(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らは、近年の菓子におけるユーザの高級志向の観点から、カカオ感、チョコレート感を濃厚に感じることができる冷菓、チルドデザート等の開発を行うなか、以下のような問題に直面した。
アイスクリームやチョコレートソース等に代表される水中油型食品である食品の製造において、カカオ原料を水系の原料と混合し加熱殺菌を行うと、加熱に伴い、カカオ原料に含まれる水溶性の成分である酢酸が水相に溶出し、好ましくない風味を奏することが明らかとなった。一方で、カカオ風味を形成する香気・味成分には脂溶性のものが多いことも今回の研究で明らかとなった。また、その量も決して多くないことから、水相への溶出はほとんどないため、製造される水中油型食品は、酢酸に起因する好ましくない風味が感じられる一方で、カカオ感はあまり感じられない。
ここで、発明者らはカカオ原料の使用量を増加することも試みたが、粘度が高くなるなど物性面の課題と、酢酸に起因する風味が増大し、かえってカカオ感が低下するなどの問題があった。
【0006】
そこで、本発明は、10℃以下で喫食される食品、例えば、アイスクリームやチルドデザートに使用するやチョコレートソースやホイップクリーム等の水中油型食品に用いた場合に、カカオ感を十分に付与しつつ、酢酸に起因する好ましくない風味の発現を抑制できる、カカオ原料を提供することを課題とする。本発明は、特に、食する時に冷凍下でさらにカカオ感を感じるのが難しいアイスクリーム等の冷菓原料として適したカカオ原料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは鋭意研究開発を行った結果、酢酸とピラジン類の質量比が、香気成分比として特定の範囲内であるカカオ原料が、アイスクリーム等の水中油型食品に用いた場合に、濃厚なカカオ感を付与するのに好適であることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
油脂を10質量%以上含む加熱済みカカオ原料であって、該カカオ原料は、酢酸とピラジン類の質量比が、香気成分比として2:1〜1:2である。
酢酸とピラジン類の香気成分比が前記範囲のカカオ原料は、水中油型食品に加工した場合に、酢酸に起因する好ましくない風味は感じにくく、濃厚なカカオ感を付与できるものである。そのため、水中油型食品に対し、これまで実現できなかったカカオ感、チョコレート感を付与することを実現可能とする。
【0009】
本発明の好ましい形態では、前記カカオ原料において、テオブロミン1質量部に対して、酢酸を0.11〜0.44質量部含む。
テオブロミンと酢酸の比率が上記範囲であるカカオ原料は、酢酸を適量含むものであり、カカオ原料に含まれる他の風味成分とのバランスが良好である。そのため、当該カカオ原料を水中油型食品に使用することで、よりカカオの濃厚さを感じることが可能となる。
【0010】
本発明の好ましい形態では、カカオ原料2質量%を40℃の水に懸濁した場合の懸濁液の酸度が1.0〜3.5質量%であるカカオ原料である。
カカオ原料の水に分散した際の酸度が前記範囲内であることで、水中油型食品に配合したときに、カカオ原料に含まれる他の風味成分とのバランスでカカオ感が増す。
【0011】
本発明の好ましい形態では、酢酸とイソ吉草酸の質量比が、香気成分比として、2:1〜1:3である。
このような範囲のカカオ原料を水中油型食品に用いることで、濃厚なカカオ風味が感じられる。
【0012】
本発明の好ましい形態では、酢酸とフェネチルアルコールの質量比が、香気成分比として、4:1〜1:2である。
このような範囲のカカオ原料を水中油型食品に用いることで、濃厚なカカオ風味が感じられる。
【0013】
本発明の好ましい形態では、カカオ原料100g当たりの遊離アミノ酸の含有量が200〜500mgである。
遊離アミノ酸の含有量を前記範囲内とすることで、水中油型食品に配合したときに、カカオのコクを向上させることができる。
【0014】
本発明の好ましい形態では、前記カカオ原料は、10℃以下で喫食される水中油滴型食品に使用するためのものである。このような食品として、チルド食品、冷凍食品が挙げられる。
ここで、「10℃以下で喫食される」とは、10℃以下の冷蔵又は冷凍環境で保存され、当該保存時の品温をおおむね維持した状態で喫食されることをいう。
前記カカオ原料を、チルドデザート等のチルド下、アイスクリーム等の冷凍下で喫食する水中油滴型食品に使用することにより、前述した作用効果が存分に発揮される。
【0015】
本発明の好ましい形態は、また、前記カカオ原料を1〜20質量%含有し、その際の食品のpHが5.2〜6.5である、水中油型食品である。
前記カカオ原料の配合量及び、食品のpHを前記範囲とすることで、カカオ原料に含まれる風味成分とのバランスが良好となり、カカオ感を十分に感じることができる水中油型食品が提供される。
【0016】
本発明の好ましい形態では、前記水中油型食品の水分活性は0.75〜0.99である。
前記カカオ原料を、自由水を一定量含む食品に適用することにより、前述した作用効果が存分に発揮される。
また、本発明の好ましい形態では、前記水中油型食品は、10℃以下で喫食される食品である。
また、そのような食品として、チルドデザート等のチルド食品、冷菓等の冷凍食品が好ましく挙げられる。
チルド食品や冷凍食品は、低温で喫食されることからカカオ風味を感じにくい反面、酢酸の風味は感じやすいという課題があったためである。そのため、前記カカオ原料を冷菓に適用することにより、前述した作用効果が存分に発揮される。
【発明の効果】
【0017】
本発明のカカオ原料を用いることで、アイスクリーム等の冷菓や、チルドデザート等に用いられるホイップクリームやプリン、チョコレートソースに代表される水中油型食品に配合したときに、濃厚なカカオ感、チョコレート感を感じることができる水中油型食品が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(1)カカオ原料
本発明において、カカオ原料とは、カカオ豆から得られる食品原料であって、実質的にカカオ由来の成分からなる食品原料をいう。
具体的には、カカオ原料は、カカオ豆に対し、焙煎、粉砕及び脱脂のうち少なくとも一つの加工を行って得られる食品原料を含み、焙煎済みカカオ豆、カカオニブ、カカオマス、カカオペースト、ココアパウダーを含む。
【0019】
本発明のカカオ原料は、油脂(ココアバター)を10質量%以上含む。油脂の含有量の上限は、通常のカカオ豆における油脂の含有量の観点から55質量%程度である。
【0020】
本発明のカカオ原料は、酢酸を含む。酢酸は、カカオ豆の発酵によって生成され、カカオ豆の風味形成に重要な役割をしている。
【0021】
本発明のカカオ原料は、酢酸とピラジン類の質量比が、香気成分比として、2:1〜1:2、好ましくは1:1〜1:2である。
本発明において、酢酸とピラジン類の香気成分比は、ガスクロマトグラフィー質量分析による測定値の比で表される。測定方法については、実施例に後述する。
カカオ原料には酢酸が、フリー体のみならず、塩やその他誘導体の形態で含まれるが、当該測定による測定値は、これらの酢酸のうちガスクロマトグラフィー質量分析による測定条件下において、揮発性のものを対象としていると定義することができる。
酢酸に対するピラジン類の質量比が香気成分比として前記範囲にあるカカオ原料は、水中油型食品に配合し加工した際に、酢酸に起因する好ましくない風味が低減され、ピラジン類のロースト風味が際立つ。そして、水中油型食品を食したときのトップのカカオ風味、カカオ風味の後残り、及びカカオのコクに優れ、全体として濃厚なカカオ感を感じることができる。
なお、酢酸の比率が小さすぎる場合には、酢酸の好ましくない風味は低減されるもののピラジン類の渋みや苦みが目立つようになり、全体としてはカカオ感を濃厚に感じることができない。一方、酢酸の比率が大きすぎる場合には、ピラジン類のロースト風味が感じられず、酸味が目立つようになり、全体としてカカオ感を感じることができない。
本明細書において、「トップのカカオ風味」とは、水中油型食品を口に含んだ直後に感じるカカオ風味を意味し、「カカオ風味の後残り」とは、カカオ風味が、水中油型食品を食した後にも持続することを意味する。
また、カカオ風味とは、カカオ由来の香りの他、カカオ由来の渋みや苦み、コクも含む概念である。
【0022】
本発明のカカオ原料における酢酸の含有量は、カカオ豆に通常採用される発酵条件によって生成される範囲であればよいが、テオブロミン1質量部に対して、好ましくは0.11〜0.44質量部、さらに好ましくは0.12〜0.43質量部、より好ましくは0.15〜0.4質量部である。
ここで、テオブロミンは、カカオ豆に含まれている苦味を有する成分であり、カカオ豆の発酵、加熱、粉砕などの処理を経てもほとんど消失しない成分であることから、カカオ原料中の風味成分の含有量を特定するための基準値とすることができる。
ここで、カカオ原料に含まれるテオブロミン及び酢酸の質量は、高速液体クロマトグラフィー質量分析にて測定することができる。測定方法については、実施例に後述する。すなわち、ここでの酢酸の含有量は、不揮発性の形態で存在する酢酸の含有量を含むものであると定義することができる。
【0023】
テオブロミンに対する酢酸の含有量が上記範囲のカカオ原料は、アイスクリーム等の冷凍食品や、チルドデザートに用いられるホイップクリームやチョコレートシロップ、プリン等の水中油型食品に配合したときに、カカオ風味を際立たせ、濃厚なカカオ感、チョコレート感を付与することができる。
【0024】
また、本発明のカカオ原料における酢酸の含有量は、カカオ原料がカカオマスである場合には、カカオ脂肪分100g当たり、好ましくは0.4〜0.8g、さらに好ましくは0.5〜0.7g、より好ましくは0.5〜0.6gである。
また、本発明のカカオ原料における酢酸の含有量は、カカオ原料がココアパウダーである場合には、カカオ脂肪分100g当たり、好ましくは1.0〜5.0g、さらに好ましくは1.2〜4.5g、より好ましくは1.3〜3.7gである。
ここで、カカオ脂肪分はソックスレー抽出法により測定することができ、酢酸は高速液体クロマトグラフィー質量分析により測定した値である。
【0025】
本発明のカカオ原料におけるピラジン類の含有量は、テオブロミン100質量部に対して、好ましくは0.01〜0.09質量部、さらに好ましくは0.02〜0.09質量部、より好ましくは0.04〜0.09質量部、特に好ましくは0.05〜0.09質量部である。
ピラジン類は、ピラジン構造を分子内に含む化合物を指す。ピラジン類は、カカオ風味の主要な要素であるロースト風味を示す。ピラジン類として、ジメチルピラジン、エチルメチルピラジン、トリメチルピラジン、エチルジメチルピラジン、テトラメチルピラジンが挙げられる。
ここで、ピラジン類の含有量は、ガスクロマトグラフィー質量分析により測定することができる。また、テオブロミンの含有量は高速液体クロマトグラフィー質量分析により測定することができる。前記比率は、高速液体クロマトグラフィー質量分析により測定したテオブロミンの含有量に対するガスクロマトグラフィー質量分析により測定したピラジン類の含有量で表される。
【0026】
また、本発明のカカオ原料は、カカオ原料を2質量%で40℃の水に懸濁した場合の懸濁液の酸度が、好ましくは1.0〜3.5質量%、さらに好ましくは1.2〜3.2質量%である。ここで、酸度は、前記懸濁液を0.1ml/L水酸化ナトリウム溶液で滴定し、pH8.2となるまでに要した水酸化ナトリウム溶液の量から酢酸を換算値として算出することで測定することができる。
【0027】
本発明のカカオ原料において、カカオ原料100g当たりの遊離アミノ酸の含有量は、好ましくは200〜500mg、さらに好ましくは350〜450mgである。
遊離アミノ酸の含有量は、高速液体クロマトグラフィー質量分析で常法により測定することができる。
【0028】
本発明の好ましい形態では、カカオ原料は、酢酸とイソ吉草酸の質量比が、香気成分比として、2:1〜1:3、好ましくは1:1〜1:2である。
本発明において、酢酸とイソ吉草酸の香気成分比は、ガスクロマトグラフィー質量分析による測定値の比で表される。
【0029】
本発明の好ましい形態では、カカオ原料は、酢酸とフェネチルアルコールの質量比が、香気成分比として、4:1〜1:2、好ましくは3:1〜1:1である。
本発明において、酢酸とフェネチルアルコールの香気成分比は、ガスクロマトグラフィー質量分析による測定値の比で表される。
これにより、水中油型食品に配合したときに、濃厚なカカオ風味を感じることができる。
【0030】
本発明のカカオ原料は、水中油型食品の食品原料に混合することができる。
【0031】
本発明のカカオ原料は、カカオ豆を焙煎する焙煎工程を経て得られるものである。
焙煎に供するカカオ豆としては、収穫後、常法により発酵及び乾燥の処理を経たもの、必要に応じて搾油処理を経たものを使用することができる。
【0032】
本発明のカカオ原料は、焙煎条件を以下の通りに調整することで、製造することができる。本発明のカカオ原料の製造において、焙煎工程は、カカオ豆の皮を剥離せずにホールビーンズの形態で行うことが好ましい。
焙煎工程は、カカオ豆の表面温度が好ましくは130〜150℃、さらに好ましくは135〜145℃となるような温度で行う。
また、焙煎は、カカオ豆の表面温度が前述した温度にある間、カカオ豆の中心温度をカカオ豆の表面温度より10〜20℃低く維持することが好ましく、12℃以上、さらには15℃以上低く維持することが好ましい。すなわち、カカオ豆の中心温度は、140℃以下に抑制する。このような温度制御のためには、初めに、焙煎前のカカオ豆の表面温度を50〜70℃程度としておき、ここから、例えば20〜30分、好ましくは25〜40分、さらに好ましくは30〜35分かけてカカオ豆の表面温度を130〜150℃、好ましくは135〜145℃に昇温する。また、焙煎前のカカオ豆の中心温度も、表面温度より10〜20℃低いことが好ましく、12℃以上、さらには15℃以上低いことが好ましく、例えば、40〜60℃程度としておくことが好ましい。
カカオ豆の表面温度は1〜3.5℃/分、好ましくは2〜3℃/分の速度で昇温させることが好ましい。
そして、前記目的とする表面温度まで昇温したら、加熱操作を停止し、冷却することで表面温度を下げる。
前述した、焙煎前のカカオ豆の表面温度を50〜70℃程度、中心温度をこれより10〜20℃低くしておく方法として、焙煎前に、カカオ豆に加熱水蒸気を3〜10分、好ましくは4〜6分供給し、カカオ豆の表面温度を約70〜90℃とした後、一旦冷却してカカオ豆の表面温度を50〜70℃程度とする方法が好ましい。
このように、カカオ豆に一定の水分を与え、表面温度を50〜70℃程度とし、中心温度をこれより10〜20℃低くした状態から焙煎することで、カカオ豆の表面を十分に加熱しつつ、カカオ豆の中心はあまり加熱しない(つまりカカオ豆の表面温度に対して10〜20℃低い温度に維持する)ことができ、本発明のカカオ原料を製造することができる。
なお、水蒸気加熱の後に、特段の乾燥工程を含む必要はない。
焙煎のための装置としては、カカオ豆の焙煎に通常用いられる熱風式、間接加熱式の焙煎装置を用いることができる。
本発明のカカオ原料におけるピラジン類、酢酸の含有量と焙煎条件について着目すると、高温であればあるほど、又は長時間であればあるほど、ピラジン類は増加し、香気成分としての酢酸は低下する。
従って、前述したピラジン類と香気成分としての酢酸の含有比率となるように、焙煎条件を調整することで、本発明のカカオ原料を製造することができる。
【0033】
また、イソ吉草酸、フェネチルアルコールの比率と焙煎条件について着目すると、高温であればあるほど、又は長時間であればあるほど、増加する。
従って、前述したイソ吉草酸、フェネチルアルコールの酢酸に対する比率となるように、焙煎条件を調整することで、本発明のカカオ原料を製造することができる。
【0034】
また、遊離アミノ酸の含有量と焙煎条件について着目すると、高温であればあるほど、又は長時間であればあるほど、増加する。ただし、一定範囲を超えて高温、長時間で焙煎すると、糖等との反応により、遊離アミノ酸としての量は減少する。
従って、前述した遊離アミノ酸の含有量となるように、焙煎条件焙煎条件を調整することで、本発明のカカオ原料を製造することができる。
焙煎においては、糖類やアミノ酸を添加することができる。
焙煎したカカオ豆には、常法により、破砕、摩砕等の微細化処理を行うことができる。
【0035】
(2)水中油型食品
本発明のカカオ原料は、水中油型食品に好適である。これは、水中油型食品にあっては、加工における加熱等に伴い水相中に酸が溶解し、酸臭や酸味を感じやすい一方、カカオ風味を形成する脂溶性の香気成分は溶解しにくく、よってカカオ風味を感じにくいという背景があるためである。
また、水中油型食品としては、10℃以下で喫食される食品、例えばチルド食品や冷凍食品に好適である。これは、低温で喫食される食品にあってはカカオ風味を感じにくいためである。
【0036】
また、水中油型食品としては、乳製品が挙げられる。これは、特に、乳風味に対し過度の酢酸の風味が組み合わさることで、好ましくない風味となるためである。
水中油型食品としては、アイスクリーム、アイスミルク、ラクトアイス等の冷菓、ココアドリンク、チョコレートソース(シロップ)、ホイップクリーム、プリン等が好ましく挙げられる。
【0037】
水中油型食品におけるカカオ原料の含有量は、好ましくは1〜20質量%である。
また、水中油型食品のpHは、好ましくは5.2〜6.5である。
また、前記水中油型食品の水分活性は、好ましくは0.75〜0.99である。これは、水分が多い食品にあっては、水の極性により多くの酸を溶かすが、カカオの脂溶性の香気成分は溶解しないため、酸臭や酸味を感じやすいためである。
【0038】
本発明の水中油型食品は、常法により製造することができる。
例えば、冷菓の製造においては、通常用いられる冷菓原料と本発明のカカオ原料を混合し、加熱により殺菌処理をして冷菓ミックスを製造し、冷菓ミックスを攪拌凍結する方法が挙げられる。
【実施例】
【0039】
以下、本発明について、実施例を示しながらより詳細に説明する。
【0040】
発酵、及び乾燥を経たカカオ豆(脂肪:55質量%)を以下の方法で焙煎した。
初めに、釜内のカカオ豆に対し、水蒸気を5分供給し、表面温度を約80℃に到達させた。この時点で速やかに水蒸気の供給を停止し、釜内よりカカオ豆を取り出して、熱風式の焙煎装置内(熱風温度:170℃)へ投入し、各実施例、比較例について、以下の表に示す条件で焙煎をした。
そして、約30分の焙煎後、表に示す表面温度に到達した時点で焙煎装置内から取り出し、自然冷却した。
なお、表面温度及び中心温度は、焙煎工程における最終的な到達温度である。また、表面温度及び中心温度は、表面温度計ならびに熱電対温度計を用いて測定した(以下の試験でも同じ)。
【0041】
【表1】
【0042】
焙煎した各カカオ豆を磨砕し、ペレット状にして、カカオマスを製造した。得られたカカオマスについて、風味成分の分析を行った。
分析対象は、有機酸(酢酸、クエン酸、リンゴ酸、乳酸及びピログルタミン酸)、テオブロミン、遊離アミノ酸の他、焙煎したカカオ豆に含まれるとされる香気成分であって、閾値との関係で風味に影響を与える以下の香気成分について行った。
ピラジン類、イソ吉草酸、2−ペンタノールアセテート、酢酸イソアミル、ベンズアルデヒド、フェニルアセトアルデヒド、アセトフェノン、リナロール、5−メチル−2−フェニル−2−ヘキセナール、酢酸2−フェニルエチル、フェネチルアルコール、2−フェニル−2−ブテナール、2−アセチルピロール
【0043】
有機酸(酢酸を含む)、テオブロミン、遊離アミノ酸の定量は、高速液体クロマトグラフィー質量分析により行った。
前記高速液体クロマトグラフィー質量分析の条件は、以下の通りである。
【0044】
●有機酸 HPLC条件例 日本食品標準成分表2015(7訂)分析法による。
カラム:内径8.0mm、長さ300mm、イオン排除及び逆相型カラム(例:Shodex RSpak KC−811を2本連結)
カラム温度:40℃
移動相:3mmol/L過塩素酸
反応液:0.2mmol/Lブロムチモールブルー含有15mmol/Lリン酸水素二ナトリウム溶液
流速:移動相1.0mL/分、反応液1.4mL/分
測定波長:445nm
注入量:20μL
【0045】
●テオブロミン HPLC条件例 日本食品標準成分表2015(7訂)分析法による
カラム:内径4.6mm、長さ250mm,逆相型カラム(例:Nucleosil C18(10μm))
移動相:水:メタノール:1mol/L過塩素酸(800:140:50v/v/v)
流速:1.5mL/分
カラム温度:50℃
測定波長:270nm
【0046】
●アミノ酸
アミノ酸自動分析計 条件例 日本食品標準成分表2015(7訂)分析法による
カラム:強酸性陽イオン交換樹脂、内径4mm、長さ120mm、ステンレス製(例:LCR−6(日本電子(株))
移動相:クエン酸ナトリウム緩衝液
反応液:ニンヒドリン試薬
波長:570nm又は440nm
【0047】
HPLC条件例 Agilentアプリケーションによる
装置:Agilent 1200 LC System
カラム:Agilent社 ZORBAX Eclipse Plus C18 3.5μm 4.6×15mm
移動相:A 10mMリン酸水素二ナトリウム・10mM四ほう酸ナトリウム pH8.20
B アセトニトリル:メタノール:水=45:45:10v/v/v
カラム温度:40℃
流速:1.5mL/分
検出:蛍光 340Ex/450Em
オルトフタルアルデヒド(OPA)、(9−フルオレニルクロロギ酸メチル(FMOC)によって)プレカラム誘導体化を行い分析。誘導体化はインジェクションプログラムにより実施。
【0048】
また、酢酸のうち香気成分の定量として、ガスクロマトグラフィー質量分析による定量も行った。すなわち、本定量では、以下の測定条件において揮発性の酢酸を対象として定量を行うことにより、香気成分としての酢酸の定量を行った。
また、前述したカカオの香気成分の定量は、ガスクロマトグラフィー質量分析により行った。
前記ガスクロマトグラフィー質量分析の条件は、以下の通りである。
【0049】
●測定用試料の調製方法
検体(20g)をジクロロメタン(40mL)に溶解し、内部標準物質として2.0%2−octanol溶液を5μL添加した。検体溶解後のジクロロメタン溶液を遠心(3000rpm×10分,20℃)し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、Solvent Assisted Flavor Evaporation(SAFE)にて不揮発性成分を除いた(<5.0×10
-3Pa,40℃)。得られた留分は約100μLまで濃縮した後、GC−MS測定に供した。
【0050】
●測定条件
GC−MS
装置:Agilent 7890A&5975C inert XL
カラム:DB−Wax(0.2mm i.d.×60m,膜厚 0.25 μm)
キャリアガス:He(1.0mL/min)
オーブン温度:80℃−230℃,3℃/min
注入口温度:250℃
スプリット比:30:1
注入量:1μL
検出器:MS
【0051】
また、酸度は、以下の方法で求めた。カカオ原料を2質量%で40℃の水に懸濁し、懸濁液を0.1ml/L水酸化ナトリウム溶液で滴定し、pH8.2となるまでに要した水酸化ナトリウム溶液の量から酢酸を換算値として算出した。
【0052】
ここで、前記分析対象とした風味成分(香気成分含む)は、カカオ原料に含まれるカカオ風味の形成に主要な成分である。
中でも、イソ吉草酸、2−ペンタノールアセテート、酢酸イソアミル、ベンズアルデヒド、フェニルアセトアルデヒド、アセトフェノン、リナロール、5−メチル−2−フェニル−2−ヘキセナール、ピラジン類は、カカオ風味の基本骨格を形成し、他の成分はカカオ風味の香りのバリエーションに寄与する。
また、イソ吉草酸は、むしろ、それ自体は好ましくない香気成分であるが、閾値との関係で、香りの強さに影響を与えることが本発明者らによって明らかにされた。
また、フェネチルアルコールは心地よい花の香りと知られている。この成分は、水溶性であるためこの量が増加することで、水中油型食品への適用においてカカオの香りをより増強することが本発明者らによって明らかにされた。
【0053】
テオブロミン1に対する酢酸の質量比(液体クロマトグラフィー質量分析による測定値の比率)、酢酸1に対するピラジン類の香気成分比としての質量比(ガスクロマトグラフィー質量分析による測定値の比率)を算出した。また、イソ吉草酸及びフェネチルアルコールのガスクロマトグラフィー質量分析の測定値を、酢酸のガスクロマトグラフィー質量分析による測定値に対する比率として算出した。また、カカオ原料に対する遊離アミノ酸の含有量を算出した。結果を表2に示した。
ここで、各実施例及び比較例において、テオブロミンの含有量に実質的な差異はなかった。また、2−ペンタノールアセテート、酢酸イソアミル、ベンズアルデヒド、フェニルアセトアルデヒド、アセトフェノン、リナロール、5−メチル−2−フェニル−2−ヘキセナール、酢酸2−フェニルエチル、2−フェニル−2−ブテナール、2−アセチルピロールについては、水中油型食品に適用するという条件において、香りに大きく影響を与えるような差異は見られなかった。
なお、カカオ原料には、前述した香気成分以外にも風味のバリエーションに寄与する微量の香気成分、あるいは閾値が高い香気成分が存在し、本発明者らは、これらの香気成分の定量も行った。その結果、各実施例、比較例の間でいくつかの香気成分の量に差異がみられたが、水中油型食品に適用することを前提とする場合には、全体の風味形成に影響をほとんど与えない範囲の差異であった。
【0054】
続いて、各実施例及び比較例のカカオ原料(カカオマス)を6質量%含むアイスミルクを常法により製造した。製造したアイスミルクは、無脂乳固形7質量%、乳脂肪分3質量%、カカオ原料由来の脂肪を含む植物脂肪分5質量%、オーバーラン80、水分活性0.96であった。
製造したアイスクリームについて、カカオ製品の専門家5名によるカカオ風味(トップのカカオ風味、カカオ風味のあと残り、カカオのコク)と酸味の評価を行った。
また、アイスクリームのpHを常法により測定した。
評価は、以下の基準を用いた相対評価で行った。結果を、表2に示す。
〔評価基準〕
◎・・・とても良い、とても好ましい
〇・・・良い、好ましい
△・・・普通
×・・・悪い、好ましくない
【0055】
【表2】
【0056】
表2の結果から、酢酸とピラジン類の香気成分比が2:1〜1:2の範囲である場合には、水中油型食品に配合したときに、トップのカカオ風味、カカオ風味の後残り、カカオのコクが良好であるとの評価であった。また、当該範囲の場合には、酸味についても普通以上の評価であった。一方、香気成分としての酢酸がピラジン類に対して相対的に多い(つまり揮発性成分として酢酸がピラジン類に対して相対的に多い)比較例1のカカオ原料を用いて製造した水中油型食品は、カカオ風味が弱く、酸味のみを強く感じた。また、香気成分としての酢酸がピラジン類に対して相対的に小さい(つまり揮発性成分として酢酸に対しピラジン類が相対的に多い)比較例2のカカオ原料を用いて製造した水中油型食品は、酸味は普通であるものの渋みや苦みが残りやすくカカオ風味が良好とはいえなかった。
また、前記試験結果より、焙煎条件を高温にするほど、酢酸の含有量が小さくなり、同時にピラジン類の含有量が大きくなること、そして、香気成分としての酢酸に対するピラジン類の比が大きくなることがわかった。ここで、酢酸の含有量自体の変化率はそれほど大きくないものの(例えば実施例3と比較例2)、香気成分としてのピラジン類と酢酸の比の変化率は比較的大きかった。
また、各風味成分の既知の性質と当該変化率を踏まえて、評価を考察すると、原料に含まれる酢酸の絶対量の違いよりも、むしろピラジン類と酢酸の香気成分比が、カカオ風味やカカオのコク等を含むカカオ感、酸味の感じ方に顕著に影響することがわかった。
以上より、濃厚で良好なカカオ感を得るためには、カカオ原料中のピラジン類の含有量を増加させ、又は酢酸の含有量を単に低減させるのではなく、揮発性成分としての両者の含有比率を適切な範囲とすることが重要であることが分かった。
【0057】
また、本試験の結果についてさらに考察を加えると、焙煎条件により、カカオ原料中の酢酸(塩や誘導体を含む)の存在状態が変化し、全体の酢酸(塩や誘導体を含む)に対する揮発性酸の割合が変化するものと推察された。これにより、カカオ原料中の酢酸(塩や誘導体を含む)の含有量を一定範囲としつつ、揮発性酸の割合を適量な範囲にコントロールすることが可能となり、水中油型食品に加工した際に、酢酸に起因する好ましくない風味は低減するが、酢酸による渋みや苦みの低減、酢酸に起因するコク等の好ましい風味は維持することが可能になるものと考えられる。
【0058】
また、テオブロミン1に対する酢酸の質量比は、0.1より大きく、0.45より小さいことが好ましいことが分かった。
【0059】
さらに、酢酸1に対するイソ吉草酸の質量比は、0.3より大きい場合、特に0.7以上である場合には、濃厚なカカオ風味が感じられることが分かった。一方で、酢酸1に対するイソ吉草酸の質量比は、3.1質量部以上であると全体的に匂いは強く感じるものの、その中でカカオの好ましいロースト香は感じにくく、全体として香りが好ましくないものとなることが分かった。
【0060】
また、酢酸1に対するフェネチルアルコールの質量比は0.2より大きい場合、特に0.4以上である場合には、濃厚なカカオ風味が強く感じられることが分かった。一方で、酢酸1に対するフェネチルアルコールの質量比は1.3以上であると全体的な匂いは強く感じるものの、その中でカカオの好ましいロースト香は感じにくく、全体として香りが好ましくないものとなることが分かった。
【0061】
また、遊離アミノ酸は、カカオ原料100gに対して200〜500mgの間ではカカオのコクを付与する役割があることが理解されるが、600mg以上となると、かえって、その後の加熱などにより異味や焦げ臭の原因となり、カカオのコクを感じにくくなることが分かった。