前記再共沈物を溶解して、測定用試料溶液の調製をする調製工程と、をさらに有する、請求項2に記載のSnの定量方法。
【請求項4】
前記水酸化物生成工程においては、Fe3+とアンモニアとを前記溶液に加えて前記水酸化物を生成する、請求項2または3に記載のSnの定量方法。
【請求項5】
前記容器は、ポリプロピレン製またはテフロン(登録商標)製である、請求項1〜のいずれかに記載のSnの定量方法。
【請求項6】
前記定量工程においては、前記試料を収めた前記容器に蓋をし、前記容器内を密閉状態とする、請求項1〜のいずれかに記載のSnの定量方法。
【請求項7】
前記定量工程におけるSnの定量下限が5ppbである、請求項1〜のいずれかに記載のSnの定量方法。
【請求項8】
前記被測定対象におけるNiの含有率は10質量%以上である、請求項1〜のいずれかに記載のSnの定量方法。
【請求項9】
Snを定量する被測定対象から測定用の試料を作製する際に、蓋が設けられた容器に前記試料を収め、加熱を伴う場合は、前記容器に、前記容器内から前記容器外へと空気を排出可能な弁を備えた蓋をし、攪拌を伴う場合は、前記容器に蓋をしながら作業を行い、作製途中の試料を収めた前記容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をし、前記容器内を密閉状態とする、試料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Sn(錫)の定量方法および試料の製造方法に属する。
【背景技術】
【0002】
電子機器には、ますます高信頼性、高機能化、軽量化が要求されている。そのため、基板材料やめっき液等の原料における不純物に関し、さらなる量の低減が求められている。これら不純物の低減に対応して、不純物に関する従来の定量下限を下回る、より低濃度まで定量できる分析手法が必要になる場合がある。このような不純物の例としてSnがある。
【0003】
従来、金属化合物中のSnの定量方法としては、非特許文献1が知られている。非特許文献1には、試料をフッ素酸および硝酸で溶解し、所定の金属を加えた上で、パージガスをH−Ar混合ガスとして原子吸光分析を行う手法が記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】日本金属学会誌(1983)第47巻 第8号 676−682頁 黒鉛炉原子吸光法による耐熱合金中の微量スズの定量
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献1に記載された定量方法を適用した場合、定量下限は0.2ppmであるが、Snの検出感度をさらに超微量(例えばppbオーダー)とした上でSnを定量することが迫られている。
【0006】
本発明の主な目的は、Snを精度良く高感度に定量可能とする方法およびその関連技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決すべく、本発明者は鋭意検討を行った。その結果、被測定対象から測定用の試料を作製する際に、想像以上の量のSnが当該試料に混入しているという知見が得られた。このSnは、分析作業が行われる作業場の空調設備等の作業環境からから生じているものと推察される。
【0008】
そこで本発明者は、蓋付きの容器を採用した上で容器に蓋をしながら試料の作製を行うという手法を想到した。この手法は、Snの定量に至るまでに必要な作業において加熱が伴なおうとも、逆に、蓋が必要ないと一見考えられるような撹拌作業中であっても、あえて容器に蓋をしながら試料の作製を行うというものである。この手法は、被測定対象から測定用の試料を作製する際に、想像以上の量のSnが当該試料に混入しうるという上記知見があるからこそ想到し得たものである。
【0009】
上記の知見に基づいて成された本発明の態様は、以下の通りである。
本発明の第1の態様は、
被測定対象から測定用の試料を作製する試料作製工程と、
前記試料に含有されるSnを定量する定量工程と、
を有し、
前記試料作製工程においては、作製途中の試料を収めた容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をする、Snの定量方法である。
【0010】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載の発明において、
前記試料作製工程は、
前記被測定対象を溶解する溶解工程と、
前記溶解工程により得られる溶液から水酸化物を生成する水酸化物生成工程と、
を有する。
【0011】
本発明の第3の態様は、第2の態様に記載の発明において、
前記水酸化物生成工程においては、Fe3+とアンモニアとを前記溶液に加えて前記水酸化物を生成する。
【0012】
本発明の第4の態様は、第1〜第3の態様のいずれかに記載の発明において、
前記試料作製工程は加熱および撹拌のうち少なくともいずれかを伴う。
【0013】
本発明の第5の態様は、第1〜第4の態様のいずれかに記載の発明において、
前記定量工程においては、前記試料を収めた前記容器に蓋をする。
【0014】
本発明の第6の態様は、第1〜第5の態様のいずれかに記載の発明において、
前記定量工程におけるSnの定量下限が5ppbである。
【0015】
本発明の第7の態様は、第1〜第6の態様のいずれかに記載の発明において、
前記被測定対象におけるNiの含有率は10質量%以上である。
【0016】
本発明の第8の態様は、
Snを定量する被測定対象から測定用の試料を作製する際に、作製途中の試料を収めた容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をする、試料の製造方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、Snを精度良く高感度に定量することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本実施例におけるSnの定量方法を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、本明細書において「〜」は所定の数値以上かつ所定の数値以下を指す。
また、図1は本実施例におけるSnの定量方法を示すフローチャートであるが、以下に述べる本実施形態にも適用され得る。図1中のかっこ内の数値は、以下に述べる(1)試料調製室、(2)試料の溶解容器と遠沈管の洗浄工程、等々のかっこ内の数値に該当する。
ただ、図1しかり本実施形態における一つの数値はあくまで一具体例であり、本発明は当該数値単体に限定されるものではない。
【0020】
(1)試料調製室
本実施形態における試料の試料調製室としては、CLASS1000程度のクリーンルームを使用することが好ましい。ただ、本実施形態の手法、すなわち、以下に述べる試料作製工程(好ましくは定量工程も)においては、作製途中の試料を収めた容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をするという手法を採用することにより、通常の実験室であっても、上記のレベルのクリーンルーム程度またはそれ以上にSnの検出精度を高めることが可能となる。もちろん、本実施形態の手法を採用するにしても、Snの使用履歴が少ない試料調製室にて試料を調製するのが好ましいのは言うまでもない。
【0021】
なお、本実施形態における被測定対象は任意のもので構わない。例えば、非特許文献1に記載のように金属化合物(Ni(ニッケル)化合物やCo(コバルト)化合物。以降、説明の便宜上、Ni化合物を例示する。)を被測定対象としても構わない。本実施形態においては、この被測定対象を溶解し、最終的に分析装置にかけるための試料(溶液)を調製(作製)する。
以降、被測定対象に対して溶解処理等を行ったものについては、試料の作製途中であっても総じて試料と称する。
【0022】
(2)試料の溶解容器と遠沈管の洗浄工程
試料を溶解するための容器としては任意のものを用いて構わないが、酸溶解を採用する場合には、例えばPP(ポリプロピレン)製またはテフロン(登録商標)製の容量目盛付き容器が適用可能である。
【0023】
また、遠沈管についても試料の溶解容器と同様にPP製またはテフロン(登録商標)製の密閉可能な容量目盛付きの容器が適用可能である。上記容器と蓋を超純水で10回程度洗浄したのち、直ぐに蓋をして保管する。なお、以降の試料調製には、水洗した容器を使用する。
【0024】
本実施形態においては、当該容器(上記の試料の溶解容器や遠沈管のように試料を収めた容器をまとめて単に「容器」と称する。)に蓋が設けられたものを採用する。その上で、試料作製工程において作製途中の試料を収めた容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をする。こうすることにより、当該容器を密閉可能となり、試料作製に用いられる金属製の装置や、試料作製が行われる実験室の金属製の設備(例えば配管)等から生じるSnが試料へと混入する機会を劇的に減少させることができる。
【0025】
なお、以下に述べる試料作製工程において加熱が伴うこと場合も多々ある。逆に、蓋が必要ないと一見考えられるような撹拌作業を行うことも多々ある。本実施形態においては、少なくともいずれかの作業(好ましくは両方)を行う場合であっても、蓋付きの容器を採用した上で容器に蓋をしながら(例えばキャップを嵌め込みながら)当該作業を行う。なお、加熱が伴う場合は、密閉された容器内の空気が膨張する可能性があるため、容器内から容器外へと空気を排出可能な弁を備えた蓋(例えば容器に嵌め込み可能な弁付きキャップ)を採用するのが好ましい。
【0026】
(3)被測定対象の秤量工程
Sn濃度の被測定対象であるところのNi化合物を溶解容器へ採取したのち、蓋をして電子天秤で当該試料の質量(g)を記録する。なお、当該被測定対象の秤量には、0.1mgまで秤量可能な電子天秤を用いることが好ましい。
【0027】
(4)試料の酸溶解工程
本工程は、被測定対象を酸により溶解して溶液化する工程(溶解工程)である。本工程においても、当然、作製途中の試料を収めた容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をする。
【0028】
(4−1)Ni化合物とSnとを溶解する酸
当該試料を溶解する酸について説明する。
当該酸としてはSnを含有する試料を溶解可能な酸であれば、特に限定することはない。例えば、本実施形態が例示するNi化合物とSnとを溶解可能な酸としては、塩酸と過酸化水素の混酸や、硫酸と過酸化水素の混酸が挙げられる。
例えば、塩酸と過酸化水素との混酸であれば、12mol/Lの塩酸(10〜20ml)と、33%過酸化水素(2〜5ml)との混合物である混酸を用いることができる。
硫酸と過酸化水素との混酸であれば、9mol/Lの硫酸(10〜20ml)と、33%過酸化水素(2〜5ml)との混合物である混酸を用いることができる。
また、塩酸と硫酸はSnの保証値が10ppt以下の高純度試薬を使用することが好ましく、過酸化水素は特級試薬以上のグレードであれば利用することが可能である。
なお、本発明において、「塩酸」とは12mol/Lの塩酸が例示され、「硝酸」とは14mol/Lの硝酸が例示され、「硫酸」とは9mol/Lの硫酸が例示される。
【0029】
(4−2)Ni化合物の溶解
被測定対象である当該試料へ、上述した混酸を添加し直ぐに蓋をしたのち、十分に撹拌後80〜120℃程度の温度で加温し、当該試料が完全に溶解するまで加温して放冷する。引き続き、超純水を加えて定容し、当該試料の溶解液を得る。
当該溶解の際、Ni化合物への酸添加量は、当該試料を十分に溶解できる量であれば良い。例えば、塩酸(10ml)と、過酸化水素(2ml)との混合物である混酸で良い。また加熱には、ホットプレート等の使用が便宜である。
なお、繰り返しになるが、本実施形態においては、酸と超純水の添加以外では溶解容器を密閉して酸溶解することが肝要である。
【0030】
(5)水酸化錫と水酸化鉄との共沈物とNiのアンミン錯体溶液の生成工程
本工程は、先の溶解工程により得られる溶液から水酸化物を生成する工程(水酸化物生成工程)である。本実施形態では、水酸化物生成工程において、Fe3+とアンモニアとを上記の溶解容器内の溶液に加え、水酸化物を生成する例を挙げる。もちろん、Fe3+以外の金属元素を用いて水酸化錫を共沈させても構わない。また、金属水酸化物を生成可能ならば、アンモニア以外のアルカリを使用しても構わない。ただ、以下にも述べるがNiが主成分であるNi化合物の場合、定量対象となるSnの定量精度を上げるべく、主成分のNiをアンミン錯体として排除可能となるアンモニアを採用するのが好ましい。
なお、本工程においても、当然、作製途中の試料を収めた容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をする。
【0031】
(5−1)水酸化錫と水酸化鉄との共沈物とNiのアンミン錯体溶液の生成に使用する試薬
上記で挙げたアンモニアとしては、14mol/Lのもので、かつ、Snの保証値が100ppt以下の高純度試薬を使用することが好ましい。また、3価のFe(すなわちFe3+)を含有する溶液としては、市販の原子吸光分析用やICP発光分光分析用の標準溶液(例えば1g/L)を使用することが便宜である。なお、本明細書において用いられる「アンモニア」としては12mol/Lが例示される。
【0032】
(5−2)水酸化錫と水酸化鉄との共沈物とNiのアンミン錯体溶液の生成
当該試料溶解液を遠沈管に一定量分取したのち、3価のFeの1g/L溶液を一定量加えて良く撹拌したのち、アンモニアを一定量添加して良く振とうし、Sn(OH)、Sn(OH)およびFe(OH)との共沈物、ならびに、Niのアンミン錯体溶液を得る。
もちろん、アンモニアと3価のFeの1g/L溶液の添加以外では、遠沈管に蓋をして容器内を密閉し、作業を行う。
【0033】
(6)水酸化錫と水酸化鉄との共沈物とアンミン錯体を含む溶液の分離工程
先の工程で得られた共沈物と溶液を遠心分離器で沈殿と溶液とに分離する。引き続き、Niのアンミン錯体を含む上澄み溶液をデカンテーションで廃棄する。
なお、遠心分離器は、3000rpm程度の回転数で10分間回転させることができる性能があれば特に限定することはない。また、Niのアンミン錯体を含む上澄み液の廃棄以外では、遠沈管に蓋をして容器内を密閉し、作業を行う。
【0034】
(7)沈殿物の溶解と再共沈工程
本工程(7)と次の工程(8)は、添加する試薬の種類を除けば、上記の工程(5)と工程(6)の繰り返しである。これにより、試料の主成分であるNiを可能な限り排除し、最終的にSnの定量精度を向上させられる。以下、説明する。
【0035】
上記の工程(6)で得られた沈殿物に塩酸を添加したのち、良く撹拌して沈殿物を溶解する。引き続き、アンモニアを加えて振とうし、再び、Sn(OH)、Sn(OH)およびFe(OH)との共沈物、ならびに、Niのアンミン錯体溶液を得る。なお、塩酸とアンモニアの添加以外では、遠沈管に蓋をして容器内を密閉し、作業を行う。
【0036】
(8)再共沈物とアンミン錯体を含む溶液の分離工程
上記の工程(7)で得られた再共沈物と溶液を遠心分離器で沈殿と溶液とに分離する。引き続き、Niのアンミン錯体を含む上澄み溶液をデカンテーションで廃棄する。なお、Niのアンミン錯体を含む上澄み液の廃棄以外では、遠沈管に蓋をして容器内を密閉し、作業を行う。
【0037】
(9)再共沈物の水洗と分離工程
上記の工程(8)で得られた沈殿物に超純水を添加したのち、良く振とうして沈殿物中に残存するNiのアンミン錯体を溶解する。引き続き、当該試料を遠心分離器で沈殿物と溶液とに分離し、Niのアンミン錯体を含む上澄み液をデカンテーションで廃棄する。
なお、超純水の添加とNiのアンミン錯体を含む上澄み液の廃棄以外では、遠沈管に蓋をして容器内を密閉し、作業を行う。
【0038】
(10)測定用試料溶液の調製
上記の各工程を経て得られた沈殿物に酸(例えば塩酸)を一定量加えて良く撹拌して沈殿物を溶解する。引き続き、内部標準物質のCs(100ng/ml)を一定量添加したのち、超純水を加えて定容し、測定用試料溶液を得る。
【0039】
本実施形態においては、上記の(3)〜(10)に記載の内容が試料作製工程にあたる。この試料作製工程は別の言い方をすると試料の製造方法とも言える。試料の製造方法として上記の内容を見ると、以下の構成となる。
・Snを定量する被測定対象から測定用の試料を作製する際に、作製途中の試料を収めた容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をする、試料の製造方法。
【0040】
また、上記の(1)〜(2)に記載の内容(特に(2)試料の溶解容器と遠沈管の洗浄工程)は準備工程として行っても構わない。この準備工程においても、作製途中の試料を収めた容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をするのが非常に好ましい。
【0041】
(11)Snの濃度の測定工程(定量工程)
本工程においては、試料(溶液)に含有されるSnを定量する。測定用試料溶液のSn濃度の測定には、ICP−MS装置を用いるのが便宜である。そこで以下、ICP−MS装置を用いた測定試料溶液中のSn濃度の測定例を説明する。
【0042】
(11−1)Sn測定標準試料溶液の調製
測定用試料溶液中のSn濃度に応じて、Sn測定標準試料溶液を調製する。このとき、Sn測定標準試料溶液に含有される、酸濃度、内部標準物質の濃度およびFe濃度は、測定試料溶液と同等の濃度になるように調製する。また、Sn測定標準試料溶液としては、市販の1g/Lの標準試料溶液を適宜希釈して調製することが便宜である。希釈濃度範囲は0.1〜4ng/mlの範囲で、複数の濃度水準で調製することが好ましい。
【0043】
(11−2)ICP−MS装置によるSn濃度の測定
ICP−MS装置(誘導結合プラズマ質量分析計)によるSn濃度の測定質量数は、共存元素の妨害がなければ、特に限定することはないが、最も感度の良い質量数120を用いることが好ましい。内部標準物質であるCsの測定質量数133を使用し、内部標準補正法で測定することが好ましい。また、その他の測定条件については、メーカー推奨の条件を使用することが望ましい。当該ICP−MS装置を用いて測定試料溶液とSn測定標準試料溶液とのSn濃度を測定し、当該測定値から試料溶液中のSnの含有量(ng)を算出する。
【0044】
なお、測定試料溶液中に含有されるSn濃度の測定に使用するICP−MS装置は、特に限定することはないが、例えばアジレントテクノロジー(株)社製のAgilent7500CSやサーモフィッシャーサイエンティフィック(株)社製のiCAP Q ICP−MS等が適用可能である。
【0045】
なお、本実施形態の手法を採用した際の定量下限は、測定用試料溶液中のSn濃度が5ppb(5ng/g)まで定量可能である。
【0046】
(11−3)測定試料溶液中におけるSnの濃度(ppb)を算出する工程
ICP−MSで測定したSnの含有量(ng)を元に以下の式1を用いて、当該試料中のSn濃度を算出する。
A1=(A2/W) ・・・(式1)
但し、A1:測定試料中におけるSn濃度(ppb)
A2:測定試料溶液中におけるSn含有量(ng)
W:測定試料の試料採取量(g)
【0047】
なお、本実施形態においては、先の試料作製工程と同様、定量工程においても、試料を収めた容器に蓋をして測定を行うのが好ましい。こうすることにより仮に装置内にSnが存在するとしても、このSnの影響を排した上で測定が行える。
【0048】
以上の結果、本実施形態によれば、Snを精度良く高感度に定量できる。これに伴い、本実施形態の手法は、基板材料分野やめっき分野等で使用されるNi化合物中のSn濃度のモニター方法として好適に用いることができる。
【0049】
<3.変形例等>
本実施形態においては被測定対象としてNi化合物を挙げたが、主成分元素としてCoやCuが含有する場合であっても、上記と同様のアンミン錯体を形成できるため、CoやCuを主成分とした化合物中のSnの定量分析法にも本実施形態の手法は好適に応用可能である。
【0050】
本実施形態においては容器を密閉する例を挙げたが、必ずしも完全に容器を密封しなくても構わない場合もある。例えば、先に挙げた弁付きの蓋は、容器内の空気が膨張し、弁が開いて膨張した空気が容器外に排出される場合は、容器内外が連通する。また、弁を設けるのではなく、極めて小さな連通孔を蓋に設けておいても構わない。少なくとも蓋をせずに試料作製工程等を行うのに比べたときにはるかにSnを精度高く定量することが可能となる。ただ、もちろん、作製途中の試料を収めた容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をし、容器内を密閉状態とするのが好ましい。
【0051】
また、本実施形態においては、「作製途中の試料を収めた容器における内容物の出し入れ以外の状況では当該容器に蓋をする」という規定を行った。その一方で、試料作製工程(さらには定量工程)において不純物としてのSnの基となるのが、各工程にて用いられる装置である可能性がある。この可能性を考慮すると、装置を使用する際には必ず容器に蓋をするという以下の規定を採用することにより、本発明の効果を十分に奏する。
「装置を使用して被測定対象から測定用の試料を作製する試料作製工程と、
前記試料に含有されるSnを定量する定量工程と、
を有し、
前記試料作製工程において装置を使用する際には、作製途中の試料を収めた容器に蓋をして容器内を密閉する、Snの定量方法。」
なお、上記の構成に対しては、本実施形態にて述べた各例(試料の製造方法を含む)を適用可能である。
【実施例】
【0052】
以下、本実施例について説明する。なお、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。以下に記載のない内容は、本実施形態で例示した条件または図1に記載の条件の通りである。
【0053】
[実施例1]
(1)試料調製室
本実施例においては、後述の3種の金属化合物−1〜金属化合物−3に対する試験を、Class1000のクリーンルームで行った。その一方、通常の実験室であっても本実施例の手法によりクリーンルームに匹敵またはそれ以上の高い精度でSn定量が行えることを示すべく、金属化合物−1に対する試験は通常の実験室でも行った。
【0054】
(2)試料の溶解容器と遠沈管の洗浄工程
試料を溶解するための容器および遠沈管としてはPP(ポリプロピレン)製の容量目盛付きかつ蓋付き容器を用いた。当該蓋は容器に対して嵌め込み可能なキャップである。上記容器と蓋を超純水で10回程度洗浄したのち、直ぐに蓋をして保管した。
【0055】
(3)被測定対象の秤量工程
本実施例において、被測定対象としては、本発明者の手元に3種の金属化合物−1〜金属化合物−3(順に、Niが79質量%存在するNiO、Niが63質量%存在するNi(OH)、Niが38質量%存在するNiSO)が存在したため、当該3種の金属化合物各々の試料に対して試験を行った。
そして、各々の金属化合物を溶解容器へ採取したのち、蓋をして電子天秤で当該試料の質量(g)を記録した。そして、各々の金属化合物2g秤量した。
【0056】
(4)試料の酸溶解工程
当該試料を溶解する酸としては、塩酸と過酸化水素の混酸を用いた。その際の条件としては、12mol/Lの塩酸(10ml)と、33%過酸化水素(2ml)との混酸とした。
被測定対象である当該試料へ、上述した混酸を添加し直ぐに蓋をしたのち、十分に撹拌後、ホットプレートにて80℃の温度で加温し、当該試料が完全に溶解するまで加温して放冷した。引き続き、超純水を加えて20mlに定容し、当該試料の溶解液を得た。
なお、本実施例においては、酸と超純水の添加以外では溶解容器を密閉して酸溶解した。
【0057】
(5)水酸化錫と水酸化鉄との共沈物とNiのアンミン錯体溶液の生成工程
本実施例においては、Fe3+とアンモニアとを上記の溶解容器内の溶液に加え、水酸化物を生成した。
上記で挙げたアンモニアとしては14mol/Lのアンモニア水溶液(NHOH)を2ml使用した。また、3価のFe(すなわちFe3+)を含有する溶液としては1g/Lのものを0.5ml用いた。そして、Sn(OH)、Sn(OH)およびFe(OH)との共沈物、ならびに、Niのアンミン錯体溶液を得た。
もちろん、内容物の出し入れ以外では、遠沈管に蓋をして容器内を密閉し、作業を行った。
【0058】
(6)水酸化錫と水酸化鉄との共沈物とアンミン錯体を含む溶液の分離工程
先の工程で得られた共沈物と溶液を遠心分離器で沈殿と溶液とに分離した。引き続き、Niのアンミン錯体を含む上澄み溶液をデカンテーションで廃棄した。
なお、遠心分離器は、3000rpmの回転数で10分間回転させた。
もちろん、Niのアンミン錯体を含む上澄み液の廃棄以外では、遠沈管に蓋をして容器内を密閉し、作業を行った。
【0059】
(7)沈殿物の溶解と再共沈工程
上記の工程(6)で得られた沈殿物に12mol/Lの塩酸0.5mlを添加したのち、良く撹拌して沈殿物を溶解した。引き続き、14mol/Lのアンモニア水溶液1mlを加えて振とうし、再び、Sn(OH)、Sn(OH)およびFe(OH)との共沈物、ならびに、Niのアンミン錯体溶液を得た。
もちろん、内容物の出し入れ以外では、遠沈管に蓋をして容器内を密閉し、作業を行った。
【0060】
(8)再共沈物とアンミン錯体を含む溶液の分離工程
上記の工程(7)で得られた再共沈物と溶液を遠心分離器で沈殿と溶液とに分離した。なお、遠心分離器は、3000rpmの回転数で10分間回転させた。引き続き、Niのアンミン錯体を含む上澄み溶液をデカンテーションで廃棄した。
もちろん、Niのアンミン錯体を含む上澄み液の廃棄以外では、遠沈管に蓋をして容器内を密閉し、作業を行った。
【0061】
(9)再共沈物の水洗と分離工程
上記の工程(8)で得られた沈殿物に超純水を添加したのち、良く振とうして沈殿物中に残存するNiのアンミン錯体を溶解した。引き続き、当該試料を遠心分離器で沈殿物と溶液とに分離し、Niのアンミン錯体を含む上澄み液をデカンテーションで廃棄した。
なお、超純水の添加とNiのアンミン錯体を含む上澄み液の廃棄以外では、遠沈管に蓋をして容器内を密閉し、作業を行った。
【0062】
(10)測定用試料溶液の調製
上記の各工程を経て得られた沈殿物に対し、12mol/Lの塩酸0.25mlを加えて良く撹拌して沈殿物を溶解した。引き続き、内部標準物質のCs(100ng/ml)を0.5ml添加したのち、超純水を加えて5mlに定容し、測定用試料溶液を得た。
【0063】
(11)Snの濃度の測定工程(定量工程)
本工程においては、試料(溶液)に含有されるSnを定量した。測定用試料溶液のSn濃度の測定には、ICP−MS装置(アジレントテクノロジー(株)社製のAgilent7500CS)を用いた。なお、Sn濃度の測定質量数は質量数120を用い、内部標準物質であるCsの測定質量数としては133を用いた。
そして、当該ICP−MS装置を用いて測定試料溶液とSn測定標準試料溶液とのSn濃度を測定し、本実施形態に記載の(式1)を用い、当該測定値から試料溶液中のSnの含有量(ng)を算出した。
【0064】
以上が一連の試験であるが、各金属化合物において、上記の一連の試験を3回行った。その結果を、各金属化合物に対し、(定量値−1)〜(定量値−3)として算出した。
【0065】
[実施例1の結果]
実施例1における結果を以下の表に示す。なお、以下の表においては、各当該試料中のSn濃度の定量値(ppb)と相対標準偏差(RSD%)を算出している。また、当該試料の採取後にSnを適宜(20ng)添加しその回収率(%)を調査した結果も示している。
なお、念のために記載するが、以下の表の単位はppbであり、表の値はppmよりも3ケタ小さいオーダーの値である。
【表1】
定量精度は、RSD%で2.0〜5.8%であり、数10ppbレベルの定量分析において十分な精度であった。また、各化合物中からのSnの回収率は、98〜110%と良好であったため、本実施例においては当該金属化合物中のSn濃度を正確に定量できることが理解できる。
しかもこの定量の精度としては、通常の実験室であってもクリーンルームに匹敵またはそれ以上のものが得られることが判明した。
なお、回収率が100%を超えているのは、分析誤差に起因するものであり、極めて高いSnの回収率が得られることに変わりはない。
【0066】
[実施例2]
実施例2においては、定量下限値を算出すべく、上記の金属化合物を用いなかったことを除き、ブランクとしての容器(すなわち溶解容器)に対し、実施例1と同様に試験を行った。また、実施例1と同様、上記のクリーンルームで試験を行ったことに加え、通常の実験室においても実施例2を行った。
なお、実施例2の試験を3回行い、その結果を、ブランクとしての容器に対する値であるため(BL値−1)〜(BL値−3)と称して算出した。
【0067】
[比較例1]
定量下限値を算出する際の比較対象として比較例1を実施した。比較例1においては、容器(すなわち溶解容器)として密閉できないガラス製のものを使用した以外は、実施例2と同様にして、試験を行った。
【0068】
[実施例2および比較例1の結果]
実施例2および比較例1における結果を以下の表に示す。
なお、再度記載するが、以下の表の単位はppbであり、表の値はppmよりも3ケタ小さいオーダーの値である。
【表2】
両者の定量下限を比較したところ、実施例2の定量下限の方が3.1ppbと極めて低く、密閉下で試料調製することによって、比較例1よりも高感度に定量できることは明確であった。
【0069】
[まとめ]
以上の結果、本実施例においては、Snを精度良く高感度に定量することができることがわかった。また、これに伴い、本実施形態の手法は、基板材料分野やめっき分野等で使用されるNi化合物中のSn濃度のモニター方法として好適に用いられるものと期待される。
図1