特許第6722908号(P6722908)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6722908
(24)【登録日】2020年6月25日
(45)【発行日】2020年7月15日
(54)【発明の名称】タンパク質吸着材
(51)【国際特許分類】
   B01J 20/26 20060101AFI20200706BHJP
   C08J 7/04 20200101ALI20200706BHJP
   C08F 293/00 20060101ALI20200706BHJP
【FI】
   B01J20/26 H
   C08J7/04 UCES
   C08J7/04CFG
   C08F293/00
【請求項の数】5
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2016-83003(P2016-83003)
(22)【出願日】2016年4月18日
(65)【公開番号】特開2017-192875(P2017-192875A)
(43)【公開日】2017年10月26日
【審査請求日】2019年2月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】598015084
【氏名又は名称】学校法人福岡大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】特許業務法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】八尾 滋
(72)【発明者】
【氏名】中野 涼子
(72)【発明者】
【氏名】新美 佳治
(72)【発明者】
【氏名】常藤 透朗
【審査官】 河野 隆一朗
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−249524(JP,A)
【文献】 特開平06−296859(JP,A)
【文献】 国際公開第2016/013609(WO,A1)
【文献】 特開昭60−250016(JP,A)
【文献】 特表2005−531649(JP,A)
【文献】 特開平02−196806(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 20/00 − 20/34
C08J 7/04 − 7/06
C08F 251/00 − 283/00
C08F 283/02 − 289/00
C08F 291/00 − 297/08
C08F 220/00 − 220/70
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質の吸着能を有する吸着材であって、
結晶性高分子を含む基材と、該基材の表面に付着している共重合体(C)とを含み、
前記結晶性高分子が、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート及びポリブチレンテレフタレートからなる群から選択される少なくとも1つの結晶性高分子であり、かつ
共重合体(C)が、C8以上の直鎖アルキル鎖を側鎖に有する(メタ)アクリレート(A)と、カチオン性基及び/又はアニオン性基を側鎖に有する(メタ)アクリレート(B)とを含む、ブロック共重合体である、タンパク質吸着材。
【請求項2】
(メタ)アクリレート(B)のpKaが5以下又は8以上である、請求項1に記載のタンパク質吸着材。
【請求項3】
(メタ)アクリレート(B)が有するカチオン性基が、2級アミン、3級アミン及び4級アンモニウム塩からなる群から選択される少なくとも1つの官能基である、請求項1又は2に記載のタンパク質吸着材。
【請求項4】
(メタ)アクリレート(B)が有するアニオン性基が、カルボキシル基である、請求項1〜3のうちのいずれか一項に記載のタンパク質吸着材。
【請求項5】
前記基材が、ポリエチレン及びポリアミドからなる群から選択される少なくとも1つの結晶性高分子を含む、請求項1〜4のうちのいずれか一項に記載のタンパク質吸着材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエチレン等の結晶性高分子を含む基材の表面を修飾することによって、当該基材のタンパク質吸着性が向上された吸着材に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質は、医薬、食品、工業材料等の分野で有用であるため、大量生産及び大量精製を安価にて行うことができる技術の開発が望まれている。
【0003】
タンパク質は、通常、動物や植物の細胞や、大腸菌等の微生物を大量培養によって得られるが、それら培養物から、目的とするタンパク質を分離、精製することが必要である。
【0004】
タンパク質の分離、精製には、表面を修飾したクロマトグラフやイオン交換樹脂等が用いられているが、例えばポリエチレンやポリアミドの様な汎用樹脂の表面を修飾することにより、タンパク質を分離、精製するための材料を得られれば、工業的に有用であると考えられる。
【0005】
ポリエチレンやポリアミド表面を官能基で表面修飾するには、通常、官能基含有モノマーのグラフト処理を行うことで得られる。しかし、グラフト処理を行うには、例えばフリーラジカル存在下でプラズマ処理を行うことや、重合性モノマー存在下で電子線や放射線を照射することを要するため、工程が煩雑になったり、照射設備が必要となり加工コストが高くなりやすい(特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2008−518105号公報
【特許文献1】特開2012−214966号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、前記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、その製造にグラフト処理の様な煩雑な工程を要せず、また特別な照射設備等を必要としないため製造コストも抑えられた、タンパク質吸着材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、C8以上の直鎖アルキル鎖を側鎖に有する(メタ)アクリレート(A)と、カチオン性基及び/又はアニオン性基を側鎖に有する(メタ)アクリレート(B)とを含む共重合体を含む溶液に、結晶性高分子を含む基材を浸漬して乾燥させること等により、その表面を処理することによって、当該基材のタンパク質吸着性を高められることを明らかにした。また、(メタ)アクリレート(B)のpKaを選択することによって、タンパク質の吸着を、その等電点に応じて効率的に行うことができることも見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明の第一の態様は、タンパク質の吸着能を有する吸着材であって、
結晶性高分子を含む基材と、該基材の表面に付着している共重合体(C)とを含み、前記結晶性高分子が、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート及びポリブチレンテレフタレートからなる群から選択される少なくとも1つの結晶性高分子であり、かつ共重合体(C)が、C8以上の直鎖アルキル鎖を側鎖に有する(メタ)アクリレート(A)と、カチオン性基及び/又はアニオン性基を側鎖に有する(メタ)アクリレート(B)とを含む、ブロック共重合体である、タンパク質吸着材である。
【0010】
また本発明の第二の態様は、(メタ)アクリレート(B)のpKaが5以下又は8以上である、第一の態様に記載のタンパク質吸着材である。
【0011】
また本発明の第三の態様は、(メタ)アクリレート(B)が有するカチオン性基が、2級アミン、3級アミン及び4級アンモニウム塩からなる群から選択される少なくとも1つの官能基である、第一又は第二の態様に記載のタンパク質吸着材である。
【0012】
また本発明の第四の態様は、(メタ)アクリレート(B)が有するアニオン性基が、カルボキシル基である、第一〜第三のうちのいずれか一の態様に記載のタンパク質吸着材である。
【0013】
また本発明の第五の態様は、前記基材が、ポリエチレン及びポリアミドからなる群から選択される少なくとも1つの結晶性高分子を含む、第一〜第四のうちのいずれか一の態様に記載のタンパク質吸着材である。
【発明の効果】
【0014】
本発明のタンパク質吸着材は、共重合体(C)を含む溶液に、結晶性高分子を含む基材を、例えば、浸漬して乾燥するだけで作製することが可能である。このように、本発明によれば、煩雑な工程を要せず、また特別な照射設備等を必要としないため安価に、タンパク質吸着材を得ることができる。また、本発明において、基材とするポリエチレン等の結晶性高分子は、硬く、剛性が高いため、耐久性の高いタンパク質吸着材を提供することもできる。さらに、本発明において、(メタ)アクリレート(B)のpKaを調整することによって、タンパク質の吸着を、その等電点に応じて効率よく行うこともできる。
【0015】
また、タンパク質を分離、精製するには、シートやフィルムの様な平面からなる基材ではなく、発泡体や異形押出の様な複雑で比表面積が大きい基材を用いた方が効率よく行うことができる。しかしながら、プラズマ処理や電子線照射処理等ではこれら比表面積が大きな基材の表面処理は困難である。一方、本発明によれば、上記の通り、共重合体(C)を含む溶液に浸漬等すればよいので、前記複雑で比表面積が大きい基材といえども、そのタンパク質吸着性を効率よく向上させ得る。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<タンパク質吸着材>
本発明のタンパク質の吸着能がある吸着材は、結晶性高分子を含む基材と、該基材の表面に付着している共重合体(C)とを含み、かつ共重合体(C)が、C8以上の直鎖アルキル鎖を側鎖に有する(メタ)アクリレート(A)と、カチオン性基及び/又はアニオン性基を側鎖に有する(メタ)アクリレート(B)とを含む共重合体であることを特徴とする。
【0017】
本発明において、(メタ)アクリレート(A)は、炭素鎖が8以上の直鎖アルキル鎖と(メタ)アクリレートとからなる(メタ)アクリル酸エステルである。また、基材との密着性を高めるという観点から、前記直鎖アルキル鎖は、炭素数が8以上の長鎖アルキル鎖である必要があり、好ましくは、炭素数が12以上のアルキル鎖であり、より好ましくは、炭素数が16〜24のアルキル鎖である。
【0018】
このような(メタ)アクリレート(A)としては、例えば、ベヘニルアクリレート、ヘキサデシルアクリレート、ステアリルアクリレート、ラウリルアクリレート、デシルアクリレート、オクチルアクリレート等のアクリル酸エステル、ベヘニルメタクリレート、ステアリルメタクリレート、ラウリルメタクリレート等のメタクリル酸エステルが挙げられる。また、このような(メタ)アクリル酸エステルは、単独で又は2種類以上を混合し、(メタ)アクリレート(A)として用いてもよい。さらに、前記化合物のうち、基材との密着性をより高め易いことと、経済的により入手し易いとの観点から、好ましくは、ベヘニルアクリレート、ステアリルアクリレート、ヘキサデシルアクリレートである。
【0019】
本発明において、(メタ)アクリレート(B)は、カチオン性基及び/又はアニオン性基を側鎖に有する(メタ)アクリレートである。また、後述の実施例に示す通り、本発明においては、吸着させるタンパク質の等電点に応じて、これら官能基の種類を選択することにより効率的に当該タンパク質を、本発明の吸着材に吸着させることができる。すなわち、等電点(pl)が7以下の酸性タンパク質を吸着させる場合は、(メタ)アクリレート(B)の官能基はカチオン性基とすることが好ましく、カルボキシル基とすることがより好ましい。一方、等電点が7以上の塩基性タンパク質を吸着させる場合は、官能基をアニオン性基とするのが好ましく、2級アミン、3級アミン及び4級アンモニウム塩からなる群から選択される少なくとも1つの官能基とすることがより好ましい。
【0020】
本発明において、カチオン性基を側鎖に有する(メタ)アクリレートとして、好ましくは、pKaが8以上の(メタ)アクリレートであり、例えば、アミノエチルアクリレート、(ジメチルアミノ)エチルアクリレート(pKa8.2)、(ジエチルアミノ)エチルアクリレート(pKa9.2)、(ジメチルアミノ)プロピルアクリレート(pKa10.4)、(ジエチルアミノ)プロピルアクリレート(pKa9.2)等のアクリレート、アミノエチルメタクリレート、(ジメチルアミノ)エチルメタクリレート(pKa8.2)、(ジエチルアミノ)エチルメタクリレート(pKa9.2)、(ジメチルアミノ)プロピルメタクリレート(pKa9.2)、(ジエチルアミノ)プロピルメタクリレート(pKa10.0)、t−(ブチルアミノ)エチルメタクリレート(pKa9.0)、トリメチル−2−メタクロイルオキシエチルアンモニウムクロリド等のメタクリレートが挙げられるが、これら化合物のうち、経済的により入手し易いという観点から、好ましくは、(ジエチルアミノ)エチルメタクリレート、t−(ブチルアミノ)エチルメタクリレート、(ジメチルアミノ)エチルアクリレートである。
【0021】
また、アニオン性基を有する(メタ)アクリレートとして、好ましくは、pKaが5以下の(メタ)アクリレートであり、例えば、アクリル酸(pKa4.3)、メタクリル酸(pKa4.6)、3-ブテン酸(pKa4.4)、4−ペンテン酸(pKa4.6)、3−メチル−4−ペンテン酸(pKa4.6)、2−メチル−4−ペンテン酸(pKa4.7)が挙げられるが、これら化合物のうち、経済的により入手し易いという観点から、好ましくは、アクリル酸である。
【0022】
また、このような官能基を有する(メタ)アクリレートは、単独で又は2種類以上を混合し、(メタ)アクリレート(B)として用いても構わない。
【0023】
本発明において、基材に付着している共重合体(C)は、上述の(メタ)アクリレート(A)及び(B)を含む共重合体であり、ランダム共重合体、ブロック共重合体のいずれでも構わないが、基材に付着させ易いという観点から、共重合体(C)は、(メタ)アクリレート(A)が連続して重合してなるセグメントを有することが好ましい。また、(メタ)アクリレート(A)と(B)の比率は特に定めないが、共重合体(C)を基材により安定的に付着させ易いことと、処理した後にタンパク質をより吸着させ易くなるという観点から、重量比として、(メタ)アクリレート(A)/(メタ)アクリレート(B)は5/95〜95/5が好ましい。
【0024】
共重合体(C)の重量平均分子量は、好ましくは5000以上100000以下が好ましく、5000以上50000以下がより好ましい。共重合体(C)の重量平均分子量が前記上限を超えると溶媒への溶解性が低下し易くなる傾向にあり、前記下限未満では溶媒への溶解性が高くなって基材への付着性が低下し易くなる傾向にある。なお本発明において、共重合体(C)の重量平均分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィ(GPC)により測定し、標準ポリスチレンの分子量に換算した値である。
【0025】
共重合体(C)の重合法として本発明の共重合体を得るものであれば、いかなる方法でもよく、例えば、アニオン重合、カチオン重合、ラジカル重合、リビングアニオン重合、リビングカチオン重合、リビングラジカル重合が挙げられる。中でも、共重合体(C)の構造を調整できることから、リビングラジカル重合が特に好ましい。
【0026】
本発明において、共重合体(C)の基材表面への付着は、物理的な作用によるものであり、共有結合を伴うものではない。そのため、共重合体(C)を基材表面に付着させるための表面処理方法として、例えば、ディップコーティング、ドロップキャスト、スピンコーティング、塗布、浸漬、噴霧が挙げられる。
【0027】
また、このような表面処理において、通常、共重合体(C)は溶液として用いられ、またその溶媒として、有機溶媒、水等を用いることができる。有機溶媒として、例えば、n−酢酸ブチル、トルエン、キシレン、ヘキサン、アセトン、メタノール、エタノール、プロピルアルコール等が挙げられ、中でもn−酢酸ブチル、トルエン、キシレンが溶解性と取扱い性が良いので好ましい。共重合体(C)をこれら溶媒に溶解するときは、溶解性を高めるために適度に加熱してもよい。さらに、表面処理に用いられる共重合体(C)の溶液濃度としては、0.01〜10wt%が好ましく、0.05〜5wt%がより好ましい。共重合体(C)の濃度が前記上限を超えると、該共重合体の溶解が不均一になるだけでなく、基材に該共重合体を厚く塗る必要が生じ、不経済となる傾向にあり、他方、前記下限未満では、基材表面に処理された共重合体(C)の厚さが薄くなり、また処理した基材表面が斑となり易く、十分なタンパク質の吸着能が得られにくくなる傾向にある。また、表面処理は、共重合体(C)溶液の組成を安定化させるために該溶液を加熱しながら行ってもよい。さらに、本発明において、基材表面が濡れたままで取り扱いにくい場合は、共重合体(C)の溶液を基材に付着させた後に、乾燥させてもよい。
【0028】
本発明において、前述の共重合体(C)が付着している基材は、結晶性高分子を含む基材であり、結晶性高分子としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレートが挙げられる。これら結晶性高分子において、特に共重合体(C)の付着性が良好なことから、ポリエチレン、ポリアミドが好ましい。さらに、基材の形状としては、タンパク質を吸着することが可能であれば特に制限はなく、例えば、シート、フィルム、射出成形品、繊維、異形押出品、発泡体、布が挙げられる。また、その形状にも依るが、共重合体(C)が付着している基材表面は、その全面(例えば、シート及びフィルムであれば両面の全部)であってもよく、一部(シート及びフィルムであれば、例えば、片方の表面)であってもよい。
【0029】
<タンパク質の吸着方法等>
本発明のタンパク質吸着材を用いてタンパク質を吸着する方法としては、タンパク質を含んだ溶液に当該吸着材を浸漬することでよく、必要に応じて撹拌、震とう等を行ってもよい。本発明のタンパク質吸着材を入れた容器にタンパク質を含む溶液を流して、当該吸着材にタンパク質を吸着させてもよい。
【0030】
本発明において、吸着させるタンパク質としては特に制限はないが、等電点が7以下のタンパク質として、例えば、ウシ血清アルブミン(pl4.7)、ペプシノーゲン(pl3.9)、インスリン(pl5.5)膵臓デオキシリボヌクレアーゼ(pl4.7)が挙げられ、等電点が7以上のタンパク質として、例えば、卵白由来リゾチーム(pl10.5〜11.0)、リゾヌクレアーゼA(pl9.7)、パパイヤリゾチーム(pl10.5)、ヘモグロビン(pl7.6)が挙げられる。
【0031】
また、このようなタンパク質を含ませる溶媒としても特に制限はなく、各種緩衝液(リン酸緩衝液、クエン酸緩衝液、Tris、HEPES等)が好適に用いられる。
【0032】
さらに、本発明において、タンパク質を吸着させた吸着材から、当該タンパク質を取り出すこともできる。このような方法として、例えば、液中でタンパク質を吸着させた吸着材を加熱することにより、共重合体(C)を基材から剥離させ、該共重合体と共にタンパク質を取り出す方法が挙げられる。また、界面活性剤を用いて共重合体(C)からタンパク質を剥離する方法等もある。さらに、タンパク質吸着材の表面に、吸着させたタンパク質と共重合体(C)との結合を妨げるような、pHの緩衝液、又は多量のアミノ酸等を含む溶液を通すことでも、当該タンパク質を取り出すことができる。
【0033】
<表面処理剤>
上述の通り、共重合体(C)を含む溶液にて、結晶性高分子を含む基材を表面処理することにより、当該基材のタンパク質吸着性を向上させることができる。したがって、本発明は、結晶性高分子を含む基材に付着することにより、該基材のタンパク質吸着性を高める表面処理剤であって、C8以上の直鎖アルキル鎖を側鎖に有する(メタ)アクリレート(A)と、カチオン性基及び/又はアニオン性基を側鎖に有する(メタ)アクリレート(B)とを含む共重合体(C)を含む、処理剤を提供するものである。
【実施例】
【0034】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、これらは本発明の理解を助けるための例であって本発明はこれらの実施例により何等の制限を受けるものではない。なお、用いた試薬等は断りのない限り市販品を用いた。
【0035】
(試薬等)
C8以上の直鎖アルキル鎖を側鎖に有する(メタ)アクリレート(A)として以下を用いた。
ベヘニルアクリレート(略称BHA)
ヘキサデシルアクリレート(略称HDA)
カチオン性基及び/又はアニオン性基を側鎖に有する(メタ)アクリレート(B)として以下を用いた。
ジエチルアミノエチルメタクリレート(略称DEAEMA)
t-ブチルアミノエチルメタクリレート(略称TBAEMA)
ジメチルアミノエチルアクリレート(略称DMAEA)
ジエチルアミノエチルアクリレート(略称DEAEA)
アクリル酸(略称AA)
なお、溶媒は以下を用いた。
n−酢酸ブチル、
トルエン
以上の全ては、和光純薬シグマ・アルドリッチ又は東京化成から試薬として購入した。
【0036】
また、重合用触媒は以下を用いた。
2−メチル−2−[N−(t−ブチル)−N−(ジエトキシホスホニル−2−2−ジメチルプロピル)アミノキシ]プロピオン酸(略称SG−1MA;アルケマ製)。
【0037】
また、以上の試薬を用いて調製した下記実施例1〜5及び比較例1〜3に記載の重合体及び表面処理シート等については、以下の方法にてそれらの物性を評価した。
【0038】
(分子量測定)
GPCにて、溶離液にTHF、標準分子量サンプルにポリスチレンを用いて重量平均分子量を測定した。
【0039】
(接触角の測定)
予め、純水に浸漬した表面処理した高密度ポリエチレンシートを測定用セルに入れ、協和界面科学製接触角測定機を用いて水中での空気との接触角(θ)を測定し、純水に浸漬した直後と7日後の接触角を比較した。なお、水中の接触角は(180−θ)にて表示した。
【0040】
(ゼータ電位の測定)
大塚電子株式会社製ゼータ電位測定機を用いて、表面処理済みの高密度ポリエチレンシートを純水に浸して1日後にシート表面のゼータ電位を測定した。未処理の高密度ポリエチレンシートのゼータ電位(Z0)と表面処理したシートのゼータ電位(Z)を下記式に基づいて比較し、
ΔZ=Z−Z0
プラス(ΔZ>0)になればシート表面がカチオン性に、マイナス(ΔZ<0)であればシート表面がアニオン性にそれぞれ修飾されたと評価した。なお、以下の実施例等において用いた高密度ポリエチレンシートが未処理である場合(下記表1及び2における、比較例3)、そのゼータ電位は−9mVである。
【0041】
以下、実施例1〜5及び比較例1〜2に記載の重合体及び表面処理シート等の調製方法、並びにそれらの物性について示す。また、表1において、それらをまとめたものを示す。
【0042】
(実施例1)
SG−1MA(0.38g)、BHA(5.0g)、n−酢酸ブチル(7.7g)を反応容器に取り、20分間窒素バブリングを行った。その後、窒素バブリングを継続したまま、反応液の温度を118℃に保ち反応を行った。4時間後、20分間窒素バブリング処理したDEAEMA(4.2g)、n−酢酸ブチル(4.1g)を反応容器に加えて再び118℃、5時間で反応を続け、ブロック共重合体(c1)を得た。得られたブロック共重合体の分子量は、Mw=28000であった。
【0043】
トルエンを溶媒にして、得られた共重合体(c1)を0.05wt%になるよう、加熱溶解した。次いで、このようにして調製した溶解液に、高密度ポリエチレンシート(厚さ0.5ミリ、縦10ミリ、横20ミリ)を2秒浸漬した後、直ちに引き上げて、そのまま室温にて乾燥させること(ディップコーティング)により、吸着材シートを得た。
【0044】
得られた吸着材シートの水中接触角を測定したところ、浸漬直後で46度、7日目で35度であった。さらに、ゼータ電位を測定した結果、+35mVであり、ブロック共重合体(c1)でシート表面がカチオン性に処理されたことを確認した。
【0045】
(実施例2)
SG−1MA(0.38g)、BHA(4.8g)、n−酢酸ブチル(5.0g)を反応容器に取り、20分間窒素バブリングを行った。その後、窒素バブリングを継続したまま、反応液の温度を118℃に保ち反応を行った。4時間後、20分間窒素バブリング処理したTBAEMA(5.1g)、n−酢酸ブチル(5.3g)を反応容器に加えて再び118℃、5時間で反応を続け、ブロック共重合体(c2)を得た。得られたブロック共重合体(c2)の分子量は、Mw=7600であった。
【0046】
得られたブロック共重合体(c2)を0.5wt%になるようトルエンの代わりにn−酢酸ブチルに溶解した以外は、実施例1と同様に高密度ポリエチレンシートの表面処理を行い、吸着材シートを得た。
【0047】
得られた吸着材シートの水中接触角を測定した結果、浸漬直後で39度、7日目で30度であった。さらに、ゼータ電位を測定した結果、+35mVであり、ブロック共重合体(c2)でシート表面がカチオン性に処理されたことを確認した。
【0048】
(実施例3)
SG−1MA(0.38g)、BHA(7.0g)、n−酢酸ブチル(7.0g)を反応容器に取り、20分間窒素バブリングを行った。その後、窒素バブリングを継続したまま、反応液の温度を118℃に保ち反応を行った。4時間後、20分間窒素バブリング処理したDMAEA(3.0g)、n−酢酸ブチル(3.0g)を反応容器に加えて再び118℃、5時間で反応を続け、ブロック共重合体(c3)を得た。得られたブロック共重合体(c3)の分子量は、Mw=7700であった。
【0049】
得られたブロック共重合体(c3)を0.5wt%になるよう、トルエンに溶解し、実施例1と同様に高密度ポリエチレンシートの表面処理を行い、吸着材シートを得た。
【0050】
得られた吸着材シートの水中接触角を測定した結果、浸漬直後で87度、7日目で75度であった。さらに、ゼータ電位を測定した結果、−1mVであり、ブロック共重合体(c3)でシート表面がカチオン性に処理されたことを確認した。
【0051】
(実施例4)
SG−1MA(0.38g)、BHA(6.7g)、n−酢酸ブチル(6.6g)を反応容器に取り、20分間窒素バブリングを行った。その後、窒素バブリングを継続したまま、反応液の温度を118℃に保ち反応を行った。4時間後、20分間窒素バブリング処理したDEAEA(3.7g)、n−酢酸ブチル(3.7g)を反応容器に加えて再び118℃、5時間で反応を続け、ブロック共重合体(c4)を得た。得られたブロック共重合体(c4)の分子量は、Mw=9900であった。
【0052】
得られたブロック共重合体(c4)を0.5wt%になるようトルエンに溶解し、この溶解液を、高密度ポリエチレンシートの表面に滴下して、そのまま乾燥させること(ドロップキャスト)により、表面処理を行い、吸着材シートを得た。
【0053】
得られた吸着材シートの水中接触角を測定した結果、浸漬直後で84度、7日目で86度であった。さらに、ゼータ電位を測定した結果、+19mVであり、ブロック共重合体(c4)でシート表面がカチオン性に処理されたことを確認した。
【0054】
(実施例5)
SG−1MA(0.37g)、HDA(8.0g)、n−酢酸ブチル(8.0g)を反応容器に取り、20分間窒素バブリングを行った。その後、窒素バブリングを継続したまま、反応液の温度を118℃に保ち反応を行った。4時間後、20分間窒素バブリング処理したAA(2.1g)、n−酢酸ブチル(2.1g)を反応容器に加えて再び118℃、5時間で反応を続け、ブロック共重合体(c5)を得た。得られたブロック共重合体(c5)の分子量は、Mw=10800であった。
【0055】
得られたブロック共重合体(c5)を0.5wt%になるようトルエンの代わりにn−酢酸ブチルに溶解した以外は、実施例1と同様に高密度ポリエチレンシートの表面処理を行い、吸着材シートを得た。
【0056】
得られた吸着材シートの水中接触角を測定した結果、浸漬直後で60度、7日目で71度であった。さらに、ゼータ電位を測定した結果、−30mVであり、ブロック共重合体(c5)でシート表面がアニオン性に処理されたことを確認した。
【0057】
(比較例1)
SG−1MA(0.37g)、BHA(6.7g)、n−酢酸ブチル(6.6g)を反応容器に取り、20分間窒素バブリングを行った。その後、窒素バブリングを継続したまま、反応液の温度を118℃に保ち反応を行った。4時間後反応を終了し、ベヘニルアクリレートのホモポリマー(h1)を得た。得られたポリマーの分子量は、Mw=7000であった。
【0058】
得られたホモポリマー(h1)を、トルエンの代わりにn−酢酸ブチルに0.5wt%になるように溶解した以外は、実施例1と同様に高密度ポリエチレンシートの表面処理を行った。
【0059】
得られた表面処理シートの水中接触角を測定した結果、浸漬直後で95度、7日目で94度であった。ホモポリマー(h1)に官能基成分(B)を含んでいないため、表面処理シートのゼータ電位は−10mVと未処理のシートのゼータ電位(−9mV)とほとんど変わらなかった。
【0060】
(比較例2)
SG−1MA(0.37g)、DEAEA(3.7g)、n−酢酸ブチル(3.7g)を反応容器に取り、20分間窒素バブリングを行った。その後、窒素バブリングを継続したまま、反応液の温度を118℃に保ち反応を行った。4時間後反応を終了し、ジエチルアミノエチルアクリレートのホモポリマー(h2)を得た。得られたポリマーの分子量は、Mw=5000であった。
【0061】
得られたホモポリマー(h2)を、トルエンの代わりにn−酢酸ブチルに0.5wt%になるよう溶解した以外は、実施例1と同様に高密度ポリエチレンシートの表面処理を行った。しかしながら、ホモポリマー(h2)の基材への付着性は乏しいものであった。また、得られた表面処理シートの接触角を測定した結果、浸漬直後で75度、7日目で83度であった。
【0062】
【表1】
【0063】
次に、実施例2及び5、並びに比較例1及び3に記載の表面処理シート等について、以下に示す方法にて、それらのタンパク質の吸着量を評価した。また得られた結果を表2に示す。
【0064】
(タンパク質の吸着量の評価)
タンパク質を1mg/mlの濃度で溶かしたPBS溶液(リン酸緩衝水溶液)に、ディップコーティングした高密度ポリエチレンシートを浸漬した。1時間後にシートを引き上げて、PBSと蒸留水にて数回洗浄し、乾燥させた。吸着されるタンパク質として、酸性タンパク質のウシ血清アルブミンと、塩基性タンパク質の卵白由来リゾチームを用いた。また、吸着されたタンパク質の定量方法として、市販のビシンコニン酸を用いたタンパク質定量用試薬セットを用いて、所要の方法にてシート表面に吸着されたタンパク質を定量した。
【0065】
【表2】
【0066】
表2に示した結果から明らかな通り、高密度ポリエチレンシートのみ(比較例3)におけるタンパク質吸着量は、ウシ血清アルブミンを用いた場合においても、卵白由来リゾチームを用いた場合においても、0.4〜0.5μg/cmであり、酸性タンパク質と塩基性タンパク質とにおける吸着量の差は見られなかった。また、ホモポリマー(h1)によって表面を処理した場合(比較例1)においても、比較例3同様に酸性タンパク質と塩基性タンパク質との差は見られなかった。
【0067】
一方、本発明のカチオン性を示したブロック共重合体(c2)によって表面が処理されたシート(実施例2)は、その処理によって、酸性タンパク質(ウシ血清アルブミン)の吸着量が1.0μg/cmと多くなったが、塩基性タンパク質(卵白由来リゾチーム)の吸着量は0.6μg/cmと、処理前とほとんど変わらなかった。また、本発明のアニオン性を示したブロック共重合体(c5)によって表面が処理されたシート(実施例5)は、塩基性タンパク質(卵白由来リゾチーム)の吸着量が0.9μg/cm2と多くなったが、酸性タンパク質(ウシ血清アルブミン)の吸着量が0.3μg/cmと処理前のそれよりも少なくなった。
【0068】
以上の結果により、本発明において、(メタ)アクリレート(B)のpKaを調整することによって、タンパク質の吸着を、その等電点に応じて効率的に行うことができることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0069】
以上、説明したように、本発明において、結晶性高分子を含む基材を表面処理することによって得られるタンパク質吸着材は、タンパク質の吸着能が高い。そのため、醸造や医薬、食品等の製造、開発の分野における、タンパク質の分離、精製に用いることできる。