特許第6686768号(P6686768)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6686768
(24)【登録日】2020年4月6日
(45)【発行日】2020年4月22日
(54)【発明の名称】細胞の分離回収方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/48 20060101AFI20200413BHJP
   C12N 1/02 20060101ALI20200413BHJP
   C12N 5/078 20100101ALI20200413BHJP
【FI】
   G01N33/48 C
   C12N1/02
   C12N5/078
【請求項の数】4
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2016-147761(P2016-147761)
(22)【出願日】2016年7月27日
(65)【公開番号】特開2017-46685(P2017-46685A)
(43)【公開日】2017年3月9日
【審査請求日】2019年6月11日
(31)【優先権主張番号】特願2015-174129(P2015-174129)
(32)【優先日】2015年9月3日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】秋山 泰之
【審査官】 堂畑 厚志
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2010/0247492(US,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0230571(US,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0027771(US,A1)
【文献】 特表2010−501072(JP,A)
【文献】 特開2007−64916(JP,A)
【文献】 特表2005−514009(JP,A)
【文献】 特開2010−29203(JP,A)
【文献】 国際公開第2007/102562(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2005/0181353(US,A1)
【文献】 特開2011−24575(JP,A)
【文献】 誘導泳動を利用した血中希少がん細胞の検出・解析システムの開発,東ソー研究・技術報告,2014年,vol. 58,p. 3-12
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48
C12N
C12M
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
血小板を含む試料中に含まれる細胞を遠心分離を用いて分離回収する方法であって、血小板を含む試料が血小板GPIIb/IIIa受容体に対する阻害剤をさらに含む、前記方法。
【請求項2】
血小板を含む試料が親水性高分子を結合したタンパク質をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
血小板を含む試料が糖をさらに含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
血小板GPIIb/IIIa受容体に対する阻害剤が、0.5μg/mL以上のチロフィバンである、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料中に含まれる細胞を効率的に分離回収する方法に関する。特に本発明は、前記試料中に含まれる細胞数が非常に少ない場合であっても、効率的に前記細胞を分離回収可能な方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、血液などの体液や、臓器などの組織を溶液に懸濁もしくは分散して得られる組織標本試料や細胞培養液などから細胞を選択的に分離回収し、当該分離回収した細胞を基礎研究や臨床診断、治療へ応用する研究が進められている。例えば、がん患者より採取した血液から腫瘍細胞(Circulating Tumor Cell、以下CTC)を採取し、当該細胞について形態学的分析、組織型分析や遺伝子分析を行ない、前記分析により得られた知見に基づき治療方針を判断する研究が進められている。
【0003】
試料中に含まれる細胞を回収する方法として、従来より遠心分離を利用した方法が用いられており、前記細胞をより多く回収するための効率のよい分離回収方法が求められている。しかしながら、試料が全血などの血液成分を含む試料の場合、遠心分離により、当該試料中に含まれるフィブリノーゲン、フィブリン、血小板などの凝集因子により凝集体を形成し、当該凝集体が前記試料中に含まれる細胞を取り込むことで、前記細胞の分離回収を困難にしていた。
【0004】
特許文献1は、細胞を含む試料にヘパリンを添加し、当該試料中に含まれるフィブリンポリマーによる血液凝固を抑制することで、当該試料中に含まれる希少な細胞を分離回収する方法を開示している。しかしながら血小板を含む試料については、引用文献1に記載の方法を用いても効率的な分離回収は困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2004/029208号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、試料中に含まれる細胞を遠心分離を用いて分離回収する方法において、試料中に含まれる血小板の影響を受けることなく、前記細胞を効率的に分離回収する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明者らは鋭意検討を重ねた結果、本発明に到達した。
【0008】
すなわち本発明の第一の態様は、血小板を含む試料中に含まれる細胞を遠心分離を用いて分離回収する方法であって、血小板を含む試料が血小板GPIIb/IIIa受容体に対する阻害剤をさらに含む、前記方法である。
【0009】
また本発明の第二の態様は、血小板を含む試料が親水性高分子を結合したタンパク質をさらに含む、前記第一の態様に記載の方法である。
【0010】
また本発明の第三の態様は、血小板を含む試料が糖をさらに含む、前記第一または第二の態様に記載の方法である。
【0011】
また本発明の第四の態様は、血小板GPIIb/IIIa受容体に対する阻害剤が、0.5μg/mL以上のチロフィバンである、前記第一から第三の態様のいずれか一つに記載の方法である。
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0013】
本発明における血小板を含む試料の例として、血液、希釈血液、血清、血漿、臍帯血、成分採血液、骨髄液、リンパ液、組織液、腹水などの生体試料や、肝臓、肺、脾臓、腎臓、腫瘍、リンパ節といった血液を含む組織の一片を適切な緩衝液で懸濁させた懸濁液があげられる。またこれらの試料や懸濁液を遠心分離などにより分離回収して得られた、目的細胞を含む画分も、本発明における血小板を含む試料に含まれる。
【0014】
本発明の細胞の分離回収方法では、血小板を含む試料にあらかじめ血小板GPIIb/IIIa受容体に対する阻害剤を含ませてから遠心分離することで、前記試料中に含まれる細胞を回収することを特徴としている。背景技術に記載の通り、試料中に含まれる血小板が凝集体を形成すると、当該凝集体により試料中に含まれる細胞の分離回収が困難になるため、何らかの方法で血小板の凝集を阻害させる必要がある。前記阻害させる方法の一例として、血小板を含む試料に血小板凝集阻害剤を含ませる方法がある。
【0015】
血小板凝集阻害剤には、例えば、血小板ADP受容体を遮断し、血小板セロトニン2受容体を遮断し、血小板シクロオキシゲナーゼを阻害し、または血小板GPIIb/IIIa受容体を遮断することにより、血小板機能に直接の影響を与えて、血小板の凝集を阻害する物質がある。血小板ADP受容体を遮断し、血小板セロトニン2受容体を遮断し、血小板シクロオキシゲナーゼを阻害する阻害剤は、主に血小板膜表面の受容体を阻害、または受容体からのシグナル経路の阻害剤として働き、血小板凝集に関わる血小板GPIIb/IIIa受容体の発現に寄与している血小板内のカルシウムイオン濃度の上昇を抑制するために適用される。一方、血小板GPIIb/IIIa受容体に対する阻害剤は、von Willebrand因子や、フィブリノーゲンなどを介した、血小板間の血小板膜表面に発現した血小板GPIIb/IIIa受容体同士の結合による凝集を抑制する働きを有する。
【0016】
本発明者らは血小板を含む試料に含ませる血小板凝集阻害剤について鋭意検討した結果、血小板ADP受容体を遮断し、血小板セロトニン2受容体を遮断し、血小板シクロオキシゲナーゼを阻害する阻害剤よりも、血小板GPIIb/IIIa受容体に対する阻害剤が好ましいことがわかった。血小板を含む試料中に含まれる細胞を遠心分離を用いて分離回収する操作では、遠心力による血小板へのずり応力により血小板内のカルシウムイオン濃度が上昇すると考えられる。そのため血小板GPIIb/IIIa受容体に直接作用する、前記受容体に対する阻害剤が本発明の方法で用いる血小板凝集阻害剤として好ましいといえる。
【0017】
血小板GPIIb/IIIa受容体に対する阻害剤の一例として、チロフィバン(tirofiban)、アブシキシマブ(abciximab)、エプチフィバチド(eptifibatide)が例示できる。血小板GPIIb/IIIa阻害剤としてチロフィバンを用いる場合は、血小板を含む試料に0.5μg/mL以上含ませればよく、0.6μg/mL以上含ませるとより好ましく、0.7μg/mLから5μg/mLの範囲で含ませるとさらに好ましく、0.75μg/mLから3μg/mLの範囲で含ませるとさらにより好ましい。
【0018】
本発明では、血小板を含む試料に、血小板GPIIb/IIIa受容体に対する阻害剤に加え、親水性高分子を結合したタンパク質をさらに含ませると試料中に含まれる細胞を効率的に回収できる点で好ましい。親水性高分子は電荷を持たない親水性高分子であればよく、一例としてポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ポリ(ヒドロキシアルキル)メタクリレート、ポリアクリルアミド、ホスホリルコリン基を側鎖に有するポリマー、多糖類、ポリペプチドがあげられる。タンパク質は水溶性を有していればよく、一例として血清由来タンパク質や血漿由来タンパク質などの血液由来タンパク質やカゼインなどの乳由来タンパク質があげられ、さらに具体的な例として当業者が通常用いる血清由来タンパク質である、ウシ血清アルブミン(BSA)があげられる。親水性高分子を結合したタンパク質は、前述した親水性高分子とタンパク質とが一定の割合で結合したタンパク質であり、例えば、タンパク質と結合可能な官能基(例えば、N−ヒドロキシスクシンイミド基)を付与した親水性高分子とタンパク質とを一定のモル比で反応させることで得られる。なお親水性高分子とタンパク質との反応比は、タンパク質に対し親水性高分子を0.01以上のモル比で反応させればよく、0.5以上のモル比で反応させればより好ましく、2以上のモル比で反応させると最も好ましい(一例として、血液由来タンパク質または乳タンパク質に対し親水性高分子を2以上のモル比で反応させると、血液由来タンパク質に対しては親水性高分子が実測モル比1以上で結合し、乳由来タンパク質に対しては親水性高分子が実測モル比0.2以上で結合する)(特開2016−106622号公報参照)。
【0019】
また本発明では、血小板を含む試料に、血小板GPIIb/IIIa受容体に対する阻害剤に加え、糖をさらに含ませると試料中に含まれる細胞へのダメージが少なくなる点で好ましい。糖の一例として、マンニトール、グルコース、スクロースがあげられる。血小板を含む試料に含ませる糖の濃度は等張液となる濃度とすると好ましく、糖としてマンニトールを用いる場合は終濃度で250mMから350mMの間が好ましい範囲といえる。
【0020】
さらに本発明では、血小板を含む試料に、血小板GPIIb/IIIa受容体に対する阻害剤に加え、塩化カルシウムや塩化マグネシウムなどの電解質や、BSA等のタンパク質をさらに含ませてもよい。
【0021】
本発明の方法で分離回収した細胞は、例えば、スライドに塗布したり、顕微鏡や光学検出器などで観察したり、フローサイトメトリーを用いて測定すればよい。なお顕微鏡や光学検出器などで観察して細胞の測定を行なう場合、前記細胞を含む懸濁液を、前記細胞を保持可能な保持部を有した細胞保持手段に導入し、前記保持部に前記細胞を保持した後、顕微鏡や光学検出器などで観察するとよい。保持部の例として、前記細胞を収納可能な孔や、前記細胞を固定可能な材料(例えば、ポリ−L−リジン)で覆われた面があげられる。なお保持部の大きさを前記細胞を一つだけ保持可能な大きさとすると、特定細胞の採取および解析(形態学的分析、組織型分析、遺伝子分析など)が容易に行なえる点で好ましい。また細胞を保持部に保持させる際、誘電泳動力を用いると、保持部に細胞を効率的に保持させることができる点で好ましい。誘電泳動力を用いる場合、具体的には、交流電圧を印加することで誘電泳動を発生させ、保持部内へ細胞を導入すればよい。印加する交流電圧は、保持部内の細胞の充放電が周期的に繰り返される波形を有した交流電圧であると好ましく、周波数を100kHzから3MHzの間とし、電界強度を1×10から5×10V/mの間とすると特に好ましい(WO2011/149032号および特開2012−013549号公報参照)。
【0022】
以下、本発明の分離回収方法の一例として、血液中に含まれる腫瘍細胞(CTC)を分離回収する方法を説明するが、本発明は本説明の内容に限定されるものではない。
(1)がんの疑いのある患者から血液を採取する。なお血液を採取する際、クエン酸、ヘパリン、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)などの抗凝固剤を添加してもよい。また必要に応じ、採取した血液を生理食塩水などで希釈してもよい。
(2)(1)で採取した血液(または希釈した血液)に、血小板GPIIb/IIIa受容体に対する阻害剤(例えばチロフィバン)を含む溶液を添加し、密度勾配遠心法を用いて、CTCを分離する。チロフィバンの濃度は、前記血液(または前記希釈した血液)に対する終濃度として、0.5μg/mL以上とすればよく、0.6μg/mL以上とするとより好ましく、0.7μg/mLから5μg/mLの間とするとさらに好ましく、0.75μg/mLから3μg/mLの間とするとさらにより好ましい。密度勾配遠心法は細胞をその比重に基づき分離する方法であり、密度勾配を形成した媒体(密度勾配形成用媒体)上に採取した血液(または希釈した血液)を重層した後、遠心分離を行ない、目的とするCTCを含む層(上層)を回収することで、不要な細胞を除去したCTCを含む画分を得る。なお密度勾配遠心を行なう前に、血液または希釈血液に、不要な細胞である赤血球、白血球と結合可能な結合剤(例えば、RosetteSep(StemCell Technologies社製))を添加するとよい。前記結合剤は、赤血球、白血球、および/またはこれら細胞の表面抗原と結合することで細胞凝集体を形成し、これら細胞の密度を大きくすることができるため、密度勾配遠心法によるCTCの分離を容易にする。一方、密度勾配遠心による血小板を除去する結合剤(例えば、RosetteSep Human Circulating Epithelial Tumor Cell Enrichment Cocktail(StemCell Technologies社製))を添加することは好ましくない。CTCの一部は、貪食細胞からの認識を回避し遠隔部位への高い転移能を獲得するために血小板を纏う性質を獲得している。そのため前述した血小板を除去する結合剤を添加すると、血小板による凝集体形成の抑制には有効であるが、高転移能を獲得しているCTCの分離回収は困難となる。
(3)(2)で得られたCTCを含む画分を遠心分離することで血液成分を除去し、当該CTCをペレット状にした後、血小板GPIIb/IIIa受容体に対する阻害剤を含む溶液を添加し、CTCを懸濁させる。なおこの時、親水性高分子を結合したタンパク質(例えば、ポリエチレングリコールを結合したBSA)を含む溶液を添加してもよい。親水性高分子を結合したタンパク質の濃度は、懸濁液でのタンパク質の終濃度として、0.01から25%(w/v)の間であればよく、0.02から5%(w/v)の間であればより好ましく、0.05から2%(w/v)の間であればさらに好ましい。
(4)(3)で調製したCTCを含む懸濁液を再度遠心分離し、CTCを含むペレットを回収する。なお必要に応じ、前記回収したペレットを血小板GPIIb/IIIa受容体に対する阻害剤を含む溶液に再度懸濁させ、遠心分離する工程を追加してもよい。
【発明の効果】
【0023】
本発明は、血小板を含む試料中に含まれる細胞を遠心分離して回収する方法であって、前記試料に血小板GPIIb/IIIa受容体に対する阻害剤を含ませてから遠心分離することを特徴としている。本発明により、血小板を含む試料中に含まれる細胞を高効率に分離回収することができる。特に前記試料中に含まれる細胞量が非常に少ない場合に有用な方法である。
【0024】
一例として本発明を、血液中に含まれる腫瘍細胞(CTC)の分離回収に適用することで、採血量を少なくすることができ、患者への負担を低減させることができる。またがんの診断をCTCの存在により行なう場合、CTCの有無の判断結果に対する信頼性が向上するため、精度高くがんを診断することができる。
【実施例】
【0025】
以下、実施例および比較例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は当該例に限定されるものではない。
【0026】
実施例1
(1)ヒト乳がん細胞(SKBR3)を、5%CO環境下、10%FBSを含むRPMI−1640培地を用いて37℃で24から96時間培養後、0.25%トリプシン/1mM EDTAを用いて培地から細胞を剥離し、蛍光染色色素(CFSE、同仁化学研究所社製)で標識した。蛍光標識されたSKBR3細胞を目的とする細胞とした。
(2)インフォームドコンセントを得た健常人から血液をEDTA−2K採血管(VP−DK050K、テルモ社製)に3mL採血後、前記採血管に3mLの生理食塩水、75μLの白血球・赤血球結合剤(RosetteSep、StemCell Technologies社製)、ならびに(1)で蛍光標識した約50個のSKBR3細胞およびチロフィバンを含む300mMマンニトール溶液180μLを添加することで、希釈血液試料を調製した。
(3)調製した希釈血液試料を、密度1.091g/mLの密度勾配溶液に重層し、2000×gで10分間、25℃で遠心後、上清を回収した。
(4)(3)で回収した上清に、0.9%(w/v)塩化アンモニウムと0.1%(w/v)炭酸水素カリウムとを含む溶血液で30mLまでメスアップ後、300×gで10分間、25℃で遠心分離した。当該操作により上清に混入した赤血球が破壊され、分離回収したSKBR3細胞の観察が良好になる。
(5)上清を除去後、SKBR3細胞を含むペレットを、チロフィバンを含む300mMマンニトール溶液30mLで再懸濁した。
(6)再懸濁液を300×gで5分間、25℃で遠心分離後、上清を除去し、再度、SKBR3細胞を含むペレットを、チロフィバンを含む300mMマンニトール溶液30mLで懸濁した。当該操作は、血液成分を除去し、目的とするSKBR3細胞を濃縮するための操作である。
(7)(6)で得られたSKBR3細胞懸濁液を300×gで5分間、25℃で遠心分離し、上清を除去した。
(8)(7)で上清を除去したSKBR3細胞を含む懸濁液を細胞診断チップに導入し、交流電圧を3分間印加することで前記チップが有する保持部にSKBR3細胞を保持させた。本実施例で用いた細胞診断チップは、直径30μmで深さ30μmの微細孔からなる微細孔を複数有した絶縁体と前記絶縁体と下部電極基板の間に設置した遮光性のクロム膜とからなる保持部を、厚さ1mmのスペーサーと下部電極基板とで挟んだ構造であり、前記スペーサーを上部電極基板と下部電極基板とで挟んだ構造である。
(9)細胞診断チップに保持されたSKBR3細胞数を計測し、(2)で添加したSKBR3細胞数で除することで回収率を算出した。
【0027】
比較例1
実施例1(2)、(5)および(6)でSKBR3細胞に懸濁させる溶液として、
300mMマンニトール溶液(液温25℃または0℃)、
ヘパリンを含む300mMマンニトール溶液(液温25℃)、または
チクロピジンを含む300mMマンニトール溶液(液温25℃)、
を用いた他は、実施例1と同様な方法で、SKBR3細胞の分離回収および回収率の算出を行なった。
【0028】
実施例1および比較例1での回収率の結果をまとめて表1に示す。なお表1において、マンニトール以外の添加物濃度は、前記塩化アンモニウムと炭酸水素カリウムとを含む溶血液、または300mMマンニトール溶液で30mLにメスアップしたときの終濃度を示す。
【0029】
遠心分離を用いた血液試料からのがん細胞分離回収工程において、前記試料に血小板GPIIb/IIIa受容体に対する阻害剤であるチロフィバンを0.5μg/mL以上含ませることで、チロフィバンを含まない場合や、ヘパリンを含ませた場合や、血小板ADP受容体を遮断する阻害剤であるチクロピジンを含ませた場合と比較し、血小板凝集を抑制していることがわかる。またチロフィバンを0.5μg/mL以上含ませて、がん細胞の分離回収を行なうことで、血小板の凝集が確認されなかった液温0℃の300mMマンニトール溶液を用いたとき(回収率70%)と比較し、回収率が向上していることがわかる(回収率約90%)。また塩化アンモニウムと炭酸水素カリウムとを含む溶血液を添加する工程(実施例1(4))において、チロフィバンを含ませた場合は析出物は形成しなかったが、チクロピジンを含ませた場合は終濃度が100μg/mL以上で白色の析出物が形成し、1000μg/mLでは形成した白色の析出物により血小板凝集の有無の評価が困難となった。
【0030】
添加するチロフィバン濃度を検討したところ、チロフィバン濃度の上昇に伴い血小板の凝集抑制能が向上し、チロフィバン濃度0.75μg/mL以上では、試料中に含まれるがん細胞(SKBR3細胞)を高回収率(回収率約90%)で回収することができた。
【0031】
【表1】
実施例2
実施例1(1)での目的とする細胞として、ヒト小細胞肺がん細胞(H69)を用い、実施例1(2)、(5)および(6)の細胞を懸濁させる溶液として、0.75μg/mLのチロフィバンを含む300mMマンニトール溶液を用いた他は、実施例1と同様な方法で細胞の分離回収および回収率の算出を行なった。
【0032】
比較例2
実施例1(2)で血液に添加する白血球・赤血球結合剤として、白血球、赤血球および血小板と結合可能なRosetteSep Human Circulating Epithelial Tumor Cell Enrichment Cocktail(StemCell Technologies社製)を用い、実施例1(2)、(5)および(6)の細胞を懸濁させる溶液として、300mMマンニトール溶液を用いた他は、実施例1と同様な方法で細胞の分離回収および回収率の算出を行なった。
【0033】
実施例2および比較例2での回収率の結果をまとめて表2に示す。血小板の凝集は、実施例2、比較例2ともに確認されなかった。一方、細胞の回収率は、白血球・赤血球結合剤として、血小板も結合する結合剤を用いたとき(比較例2)は、血小板は結合しない結合剤を用いたとき(実施例2、回収率84.1%)と比較し、大幅に減少した(0.7%)。
【0034】
以上の結果から、比較例2のように血小板を結合する結合剤を添加する場合では、血小板を纏う性質を有した細胞を回収できないため、細胞の回収率が大幅に低下することが分かる。これに対し、実施例2では、血小板を結合しない結合剤を使用しているため、比較例2より細胞の回収率が大幅に上昇した。つまり、細胞の中には、血小板を纏う性質を有した細胞が存在するため、血小板とは結合しない白血球・赤血球結合剤を使用することによって、前記細胞をより回収することが可能であることが確認できた。
【0035】
【表2】
実施例3
(1)一方の末端がメトキシ基であり、もう一方の末端がN−ヒドロオキシスクシンイミドエステル基である、分子量5000のポリエチレングリコール(mPEG−NHS)と、ウシ血清アルブミン(BSA)(300mg、0.3mmol/L)とを、炭酸水素ナトリウム緩衝液(0.1M、15mL)に溶解させ、当該溶液を25℃で3時間撹拌することでポリエチレングリコールを結合したBSA(PEG−BSA)を調製した。なお調製する際、mPEG−NHSとBSAとのモル比(mPEG−NHS/BSA)を2となるようにした。調製後、分画分子量10000の透析膜を用いて、純水への溶液置換を3日間行なった。
(2)実施例1(5)および(6)のSKBR3細胞に懸濁させる溶液として、チロフィバンおよび(1)で調製したPEG−BSA(BSAとして1%(w/v))を含む300mMマンニトール溶液、を用いた他は、実施例1と同様な方法でSKBR3細胞の分離回収および回収率の算出を行なった。
【0036】
比較例3
実施例1(2)のSKBR3細胞に懸濁させる溶液および実施例1(5)および(6)のSKBR3細胞に懸濁させる溶液の組み合わせとして、表3に示す組み合わせを用いた他は、実施例1と同様な方法で、SKBR3細胞の分離回収および回収率の算出を行なった。なお表3に記載の「PEG−BSA」とは実施例3(1)で調製したPEG−BSAであり、BSAとして1%(w/v)含んだ溶液である。
【0037】
【表3】
実施例3および比較例3での回収率の結果をまとめて表4に示す。なお表4において、マンニトール以外の添加物濃度は、塩化アンモニウムと炭酸水素カリウムとを含む溶血液、またはマンニトール溶液で30mLにメスアップしたときの終濃度を示す。
【0038】
遠心分離を用いたがん細胞の分離回収工程において、血小板GPIIb/IIIa受容体に対する阻害剤であるチロフィバンを0.5μg/mL以上含ませることで、チロフィバンを含まない場合や、ヘパリンを含ませた場合や、チクロピジンを含ませた場合と比較し、血小板凝集を抑制していることがわかる。
【0039】
またチロフィバンを含む溶液同士で比較したところ、チロフィバン濃度の上昇に伴い、血小板の凝集抑制能が向上し、チロフィバン濃度0.75μg/mL以上では、試料中に含まれるがん細胞(SKBR3細胞)を高回収率(回収率約95%)で回収することができた。さらに実施例1との比較から、試料中に親水性高分子を結合したタンパク質であるPEG−BSAをさらに含ませることで、回収率が向上(PEG−BSAなし(実施例1):約90%、PEG−BSAあり(実施例3):約95%)することがわかる。
【0040】
【表4】