(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0014】
[鉄系酸化物磁性粒子]
本発明の製造方法は、ε-Fe
2O
3、もしくは、ε−Fe
2O
3のFeサイトの一部を他の金属元素で置換した鉄系酸化物磁性粒子粉を製造するためのものであり、当該磁性粒子以外に、その製造上不可避的な異相(主としてα−Fe
2O
3)が混在する場合を含む。
ε−Fe
2O
3のFeサイトの一部を他の金属元素で置換した一部置換体がε構造を有するかどうかについては、X線回折法(XRD)、高速電子回折法(HEED)等を用いて確認することが可能である。
【0015】
本発明の製造方法により製造が可能なε-Fe
2O
3もしくはその一部置換体については、以下が挙げられる。
一般式ε−Fe
2O
3で表される、置換元素を含まないもの。
一般式ε−C
zFe
2-zO
3(ここでCはIn、Ga、Alから選択される1種以上の3価の金属元素)で表されるもの。
一般式ε−A
xB
yFe
2-x-yO
3(ここでAはCo、Ni、Mn、Znから選択される1種以上の2価の金属元素、BはTi、Snから選択される1種以上の4価の金属元素)で表されるもの。
一般式ε−A
xC
zFe
2-x-zO
3(ここでAはCo、Ni、Mn、Znから選択される1種以上の2価の金属元素、CはIn、Ga、Alから選択される1種以上の3価の金属元素)で表されるもの。
一般式ε−B
yC
zFe
2-y-zO
3(ここでBはTi、Snから選択される1種以上の4価の金属元素、CはIn、Ga、Alから選択される1種以上の3価の金属元素)で表されるもの。
一般式ε−A
xB
yC
zFe
2-x-y-zO
3(ここでAはCo、Ni、Mn、Znから選択される1種以上の2価の金属元素、BはTi、Snから選択される1種以上の4価の金属元素、CはIn、Ga、Alから選択される1種以上の3価の金属元素)で表されるもの。
【0016】
ここでC元素のみで置換したタイプは、磁性粒子の保磁力を任意に制御出来ることに加え、ε−Fe
2O
3と同じ空間群を得易いという利点を有するが、熱的安定性にやや劣るので、AまたはB元素で同時に置換することが好ましい。
AおよびBの2元素で置換したタイプは、熱的安定性に優れ、磁性粒子の常温における保磁力を高く維持出来るが、ε−Fe
2O
3と同じ空間群の単一相がやや得にくい。
A、BおよびCの三元素置換タイプは、上述の特性のバランスが最も良く取れたもので、耐熱性、単一相の得易さ、保磁力の制御性に優れるものであり、最も好ましい。本発明の製造方法は、上述したように、置換元素を含まないε−Fe
2O
3および、いずれの置換タイプの鉄系酸化物磁性粒子についても適用可能である。
【0017】
C元素のみを置換する場合には0<z<1の値を取ることが可能であるが、既存、および近い将来の磁気ヘッドの書き込み能力を考えると、保磁力の調整が必要となり0.15≦z≦0.60とすることが好ましい。
C元素とともにAまたはB元素を置換する場合には、現時点で機構は不明であるが、B元素を同時に置換した方がI
L/I
Hの値が低くなり好ましい。その場合、0<y<1、0<z<1の値を取ることが可能であるが、上述と同じ理由によりzについては0.15≦z≦0.60とすることが好ましく、yについては高い飽和磁化σsを維持するために0<y≦0.1とすることが好ましく、0.001≦y≦0.1とすることがより好ましい。
さらに、C元素、B元素に加え、A元素を加えた三元素置換体においては、I
L/I
Hを悪化させない程度にA元素を加えることで、飽和磁化σsをより改善することが可能となり好ましい。
【0018】
三元素置換体の置換量x、yおよびzの好適な範囲は、以下の通りである。
xおよびyは、0<x<1、0<y<1の任意の範囲を取ることが可能であるが、磁気記録用途を考えると、三元素置換体の磁性粒子の保磁力を無置換のε−Fe
2O
3のそれとはある程度変化させる必要があるので、0.01≦x≦0.2、0.01≦y≦0.2とすることが好ましい。zも、x、yと同様に0<z<1の範囲であれば良いが、保磁力制御および単一相の得易さの観点から、0<z≦0.5の範囲とすることが好ましい。
【0019】
本発明の製造方法により得られるFeサイトの一部を置換した磁性粒子は、yまたはxおよびyの値を適度に調整することにより常温で高い保磁力を維持することが可能であり、さらに、x、yおよびzを調整することにより保磁力を所望の値に制御することが可能である。
【0020】
[平均粒子径]
本発明の製造方法により得られる磁性粒子は、各粒子が単磁区構造となる程度に微細であることが好ましい。その透過電子顕微鏡で測定した平均粒子径が30nm以下であることが好ましく、より好ましくは20nm以下である。しかし、平均粒子径が小さくなり過ぎると、上述した磁気特性向上に寄与しない微細粒子の存在割合が増大し、磁性粒子粉単位重量当たりの磁気特性が劣化するので、10nm以上であることが好ましい。
【0021】
[出発物質および前駆体]
本発明の製造方法においては、鉄系酸化物磁性粒子粉の出発物質として3価の鉄イオンまたは3価の鉄イオンと最終的にFeサイトを置換する金属元素の金属イオンを含む酸性の水溶液(以下、原料溶液と言う。)を用いる。これらの鉄イオンもしくは置換元素の金属イオンの供給源としては、入手の容易さおよび価格の面から、硝酸塩、硫酸塩、塩化物の様な水溶性の無機酸塩を用いることが好ましい。これらの金属塩を水に溶解すると、金属イオンが解離し、水溶液は酸性を呈する。この金属イオンを含む酸性水溶液にアルカリを添加して中和すると、オキシ水酸化鉄、もしくはオキシ水酸化鉄と置換元素の水酸化物の混合物、または、Feサイトの一部を他の金属元素で置換されたオキシ水酸化鉄が得られる。本発明の製造方法においては、これらのオキシ水酸化鉄、もしくはオキシ水酸化鉄と置換元素の水酸化物の混合物、または、Feサイトの一部を他の金属元素で置換されたオキシ水酸化鉄を鉄系酸化物磁性粒子粉の前駆体として用いる。
【0022】
原料溶液中の全金属イオン濃度は、本発明では特に規定するものではないが、0.01mol/L以上0.5mol/L以下が好ましい。0.01mol/L未満では1回の反応で得られる鉄系酸化物磁性粒子粉の量が少なく、経済的に好ましくない。全金属イオン濃度が0.5mol/Lを超えると、急速な水酸化物の沈澱発生により、反応溶液がゲル化しやすくなるので好ましくない。
【0023】
一般に、液相法により生成するオキシ水酸化鉄の結晶構造は、水溶液中で共存するアニオン種および中和条件により変化することが知られている。本発明者等の検討によると、鉄系酸化物磁性粒子粉の前駆体のオキシ水酸化鉄として、フェリハイドライト構造のものを含むと、最終的にεタイプの鉄系酸化物が得易いことが判明した。
【0024】
フェリハイドライト構造のオキシ水酸化物を経由するとεタイプの鉄系酸化物が得易い理由は現在のところ不明であるが、フェリハイドライトは、O
2-とOH
-の六方最密充填配列と立方最密充填配列をなす層が不規則に積層し、Fe八面体の一部が欠落した欠陥の多い構造であり、これにシリコン酸化物を被覆して拘束条件下で熱処理した際に、εタイプの鉄系酸化物に変化し易いものと推定される。さらに、ε−Fe
2O
3のFeサイトの一部を他の金属元素で置換するために、Fe以外の他元素を加えた際にも、Feと共沈し易くフェリハイドライト以外の異相が生成し難く、組成均一性、粒子均一性という観点からも好ましいと推定される。
【0025】
なお、フェリハイドライトには、6Line(6L)および2Line(2L)と呼ばれる二つの構造があり、2L構造のフェリハイドライトの方が6L構造のものよりもεタイプの鉄系酸化物に変化し易い。
【0026】
[第一の中和工程]
本発明の製造方法においては、原料溶液にアルカリを添加し、そのpHがpH1.0以上3.0以下になるまで中和する。中和に用いるアルカリとしては、アルカリ金属またはアルカリ土類の水酸化物、アンモニア水、炭酸水素アンモニウムなどのアンモニウム塩のいずれであっても良いが、最終的に熱処理してεタイプの鉄系酸化物とした時に不純物が残りにくいアンモニア水や炭酸水素アンモニウムを用いることが好ましい。これらのアルカリは、出発物質の水溶液に固体で添加しても構わないが、反応の均一性を確保する観点からは、水溶液の状態で添加することが好ましい。
【0027】
原料溶液にアルカリを添加してpHを前記の領域まで上昇させると、3価の鉄の水酸化物の沈澱が析出するので、中和処理中は反応溶液を公知の機械的手段により撹拌する。この沈澱生成は一種のオーバーシュート状態なので、反応溶液を撹拌しながらそのpHで保持していると沈澱は解膠し、反応溶液は清澄になる。この保持に必要な時間は、原料溶液の金属イオン濃度や、アルカリの添加速度に依存して変化するが、反応溶液が清澄な状態になるまで保持する。この状態では、反応溶液中の鉄の一部は水酸化物コロイドを形成し、残りは可溶性の鉄イオンとして溶解しており、この鉄の水酸化物コロイドが、第二の中和工程における前駆体生成の核になるものと推定される。
なお、本発明の製造方法において、平均粒子径の分布の狭い鉄系酸化物磁性粒子粉が得られるのは、本工程において生成した鉄の水酸化物コロイドの分散性が、解膠以前の水酸化物の沈澱のそれよりも良好であることに起因するものと考えられる。
本工程において、中和後のpHが1.0未満では、鉄の水酸化物コロイドがさらに可溶性の鉄イオンとして溶解してしまうので好ましくない。中和後のpHが3.0を超えると、鉄の水酸化物の沈澱が残存し易くなるので、やはり好ましくない。
ここで鉄の水酸化物は、系のpH等に依存してオキシ水酸化物や水酸化物の形態を取り得るが、本明細書においては、水酸化物という言葉を、オキシ水酸化物を含む概念として使用する。
【0028】
本発明の製造方法においては、中和処理時の反応温度は特に限定しないが、60℃以下とすることが好ましい。反応温度が60℃を超えるとフェリハイドライト6Lが生成し、異相(α相)が生成し易いので好ましくない。第一の中和工程から第二の中和工程までの反応温度を60℃以下とすることにより、後述するα
s/ε
sを0.5以下に制御することが可能になる。反応温度のより好ましい範囲は5℃以上25℃以下であり、この温度範囲で反応を行うと、後述するα
s/ε
sが0.1以下の、異相をほとんど含まない磁性粒子粉が得られる。反応温度が5℃未満では水酸化物沈澱の解膠に要する時間が長くなるので好ましくない。反応温度が高くなるとαタイプの酸化物が生成し易くなる理由については現在のところ明らかではないが、フェリハイドライトの構造の一部が変化するためと推定される。
なお、反応温度を5℃以上25℃以下に制御する場合、第一および第二の中和工程で中和反応を行うと、中和熱が発生し、反応溶液の温度が上昇することがある。反応溶液の温度が25℃を超えた場合には、反応溶液を5分以内に25℃以下に冷却すればαタイプの酸化物の発生を抑制することが可能である。
【0029】
本明細書に記載のpHの値は、JIS Z8802に基づき、ガラス電極を用いて測定した。pH標準液は、測定するpH領域に応じた適切な緩衝液を用いて校正したpH計により測定した値をいう。また、本明細書に記載のpHは、温度補償電極により補償されたpH計の示す測定値を、反応温度条件下で直接読み取った値である。
【0030】
[ヒドロキシカルボン酸添加工程]
本発明の製造方法においては、前述した、原料溶液を中和した後保持することにより清澄となった反応溶液に、引き続きヒドロキシカルボン酸を添加する。ヒドロキシカルボン酸とは、分子内にOH基を有するカルボン酸であり、鉄イオンの錯化剤として作用する。ここで、ヒドロキシカルボン酸は、反応溶液中に溶解している3価の鉄イオンと錯体を形成し、次工程で第二の中和処理を行った際の鉄の水酸化物形成反応を遅延させ、結果として生成するオキシ水酸化鉄を含む前駆体微粒子の平均粒子径の分布を狭くする効果を有すると考えられる。なお、ヒドロキシカルボン酸は、置換元素の金属イオンとも一部錯体を形成するものと考えられる。
【0031】
ヒドロキシカルボン酸には、グリコール酸、乳酸、各種のヒドロキシ酪酸、グリセリン酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、メバロン酸等、多種類のものが存在するが、錯化能力の観点から多価の脂肪族ヒドロキシカルボン酸が好ましく、価格および入手の容易さから酒石酸、クエン酸またはリンゴ酸がより好ましい。
ヒドロキシカルボン酸の添加量は、置換金属イオンを含まない場合には反応溶液に含まれる3価の鉄イオン量に対するモル比(D/Fe)が、置換金属イオンを含む場合には3価の鉄イオンと前記金属Mのイオンを合わせた量に対するモル比(D/(Fe+M))が、それぞれ0.125未満であると、次工程である第二の中和工程で生成する前駆体を含むスラリーが凝集系となり、引き続くシリコン酸化物被覆工程で均一なシリコン酸化物被覆が得られない。D/FeもしくはD/(Fe+M)が1.0を超えると、金属イオンが可溶性錯体を形成するために、原料溶液への金属イオンの仕込み比と得られる酸化物の金属イオン置換量に差異が発生するとともに、前述の水酸化物形成反応を遅延させる効果が過大になるので好ましくない。なお、ヒドロキシカルボン酸は、反応溶液中の鉄の水酸化物コロイドの表面に吸着し、水酸化物コロイドの分散を安定化させる作用も有するものと推定される。
ヒドロキシカルボン酸は、前工程である第一の中和工程の反応温度を特に変化させることなく、機械的撹拌の状態で添加すればよい。反応溶液に固体で添加しても構わないが、反応の均一性を確保する観点からは、水溶液の状態で添加することが好ましい。
【0032】
[第二の中和工程]
本発明の製造方法においては、前記のヒドロキシカルボン酸添加後の反応溶液にアルカリをさらに添加し、そのpH7.0以上10.0以下になるまで中和する。添加するアルカリについては、前記の第一の中和工程と同一である。本工程により、第一の中和工程にて生成したεタイプの鉄系酸化物の前駆体であるオキシ水酸化鉄の核が成長し最終的な前駆体結晶ができる。
【0033】
本工程においては、アルカリの添加により、反応溶液中に存在する3価の鉄イオンがOH
-イオンと反応し、オキシ水酸化鉄が生成するが、その際、分散性に優れた鉄の水酸化物コロイドを析出の核とするため、置換元素を含む場合には、反応の起こる場所による置換元素を含むオキシ水酸化鉄の不均一な成長が起こらず、平均粒子径の分布の狭い前駆体が得られるものと考えられる。また、反応溶液中に存在する3価の鉄イオンがヒドロキシカルボン酸と錯体を形成しているため、3価の鉄イオンとOH
-イオンとの反応が緩やかに起こるため、結晶成長する個々の置換元素を含むオキシ水酸化鉄微粒子間でもサイズ的に不均一な成長になりにくいものと推定される。
【0034】
本発明の製造工程により、前駆体のオキシ水酸化鉄または置換元素を含むオキシ水酸化鉄としてフェリハイドライトが生成し易い理由については、現在のところ明確になっていないが、水酸化鉄コロイドを生成核とすることと、3価の鉄イオンに配位したヒドロキシカルボン酸がOH
-イオンと置換する反応を経由することの双方が寄与しているものと考えられる。
【0035】
本工程において、中和後のpHが7.0未満では、置換元素を含む場合には、第一の中和工程にて完全に中和されなかった置換元素、例えばCoがそのままイオンとして溶液に残留し組成ずれが発生してしまい、また、Coが無駄になってしまうため経済性でも好ましくない。中和後のpHが10.0を超えると、中和の効果が飽和するので、それぞれ好ましくない。
本発明の製造方法においては、中和処理時の反応温度は特に限定しないが、60℃以下とすることが好ましい。反応温度が60℃を超えるとフェリハイドライト6Lが生成し、異相(α相)が生成し易いので好ましくない。第一の中和工程から第二の中和工程までの反応温度を60℃以下とすることにより、後述するα
s/ε
sを0.5以下に制御することが可能になる。反応温度のより好ましい範囲は5℃以上25℃以下であり、この温度範囲で反応を行うと、後述するα
s/ε
sが0.1以下の、異相をほとんど含まない磁性粒子粉が得られる。
反応時間はオキシ水酸化鉄の成長速度と経済性の兼ね合いを考慮し、60分以上480分以下程度になる様に反応条件を調整するのが好ましい。
【0036】
[シリコン酸化物による被覆工程]
本発明の製造方法においては、前記までの工程で生成した前駆体のオキシ水酸化鉄または置換元素を含むオキシ水酸化鉄は、そのままの状態で熱処理を施してもεタイプの鉄系酸化物に相変化しにくいので、熱処理に先立ってオキシ水酸化鉄または置換元素を含むオキシ水酸化鉄結晶にシリコン酸化物被覆を施す。シリコン酸化物の被覆法としては、ゾル−ゲル法を適用することが好ましい。なお、ここでシリコン酸化物とは、化学量論組成のものだけではなく、後述するシラノール誘導体等の非量論組成のものも含む。なお、前記の第二の中和工程で得られるオキシ水酸化鉄または置換元素を含むオキシ水酸化鉄を含むスラリーには、原料溶液に含まれる無機酸塩のイオンや第一ならびに第二の中和工程で添加したアルカリが含まれているが、本工程は当該スラリーを洗浄することなく行うことが可能である。
【0037】
ゾル−ゲル法の場合、前駆体反応後の分散した置換元素を含むオキシ水酸化鉄結晶の水溶液に、加水分解基を持つシリコン化合物、例えばテトラエトキシシラン(TEOS)、テトラメトキシシラン(TMOS)や、各種のシランカップリング剤等のシラン化合物を添加して撹拌下で加水分解反応を生起させ、生成したシラノール誘導体によりオキシ水酸化鉄結晶表面を被覆する。また、酸触媒、アルカリ触媒を添加しても構わない。処理時間を考慮すると添加することが好ましい。代表的な例として酸触媒では塩酸、アルカリ触媒ではアンモニアとなる。酸触媒を使用する場合は、置換元素を含むオキシ水酸化鉄粒子が溶解しない量の添加に留める必要がある。その他、無機のシリコン化合物珪酸ソーダ(水ガラス)を使用することも可能である。
【0038】
なお、シリコン酸化物の被覆についての具体的手法は、公知プロセスにおけるゾル−ゲル法と同様とすることができる。例えば、ゾル−ゲル法によるシリコン酸化物被覆の反応温度としては20℃以上60℃以下、反応時間としては1時間以上20時間以下程度である。シリコン酸化物による被覆処理の後、固液分離、乾燥処理を行い、加熱工程前試料となる。ここで、被覆処理の後、固液分離の前に水洗を行ってもよい。またここで、固液分離時には、凝集剤を添加し固液分離しても構わない。
【0039】
[加熱工程]
本発明の製造方法においては、前記のシリコン酸化物で被覆した前駆体のオキシ水酸化鉄または置換元素を含むオキシ水酸化鉄を加熱処理してεタイプの鉄系酸化物を得る。加熱処理前に、洗浄、乾燥の工程を設けても良い。加熱処理は酸化雰囲気中で行われるが、酸化雰囲気としては大気雰囲気で構わない。加熱処理温度はシリコン酸化物の被覆量により変化するため一概ではないが、加熱は概ね700℃以上1300℃以下の範囲で行うことができる。加熱温度が低過ぎる場合には、異相もしくは相変態が十分でない化合物が混在し易くなる。また、得られる生成物の粒径が小さくなることもあり、その結果磁気特性がばらつくので、全体として均一な磁気特性が要求される高密度磁気記録用途には用いられがたいものになってしまう。これは、本願発明の趣旨から乖離したものであり、一方で、上記の加熱温度の下限を700℃以上にすれば、本発明の目的であるεタイプの酸化鉄を選択的に安定して得ることが出来、ひいては異相もしくは相変態が十分でない化合物の生成を抑制することが出来るので、そろった磁気特性を有し、高密度磁気記録に適した磁性粉末が得られるようになる。加熱温度が高いと熱力学安定相であるα−Fe
2O
3(ε−Fe
2O
3からすると不純物である)が生成し易くなるので、好ましくは900℃以上1200℃以下、より好ましくは950℃以上1150℃以下で加熱処理を行う。熱処理時間は0.5時間以上10時間以下程度の範囲で調整可能であるが、2時間以上5時間以下の範囲で良好な結果が得られやすい。なお、粒子を覆うシリコン含有物質の存在がαタイプの鉄系酸化物への相変化ではなくεタイプの鉄系酸化物への相変化を引き起こす上で有利に作用するものと考えられる。またシリコン酸化物被覆は、オキシ水酸化鉄または置換元素を含むオキシ水酸化鉄結晶同士の加熱処理時の焼結を防止する作用を有する。
【0040】
以上の工程により、原料溶液が金属イオンとして3価の鉄イオンのみを含む場合にはε−Fe
2O
3結晶が、原料溶液が3価の鉄イオンと鉄サイトを置換するための金属元素を含む場合には一部置換型のε−Fe
2O
3結晶がシリコン酸化物を被覆した状態で得られる。加熱処理後に得られる粉末には、εタイプの鉄系酸化物結晶以外に、不純物としてαタイプの鉄系酸化物、γタイプの鉄系酸化物、Fe
3O
4結晶が存在する場合もあるが、それらを含めて鉄系酸化物磁性粒子粉と呼ぶ。
本発明の製造方法により得られる鉄系酸化物磁性粒子粉は、シリコン酸化物を被覆した状態で用いることも可能であるが、用途によっては表面を被覆しているシリコン酸化物を後述の工程により除去した状態で用いることも可能である。
【0041】
[シリコン酸化物被覆除去工程]
鉄系酸化物磁性粒子粉がシリコン酸化物による被覆を必要としない場合、または、鉄系酸化物磁性粒子粉の磁気記録特性向上のために分級を行う場合はそれに先立って、ε−Fe
2O
3結晶または一部置換型のε−Fe
2O
3結晶を被覆しているシリコン酸化物を除去する。塗布型磁気記録媒体用途においては、テープに塗布された磁性粒子に磁場配向処理を行う必要があること、また、シリコン酸化物を被覆した状態では、非磁性成分であるシリコン酸化物が増えてしまうためテープ単位面積当たりの磁化量が落ちてしまうため(テープからの信号が弱くなってしまう。)、被覆しているシリコン酸化物を後述の工程により除去した状態にすることが好ましい。具体的な方法としては、シリコン酸化物は、アルカリ性の水溶液に可溶なので、加熱処理後の粉末をNaOHやKOHなどの強アルカリを溶解させた水溶液中に浸漬し、撹拌することにより溶解・除去できる。溶解速度を上げる場合は、アルカリ水溶液を加温するとよい。代表的には、NaOHなどのアルカリをシリコン酸化物に対して3倍モル以上添加し、水溶液温度が60℃以上70℃以下の状態で、粉末を撹拌すると、シリコン酸化物を良好に溶解することができる。シリコン酸化物被覆除去の程度は、目的に応じて適宜調整する。
除去後は、次工程における良好な分散性を確保するため、濾液の電気伝導率が≦50mS/mになるまで不要イオンを水洗する必要がある。
【0042】
[透過電子顕微鏡(TEM)観察]
本発明の製造法により得られた鉄系酸化物磁性粒子粉のTEM観察は、以下の条件で行った。
TEM観察には日本電子株式会社製JEM−1011を使用した。粒子観察については、倍率10,000倍、倍率100,000倍で撮影した後、現像時に3倍引き伸ばしたTEM写真を用いた。
平均粒子径、粒度分布評価(変動係数(%))にはデジタイズを使用し、1つの粒子の最も距離の離れた2点間の距離を計測した。個数については300個以上を測定した。(シリコン酸化物被覆を除去後のものを使用)。
【0043】
[X線回折(XRD)パターンの測定]
得られた試料を粉末X線回折(XRD:リガク社製RINT2000、線源CoKα線、電圧40kV、電流30mA、2θ=10°以上〜80°以下)に供した。本測定により、前駆体相確認、ε相生成確認、および、異相確認を行った。
α
sとε
sを以下の手順で求め、得られた値からピーク高さの比α
s/ε
sを算出した。
α
sは2θが27.2°以上29.7°以下においてX線回折測定を行った際のバックグラウンドを除いた回折強度の最大値であり(ε相の回折ピークと重なっていないα相の回折ピーク位置)、ε
sは2θが42°以上44°以下においてX線回折測定を行った際のバックグラウンドを除いた回折強度の最大値(α相の回折ピークと重なっていないε相の回折ピーク位置)である。バックグラウンドの算出方法は、27.2°以上29.7°以下においては、27.1°以上27.2°以下および29.7°以上29.8°以下における回折強度の平均値とし、42°以上44°以下においては、39.9°以上40.0°以下および44.0°以上44.1°以下における回折強度の平均値とした。ピーク高さの比α
s/ε
sはこの値を用いて算出した。
α
s=(27.2°以上29.7°以下のX線回折強度の最大値)−(27.1以上27.2°以下のX線回折強度と29.7°以上29.8°以下のX線回折強度の平均値)
ε
s=(42°以上44°以下のX線回折強度の最大値)−(39.9°以上40.0°以下のX線回折強度と44.0°以上44.1°以下のX線回折強度の平均値)
今、鉄系酸化物磁性粒子粉を磁気記録媒体に使用することを考えると、非磁性のαタイプの酸化物は磁気記録に寄与しない不純物なので、ピーク高さの比α
s/ε
sの値が低いほど、磁気記録に寄与しない粒子が減り、記録密度が増大することになる。本発明の製造方法を用いると、α
s/ε
sの値が0.5以下の鉄系酸化物磁性粒子粉が得られる。
【0044】
[高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP)による組成分析]
アジレントテクノロジー製ICP−720ESにより組成分析を行った。測定波長(nm)についてはFe;259.940nm、Ga;294.363nm、Co;230.786nm、Ti;336.122nm、Si;288.158nmにて行った。
【0045】
[磁気ヒステリシス曲線(B−H曲線)の測定]
振動試料型磁力計(VSM)(東英工業社製VSM−5)を用い、印加磁場1035kA/m(13kOe)、M測定レンジ0.005A・m
2(5emu)、ステップビット80bit、時定数0.03sec、ウエイトタイム0.1secで磁気特性を測定した。B−H曲線により、保磁力Hc、飽和磁化σs、SFDについて評価を行い、微分B−H曲線により、磁気記録に寄与しない低Hc成分評価を実施した。また、本測定、評価には東英工業社製付属ソフト(Ver.2.1)を使用した。
本明細書においては、通常の磁気特性以外に、前記の微分B−H曲線の算出を行い、得られた鉄系酸化物磁性粒子粉の磁気特性をさらに詳細に解析した。具体的な解析方法を、以下に説明する(後述の
図4参照)。
【0046】
液相法により生成したε−Fe
2O
3結晶またはε−Fe
2O
3の一部置換体を含む鉄系酸化物磁性粒子粉についてB−H曲線を測定する際、減磁を終了して外部磁場を増加させて行くと、ゼロ磁場付近にて磁束密度の増加曲線に小さなショルダー(凹み)が存在する。そのため、このB−H曲線を数値微分して得られる微分B−H曲線には、二つのピークが観察される。このことは、鉄系酸化物磁性粒子粉について測定されたB−H曲線が、保磁力Hcの異なる二つのB−H曲線の合成されたものであり、鉄系酸化物磁性粒子粉が磁気特性の異なる二つの成分を含有していることを意味する。
ここで低Hc側の成分は、鉄系酸化物磁性粒子粉を磁気記録媒体に使用した際に、記録密度を高めることに寄与しない成分である。製造条件を変更や分級等の手段により、鉄系酸化物磁性粒子粉中に含まれる平均粒径よりも非常に微細な粒子の存在割合を減少させると、微分B−H曲線の低Hc側のピークの高さが減少することが観察されることから、その微細粒子が低Hc成分であることが判る。
【0047】
今、鉄系酸化物磁性粒子粉を磁気記録媒体に使用することを考えると、微分B−H曲線の0磁場における縦軸の切片をI
L、高Hc側のピーク高さをI
Hとした時、ピーク高さの比I
L/I
Hの値が低いほど、磁気記録に寄与しない粒子が減り、記録密度が増大することになる。本発明の製造方法を用いると、I
L/I
Hの値が0.7以下、好ましくは0.53以下の鉄系酸化物磁性粒子粉が得られる。
【0048】
また、高Hc側のピークの半値幅をHcで割った値は、SFD(Switching Field Distribution)に対応する値であり、半値幅が小さくなる程、鉄系酸化物磁性粒子粉の保磁力分布が狭くなる。本発明の製造方法を用いると、従来の製造方法と比較して、高Hc側のピークの半値幅の小さく、SFDが1.3以下の鉄系酸化物磁性粒子粉が得られる。
【0049】
[磁性塗料の調整]
試料粉末0.31gを秤量し、これをステンレスポット(内径45mm、深さ13mm)に入れる。フタを開けた状態で10分間放置する。次にビヒクル[アセチルアセトン0.25gと、ステアリン酸n−ブチル0.25g、シクロヘキサン97.9mLとの混合溶媒へ、ウレタン樹脂(東洋紡社製UR−8200)34.9gと、塩化ビニル樹脂(日本ゼオン社製MR−555)15.8gとを溶解したもの]をマイクロピペットで1.11mL採取し、これを前記のポットに添加する。その後直ちにスチールボール(2mm径)30g、ナイロンボール(8mm径)10個をポットに加え、蓋を閉じ10分間静置する。その後、このポットを遠心式ボールミル(FRITSCH P−6)にセットし、5秒間でディスク回転数を600rpmに上昇させた後に、ディスク回転数600rpmで、60分間分散処理を行う。遠心式ボールミルが停止した後、ポットを取り出し、マイクロピペットを使用し、あらかじめ、MEKとトルエンを1:1で混合しておいた調整液を0.70mL添加する。再度遠心式ボールミルにこのポットをセットし、ディスク回転数600rpmで5分間分散処理することにより、塗料を調製する。
【0050】
[磁気シートの作成]
前記の分散を終了した後に、ポットの蓋を開け、ナイロンボールを取り除き、調製された塗料をスチールボールごとアプリケーター(隙間250μm)に入れ、支持フィルム(東レ株式会社製ポリエチレンフィルム:商品名ルミラー)対して塗布を行う。塗布後5秒以内に、磁束密度0.55Tの配向器のコイルの中心に置き、磁場配向させ、そのまま放置し乾燥させる。
【0051】
[磁気ヒステリシス曲線(シートB−H曲線)の測定]
フィルムの磁場配向方向がわかるようにプラスチック板を貼り付けて、ポンチなどで打ち抜いた10mm角の測定ピースを、配向方向と印加磁場方向を合わせてセットし、東英工業株式会社製のVSM装置(VSM−P7)を使用して、外部磁場795.8kA/m(10kOe)で、飽和磁束密度Bs(Gauss)、残留磁束密度Br(Gauss)を測定し、磁場配向方向のSQx(=Br/Bs)を求めた。さらに、磁場配向方向に対し垂直方向のSQy(=Br/Bs)を測定し、OR(SQx/SQy)を求めた。
塗布型磁気記録媒体の分野では、記録するシステムに適した媒体という観点から、テープ特性として磁場配向方向(x方向と呼ぶ)の角形比(SQx)が大きいことが要求される。その角形比(SQx=Br/Bs)は,磁場配向方向に磁場を印加した際のテープの飽和磁束密度Bsに対するテープの残留磁束密度Brの比であり,配向性の指標として用いられる数値である。このSQxが高いと出力が向上するので、高性能な塗布型記録媒体を作るためには、SQxが高くなるような分散性、配向性の良い磁性粉が求められている。また、オリエンテションレシオ(OR=SQx/SQy)は、配向方向の角形比SQxを、それと直角方向の角形比SQyで割ったもので、こちらも配向性の指標として用いられる数値であり、高くできる粉が求められている。
本発明の鉄系酸化物磁性粒子粉を塗料化し、媒体化するとSQx、ORが大幅に改善し、優れた特性を示す磁気シート(磁気記録媒体)を得ることが可能である。
【実施例】
【0052】
[実施例1]
5L反応槽にて、純水3214.78gに、純度99.4%硝酸第二鉄(III)9水和物291.32g、Ga濃度10.1%の硝酸Ga(III)溶液80.18g、純度97%硝酸コバルト(II)6水和物6.58g、Ti濃度14.7%の硫酸チタン(IV)n水和物7.14gを大気雰囲気中、40℃の条件下で、撹拌羽根により機械的に撹拌しながら溶解する。この仕込み溶液中の金属イオンのモル比は、Fe:Ga:Co:Ti=1.635:0.265:0.050:0.050である。なお、試薬名の後の括弧内の数字は、金属元素の価数を表している。
大気雰囲気中、40℃で、撹拌羽根により機械的に撹拌しながら、中和後pHがpH1.0以上3.0以下となるように21.2%のアンモニア溶液166.29gを一挙添加し、2時間撹拌を続ける。添加初期は茶色で濁った液であったが、2時間後には透明感のある茶色の反応液となり、そのpHは1.96であった。
次にクエン酸濃度10mass%のクエン酸溶液252.66gを、40℃の条件下で、1時間かけて連続添加した後、pH7.0以上10.0以下となるように10mass%のアンモニア溶液を200g一挙添加し、pHを8.47にした後、温度40℃の条件下、1時間撹拌しながら保持し、中間生成物である前駆体の置換元素を含むオキシ水酸化鉄の結晶を生成した(手順1)。なお、本実施例における3価の鉄イオンと前記Feサイトを一部置換する金属のイオンMを合わせた量に対するモル比D/(Fe+M)は0.15である。
図1に、本実施例において得られた置換元素を含むオキシ水酸化鉄結晶のX線回折パターンを示す。X線回折パターンは、オキシ水酸化鉄がフェリハイドライト構造であることを示す。
本実施例において得られた置換元素を含むオキシ水酸化鉄結晶をTEMで観察した結果、置換元素を含むオキシ水酸化鉄の一次粒子サイズはシングルナノサイズ程度と小さく、凝集体は見られず粒子が二次元に広がっており、分散性が良好であった。
【0053】
その後、大気雰囲気中、30℃で、撹拌しながら、手順1で得られた前駆体スラリーにテトラエトキシシラン488.13gを35分で添加する。30℃を保持して約1日そのまま撹拌し続け、加水分解により生成したシラノール誘導体で被覆した。その後、純水300gに硫酸アンモニウム194.7gを溶解した溶液を添加し、得られた溶液を洗浄・固液分離し、ケーキとして回収する(手順2)。
【0054】
手順2で得られた沈殿物(ゲル状SiO
2コートされた前駆体)を乾燥した後、その乾燥粉に対し、大気雰囲気の炉内で、1070℃で4時間の熱処理を施し、シリコン酸化物で被覆された鉄系酸化物磁性粒子粉を得た。なお、前記のシラノール誘導体は、大気雰囲気で熱処理した際に、酸化物に変化する(手順3)。
【0055】
手順3で得られた熱処理粉を20mass%NaOH水溶液中で約70℃、24時間撹拌し、粒子表面のシリコン酸化物の除去処理を行う。次いで、洗浄スラリーの導電率が≦15mS/mまで洗浄し、乾燥した後に、組成の化学分析、XRD測定、TEM観察、および磁気特性の測定等に供した。測定結果を、表1に示す。
得られた鉄系酸化物磁性粒子粉の化学組成は、Feがやや高く、Gaがやや低くなったが、仕込み時の組成とほぼ同一であった。
【0056】
図2に、本実施例において得られた鉄系酸化物磁性粒子粉のTEM写真を示し、金属イオンの仕込み比と平均粒径等の測定結果を表1に示す。なお、TEM写真の左側に示す白いバーの長さが50nmを示す(以下のTEM写真で同じ)。
図3に、本実施例において得られた鉄系酸化物磁性粒子粉についてのX線回折パターンを示す。なお、回折角28°付近の拡大図、および、回折角42°付近の拡大図をそれぞれ示すが、ε−Fe
2O
3と同一の結晶構造を示した。また、
図3には実施例4、比較例1および比較例2について得られた結果も併せて載せてある。
図4に、本実施例において得られた鉄系酸化物磁性粒子粉についての(a)B−H曲線および(b)微分B−H曲線を示し、保磁力等の測定結果を表1に併せて示す。なお、
図4(b)は参考例を除き、高Hc側のピークが同一の高さになるように規格化しており、縦軸(dB/dH)は任意強度である。
【0057】
本実施例により得られた鉄系酸化物磁性粒子粉の平均粒径は16.6nm、変動係数(CV値)は40.2%であった。微分B−H曲線には2本のピークが明瞭に観察され、高Hc成分のピークの半値幅より求めたSFDは0.89、低Hc成分の比率I
L/I
Hは0.50、α
s/ε
sは0.12であった。SFDの値およびI
L/I
Hの値は後述する比較例1により得られた鉄系酸化物磁性粒子粉についてのそれよりも優れたものであり、中和処理を二段階で行うことにより、SFDの値およびI
L/I
Hの値が向上することが判る。また、本実施例のα
s/ε
sの値は比較例2のそれよりも良好となったが、これはヒドロキシカルボン酸(この場合はクエン酸)の添加量の増加により、前駆体を含むスラリーの分散性が良くなったことによる効果と考えられる。
【0058】
[実施例2および3]
D/(Fe+M)を0.2(実施例2)および0.3(実施例3)とし、実施例3については酸化物の焼成温度を1055℃とした以外は実施例1と同じ手順で鉄系酸化物磁性粒子粉を得た。
図4に、本実施例において得られた鉄系酸化物磁性粒子粉についての(a)B−H曲線および(b)微分B−H曲線を示し、本実施例において得られた鉄系酸化物磁性粒子粉の平均粒径等の測定結果を表1に併せて示す。また、
図7に、実施例2において得られた鉄系酸化物磁性粒子粉についてのX線回折パターン、および、回折角28°付近と回折角42°付近の拡大図をそれぞれ示すが、ε−Fe
2O
3と同一の結晶構造を示した。
実施例2により得られた鉄系酸化物磁性粒子粉の平均粒径は17.0nm、変動係数(CV値)は41.1%であり、高Hc成分のピークの半値幅より求めたSFDは0.81、低Hc成分の比率I
L/I
Hは0.43、α
s/ε
sは0.14であり、実施例3により得られた鉄系酸化物磁性粒子粉の平均粒径は15.5nm、変動係数(CV値)は34.1%であり、高Hc成分のピークの半値幅より求めたSFDは0.90、低Hc成分の比率I
L/I
Hは0.48、α
s/ε
sは0.14であった。これらの実施例においても、上述の実施例1と同じ効果が得られている。
なお、酸化物の焼成温度を変更したのは、最終的に得られる鉄系酸化物磁性粒子粉の粒子サイズ、BET表面積を揃えるためであり、他の物理的特性にはほとんど影響を与えないことを確認している。
【0059】
[実施例4〜6]
第一の中和工程から第二の中和工程までの反応温度を20℃とし、D/(Fe+M)を0.15(実施例4;実施例1と同じ条件)0.2(実施例5;実施例2と同じ条件)および0.3(実施例6;実施例3と同じ条件)とし、実施例6については酸化物の焼成温度を1055℃とした以外は実施例1と同じ手順で鉄系酸化物磁性粒子粉を得た。本実施例において得られた鉄系酸化物磁性粒子粉の平均粒径等の測定結果を表1に併せて示す。反応温度を20℃に低下させた場合、SFDとI
L/I
Hについては顕著な改善効果は観察されないが、α
s/ε
sは0.04(実施例4)、0.05(実施例5)、0.05(実施例6)と、それぞれ0.10以下の値となった。
【0060】
[比較例1]
反応槽にて、純水20308.86gに、純度99.2mass%硝酸第二鉄(III)9水和物3296.53g、Ga濃度10.70mass%の硝酸Ga(III)溶液854.72g、純度97mass%硝酸コバルト(II)6水和物74.27g、Ti濃度15.2mass%の硫酸チタン(IV)n水和物77.96gを大気雰囲気中、30℃の条件下で、撹拌羽根により機械的に撹拌しながら溶解する。この仕込み溶液中の金属イオンのモル比は、Fe:Ga:Co:Ti=1.635:0.265:0.050:0.050である。
この原料溶液に、温度30℃の条件下、濃度22.35mass%のアンモニア水2766.67gを添加し、pHが8.0以上9.0以下になった段階で30分間撹拌した。この場合、中和は1段階で行い、クエン酸は添加しなかった。この場合、中間体のオキシ水酸化鉄としてフェリハイドライトと同一の結晶形態をもつ結晶が析出した。引き続き、生成したオキシ水酸化鉄結晶を水洗することなく、反応溶液に直接テトラエトキシシラン5646.15gを35分間かけて滴下させ、添加後、30℃を保持して約1日撹拌を継続し、オキシ水酸化鉄結晶表面をテトラエトキシシランの加水分解により生成したシラノール誘導体で被覆した。焼成温度を1058℃とした以外のそれ以降の手順は、実施例1と同じである。なお、この手順は、特許文献1に記載されたものに準ずるものである。
本比較例において得られた鉄系酸化物磁性粒子粉の平均粒径等の測定結果を表1に併せて示す。
図4に、本比較例において得られた鉄系酸化物磁性粒子粉についてのB−H曲線および微分B−H曲線を併せて示し、保磁力等の測定結果を表1に併せて示す。
本比較例により得られた鉄系酸化物磁性粒子粉の平均粒径は15.7nm、変動係数(CV値)は49.6%であった。中和処理を1段階で行い、クエン酸を添加しなかった本比較例の場合、本発明の実施例と比較して、粒度分布が悪いことが判る。
本比較例1により得られた鉄系酸化物磁性粒子粉のSFDは1.69、低Hc成分の比率I
L/I
Hは0.76であり、本発明の実施例で得られた鉄系酸化物磁性粒子粉よりも保磁力分布が広く、磁気記録性能の劣ったものであった。
【0061】
[比較例2]
D/(Fe+M)を0.1、焼成温度を1055℃とした以外は実施例1と同じ手順で鉄系酸化物磁性粒子粉を得た。
本比較例2により得られた鉄系酸化物磁性粒子粉のSFDは0.87、I
L/I
Hは0.42であったが、α
s/ε
sが0.52であり、異相を多く含むものであった。
【0062】
【表1】
【0063】
[実施例7]
5L反応槽にて、純水2453.58gに、純度99.7%硝酸第二鉄(III)9水和物465.93g、Ga濃度12.0%の硝酸Ga(III)溶液152.80g、純度97%硝酸コバルト(II)6水和物15.78g、Ti濃度15.1%の硫酸チタン(IV)11.91gを大気雰囲気中、40℃の条件下で、撹拌羽根により機械的に撹拌しながら溶解する。この仕込み溶液中の金属イオンのモル比は、Fe:Ga:Co:Ti=1.530:0.350:0.070:0.050である。
大気雰囲気中、40℃で、撹拌羽根により機械的に撹拌しながら、中和後pHがpH1.0以上3.0以下となるように22.43%のアンモニア溶液268.52gを一挙添加し、2時間撹拌を続ける。添加初期は茶色で濁った液であったが、2時間後には透明感のある茶色の反応液となり、そのpHは1.91であった。
次にクエン酸濃度20mass%のクエン酸溶液288.75gを、40℃の条件下で、1時間かけて連続添加した後、pH7.0以上10.0以下となるように22.43%のアンモニア溶液を152.86g一挙添加し、pHを8.55にした後、温度40℃の条件下、1時間撹拌しながら保持し、中間生成物である前駆体の置換元素を含むオキシ水酸化鉄の結晶を生成した(手順1)。なお、本実施例における3価の鉄イオンと前記Feサイトを一部置換する金属のイオンMを合わせた量に対するモル比D/(Fe+M)は0.20である。
本実施例において得られた置換元素を含むオキシ水酸化鉄結晶のTEM写真をここでは示さないが、実施例1〜6と同様に、置換元素を含むオキシ水酸化鉄の一次粒子サイズはシングルナノサイズ程度と小さく、凝集体は見られず粒子が二次元に広がっており、分散性が良好であった。
【0064】
その後、大気雰囲気中、40℃で、撹拌しながら、手順1で得られた前駆体スラリーにテトラエトキシシランをε−Fe
2O
3の一部置換体に含まれるFe+M量(原料溶液に含まれるFe+M量にほぼ等しい)に対して約700mass%に相当する833.44gを35分で添加する。なお、本実施例における3価の鉄イオンと前記Feサイトを一部置換する金属のイオンMを合わせた量に対するシリコンのモル比Si/(Fe+M)は2.58である。約1日そのまま撹拌し続け、加水分解により生成したシラノール誘導体で被覆した。その後、得られた溶液を洗浄・固液分離し、ケーキとして回収する(手順2)。
【0065】
手順2で得られた沈殿物(ゲル状SiO
2コートされた前駆体)を乾燥した後、その乾燥粉に対し、大気雰囲気の炉内で、1065℃で4時間の熱処理を施し、シリコン酸化物で被覆された鉄系酸化物磁性粒子粉を得た。なお、前記のシラノール誘導体は、大気雰囲気で熱処理した際に、酸化物に変化する(手順3)。
手順3で得られた熱処理粉を20mass%NaOH水溶液中で約70℃、24時間撹拌し、粒子表面のシリコン酸化物の除去処理を行う。次いで、洗浄スラリーの導電率が≦15mS/mまで洗浄し、乾燥した後に、組成の化学分析、XRD測定、TEM観察、および磁気特性の測定等に供した。
【0066】
得られた鉄系酸化物磁性粒子粉の化学組成は、Feがやや高く、Gaがやや低くなったが、仕込み時の組成とほぼ同一であった。
図6に、本実施例において得られた鉄系酸化物磁性粒子粉のTEM写真を示し、金属イオンの仕込み比と平均粒径等の測定結果を表1に併せて示す。
図7に、本実施例において得られた鉄系酸化物磁性粒子粉についてのX線回折パターン、および、回折角28°と回折角42°付近の拡大図を併せて示すが、ε−Fe
2O
3と同一の結晶構造を示した。
図8に、本実施例において得られた鉄系酸化物磁性粒子粉についての(a)B−H曲線および(b)規格化した微分B−H曲線を示し、保磁力等の測定結果を表1に併せて示す。なお、
図8には、比較のために、実施例2において得られた鉄系酸化物磁性粒子粉についての結果も再度示してある。
【0067】
本実施例により得られた鉄系酸化物磁性粒子粉の平均粒径は16.7nm、変動係数(CV値)は 41.4%であった。微分B−H曲線には2本のピークが明瞭に観察され、高Hc成分のピークの半値幅より求めたSFDは1.06、低Hc成分の比率I
L/I
Hは0.55、α
s/ε
sは0.05であった。SFDの値およびI
L/I
Hの値は後述する比較例1により得られた鉄系酸化物磁性粒子粉についてのそれよりも優れたものであり、中和処理を二段階で行うことにより、SFDの値およびI
L/I
Hの値が向上することが判る。また、本実施例のα
s/ε
sの値は比較例2のそれよりも良好となったが、これはヒドロキシカルボン酸(この場合はクエン酸)の添加量の増加により、前駆体を含むスラリーの分散性が良くなったことによる効果と考えられる。
【0068】
[実施例8]
実施例7と同一の条件を用い、手順1で得られた前駆体スラリーにテトラエトキシシランをε−Fe
2O
3の一部置換体に対して、実施例1〜6と比較し半量である約350mass%に相当する416.89gを35分で添加し、酸化物の焼成温度を1008℃とした以外は実施例7と同じ手順で鉄系酸化物磁性粒子粉を得た。なお、本実施例における3価の鉄イオンと前記Feサイトを一部置換する金属のイオンMを合わせた量に対するシリコンのモル比Si/(Fe+M)は1.29である。
本実施例において得られた鉄系酸化物磁性粒子粉についてのX線回折パターンを
図7に、(a)B−H曲線および(b)微分B−H曲線を
図8に併せて示し、本実施例において得られた鉄系酸化物磁性粒子粉の平均粒径等の測定結果を表1に併せて示す。
実施例8により得られた鉄系酸化物磁性粒子粉の平均粒径は17.8nm、変動係数(CV値)は39.4%であり、高Hc成分のピークの半値幅より求めたSFDは0.89、低Hc成分の比率I
L/I
Hは0.53、α
s/ε
sは0.04であった。本実施例においても、上述の実施例1〜6と同じ効果が得られている。
また、本実施例と実施例7の微分B−H曲線を比較すると、モル比Si/(Fe+M)を小さくすると、明らかに高Hc成分のピークの半値幅は狭くなり、SFD(保磁力分布)が改善することが判明した。
【0069】
実施例2、実施例5および比較例1で得られた鉄系酸化物磁性粒子粉を用いて、上述の手順で磁気テープを作成し、テープの磁気特性を測定した。なお、テープ作成時の分散時間は60分で、配向磁場5.5kOe(438kA/m)で磁場中乾燥した。測定結果を表2に示す。
塗料化し、媒体化すると、磁気テープ特性において重要な配向性の指標として用いられるSQx、ORは優れた特性を示し、磁気記録媒体の高記録密度化が可能であることが判る。
【0070】
【表2】