特許第6724972号(P6724972)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6724972
(24)【登録日】2020年6月29日
(45)【発行日】2020年7月15日
(54)【発明の名称】異方性磁性粉末の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 9/20 20060101AFI20200706BHJP
   B22F 9/22 20060101ALI20200706BHJP
   B22F 1/00 20060101ALI20200706BHJP
   H01F 1/059 20060101ALI20200706BHJP
   H01F 1/06 20060101ALI20200706BHJP
   B22F 3/00 20060101ALN20200706BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20200706BHJP
【FI】
   B22F9/20 A
   B22F9/22 A
   B22F1/00 B
   B22F1/00 G
   H01F1/059 160
   H01F1/06
   !B22F3/00 C
   !C22C38/00 303D
【請求項の数】6
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2018-229110(P2018-229110)
(22)【出願日】2018年12月6日
(65)【公開番号】特開2019-112716(P2019-112716A)
(43)【公開日】2019年7月11日
【審査請求日】2019年2月22日
(31)【優先権主張番号】特願2017-246741(P2017-246741)
(32)【優先日】2017年12月22日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000226057
【氏名又は名称】日亜化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】特許業務法人 安富国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】前原 永
【審査官】 池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】 特開2017−117937(JP,A)
【文献】 特開2002−038206(JP,A)
【文献】 特開2000−109908(JP,A)
【文献】 特開平10−330808(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 9/00−9/30
B22F 1/00−8/00
H01F 1/00−1/117
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
SmとFeを含む酸化物を、還元性ガス雰囲気下で熱処理することにより、部分酸化物を得る前処理工程、
前記部分酸化物を、還元剤の存在下、1000℃以上1090℃以下の第一温度で熱処理した後、第一温度よりも低い980℃以上1070℃以下の第二温度で熱処理することにより、合金粒子を得る工程、および、
前記合金粒子を窒化することにより、異方性磁性粉末を得る工程
を含み、
第一温度で熱処理する時間が120分未満、第二温度で熱処理する時間が10分以上であり、第二温度が第一温度よりも15℃以上低い、
異方性磁性粉末の製造方法。
【請求項2】
第二温度が、第一温度よりも15℃以上60℃以下の範囲で低い請求項1に記載の異方性磁性粉末の製造方法。
【請求項3】
第一温度での熱処理と、第二温度での熱処理を連続して行う請求項1または2に記載の異方性磁性粉末の製造方法。
【請求項4】
SmとFeを含む酸化物が、さらにLaを含む請求項1〜のいずれかに記載の異方性磁性粉末の製造方法。
【請求項5】
SmとFeを含む酸化物が、さらにWを含む請求項1〜のいずれかに記載の異方性磁性
末の製造方法。
【請求項6】
SmとFeを含む酸化物が、さらにCoを含む請求項1〜のいずれかに記載の異方性磁性粉末の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異方性磁性粉末の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、原料粉末と還元剤を混合した後、希土類酸化物粉末を還元して鉄に拡散させる希土類−鉄−窒素系異方性磁性粉末の製造方法が開示されている。しかしながら、磁気特性は充分ではなく、改善の余地のあるものであった。
【0003】
特許文献2には、希土類金属酸化物を初期還元拡散した後に、第2の還元拡散を行う希土類金属を含む合金粉末の製造方法が開示されている。しかしながら、ネオジウム系の磁性体を対象とし、還元拡散の温度も非常に低いものであって、ネオジウム系の磁性体の作製にあたり、低融点の合金成分の一部が反応容器の下部に垂れ落ちることを抑制することを目的とするものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−171868号公報
【特許文献2】特開平05−78715号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、磁気特性に優れた異方性磁性粉末の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、磁気特性の向上を目的に、熱処理温度のプロファイルを種々検討したところ、部分酸化物を、還元剤の存在下、第一温度で熱処理した後、第一温度よりも低い第二温度で熱処理することにより、異方性磁性粉末の磁気特性が改善できることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、SmとFeを含む酸化物を、還元性ガス雰囲気下で熱処理することにより、部分酸化物を得る前処理工程、
前記部分酸化物を、還元剤の存在下、1000℃以上1090℃以下の第一温度で熱処理した後、第一温度よりも低い980℃以上1070℃以下の第二温度で熱処理することにより、合金粒子を得る工程、および、
前記合金粒子を窒化することにより、異方性磁性粉末を得る工程
を含む異方性磁性粉末の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明の異方性磁性粉末の製造方法では、部分酸化物を、還元剤の存在下、第一温度で熱処理した後、第一温度よりも低い第二温度で熱処理するため、磁気特性、特に保磁力に優れた磁性粉末を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態について詳述する。ただし、以下に示す実施形態は、本発明の技術思想を具体化するための一例であり、本発明を以下のものに限定するものではない。なお、本明細書において「工程」との語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。また「〜」を用いて示された数値範囲は、「〜」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値及び最大値として含む範囲を示す。
【0010】
本実施形態の異方性磁性粉末の製造方法は、SmとFeを含む酸化物を、還元性ガス雰囲気下で熱処理することにより、部分酸化物を得る前処理工程、
前記部分酸化物を、還元剤の存在下、1000℃以上1090℃以下の第一温度で熱処理した後、第一温度よりも低い980℃以上1070℃以下の第二温度で熱処理することにより、合金粒子を得る工程、および、
前記合金粒子を窒化することにより、異方性磁性粉末を得る工程
を含むことを特徴とする。
【0011】
一般的にSmFeN粉末の平均粒径が3μm付近の時に保磁力が最も高くなることが知られている。還元剤の存在下、第一温度での熱処理のみを行うと、熱処理が不十分となり、粒子同士が強固に結合した(ネッキング)粒子が多数存在する。ネッキングした粒子は、磁場をかけられた際に、その強固な結合により個々の粒子が回転しないため、磁場配向性が悪くなり保磁力が低下する。例えばこれらネッキングの対策として第一温度での熱処理時間を延長すると、粒子同士が融合することによりネッキングは解消するものの、3μmを超える粗大粒子が生成するため保磁力が低下する。一方、本実施形態のように第一温度で熱処理した後、第一温度よりも低い第二温度で熱処理した場合、ネッキングした粒子は、個々の粒子が融合せずに分かれるため、粗大粒子が生成することを抑制しつつネッキングを解消することができ、異方性磁性粉末の保磁力が向上すると考えらえる。
【0012】
前処理工程で使用するSmとFeを含む酸化物は、Sm酸化物とFe酸化物を混合することにより得られるが、例えばSmとFeを含む溶液と沈殿剤を混合し、SmとFeとを含む沈殿物を得る工程(沈殿工程)、および、前記沈殿物を焼成することにより、SmとFeを含む酸化物を得る工程(酸化工程)によって、製造することができる。
【0013】
[沈殿工程]
沈殿工程では、強酸性の溶液にSm原料、Fe原料を溶解して、SmとFeを含む溶液を調製する。SmFe17を主相として得る場合、SmおよびFeのモル比(Sm:Fe)は1.5:17〜3.0:17が好ましく、2.0:17〜2.5:17がより好ましい。La、W、Co、Ti、Sc、Y、Pr、Nd、Pm、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Luなどの原料を加えても良い。残留磁束密度の点で、Laを含むことが好ましく、保磁力と角型比の点で、Wを含むことが好ましく、温度特性の点で、Coを含むことが好ましい。
【0014】
Sm原料、Fe原料としては、強酸性の溶液に溶解できるものであれば限定されない。例えば、入手のしやすさの点で、Sm原料としてはSmの酸化物が、Fe原料としてはFeSOが挙げられる。SmとFeを含む溶液の濃度は、Sm原料とFe原料が実質的に酸性溶液に溶解する範囲で適宜調整することができる。酸性溶液としては溶解性の点で硫酸が挙げられる。
【0015】
SmとFeを含む溶液と沈殿剤を反応させることにより、SmとFeを含む不溶性の沈殿物を得る。ここで、SmとFeを含む溶液は、沈殿剤との反応時にSmとFeを含む溶液となっていればよく、たとえばSmとFeを含む原料を別々の溶液として調製し、各々の溶液を滴下して沈殿剤と反応させても良い。別々の溶液として調製する場合も各原料が実質的に酸性溶液に溶解する範囲で適宜調整する。沈殿剤としては、アルカリ性の溶液でSmとFeを含む溶液と反応して沈殿物が得られるものであれば限定されず、アンモニア水、苛性ソーダなどが挙げられ、苛性ソーダが好ましい。
【0016】
沈殿反応は、沈殿物の粒子の性状を容易に調整できる点から、SmとFeを含む溶液と、沈殿剤とを、それぞれ水などの溶媒に滴下する方法が好ましい。SmとFeを含む溶液と沈殿剤との供給速度、反応温度、反応液濃度、反応時のpH等を適宜制御することにより、構成元素の分布が均質で、粒度分布のシャープな、粉末形状の整った沈殿物が得られる。このような沈殿物を使用することによって、最終製品である磁性粉末の磁気特性が向上する。反応温度は、0〜50℃とすることができ、35〜45℃であることが好ましい。反応液濃度は、金属イオンの総濃度として0.65mol/L〜0.85mol/Lとすることが好ましく、0.7mol/L〜0.85mol/Lとすることがより好ましい。反応pHは、5〜9とすることが好ましく、6.5〜8とすることがより好ましい。
【0017】
SmとFeを含む溶液は、磁気特性の点で、さらにLa、Wおよび/またはCoを含むことが好ましい。La原料としては、強酸性の溶液に溶解できるものであれば限定されず、例えば、入手のしやすさの点で、LaClが挙げられる。Sm原料とFe原料ととともに、La原料、W原料、Co原料が実質的に酸性溶液に溶解する範囲で適宜調整し、酸性溶液としては溶解性の点で硫酸が挙げられる。W原料としては、タングステン酸アンモニウムが挙げられ、Co原料としては、硫酸コバルトが挙げられる。SmとFeを含む溶液とは別に、水に実質的に溶解する範囲で調製することが好ましい。
【0018】
SmとFeを含む溶液が、さらにLa、Wおよび/またはCoを含む場合、Sm、Feと、La、Wおよび/またはCoを含む不溶性の沈殿物を得る。ここで、該溶液は、沈殿剤との反応時にSm、Feと、La、Wおよび/またはCoとなっていればよく、例えば各原料を別々の溶液として調製し、各々の溶液を滴下して沈殿剤と反応させても良いし、SmとFeを含む溶液と一緒に調製しても良い。
【0019】
沈殿工程で得られた異方性磁性粉末粒子により、最終的に得られる磁性粉末の粉末粒径、粉末形状、粒度分布がおよそ決定される。得られた粒子の粒径をレーザー回折式湿式粒度分布計により測定した場合、全粉末が、0.05〜20μm、好ましくは0.1〜10μmの範囲にほぼ入るような大きさと分布であることが好ましい。また、平均粒径は、粒度分布における小粒径側からの体積累積50%に相当する粒径として測定され、0.1〜10μmの範囲内にあることが好ましい。
【0020】
沈殿物を分離した後は、続く酸化工程の熱処理において残存する溶媒に沈殿物が再溶解して、溶媒が蒸発する際に沈殿物が凝集したり、粒度分布、粉末径等が変化したりすることを抑制するために、脱溶媒しておくことが好ましい。脱溶媒する方法として具体的には、例えば溶媒として水を使用する場合、70〜200℃のオーブン中で5〜12時間乾燥する方法が挙げられる。
【0021】
沈殿工程の後に、得られる沈殿物を分離洗浄する工程を含んでもよい。洗浄する工程は上澄み溶液の導電率が5mS/m以下となるまで適宜行う。沈殿物を分離する工程としては、例えば、得られた沈殿物に溶媒(好ましくは水)を加えて混合した後、濾過法、デカンテーション法等を用いることができる。
【0022】
[酸化工程]
酸化工程とは、沈殿工程で形成された沈殿物を焼成することにより、SmとFeとを含む酸化物を得る工程である。例えば、熱処理により沈殿物を酸化物に変換することができる。沈殿物を熱処理する場合、酸素の存在下で行われる必要があり、例えば、大気雰囲気下で行うことができる。また、酸素存在下で行われる必要があるため、沈殿物中の非金属部分に酸素原子を含むことが好ましい。
【0023】
酸化工程における熱処理温度(以下、酸化温度)は特に限定されないが、700〜1300℃が好ましく、900〜1200℃がより好ましい。700℃未満では酸化が不十分となり、1300℃を超えると、目的とする磁性粉末の形状、平均粒径および粒度分布が得られない傾向にある。熱処理時間も特に限定されないが、1〜3時間が好ましい。
【0024】
得られる酸化物は、酸化物粒子内においてSmとFeの微視的な混合が充分になされ、沈殿物の形状、粒度分布等が反映された酸化物粒子である。
【0025】
[前処理工程]
前処理工程とは、SmとFeを含む酸化物を、還元性ガス雰囲気下で熱処理することにより、酸化物の一部が還元された部分酸化物を得る工程である。ここで、部分酸化物とは、Feに結合している酸素の一部が還元されたものをいう。部分酸化物の酸素濃度は10質量%以下が好ましく、8質量%以下が好ましい。酸素濃度は非分散赤外吸収法(ND−IR)により測定することができる。
【0026】
還元性ガスは水素(H)、一酸化炭素(CO)、メタン(CH)等の炭化水素ガス、及びこれらの組合せなどから適宜選択されるが、コストの点で水素ガスが好ましく、ガスの流量は、酸化物が飛散しない範囲で適宜調整される。前処理工程における熱処理温度(以下、前処理温度)は、300℃以上950℃以下の範囲とし、好ましくは400℃以上、より好ましくは750℃以上であり、好ましくは900℃未満である。前処理温度が300℃以上であるとSmとFeを含む酸化物の還元が効率的に進行する。また950℃以下であると酸化物粒子が粒子成長、偏析することが抑制され、所望の粒径を維持することができる。また、還元性ガスとして水素を用いる場合、使用する酸化物層の厚みを20mm以下に調整し、更に反応炉内の露点を−10℃以下に調整することが好ましい。
【0027】
[還元工程]
還元工程とは、前記部分酸化物を、還元剤の存在下、1000℃以上1090℃以下の第一温度で熱処理した後、第一温度よりも低い980℃以上1070℃以下の第二温度で熱処理することにより、合金粒子を得る工程である。
【0028】
酸化物がカルシウム融体またはカルシウムの蒸気と接触することで還元が行われる。第一温度は1000℃以上1090℃以下であるが、1010℃以上1080℃以下が好ましい。1000℃未満では、還元不十分となり、1090℃を超えると、粗大粒子が生成し保磁力が低下する。熱処理時間は、還元反応をより均一に行う観点から、120分未満が好ましく、90分未満がより好ましい。熱処理時間の下限は特に限定されないが、10分以上が好ましく、30分以上がより好ましい。
【0029】
第二温度は980℃以上1070℃以下であるが、990℃以上1060℃以下が好ましい。980℃未満では、ネッキングが解消されないため十分な保磁力が得られず、1070℃を超えると、粗大粒子が生成し保磁力が低下する。熱処理時間は、粗大粒子の生成を抑制し、ネッキングを解消する点から、10分以上が好ましく、30分以上がより好ましい。熱処理時間の上限は特に限定されないが、120分未満が好ましく、90分未満がより好ましい。
【0030】
第一温度と第二温度の温度差は特に限定されないが、第二温度が第一温度よりも15℃以上60℃以下の範囲で低いことが好ましく、15℃以上30℃以下の範囲で低いことがより好ましい。15℃未満では、粗大粒子が生成し保磁力が低下し、60℃を超えると、ネッキングが解消されないため十分な保磁力が得られない。
【0031】
第一温度による熱処理と第二温度による熱処理は連続で行っても良く、これらの熱処理間において、第二温度の温度範囲より低い熱処理温度での熱処理を含むこともできるが、生産性の点で、連続で行うことが好ましい。
【0032】
還元工程では、還元剤である金属カルシウムとともに、必要に応じて崩壊促進剤を使用することができる。この崩壊促進剤は、後述する水洗工程に際して、生成物の崩壊、粒状化を促進させるために適宜使用されるものであり、例えば、塩化カルシウム等のアルカリ土類金属塩、酸化カルシウム等のアルカリ土類酸化物などが挙げられる。これらの崩壊促進剤は、希土類源として使用される希土類酸化物当り1〜30質量%、好ましくは5〜30質量%の割合で使用される。
【0033】
金属カルシウムは、粒状又は粉末状の形で使用されるが、その平均粒径は10mm以下が好ましい。これにより還元反応時における凝集をより効果的に抑制することができる。ここで、平均粒径は、光学顕微鏡にて10個の粒子の粒径を測定し、その算術平均によって算出する。また、金属カルシウムは、反応当量(希土類酸化物を還元するのに必要な化学量論量であり、Feが酸化物の形である場合には、これを還元するに必要な分を含む)の1.1〜3.0倍量の割合で添加することができ、1.5〜2.0倍量が好ましい。
【0034】
[窒化工程]
窒化工程とは、還元工程で得られた合金粒子を窒化処理することにより、異方性の磁性粒子を得る工程である。金属同士を溶融させているのではなく、沈殿工程で得られる粒子状の沈殿物を用いているため、還元工程にて多孔質塊状の合金粒子が得られる。これにより、粉砕処理を行うことなく直ちに窒素雰囲気中で熱処理して窒化することができるため、窒化を均一に行うことができる。
【0035】
合金粒子の窒化処理における熱処理温度(以下、窒化温度)は、好ましくは300〜600℃、特に好ましくは400〜550℃の温度とし、この温度範囲で雰囲気を窒素雰囲気に置換することにより行われる。熱処理時間は、合金粒子の窒化が充分に均一に行われる程度に設定されればよい。
【0036】
窒化工程後に得られる生成物には、磁性粒子に加えて、副生するCaO、未反応の金属カルシウム等が含まれ、これらが複合した焼結塊状態となっている場合がある。そこで、その場合は、この生成物を冷却水中に投入して、CaO及び金属カルシウムを水酸化カルシウム(Ca(OH))懸濁物として磁性粒子から分離することができる。さらに残留する水酸化カルシウムは、磁性粒子を酢酸等で洗浄して充分に除去してもよい。次に表面処理のため表面処理剤としてリン酸溶液を窒化工程で得られた磁性粒子固形分に対してPOとして0.10〜10wt%の範囲で投入する。適宜溶液から分離し乾燥することで異方性の磁性粉末が得られる。
【0037】
以上のようにして得られた異方性磁性粉末は、典型的には下記一般式
SmFe(100−v―w−x−y−z)LaCo
(式中、3≦v≦30、5≦w≦15、0≦x≦0.3、0≦y≦2.5、0≦z≦2.5である。)
で表される。
【0038】
一般式において、vを3以上30以下と規定するのは、3未満では鉄成分の未反応部分(α−Fe相)が分離して窒化物の保磁力が低下し、実用的な磁石ではなくなり、30を超えると、Smの元素が析出し、磁性粉末が大気中で不安定になり、残留磁束密度が低下するからである。また、wを5以上15以下と規定するのは、5未満では、ほとんど保磁力が発現できず、15を超えるとSmの元素や、鉄自体の窒化物が生成するからである。
【0039】
磁気特性の点より、xは0≦x≦0.3であるが、0.11≦x≦0.22が好ましく、yは0≦y≦2.5であり、zは0≦z≦2.5である。
【0040】
<複合材料>
以下、複合材料およびボンド磁石について説明する。
【0041】
複合材料は、先に説明した異方性磁性粉末と、樹脂より作製される。この異方性磁性粉末を含むことで、高い磁気特性を有する複合材料を構成することができる。
【0042】
複合材料に含まれる樹脂は、熱硬化性樹脂であっても、熱可塑性樹脂であってもよいが、熱可塑性樹脂であることが好ましい。熱可塑性樹脂として、具体的には、ポリフェニレンサルファイド樹脂(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、液晶ポリマー(LCP)、ポリアミド(PA)、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)等を挙げることができる。
【0043】
複合材料を得る際の異方性磁性粉末と樹脂の重量比(樹脂/磁性粉末)は、0.10〜0.15であることが好ましく、0.11〜0.14であることがより好ましい。
【0044】
複合材料は、例えば、混練機を用いて、280〜330℃で異方性磁性粉末と樹脂とを混合することにより得ることができる。
【0045】
<ボンド磁石>
複合材料を用いることにより、ボンド磁石を製造することができる。具体的には例えば、複合材料を熱処理しながら配向磁場で磁化容易磁区を揃え(配向工程)、次いで着磁磁場でパルス着磁する(着磁工程)ことにより、ボンド磁石を得ることができる。
【0046】
配向工程における熱処理温度は、例えば90〜200℃であることが好ましく、100〜150℃であることがより好ましい。配向工程における配向磁場の大きさは、例えば720kA/mとすることができる。また、着磁工程における着磁磁場の大きさは、例えば1500〜2500kA/mとすることができる。
【実施例】
【0047】
以下、実施例について説明する。なお、特に断りのない限り、「%」は質量基準である。
【0048】
製造例1(Fe−Sm硫酸溶液)
純水20.0kgにFeSO・7HO 5.0kgを混合溶解した。さらにSm 0.49kgと70%硫酸0.74kgとを加えてよく攪拌し、完全に溶解させた。次に、得られた溶液に純水を加え、最終的にFe濃度が0.726mol/l、Sm濃度が0.112mol/lとなるように調整し、Fe−Sm硫酸溶液とした。
【0049】
製造例2(Fe−Sm−La硫酸溶液)
純水20.0kgにFeSO・7HO 5.0kgを混合溶解した。さらにSm 0.48kg、31.8%のLaCl0.071kgと70%硫酸0.72kgとを加えてよく攪拌し、完全に溶解する。次に、得られた溶液に純水を加え、最終的にFe濃度が0.726mol/l、Sm濃度が0.109mol/l、La濃度が0.0063mol/lとなるように調整し、Fe−Sm−La硫酸溶液とした。
【0050】
製造例3(Fe−Sm−La−Co硫酸溶液)
純水20.0kgにFeSO・7HO 5.0kgを混合溶解した。さらにSm 0.48kg、31.8%のLaCl0.071kgと、20.8%の硫酸コバルト0.015kgと、70%硫酸0.72kgとを加えてよく攪拌し、完全に溶解する。次に、得られた溶液に純水を加え、最終的にFe濃度が0.726mol/l、Sm濃度が0.109mol/l、La濃度が0.0063mol/l、Co濃度が0.002mol/lとなるように調整し、Fe−Sm−La−Co硫酸溶液とした。
【0051】
実施例1(Fe−Sm)
[沈殿工程]
温度が40℃に保たれた純水20kg中に、製造例1で調製したFe−Sm硫酸溶液全量を反応開始から70分間で攪拌しながら滴下し、同時に15%アンモニア液を滴下させ、pHを7〜8に調整した。これにより、Fe−Sm水酸化物を含むスラリーを得た。得られたスラリーをデカンテーションにより純水で洗浄した後、水酸化物を固液分離した。分離した水酸化物を100℃のオーブン中で10時間乾燥した。
【0052】
[酸化工程]
沈殿工程で得られた水酸化物を大気中900℃で1時間、焼成処理した。冷却後、原料粉末として赤色のFe−Sm酸化物を得た。
【0053】
[前処理工程]
上記で得られたFe−Sm酸化物100gを、嵩厚10mmとなるように鋼製容器に入れた。容器を炉内に入れ、100Paまで減圧した後、水素ガスを導入しながら、前処理温度の850℃まで昇温し、そのまま15時間保持した。非分散赤外吸収法(ND−IR)(株式会社堀場製作所製のEMGA−820)により酸素濃度を測定したところ、5質量%であった。これにより、Smと結合している酸素は還元されず、Feと結合している酸素のうち、95%が還元される黒色の部分酸化物を得たことがわかった。
【0054】
[還元工程]
前処理工程で得られた部分酸化物60gと平均粒径約6mmの金属カルシウム19.2gとを混合して炉内に入れた。炉内を真空排気した後、アルゴンガス(Arガス)を導入した。1045℃の第一温度まで上昇させて、45分間保持し、その後、1000℃の第二温度に冷却して30分間保持することにより、Fe−Sm合金粒子を得た。
【0055】
[窒化工程]
引き続き、炉内温度を100℃まで冷却した後、真空排気を行い、窒素ガスを導入しながら、温度を450℃まで上昇させて、そのまま23時間保持して、磁性粒子を含む塊状生成物を得た。
【0056】
[水洗−表面処理工程]
窒化工程で得られた塊状の生成物を純水3kgに投入し、30分間攪拌した。静置した後、デカンテーションにより上澄みを排水した。純水への投入、攪拌及びデカンテーションを10回繰り返した。次いで99.9%酢酸2.5gを投入して15分間攪拌する。静置した後、デカンテーションにより上澄みを排水した。純水への投入、攪拌及びデカンテーションを2回繰り返した。
【0057】
得られたスラリーに対して、リン酸溶液を加えた。リン酸溶液を、磁性粒子固形分に対してPOとして1wt%分投入した。5分攪拌後、固液分離した後80℃で真空乾燥を3時間行い、磁性粉末を得た。得られた磁性粉末はSm9.50Fe76.92N13.58で表された。
【0058】
実施例2〜10および比較例1〜3
第一温度と保持時間、および、第二温度と保持時間を表1に示した温度と時間に変更した点以外は、実施例1と同様に操作し、磁性粉末を得た。
【0059】
[評価]
<磁気特性>
各実施例の製造方法によって得られた磁性粒子を、パラフィンワックスと共に試料容器に詰め、ドライヤーにてパラフィンワックスを溶融した後、16kA/mの配向磁場にてその磁化容易磁区を揃えた。この磁場配向した試料を32kA/mの着磁磁場でパルス着磁し、最大磁場16kA/mのVSM(振動試料型磁力計)を用いて保磁力(iHc)を測定した。評価結果を表1に示す。
【0060】
【表1】
【0061】
表1の結果から、一つの温度でしか還元させない場合、比較例1〜3に示すように、保磁力iHcは小さくなる。一方、実施例1〜10に示すように、第一温度よりも低い第二温度でも熱処理すると、保磁力iHcが大きく向上する。
【0062】
実施例11および比較例4〜5
製造例2で作製したFe−Sm−La硫酸溶液を使用し、第一温度と保持時間、および、第二温度と保持時間を表2に示した温度と時間に変更した点以外は、実施例1と同様に操作し、磁性粉末を得た。得られた磁性粉末はSm9.08Fe77.2N13.63La0.09で表された。得られた磁性粉末の保磁力(iHc)を測定した結果を表2に示す。
【0063】
【表2】
【0064】
表2の結果から、Laを含む異方性磁性粉末であっても、一つの温度でしか還元させない場合、比較例4、5に示すように保磁力iHcは小さくなる。一方、実施例11に示すように、第一温度よりも低い第二温度でも熱処理すると、保磁力iHcが大きく向上する。
【0065】
実施例12〜19および比較例6〜7
[沈殿工程]
温度が40℃に保たれた純水20kg中に、製造例2で調製したFe−Sm−La硫酸溶液全量を反応開始から70分間で攪拌しながら滴下し、同時に15%アンモニア液と、12.5%のタングステン酸アンモニウム溶液50gを滴下させ、pHを7〜8に調整した。これにより、Fe−Sm−La−W水酸化物を含むスラリーを得た。得られたスラリーをデカンテーションにより純水で洗浄した後、水酸化物を固液分離した。分離した水酸化物を100℃のオーブン中で10時間乾燥した。沈殿工程以降の工程は第一温度と保持時間、および、第二温度と保持時間を表3に示した温度と時間に変更した点以外は、実施例1と同様に操作し、磁性粉末を得た。得られた磁性粉末はSm9.49Fe76.8N13.55La0.09W0.07で表された。得られた磁性粉末の保磁力(iHc)を測定した結果を表3に示す。
【0066】
【表3】
【0067】
表3の結果から、LaおよびWを含む異方性磁性粉末であっても、一つの温度でしか還元させない場合、比較例6、7に示すように保磁力iHcは小さくなる。一方、実施例12〜19に示すように、第一温度よりも低い第二温度でも熱処理すると、保磁力iHcが大きく向上する。
【0068】
実施例20〜21および比較例8〜9
製造例3で作製したFe−Sm−La−Co硫酸溶液を使用し、第一温度と保持時間、および、第二温度と保持時間を表4に示した温度と時間に変更した点以外は、実施例12〜19と同様に操作し、磁性粉末を得た。得られた磁性粉末はSm9.06Fe76.98N13.58La0.09W0.06Co0.23で表された。得られた磁性粉末の保磁力(iHc)を測定した結果を表4に示す。
【0069】
【表4】
【0070】
表4の結果から、La、WおよびCoを含む異方性磁性粉末であっても、一つの温度でしか還元させない場合、比較例8、9に示すように保磁力iHcは小さくなる。一方、実施例20〜21に示すように、第一温度よりも低い第二温度でも熱処理すると、保磁力iHcが大きく向上する。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の製造方法によって得られた異方性磁性粉末は、高い磁気特性を有することから、複合材料及びボンド磁石として、モーター等の用途に好適に適用することができる。