特許第6711087号(P6711087)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6711087区間分割によるバックグラウンド補正方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6711087
(24)【登録日】2020年6月1日
(45)【発行日】2020年6月17日
(54)【発明の名称】区間分割によるバックグラウンド補正方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 30/86 20060101AFI20200608BHJP
   G01N 30/88 20060101ALI20200608BHJP
【FI】
   G01N30/86 H
   G01N30/88 Q
【請求項の数】2
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2016-74624(P2016-74624)
(22)【出願日】2016年4月1日
(65)【公開番号】特開2017-187319(P2017-187319A)
(43)【公開日】2017年10月12日
【審査請求日】2019年3月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】植松 原一
【審査官】 倉持 俊輔
(56)【参考文献】
【文献】 特開平07−151739(JP,A)
【文献】 特開平07−128317(JP,A)
【文献】 特開2015−021931(JP,A)
【文献】 特開2012−145382(JP,A)
【文献】 特開2002−031627(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/86,30/88,
B01J 20/281,
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2種類以上の溶離液を切り替えて分離を行う液体クロマトグラフィにおける、ルーチン測定時の検出器出力のバックグラウンドを補正する方法であって、
ルーチン測定と同じ測定条件にてバックグラウンドデータおよびボイドピークが確認できる基準クロマトグラムを各々1度測定し、
ルーチン測定時
前記基準クロマトグラムのボイドピーク溶出時間と、ルーチン測定時に取得したクロマトグラムのボイドピーク溶出時間との比から正係数を算出し
測定開始時に使用する溶離液の区間では、時間データに前記補正係数を乗じることで前記基準クロマトグラムのバックグラウンドデータを補正し、
2種類目以降の溶離液の区間では、溶離液が切り替わる時間からの経過時間に前記補正係数を乗じた時間に、前記溶離液の切り替わる時間を加算することで前記基準クロマトグラムのバックグラウンドデータを補正し、
ルーチン測定時に取得したクロマトグラムから、前記補正後のバックグラウンドデータをルーチン測定時に取得したクロマトグラムのサンプリングピッチに揃えたものをそれぞれ減算処理すること特徴とする前記方法。
【請求項2】
アフィニティモード液体クロマトグラフィによるHbA1cの分離定量における、請求項1に記載のバックグラウンド補正方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアフィニティクロマト法でのバックグラウンド補正方法に関する。
【背景技術】
【0002】
血液中のヘモグロビンは、α鎖N末端のアミノ酸のバリンのアミノ基とグルコースのアルデヒド基の間の非酵素的な反応によりグルコースと結合する。この結合の第一段階は、可逆的なシッフ塩基反応であるが、さらにアマドリ転移反応を経て不可逆的なケトアミンを形成する。このようにして生成するヘモグロビンとグルコースの結合物は、ヘモグロビンA1c(以下、HbA1cともいう)として知られている。ヘモグロビンの血液中での寿命は約3ヵ月であり、その間グルコースと結合して生成するHbA1cが徐々に蓄積するが、その一方で寿命が尽きたHbA1cは逐次分解されていく。すなわち、ある時点で血液中に存在しているHbA1cの濃度は、その時点からヘモグロビンの寿命のおよそ半分の1から2ヵ月程遡った過去の血液中のグルコース濃度、すなわち血糖濃度を平均的に反映するものである。このような特徴を有するHbA1cは、一般的な糖尿病の指標である血糖濃度等のように一時的な変動が無く過去の血糖状態を正確に把握できる。
【0003】
HbA1cの測定方法としては、高速液体クロマトグラフィ法、免疫学的方法、酵素法などが知られている。
【0004】
免疫学的方法は、ラテックスを用いた免疫反応を利用してHbA1cを測定する方法である。前処理が必要ではあるが、生化学自動分析装置で測定可能な試薬もあり、大量処理に向いている(特許文献1参照)。酵素法は、酵素により、HbA1cの糖化ジペプジドを切り出し、それをオキシダーゼ、ペルオキシダーゼによる発色へ導き測定する方法である。生化学自動分析装置で測定可能であり、大量処理に向いている(特許文献2参照)。
【0005】
高速液体クロマトグラフィ法はカラムによりHbA1cを分離してその面積比率から定量を行うものである(図1参照)。大量処理には向かないとされてきたが、近年分析時間が大幅に短縮され、現在のところ採用施設も多く実質的な標準的測定方法である。高速液体クロマトグラフィ法は、分離モードによりイオン交換モード法とアフィニティモード法に大別される。
【0006】
イオン交換モード法はHbA1cの電荷の違いにより分離する方法(特許文献3参照)、アフィニティモード法は、ホウ酸がHbA1cのシスジオール結合にアフィニティ結合する性質を利用した方法(特許文献4参照)である。図2はイオン交換モード、および、アフィニティモードでの代表的なクロマトグラムである。何れのモードのクロマトグラフィでも、単一の溶離液で分離(アイソクラティック)では分離することが困難なことから、溶離液の組成を何らかの方法で時間と共に変化させて分離を行う溶媒グラジエントで実施される。溶媒グラジエントは、複数の送液ポンプを配してポンプの下流側で組成を変化させる高圧グラジエント(吐出グラジエント)や、1台のポンプの上流側に溶離液切り替え用の切替弁(電磁弁等)を配して組成を変化させる低圧グラジエント(吸引グラジエント)など幾つかの方法が知られているが、HbA1c分析においては、後者の低圧グラジエント(吸引グラジエント)が採用されることが多い。
【0007】
クロマト法でのHbA1c測定での検出器には吸光度検出器を用いられる。HbA1cの特異的吸収がある415nm付近の吸収の度合いにより、分離カラムから溶出した成分を定量的に検出する。
【0008】
しかしながら、溶媒グラジエントを実施した場合、溶離液組成が変化することで、僅かであるが検出器のベースラインが変化する。溶離液組成の変化による吸収係数が微妙に変化すること、および、溶離液組成の変化により検出器セル内で組成が不均一になることで屈折率の変化することに起因している。ステップグラジエントでは、組成変化が急であり、非連続的であることから、検出器のベースラインも大きく変化したり、ノイズとしてベースラインに現れることもある。図3はバックグラウンドの影響を模式的に示した図である。図3b1のように正しく見えるクロマトグラムでも、ピーク内にベースライン変動を含み、面積や高さといった定量値が真の値より高くなってしまうことがある。また、ベースライン変動がピーク状として現れるような場合は、目的の試料成分のピークの検出が不安定になったり、定量性を低下させる原因にもなる(図3)。
【0009】
イオン交換モードでの溶離液には、リン酸等の塩の濃度やpHが異なる種類の緩衝液が使用されることが多い。それに対してアフィニティモードでは、HbA1cを分離材と吸着させる溶離液として、分離材のボロネートアニオンとA1cの1,2−シスジオールが結合できる塩基性緩衝液を使用する。一般的にグリシン、硫酸ナトリウムを比較的高い濃度で含有することが多い。また、HbA1cを分離材から乖離させる溶離液として、糖類またはアミンを含有する緩衝液を使用する。一般的にはソルビトールを比較的高い濃度で含有することが多い。
【0010】
このように、アフィニティモードでHbA1cの分離を行う場合、イオン交換モードと比較して溶離液同士の組成の違いが大きく、また粘度も高いため、溶離液切り替えにより、検出器のベースライン変動が大きくなってしまい、定量性を低下させる要因の1つになっている。
【0011】
このような検出器のベース変動の影響を回避するため、異なる溶離液の混合を促す「ミキサ」と称される混合器を試料注入機構の前段に挿入し、溶離液組成変化を緩やかにし検出器ベースラインへの影響を少なくする方策などで対応することがある。しかしながら、「ミキサ」を挿入することで、デッドボリュームが増え、グラジエントが実際に効力を発揮するまでの時間がかかり、分離時間が長くなる欠点を伴ってしまう。
【0012】
別の方法として、光学的に溶媒組成変化を補正する方法を用いることもある。
その一例として、2波長測定によるバックグラウンド補正が挙げられる。
目的の試料成分に対して吸収がある波長を第1波長とし、目的の試料成分に対して吸収がなく、溶離液変化にのみ前記第1波長と同程度の吸収がある波長を第2波長とし、2つの波長で同時に測定を行い、第1波長の吸光度から第2波長の吸光度を差し引くことで、溶離液変化によるベースライン変動を補正する方法である。第1波長と第2波長を1つの光学系で測定可能な検出器を使用することも可能であるが、第1波長測定用の検出器と第2波長測定用の検出器を直列に配して使用しても、ほぼ、同様の効果が得られる(図4参照)。しかしながら、実際の測定系では吸収スペクトルに僅かな差異があり、溶離液変動によるベースライン変動を完全には取り除くことはできない。
【0013】
また、別の方法として、目的の試料成分に吸収のある波長で、事前にバックグラウンドを事前に測定しておき、補正する方法を用いることもある(図5、6参照)。この場合、試料を注入することなく、溶媒グラジエントによるベースライン変動(バックグラウンド)を測定し、記憶させておく。次に実試料を測定し、溶媒グラジエントによるベースライン変動を含んだクロマトグラムを測定し、前者のバックグラウンドを差し引くことで、真のクロマトグラムを算出するものである。この方法は、バックグラウンドと試料は同じ波長で測定することから、2波長測定法のようなスペクトルの差異が生じることが無く、理論上、より正確なクロマトグラムと成り得る。バックグラウンドの測定は、ルーチン測定を行う前に1回のみ行う方法(図5参照)や、ルーチン測定と交互あるいは定期的に行う方法(図6参照)などがある。バックグラウンド測定時と試料測定時の条件が近いほど、両者の減算処理により、より正確なクロマトグラムが得られる。後者の方法は正確な減算処理が可能でより正確な結果が得られるが、頻繁にバックグラウンド測定を実行するため、全体の処理時間が大幅に長くなる欠点がある。一方、前者の方法は、処理時間は短いものの、バックグラウンド測定と試料測定の条件に乖離が生じやすく、正確減算処理が正確に実行できず、正確な結果が得られないことがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2012−251789
【特許文献2】特開2010−187604
【特許文献3】特開平09−304382
【特許文献4】特開2002−139481
【特許文献5】特開2007−315942
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
溶離液切り替えによる検出器のベースライン変動の影響を最小にする方法として、前記で示した光学的な方法や、事前にバックグラウンドを測定しておく方法などが開示されている。しかし前者の方法でも、完全にその影響を排除することはできず、後者の方法は
事前にバックグラウンドデータを測定しておく方法では余分な工数が生じたりして効率的な方法ではない。本発明では、事前にバックグラウンドデータを一度だけ測定しておき、実検体測定時に算出された係数により前記バックグラウンドデータを加工した後、前記実検体測定時のクロマトグラムから減算し、溶離液切り替えによる検出器のベースライン変動の影響を排除する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
カラム交換時や溶離液のロット切り替え時など、測定条件が大幅に変化する時にバックグラウンドデータを1度測定し、ルーチン測定の検体毎に前記バックグラウンドデータを毎回補正処理し、検体のクロマトフラムから前記補正後のバックグラウンドデータを減算処理することにより、流量の僅かな変動による溶離液切り替えに起因するベースライン変動を排除し、正確な定量結果を得るものである。図10、13は全体の処理の流れを示した図である。以下に詳細な処理方法を説明する。
・ステップ1:ルーチン分析と同じ測定条件にて、基準となるバックグラウンドデータを取得する。検体をカラムに注入することなく、ステップグラジエントを実行し、検出器の出力変動(時間、出力)を記憶させる。
・ステップ2:ルーチン分析と同じ測定条件にて、基準となる実検体を1度測定し、システムのボイドに溶出するピークを検出し、溶出時間を記憶させる。
以上、ステップ1、2は測定条件が大幅に変化する時にのみ実行する。
・ステップ3:ルーチン分析を実施し、システムのボイドに溶出するピークを検出し、溶出時間と全体のクロマトグラム(検出器出力変動)を記憶させる。
・ステップ4:ステップ2とステップ3で得られたボイドピークの溶出時間の比率を算出し、補正係数(α)とする。
・ステップ5:ステップ4で得られた補正係数と、溶離液の切り替え時間により基準バックグラウンドデータ(ステップ1)を補正する。
・ステップ6:ステップ3で得られた実検体クロマトグラムから、ステップ5で得られた補正バックグラウンドを減算し、溶離液切り替えの影響を排除したクロマトグラムを作製する。
・ステップ7:ステップ4で得られた減算後のクロマトグラムで、ピーク検出、同定/定量処理を実施する。
【0017】
以上、ステップ3から7を実検体測定毎に繰り返す。
【0018】
ステップ4の補正係数(α)は、基準クロマトでのボイドピークの溶出時間(R)を検体クロマトでのボイドピークの溶出時間(RSn)で除算した値を使用する。補正係数(α)は検体毎に算出し以降の補正処理に使用する。
α=R/RSn
n=検体番号
ボイドピークは、カラムと相互作用を起こさないで溶出することから、カラムを含む注入バルブから検出部までのシステムのボイド容量を流量で除算した時間に溶出する。つまり、ボイドピークの溶出時間は流量の逆数(1/F、F:流量)と原点を通る1次式で表すことができる。同様に、溶離液の切り替えによるベースライン変動の開始時間も、流量の逆数(1/F、F:流量)に対して1次式で表すことができる。この場合、切片は溶離液の切り替え時間になる(図7参照)。アフィニティクロマトグラフィによるHbA1cの分離の場合、非糖化成分とHbA1cの2つのピークに分離し定量される。従って、非糖化成分はゲルに吸着せずに溶出するため、前記ボイドピークとして指標とすることができる(図8参照)。
【0019】
ステップ5の基準バックグラウンドデータの補正方法は以下の通りである(図9参照)。
分離において、溶離液変化が3区間で行われる場合を例として、補正方法を以下に説明する。区間1で溶離液1、区間2で溶離液2、区間3で溶離液3を使用して分離する例である。基準バックグラウンドデータは一定の時間間隔(サンプリングピッチ)で、経過期間とその時点の検出器の出力値(吸光度)が取得され記録される。
【0020】
<区間1:測定開始から溶離液1が送液されている区間>
区間1での時間データをTR11〜TR1m 、出力データAR11〜AR1m とする。データの組み合わせは、(TR11 、AR11)、(TR12 、AR12)、(TR13 、AR13)、・・・・・・、(TR1m 、AR1m)で称される。時間データに前記ステップ4で得られた補正係数(α)を乗じることで、時間データを補正し、流量変動を反映することができる。
補正後のバックグラウンドは、(TR11×α、AR11)、(TR12×α、AR12)、(TR13×α、AR13)、・・・・・・、(TR1m ×α、AR1m)の組み合わせに変換される。
【0021】
<区間2:溶離液2が送液されている区間>
区間2での時間データをTR21〜TR2n 、出力データAR21〜AR2n とする。データの組み合わせは、(TR21 、AR21)、(TR22 、AR22)、(TR23 、AR23)、・・・・・・、(TR2n 、AR2n)で称される。溶離液2に切り替わる時間からの経過時間に前記ステップ4で得られた補正係数(α)を乗じ、溶離液2に切り替わる時間を加算することで、流量の変動を補正することができる。補正後のバックグラウンドは、
((TR21−TR21)×α+TR21、AR21)、((TR22−TR21)×α+TR21 、AR22)、((TR23−TR21)×α+TR21 、AR23)、・・・・・・、((TR2n−TR21)×α+TR21 、AR2n)で称される。
【0022】
<区間3:溶離液3が送液されている区間>
区間3での時間データをTR31〜TR3n 、出力データAR31〜AR3n とする。データの組み合わせは、(TR31 、AR31)、(TR32 、AR32)、(TR33 、AR33)、・・・・・・、(TR3q 、AR3q)で称される。溶離液2に切り替わる時間からの経過時間に前記ステップ4で得られた補正係数(α)を乗じ、溶離液2に切り替わる時間を加算することで、流量の変動を補正することができる。補正後のバックグラウンドは、
((TR31−TR31)×α+TR31、AR31)、((TR32−TR31)×α+TR31 、AR32)、((TR33−TR31)×α+TR31 、AR23)、・・・・・・、((TR3q−TR31)×α+TR31 、AR3q)で称される。
【0023】
つまり、基準バックグラウンドのデータの組み合わせ(時間、出力)は、補正前は(2、4)であったものが、区間補正により(3、4)に変換される。
【0024】
【表1】
【0025】
次にステップ6の減算処理について説明する。
【0026】
ステップ3で得られた実検体クロマトグラムから、ステップ5で得られた補正後の基準バックグラウンドを減算し、溶離液切り替えの影響を排除したクロマトグラムを作製する。データの収集は一定の時間間隔(サンプリングピッチ)で実施され、(時間、出力)の組み合わせで収集/記憶/演算される。実検体のクロマトグラムは、このような一定間隔のデータであるが、ステップ5の結果得られた補正後の基準バックグラウンドデータは、時間データが一定間隔ではなくなっている。
【0027】
このため、実検体クロマトグラムから、ステップ5で得られた補正後の基準バックグラウンドを単純に減算処理することはできない。そこで、補正後の基準バックグラウンドを一般的な、補間処理、補外処理等により実検体クロマトグラムのサンプリングピッチに揃える演算処理を実施しておく。なお、前記補間処理、補外処理の方法は一般的な方法で特に指定するものではない。逆に実検体クロマトグラムのデータを補間処理、補外処理等により補正後の基準バックグラウンドデータに揃えて減算処理を行っても同じ効果が得られる。
【0028】
ステップ7として、前記ステップ6で得られた減算後の検体クロマトグラムに対して通常の、ピーク検出、同定/定量処理を実施する。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】一般的な高速液体クロマトグラフィによるグリコヘモグロビン分析計の流路系を示した模式図である。イオン交換モード時は符号8a、8b、8c、11a、11b、11cを用い3液のステップグラジエントを実施。アフィニティモード時は、符号8a、8b、11a、11bを用い2液のステップグラジエントを実施。
図2】一般的な高速液体クロマトグラフィによる分析結果の一例を示したクロマトグラムである。図aはイオン交換モード、図bはアフィニティモードによる結果である。
図3】溶離液切り替えによるバックグラウンドの影響を模式的に示した図である。図aは溶離液切り替えのパターン、図bは実検体のクロマトグラム、図cは実検体のクロマトグラムに含まれるバックグラウンドを示している。
図4】2波長測定による溶離液切り替えによるバックグラウンドの影響を排除する方法を模式的に示した図である。図aは1つの検出器、図bは2つの検出器による方法を示している。
図5】従来の方法である、事前に取得したバックグラウンドデータを実検体のクロマトグラムから減算する方法の一例を模式的に示した図である。
図6】従来の方法である、事前に取得したバックグラウンドデータを実検体のクロマトグラムから減算する方法の一例を模式的に示した図である。
図7】流量の変化に対するボイドピークおよび、溶離液切り替えによるベース変動の出現時間の関係を示した図である。
図8】本発明による区間分割でのバックグラウンド補正方法での補正係数の算出を模式的に示した図である。
図9】本発明による区間分割でのバックグラウンド補正方法を示した図である。
図10】本発明による区間分割でのバックグラウンド補正方法の流れを模式的に示した図である。
図11】本発明による区間分割でのバックグラウンド補正方法の流れを示した図である。
図12】実施例1および2の装置構成および流路図である。
図13】実施例1および2の本発明による区間分割でのバックグラウンド補正方法の流れを示した図である。
図14】実施例1および2の結果を示したクロマトグラムである。図aは基準バックグラウンド、図bは基準クロマトグラムである。
図15】実施例1および2の結果を示したクロマトグラムである。図aは補正を施した基準バックグラウンド、図bは検体クロマトグラムの一例、図cは検体クロマトクロマトグラムから補正を施したバックグラウンドを減算処理したクロマトグラムの一例である
図16】実施例1および2の結果を示したクロマトグラムである。図aは基準バックグラウンド、図bは補正を施した基準バックグラウンドのベース変動が大きな部分を拡大したクロマトグラムの一例である。
図17】実施例1および2の結果を示したクロマトグラムである。図aは基準バックグラウンドを補正しないで減算処理をして得られたクロマトグラム、図bは本発明により基準バックグラウンドを補正した後、減算処理をして得られたクロマトグラムである。
図18】実施例2の結果を示したクロマトグラムである。図aは検体クロマトグラム(未処理)、図bは本発明により基準バックグラウンドを補正した後、減算処理をして得られたクロマトグラムでのピーク検出状態を示したクロマトグラムである。
図19】実施例2の定量結果を示した図である。図aはA1c%の変動、図bは溶出時間の変動を示している
【実施例】
【0030】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、これら実施例は本発明を限定するものではない。
【0031】
(実施例1)
本発明の区間分割補正方法の効果を検証するため、2種類の溶離液によるアフィニティクロマト法でHbA1cの分離を以下のように行った。
【0032】
図12はその装置構成および流路を示した図である。装置は主に溶離液A送液ポンプ(24)、試料注入バルブ(2)、紫外可視検出器(5)で構成される。また、試料注入バルブと分析カラム間に一定容量のループ(28)を配した2位置6方切り替えバルブ(22)を配する構成とした。溶離液Bは前記ループ内(28)に事前に充填しておき(状態A)、前記切り替えバルブ(22)を切り替えることで、溶離液Aにより溶離液Bを押し出し、2液のステップグラジエントを実施した。
【0033】
溶離液A送液ポンプ(24)および溶離液B充填ポンプ(25)はKNF製の定量液体ポンプ(FMM20)を使用した。溶離液A送液ポンプ(24)は毎分0.25ミリリッタの流量で、溶離液B充填ポンプ(25)は溶離液充填時の適宜動作するようにした。
【0034】
試料注入バルブ(2)は高砂電気工業製のソレノイド駆動式2ポジション6ポートバルブ(MTV−6SL−N32UF−1)を、検出器(5)はLEDを光源としたサンプル側波長415nm、リファレンス側波長450nmで2波長同時測定可能であり、減算処理により溶離液切り替えのベースライン変動を一定程度排除できる可視検出器を使用した。データの収集は演算処理の精度向上のため、100msec毎に検出器の出力(吸光度)を記憶させ、補正等の演算処理を行った。
【0035】
分析カラムは内径1.5mm、長さ10mmに、メタクリレートポリマーを基材としm−アミノフェニルボロン酸を固定化した充てん剤であるTSKgel Boronate−5PW(東ソー製)を充填し使用した。A1c分離の溶離液A、Bおよび溶血液は東ソー製グリコヘモグロビン分析計HLC−723GHbV(アフィニティモード用)用溶離液を基本に一部濃度変更したものを使用した。ステップグラジエント(溶離液切り替え)は、0分から0.6分までを溶離液A、0.6分から1.05分までを溶離液Bが分析カラムに送液されるようにし、1.05分以降は再び溶離液Aで初期化を行った。検体はA1cが6.5%程度の全血、およびキャリブレータ(基準値:5.59%、10.33% 東ソー製)を使用した。
【0036】
まず、本発明の区間分割のバックグラウンド補正方法による、検体クロマトへの影響を検証した。基準となるバックグラウンドと基準となる検体クロマトグラムを1回測定し、その後、実検体を10回測定した。
【0037】
【表2】
【0038】
表2は基準クロマトでの非糖化成分ピーク(ボイドピーク)の溶出時間および、実際の検体測定での非糖化成分ピーク(ボイドピーク)の溶出時間(n=10)と、両者から算出された補正係数(α)を示したものである。
【0039】
補正係数(α)は基準クロマトでの非糖化成分ピーク(ボイドピーク)の溶出時間を各々の検体測定での非糖化成分ピーク(ボイドピーク)の溶出時間を除算して得られる。
基準クロマトグラム測定時の流量と検体測定時の流量が完全に同じである場合、検体測定時の補正係数(α)は1.000を示すはずであるが、実際には0.934〜0.904の値で変動し、徐々に値が小さくなる傾向を示している。つまり、測定毎に僅かずつ流量が低下していっていることになる。
【0040】
図14aに基準となるベースライン、図14bに基準となるクロマトグラムを示す。図15aに図14aの基準バックグラウンドに補正を実施した後のベースライン、図15bに実際の検体クロマトグラム(表2の#1のデータ)、図15cに実際の検体クロマトグラム(図15b)から補正されたバックグラウンド(図14a)を減算処理した後のクロマトグラムを示す。
【0041】
【表3】
【0042】
表3は補正処理のための各ステップでのベースライン、クロマトグラムの経過時間に対する出力値(吸光度)の一部を示したものである(検体クロマトグラムは表2の#1のデータを例示)。最左列(※3)は基準バックグラウンド、2列目(※4)は補正後の基準バックグラウンド、3列目(※5)は以降の減算処理を可能とするため、前記の補正後の基準バックグラウンドデータを補間/補外処理にて、サンプリングピッチを揃えたデータ、4列目(※6)は検体クロマトデータ、5列目(※7)は検体クロマトデータから補正後の基準バックグラウンド(※5)を減算処理したデータ、である。
【0043】
・第2列(※4)
表2から検体クロマトグラムの補正係数(α)は0.934と算出されている。
測定開始から溶離液Aが流れる時間である0分から0.6分が第1補正区間になる。
第1補正区間では基準バックグラウンドデータの時間の項に前記補正係数:0.934を乗じ補正を行う。次に溶離液Bが流れる時間である0.6分から1.05分が第2補正区間になる。第2補正区間では基準バックグラウンドデータの時間の項から切り替え時間である0.6分を減算した後、前記補正係数:0.934を乗じ、切り替え時間である0.6分を加算し補正を行う。次に、溶離液Aが流れる時間である1.05分から2.20分が第3補正区間になる。
【0044】
第3補正区間では基準バックグラウンドデータの時間の項から切り替え時間である1.05分を減算した後、前記補正係数:0.934を乗じ、切り替え時間である1.05分を加算し補正を行う。
【0045】
・第3列(※5)は以降の減算処理を可能とするため、補正後の基準バックグラウンドデータを(※4)のデータを補間/補外処理にて、100msecのサンプリングピッチに揃えたデータである。
【0046】
・4列目(※6)は検体クロマトデータ
・5列目(※7)は検体クロマトデータ(※6)から補正後の基準バックグラウンド(※5)を減算処理したデータ、つまり、溶離液切り替えによるバックグラウンドの影響を排除したクロマトグラムのデータである。
【0047】
図14aは基準バックグラウンドデータ(表3の1列目※3に相当)、図15aは補正を施したバックグラウンドデータ(表2の2列目※4に相当)である。図16aは基準バックグラウンドデータ、図16bは補正を施したバックグラウンドデータのうち、ベースライン変動が大きな領域を拡大したものである。
【0048】
基準バックグラウンドでは、2液のステップグラジエントを実施することで、1.08分近辺および1.45分近辺にブロードなピーク状の変動が確認されるが、区間分割の補正を実施することで、前者のピークは、1.10分近辺、後者のピークは1.50分近辺にシフトし、流量の変動を反映したバックグラウンドデータに補正されていることが分かる。
【0049】
図15bは検体のクロマトグラム(表3の4列目※6に相当)、図15cは検体クロマトグラムから補正を施したバックグラウンドデータを減算処理した最終のクロマトグラム(表3の5列目※7に相当)である。図17bは前記の2つのクロマトグラムを重ね書き、拡大した図である。
【0050】
比較のために図17aに、検体のクロマトグラム(表3の4列目※6に相当)と補正を実施せず検体クロマトグラムから基準バックグラウンドデータを減算処理したクロマトグラムを示す。このように、基準バックグラウンドを補正せず、単純に減算処理を行った場合、A1cピークエンド付近のベース変動由来のブロードなピークを完全に排除することはできず、逆にベースの落ち込みが生じてしまっている。一方本発明の区間分割のバックグラウンド補正を実施した場合、A1cピークエンド付近のベース変動由来のブロードなピークを完全に排除することができている。また、1.10分近辺に見られるベース変動由来のブロードなピークに対しても本発明の効果が見られる。基準バックグラウンドを補正せず、単純に減算処理を行った場合、A1cピークのテーリングが大きいのに対して、本発明の区間分割のバックグラウンド補正を実施した場合、A1cピークのテーリングが解消されており、定量性が向上していることが示唆される。
【0051】
(実施例2)
本発明の区間分割補正方法による定量性への効果を以下のように検証した。使用した装置、条件は実施例1を全て同じである。
【0052】
まず、基準となるバックグラウンドと基準となる検体クロマトグラムを1回測定し、その後、実検体を10回測定した。本発明の区間分割によるバックグラウンド補正を実施した後、検体クロマトグラムから減算処理を施し、定量計算を実施した。
比較のため、バックグラウンド補正を実施しないで、得られた検体クロマトグラムをそのまま定量計算を実施した。表3は基準クロマトでの非糖化成分ピーク(ボイドピーク)の溶出時間および、実際の検体測定での非糖化成分ピーク(ボイドピーク)の溶出時間(n=10)と、両者から算出された補正係数(α)を示したものである。
【0053】
表3aは検体測定クロマトグラムを未処理のまま定量計算を行った結果、表3bは検体測定クロマトグラムを測定後、本発明の区間分割によるバックグラウンドデータを補正したデータを減算処理を実施し、得られた差クロマトグラムを定量計算を行った結果である。表a、表bで、補正処理を行わない場合と、行った場合のピークの面積を比較すると、
処理を行うことで、非糖化成分ピークで14.6 mV・sec(0.3%)、A1cピークで32.1mV・sec(9.5%)減少していることが分かる。A1c%においても前者で7.06から6.42%に大幅に減少している。これは、溶媒の切り替えによりバックグラウンドが変動し、その分余分に面積として計算されてしまっているためである。特に、A1cピークは非糖化成分ピークに対して小さいため、バックグラウンドの影響が大きく、本発明の処理により大幅に値が低下している。つまり、正確に溶媒の切り替えによるバックグラウンドが変動を考慮しないと正確なA1c%の計算ができないことを意味しており、本発明の有効性が示された。
【0054】
また、本発明の処理方法は、定量値の精度向上のみでなく、再現性にも良い影響を与えている。図19にA1cピークの溶出時間と、A1c%の変動を示した図である。凡例△は検体測定により得られたクロマトグラムからの定量値(未処理)、凡例●は本発明の処理を実施して得られたクロマトグラムからの定量値を示している。
【0055】
バックグラウンド補正を行わない場合、A1c%のCvが2.31%であるのに対して、本発明の処理を実施することで0.81%まで再現性を大幅に改善できている。測定毎にA1cピークの溶出時間が僅かずつ遅れているにもかかわらず、測定結果は非常に安定している。
【0056】
図18にピーク検出後の代表的なクロマトグラムを示す。ここから分かるように、1.5分近辺に生じる溶媒の切り替えによるピーク状のバッククラウンド変動と、A1cピークエンドが接近していることから、処理を実施しないと、A1cピークのピークエンド点(時間)が不安定になり再現性を悪化させているからである。
【0057】
また、本発明の処理を施すことで、A1cピークの溶出時間が僅かであるが早くなる(0.002分程度)。これは、A1cピークの後半部分に溶離液切り替えによるピーク状のバックグラウンドが被さっているため、本発明の処理を実施することでその影響が排除され、A1cピークトップの時間が早まってくると推測される。
【0058】
以上のように、基準となるバックグラウンドを検体測定毎に補正し、測定条件に対応したバックグラウンドデータに加工し、検体クロマトグラムから減算処理をすることで、測定に要する時間を大幅に長くすることなく、A1cの測定精度を向上させることができる有効な方法である。
【0059】
【表4】
【符号の説明】
【0060】
1.送液ポンプ
2.試料注入バルブ
3.分析カラム
4.カラム恒温槽
5.検出器
6.試料保持ループ
7.試料(検体)
8.溶離液
9.洗浄液
10.シリンジ
11.電磁弁
12.希釈ポート
13.ドレンポート
14.希釈部
15.脱気装置
16.ニードル
17.光源
18.フォトセンサ(サンプル側)
19.フォトセンサ(リファレンス側)
20.ダイクロイックミラー
21.フローセル
22.溶離液切り替えバルブ
23.制御/データ収集/データ解析装置
24.溶離液A送液ポンプ
25.溶離液B充填ポンプ
26.溶離液A
27.溶離液B
28.溶離液B保持ループ
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