(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6692046
(24)【登録日】2020年4月16日
(45)【発行日】2020年5月13日
(54)【発明の名称】赤外線ヒーター
(51)【国際特許分類】
H05B 3/10 20060101AFI20200427BHJP
H05B 3/62 20060101ALI20200427BHJP
H05B 3/20 20060101ALI20200427BHJP
【FI】
H05B3/10 B
H05B3/62
H05B3/10 A
H05B3/20 364
H05B3/20 368
【請求項の数】7
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-175068(P2015-175068)
(22)【出願日】2015年9月4日
(65)【公開番号】特開2017-50254(P2017-50254A)
(43)【公開日】2017年3月9日
【審査請求日】2018年8月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(73)【特許権者】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000004064
【氏名又は名称】日本碍子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000017
【氏名又は名称】特許業務法人アイテック国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】戸谷 剛
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 篤
(72)【発明者】
【氏名】近藤 良夫
【審査官】
大谷 光司
(56)【参考文献】
【文献】
特開2013−167496(JP,A)
【文献】
特開2014−053088(JP,A)
【文献】
特開2014−123476(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2007/0034978(US,A1)
【文献】
特開2010−027831(JP,A)
【文献】
国際公開第2014/087927(WO,A1)
【文献】
特開2015−087526(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H05B1/00−3/86
H01K3/00−13/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
発熱体と、
赤外線の放射面と、該放射面に沿った方向に周期構造を有する第1導体層と、を有し、前記発熱体からのエネルギーを吸収すると波長2μm以上10μm以下の範囲内に半値幅が1.5μm以下で放射率が値0.8以上の最大ピークを有する赤外線を前記放射面から放射する特性を有する構造体と、
を備え、
前記構造体は、前記発熱体側で前記第1導体層に接合された誘電体層と、前記発熱体側で該誘電体層に接合された第2導体層と、を有し、
前記第1導体層は、前記放射面に沿った方向に互いに離間して配置されることで前記周期構造を構成する複数の個別導体層を有し、
前記構造体は、前記第1導体層,前記誘電体層及び前記第2導体層を有することで、マグネティックポラリトンによる共鳴現象を利用して前記赤外線を放射するよう構成され、
前記構造体は、前記発熱体側で前記第2導体層に接合された支持基板を有し、
前記支持基板は、ガラスである、
赤外線ヒーター。
【請求項2】
複数の前記個別導体層の各々は、横幅が1000nm以上8000nm以下、縦幅が1000nm以上8000nm以下、厚さが50nm以上200nm以下の直方体形状である、
請求項1に記載の赤外線ヒーター。
【請求項3】
複数の前記個別導体層は、前記放射面に沿った所定の第1方向及び該第1方向に直交する第2方向の各々に沿って等間隔に格子状に配列されている、
請求項1又は2に記載の赤外線ヒーター。
【請求項4】
複数の前記個別導体層は、前記第1方向に沿った互いの間隔が1000nm以上4000nm以下であり、前記第2方向に沿った互いの間隔が1000nm以上4000nm以下である、
請求項3に記載の赤外線ヒーター。
【請求項5】
前記第1導体層及び前記第2導体層の少なくとも一方は、金属である、
請求項1〜4のいずれか1項に記載の赤外線ヒーター。
【請求項6】
前記構造体は、前記最大ピークが波長6μm以上7μm以下の範囲内にある、
請求項1〜5のいずれか1項に記載の赤外線ヒーター。
【請求項7】
前記構造体は、前記最大ピークの立ち上がりから立ち下がりまでの波長領域以外の波長領域における赤外線の放射率が値0.2以下である、
請求項1〜6のいずれか1項に記載の赤外線ヒーター。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外線ヒーターに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、赤外線を放射する赤外線ヒーターとしては、種々の構造のものが知られている。例えば、特許文献1には、発熱体と、発熱体を囲む内管及び外管と、を備えた赤外線ヒーターが記載されている。この赤外線ヒーターでは、内管及び外管が3.5μm以下の波長の赤外線を透過し、3.5μmを超える波長の赤外線を吸収するフィルタとして機能している。3.5μm以下の波長の赤外線は、水素結合を切断する能力に優れるといわれており、この波長の赤外線を放射することで効率的に対象物の乾燥などを行うことができるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4790092号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、対象物が効率よく赤外線を吸収するためには、対象物の赤外線吸収率が比較的高い波長領域の赤外線を集中的に放射することが好ましい。特許文献1に記載の赤外線ヒーターでは3.5μm以下の波長の赤外線を主に放射し、3.5μmを超える波長の赤外線はヒーター内部で吸収されていたが、より効率よく対象物の赤外線吸収体に放射できる赤外線ヒーターが望まれていた。
【0005】
本発明はこのような課題を解決するためになされたものであり、対象物に効率よく赤外線を放射できる赤外線ヒーターを提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上述した主目的を達成するために以下の手段を採った。
【0007】
本発明の赤外線ヒーターは、
発熱体と、
赤外線の放射面と、該放射面に沿った方向に周期構造を有する第1導体層と、を有し、前記発熱体からのエネルギーを吸収すると波長2μm以上10μm以下の範囲内に半値幅が1.5μm以下で放射率が値0.8以上の最大ピークを有する赤外線を前記放射面から放射する特性を有する構造体と、
を備えたものである。
【0008】
この赤外線ヒーターでは、構造体が、放射面に沿った方向に周期構造を有する第1導体層を備えている。そして、構造体が発熱体からのエネルギーを吸収すると、波長2μm以上10μm以下の範囲内に半値幅(FWHM:full width at half maximum)が1.5μm以下で放射率が値0.8以上の最大ピークを有する赤外線が構造体の放射面から放射される。このように、本発明の赤外線ヒーターは、半値幅が比較的小さく放射率が比較的高い最大ピークを有する赤外線を放射する。そのため、この最大ピーク付近の波長領域の赤外線吸収率が比較的高い対象物に対して、効率よく赤外線を放射することができる。
【0009】
本発明の赤外線ヒーターにおいて、前記構造体は、前記発熱体側で前記第1導体層に接合された誘電体層と、前記発熱体側で該誘電体層に接合された第2導体層と、を有し、前記第1導体層は、前記放射面に沿った方向に互いに離間して配置されることで前記周期構造を構成する複数の個別導体層を有していてもよい。構造体がこのような構成を有することで、構造体に上述した特性を比較的容易に持たせることができる。
【0010】
本発明の赤外線ヒーターにおいて、前記構造体は、少なくとも表面が前記第1導体層からなり前記周期構造を構成する複数のマイクロキャビティ、を有しており、複数の前記マイクロキャビティの各々は、円柱形状又は多角柱形状であり、直径又は幅が3.0μm以上5.0μm以下であってもよい。構造体がこのような構成を有することで、構造体に上述した特性を比較的容易に持たせることができる。
【0011】
個別導体層を有する態様の本発明の赤外線ヒーターにおいて、複数の前記個別導体層の各々は、横幅が1000nm以上8000nm以下、縦幅が1000nm以上8000nm以下、厚さが50nm以上200nm以下の直方体形状としてもよい。複数の前記個別導体層は、前記放射面に沿った所定の第1方向及び該第1方向に直交する第2方向の各々に沿って等間隔に格子状に配列されていてもよい。複数の前記個別導体層は、前記第1方向に沿った互いの間隔が1000nm以上4000nm以下であり、前記第2方向に沿った互いの間隔が1000nm以上4000nm以下であってもよい。前記第1導体層及び前記第2導体層の少なくとも一方は、金属であってもよい。前記構造体は、前記発熱体側で前記第2導体層に接合された支持基板を有していてもよい。
【0012】
本発明の赤外線ヒーターにおいて、前記構造体は、前記最大ピークが波長6μm以上7μm以下の範囲内にあってもよい。
【0013】
本発明の赤外線ヒーターにおいて、前記構造体は、前記最大ピークの立ち上がりから立ち下がりまでの波長領域以外の波長領域における赤外線の放射率が値0.2以下であってもよい。こうすれば、最大ピーク付近以外の波長領域における赤外線の強度が比較的小さくなるため、赤外線ヒーターのエネルギー効率が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図2】放射面38から放射される赤外線の放射特性の一例を示すグラフ。
【
図4】放射面138から放射される赤外線の放射特性の一例を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0015】
次に、本発明の実施形態について、図面を用いて説明する。
図1は、本発明の一実施形態である赤外線ヒーター10の断面図である。なお、本実施形態において、左右方向、前後方向及び上下方向は、
図1に示した通りとする。赤外線ヒーター10は、ヒーター本体11と、構造体30と、ケーシング70とを備えている。この赤外線ヒーター10は、下方に配置された図示しない対象物に向けて、波長2μm以上10μm以下の範囲内に最大ピークを有する赤外線を放射する。
【0016】
ヒーター本体11は、いわゆる面状ヒーターとして構成されており、線状の部材をジグザグに湾曲させた発熱体12と、発熱体12に接触して発熱体12の周囲を覆う絶縁体である保護部材13とを備えている。発熱体12の材質としては、例えばW,Mo,Ta,Fe−Cr−Al合金及びNi−Cr合金などが挙げられる。保護部材13の材質としては、例えばポリイミドなどの絶縁性の樹脂やセラミックス等が挙げられる。ヒーター本体11は、ケーシング70の内部に配置されている。発熱体12の両端は、ケーシング70に取り付けられた図示しない一対の入力端子にそれぞれ接続されている。この一対の入力端子を介して、発熱体12に外部から電力を供給可能である。なお、ヒーター本体11は、絶縁体にリボン状の発熱体を巻き付けた構成の面状ヒーターとしてもよい。なお、面状ヒーターの外形は、例えば被処理物の形状に応じて適宜設計することができ、例えば矩形ないし円形であっても良い。
【0017】
構造体30は、発熱体12の下方に配設された板状の部材である。構造体30は、赤外線ヒーター10の下側から発熱体12側に向かって、複数の個別導体層32を有する第1導体層31と、接着層33と、誘電体層34と、第2導体層35と、接着層36と、支持基板37と、をこの順に備えている。また、構造体30の最下面(下表面)に位置する、誘電体層34の下面(個別導体層32が配設されていない部分)が、対象物に赤外線を放射する放射面38となっている。構造体30は、ケーシング70の下方の開口を塞ぐように配置されており、ヒーター本体11の真下及び真下の周辺(前後左右方向)の領域を覆うように位置している。
【0018】
第1導体層31は、導体(電気伝導体)からなる層であり、放射面38に沿った方向(前後左右方向)に周期構造を有する。具体的には、第1導体層31は複数の個別導体層32を備えており、この個別導体層32が放射面38に沿った方向に互いに離間して配置されることで、周期構造を構成している(
図1の左下拡大図参照)。複数の個別導体層32は、左右方向(第1方向)に間隔D1ずつ離れて互いに等間隔に配設されている。また、複数の個別導体層32は、左右方向に直交する前後方向(第2方向)に間隔D2ずつ離れて互いに等間隔に配設されている。個別導体層32は、このように格子状に配列されている。複数の個別導体層32の各々は、厚さh(上下高さ)が横幅W(左右方向の幅)及び縦幅L(前後方向の幅)よりも小さい直方体形状をしている。第1導体層31の周期構造の周期は、横方向の周期Λ1=D1+W、縦方向の周期Λ2=D2+Lである。第1導体層31(個別導体層32)の材質は、例えば金属などの導体である。金属の具体例としては、金,アルミニウム(Al)などが挙げられる。本実施形態では、第1導体層31の材質は金とした。複数の個別導体層32の各々は、接着層33を介して誘電体層34に接合されている。接着層33は、誘電体層34と個別導体層32とを直接接合する場合と比べて両者の接合力を高める目的で配設されている。接着層33の材質としては、例えばクロム(Cr)、チタン(Ti)、ルテニウム(Ru)などが挙げられる。本実施形態では、接着層33の材質はクロムとした。
【0019】
誘電体層34は、第1導体層31に発熱体12側(上側)で接合された厚さdの平板状の部材である。誘電体層34は、第1導体層31と第2導体層35との間に挟まれている。誘電体層34の材質としては、例えば、アルミナ(Al
2O
3),シリカ(SiO
2)などが挙げられる。本実施形態では、誘電体層34の材質はアルミナとした。
【0020】
第2導体層35は、誘電体層34に発熱体12側(上側)で接合された平板状の部材である。第2導体層35の材質は例えば金属などの導体であり、第1導体層31と同様の材質を用いることができる。第1導体層31及び第2導体層35の少なくとも一方が金属であってもよい。本実施形態では、第2導体層35の材質は第1導体層31と同じ金とした。第2導体層35は、接着層36を介して支持基板37に接合されている。接着層36は、第2導体層35と支持基板37とを直接接合する場合と比べて両者の接合力を高める目的で配設されている。接着層36は、上述した接着層33と同様の材質を用いることができる。本実施形態では、接着層36の材質は接着層33と同じクロムとした。
【0021】
支持基板37は、接着層36を介して第2導体層35に発熱体12側(上側)で接合された平板状の部材である。支持基板37は、ケーシング70の内部に図示しない固定具などにより固定されており、第1導体層31,誘電体層34,及び第2導体層35を支持する。支持基板37の材質としては、例えばSiウェハ,ガラス,など平滑面が維持しやすく、耐熱性が高く、熱反りが低い素材が挙げられる。本実施形態では、支持基板37はSiウェハとした。本実施形態では、支持基板37はヒーター本体11の下面に接触しているものとした。なお、支持基板37とヒーター本体11とは接触だけでなく接合されていてもよいし、接触せず空間を介して上下に離間して配設されていてもよい。
【0022】
このように、構造体30は、周期構造を有する第1導体層31(個別導体層32)と、第2導体層35と、第1導体層31及び第2導体層35に挟まれた誘電体層34とを有している。これにより、構造体30は、特定の波長の赤外線を選択的に放射する特性を有するメタマテリアルエミッターとして機能する。この特性は、マグネティックポラリトン(Magnetic polariton)で説明される共鳴現象によるものと考えられている。なお、マグネティックポラリトンとは、上下2枚の導体(第1導体層31及び第2導体層35)間の誘電体(誘電体層34)内において強い電磁場の閉じ込め効果が得られる共鳴現象のことである。これにより、構造体30では、誘電体層34のうち第2導体層35と個別導体層32とに挟まれる部分が赤外線の放射源となる。そして、その放射源から放たれる赤外線は個別導体層32をまわり込んで、誘電体層34のうち個別導体層32が配設されていない部分(すなわち放射面38)から周囲環境に放射される。また、この構造体30では、第1導体層31,誘電体層34及び第2導体層35の材質や、第1導体層31の形状及び周期構造を調整することで、共鳴波長を調整することができる。これにより、構造体30の放射面38から放射される赤外線は、特定の波長の赤外線の放射率が高くなる特性を示す。本実施形態では、構造体30が、波長2μm以上10μm以下の範囲内に半値幅が1.5μm以下で放射率が値0.8以上の最大ピークを有する赤外線を放射面38から放射する特性(以下、単に「所定の放射特性」と称する)を有するように、上述した材質,形状,及び周期構造などが調整されている。すなわち、構造体30は、半値幅が比較的小さく放射率が比較的高い急峻な最大ピークを有する赤外線を放射する特性を有する。例えば、個別導体層32の各々の形状に関して、横幅Wが1650nm以上1800nm以下としてもよい。縦幅Lが1000nm以上8000nm以下としてもよい。厚さhが50nm以上200nm以下としてもよい。また、第1導体層31の周期構造に関して、左右方向の間隔D1が1000nm以上4000nm以下としてもよい。前後方向の間隔D2が1000nm以上4000nm以下としてもよい。これらの数値範囲のうち1以上を満たすようにすることで、構造体30が所定の放射特性を満たしやすくなる。なお、横幅Wと縦幅Lとは、同じ値としてもよいし異なる値としてもよい。間隔D1及び間隔D2や、周期Λ1及び周期Λ2についても同様である。構造体30は、所定の放射特性における上述した最大ピークが波長6μm以上7μm以下の範囲内にあってもよい。また、構造体30は、所定の放射特性における最大ピークの立ち上がりから立ち下がりまでの波長領域以外の波長領域における赤外線の放射率が値0.2以下であることが好ましい。構造体30は、最大ピークの半値幅が1.0μm以下であることが好ましい。
【0023】
なお、このような構造体30は、例えば以下のように形成することができる。まず、支持基板37の表面(
図1の下面)にスパッタリングにより接着層36及び第2導体層35をこの順に形成する。次に、第2導体層35の表面(
図1の下面)にALD法(atomic layer deposition:原子層堆積法)により誘電体層34を形成する。続いて、誘電体層34の表面(
図1の下面)に所定のレジストパターンを形成してからヘリコンスパッタリング法により接着層33及び第1導体層31の材質からなる層を順次形成する。そして、レジストパターンを除去することにより、接着層33及び第1導体層31(複数の個別導体層32)を形成する。
【0024】
ケーシング70は、内部に空間を有し且つ底面が開放された略直方体の形状をしている。このケーシング70内部の空間に、ヒーター本体11及び構造体30が配置されている。ケーシング70は、発熱体12から放出される赤外線を反射するように金属(例えばSUSやアルミニウム)で形成されている。
【0025】
こうした赤外線ヒーター10の使用例を以下に説明する。まず、図示しない電源から入力端子を介して発熱体12の両端に電力を供給する。電力の供給は、発熱体12の温度が予め設定された温度(特に限定するものではないが、ここでは350℃とする)になるように行う。なお、構造体30の温度が予め設定された温度になるように発熱体12に電力を供給してもよい。所定の温度に達した発熱体12からは、伝導・対流・放射の伝熱3形態のうち1以上の形態によって周囲にエネルギーが伝達され、構造体30が加熱される。その結果、構造体30は所定温度に上昇し、二次放射体となって、赤外線を放射するようになる。このとき、構造体30が上述したように第1導体層31,誘電体層34,及び第2導体層35を有することで、赤外線ヒーター10は所定の放射特性に基づいた赤外線を放射する。すなわち、赤外線ヒーター10は、構造体30の放射面38から、波長2μm以上10μm以下の範囲内に半値幅が1.5μm以下で放射率が値0.8以上の最大ピークを有する赤外線を下方に放射する。
図2は、放射面38から放射される赤外線の放射特性の一例を示すグラフである。
図2に示す曲線A〜Dは、個別導体層32の横幅W及び縦幅Lを変化させた場合の放射面38からの赤外線の放射率を測定して、測定値をグラフにしたものである。放射率の測定は、以下のように行った。まず、積分球を有するFT−IR(フーリエ変換赤外分光計)で放射面38からの赤外線の垂直入射半球反射率を測定した。次に、透過率を値0として、キルヒホッフの法則を適用することで得られる、(放射率)=1−(反射率)の式により換算した値を、放射率の測定値とした。なお、曲線A〜Dのいずれも、第1導体層31及び第2導体層35を金とし、誘電体層34をアルミナとし、第1導体層31の厚さhを100μmとし,間隔D1及び間隔D2を1.50μmとし,誘電体層34の厚さdを120μmとし、構造体30の温度を200℃とした状態での結果である。曲線A(細い実線),曲線B(破線),曲線C(一点鎖線),曲線D(太い実線)は、それぞれ横幅W及び縦幅Lを1.65μm,1.70μm,1.75μm,1.80μmとした場合のグラフである。
図2からもわかるように、曲線A〜Dのいずれも、波長2μm以上10μm以下の範囲内,且つ波長6μm以上7μm以下の範囲内に最大ピークを有していた。また、曲線A〜Dのいずれも、最大ピークの半値幅は1.5μm以下であり、最大ピークの放射率が値0.8(=80%)を超えていた。さらに、曲線A〜Dのいずれも、最大ピークの立ち上がりから立ち下がりまでの波長領域以外の波長領域における赤外線の放射率が値0.2(=20%)以下であり、最大ピークの半値幅が1.0μm以下であった。また、横幅W及び縦幅Lの値が大きいほど、最大ピークのピーク波長が大きくなる傾向にあった。
【0026】
赤外線ヒーター10がこのような所定の放射特性の赤外線を放射することで、赤外線ヒーター10の下方に配置された対象物に対して、特定の波長領域の赤外線(最大ピーク付近の波長領域の赤外線)を選択的に放射することができる。そのため、この最大ピーク付近の波長領域の赤外線吸収率が比較的高い対象物に対して、効率よく赤外線を放射して加熱などを行うことができる。例えば、トルエンは波長6.684μm(
図2の破線の直線参照)に赤外線の吸収ピークを有する。そのため、例えば曲線Dの放射特性を有する構造体30を備えた赤外線ヒーター10を用いることで、トルエンを効率よく蒸発させることができる。ここで、例えば半導体素子の表面にシリコーンとトルエンとを含む塗膜を形成して、塗膜からトルエンを蒸発させることで半導体素子上に保護膜を形成する場合がある。このような場合に、曲線Dの放射特性を有する赤外線ヒーター10を用いることで、トルエンを効率よく蒸発させて、効率よく保護膜を形成することができる。なお、
図2に示したような構造体30の放射特性(例えば最大ピークのピーク波長等)は、構造体30の温度によって変化しない。そのため、対象物に放射が必要な赤外線のエネルギーの大きさに応じて、赤外線ヒーター10の使用時の構造体30の温度を定めればよい。
【0027】
以上詳述した本実施形態の赤外線ヒーター10では、構造体30が、放射面38に沿った方向に周期構造を有する第1導体層31を備えている。そして、構造体30が発熱体12からのエネルギーを吸収すると、波長2μm以上10μm以下の範囲内に半値幅が1.5μm以下で放射率が値0.8以上の最大ピークを有する赤外線が構造体30の放射面38から放射される。このように、赤外線ヒーター10は、半値幅が比較的小さく放射率が比較的高い最大ピークを有する赤外線を放射する。そのため、この最大ピーク付近の波長領域の赤外線吸収率が比較的高い対象物に対して、効率よく赤外線を放射することができる。
【0028】
また、構造体30は、発熱体12側で第1導体層31に接合された誘電体層34と、発熱体12側で誘電体層34に接合された第2導体層35と、を有している。そして、第1導体層31は、放射面38に沿った方向に互いに離間して配置されることで周期構造を構成する複数の個別導体層32を有している。構造体30がこのような構成を有することで、構造体に上述した所定の放射特性を比較的容易に持たせることができる。
【0029】
さらに、構造体30は、最大ピークの立ち上がりから立ち下がりまでの波長領域以外の波長領域における赤外線の放射率が値0.2以下である。これにより、最大ピーク付近以外の波長領域における赤外線の強度が比較的小さくなるため、赤外線ヒーター10のエネルギー効率が向上する。
【0030】
なお、本発明は上述した実施形態に何ら限定されることはなく、本発明の技術的範囲に属する限り種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。
【0031】
例えば、上述した実施形態では、構造体30は第1導体層31と誘電体層34と第2導体層35とを有していたが、これに限られない。構造体30は、放射面と放射面に沿った方向に周期構造を有する第1導体層とを有し、上述した所定の放射特性を有していればよい。例えば、構造体は、複数のマイクロキャビティを有するマイクロキャビティ形成体として構成されていてもよい。
図3は、変形例の赤外線ヒーター110の断面図である。赤外線ヒーター110は、構造体30を備えない代わりに、構造体130を備えている。構造体130は、少なくとも表面(下面)が第1導体層131からなり前後左右方向の周期構造を構成する複数のマイクロキャビティ40を有している。構造体130は、赤外線ヒーター10の下側から発熱体12側に向かって、第1導体層131と、凹部形成層132と、本体層133と、をこの順に備えている。本体層133は、例えばガラス基板などからなる。凹部形成層132は、例えば樹脂や、セラミックス及びガラスなどの無機材料などからなり、本体層133の下面に形成されて円柱状の凹部を形成している。凹部形成層132は、第1導体層131と同じ材料であってもよい。第1導体層131は、構造体130の表面(下面)に配設されており、凹部形成層132の表面(下面及び側面)と、本体層133の下面(凹部形成層132が配設されていない部分)とを覆っている。第1導体層131は導体からなり、材質としては、例えば金,ニッケルなどの金属や導電性樹脂などが挙げられる。マイクロキャビティ40は、この第1導体層131の側面42(凹部形成層132の側面を覆う部分)と、底面44(本体層133の下面を覆う部分)とで囲まれ、下方に開口した略円柱形状の空間である。マイクロキャビティ40は、
図3下段の拡大図に示すように、前後左右に並べて複数配設されている。なお、構造体130の下面が対象物に赤外線を放射する放射面138となっている。具体的には、構造体130が発熱体12からのエネルギーを吸収すると、底面44と側面42とで形成される空間内での入射波と反射波との共振作用により、放射面138から下方の対象物に向けて特定の波長の赤外線が強く放射される。これにより、構造体130は、上述した所定の放射特性を有する。なお、複数のマイクロキャビティ40の各々の円柱の直径を3.0μm以上5.0μm以下とすることで、構造体130に所定の放射特性を比較的容易に持たせることができる。なお、マイクロキャビティ40は円柱に限らず多角柱形状でもよい。多角柱形状の場合、マイクロキャビティ40を下方から平面視したときの多角形の幅を3.0μm以上5.0μm以下とすればよい。なお、この多角形が例えば四角形であれば、四角形の横幅及び縦幅が「多角形の幅」に相当する。その他の多角形についても近似的にはこの四角形の幾何平均を一辺長とする。また、マイクロキャビティ40の深さは、例えば3μm以上10μm以下としてもよい。
図4は、放射面138から放射される赤外線の放射特性の一例を示すグラフである。
図4に示す曲線は、マイクロキャビティ40の円柱の直径を4.4μm、深さを4.4μmとし、構造体130の温度を200℃とした状態での、放射面138からの赤外線の放射率を
図2と同様に測定して、グラフにしたものである。
図2は、上述した所定の放射特性を満たしている。このように、赤外線ヒーター110においても、上述した実施形態と同様に、対象物に対して効率よく赤外線を放射する効果が得られる。なお、このような構造体130は、例えば以下のように形成することができる。まず、本体層133の下面となる部分に周知のナノインプリントにより凹部形成層132を形成する。そして、凹部形成層132の表面及び本体層133の表面を覆うように、例えばスパッタリングにより第1導体層131を形成する。
【0032】
上述した実施形態では、個別導体層32は直方体形状すなわち下面視が四角形状としたが、これに限られない。例えば、個別導体層32は、下面視が円形の形状,十字形状(長方形が垂直に交差した形状)としてもよい。個別導体層32の下面視が円形の場合、円の直径が横幅W及び縦幅Lに相当し、下面視が十字形状の場合、交差する2つの長方形の各々の長辺の長さが横幅W及び縦幅Lに相当する。また、個別導体層32は第1方向(左右方向)及び第2方向(前後方向)に沿って等間隔に格子状に配列されていたが、これに限られない。例えば個別導体層32は第1方向にのみ等間隔に配列されていてもよい。この場合、個別導体層32は下面視が線状(長方形状)の形状としてもよい。
【0033】
上述した実施形態では、構造体30は支持基板37を備えていたが、支持基板37を省略してもよい。また、構造体30において接着層33を省略し、第1導体層31と誘電体層34とが直接接合されていてもよい。接着層36についても同様である。
【0034】
上述した実施形態では、放射面38は個別導体層32の下面及び誘電体層34の下面としたが、これに限られない。例えば、構造体30が、最下面に個別導体層32及び誘電体層34を被覆する赤外線の透過層を有する場合には、その透過層の下面が放射面38となる。
図3の赤外線ヒーター110においても同様である。
【符号の説明】
【0035】
10,110 赤外線ヒーター、11 ヒーター本体、12 発熱体、13 保護部材、30,130 構造体、31,131 第1導体層、32 個別導体層、33 接着層、34 誘電体層、35 第2導体層、36 接着層、37 支持基板、38 放射面、70 ケーシング、132 凹部形成層、133 本体層、138 放射面、40 マイクロキャビティ、42 側面、44 底面。