(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
さらに、Mg:0.01〜0.20質量%、Sn:0.05〜0.7質量%、Zn:0.2〜1.5質量%、Cr:0.005〜0.500質量%、Mn:0.01〜0.50質量%、Ag:0.005〜0.300質量%、Co:0.05〜2.00質量%のうち、少なくとも1種を総量で0.005〜2.000質量%含有することを特徴とする、請求項1に記載の銅合金板材。
【背景技術】
【0002】
携帯電話やポータブルオーディオプレイヤー、デジタルカメラといった電子機器の小型化・多機能化が進むにつれ、これらに搭載される基板の軽量化・多層化が求められている。また、実装される部品にも、更なる軽量化・小型化が求められている。
【0003】
従来、コネクタ、リレー等の部品にはりん青銅や黄銅等の固溶強化合金が使用されていた。しかし、部品の小型化に伴い、薄肉・小型であっても必要とされる強度を満足できる高強度材として析出強化合金の使用が増加している。析出強化合金の中でも、比較的高い導電率と強度を持ちながら、良好な加工性も有するCu−Ni−Si系合金(コルソン系合金)は、ばね性が必要とされるコネクタのメス端子やCPUソケット等に広く用いられている。強度や加工性のさらなる改善に関して、種々の合金材が提案されている(例えば、特許文献1〜3)。
【0004】
特許文献1では、CuとAgとの共晶相(CuAg相)およびNi
2Si粒子を複合して含有する耐へたり性に優れた高強度銅合金材料が提案されている。また、特許文献2、3では、冷間加工や調質焼鈍の条件を規定し、表面の残留応力を低減させることで、リードフレームのリード変形が生じにくく、かつプレス加工後の歪取り焼鈍に要する時間の短い、加工性に優れた銅合金板または条が提案されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来の銅合金板材は、導電率が30%IACS以上である場合には0.2%耐力が900MPa以下であったため、携帯電話、ノートバソコン等のモバイル機器に用いられるカメラAF(オートフォーカス)モジュールやハードディスクドライブの磁気ヘッド用サスペンションに使われるばね材等に対しては強度が不足していた。また、0.2%耐力が900MPaを超える場合には導電率が20%IACS以下であり、電子部品としては導電率が低かった。さらに、板厚0.1mm以下の薄板材では、冷間加工により生じる残留応力を抑制することが困難になり、調質焼鈍後の板材に対してエッチングやプレス加工を行うと、残留応力に起因して反り等の変形が生じる問題があった。特許文献2または特許文献3に記載された発明においては、最終段階で行われる歪取り焼鈍前の冷間圧延において、残留応力の抑制が不十分であった。そのため、歪取り焼鈍において、残留応力を十分に除去するためには、保持温度を高くする必要があり、強度の低下が不可避であるという問題があった。
【0007】
本発明は、上述した課題に鑑みてなされたものであり、導電率および0.2%耐力が高く、残留応力が小さく、かつ加工性に優れた銅合金板材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明に係る銅合金板材は、Ni:1.5〜7.0質量%、Si:0.1〜1.9質量%を含有し、Mg:
0〜0.20質量%、Sn:
0〜1.50質量%、Zn:
0〜1.5質量%、Cr:
0〜0.500質量%、Mn:
0〜0.50質量%、Ag:
0〜0.300質量%、Co:
0〜2.00質量%から選ばれる元素を
0〜2.000質量%含有し、残部Cuおよび不可避不純物からなる銅合金板材であって、0.2%耐力が900MPa以上であり、前記銅合金板材の板幅方向に垂直な断面の板厚方向の残留応力分布、および前記銅合金板材の圧延方向に垂直な断面の板厚方向の残留応力分布において、それぞれの断面の残留応力の最大値と最小値の差の絶対値が80MPa以下であることを特徴とする。
【0009】
本発明に係る銅合金板材は、さらに、Mg:0.01〜0.20質量%、Sn:0.05〜1.50質量%、Zn:0.2〜1.5質量%、Cr:0.005〜0.500質量%、Mn:0.01〜0.50質量%、Ag:0.005〜0.300質量%、Co:0.05〜2.00質量%のうち、少なくとも1種を総量で0.005〜2.000質量%含有することが好ましい。
【0010】
また、本発明に係る銅合金板材は、平均結晶粒径が0.1μm超50μm以下であることが好ましい。
【0011】
また、本発明に係る銅合金板材は、厚さが5μm以上80μm以下であることが好ましい。
【0012】
本発明に係る銅合金板材の製造方法は、鋳造、均質化熱処理、熱間加工、面削、第1の冷間加工、溶体化熱処理、時効処理、第2の冷間加工および調質焼鈍から構成される処理をこの順に施し、前記時効処理における処理温度が400〜700℃、処理時間が5秒〜20時間であり、前記第2の冷間加工におけるワークロール径が150mm以下、ワークロールの表面粗さRaが0.5μm以下、圧延速度が300m/min以下、1パスあたりの加工率が3〜20%、かつ、総加工率が20〜90%であり、前記調質焼鈍における処理温度が200〜450℃、処理時間が30分〜5時間であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の銅合金板材は、0.2%耐力が900MPa以上、導電率が30%IACS以上の特性を併せ持つ。また、銅合金板材の板幅方向に垂直な断面の板厚方向の残留応力分布、および銅合金板材の圧延方向に垂直な断面の板厚方向の残留応力分布において、それぞれの断面の残留応力の最大値と最小値の差の絶対値が80MPa以下であるため、銅合金板材を加工する際に反り等の不良が発生しづらい。すなわち、本発明の銅合金板材は加工性に優れる。また、本発明の銅合金板材の製造方法では、銅合金板材の板幅方向に垂直な断面の板厚方向の残留応力分布、および銅合金板材の圧延方向に垂直な断面の板厚方向の残留応力分布において、それぞれの断面の残留応力の最大値と最小値の差の絶対値が80MPa以下である銅合金板材を、好適に提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態(以下、本実施形態という。)について、具体的に説明する。本発明において銅合金板材とは、圧延工程によって、例えば板材や条材、箔などの特定の形状に加工された銅合金材を意味する。本願では、これらをまとめて銅合金板材と呼ぶ。また、本願では以降「質量%(mass%)」を単に「%」とも記す。
【0016】
(1)銅合金板材の組成
Niは、Siと反応してNi
2Si化合物を形成する。Ni
2Si化合物を時効析出させることにより、銅合金板材の強度を向上させ、かつ、導電率を高めることができる。本実施形態の銅合金板材におけるNiの含有量は1.5〜7.0%である。より好ましくは、2.0〜5.0%である。Niの含有量が1.5%未満であると、Ni−Si析出物による析出硬化量が小さく強度が不足する。また、Niの含有量が7.0%を超えると、熱処理時に粒界反応型析出が生じ、さらに粗大な晶出物の量が多くなり過ぎ、強度が低下することがある。
【0017】
Siは、Niと反応してNi
2Si化合物を形成する。Ni
2Si化合物を時効析出させることにより、銅合金板材の強度を向上させ、かつ、導電率を高めることができる。本実施形態の銅合金板材におけるSiの含有量は0.1〜1.9%である。より好ましくは、0.35〜1.7%である。Siの含有量が0.1%未満であると、時効処理による強度向上が不十分になる。また、Siの含有量が1.9%を超えると、Ni量が多い場合と同じ問題が生じることに加え、導電率の低下をもたらす。
【0018】
Mgは母相に固溶する形態で存在し、粒界反応型析出の形成を抑制すると共に、応力緩和特性の改善効果がある。本実施形態の銅合金板材におけるMgの含有量は0.01〜0.20%であることが好ましく、より好ましくは、0.05〜0.15%である。Mgの含有量が0.01%未満であると、その効果が十分に現れず、0.20%を超えると、曲げ加工性が低下する。
【0019】
Snは母相に固溶する形態で存在し、粒界反応型析出の形成を抑制すると共に、応力緩和特性を改善する。本実施形態の銅合金板材におけるSnの含有量は0.05〜1.50%であることが好ましく、より好ましくは、0.1〜0.7%である。Snの含有量が0.05%未満であると、その効果が十分に現れず、1.50%を超えると、導電性が大幅に低下する。
【0020】
Znは母相に固溶する形態で存在し、熱間加工性を向上させる。本実施形態の銅合金板材におけるZnの含有量は0.2〜1.5%であることが好ましく、より好ましくは、0.3〜1.2%である。Znの含有量が0.2%未満であると、その効果が十分に得られず、Znの含有量が1.5%を超えると、導電性が低下する。
【0021】
CrはSiやNiと反応してCr−Si化合物およびNi−Cr−Si化合物を形成する。これらの金属間化合物は、溶体化処理時に粒界の移動を抑制して母相の結晶粒径を微細にすると共に、粒界反応型析出の抑制に寄与する。本実施形態の銅合金板材におけるCrの含有量は0.005〜0.500%であることが好ましく、より好ましくは、0.05〜0.3%である。Crの含有量が0.005%未満ではその効果が十分に得られず、0.500%を超えると、曲げ加工性が劣化する。
【0022】
Agは耐熱性および強度を向上させると同時に、結晶粒の粗大化を阻止して曲げ加工性を改善する。本実施形態の銅合金板材におけるAgの含有量は0.005〜0.300%であることが好ましい。Agの含有量が0.005%未満ではその効果が十分に得られない。また、Agの含有量が0.300%を超えても特性に悪影響はないもののコスト高になる。
【0023】
Coは、Niと同様にSiと化合物を形成して強度を向上させる作用を有する。本実施形態の銅合金板材におけるCoの含有量は0.05〜2.00%であることが好ましい。Coの含有量が0.05%未満ではその効果が十分に得られない。また、Coの含有量が2.00%を超えると、溶体化処理後にも強度に寄与しない晶出・析出物が存在して曲げ加工性が劣化する。
【0024】
Mnは熱間加工性を改善する効果があり、導電性を劣化させない程度に0.01〜0.50質量%含有させることは有効である。
【0025】
上述のMg、Sn、Zn、Cr、Ag、Co、Mnを1種又は2種以上含有する場合には、要求特性に応じて合計で、0.005〜2.000%の範囲で決定される。
【0026】
なお、本実施形態の銅合金板材において、Sの含有量は0.005%未満であることが好ましく、より好ましくは、0.002%未満である。Sの含有量が0.005%以上であると、熱間加工性が悪化する。
【0027】
(2)銅合金板材の物性
本実施形態の銅合金板材は、板材中の残留応力が小さいことが特徴の1つである。残留応力は熱処理や冷間加工などによる不均一な変形の結果発生し、銅合金板材(圧延材)の表面および板材内部に広く分布している。圧延材の表面および内部の残留応力分布の勾配が大きい、すなわち残留応力の最大値と最小値の差が大きいと、エッチングやプレス加工を行った際に、残留応力が開放されて、反り等の変形が生じやすくなる。もしくは、加工時には変形として現れていなくても、使用中に変形を起こす可能性のある板材となる。よって、銅合金板材中の残留応力を小さく制御することが必要となる。
【0028】
そこで、本発明では、銅合金板材の圧延方向(RD;Rolling Direction)に垂直な断面および板幅方向(TD;Transverse Direction)に垂直な断面のそれぞれの断面の板厚方向(ND;Normal Direction)の残留応力分布において、それぞれの断面の残留応力の最大値と最小値の差の絶対値を80MPa以下に制御している。より詳しくは、銅合金板材の圧延方向(RD)に垂直な断面における板厚方向の残留応力分布において、その断面の残留応力の最大値と最小値の差の絶対値が80MPa以下であり、かつ、銅合金板材の板幅方向(TD)に垂直な断面における板厚方向の残留応力分布において、その断面の残留応力の最大値と最小値の差の絶対値が80MPa以下である。
【0029】
図1および
図2を参照して、本実施形態の銅合金板材1の断面における残留応力分布について説明する。
図1は、本実施形態の銅合金板材1の断面を説明するための図である。
図1に、銅合金板材1の板幅方向(TD)に垂直な断面における板厚方向(ND)の残留応力分布2と、銅合金板材1の圧延方向(RD)に垂直な断面における板厚方向(ND)の残留応力分布3を示した。
図2(A)は、
図1における銅合金板材1の板幅方向(TD)に垂直な断面の部分拡大図であり、
図2(B)は、
図1における銅合金板材1の圧延方向(RD)に垂直な断面の部分拡大図である。
【0030】
図2(A)において、曲線2aは、圧延方向(RD)の残留応力の値を示しており、軸2bは、残留応力が0であることを示す。板幅方向(TD)に垂直な断面における板厚方向(ND)の残留応力分布2では、その断面において圧延方向(RD)の残留応力が板厚に対してどのような分布をしているのかを示している。値Aは、圧延方向(RD)の残留応力の最大値と最小値の差の絶対値を意味する。また、
図2(B)において、曲線3aは、板幅方向(TD)の残留応力の値を示しており、軸3bは、残留応力が0であることを示す。圧延方向(RD)に垂直な断面における板厚方向(ND)の残留応力分布3では、その断面において板幅方向(TD)の残留応力が板厚に対してどのような分布をしているかを示している。値Bは、板幅方向(TD)の残留応力の最大値と最小値の差の絶対値を意味する。これらの各断面における残留応力分布において、その最大応力値(σmax)と最小応力値(σmin)の差の絶対値を80MPa以下(|σmax−σmin|≦80MPa)とするように制御したのが本発明である。すなわち、A≦80MPa、かつ、B≦80MPaである。
【0031】
なお、
図2(A)および
図2(B)に示すように、軸2b、軸3bに対して残留応力の正(プラス)の値を引張応力とし、負(マイナス)の値を圧縮応力とする。このようにすると、残留応力の最大値は引張応力であり、最小値は圧縮応力となる。すなわち、本発明における残留応力の制御は、「引張応力の最大値」と「圧縮応力の最小値」の差(絶対値)を80MPa以内とすることに相当する。それぞれの断面の板厚方向の残留応力分布における残留応力の最大値と最小値の差の絶対値は、より好ましくは50MPa以下である。それぞれの断面の板厚方向の残留応力分布における残留応力の最大値と最小値の差の絶対値について、下限は特に規定しないが、絶対値であるため0以上である。なお、本発明における残留応力は、Treuting−Read法に基づいて測定した値である。
【0032】
本実施形態の銅合金板材は、平均結晶粒径が0.1μm超50μm以下であることが好ましい。より好ましくは、0.1μm超25μm以下である。平均結晶粒径が0.1μm以下であると、加工性が悪化する。平均結晶粒径が50μmを超えると、十分な強度が得られず、また、圧延垂直方向と圧延平行方向の強度差が大きくなる。なお、本発明における平均結晶粒径は、JISH0501(切断法)に基づいて測定した値である。
【0033】
本実施形態の銅合金板材は、0.2%耐力(YS)が900MPa以上である。好ましくは1000MPa以上である。0.2%耐力YSの上限値は特に限定されないが、現実的には1500MPa程度である。本発明における0.2%耐力は、通常の引張試験機による引張試験に基づいて測定した値である。
【0034】
本実施形態の銅合金板材の厚さは、用途や成形条件等に応じて適宜調整可能であるが、5μm〜80μmであることが好ましい。より好ましくは、10〜80μmである。厚さが5μm未満であると、残留応力の最大値と最小値の差を80MPa以下になる圧延を行うには、パス回数が多くなり、生産効率が大幅に悪化する。なお、本実施形態の銅合金板材は、特に板厚80μm以下の銅合金板材が対象であるが、80μmを超える銅合金板材に適用することも可能である。本発明は、薄い板厚においても、残留応力が小さくかつ高い0.2%耐力を有することに技術的意義を有するものである。
【0035】
上記物性を備えた銅合金板材は、高い強度が要求される電気・電子機器材料として好適に用いることができる。例えば、リードフレーム、コネクタ又はばね材などである。
【0036】
(3)銅合金板材の製造方法
本実施形態の銅合金板材は、所定の組成からなる銅合金に、鋳造、均質化熱処理、熱間加工、面削、第1の冷間加工、溶体化熱処理、時効処理、第2の冷間加工および調質焼鈍の各工程をこの順に施すことにより製造される。以下、本実施形態の銅合金板材の製造方法について詳細に説明する。
【0037】
まず、鋳造工程において、所定の組成の銅合金素材を溶解した後、鋳造により銅合金鋳塊を得る。均質化熱処理工程では、合金成分や組織の均質化等を目的として、銅合金鋳塊を850〜1000℃で0.5〜6時間保持する。その後、所望の板厚とすべく熱間加工を行う。熱間加工工程では700〜1000℃で圧延を行う。面削工程は、銅合金板材の表皮の酸化皮膜や変質層を除去するために行う。これは通常公知の方法により行うことができる。
【0038】
続いて、第1の冷間加工工程では、加工率が80〜99.99%になるように圧延するのが好ましい。その後、材料を溶体化させるため、溶体化熱処理を行う。溶体化熱処理工程では、温度800〜1000℃、3秒〜1時間保持することが好ましい。
【0039】
時効処理は、過飽和固溶体となった材料の母相にNi
2Siを始めとした析出相を析出させるための処理である。時効処理工程における処理温度は400〜700℃である。好ましくは、350〜600℃である。処理温度が400℃未満であると、十分なNi
2Si析出量を得るために長時間を要することになりコスト高になる。または、耐力および導電率が不十分である。また、処理温度が700℃を超えると、粗大化したNi
2Siが形成するため、耐力を十分に得られない。処理時間は、5秒〜20時間である。
【0040】
第2の冷間加工工程では残留応力の発生があり、エッチングやプレス加工における寸法精度の悪化を防ぐためには、表面及び内部における残留応力分布のばらつきをできるだけ抑える処理を行うことが重要である。第2の冷間加工工程における、残留応力分布のばらつきとは、銅合金板材の「板幅方向に垂直な断面」および「圧延方向に垂直な断面」のそれぞれの断面において、残留応力の最大値と最小値の差である。
【0041】
ここで、第2の冷間加工工程のワークロール径は150mm以下である。ワークロール径が150mmを超えると、銅合金板材の内部側の変形が大きくなり、板材表面から板材内部の残留応力分布のばらつきが増加する。また、ワークロールの表面粗さは算術平均粗さRaで0.5μm以下であり、好ましくは0.3μm以下あり、更に好ましくは0.1μm以下である。算術平均粗さRaが0.5μmを超えると銅合金板材の表面と内部の変形量に差が生じ、残留応力分布のばらつきが大きくなる。算術平均粗さRaに特に下限値は設けないが、小さすぎるとロールと板の間にスリップが生じ圧延制御が不安定になる。また、圧延速度は300m/min以下、好ましくは200m/minである。圧延速度が300m/minを超えると、残留応力分布のばらつきを低減することができない。特に圧延速度に下限値は設けないが、低すぎると生産効率が悪化する。また、1パスあたりの加工率は3〜20%である。1パスあたりの加工率が3%未満もしくは、加工率が20%を超えると、表面と内部の変形量に大きな差が生じ、残留応力分布のばらつきが増す。また、総加工率は、20〜90%である。十分な強度を得るには、総加工率が20%以上とするのが好ましく、30%以上とするのがより好ましい。更に好ましくは50%以上である。総加工率が90%を超えると、調質焼鈍工程後に、圧延方向に対して平行方向と垂直方向の強度差が大きくなり、電気・電子部品用銅合金板材として設計の自由度が減少する。
【0042】
また、第2の冷間加工工程において、本実施形態の銅合金板材の中伸び、端伸びなどの程度を表す急峻度は1.0%以下であることが好ましい。このような急峻度を有する銅合金板材の形状は、良好と言える。
【0043】
最後に、銅合金板材の調質を目的として、調質焼鈍を行う。調質焼鈍工程における処理温度は200〜450℃である。好ましくは、250〜350℃である。処理温度が200℃未満であると、伸び、曲げ加工性およびばね限界値の回復が不十分であり、また強度が不足する。処理温度が450℃を超えると、強度低下をもたらす。処理時間は特に制限されないが、例えば、30分〜5時間である。
【実施例】
【0044】
以下、本発明の実施例を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0045】
表1に記載した組成を有する銅合金を溶解して、これを鋳造して銅合金鋳塊を得た。その後、均質化処理、熱間加工、面削を施した。次に、加工率が95%以上になるよう冷間加工を行い、溶体化熱処理を875℃で6秒行い、時効処理を475℃で2時間行った。次に、表2に記載した条件(ワークロール径、ワークロールの表面粗さ、総加工率、1パスあたりの最大加工率、圧延速度)で冷間加工を行った。そして、表2に記載した条件(処理時間、処理温度)で調質焼鈍を行い、厚さ0.03mmの銅合金板材を得た。
【0046】
なお、本実施例では銅合金板材の板厚が0.03mm(=30μm)の例を示したが、本発明は加工条件や熱処理条件を本願の開示の範囲内で調整することによって、5〜80μmの板厚で実施できることを確認した。
【0047】
(残留応力)
銅合金板材の圧延方向(RD)に垂直な断面及び板幅方向(TD)に垂直な断面における板厚方向の残留応力はそれぞれ、以下の方法で測定した。まず、板幅方向(TD)に垂直な断面の残留応力分布は、圧延方向(RD)を「長手方向」として、銅合金板から幅20mm×長さ100mmの大きさの試験板を切り出す。試験片の片面の表層をエッチング液を用いて徐々に除去しながら、各深さにおける残部試験片の長手方向(x)及び幅方向(y)の曲率φ
x、φ
yを測定する。これを板厚が半分になるまで繰り返し実施する。曲率は試験片の反りを測定することで求める。試験片の反りを円周の一部と考え、この円に相当する半径の逆数を曲率とする。曲率は弦の長さと高さを測定すれば数学的に容易に求められる。その後、エッチング深さaと曲率の関係を図にプロットし、以下の式によってエッチング深さにおける圧延方向(x)の残留応力の最大値σ
xmax(a)及び最小値σ
xmin(a)を測定する。また、圧延方向(RD)に垂直な断面の残留応力分布についても、板幅方向(TD)を「長手方向」とする試験片を用いて、同様に測定を行う。本方法はTreuting−Read法と呼ばれるよく知られた方法であり、例えば下記の参考文献に記載されている。この方法に基づいて、銅合金板材の板幅方向に垂直な断面の板厚方向の残留応力分布、および銅合金板材の圧延方向に垂直な断面の板厚方向の残留応力分布における、それぞれの断面の残留応力の最大値と最小値の差の絶対値を算出した。その結果を、表2に示す。
参考文献:R.G.Treuting、W.F.Read:J.App.Physics、22 (1951)130.
【0048】
【数1】
σ
x:長手方向における残留応力、E:ヤング率、ν:ポアソン比、h:当比板厚、a:エッチング深さ、φ
x:長手方向における曲率、φ
y:幅方向における曲率
【0049】
(0.2%耐力)
0.2%耐力は、圧延平行方向から切り出したJIS Z 2201−13B号の試験片をJIS Z 2241に準じて3本測定しその平均値を示した。0.2%耐力の測定結果を、表2に示す。
【0050】
(導電率)
導電率は、20℃(±0.5℃)に保たれた恒温漕中で四端子法により比抵抗を計測して導電率を算出した。なお、端子間距離は100mmとした。導電率の測定結果を、表2に示す。
【0051】
(結晶粒径)
結晶粒径は、JIS H 0501(切断法)に基づいて測定した。すべての実施例において、結晶粒径は0.1μm超50μm以下の範囲にあることを確認した。
【0052】
【表1】
【0053】
【表2】
【0054】
表2に示すように、実施例1〜20では、0.2%耐力がいずれも900MPa以上であり、導電率が30%IACS以上であり、かつ、板幅方向に垂直な断面および圧延方向の垂直な断面の板厚方向の残留応力分布において、残留応力の最大値と最小値の差の絶対値がそれぞれの断面で80MPa以下である。すなわち、実施例1〜20の銅合金板材は、高強度で、かつ加工性に優れていることが分かった。一方、比較例1〜5、12〜19、32〜39の銅合金板材は、0.2%耐力が低いため、強度に劣ることが分かった。また、比較例6〜11、20〜31の銅合金板材は、何れか或いは両方の方向における残留応力の最大値と最小値の差が大きいため、加工性に劣ることが分かった。比較例40〜44の銅合金板材は、0.2%耐力が低く、かつ、残留応力の最大値と最小値の差が大きいため、強度、加工性ともに劣っていることが分かった。