(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記溶射用スラリーを、2つのフィーダを用いて、前記2つのフィーダからの溶射用スラリーの供給量の変動周期が互いに逆位相となるようにして溶射装置に供給することを含む、請求項13〜16のいずれか1項に記載の溶射皮膜の形成方法。
前記溶射用スラリーをフィーダから送り出して溶射装置の直前でタンクにいったん貯留し、自然落下を利用して前記タンク内の溶射用スラリーを溶射装置に供給することを含む、請求項13〜16のいずれか1項に記載の溶射皮膜の形成方法。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄は、本明細書に記載された発明の実施についての教示と当該分野における出願時の技術常識とに基づいて当業者に理解され、実施することができる。
【0027】
(溶射用スラリー)
ここに開示される溶射用スラリーは、構成元素としてイットリウム(Y)およびハロゲン元素(X)を含む化合物からなる溶射粒子と、分散媒と、を含むことができる。この溶射用スラリーは、例えば、分散媒に溶射粒子を混合することで調製される。混合は、翼式撹拌機、ホモジナイザー又はミキサーを使用して行ってもよい。
【0028】
溶射用スラリー中に含まれる溶射粒子は、構成元素として、イットリウム(Y)およびハロゲン元素(X)を含む化合物からなる。かかる化合物は、例えば、イットリウム(Y)のハロゲン化物であり得る。典型的には、イットリウムのフッ化物(例えば、フッ化イットリウム(YF
3))、塩化物(例えば、塩化イットリウム(YCl
3))、臭化物(例えば、臭化イットリウム(YBr
3))、ヨウ化物(例えば、ヨウ化イットリウム(YI
3))等が挙げられる。
【0029】
また、イットリウム(Y)およびハロゲン元素(X)を含む化合物は、二元系の化合物に限定されず、他の任意の元素を含む三元系以上の化合物であっても良い。三元系以上の化合物としては、例えば、構成元素として酸素(O)を含む、イットリウムのオキシハロゲン化物であることが好ましい。イットリウムのオキシハロゲン化物としては、イットリウムオキシフッ化物、イットリウムオキシ塩化物、イットリウムオキシ臭化物、イットリウムオキシヨウ化物等が例示される。もちろん、イットリウム(Y)およびハロゲン元素(X)を含む化合物は、酸素(O)以外の任意の元素を含むことができる。このようなイットリウムオキシハロゲン化物は、いずれか1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0030】
イットリウムオキシハロゲン化物を構成するイットリウム(Y)と酸素(O)とハロゲン元素(X)との割合は特に制限されない。例えば、イットリウムに対するハロゲン元素のモル比(X/Y)は特に制限されない。好適な一例として、モル比(X/Y)は、例えば1であっても良く、1より大きいことが好ましい。具体的には、例えば、1.1以上であるのがより好ましく、例えば1.2以上、さらには1.3以上であることが望ましい。モル比(X/Y)の上限については特に制限されず、例えば、3以下とすることができる。なかでも、イットリウムに対するハロゲン元素のモル比(X/Y)は、より好ましくは2以下であり、さらには1.4以下(1.4未満)であるのがより一層好ましい。モル比(X/Y)のより好適な一例として、1.3以上1.39以下(例えば1.32以上1.36以下)とすることが例示される。このように、イットリウムに対するハロゲン元素の割合が高いことで、ハロゲン系プラズマに対する耐性が高くなるために好ましい。
【0031】
また、イットリウムに対する酸素元素のモル比(O/Y)は特に制限されない。好適な一例として、モル比(O/Y)は1であってもよく、1より小さいことが好ましい。具体的には、例えば、0.9以下であるのがより好ましく、例えば0.88以下、さらには0.86以下であることが望ましい。モル比(O/Y)の下限についても特に制限されず、例えば、0.1以上とすることができる。なかでも、イットリウムに対する酸素元素のモル比(O/Y)のより好適な一例として、0.8を超えて0.85未満(好ましくは0.81以上0.84以下)であるのが好ましい。このように、イットリウムに対する酸素元素の割合が小さいことで、溶射中の酸化による溶射皮膜中でのイットリウムの酸化物(例えばY
2O
3)の形成が抑制されるために好ましい。
【0032】
すなわち、イットリウムオキシハロゲン化物は、例えば、一般式;Y
1O
m1X
m2(例えば、0.1≦m1≦1.2,0.1≦m2≦3)等で表される、YとOとXとの割合が任意の化合物であってよい。このようなイットリウムオキシハロゲン化物としては、0.81<m1<1であるのが好ましく、より好ましくは0.81<m1<0.85、例えば0.84≦m1≦0.82)である。また、1<m2<1.4であるのが好ましく、より好ましくは1.29<m2<1.4、例えば1.3≦m2≦1.38である。
【0033】
好適な一形態として、ハロゲン元素がフッ素(F)であり、イットリウムオキシハロゲン化物がイットリウムオキシフッ化物(Y−O−F)である場合について説明する。イットリウムオキシフッ化物としては、例えば、熱力学的に比較的安定で、イットリウムと酸素とハロゲン元素との比が1:1:1の化学組成がYOFとして表される化合物であってよい。また、一般式;Y
1O
1−nF
1+2n(式中、nは、例えば、0.12≦n≦0.22を満たす。)で表されるY
5O
4F
7,Y
6O
5F
8,Y
7O
6F
9,Y
17O
14F
23等であってよい。とくに、モル比(O/Y)および(X/Y)が上記のより好適な範囲にあるY
6O
5F
8,Y
17O
14F
23等は、耐プラズマエロージョン特性に優れ、より緻密で高硬度な溶射皮膜を形成し得るために好ましい。このようなイットリウムオキシハロゲン化物は、いずれか1種の化合物の単一相から構成されていても良いし、いずれか2種以上の化合物が組み合わされた混相,固溶体,化合物のいずれか又はこれらの混合等により構成されていてもよい。
【0034】
なお、イットリウムハロゲン化物およびイットリウムオキシハロゲン化物について、ハロゲン元素がフッ素の場合を例に説明をした。しかしながら、これらの化合物はハロゲン元素がフッ素以外の場合も、同一または類似の結晶構造をとり得てその特性も類似していることから、当業者であれば、上記説明のフッ素(F)の一部または全部を任意のハロゲン元素に置き換えた化合物についても、同様の作用が得られることを理解することができる。
溶射粒子に含まれるイットリウムハロゲン化物および/またはイットリウムオキシハロゲン化物の詳細な組成およびその割合は特に制限されない。例えば、溶射粒子の全てがイットリウムハロゲン化物であっても良いし、全てがイットリウムオキシハロゲン化物であっても良いし、これらの任意の割合の混合物であっても良い。
【0035】
耐プラズマエロージョン特性に優れた溶射皮膜を形成し得るとの観点からは、溶射粒子は、イットリウムオキシハロゲン化物を含むことが好ましい。このようなイットリウムオキシハロゲン化物は、溶射粒子中に77質量%以上という高い割合で含まれていることが好ましい。イットリウムオキシハロゲン化物は、耐プラズマエロージョン性が高い材料として知られているイットリア(Y
2O
3)よりも、さらに耐プラズマエロージョン性に優れる。このようなイットリウムオキシハロゲン化物は、少量含まれるだけでも耐プラズマエロージョン性の向上に大きく寄与するが、上記のように多量に含まれることで、極めて良好なプラズマ耐性を示し得るために好ましい。イットリウムオキシハロゲン化物の割合は、80質量%以上(80質量%超過)であるのがより好ましく、85質量%以上(85質量%超過)であるのが更に好ましく、90質量%以上(90質量%超過)であるのがより一層好ましく、95質量%以上(95質量%超過)であるのがより一層好適である。例えば、実質的に、100質量%(不可避的不純物を除いて全て)であるのが特に好適である。なお、溶射粒子は、このようにイットリウムオキシハロゲン化物を高い割合で含むことにより、よりパーティクル源となり易い他の物質を含むことが許容される。
【0036】
また、溶射粒子にイットリウムオキシハロゲン化物が含まれる場合、溶射粒子の全てがイットリウムオキシハロゲン化物であることが好適であり得る。しかしながら、比較的酸化されやすい組成のイットリウムオキシハロゲン化物(例えばY
1O
1F
1)については、例えば、イットリウムのハロゲン化物が23質量%以下の割合で含まれることが好ましい。溶射粒子に含まれるイットリウムのハロゲン化物は、溶射によって酸化されて、溶射皮膜中に希土類元素の酸化物を形成し得る。例えば、フッ化イットリウムは、溶射によって酸化されて、溶射皮膜中に酸化イットリウムを形成し得る。また、イットリウムオキシハロゲン化物(例えばY
1O
1F
1)も、溶射によって酸化されて、溶射皮膜中に希土類元素の酸化物を形成し得る。しかしながら、イットリウムオキシハロゲン化物と少量のイットリウムのハロゲン化物とが共存するときに、イットリウムオキシハロゲン化物の酸化がイットリウムのハロゲン化物により抑制されることがあるために好適である。ただし、過剰なイットリウムハロゲン化物の含有は、上記のとおりパーティクル源を形成し得ることから、23質量%を超えて含まれると耐プラズマエロージョン性が低下されるために好ましくない。かかる観点から、イットリウムのハロゲン化物の含有割合は、20質量%以下であるのが好ましく、15質量%以下であるのがより好ましく、さらには10質量%以下、例えば5質量%以下であるのが好ましい。ここに開示される溶射用材料のより好ましい態様では、イットリウムのハロゲン化物(例えばフッ化イットリウム)についても実質的に含まないことであり得る。
【0037】
さらに、溶射粒子は、溶射皮膜を形成したときのプラズマ耐性をより高く発現させ得るために、イットリウムの酸化物(酸化イットリウム:Y
2O
3)成分を実質的に含まないよう構成することが好ましい。溶射粒子に含まれる酸化イットリウムは、溶射によって溶射皮膜中にそのまま酸化イットリウムとして存在し得る。この酸化イットリウムは、上述のように、イットリウムハロゲン化物などに比べてプラズマ耐性が著しく低い。そのため、この酸化イットリウムが含まれた部分はプラズマ環境に晒されたときに脆い変質層を生じやすく、変質層はごく微細な粒子となって脱離しやすい。そして、この微細な粒子がパーティクルとして半導体基盤上に堆積する虞がある。したがって、ここに開示される溶射用スラリーにおいては、パーティクル源となり得る酸化イットリウムの含有を排除することが好ましい。
【0038】
なお、本明細書において「実質的に含まない」とは、当該成分(ここでは酸化イットリウム)の含有割合が5質量%以下であり、好ましくは3質量%以下、例えば1質量%以下であること意味する。かかる構成は、例えば、この溶射用材料をX線回折分析したときに、当該成分に基づく回折ピークが検出されないことにより把握することもできる。
【0039】
なお、溶射粒子に複数(例えばa;自然数としたとき、a≧2)の組成のイットリウムハロゲン化物および/またはイットリウムオキシハロゲン化物が含まれる場合は、各組成の化合物の含有割合を以下の方法で測定し算出することができる。まず、X線回折分析により、溶射粒子を構成する化合物の組成を特定する。このとき、イットリウムオキシハロゲン化物は、その価数(元素比)まで同定する。
【0040】
そして、例えば、溶射用材料中にイットリウムオキシハロゲン化物が1種類存在し、かつ残りがYF
3の場合は、溶射用材料の酸素含有量を例えば酸素・窒素・水素分析装置(例えば、LECO社製,ONH836)によって測定し、得られた酸素濃度からイットリウムオキシハロゲン化物の含有量を定量することができる。
イットリウムオキシハロゲン化物が2種類以上存在したり、又は酸化イットリウム等の酸素を含む化合物が混在したりする場合は、例えば各化合物の割合を検量線法により定量することができる。具体的には、それぞれの化合物の含有割合を変化させたサンプルを数種類準備し、それぞれのサンプルについてX線回折分析を行い、メインピーク強度と各化合物の含有量との関係を示す検量線を作成する。そしてこの検量線を元に、測定したい溶射用材料のXRDのイットリウムオキシハロゲン化物のメインピーク強度から含有量を定量する。
【0041】
また、上記のイットリウムオキシハロゲン化物におけるモル比(X/Y)およびモル比(O/Y)については、組成物ごとにモル比(Xa/Ya)およびモル比(Oa/Ya)を算出するとともに、そのモル比(Xa/Ya)およびモル比(Oa/Ya)に当該組成物の存在比をそれぞれ乗じて合計(加重和をとる)することで、溶射粒子におけるイットリウムオキシハロゲン化物全体としてのモル比(X/Y)およびモル比(O/Y)を得ることができる。
【0042】
溶射粒子は、典型的には粉末の形態にて用意することができる。かかる粉末は、より微細な一次粒子が造粒されてなる造粒粒子で構成されていても良いし、主として一次粒子の集合(凝集の形態が含まれても良い。)から構成される粉末であっても良い。より好ましくは、一次粒子の集合から構成される粉末である。スラリーの形態にしたときに溶射効率が高められるとの観点から、例えば、溶射粒子の平均粒子径は、10μm程度以下であれば特に制限されず、平均粒子径の下限についても特に制限はない。溶射粒子の平均粒子径は、例えば、6μm以下とすることができ、好ましくは4μm以下、より好ましくは3μm以下程度とすることができる。平均粒子径の下限についても特に制限はなく、かかる溶射用材料の流動性を考慮した場合に、例えば、1nm以上とすることができ、好ましくは10nm以上とすることができる。
【0043】
なお、通常、例えば平均粒子径が10μm以下程度の微細な溶射粒子を粉末の形態で溶射に用いると、比表面積の増大に伴いその流動性が低下する。すると、溶射粒子の溶射装置への供給性が劣り、溶射粒子が供給経路に付着する等して溶射装置に供給され難く、溶射皮膜の形成能が低下することがある。そしてさらに、このような溶射粒子は、その質量の小ささから溶射フレームやジェット気流に弾かれ、基材まで好適に飛行させることが困難となり得る。これに対し、ここに開示される溶射用スラリーにおいては、例えば平均粒子径が10μm以下の溶射粒子であっても、溶射装置への供給性を考慮してスラリーとして調製されていることから、供給経路等への付着が抑制されて、皮膜形成能を高く維持することができる。また、スラリーの状態でフレームやジェット気流に供給されることから、かかるフレームやジェットに弾かれることなく流れに乗ることができ、かつ、飛行中に分散媒が除去されることから、溶射効率をさらに高く維持して溶射皮膜を形成することができる。
【0044】
溶射粒子の平均粒子径は、平均粒子径がおおよそ1μm以上の粒子については、レーザ回折・散乱式の粒度分布測定装置((株)堀場製作所製、LA−950)を用いて測定された、体積基準の粒度分布における積算50%粒径(D
50)を採用することができる。また、平均粒子径の測定と同時に、溶射粒子の体積基準の粒度分布における小粒径側から3%目の粒子の粒子径である積算3%粒径(D
3)と小粒径側から97%目の粒子の粒子径である積算97%粒径(D
97)とを算出することができる。
なお、平均粒子径がおおよそ1μm未満の粒子については、比表面積に基づき算出される球相当径を採用することができる。比表面積は、例えば、比表面積測定装置(マイクロメリティックス社製、FlowSorbII 2300、)を用い、連続流動法により測定されたN
2等のガス吸着量から、BET1点法により算出した値とすることができる。なお、上記で各測定方法を適用する平均粒子径の臨界値は厳密に規定されるものではなく、使用する分析器の精度等に応じて変更することもできる。
【0045】
(分散媒)
分散媒としては、水系分散媒または非水系分散媒のいずれをも採用することができる。
水系分散媒としては、水または、水と水溶性の有機溶媒との混合物(混合水溶液)を使用することができる。水としては、水道水、イオン交換水(脱イオン水)、蒸留水、純水等を用いることができる。この混合水溶液を構成する水以外の有機溶媒としては、水と均質に混合し得る有機溶剤(例えば、炭素数が1〜4の低級アルコールまたは低級ケトン等)の1種または2種以上を適宜選択して用いることができる。例えば、メタノール、エタノール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコールなどの有機溶媒が好適な例として挙げられる。水系溶媒としては、例えば、該水系溶媒の80質量%以上(より好ましくは90質量%以上、さらに好ましくは95質量%以上)が水である混合水溶液の使用が好ましい。特に好ましい例は、実質的に水からなる水系溶媒(例えば、水道水、蒸留水、純水、精製水)であり得る。
【0046】
非水系溶媒としては、典型的には水を含まない有機溶媒が挙げられる。かかる有機溶媒としては特に制限はなく、例えば、メタノール、エタノール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコールなどのアルコール類、トルエン、ヘキサン、灯油等の有機溶媒の一種を単独で、あるいは2種以上を組み合わせて用いることが挙げられる。
使用する分散媒の種類や組成は、例えば、溶射用スラリーの溶射方法に応じて適宜に選択することができる。すなわち、例えば、溶射用スラリーを高速フレーム溶射法により溶射する場合には、水系溶媒または非水系溶媒のいずれを用いても良い。水系分散媒を用いると、非水系分散媒を用いた場合と比べて、得られる溶射皮膜の表面粗さが向上する(滑らかとなる)点で有益である。非水系分散媒を用いると、水系分散媒を用いた場合と比べて、得られる溶射皮膜の気孔率が低下する点で有益である。
【0047】
なお、使用する分散媒の種類は、溶射粒子の溶解性や、溶射用スラリーの溶射方法に応じて適宜に選択することができる。例えば、溶射用スラリーを高速フレーム溶射する場合には、水系分散媒を用いることが好ましい。溶射用スラリーをプラズマ溶射する場合には、非水系分散媒を用いることが好ましい。しかしながら、プラズマ溶射の場合は、水系分散媒を代わりに用いることも可能である。
【0048】
溶射用スラリー中の溶射粒子の含有量、すなわち固形分濃度は、10質量%以上であることが好ましく、より好ましくは20質量%以上、さらに好ましくは30質量%以上である。この場合、溶射用スラリーから単位時間あたりに製造される溶射皮膜の厚さ、すなわち溶射効率を向上させることが容易となる。
溶射用スラリー中の溶射粒子の含有量はまた、70質量%以下(70質量%未満)であることが好ましく、より好ましくは60質量%以下、さらに好ましくは50質量%以下である。この場合、溶射装置への良好な供給に適した所要の流動性を有する溶射用スラリー、すなわち溶射皮膜の形成に十分な所要の流動性を有する溶射用スラリーを得ることが容易となる。
【0049】
溶射用スラリーの粘度は300mPa・s以下であることが好ましく、より好ましくは100mPa・s以下、さらに好ましくは50mPa・s以下、最も好ましくは30mPa・s以下である。溶射用スラリーの粘度が低くなるにつれて、溶射皮膜の形成に十分な所要の流動性を有する溶射用スラリーを得ることが容易になるために好ましい。
溶射用スラリーの粘度は、回転式粘度計を用いて測定される、室温(25℃)における粘度である。かかる粘度は、例えば、ブルックフィールド形回転粘度計(例えば、リオン株式会社製、ビスコテスタVT−03F)を用いて測定した値を採用することができる。
【0050】
なお、溶射用スラリーの流動性は、上記のとおり粘度によりその一側面を評価することができ、かかる粘度は射用スラリーの溶射粒子の密度(組成)、形態などにも依存し得る。したがって、ここに開示される溶射用スラリーは、溶射に用いる溶射粒子の組成や形態等に応じて、得られる溶射皮膜の耐プラズマエロージョン特性をさらに高め得るようその構成を調整することができる。
【0051】
例えば、溶射粒子の平均粒子径が200nm未満程度となると、比表面積の増大により溶射粒子は溶射用スラリー中で沈降し難く、分散安定性が高められる。かかる観点から、溶射粒子の平均粒子径は、200nm未満であることが好ましい一態様であり、好ましくは150nm未満である。しかしながら、平均粒子径が小さすぎると溶射装置への溶射粒子の供給性が著しく低下してしまう。また、平均粒子径が小さいほど粘度が高まる傾向にある。したがって、溶射粒子の平均粒子径は、上述のとおり、1nm以上であることが好ましく、より好ましくは10nm以上である。そしてこのとき、固形分濃度は、50質量%以下、さらには30質量%以下、例えば25質量%以下とすることが好ましい。また、固形分濃度は、10質量%以上、さらには20質量%以上とするのが好ましい。
【0052】
また、使用される溶射粒子の平均粒子径が200nm以上の場合、溶射粒子が溶射用スラリー中で重力により容易に沈降して沈殿を生じる。したがって、平均粒子径が200nm以上の溶射粒子は、使用に際して溶射用スラリー中で分散しやすいことが好ましい。かかる手段としては、(1)溶射用スラリー中で溶射粒子の分散安定性を高めること、(2)沈殿した溶射粒子を再分散させやすくすること、等が考慮される。
【0053】
(分散剤)
溶射用スラリーは、必要に応じて分散剤をさらに含有してもよい。ここで分散剤とは、溶射用スラリー中の溶射粒子の分散安定性を向上させることができる化合物をいう。かかる分散剤は、例えば、本質的に、溶射粒子に作用する化合物であっても良いし、分散媒に作用する化合物であっても良い。また、例えば、溶射粒子または分散媒への作用により、溶射粒子の表面の濡れ性を改善する化合物であっても良いし、溶射粒子を解こうさせる化合物であっても良いし、解こうされた溶射粒子の再凝集を抑制・阻害する化合物であっても良い。
【0054】
分散剤は、上記の分散媒に応じて水系分散剤と非水系分散剤とから適宜選択して用いることができる。また、かかる分散剤としては、高分子型分散剤、界面活性剤型分散剤(低分子型分散剤ともいう)または無機型分散剤のいずれであっても良く、また、これらはアニオン性、カチオン性または非イオン性のいずれであっても良い。すなわち、分散剤の分子構造中に、アニオン性基、カチオン性基およびノニオン性基の少なくとも1種の官能基を有するものであり得る。
【0055】
高分子型分散剤の例としては、水系分散剤として、ポリカルボン酸ナトリウム塩、ポリカルボン酸アンモニウム塩、ポリカルボン酸系高分子などのポリカルボン酸系化合物からなる分散剤、ポリスチレンスルホン酸ナトリウム塩、ポリスチレンスルホン酸アンモニウム塩、ポリイソプレンスルホン酸ナトリウム塩、ポリイソプレンスルホン酸アンモニウム塩、ナフタレンスルホン酸ナトリウム塩、ナフタレンスルホン酸アンモニウム塩、ナフタレンスルホン酸ホルマリン縮合物のナトリウム塩、ナフタレンスルホン酸ホルマリン縮合物のアンモニウム塩、などのスルホン酸系化合物からなる分散剤、ポリエチレングリコール化合物からなる分散剤等を挙げることができる。また、非水系分散剤として、ポリアクリル酸塩、ポリメタアクリル酸塩、ポリアクリルアミド、ポリメタアクリルアミド、などのアクリル系化合物からなる分散剤、ポリカルボン酸の一部にアルキルエステル結合を有するポリカルボン酸部分アルキルエステル化合物からなる分散剤、ポリエーテル化合物からなる分散剤、ポリアルキレンポリアミン化合物からなる分散剤等を挙げることができる。
【0056】
なお、この記載から明らかなように、例えば、本明細書でいう「ポリカルボン酸系化合物」の概念には、当該ポリカルボン酸系化合物およびその塩が包含される。他の化合物についても同様である。
また、便宜上、水系分散剤または非水系分散剤のいずれかに分類した化合物であっても、その詳細な化学構造や使用形態により、他方の非水系分散剤または水系分散剤として使用される化合物もあり得る。
【0057】
界面活性剤型分散剤(低分子型分散剤ともいう)の例としては、水系分散剤として、アルキルスルホン酸系化合物からなる分散剤、第四級アンモニウム化合物からなる分散剤、アルキレンオキサイド化合物からなる分散剤等を上げることができる。また、非水系分散剤として、多価アルコールエステル化合物からなる分散剤、アルキルポリアミン化合物からなる分散剤、アルキルイミダゾリン等のイミダゾリン化合物からなる分散剤などが挙げられる。
【0058】
無機型分散剤の例としては、水系分散剤として、例えば、オルトリン酸塩、メタリン酸塩、ポリリン酸塩、ピロリン酸塩、トリポリリン酸塩、ヘキサメタリン酸塩、及び有機リン酸塩等のリン酸塩、硫酸第二鉄、硫酸第一鉄、塩化第二鉄、及び塩化第一鉄等の鉄塩、硫酸アルミニウム、ポリ塩化アルミニウム、及びアルミン酸ナトリウム等のアルミニウム塩、硫酸カルシウム、水酸化カルシウム、及び第二リン酸カルシウム等のカルシウム塩などが挙げられる。
【0059】
以上の分散剤は、いずれか1種を単独で用いても良く、2種以上を組み合わせて併用するようにしても良い。ここに開示される技術においては、具体的な一例として、アルキルイミダゾリン化合物系の分散剤と、ポリアクリル酸化合物からなる分散剤とを併用することを好ましい一態様としている。分散剤の含有量は、溶射粒子の組成(物性)等にもよるため必ずしも限定されるものではないが、典型的には、溶射粒子の質量を100質量%としたとき、0.01〜2質量%の範囲にすることをおおよその目安とすることができる。
【0060】
(凝集剤)
溶射用スラリーは、必要に応じて凝集剤をさらに含有してもよい。ここで凝集剤とは、溶射用スラリー中の溶射粒子を凝集(agglomeration)させることができる化合物をいう。典型的には、溶射用スラリー中の溶射粒子を軟凝集(flocculation)させることができる化合物をいう。溶射粒子の物性にもよるが、溶射用スラリー中に凝集剤(再分散性向上剤やケーキング防止剤等を含む)が含まれる場合、溶射粒子同士の間に凝集剤が介在した状態で溶射粒子の沈殿が生じることにより、沈殿した溶射粒子の凝結(aggregation)が抑制されて、再分散性が向上する。つまり、沈殿した溶射粒子は沈殿した場合であっても個々の粒子が密に凝集(凝結であり得る)すること(ケーキング、ハードケーキングともいう。)を防止することができる。この凝集剤は、平均粒子径が200nm以上の沈降しやすい溶射粒子を含む溶射用スラリーに含ませることが特に好ましい。つまり、沈殿した溶射粒子が撹拌などの操作によって容易に再分散するため、再分散のための操作が簡便になる。凝集剤は、アルミニウム系化合物、鉄系化合物、リン酸系化合物、有機化合物のいずれであってもよい。アルミニウム系化合物の例としては、硫酸アルミニウム(硫酸バンドともいう)、塩化アルミニウム、ポリ塩化アルミニウム(PAC、PAClともいう)などが挙げられる。鉄系化合物の例としては、塩化第二鉄、ポリ硫酸第二鉄などが挙げられる。リン酸系化合物の例としては、ピロリン酸ナトリウムなどが挙げられる。有機化合物の例としては、リンゴ酸、コハク酸、クエン酸、マレイン酸、無水マレイン酸などの有機酸、ジアリルジメチルアンモニウムクロリド重合体、塩化ラウリルトリメチルアンモニウム、ナフタレンスルホン酸縮合物、トリイソプロピルナフタレンスルホン酸ナトリウム、及びポリスチレンスルホン酸ナトリウム、イソブチレン−マレイン酸共重合体、カルボキシビニルポリマー、などが挙げられる。
【0061】
(粘度調整剤)
溶射用スラリーは、必要に応じて粘度調整剤をさらに含有してもよい。ここで粘度調整剤とは、溶射用スラリーの粘度を低下または増大させることができる化合物をいう。溶射用スラリーの粘度を適切に調整することにより、溶射用スラリー中の溶射粒子の含有量が比較的高い場合でも溶射用スラリーの流動性の低下を抑えることができる。粘度調整剤として使用することが可能な化合物の例としては、非イオン性ポリマー、例えばポリエチレングリコールなどのポリエーテルや、カルボキシメチルセルロース(CMC)、ヒドロキシエチルセルロース(HEC)などのセルロース誘導体などが挙げられる。
【0062】
(消泡剤)
溶射用スラリーは、必要に応じて消泡剤をさらに含有してもよい。ここで消泡剤とは、溶射用スラリーの製造時や溶射時において溶射用スラリー中に泡が生じるのを防ぐことができる化合物、あるいは溶射用スラリー中に生じた泡を消すことができる化合物をいう。消泡剤の例としては、シリコーンオイル、シリコーンエマルション系消泡剤、ポリエーテル系消泡剤、脂肪酸エステル系消泡剤などが挙げられる。
【0063】
(防腐剤、防カビ剤)
溶射用スラリーは、必要に応じて防腐剤又は防カビ剤をさらに含有してもよい。防腐剤又は防カビ剤の例としては、イソチアゾリン系化合物、アゾール系化合物、プロピレングリコールなどが挙げられる。
【0064】
以上の分散剤、凝集剤、粘度調整剤、消泡剤、防腐剤および防カビ剤等の添加剤を使用する場合には、いずれか1種を単独で用いても良いし、2種以上を組み合わせて用いても良い。これら添加剤は、溶射用スラリーを調製する際に、溶射粒子と同じタイミングで分散媒に加えてもよいし、別のタイミングで加えてもよい。厳密に制限されるものではないが、これらの添加剤を添加する場合は、典型的には、添加剤の合計が、溶射粒子の質量を100質量%として0.01〜10質量%の範囲となるように添加することが例示される。
なお、上記に例示された各種添加剤としての化合物は、主たる添加剤用途としての作用の他に、他の添加剤としての機能を発現することもあり得る。換言すると、例えば、同一の種類または組成の化合物であっても、異なる2以上の添加剤としての作用を示す場合があり得る。
【0065】
溶射用スラリーのpHは、6以上であることが好ましく、より好ましくは7以上、さらに好ましくは8以上である。この場合、溶射用スラリーの保存安定性を向上させることが容易となる。溶射用スラリーのpHはまた、11以下であることが好ましく、より好ましくは10.5以下、さらに好ましくは10以下である。この場合、溶射用スラリー中の溶射粒子の分散安定性を向上させることが容易となる。溶射用スラリーは、pHを調整する目的で、公知の各種の酸、塩基、又はそれらの塩などのpH調整剤を含んでも良い。pH調整剤としては、例えば、具体的には、カルボン酸、有機ホスホン酸、有機スルホン酸などの有機酸や、燐酸、亜燐酸、硫酸、硝酸、塩酸、ホウ酸、炭酸などの無機酸、テトラメチルアンモニウムハイドロオキサイド、トリメタノールアミン、モノエタノールアミンなどの有機塩基、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、アンモニアなどの無機塩基、またはそれらの塩が好ましく用いられる。
【0066】
なお、溶射用スラリーのpHは、ガラス電極式のpHメータ(例えば、(株)堀場製作所製、卓上型pHメータF―72)を使用し、pH標準液(例えば、フタル酸塩pH標準液(pH:4.005/25℃)、中性リン酸塩pH標準液(pH:6.865/25℃)、炭酸塩pH標準液(pH:10.012/25℃)などを用い、JIS Z8802:2011に準拠して測定した値を採用することができる。
【0067】
溶射用スラリー中の溶射粒子の沈降速度は、溶射用スラリー中での溶射粒子の分散安定性の度合いを示す指標として用いることができる。かかる沈降速度は、30μm/秒以上であることが好ましく、より好ましくは35μm/秒以上、さらに好ましくは40μm/秒以上である。溶射用スラリー中の溶射粒子は、沈降せずに分散状態を保っていても良い。
溶射用スラリー中の溶射粒子の沈降速度は、全ての溶射粒子について、液相遠心沈降法(JIS Z8823−1:2001)に準拠して測定された値を採用することができる。沈降速度は、例えば、遠心沈降・光透過法による粒度分布・分散安定性分析装置(L.U.M. GmbH社製、LUMiSizer 610)を用い、回転数を920rpm(100G)として測定された値を採用することができる。
【0068】
溶射用スラリー中の溶射粒子のゼータ電位は、絶対値が10mV以上であることが好ましく、より好ましくは25mV以上、さらに好ましくは40mV以上である。この場合、溶射粒子同士が電気的に強く反発し合うことにより、溶射用スラリー中の溶射粒子の分散安定性を向上させることが容易となる。ゼータ電位の絶対値の上限は特に制限されないが、例えば、150mV程度を目安とすることができる。
溶射用スラリー中の溶射粒子のゼータ電位の値は、溶射用スラリーをゼータ電位測定装置にそのまま(前処理等をせずに)供給し、スラリーを装置内で循環させながら計測した値である。本明細書におけるゼータ電位は、超音波方式粒度分布・ゼータ電位測定装置(ディスパージョンテクノロジー社製,DT−1200)を用いて得た値を採用している。
【0069】
なお、溶射用スラリー中で溶射粒子は凝集し、凝集粒子(ここでは、「二次粒子」と表現する。)を形成することがあり得る。ここに開示される溶射スラリーにおいて、溶射粒子は二次粒子の形成が抑制されていることが好ましい。溶射粒子が二次粒子を形成しているかどうかは、スラリー中の溶射粒子の平均粒子径を測定し、その値を、溶射用スラリーの作成のために用意した溶射粒子(乾粉状)の平均粒子径と比較することで把握することができる。例えば、スラリー調製前後で平均粒子径が1.5倍以上となれば、溶射粒子がほぼ全体に亘って二次粒子を形成していると判断することができる。これに対し、スラリー調製前後で平均粒子径が1.5倍未満(好ましくは1.3倍以下)でさほど変化がなければ、溶射粒子は二次粒子の形成が抑制されていると判断することができる。
スラリー中の溶射粒子の平均粒子径は、原料として用いる溶射粒子の平均粒子径と同様に、各種の粒度分布測定装置を用いて測定することができる。本明細書では、例えば、レーザ回折・散乱式粒子径分布測定装置((株)堀場製作所製、LA−950)を用いて測定した、体積基準の粒度分布における積算50%粒径(D
50)を採用している。また、平均粒子径の測定と同時に、溶射粒子の体積基準の粒度分布における小粒径側から3%目の粒子の粒子径である積算3%粒径(D
3)と、小粒径側から97%目の粒子の粒子径である積算97%粒径(D
97)とを算出することで、粒子径のばらつき(二次粒子の形成の様子)を把握することができる。
【0070】
なお、溶射粒子の再分散性が向上させるとの観点からは、スラリー中の溶射粒子の粒度(粒子径のばらつき具合)を調整することも有効であり得る。とくに、より小さい粒子の割合を増やすことが有効となり得る。したがって、例えば、スラリー中の溶射粒子の平均粒子径(D
50)に対する積算3%粒径(D
3)の割合(D
3/D
50)は、0.05以上であることが好ましく、0.1以上であることが好ましく、0.15以上であることがより好ましい。
なお、スラリー中の溶射粒子中に粗大な粒子(凝集粒子であり得る)が存在すると、この溶射粒子の周縁で溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性が著しく低下され得る。したがって、例えば、スラリー中の溶射粒子の平均粒子径(D
50)に対する積算97%粒径(D
97)の割合(D
97/D
50)は、7以下であることが好ましく、6以下であることがより好ましく、5以下であることが特に好ましい。
【0071】
以上の溶射用スラリーは、分散性が良好な溶射粒子を含んでいたり、再分散性が良好なスラリーとして調製され得る。したがって、例えば、この溶射用スラリーは、全体を2つ以上の構成に分包して提供し、溶射(実際の使用)に際して一体化して用いることができる。例えば、この溶射用スラリーは、溶射用粒子が沈殿した状態から、溶射用粒子が含まれない又はより含有量が少ない構成部分(典型的には、上澄み部分)と、溶射用粒子を全て含む又はより含有量が多い構成部分(典型的には、上澄み部分を取り除いた残部)と、に分割して提供することができる。そして実際の使用に際しては、分割された構成成分を適宜混合して振とう処理等を施すことにより、上記の溶射用スラリーとして用いることができる。あるいは、この溶射用スラリーは、分散媒以外の成分を分散媒とは別の1つ以上のパッケージに収容して提供することができる。この場合も、実際の使用に際しては、分散媒以外の成分を分散媒と混合させることにより溶射用スラリーを調製することができる。このようにすることで、溶射の直前でも溶射用スラリーを簡便に調製することができる。また溶射に使用するまでの保存が容易になるという利点がある。
【0072】
(溶射皮膜の形成方法)
(基材)
ここに開示される溶射皮膜の形成方法において、溶射による溶射皮膜が形成される対象たる基材については特に限定されない。例えば、かかる溶射に供して所望の耐性を備え得る材料からなる基材であれば、各種の材料からなる基材を用いることができる。かかる材料としては、例えば、各種の金属または合金等が挙げられる。具体的には、例えば、アルミニウム、アルミニウム合金、鉄、鉄鋼、銅、銅合金、ニッケル、ニッケル合金、金、銀、ビスマス、マンガン、亜鉛、亜鉛合金等が例示される。なかでも、汎用されている金属材料のうち比較的熱膨張係数の大きい、各種SUS材(いわゆるステンレス鋼であり得る。)等に代表される鉄鋼、インコネル等に代表される耐熱合金、インバー,コバール等に代表される低膨張合金、ハステロイ等に代表される耐食合金、軽量構造材等として有用な1000シリーズ〜7000シリーズアルミニウム合金等に代表されるアルミニウム合金等からなる基材が挙げられる。
【0073】
(皮膜形成方法)
なお、ここに開示される溶射用スラリーは、公知の溶射方法に基づく溶射装置に供することで、溶射皮膜を形成するための溶射用材料として用いることができる。溶射用スラリーを好適に溶射する溶射方法としては、例えば、プラズマ溶射法、高速フレーム溶射法等の溶射方法を採用することが例示される。
プラズマ溶射法とは、溶射材料を軟化または溶融するための溶射熱源としてプラズマ炎を利用する溶射方法である。電極間にアークを発生させ、かかるアークにより作動ガスをプラズマ化すると、かかるプラズマ流はノズルから高温高速のプラズマジェットとなって噴出する。プラズマ溶射法は、このプラズマジェットに溶射用材料を投入し、加熱、加速して基材に堆積させることで溶射皮膜を得るコーティング手法一般を包含する。なお、プラズマ溶射法は、大気中で行う大気プラズマ溶射(APS:atmospheric plasma spraying)や、大気圧よりも低い気圧で溶射を行う減圧プラズマ溶射(LPS:low pressure plasma spraying)、大気圧より高い加圧容器内でプラズマ溶射を行う加圧プラズマ溶射(high pressure plasma spraying)等の態様であり得る。かかるプラズマ溶射によると、例えば、一例として、溶射材料を5000℃〜10000℃程度のプラズマジェットにより溶融および加速させることで、溶射粒子を300m/s〜600m/s程度の速度にて基材へ衝突させて堆積させることができる。
【0074】
また、高速フレーム溶射法としては、例えば、酸素支燃型高速フレーム(HVOF)溶射法、ウォームスプレー溶射法および空気支燃型(HVAF)高速フレーム溶射法等を考慮することができる。
HVOF溶射法とは、燃料と酸素とを混合して高圧で燃焼させた燃焼炎を溶射のための熱源として利用するフレーム溶射法の一種である。燃焼室の圧力を高めることにより、連続した燃焼炎でありながらノズルから高速(超音速であり得る。)の高温ガス流を噴出させる。HVOF溶射法は、このガス流中に溶射用材料を投入し、加熱、加速して基材に堆積させることで溶射皮膜を得るコーティング手法一般を包含する。HVOF溶射法によると、例えば、一例として、溶射用スラリーを2000℃〜3000℃の超音速燃焼炎のジェットに供給することで、このスラリーから分散媒を除去(燃焼または蒸発であり得る。以下同じ。)するとともに、溶射粒子を軟化または溶融させて、500m/s〜1000m/sという高速度にて基材へ衝突させて堆積させることができる。高速フレーム溶射で使用する燃料は、アセチレン、エチレン、プロパン、プロピレンなどの炭化水素のガス燃料であってもよいし、灯油やエタノールなどの液体燃料であってもよい。また、溶射材料の融点が高いほど超音速燃焼炎の温度が高い方が好ましく、この観点では、ガス燃料を用いることが好ましい。
【0075】
また、上記のHVOF溶射法を応用した、いわゆるウォームスプレー溶射法と呼ばれている溶射法を採用することもできる。ウォームスプレー溶射法とは、典型的には、上記のHVOF溶射法において、燃焼炎に室温程度の温度の窒素等からなる冷却ガスを混合する等して燃焼炎の温度を低下させた状態で溶射することで、溶射皮膜を形成する手法である。溶射材料は、完全に溶融された状態に限定されず、例えば、一部が溶融された状態であったり、融点以下の軟化状態にあったりするものを溶射することができる。このウォームスプレー溶射法によると、例えば、一例として、溶射用スラリーを1000℃〜2000℃の超音速燃焼炎のジェットに供給することで、このスラリーから分散媒を除去(燃焼または蒸発であり得る。以下同じ。)するとともに、溶射粒子を軟化または溶融させて、500m/s〜1000m/sという高速度にて基材へ衝突させて堆積させることができる。
【0076】
HVAF溶射法とは、上記のHVOF溶射法において、支燃ガスとしての酸素に代えて空気を用いるようにした溶射法である。HVAF溶射法によると、HVOF溶射法と比較して溶射温度を低温とすることができる。例えば、一例として、溶射用スラリーを1600℃〜2000℃の超音速燃焼炎のジェットに供給することにより、このスラリーから分散媒を除去(燃焼または蒸発であり得る。以下同じ。)するとともに、溶射粒子を軟化または溶融させて、溶射粒子を500m/s〜1000m/sという高速度にて基材へ衝突させて堆積させることができる。
【0077】
ここに開示される発明においては、上記の溶射用スラリーを高速フレーム溶射またはプラズマ溶射で溶射すると、耐プラズマエロージョン特性に優れた緻密な溶射皮膜を効率よく形成することができるために好ましい。なお、特に限定されるものではないが、溶射用スラリーが分散媒として水を含む場合には、高速フレーム溶射を用いることが好ましい。溶射用スラリー中に含まれる分散媒が有機溶剤である場合にはプラズマ溶射を用いることが好ましい。
【0078】
なお、溶射装置への溶射用スラリーの供給は、必ずしも限定されるものではないが、10mL/min以上200mL/min以下の流速とすることが好ましい。溶射用スラリーの供給速度を約10mL/min以上とすることで、溶射用スラリー供給装置(例えば、スラリー供給チューブ)内を流れるスラリーを乱流状態とすることができ、スラリーの押出力が増大され、また、溶射粒子の沈降が抑制されるために好ましい。かかる観点から、溶射用スラリーを供給する際の流速は、20mL/min以上であるのが好ましく、30mL/min以上であるのがより好ましい。一方で、供給速度が速すぎると、溶射装置で溶射し得るスラリー量を超過するおそれがあるために好ましくない。かかる観点から、溶射用スラリーを供給する際の流速は、200mL/min以下とするのが適切であり、好ましくは150mL/min以下、例えば100mL/min以下とするのがより適切である。
【0079】
また、溶射装置への溶射用スラリーの供給はアクシャルフィード方式で行われること、すなわち溶射装置で生じるジェット流の軸と同じ方向に向けて溶射用スラリーの供給が行われることが好ましい。例えば、本発明のスラリー状の溶射用スラリーをアクシャルフィード方式で溶射装置に供給した場合、溶射用スラリーの流動性が良いために溶射用スラリー中の溶射材料が溶射装置内に付着しにくく、緻密な溶射皮膜を効率よく形成することができるため好ましい。
【0080】
さらに、一般的なフィーダを用いて溶射用スラリーを溶射装置に供給した場合、周期的に供給量の変動が起こるために安定供給が難しくなることが考えられる。この周期的な供給量の変動により、溶射用スラリーの供給量にムラが生じると、溶射装置内で溶射材料が均一に加熱されにくくなり、不均一な溶射皮膜が形成される場合があり得る。そのため、溶射用スラリーを溶射装置に安定して供給するために、2ストローク方式、すなわち2つのフィーダを用いて、両フィーダからの溶射用スラリーの供給量の変動周期が互いに逆位相となるようにしてもよい。具体的には、例えば、一方のフィーダからの供給量が増加するときに、他方のフィーダからの供給量が減少するような周期になるように供給方式を調整してもよい。本発明の溶射用スラリーを2ストローク方式で溶射装置に供給した場合、溶射用スラリーの流動性が良いため、緻密な溶射皮膜を効率よく形成することができる。
【0081】
スラリー状の溶射用材料を溶射装置に安定して供給するための手段としては、フィーダから送り出されたスラリーを溶射装置の直前に設けられた貯留タンクにいったん貯留し、かかる貯留タンクから自然落下を利用してスラリーを溶射装置に供給するか、あるいはポンプなどの手段によりタンク内のスラリーを強制的に溶射装置に供給するようにしてもよい。ポンプなどの手段で強制的に供給した場合には、タンクと溶射装置との間をチューブでつないだとしても、スラリー中の溶射材料がチューブ内で付着しにくくなるために好ましい。タンク内の溶射用スラリー中の成分の分布状態を均一化するために、タンク内の溶射用スラリーを撹拌する手段を設けてもよい。
【0082】
溶射装置への溶射用スラリーの供給は、例えば金属製の導電性チューブを介して行われることが好ましい。導電性チューブを使用した場合、静電気の発生が抑えられることにより、溶射用スラリーの供給量に変動が起こりにくくなる。導電性チューブの内面は、0.2μm以下の表面粗さRaを有していることが好ましい。
【0083】
なお、溶射距離は、溶射装置のノズル先端から基材までの距離が30mm以上となるように設定するのが好ましい。溶射距離が近すぎると、溶射用スラリー中の分散媒を除去したり、溶射粒子の軟化・溶融したりするための時間を十分に確保できなかったり、溶射熱源が基材に近接するため基材が変質したり変形を生じたりするおそれがあるために好ましくない。また、溶射距離は、200mm以下程度(好ましくは150mm以下、例えば、100mm以下)とすることが好ましい。かかる距離であると、十分に加熱された溶射粒子が当該温度を保ったまま基材に到達し得るため、より緻密な溶射皮膜を得ることができる。溶射に際しては、基材を被溶射面とは反対側の面から冷却することが好ましい。かかる冷却は、水冷の他、適切な冷媒による冷却とすることができる。
【0084】
(溶射皮膜)
以上のここに開示される技術により、溶射粒子と同一の組成の化合物および/またはその分解物からなる溶射皮膜が形成される。すなわち、かかる溶射皮膜は、イットリウム(Y)およびハロゲン元素(X)を含む化合物や、イットリウム,酸素,ハロゲン元素を含む化合物(Y−O−X)を構成成分として含み得る。したがって、上記の溶射粒子について説明したのと同様に、かかる溶射皮膜はハロゲン系プラズマに対する耐プラズマエロージョン特性に優れたものであり得る。この溶射皮膜は、例えば、XRD回折に基づく、酸化イットリウム(Y
2O
3)のメインピーク強度の割合が、90%以下(好ましくは80%以下、より好ましくは70%以下、特に好ましくは60%以下、例えば40%以下)のものとして形成され得る。さらに、この溶射皮膜は、例えば、XRD回折に基づく、イットリウムオキシハロゲン化物のメインピーク強度の割合の合計が、10%以上(好ましくは20%以上、より好ましくは30%以上、特に好ましくは40%以上、例えば60%以上)のものとして形成され得る。
【0085】
また、この溶射皮膜は、上記のとおり、供給性の良好な溶射用スラリーを用いて形成され得る。したがって、溶射粒子は溶射用スラリー中で好適な分散状態および流動状態を維持し、溶射装置に安定して供給されて、均質な溶射皮膜が形成される。また、溶射粒子は、フレームやジェットに弾かれることなく熱源の中心付近に効率よく供給されて、十分に軟化または溶融され得る。したがって、軟化または溶融された溶射粒子は、基材に対して、また互いの粒子間で、緻密かつ密着性良く付着する。これにより、均質性および付着性の良好な溶射皮膜が形成される。
【0086】
以下、本発明に関するいくつかの実施例を説明するが、本発明をかかる実施例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0087】
(実施例)
溶射粒子を分散媒と混合し、必要に応じて分散剤、粘度調整剤又は凝集剤をさらに混合することにより、サンプル1〜38の溶射用スラリーを調製した。各溶射用スラリーの詳細を表1に示す。
【0088】
表1中の“分散媒”欄には、各溶射用スラリーで使用した分散媒の種類を示す。同欄中の“EtOH”はエタノールを示し、“iso‐PrOH”はイソプロピルアルコールを示し、“n‐PrOH”はノルマルプロピルアルコールを示す。なお、当該欄に2種以上の分散媒が記されている場合は、各分散媒を次の割合比で混合した混合分散媒であることを示す。水とEtOHとの混合比は、質量比で50:50である。また、EtOHとiso-PrOHとn-PrOHとの混合比は、質量比で、順に85:5:10である。
表1中の“溶射粒子の種類”欄には、各溶射用スラリーで使用した溶射粒子の組成を示す。なお、2以上の組成が記されている場合は、各組成の溶射粒子を記載の割合(質量%)ずつ混合した混合粒子であることを示す。
【0089】
表1中の“溶射粒子の平均粒子径”欄には、各溶射用スラリーで使用した溶射粒子の平均粒子径を示す。平均粒子径は、平均粒子径が1μm以上の溶射粒子についてはレーザ回折・散乱式の粒度分布測定装置による測定値を、平均粒子径が1μm未満の溶射粒子については比表面積球相当径を採用している。
【0090】
表1中の“溶射粒子の含有量”欄には、各溶射用スラリー中の溶射粒子の含有量を示す。
表1中の“分散剤”、“粘度調整剤”、“凝集剤”、“消泡剤”、“防かび剤”の各欄には、各溶射用スラリーで使用したこれら添加剤の種類を示す。
なお、分散剤としては、分散媒に水を含む水系分散媒を用いたサンプルについては、非イオン性界面活性剤型分散剤(第一工業製薬(株)製、ノイゲンXL−400)を、非水系分散媒を用いたサンプルについては、特殊ポリカルボン酸系界面活性剤型分散剤(花王(株)製、ホモゲノールL−18)を用いた。また、粘度調整剤としては、スルホン酸基を有するアニオン性の特殊変性ポリビニルアルコール(PVOH)系の粘度調整剤(日本合成化学製、ゴーセネックスL−3266)を用いた。凝集剤としては、イソブチレン−マレイン酸共重合体または硫酸アルミニウムを用いた。消泡剤としては、ポリエーテル型のノニオン系界面活性剤を使用した。また防かび剤としては、過酸化水素水、次亜塩素酸ナトリウム、混合Aとして示す防かび剤のいずれかを用いた。防かび剤の欄の“混合A”とは、「5−クロロ−2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オン,2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オンおよびマグネシウム塩の水溶液混合物と2−ブロモ−2−ニトロプロパン−1,3−ジオールとのブレンド」を表す。また、これらの欄中のハイフン(−)は、各添加剤を使用していないことを表す。
【0091】
分散剤を使用する場合には、溶射用スラリー中の分散剤の含有量が2質量%になる量で使用した。粘度調整剤を使用する場合には、溶射用スラリー中の粘度調整剤の含有量が2質量%になる量で使用した。凝集剤を使用する場合には、溶射用スラリー中の凝集剤の含有量が2質量%になる量で使用した。消泡剤を使用する場合には、溶射用スラリー中の消泡剤の含有量が0.2質量%になる量で使用した。防カビ剤を使用する場合には、溶射用スラリー中の防カビ剤の含有量が(総量で)0.2質量%になる量で使用した。
【0093】
次いで、サンプル1〜38の溶射用スラリーについて物性を調べ、その結果を表2に示した。
表2中の“スラリー化”欄には、溶射用スラリーの調製が可能であったかどうかを評価した結果を示す。同欄中の「○」は、分散媒中に所定量の溶射用粒子を混合し、汎用の回転翼式撹拌装置を用いて400rpmで撹拌できたことを示し、「×」は400rpmでの撹拌ができなかったことを示す。
【0094】
表2中の“pH”、“粘度”、“沈降速度”、“ゼータ電位”、“D
3”、“D
50”、“D
97”欄には、溶射用スラリーまたはスラリー中の溶射粒子に係るそれぞれの物性の測定値を上述の手法で測定した結果を示す。また、表2中の“比重”の欄には、溶射用スラリーの比重を、JIS Z 8804:2012の6に規定される「比重瓶による密度及び比重測定方法」に準じて測定した結果を示した。なお、比重瓶は、JIS R 3503:2007に準拠したものを使用した。各欄中のハイフン(−)は、測定を実施していないことを表す。なお、溶射粒子の平均粒子径が0.012μmの溶射用スラリーについては、溶射粒子が沈降しなかったために沈降速度についての評価を行わなかった。
【0096】
次いで、サンプル1〜38の溶射用スラリーを用いて溶射を行い、溶射性と、溶射により形成された溶射皮膜の特性について調べ、その結果を表4に示した。
表4中の“溶射用スラリー仕込み”欄には、表1の情報の一部を示した。
表4中の“成膜性”欄のうち、“HVOF溶射”の欄には、下記の条件で各溶射用スラリーをHVOF溶射したときに溶射皮膜を得ることができたか否かを評価した結果を示す。同欄中の“○(良好)”は、1パスあたりに形成される溶射皮膜の厚さが2μm以上であったことを表し、“×(不良)”はそれが2μm未満であったかあるいは溶射用スラリーの供給ができなかったことを表し、“−”は未試験を表す。
【0097】
<HVOF溶射条件>
溶射装置: GTV社製の“Top gun”
スラリー供給機: GTV社製
アセチレンガス流量 75L/min
酸素ガス流量 230L/min
溶射距離: 90mm
溶射機移動速度: 100m/min
溶射用スラリー供給量: 4.5L/hour
【0098】
表4中の“成膜性”欄のうち、“APS溶射”の欄には、下記の条件で各溶射用スラリーを大気圧プラズマ(APS)溶射したときに溶射皮膜を得ることができたか否かを評価した結果を示す。同欄中の“○(良好)”は、1パスあたりに形成される溶射皮膜の厚さが0.5μm以上であったことを表し、“×(不良)”は形成される溶射皮膜の厚さが0.5μm未満であったか、あるいは溶射用スラリーの供給ができなかったことを表し、“−”は未試験を表す。なお、1パスとは、溶射装置(溶射ガン)が、溶射装置または溶射対象(基材)の運行方向(走査方向)に沿って行う1回の溶射操作のことをいう。
【0099】
<APS溶射条件>
溶射装置: Northwest Mettech社製の“Axial III”
スラリー供給機: Northwest Mettech社製の“M650”
Arガス流量: 81L/min
窒素ガス流量: 81L/min
水素ガス流量: 18L/min
プラズマ電力: 88kW
溶射距離: 50mm
溶射機移動速度: 240m/min
溶射用スラリー供給量: 3L/hour
【0100】
なお、HVOF溶射およびAPS溶射のいずれにおいても、被溶射材である基材としては、アルミニウム合金(Al6061)からなる板材(70mm×50mm×2.3mm)を用意し、褐色アルミナ研削材(A#40)によるブラスト処理を施して用いた。
表4中の“溶射皮膜のX線回折ピーク相対強度”欄には、各溶射用スラリーから形成された溶射皮膜についてX線回折(XRD)分析した結果に基づき、検出された各結晶相のメインピークの強度が、検出された全ての結晶相のメインピーク強度の合計に占める割合(百分率)として算出されたものである。なお、HVOF溶射とAPS溶射との両方で溶射皮膜を形成できたサンプルについては、APS溶射にて形成した溶射皮膜について分析した結果を示した。“Y2O3”欄は酸化イットリウムからなる相の、“YF3”欄はフッ化イットリウムからなる相の、“YOF”欄は化学組成がYOF(Y
1O
1F
1)で表されるイットリウムオキシフッ化物からなる相の、“Y7O8F9”欄は化学組成がY
7O
6F
9で表されるイットリウムオキシフッ化物からなる相の、“Y6O5F8”欄は化学組成がY
6O
5F
8で表されるイットリウムオキシフッ化物からなる相の、“Y5O4F7”欄は化学組成がY
5O
4F
7で表されるイットリウムオキシフッ化物からなる相のメインピークの相対強度を示す。
【0101】
なお、表4中の“溶射皮膜のX線回折ピーク相対強度”の(F/Y)欄と(O/Y)欄とには、上記4つの組成のイットリウムオキシフッ化物について、Y元素に対するF元素の割合(F/Y)と、Y元素に対するO元素の割合(O/Y)とを算出し、それらの加重和を算出した結果を示している。
【0102】
XRD分析には、X線回折分析装置(RIGAKU社製、Ultima IV)を用い、X線源としてCuKα線(電圧20kV、電流10mA)を用い、走査範囲を2θ=10°〜70°、スキャンスピード:10°/min、サンプリング幅:0.01°、発散スリット:1°、発散縦制限スリット:10mm、散乱スリット:1/6°、受光スリット:0.15mm、オフセット角度:0°として測定を行った。
なお、参考までに、各結晶相のメインピークは、Y
2O
3については29.157°付近に,YF
3については27.881°付近に,YOFについては28.064°付近に,Y
5O
4F
7については28.114°付近に検出される。
【0103】
表4中の“耐プラズマエロージョン特性”欄の“F系プラズマ”欄には、F系プラズマによるプラズマ暴露試験を実施したときの、溶射皮膜の厚みの減少量に基づき、耐プラズマエロージョン特性を評価した結果を示した。
表4中の“耐プラズマエロージョン特性”欄の“Cl系プラズマ”欄には、Cl系プラズマによるプラズマ暴露試験を実施したときの溶射皮膜の厚みの減少量に基づき、耐プラズマエロージョン特性を評価した結果を示した。
【0104】
<プラズマ暴露試験>
溶射皮膜のプラズマ暴露試験は、次のようにして行った。すなわち、まず、基材上に、上記の溶射条件で20mm×20mmの溶射皮膜を形成し、溶射皮膜の表面を皮膜厚さが2mmとなるまで鏡面研磨したのち、溶射皮膜の四隅をマスキングテープでマスキングすることで試験片を用意した。HVOF溶射とAPS溶射との両方で溶射皮膜を形成できたサンプルについては、APS溶射にて形成した溶射皮膜について試験を行った。そしてこの試験片を、平行平板型の半導体デバイス製造装置(ULVAC製、NLD−800)のチャンバー内のステージに設置された直径300mmのシリコンウエハ上に載置した。続いて、下記の表3に示す条件で、F系プラズマまたはCl系プラズマを、所定のサイクルで繰り返し発生させることで、シリコンウエハおよび溶射皮膜の中央部分をプラズマエッチングした。なお、F系プラズマは、下記表3に示すように、エッチングガスとしてCF
4とO
2との混合ガス(体積比:53.2/5)を使用して発生させた。また、Cl系プラズマは、エッチングガスとして、CCl
4とO
2との混合ガス(体積比:53.2/5)を使用して発生させた。各プラズマによる暴露時間は、インターバル(クーリングサイクル時間)を含めて0.9時間とした。その後、各プラズマによる溶射皮膜のエッチング量(腐食量)を厚みの減少量として測定し、サンプル1の結果を1(指標)とした相対値として表4に示した。具体的には、耐プラズマエロージョン特性は、次式:(サンプル1の溶射皮膜の単位時間当たりの厚み減少量[μm/hr])÷(各サンプルの溶射皮膜の単位時間当たりの厚み減少量[μm/hr]);により算出された値を示している。
なお、溶射皮膜の厚みの減少量は、表面粗さ測定機(ミツトヨ製、SV−3000CNC)にて、マスキングした部分と、プラズマ暴露面との、段差を計測することで求めた。
【0107】
表4に示すように、本願の規定に適合する溶射用スラリーの場合、成膜性の評価がいずれも良好であった。また、表4中には示していないが、本願の規定に適合する溶射用スラリーは溶射粒子として平均粒径が10μm以下の比較的微細な粒子を用いているため、得られた溶射皮膜はいずれも、気孔率が10%以下と高い緻密度であった。
【0108】
これに対し、サンプル26の溶射用スラリーは、溶射粒子の含有量が5質量%と低いために溶射効率が低くなりすぎ、溶射用スラリーとして適していないと考えられる。また、サンプル5,6,9,28の溶射用スラリーは、溶射粒子の含有量が80質量%または90質量%と高すぎ、溶射用スラリーの調整が困難であると考えられる。さらに、サンプル27の溶射用スラリーは、粘度が885mPa・sと高すぎて流動性が低く、溶射用スラリーとして適していないと考えられる。
【0109】
なお、平均粒子径が同じ溶射粒子を用いた溶射用スラリーから得られた溶射皮膜の耐プラズマエロージョン特性の比較から、溶射用スラリーに含まれる溶射粒子の濃度は、高い方が、被膜成分の酸化分解を抑えることができ、高い耐プラズマエロージョン特性が得られる傾向にあることがわかった。しかしながら、溶射粒子の濃度が高すぎると、流動性の問題から、得られる皮膜の耐プラズマエロージョン特性が低下してしまうことがわかった。したがって、例えば、スラリーの固形分濃度は、30質量%以上60質量%以下程度がより好適であることがわかった。
【0110】
また、分散媒として、水のみ、エタノールのみ、水とエタノールとの混合溶液、を用いた溶射用スラリーから得られた溶射皮膜の耐プラズマエロージョン特性の比較から、混合溶液からなる溶射用スラリーの場合に溶射粒子の酸化分解が起こりやすい傾向にあることがわかった。分散媒は、水とエタノールとの混合溶液よりも、水のみ又はエタノールのみとした方が好ましいことがわかった。
【0111】
溶射用粒子の組成と、含有量とが同じ溶射用スラリーから得られた溶射皮膜の耐プラズマエロージョン特性の比較から、溶射用粒子の平均粒子径が大きい程、溶射皮膜成分の酸化分解が抑制される傾向にあることがわかった。溶射用粒子は、1μm以上6μm以下程度であるのがより好ましいことがわかった。
【0112】
また、サンプル32〜36の溶射用スラリーから得られた溶射皮膜の耐プラズマエロージョン特性の比較から、溶射用粒子としてYOFを用いる場合、ごく少量のYF
3を混合して用いることで、耐プラズマエロージョン特性が向上される傾向があることがわかった。
【0113】
また、溶射量粒子としてイットリウムオキシフッ化物を用いた場合、フッ素の割合が高い組成の溶射粒子を含む溶射用スラリーほど、溶射皮膜の耐プラズマエロージョン特性が高められることがわかった。
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。