特許第6698066号(P6698066)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6698066カチオン染料で染色された立毛調人工皮革及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6698066
(24)【登録日】2020年4月30日
(45)【発行日】2020年5月27日
(54)【発明の名称】カチオン染料で染色された立毛調人工皮革及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   D06N 3/00 20060101AFI20200518BHJP
   D04H 3/011 20120101ALI20200518BHJP
【FI】
   D06N3/00
   D04H3/011
【請求項の数】16
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2017-506101(P2017-506101)
(86)(22)【出願日】2016年3月17日
(86)【国際出願番号】JP2016001560
(87)【国際公開番号】WO2016147671
(87)【国際公開日】20160922
【審査請求日】2018年10月17日
(31)【優先権主張番号】特願2015-53966(P2015-53966)
(32)【優先日】2015年3月17日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001085
【氏名又は名称】株式会社クラレ
(74)【代理人】
【識別番号】100133798
【弁理士】
【氏名又は名称】江川 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100189991
【弁理士】
【氏名又は名称】古川 通子
(72)【発明者】
【氏名】村手 靖典
(72)【発明者】
【氏名】中塚 均
【審査官】 伊藤 寿美
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許第4604320(US,A)
【文献】 特開2001−019735(JP,A)
【文献】 特開2014−029050(JP,A)
【文献】 特開昭61−070083(JP,A)
【文献】 特開2000−248427(JP,A)
【文献】 特開2010−242240(JP,A)
【文献】 特開2005−320647(JP,A)
【文献】 特開2003−193376(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D06N 1/00− 7/06
D04H 1/00−18/04
D06P 1/00− 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カチオン染料で染色された立毛調人工皮革であって、
複合繊維ではない、0.07〜0.9dtexの繊度を有するカチオン染料可染性ポリエステルの繊維の不織布、及び前記不織布の内部に付与された高分子弾性体を含み
前記カチオン染料可染性ポリエステルは、テレフタル酸単位を主成分とするジカルボン酸単位と、エチレングリコール単位を主成分とするグリコール単位とを含み、前記ジカルボン酸単位として、下記式(Ia):
【化1】

で表される単位を1.5〜3モル%含み、
*値≦50、
荷重0.75kg/cm,50℃,16時間でのPVCへの色移行性評価における色差級数判定が4級以上、
厚さ1mm当たりの引裂強力が30N以上、
剥離強力が3kg/cm以上
塩素含有量が90ppm以下、であるカチオン染料で染色された立毛調人工皮革。
【請求項2】
マーチンデール摩耗減量(12KPa)が100mg/3.5万回以下である、請求項1に記載のカチオン染料で染色された立毛調人工皮革。
【請求項3】
前記カチオン染料可染性ポリエステルの繊維が長繊維である、請求項1または2に記載のカチオン染料で染色された立毛調人工皮革。
【請求項4】
前記カチオン染料可染性ポリエステルは、前記ジカルボン酸単位として、1,4−シクロヘキサンジカルボン酸単位とアジピン酸単位とをそれぞれ1〜6モル%の範囲で含有する、請求項1〜3の何れか1項に記載のカチオン染料で染色された立毛調人工皮革。
【請求項5】
前記カチオン染料可染性ポリエステルは、前記ジカルボン酸単位として、イソフタル酸単位を1〜6モル%の範囲で含有する、請求項1〜3の何れか1項に記載のカチオン染料で染色された立毛調人工皮革。
【請求項6】
前記カチオン染料可染性ポリエステルは、60〜70℃の範囲にガラス転移温度(Tg)を有する、請求項1〜5の何れか1項に記載のカチオン染料で染色された立毛調人工皮革。
【請求項7】
複合繊維ではない、0.07〜0.9dtexのカチオン染料可染性ポリエステルの極細繊維の不織布、及び前記不織布の内部に付与された高分子弾性体を含み、且つ、少なくとも一面に立毛面を有する立毛調人工皮革基材をカチオン染料で染色した立毛調人工皮革であって、
*値≦50であり、
前記カチオン染料可染性ポリエステルは、下記式(Ib):
【化2】

[式(Ib)中、Xは、4級ホスホニウムイオン又は4級アンモニウムイオンを表す。]で表される単位を1.5〜3モル%含む、テレフタル酸単位を主成分とするジカルボン酸単位と、エチレングリコール単位を主成分とするグリコール単位とを含み、
塩素含有量が90ppm以下である、カチオン染料で染色された立毛調人工皮革。
【請求項8】
前記カチオン染料可染性ポリエステルは、前記ジカルボン酸単位として、スルホイソフタル酸のアルカリ金属塩単位を0〜0.2モル%含有する請求項7に記載のカチオン染料で染色された立毛調人工皮革。
【請求項9】
前記カチオン染料可染性ポリエステルのガラス転移温度(Tg)が60〜70℃である請求項7または8に記載のカチオン染料で染色された立毛調人工皮革。
【請求項10】
請求項7に記載の立毛調人工皮革を製造する方法であって、
複合繊維ではない、0.07〜0.9dtexのカチオン染料可染性ポリエステルの極細繊維の不織布と、前記不織布に含浸付与された高分子弾性体とを含む人工皮革基材を準備する工程と、
前記人工皮革基材をカチオン染料で染色した後、アニオン系界面活性剤を含有する50〜100℃の湯浴中で塩素含有量が90ppm以下になるように洗浄する工程と、
前記染色及び洗浄する工程の前又は後に、前記人工皮革基材の少なくとも一面を起毛処理する工程と、を備え、
前記カチオン染料可染性ポリエステルは、テレフタル酸単位を主成分とするジカルボン酸単位と、エチレングリコール単位を主成分とするグリコール単位とを含むポリエステルを含み、前記ジカルボン酸単位として、下記式(Ib):
【化3】

[式(Ib)中、Xは、4級ホスホニウムイオン又は4級アンモニウムイオンを表す。]で表される単位を1.5〜3モル%含む、カチオン染料で染色された立毛調人工皮革の製造方法。
【請求項11】
前記カチオン染料可染性ポリエステルは、前記ジカルボン酸単位として、スルホイソフタル酸のアルカリ金属塩単位を0〜0.2モル%含有する、請求項10に記載のカチオン染料で染色された立毛調人工皮革の製造方法。
【請求項12】
前記カチオン染料可染性ポリエステルは、前記ジカルボン酸単位として、1,4−シクロヘキサンジカルボン酸単位とアジピン酸単位とをそれぞれ1〜6モル%の範囲で含有する、請求項10または11に記載のカチオン染料で染色された立毛調人工皮革の製造方法。
【請求項13】
前記カチオン染料可染性ポリエステルは、前記ジカルボン酸単位として、イソフタル酸単位を1〜6モル%の範囲で含有する、請求項10または11に記載のカチオン染料で染色された立毛調人工皮革の製造方法。
【請求項14】
前記人工皮革基材を準備する工程は、
前記極細繊維を形成可能な極細繊維発生型繊維を含む極細繊維発生型繊維絡合体を形成する工程と、
前記極細繊維発生型繊維を前記極細繊維に変換して前記極細繊維の不織布を形成する工程と、
前記極細繊維発生型繊維絡合体または前記極細繊維の不織布に高分子弾性体を含浸付与する工程を備える、請求項10〜13の何れか1項に記載のカチオン染料で染色された立毛調人工皮革の製造方法。
【請求項15】
前記極細繊維発生型繊維が長繊維である、請求項14に記載のカチオン染料で染色された立毛調人工皮革の製造方法。
【請求項16】
前記極細繊維発生型繊維絡合体を形成する工程において、厚さ1mm当たりの引裂強力が30N以上、剥離強力が3kg/cm以上、になる立毛調人工皮革が得られる程度に前記極細繊維発生型繊維を絡合させる請求項14または15に記載のカチオン染料で染色された立毛調人工皮革の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カチオン染料で染色された立毛調人工皮革に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、スエード調人工皮革やヌバック調人工皮革のような緻密な毛羽感を有する立毛調人工皮革が知られている。立毛調人工皮革は、衣料、靴、家具、カーシート、雑貨製品等の表面素材や、携帯電話,モバイル機器,家電製品の筐体等の表面素材として用いられている。このような立毛調人工皮革は、通常、染色されて用いられる。
【0003】
立毛調人工皮革は、極細繊維の不織布の内部にポリウレタン等の高分子弾性体を含有させて得られる人工皮革基材の表面を起毛処理して得られる。極細繊維の不織布としては、ポリエステルの極細繊維の絡合体を用いた立毛調人工皮革が、機械的特性と風合いとのバランスに優れる点から好ましく用いられている。
【0004】
従来、ポリエステルの極細繊維の不織布を含む立毛調人工皮革を染色するために、発色性に優れる点から分散染料が広く用いられていた。しかしながら、分散染料は熱や圧力により、接触する他の物品に色移りしやすいという問題があった。
【0005】
このような問題を解決するために、カチオン染料による染色が試みられている。例えば、下記特許文献1は、スルホイソフタル酸の酸成分を特定のジオールで実質的に置換して得られたスルホン酸基含有ジオール(A)、ポリエステル、ポリカーボネート、ポリラクトンおよびポリエーテルよりなる群より選ばれた数平均分子量が500〜3000のポリマージオール(B)と有機ジイソシアネート(C1)とをNCO/OHの当量比が0.5〜0.99となる様な量的関係で反応して得られた末端OHの中間体ジオール(D)、低分子ジオール(E)、ジフェニルメタン−4,4´−ジイソシアネート(C2)を反応させることにより得られたポリウレタンと繊維構造体とからなるカチオン染料染色性の皮革様シートを開示する。
【0006】
また、例えば、下記特許文献2は、合成皮革に関する技術であるが、ダブルラッセル地の表面に樹脂層が形成されてなる合成皮革であって;該ダブルラッセル地が表編地、裏編地及びそれらを繋ぐパイル層からなり、該表編地を構成する繊維がカチオン染料で染色されたポリエステル繊維であり、かつ該表編地側に前記樹脂層が形成されてなる合成皮革を開示し、ポリエステル繊維として、テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分と、エチレングリコールを主成分とするグリコール成分からなるポリエステルからなり、該ジカルボン酸成分に下記式(III):
【化1】
[式(III)中、Xは、金属イオン、4級ホスホニウムイオン又は4級アンモニウムイオンを表す。]で表される成分が含まれる合成皮革を開示する。
【0007】
また、例えば、下記特許文献3は、消臭化処理が施されてなる消臭性布帛であって、共重合成分として、酸成分中にスルホイソフタル酸の金属塩(A)及びスルホイソフタル酸の4級ホスホニウム塩又は4級アンモニウム塩(B)を3.0≦A+B≦5.0(モル%)、0.2≦B/(A+B)≦0.7になるように含有する共重合ポリエステル繊維aを含む、カチオン染料で染色された消臭性布帛を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平6−192968号公報
【特許文献2】特開2014−29050号公報
【特許文献3】特開2010−242240号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
カチオン染料可染性のあるポリエステル繊維は、カチオン染料を染着させるための染着座となる共重合単位を含むことにより繊維の強度が低くなる。そのために、このような繊維を含む立毛調人工皮革を製造した場合には、表面を摩擦されたときに極細繊維が脱落しやすいという問題があった。また、カチオン染料で比較的濃色に染色された、ポリエステルの極細繊維の不織布を含む立毛調人工皮革においては、接触する他の物品に色移りさせやすいという問題もあった。
【0010】
本発明は、カチオン染料で染色された立毛調人工皮革において、立毛された極細繊維が脱落することを抑制し、また、接触する他の物品に色移りさせにくい、立毛調人工皮革、及びその安定的な製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一局面は、カチオン染料で染色された立毛調人工皮革であって、複合繊維ではない、0.07〜0.9dtexの繊度を有するカチオン染料可染性ポリエステルの繊維の不織布、及び不織布の内部に付与された高分子弾性体を含み、カチオン染料可染性ポリエステルは、テレフタル酸単位を主成分とするジカルボン酸単位と、エチレングリコール単位を主成分とするグリコール単位とを含み、前記ジカルボン酸単位として、下記式(Ia):
【化1】

で表される単位を1.5〜3モル%含み、L*値≦50、荷重0.75kg/cm,50℃,16時間でのPVCへの色移行性評価における色差級数判定が4級以上、厚さ1mm当たりの引裂強力が30N以上、剥離強力が3kg/cm以上、塩素含有量が90ppm以下、であるカチオン染料で染色された立毛調人工皮革である。
【0012】
また、本発明の他の一局面は、0.07〜0.9dtexのカチオン染料可染性ポリエステルの極細繊維の不織布と、不織布に含浸付与された高分子弾性体とを含む人工皮革基材を準備する工程と、人工皮革基材をカチオン染料で染色した後、アニオン系界面活性剤を含有する50〜100℃の湯浴中で洗浄する工程と、染色及び洗浄する工程の前又は後に、人工皮革基材の少なくとも一面を起毛処理する工程と、を備え、カチオン染料可染性ポリエステルは、テレフタル酸単位を主成分とするジカルボン酸単位と、エチレングリコール単位を主成分とするグリコール単位とを含むポリエステルを含み、ジカルボン酸単位として、下記式(Ib):
【化2】
[式(Ib)中、Xは、4級ホスホニウムイオン又は4級アンモニウムイオンを表す。]で表される単位を1.5〜3モル%含む、カチオン染料で染色された立毛調人工皮革の製造方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、極細繊維が脱落しにくく、また、接触する他の物品に色移りさせにくいカチオン染料で染色された立毛調人工皮革が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係るカチオン染料で染色された立毛調人工皮革の一実施形態をその製造方法の一例に沿って詳しく説明する。
【0015】
本実施形態の立毛調人工皮革の製造方法においては、はじめに、0.07〜0.9dtexのカチオン染料可染性ポリエステルの極細繊維を含む極細繊維絡合体と、極細繊維絡合体に含浸付与された高分子弾性体とを含む人工皮革基材を準備する。
【0016】
人工皮革基材の製造方法の具体例としては、例えば、次のような方法が挙げられる。
【0017】
はじめに、0.07〜0.9dtexの可染性ポリエステルの極細繊維を形成可能な極細繊維発生型繊維の絡合体を製造する。
【0018】
極細繊維発生型繊維の絡合体の製造においては、はじめに、極細繊維発生型繊維の繊維ウェブを製造する。繊維ウェブの製造方法としては、例えば、極細繊維発生型繊維を溶融紡糸し、これを意図的に切断することなく長繊維のまま捕集するような方法や、ステープルに切断した後、公知の絡合処理を施すような方法が挙げられる。なお、長繊維とは、所定の長さで切断処理されていないステープルではない繊維であり、その長さとしては、例えば、100mm以上、さらには、200mm以上であることが繊維密度を充分に高めることができる点から好ましい。長繊維の上限は、特に限定されないが、連続的に紡糸された数m、数百m、数kmあるいはそれ以上の繊維長であってもよい。これらの中では、繊維の素抜けが発生しにくいために極細繊維が脱落しにくく、また、機械的特性に優れた立毛調人工皮革が得られる点から、長繊維ウェブを製造することが特に好ましい。本実施形態においては、代表例として、長繊維ウェブを製造する場合について詳しく説明する。
【0019】
なお、極細繊維発生型繊維とは、紡糸後の繊維に化学的な後処理または物理的な後処理を施すことにより、繊度の小さい極細繊維を形成する繊維である。その具体例としては、例えば、繊維断面において、マトリクスとなる海成分のポリマー中に、海成分とは異なる種類のドメインとなる島成分のポリマーが分散されており、後に海成分を除去することにより、島成分のポリマーを主体とする繊維束状の極細繊維を形成する海島型複合繊維や、繊維外周に複数の異なる樹脂成分が交互に配置されて花弁形状や重畳形状を形成しており、物理的処理により各樹脂成分が剥離することにより分割されて束状の極細繊維を形成する剥離分割型複合繊維、等が挙げられる。海島型複合繊維によれば、後述するニードルパンチ処理等の絡合処理を行う際に、割れ、折れ、切断などの繊維損傷が抑制される。本実施形態では、代表例として海島型複合繊維を用いて極細繊維を形成する場合について詳しく説明する。
【0020】
海島型複合繊維は少なくとも2種類のポリマーからなる多成分系複合繊維であり、海成分ポリマーからなるマトリクス中に島成分ポリマーが分散した断面を有する。海島型複合繊維の長繊維ウェブは、海島型複合繊維を溶融紡糸し、これを切断せずに長繊維のままネット上に捕集して形成される。
【0021】
本実施形態においては、島成分ポリマーとして、下記式(II)で表される成分を1.5〜3モル%含む、テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分と、エチレングリコールを主成分とするグリコール成分とを共重合させて得られる可染性ポリエステルを用いることが好ましい。
【0022】
【化3】
【0023】
[上記式(II)中、Rは水素、炭素数1〜10個のアルキル基又は2−ヒドロキシエチル基を表し、Xは4級ホスホニウムイオン又は4級アンモニウムイオンを表す。]
【0024】
式(II)で表される化合物としては、5−テトラブチルホスホニウムスルホイソフタル酸,5−エチルトリブチルホスホニウムスルホイソフタル酸などの5−テトラアルキルホスホニウムスルホイソフタル酸や、5−テトラブチルアンモニウムスルホイソフタル酸,5−エチルトリブチルアンモニウムスルホイソフタル酸などの5−テトラアルキルアンモニウムスルホイソフタル酸等が挙げられる。式(II)で表される化合物は単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。式(II)で表される化合物を好ましくは1.5〜3モル%含む、テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分と、エチレングリコールを主成分とするグリコール成分とを共重合させることにより、カチオン染料による染色性,機械的特性及び高速紡糸性に優れる可染性ポリエステルが得られる。
【0025】
可染性ポリエステル中の、式(II)に由来する式(I)で表される単位の割合は1.5〜3モル%、さらには1.6〜2.5モル%であることが好ましい。式(I)で表される単位の割合が、1.5モル%未満の場合には、カチオン染料で染色したときの発色性が低下する傾向がある。一方、式(I)で表される単位の割合が、3モル%を超える場合には、高速紡糸性が低下することにより極細繊維が得られにくくなるとともに、得られる立毛調人工皮革の引裂強力等の機械的特性が著しく低下する傾向がある。
【0026】
ここで、テレフタル酸を主成分とするとは、ジカルボン酸成分のうち50モル%以上がテレフタル酸成分であることを意味する。ジカルボン酸成分のうちテレフタル酸成分の含有割合は、75モル%以上であることが好ましい。また、カチオン染料による染色性を向上させ、高速紡糸性を向上させ、また、立毛調人工皮革を成形用途に使う場合の賦形性を向上させるために、ガラス転移温度を低下させることを目的として、ジカルボン酸成分として、式(II)で表される成分を除く、その他のジカルボン酸成分を含んでもよい。その他のジカルボン酸成分の具体例としては例えば、イソフタル酸等の芳香族ジカルボン酸や、1,4−シクロヘキサンジカルボン酸などのシクロへキサンジカルボン酸成分や、アジピン酸などの脂肪族ジカルボン酸成分等のその他のジカルボン酸成分を含んでもよい。これらの中では、イソフタル酸、または、1,4−シクロヘキサンジカルボン酸とアジピン酸との組み合わせを含有することが機械的特性と高速紡糸性に優れる点からとくに好ましい。
【0027】
ジカルボン酸成分として、その他のジカルボン酸成分の共重合割合は、2〜12モル%、さらには3〜10モル%であることが好ましい。その他のジカルボン酸成分の共重合割合が2モル%未満の場合には、ガラス転移温度が充分に低下せず、繊維内部における非晶部位の配向度が高くなるために染色性が低下する傾向がある。一方、その他のジカルボン酸成分の共重合割合が12モル%を超える場合には、ガラス転移温度が低下しすぎて、繊維内部における非晶部位の配向度が低くなるために繊維強度が低下する傾向がある。なお、その他のジカルボン酸単位としてイソフタル酸を含有する場合には、ジカルボン酸単位として、イソフタル酸が1〜6モル%、さらには2〜5モル%含有することが機械的特性と高速紡糸性に優れる点から好ましい。また、1,4−シクロヘキサンジカルボン酸とアジピン酸とを含有する場合には、1,4−シクロヘキサンジカルボン酸及びアジピン酸をそれぞれ1〜6モル%、さらには2〜5モル%含有することが機械的特性と高速紡糸性に優れる点から好ましい。
【0028】
なお、その他のジカルボン酸成分として、スルホイソフタル酸のナトリウム塩等のアルカリ金属塩単位を含んでもよい。しかしながら、スルホイソフタル酸のアルカリ金属塩単位の割合が高すぎる場合には、高速紡糸性が低下するとともに、得られる人工皮革基材の引裂強力等の機械的特性が著しく低下する傾向がある。そのために、スルホイソフタル酸のナトリウム塩等のアルカリ金属塩単位を含む場合には、ジカルボン酸単位として、0〜0.2モル%含有すること、さらには含まないことが好ましい。
【0029】
また、エチレングリコールを主成分とするとは、グリコール成分のうち50モル%以上がエチレングリコール成分であることを意味する。グリコール成分のうちエチレングリコール成分の含有量は、75モル%以上、さらには90モル%以上であることが好ましい。また、その他の成分としては、例えば、ジエチレングリコールやポリエチレングリコール等が挙げられる。
【0030】
可染性ポリエステルのガラス転移温度(Tg)は特に限定されないが、60〜70℃、さらには、60〜65℃であることが好ましい。Tgが高すぎる場合には高速延伸性が低下し、また、得られる立毛調人工皮革を熱成形して用いる場合に、賦形性が低下する傾向がある。
【0031】
また、可染性ポリエステルには、カーボンブラック等の着色剤、耐候剤、防黴剤等を本発明の効果を損なわない範囲で、必要に応じて、配合してもよい。
【0032】
また、可染性ポリエステルの、270℃でシェアレートが1220(1/s)の時の溶融粘度としては、80〜220Pa・sであることが高速紡糸性及び得られる立毛調人工皮革の物性や、これを熱成形して用いる場合の賦形性に優れる点から好ましい。
【0033】
海成分ポリマーとしては、可染性ポリエステルよりも溶剤に対する溶解性または分解剤による分解性が高いポリマーが選ばれる。また、可染性ポリエステルとの親和性が小さく、かつ、紡糸条件において溶融粘度及び/又は表面張力が島成分ポリマーよりも小さいポリマーが海島型複合繊維の紡糸安定性に優れている点から好ましい。このような条件を満たす海成分ポリマーの具体例としては、例えば、水溶性ポリビニルアルコール系樹脂(水溶性PVA)、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、エチレン−プロピレン系共重合体、エチレン−酢酸ビニル系共重合体、スチレン−エチレン系共重合体、スチレン−アクリル系共重合体などが挙げられる。これらの中では水溶性PVAが有機溶剤を用いることなく水系溶媒により溶解除去が可能であるために環境負荷が低い点から好ましい。
【0034】
海島型複合繊維は海成分ポリマーと島成分ポリマーである可染性ポリエステルとを複合紡糸用口金から溶融押出する溶融紡糸により製造することができる。複合紡糸用口金の口金温度は海島型複合繊維を構成するそれぞれのポリマーの融点よりも高い溶融紡糸可能な温度であれば特に限定されないが、通常、180〜350℃の範囲が選ばれる。
【0035】
海島型複合繊維の繊度はとくに限定されないが、0.5〜10dtex、さらには0.7〜5dtexであることが好ましい。また、海島型複合繊維の断面における海成分ポリマーと島成分ポリマーとの平均面積比は5/95〜70/30、さらには10/90〜50/50であることが好ましい。また、海島型複合繊維の断面における島成分のドメインの数は特に限定されないが、工業的な生産性の点からは5〜1000個、さらには、10〜300個程度であることが好ましい。
【0036】
口金から吐出された溶融状態の海島型複合繊維は、冷却装置により冷却され、さらに、エアジェットノズルなどの吸引装置により目的の繊度となるように牽引細化される。具体的には、好ましくは1000〜6000m/分、さらに好ましくは2000〜5000m/分の引取速度に相当する高い紡糸速度になるような高速気流により牽引細化される。そして牽引細化された長繊維を移動式ネットなどの捕集面上に堆積させることにより長繊維ウェブが得られる。なお、必要に応じて、形態を安定化させるために長繊維ウェブをさらにプレスすることにより部分的に圧着させてもよい。このようにして得られる長繊維ウェブの目付はとくに限定されないが、例えば、10〜1000g/m2の範囲であることが好ましい。
【0037】
そして、得られた長繊維ウェブに絡合処理を施すことにより絡合ウェブを製造する。
【0038】
長繊維ウェブの絡合処理の具体例としては、例えば、長繊維ウェブをクロスラッパー等を用いて厚さ方向に複数層重ね合わせた後、その両面から同時または交互に少なくとも1つ以上のバーブが貫通する条件でニードルパンチするような処理が挙げられる。
【0039】
また、長繊維ウェブには海島型複合繊維の紡糸工程から絡合処理までのいずれかの段階において、油剤や帯電防止剤を付与してもよい。さらに、必要に応じて、長繊維ウェブを70〜150℃程度の温水に浸漬する収縮処理を行うことにより、長繊維ウェブの絡合状態を予め緻密にしておいてもよい。また、ニードルパンチの後、熱プレス処理することによりさらに繊維密度を緻密にして形態安定性を付与してもよい。このようにして得られる絡合ウェブの目付としては100〜2000g/m2程度の範囲であることが好ましい。
【0040】
また、絡合ウェブを必要に応じて熱収縮させることにより繊維密度および絡合度合が高められる処理を施してもよい。熱収縮処理の具体例としては、例えば、絡合ウェブを水蒸気に接触させる方法や、絡合ウェブに水を付与した後、絡合ウェブに付与した水を加熱エアーや赤外線などの電磁波により加熱する方法が挙げられる。また、熱収縮処理により緻密化された絡合ウェブをさらに緻密化するとともに、絡合ウェブの形態を固定化したり、表面を平滑化したりすること等を目的として、必要に応じて、熱プレス処理を行うことによりさらに、繊維密度を高めてもよい。
【0041】
熱収縮処理工程における絡合ウェブの目付の変化としては、収縮処理前の目付に比べて、1.1倍(質量比)以上、さらには、1.3倍以上で、2倍以下、さらには1.6倍以下であることが好ましい。なお、絡合状態は、得られる立毛調人工皮革の機械的特性に影響を与える。本実施形態においては、カチオン染色後の立毛調人工皮革が、厚さ1mm当たりの引裂強力が30N以上、剥離強力が3kg/cm以上、を有するような程度に緻密に絡合させることが好ましい。
【0042】
そして、緻密化された絡合ウェブ中の海島型複合繊維から海成分ポリマーを除去することにより、可染性ポリエステルの繊維束状の極細長繊維の絡合体である極細長繊維の不織布が得られる。海島型複合繊維から海成分ポリマーを除去する方法としては、海成分ポリマーのみを選択的に除去しうる溶剤または分解剤で絡合ウェブを処理するような従来から知られた極細繊維の形成方法が特に限定なく用いられうる。具体的には、例えば、海成分ポリマーとして水溶性PVAを用いる場合には溶剤として熱水が用いられ、海成分ポリマーとして易アルカリ分解性の変性ポリエステルを用いる場合には、水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ性分解剤が用いられる。
【0043】
海成分ポリマーとして水溶性PVAを用いる場合、85〜100℃の熱水中で100〜600秒間処理することにより、水溶性PVAの除去率が95〜100質量%程度になるまで抽出除去することが好ましい。なお、ディップニップ処理を繰り返すことにより、水溶性PVAを効率的に抽出除去できる。水溶性PVAを用いた場合には、有機溶剤を用いずに海成分ポリマーを選択的に除去することができるために、環境負荷が低く、また、VOCの発生を抑制できる点から好ましい。
【0044】
このようにして形成される極細繊維の繊度は0.07〜0.9dtexであり、0.07〜0.3dtexであることが好ましい。
【0045】
このようにして得られる極細長繊維の不織布の目付は、140〜3000g/m2、さらには200〜2000g/m2であることが好ましい。また、極細長繊維の不織布の見かけ密度は、0.45g/cm3以上、さらには0.55g/cm3以上であることが、緻密な不織布が形成されることにより、機械的強度に優れ、且つ、充実感のある不織布が得られる点から好ましい。上限は特に限定されないが0.70g/cm3以下であることがしなやかな風合いが得られ、また、生産性にも優れる点から好ましい。
【0046】
本実施形態の立毛調人工皮革の製造においては、海島型複合繊維のような極細繊維発生型繊維を極細繊維化する前後の何れか一方または両方において、不織布に形態安定性や充実感を付与するために、不織布の内部空隙にポリウレタン弾性体等の高分子弾性体を含浸付与する。
【0047】
高分子弾性体の具体例としては、例えば、ポリウレタン,アクリロニトリルエラストマー,オレフィンエラストマー,ポリエステルエラストマー,ポリアミドエラストマー,アクリルエラストマー等が挙げられる。これらの中では、ポリウレタン、とくには、水系ポリウレタンが好ましい。
【0048】
水系ポリウレタンとは、ポリウレタンエマルジョン、または、水系溶媒に分散されたポリウレタン分散液から凝固されるようなポリウレタンであり、通常、有機溶剤に対して難溶解性を有し、凝固後に架橋構造を形成するポリウレタンである。また、ポリウレタンエマルジョンが感熱ゲル化性を有している場合には、エマルジョン粒子がマイグレーションすることなく感熱ゲル化するので、高分子弾性体を繊維絡合体に均一に付与することができる。
【0049】
不織布に高分子弾性体を含浸付与する方法としては、極細繊維化する前の絡合ウェブや極細繊維化した後の不織布にポリウレタン弾性体を含有するエマルジョン,分散液,または溶液を含浸した後、乾燥凝固させる乾式法または湿式法等により凝固させる方法等が挙げられる。なお、水系ポリウレタンのような凝固後に架橋構造を形成する高分子弾性体を用いた場合には、架橋を促進させるために、必要に応じて、凝固及び乾燥後に熱処理するキュア処理を行ってもよい。
【0050】
高分子弾性体のエマルジョン、分散液、または溶液等の含浸方法としては、プレスロール等で所定の含浸状態になるように絞るという処理を1回又は複数回行うディップニップ法や、バーコーティング法、ナイフコーティング法、ロールコーティング法、コンマコーティング法、スプレーコーティング法等が挙げられる。
【0051】
なお、高分子弾性体は、本発明の効果を損なわない範囲で、カーボンブラック等の顔料や染料などの着色剤、凝固調節剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、蛍光剤、防黴剤、浸透剤、消泡剤、滑剤、撥水剤、撥油剤、増粘剤、増量剤、硬化促進剤、発泡剤、ポリビニルアルコールやカルボキシメチルセルロースなどの水溶性高分子化合物、無機微粒子、導電剤などをさらに含有してもよい。
【0052】
高分子弾性体の含有割合としては、極細繊維との合計量に対して、0.1〜50質量%、さらには0.1〜40質量%、とくには5〜25質量%、ことには10〜15質量%であることが、得られる立毛調人工皮革の充実感としなやかさ等のバランスに優れる点から好ましい。高分子弾性体の含有割合が高すぎる場合には、染色された立毛調人工皮革から接触する他の物体に色移りさせやすくなる傾向がある。
【0053】
このようにして高分子弾性体を含浸付与された0.07〜0.9dtexの極細繊維の不織布である、人工皮革基材が得られる。このようにして得られた人工皮革基材は、必要に応じて厚さ方向に垂直な方向に複数枚にスライスしたり、研削したりすることにより厚さ調節される。そして、さらに、少なくとも一面を好ましくは120〜600番手、さらに好ましくは320〜600番手程度のサンドペーパーやエメリーペーパーを用いてバフィング処理することにより起毛処理が施される。このようにして、人工皮革基材の片面又は両面に起毛処理した立毛面が形成された立毛調人工皮革が得られる。
【0054】
立毛調人工皮革の厚みは特に限定されないが、0.2〜4mm、さらには、0.5〜2.5mmであることが好ましい。
【0055】
また、立毛調人工皮革の起毛された繊維の長さは特に限定されないが、1〜500μm、さらには、30〜200μmであることが天然のヌバック調皮革のようなきめ細かな短毛感に優れた立毛調人工皮革が得られる点から好ましい。
【0056】
本実施形態の立毛調人工皮革はカチオン染料を用いて染色される。カチオン染料を用いて染色を行うと、カチオン染料がイオン結合により可染性ポリエステルのカチオン染料の染着座になる下記式(Ia):
【化4】
で表される単位中に含まれるスルホニウムイオンに固定されるため、優れた染色堅牢性が得られる。かかるカチオン染料としては、従来から知られているカチオン染料であればとくに限定なく用いられる。なお、カチオン染料は染料液中で溶解してカチオン性を示す例えば4級アンモニウム基等を有する染料イオンとなって繊維にイオン結合する。このようなカチオン染料は一般的には、塩素イオン等のアニオンと塩を形成している。このような塩素イオン等のアニオンはカチオン染料中に含まれるが、染色後の洗浄により洗い流される。
【0057】
染色方法は特に限定されないが、例えば、液流染色機、ビーム染色機、ジッガーなどの染色機を用いて染色する方法が挙げられる。染色加工の条件としては、高圧で染色してもよいが、本実施形態のポリエステルの極細繊維は常圧で染色可能であるために、常圧で染色することが環境負荷が低く、染色コストを低減できる点からも好ましい。常圧で染色する場合、染色温度としては60〜100℃、さらには80〜100℃であることが好ましい。また、染色の際に、酢酸や芒硝のような染色助剤を用いてもよい。
【0058】
本実施形態においては、カチオン染料により染色された立毛調人工皮革をアニオン系界面活性剤を含有する湯浴中で洗浄処理することにより、結合力の低いカチオン染料を除去する。このような洗浄処理により、とくに高分子弾性体に吸収されたカチオン染料が充分に除去されることにより、得られる染色された立毛調人工皮革の色移りを充分に抑制することができる。アニオン系界面活性剤の具体例としては、例えば、日成化成(株)製のソルジンR,センカ(株)製のセンカノールA−900,明成化学工業(株)製のメイサノールKHM等が挙げられる。
【0059】
アニオン系界面活性剤を含有する湯浴中での洗浄処理は、50〜100℃、さらには60〜80℃の湯浴で行うことが好ましい。また、湯浴の槽としては、染色処理を行った染色機を用いることが製造工程が簡略化できる点から好ましい。
【0060】
洗浄時間としては、JIS法(JIS L 0846)による水堅牢度の綿汚染の判定が4−5級以上になるような時間であることが好ましく、具体的には、10〜30分間、さらには、15〜20分間程度であることが好ましい。また、この洗浄を1回以上繰り返してもよい。このように染色及び洗浄処理された立毛調人工皮革は乾燥される。なお、上述した洗浄方法等により、カチオン染料中の洗浄可能な塩素を染色された立毛調人工皮革の重量に対して、90ppm以下程度にまで充分に洗浄することにより、カチオン染料の色移りを充分に抑制することができる。
【0061】
立毛調人工皮革には、必要に応じて、各種仕上げ処理が施される。仕上げ処理としては、揉み柔軟化処理、逆シールのブラッシング処理、防汚処理、親水化処理、滑剤処理、柔軟剤処理、酸化防止剤処理、紫外線吸収剤処理、蛍光剤処理、難燃剤処理等が挙げられる。
【0062】
このようにして、本実施形態のカチオン染料で染色された立毛調人工皮革が得られる。本実施形態の染色された立毛調人工皮革は、L*値≦50のような濃色であっても他の物体に対して色移りがしにくい。
【0063】
また、カチオン染料で染色された立毛調人工皮革が、4級ホスホニウム基又は4級アンモニウム基を含む式(Ia)で示すような単位を1.5〜3モル%含むテレフタル酸単位を主成分とするジカルボン酸単位とエチレングリコール単位を主成分とするグリコール単位とを含むポリエステルを含む極細繊維に由来する極細繊維を含む場合には、極細繊維発生型繊維の高速紡糸性を低下させずに生産された、連続した長い繊維で高い機械的強度を有する極細繊維を含ませることができる。また、人工皮革基材をカチオン染料で染色した後、アニオン系界面活性剤を含有する湯浴中で洗浄処理することにより、カチオン染料が高分子弾性体から充分に洗い流されて、高分子弾性体に残存するカチオン染料による色移り等が充分に抑制される。
【0064】
本実施形態のカチオン染料で染色された立毛調人工皮革は、具体的には、0.07〜0.9dtexの繊度を有するカチオン染料可染性ポリエステル繊維の不織布及び不織布の内部に付与された高分子弾性体を含み、L*値≦50、荷重0.75kg/cm,50℃,16時間でのPVCへの色移行性評価における色差級数判定が4級以上になるように調整されていることが好ましい。このような特性を有するように調整することにより、立毛された極細繊維が脱落しにくく、また、カチオン染料で比較的濃色に染色しても接触する他の物品に色移りさせにくい立毛調人工皮革が得られる。
【0065】
本実施形態のカチオン染料で染色された立毛調人工皮革は、L*値≦50,さらにはL*値≦35であるような比較的濃色の色調を有することが好ましい。なお、L*値≦35は、染色だけではなく、カチオン染料可染性ポリエステル繊維や高分子弾性体にカーボンブラック等の顔料を含有させることにより、色移り性を抑制しながら容易に達成することもできる。このような立毛調人工皮革は、濃色であっても、上述したようなカチオン染料可染性ポリエステル繊維を用い、アニオン系界面活性剤を含有する湯浴中で洗浄処理することにより、色移りが抑制される。具体的には、荷重0.75kg/cm,50℃,16時間でのPVCへの色移行性評価における色差級数判定が4級以上になるような染色された立毛調人工皮革が得られる。
【0066】
また、本実施形態のカチオン染料で染色された立毛調人工皮革は、厚さ1mm当たりの引裂強力が30N以上、剥離強力が3kg/cm以上、であるような高い機械的強度になるように調整されていることにより、極細繊維の脱落が抑制される。
【0067】
カチオン染料で染色された立毛調人工皮革の厚さ1mm当たりの引裂強力は30N以上であり、好ましくは35N以上、さらに好ましくは40N以上であり、剥離強力が3kg/cm以上であり、好ましくは3.5kg/cm以上、とくには4kg/cm以上である場合には、立毛された極細繊維が脱落しにくくなる点から好ましい。
【0068】
なお、立毛調人工皮革の毛羽の発生のしやすさは、例えば、マーチンデール摩耗減量で評価することができる。カチオン染料で染色された立毛調人工皮革によれば、マーチンデール摩耗減量が100mg/3.5万回以下、さらには、95mg/3.5万回以下になるような、表面が摩擦されたときに極細繊維が脱落しにくいカチオン染料で染色された立毛調人工皮革が得られる。
【実施例】
【0069】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。なお、本発明の範囲は実施例により何ら限定されるものではない。
【0070】
[実施例1]
海成分の熱可塑性樹脂としてエチレン変性ポリビニルアルコール(エチレン単位の含有量8.5モル%、重合度380、ケン化度98.7モル%)、島成分の熱可塑性樹脂としてスルホイソフタル酸のテトラブチルホスホニウム塩で変性されたポリエチレンテレフタレート(PET):(スルホイソフタル酸のテトラブチルホスホニウム塩単位1.7モル%,1,4−シクロヘキサンジカルボン酸単位5モル%,アジピン酸単位5モル%含有;ガラス転移温度62℃)を、それぞれ個別に溶融させた。そして、海成分中に均一な断面積の島成分が25個分布した断面を形成しうるような、多数のノズル孔が並列状に配置された複合紡糸用口金に、それぞれの溶融樹脂を供給した。このとき、海成分と島成分との質量比が海成分/島成分=25/75となるように圧力調整しながら供給した。そして、口金温度260℃に設定されたノズル孔より吐出させた。
【0071】
そして、ノズル孔から吐出された溶融繊維を平均紡糸速度が3700m/分となるように気流の圧力を調節したエアジェットノズル型の吸引装置で吸引することにより延伸し、繊度が2.1dtexの海島型複合長繊維を高速紡糸した。紡糸された海島型複合長繊維は、可動型のネット上に、ネットの裏面から吸引しながら連続的に堆積された。堆積量はネットの移動速度を調節することにより調節された。そして、表面の毛羽立ちを抑えるために、ネット上に堆積された海島型複合長繊維を42℃の金属ロールで軽く押さえた。そして、海島型複合長繊維をネットから剥離し、表面温度75℃の格子柄の金属ロールとバックロールとの間を通過させることにより、線圧200N/mmで熱プレスした。このようにして、表面の繊維が格子状に仮融着された目付34g/m2の長繊維ウェブが得られた。
【0072】
次に、得られた長繊維ウェブの表面に、帯電防止剤を混合した油剤をスプレー付与した後、クロスラッパー装置を用いて長繊維ウェブを10枚重ねて総目付が340g/m2の重ね合せウェブを作成し、更に、針折れ防止油剤をスプレーした。そして、重ね合せウェブをニードルパンチングすることにより三次元絡合処理した。具体的には、針先端から第1バーブまでの距離が3.2mmの6バーブ針を用い、針深度8.3mmで積層体の両面から交互に3300パンチ/cm2のパンチ数でニードルパンチした。このニードルパンチ処理による面積収縮率は18%であり、ニードルパンチ後の絡合ウェブの目付は415g/m2であった。
【0073】
得られた絡合ウェブは、以下のようにして湿熱収縮処理されることにより、緻密化された。具体的には、18℃の水を絡合ウェブに対して10質量%均一にスプレーし、温度70℃、相対湿度95%の雰囲気中で3分間張力が掛からない状態で放置して熱処理することにより湿熱収縮させて見かけの繊維密度を向上させた。この湿熱収縮処理による面積収縮率は45%であり、緻密化された絡合ウェブの目付は750g/m2であり、見かけ密度は0.52g/cm3であった。そして、絡合ウェブをさらに緻密化するために乾熱ロールプレスすることにより、見かけ密度0.60g/cm3に調整した。
【0074】
次に、緻密化された絡合ウェブに、ポリウレタン弾性体として、凝固後に架橋構造を形成する水系ポリウレタンのエマルジョン(ポリカーボネート/エーテル系ポリウレタンを主体とするポリウレタンの固形分濃度30%のエマルジョン)を含浸させた。そして、150℃の乾燥炉で乾燥した。
【0075】
次に、水系ポリウレタンを付与した絡合ウェブを95℃の熱水中に20分間浸漬することにより海島型複合長繊維に含まれる海成分を抽出除去し、120℃の乾燥炉で乾燥することにより、水系ポリウレタンを含浸付与された、繊度0.1dtexの極細長繊維の不織布を含む人工皮革基材を得た。得られた人工皮革基材は、不織布/水系ポリウレタンの質量比が90/10であった。そして、得られた人工皮革基材を厚み方向にスライスして2分割し、表面を600番手のサンドペーパーでバフィングすることにより起毛処理した。
【0076】
そして、立毛調人工皮革を、染料としてカチオン染料Nichilon Red-GL(日成化成(株)製;染料中に洗浄可能な塩素を4%含有) 8%owf、染色助剤として90%酢酸1g/Lを含有する90℃の染色浴中に浴比1:30の割合で40分間浸漬して、赤色に染色した。そして、同一染色浴で、アニオン系界面活性剤としてソルジンR 2g/Lを含有する湯浴を用いて70℃で20分間洗浄する工程を2回繰り返した。そして、洗浄後、乾燥することにより、染色された立毛調人工皮革を得た。
【0077】
このようにして、繊度0.1dtexの極細長繊維の不織布を含み、片面に立毛面を有する染色された立毛調人工皮革を得た。得られた立毛調人工皮革は厚み0.6mmで、目付350g/m2であった。また、起毛された繊維の長さは約80μm程度であった。
【0078】
そして、立毛調人工皮革について、海島型複合長繊維の紡糸安定性、発色性、色移行性、及び引裂強力を次のようにして評価した。
【0079】
[紡糸安定性]
上述のように、平均紡糸速度が3700m/分となるように気流の圧力を調節したエアジェットノズル型の吸引装置で吸引して延伸したときの安定性を以下の基準で判定した。
A:糸切れがなかった。
B:糸切れによる欠点混入が多い、または、糸切れにより紡糸不可であった。
【0080】
[発色性]
分光光度計(ミノルタ社製:CM−3700)を用いて、JISZ 8729に準拠して、切り出された染色された立毛調人工皮革の表面のL*a*b*表色系の座標値から明度L*を求めた。値は、試験片から平均的な位置を万遍なく選択して測定された3点の平均値である。
【0081】
[色移行性]
切り出された立毛調人工皮革の表面に厚さ0.8mmの塩化ビニルフィルム(白色)を重ね、荷重が750g/cm2となるように均一に圧力をかけた。そして、50℃、相対湿度15%の雰囲気下で16時間放置した。そして、色移り前の塩化ビニルフィルムと色移り後の塩化ビニルフィルムとの色差ΔE*を、分光光度計を用いて測定し、以下の基準で判定した。
5級 :0.0≦ΔE*≦0.2
4−5級:0.2<ΔE*≦1.4
4級 :1.4<ΔE*≦2.0
3−4級:2.0<ΔE*≦3.0
3級 :3.0<ΔE*≦3.8
2−3級:3.8<ΔE*≦5.8
2級 :5.8<ΔE*≦7.8
1−2級:7.8<ΔE*≦11.4
1級 :11.4<ΔE*
【0082】
[引裂強力]
得られた染色された立毛調人工皮革から、たて10cm×よこ4cmの試験片を切りだした。そして、試験片の短辺の中央に、長辺に平行に5cmの切れ目を入れた。そして、引張試験機を用い、各切片を治具のチャックに挟み、10cm/minの引張速度でs−s曲線を測定した。最大荷重をあらかじめ求めた試験片の目付で除した値を厚さ1mm当たりの引裂強力とした。値は、試験片3個の平均値である。
【0083】
[剥離強力]
得られた染色された立毛調人工皮革から、たて15cm×よこ2.5cmの試験片を2枚切りだした。そして、2枚の試験片を、100μmのポリウレタンフィルム(NASA-600、たて10cm×よこ2.5cm)を介在させて重ね合わせた積重体を得た。なお、各試験片の両端の2.5cmの部分にはポリウレタンフィルムを重ねていない。そして、平板熱プレス機を使用して、温度130℃、面圧5kg/cm2の条件で60秒間プレスして積重体を接着させて評価用サンプルを作成した。得られた評価用サンプルを、常温で引張試験機を用い、接着されていない2.5cmの部分をそれぞれ上下のチャックに把持させ、10cm/minの引張速度でs−s曲線を測定した。s−s曲線がほぼ一定状態になった部分の中央値を平均値として、サンプル幅2.5cmで除した値を剥離強力とした。値は、試験片3個の平均値である。
【0084】
[マーチンデール摩耗減量]
JIS L 1096に準拠したマーチンデール摩耗減量を測定した。具体的には、得られた染色された立毛調人工皮革から、直径38mmの円形の試験片を切り出した。そして、試験片を標準状態(20℃×65%RH)に24時間放置し、重量W1(mg)を測定した。そして、マーチンデール摩耗試験機に標準摩擦布及び上記試験片をセットし、12KPaの荷重を付与し、カウンターが3.5万回に到達するまで互いの表面をこすり合わせた。そして、試験終了後の試験片の重量W2(mg)を測定し、試験片の重量減少である摩耗減量W(mg)(W1−W2)を算出した。
【0085】
[含有塩素量]
BSEN14582:2007法に準じて、染色された立毛調人工皮革に対する含有塩素量を定量して測定した。
[ガラス転移温度および融点]
ポリエステルのガラス転移温度及び融点は、メトラー社製(TA−3000)の示差走査熱量計(DSC)を用いて測定した。
【0086】
結果を下記表1に示す。
【0087】
【表1】
【0088】
[実施例2]
島成分の熱可塑性樹脂として、スルホイソフタル酸のテトラブチルホスホニウム塩で変性したPET(スルホイソフタル酸のテトラブチルホスホニウム塩単位2.5モル%,1,4−シクロヘキサンジカルボン酸単位5モル%,アジピン酸単位5モル%含有)を用いた以外は実施例1と同様にして、染色された立毛調人工皮革を得た。そして、得られた立毛調人工皮革について、実施例1と同様にして評価した。結果を表1に示す。
【0089】
[実施例3]
島成分の熱可塑性樹脂として、スルホイソフタル酸のテトラブチルホスホニウム塩で変性したPET(スルホイソフタル酸のテトラブチルホスホニウム塩単位3モル%,1,4−シクロヘキサンジカルボン酸単位5モル%,アジピン酸単位5モル%含有)を用いた以外は実施例1と同様にして、染色された立毛調人工皮革を得た。そして、得られた立毛調人工皮革について、実施例1と同様にして評価した。結果を表1に示す。
【0090】
[実施例4]
島成分の熱可塑性樹脂として、スルホイソフタル酸のテトラブチルホスホニウム塩で変性したPET(スルホイソフタル酸のテトラブチルホスホニウム塩単位1.7モル%,イソフタル酸単位3モル%含有)を用いた以外は実施例1と同様にして、染色された立毛調人工皮革を得た。そして、得られた立毛調人工皮革について、実施例1と同様にして評価した。結果を表1に示す。
【0091】
[実施例5]
島成分の熱可塑性樹脂として、スルホイソフタル酸のテトラブチルホスホニウム塩で変性したPET(スルホイソフタル酸のテトラブチルホスホニウム塩単位1.7モル%,イソフタル酸単位6モル%含有)を用いた以外は実施例1と同様にして、染色された立毛調人工皮革を得た。そして、得られた立毛調人工皮革について、実施例1と同様にして評価した。結果を表1に示す。
【0092】
[実施例6]
得られた人工皮革基材の、不織布/水系ポリウレタンの質量比を80/20に変更した以外は実施例1と同様にして、染色された立毛調人工皮革を得た。そして、得られた立毛調人工皮革について、実施例1と同様にして評価した。結果を表1に示す。
【0093】
[実施例7]
得られた人工皮革基材の、不織布/水系ポリウレタンの質量比を75/25に変更した以外は実施例1と同様にして、染色された立毛調人工皮革を得た。そして、得られた立毛調人工皮革について、実施例1と同様にして評価した。結果を表1に示す。
【0094】
[実施例8]
島成分の熱可塑性樹脂として、スルホイソフタル酸のテトラブチルアンモニウム塩で変性したPET(スルホイソフタル酸のテトラブチルアンモニウム塩単位1.7モル%,1,4−シクロヘキサンジカルボン酸5モル%,アジピン酸5モル%含有)を用いた以外は実施例1と同様にして、染色された立毛調人工皮革を得た。そして、得られた立毛調人工皮革について、実施例1と同様にして評価した。結果を表1に示す。
【0095】
[実施例9]
実施例4と同じ島成分の熱可塑性樹脂を使用し、海成分中に均一な断面積の島成分が12個分布した断面を形成しうるような複合紡糸用口金を使用した以外は、実施例1と同様にして、染色された立毛調人工皮革を得た。
【0096】
[実施例10]
実施例4と同じ島成分の熱可塑性樹脂を使用し、海成分中に均一な断面積の島成分が12個分布した断面を形成しうるような複合紡糸用口金を使用し、繊度が3.3dtexの海島型複合長繊維を高速紡糸した以外は、実施例1と同様にして、染色された立毛調人工皮革を得た。
【0097】
[実施例11]
島成分の熱可塑性樹脂として、スルホイソフタル酸のテトラブチルホスホニウム塩のみで変性したPET(スルホイソフタル酸のテトラブチルホスホニウム塩単位1.7モル%含有)を用いた以外は実施例1と同様にして、染色された立毛調人工皮革を得た。そして、得られた立毛調人工皮革について、実施例1と同様にして評価した。結果を表1に示す。
【0098】
[実施例12]
島成分の熱可塑性樹脂として、スルホイソフタル酸のテトラブチルホスホニウム塩のみで変性したPET(スルホイソフタル酸のテトラブチルホスホニウム塩単位2.5モル%含有)を用いた以外は実施例1と同様にして、染色された立毛調人工皮革を得た。そして、得られた立毛調人工皮革について、実施例1と同様にして評価した。結果を表1に示す。
【0099】
[比較例1]
島成分の熱可塑性樹脂として、スルホイソフタル酸のテトラブチルホスホニウム塩で変性したPET(スルホイソフタル酸のテトラブチルホスホニウム塩単位4モル%,1,4−シクロヘキサンジカルボン酸単位5モル%,アジピン酸単位5モル%含有)を用いた以外は実施例1と同様にして、染色された立毛調人工皮革を得た。そして、得られた立毛調人工皮革について、実施例1と同様にして評価した。結果を表1に示す。
【0100】
[比較例2]
島成分の熱可塑性樹脂として、スルホイソフタル酸のナトリウム塩で変性したPET(スルホイソフタル酸のナトリウム塩単位1.7モル%,1,4−シクロヘキサンジカルボン酸単位5モル%,アジピン酸単位5モル%含有)を用いた以外は実施例1と同様にして、海島型複合長繊維を紡糸した。しかしながら、紡糸ノズルから吐出された溶融ポリマーを冷却しながら平均紡糸速度が3700m/分となるように気流の圧力を調節したエアジェットノズルで吸引した時の張力によって破断してしまうため、溶融紡糸が安定してできなかった。そのために、吸引エアーの圧力を下げて低速で溶融紡糸した。以降の工程は実施例1と同様にして、染色された立毛調人工皮革を得た。そして、得られた立毛調人工皮革について、実施例1と同様にして評価した。結果を表1に示す。
【0101】
[比較例3]
実施例1と同様にして得た立毛調人工皮革を、染料としてカチオン染料Nichilon Red-GL(日成化成(株)製;染料中に洗浄可能な塩素を4%含有)8%owf、染色助剤として90%酢酸1g/Lを含有する90℃の染色浴中に浴比1:30の割合で40分間浸漬して、赤色に染色した。そして、同一染色浴でアニオン系界面活性剤を含有しない湯浴を用いて70℃で20分間洗浄する工程を2回繰り返した。そして、洗浄後、乾燥することにより、染色された立毛調人工皮革を得た。
【0102】
[比較例4]
島成分の熱可塑性樹脂として、イソフタル酸で変性したPET(イソフタル酸単位6モル%含有)を用いた以外は実施例1と同様にして、立毛調人工皮革を得た。そして、立毛調人工皮革を分散染料であるD.Red-W,KiwalonRubin2GW, KiwalonYellow6GFを用いて、130℃で1時間液流染色し、同一染色浴で還元洗浄して、染色された立毛調人工皮革を得た。そして、得られた立毛調人工皮革について、実施例1と同様にして評価した。結果を表1に示す。
【0103】
[参考例1]
実施例1において、長繊維ウェブを次のような条件で絡合させた以外は、実施例1と同様にして染色された立毛調人工皮革を得た。
【0104】
得られた長繊維ウェブの表面に、帯電防止剤を混合した油剤をスプレー付与した後、クロスラッパー装置を用いて長繊維ウェブを10枚重ねて総目付が340g/m2の重ね合せウェブを作成し、更に、針折れ防止油剤をスプレーした。そして、重ね合せウェブをニードルパンチングすることにより三次元絡合処理した。具体的には、針先端から第1バーブまでの距離が3.2mmの6バーブ針を用い、針深度8.3mmで積層体の両面から交互に2400パンチ/cm2のパンチ数でニードルパンチした。このニードルパンチ処理による面積収縮率は18%であり、ニードルパンチ後の絡合ウェブの目付は415g/m2であった。
【0105】
そして、得られた立毛調人工皮革について、実施例1と同様にして評価した。結果を表1に示す。
【0106】
表1を参照すれば、本発明に係る実施例1〜12の立毛調人工皮革は何れも、厚さ1mm当たりの引裂強力が30N以上で、剥離強力が3kg/cm以上であった。そのために、何れの立毛調人工皮革もマーチンデール摩耗減量が100mg/3.5万回以下であった。また、塩素含有量も90ppm以下であり、色移行性評価の結果も4級以上であった。なお、実施例1〜10は、製造時の高速紡糸安定性に優れていたが、実施例11及び実施例12は高速紡糸安定性は劣っていた。
【0107】
一方、式(II)で表される単位を4モル%含むポリエステルの極細繊維を用いた比較例1の立毛調人工皮革は、引裂強力及び剥離強力が低かった。そのために、マーチンデール摩耗減量が大きかった。また、スルホイソフタル酸ナトリウム塩を1.7モル%含むポリエステルの極細繊維を用いた比較例2の立毛調人工皮革も引裂強力及び剥離強力が低く、そのために、マーチンデール摩耗減量が大きかった。また、製造時の高速紡糸安定性も悪かった。また、カチオン染色後の洗浄時にアニオン系界面活性剤を含有しない湯浴で洗浄した比較例3の立毛調人工皮革は、塩素含有量が多く、色移行性が極めて悪かった。また、分散染料で染色した比較例4の立毛調人工皮革も色移行性が極めて悪かった。さらに、参考例1は、製造時の高速紡糸安定性には優れていたものの、絡合状態が低かったために、引裂強力及び剥離強力が低く、そのために、マーチンデール摩耗減量が大きかった。
【産業上の利用可能性】
【0108】
本発明で得られる立毛調人工皮革は、衣料、靴、家具、カーシート、雑貨製品等の表皮素材として好ましく用いられる。