特許第6720222号(P6720222)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6720222高純度5塩化タングステンおよびその合成方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6720222
(24)【登録日】2020年6月19日
(45)【発行日】2020年7月8日
(54)【発明の名称】高純度5塩化タングステンおよびその合成方法
(51)【国際特許分類】
   C01G 41/04 20060101AFI20200629BHJP
【FI】
   C01G41/04
【請求項の数】9
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2017-564162(P2017-564162)
(86)(22)【出願日】2017年1月13日
(86)【国際出願番号】JP2017001086
(87)【国際公開番号】WO2017130745
(87)【国際公開日】20170803
【審査請求日】2019年9月4日
(31)【優先権主張番号】特願2016-14662(P2016-14662)
(32)【優先日】2016年1月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】高橋 秀行
(72)【発明者】
【氏名】桃井 元
【審査官】 小野 久子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2016−204755(JP,A)
【文献】 MCCANN, E.L. et al.,TUNGSTEN(V) CHLORIDE,INORGANIC SYNTHESES,1971年,Vol.13,p.150-154,特にProcedure, Discussion
【文献】 BROWN, T. M.,Preparation and reactions of some lower tungsten halides and halide complexes,IOWA STATE UNIVERSITY Digital Repository,1963年,p.25-27,特にp.25
【文献】 THORN-CSANYI, E. et al.,A new route to the preparation of tungsten pentachloride.,Journal of Molecular Catalysis,1991年,Vol.65,p.261-267,特にp.262
【文献】 詫間 貴 ほか,六塩化タングステンおよび五塩化タングステンの熱力学的性質,日本化学会誌,1972年,No.5,p.865-873,特に2 実験
【文献】 COTTON, F. A. et al.,Tungsten pentachloride,Acta Crystallographica Section B,1978年,Vol.34, No.9,p.2833-2834,特にAbstract, Introduction
【文献】 CROUCH, P.C. et al.,The high yield synthesis of the tungsten(VI)oxyhalides WOCl4, WOBr4 and WO2Cl2 and some observations,Journal of Inorganic and Nuclear Chemistry,1970年,Vol.32,p.329-333,特にp.330
【文献】 KORSHUNOV, B. G. et al.,Reaction of tungsten hexachloride with titanium, silicon, tin(II,IV), antimony(V)chlorides and with,Zhurnal Neorganicheskoi Khimii,1967年,Vol.12, No.12,p.3280-3282,特にp.3281
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 41/04
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Bi、Hg、Sb、Ti、Al、P、Asからなる群から選択された還元剤と、6塩化タングステンとを、6塩化タングステン:還元剤のモル比が2.8:1.0〜3.2:1.0で、不活性雰囲気中で均一に混合して、混合物を得る工程、
還元剤と6塩化タングステンとの混合物を、13Pa以下で80〜210℃に加熱して還元する工程、
還元剤と6塩化タングステンとの混合物の還元物を、66Pa以下で、120〜290℃に加熱し、減圧蒸留して不純物を除去する工程、
減圧蒸留によって不純物除去された還元物を、13Pa以下で140〜350℃に加熱し、昇華精製して、5塩化タングステンを得る工程、
を含む、5塩化タングステンの製造方法。
【請求項2】
不活性雰囲気中で均一に混合して、混合物を得る工程が、
不活性雰囲気中で乳鉢、又は、ボールミルを用いて、6塩化タングステンおよび還元剤のそれぞれの最大粒子径が300μm以下となるように粉砕し、それらを均一に混合して、混合物を得る工程である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
化合物純度が95質量%以上である、請求項1又は2に記載の5塩化タングステンの製造方法。
【請求項4】
還元剤を除く、金属不純物の含有量の合計が10ppm未満(純度5N)である、請求項1〜3のいずれかに記載の5塩化タングステンの製造方法。
【請求項5】
還元剤の元素を1ppm〜350ppm含む、請求項1〜4のいずれかに記載の5塩化タングステンの製造方法。
【請求項6】
Moの含有量が0.5ppm以下である、請求項1〜5のいずれかに記載の5塩化タングステンの製造方法。
【請求項7】
化合物純度が95質量%以上であり、Moの含有量が0.5ppm以下である5塩化タングステン。
【請求項8】
還元剤として使用した元素の含有量を除き、金属不純物が合計10ppm未満(純度5N)である、請求項7に記載の5塩化タングステン。
【請求項9】
還元剤として使用した元素の含有量が、1ppm〜350ppmである請求項7〜8のいずれかに記載の5塩化タングステン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高純度5塩化タングステン及び高純度5塩化タングステンの高収率で安全な合成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
WCl5を合成するにはWCl6を適当なレベルで水素還元する手法が従来から一般的に用いられて来た。このような従来法では、スケールアップした場合、還元されない部分や還元されすぎた部分が生じることで、WCl6残留物やWCl4、WCl2、Wなどが発生して、5塩化タングステンの回収物中の含有率(化合物純度)が低下してしまう問題に加え、これら目的外の物質が5塩化タングステンを使用する際に反応を阻害したり、最終製品に混入し、最終製品の歩留まりが悪化してしまう等の欠点があった。また、製造プロセスにおいては水素のフロー速度や温度制御などが非常に難しく、収率の低さおよび反応完了に要する時間の長さ、安全面でも水素ガスが漏えいし爆発を起こす可能性がある等の問題で実用的ではなかった。さらに、還元手法としてBi、Hg、Sbなどを還元剤として使用し、封止したアンプル内で還元・蒸留する手法が開示されているが、還元が進み過ぎてWCl4やWCl2が合成されることや、封止したアンプル内圧が上昇し、破裂する危険などがあった。(非特許文献1、2)
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】詫間、川久保、「六塩化タングステンおよび五塩化タングステンの熱力学的性質」、日本化学会誌、1972年、No.5、865〜873頁
【非特許文献2】V.Kolesnichenko,et al.,Inorg.Chem.,1998,Vol.37,No.13,Pages3257−3262
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
したがって、本発明の目的は、従来よりも安全に製造することができ、高い化合物純度であり、さらに、塩素、タングステン、還元剤に使用する元素以外の不純物元素に対して高純度な5塩化タングステンの合成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、鋭意検討の結果、高純度6塩化タングステンを出発材料として使用し、高純度Bi、Hg、Sb、Ti、Al、P、Asからなる群から選択された物質を還元剤として使用して、減圧蒸留を組み合わせて行うことによって、従来よりも安全に製造することができ、高収率で、高純度な5塩化タングステンを合成できることを見出し、本発明に到達した。
【0006】
したがって、本発明は次の(1)以下を含む。
(1)
Bi、Hg、Sb、Ti、Al、P、Asからなる群から選択された還元剤と、6塩化タングステンとを、6塩化タングステン:還元剤のモル比が2.8:1.0〜3.2:1.0で、不活性雰囲気中で均一に混合して、混合物を得る工程、
還元剤と6塩化タングステンとの混合物を、13Pa以下で80〜210℃に加熱して還元する工程、
還元剤と6塩化タングステンとの混合物の還元物を、66Pa以下で120〜290℃に加熱し、減圧蒸留して不純物を除去する工程、
減圧蒸留によって不純物除去された還元物を、13Pa以下で140〜350℃に加熱し、昇華精製して、5塩化タングステンを得る工程、
を含む、5塩化タングステンの製造方法。
(2)
不活性雰囲気中で均一に混合して、混合物を得る工程が、
不活性雰囲気中で乳鉢、又は、ボールミルを用いて、6塩化タングステンおよび還元剤のそれぞれの最大粒子径が300μm以下となるように粉砕し、それらを均一に混合して、混合物を得る工程である、(1)に記載の製造方法。
(3)
化合物純度が95質量%以上である、(1)又は(2)に記載の5塩化タングステンの製造方法。
(4)
還元剤を除く、金属不純物の含有量の合計が10ppm未満(純度5N)である、(1)〜(3)のいずれかに記載の5塩化タングステンの製造方法。
(5)
還元剤の元素を1ppm〜350ppm含む、(1)〜(4)のいずれかに記載の5塩化タングステンの製造方法。
(6)
Mo含有量が0.5ppm以下である(1)〜(5)のいずれかに記載の5塩化タングステンの製造方法。
(7)
化合物純度が95質量%以上である5塩化タングステン。
(8)
還元剤として使用した元素の含有量を除き、金属不純物が合計10ppm未満(純度5N)である、(7)に記載の5塩化タングステン。
(9)
還元剤として使用した元素の含有量が、1ppm〜350ppmである(7)〜(8)のいずれかに記載の5塩化タングステン。
(10)
Moの含有量が0.5ppm以下である、(7)〜(9)のいずれかに記載の5塩化タングステン。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、従来よりも安全性を向上でき、塩化タングステン中に存在する5塩化タングステンの化合物純度を高めることができるので、その収率を向上させることができ、製造時間を短縮して、結果として低いコストで、高純度の5塩化タングステンを合成することができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下に本発明を実施の態様をあげて詳細に説明する。本発明は以下にあげる具体的な実施の態様に限定されるものではない。
【0009】
[5塩化タングステンの合成]
本発明によれば、Bi、Hg、Sb、Ti、Al、P、Asからなる群から選択された還元剤と、6塩化タングステンとを、6塩化タングステン:還元剤のモル比が2.8:1.0〜3.2:1.0で、不活性雰囲気中で均一に混合して、混合物を得る工程、還元剤と6塩化タングステンとの混合物を、13Pa以下で80〜210℃に加熱して還元する工程、還元剤と6塩化タングステンとの混合物の還元物を、66Pa以下で120〜290℃に加熱し、減圧蒸留して不純物を除去する工程、減圧蒸留によって不純物除去された還元物を、13Pa以下で140〜350℃に加熱し、昇華精製して、5塩化タングステンを得る工程、を含む方法によって、5塩化タングステンを合成することができる。
【0010】
[原料6塩化タングステン]
原料として使用される6塩化タングステンは、高純度の原料であることが好ましく、例えば5N以上の純度とすることが好ましい。
【0011】
[還元剤]
還元剤としては6塩化タングステンを還元する効果のある元素であれば良く、たとえばBi、Hg、Sb、Ti、Al、P、Asなどからなる群から選択された還元剤が使用できる。この中でもより好ましくはSbやBiが使用される。
【0012】
[混合]
還元剤と6塩化タングステンとは、不活性雰囲気中で均一に混合される。不活性雰囲気として、例えばArやN2をあげることができる。混合は、好ましくはボールミルや乳鉢などを使用することができる。混合される還元剤と6塩化タングステンは、6塩化タングステン:還元剤のモル比を、例えば2.8:1.0〜3.2:1.0での範囲、好ましくは2.9:1.0〜3.1:1.0の範囲、特に好ましくは3:1とすることができる。粉砕混合した原料の粒径は300μm以下、より好ましくは100μm以下とすることで還元反応における反応性を上げることができる。
【0013】
[還元]
還元剤と6塩化タングステンとの混合物は、加熱して還元される。加熱還元は、例えば減圧雰囲気下、好ましくは13Pa以下で、例えば1時間以上、好ましくは2〜24時間、例えば80〜210℃、80〜110℃、約105℃で加熱して行われる。還元剤としてSbを使用する場合には、例えば80〜110℃、約105℃で加熱することが好ましい。
【0014】
[減圧蒸留]
還元剤と6塩化タングステンとの混合物が加熱還元された後に、得られた還元物は、減圧蒸留して不純物を除去される。減圧蒸留は、例えば66Pa以下、好ましくは13Pa以下で、例えば1時間以上、好ましくは2〜24時間、例えば120〜290℃、120〜130℃で加熱して行われる。還元剤としてSbを使用する場合には、例えば13Pa以下の圧力とすることが好ましく、例えば120〜130℃で加熱することが好ましい。
【0015】
[昇華精製]
減圧蒸留によって不純物除去された還元物を、昇華精製して、高純度の5塩化タングステンを回収して得る。昇華精製は、例えば13Pa以下、好ましくは1.3Pa以下で、例えば1時間以上、好ましくは2〜48時間、例えば140〜350℃、好ましくは150〜170℃加熱して行われ、この処理は1回以上、好ましくは2回以上行い、純度を上げることが望ましい。昇華物の回収は、例えば、空冷又は水冷して行うことができ、より好ましくは、露点−30℃以下のドライルームまたは不活性雰囲気中で行う。
【0016】
[高純度5塩化タングステン]
昇華精製して得られる5塩化タングステン(WCl5)は、高純度であり、例えば5塩化タングステンの含有率(化合物純度)が95質量%以上、好ましくは含有率99%以上であり、構成元素である塩素、タングステンと、還元剤を除く金属元素からなる不純物の合計含有量が50ppm未満の純度4N5、好ましくは10ppm未満の純度5Nであり、還元剤の元素を1ppm〜350ppm、好ましくは1〜100ppm含むものとすることができる。また、特にMoの含有量を0.5ppm以下にすることができる。
【0017】
本発明による高純度5塩化タングステンは、優れた電子材料(MO−CVD原料用の材料又はALD原料用の材料)及び機能化学品触媒の原料用の材料として使用することができる。
【0018】
[本発明における6塩化タングステンの還元]
本発明においては、前記還元剤が6塩化タングステン(WCl6)を効率的に還元する。従来、使用されてきた水素還元に比べて、同じ処理量であれば反応時間を1/10未満にできる。得られる生成物の化合物純度が、従来の方法によれば80wt%程度であったが、それを95wt%以上に高めることができる。さらに金属不純物10ppm未満とできる。また、ドーパントとして作用する5族元素を適量含んだWCl5を合成することができ、これは後に添加する5族元素を選択することで、その後の使用の用途においてむしろ好適な原料として使用できる。また、本発明では、減圧で処理することで液相を介さず直接昇華精製効果を奏している。そして、高純度原料により融点が下がり反応が促進されている。好ましくは原料の粒径を100μm以下とすることで反応性を上げることができる。また直前の乳鉢混合を不活性雰囲気で行うことで、低酸素で均一な反応が実現できる。
尚、本発明における5塩化タングステンの「化合物純度」とは、価数2から6までの5種の塩化タングステン(組成式:WCl2、WCl3、WCl4、WCl5、WCl6)やオキシクロライドであるWOCl4などのうち、WCl5の占める割合を意味する。
また、本発明における金属不純物の含有量の分析は、還元剤として用いられる元素(SbまたはBi)の分析には、高周波誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析法(Inductively Coupled Plasma Optical Emission Spectroscopy:ICP−OES)で行ない、また、還元剤元素以外の、ppmオーダーもしくはサブppmオーダーの極微量に含有する金属不純物の分析には、高周波誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS:ICP-Mass Spectrometry)で行なった。その結果を表2に示す。特に、本発明では、ICP質量分析法において、質量数の重なりによって、感度低下や測定誤差を引き起こす分子イオン干渉の影響の小さい元素として、Ag、Na、Cd、Co、Fe、In、Mn、Ni、Pb、Zn、Cu、Cr、Tl、Li、Be、Mg、Al、K、Ca、Ga、Ge、As、Sr、Sn、Sb、Bi、Ba、Mo、U、Thを対象元素とし、ICP質量分析法の検出限界値未満のものは、含有していないものとして、金属不純物の含有量の合計値から除外した。
【実施例】
【0019】
以下に実施例を挙げて、本発明をさらに詳細に説明する。本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0020】
[実施例1]
総質量1kgとなるように高純度WCl6と高純度Sbをモル比2.8:1で、均一に窒素雰囲気中で乳鉢を用いて混合した。
次に、この混合物を、真空容器中に入れ、雰囲気を常時真空排気しながら約13Pa以下に維持し、約2時間加熱して、還元した。加熱温度は、105℃である。
次に、約66Pa下で、130℃で約1時間加熱して、昇華(減圧蒸留)させて、不純物を除去した。
次に、約13Pa以下で、160℃約1時間加熱して、昇華精製した。その後、窒素雰囲気中で回収して、アンプルに封入して、高純度のWCl5粉末を得た。
実施例1の条件を表1にまとめて示す。実施例1で得られた高純度のWCl5のICP分光による分析値を表2に示す。
【0021】
[実施例2〜5]
実施例1から一部の条件を変更して、実施例2〜5を行った。実施例1〜5の条件を表1にまとめて示す。実施例5で得られた高純度のWCl5のICP分光による分析値を表2に示す。
【0022】
[比較例1〜6]
実施例1から一部の条件を変更し、あるいは一部の工程を省いて、比較例1〜6を行った。比較例1〜6の条件を表1にまとめて示す。比較例4で得られたWCl5のICP分光による分析値を表2に示す。
【0023】
【表1】
【0024】
【表2】
(*1 検出下限値未満および還元剤元素を除く)(%表記以外 単位はwtppm)
【0025】
[合成装置]
実施例1の操作は、加熱還元、昇華(減圧蒸留)による不純物除去、昇華精製の各工程を、相互に接続された減圧容器を備えて、連続して行うことができる合成装置によって行った。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明によれば、収率を向上させ、安全性を向上させ、製造時間を短縮して、結果として低いコストで、高純度5塩化タングステンを合成することができる。本発明は産業上有用な発明である。