(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、C:0.4〜0.7%、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、Cr:4.0〜6.0%、(Mo+1/2W)の関係式によるWおよびMoのうちの1種または2種:2.0〜4.0%、(V+Nb)の関係式によるVおよびNbのうちの1種または2種:0.5〜2.5%、Ni:0〜1.0%、Co:0〜5.0%、N:0.02%以下、残部がFeおよび不純物の成分組成を有し、かつ、硬さが55〜60HRCの素材でなり、作業面に窒化層または浸硫窒化層を有する金型を用いて、
前記金型の作業面に、0.01〜0.98質量%の水溶性硫酸塩を含む水溶性高分子系潤滑剤を噴霧または塗布して、
鋼材を温熱間鍛造することを特徴とする鍛造品の製造方法。
前記金型は、前記作業面の表面から30μmの深さの位置で、−400MPa以下の圧縮残留応力が付与されていることを特徴とする請求項1または2に記載の鍛造品の製造方法。
150〜400℃に予熱した前記金型の作業面に、前記水溶性高分子系潤滑剤を噴霧または塗布することを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の鍛造品の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の特徴は、温熱間鍛造用金型の素材を、所定の成分組成でなる「マトリックスハイス」に限定した上で、金型の作業面に形成する表面処理層を「窒化層」または「浸硫窒化層」とし、温熱間鍛造時に使用する潤滑剤を「0.01〜0.98質量%の水溶性硫酸塩を含む水溶性高分子系潤滑剤」とする組合せを採用したことで、温熱間鍛造用金型の耐久性を向上できたところにある。なお、温熱間鍛造とは、鍛造される鋼材を、概ね700〜1300℃に加熱して行う鍛造のことである。以下に、本発明の各構成要件について説明する。
【0013】
(1)<本発明は、使用する温熱間鍛造用金型が、質量%で、C:0.4〜0.7%、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、Cr:4.0〜6.0%、(Mo+1/2W)の関係式によるWおよびMoのうちの1種または2種:2.0〜4.0%、(V+Nb)の関係式によるVおよびNbのうちの1種または2種:0.5〜2.5%、Ni:0〜1.0%、Co:0〜5.0%、N:0.02%以下、残部がFeおよび不純物の成分組成を有し、かつ、硬さが55〜60HRCの素材でなる。>
本発明において、温熱間鍛造用金型の耐久性を向上させるためには、まず、その金型素材の選択が重要である。つまり、使用中の金型に十分な引張強さを付与できるだけの高硬度を達成できることに加えて、その高硬度の状態で、優れた靭性をも維持できる素材である。そして、特に、本発明の場合、後述する通り、金型の作業面の潤滑性を維持するために、潤滑剤が積極的に利用される。よって、本発明の鍛造品の製造方法は、潤滑剤によって金型が急冷されて、金型に割れが発生しやすい環境で実施されることとなるから、金型の素材には、上記の金型の割れを抑制できるだけの優れた靭性を有する「マトリックスハイス」を選択することが必要である。以下、本発明に係る金型素材の要件(成分組成、硬さ)について説明する。
【0014】
・C:0.4〜0.7%
Cは、Cr、Mo、W、V、Nbなどの炭化物形成元素と結合して硬い複炭化物を生成し、温熱間鍛造用金型に必要な耐摩耗性を付与する。また、Cの一部は基地中に固溶して、基地(マトリックス)を強化する。そして、焼入れ焼戻し後のマルテンサイト組織に硬さを付与する。しかし、過量のCは、炭化物の偏析を助長する。よって、Cは、0.4〜0.7%とする。好ましくは0.45%以上であり、より好ましくは0.5%以上である。また、好ましくは0.65%以下であり、より好ましくは0.6%以下である。
【0015】
・Si:1.0%以下
Siは、通常、溶解工程で脱酸剤として使用され、鋳造後の鋼塊が不可避的に含有する元素である。しかし、Si量が多すぎると、温熱間鍛造用金型の靭性が低下する。よって、Siは、1.0%以下とする。好ましくは0.8%以下であり、より好ましくは0.6%以下である。さらに好ましくは0.4%以下であり、よりさらに好ましくは0.2%以下である。
なお、Siには、鋳造時の一次炭化物を球状に微細化する作用がある。よって、好ましくは0.05%以上、より好ましくは0.1%以上とする。
【0016】
・Mn:1.0%以下
Mnは、Siと同様、溶解工程で脱酸剤として使用され、鋳造後の鋼塊が不可避的に含有する元素である。しかし、Mn量が多すぎると、焼きなまし硬さが高くなり、温熱間鍛造用金型の形状に加工するときの機械加工性(切削性)が低下する。よって、Mnは、1.0%以下とする。好ましくは0.9%以下であり、より好ましくは0.8%以下である。さらに好ましくは0.7%以下であり、よりさらに好ましくは0.6%以下である。
なお、Mnには、焼入性を向上させる作用がある。よって、好ましくは0.1%以上、より好ましくは0.2%以上とする。さらに好ましくは0.3%以上、よりさらに好ましくは0.4%以上である。
【0017】
・Cr:4.0〜6.0%
Crは、Cと結合して炭化物を形成し、温熱間鍛造用金型の耐摩耗性を向上させる元素である。また、焼入性の向上にも寄与する元素である。しかし、多すぎると、組織中に偏析を助長し、靭性が低下する。よって、Crは、4.0〜6.0%とする。好ましくは5.5%以下であり、より好ましくは5.0%以下である。さらに好ましくは4.5%以下である。
【0018】
・(Mo+1/2W)の関係式によるWおよびMoのうちの1種または2種:2.0〜4.0%
WおよびMoは、Cと結合して炭化物を形成し、また、焼入れ時に基地中に固溶して硬さを増し、温熱間鍛造用金型の耐摩耗性を向上する元素である。しかし、多すぎると、偏析を助長し、金型の靭性が低下する。上記の作用効果において、WおよびMoの含有量は、(Mo+1/2W)の関係式で、その程度を調整することができる。そして、本発明では、前記関係式によるWおよびMoのうちの1種または2種を、2.0〜4.0%とする。好ましくは2.2%以上、より好ましくは2.4%以上、さらに好ましくは2.6%以上である。また、好ましくは3.7%以下、より好ましくは3.3%以下、さらに好ましくは3.0%以下である。
なお、Wは、Moに比べて偏析の助長能があり、靭性を損ねやすい。よって、Wは、好ましくは3.0%以下(上記の関係式において1.5%以下)とする。より好ましくは2.0%以下(上記の関係式において1.0%以下)である。
【0019】
・(V+Nb)の関係式によるVおよびNbのうちの1種または2種:0.5〜2.5%
VおよびNbは、Cと結合して炭化物を形成し、温熱間鍛造用金型の耐摩耗性と耐焼付き性を向上させる。また、焼入れ時に基地中に固溶し、焼戻し時に微細で凝集し難い炭化物を析出して、高温環境での軟化抵抗を向上し、優れた高温耐力を付与する。そして、結晶粒を微細にして、靭性や耐ヒートクラック性を向上させる。しかし、多すぎると、大きな炭化物を生成して、温熱間鍛造時に金型のクラックの発生を助長する。上記の作用効果において、VおよびNbの含有量は、(V+Nb)の関係式で、その程度を調整することができる。そして、上記の関係式によるVおよびNbのうちの1種または2種を、0.5〜2.5%とする。好ましくは0.7%以上、より好ましくは0.9%以上、さらに好ましくは1.1%以上である。また、好ましくは2.0%以下、より好ましくは1.8%以下である。さらに好ましくは1.5%以下、よりさらに好ましくは1.3%以下である。
なお、Nbは、Vに比べて軟化抵抗、高温強度の向上効果、結晶粒粗大化の抑制効果に優れる。よって、Nbは、含有することが好ましい。そして、Nbを含有する場合、好ましくは0.02%以上である。Nbの上限については、例えば、0.1%や、0.08%とすることができる。
【0020】
・Ni:0〜1.0%
Niは、高速度工具鋼に優れた焼入性を付与する。これによって、マルテンサイトが主体の焼入れ組織を形成でき、基地自体の有する本質的な靭性を改善できる。よって、Niは、0%でもかまわないが、必要に応じて、含有させることができる。しかし、Niが多すぎると、焼きなまし硬さが高くなり、温熱間鍛造用金型の形状に加工するときの機械加工性が低下する。よって、Niは、含有する場合でも1.0%以下とする。好ましくは0.7%以下、より好ましくは0.5%以下である。さらに好ましくは0.35%以下、よりさらに好ましくは0.15%以下である。そして、含有する場合、0.01%以上が好ましい。より好ましくは0.03%以上、さらに好ましくは0.05%以上である。
【0021】
・Co:0〜5.0%
Coは、高温環境での軟化抵抗を向上し、使用中の温熱間鍛造用金型が昇温されるときの、高温硬さの維持に効果を有する元素である。よって、Coは、0%でもかまわないが、必要に応じて、含有させることができる。しかし、Coが多すぎると、靭性が低下する。よって、Coは、含有する場合でも5.0%以下とする。好ましくは4.0%以下、より好ましくは3.0%以下である。さらに好ましくは2.0%以下、よりさらに好ましくは1.0%以下である。そして、含有する場合、0.3%以上が好ましい。より好ましくは0.4%以上、さらに好ましくは0.5%以上、よりさらに好ましくは0.6%以上である。
【0022】
・N(窒素):0.02%以下
Nは、鋳造後の鋼塊が不可避的に含有する不純物元素である。そして、炭化物形成元素であるVやNbとの親和性が強い元素であることから、炭窒化物を多く形成して、温熱間鍛造用金型の靭性を低下させる元素である。そして、この炭窒化物は、破壊の起点となって、使用中の温熱間鍛造用金型の早期割れを助長する要因となる。よって、Nは、0.02%以下にすることが重要である。好ましくは0.018%以下であり、より好ましくは0.015%以下である。なお、不可避的に含有するNの含有量を極低減することは、素材の製造効率を落とす要因になり得る。よって、N含有量の下限については、例えば、0.0005%とすることができる。また、0.001%とすることもできる。
【0023】
その他、本発明の高速度工具鋼には、SおよびPが不可避的な不純物元素として、含まれ得る。Sは、多すぎると熱間加工性を阻害するので、0.01%以下に規制することが好ましい。より好ましくは0.005%以下、さらに好ましくは0.003%以下である。Pは、多すぎると靭性が劣化するので、0.05%以下に規制することが好ましい。より好ましくは0.025%以下、さらに好ましくは0.02%以下である。
【0024】
・硬さ:55〜60HRC
本発明に係る上記の素材は、その特別なマトリックスハイスの成分組成によって、これを高硬度に調整したときでも、優れた靭性を維持できる。そして、上記の素材でなる温熱間鍛造用金型は、その硬さ(ロックウェル硬さ)を55HRC以上とする(室温での硬さである)。好ましくは56HRC以上である。硬さを上げることで、金型に、高温でも優れた引張強さを付与することができる。
温熱間鍛造用金型の硬さを上げすぎることは、靭性の過度の低下に繋がり、高温下で使用中の金型に急激に応力が生じたときに、金型に割れが生じ得る要因となる。よって、上記の素材でなる温熱間鍛造用金型は、その硬さを60HRC以下とする(室温での硬さである)。好ましくは58HRC以下である。
なお、本発明において金型の硬さは、JIS Z 2245 「ロックウェル硬さ試験−試験方法」に記載の測定方法に準拠して測定することができ、ロックウェルCスケール硬さを用いるものとする。
【0025】
(2)<本発明は、作業面に窒化層または浸硫窒化層を有する温熱間鍛造用金型を用いて、この温熱間鍛造用金型の作業面に、0.01〜0.98質量%の水溶性硫酸塩を含む水溶性高分子系潤滑剤を噴霧または塗布して、鋼材を温熱間鍛造するものである。>
一般的に、作業面に各種の表面処理層を形成した温熱間鍛造用金型において、その使用前の作業面は“くすんだ色”を呈している(
図1)。そして、このような金型を用いて温熱間鍛造を行ったときに、ある程度の鍛造回数を経てもなお寿命に達していない、いわゆる“耐久性に優れた金型”は、そのときの作業面が“黒光り”を呈していることが知られている(
図2)。
【0026】
そこで、まず、本発明者は、上記の黒光りを呈している作業面の表面解析を行った。その結果、この黒光りを呈している作業面には、潤滑性に優れた鉄酸化物(Fe−O)の層が生成されていることを確認した。そして、このFe−O層の形態が「マグネタイト(Fe
3−cO
4−d)」であるときに、このマグネタイトはヘマタイト(Fe
2−aO
3−b)よりも潤滑性に優れることから、温熱間鍛造中の金型の作業面にマグネタイトが形成されることが、温熱間鍛造用金型の耐久性を向上させることを知見した。ここで、FeとOとの原子比は、必ずしも化学量論組成ではないため、a、b、c、dを用いてそれを表した。
そして、上記の現象について、作業面に「窒化層(浸硫窒化層を含む)」を形成した温熱間鍛造用金型で評価したところ、耐久性に優れた金型では、やはり、その温熱間鍛造後の金型の作業面が上記の“黒光り”を呈しており、作業面にマグネタイト層が生成されていることを確認した。
そして、このマグネタイト層の安定的な存在のために、温熱間鍛造時の金型の作業面に噴霧または塗布される潤滑剤を積極的に利用できることを突きとめて、本発明の表面処理層と潤滑剤との最適な組合せに到達した。
【0027】
すなわち、本発明に係る潤滑剤は、上記のマグネタイト層の形成に作用する“効果的な”硫黄量を含有するものである。このことによって、潤滑剤中の硫黄成分が、使用中の温熱間鍛造用金型の作業面に形成されている窒化層と被加工材との間に供給されて、これが窒化層を構成する鉄窒化物(Fe−N)を効率的にマグネタイト層に変化させる仕組みに働く。なお、この仕組みには、被加工材を構成する鋼材のFe成分と金型を構成する素材のFe成分も寄与しており、その寄与の主体は被加工材の方であると推定する。そして、この仕組みが働くときの“効果的な”硫黄量について、潤滑剤に硫黄の単体を含有させることは現実的でないところ、これを水溶性硫酸塩として含有させることで、潤滑剤に相当量の硫黄を含有させることができ、かつ、上記のマグネタイト層の形成を促すことができる。
【0028】
マグネタイト層が形成される仕組みは、以下の通りと推測される。
図4は、使用中の温熱間鍛造用金型の作業面(700℃)におけるFe−S−O系状態図である。横軸は、作業面環境の酸素分圧であり、酸素分圧P(O
2)に対して、log
10(P(O
2))で示されている。また、縦軸は、同じく作業面環境の硫黄分圧であり、硫黄分圧P(S
2)に対して、log
10(P(S
2))で示されている。それぞれの分圧は、使用中に変動するものの、そのときの作業面の環境(反応が進む過程)は、概ね、この状態図で理解することができる。
温熱間鍛造用金型の長寿命化のためには、その使用開始時より、潤滑性に優れるマグネタイト層を、速やかに、かつ、均一に作業面に形成することが効果的である。そして、この効果的なマグネタイト層の形成のためには、潤滑剤中の硫黄量を調整することで、窒化層を構成するFe−Nや被加工材中のFeを、FeS(硫化鉄(II))の化学的な形態を介して、マグネタイト(Fe
3−cO
4−d)に変化させる環境を整えることが有効であることを、発明者は突きとめた。
【0029】
<潤滑剤中の硫黄量が不足する場合>
まず、潤滑剤中の硫黄量が不足すると、作業面環境の硫黄分圧が下がって、
図4に示すように、窒化層のFe−Nが酸化し、FeO(ウスタイト)に変化する。このFeOであっても、マグネタイトに変化させることが可能である。しかし、このような使用環境下でウスタイトがマグネタイトに変化することは、ウスタイト中の酸素の拡散速度に依存することから、その変化の速度が遅い。そして、ウスタイトは脆性物質であり、特に、温度が低いときに(例えば、600℃以下のときに)脆い酸化物である。よって、金型の使用を開始して、作業面の温度が高くないときに、マグネタイトに変化していないウスタイトが崩れて摩耗粉となり、この摩耗粉が金型の作業面を擦るため、三元アブレシブ摩耗が生じて、温熱間鍛造用金型の長寿命化を阻害する。
【0030】
<潤滑剤中の硫黄量が適量の場合>
そこで、潤滑剤中の硫黄量を適量にまで増やすと、作業面環境の硫黄分圧が適度に調整されて、
図4に示すように、窒化層のFe−Nや被加工材中のFeがFeSに変化する。そして、FeSはFe
3−cO
4−dとの共存が可能であることから、上記のFeSはマグネタイトへの変化が容易である。また、この変化のとき、理論的に、上記のFeOの生成を経ないようにすることができる。よって、窒化処理がなされた温熱間鍛造用金型の作業面において、その使用開始時から、ウスタイトの生成を伴わずに、潤滑性に優れたマグネタイト層を均一かつ速やかに形成させることができるので、使用中の金型の作業面に発生する摩擦熱を抑えて、三元アブレシブ摩耗も抑制できて、温熱間鍛造用金型の長寿命化を達成できる。
【0031】
<潤滑剤中の硫黄量が過剰の場合>
しかし、潤滑剤中の硫黄量が多すぎると、作業面環境の硫黄分圧が上がりすぎて、
図4に示すように、窒化層のFe−Nや被加工材中のFeがFeS
2(二硫化鉄)やFe
7S
8の化学的な形態に変化する。そして、FeS
2やFe
7S
8はマグネタイト(Fe
3−cO
4−d)との共存が難しい。そして、これらの鉄硫化物がマグネタイトに変化するとしても、そのためにはFeSの変化を介する必要がある。よって、使用中の温熱間鍛造用金型の作業面で十分なマグネタイト層が形成されず(マグネタイト層が消失して)、温熱間鍛造用金型の寿命向効果が期待できない。あるいは、作業面にマグネタイト層が形成されたとしても、温熱間鍛造の初期において、成形荷重を低減することが好ましいときに、マグネタイト層の形成が十分でなく、温熱間鍛造用金型の寿命向上効果が薄い。作業面環境の硫黄分圧が高い場合は、焼付きによる顕著な摩耗が生じ、金型の寿命が極端に短寿命化することがある。
【0032】
以上より、本発明の鍛造品の製造方法においては、これに使用する上記の水溶性高分子系潤滑剤に、0.01〜0.98質量%の水溶性硫酸塩を含有させる。水溶性硫酸塩の含有量が少なすぎると、ウスタイトの生成による三元アブレシブ摩耗の発生が懸念されて、上記のマグネタイト層の形成作用が得られない。好ましくは0.03質量%以上である。そして、水溶性硫酸塩の含有量を0.98質量%以下とすることにより、マグネタイト層の速やかな形成を促すことができて、温熱間鍛造の初期から、金型の寿命向上効果を得ることができる。また、鍛造設備の腐食を抑制し、また、硫黄の燃焼による臭気の発生が抑制され、作業環境が向上する。好ましくは0.70質量%以下、より好ましくは0.50質量%以下である、さらに好ましくは0.30質量%以下、よりさらに好ましくは0.10質量%以下である。なお、潤滑剤を希釈して使用するときには、その希釈後の潤滑剤で、水溶性硫酸塩の含有量が上記の0.01〜0.98質量%となるようにする。
上記の水溶性硫酸塩は、水中で解離し得る硫酸塩の中から適宜選択することができる。例えば、硫酸リチウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸ルビジウム、硫酸マグネシウム、硫酸アルミニウム、硫酸亜鉛の中から、1種または2種以上の硫酸塩を選択することができる。
【0033】
水溶性硫酸塩を含有させる潤滑剤は、水溶性高分子系潤滑剤とする。水溶性高分子系潤滑剤は、高温における金型の作業面への付着性に優れ、かつ、潤滑性にも優れた潤滑剤であることから、温熱間鍛造用の潤滑剤として好適である。そして、この水溶性高分子系潤滑剤は、公知の水溶性高分子系潤滑剤の中から適宜選択することができる他に、温熱間鍛造用の潤滑剤として使用することが可能な水溶性高分子系潤滑剤であれば使用することができる。
【0034】
本発明において、水溶性高分子系潤滑剤は、少なくとも、水溶性高分子と、水溶性硫酸塩を含有する、水をベースとした潤滑剤であり、必要に応じて更に他の成分を含有してもよいものである。
【0035】
水溶性高分子は、潤滑剤中の成分を金型表面に付着させ強固な潤滑皮膜を形成するために用いられる。水溶性高分子は、水溶性の置換基を有する高分子化合物であればよく、公知のものの中から適宜選択することができる。水溶性の置換基としては、カルボキシル基、スルホ基などの酸性基、アミノ基などの塩基性基や、ヒドロキシル基等が挙げられる。
水溶性高分子の具体例としては、ポリアクリル酸、アクリル酸−無水マレイン酸共重合体、カルボキシメチルセルロース、イソブチレン−無水マレイン酸共重合体、メチルビニルエーテル−無水マレイン酸共重合体などが挙げられ、1種単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
水溶性高分子系潤滑剤中の水溶性高分子の含有割合は、水を含む水溶性高分子系潤滑剤全量100質量%に対し、1質量%〜30質量%であることが好ましい。
【0036】
また、水溶性高分子系潤滑剤は、必要に応じて、金型と被加工材である鋼材との摩擦を低減するためのカルボン酸化合物や、鍛造設備内の腐食を抑制するための防食添加剤やキレート剤などを含有してもよい。カルボン酸化合物、防食添加剤、及びキレート剤は、公知のものの中から適宜選択することができる。
【0037】
(3)<本発明は、好ましくは、作業面の窒化層または浸硫窒化層が塩浴法によって形成されたものである。>
金型の作業面に窒化層または浸硫窒化層を形成する方法は、公知の方法の中から適宜選択することができる。窒化層の形成においては、一般的な窒化処理方法を適用することができ、各種のプラズマ窒化、ガス窒化、塩浴窒化などの窒化処理方法が挙げられる。例えば、プラズマ窒化処理の場合、原料ガスに窒素と水素との混合ガスを用いて、400〜560℃程度の温度で処理することができる。また、浸硫窒化層の形成においては、例えば、前記特許文献1に記載の浸硫窒化処理、前記特許文献2に記載の塩浴浸硫窒化、特開2001−316795号公報に記載のガス浸硫窒化処理方法などが挙げられる。塩浴窒化処理は、窒化源を含む基本塩に硫化物を添加した塩浴を処理媒体に用いた表面処理方法であり、NaCl、KCNO、CaCN
2、NaCNOなどを主成分とする塩浴に浸漬して、500〜600℃の温度で処理することができる。ガス浸硫窒化処理の場合、アンモニアと硫化水素とを含んだ窒化性ガスと浸硫性ガスとの混合雰囲気内で、400〜580℃程度の温度で処理することができる。
窒化層または浸硫窒化層における窒化層深さは特に限定されないが、金型の耐久性を高める点から、0.05mm〜0.5mmが好ましい。そして、0.1mm以上がより好ましい。また、0.3mm以下がより好ましい。
【0038】
このような表面処理方法によって温熱間鍛造用金型の作業面に形成された表面処理層(窒化層または浸硫窒化層)に、上述した適量の水溶性硫酸塩を含有した水溶性高分子系潤滑剤を組合せることで、その使用中の金型の作業面は、その長時間の使用に亘って“黒光り”を呈した層(マグネタイト層)で覆われることとなり、作業面の摩耗抑制に効果を発揮する。しかし、このようなマグネタイト層を形成する仕組みであっても、金型の使用がより長期に亘ると、マグネタイト層を形成するための原資であって、さらには、作業面の強度をも維持していた窒化層(または浸硫窒化層)自体が徐々に熱分解されていき、摩耗による温熱間鍛造用金型の寿命に至る。
そこで、作業面の表面処理層を「塩浴法」によって形成することで、表面処理層の耐熱性(高温強度)を向上させることができる。このことによって、表面処理層の熱分解を遅らせることができる。また、金型使用中の軟化による、温熱間鍛造用金型の素材の硬さ低下を抑制することもできる。
【0039】
そして、特に、作業面の表面処理層を塩浴法によって形成することで、表面処理層に「残留圧縮応力」を付与することができる。そして、この残留圧縮応力は、高温環境下で使用中の金型の状態でも開放され難く存在するので、長時間の金型使用でも、作業面のクラックの発生および進展を抑制することができる。このとき、上記の残留圧縮応力は、金型の表面近傍に分布していることが好ましい。そして、表面処理層が形成された金型の作業面の表面から30μm(0.03mm)の深さの位置で、−400MPa以下の大きな圧縮残留応力が付与されていることが好ましい(「−(マイナス)」は圧縮応力であることを示す)。より好ましくは−500MPa以下、さらに好ましくは−600MPa以下である。なお、この数値の下限(絶対値の上限)を設定することは特に要しない。そして、−1000MPa程度が現実的である。
【0040】
また、表面処理層に「浸硫窒化層」を選択したときに、この浸硫窒化層を塩浴法によって形成することは、使用中の金型作業面における硫黄分圧を調整しやすい点でも有効である。上述したように、使用中の金型の作業面環境の硫黄分圧が上がりすぎると、窒化層のFe−Nや被加工材中のFeがマグネタイトに変化し難い。そこで、塩浴浸硫窒化層は、ガス浸硫窒化層などと比べて、その自身のFe−S層の存在量(厚さ)を小さくできて、潤滑剤中の硫黄量によって最適化された作業面環境の硫黄分圧が高くなることを抑制できる点で好ましい。
【0041】
(鍛造品の製造方法)
ここで
図3を参照して、前記金型の作業面に前記水溶性高分子系潤滑剤を噴霧または塗布して、鋼材を温熱間鍛造する方法の一例を説明する。
図3は、鍛造設備の一例を示す模式断面図である。なお
図3中のパンチ型1’及び1はそれぞれプレス前とプレス時の状態を表しており、同一のパンチ型である。
図3の例では、パンチ型1とダイス型4と、水溶性高分子系潤滑剤5を噴霧する場合に用いられる吹出口2を備えている。パンチ型1とダイス型4との組合せによりキャビティ3が形成される。
図3の例では、ダイス型4の作業面に水溶性高分子系潤滑剤を噴霧または塗布し、その後、被加工材である鋼材6を配置し、プレス前のパンチ型1’の作業面8には、吹出口2から水溶性高分子系潤滑剤5を噴霧する。次いで、パンチ型1をプレス機の動作により
図3中のプレス7の矢印方向にプレスして、後方押出し加工により鋼材6の鍛造品を製造する。鍛造品となる鋼材は、鍛造用として使用可能なステンレス鋼や炭素鋼の中から鍛造品の用途等に応じて適宜選択して用いることができる。
なお、鍛造設備は、通常、鍛造プレス機を備え(図示せず)、その他の構成については特に限定されず、公知のあらゆる構成とすることができる。
【0042】
本発明において、上記の水溶性硫酸塩を含む水溶性高分子系潤滑剤を、温熱間鍛造用金型の作業面に噴霧または塗布するタイミングは、1回または2回以上の温熱間鍛造が終了する毎に、被鍛造材から離間した温熱間鍛造用金型の作業面に行うものとすることができる。そして、1回の温熱間鍛造を終了する毎に行うことが、潤滑剤の離型剤としての効果を得る上でも、好ましい。
また、上記の水溶性硫酸塩を含む水溶性高分子系潤滑剤を噴霧または塗布するときの温熱間鍛造用金型の作業面の温度を、150〜400℃に予熱しておくことが好ましい。より好ましくは300℃以下である。そして、特に、初回の温熱間鍛造を開始するときから予熱しておくことが好ましい。この温度に予熱しておくことによって、温熱間鍛造の初期から、金型の作業面に良好なマグネタイト層を形成させることに効果的であり、成形荷重の低減にも有効である。
【実施例】
【0043】
図1の形状のパンチ型(金型)を用いて、鋼材S45C(JIS G 4051)に温熱間鍛造を実施し、等速ジョイント用部品を製造した。このとき、パンチ型の素材は、表1の成分組成を有し、焼入れ焼戻しによって硬さを57HRCに調整した。
【0044】
【表1】
【0045】
そして、パンチ型の作業面に、以下の表面処理1〜3によって、各種の表面処理層を形成した。
<表面処理1>
塩浴浸硫窒化処理(処理温度:580℃、処理時間:4時間)によって、窒化層(拡散層)深さが約0.20mmの浸硫窒化層を形成した(
図1)。
<表面処理2>
ガス浸硫窒化処理(処理温度:500℃、処理時間:5時間)によって、窒化層(拡散層)深さが約0.15mmの浸硫窒化層を形成した。
<表面処理3>
プラズマ窒化処理(処理温度:510℃、処理時間:6時間)によって、窒化層(拡散層)深さが約0.10mmの窒化層を形成した。
【0046】
このとき、表面処理1、2の浸硫窒化処理については、上記の素材でなる試験片を用いて、その表面処理後の表面(作業面)からの深さ方向における残留応力分布を測定した。測定は、X線応力測定とし、回折線はFe3Nの(103)面を使用した。また、表面処理後の試験片について、これを600℃に加熱した後の残留応力分布も測定した。測定に使用した回折線はα−Feの(211)面を使用した。それぞれの結果を
図5(表面処理まま)および
図6(加熱後)に示す。縦軸が残留応力(MPa。「−(マイナス)」は圧縮応力)であり、横軸が表面からの深さ(μm)である。
図5より、塩浴浸硫窒化処理(表面処理1)では、ガス浸硫窒化処理(表面処理2)に比べて、表面からより浅い位置に大きな圧縮残留応力が付与されており、表面から30μmの深さの位置で−700MPaにも及ぶ圧縮残留応力が付与されていた。そして、
図6より、この圧縮残留応力は、加熱後においても開放され難く、作業面のクラックの発生および進展を抑制するのに効果的な値を維持していた。
【0047】
作製したパンチ型を用いて、実際の温熱間鍛造を行った。最初に、200℃に予熱したパンチ型の作業面に、スプレーによって潤滑剤を噴霧し、700〜1000℃に加熱した鋼材を成形する温熱間鍛造を行った。そして、これ以降、1回の温熱間鍛造が終了する毎に、被鍛造材である鋼材から離間したパンチ型の作業面に上記の潤滑剤を噴霧する温熱間鍛造を繰返し行い、作業面の浸硫窒化層が消耗して金型が寿命に達するまでの鍛造回数を測定した。このとき、上記の潤滑剤には、市販の水溶性高分子系潤滑剤「ホットアクアルブ300TK(大同化学工業株式会社製)」を水で4倍に希釈したものを用いた。そして、この希釈した潤滑剤について、このまま使用した「潤滑剤A」と、これに0.06質量%の硫酸ナトリウムを含有させた「潤滑剤B」との2条件で温熱間鍛造を行った。金型寿命(上記の鍛造回数)の結果を、表2に示す(表面処理3と潤滑剤Aとの組合せによる結果を「100」としている)。
【0048】
【表2】
【0049】
温熱間鍛造の結果、潤滑剤Bを用いた温熱間鍛造では、金型の作業面に形成されているマグネタイト層が安定化されて、窒化層または浸硫窒化層の耐久性が向上した(
図2に、表面処理1を適用した金型の場合の作業面を示す)。そして、金型の寿命が、塩浴浸硫窒化と潤滑剤Aとの組合せによるものと比べて約2倍以上に向上した。
【0050】
この出願は、2018年5月22日に出願された日本出願特願2018−097711を基礎とする優先権を主張し、その開示の全てをここに取り込む。
温熱間鍛造用金型の耐久性を高めることができる鍛造品の製造方法を提供する。質量%で、C:0.4〜0.7%、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、Cr:4.0〜6.0%、(Mo+1/2W)の関係式によるWおよびMoのうちの1種または2種:2.0〜4.0%、(V+Nb)の関係式によるVおよびNbのうちの1種または2種:0.5〜2.5%、Ni:0〜1.0%、Co:0〜5.0%、N:0.02%以下、残部がFeおよび不純物の成分組成を有し、かつ、硬さが55〜60HRCの素材でなり、作業面に窒化層または浸硫窒化層を有する金型を用いて、前記金型の作業面に、0.01〜0.98質量%の水溶性硫酸塩を含む水溶性高分子系潤滑剤を噴霧または塗布して、鋼材を温熱間鍛造することを特徴とする鍛造品の製造方法である。