特許第6675247号(P6675247)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社シードの特許一覧 ▶ 日立化成株式会社の特許一覧

特許6675247フィブロイン−ヒアルロン酸ハイドロゲル複合体
<>
  • 特許6675247-フィブロイン−ヒアルロン酸ハイドロゲル複合体 図000009
  • 特許6675247-フィブロイン−ヒアルロン酸ハイドロゲル複合体 図000010
  • 特許6675247-フィブロイン−ヒアルロン酸ハイドロゲル複合体 図000011
  • 特許6675247-フィブロイン−ヒアルロン酸ハイドロゲル複合体 図000012
  • 特許6675247-フィブロイン−ヒアルロン酸ハイドロゲル複合体 図000013
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6675247
(24)【登録日】2020年3月12日
(45)【発行日】2020年4月1日
(54)【発明の名称】フィブロイン−ヒアルロン酸ハイドロゲル複合体
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/22 20060101AFI20200323BHJP
   A61L 27/20 20060101ALI20200323BHJP
   A61L 27/40 20060101ALI20200323BHJP
   A61L 27/52 20060101ALI20200323BHJP
   C12M 3/00 20060101ALI20200323BHJP
   G02C 7/04 20060101ALI20200323BHJP
   A61F 9/013 20060101ALI20200323BHJP
【FI】
   A61L27/22
   A61L27/20
   A61L27/40
   A61L27/52
   C12M3/00 A
   G02C7/04
   A61F9/013 110
【請求項の数】3
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2016-64040(P2016-64040)
(22)【出願日】2016年3月28日
(65)【公開番号】特開2017-176238(P2017-176238A)
(43)【公開日】2017年10月5日
【審査請求日】2018年12月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000131245
【氏名又は名称】株式会社シード
(73)【特許権者】
【識別番号】000004455
【氏名又は名称】日立化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149032
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 敏明
(72)【発明者】
【氏名】小畑 晴香
(72)【発明者】
【氏名】加茂 和幸
【審査官】 菊池 美香
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−056955(JP,A)
【文献】 特開2012−037647(JP,A)
【文献】 国際公開第2015/073758(WO,A1)
【文献】 特表2012−505297(JP,A)
【文献】 特開平02−109570(JP,A)
【文献】 特開2015−107645(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2013/0073055(US,A1)
【文献】 特表2012−510535(JP,A)
【文献】 特開2015−221086(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 27/22
A61F 9/013
A61L 27/20
A61L 27/40
A61L 27/52
C12M 3/00
G02C 7/04
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィブロインを含むフィブロイン層と、該フィブロイン層と接触させた(メタ)アクリル化ヒアルロン酸を重合反応に供して得られるヒアルロン酸ハイドロゲル層とを含む複合体であって、
前記(メタ)アクリル化ヒアルロン酸は、(メタ)アクリル酸アルキルイソシアネート又は(メタ)アクリル酸アルキルオキシアルキルイソシアネートと、ヒアルロン酸との縮合体である、前記複合体
【請求項2】
前記フィブロイン層は、厚さが1〜500nmであるフィブロイン層である、請求項1に記載の複合体。
【請求項3】
前フィブロイン層が、前記複合体の最外層として位置している、請求項1〜のいずれか1項に記載の複合体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はフィブロインとヒアルロン酸ハイドロゲルとの複合体に関する。
【背景技術】
【0002】
生分解性高分子であるヒアルロン酸は、高粘弾性や高保湿性に加え、安全性も高いことから、化粧品分野や医療分野などにおいて利用されている。さらに、ヒアルロン酸は、生体適合性や透明性も高いことから、眼科分野において好ましく用いられている。
【0003】
ヒアルロン酸の水溶液は極めて粘稠な溶液であることから、金属イオンなどの存在下においてヒアルロン酸ゲルを形成し得る。ところが、ヒアルロン酸ハイドロゲルは、一般的に流動性が高く、所望の形状を保持することが困難なものである。そこで、ヒアルロン酸ハイドロゲルの形状を安定化する試みが種々検討されている。
【0004】
例えば、ヒアルロン酸の官能基を重合性基により修飾したヒアルロン酸化合物を重合反応に供して分子内架橋を形成することにより得られる、分子内架橋ヒアルロン酸ハイドロゲルが知られている(特許文献1を参照)。
【0005】
また、ヒアルロン酸ハイドロゲルの形状安定性が向上したものとして、ヒアルロン酸にコラーゲン及びゼラチンを包含してなるハイドロゲルが知られている(非特許文献1を参照)。
【0006】
一方、組織工学や再生医療工学分野において、新たなスキャフォールド材料としてフィブロインが注目されている。フィブロインは親水性ユニットと疎水性ユニットとが交互に繰り返される構造を有するタンパク質であり、高含水性でありながらも強度と弾性に優れ、細胞培養支持体や組織再生支持体などに利用されている。
【0007】
フィブロインからなるハイドロゲルやフィブロインを含有させてなるハイドロゲルがいくつか知られており、例えば、フィブロインを凍結乾燥して物理架橋を生じせしめることにより形成されるフィブロインハイドロゲル(特許文献2を参照)、フィブロインを含有するポリビニルアルコールハイドロゲル(特許文献3を参照)、フィブロイン水溶液に共重合性モノマーを添加した後、共重合に供することでゲル状物質を得て、次いで該ゲル状物質を乾燥固化して塊状物を得て、次いで該塊状物を成形することにより得られるコンタクトレンズ(特許文献4を参照)などがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2013−056955号公報
【特許文献2】特開2002−186847号公報
【特許文献3】特開2000−169736号公報
【特許文献4】特開平09−316143号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Materials science and engineering、C33、(2013)、pp.196−201
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、特許文献1〜4及び非特許文献1に記載のハイドロゲルには、それぞれ以下に記載の問題がある。
【0011】
特許文献1に記載の分子内架橋ヒアルロン酸ハイドロゲルは極めて含水量が多いため、医療用材料として用いる場合に、所望の形状を保持するための表面や内部の硬度が十分でないという問題がある。また、当該分子内架橋ヒアルロン酸ハイドロゲルは、再生医療における細胞培養の足場材として用いる場合に、表面の親水性が高過ぎるために、細胞の成長性及び、形成されるコロニー端部の細胞形状が十分とはいえない。
【0012】
非特許文献1に記載のハイドロゲルは、コラーゲンがpHなどの周辺環境の影響を受けて、繊維化して不透明になり易い性質を有していることから、眼科用の医療用材料として利用することは好ましくない。また、医療用材料として利用するためには滅菌処理に供することや安全面が重視されるところ、非特許文献1に記載のハイドロゲルは、コラーゲンは主として動物由来であることから、オートクレーブなどの熱処理に供することが困難であり、さらに使用時の免疫反応も懸念されるという問題がある。
【0013】
特許文献2に記載のハイドロゲルは、使用するフィブロインの量や凍結時間などの製造条件により、得られるハイドロゲルの性質にばらつきが生じやすく、形状が安定した均質なハイドロゲルとすることができないという問題がある。
【0014】
特許文献3及び4に記載のハイドロゲルは、ともにフィブロインを内包した状態で含有させたハイドロゲルであるところ、ハイドロゲル内のフィブロインの存在により架橋構造が疎になり、形状安定性が劣るという問題がある。特に、特許文献3に記載のハイドロゲルは、放射線照射による物理的架橋により形成されるものであることから、形状安定性が著しく低い可能性がある。
【0015】
また、特許文献3には、アルデヒド系化合物を架橋剤として用いることによって、化学的架橋によりハイドロゲルを形成しているところ、アルデヒド系化合物は生体に対する毒性を有することから、特許文献3に記載のハイドロゲルは安全性に問題がある。同様に、特許文献4に記載のハイドロゲルは、添加する共重合性モノマーが生体適合性を有していないことから、やはり安全性に問題があり、再生医療用材料としては好ましくないという問題がある。
【0016】
上記のとおり、特許文献1〜4及び非特許文献1に記載のハイドロゲルには、形状安定性及び細胞接着性や安全性といった生体適合性の観点で、問題がある。したがって、特許文献1〜4及び非特許文献1に記載のハイドロゲルは、これら種々の問題により、生体に対する医療用デバイスとしては適していないという課題がある。
【0017】
そこで、本発明の目的は、上記課題を鑑み、高含水性であるにも関わらず、形状が安定的に維持され、かつ、細胞培養支持体や組織再生支持体などとして利用が可能である生体適合性を有するハイドロゲルを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、上記課題を解決するために種々検討したところ、ともに生体適合性があるヒアルロン酸及びフィブロインを用いることにより、生体適合性に優れた医療用デバイスが製造できるのではないかと考えた。
【0019】
しかし、フィブロインは水溶液の状態で用いられるのが一般的であるところ、フィブロイン水溶液は自己凝集的に会合しゲル化する性質を有することから、ハイドロゲル中にフィブロインを均一に配して均質な複合体を形成することが困難であることを見出した。結果として、フィブロインを内包した状態で含有させたハイドロゲルは、利用範囲が限られたものであった。
【0020】
そこで、本発明者らはさらに研究開発を進めたところ、フィブロイン膜、特にフィブロイン超薄膜に着眼するに至った。そして、後述する実施例に記載の方法によるなどして、予め均質なものとして膜状に形成したフィブロインをゲルの表面又は全部を覆うようにして用いることで、フィブロインが均一に配置されたハイドロゲルを形成することに成功した。また、このようなハイドロゲルは、フィブロインの膜厚や配する部位をコントロールすることにより、所望の性能を有したものとすることが可能である。本発明は、これらの知見や成功例に基づき完成された発明である。
【0021】
したがって、本発明によれば、フィブロインを含むフィブロイン層と、構成単位として(メタ)アクリル化ヒアルロン酸を含むヒアルロン酸ハイドロゲル層とを含む複合体が提供される。
【0022】
好ましくは、本発明の複合体において、前記フィブロイン層は、厚さが1〜500nmであるフィブロイン層である。
好ましくは、本発明の複合体において、前記(メタ)アクリル化ヒアルロン酸は、(メタ)アクリル酸アルキルイソシアネート又は(メタ)アルキルオキシアルキルイソシアネートと、ヒアルロン酸との縮合体である。
好ましくは、本発明の複合体において、前記フィブロイン層が、前記複合体の最外層として位置している。
【発明の効果】
【0023】
本発明の複合体は、ヒアルロン酸ハイドロゲルの表面の一部又は全部をフィブロインにより被覆したものとすることにより、ヒアルロン酸ハイドロゲルの特徴である、優れた透明性、生体適合性及び柔軟性を保持したまま、形状の安定性も兼ね備えたものとすることができることから、所望の形状に成形することができる応用範囲の広いものである。
【0024】
本発明の複合体は、従来のヒアルロン酸ハイドロゲルのようにコラーゲンやゼラチンを含有するものとすることができ、さらにはこれらを含有させずに耐熱性を有するものとすることができる。したがって、本発明の複合体は、オートクレーブによる滅菌処理に供することができ、安全性に対し高い優位性を有するものとすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】フィブロイン超薄膜−ヒアルロン酸ハイドロゲルの複合体(実施例1)に係るATR−IRによる表面分析結果を示す図である。
図2】フィブロイン超薄膜−ヒアルロン酸ハイドロゲルの複合体(実施例1)の表面状態のSEMによる測定結果を示す図である。
図3】ヒアルロン酸ハイドロゲル(比較例1)の表面状態のSEMによる測定結果を示す図である。
図4】フィブロイン超薄膜−ヒアルロン酸ハイドロゲルの複合体(実施例1)上に、不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE−T)を播種し、1週間培養した後の細胞の状態を示す図である。
図5】ヒアルロン酸ハイドロゲル(比較例1)上に、不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE−T)を播種し、1週間培養した後の細胞の状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の詳細について説明する。
本発明の複合体は、フィブロインを含むフィブロイン層と、構成単位として(メタ)アクリル化ヒアルロン酸を含むヒアルロン酸ハイドロゲル層とを少なくとも含む。
【0027】
[(メタ)アクリル化ヒアルロン酸]
ヒアルロン酸ハイドロゲル層は、構成単位である(メタ)アクリル化ヒアルロン酸における(メタ)アクリル基を重合反応に供することにより、分子内に架橋構造を形成させたヒアルロン酸ハイドロゲルを少なくとも含む。
【0028】
(メタ)アクリル化ヒアルロン酸は、側鎖を(メタ)アクリレート化したヒアルロン酸の誘導体であれば特に限定されない。
【0029】
(メタ)アクリル化ヒアルロン酸の具体的態様としては、例えば、ヒアルロン酸の一級水酸基にウレタン結合させた、置換されていてもよい(メタ)アクリル酸アルキルイソシアネート又は(メタ)アクリル酸アルキルオキシアルキルイソシアネートを有する重合性ヒアルロン酸誘導体が挙げられる。
【0030】
上記の重合性ヒアルロン酸誘導体は、例えば、置換されていてもよい(メタ)アクリル酸アルキルイソシアネート又は(メタ)アクリル酸アルキルオキシアルキルイソシアネートのイソシアネート基(−NCO)と、ヒアルロン酸分子中の一級水酸基(−CH−OH)とがウレタン結合(−NHC(O)−O−)を形成したものであり得る。
【0031】
本明細書における「置換されていてもよい」とは、(メタ)アクリル酸アルキルイソシアネート又は(メタ)アクリル酸アルキルオキシアルキルイソシアネートにおける(メタ)アクリル基が、1以上の置換基を有することにより、置換された(メタ)アクリル基であり得ることを意味する。なお、(メタ)アクリル基とは、アクリル基(CH=CHCOO−)又はメタクリル基(CH=C(CH)COO−)を意味する。
【0032】
(メタ)アクリル化ヒアルロン酸の好ましい態様としては、例えば、下記一般式(1)
【化1】
(式中、R及びRはそれぞれ独立して水素原子又は炭素数1〜3のアルキル基を表し;Rは水素原子又はメチル基を表し;xは1〜4の整数を表し;並びに、nは500〜5,000の整数を表わす。)
で示される(メタ)アクリル化ヒアルロン酸や下記一般式(2)
【化2】
(式中、R及びRはそれぞれ独立して水素原子又は炭素数1〜3のアルキル基を表し;Rは水素原子又はメチル基を表し;xは1〜4の整数を表し;yは1〜4の整数を表し;並びに、nは500〜5,000の整数を表わす。)
で示される(メタ)アクリル化ヒアルロン酸が挙げられる。
【0033】
上記一般式(1)及び(2)で示される(メタ)アクリル化ヒアルロン酸は、例えば、それぞれ、ヒアルロン酸の一級水酸基と、下記一般式(3)
【化3】
(式中、R及びRはそれぞれ独立して水素原子又は炭素数1〜3のアルキル基を表し;Rは水素原子又はメチル基を表し;並びに、xは1〜4の整数を表す。)
で示される(メタ)アクリル酸アルキルイソシアネートや下記一般式(4)
【化4】
(式中、R及びRはそれぞれ独立して水素原子又は炭素数1〜3のアルキル基を表し;Rは水素原子又はメチル基を表し;xは1〜4の整数を表し;並びに、yは1〜4の整数を表す。)
で示される(メタ)アクリル酸アルキルオキシアルキルイソシアネートとがウレタン結合を形成してなるものである。
【0034】
(メタ)アクリル化ヒアルロン酸において、ヒアルロン酸の一級水酸基に結合する(メタ)アクリル酸アルキルイソシアネートや(メタ)アクリル酸アルキルオキシアルキルイソシアネートの数、すなわち、(メタ)アクリル化ヒアルロン酸における(メタ)アクリル基の数は、特に限定されないが、例えば、(メタ)アクリル基の数により重合反応に供して形成されるヒアルロン酸ハイドロゲルの柔軟性や取り扱い易さが変動することから、(メタ)アクリル化ヒアルロン酸分子中の一級水酸基の総数に対する(メタ)アクリル基の数の割合は1〜50%であることが好ましく、20〜40%であることがより好ましい。(メタ)アクリル化ヒアルロン酸において、ヒアルロン酸の一級水酸基に結合するものは、(メタ)アクリル酸アルキルイソシアネート及び(メタ)アクリル酸アルキルオキシアルキルイソシアネートのいずれか一方又は(メタ)アクリル酸アルキルイソシアネート及び(メタ)アクリル酸アルキルオキシアルキルイソシアネートの両方であり得る。
【0035】
上記一般式(3)及び(4)で示される(メタ)アクリル酸イソシアネートの好ましい態様は、例えば、これらを利用して得られるヒアルロン酸ハイドロゲルの形状保持性や柔軟性を考慮した場合、R及びRはそれぞれ水素原子であることが好ましく、x及びyはそれぞれ独立して1又は2であることが好ましく、及び/又はRはメチル基であることが好ましい。上記一般式(3)及び(4)で示される(メタ)アクリル化イソシアネートの具体例としては、例えば、2−イソシアネートエチルメタクリレートや2−(2−イソシアネートエチルオキシ)エチルメタクリレートなどが挙げられる。
【0036】
上記一般式(3)及び(4)で示される(メタ)アクリル酸イソシアネートやその他の(メタ)アクリル酸イソシアネートは、その入手方法について特に限定されず、例えば、市販のものを用いてもよいし、米国特許2821544号明細書や特開昭54−005921号公報などを参照して合成することもできる。
【0037】
(メタ)アクリル化ヒアルロン酸を構成するヒアルロン酸は当業者に通常知られているとおりのものであれば特に限定されず、例えば、N−アセチルグルコサミン及びグルクロン酸を二糖単位として連結した構造をとるものである。ヒアルロン酸の分子量は、特に制限はないが、例えば、20万〜200万が好ましく、より好ましくは60万〜100万である。ヒアルロン酸における二糖単位の繰り返し数(n)は、特に限定されないが、例えば、500〜5,000が好ましく、より好ましくは1,000である。ヒアルロン酸は、市販のものの他に、当業者に知られる方法により天然物から単離したもの、微生物などを用いて合成したものなどを広く挙げることができる。
【0038】
(メタ)アクリル化ヒアルロン酸を入手する方法は特に限定されず、例えば、特許文献1に記載の方法に従って、2−イソシアネートエチルメタクリレートや2−(2−イソシアネートエチルオキシ)エチルメタクリレートなどの(メタ)アクリル酸イソシアネートと、ヒアルロン酸との反応により製造され得る。
【0039】
(メタ)アクリル化ヒアルロン酸の好ましい具体例としては、例えば、下記一般式(5)
【化5】
(式中、nは500〜5,000を表す。)
で示される化合物や下記一般式(6)
【化6】
(式中、nは500〜5,000を表す。)
で示される化合物が挙げられるが、これらに限定されない。
【0040】
(メタ)アクリル化ヒアルロン酸の合成方法は特に限定されないが、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)などの非プロトン性極性溶媒にヒアルロン酸塩を分散させたヒアルロン酸分散液をアルカリ性にして、ヒアルロン酸の一級水酸基を活性化状態(−CH−O)にさせたヒアルロン酸反応溶液を得て、次いでこのヒアルロン酸反応溶液に(メタ)アクリル酸イソシアネートを滴下して、室温で数時間、攪拌又は静置して反応させる方法が挙げられる。反応終了後は、適当な酸溶液を用いて、室温で数時間攪拌又は静置して中和処理を実施することが好ましい。
【0041】
[ヒアルロン酸ハイドロゲル層]
ヒアルロン酸ハイドロゲル層に含まれるヒアルロン酸ハイドロゲルは、構成単位である(メタ)アクリル化ヒアルロン酸における(メタ)アクリル基を重合反応に供することにより、分子内に架橋構造を形成させたものである。
【0042】
ヒアルロン酸ハイドロゲルの合成方法は特に限定されないが、例えば、後述する実施例に記載があるとおり、一般的なポリマー形成方法として、(メタ)アクリル化ヒアルロン酸を溶媒に溶解又は分散させたモノマー含有溶液中に、重合開始剤及び、必要に応じて、ゲル化剤などを添加した後、これらを重合開始剤の特性に応じた重合反応に供する方法が挙げられる。(メタ)アクリル化ヒアルロン酸を溶解又は分散させる溶媒は特に限定されず、例えば、(メタ)アクリル化ヒアルロン酸に可溶性である溶媒であり、好ましくは水である。モノマー含有溶液における(メタ)アクリル化ヒアルロン酸の濃度は特に限定されず、例えば、0.01〜20%(w/v)であり、好ましくは0.1〜10%(w/v)であり、より好ましくは1〜5%(w/v)である。
【0043】
重合開始剤は特に限定されないが、例えば、アゾビスバレロニトリルやアゾビスイソブチロニトリルなどのアゾ系化合物;ラウロイルパーオキサイドやベンゾイルパーオキサイドなどの過酸化物;ペルオキソ二硫酸アンモニウムなどの一般的なラジカル重合開始剤が使用できる。重合開始剤の配合量は特に限定されないが、例えば、モノマー総量に対して10〜10,000ppmであることが好ましい。
【0044】
モノマー含有溶液中に、テトラメチルエチレンジアミン、トリメチルエチレンジアミン、ジメチルエチレンジアミン、テトラエチルエチレンジアミン、トリメチルエチレンジアミン、トリエチルエチレンジアミン、ジエチルエチレンジアミンといった脂肪族アミンなどをゲル化剤として併せて添加することで、重合反応に際してポリマー化が促進されることから、これらのゲル化剤を用いることが好ましい。ゲル化剤の配合量は特に限定されないが、例えば、モノマー含有溶液1mLに対し、1〜50μLが好ましい。
【0045】
重合反応の条件は、使用した重合開始剤の特性に応じて適宜設定すればよく、特に限定されず、例えば、モノマー含有溶液を室温下、加温下、加熱下、可視光、紫外線、電子線、ガンマ線などの光線照射下において、数分間〜数十時間で重合を完了させる条件を挙げることができる。重合反応の具体的な条件としては、例えば、段階的又は連続的に25℃〜40℃の範囲で昇温し、6〜24時間で重合を完了させる条件が挙げられるが、これらに限定されない。
【0046】
重合反応により得た重合体を、室温以外の温度で重合反応を実施した場合には得られた重合体を室温に戻した後、水に数時間〜数十時間、例えば、2〜24時間浸漬させることにより水和膨潤させると、所望のヒアルロン酸ハイドロゲルが得られる。水和膨潤の際には、未反応の(メタ)アクリル化ヒアルロン酸及び触媒などを除去することが好ましい。
【0047】
ヒアルロン酸ハイドロゲルは、(メタ)アクリル化ヒアルロン酸の単独重合体でもよく、その他の重合性官能基を有するモノマーとの共重合体であってもよい。ヒアルロン酸ハイドロゲル層の厚さは特に限定されず、例えば、用途に応じて適宜設定することができる。
【0048】
[フィブロイン]
フィブロイン層は、フィブロインを少なくとも含む。
【0049】
フィブロインは、通常繊維状タンパク質の一種として知られているとおりのものであれば特に限定されないが、例えば、家蚕、野蚕、天蚕などの天然蚕やトランスジェニック蚕から産生されるフィブロインが挙げられる。フィブロインは、例えば、CAS登録番号が9007−76−5であるものとして知られている。
【0050】
フィブロインは、その入手方法については特に限定されず、例えば、市販品として入手すること、繭からの抽出や絹糸腺からの抽出などのこれまでに知られている抽出方法を利用することなどが挙げられる。
【0051】
[フィブロイン層]
フィブロイン層はフィブロインを少なくとも含めば特に限定されず、その入手方法についても特に限定されないが、例えば、市販品として入手してもよく、通常知られているフィブロインの製造方法、特にフィブロイン膜の製造方法を利用して入手してもよい。
【0052】
フィブロイン膜の製造方法は特に限定されないが、例えば、後述する実施例に記載があるとおり、フィブロインを含有するフィブロイン水溶液を用いる方法が挙げられる。フィブロインは溶解性が悪く、直接水に溶解することが困難である傾向にある。フィブロイン水溶液を得る方法は特に限定されず、公知のいかなる手法を用いてもよいが、例えば、高濃度の臭化リチウム水溶液にフィブロインを溶解後、透析による脱塩及び風乾による濃縮を経る手法が簡便であることから好ましい。ここで、臭化リチウム水溶液における臭化リチウムの濃度は特に限定されないが、例えば、8〜10Mが好ましく、8.5〜9.5Mがより好ましい。臭化リチウム水溶液の濃度が、上記範囲内であると、フィブロイン水溶液がゲル化しにくく、安定して均一な膜厚のフィブロイン膜を得ることができる傾向がある。
【0053】
フィブロイン水溶液中のフィブロイン濃度は特に限定されないが、例えば、0.01〜10.0質量%であることが好ましく、0.05〜5.0質量%であることがより好ましく、0.1〜2.0質量%であることがさらに好ましい。
【0054】
フィブロイン水溶液は、フィブロイン膜を形成するに際して有用又は無害な無機塩類などの添加剤を含んでいてもよい。
【0055】
フィブロイン水溶液に添加する添加剤は、フィブロインの不溶化を促進する効果を有する添加剤であることが好ましい。添加剤としては、例えば、水溶性モノアルコール、ジオール、トリオール、ポリオールなどを用いることができ、メタノール、エタノール、ブタノール、イソプロピルアルコール、グリセリンを好ましく用いることができる。これらの添加剤は、単独で、又は2種類以上を組み合わせて使用することができる。
【0056】
添加剤を含むフィブロイン水溶液中の添加剤の含有量は特に限定されないが、例えば、0.05〜10.0質量%であることが好ましく、0.1〜5.0質量%であることがより好ましく、0.8〜3.0質量%であることがさらに好ましい。添加剤の含有量がこの範囲内であるとフィブロイン膜の不溶化が促進される傾向がある。また、添加剤としてアルコール類の含有量が3.0質量%以下である場合、アルコール類を添加したフィブロイン水溶液を静置しても、ゲル化が起こりにくく、結果として安定して均一な膜厚のフィブロイン膜が得られる傾向がある。フィブロイン水溶液にアルコール類を添加する際に起こりやすいゲル化を予防するために、目的とするフィブロイン濃度よりも高濃度なフィブロイン水溶液を予め調製しておき、そこにアルコール類の希釈水溶液を加えることが好ましい。
【0057】
フィブロイン膜の厚さは特に限定されない。例えば、自己密着性、吸水性、乾燥状態での柔軟性などの特性がより優れたものとなることから、フィブロイン膜の厚さは、1〜500nmの範囲内であることが好ましく、40〜300nmであることがより好ましく、40〜250nmの範囲内であることがさらに好ましく、40〜200nmの範囲内であることがなおさらに好ましい。フィブロイン層は、このような厚さを有するフィブロイン膜からなるフィブロイン層であることが好ましい。
【0058】
フィブロイン膜の好ましい態様は、例えば、99質量%以上のフィブロインで構成され、厚さが100〜200nmであり、かつ、透明性を有する薄膜であり、これはフィブロイン水溶液をフィルム化することなどで得られる。フィルム化することによりフィブロインが均質になって構造が安定化するために、本発明の複合体の形成過程において、フィブロインの凝集を抑止することが可能となる。
【0059】
フィブロイン膜は、例えば、フィブロイン水溶液を支持基材上へ塗布することにより製造することができる。支持基材上へのフィブロイン水溶液の塗布の方法としては、例えば、キャスト法、スピンコート法、スプレーコート法、ダイコート法などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。支持基材上へフィブロイン水溶液を塗布した後、通常知られているとおりの方法で支持基材の全体又は主として塗布面を乾燥することが好ましい。
【0060】
支持基材は、平滑な面を有するものであれば特に限定されず、例えば、シート状又はロール状の支持基材が挙げられる。支持基材の材質は特に限定されず、例えば、熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂などが挙げられ、具体的には、ポリエチレン(高密度、中密度又は低密度)、ポロプロピレン(アイソタクチック型又はシンジオタクチック型)、ポリブテン、エチレン−プレピレン共重合体、エチレン−酢酸ビニル共重合体(EVA)、エチレン−プロピレン−ブテン共重合体等のポリオレフィン、環状ポリオレフィン、変性ポリオレフィン、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリスチレン、ポリアミド、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリカーボネート、ポリ−(4−メチルベンテン−1)、アイオノマー、アクリル系樹脂、ポリメチルメタクリレート、ポリブチル(メタ)アクリレート、メチル(メタ)アクリレート−ブチル(メタ)アクリレート共重合体、メチル(メタ)アクリレート−スチレン共重合体、アクリル−スチレン共重合体(AS樹脂)、ブタジエン−スチレン共重合体、ポリオ共重合体(EVOH)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、エチレン−テレフタレート−イソフタレート共重合体、ポリエチレンナフタレート、プリシクロヘキサンテレフタレート(PCT)等のポリエステル、ポリエーテル、ポリエーテルケトン(PEK)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルイミド、ポリアセタール(POM)、ポリフェニレンオキシド、変性ポリフェニレンオキシド、ポリアリレート、芳香族ポリエステル(液晶ポリマー)、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、その他フッ素系樹脂、スチレン系、ポリオレフィン系、ポリ塩化ビニル系、ポリウレタン系、フッ素ゴム系、塩素化ポリエチレン系等の各種熱可塑性エラストマー、エボキシ樹脂、フェノール樹脂、ユリア樹脂、メラミン樹脂、不飽和ポリエステル、シリコーン樹脂、ポリウレタン、ナイロン、ニトロセルロース、酢酸セルロース、セルロースアセテートプロピオネート等のセルロース系樹脂、又はこれらを主とする共重合体、ブレンド体、ポリマーアロイなどが挙げられ、これらのうちの1種又は2種以上を組み合わせて(例えば、2層以上の積層体として)用いることができる。
【0061】
上記樹脂の中でも、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリ塩化ビニル(PC)等の樹脂が好適に用いられる。積層膜の接着性がより優れることから、ポリエチレンテレフタレート(PET)がより好ましい。
【0062】
支持基材の表面はフィブロイン膜が形成できるものであれば特に限定されず、例えば、コロナ放電処理、グロー放電処理、プラズマ処理、紫外線照射処理、オゾン処理、アルカリや酸等による化学的エッチング処理などが施されたものであってもよい。
【0063】
支持基材の表面は、樹脂膜、無機膜、有機材料と無機材料とを含む膜(有機−無機膜)などの膜が積層されたものであってもよい。積層構造を形成する樹脂膜層、無機膜層、有機−無機膜層は、支持基材の表面の一部又は全部を覆った層であり得る。また、積層構造中、最表面層に位置しない膜は、極性基を有してなくともよい。
【0064】
支持基材の膜厚は特に限定されないが、例えば、1〜500μmの範囲内であることが好ましく、3〜300μmの範囲内であることがより好ましく、5〜200μmの範囲内であることがさらに好ましい。
【0065】
フィブロイン膜は、支持基材とは反対の面上に、溶解性支持層を形成することが好ましい。
【0066】
溶解性支持層は、溶媒に溶解するものであれば特に限定されないが、例えば、肌への刺激性を考慮すると、水又はアルコールに可溶な高分子から形成された膜からなる層であることが好ましい。溶解性支持層は、弱アルカリ性又は弱酸性水溶液に可溶な層であってもよい。
【0067】
水又はアルコールに可溶な高分子は特に限定されないが、例えば、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸等の高分子電解質;ポリエチレングリコール、ポリアクリルアミド、ポリビニルアルコール、ポリビニルアルコールの誘導体、デンプン、ヒドロキシプロピルセルロース、セルロースアセテート等の非イオン性の水溶性高分子;ノボラック又はポリ(N−アルキルシアノアクリレート)等の樹脂などを例示することができる。
【0068】
水又はアルコールに可溶な高分子の粘度平均分子量は特に限定されないが、例えば、100〜100万であることが好ましく、5,000〜50万であることがより好ましい。
【0069】
なお、「粘度平均分子量」とは、一般的な測定方法である粘度法により評価すればよく、例えば、JIS K 7367−3:1999に基づいて測定した極限粘度数[η]からMνを算出して求められる。
【0070】
水又はアルコールに可溶な高分子の好ましい態様として、ポリビニルアルコール又はその誘導体が挙げられるが、これらに限定されない。ポリビニルアルコールの平均重合度は特に限定されないが、例えば、膜形成性及び溶媒への溶解性の観点から、100〜2,000であることが好ましく、200〜1,000であることがより好ましい。ここで、平均重合度は、JIS K 6726で規定の方法に基づいて測定することができる。
【0071】
溶解性支持層の膜厚は特に限定されないが、例えば、フィブロイン膜との剥離性及び貼り合わせ性の観点から、1μm〜100μmの範囲内であることが好ましく、2μm〜50μmの範囲内であることがより好ましく、5μm〜20μmの範囲内であることがさらに好ましい。
【0072】
溶解性支持層を形成する方法は特に限定されないが、例えば、支持基材の一面側に形成されたフィブロイン膜上に、高分子を水又はアルコールに溶解した高分子溶液を塗布して、通常10分〜24時間、好ましくは1時間〜12時間乾燥させて水又はアルコールを除去する方法が挙げられる。
【0073】
フィブロイン膜上への上記高分子溶液の塗布の方法は特に限定されないが、例えば、キャスト法、スピンコート法等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。溶解性支持層は、バーコーターやロールコーターなどを用いて形成することもできる。
【0074】
上記高分子溶液の高分子の濃度は、特に限定されないが、例えば、塗工性の観点から、1〜40質量%が好ましく、2〜30質量%がより好ましく、5〜20質量%がさらに好ましく、5〜10質量%がなおさらに好ましい。
【0075】
溶解性支持層は、ピンセット等を用いて支持基材からフィブロイン膜とともに剥離できる。このとき、溶解性支持層とフィブロイン膜との間に生じる静電的相互作用、水素結合、ファンデルワールス力等の2次結合力によって、剥離と同時にフィブロイン膜を溶解性支持層に移し取ることが可能となる。このようにして、フィブロイン膜−溶解性支持層からなるフィブロイン層が得られる。
【0076】
[フィブロイン層−ヒアルロン酸ハイドロゲル層の複合体]
本発明の複合体は、フィブロイン層とヒアルロン酸ハイドロゲル層とを少なくとも含む複合体である。本発明の複合体の特性は特に限定されず、例えば、後述する実施例に記載の評価方法によって、本発明の複合体の含水率は95%以上が好ましく、98%以上がより好ましく;その透明度は評価基準「△」以上が好ましく、評価基準「○」がより好ましく;耐熱性は評価基準「○」が好ましく;表面の硬さは評価基準「○」が好ましく;接触角は上限が50°以下が好ましく、45°以下がより好ましく、下限が40°以上が好ましく;及び、細胞増殖性は配向性を有した増殖形態を示すことが好ましい。
【0077】
フィブロイン及びヒアルロン酸ハイドロゲルを含む複合体は、従来は、水溶液状態のフィブロインと、フィブロイン保持体となるハイドロゲル材料とを混合した後に形成してなるものであり、フィブロインとヒアルロン酸ハイドロゲルとが渾然一体となったものであった。しかし、このように形成してなる複合体は、その形成過程において、フィブロインが凝集しやすく、所望の態様に形成することが困難であるという問題があった。
【0078】
そこで、本発明の複合体は、予め膜状態、好ましくは超薄膜状態に形成したフィブロイン(層)を用いることにより、フィブロインとヒアルロン酸ハイドロゲルとが部分的に一体となっていても、全体的に一体となっておらず、これらが積層構造をとることにより形成されたものであることから、フィブロインの凝集を発生することなく、所望の態様のハイドロゲルを形成することができるものである。上記のとおりに、本発明の複合体において、フィブロイン層とヒアルロン酸ハイドロゲル層との接着面は特に限定されず、例えば、個々の層が分離して接着していてもよく、個々の層が部分的に入り組んで接着していてもよい。本発明の複合体において、フィブロイン層及びヒアルロン酸ハイドロゲル層の数は特に限定されず、例えば、フィブロイン層−ヒアルロン酸ハイドロゲル層、フィブロイン層−ヒアルロン酸ハイドロゲル層−フィブロイン層などの構造をとりうる。また、フィブロイン層とヒアルロン酸ハイドロゲル層との接着は、それぞれの一部又は全部において接着することができる。
【0079】
本発明の複合体は、その製造方法について特に限定されず、例えば、それぞれ予め形成させたフィブロイン層とヒアルロン酸ハイドロゲル層とを用いて製造する方法、予め形成させたフィブロイン層と(メタ)アクリル化ヒアルロン酸とを接触させた後に、重合反応に供することなどによりヒアルロン酸ハイドロゲル層を形成させて製造する方法などが挙げられる。ただし、フィブロイン膜上でヒアルロン酸ハイドロゲルを形成させる方法は、ヒアルロン酸ハイドロゲルの形成に際してフィブロイン層と接触する部分においてフィブロインを取り込みながら合成が進むことから、得られた複合体におけるフィブロイン層とヒアルロン酸ハイドロゲル層との接着の度合いが高まることから好ましい。フィブロインとヒアルロン酸ハイドロゲルとの結合様式は、主に水素結合によるものと推測されるが、これに限定されない。フィブロイン層とヒアルロン酸ハイドロゲル層との接着の度合いは特に限定されないが、例えば、得られた複合体を水置換に供することによっても両者がそれぞれ剥離しない程度である。
【0080】
本発明の複合体の製造方法の具体例としては、例えば、重合開始剤を添加した、(メタ)アクリル化ヒアルロン酸含有溶液に接するように、フィブロイン膜を所望の状態に配し、次いでこれらを重合反応に供する方法が挙げられる。
【0081】
本発明の複合体の製造方法のより具体的な例としては、例えば、雄型及び雌型の組み合わせよりなる成形型の雌型内に(メタ)アクリル化ヒアルロン酸含有溶液を注入し、フィブロイン膜を雌型内に載置した後に、雄型と雌型とを嵌合し、加熱又は光線照射により行う重合反応に供する方法が挙げられる。
【0082】
本発明の複合体のより具体的な別の例は、例えば、(メタ)アクリル化ヒアルロン酸含有溶液とフィブロイン膜とを、金属、ガラス、プラスチックなどの平板に挟み込んだ後に、加熱又は光線照射による重合反応に供する方法が挙げられる。
【0083】
本発明の複合体のさらなる具体的な製造方法は、例えば、実施例において詳しく後述するが、これらに限定されるものではなく、上記した通り、一般的に行われる重合反応を適用するものであれば特に制限なく使用できる。
【0084】
本発明の複合体は、その使用態様において特に限定されないが、例えば、生体内又は生体組織に接するように適用した医療用デバイスとして使用できる。また、細胞や組織を培養するための基材として用いることが可能である。さらには、本発明の複合体を利用して培養した細胞や組織を、生体内に移植することによる、再生医療用デバイスとして用いることが可能である。本発明の複合体は、ヒアルロン酸の高親水性を低減することができ、このことによる利点を付与し得るものである。また、本発明の複合体は、ともに生体適合性の高いフィブロイン及びヒアルロン酸ハイドロゲルを構成成分とすることから、細胞定着性及び細胞増殖性に優れた医療用デバイスとすることができる。
【0085】
また、(メタ)アクリル化ヒアルロン酸に導入する重合性官能基の数を調整すれば、その重合体であるヒアルロン酸ハイドロゲルの架橋密度や生分解性を制御できることから、使用目的に合致した医療用デバイスを得ることができ、そのようなものにはコンタクトレンズが含まれる。
【0086】
以下、本発明を実施例によってさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではなく、本発明の課題を解決し得る限り、本発明は種々の態様をとることができる。
【実施例】
【0087】
[フィブロイン超薄膜の調製]
フィブロイン超薄膜は、以下に示すとおり、特開2015−221086号公報における実施例1に記載の方法に準じて調製した。
【0088】
(1)フィブロイン水溶液の調製
フィブロイン水溶液は、高圧精錬済み切繭(ながすな繭株式会社製)150gを9M臭化リチウム水溶液1,000mLに溶解し、常温(25℃)で6時間攪拌して溶解した。次いで、遠心分離(回転数:12,000min−1、5分間)して、デカンテーションで沈殿物を除去した後、透析チューブ(商品名:Spectra/Por1 Dialysis Membrane、MWCO6,000−8,000、Spectrum Laboratories,Inc.製)に注入し、超純水製造装置(PRO−0500及びFPC−0500(型番);オルガノ株式会社製)から採水した超純水5Lに対して12時間の透析を5回繰り返し、フィブロイン水溶液を得た。
【0089】
得られたフィブロイン水溶液2mLをポリスチレン製容器に分取し、秤量した後、乾燥した。得られた乾燥物を秤量し、質量減少からフィブロイン水溶液中のフィブロイン濃度(質量%)を定量した。
【0090】
(2)フィブロインナノ薄膜層の作製
濃度を測定したフィブロイン水溶液に、グリセリン及び超純水を加え、フィブロイン濃度1質量%、グリセリン1質量%のフィブロイン水溶液を調製した。そのフィブロイン水溶液を支持基材であるポリエチレンテレフタレートフィルム(東洋紡績株式会社製、商品名:A4100、長さ150mm×幅100mm×厚さ100μm)上にアプリケータを用いて塗工した。その後、100℃で1時間の乾燥を行った。形成したフィブロインナノ薄膜層の膜厚をフィルメトリスク株式会社製の型番:F20によって測定した結果、フィブロインナノ薄膜層の膜厚は100nmであった。
【0091】
続いて、ポリビニルアルコール500(関東化学株式会社製、平均重合度=500)を超純水に溶解した10質量%水溶液を用いて、乾燥後の膜厚が5μmとなるように、フィブロインナノ薄膜層上にバーコーターによって塗布し、溶解性支持層を形成した。したがって、得られたフィブロイン超薄膜は、支持基材−フィブロインナノ薄膜層−溶解性支持層という構造をとる。
【0092】
得られたフィブロイン超薄膜について、手指により、溶解性支持層及びフィブロインナノ薄膜層を支持基材から剥離して、溶解性支持層に接するようにガラス板の上に戴置した。これにより、フィブロインナノ薄膜層−溶解性支持層−ガラス板という構造をとるフィブロイン超薄膜を戴置したガラス板を得た。
【0093】
[フィブロイン超薄膜−ヒアルロン酸ハイドロゲル複合体の調製]
(1)実施例1
特許文献1の実施例2に記載の方法に従い、ヒアルロン酸エチルオキシエチルメタクリレート(化合物6)を合成した。
【0094】
すなわち、平均分子量60万のヒアルロン酸ナトリウム(キッコーマンバイオケミファ(株)社製)1gを50mLのジメチルスルホキシドに分散し、次いで水12mLと5N水酸化ナトリウム1mLとを加えた。この溶液に、ヒアルロン酸中の二糖単位と等量の2−(2−イソシアネートエチルオキシ)エチルメタクリレート(カレンズMOI−EG/昭和電工(株)社製)1.5mLを滴下し、室温にて24時間撹拌し反応を完了させた。反応終了後、5N塩酸1mLを加え、さらに室温にて24時間撹拌し中和処理を行った。
【0095】
当該溶液に300mLのエタノール及び200mLの酢酸エチルを注ぎ入れ、生じた沈殿を濾過した。得られた沈殿物をさらに酢酸エチルにて3回洗浄し、精製後減圧乾燥することにより、ヒアルロン酸エチルオキシエチルメタクリレートの白色粉末(化合物6)1.25gを得た。
【0096】
得られたヒアルロン酸エチルオキシエチルメタクリレート(化合物6)0.04gを精製水2mLに溶解し、ヒアルロン酸水溶液を調製した。その後、ヒアルロン酸水溶液にペルオキソ二硫酸ナトリウムの10質量%水溶液100μLとテトラメチルエチレンジアミン10μLとを添加して、ボルテックスミキサーにて混合することにより、ヒアルロン酸反応溶液を調製した。
【0097】
ガラス板上に滴下した前記ヒアルロン酸反応溶液2mLの上に、溶解性支持層として水溶性ポリビニルアルコール(PVA)を介してフィブロイン超薄膜を載置したガラス板を被せ置き、フィブロイン超薄膜とヒアルロン酸反応溶液とが接するようにガラス板で挟み込んだ。室温にて終夜静置することにより重合反応を進行させ、ガラス板−PVA−フィブロイン超薄膜−ヒアルロン酸重合体(ハイドロゲル)−ガラス板複合体を得た。重合後、フィブロイン超薄膜の支持体として接着していたPVAの余剰分を水置換によって洗い流すことによって、フィブロイン超薄膜−ヒアルロン酸ハイドロゲル−ガラス板複合体を得た。
【0098】
得られたフィブロイン超薄膜−ヒアルロン酸ハイドロゲル−ガラス板複合体について、ガラス板を除去した後、純水に室温にて2時間浸漬することにより、フィブロイン超薄膜−ヒアルロン酸ハイドロゲル複合体を得た。
【0099】
(2)実施例2
ガラス板上にPVAを介してフィブロイン超薄膜を載置し、その上に前記ヒアルロン酸反応溶液2mLを滴下した後、ヒアルロン酸反応溶液とフィブロイン超薄膜とが接するように、PVAを介してフィブロイン超薄膜を載置したガラス板を被せ置き、フィブロイン超薄膜−ヒアルロン酸反応溶液−フィブロイン超薄膜となるように、2つのフィブロイン超薄膜によりヒアルロン酸反応溶液を挟み込んだ。
【0100】
その後は、実施例1と同一の方法にて処理を行い、フィブロイン超薄膜−ヒアルロン酸ハイドロゲル−フィブロイン超薄膜複合体を得た。
【0101】
(3)実施例3
特許文献1の実施例1に記載の方法に従い、ヒアルロン酸エチルメタクリレート(化合物5)を合成した。すなわち、2−(2−イソシアネートエチルオキシ)エチルメタクリレートに代えて、2−イソシアネートエチルメタクリレート(カレンズMOI/昭和電工(株)社製)1.85mLを用いることにより、メタクリル化ヒアルロン酸の白色粉末(化合物5)1.10gを得た。
【0102】
ヒアルロン酸エチルメタクリレート(化合物5)を用いた以外は、実施例1と同一の処理を行い、フィブロイン超薄膜−ヒアルロン酸ハイドロゲル複合体を得た。
【0103】
(4)実施例4
ヒアルロン酸エチルメタクリレート(化合物5)を用いた以外は、実施例2と同一の処理を行い、フィブロイン超薄膜−ヒアルロン酸ハイドロゲル−フィブロイン超薄膜複合体を得た。
【0104】
[ヒアルロン酸ハイドロゲルの調製]
(1)比較例1
ヒアルロン酸エチルオキシエチルメタクリレート(化合物6)を含むヒアルロン酸反応溶液2mLをガラス板上に滴下し、さらにその上にガラス板を被せ置いた後、実施例1と同一の処理を行うことにより、ヒアルロン酸ハイドロゲルを得た。
【0105】
(2)比較例2
ヒアルロン酸エチルメタクリレート(化合物5)を含むヒアルロン酸反応溶液2mLをガラス板上に滴下し、さらにその上にガラス板を被せ置いた後、実施例1と同一の処理を行うことにより、ヒアルロン酸ハイドロゲルを得た。
【0106】
(3)比較例3
ヒアルロン酸エチルオキシエチルメタクリレート(化合物6)0.04gを精製水1330μL及び3mg/mLコラーゲン溶液670μLの混合液に溶解し、コラーゲン含有ヒアルロン酸水溶液を調製した。得られたコラーゲン含有ヒアルロン酸水溶液に、ペルオキソ二硫酸ナトリウムの10重量%水溶液を100μLとテトラメチルエチレンジアミン10μLとを添加してボルテックスミキサーにて混合することにより、コラーゲン含有ヒアルロン酸反応溶液を調製した。
【0107】
ガラス板上に前記コラーゲン含有ヒアルロン酸反応溶液2mLを滴下した後、ガラス板を被せ置き、コラーゲン含有ヒアルロン酸エチルオキシエチルメタクリレートを挟み込んだ。これを室温にて終夜静置することにより重合反応を進行させ、ガラス板に挟み込んだコラーゲン含有ヒアルロン酸ハイドロゲルを得た。その後は、実施例1と同一の方法にて処理を行い、コラーゲン含有ヒアルロン酸ハイドロゲルを得た。
【0108】
(4)比較例4
ヒアルロン酸エチルメタクリレート(化合物5)0.04gを用いた以外は、比較例3と同一の方法にて処理を行い、コラーゲン含有ヒアルロン酸ハイドロゲルを得た。
【0109】
[複合体及びハイドロゲルの評価方法]
(1)表面状態
実施例1の複合体及び比較例1のハイドロゲルの表面状態について、ATR−IR(日本分光株式会社製)及び走査型電子顕微鏡(SEM、Phenom−World社製)を用いて測定した。
【0110】
(2)含水率
実施例1〜4の複合体及び比較例1〜4のハイドロゲルを一定の大きさに切断し、表面の水分を拭き取った後、スライドガラス上に載せ、乾燥前の質量(W)を測定した。その後、60℃に設定した乾燥機で6時間静置することにより、乾燥処理した複合体の質量(W)を測定した。得られたW及びWを用いて、下式に従い含水率を算出した。
含水率(%)=[(W)−(W)/W]×100
【0111】
(3)透明性
実施例1〜4の複合体及び比較例1〜4のハイドロゲルを直径8mm、厚み0.5mmとなるように抜き取った後、方眼紙の上に載せ、目視による複合体下の方眼(マス目)の見え方により、以下の基準にて透明度を評価した。
○:下のマス目が見える
△:下のマス目がぼやける
×:下のマス目が見えない
【0112】
(4)耐熱性
実施例1〜4の複合体及び比較例1〜4のハイドロゲルを直径8mm、厚み0.5mmとなるように抜き取った後、精製水中に浸漬させ、高圧蒸気滅菌にて121℃、30分間滅菌し、複合体の状態を目視にて観察し、以下の基準により評価した。
○:状態が変化しない
×:状態が変化する
【0113】
(5)表面の硬さ
実施例1〜4の複合体及び比較例1〜4のハイドロゲルを直径8mmにくり抜いた後、その表面を指の腹で押さえることにより、以下の基準に基づいて表面の硬さを評価した。
○:硬く、抵抗がある
×:柔らかく、表面が沈み込む
【0114】
(6)接触角
実施例1〜4の複合体及び比較例1〜4のハイドロゲルを一定の大きさに切断し、液中液滴法にて、接触角計(協和界面科学株式会社製)を用いて接触角を測定した。
【0115】
(7)細胞増殖性
実施例1の複合体及び比較例1のハイドロゲルを直径8mmとなるようにくり抜いた後、10%FBS(ウシ胎児血清)含有DMEM/F12培地500μlを加えた24ウェルプレート中の各ウェルに浸漬させた。その後、各ウェルに不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE−T)懸濁液(1×10cells/ml)500μlを添加することで、細胞を播種した。一定時間培養後、ハイドロゲル上の細胞の状態を倒立型リサーチ顕微鏡(オリンパス株式会社製)にて観察した。
【0116】
[複合体及びハイドロゲルの評価結果]
ATR−IRの測定結果を図1に、SEMの測定結果を図2及び図3に示す。図1〜3から、実施例1のハイドロゲルの表面はヒアルロン酸ハイドロゲルに結合したフィブロインであり、それに対して比較例1のハイドロゲルの表面はヒアルロン酸であることがわかった。
【0117】
含水率、透明性、耐熱性、表面の硬さ及び接触角の測定結果を表1に示す。表1に示すとおり、含水率は、実施例1〜4の複合体及び比較例1〜4のハイドロゲルのすべてにおいて、98%以上であった。それに対して、透明性、耐熱性及び表面の硬さについては、実施例1〜4の複合体の評価結果は全て優れたものであったが、比較例1〜4のハイドロゲルはいずれかの項目で劣るものであった。接触角については、実施例1〜4の複合体は、比較例1〜4に比し、5〜10°増加しており、親水性が低下する結果となった。
【0118】
細胞増殖性の測定結果を図4〜5に示す。図4〜5から、実施例1の複合体の表面上では播種した細胞は配向性を有した増殖形態を示し増殖性が優れており、それに対して比較例1の複合体の表面上では播種した細胞は複数の小規模のコロニーを形成し、増殖する形態を示すことがわかった。配向性を有した細胞の増殖は、通常の細胞増殖形態である円状方向への増殖に比し、細胞の成長性及び、形成されるコロニー端部の細胞形状に対し、好適に作用する。
【0119】
以上の結果より、本発明の複合体は、従前のヒアルロン酸ハイドロゲルと比較すると、含水性は同等でありながら、透明性、耐熱性及び表面の硬さのいずれにおいても優れたものであり、さらに表面の外観及び表面上の細胞増殖性が優れたものであることから、形状安定性及び生体適合性が高く、再生医療デバイスなどとして安定して製造し得るものである。
【0120】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0121】
本発明の複合体は、高含水性、形状安定性及び生体適合性を有する複合体であることから、医療用デバイスとして利用することにより、再生医療などが期待される者の健康と福祉に貢献できるものである。
図1
図2
図3
図4
図5