特許第6707265号(P6707265)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6707265病原性細菌の毒素産生能を阻害する植物乳酸菌およびその利用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6707265
(24)【登録日】2020年5月22日
(45)【発行日】2020年6月10日
(54)【発明の名称】病原性細菌の毒素産生能を阻害する植物乳酸菌およびその利用
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/747 20150101AFI20200601BHJP
   A23L 33/135 20160101ALI20200601BHJP
   A61P 31/04 20060101ALI20200601BHJP
   C12P 21/00 20060101ALN20200601BHJP
【FI】
   A61K35/747
   A23L33/135
   A61P31/04
   !C12P21/00 B
【請求項の数】5
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2015-202306(P2015-202306)
(22)【出願日】2015年10月13日
(65)【公開番号】特開2017-75100(P2017-75100A)
(43)【公開日】2017年4月20日
【審査請求日】2018年9月13日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20〜22年度、文部科学省、委託研究「都市エリア産学官連携促進事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02126
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】杉山 政則
【審査官】 渡部 正博
(56)【参考文献】
【文献】 J Microbiol Meth,2014年,Vol.106,p.57-66
【文献】 PNAS,2011年,Vol.108, No.8,p.3360-3365
【文献】 New Food Industry,2011年,Vol.53, No.10,p.7-14
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00−35/768
A23L 33/00−33/29
A61P 1/00−43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Lb. reuteri BM53−1株(受託番号NITE P−02126)の培養上清または該培養上清からの精製物を含有しており、TSST−1産生阻害活性を有する物質として、分子量100kDa以上である、ポリペプチドおよび脂質を主構成成分とする化合物を含んでいることを特徴とするTSST−1産生阻害剤。
【請求項2】
請求項に記載のTSST−1産生阻害剤を含んでいることを特徴とする機能性食品。
【請求項3】
Lb. reuteri BM53−1株(受託番号NITE P−02126)の培養上清を得る工程を包含することを特徴とする、請求項に記載のTSST−1産生阻害剤を製造する、方法。
【請求項4】
前記培養上清からTSST−1産生阻害活性を有する物質を精製する工程をさらに包含することを特徴とする請求項に記載の方法。
【請求項5】
前記精製する工程が、分子量が100kDa以上である画分を回収すること、陽イオン交換カラムクロマトの非吸着画分を回収すること、および0〜40%飽和硫酸アンモニウムによる沈殿画分を回収することを含むことを特徴とする請求項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、病原性細菌の毒素産生能を阻害する物質に関するものであり、より詳細には、黄色ブドウ球菌によるTSST−1産生を阻害する物質を産生する植物乳酸菌およびその利用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
抗生物質は、微生物の増殖を阻害することから感染症の治療に汎用されている。しかしながら、それを長期間にわたって用いると、当該抗生物質に耐性を示す細菌、いわゆる薬剤耐性菌が必ず出現する。特に、黄色ブドウ球菌や抗生物質の乱用に起因して出現した多剤耐性細菌等の薬剤耐性菌は、医療現場で大きな問題となっている。
【0003】
病原性黄色ブドウ球菌は、人体の皮膚表面や鼻腔内に常在する細菌であり、創傷部などから体内に侵入すると感染症が誘発されるリスクが極めて高い。特に、市中感染菌として問題になっているメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の中には、TSST−1(Toxic Shock Syndrome Toxin-1)と称される「毒素性ショック症候群毒素−1」を産生する株が多い。臨床的に分離されたMRSAの75%がTSST−1遺伝子を保有しているという報告があり、TSST−1毒素が、ヒトの免疫系を攪乱させ、発熱や悪心、ショック症状を引き起こすことも知られている。このような毒素を産生するMRSAに感染した場合、強力な毒素による重篤な症状と、治療に使用可能な抗生物質が限定されることから、その治療は極めて困難である。実際に、MRSA感染症による死亡率はかなり高い。
【0004】
特許文献1には、EDTAが細菌内のポリリン酸合成を阻害して毒素産生を低下させることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−95489号公報(2010年4月30日公開)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
薬剤耐性菌(特に多剤耐性細菌)の出現を抑制するために抗生物質の適正使用が要求されているほか、医薬品業界は、耐性菌に有効な新規抗生物質の開発に注力している。しかし、病原細菌は、抗生物質存在下での生育を可能とするように遺伝子を変異させるので、抗生物質使用下では耐性菌の出現を避けることは非常に困難である。例え、新規に開発された有力な抗生物質であっても、使用期間が続くと、その抗生物質に対する耐性菌が必ず出現してしまう。したがって、抗生物質のみでは感染症を克服することが困難であり、耐性菌を出現させないコンセプトにて治療薬を開発しない限り、感染症の完全克服は困難である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、植物乳酸菌の研究を進める中で、植物乳酸菌の培養上清が、黄色ブドウ球菌のTSST−1毒素産生能を阻害する活性を示すことを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明に係るTSST−1産生阻害剤は、Lactobacillus属の植物乳酸菌の培養上清または該培養上清からの精製物を含有しており、TSST−1産生阻害活性を有する物質として、分子量100kDa以上である、ポリペプチドおよび脂質を主構成成分とする化合物を含んでいることを特徴としている。
【0008】
本発明に係るTSST−1産生阻害剤において、上記化合物は、熱に安定であり、陽イオン交換カラムに吸着せず、かつ陽イオン交換カラムの未吸着画分の0〜40%飽和硫酸アンモニウムによる沈殿に分画されることが好ましい。
【0009】
本発明に係るTSST−1産生阻害剤において、上記植物乳酸菌は、Lb. plantarum、Pd. pentosaceusまたはLb. reuteriであることが好ましく、Lb. plantarumとしては、Lb. plantarum SN13T株またはLb. plantarum SN35N株が好ましく、Pd. pentosaceusとしてはPd. pentosaceus LP28株が好ましく、Lb. reuteriとしてはLb. reuteri BM53−1株が好ましい。
【0010】
本発明に係る機能性食品は、上記のTSST−1産生阻害剤を含んでいることを特徴としている。
【0011】
本発明に係るTSST−1産生阻害剤を製造する方法は、Lactobacillus属の植物乳酸菌の培養上清を得る工程を包含することを特徴としている。
【0012】
本発明に係る製造方法は、上記培養上清からTSST−1産生阻害活性を有する物質を精製する工程をさらに包含してもよく、上記精製する工程は、分子量が15kDa以上である画分を回収すること、陽イオン交換カラムクロマトの非吸着画分を回収すること、および0〜40%飽和硫酸アンモニウムによる沈殿画分を回収することが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
単離した植物乳酸菌Lb. reuteri BM53−1株は、病原菌の増殖に全く影響を与えることなく、黄色ブドウ球菌のTSST−1毒素産生能を阻害する物質を産生することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1a】ラテックス凝集反応を用いてTSST−1産生阻害を調べた結果を示す図である。
図1b】ラテックス凝集反応を用いてTSST−1産生阻害を調べた結果を示す図である。
図1c】ラテックス凝集反応を用いてTSST−1産生阻害を調べた結果を示す図である。
図1d】ラテックス凝集反応を用いてTSST−1産生阻害を調べた結果を示す図である。
図2】イムノブロット法を用いて、Sta. aureusの培養上清中に含まれるTSST−1タンパク質量を調べた結果を示す図である。
図3】リアルタイム定量RT−PCR法を用いて、Sta. aureusにおけるagrAの活性化を調べた結果を示す図である。
図4】BM53−1株から得られるTSST−1産生阻害物質についての界面活性試験の結果を示す図である。
図5】BM53−1株から得られるTSST−1産生阻害物質についてのSDS−PAGE後のゲルをCBB染色した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
〔1.毒素性ショック症候群毒素−1(TSST−1)〕
抗生物質に対する耐性菌が必ず出現してしまう要因として、抗生物質に曝された細菌では、ゲノムの突然変異率が上昇し、その結果、耐性菌の出現率が高まると考えられている。
【0016】
黄色ブドウ球菌(Sta. aureus)は、ヒトの皮膚や消化管における常在菌であり、最も重要な病原菌の一つとして知られている。Sta. aureusが原因となって引き起こされる疾患は、体内で増殖したSta. aureusによって引き起こされる感染性疾患と、細胞外分泌毒素や細胞壁に存在する様々な病原性因子によって引き起こされる毒素性疾患とに大別される。感染性疾患は、腫物や膿痂疹といった軽度の表皮局所性的な膿性疾患から、敗血症や髄膜炎等の致死的な疾患まで、その病態は幅広い。また、毒素性疾患としての代表例である食中毒は、エンテロトキシンがその原因である。
【0017】
毒素性ショック症候群(toxic shock syndrome;TSS)は、一部の黄色ブドウ球菌が産生するスーパー抗原(外毒素TSST−1)が免疫系を撹乱することによって引き起こされる毒素性免疫疾患である。スーパー抗原とは、非特異的にT細胞を活性化する、微生物由来のタンパク質であり、主要組織適合遺伝子複合体分子(MHC)クラスIIの外部に露出したα鎖と、T細胞受容体(TCR)のVβ領域とを結合することができる。スーパー抗原は、MHC抗原の型や個体差に関わらずMHCクラスII分子とT細胞受容体とを非特異的に結合させることによって、過剰なT細胞の活性化を引き起こす。その結果、大量の炎症性のサイトカインやケモカインが産生され、最終的に発熱、炎症といったアレルギー症状、播種性血管内凝固症候群、引き続く多臓器不全などの重篤なショック症状が引き起こされる。
【0018】
TSSは、外科手術や分娩タンポンの使用などによる感染に起因する例が多く報告されており、患部の洗浄、そして、クリンダマイシン、ペニシリン、バンコマイシン等の抗生物質投与による治療が行われる。しかし、臨床での出現例はないものの、TSST−1産生性のバンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRE)が出現した場合、その治療が非常に困難となることが予想される。
【0019】
〔2.乳酸菌〕
用語「乳酸菌」は学名でなく、炭水化物(糖類、多糖類、配糖体および糖アルコール)を分解し、その発酵産物として、主として乳酸を50%以上生成する細菌の総称であり、グラム陽性、カタラーゼ陰性(通性嫌気性)で、無胞子形成、非運動性の桿菌または球菌という特徴により定義付けられる菌の慣用名である。乳酸菌としては、Lactobacillus(Lb.)、Lactococcus(Lc.)、Enterococcus(E)、Pediococcus(Pd.)、Streptococcus(Str.)、Leuconostoc(Leu.)、Weissella(W.)などの属に分類される細菌が挙げられる。
【0020】
乳酸菌は自然界に広く分布しているが、生育に最も重要な条件は栄養が豊富に整っていることである。エネルギー源となる糖はもちろんのこと、菌体成分を構成するペプチドまたはタンパク質、生育因子となるビタミン類およびミネラル類が、乳酸菌の生育に必須である。乳酸菌の酸素要求性は通性嫌気性であり、発酵によってエネルギーを獲得できるため、乳酸菌は酸素がない条件下であっても生育が可能であり、かつ、酸素毒性を排除する能力を有するため、酸素に接触したとしても死滅することがない。また、乳酸菌は4℃以上50℃以下の温度条件を満たせば生育が可能である。
【0021】
乳酸菌は、上述したような条件を満たす場所には必ず存在していると考えられており、動植物上から土壌中まで自然界のあらゆる環境下に存在すると推測される。また、物質の表面には好気性細菌やカビが優位に繁殖するが、通性嫌気性である乳酸菌は、内側の嫌気性の高い環境下にて生育する傾向がある。
【0022】
乳酸菌は、その生育環境の違いから動物由来と植物由来に大別される。自然界における動物由来の乳酸菌(以下、動物乳酸菌と称する。)の生息場所としては、乳中や消化管系内部、糞便中が挙げられる。特に、乳はビタミンやミネラル、タンパク質といった栄養が豊富であり、乳酸菌が非常に繁殖しやすい環境といえ、実際にバター、チーズ、ヨーグルトといった乳製品は乳酸菌による乳酸発酵を利用して製造される。また、動物の腸内では、多種多様な細菌が共存する腸内細菌叢(腸内フローラ)が形成されている。腸内フローラの構成細菌は、乳酸菌に限ったとしても、宿主の種間で大きく異なっており、その複雑な定着機構を含めて、健康との関わり合いについての研究が盛んに進められている。
【0023】
一方、植物体の損傷部や分泌液なども、乳酸菌に生育可能な環境を提供し、漬物や、醤油、味噌、醸造酒などの発酵食品は、植物体や穀物に付着した乳酸菌の発酵を利用して、古来より製造されてきたものである。このように乳酸菌は、自然界の種々の環境下にて生育しており、ヒトの健康および食生活に日常的に深く関わり続けてきた。しかしながら、植物体や穀物には供給可能な栄養が乏しいため、動物乳酸菌と比較すると植物由来の乳酸菌(以下、植物乳酸菌と称する。)にとって良好な生育条件とはいえない。さらに、植物では、温度条件が不安定であり、外気に直接曝される危険性もあるため、他の好気性微生物との生存競争において非常に厳しい環境といえる。
【0024】
これまでは、発酵乳や腸管等に由来する動物乳酸菌が主に研究対象とされてきたが、近年は植物乳酸菌への注目が急速に高まってきている。動物乳酸菌と比較して、植物乳酸菌は、栄養源が乏しく温度が変化しやすいという厳しい環境下にて生育する。一般に、植物乳酸菌は、動物乳酸菌と比較して胃酸および/または胆汁に高い耐性を示すことが確認されていることから、生きた状態で腸管に到達する能力に長けたプロバイオティクスとしての高付加価値が期待されている。
【0025】
植物乳酸菌は、植物由来の乳酸菌をいい、例えば穀物、野菜、果物、花、薬用植物、あるいはこれらを原材料に含む醗酵食品やナム等の醗酵食品の製造に関係するバナナ等の熱帯植物の葉等から分離されたものが意図される。本発明者らはこれまでに、植物乳酸菌として、ラクトバシラス プランタルムSN13T株、ラクトバシラス プランタルムSN26T株、ラクトバシラス プランタルムSN35N株、ラクトバシラス プランタルムSN35M株、ラクトコッカス ラクティス サブスペシース ラクティス SN26N株、エンテロコッカス スペシースSN21I株、およびエンテロコッカス ムンディティSN29N株などを分離している。また、他にも多くの植物乳酸菌が知られている。しかし、このような多種多様な植物乳酸菌の中で、TSST−1産生阻害活性を有しかつ分子量100kDa以上である、ポリペプチドおよび脂質を主構成成分とする化合物を、その培養上清中に産生するという優れた効果を有している乳酸菌が存在することは、全く知られていなかった。なお、上記化合物は、親水基と疎水基とをあわせもつことから、いわゆる「バイオサーファクタント」であると考えられる。
【0026】
〔3.TSST−1産生阻害剤およびその製造方法〕
本発明者らは、厳しい生育環境に適応していく過程にて、植物乳酸菌が新たな能力を獲得している可能性があると考え、果物や野菜、花、薬用植物などに生育する植物乳酸菌に着目して、ヘルスケア機能性分子を産生する能力を有する株の分離探索を行い、その結果、病原性黄色ブドウ球菌が生成する病原毒素TSST−1の産生を阻害する物質を産生する植物乳酸菌を見出し、本発明を完成するに至った。具体的には、Sta. aureus FT2991株のTSST−1産生能を阻害する菌株の探索を行い、その結果、特にLactobacillus属乳酸菌の培養上清が、上記TSST−1産生能を阻害していることを見出し、中でも、Lb. reuteriのBM53−1株の培養上清が、上記TSST−1産生能を非常に強力に阻害していたことを見出した。さらに、これらの植物乳酸菌によるSST−1産生阻害が、分子量100kDa以上の化合物によって引き起こされていることを見出した。産生した環状ジペプチドによってTSST−1産生を阻害するとこれまでに報告されている菌株がLb. reuteriであったことから、Lb. reuteriは種特異的にTSST−1産生を阻害する能力を有している可能性があると考えられる。また、植物乳酸菌BM53−1株株の分類学的同定を行った結果、Lactobacillus reuteriであった。このことにより、本発明者らが見出した毒素産生阻害物質は、病原性黄色ブドウ球菌の産生するTSST−1の産生を転写レベルで阻害していることが推定された。
【0027】
一実施形態において、本発明は、TSST−1産生阻害剤を提供する。本発明に係るTSST−1産生阻害剤は、Lactobacillus属の植物乳酸菌の培養上清または該培養上清からの精製物(TSST−1産生を阻害する活性物質を含む画分)を含有しており、TSST−1産生阻害活性を有する物質として、分子量100kDa以上である、ポリペプチドおよび脂質を主構成成分とする化合物を含んでいることを特徴としている。
【0028】
上記活性物質は、熱に安定であり、陽イオン交換カラムに吸着しない。そして、上記活性物質は、その陽イオン交換カラムの未吸着画分を0〜40%飽和硫酸アンモニウムによる沈殿に分画される。
【0029】
本発明に係るTSST−1産生阻害剤において、上記植物乳酸菌は、Lb. plantarum、Pd. pentosaceusまたはLb. reuteriであることが好ましく、Lb. plantarumとしては、Lb. plantarum SN13T株またはLb. plantarum SN35N株が好ましく、Pd. pentosaceusとしてはPd. pentosaceus LP28株が好ましく、Lb. reuteriとしてはLb. reuteri BM53−1株、Lb. reuteri BM53−3株およびLb. reuteri BM53−4株からなる群より選択されるものが好ましい。
【0030】
ラクトバシラス ロイテリBM53−1(Lb. reuteri BM53−1)株は、本発明者らによってマタタビの葉から分離された菌株であり、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)特許微生物寄託センター(292−0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)へ、受託番号NITE−02126(受領日:2015年10月1日)として寄託されている。
【0031】
ラクトバシラス プランタルムSN35N(Lb. plantarum SN35N)株は、本発明者らによって分離された菌株であり、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)特許微生物寄託センター(292−0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)へ、受託番号NITE BP−6(受託日:2004年7月6日、移管日:2009年2月16日)として寄託されており、以下の菌学的性質を有する:ナシからの分離株、グラム陽性乳酸桿菌、ホモ型醗酵、カタラーゼ陰性、芽胞形成能なし、好気条件下でも培養可、分類学上の位置は Lactobacillus plantarum。
【0032】
ラクトバシラス プランタルムSN13T(Lb. plantarum SN13T)株は、本発明者らによって分離された菌株であり、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)特許微生物寄託センター(292−0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)へ、受託番号NITE BP−7(受託日:2004年7月6日、移管日:2009年1月28日)として寄託されており、以下の菌学的性質を有する:タイ国産のナムというソーセージからの分離株、グラム陽性乳酸桿菌、ホモ型醗酵、カタラーゼ陰性、芽胞形成能なし、好気条件下でも培養可、分類学上の位置はLactobacillus plantarum。
【0033】
このような植物乳酸菌を用いることによって、TSST−1産生阻害活性を示す画分を容易に取得することができる。
【0034】
一実施形態において、本発明は、TSST−1産生阻害剤を製造する方法を提供し、上述したTSST−1産生阻害剤は、上記植物乳酸菌の培養上清を得る工程を包含する製造方法を用いて製造される。得られた培養上清がそのまま用いられても、その精製物(TSST−1産生を阻害する活性物質を含む画分)が用いられてもよい。すなわち、本発明に係るTSST−1産生阻害剤の製造方法は、上記培養上清からTSST−1産生阻害活性を有する物質を精製する工程をさらに包含してもよく、上記精製する工程は、分子量が15kDa以上である画分を回収する工程、陽イオン交換カラムクロマトの非吸着画分を回収する工程、0〜40%飽和硫酸アンモニウムによる沈殿画分を回収する工程が好ましい。
【0035】
上記精製物は、そのまま利用されてもよく、希釈、濃縮または凍結乾燥した後に、必要に応じて粉末又はペースト状に調製して用いられてもよい。また、TSST−1産生阻害活性を有する物質以外の夾雑物を除去したものや、必要に応じて、公知の方法で脱臭、脱色等の処理を施したものも、上記精製物の範囲内であることが意図される。
【0036】
本発明に係るTSST−1産生阻害剤は、TSST−1産生を阻害するための実験用試薬であっても、化粧用組成物(化粧品)であっても、医薬組成物または食用組成物を製造する際の添加剤であってもよく、医薬組成物または食用組成物として用いられてもよい。本発明に係るTSST−1産生阻害剤は、TSST−1の産生を阻害し得る機能性食品を製造するに特に有用である。
【0037】
本明細書中で使用される場合、用語「組成物」はその含有成分を単一組成物中に含有する態様と、単一キット中に別個に備えている態様であってもよい。すなわち、本発明に係る組成物は培地をさらに含んでいてもよいが、上記植物乳酸菌の生菌を生存可能に含有している組成物と醗酵原料とを別々に備えているキットの形態であってもよい。
【0038】
本発明を用いて製造される医薬組成物は、製薬分野における公知の方法により製造することができる。本発明に係る医薬組成物におけるTSST−1産生阻害活性を有する物質の含有量は、投与形態、投与方法などを考慮し、この医薬組成物を適切な量にて投与できるような量であれば特に限定されない。本発明に係る医薬組成物は経口投与されることが好ましく、経口投与に好ましい錠剤、カプセルなどの形態として調製され得る。経口投与される態様(すなわち経口剤)の場合、例えばデンプン、乳糖、白糖、マンニット、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、無機塩などが医薬用担体として利用される。また経口剤を調製する際、更に結合剤、崩壊剤、界面活性剤、潤滑剤、流動性促進剤、矯味剤、着色剤、香料などを配合してもよい。安定化剤、抗酸化剤などのような補助物質もまた、本発明に係る医薬組成物中に存在し得る。本発明に係る医薬組成物はそのまま経口投与するほか、任意の飲食品に添加して日常的に摂取させることもできる。投与および摂取は、所望の投与量範囲内において、1日内において単回で、または数回に分けて行ってもよい。
【0039】
本発明を用いて製造される食用組成物は、TSST−1産生を阻害するための食用組成物(すなわち、食品、飲料など)であり、健康食品(機能性食品)として極めて有用である。本発明に係る食用組成物の製造法は特に限定されず、調理、加工および一般に用いられている食品または飲料の製造法による製造を挙げることができ、本発明によって得られたTSST−1産生阻害活性を有する物質が、その食品または飲料中に含有されていればよい。本発明に係る食用組成物としては、例えば、乳製品(例えば、ヨーグルト)、健康食品(例えば、カプセル、タブレット、粉末)、飲料(例えば、乳飲料、野菜飲料など)、ドリンク剤などが挙げられるがこれらに限定されない。
【実施例】
【0040】
当研究室で分離され、既に商品の製造等に使用されているLb.plantarum SN35N株、Lb.plantarum SN13T株、P.pentosaceus LP28株のほか、新しくマタタビから探索分離したBM53−1株等が、TSST−1産生を阻害する物質を産生するのか否かを検討した。
【0041】
〔培地の調製〕
MRS培地を調製した。組成を以下に示す。
カゼインペプトン 10(g/L)
肉エキス 10
酵母エキス 4
セロビオース 20
クエン酸三アンモニウム 2
酢酸ナトリウム 5
硫酸マグネシウム7水和物 0.2
硫酸マンガン4水和物 0.05
リン酸二カリウム 2
Tween 80 1
(以上をHClにてpH6.4に調整)
上記組成のMRS培地に、最終濃度が2%になるようにセロビオースを添加したものを、植物乳酸菌の培養に用いた。一晩培養した各種植物乳酸菌の培養液を、NaOHにてpH7.0に調整した後にポアサイズ0.20μmのメンブレンフィルターを用いて濾過滅菌した。
【0042】
また、BHI培地(BHIブロス)およびLBブロスの組成を以下に示す。
【0043】
[BHIブロス]
Brain heart infusion form (solids) 6(g/L)
Peptic digest of animal tissue 6
デキストロース 3
塩化ナトリウム 5
リン酸水素二ナトリウム 2.5
[LBブロス]
トリプトース 10(g/L)
酵母抽出物 5
塩化ナトリウム 5。
【0044】
候補株である乳酸菌をBHI培地で48時間嫌気培養した。回収した培養上清中で、さらにTSST−1産生能を有する被検菌Sta. aureus FT2991株を好気培養した。その後、FT2991株によって培養上清中に放出されたTSST−1を、TST−RPLA「生研」(デンカ生研)を用いて検出した。本キットに含まれるTSST−1特異的抗体感作ラテックス粒子は、その試料中のTSST−1と反応し、凝集を起こす。丸底96ウエルプレートのウエル中で凝集を起こしたラテックス粒子は、壁一面に広がった状態となるが、TSST−1が存在しない場合はラテックス粒子が底に沈殿するため、沈殿の有無によって判定することができる。TSST−1発現を抑制することが報告されているcyclo(L−Phe−L−Pro)を、最終濃度10mMとなるように添加したものを、抑制反応のコントロールとして用いた。また、BHI培地でのFT2991株の培養上清を、TSST−1発現阻害活性のポジティブコントロールサンプルとした。
【0045】
〔TSST−1産生阻害能〕
TSST−1を産生するSta. aureus FT2991株のグリセロールストック(−80℃にて保存)を、最終濃度が0.1%になるようにLBブロスに接種し、37℃で24時間静置培養した。この培養液5μLを、最終濃度4%の乳酸菌培養液を含むBHIブロスに添加し、37℃で培養した。20時間培養した後に、12,000×g、10分間の遠心分離した。沈殿した菌体および培養上清を回収し、−20℃にて保存した。TSST−1の検出には、TST−RPLA「生研」キット(デンカ生研)を使用した。
【0046】
黄色ブドウ球菌培養上清サンプルを、キットに付属された希釈液にて20倍に希釈した(20倍希釈サンプル)。96ウエルのコニカル底プレートに希釈液を15μL分注し、続いて20倍希釈サンプルを5μL添加した。さらに、TSST−1抗体感作ラテックス20μLを添加し、プレートミキサーで撹拌した。室温で一晩静置し、ラテックス沈降の有無に基づいてTSST−1産生度を判断した。
【0047】
本キットに含まれるTSST−1特異的抗体感作ラテックス粒子は、その試料中のTSST−1と反応し、凝集を起こす。丸底96ウエルプレートのウエル中で凝集を起こしたラテックス粒子は、壁一面に広がった状態となるが、TSST−1が存在しない場合はラテックス粒子が底に沈殿するため、沈殿の有無によって判定することができる。培養上清を、キットに付属された希釈液を使用して20倍希釈し、サンプルとした。96ウエルのコニカル底プレートに希釈液を15μL分注し、続いて20倍希釈のサンプルを5μL添加した。さらに、TSST−1抗体感作ラテックス20μLを添加し、プレートミキサーを用いて撹拌した。室温で一晩静置し、ラテックス沈降の有無からTSST−1産生度を判断した。
【0048】
本実験にて使用した乳酸菌(図1aの1〜5)は以下のとおりである:1.Lb. plantarum SN13T、2.Lb. plantarum SN35N、3.Pd. pentosaceus LP28、4.Lb. reuteri BM53−1株、5.乳酸菌無添加。図1aに示すように、用いた4つの植物乳酸菌(SN35N株、SN13T株、LP28株、BM53−1株)の培養上清はいずれもTSST−1凝集反応を抑制することがわかった。特に、BM53−1株の培養上清は、他の菌と比べて強力な阻害活性を示した。
【0049】
〔TSST−1産生阻害物質〕
他の研究グループによってヒトから分離されたLb.reuteri RC−14株の産生する環状ジペプチド(分子量245.3)がTSST−1産生を抑制することが報告されている。そこで、BM53−1株が産生する活性物質(TSST−1産生阻害物質)が上記環状ジペプチドと全く異なる物質であるか否かを確認した。
【0050】
BM53−1株の培養上清中に含まれる物質を、限外濾過膜3K MWCO(ミリポア社)用いて、膜通過画分と膜保持画分とに分画した。培養上清のpHを7.0に調整した後に、100℃で10分間の熱処理を行った。
【0051】
各サンプルを最終濃度が4%になるようにそれぞれBHIブロスに添加し、さらにSta. aureusの種培養液を加えた。20時間培養した後に遠心分離し、回収した上清を用いてTST−RPLAキットによるSST−1の検出を行った。
【0052】
図1bの1〜7に含まれる乳酸菌画分は以下のとおりである:1.乳酸菌無添加、2.BM53−1株培養上清、3.熱処理後のBM53−1株培養上清、4.BM53−1株培養上清の3K MWCO膜保持画分、5.BM53−1株培養上清の3K MWCO膜通過画分、6.BM53−1株培養上清のクロロホルム抽出画分、7.BM53−1株培養上清の酢酸エチル抽出画分。BM53−1株の産生するTSST−1産生阻害物質は、100℃で10分間の熱処理に安定であり、分子量は少なくとも15kDa以上であることがわかった。このことは、上記物質が、Lb. reuteri RC−14株によって産生される環状ジペプチド(分子量245.3)と全く異なることを示している。
【0053】
そこで、上記活性物質のカラムへの吸着性を調べた。具体的には、BM53−1株由来の3K MWCO保持液を20mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.2)で平衡化したToyoPearl SP−650Sカラムにアプライし、同じ緩衝液を用いた洗浄画分を回収し、回収した画分を、0.5M NaClを含む20mM酢酸ナトリウム緩衝液で透析した。
【0054】
図1cの1〜6に含まれる乳酸菌画分は以下のとおりである:1.BM53−1株培養上清(カラム未使用)、2.BM53−1株培養上清のカラム非吸着画分、3.BM53−1株培養上清のカラム洗浄画分(非吸着画分)、4.BM53−1株培養上清のカラム吸着画分(0.1M NaClにて溶出)、5.BM53−1株培養上清のカラム吸着画分(0.5M NaClにて溶出)、6.乳酸菌無添加。BM53−1株由来のTSST−1毒性阻害物質は、ToyoPearl SP−650Sカラムにほとんど吸着されず、洗浄画分、すなわち、カラム通過画分として回収された。
【0055】
この毒素阻害活性画分を20mMリン酸緩衝液に置換した後、硫酸アンモニウムを40%飽和となるように溶解し、遠心分離により沈殿(0〜40%飽和硫酸アンモニウム沈殿画分)と上清とに分けた。この上清に硫酸アンモニウムを80%飽和となるように溶解し、遠心分離により沈殿(40〜80%飽和硫酸アンモニウム沈殿画分)を得た。各飽和硫酸アンモニウムによる沈殿画分を20mMリン酸緩衝液に置換した後、ポアサイズ0.20μmのフィルターを用いて殺菌濾過し、それをBHIブロスに最終濃度が4%になるように添加し、Sta. aureusの種培養液を最終濃度が0.5%になるように接種し、37℃で静置培養した。図1dの1〜4に含まれる乳酸菌画分は以下のとおりである:1.乳酸菌無添加、2.BM53−1株培養上清のカラム洗浄画分(0〜40%飽和硫酸アンモニウム沈殿画分)、3.BM53−1株培養上清のカラム洗浄画分(40〜80%飽和硫酸アンモニウム沈殿画分)、4.2.BM53−1株培養上清のカラム洗浄画分(80%〜飽和硫酸アンモニウム沈殿画分)。TSST−1凝集反応を抑制する物質は、ToyoPearl SP−650Sカラム洗浄画分の0〜40%飽和硫酸アンモニウム沈殿画分に含まれていることが明らかとなった。
【0056】
〔TSST−1産生阻害機構〕
上記結果からは、TSST−1産生阻害活性はBM53−1株の産生する何らかの酵素反応の組合せによってTSST−1の分解を引き起こしているのか、それともTSST−1毒素遺伝子の発現が転写レベルで阻害されているのかが不明である。そこで、この点を確認するために、ウエスタンブロッティング法でタンパク質発現量および遺伝子発現量を、それぞれウエスタンブロッティング法およびRT−PCR法によって解析した。
【0057】
BM53−1株の培養上清の、3K MWCO膜保持画分およびToyoPearl SP−650S洗浄画分の各々を、Sta. aureus用BHI培地へ添加し、当該培地中にてSta. aureusを培養し、培養後の培養上清を遠心分離によって回収した。得られた上清にTCA(最終濃度14%)を添加し、4℃で一晩静置してタンパク質を沈殿させた。沈殿したタンパク質を回収し、100%アセトンで2回洗浄した後に微量の緩衝液に溶解してSDS−PAGEに供した。SDS−PAGEの後のゲルを、トランスファーバッファーに浸して5分間振とうし、同じくトランスファーバッファーを十分にしみ込ませた濾紙3枚とメンブレンにゲルを挟み、トランスファー装置にセットして、25Vの定電圧下にて1時間通電することによってタンパク質をゲルからメンブレンへトランスファーした。トランスファー後のメンブレンをブロッキングバッファーに浸して1時間振とうし、1/10000希釈した坑−TSST1抗体(Anti−Staphylococcus aureus TSST−1(Mouse),Cosmo)を10μL加えて、さらに1時間振とうした。メンブレンをT−TBSバッファーに浸し、5分間×3回の洗浄を行った後に、二次抗体液(1/10000希釈したHRP標識化抗マウスIgG)に1時間浸し、ECL Advance Western Blotting Detection Kit(GEヘルスケア社)を用いる化学発光法によってバンドの検出を行った。
【0058】
結果を図2に示す。1.Sta. aureus無添加、2.Sta. aureus+BM53−1株 3K MWCO膜保持画分、3.Sta. aureus+BM53−1株 ToyoPearl SP−650S洗浄画分を示す。図に示すように、BM53−1株のサンプルを添加した際のS.aureusの培養液中に存在するTSST−1タンパク質の発現量が、BM53−1株のサンプルを添加しない場合にS.aureusの培養液中に存在するTSST−1タンパク質の発現量よりも明らかに低下した。
【0059】
多剤耐性菌の出現を防ぐために抗生物質の適正使用が求められている。しかし、微生物自体が進化する能力を有する生物である以上、薬剤耐性菌の出現を完全に防ぐことは不可能に近く、抗生物質のみによって感染症をコントロールすることは非常に困難である。このような状況下において、新たな耐性菌の出現を阻止するために、抗生物質に用いることなく病原因子を制御する技術が注目されている。単に病原菌を殺すのでなく、病原菌本体を含めた病原因子の除去を目的とした治療法の開発が急速に進められており、具体的には、毒素タンパク質の機能解析やその発現制御機構、菌の宿主細胞への付着メカニズムなどを明らかにすることによって、その制御法を見出すことを目的とした研究が行われている。
【0060】
Sta. aureusは、宿主中の生存環境に適応するために必要な種々のaccessory geneを保有しており、それらの発現は増殖サイクルと独立した制御因子の相互作用によって制御されている。特に、agrquorum sensing system(以下、agrシステムという。)と称される2成分制御システムがその主な役割を担っており、TSST−1産生についても本制御系の関与が示唆されている。
【0061】
agrシステムは、菌体密度に応じて菌体外へ放出されるリガンド分子であるオートインデューサーペプチド(AIP)が閾値量を超えた際に、目的とする遺伝子の発現が誘導/促進されるシステムである。このシステムにはagrA〜Dの4つの遺伝子が関与していると考えられており、agrDにコードされているAIPは、転写後AgrBによって修飾され、そして菌体外へ輸送される。
【0062】
AIPが、膜貫通タンパク質であるセンサーキナーゼのAgrCに結合すると、レスポンスレギュレーターであるAgrAが活性化される。そして、agrシステム遺伝子のプロモーターであるP2プロモーター、さらに種々の遺伝子の発現促進に関与するRNAIIIを転写するP3プロモーターを活性化することによって、急速に遺伝子発現が促進される。このシステムの支配下には免疫耐性や細胞付着能、さらにenterotoxin産生などの病原性因子を司る分子も含まれており、これらの要因がヒトの体内で複合的に作用することによって種々の疾患を引き起こすと考えられている。
【0063】
以上のように、微生物が自らの環境中における生息密度を感知し、それに応じて遺伝子の発現をコントロールする、という仕組みを、クオラムセンシングと称するのに対して、シグナルを分解するかまたはその受容体への結合を妨害することによって、クオラムセンシングを抑制することをクオラムクエンチングと称する。微生物が共存する際に産生される物質の中には、クオラムクエンチング作用を呈するものが存在することが知られており、これらの物質は病原因子発現抑制の手段として注目されている。
【0064】
乳酸菌は、長年にわたって、発酵食品として、そしてプロバイオティクスとして、日常の食生活の中に溶け込んでおり、多くの保健機能性を有することが明らかとなっている。このことから、クオラムクエンチング活性を有する分子が産生されている可能性が十分に期待される。また、クオラムクエンチング活性を有する分子を産生する乳酸菌は、新規の治療法にとどまらず、疾病予防効果のあるプロバイオティクスとして、その利用価値は高い。実際、ヒトの膣由来の動物乳酸菌であるLb. reuteri RC−14株が産生する環状ジペプチドがagrシステムのアンタゴニストとなり、TSST−1発現を抑制することが、これまでに報告されている。
【0065】
上述したように、黄色ブドウ球菌には、二つのクオラムセンシング(SQS1&2)システムの存在が報告されている。SQS1は、RNAIII活性化タンパク質(RAP)と、その標的分子であるTRAPから構成されている。一方、SQS2は、遺伝子調節系agrの生産物で構成される。agrが活性化されるとRNAIIおよびRNAIIIが産生し、そのRNAIIIがヘモリシンだけでなくTSST−1の発現を誘導する。そこで、まずTSST−1の発現を制御するagrと、RNAIIIをコードするhld遺伝子の発現量をmRNAレベルで確認した。
【0066】
具体的には、上述したBM53−1株の0〜40%飽和硫酸アンモニウム沈殿画分中を添加してSta. aureusを培養し、培養後のSta. aureusの菌体を遠心分離によって回収し、100μLのTE緩衝液で1回洗浄した。洗浄後の菌体を、20mg/mLリゾチームおよび2mg/mLリゾスタフィンを含有するTE緩衝液に再懸濁したサンプルを、37℃で1時間インキュベートした。illustra RNA spin Mini RNA Isolation Kit(GEヘルスケア社)を用いて、インキュベート後のサンプルからRNAを精製し、生成したRNAをリアルタイム定量RT−PCR法に供して遺伝子発現量を解析した。なお、内部標準として16S−RNAを用いたcomparative Gt methodによって解析した。
【0067】
図3に示すように、BM53−1株が産生したTSST−1産生阻害物質が、Sta. aureusのagrAの活性化を阻害するとともに、RNAIIIおよびTSST−1の遺伝子の発現を低下させることがわかった。このTSST−1産生阻害物質(すなわちTSST−1発現阻害物質)は、難治性の感染症を引き起こす黄色ブドウ球菌の予防治療法の開発につながるものと期待される。
【0068】
ところで、1つの分子中に水に馴染みやすい親水基と、馴染みにくい疎水基とを併せもった物質が存在する。この分子は、界面に作用して、水と油のように互いに混じり合わない液体を混ぜ合わせたり(乳化という。)、固体表面に作用させて各種媒体中に分散(分散安定化)させたりすることができる。微生物が生成する、このような性質の物質は「バイオサーファクタント」と呼ばれている。「バイオサーファクタント」は、微生物が産生する天然由来の界面活性剤であり、糖系、アミノ酸系、高分子系などの種々の構造に分類される。
【0069】
バイオサーファクタントの特徴として以下のようなことが知られている:(1)高い生分解性を示し、環境に優しい;(2)幅広い界面活性作用(乳化・分散・保湿)を有し、化学合成品と比較して低濃度で効果を発揮する;さらには(3)抗菌性や抗腫瘍活性などの生理活性を示すものがある。近年、環境適合性と機能性とを兼ね備えた新しいバイオ素材として、食品分野、化粧品分野、ライフサイエンス分野、環境分野、エネルギー分野での応用が期待されている。
【0070】
本実施例の結果から、BM53−1株が産生するTSST−1産生阻害物質は、バイオサーファクタントである可能性が考えられた。そこで、上記TSST−1産生阻害物質の界面活性テストを行った。具体的には、上述したBM53−1株培養上清の3K MWCO膜保持画分を20mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.2)で平衡化したToyoPearl SP−650Sカラムにアプライし、同じ緩衝液を用いた洗浄画分を回収した。この洗浄画分(カラム通過画分)25μLに同量のヘキサデカンを加えて5分間攪拌した後に10分間静置した。
【0071】
図4に示すように、BM53−1株が産生するTSST−1産生阻害物質にヘキサデカンを加えた場合に乳化部分が観察された(図中2)。この結果は、BM53−1株が産生するTSST−1産生阻害物質が脂質を主構成成分とする化合物であり、バイオサーファクタントであることを示している。なお、乳化部分の高さから判断すると、上記バイオサーファクタントの乳化能力は極めて高いということが示唆される。
【0072】
次いで、回収した上記カラム通過画分を蒸留水で透析し、HiLoad26/60カラムでゲルろ過を行い、活性画分を集めてSDS−PAGEに供し、泳動後のゲルをCBB染色した。
【0073】
図5に示すように、BM53−1株が産生するTSST−1産生阻害物質は、分子量100kDa以上である、ポリペプチドを主構成成分とする化合物であることがわかった。
【0074】
本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【0075】
発明の詳細な説明の項においてなされた具体的な実施形態または実施例は、あくまでも、本発明の技術内容を明らかにするものであって、そのような具体例にのみ限定して狭義に解釈されるべきものではなく、本発明の精神と次に記載する特許請求の範囲内において、いろいろと変更して実施することができるものである。
【産業上の利用可能性】
【0076】
植物乳酸菌Lb. reuteri BM53−1株の産生する物質は病原菌の生育を阻害しないので、病原細菌の感染後に、毒素によって誘発される疾患の治療薬として利用し得る。上記物質は、抗生物質に代わる細菌感染症の次世代治療薬として期待される。また、上記物質の化学構造が明らかにすれば、抗生物質と異なる「細菌感染症治療薬」のリード化合物としての実用化を十分に期待することができる。また、乳酸菌がヒトの健康に悪影響を与えた例がないことから、上記物質を生成する乳酸菌を用いることによって、腸内に感染した悪玉菌の毒素産生能を阻害する機能を有する食品を創出することが可能である。このように、本発明は、医薬や食品などに関連する分野における産業の発達に大いに寄与する。
図1a
図1b
図1c
図1d
図2
図3
図4
図5