特許第6683318号(P6683318)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6683318
(24)【登録日】2020年3月30日
(45)【発行日】2020年4月15日
(54)【発明の名称】におい評価装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/12 20060101AFI20200406BHJP
   G01N 30/88 20060101ALI20200406BHJP
【FI】
   G01N27/12 A
   G01N30/88 G
【請求項の数】2
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-169554(P2016-169554)
(22)【出願日】2016年8月31日
(65)【公開番号】特開2018-36147(P2018-36147A)
(43)【公開日】2018年3月8日
【審査請求日】2018年12月26日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成28年3月5日に頒布された日本農芸化学会2016年度大会講演要旨集で発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成28年3月29日札幌コンベンションセンターにおいて開催された日本農芸化学会2016年度大会で発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成28年8月1日に頒布された第29回におい・かおり環境学会要旨集で発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成28年8月31日東京家政大学板橋キャンパスにおいて開催された第29回におい・かおり環境学会で発表
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】504165591
【氏名又は名称】国立大学法人岩手大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 雅雄
(72)【発明者】
【氏名】喜多 純一
(72)【発明者】
【氏名】木下 太生
(72)【発明者】
【氏名】青山 佳弘
(72)【発明者】
【氏名】山下 哲郎
【審査官】 倉持 俊輔
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−315298(JP,A)
【文献】 特開2017−040536(JP,A)
【文献】 特開2005−291715(JP,A)
【文献】 特表平09−505993(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2013/0219991(US,A1)
【文献】 中本幸志,加熱したチーズ香気の分析,香料,日本,渡辺 洋三 日本香料協会,2013年 3月,No.257,第87−92頁
【文献】 POISSON Luigi and SCHIEBERLE Peter,Characterization of the Key Compounds in an American Bourbon Whisky by Quantitative Measurements, Aroma Recombination, and Omission Studies,Journal of Agricultural and Food Chemistry,米国,American Chemical Society,2008年,Vol.56,pp.5820-5826
【文献】 MAYR M. Chirstine et al.,Characterization of the Key Aroma Compounds in Shiraz Wine by Quantitation, Aroma Reconstitution, and Omission Studies,Journal of Agricultural and Food Chemistry,米国,American Chemical Society,2014年,Vol.62,pp.4528-4536
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/12,
G01N 30/00,
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
においを有する分析対象ガスに含まれる複数の成分を時間方向に分離する分離カラムを有するガスクロマトグラフと、
前記複数の成分のそれぞれが前記分離カラムから出てくるタイミングを検出する検出手段と、
前記検出手段による検出結果に基づいて、前記分析対象ガスを複数回前記分離カラムに通すことにより、前記分離カラムから出てくる全ての成分を含むガスである試料ガスと、前記試料ガスから所定の成分を除いたオミッションガスをそれぞれ回収する回収手段と、
ガスのにおいを測定するための、互いに異なる応答特性を有するm(mは2以上の整数)個のにおいセンサを含むにおい測定手段と、
前記におい測定手段による前記試料ガスの測定結果及び前記オミッションガスの測定結果を、それぞれ前記m個のにおいセンサの検出出力で形成されるm次元空間における1個のにおいベクトルとして表し、前記試料ガスのにおいベクトルと前記オミッションガスのにおいベクトルの位置関係に基づいて、前記試料ガスと前記オミッションガスの類似性を表す指標値を算出する演算処理手段と
を備え、
前記検出手段が質量分析装置であり、
前記回収手段が、複数のサンプルバッグと、試料ガス及びオミッションガスをそれぞれ別のサンプルバッグに回収するように回収流路を切り替える回収流路切替手段とを備え、
前記オミッションガスは、前記試料ガスから、前記質量分析装置により得られたマスクロマトグラムのピークが現れる時間に前記分離カラムから出てくる成分が除かれたガスであり、
前記質量分析装置により得られたマスクロマトグラムのピークが現れる時間に前記分離カラムから出てくる成分と、該成分が試料ガスから除かれたオミッションガスとを異なる2つの流路に分岐する、分岐手段を備えることを特徴とする、
におい評価装置。
【請求項2】
前記回収手段が、さらに、前記サンプルバッグに回収された試料ガス及びオミッションガスを前記におい測定手段に導入するための導入流路を切り替える導入流路切替手段とを備えることを特徴とする、請求項1に記載のにおい評価装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種物質のにおい(臭気、香気)の評価を行うためのにおい評価装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ある物質や大気中のにおいをその質と強さの観点から捉え、数値化して表現するにおい測定装置が従来より知られている(例えば特許文献1)。このにおい測定装置では、複数のにおいセンサの検出出力により形成される多次元空間内に、基準となる複数のにおい種(例えば酪酸系、エステル系など)の濃度を複数段階に変えて測定を行った結果を基準軸として位置付けておく。そして、測定対象である目的においの測定結果を測定点として同空間内に位置付けて上記基準軸との位置関係、例えば測定点と基準軸との最短距離や原点から測定点まで引いた線と基準軸との成す角度などを求め、これからにおいの質の類似性などを判断するようにしている。
【0003】
ところで、飲食品や化粧品、洗剤等に添加される香料は、主に、花卉や草本、果物等の天然物が発する香気(天然香料)に似せて作られる。天然香料の多くは様々な成分が混ざり合った複合臭であり、成分の種類や各成分が含まれる割合によって多種多様なにおいとなる。ただし、天然香料を構成する成分の全てがそのにおいの形成に寄与しているわけではなく、寄与する割合が非常に小さいか、あるいは全く寄与していない成分が含まれる。このような天然香料のにおい形成に寄与しない成分を除くことで、雑味のない香料を得ることができることから、香料の製造現場では、天然香料に含まれる成分のうち、におい形成に寄与する成分を特定したいという要望がある。
【0004】
天然香料のにおい形成に寄与する成分を特定する方法の一つにオミッションテストがある。オミッションテストでは、天然香料を構成する成分をガスクロマトグラフ装置(GC装置)等の分析装置を用いて同定した上で、各成分の標品を全て混合して天然香料を再現し、この再現香料から或る1個の成分を除いたもののにおいと、該再現香料のにおいを上述のにおい測定装置で測定し、その結果を比較する。そして、両者のにおいが異なる場合は、再現香料から除いた成分が天然香料のにおい形成に寄与していると判断する。再現香料を構成する全ての成分について、順にオミッションテストを行うことにより、天然香料のにおい形成に寄与する全ての成分を特定することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003-315298号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
におい形成に寄与する成分を特定するという本来の目的を考えると、天然香料に含まれる成分のうちにおい形成に寄与しない成分を同定する必要はないが、上述した方法では天然香料に含まれる全ての成分を同定しなければならず、時間がかかる。また、天然香料に含まれる全ての成分について標品を準備できるとは限らない。この場合は天然香料を再現することができないため、上述したオミッションテストを行うことができないという問題があった。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、においを有する分析対象ガスに含まれる全ての成分を同定しなくても、におい形成に寄与する成分を特定することができるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明に係るにおい評価装置は、
a)においを有する分析対象ガスに含まれる複数の成分を時間方向に分離する分離カラムを有するガスクロマトグラフと、
b)前記複数の成分のそれぞれが前記分離カラムから出てくるタイミングを検出する検出手段と、
c)前記検出手段による検出結果に基づいて、前記分析対象ガスを複数回前記分離カラムに通すことにより、前記分離カラムから出てくる全ての成分を含むガスである試料ガスと、前記試料ガスから所定の成分を除いたオミッションガスをそれぞれ回収する回収手段と、
d)ガスのにおいを測定するための、互いに異なる応答特性を有するm(mは2以上の整数)個のにおいセンサを含むにおい測定手段と、
e)前記におい測定手段による前記試料ガスの測定結果及び前記オミッションガスの測定結果を、それぞれ前記m個のにおいセンサの検出出力で形成されるm次元空間における1個のにおいベクトルとして表し、前記試料ガスのにおいベクトルと前記オミッションガスのにおいベクトルの位置関係に基づいて、前記試料ガスと前記オミッションガスの類似性を表す指標値を算出する演算処理手段と
を備えることを特徴とする。
【0009】
上記におい評価装置では、分析対象ガスを複数回、分離カラムに通すことにより、該分離カラムから出てくる全ての成分を含む試料ガスと、該試料ガスから所定の成分を除いたオミッションガスが回収手段により回収される。そして、試料ガス及びオミッションガスのにおい測定手段による測定結果に基づいて、両者の類似性を表す指標値が算出される。このとき、試料ガスのにおいとオミッションガスのにおいの類似性が低い場合は、前記所定の成分を除いたことにより試料ガスのにおいが大きく変化したことを意味するため、該所定の成分が試料ガス、つまり分析対象ガスのにおい形成に寄与していると判断することができ、逆に両者の類似性が高い場合は、前記所定の成分が分析対象ガスのにおい形成に寄与していないと判断することができる。
【0010】
この場合、試料ガスに含まれる成分が2種類であるときは、該2種類の成分の両方を含む試料ガスと、該2種類の成分のそれぞれを除いたオミッションガスを回収する。また、試料ガスに含まれる成分が3種類以上である場合も同様であるが、オミッションガスとして、試料ガスから2以上の成分を除いたガスを回収するようにしても良い。例えば、試料ガスとオミッションガスの類似度に基づき、ある成分が分析対象ガスのにおい形成に寄与しないことが判明した場合は、その成分と別の成分(におい形成に対する寄与度が不明な成分)の両方を試料ガスから除いた別のオミッションガスを回収する。
【0011】
上記におい評価装置においては、前記回収手段が、複数の回収容器と、前記回収容器に試料ガス及びオミッションガスを回収するための回収流路を切り替える回収流路切替手段と、前記回収容器に回収された試料ガス及びオミッションガスを前記におい測定手段に導入するための導入流路を切り替える導入流路切替手段とを備えることが好ましい。
【0012】
この構成では、分離カラムから出てくる試料ガスと、該試料ガスから所定の成分を除いた1または複数のオミッションガスを複数の回収容器にそれぞれ回収しておくことができる。そして、複数の回収容器に回収されたオミッションガスを順ににおい測定手段に導入することにより、試料ガスに含まれる成分のいずれが分析対象ガスのにおい形成に寄与するかをまとめて判断することができる。
【0013】
上記におい評価装置において、検出手段は、分析対象ガスに含まれる成分が分離カラムから出てくるタイミングを特定することができれば良いため、ガスクロマトグラフで用いられる標準的な検出器である水素炎イオン化検出器(FID)を用いることができるが、質量分析手段にすると、分離カラムから複数の成分のそれぞれが出てくるタイミングの検出と併せて各成分を同定することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、分析対象ガスに含まれる全ての成分を同定する必要が無く、また、全ての成分の標品がなくても、においを有する分析対象ガスのにおい形成に寄与する成分を特定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の一実施例に係るにおい評価装置の概略構成図。
図2】におい測定部の概略構成図。
図3】質量分析部に導入された試料ガス及びオミッションガスの分析結果を示す図。
図4】試料ガスと2種類のオミッションガスの10個のにおいセンサの出力値を示す表。
図5】試料ガス及び2種類のオミッションガスの検出結果を表すにおいベクトルを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施例に係るにおい評価装置について図面を参照して説明する。図1は、本実施例に係るにおい評価装置の概略構成図である。
本実施例のにおい評価装置は、大きく分けて、ガスクロマトグラフ部(GC部)1と、質量分析部(MS部)2と、におい測定部3と、インタフェイス部4と、ガス回収部5とから成る。
【0017】
GC部1は、分離用のカラム10と、そのカラム10を内装するカラムオーブン11と、カラム10の入口に設けられた試料注入部12と、カラム10の出口に設けられたハートカット流路13と、これら各部を制御するGC制御部14とを含む。図示しないが、ハートカット流路13は、バルブとこのバルブを切り替えるための駆動モータを含む。
【0018】
MS部2は、真空容器20、導入された試料ガス中の試料成分分子をイオン化するイオン源21と、生成されたイオンを輸送するイオン光学系22と、イオンを質量数に応じて分離する質量分離部としての四重極質量フィルタ23と、質量分離されたイオンを検出するイオン検出器24と、これら各部を制御するMS制御部25とを含む。
【0019】
インタフェイス部4はGC部1とMS部2の間に設けられ、試料ガスの流通を円滑化するために管路を高温に維持するヒータ41を含む。
【0020】
ガス回収部5は、GC部1とにおい測定部3の間に設けられ、複数のサンプルバッグSB(図1では12個のサンプルバッグSBを示す。)を装着するための装着口51と、装着口51に装着されたサンプルバッグSBに試料ガスを出し入れするための導出入口52と、導出入口52と装着口51との流路を切り替える第1流路切替部53とを備えたオートサンプラ54と、導出入口52とにおい測定部3及びGC部1との流路を切り替える第2流路切替部55と、第1流路切替部53と第2流路切替部55を制御する流路制御部56とを含む。第1流路切替部53が本発明の回収流路切替手段に相当し、第2流路切替部55導入流路切替手段に相当する。
【0021】
図1及び図2に示すように、におい測定部3は、試料ガスを吸引するための吸入口31、吸引した試料ガスを希釈する希釈部32、吸引した試料ガスを濃縮する濃縮部33、各種のにおい成分を含む試料ガスを測定するための、応答特性が互いに異なる複数(この例では10個)のにおいセンサ341a〜341jを内部に備えたセンサセル34、試料ガスをセンサセル34に引き込むためのポンプ35、においセンサ341a〜341jによる検出信号をデジタル信号に変換するA/D変換部36、デジタル化された検出信号を解析処理する信号処理部37、におい測定部3全体の動作を制御するにおい測定制御部39、などから構成される。
【0022】
においセンサ341a〜341jは、におい成分に応じて抵抗値が変化する金属酸化物半導体センサが一般的であるが、それ以外に、導電性高分子センサや、水晶振動子又はSAWデバイスの表面にガス吸着膜を形成したセンサなど、他の検出メカニズムによるセンサでもよい。
信号処理部37及びにおい測定制御部39はパーソナルコンピュータ6を中心に構成され、該コンピュータ6上で所定のプログラムを実行することにより後述のベクトル演算部371、希釈/濃縮率演算部372、記憶部373、及び類似率演算部374としての機能が達成される。
【0023】
なお、パーソナルコンピュータ6は、上記の他、MS部2のイオン検出器24で取得された信号を解析処理するためのデータ処理部61と、各制御部14、25、39、56を統括的に制御する中央制御部62を機能として含み、キーボードやマウス等の入力部63及び表示部64とが接続されている(図1参照)。本実施例では、MS部2が本発明の検出手段に相当する。また、ガス回収部5が回収手段に相当し、サンプルバッグSBが回収容器に相当する。さらに、信号処理部37が演算処理手段に相当する。
【0024】
希釈部32は、シリンジ321と、該シリンジ321の吸引吐出口を吸入口31、窒素ガス供給口324、及び第2バルブ333のいずれかに択一的に接続する第1バルブ(4ポート3ポジションバルブ)323を含んでいる。シリンジ321は、所定容積を有するシリンダ321aと、該シリンダ321a内で往復動自在に嵌挿されたプランジャ321bとを含み、プランジャ321bはモータ等の駆動源を含むプランジャ駆動部322により駆動される。この希釈部32では、第1バルブ323を切り替えつつシリンジ321による吸引/吐出動作を行うことにより、吸入口31からセンサセル34に流れる試料ガスを窒素ガスで希釈することができる。なお、試料ガスの希釈率は、シリンジ321に吸引される試料ガスの量と窒素ガスの量によって決まる。シリンジ321に吸引される試料ガスの量と窒素ガスの量は、プランジャ駆動部322によるプランジャ321bの駆動量によって決まる。従って、におい測定制御部39がプランジャ駆動部322の駆動を制御することにより、センサセル34に導入される試料ガスの希釈率を調節することができる。
【0025】
濃縮部33は、加熱用のヒータ332が付設された捕集管331と、捕集管331の一端に接続されたガス流路、前記第1バルブ323、センサセル34のうちのいずれか2つを選択的に接続するための第2バルブ(3ポート3ポジションバルブ)333と、捕集管331の他端に接続されたガス流路を窒素ガス供給口335又はポンプ336に択一的に接続するための第3バルブ(3ポート2ポジションバルブ)334と、を備える。捕集管331には、測定対象の試料成分に応じて、例えばカーボン系吸着剤やその他の適宜の吸着剤が充填される。
【0026】
この濃縮部33で試料ガスを濃縮する際には、まず第2バルブ333及び第3バルブ334を図2中に実線で示す状態に切り替え、ポンプ336を作動させる。すると、第1バルブ323を通して供給されるガスは捕集管331を通ったあとに排出され、このとき、該ガスに含まれる各種の成分は捕集管331内の吸着剤に吸着される。その後に、第2バルブ333及び第3バルブ334をともに図2中に点線で示す状態に切り替える。すると、窒素ガス供給口335に高い(少なくとも大気圧よりも高い)ガス圧で供給されている乾燥窒素ガス(キャリアガス)が捕集管331を経てセンサセル34へと流れる。この状態で、ヒータ332への通電により捕集管331の温度を急速に上昇させると、吸着剤に吸着されているにおい成分は吸着剤から離脱し、乾燥窒素ガス流に乗ってセンサセル34へと導入される。この濃縮部33では、吸着作用が飽和しない範囲において、成分吸着時に捕集管331を通過する試料ガスの総流量と、成分離脱時に捕集管331を通過するキャリアガスの総流量とによって試料ガスの濃縮率が決まる。
【0027】
におい測定部3では、以下のようにして試料ガスの成分が測定される。すなわち、センサセル34に測定対象の試料ガスが導入されると、該試料ガス中の成分がにおいセンサ341a〜341jに接触し、各においセンサ341a〜341jからそれぞれ異なる検出信号が並列に出力される。この検出信号はA/D変換部36によりサンプリングされた後にデジタル化されて信号処理部37に入力される。信号処理部37は、1つの試料ガスについてにおいセンサ毎に1個ずつの検出データを取得するから、或る試料ガスの測定によって全部で10個の検出データDS1〜DS10が得られる。10個のにおいセンサ341a〜341jはそれぞれ異なる応答特性を有するため、この10個のにおいセンサ341a〜341jの出力をそれぞれ異なる方向の軸とする10次元のにおい空間を考えることができる。全てのにおいセンサ341a〜341jの出力がゼロとなる状態が、このにおい空間の原点である。
【0028】
前記におい空間において、上記10個の検出データは、或る1つの測定点(DS1,DS2,DS3,DS4,DS5,DS6,DS7,DS8,DS9,DS10)として位置付けることができる。ここで、前記におい空間の原点を始点とし、測定点を終点とするにおいベクトルを考えたとき、該においベクトルの長さが試料ガスの「においの強さ」(即ち試料ガス中のにおい成分の濃度)に対応し、においベクトルの向きが「においの質」に対応する。即ち、ある試料ガスの測定によって得られたにおいベクトルが、他の試料ガスの測定によって得られたにおいベクトルと近い方向を向いていれば、両者は近い種類のにおいと考えることができ、逆にベクトルの向きが大きく異なっていれば、遠い種類のにおいであると考えることができる。そこで、2本のベクトルの向きの近似性を判断する指標として、両ベクトルが成す角度θを用い、この角度θに基づいて「においの質」の類似性を定めることができる。例えば、2つのにおいベクトルが重なる(全く同じ向きである)とき(つまりθ=0であるとき)類似率を100%と定め、θが所定値α以上である場合には類似率を0%と定める。そしてθが0〜αの範囲であるときに、そのθに応じて類似率を規定する。
【0029】
ここで、試料ガスの濃度(におい成分の濃度)に対してにおいセンサの検出出力レベルがほぼ線形である場合には、同種のにおいであれば、その濃度に関わらずにおいベクトルの向きが一定となる。そのため、2つのにおいベクトルが成す角度θも濃度によらず一定となるため、複数の試料ガス間のにおいの質の差を正確に判別することができる。しかしながら、におい識別装置に一般的に用いられる金属酸化物半導体センサのように、におい成分の濃度に対するセンサ出力が非線形である場合には、同種のにおいであっても、濃度によってにおいベクトルの向きが変わってしまうため、複数の試料ガス間におけるにおいの質の差を正確に判別することは困難になる。
【0030】
そこで、本実施例に係るにおい評価装置では、試料ガスの測定時において、各においセンサ341a〜341jの出力値に基づいて希釈部32及び濃縮部33をフィードバック制御することにより、センサセル34に導入される試料ガスの濃度が常に適切な濃度となるようにする。具体的には、10個のにおいセンサ341a〜341jから得られる検出信号DS1〜DS10を、ベクトル演算部371にて、上述のにおい空間における1個の測定点として位置付け、原点を始点としその測定点を終点とするにおいベクトルを作成して該ベクトルの長さを求める。そして、その長さが、予め定めた所定の値となるように、希釈部32における希釈率又は濃縮部33における濃縮率を制御する。
【0031】
次に、上記におい評価装置を用いて、分析対象ガスのにおい形成に寄与する成分を特定する動作について説明する。
天然香料等の評価対象となる分析対象ガスは液体状態(分析対象液)で例えばサンプルバッグに収容されて試料注入部12に装着される。そして、GC制御部14の制御の下に、所定のタイミングで試料注入部12から微量の分析対象液が試料気化室12aに注入されると、該分析対象液は短時間のうちに気化して分析対象ガスとなり、キャリアガスに押されて試料気化室12aからカラム10に導入される。分析対象ガスに含まれる各成分はカラム10を通過する間に分離され、時間的にずれてカラム10から出てくる。カラム10から出てきた各成分は、ハートカット流路13を経て2流路に分岐され、一方がインタフェイス部4を通ってMS部2に、他方がガス回収部5に導入される。
【0032】
まずは、分析対象ガスに含まれる成分がカラム10から出てくるタイミングを調べるために、カラム10から出てきた全ての成分を含むガス(試料ガス)をMS部2に導入する。つまり、このときはハートカット流路13がGC部1とMS部2を連通させた状態となっており、カラム10から出てきた試料ガスはガス回収部5に回収されない。これにより、MS部2では、導入された試料ガスに含まれるにおい成分が順次、イオン源21でイオン化され、四重極質量フィルタ23で選択された特定の質量数を有するイオンのみがイオン検出器24に到達する。MS制御部25の制御の下で、四重極質量フィルタ23では所定の質量範囲で繰り返し質量走査が行われ、イオン検出器24では各走査毎にマススペクトルの元となる検出信号が得られる。
【0033】
イオン検出器24で得られた検出信号はデータ処理部61で処理されることにより、横軸を質量数、縦軸を信号強度としたマススペクトルが繰り返し作成され、また質量数に着目せずに横軸を時間、縦軸を信号強度とすることでトータルイオンクロマトグラム(TIC)が作成される。さらにまた、ある質量数に着目して横軸を時間、縦軸を信号強度とすることでマスクロマトグラムが作成される。カラム10から各成分が出てくるタイミングを検出するためには、TICが作成されれば十分であるが、必要に応じてマススペクトルやマスクロマトグラムを作成するようにしても良い。データ処理部61では、作成されたTICからピークが抽出され、該ピークの現れた時間(ピーク時間)、つまり、各成分が出てくるタイミングを記憶する。
【0034】
次に、データ処理部61に記憶されたピーク時間に基づき、中央制御部62はハートカット流路13の駆動モータを制御して、試料ガス及び試料ガスから所定の成分を除いたオミッションガスをガス回収部5に導入する。具体的には、試料ガスをガス回収部5に回収するときは、分析対象ガスをカラム10に通したときに該カラム10から出てきた試料ガスをハートカットせずに全てガス回収部5に導入する。また、オミッションガスをガス回収部5に回収するときは、再度、分析対象ガスをカラム10に通し、そのとき該カラム10から所定の成分が出てくるタイミングでハートカットし、該所定の成分をMS部2に、それ以外の成分をガス回収部5に導入する。これにより、ガス回収部5に装着されたサンプルバッグSBに試料ガス及びオミッションガスが順次収容される。
【0035】
なお、データ処理部61に、ピーク時間とそのピーク強度とを紐付けて記憶し、ピーク強度が高い順に、そのピークに対応する成分のみがMS部2に、該成分が除かれた試料ガスがガス回収部5に導入されるように、ハートカット流路13を切り替えてもよい。また、単純に、ピーク時間が早い順に、そのピークに対応する成分のみがMS部2に、該成分が除かれた試料ガスがガス回収部5に導入されるように、ハートカット流路13を切り替えるようにしても良い。
【0036】
分析対象ガスに含まれる全ての成分を1個ずつ除いたオミッションガスの回収が終了すると、続いて、におい測定部3にて、試料ガス及びオミッションガス(以下、測定ガスという)のにおい測定を実行する。
具体的には、におい測定制御部39の制御の下で、ポンプ35によりガス回収部5のサンプルバッグSBから順次、測定ガスがセンサセル34に引き入れられる。これにより、上述したように、測定ガスに含まれる成分がにおいセンサ341a〜341jに接触することで該においセンサ341a〜341jがそれぞれ検出信号を出力する。
【0037】
データ処理部61はにおい測定部3からの検出信号に基づいて、10次元空間における各測定ガスの検出結果を表すにおいベクトルを作成する。そして、試料ガスのにおいベクトルを基準ベクトルとして、各オミッションガスのにおいベクトルと基準ベクトルとの類似度を表す指標値を算出し、その結果を表示部64に表示する。このとき、各測定ガスの10個のにおいセンサ341a〜341jによる出力値を表示するようにしても良い。
さらに、MS部2により得られた結果とにおい測定部3で得られた結果とを対応付けて表示するようにしてもよい。例えば、トータルイオンクロマトグラムを表示しておき、そのクロマトグラムに出現する各ピークに対応付けてそのピーク成分のにおい形成に対する寄与度を表示するようにしても良い。
【0038】
次に、具体的な例を挙げながら、オミッションガスの回収動作及び試料ガスとオミッションガスの類似度の判定動作について、説明する。
まず、カラム10から出てきた成分の全てを含む試料ガスのMS部2に導入された結果、図3(a)に示すTICが得られたものとする。このTICにはAからDまでの4個のピークがみられ、これら4個のピークをその強度の大きい順に並べるとA、C、D、Bとなる。
【0039】
ピーク強度の大きいピークに対応する成分から順に試料ガスから除いたオミッションガスを回収することとすると、1回目のオミッションガスの回収工程では、ピークAが現れたタイミングに応じてハートカット流路13のバルブが切り替えられ、ピークAに対応する成分(成分A)のみがMS部2に、それ以外の成分(「cut A」成分)がガス回収部5に導入される。このとき、成分Aが導入されたMS部2により得られた結果からは、図3(b)に示すTICが得られる。
【0040】
また、2回目のオミッションガスの回収工程では、ピークCが現れたタイミングに応じてハートカット流路13のバルブが切り替えられ、ピークCに対応する成分(成分C)のみがMS部2に、それ以外の成分(「cut C」成分)がガス回収部5に導入される。このとき、成分Cが導入されたMS部2により得られた結果からは、図3(c)に示すTICが作成される。
なお、図示しないが、ピークD、ピークBに対応する成分についても、同様に、MS部2とガス回収部5に分岐して導入され、それぞれのTICが得られる。
【0041】
試料ガス及びオミッションガスの回収が終了すると、続いて、これら試料ガスとオミッションガスが順にセンサセル34に引き入れられる。この結果、各ガスに含まれる成分が10個のにおいセンサ341a〜341jと接触することで該においセンサがそれぞれ検出信号を出力し、これら検出信号に基づいて各ガスのにおいベクトルがデータ処理部61により作成される。
図4は、試料ガス及びオミッションガス(「cut A」ガス、「cut C」ガス)の10個のにおいセンサの出力値を示す。また、図5は、これら出力値から求められた、試料ガス及びオミッションガス(「cut A」ガス、「cut C」ガス)のにおいベクトルを示す。
【0042】
データ処理部61は、試料ガスとオミッションガスの類似度を表す指標として、試料ガスのにおいベクトルとオミッションガスのにおいベクトルのなす角度を求め、その角度をにおいベクトルとともに表示部64に表示する。例えば、図5に示す例では、試料ガスとオミッションガス(「cut A」ガス)のなす角度はθA、試料ガスとオミッションガス(「cut C」ガス)のなす角度はθC、(θA<θC)となる。この結果から、ユーザは、成分Aよりも成分Cの方が、分析対象ガスのにおい形成に対する寄与度が大きいと判断することができる。
【0043】
なお、ここでは、試料ガスとオミッションガスのにおいセンサ341a〜341jの検出結果をにおいベクトルとして表し、これらのなす角度を類似度を表す指標値としたが、試料ガスについてはにおいベクトルとして表し、オミッションガスについては10個のにおいセンサの出力値を座標成分とする1個の測定点として表してもよい。そして、この測定点と試料のにおいベクトルの距離を類似度を表す指標値としても良い。
また、ピーク強度の高い順にそのピークに対応する成分を除いたオミッションガスを回収するようにしたが、ピークが現れる順にそのピークに対応する成分を除いたオミッションガスを回収するようにしても良い。
【0044】
さらに、上記実施例では、試料ガスから1個の成分のみを除いたものをオミッションガスとしたが、複数の成分を除いたものをオミッションガスとしても良い。例えば、試料ガスとオミッションガスのにおいの類似度が高く、該オミッションガスに含まれない成分が分析対象ガスのにおい形成に寄与しないことが判明した場合には、その成分と別の成分(におい形成に寄与するか否かが不明な成分)の両方を除いたものをオミッションガスとしても良い。この場合、におい形成に寄与しないことが判明している成分が複数あれば、それら複数の成分と別の成分(つまり、3個以上の成分)を除いたものをオミッションガスとしてもよい。
【0045】
また、ハートカット流路13は、カラム10の出口の圧力を測定する圧力センサとバルブと該圧力センサの測定値に基づきバルブを切り替えるフローコントローラ(APC)とを含むように構成することができる。分析対象ガスに含まれる或る成分がカラム10から出てくるとカラム10の出口圧が上昇する。従って、この構成では、圧力センサの測定値が予め設定された閾値を上回ったことに基づき、バルブを切り替えて、或る成分をMS部2にハートカットし、残りの成分をガス回収部5に導入する。分析対象ガスに含まれる成分のうちどの成分をハートカットするか(つまり、どのタイミングでバルブを切り替えるか)は、上記実施例と同様に決めることができる。
さらにまた、ハートカット13を、カラム10の出口の流量を測定する流量センサとバルブと該流量センサの測定値に基づきバルブを切り替えるフローコントローラ(AFC)とを含むように構成することも可能である。この構成では、カラム10の出口流量が予め設定された閾値を上回ったことに基づきバルブを切り替える。
【0046】
さらに、上記実施例では、検出手段として質量分析手段(MS部2)を採用したが、これに限らず、水素炎イオン化検出器を検出手段としても良い。さらに、GC部1で成分分離した試料をMS部2とにおい測定部3とに並列に導入していたが、これにさらに補助的ににおい評価者が直接においを嗅いで強度等の情報を入力するにおい嗅ぎ部を設けてもよい。また、それ以外の点においても、本発明の趣旨の範囲で適宜変更や修正を加えることができることは明らかである。
【符号の説明】
【0047】
1…ガスクロマトグラフ部
10…カラム
13…切替弁(ハートカット流路)
14…GC制御部
2…質量分析部
3…におい測定部
31…吸入口
32…希釈部
33…濃縮部
34…センサセル
341a〜341j…においセンサ
35…ポンプ
36…A/D変換部
37…信号処理部
373…記憶部
39…におい測定制御部
4…インタフェイス部
5…ガス回収部
51…装着口
52…導出入口
53…第1流路切替部
54…オートサンプラ
55…第2流路切替部
56…制御部
6…パーソナルコンピュータ
61…データ処理部
62…中央制御部
63…入力部
64…表示部
図1
図2
図3
図4
図5