【文献】
YU Jing et al,In situ covalently cross-linked PEG hydrogel for ocular drug delivery applications,International Journal of Pharmaceutics,2014年,vol.470,p.151-157
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
水溶液中、30〜40℃の範囲における前記ハイドロゲルの体積が、ゲル作成時の体積に対して90〜500%の体積変化の範囲の膨潤度であり、0.1〜5kPaの膨潤圧を有する、請求項1又は2に記載の眼科治療用ゲル材料。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
かかる従来技術における問題点に鑑み、本発明は、膨潤圧が低くかつ適切な弾性力を有するとともに、眼組織、特に網膜にとって無毒であり、長期間タンポナーデ効果を安定に維持することができる新規な眼内タンポナーデ材料であって、人工硝子体としても有用な眼科治療用ゲル材料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討の結果、作為的にゲル化寸前の状態、より詳細には貯蔵弾性率G’が損失弾性率G”より小さいゾル状態としたゲル前駆体クラスターをゲル化反応における種として用いて得られる低高分子濃度のハイドロゲルが、長期間安定した低膨潤圧と適切な弾性率を有する眼内タンポナーデ材料及び人工硝子体として機能し得ること、及び、前記ゲル前駆体クラスターを溶液状態で生体内に低侵襲で注入し、in vivoでゲル化し自己組織化させて用いることができることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0008】
すなわち、本発明は、一態様において、
(1)ゲル前駆体クラスターが互いに架橋して3次元網目構造を形成しているハイドロゲルを含む眼科治療用ゲル材料であって、
前記ゲル前駆体クラスターは、臨界ゲル化濃度未満のモノマーユニット又はポリマーユニットが架橋した構造を有し、及び貯蔵弾性率G’と損失弾性率G”においてG’<G”の関係性を有するものであり、
前記ハイドロゲルは、
50g/L以下の高分子含有量、
1Hzの周波数において1〜10000Paの貯蔵弾性率G’、及び
1.5〜2.5のフラクタル次元
を有することを特徴とする、該眼科治療用ゲル材料
を提供するものである。
【0009】
本発明の眼科治療用ゲル材料の好ましい態様は、
(2)前記ハイドロゲルが、1〜100Paの損失弾性率G”を有する、上記(1)に記載の眼科治療用ゲル材料;
(3)水溶液中、30〜40℃の範囲における前記ハイドロゲルの体積が、ゲル作成時の体積に対して90〜500%の体積変化の範囲の膨潤度であり、0.1〜5kPaの膨潤圧を有する、上記(1)又は(2)に記載の眼科治療用ゲル材料;
(4)前記モノマーユニットがビニル骨格を有するものであり、又は前記ポリマーユニットが、ポリエチレングリコール骨格又はポリビニル骨格を有する、上記(1)〜(3)のいずれか1に記載の眼科治療用ゲル材料;
(5)前記ゲル前駆体クラスターが、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有する第1のポリマーユニットと、側鎖又は末端に1以上の求電子性の官能基を有する第2のポリマーユニットからなる、上記(1)〜(4)のいずれか1に記載の眼科治療用ゲル材料;
(6)前記求核性官能基が、アミノ基、−SH、及び−CO
2PhNO
2よりなる群から選択され、前記求電子性官能基が、N−ヒドロキシ−スクシンイミジル(NHS)基、スルホスクシンイミジル基、マレイミジル基、フタルイミジル基、イミダゾイル基、アクリロイル基、及びニトロフェニル基よりなる群から選択される、上記(5)に記載の眼科治療用ゲル材料;
(7)前記求核性官能基が−SHであり、前記求電子性官能基がマレイミジル基である、上記(5)に記載の眼科治療用ゲル材料;
(8)前記ゲル前駆体クラスターが、第1のゲル前駆体クラスターと第2のゲル前駆体クラスターからなり、
前記第1のゲル前駆体クラスターは、第1のポリマーユニットの含有量が第2のポリマーユニットの含有量より多く、
前記第2のゲル前駆体クラスターは、第2のポリマーユニットの含有量が第1のポリマーユニットの含有量より多い、
上記(5)に記載の眼科治療用ゲル材料;
(9)前記ゲル前駆体クラスターの前記損失弾性率G”が、1Hzの周波数において、0.005〜5Paの範囲である、上記(1)〜(8)のいずれか1に記載の眼科治療用ゲル材料;
(10)前記ゲル前駆体クラスターが、1.5〜2.5のフラクタル次元を有する、上記(1)〜(9)のいずれか1に記載の眼科治療用ゲル材料;
(11)前記ゲル前駆体クラスターが、10〜1000nmの範囲の直径を有する、上記(1)〜(10)のいずれか1に記載の眼科治療用ゲル材料;
(12)硝子体注入物として用いられる、上記(1)〜(11)のいずれか1に記載の眼科治療用ゲル材料;及び
(13)人工硝子体として用いられる、上記(1)〜(11)のいずれか1に記載の眼科治療用ゲル材料
を提供するものである。
【0010】
別の態様において、本発明は、ゲル前駆体クラスターを含む眼科治療用ポリマー組成物に関し、
(14)臨界ゲル化濃度未満のモノマーユニット又はポリマーユニットが架橋した構造を有し、及び貯蔵弾性率G’と損失弾性率G”においてG’<G”の関係性を有するゲル前駆体クラスターを含む、眼科治療用ポリマー組成物;
(15)前記モノマーユニットがビニル骨格を有するものであり、又は前記ポリマーユニットが、ポリエチレングリコール骨格又はポリビニル骨格を有する、上記(14)に記載の眼科治療用ポリマー組成物;
(16)前記ゲル前駆体クラスターが、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有する第1のポリマーユニットと、側鎖又は末端に1以上の求電子性の官能基を有する第2のポリマーユニットからなる、上記(14)又は(15)に記載の眼科治療用ポリマー組成物;
(17)前記求核性官能基が、アミノ基、−SH、及び−CO
2PhNO
2よりなる群から選択され、前記求電子性官能基が、N−ヒドロキシ−スクシンイミジル(NHS)基、スルホスクシンイミジル基、マレイミジル基、フタルイミジル基、イミダゾイル基、アクリロイル基、及びニトロフェニル基よりなる群から選択される、上記(16)に記載の眼科治療用ポリマー組成物;
(18)前記求核性官能基が−SHであり、前記求電子性官能基がマレイミジル基である、上記(16)に記載の眼科治療用ポリマー組成物;
(19)前記ゲル前駆体クラスターは、第1のポリマーユニットの含有量が第2のポリマーユニットの含有量より多く、又は第2のポリマーユニットの含有量が第1のポリマーユニットの含有量より多い、上記(16)に記載の眼科治療用ポリマー組成物;
(20)前記ゲル前駆体クラスターの前記損失弾性率G”が、1Hzの周波数において、0.005〜5Paの範囲である、上記(14)〜(19)のいずれか1に記載の眼科治療用ポリマー組成物;
(21)前記ゲル前駆体クラスターが、1.5〜2.5のフラクタル次元を有する、上記(14)〜(20)のいずれか1項記載の眼科治療用ポリマー組成物;及び
(22)前記ゲル前駆体クラスターが、10〜1000nmの範囲の直径を有する、上記(14)〜(21)のいずれか1に記載の眼科治療用ポリマー組成物
を提供するものである。
【0011】
さらなる態様において、本発明は、眼科治療用ポリマー組成物を含むキットに関し、
(23)上記(16)〜(22)のいずれか1に記載の眼科治療用ポリマー組成物を含む、キット;
(24)架橋剤をさらに含む、上記(23)に記載のキット;及び
(25)前記ゲル前駆体クラスターが、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有する第1のポリマーユニットと、側鎖又は末端に1以上の求電子性の官能基を有する第2のポリマーユニットからなり、以下の(a)と(b)の2種類のポリマー組成物が互いに混合されることなく収納されていることを特徴とする、請求項23に記載のキット:
(a)第1のポリマーユニットの含有量が第2のポリマーユニットの含有量より多い第1のゲル前駆体クラスターを含むポリマー組成物;
(b)第2のポリマーユニットの含有量が第1のポリマーユニットの含有量より多い第2のゲル前駆体クラスターを含むポリマー組成物
を提供するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、膨潤圧が低くかつ適切な弾性力を有するとともに、眼組織、特に網膜にとって無毒であり、長期間タンポナーデ効果を安定に維持することができる眼科治療用ゲル材料が提供される。かかるゲル材料は、非膨張性であって、眼内に注入し長期間経過した後でも望ましくない膨潤が生じず、また、優れた生体適合性及び生分解性を有しているため、眼内注入による白濁や炎症等が生じないという効果を奏するものであり、これまで実用化されていなかった人口硝子体として用いることが可能である。さらに、90%を超える高い含水率の親水性を有しているため硝子体を介して、水、イオン、栄養分、化学伝達物質等の物質透過性を有する。
【0013】
また、ゲル前駆体クラスターが架橋してハイドロゲルとなるゲル化時間がわずか数分であるため、当該ゲル前駆体クラスターを溶液状態で眼内に注入し、in vivoでゲル化し自己組織化させて用いることができる。このように、ゲル化する前の段階のゾル状態にあるゲル前駆体クラスターを含む溶液として注入することができるため操作に優れ、通常使用される注射針(25ゲージ)よりも細い針で使用することが可能となり、眼球にかかる負荷や治療に要する時間を短縮することができるという利点も有する。従来用いられていた気体タンポナーデ材料やシリコーンオイル等の液体タンポナーデ材料のように、術後のうつ伏せ状態の維持、或いは術後の抜去手術等は不要であり、患者の負担を軽減することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0016】
本発明の眼科治療用ゲル材料は、ゲル前駆体クラスターが互いに架橋して3次元網目構造を形成しているハイドロゲルを含むものである。当該眼科治療用ゲル材料は、膨潤圧が低くかつ適切な弾性力を有することに加えて、非膨張性、無毒性、生体適合性であるという特徴を有するものであり、硝子体手術等の外科的眼科手術において硝子体の置換材料(いわゆる、眼内タンポナーデ材料)として好適に用いられ、その優れた特性から人工硝子体として用いることができる。また、短時間でゲル化可能であるため、眼内への適用においては、後述のように、例えば、ゲル前駆体クラスターを含む溶液を注入し、in vivoでゲル化して用いることができるという特徴を有する。
【0017】
図1は、本発明の眼科治療用ゲル材料におけるハイドロゲルの構成及び製造工程を示す模式図である。第1の工程として、
図1a)に示すように、最終的にハイドロゲルを構成することとなるモノマーユニットもしくはポリマーユニット(以下、これらを「前駆体ユニット」という。)を、いったんゲル化の寸前の状態で反応させて、未だゲル形成に至らない構造を有する、すなわちゾル状態のポリマークラスターを形成させる。そのうえで、第2の工程として、
図1b)に示すように、第2の工程として、適切な架橋剤を添加し、これらクラスター(ゲル前駆体クラスター)どうしをさらに反応させ、互いに3次元的に架橋させることで最終生成物であるハイドロゲルを得ることを特徴とするものである。ここで、ゲル前駆体クラスターは、後述のように必ずしも同一組成の単一種である場合に限らず、異なる組成を有する複数のゲル前駆体クラスターを用いることもできる。
【0018】
かかる手法では、ゲル前駆体クラスターを、いわば最終的なゲルの前駆体或いは中間体として用いることにより、低濃度の高分子含有量の場合でも、短時間にゲルを形成させることができ、また、低弾性領域においてもゲルの弾性率及び膨潤度を制御することができる。ここで、「ゲル」とは、一般に、高粘度で流動性を失った分散系をいう。
【0019】
(1)ゲル前駆体クラスター
本発明の眼科治療用ゲル材料において用いられるゲル前駆体クラスターは、上述のように、ゲル化の寸前の状態、すなわち臨界ゲル化濃度未満の条件で前駆体ユニットを反応ないし架橋させることによって得られるゾル状のポリマークラスターである。ここで、「臨界ゲル化濃度」とは、特定の前駆体ユニットの架橋によって3次元構造のゲルを構築する系において、当該ゲル化を達成するために必要な前駆体ユニットの最低濃度を意味し、最低ゲル化濃度とも呼ばれる。本発明において、臨界ゲル化濃度という語には、例えば、2種以上の前駆体ユニットが用いられる系では、それら全体の濃度がゲル化に至る濃度に達しない場合に加えて、1種の前駆体ユニットの濃度だけが低い場合、すなわち各前駆体ユニットの比率が非当量であることによってゲル化を生じさせない場合も含まれる。
【0020】
当該ゲル前駆体クラスターは、前駆体ユニットが相互に結合ないし架橋した構造を有するものの、未だゲル化に至らない条件で形成されたものであるため、前駆体ユニットにおいて未反応の状態の置換基が存在する。かかる置換基が、ゲル前駆体クラスター間の反応において互いに架橋することにより最終的なゲルが形成させることとなる。
【0021】
当該ゲル前駆体クラスターは、貯蔵弾性率G’と損失弾性率G”においてG’<G”の関係性を有する。一般に、ゲル化する以前のポリマーでは損失弾性率G”の値が貯蔵弾性率G’が大きく、その後、ゲル化とともに、これらの物性値の大小が逆転してG”のほうが大きくなることが知られている。そして、G’=G”となる点が、いわゆるゲル化点である。したがって、ゲル前駆体クラスターがG’<G”であることは、それがゲル化に至っていないゾル状態であることを意味する。好ましくは、1Hzの周波数においてG’<G”<100G’の関係を有する。
【0022】
好ましくは、ゲル前駆体クラスターのG”は、1Hzの周波数において0.005〜5Paの範囲であり、より好ましくは、0.01〜1Pa、さらに好ましくは、0.01〜0.5Paの範囲である。これらの弾性率は、レオメーター等の公知の測定機器を用いて、動的粘弾性測定等の公知の方法で算出することができる。
【0023】
また、本発明におけるゲル前駆体クラスターは、好ましくは、1.5〜2.5のフラクタル次元を有する。より好ましくは、1.5〜2.0のフラクタル次元を有する。ここで、フラクタル次元とは、ポリマーユニットによる架橋構造が、どの程度3次元的な構造に近い状態かを表す指標であり、その算出方法は、例えば、(W. Hess, T. A. Vilgis, and H. H. Winter, Macromolecules 21, 2536 (1988))を参照することができる。具体的には、例えば、ゲル化点における動的粘弾性特性の変化から、動的スケーリング理論を用いて計算することができる。
【0024】
本発明におけるゲル前駆体クラスターは、好ましくは、10〜1000nm、より好ましくは、50〜200nmの直径を有する。また、好ましくは、その分布において、100nm程度の直径を有するゲル前駆体クラスターの存在割合が最も多いことが望ましい。
【0025】
ゲル前駆体クラスターを形成するために用いられる前駆体ユニットは、溶液中でのゲル化反応(架橋反応等)によってゲルを形成してし得るモノマーもしくはポリマーであれば、当該技術分野において公知のものを最終的なゲルの用途や形状等に応じて用いることができる。より詳細には、前駆体ユニットとしては、ゲル前駆体クラスターから得られる最終的なゲルにおいて、ポリマーが互いに架橋にすることにより網目構造、特に、3次元網目構造を形成し得るポリマーユニットが好ましい。
【0026】
そのようなモノマーユニットは、例えば、ビニル骨格を有するもの分子が挙げられる。また、ポリマーユニットとしては、代表的には、複数のポリエチレングリコール骨格の分岐を有するポリマー種が挙げられ、特に、4つのポリエチレングリコール骨格の分岐を有するポリマー種が好ましい。かかる四分岐型のポリエチレングリコール骨格よりなるゲルは、一般に、Tetra−PEGゲルとして知られており、それぞれ末端に活性エステル構造等の求電子性の官能基とアミノ基等の求核性の官能基を有する2種の四分岐高分子間のAB型クロスエンドカップリング反応によって網目構造ネットワークが構築される。Tetra−PEGゲルは、これまでの研究から、200nm以下のサイズ領域で高分子網目に不均一性がなく、理想的な均一網目構造を有することが報告されている(Matsunagaら、Macromolecules、Vol.42、No.4、pp.1344−1351、2009)。また、Tetra−PEGゲルは各高分子溶液の単純な二液混合で簡便にその場で作製可能であり、ゲル調製時のpHやイオン強度を調節することでゲル化時間を制御することも可能である。そして、このゲルはPEGを主成分としているため、生体適合性にも優れている。
【0027】
ただし、互いに架橋して網目構造ネットワークを形成し得るものであればポリエチレングリコール骨格以外のポリマーも用いることができる。例えば、メチルメタクリレートなどのポリビニル骨格を有するポリマーも用いることができる。
【0028】
必ずしもこれらに限定されるものではないが、最終的なゲルにおいて、網目構造ネットワークを形成するためには、前記ポリマーユニットが、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有する第1のポリマーと、側鎖又は末端に1以上の求電子性官能基を有する第2のポリマーの2種類のポリマー種を反応させて架橋させる手段が好適である。ここで、求核性官能基と求電子性官能基の合計は、5以上であることが好ましい。これらの官能基は、末端に存在することがさらに好ましい。また、ゲル前駆体クラスターは、第1のポリマーユニットの含有量が第2のポリマーユニットの含有量より多い組成であることもできるし、又は第2のポリマーユニットの含有量が第1のポリマーユニットの含有量より多い組成であることもできる。後述のように、好ましい態様において、このような組成が異なる2種類以上のゲル前駆体クラスターを架橋させてハイドロゲルを得ることができる。
【0029】
ポリマーユニットに存在する求核性官能基としては、アミノ基、−SH、又は−CO
2PhNO
2(Phは、o−、m−、又はp−フェニレン基を示す)などを挙げることができ、当業者であれば公知の求核性官能基を適宜用いることができる。好ましくは、求核性官能基は−SH基である。求核性官能基は、それぞれ同一であっても、異なってもよいが、同一である方が好ましい。官能基が同一であることによって、架橋結合を形成することとなる求電子性官能基との反応性が均一になり、均一な立体構造を有するゲルを得やすくなる。
【0030】
ポリマーユニットに存在する求電子性官能基としては、活性エステル基を用いることができる。このような活性エステル基としては、N−ヒドロキシ−スクシンイミジル(NHS)基、スルホスクシンイミジル基、マレイミジル基、フタルイミジル基、イミダゾイル基、アクリロイル基又はニトロフェニル基などを挙げることができ、当業者であればその他の公知の活性エステル基を適宜用いることができる。好ましくは、求電子性官能基はマレイミジル基である。求電子性官能基は、それぞれ同一であっても、異なってもよいが、同一である方が好ましい。官能基が同一であることによって、架橋結合を形成することとなる求核性官能基との反応性が均一になり、均一な立体構造を有するゲルを得やすくなる。
【0031】
本発明の眼科治療用ゲル材料において用いられるポリマーユニットにおける求核性官能基と求電子性官能基の好ましい組合せは、−SH基とマレイミジル基である。かかる組み合わせを用いることによって、当該ゲル材料をタンポナーデ材料或いは人工硝子体として眼内に適用した際における炎症反応を最小限に抑制できる点で好ましい。
【0032】
末端に求核性官能基を有するポリマーユニットとして好ましい非限定的な具体例には、例えば、4つのポリエチレングリコール骨格の分岐を有し、末端にアミノ基を有する下記式(I)で表される化合物が挙げられる。
【化1】
【0033】
式(I)中、R
11〜R
14は、それぞれ同一又は異なり、C
1−C
7アルキレン基、C
2−C
7アルケニレン基、−NH−R
15−、−CO−R
15−、−R
16−O−R
17−、−R
16−NH−R
17−、−R
16−CO
2−R
17−、−R
16−CO
2−NH−R
17−、−R
16−CO−R
17−、又は−R
16−CO−NH−R
17−を示し、ここで、R
15はC
1−C
7アルキレン基を示し、R
16はC
1−C
3アルキレン基を示し、R
17はC
1−C
5アルキレン基を示す。)
【0034】
n
11〜n
14は、それぞれ同一でも又は異なってもよい。n
11〜n
14の値が近いほど、均一な立体構造をとることができ、高強度となる。このため、高強度のゲルを得るためには、同一であることが好ましい。n
11〜n
14の値が高すぎるとゲルの強度が弱くなり、n
11〜n
14の値が低すぎると化合物の立体障害によりゲルが形成されにくい。そのため、n
11〜n
14は、25〜250の整数値が挙げられ、35〜180が好ましく、50〜115がさらに好ましく、50〜60が特に好ましい。そして、その分子量としては、5×10
3〜5×10
4Daが挙げられ、7.5×10
3〜3×10
4Daが好ましく、1×10
4〜2×10
4Daがより好ましい。
【0035】
上記式(I)中、R
11〜R
14は、官能基とコア部分をつなぐリンカー部位である。R
11〜R
14は、それぞれ同一でも異なってもよいが、均一な立体構造を有する高強度なゲルを製造するためには同一であることが好ましい。R
11〜R
14は、C
1−C
7アルキレン基、C
2−C
7アルケニレン基、−NH−R
15−、−CO−R
15−、−R
16−O−R
17−、−R
16−NH−R
17−、−R
16−CO
2−R
17−、−R
16−CO
2−NH−R
17−、−R
16−CO−R
17−、又は−R
16−CO−NH−R
17−を示す。ここで、R
15はC
1−C
7アルキレン基を示す。R
16はC
1−C
3アルキレン基を示す。R
17はC
1−C
5アルキレン基を示す。
【0036】
ここで、「C
1−C
7アルキレン基」とは、分岐を有してもよい炭素数が1以上7以下のアルキレン基を意味し、直鎖C
1−C
7アルキレン基又は1つ又は2つ以上の分岐を有するC
2−C
7アルキレン基(分岐を含めた炭素数が2以上7以下)を意味する。C
1−C
7アルキレン基の例は、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基である。C
1−C
7アルキレン基の例は、−CH
2−、−(CH
2)
2−、−(CH
2)
3−、−CH(CH
3)−、−(CH
2)
3−、−(CH(CH
3))
2−、−(CH
2)
2−CH(CH
3)−、−(CH
2)
3−CH(CH
3)−、−(CH
2)
2−CH(C
2H
5)−、−(CH
2)
6−、−(CH
2)
2−C(C
2H
5)
2−、及び−(CH
2)
3C(CH
3)
2CH
2−などが挙げられる。
【0037】
「C
2−C
7アルケニレン基」とは、鎖中に1個若しくは2個以上の二重結合を有する状又は分枝鎖状の炭素原子数2〜7個のアルケニレン基であり、例えば、前記アルキレン基から隣り合った炭素原子の水素原子の2〜5個を除いてできる二重結合を有する2価基が挙げられる。
【0038】
なお、上述のように、求核性官能基として−SH基を用いる態様では、式(I)における4つのポリエチレングリコール骨格の分岐鎖の末端において、−NH
2基に替えて、−SH基を導入した構造を有するものが用いられ得る。
【0039】
一方、末端に求電子性官能基を有するポリマーユニットとして好ましい非限定的な具体例には、例えば、4つのポリエチレングリコール骨格の分岐を有し、末端にN−ヒドロキシ−スクシンイミジル(NHS)基を有する下記式(II)で表される化合物が挙げられる。
【化2】
【0040】
上記式(II)中、n
21〜n
24は、それぞれ同一でも又は異なってもよい。n
21〜n
24の値は近いほど、ゲルは均一な立体構造をとることができ、高強度となるので好ましく、同一である方が好ましい。n
21〜n
24の値が高すぎるとゲルの強度が弱くなり、n
21〜n
24の値が低すぎると化合物の立体障害によりゲルが形成されにくい。そのため、n
21〜n
24は、5〜300の整数値が挙げられ、20〜250が好ましく、30〜180がより好ましく、45〜115がさらに好ましく、45〜55であればさらに好ましい。本発明の第2の四分岐化合物の分子量としては、5×10
3〜5×10
4Daがあげられ、7.5×10
3〜3×10
4Daが好ましく、1×10
4〜2×10
4Daがより好ましい。
【0041】
上記式(II)中、R
21〜R
24は、官能基とコア部分をつなぐリンカー部位である。R
21〜R
24は、それぞれ同一でも異なってもよいが、均一な立体構造を有する高強度なゲルを製造するためには同一であることが好ましい。式(II)中、R
21〜R
24は、それぞれ同一又は異なり、C
1−C
7アルキレン基、C
2−C
7アルケニレン基、−NH−R
25−、−CO−R
25−、−R
26−O−R
27−、−R
26−NH−R
27−、−R
26−CO
2−R
27−、−R
26−CO
2−NH−R
17−、−R
26−CO−R
27−、又は−R
26−CO−NH−R
27−を示す。ここで、R
25はC
1−C
7アルキレン基を示す。R
26はC
1−C
3アルキレン基を示す。R
27はC
1−C
5アルキレン基を示す。
【0042】
なお、上述のように、求電子性官能基としてマレイミジル基を用いる態様では、式(I)における4つのポリエチレングリコール骨格の分岐鎖の末端において、NHS基に替えて、マレイミジル基を導入した構造を有するものが用いられ得る。
【0043】
本明細書において、アルキレン基及びアルケニレン基は任意の置換基を1個以上有していてもよい。該置換基としては、例えば、アルコキシ基、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子のいずれであってもよい)、アミノ基、モノ若しくはジ置換アミノ基、置換シリル基、アシル基、又はアリール基などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。アルキル基が2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。アルキル部分を含む他の置換基(例えばアルキルオキシ基やアラルキル基など)のアルキル部分についても同様である。
【0044】
また、本明細書において、ある官能基について「置換基を有していてもよい」と定義されている場合には、置換基の種類、置換位置、及び置換基の個数は特に限定されず、2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。置換基としては、例えば、アルキル基、アルコキシ基、水酸基、カルボキシル基、ハロゲン原子、スルホ基、アミノ基、アルコキシカルボニル基、オキソ基などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。これらの置換基にはさらに置換基が存在していてもよい。
【0045】
上記式(I)及び式(II)のポリマーユニットの場合には、それらがアミド結合によって連結した構造のゲル前駆体クラスターが得られる。なお、後述のように、その場合、最終的に得られるゲルにおいても、各ポリマーユニットがアミド結合によって架橋した構造となる。
【0046】
(2)本発明の眼科治療用ゲル材料におけるハイドロゲル
本発明の眼科治療用ゲル材料の主成分であるハイドロゲルは、ポリマー含有量が低濃度でありながら、長期間安定した低膨潤圧と適切な弾性率を保持し、硝子体手術等の外科的眼科手術において眼内タンポナーデ材料及び人工硝子体として好適なものである。
【0047】
図2に示すように、一般的に、ゲル化点付近における弾性率はドラスティックに上昇するため、10〜1000Pa等の低弾性率の範囲で特定の値に制御した低弾性率のゲルを得ることは困難であった。これに対し、本発明のゲルは、上記のゲル前駆体クラスターを経由してゲルを作製することで、低弾性領域において制御された弾性率を有するものである。
【0048】
従って、当該ハイドロゲルは、ポリマーユニットが互いに架橋することにより3次元網目構造を形成したハイドロゲルであって、低濃度の高分子含有量、低領域の弾性率、及び特定のフラクタル次元を有することを特徴とする。
【0049】
本発明の眼科治療用ゲル材料におけるハイドロゲルは、外科的眼科手術において眼内タンポナーデ材料及び人工硝子体として用いられるという用途の観点から、以下に述べる物性を有することが望ましい。
【0050】
本発明のハイドロゲルにおける高分子含有量は、50g/L以下、好ましくは40g/L以下、より好ましくは、15〜30g/Lである。
【0051】
本発明のハイドロゲルは、1〜10000Pa、好ましくは、10〜1000Paの貯蔵弾性率G’を有する。かかる範囲は、生体における硝子体(数10Pa)に対応するものであり、硝子体の置換物として眼内に用いられた際に網膜を押さえつつ、その剥離を防ぐために好ましい。また、好ましくは、本発明のハイドロゲルは1〜100Paの損失弾性率G”を有する。これらの弾性率は、公知の測定機器を用いて、公知の方法で算出することができる。
【0052】
さらに、本発明のハイドロゲルは、好ましくは、1.5〜2.5のフラクタル次元を有する。より好ましくは、1.5〜2.0のフラクタル次元を有する。当該フラクタル次元は、ゲルにおける架橋構造がどの程度3次元的な構造に近い状態かを表す指標であり、その算出方法は、上述のとおり当該技術分野において公知である。
【0053】
本発明のハイドロゲルは、水溶液中、30〜40℃の範囲における前記ハイドロゲルの体積が、ゲル作成時の体積に対して90〜500%の体積変化の範囲の膨潤度であり、0.1〜5kPaの膨潤圧を有する。膨潤圧が低いことは、ゲルを閉鎖空有においた時の外部に与える圧力が低いことを意味する。つまり、眼内に用いられた際に、時間経過とともに水分を吸収して膨張することによって眼圧が上昇してしまい、術後に望ましくない白内障等が発症するというデメリットを抑制することができる。
【0054】
本発明のハイドロゲルを構成するポリマーユニットは、上述したゲル前駆体クラスターの場合と同様のものを用いることができる。好ましい態様において、ゲル前駆体クラスターが、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有する第1のポリマーユニットと側鎖又は末端に1以上の求電子性の官能基を有する第2のポリマーユニットからなる場合、当該ゲル前駆体クラスターは、第1のポリマーユニットの含有量が第2のポリマーユニットの含有量より多い組成である第1のゲル前駆体クラスターと、第2のポリマーユニットの含有量が第1のポリマーユニットの含有量より多い組成である第2のゲル前駆体クラスターの2種類のゲル前駆体クラスターを用いることができ、これら組成の異なる2種類のゲル前駆体クラスターが互いに架橋した3次元網目構造のハイドロゲルであることができる。
【0055】
(3)眼科治療用ゲル材料の製造方法
本発明の眼科治療用ゲル材料は、典型的には、以下のゲル化反応工程を行うことにより製造することができる。
a)臨界ゲル化濃度未満のモノマーユニット又はポリマーユニット(前駆体ユニット)を架橋させてゲル前駆体となるクラスターを形成する工程(
図1a)
b)前記ゲル前駆体クラスターを互いに架橋させることによって、最終的な目的物である3次元網目構造を有するゲルを得る工程(
図1b)
【0056】
工程a)では、上述のとおり、前駆体ユニットの初期濃度を調節することによって、臨界ゲル化濃度未満の条件で前駆体ユニットを反応させ、ゲル化に至らないゾル状態、好ましくは、ゲル化の寸前の構造を有するポリマーのクラスターを形成させる。このクラスターは、いわば最終的なゲルに対する前駆体といえるものであるため、本願においては、当該クラスターを「ゲル前駆体クラスター」という。
【0057】
前駆体ユニットの初期濃度を臨界ゲル化濃度未満の条件に調節する手法として、例えば、上記のように求核性官能基又は求電子性官能基を有する2種類のポリマーユニットを用いる場合には、それらを当量含むが全体としてゲル化に至るには十分ではない低濃度の条件を用いること、或いは、1種のポリマーユニットの濃度を低濃度として、すなわち非当量とすることによってゲル化を生じさせない条件を用いることができる。
【0058】
一般に、臨界ゲル化濃度(最低ゲル化濃度)は、用いる前駆体ユニットの種類に依存するが、かかる濃度は当該技術分野において公知であるか、或いは当業者であれば実験的に容易に把握することができる。典型的には、5〜50g/Lであり、下限は重なりあい濃度の1/5程度の濃度である。ここで、重なりあい濃度は、ポリマーユニットが溶液中を充填する濃度であり、その算出方法は、例えば、Polymer Physics(M. Rubinstein, R.Colby著)を参照することができる。具体的には、例えば、希薄溶液の粘度測定より、フローリーフォックスの式を用いて求めることができる。
【0059】
工程a)は、典型的には、2種類の前駆体ユニットを含む溶液を混合することもしくは刺激を与えることによって行うことができる。また、ラジカル開始剤を用いたモノマーのラジカル重合によっても行うことができる。各溶液の濃度、添加速度、混合速度、混合割合は特に限定されず、当業者であれば適宜調整することができる。また、3種以上の前駆体ユニットを用いる場合でも、同様にして、対応する前駆体ユニットを含む溶液を調製し、それらを適宜混合することができることは明らかであろう。前駆体ユニットを含む溶液が水溶液である場合には、リン酸緩衝液などの適切なpH緩衝液を用いることができる。
【0060】
混合する手段としては、例えば、国際公開WO2007/083522号公報に開示されたような二液混合シリンジを用いて行うことができる。混合時の二液の温度は、特に限定されず、前駆体ユニットがそれぞれ溶解され、それぞれの液が流動性を有する状態の温度であればよい。例えば、混合するときの溶液の温度としては、1℃〜100℃の範囲が挙げられる。二液の温度は異なってもよいが、温度が同じである方が、二液が混合されやすいので好ましい。
【0061】
次に、工程b)では、工程a)で得られたゲル前駆体クラスターどうしをさらに反応させ、互いに3次元的に架橋させることで最終生成物であるハイドロゲルが得られる。上述のとおり、ゲル前駆体クラスターは、ゲル化点以前の状態となるよう形成されているため、各前駆体ユニットにおける架橋に用いられる置換基は未反応の状態で残存している。ゲル前駆体クラスター中の当該置換基を他のゲル前駆体クラスターの残存置換基と反応させて、架橋することにより最終的なゲルが形成させることとなるのである。
【0062】
好ましくは、当該工程では、ゲル前駆体クラスターを互いに架橋するための架橋剤を添加することや刺激を与えることができる。そのような架橋剤としては、ポリマーユニット中の架橋基と同じ置換基を有するものを用いることができ、ポリマーユニット自体を架橋剤として用い、追加で添加することもできる。典型的には、そのような架橋剤としては、ビス(スルホスクシンイミジル) グルタレート(BS
2G)やDL−ジチオトレイトール(DTT)、或いは末端にチオール基を有する合成ペプチド等を用いることができる。
【0063】
例えば、工程a)において、求核性官能基又は求電子性官能基を有する2種類のポリマーユニットを非当量で反応させて、ゲル前駆体クラスターを得た場合には、濃度がより少ないほうの官能基を有する架橋剤を添加することによって、ゲル前駆体クラスター間を架橋することができる。そのような刺激としては、例えば光二量化を起こすような官能基(マレイミド基など)に対して、紫外光を照射することができる。
【0064】
好ましくは、工程b)では、2時間以内の反応時間、好ましくは1時間以内の反応時間で、最終的なゲルを得ることができる。一般に、高分子を低濃度で含むゲルを作製する場合には、反応時間として長時間を要する(系にも依存するが、例えば、高分子含有量が10g/L以下の場合に約8時間)の対して、ゲル前駆体クラスターを用いる本発明におけるハイドロゲルの製造では、はるかに短時間でゲルを作製することができる。
【0065】
工程b)における他の反応溶液条件等は、工程a)と同様である。
【0066】
(4)眼科治療用ゲル材料の使用方法
本発明の眼科治療用ゲル材料は、任意の適切な手段を用いて、眼内に注入することができる。好ましくは、ゲル前駆体クラスターを含む水溶液等を注射器により眼内に注入し、そのまま眼内で、すなわちin vivoでゲル化させハイドロゲルを形成させて用いることができる。ゲル化する前の段階のゾル状態にあるゲル前駆体クラスターを含む溶液として注入することができるため操作に優れ、通常使用される注射針(25ゲージ)よりも細い針で使用することが可能となる。このような手法が可能となるのは、上述のように本発明で用いるハイドロゲルが、従来よりもはるかに短時間でゲル化し得るからである。
【0067】
従って、本発明はまた、このようにin vivoでハイドロゲルを形成させる場合に眼内に注入される、ゲル前駆体クラスターを含む眼科治療用ポリマー組成物、及び当該組成物を含むキットにも関する。眼科治療用ポリマー組成物は、好ましくは、ゲル前駆体クラスターを含む水溶液の形態である。
【0068】
ゲル前駆体クラスターを含む眼科治療用ポリマー組成物は、pHを生理的条件(pH7.4程度)に調整されていることが好ましく、任意のpH調整剤、または緩衝剤等を用いることにより調整され得る。また、房水と近似する溶液条件とするため、塩化ナトリウムおよび塩化マグネシウム等のイオン性の塩を含むことができる
【0069】
上述のように、ハイドロゲルが組成の異なる2種類以上のゲル前駆体クラスターの架橋により形成される場合には、当該眼科治療用ポリマー組成物が眼内に注入される以前に段階では、かかる複数のゲル前駆体クラスターはそれぞれ混合されずに、別個独立のポリマー組成物として保管されるべきである。そして、眼内注入時には、これら複数のポリマー組成物を混合したうえで、注射器により眼内に注入されることができる。ハイドロゲルの形成に架橋剤を用いる場合には、これら複数のポリマー組成物のうちのいずれかに架橋剤を含有させることができ、或いは別途架橋剤のみを含む溶液を注入前に混合することもできる。
【0070】
より具体的には、前記眼科治療用ポリマー組成物を含むキットは、
以下の(a)と(b)の2種類のポリマー組成物が互いに混合されることなく収納されているものであることができる。
(a)第1のポリマーユニットの含有量が第2のポリマーユニットの含有量より多い第1のゲル前駆体クラスターを含むポリマー組成物;
(b)第2のポリマーユニットの含有量が第1のポリマーユニットの含有量より多い第2のゲル前駆体クラスターを含むポリマー組成物
【0071】
さらに、上述のとおり、当該キットは架橋剤をさらに含むことができる。
【実施例】
【0072】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【実施例1】
【0073】
ポリマーユニットの合成
TAPEG(テトラアミン−ポリエチレングリコール)とTNPEG(テトラN−ヒドロキシ−スクシンイミジル−ポリエチレングリコール(NHS−PEG))を、末端にヒドロキシル基を有するTHPEG(テトラヒドロキシル−ポリエチレングリコール)をそれぞれアミノ化、スクシンイミジル化することによって得た。
【0074】
また、末端に−SH基を有するSHPEG(テトラチオール−ポリエチレングリコール)及び末端にマレイミジル基を有するMAPEG(テトラマレイミジル−ポリエチレングリコール)は、それぞれ日油株式会社から市販されているものを用いた。分子量はいずれも100,000である。
【0075】
以下の実験では、
1H NMRスペクトルは、日本電子のJNM−ECS400(400MHz)を用いて解析した。重水素化クロロホルムを溶媒として用い、テトラメチルシランを内部標準とした。分子量はブルカーダルトニクスの質量分析計Ultraflex IIIのリニアポジティブイオンモードを用いて決定した。
【0076】
1.THPEGの合成:
開始剤のペンタエリスリトール(0.4572mmol、62.3mg)をDMSO/THF(v/v=3:2)50mLの混合溶媒に溶解させ、メタル化剤にカリウムナフレン(0.4157mmol、1.24mg)を用い、エチレンオキシド(200mmol、10.0mL)を加え、約2日間、Ar存在下、60℃で加熱攪拌した。反応終了後、ジエチルエーテルに再沈殿させ、濾過により沈殿物を取り出した。さらに、ジエチルエーテルで3回洗浄し、得られた白色固体を減圧乾燥することにより、20kのTHPEGを得た。
【0077】
2.TAPEGの合成:
THPEG(0.1935mmol、3.87g、1.0equiv)をベンゼンに溶解させ、凍結乾燥した後、THF62mLに溶解させ、トリエチルアミン(TEA)(0.1935mmol、3.87g、1.0equiv)を加えた。別のナスフラスコにTHF31mLとメタンスルホニルクロライド(MsCl)(0.1935mmol、3.87g、1.0equiv)を加え、氷浴につけた。THPEG、TEAのTHF溶液にMsClのTHF溶液を約1分間かけて滴下し、30分間氷浴中で攪拌した後、室温で1時間半攪拌した。反応終了後、ジエチルエーテルに再沈殿させ、濾過により沈殿物を取り出した。さらに、ジエチルエーテルで3回洗浄し、得られた白色固体をナスフラスコに移し、25%アンモニア水250mLを加え、4日間攪拌した。反応終了後、エバポレーターにより溶媒を減圧留去し、水を外液に2、3回透析を行い、凍結乾燥することにより、白色固体のTAPEGを得た。作製したTAPEGの化学式は式(Ia)に示した。式(Ia)中、n
11〜n
14は、TAPEGの分子量が約10,000(10kDa)のとき50〜60であり、分子量が約20,000(20kDa)のとき100〜115であった。
【化3】
【0078】
3.TNPEGの合成:
THPEG(0.2395mmol、4.79g、1.0equiv)をTHFに溶解させ、0.7mol/Lグルタル酸/THF溶液(4.790mmol、6.85mL、20equiv)を加え、Ar存在下、6時間攪拌した。反応終了後、2−プロパノールに滴下し、遠心分離機に3回かけた。得られた白色固体は300mLナスフラスコに移し、エバポレーターにより溶媒を減圧留去した。残渣をベンゼンに溶解させ、不溶物を濾過によって取り除いた。得られた濾液を凍結乾燥により溶媒を除去することで、末端がカルボキシル基で修飾された白色固体のTetra−PEG−COOHを得た。このTetra−PEG−COOH(0.2165mmol、4.33g、1.0equiv)をTHFに溶解させ、N−ハイドロスクシンアミド(2.589mmol、0.299g、12equiv)、N、N’−ジイソプロピルスクシンアミド(1.732mmol、0.269mL、8.0equiv)を加え、3時間、40℃で加熱攪拌した。反応終了後、エバポレーターにより溶媒を減圧留去した。クロロホルムに溶解させ、飽和食塩水で3回抽出し、クロロホルム層を取り出した。さらに、硫酸マグネシウムで脱水、濾過を行った後、エバポレーターにより溶媒を減圧留去した。得られた残渣のベンゼン凍結乾燥を行い、白色固体のTNPEGを得た。作製したTNPEGの化学式は式(IIa)に示した。式(IIa)中、n
21〜n
24は、TNPEGの分子量が約10,000(10k)のとき45〜55であり、分子量が約20,000(20k)のとき90〜115であった。
【化4】
【実施例2】
【0079】
ゲル前駆体クラスターの合成
ゲル化反応における前駆体となるゲル前駆体クラスターを以下のとおり合成した。
【0080】
(1)ゲル前駆体クラスター1[TAPEG+TNPEG]
まず、実施例1で合成したTAPEG(1.0 x 10
4 g/mol)及びTNPEG(1.0 x 10
4 g/mol)をそれぞれ同量の81 mMのリン酸バッファーとクエン酸−リン酸バッファーに溶解させた。このとき、物質量比をTAPEG/TNPEG = 1/0.23、全体のポリマー濃度を60 g/Lとした。得られた2つの溶液を別の容器で混合させ、自転・公転ミキサーにより脱泡・撹拌した。その後、混合液を素早くファルコンチューブに移し、乾燥を防ぐためにキャップをした上で、室温で12時間静置した。
【0081】
(2)ゲル前駆体クラスター2[SHPEG+MAPEG]
SHPEG及びMAPEGを用いて、同様にゲル前駆体クラスター2を合成した。全体のポリマー濃度を60 g/Lとした。この際、SHPEG:MAPEGが(1−r):rのモル比となるよう、いずれかが過剰に含まれる2種のゲル前駆体クラスターを含む複数のサンプルを調製した。
【実施例3】
【0082】
ハイドロゲルの合成
実施例2で合成したゲル前駆体クラスターを用いて、ハイドロゲルを以下のとおり合成した。
【0083】
1)ハイドロゲル1[TAPEG+TNPEG]
実施例2で得られたゲル前駆体クラスター1の溶液を25 g/Lになるように水で希釈した。溶液中の未反応のアミノ基量を算出し、それと等量になるように架橋剤(Bis-(sulfosuccinimidyl) glutarate(BS
2G))を添加し、自転・公転ミキサーにより脱泡・撹拌した。その後、混合液を素早くファルコンチューブに移し、乾燥を防ぐためにキャップをした上で、室温で12時間静置した。
【0084】
また、ゲル前駆体クラスターの濃度を変えて、ゲル化を行った場合の反応時間を
図3に示す。
図3の縦軸はゲル化時間t
gel(秒)、横軸はハイドロゲルにおける高分子含有量c(g/L)である。図中の△がゲル前駆体クラスターによりゲル化させた本発明のハイドロゲルの実施例であり、○がゲル前駆体クラスターを用いずに従来の手法によりポリマーユニットから直接ゲル化させた比較例である。その結果、ゲル前駆体クラスターによりゲル化させた場合には、短い反応時間でハイドロゲルが得られることが分かる。特に、高分子含有量が8g/L程度の低濃度の場合では、従来手法の場合には7時間以上のゲル化時間を要するのに対し、本発明のゲル前駆体クラスターを用いた場合には、1.5時間以内でゲル化した。また、それより高濃度の領域では、ゲル前駆体クラスターを用いた場合には、30分未満のゲル化時間であった。
【0085】
2)ハイドロゲル2[SHPEG+MAPEG]
実施例2で得られたゲル前駆体クラスター2を用いて同様にハイドロゲルを作成した。SHPEGが過剰なゲル前駆体クラスター(10 g/L;r=0.37)と、MAPEGが過剰なゲル前駆体クラスター(10 g/L;r=0.63)をNaClを含むクエン酸バッファーでそれぞれ6 g/Lに希釈し、等量を混合した。
図3と同様に、ゲル前駆体クラスターの濃度を変えてゲル化を行った場合の反応時間を
図4に示す。図中の○がゲル前駆体クラスターによりゲル化させた本発明のハイドロゲルの実施例であり、□がゲル前駆体クラスターを用いずに従来の手法によりポリマーユニットから直接ゲル化させた比較例である。特に、高分子含有量が7g/L程度の低濃度の場合では、本発明のゲル前駆体クラスターを用いた場合には、3分でゲル化した。これは、硝子体手術時においてゲル前駆体クラスターを眼内に注入し、in vivoでゲル化させることができることを示している。
【実施例4】
【0086】
ゲル前駆体クラスターの物性
1.ゲル前駆体クラスターのサイズ
実施例2で合成したゲル前駆体クラスター1のサイズ分布を測定した結果を
図5に示す。横軸のRhはゲル前駆体クラスターの粒子直径(nm)、縦軸のG(Γ
-1)は、特性緩和時間分布関数である。その結果、ゲル前駆体クラスターの粒子直径は、数百nmであり、100nm程度のものが最も多いことが分かった。実施例2で合成したゲル前駆体クラスター2についてもほぼ同様の結果が得られた。
【0087】
2.弾性率
溶液中のゲル前駆体クラスター1について、レオメーター(Physica MCR501、Anton Paar社製)を用いて動的粘弾性測定を行い、貯蔵弾性率G’及び損失弾性率G”を算出した。その結果、1HzにおけるG”は、0.1<G”<100Paの範囲であり、G’<G”<100G’であった。このことから、実施例2で得られたゲル前駆体クラスター1は、ゲル化臨界には至っていない構造であることを確認した。実施例2で合成したゲル前駆体クラスター2についてもほぼ同様の結果が得られた。
【0088】
3.フラクタル次元
実施例2で得られたゲル前駆体クラスター1について、種々のポリマーユニットの初期濃度を用いた場合の、ゲル化臨界点における動的粘度特性を測定した結果を
図6に示す。
図6の縦軸は、貯蔵弾性率G’(図中の○)及び損失弾性率G”(図中の△)であり、横軸は周波数である。(a)〜(d)はそれぞれ、初期濃度の条件である。
図6に示すように、初期濃度が低くなるほど、G’とG”の冪乗則が増加した。この結果を用いて、動的スケーリング理論によりゲル前駆体クラスターのフラクタル次元を計算した。その結果を
図7に示す。
図7の縦軸はフラクタル次元、横軸は初期濃度である。
図7より、濃度が低くなるほど、フラクタル次元Dは理論の予測値(図中の点線)から下方に乖離し、より疎な構造が形成されていることが示唆された。実施例2で合成したゲル前駆体クラスター2についてもほぼ同様の結果が得られた。
【実施例5】
【0089】
ハイドロゲルの物性
また、実施例3で得られたハイドロゲル1の弾性率のポリマー濃度依存性を測定した。その結果、
図8に示すように、20g/Lの低濃度領域であり、かつ貯蔵弾性率G’が400Paより小さい低弾性率領域において、弾性率が高分子含有量に比例することが示された。これは、ゲル前駆体クラスターからゲル化させる手法を用いることによって、低弾性率領域においても、ゲルの弾性率の制御が可能であることを実証するものである。
【0090】
同様に、実施例3で得られたハイドロゲル2の弾性率のポリマー濃度依存性を測定した。結果を
図9に示す。図中の○がゲル前駆体クラスターによりゲル化させた本発明のハイドロゲルの実施例であり、□がゲル前駆体クラスターを用いずに従来の手法によりポリマーユニットから直接ゲル化させた比較例である。いずれの場合も本発明のハイドロゲルのほうが高い弾性率を示し、効果的な3次元網目構造が形成されていることが示唆される。また、弾性率の範囲は、硝子体(10
0〜10
1Pa)及び水晶体(10
2〜10
3Pa)の範囲内であった。
【0091】
さらに、実施例3で得られたハイドロゲル2について、膨潤圧の時間変化を測定した結果を
図10に示す。図中の○がゲル前駆体クラスターによりゲル化させた本発明のハイドロゲルの実施例(ポリマー濃度10g/L)であり、□がゲル前駆体クラスターを用いずに従来の手法によりポリマーユニットから直接ゲル化させた比較例(ポリマー濃度140g/L)である。
図10に示すように、比較例では時間経過とともに12kPaの平衡に至るが、本発明のハイドロゲルでは0.19kPa程度で常に一定であった。この結果は、本発明のハイドロゲルが、眼内に適用され長時間経過した場合であっても、眼圧の上昇による白内障等の発生が生じず、長期間安定なタンポナーデ材料或いは人工硝子体として用いることが可能であることを示すものである。
【実施例6】
【0092】
眼内への注入実験
実施例2で得られたゲル前駆体クラスター2をウサギの眼内に注入し、実施例3のハイドロゲル2を形成させ、人工硝子体としての効果を以下のとおり検証を行った。
【0093】
1.眼圧の測定
実施例2で作成したSHPEGが過剰なゲル前駆体クラスター(10 g/L;r=0.37)と、MAPEGが過剰なゲル前駆体クラスター(10 g/L;r=0.63)の混合溶液を、硝子体を切除したウサギの左目に注射針(27ゲージ)により注入した(サンプル数:7)。硝子体腔内でゲル化したことを確認した。
【0094】
手術前、手術後3日、7日、28日後における眼内圧力を眼圧計で測定した結果を
図11に示す。ゲルを注入した群と平衡塩類溶液(BBS)を添加した対照群との間で有意な眼圧差は見られなかった。
【0095】
2.細隙灯実験及び間接眼底検査
実施例2で得られたゲル前駆体クラスター2を注入して眼内でハイドロゲルを形成させたウサギの眼について細隙灯実験を行った結果を
図12に示す。
図12は、本発明の実施例(左図)を注入したもの、平衡塩類溶液のみを注入したもの(中央図)、及び比較例ハイドロゲルを注入したもの(右図)の前眼部の画像である。ここで、比較例のハイドロゲルは、TAPEG+TNPEGを1:1(濃度:100g/L)で混合して、ゲル前駆体クラスターの形成を経ることなく、直接ゲル化させたものである。その結果、比較例のハイドロゲルを注入した右図では、炎症による硝子体の白濁が見られたが、一方、本発明の実施例(左図)と対照(中央図)では、炎症の発生は見られなかった。
【0096】
また、同様の眼底検査を行ったが、本発明の実施例について、術後3日、7日、28日経過後でも、炎症や出血、網膜剥離は見られなかった(
図13;上段が平衡塩類溶液のみの対照;下段が実施例2で得られたゲル前駆体クラスター2を注入して眼内でハイドロゲルを形成させた本発明の実施例)。さらに、光干渉断層計検査(OCT;optical coherence tomography)でも、本発明の実施例について、術後28日経過後でも網膜剥離や網膜浮腫は観測されなかった。