(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
<積層体>
本発明の積層体は、500μg/cm
2〜10mg/cm
2の生体親和性高分子フィルムと、上記生体親和性高分子フィルムの少なくとも一方の表面上に配置された細胞シートとを含む積層体である。本明細書において、生体親和性高分子フィルムは高分子フィルムとも言う。
【0012】
本発明の積層体の具体例としては、1枚の生体親和性高分子フィルムと1枚の細胞シートとを含む積層体(即ち、生体親和性高分子フィルムの一方の表面上のみに細胞シートが存在する積層体)、並びに2枚の細胞シートの間に1枚の生体親和性高分子フィルムが存在する積層体(即ち、生体親和性高分子フィルムの両方の表面上に細胞シートが存在する積層体)を挙げることができるが、特に限定されない。
【0013】
[生体親和性高分子フィルム]
(生体親和性高分子フィルムの特性)
本発明で用いる生体親和性高分子フィルムの密度は、500μg/cm
2〜10mg/cm
2である。密度を上記の範囲内とすることにより、十分な強度を有する積層体を製造することが可能になる。生体親和性高分子フィルムの密度は、好ましくは500μg/cm
2〜5.0mg/cm
2であり、より好ましくは500μg/cm
2〜2.0mg/cm
2である。
生体親和性高分子フィルムの密度は、作製時の「塗布質量÷塗布面積」で算出する。なお、塗布質量とは塗布された生体親和性高分子の質量を意味する。
【0014】
本発明で用いる生体親和性高分子フィルムは、好ましくは下記式1を満たす。
式1:(膨潤時膜厚/乾燥時膜厚)×100≧−27.5×乾燥時膜厚+880
但し、膨潤時膜厚および乾燥時膜厚の単位はμmである。
式1を満たすことにより、生体親和性高分子フィルムのハンドリング性能がより向上するので好ましい。なお、生体親和性高分子溶液を乾燥させてフィルムを作製する際に、4℃でゲル化させた状態のまま乾燥させてフィルムを作製する場合には上記式1を満たす生体親和性高分子フィルムが得られ、ハンドリング性能がより向上する。一方、室温(25℃)で乾燥させることによって生体親和性高分子フィルムを作製すると、上記式1を満たさない生体親和性高分子フィルムが得られる。
【0015】
本発明で用いる生体親和性高分子フィルムは、より好ましくは下記式2を満たす。
式2:(膨潤時膜厚/乾燥時膜厚)×100≧−27.5×乾燥時膜厚+962.5
但し、膨潤時膜厚および乾燥時膜厚の単位はμmである。
式2を満たすことにより、生体親和性高分子フィルムのハンドリング性能は、式1を満たす場合と比較して、さらに向上する。
【0016】
乾燥時膜厚は、乾燥した生体親和性高分子フィルムの厚さをマイクロメータ(ミツトヨ製ソフトタッチマイクロCLMなど)で測定したものである。膨潤時膜厚は、注射用水で十分に湿潤した生体親和性高分子フィルムの厚さをマイクロメータで測定したものである。
【0017】
本発明で用いる生体親和性高分子フィルムの下記式3で示される膨潤率は、好ましくは230%以上である。
式3:(膨潤時膜厚/乾燥時膜厚)×100
但し、膨潤時膜厚および乾燥時膜厚の単位はμmである。
【0018】
式3で示される膨潤率を230%以上とすることにより、タンパク質(実施例では66kDaのタンパク質)の透過性を向上させることができる。即ち、細胞の浸潤防止とタンパク質(栄養成分など)の透過の両立を達成することができるので、好ましい。
【0019】
式3で示される膨潤率は、より好ましくは250%以上であり、さらに好ましくは270%以上であり、特に好ましくは300%以上である。式3で示される膨潤率の上限は特に限定されないが、一般的には1000%以下である。
【0020】
生体親和性高分子フィルムの乾燥時膜厚は、特に限定されないが、好ましくは5〜200μmであり、より好ましくは10〜100μmであり、さらに好ましくは20〜50μmであり、特に好ましくは20〜40μmである。
生体親和性高分子フィルムの湿潤時膜厚は、特に限定されないが、好ましくは50〜500μmである。上記の範囲とすることにより、生体親和性高分子フィルムの反りを防止することができる。生体親和性高分子フィルムの湿潤時膜厚は、より好ましくは50〜300μmであり、さらに好ましくは100〜300μmである。
【0021】
(生体親和性高分子)
生体親和性とは、生体に接触した際に、長期的かつ慢性的な炎症反応などのような顕著な有害反応を惹起しないことを意味する。本発明で用いる生体親和性高分子は、生体に親和性を有するものであれば、生体内で分解されるか否かは特に限定されないが、生分解性高分子であることが好ましい。非生分解性高分子として具体的には、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリウレタン、ポリプロピレン、ポリエステル、塩化ビニル、ポリカーボネート、アクリル、シリコーン、およびMPC(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)などが挙げられる。生分解性高分子としては、具体的には、天然由来のペプチド、リコンビナントペプチドまたは化学合成ペプチドなどのポリペプチド(例えば、以下に説明するゼラチン等)、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、乳酸・グリコール酸コポリマー(PLGA)、ヒアルロン酸、グリコサミノグリカン、プロテオグリカン、コンドロイチン、セルロース、アガロース、カルボキシメチルセルロース、キチン、およびキトサンなどが挙げられる。上記の中でも、リコンビナントペプチドが特に好ましい。これら生体親和性高分子には細胞接着性を高める工夫がなされていてもよい。具体的には、「基材表面に対する細胞接着基質(フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン)や細胞接着配列(アミノ酸一文字表記で表される、RGD配列、LDV配列、REDV配列、YIGSR配列、PDSGR配列、RYVVLPR配列、LGTIPG配列、RNIAEIIKDI配列、IKVAV配列、LRE配列、DGEA配列、およびHAV配列)ペプチドによるコーティング」、「基材表面のアミノ化、カチオン化」、または「基材表面のプラズマ処理、コロナ放電による親水性処理」といった方法を使用できる。
【0022】
リコンビナントペプチドまたは化学合成ペプチドを含むポリペプチドの種類は生体親和性を有するものであれば特に限定されないが、例えば、ゼラチン、コラーゲン、アテロコラーゲン、エラスチン、フィブロネクチン、プロネクチン、ラミニン、テネイシン、フィブリン、フィブロイン、エンタクチン、トロンボスポンジン、レトロネクチンが好ましく、最も好ましくはゼラチン、コラーゲン、アテロコラーゲンである。本発明で用いるためのゼラチンとしては、好ましくは、天然ゼラチン、リコンビナントゼラチンまたは化学合成ゼラチンであり、さらに好ましくはリコンビナントゼラチンである。ここでいう天然ゼラチンとは天然由来のコラーゲンから作られたゼラチンを意味する。
【0023】
化学合成ペプチドまたは化学合成ゼラチンとは、人工的に合成したペプチドまたはゼラチンを意味する。ゼラチン等のペプチドの合成は、固相合成でも液相合成でもよいが、好ましくは固相合成である。ペプチドの固相合成は当業者に公知であり、例えば、アミノ基の保護としてFmoc基(Fluorenyl-Methoxy-Carbonyl基)を使用するFmoc基合成法、並びにアミノ基の保護としてBoc基(tert-Butyl Oxy Carbonyl基)を使用するBoc基合成法などが挙げられる。なお、化学合成ゼラチンの好ましい態様は、本明細書中後記するリコンビナントゼラチンに記載した内容を当てはめることができる。
【0024】
本発明で用いる生体親和性高分子の親水性値「1/IOB」値は、0から1.0が好ましい。より好ましくは、0から0.6であり、さらに好ましくは0から0.4である。IOBとは、藤田穆により提案された有機化合物の極性/非極性を表す有機概念図に基づく、親疎水性の指標であり、その詳細は、例えば、"Pharmaceutical Bulletin", vol.2, 2, pp.163-173(1954)、「化学の領域」vol.11, 10, pp.719-725(1957)、「フレグランスジャーナル」, vol.50, pp.79-82(1981)等で説明されている。簡潔に言えば、全ての有機化合物の根源をメタン(CH
4)とし、他の化合物はすべてメタンの誘導体とみなして、その炭素数、置換基、変態部、環等にそれぞれ一定の数値を設定し、そのスコアを加算して有機性値(OV)、無機性値(IV)を求め、この値を、有機性値をX軸、無機性値をY軸にとった図上にプロットしていくものである。有機概念図におけるIOBとは、有機概念図における有機性値(OV)に対する無機性値(IV)の比、すなわち「無機性値(IV)/有機性値(OV)」をいう。有機概念図の詳細については、「新版有機概念図−基礎と応用−」(甲田善生等著、三共出版、2008)を参照されたい。本明細書中では、IOBの逆数をとった「1/IOB」値で親疎水性を表している。「1/IOB」値が小さい(0に近づく)程、親水性であることを表す表記である。
【0025】
本発明で用いる高分子の「1/IOB」値を上記範囲とすることにより、親水性が高く、かつ吸水性が高くなる。
【0026】
本発明で用いる生体親和性高分子がポリペプチドである場合は、Grand average of hydropathicity(GRAVY)値で表される親疎水性指標が、0.3以下、マイナス9.0以上であることが好ましく、0.0以下、マイナス7.0以上であることがさらに好ましい。Grand average of hydropathicity(GRAVY)値は、『Gasteiger E., Hoogland C., Gattiker A., Duvaud S., Wilkins M.R., Appel R.D., Bairoch A.;Protein Identification and Analysis Tools on the ExPASy Server;(In) John M. Walker (ed): The Proteomics Protocols Handbook, Humana Press (2005). pp. 571-607』および『Gasteiger E., Gattiker A., Hoogland C., Ivanyi I., Appel R.D., Bairoch A.; ExPASy: the proteomics server for in-depth protein knowledge and analysis.; Nucleic Acids Res. 31:3784-3788(2003).』の方法により得ることができる。
本発明で用いる高分子のGRAVY値を上記範囲とすることにより、親水性が高く、かつ、吸水性が高くなる。
【0027】
(リコンビナントゼラチン)
生体親和性高分子は、好ましくは、リコンビナントゼラチンである。
リコンビナントゼラチンとは、遺伝子組み換え技術により作られたゼラチン類似のアミノ酸配列を有するポリペプチドもしくは蛋白様物質であり、好ましくはコラーゲンの部分アミノ酸配列に由来するアミノ酸配列の遺伝子組み換え体である。
【0028】
リコンビナントゼラチンは、コラーゲンに特徴的なGly−X−Yで示される配列(XおよびYはそれぞれ独立にアミノ酸の何れかを示す)の繰り返しを有するものが好ましい。ここで、複数個のGly−X−Yはそれぞれ同一でも異なっていてもよい。
リコンビナントゼラチンとしては、例えばEP1014176、米国特許6992172号、国際公開WO2004/85473、国際公開WO2008/103041等に記載のものを用いることができるが、これらに限定されるものではない。本発明で用いるリコンビナントゼラチンとして好ましいものは、以下の態様のリコンビナントゼラチンである。
【0029】
リコンビナントゼラチンは、天然のゼラチン本来の性能から、生体親和性に優れ、且つ天然由来ではないことで牛海綿状脳症(BSE)などの懸念がなく、非感染性に優れている。また、リコンビナントゼラチンは天然ゼラチンと比べて均一であり、配列が決定されているので、強度および分解性においても架橋等によってブレを少なく精密に設計することが可能である。
【0030】
リコンビナントゼラチンの分子量は、特に限定されないが、好ましくは2000以上100000以下(2kDa(キロダルトン)以上100kDa以下)であり、より好ましくは2500以上95000以下(2.5kDa以上95kDa以下)であり、さらに好ましくは5000以上90000以下(5kDa以上90kDa以下)であり、最も好ましくは10000以上90000以下(10kDa以上90kDa以下)である。
【0031】
リコンビナントゼラチンは、コラーゲンに特徴的なGly−X−Yで示される配列の繰り返しを有することが好ましい。ここで、複数個のGly−X−Yはそれぞれ同一でも異なっていてもよい。Gly−X−Y において、Glyはグリシンを表し、XおよびYは、任意のアミノ酸(好ましくは、グリシン以外の任意のアミノ酸)を表す。コラーゲンに特徴的なGly−X−Yで示される配列とは、ゼラチン・コラーゲンのアミノ酸組成および配列における、他のタンパク質と比較して非常に特異的な部分構造である。この部分においてはグリシンが全体の約3分の1を占め、アミノ酸配列では3個に1個の繰り返しとなっている。グリシンは最も簡単なアミノ酸であり、分子鎖の配置への束縛も少なく、ゲル化に際してのヘリックス構造の再生に大きく寄与している。XおよびYで表されるアミノ酸はイミノ酸(プロリン、オキシプロリン)が多く含まれ、全体の10%〜45%を占めることが好ましい。好ましくは、リコンビナントゼラチンの配列の80%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上のアミノ酸が、Gly−X−Yの繰り返し構造である。
【0032】
一般的なゼラチンは、極性アミノ酸のうち電荷を持つものと無電荷のものが1:1で存在する。ここで、極性アミノ酸とは具体的にシステイン、アスパラギン酸、グルタミン酸、ヒスチジン、リジン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシンおよびアルギニンを指し、このうち極性無電荷アミノ酸とはシステイン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニンおよびチロシンを指す。本発明で用いるリコンビナントゼラチンにおいては、構成する全アミノ酸のうち、極性アミノ酸の割合が10〜40%であり、好ましくは20〜30%である。且つ上記極性アミノ酸中の無電荷アミノ酸の割合が好ましくは5%以上20%未満であり、より好ましくは5%以上10%未満である。さらに、セリン、スレオニン、アスパラギン、チロシンおよびシステインのうちいずれか1アミノ酸、好ましくは2以上のアミノ酸を配列上に含まないことが好ましい。
【0033】
一般にポリペプチドにおいて、細胞接着シグナルとして働く最小アミノ酸配列が知られている(例えば、株式会社永井出版発行「病態生理」Vol.9、No.7(1990年)527頁)。本発明で用いるリコンビナントゼラチンは、これらの細胞接着シグナルを一分子中に2以上有するものでもよい。具体的な配列としては、接着する細胞の種類が多いという点で、アミノ酸一文字表記で現わされる、RGD配列、LDV配列、REDV配列、YIGSR配列、PDSGR配列、RYVVLPR配列、LGTIPG配列、RNIAEIIKDI配列、IKVAV配列、LRE配列、DGEA配列、およびHAV配列の配列が好ましい。さらに好ましくはRGD配列、YIGSR配列、PDSGR配列、LGTIPG配列、IKVAV配列およびHAV配列、特に好ましくはRGD配列である。RGD配列のうち、好ましくはERGD配列である。
【0034】
本発明で用いるリコンビナントゼラチンにおけるRGD配列の配置としては、RGD間のアミノ酸数が0〜100の間、好ましくは25〜60の間で均一でないことが好ましい。
この最小アミノ酸配列の含有量は、タンパク質1分子中3〜50個が好ましく、さらに好ましくは4〜30個、特に好ましくは5〜20個である。最も好ましくは12個である。
【0035】
本発明で用いるリコンビナントゼラチンにおいて、アミノ酸総数に対するRGDモチーフの割合は少なくとも0.4%であることが好ましい。リコンビナントゼラチンが350以上のアミノ酸を含む場合、350のアミノ酸の各ストレッチが少なくとも1つのRGDモチーフを含むことが好ましい。アミノ酸総数に対するRGDモチーフの割合は、より好ましくは少なくとも0.6%であり、さらに好ましくは少なくとも0.8%であり、さらに一層好ましくは少なくとも1.0%であり、特に好ましくは少なくとも1.2%であり、最も好ましくは少なくとも1.5%である。リコンビナントペプチド内のRGDモチーフの数は、250のアミノ酸あたり、好ましくは少なくとも4、より好ましくは6、さらに好ましくは8、特に好ましくは12以上16以下である。RGDモチーフの0.4%という割合は、250のアミノ酸あたり、少なくとも1つのRGD配列に対応する。RGDモチーフの数は整数であるので、0.4%の特徴を満たすには、251のアミノ酸からなるゼラチンは、少なくとも2つのRGD配列を含まなければならない。好ましくは、本発明のリコンビナントゼラチンは、250のアミノ酸あたり、少なくとも2つのRGD配列を含み、より好ましくは250のアミノ酸あたり、少なくとも3つのRGD配列を含み、さらに好ましくは250のアミノ酸あたり、少なくとも4つのRGD配列を含む。本発明のリコンビナントゼラチンのさらなる態様としては、少なくとも4つのRGDモチーフ、好ましくは6つ、より好ましくは8つ、さらに好ましくは12以上16以下のRGDモチーフを含む。
【0036】
リコンビナントゼラチンは部分的に加水分解されていてもよい。
【0037】
好ましくは、本発明で用いるリコンビナントゼラチンは、下記式4で示される。
式4: A−[(Gly−X−Y)
n]
m−B
式中、Aは任意のアミノ酸またはアミノ酸配列を示し、Bは任意のアミノ酸またはアミノ酸配列を示し、n個のXはそれぞれ独立にアミノ酸のいずれかを示し、n個のYはそれぞれ独立にアミノ酸のいずれかを示す。nは3〜100の整数が好ましく、15〜70の整数がさらに好ましく、50〜65の整数が最も好ましい。mは好ましくは2〜10の整数を示し、より好ましくは3〜5の整数を示す。なお、n個のGly−X−Yはそれぞれ同一でも異なっていてもよい。
【0038】
より好ましくは、本発明で用いるリコンビナントゼラチンは、下記式5で示される。
式5: Gly−Ala−Pro−[(Gly−X−Y)
63]
3−Gly
式中、63個のXはそれぞれ独立にアミノ酸の何れかを示し、63個のYはそれぞれ独立にアミノ酸の何れかを示す。なお、63個のGly−X−Yはそれぞれ同一でも異なっていてもよい。
【0039】
繰り返し単位には天然に存在するコラーゲンの配列単位を複数結合することが好ましい。ここで言う天然に存在するコラーゲンとは天然に存在するものであればいずれでも構わないが、好ましくはI型、II型、III型、IV型、またはV型コラーゲンである。より好ましくは、I型、II型、またはIII型コラーゲンである。別の形態によると、上記コラーゲンの由来は好ましくは、ヒト、ウシ、ブタ、マウスまたはラットであり、より好ましくはヒトである。
【0040】
本発明で用いるリコンビナントゼラチンの等電点は、好ましくは5〜10であり、より好ましくは6〜10であり、さらに好ましくは7〜9.5である。リコンビナントゼラチンの等電点の測定は、等電点電気泳動法(Maxey,C.R.(1976;Phitogr.Gelatin 2,Editor Cox,P.J.Academic,London,Engl.参照)に記載されたように、1質量%ゼラチン溶液をカチオンおよびアニオン交換樹脂の混晶カラムに通したあとのpHを測定することで実施することができる。
【0041】
好ましくは、リコンビナントゼラチンは脱アミン化されていない。
好ましくは、リコンビナントゼラチンはテロペプタイドを有さない。
好ましくは、リコンビナントゼラチンは、アミノ酸配列をコードする核酸により調製された実質的に純粋なポリペプチドである。
【0042】
リコンビナントゼラチンは、特に好ましくは、
(1)配列番号1に記載のアミノ酸配列;または
(2)配列番号1に記載のアミノ酸配列と80%以上(好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上)の配列同一性を有し、生体親和性を有するアミノ酸配列:
を有する。
リコンビナントゼラチンは、最も好ましくは、配列番号1に記載のアミノ酸配列を有する。
【0043】
本発明における配列同一性は、以下の式で計算される値を指す。
%配列同一性=[(同一残基数)/(アラインメント長)]×100
2つのアミノ酸配列における配列同一性は当業者に公知の任意の方法で決定することができ、BLAST((Basic Local Alignment Search Tool))プログラム(J.Mol.Biol.215:403−410,1990)等を使用して決定することができる。
【0044】
リコンビナントゼラチンは、配列番号1に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ生体親和性を有するアミノ酸配列を有するものでもよい。
「1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列」における「1若しくは数個」とは、好ましくは1〜20個、より好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜5個、特に好ましくは1〜3個を意味する。
【0045】
リコンビナントゼラチンは、当業者に公知の遺伝子組み換え技術によって製造することができ、例えばEP1014176A2号公報、米国特許第6992172号公報、国際公開WO2004/85473号、国際公開WO2008/103041号等に記載の方法に準じて製造することができる。具体的には、所定のリコンビナントゼラチンのアミノ酸配列をコードする遺伝子を取得し、これを発現ベクターに組み込んで、組み換え発現ベクターを作製し、これを適当な宿主に導入して形質転換体を作製する。得られた形質転換体を適当な培地で培養することにより、リコンビナントゼラチンが産生されるので、培養物から産生されたリコンビナントゼラチンを回収することにより、本発明で用いるリコンビナントゼラチンを調製することができる。
【0046】
(生体親和性高分子フィルムの製造方法)
生体親和性高分子フィルムの製造方法は特に限定されず、生体親和性高分子フィルムは常法により製造することができる。例えば、生体親和性高分子の水溶液を、プラスチックトレーに流し込み、低温下(例えば、4℃の冷蔵庫中など)または室温において乾燥することにより生体親和性高分子フィルムを製造することができる。好ましくは、生体親和性高分子の水溶液は、低温下(例えば、4℃の冷蔵庫中など)において乾燥する。
【0047】
生体親和性高分子フィルムにおける生体親和性高分子は架橋することができる。
一般的な架橋方法としては、熱架橋、アルデヒド類(例えば、ホルムアルデヒド、グルタルアルデヒドなど)による架橋、縮合剤(カルボジイミド、シアナミドなど)による架橋、酵素架橋、光架橋、紫外線架橋、疎水性相互作用、水素結合、イオン性相互作用などが知られており、本発明においても上記の架橋方法を使用することができる。本発明で使用する架橋方法としては、さらに好ましくは熱架橋、紫外線架橋、または酵素架橋であり、特に好ましくは熱架橋である。
【0048】
酵素による架橋を行う場合、酵素としては、高分子材料間の架橋作用を有するものであれば特に限定されないが、好ましくはトランスグルタミナーゼおよびラッカーゼ、最も好ましくはトランスグルタミナーゼを用いて架橋を行うことができる。トランスグルタミナーゼで酵素架橋するタンパク質の具体例としては、リジン残基およびグルタミン残基を有するタンパク質であれば特に制限されない。トランスグルタミナーゼは、哺乳類由来のものであっても、微生物由来のものであってもよく、具体的には、味の素(株)製アクティバシリーズ、試薬として発売されている哺乳類由来のトランスグルタミナーゼ、例えば、オリエンタル酵母工業(株)製、Upstate USA Inc.製、Biodesign International製などのモルモット肝臓由来トランスグルタミナーゼ、ヤギ由来トランスグルタミナーゼ、ウサギ由来トランスグルタミナーゼなど、ヒト由来の血液凝固因子(Factor XIIIa、Haematologic Technologies, Inc.社)などが挙げられる。
【0049】
架橋(例えば、熱架橋)を行う際の反応温度は、架橋ができる限り特に限定されないが、好ましくは、−100℃〜500℃であり、より好ましくは0℃〜300℃であり、さらに好ましくは50℃〜300℃であり、さらに一層好ましくは100℃〜250℃であり、特に好ましくは120℃〜200℃である。
【0050】
架橋(例えば、熱架橋)を行う際の反応時間は特に限定されないが、一般的には1時間から72時間であり、好ましくは2時間から48時間であり、より好ましくは4時間から36時間である。
【0051】
[細胞シート]
本発明における細胞シートとは、細胞を主成分とするシートを意味する。細胞シートは、細胞が互いに連結してシート状になったものであり、シート形状である限り、その構成は特に限定されず、単層細胞シート、二層以上の細胞で形成されたシート、または三次元培養された細胞で形成されたシートの何れでもよい。
【0052】
細胞同士は、直接および/または介在物質を介して、互いに連結していてもよい。介在物質としては、細胞同士を少なくとも機械的に連結し得る物質であれば特に限定されないが、例えば、細胞外マトリックスなどが挙げられる。介在物質は、好ましくは細胞由来のもの、特に、細胞シートを構成する細胞に由来するものである。細胞は少なくとも機械的に連結されるが、さらに機能的、例えば、化学的、電気的に連結されてもよい。
【0053】
本発明における細胞シートには、細胞シートを形成し得る任意の細胞が含まれる。細胞の例としては、特に限定されず、心筋細胞、筋芽細胞(例えば、骨格筋芽細胞)、線維芽細胞、滑膜細胞、上皮細胞、および内皮細胞などが含まれる。上記の中でも好ましくは、心筋細胞、および骨格筋芽細胞である。細胞としては、細胞シートによる治療が可能な任意の生物に由来する細胞を使用することができる。生物は、特に限定されず、例えば、ヒト、非ヒト霊長類(サルなど)、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジ、マウス、ラットおよびハムスターなどが挙げられる。また、用いる細胞は1種類のみであってもよいが、2種類以上の細胞を用いることもできる。細胞シートを形成する細胞が2種類以上ある場合、最も多い細胞の比率(純度)は、細胞シート製造終了時において、好ましくは25%以上であり、より好ましくは50%以上であり、さらに好ましくは60%以上である。
【0054】
細胞シートは、公知の細胞シートの製造方法またはそれに準ずる方法で製造することができる。例えば、細胞を培養皿で培養し、細胞がシート状になったら、シートを培養皿から回収すればよい。上記の通り、細胞シートの製造方法は特に限定されないが、一例としては、特開2010−81829号公報に記載の方法により細胞シートを製造することができる。具体的には、実質的に増殖することなく細胞シートを形成し得る密度の細胞を、有効量の成長因子を含まない細胞培養液中で培養することによって、細胞シートを製造してもよい。
【0055】
「実質的に増殖することなく細胞シートを形成し得る密度」とは、成長因子を含まない培養液で培養した場合に、細胞シートを形成することができる細胞密度を意味する。例えば、骨格筋芽細胞の場合、成長因子を含む培養液を用いる従来法では、細胞シートを形成するために、約6,500個/cm
2の密度の細胞をプレートに播種していたが、上記密度の細胞を、成長因子を含まない培養液で培養しても細胞シートを形成することはできない。例えば、骨格筋芽細胞については、「実質的に増殖することなく細胞シートを形成し得る密度」は、典型的には300,000個/cm
2以上である。細胞密度の上限は、細胞シートの形成が損なわれず、細胞が分化に移行しなければ特に制限されないが、骨格筋芽細胞については、例えば、1,100,000個/cm
2である。当業者であれば、適切な細胞密度を、実験により適宜決定することができる。培養期間中、細胞は増殖してもしなくてもよいが、増殖するとしても、細胞の性状が変化する程には増殖しない。例えば、骨格筋芽細胞はコンフルエントになると分化を開始する。骨格筋芽細胞は、細胞シートは形成するが、分化に移行しない密度で播種されることが好ましい。好ましくは、細胞は計測誤差の範囲を超えて増殖しない。細胞が増殖したか否かは、例えば、播種時の細胞数と、細胞シート形成後の細胞数とを比較することにより評価することができる。本態様において、細胞シート形成後の細胞数は、典型的には播種時の細胞数の300%以下、好ましくは200%以下、より好ましくは150%以下、さらに好ましくは125%以下、特に好ましくは100%以下である。
【0056】
一例としては、細胞の培養は、所定の期間内、好ましくは、細胞が分化に移行しない期間内に行われる。この場合、細胞は、培養期間中、未分化の状態に維持される。細胞の分化への移行は、当業者に知られた任意の方法で評価することができる。例えば、骨格筋芽細胞の場合は、ミオシン重鎖(MHC)の発現や、細胞の多核化を分化の指標とすることができる。培養時間は、好ましくは48時間以内であり、より好ましくは40時間以内であり、さらに好ましくは24時間以内である。
【0057】
成長因子は、細胞の増殖を、それがない場合に比べて促進する任意の物質を意味し、例えば、上皮細胞成長因子(EGF)、血管内皮成長因子(VEGF)、または線維芽細胞成長因子(FGF)などを含む。
【0058】
有効量の成長因子とは、細胞の増殖を、成長因子がない場合に比べて、有意に促進する成長因子の量、または、便宜的に、本技術分野において細胞の増殖を目的として通常添加する量を意味する。細胞増殖促進の有意性は、例えば、本技術分野で知られた任意の統計学的手法、例えば、t検定などにより適宜評価することができ、また、通常の添加量は本技術分野の種々の公知文献から知ることができる。具体的には、骨格筋芽細胞の培養におけるEGFの有効量は、例えば0.005μg/mL以上である。
【0059】
従って、「有効量の成長因子を含まない」とは、培養液における成長因子の濃度がかかる有効量未満であることを意味する。例えば、骨格筋芽細胞の培養におけるEGFの培養液中の濃度は、好ましくは0.005μg/mL未満、より好ましくは0.001μg/mL未満である。好ましい態様においては、培養液における成長因子の濃度は、生体における通常の濃度未満である。かかる態様においては、例えば、骨格筋芽細胞の培養におけるEGFの培養液中の濃度は、好ましくは5.5ng/mL未満、より好ましくは1.3ng/mL未満、さらに好ましくは、0.5ng/mL未満である。さらに好ましい態様において、本発明における培養液は、成長因子を実質的に含まない。ここで、実質的に含まないとは、培養液中の成長因子の含量が、細胞シートを生体に適用した場合に悪影響を及ぼさない程度であること、好ましくは、培養液に成長因子を積極的に添加しないことを意味する。従って、この態様においては、培養液は、その中の他の成分、例えば血清などに含まれる以上の濃度の成長因子を含まない。
【0060】
細胞培養液(単に「培養液」と呼ぶ場合もある)は、細胞の生存を維持できるものであれば特に限定されないが、典型的には、アミノ酸、ビタミン類、電解質を主成分としたものが利用できる。例えば、培養液は、細胞培養用の基礎培地をベースにしたものである。基礎培地には、限定されずに、例えば、DMEM(ダルベッコ改変イーグル培地)、MEM(イーグル最小必須培地)、F12、Ham、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、131、153、199など)、L15、SkBM(登録商標)、RITC80−7などが含まれる。これらの基礎培地の多くは市販されており、その組成も公知となっている。基礎培地は、標準的な組成のまま(例えば、市販されたままの状態で)用いてもよいし、細胞種や細胞条件に応じてその組成を適宜変更してもよい。従って、基礎培地は、公知の組成のものに限定されず、1または2以上の成分が追加、除去、増量もしくは減量されたものでもよい。
【0061】
基礎培地に含まれるアミノ酸としては、特に限定されず、例えば、L−アルギニン、L−シスチン、L−グルタミン、グリシン、L−ヒスチジン、L−イソロイシン、L−ロイシン、L−リジン、L−メチオニン、L−フェニルアラニン、L−セリン、L−スレオニン、L−トリプトファン、L−チロシン、L−バリンなどが挙げられる。
基礎培地に含まれるビタミン類としては、特に限定されず、例えば、D−パントテン酸カルシウム、塩化コリン、葉酸、i−イノシトール、ナイアシンアミド、リボフラビン、チアミン、ピリドキシン、ビオチン、リポ酸、ビタミンB
12、アデニン、チミジンなどが挙げられる。
【0062】
基礎培地に含まれる電解質としては、特に限定されず、例えば、CaCl
2、KCl、MgSO
4、NaCl、NaH
2PO
4、NaHCO
3、Fe(NO
3)
3、FeSO
4、CuSO
4、MnSO
4、Na
2SiO
3、(NH
4)6Mo
7O
24、NaVO
3、NiCl
2、ZnSO
4などが挙げられる。
基礎培地には、これらの成分のほか、D−グルコースなどの糖類、ピルビン酸ナトリウム、フェノールレッドなどのpH指示薬、プトレシンなどを含んでもよい。
【0063】
ヒトへの適用を想定した一例において、細胞培養液は、ステロイド剤成分を実質的に含まない。ここで「ステロイド剤成分」は、ステロイド核を有する化合物のうち、生体に、副腎皮質機能不全、クッシング症候群などの悪影響を及ぼし得るものをいう。上記化合物としては、特に限定されず、例えば、コルチゾール、プレドニゾロン、トリアムシノロン、デキサメタゾン、ベタメタゾン等が含まれる。従って、「ステロイド剤成分を実質的に含まない」とは、培養液における上記化合物の含量が、細胞シートを生体に適用した場合に悪影響を及ぼさない程度であること、好ましくは、培養液にこれらの化合物を積極的に添加しないこと、すなわち、培養液が、その中の他の成分、例えば血清などに含まれる以上の濃度のステロイド剤成分を含まないことを意味する。
【0064】
ヒトへの適用を想定した一例において、細胞培養液は、異種血清成分を実質的に含まない。ここで「異種血清成分」は、レシピエントとは異なる種の生物に由来する血清成分を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ウシやウマに由来する血清、例えば、ウシ胎児血清(FBS、FCS)、仔ウシ血清(CS)、ウマ血清(HS)などが異種血清成分に該当する。従って、「異種血清成分を実質的に含まない」とは、培養液におけるこれらの血清の含量が、細胞シートを生体に適用した場合に悪影響を及ぼさない程度(例えば、細胞シート中の血清アルブミン含量が50ng未満となる量)であること、好ましくは、培養液にこれらの物質を積極的に添加しないことを意味する。
【0065】
ヒトへの適用を想定した一例において、細胞培養液は同種血清成分を含む。ここで「同種血清成分」は、レシピエントと同一の種の生物に由来する血清成分を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ヒト血清が同種血清成分に該当する。同種血清成分が、自己血清成分、すなわち、レシピエントに由来する血清成分であることが好ましい。同種血清成分の含量は、細胞シートの形成を可能とする量であれば特に限定されないが、好ましくは5〜40v/v(容量/容量)%、より好ましくは10〜20v/v(容量/容量)%である。
【0066】
一例において、細胞培養液は、セレン成分を実質的に含まない。ここで「セレン成分」は、セレン分子、およびセレン含有化合物、特に、生体内でセレン分子を遊離し得るセレン含有化合物、例えば、亜セレン酸などを含む。従って、「セレン成分を実質的に含まない」とは、培養液におけるこれらの物質の含量が、細胞シートを生体に適用した場合に悪影響を及ぼさない程度であること、好ましくは、培養液にこれらの物質を積極的に添加しないこと、すなわち、培養液が、その中の他の成分、例えば血清などに含まれる以上の濃度のセレン成分を含まないことを意味する。具体的には、例えば、ヒトの場合、培養液中のセレン濃度は、ヒト血清中の正常値(例えば、10.6〜17.4μg/dL)に、培地中に含まれるヒト血清の割合を乗じた値よりも低い(すなわち、ヒト血清の含量が10%であれば、セレン濃度は、例えば、1.0〜1.7μg/dL未満である)。
【0067】
細胞シートは、典型的には、細胞を培養液に播種する工程、および細胞を培養して細胞シートを形成させる工程により製造される。
【0068】
細胞の培養は、本技術分野で通常なされている条件で行うことができる。例えば、典型的な培養条件としては、37℃、5%CO
2での培養が挙げられる。培養期間は、細胞シートの十分な形成、および、細胞分化防止の観点から、好ましくは48時間以内、より好ましくは40時間以内、さらに好ましくは24時間以内である。培養は任意の大きさおよび形状の容器で行うことができる。
【0069】
<積層体の製造方法>
本発明の積層体の製造方法としては、細胞シートと生体親和性高分子フィルムとを積層させることができる方法であれば、特に限定されない。例えば、細胞シートと生体親和性高分子フィルムとを別々に作製した後に、細胞シートの表面に生体親和性高分子フィルムを積層化してもよいし、あるいは生体親和性高分子フィルムの表面に細胞シートを積層化してもよい。あるいは、生体親和性高分子フィルムを予め作製した後に、生体親和性高分子フィルムの表面上に細胞を播種して培養することによって細胞シートを形成することによって積層体を調製してもよい。
【0070】
<心疾患治療剤>
本発明の積層体は、対象の疾病、傷病の治療に用いることができる。例えば、骨格筋芽細胞による細胞シートは、心疾患治療剤として使用することができる。心疾患としては、例えば、心筋梗塞、虚血性心筋症、拡張型心筋症、狭心症などが挙げられる。
【0071】
本発明の積層体を含む心疾患治療剤の投与方法としては、例えば、障害を受けた心筋組織の障害部位に心疾患治療剤を直接貼り付ける方法などが挙げられる。
本発明の積層体を含む心疾患治療剤の投与対象は特に限定されないが、好ましくはヒト、非ヒト霊長類(サルなど)、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジ、ラット、マウスおよびハムスターなどが挙げられ、より好ましくはヒトである。
【0072】
<細胞シート積層用フィルム>
上記した通り、500μg/cm
2〜10mg/cm
2の生体親和性高分子フィルムは、細胞シートに積層することによって、本発明の積層体を製造することができる。従って、本発明によれば、500μg/cm
2〜10mg/cm
2の生体親和性高分子フィルムからなる細胞シート積層用フィルムが提供される。生体親和性高分子フィルムの詳細および好ましい態様は本明細書中上記した通りである。
【0073】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0074】
(1)リコンビナントゼラチン
リコンビナントゼラチンとして以下のCBE3を用意した(国際公開WO2008/103041号公報に記載)。
CBE3:
分子量:51.6kD
構造: GAP[(GXY)
63]
3G
アミノ酸数:571個
RGD配列:12個
イミノ酸含量:33%
ほぼ100%のアミノ酸がGXYの繰り返し構造である。CBE3のアミノ酸配列には、セリン、スレオニン、アスパラギン、チロシンおよびシステインは含まれていない。CBE3はERGD配列を有している。
等電点:9.34
GRAVY値:−0.682
1/IOB値:0.323
アミノ酸配列(配列表の配列番号1)(国際公開WO2008/103041号公報の配列番号3と同じ。但し末尾のXは「P」に修正)
GAP(GAPGLQGAPGLQGMPGERGAAGLPGPKGERGDAGPKGADGAPGAPGLQGMPGERGAAGLPGPKGERGDAGPKGADGAPGKDGVRGLAGPIGPPGERGAAGLPGPKGERGDAGPKGADGAPGKDGVRGLAGPIGPPGPAGAPGAPGLQGMPGERGAAGLPGPKGERGDAGPKGADGAPGKDGVRGLAGPP)3G
【0075】
(2)リコンビナントゼラチンフィルムの作製
高分子フィルムの代表例として、実施例1のCBE3を用いてリコンビナントゼラチンフィルムを作製した。1質量%、2質量%、3質量%または4質量%のCBE3水溶液を調製し、このCBE3水溶液4mLを、シリコーン枠(8cm×10cm)を設置したプラスチックトレーに流し込んだ。このプラスチックトレーを4℃または室温にて、水分が無くなるまで乾燥させることによって、リコンビナントゼラチンフィルムを得た。
【0076】
上記のリコンビナントゼラチンフィルムをプラスチックトレー/シリコーン枠から取り出し、減圧下160℃で熱架橋(架橋時間は6時間、12時間、24時間)を施し、不溶性のリコンビナントゼラチンフィルム試料を得た。
【0077】
上記のような作製方法で、500μg/cm
2、1mg/cm
2、1.5mg/cm
2および2.0mg/cm
2のリコンビナントゼラチンフィルムを得た。リコンビナントゼラチンフィルムの密度は、作製時の「塗布質量÷塗布面積」で算出した。なお、塗布質量とは塗布されたリコンビナントゼラチンの質量を意味する。
【0078】
(3)高分子フィルムの膨潤率の評価
上記(2)で作製した各々のリコンビナントゼラチンフィルムについて、物性値として膨潤率の評価を行った。評価にあたっては、リコンビナントゼラチンフィルムを直径8mmの生検トレパンでくり貫き、直径8mmの円盤状フィルムを用意した。この際、乾燥時の厚さを測定し乾燥時膜厚とした。この円盤状フィルムを注射用水で十分に湿潤させた後に、湿潤時の厚さを測定し湿潤時膜厚とした。なお、膜厚の測定は、マイクロメータ(ミツトヨ製ソフトタッチマイクロCLM)を用いて行った。
この湿潤時膜厚と乾燥時膜厚から、膨潤率((膨潤時膜厚[μm]/乾燥時膜厚[μm])×100)を算出した。
【0079】
(4)高分子フィルムのハンドリング性能の評価
上記(3)のようにして得た湿潤状態の円盤状フィルムを用いてハンドリング性能の評価を実施した。この湿潤状態の円盤状フィルムの片側をピンセットでつまみ水平に持ち上げた場合、フィルムが水平を維持している場合をA、フィルムの先(ピンセットから遠い側)が下に垂れ30度以上曲がる場合をB、半分に折りたたまれる場合をCとしてハンドリング性能を評価した。なお、ハンドリング性能の評価がCであるフィルムも、所望により使用方法を工夫することにより(例えば、フィルムに枠をつけて使用するなど)、実用上は問題なく使用することができる。
また、高分子フィルムを細胞シートに積層した場合のハンドリング性能は高分子フィルムのみの場合と同じ結果であった。
【0080】
(5)膨潤率、乾燥時膜厚およびハンドリング性能の評価のまとめ
上記(3)および(4)で評価した全ての結果を、膨潤率と乾燥時膜厚を縦軸と横軸に採ったグラフにプロットし、まとめた(
図1)。また、個々の高分子フィルムのハンドリング性能評価(A、B、C)をもとにプロットした点を群分けした(
図1)。その結果、乾燥時膜厚と膨潤率のグラフにおいて、ハンドリング性能と相関する境界線を引くことが可能になる、ということが分かった。
【0081】
ハンドリング性能AとBの境界には、
膨潤率((膨潤時膜厚[μm]/乾燥時膜厚[μm])×100)=−27.5×乾燥時膜厚[μm]+962.5
という境界線(境界線2)が存在することを見出した。
【0082】
ハンドリング性能BとCの境界には、
膨潤率((膨潤時膜厚[μm]/乾燥時膜厚[μm])×100)=−27.5×乾燥時膜厚[μm]+880
という境界線(境界線1)が存在することを見出した。
【0083】
従って、高分子フィルムのハンドリング性能は、
高分子フィルムが、膨潤率((膨潤時膜厚[μm]/乾燥時膜厚[μm])×100)≧−27.5×乾燥時膜厚[μm]+880
であることが好ましく、
膨潤率((膨潤時膜厚[μm]/乾燥時膜厚[μm])×100)≧−27.5×乾燥時膜厚[μm]+962.5
であることがより好ましいことが分かった。
【0084】
(6)高分子フィルムの蛋白質透過試験
上記(2)で作製した高分子フィルムを用いて、蛋白質成分の透過試験を実施した。蛋白質成分としては代表的アルブミン(分子量66kDa)を選択した。この蛋白質成分がフィルムを透過すれば、フィルムを介して栄養分のやり取りが可能になることを示している。
【0085】
図2に試験系の模式図とその結果を示した。上液としてアルブミンをPBS(リン酸緩衝生理食塩水)に41mg/mLで溶解させたアルブミン溶液を設置した。その下に各種高分子フィルムを設置し、下液(PBS)へ透過してくるアルブミン量を経時的に測定した。アルブミンの測定はバイオ・ラッドプロテインアッセイ(BIO−RAD社)を使用した。
【0086】
その結果、アルブミン分子は高分子フィルムを透過して、下液に出てくることが分かった(
図2)。また、種々のフィルムを試験していく中で蛋白質透過性の高いフィルム群(a群)と、蛋白質透過性の低いフィルム群(b群)が存在することが分かった。
【0087】
(7)高分子フィルムの蛋白質透過試験(SDS-PAGE(ドデシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミドゲル電気泳動))
上記(6)で行った蛋白質透過試験について、アルブミンが分解せず、同じ分子量のままに上液から下液へ高分子フィルムフィルムを透過しているのか解析するために、SDS-PAGEを行い透過したアルブミンの分子量を確認した。
【0088】
その結果、
図3に示すように、蛋白質の透過性が高いフィルム群でも、蛋白質の透過性が低いフィルム群でも、透過してきたアルブミンは上液と同様の66kDaの分子量を維持していることが分かった。また、蛋白質透過性の高いフィルム群と、蛋白質透過性の低いフィルム群では、透過したアルブミン量に大きな差があることも確認された。
【0089】
(8)蛋白質透過性と、膨潤率、乾燥時膜厚
上記(6)および(7)で確認された蛋白質の透過性を、高分子フィルムの物性で解析した。上記(3)で実施した膨潤率と乾燥時膜厚をそれぞれ縦軸と横軸に採用したグラフを作成し、そこに試験した高分子フィルムをプロットした。その上で、上記(6)および(7)のa群とb群を群分けした(
図4)。結果、a群とb群の間には、境界線として膨潤率=230という境界が引けることが分かった。
【0090】
従って、蛋白質透過性の観点において、膨潤率≧230%の高分子フィルムを用いることで、蛋白質透過の高い構成を作り出せることが分かった。膨潤率≧230%の高分子フィルムとすることで、細胞が必要とする栄養素や液性因子を効果的に透過させやすい高分子フィルムとして高い治療効果を生むことが考えられる。
【0091】
(9)細胞シート並びにリコンビナントゼラチンフィルムと細胞シートとの積層体の作製
高分子フィルムと細胞シートとの積層体の代表例として、リコンビナントゼラチンフィルムと細胞シートとの積層体を作製した。DMEM low glucouse(Thermo Fisher Scientific社製)にウシ胎児血清(FBS)(Moregate社製)を20容量%加えた培地にラット骨格筋芽細胞を懸濁させ、48穴マルチウェル温度応答性培養皿(UpCell:セルシード社)に1.3×10
6cellsずつ播種し、37℃、5% CO
2条件下にて一晩培養後、培養皿を室温下に置くことで細胞シートを得た。
【0092】
同様に直径6mmシリコーン枠の底面に同培地で膨潤させたリコンビナントゼラチンフィルムを設置し、ラット骨格筋芽細胞を上記と同様に1.3×10
6cellsずつ播種し、37℃、5% CO
2条件下にて一晩培養することでリコンビナントゼラチンフィルムと細胞シートとの積層体を得た。
【0093】
(10)ラット梗塞モデルの作製
生後8週齢の成体ラット(Lewis系、雄、日本チャールスリバー社製)に対してイソフルラン(アッヴィ社製)で吸入麻酔を行い、気管チューブを挿入して小動物用ベンチレータで強制呼吸させた状態で心臓を露出させ、冠動脈(LAD)を結紮し、閉胸した。1週間後心エコー装置(HD11XE、フィリップスエレクトロニクスジャパン社製)にて乳頭筋レベルで心臓左室短軸画像を描出し、左室拡張末期断面積(以下、LVEDAという)および左室収縮末期断面積(以下、LVESAという)から心機能(左室内腔面積変化率、以下FACという)を測定し(下式参照)、FACの値が60%を下回っていた個体について梗塞モデルが成立していると判断し、移植に供した。
【0094】
【数1】
【0095】
(11)積層体または細胞シートの移植
梗塞モデル化した個体を、モデル作製処置と同様に麻酔処置を施した後、肋間を切開し心臓を露出させた。上記(9)で作製した高分子フィルムと細胞シートとの積層体、または細胞シートを心臓左室前壁部に移植した後、表面にフィブリン製剤(化学及血清療法研究所)を塗布した。フィブリン製剤が固まったことを確認した後、閉胸した(sham群(偽群)はフィブリン製剤の塗布のみ)。実施数は、高分子フィルムと細胞シートとの積層体を移植した群は6匹、細胞シートを移植した群は4匹、sham群4匹とした。
【0096】
(12)有効性の評価
観察期間は、高分子フィルムと細胞シートとの積層体、または細胞シートを移植した後12週間までとした。梗塞モデル作製処置前、モデル判定・移植時、移植3週後、移植4週後、移植8週後および移植12週後に、心エコー検査を実施し、FACの変化から有効性を判断した。また、各群はTukey−Kramer法にて多重比較を行い、FAC変化の有意差を判定した。結果を
図5に示す。
【0097】
高分子フィルムと細胞シートとの積層体を移植した群は、移植12週後までFACの値が維持され、心機能が維持されていることが分かった。一方sham群では、移植12週後までに4匹中3匹が心不全で死亡し、また移植12週後に生存していた個体のFACも大幅な低下が見られた。
【0098】
これらの結果から高分子フィルムと細胞シートとの積層体を移植することで心機能が維持され、生存率を高める効果があることが示された。さらに、高分子フィルムと細胞シートとの積層体を移植した群と、細胞シートを移植した群との間でFAC値に有意差が認められなかったことから、高分子フィルムと細胞シートとの積層体を移植した場合であっても、細胞シートを移植した場合と比較して、細胞移植の治療効果は阻害されないと考えられた。
【0099】
(13)病理解析
10質量%中性緩衝ホルマリンで移植後12週目の心臓を固定後、輪切りにしたものをパラフィン包埋し、3〜4μmで薄切した。切片を脱パラフィンした後、0.3質量%過酸化水素加メタノールで処理し、1%ウシ血清アルブミン(BSA)を用いてブロッキングを行った。Monoclonal Anti-skeletal Myosin(FAST) Clone MY-32、Mouse Ascites Fluid(Sigma-Aldrich社製)を混合して、冷蔵で一晩反応させ、二次抗体としてEnvision +Dual Link System-HRP(Dako社製)を用いて、ジアミノベンジジン(DAB)で可視化し、ヘマトキシリンで対比染色した。結果を
図6に示す。
【0100】
その結果、高分子フィルムと細胞シートとの積層体を移植した個体で、Myosin Heavy Chain陽性の骨格筋芽細胞が層状に残存していることを確認した。これらのMyosin Heavy Chain陽性細胞は、骨格筋細胞に特徴的なサルコメア構造を有しており、骨格筋芽細胞が生着し、骨格筋細胞に成熟したものと考えられた。一方、細胞シートを移植した個体では、このような移植細胞の残存は確認できなかったことから、高分子フィルムと細胞シートとの積層体を移植することで、移植後の細胞の状態を良好に保ち、血管新生を含む心臓からの血流供給を向上させることにより、移植細胞の生着を促進できると考えられた。
【0101】
また、高分子フィルムと細胞シートとの積層体の移植部周辺においてリンパ球などの炎症性単球の集積は認められず、高分子フィルムは免疫原性なく心表面へ移植可能であると考えられた。